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2017年12月15日 (金)

三千二百三: 日本の人口減少を考えて

こんばんわ。

以下のニュースを見かける機会がありました。

(以下、『InDeep』様、2017/12/6記事より引用)
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●日の本の国が消えるとき : 1時間に 51人ずつ人口が減っている日本についての「存在し得ない未来」についての論文
https://indeep.jp/japan-will-vanish-in-time/

現在のペースが続くと「日本の人口は300年後に300人」になり「20年後には放棄された土地の面積がオーストリア規模」に(、、、以下、省略)

Indeep__1

Indeep__2

Indeep__3

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(引用終わり)

上のニュースを読んで、感じたことを書かせて下さい。

昨今、様々に言われています日本の人口減少に関してです。
日本の人口減少に関しては、多くの人の知っているところですから、上記記事は見出しのみを掲げます。
詳細な状態は、元記事をご参照して下さい。

上の記事中の3つの図を内に、日本地図が掲載されたものがあります。
県別に、人口の増えている県と減少している県が描かれています。

日本の内部で、「人口の増えている都道府県」というのがあるようですが、これもしっかりと洞察すれば、本当の意味で、人口増加をしていないだろう、と、言えます。
なぜならば、人口の減っている県から転出(引越)した人々が、都市部に流れているケースが多いと伺えるからです。

現在でも、そうでしょうが、過疎現象の速まっている地域などは、生活の不便さから、都会に転出している人々も多いことでしょう。

ですから、人口が横流れしているだけであり、「人口の増えている都道府県」に従来から居住している人々の間での出世率が高まっているわけではないだろう、と推測できます。

なので、実際には、日本全体での人口減少は進んでいると考えられるでしょう。

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そして、現在の人口減少のペースで行くと、300年後の日本の内部には、日本人の総人口は、約300人という数値が出ているそうです。

誰しも、確実に、未来のことはわかりませんが、私達の間には、何事にも「ペース」というものがありますので、その「ペース」を計算しますと、一つの未来の状態をはじき出すことが出来ます。

ですから、「確実に、300年後の日本の内部には、日本人の総人口は、約300人」となるかどうかはわかりませんが、その状態を、シュミレートすることができます。
しかし、一般には、「人口減少」という現象は、縁起の悪い出来事と捉えられることが、私達の間には多いようです。
「人口減少」という現象が、縁起の悪い出来事かどうかはわかりませんが、ここでは、あまり、視覚的に想像できる風景や光景は、なるべく、シュミレートしないで、主に社会システムの変遷ぶりを、シュミレートすることにします。

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まず、300年後の日本人の総人口300人の世界では、確実にお金が使用されていないことでしょう。
なぜならば、300人という人の頭数だと、どのように頑張っても、現在に見られる市場というものが成り立たないでしょう。
つまり、その世界の状態だと、一切の商売が成り立ちません。
ですから、お金というものを見かける機会があったとしても、その、お金というツールを、日本人の総人口300人の人々は使用していないことでしょう。

「あらゆる商売が無い」ということは、ちょっと考えれば、「あらゆる職業が消えている」ということにもなります。
私がパッと思いつくのは、警察官とか司法関係の人か、政治家とか、お店の主人とか、学校の先生とか、役所の公務員とか、どこかの会社員とか、あるいは、学生も一切おりません。
つまり、あらゆる学校の存在も消えています。
日本人の総人口300人だと、あらゆる、組織が成り立たないからです。
現在に見られるような、巨大なピラミッド型社会は、跡形も無く消えています。

全ての職業が消えていますので、その世界の日本人は、その日の自分にとって、必要なことを、自分で行うのみでしょう。
ある時は、農作業をして、ある時は、何らかの工業的なことをして、、、
これぐらいでしょうか。

現在の流れから想定すると、ロボットが、人間の作業を支援しているかもしれません。
しかし、日本人の総人口300人を維持するのに、大量のロボットが稼働する必要も無いでしょうから、おそらく、大量のロボットが停止しているのではないでしょうか。
当然、人間から指令を与えられる事が無いからです。

「あらゆる職業が消え、あらゆる社会組織が消えている」という状態では、その世界だと、全てのルールがありません。
「全てのルール」となると、考え付くのは、憲法、法律、地方自治体の条例、学校も存在していないから、校則もありません。
あらゆる会社も消えていますので、会社内部の就業規則も、一切ありません。

そんな世界で、どこかの誰かが、「私達、300人の間で、これそれのルールが大事だ! だから、みんなで、このルールを守ろう!」と、豪語する人もいるかもしれません。
しかし、日本人の総人口は300人ですから、その中の一人が、「そんなの、私、知らないよ」と言ってしまえば、それで終わりです。

なんとなれば、そのルールを破っても、ルールを守るべく、存在していた警察も一人もいないし、ルールを見て、何らかの判断を下していた司法関係の人々も、一人もいません。

ですから、想定された、300年後の日本人の総人口300人の世界というのは、無法地帯でもあります。

無法地帯とは言うものの、隣の家の人を尋ねるのに、非常に移動しないといけないこともわかります。
私がこの原稿を書いている、現在は、2017年の12月ですが、多くの日本人にも、隣人(隣の家の人)が大勢いることでしょう。

その、隣人を尋ねるのに、現代では、住宅に住む人でしたら、隣人までの距離は、平均して、5メートルぐらいでしょうか。
集合住宅のようなマンションだと、隣の部屋が隣人ですから、隣人までの距離は、平均して、2メートルぐらいでしょうか。
現代の過疎の進んでいる地域だと、家と家の間が離れていますから、様々なケースがあるでしょうが、平均して、10メートル以上と言えるでしょうか。

しかし、想定される、300年後の日本人の総人口300人ですから、現在の隣人までの距離とは桁が違ってくるでしょう。
おそらく、隣人までの距離は、最短でも数百キロメートルは離れているでしょう。
そのような状況ですと、例えば、音楽を演奏するのが好きな人が、所有しているエレキギターの音量をMAXにして、24時間演奏しても、誰も、文句を言ってこない世界でしょう。

そのような世界の状態で、「やれ、ルールが必要だ」あるいは「やれ、俺の言うことを聞け」と言ってくる人がいても、無視すれば、それで終わりです。

そのような世界だと、人と会うことも、非常に稀な機会であり、天文学的な数字の高さで、人と出会うことでしょう。

確かに、その時代までに発達した交通機器や、通信機器で、遠く離れた、直近の隣人と会話を交わすケースもあるかもしれません。
しかし、もし、直近の隣人と会いたくなければ、それこそ、人生の終わる、その日まで、会わずにすむでしょう。

要するに、想定される、300年後の日本人の総人口300人の世界だと、私達が現在に見ている社会システムの全ては、綺麗さっぱりと消えていることでしょう。

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上のシュミレーションには、未来社会の光景、つまり、300年前には、大都会とされた地域の様子とかの、風景については、想定しませんでした。
それについては、どうか、読者の方々が、個別に、シュミレーションを描いて下さい。

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これから、300年後には、実際にそうなるかどうかはわかりませんが、日本内部で人口減少が進んでいることは間違いがありません。

今後は、おそらくは、この人口減少を避けるような手段について、議論されることが多くなるのではないでしょうか。

私が、今までに主張しているように、日本内部の人口減少の主な理由というのは、教育費にあります。
誰しも、親になれば、その子供の10代後半か、あるいは、20代前半まで、莫大な額の教育費を使います。
多くの親としても、それは苦しいので、残念ではあるでしょうが、少子化に走らないといけないでしょう。
これが、本音でしょう。

つまり、お金が、日本の人口減少の原因だとわかります。
資本主義システムの中で、多くの人々は、「お金は素晴らしいツールだ」という言葉が取り交わされていたでしょうか。
しかし、その、お金を獲られる側の、多くの親とも言える人々は、そのお金に苦しめられているのです。

ですから、今後は、「お金は素晴らしいツールだ」という言葉を、多くの人々は交わさずに、それとは真反対の、「お金は悪のツールだ」という言葉が取り交わされるかもしれません。

なぜならば、上記のように、多くの人々を苦しめたからです。

一般に、資本主義システムの中で、「お金は素晴らしいツールだ」という言葉が取り交わされていたのですが、これも、詳細に見ると、違っていることに気が付きます。

なぜならば、その社会の内部で、様々に伝えられたことには、「私達に、お金が無ければ、みすぼらしい雰囲気となり、飢えつつも死ぬのだ」という手合いの恐怖や脅しがあったことがわかります。

つまり、「お金は素晴らしいツールだ」と言う人の背後には、「お金が無くなるのが恐ろしい」という恐怖感を打ち消す目的のために、お金を崇めていたことがわかるからです。

「お金は素晴らしいツールだ」と、そのような賛美を与えていた人の背後には、「お金が無くなるのが恐ろしい」という恐怖感や脅しがあったので、つまり、恐怖感や脅しが背後に見え隠れする、ツールが素晴らしいツールとは言えないことに気が付きます。

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以前の私の過去記事『三千百八十七:久しぶりに資本主義システムを考えて_No.2』で、「資本主義システムとは自壊システムである」ということを書きました。
この段落だけでなく、他の私の過去記事にも書いています。

この、日本の人口減少の現象を見て、読者の方々も、「資本主義システムとは自壊システムである」と、実感できると思います。

詳細に書かなくても、上記の文章を読めば、おわかりになるでしょう。

多くの日本人は、「教育熱心になれば、国が栄えるであろう」あるいは「高い学徳を治めれば、それだけのステータス・シンボルが得られるであろう」という主旨の下に、人々は教育熱心になりました。

当然、高い学徳を治めるために、高額な教育費が求められます。
その結果、多くの人々が、その、高額な教育費を払えなくなり、子供を産まなくなりました。
これが、本音でしょう。

そして、多くの人々が子供を産まなくなれば、自然と、その国の内部には、人口減少が起こります。
そして、人口減少が進めば進む程、それだけ、人がいなくなるのですから、その社会システム構造は、壊れます。

だからこそ、「資本主義システムとは自壊システムである」と、実感できるでしょう。

日本の総人口300人の世界だと、商業的な市場というものは、全く、成り立たないので、よって、資本主義システムも消失します。

しかも、このように、資本主義システムの理屈の一つである、利潤の追求、つまり、「お金を追いかける」という姿勢そのものが、巡り巡って、自分自身であるところの資本主義システムを消失させるのですから、「資本主義システムとは自壊システムである」と、言えます。

今後、日本の内部では、資本主義システムに対しての、議論が深まり、多数の意見が出てくると思います。

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私は、この資本主義システムに対しては、多くの人々に、その原因と責が、あるようには感じません。

私の方が、以前の司馬遼太郎さんの『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』を紹介した

『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html

の記事で見るように、明治時代に入って、日本に資本主義システムが導入されようとしていた時、多くの人々が、一揆、現代で言うところのデモを行っていたからです。

現代の資本主義システムを、奴隷システムとして、私達の世界に導入し続けてきたのは、カバールとかイルミナティとかイルミノイドの人々だからです。

つまり、それらの人々は、自分達が過去に行ってきたことを認めないといけないでしょう。

それなりの責というのは、彼等が取らないといけないのではないでしょうか。

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まだ、本文に付け足すことは出来ますが、ここで筆を置きたいと思います。


                                       坂本 誠

2017年12月 9日 (土)

三千二百二: 三権分立や憲法やその他の事を考えると_No.2

こんばんわ。

三千二百一:三権分立や憲法やその他の事を考えると』の追加です。

前段で「三権分立」について、思いついたことを書いたのですが、ちょっとした追加です。
前段でも「議会の中から、総理大臣が指名されます」そして「司法長官を総理大臣が指名しています」と書きました。

現代の議会を見ても、議員数の圧倒的多数を占めている政党から、総理大臣が指名されて、行政の長たる総理大臣となります。

Pb080146


そして、その総理大臣が行政を行って、さらに、議会の中の自分の出身政党が有利になるような政策作りの法案を提出するのでしょう。
そして、その図式で、議会中で議員数の圧倒的多数を占めている政党が、さらに有利になっています。

この図式と成り行きを、毎日のように見ている、多くの国民から見たら、

  「明らかに、これは『三権分立』されておらず、議会と行政が、密接に癒着している」

と、明らかに、誰でも感じることでしょう。

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さらに、その上、前回にも、この記事の冒頭にも書いたように、行政の長である総理大臣が、司法長官を指名するわけです。

ほとんど、誰が見ても、中学の社会科の授業で習っている、「三権分立というものは無い」と感じるのではないでしょうか。

最初から、権力とカネを追求する社会システム作りが、延々と、継続させられていただけだと感じます。

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これは私の意見なのですが、「私達は、最初から何も無かった」と考え直して、個々の人が、それぞれの、完全に新しいライフ・スタイルを確立して、これからの日々を歩んでいった方が良いのではないでしょうか。

この段落は、追加記事なので、手短にしておきます。


                                       坂本 誠

2017年12月 8日 (金)

三千二百一: 三権分立や憲法やその他の事を考えると

三権分立や憲法のことを考える機会がありました。

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まずは、三権分立です。

確か、中学校の社会科の時間で、日本の政治システムの「三権分立」を習ったでしょうか。
今、思い出してみるに、「かなり、美辞麗句で飾られながら、持ち上げられていたようだ」と感じています。

Pa200176

 

確か、その中学校で教師が言っていた事には、「日本の社会システムは、三権分立されているから、お互いにその権力が牽制(けんせい)しあうので、安全性が守られている」と言っていたでしょうか。

しかし、実際には、議会の中から、総理大臣が指名されます。
これだと、議会と行政が癒着したものとなるでしょう。
かなり、依存性が高いと言えるでしょう。

また、司法にしても同じです。
今朝の新聞によると、司法長官を総理大臣が指名しています。
これだと、司法と行政の癒着も高いと言えるでしょう。

結局、議会も行政も司法も、同じ公務員同志であり、「三権分立」ではなく、「ほぼ一つの権力だ」と言えるのではないでしょうか。

「三権分立」の状態というのは、それらの権力維持者が、関係して、決めたら、癒着の強い状態となるのではないでしょうか。
少なくとも、多くの国民の目から見たら、それらの権力を担当する存在を、完全に関係の無い別個の人々の推薦によって、決めるべきではないのでしょうか。

それぞれの権力の担当者が、他の権力の担当者を指名とかしていたら、「三つの権力の分立させた」のではなく、「三つの権力の合一化が図られている」とは思わないでしょうか。

そして、ここから考えられることを書いてみます。

例えば、仮想的に、国会議員や行政の内閣府とか様々な省庁の人々が、大量に汚職していたと仮定します。
さらに、その状態なので、司法の担当者は、議会の人間や行政担当の様々な省庁の人々を逮捕・拘束しないといけない事例があったとします。

それだと、様々な議会も止まり、行政の人間がほとんどいなくなるので、司法担当の人の、自分自身の生活ですら危うくなるかもしれません。
なぜならば、司法の人も公務員なので、数多くの公務員を逮捕・拘束してしまうと、司法の人も公務員なので、自分の立場での仕事周りも危うくなるからです。

つまり、これだと、「身内に甘い」という判断がなされるかもしれません。

このようなことを考えると、結局、今現在の私達の日本の社会システムというのは、過去から現在に至るまで、ピラミッド社会の上部の人間達が作り上げてきたのであり、その社会システムに堅牢に築き上げているので、「同じ土俵の上で彼等と話をしても、彼等には太刀打ちでき無い」という状況が発生するのではないでしょうか。

テレビの時代劇などで、『大岡越前』のような裁判官的なドラマがありましたが、多くの人は、あのようなドラマを思い出して、「裁判官ならば、この世の悪行と思えしもの全てを、綺麗さっぱりと裁いてくれるに違いない」という期待があるのではないでしょうか。

しかし、私が上に書いたような、司法が身内である役所関係に対して、正当な業務を行うかどうかを怪しく感じるので、つまり、「三権分立は、ほぼ無いだろう」という状況の下では、多くの人々が司法の権力に頼るのは、かなり甘い話とならないでしょうか。

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次には憲法です。

P7240174

 

当然、上のような「三権分立」という単語を考えていたら、自然と憲法についても考えるでしょう。

三千百十三:憲法記念日に憲法のことを考えると』にも同様のことを書いているのですが、ひとまず、日本国憲法の前文を挙げておくと、

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日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、(、、、以下、省略)
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つまり、憲法の前文の主語というのは、「われら」とあります。

つまり、日本国憲法を書いたのは、日本人全体であり、また、それから派生して出来た法律も、全て日本人全てが書いた、という設定になっています。

憲法とか法律のような文章の「主語」というのは、建て前上、「私達」です。
つまり、「私達全員が、その文章を書いたのだから、その文章の規則などは、全ての日本人、つまり、私達に適用される」というのが、その狙いです。

しかし、実際には、多くの憲法の前文とか、あるいは法律とかも、ほんの一部の人が記述していることに気が付きます。
この原稿を書いているのは、2017年の12月です。
この、2017年の12月現在で、例えば、大和太郎という人がいて、その人が20歳だとしましょう。
日本国憲法が制定されたのは、戦後間もなくですから、明らかに、その、大和太郎という人は生まれていませんでした。
ですから、大和太郎さんにしてみれば、「私は、そんな文章を書いた覚えはありませんよ」というのが事実でしょう。

ですから、この日本国憲法の前文というのは、ほぼ強制的に、現代の私達に使用されていることがわかります。

なので、現代、少なくとも、2017年の12月に、日本で生活している人の、そのほとんどは、ほぼ、強制的に日本国憲法に従わされて、それらの多くの人々が、為政者から見れば、「昔に作った日本国憲法だが、現代の日本人の、ほぼ、全てが、その憲法の内容に、同意しているようだ」という、強い思い込みが発生していることでしょう。

しかし、実際には、現在の多くの日本人が、日本国憲法に同意しているかどうかは、私はわかりませんが。

また、憲法の中には、「これそれの権利を未来の日本人に与えよう」という手合いの文章がありますが、当然、日本国憲法に同意が無ければ、「それらの権利を剥奪するぞ」という、なんとなく、脅しのようなものを感じさせられます。

最近では、憲法改正の議論もあります。
これも、あまり意味が無いように思います。
なぜならば、新しい憲法を定めたとしましょう。
すると、その前文にも、「われらは」とか「私達は」という単語を使うのでしょう。
すると、その新しい憲法が制定されて、例えば、300年後の人間から見たら、「私は、こんな憲法を書いた記憶も無い」というでしょう。

結局、ここまで考えてみると、「人々には、憲法というものが必要だろうか?」という疑問が湧くことでしょう。

通常、私達は、以下のような、強い思い込みを抱かされていないでしょうか。

  「国家というものは、絶対に人々にとって必要なものであり、国家の下に配置される憲法(ルール)も絶対に必要なのだ」

と。

ですから、時には、私達は、「国家というものは、私達に絶対に必要とされる社会システムか」とか「憲法というルールが絶対に必要か」という問いを自分自身に与えるのは、意義のあることかと思います。

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結局、ここまで来たら、「国家というものの成り立ち」について、人は考え始めるでしょう。

Pa240195

 

どうして、人々の間で、国家というものが形成されていったのでしょうか。
これも中学校の社会科の時間で習うでしょうが、日本で「国(くに)」というものが形成され始めたのは、弥生時代からです。
弥生時代に稲作が大陸からもたらされ、当時としては、栄養価の高い米を狙って、近接した村同士が争い始めたようです。
隣村からの侵略を防ぐために、次第次第に、その村が発展して、小さな国(くに)が生まれて行きました。
これが、国の成り立ちです。

海外だと、その全部はわかりませんが、おそらく、同様の米とか小麦の生産によって、同様に、国家が形成されていったのではないでしょうか。

そして、現代でもそうですが、「国家」というものが必要とされる、一番の需要は「外敵の侵略行為を防ぐ」です。

ですから、この地球上を見回して、「外敵が全くいない」という状況だったら、実は、国家というものは、ほぼ必要無くなるのです。

ですから、ここから考えれば、わかるように、「人間にとって、絶対に国家が必要か」というと、「これは違う」ということいなるでしょう。

また、「人間にとって、絶対に国家という存在を必要とはしない」ということがわかると、当然、多くの人々に、公布されている憲法でさえも、絶対的に必要ではない、とわかるでしょう。

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そして、地球上の、この社会システム構築の秘密をたどっていくと、これも、私が時々引用している以下の文献に行き当たります。

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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当初、銀河系の進化と成長を促す集合意識体が計画していたのは、地球を天の川銀河の情報センターとして活用することでした。

ですので、こぞってそれぞれの星系におけるDNAパターンを組み込んで、テラガイア星の生命種に着床させたのです。

そしてその管理を任せるための生命種として、ヒューマノイド型の「ホモ・サピエンス種」を創造しました。(、、、以下、省略)
---------------------------
(引用終わり)

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
---------------------------
そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。

P1120151


そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
というわけで、あなたがたの中にあるRコンプレックス部分の周波数を、まるごと認め、愛し、手放すことによって、その特性であった恐怖や混乱、支配、競争といった周波数帯と同調しなくなり、さらに高い周波数域である、愛と創造性に基づいた、高次のシステムと共振していくことが可能になることでしょう。
このことはいくら強調してもいいほどです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

---------------------------
(引用終わり)

つまり、多くの種族・民族が入り混じるような環境だと、自然に、どうしても、やはり争い事が出てきます。

さらに、それを狙って、好戦的な種族がやって来たら、好戦的な種族以外の人種達は、簡単にひねられたと思います。

私達の間に、「格好の餌食」という言葉がありますが、レプティリアンとかイルミナティにしてみれば、私達は、「格好の餌食」と言えたのかもしれません。

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しかし、上の引用文献中に「当初、銀河系の進化と成長を促す集合意識体が計画していたのは、地球を天の川銀河の情報センターとして活用することでした。ですので、こぞってそれぞれの星系におけるDNAパターンを組み込んで、テラガイア星の生命種に着床させたのです」とあります。

これだと、様々な生命体が地球に訪れることが奨励されていることになります。
ということは、地球が天の川銀河の情報センターになるためには、そのような好戦的な人種とも言える、レプティリアンとかイルミナティでさえも、受け入れる、ということになるでしょう。

しかし、それをしてしまえば、当然、争いの環境となったり、戦争の絶えない星になるでしょう。
つまり、「愛情から離れた星を作ろう」ということにもなってくるでしょう。

ですから、私が感じるのは、この目的から見受けられる矛盾です。

Pa250186

 

矛盾した状態というのは、達成できないことを意味しています。

以前にも書いたのですが、レプティリアンとかイルミナティを受け入れたのは、地球の造物主が、彼等の更生を願って、それをしたのかもしれません。

しかし、現実には、ほぼ達成できなかったばかりか、「レプティリアンとかイルミナティの影響を受けた」というケースが、大多数だったのではないでしょうか。

ですから、私の意見だと、「地球の造物主の願いには無理があった」と感じます。
他の人の意見まではわかりませんが。

地球の造物主だと、レプティリアンとかイルミナティを説得できたのかもしれないけれど、この場合、実行者は、地球の造物主ではなく、「レプティリアンとかイルミナティ以外の人々」ということなのでしょう。

「自分は出来るような自信がある」と言っても、他の人々が出来るかどうかはわかりません。

ですから、ここで、地球の造物主は無理な願いを実行していたと思います。

また、ここからだと、多くの存在達が、地球の造物主の願いに同意するかどうかは疑わしいと私は感じます。

もっとも、他の人の意見は違うかもしれません。

他の人ならば、「地球の願いや実行したいことに同意を感じるので、ぜひ、同行したい」という人や存在もいるかもしれません。

そのような人や存在ならば、同行すれば良いかと思います。

しかし、少なくとも、私が上に書いていることから、私自身は、同意・同行する意思はありません。

もっとも、私としても、足を踏め占める大地があったり、日々に酸素を吸えているのも、地球のおかげなので、そのようなことには感謝しています。
しかし、「この目的自身に対しても、同意を与えつつも、同行する」という状況には、私はなりません。

また、上に書いたように、ほぼ矛盾するような願いを実行していたのだから、地球の造物主というのは、ある意味、無理や無茶を敢行する性格と感じます。
良い表現をすれば、「冒険を好む性格」となるでしょうか。

たとえ、いつの日か、レプティリアンとかイルミナティの人々が、地上からいなくなったとしても、性格というのは、そんなに簡単に変わるものではありません。

ですから、このようなことを考えても、私としては、同意はしかねます。
「正直な自分の気持ちを語る」というのも大事なことですから。

もっとも、他の人の意見まではわかりません。
他の人は、他の人なりの意見を持つでしょうから。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千四百三十八:News_No.561』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/03/news_no561-cec5.html
(以下、『転載元:週プレNEWS より』、2014年12月15日(月)6時0分配信記事より引用)
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「日本はなぜ基地と原発を止められないのか」で話題の矢部宏治が鳩山友紀夫と“日本の真の支配者”を語った!【前編】
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20141215-00040591-playboyz-pol

8089e50294910c6cb163e5cb54ad137b321

▲[矢部宏治氏]日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは?|転載元:シャンティフーラさんより
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=78792

3595611

鳩山友紀夫元首相(右)と矢部宏治氏が、
日本が「真の独立国」として新しい戦後を歩むための方法を議論

(、、、中略、、、)
            
なかでも一番の問題は、日米合同委員会のメンバーである法務官僚が、法務省のトップである事務次官に占める割合は過去17人中12人、そのうち9人が検事総長にまで上り詰めている。
つまり、米軍と日本の高級官僚をメンバーとするこの共同体が、検察権力を事実上握っているということなんです。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)


(以下の写真は、Amazonの商品紹介HPからの引用)
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●書籍『「日米合同委員会」の研究――謎の権力構造の正体に迫る』
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E5%90%88%E5%90%8C%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A-%E3%81%AE%E7%A0%94%E7%A9%B6-%E8%AC%8E%E3%81%AE%E6%A8%A9%E5%8A%9B%E6%A7%8B%E9%80%A0%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93%E3%81%AB%E8%BF%AB%E3%82%8B-%E6%88%A6%E5%BE%8C%E5%86%8D%E7%99%BA%E8%A6%8B-%E5%8F%8C%E6%9B%B85-%E5%90%89%E7%94%B0-%E6%95%8F%E6%B5%A9/dp/4422300555

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『二百十六:レプティリアンについて』
●REPTILIAN NEWBORN
(レプティリアンの赤ちゃんのビデオ)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/post-fbdf.html
https://www.youtube.com/watch?v=gQPlxUb-p2o



『三千百十三:憲法記念日に憲法のことを考えると』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/05/post-05db.html


                                       坂本 誠

2017年11月17日 (金)

三千百九十三: 民主主義の落とし穴を考えて_No.2

こんばんわ。

三千百九十二:民主主義の落とし穴を考えて』の続きです。

前段落中で、「■■インターネットを使用した直接民主制の実現」と「■■テレビ電話を使用した会議の実現」という章を書きました。

これの付け加えです。

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「■■インターネットを使用した直接民主制の実現」では、インターネット上で、投票システムを稼働させれば、直接民主制が実現できる、と書きました。

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しかし、インターネットだけだと、御年輩の方で、パソコンを使用されていない方もおられるでしょう。
しかし、パソコンだけでなく、現在のデジタルテレビでも、投票が出来ることに私達は気が付くでしょう。

年末の近づいた今日、この頃ですが、年末の歌番組中等で、例えば、A組、B組の合戦が催されているとします。
現在のデジタルテレビのリモコンのボタン操作で、あなたは、A組かB組かのいずれかに、投票することが出来るでしょう。

それを、現在の選挙に応用すれば、パソコンに慣れない御年輩の方でも、投票することが出来るので、デジタルテレビを使用しても、直接民主制が実現できることがわかります。

いまだに、投票の際には、小学校の体育館を借用して、選挙の投票が行われているのを見かけます。
しかし、現在(決して未来では無く)の投票所とは、つまり、お茶の間であることがわかります。

私達のお茶の間に置かれている、デジタルテレビに向かって、テレビ・リモコンの幾つかのボタンを押せば、選挙の投票が出来ます。

今までは、投票の際に、小学校が離れている方ならば、自動車を出してまで、投票に行かれた方もおられたかもしれません。

しかし、デジタルテレビを使用した選挙投票ならば、そのようなガソリン代も使わずに済むでしょう。

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それに、先日も選挙があったようですが、確か、その選挙にかかった費用は、600億だったでしょうか。

20100525125755

 

ちょっと、細かな数値は忘れたのですが、だいたい、それぐらいだったと記憶しています。

読者である、あなたも、デジタルテレビを使用した選挙投票を考えると、「この、600億というのは、巨額な税金の無駄使いだろう」と感じるでしょう。

デジタルテレビを、無理矢理に買わされた日には、この、デジタルテレビを新しく買い求めるのに苦労された方もおられるかもしれません。

その、デジタルテレビを、買わされた上に、あなたは更に、600億ぐらいかかる選挙のために、税を払っていることでしょう。

ですから、あなたは「国政には、かなりの無駄が行われているのだ」と実感できるでしょう。

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その上、この、デジタルテレビやインターネットを使用した選挙投票が行われれば、選挙管理委員会すらも必要無いとわかるでしょう。

また、選挙だけでなく、直接民主制が実施できるのですから、代議士(国会議員)も必要無く、国民一人一人で、法案審議をして、上に話したデジタルテレビのリモコンのボタンを使って、「賛成」か「反対」を選択すれば、それが、ほぼ、瞬時に、結果がテレビ画面に映し出されて、「賛成」か「反対」かの集計結果も見られ、その法案が全国民によって採決されたかどうかもわかるでしょう。

(しかし、直接民主制が実施され始めたら、どこかの誰かが、「このような法律を作りましょう」と言って、法案を持ってくることになりますが、おそらく、そのようなことをする人は、かなり少ないと思います。なぜならば、面倒臭いし、現代でも、あふれかえる程の法律があるので、そのようなことをしてくる人は、ほとんどいないのではないかと、私は思います。)

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「■■テレビ電話を使用した会議の実現」についても、付け加えがあります。

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現代では、国会議事堂の中に、日本全国で選出された代議士達が、集まって会議をしていますが、テレビ電話を使用すれば、中央都市に上京せずとも、地方の自宅にいながらにして、会議が出来ることに気が付きます。

しかし、テレビ電話を、そんなに買わなくても良いことに気が付きます。

身近な例を挙げると、スマホに搭載されたカメラを使って、電話をする人達もいます。

また、最近のノートパソコンでも、ディスプレイと蓋を兼ねた、あの、「表」というのでしょうか、その「表」を開けて、ディスプレイを見ると、そのディスプレイの上の部分に、カメラが搭載されている機種も増えていることに気が付きます。

そのカメラを使って、ネット上で、テレビ電話というかテレビ会議というか、ネット会議というのか、わかりませんが、それを使えば、かなり安価な国会が開けることがわかるでしょう。

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つまり、現代(決して未来では無く)の投票所や国会議事堂というのは、お茶の間であることもわかります。

お茶の間に置かれたテレビを使ったり、あるいは、パソコンを使って、国民一人一人が、直接民主制を実行するわけです。

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ですから、テレビ・メーカーやIT企業の営業マンならば、上記のように、国に、営業をかけることが出来るのがわかるでしょう。

しかし、その営業マンは、国の側が、ほとんど、その投票用のテレビを買ってくれなかったり、あるいは、国会用のテレビ電話を買ってくれなかったり、あるいは、テレビカメラの搭載されたパソコンを買ってくれないことに気が付くでしょう。

その営業マンは、「なぜ、彼等は買ってくれないのか?」と疑問を持つでしょう。

その疑問の先を考えることが大事です。

すると、その疑問の答えが、すぐに、その営業マンの胸中に浮かぶことでしょう。

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とはいえ、再び、従来通りの選挙が開かれるのではないかと予想されます。

その前後ぐらいになったら、再び、これと似たような記事を、このブログ上にアップするつもりです。

「私が覚えていれば」の話ですが。

すると、読者である、あなたは、再び、「目覚め」とか「出家」と呼ばれる度合いが進むことでしょう。

前段に、私は、「目覚め」とか「出家」について書きましたね。

その、「『目覚め』とか『出家』と呼ばれる度合いが進む」というのを、言い換えたら、「乖離(かいり)が進む」という状況です。

「旧世界の状況とは、どのようなものであったのか」というのを、あなたは、しっかりと把握できるようになるかと思います。

それに、「『出家』と呼ばれる度合いが進む」と言っても、現代の出家と、昔の出家は違っています。

昔の出家というのは、頭を丸めて、お寺に行って、「私は僧侶になります」というものが多かったです。

しかし、現代のお坊さんでも結婚もしているでしょう。

『目覚め』とか『出家』とか言っても、ただ、認識が変わったり、世界観が変わって、それに基づいて、行動に変化が現れるだけです。

昔の出家者もそうでしたが、出家した後でも、何らかの生活が続くだけです。

きっと、多くの人が出家しても、何らかの生活を営んでいるだけでしょう。

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時々、私は宇宙人やUFOのことについて書いたり、あるいは、フリーエネルギーとかイルミナティとかカバールのことについて書いたりしています。

しかし、それらの話題は、ある人から見たら、遠い話題かも知れません。

しかし、この段落のように、かなり身近な話題となりますと、かえって、実感しやすく、効果があるかもしれません。

あまり、遠そうな話題をしても、読者にとっても、遠いですから実感しにくいのですね。

しかし、身近な話題で、意外な結論を出されると、人に実感されやすいのですね。

なぜならば、話題中に使用されている素材が、身近なものであればあるほど、その結論や結果が、その人の生活状態に、すぐに結びついたり、反映されやすいからですね。


(以下、上記記事に関連するかと思われる過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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(筆者である、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。)

『二千三百四十九:News_No.548』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/12/news_no548-ac37.html
(以下、『News US』、2014/12/17記事より引用)
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●次世代の党の票が不正に 隠 さ れ る 瞬間が激写される!!!
http://www.news-us.jp/article/410759480.html

【緊急拡散】
次世代の党の票が不正に 隠 さ れ る 瞬間が激写される!!!

◆動画の要点。
・やろうと思えば、不正やり放題
・太田あきひろ、田母神と書かれた紙の上に
「池内さおり」
と書かれた紙を載せてそのまま束ねてる

1束500票で、棚に入れられる。↓

棚に入れらたら、もう1束は確定する。

・票の束を乗っける棚に貼られた名札の位置が固定=最初から得票数が決まってる?
・開票作業は足立区役所の職員、ちゃんとやってんの?
・次世代の党の立会人がいない(なぜ?)
・立会人以外には開票の様子がチェックできない
・票の束を乗っける棚に貼られた名札の位置が固定=最初から得票数が決まってる?

手品?トランプ??いいえ、開票所の「開票スタッフの手元」です!

http://youtu.be/VTUPS7FDM1Q


YouTube: 手品?トランプ??いいえ、開票所の「開票スタッフの手元」です!

(転載終了)
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(引用終わり)


『二百九:選挙について_No.2』
●新潟選挙区で生活の党の12万票が消えた!
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/_no2-481e.html
http://reptilianisreal.blogspot.jp/2013/07/blog-post_4019.html

(以下、上記記事より抜粋引用)
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リチャード輿水先生のサイトのコメントから

マッシーさん

新潟選挙区です。(選管発表:開票率100%)

【選挙区】
塚田一郎(自民)456,542 当選
風間直樹(民主)204,834 当選
森ゆうこ(生活)165,308
米沢隆一(維新)107,591
西沢博(共産)  60,317
渡辺英明(社民) 46,101
安久美代子(無) 15,612
生越寛明(幸福) 5,188

【比例代表】
自民  409,001
民主  174,264
維新  106,823
公明  94,639
共産  77,964
みんな 66,785
生活  45,182
社民  42,850
大地  7,386
みどり  6,685
緑の党  7,072
幸福  3,754 

1.なんで、「森ゆう子」さんの得票が16万票以上なのに、「生活」の得票が45,000票しかないの?
その差、10万票以上はどこへ行ったの?
7割の票がどこかに消えた計算です。

当然、選挙区の票も怪しいのですが…。

2.「みんな」は候補も出していないのになんで66,000票もとってるの?なんで「生活」の票より多いの?

普通、「生活の党」の森ゆうこさんに投票したら、比例代表の方も「生活の党」に投票する人々がほとんどだよね。
では、12万票、どこに消えてしまったのでしょうかね?

みんなの党は新潟選挙区から誰も立候補していないのに、普通は、比例代表の方に票はそんなに入らないはずだよね?
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(引用終わり)


『百九十:選挙について』
●政見放送 NHK 2013参院選 東京都選挙区 犬丸 勝子
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/post-e5cd.html
http://blog.goo.ne.jp/flatheat/d/20130716
2013年7月16日に、不正選挙について語った犬丸 勝子さん。

政見放送 NHK 2013参院選 東京都選挙区 犬丸 勝子
http://www.youtube.com/watch?v=x_TZdjqHYvQ

(※筆者注:上記ビデオは埋め込み不可となっていますので、ビデオのURLをお手持ちのブラウザのURLボックスに直接入力してご覧ください。)

Cae17348ac1a23f8f23d3a96ec7ee3fd1_2

(以下、上記ビデオより抜粋引用)
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いきなりですが、
私が今回東京から参院選に立候補した理由は、
12月16日、昨年の衆院選後、
不正選挙の存在を知ったからです。
東京で不正を訴えようと思ってやって来ました。
          ・
          ・
          ・
この選挙で、自民圧勝に終われば、
すぐに憲法改正が頭をもたげるでしょう。
さらに、不正選挙があります。

福岡選管の場合、
投票箱を投票所から開票所へ運んだ記録がほとんどありません。
マイカーで運んだとも言ってます。信じられません。

投票箱がいくつかなくなっていても、
当落に関係ないからといって問題にもなりません。

このような不正選挙をなくし、正しい選挙にすることこそ、
私たちの日本の未来があると考えていいでしょう。
          ・
          ・
東京都選挙区
無所属
犬丸勝子さんの政見放送でした。
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(引用終わり)


『五百十三:News_No.371』
●【公然の秘密】自民党がCIAにコントロールされてきたことは米国務省の外交資料に明記されている
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/news_no371-b0bc.html
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-1987.html

(上記記事より)
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米CIAが自民党に秘密資金を提供していたことを認めた

安倍晋三と自民党はCFR→CSISの書いた計画に沿って日本の売国政策を進めている

自民党がCIAにコントロールされてきたことは、すでに日本中の多くの人たちが知っている「公然の秘密」ですが、それが米国務省の外交資料に明記されたことは、自民党の正体を明白にする上で重要なことです。
自民党という政党は、政党とはいうものの、ワシントンのグローバル・エリートたちによって遠隔操作されている完全なロボット政党です。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2017年11月14日 (火)

三千百九十二: 民主主義の落とし穴を考えて

こんばんわ。

この段落は、長くなりましたので、章分けしています。

以前、私達の民主主義について書いたことでもあるのですが、「私達、全ての人々が行っている」とされている民主主義も、「現実上、これは民主主義では無い」と私は思います。

なぜなのかを書いていきます。

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■代表民主制から直接民主制へ:

私達の政治システムでは、「国民の一人一人が政治を行うのが、民主主義だ。だから、代表者(代議士)を選ぶ必要がある」と宣伝されているので、その代表者を選ぶために選挙が行われています(これは代表民主制と言われている。これではなく、民主主義の本来の理想形は、直接民主制と言って、全ての人が政治を実行する)。

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この「選挙が必要だ」という理由を紹介しておきます。

その理由については、多くの人は小学校で習った記憶があるかもしれません。

  「国民の一人一人が政治を行うのが、民主主義だ(直接民主制)。しかし、全ての国民一人一人が、話し合って、政治を行うことは出来ない。だから、私達の代表者を選出して、その代表者(代議士)に政治の事を話し合ってもらおう(代表民主制)」

というのが、代表民主制が確立された理由なのです。

この、民主主義が確立された頃の、西欧は、まだ、1700年代とかのフランス革命の頃が時代背景にありました。

当時は、現代のように、通信網も、そんなに発展していないし、また、交通網も現代のように発展していなかったでしょう。

ですから、中央では無い地域の人々の代表者を決めて、中央都市で、その国の政治内容等を決定する必要性があったので、代表民主制が敷かれたのでしょう。

しかし、現代は環境が進みました。

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■■インターネットを使用した直接民主制の実現

時々、どこかのアイドル・グループが、「そのグループ内で誰が一番人気があるか?」等を知るために、何とか総選挙と言われるのを実施しているのを、多くの人々も見かけると思います。

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インターネットを使って、誰でもが自由に投票できるシステムを使って、やっていますね。

これを、そのまま、私達の民主主義政治に取り入れたら良いことがわかるでしょう。

仮に、日本のどこかの誰かが、「このような法律が必要だと思いますが、日本の全ての人々は、この法案に賛成でしょうか? それとも反対でしょうか?」と言って、そのまま、インターネット上で、日本の全ての人々に投票してもらったら、そのまま、法律として制定できるかどうかがわかるでしょう。

つまり、それは、インターネットを使用した直接民主制の実現が可能であることを意味していることが、読者の方々にもわかるでしょう。

つまり、現代の発達した通信網・情報網を使えば、国会議員という代表者を選出しなくても良いことがわかって来るでしょう。

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■■テレビ電話を使用した会議の実現

また、現代の国会というのは、大変に費用が、かかっていることがわかるでしょう。

「国会」というのも、一つの会議です。

その国会の運営費用とか、人件費とか、色々ありますが、「日本国中から、代表者を選出して、国の中央都市で、それらの人々と話し合ってもらう」というのも、現代技術の応用が進んでいないことがわかるでしょう。

なぜならば、現代では、テレビ電話があります。

このテレビ電話を使用した会議が、様々な会社でも行われています。

遠く離れた分社の人でも、わざわざ、本社にまで出張して頂かなくても、テレビ電話を使用して会議をすれば、人件費・交通費等のコストも格安に下げられることがわかります。

仮に、「国会」というものが必要だったとしても、日本全国の津々浦々から、多くの人々を選出して、長期間、中央都市に派遣させて、そこで、長期間、話し合いをしてもらうのも、莫大な費用がかかることがわかります。

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仮に、日本全国の津々浦々からの、代表者達の話し合いが必要だったとしても、テレビ電話会議を実施すれば、現代のテレビでも見られるような、大がかりな国会を行わなくても良いことがわかるでしょう。

テレビ電話会議を実施すれば、代表者達の、交通費も要らないし、中央都市に上京してまでの長期間に渡る宿泊費や生活費も要らないし、議員宿舎も要らないし、国会議事堂も必要無いし、また、当然、その国会議事堂運営費も、全く要らないことがわかるでしょう。
地方代議士の方々ならば、地方の自宅に据え付けられている、テレビ電話を付けて、どこかの誰かと会議をすれば、それで用は足ります。
地方の自宅に居ながらにして、彼等の仕事であるところの、話し合い(会議)が出来るでしょう。

(まあ、ここまで書いてみると、読者である、あなたも、「今の政治システムというのは、現代の発達した機器を、充分に活用していないので、大変な無駄が発生しているのだ。大変な税金の無駄が行われているのでは」と、気が付いてくると思います。そして、あなたが、更に思考を進めて、「なぜ、現代の政治運営方法について、旧態依然とした状態が続けられているのだろうか?」と疑問が湧いたら、さらに、その先を、あなたは思考していくかと思います。)

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■代表民主制の落とし穴:

私が上に書いたことを、あなたが読んだだけでも、「あれっ?」とか「そういや、そうだよねぇ」とか、つぶやいているかもしれません。

このような背景が潜みつつも、現代の代表民主制が、そのまま、唯一の政治システムであるかのようにして、長く続けられてきました。

そして、選挙で選出された代議士(国会議員)というのは、その巨大ピラミッドシステムを動かすだけの強権を得ることになります。

だいたい、多くの代議士(国会議員)が、選挙で、公約を述べる際には、「どうか、私に地域の人々の声(意見)を、国政に反映させて下さい」という発言が選挙カーのマイクから大音量で流されるでしょうか。

しかし、ここで忘れてはならないのは、「地域の人々の声(意見)」という発言内容でしょう。

「地域の人々」というのは、つまり、何人もいることになります。
仮に、人口が、1万人の地方都市ならば、その地方都市には、1万人いますので、1万通りの意見があることに、読者である、あなたは気が付いてくるでしょう。

ですから、その「1万通りの意見」を、全て、国政に反映させて、実現させるのは無理であることに、あなたは気が付いてくるでしょう。

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つまり、人口が1万人の地方都市で、その都市からの代表者が選出されて、国政に向かう際には、かなりの量の、意見が取捨選択されているのに気が付くでしょう。

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わかりやすく、例を挙げながら、進めます。

例えば、「私の住む地域の海には堤防が必要だ」と、ある、代議士が意見を出して、主張したとしましょう。
その堤防建設のためには、どうしても、国からの税金投与などの多額の現金が必要だと見込まれます。

しかし、その地域の人々の95%以上が、その堤防建設には反対だったとしましょう。

しかし、残る、その地域の人々の5%が、その堤防建設には賛成だったとしましょう。

そして、その代議士が、国政に上り、その堤防建設の必要性を訴えます。

他の代議士は、その堤防建設の必要性を訴える代議士に対して、以下のように言うかもしれません。

  「あなたは、地域住民の声(意見)を、国政に反映させる筈の代議士です。しかし、あなたの地域住民の95%以上が、その堤防建設には反対です。その状態だと、あなたは、地域住民の声(意見)を、国政に反映させているとは言えないのではないのですか? それとは逆に、その地域の人々の95%以上が、堤防建設に反対しているので、あなたは、国政の場において、『堤防建設反対』を叫ぶのが、正しい姿ではないでしょうか?

と。

しかし、その、堤防建設を進めようとする代議士は、以下のように言うかもしれません。

  「私自身も、その地域の住民の一人です。ですから、国民の一人として、その地域の声として、私個人の意見を、この場で述べることも、その地域の住民の意見を、国政の場で述べたことになります。確かに、私の地域の住民の95%以上は、堤防建設に反対のようです。しかし、残る5%の人々が、堤防建設には賛成です。その5%の人々の意見を、この場で述べて、堤防建設の重要性を、私が、国政の場で説得することも出来ます

と。

読者の方々には、おわかりでしょうか。

つまり、その地方の代議士といえども、ただの人間です。
ですから、その地方の代議士、1人の個人的な意見が、その地方の残りの9,999人の意見とは違っていても、「その地方の人々を代表する意見である」となるわけです。

そして、その地方の残りの9,999人の意見とは違ってはいるのですが、その地方代議士、一人の意見(意向)も、「その地方の人々を代表する意見」なのですから、その地域に、堤防が建設される可能性もあるわけです。

その、堤防建設を進めようとする代議士は、さらに以下のように言うかもしれません。

  「私の進めている堤防建設事業には、反対者も多いかもしれないのですが、賛成者もいます。過去、何らかの建設作業に対しての反対者が多い時でも、公共の福祉などを考慮して、大勢の反対者を抑えてまで、何らかの建設作業が行われたこともありました。現代では、その堤防建設工事に対して、反対者の方が多いのですが、国家百年の大計を考えますれば、百年後の国内の地域の人々は、この堤防建設工事の有用性を認めてくれるものと信じます、、、

等のように、後は、自説固めの説得の言葉を、日々に、彼が考えることが、彼の仕事となるでしょう。

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つまり、このような形で、現在の民主主義政治といえども、一種の独裁政治が可能であることが、だんだん、多くの人に知られてくるでしょう。

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上の喩え話の続きを考えると、その、堤防建設を進めようとする代議士が、仮に、どこかの政党の党首であるかもしれません。

すると、彼は党首ですから、その政党内では、社長のような存在です。

ですから、彼は、党内の人々に対して、

  「私は、この党内の社長のような存在だから、あなたがたは、私の意見であるところの、堤防建設が成功するように、あなたがたも賛成しなさい」

のような感じで、圧力をかけるかもしれません。

その結果、その地域の人々の95%以上が、堤防建設に反対していたのだけど、その人々の意に反して、「堤防が建設された」ということもありえます。

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つまり、このような形で、現在の民主主義政治といえども、一種の独裁政治が可能であることが、だんだん、多くの人に知られてくるでしょう。

なぜ、このようなことが可能なのかというと、この代表民主制と言われる民主制の代表者達は、一種の権力を握ることになるからです。

このように、「一種の権力を握った」としても、周囲の人々には権力者とは悟ってもらいたくないので、「私は地域住民の代表者だ」という感じの代表者を、取り繕ってくることでしょう。

つまり、彼は、彼の本音と、彼の口から出ている言葉が違ってくることになります。

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上の喩え話を聞いて、

  「私達の民主主義(代表民主制)でも、独裁政治が敢行される可能性が充分に理解出来た。しかも、そのような形式で、カモフラージュ(迷彩)がかけられて、独裁が敢行されている、民主主義政治は、どこか、嘘臭い、芝居じみたものを見ていることだろう」

と、人々は感づくようになるでしょう。

上の幾つかの仮想の例を見ても理解出来るように、私達の民主主義というものには、かなりの穴と言うか、盲点と言うか、落とし穴が多数あることに、人は気付いてくるようになることでしょう。

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///////////////////////////////
■終わりに:

読者である、あなたが、上の様々なケースを聞いたり、あるいは、あなた自身が、探し得た、民主主義の落とし穴を見て、あなたも目覚めてくるかもしれません。

ここで、私は「失望」という単語を使っておらず、「目覚め」という単語を使っているのですが、もちろん、これらのケースを知ったとしても、失望するのでは無く、前向きな方向で、それらを捉えた方が良いからです。

どこかの誰かの言葉で、「一億総動員」という言葉があったでしょうか。

P4180193


この言葉の意味は、確か、「日本にいる、一億人、全てを使って、何かの事態に対応する」という意味だったでしょうか。
太平洋戦争時に、初めて使用された言葉だったでしょうか。

この、私の記事の「■終わりに」では、「一億総動員」のパロディで、「一億総出家(いちおくそうしゅっけ)」という言葉が出来ても良いような気がします。

元来、「出家」というものは、頭を丸めて、お寺に行って、「私は俗世を捨てて、僧侶(女性ならば尼さん)になります」という類のものでした。

しかし、ここでは、現実に、頭を丸めて、お寺に行って、僧侶にならずとも、何かの諦めの気持ちをもって、世の見て(これは諦観((ていかん))と言われるものです)、自分なりの、新しい世界観を築き、その新しい世界観を使って、新しい世界の中で、生活することを意味しています。

その手の意味での、一億総出家の気持ちで、人が新たなライフ・スタイルを得ることが大事なのではないかと、私は感じます。

この段落は長くなりましたが、あなたのお時間を取って、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


                                       坂本 誠

2017年10月31日 (火)

三千百九十: 総合的な事を考えてみると

こんばんわ。

私が総合的な感じで、私達の世界を見ると、やはり、イルミナティとかカバールと言った人々のことを考えてしまいます。

何とならば、彼等は黙って隠れているけれど、それだけ、私達の現代社会に与えた影響は大きいと思えるからです。

私達の現代社会に溢れている科学技術の事を考えてみましょう。

現代でも発達中の科学技術ですけれど(科学技術のみが私達の幸福に寄与するとは限りませんが)、イルミナティやカバールの作り上げた資本主義社会システムの内部で、かなり、科学技術が発達したように見えます。

この原因を考えてみると、資本主義社会システムは、イルミナティやカバールの全地球人奴隷システムとして作り上げられてきました。
お金というツールを使えば、多くの人々を奴隷として使用することが出来ます。
この辺りの説明は、私の方のブログの過去記事に多く説明しているので、そちらを参照して下さい。

ですから、この資本主義社会システムの内部に科学者とか技術者とかが組み込まれたら、もちろん、お金無しで生活していくのが苦しいように、イルミナティやカバールがセットしていきましたから、金銭に窮すれば、科学者とか技術者でも、無理矢理に、自分の開発したくない分野でも研究や開発をしないといけなくなるでしょう。

その結果としては、行き過ぎた科学文明の創出も起きることでしょう。

このように、科学者とか技術者とかも強制労働させたり、あるいは、その他の多くの人々も強制労働させれば、人間の産業は無理にでも発達するので、そのような光景を見ると、「いかにも金銭力は、人間の産業を素早く発達させる」という見方も生じるでしょう。

ですから、資本主義社会システムが欧米で生まれ、その後、約400年ですが、人間の科学文明の発達を促したかもしれません。

この辺のいきさつも、私が比較的、よく引用している紙芝居の、以下のビデオを見れば実感できることでしょう。

『二千五百八十六:銀行制度についての種々の話題_No.10』
●「お金の問題点」の続き
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no10-9079.html
https://www.youtube.com/watch?v=T8DcvHSi-C8



(上記ビデオより抜粋引用)
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(村人)
あなたはお金を作る事が出来るただ一人の人。
あなたは1000万円作っただけなのに、1100万円を要求している、、、
そんなの不可能だよ!


(銀行家)
もっとお金が欲しいんですかぁ?
でしたら、最近取得された物を担保にして、更に1000万円お貸ししますよ。


(村人)
まって、まって。
私達が一生懸命働いて、国は毎年発展するけれど、国の借金はますます増加する、、、


(銀行家)
国の文明化の程度は銀行への借金の大きさで測ることができるんですョ。
契約の神聖なる義務にのっとって、あなた方の資産を頂戴しましょうか?

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(引用終わり)

このビデオを見てわかるように、私達の間で、お札(お金)が増えれば増える程(増刷)、中央銀行家に対する、国の借金額が増大する(なぜならば、中央銀行家が、お札、つまり、お金を増刷した分だけの利子、つまり、借金額を要求してくるので)ことが、あなたにも実感できることでしょう。

そして、中央銀行家に対する、国の借金額が増大し続けるので、その借金額が増大した分だけ、国が、その内部の国民に対して、増税し続けることがわかるでしょう(その、永遠に膨張し続ける増税額の返還を目指すと、無理をし続けるので、現代に見られるような、長時間労働とか幾つかの手抜き事業が発生することがわかるでしょう)。

要は、以下に紹介するビデオが語らんとしているところですよね。

『二百九十七: 私の見かけたビデオについて_No.33』
●初めて実行員が暴露した、アメリカの国際陰謀・工作秘史
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no33-6b51.html
https://www.youtube.com/watch?v=BhfCgO0ItY8



公開日: 2011/01/19

(上記ビデオより抜粋引用)
------------------
■字幕:
国家を征服しその国民を奴隷化するためには、二つの方法がある。一つは武力であり、もう一つは負債である。(John Adams 1735 - 1826)」
      :
     (中略)
      :
----- VENEZUELA 2002 -----

「、、、、エコノミック・ヒットマンの能力はこの間どんどん上がり続けましたがね・・・。、、、」

「ごく最近では1988年、ベネズエラでチャベスが大統領に勝利しました・・・、、、」
      :
     (中略)
      :
「このクーデターの起こし方は、カーミット・ルーズベルトがイランで行ったやり方と同じものです。」
「民衆をお金で買収してデモ行進をさせ、暴動を起こさせます。」
「『チャベスがとても不人気だ』と思わせるようなことを言わせながら起こすのです。」
「2,3千人の人をテレビの前に集めれば、国中が反対していると思わせることが可能です。」
「そしてそこからは、マッシュルームのように増加していくのです。」
      :
     (中略)
      :
----- IRAQ 2003 -----
「エコノミック・ヒットマンはサダム・フセインを買収することが出来なかったのです。、、、」
「何と言っても、フセインは以前、CIAのエージェントでしたからね・・・」
「前イラク大統領の暗殺のために雇われていたのです・・・失敗しましたが。」
「だから彼は私達のやり方を熟知していたのです。」
------------------
(引用終わり)


(余談なんですが、この結果から、私達は、お金を好きにならない方が良いと思います。なぜならば、私達がお金を愛すれば、その欲求を満たそうと、中央銀行家がお札を、さらに増刷してくれます。しかし、その、増刷した分の上乗せである返却分の利子を、中央銀行家が私達に、さらに請求してくるので、その分の額が、国の借金額として計上されていることがわかります。この状態だと、人類は永遠にイルミナティやカバールの奴隷として使用されることになります。ですから、お金を溺愛する人というのは、傍から見れば、蟻地獄の穴の中に、落ち込んでいく、蟻の姿に似ていると言えるでしょう。しかし、私達の世界に、このような状況を隠蔽されたまま、大量のお札(お金)が配布され、多くの人々が、お金を常識的に使用しています。ですから、私達は、少しずつでも、この状況を知りつつ、徐々に、お金から脱却した方が良いと思います。ですから、「お金の実情がわかった」と言っても、いきなり、あなたの財布の中の紙幣やコインを海に投げ捨てない方が良いです。あなたの財布の中の紙幣やコインは、現実に役立っているので、その役目が終了し無いかぎりには、身の回りの必要物資の一つのように見なして、活用した方が良いでしょう。イルミナティやカバールとしては、私達は、奴隷とも言えますが、人質とも言えるわけです。その、私達が人質なのですが、イルミナティやカバールが人質管理するために、金銭の使用を私達に強要し続けたので、このような現状下では、お金も、ポジティブな道具の一つとして、日々に活用・逆用し続けると同時に、お金の実体をも知って行った方が良いと思います。)

------------------------

しかし、私が以前から紹介・引用している本の情報ですが、

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
---------------------------
そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。

P1120151


そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
というわけで、あなたがたの中にあるRコンプレックス部分の周波数を、まるごと認め、愛し、手放すことによって、その特性であった恐怖や混乱、支配、競争といった周波数帯と同調しなくなり、さらに高い周波数域である、愛と創造性に基づいた、高次のシステムと共振していくことが可能になることでしょう。
このことはいくら強調してもいいほどです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

---------------------------
(引用終わり)

つまり、31万2000年間の時間があったならば、確かに、それは、資本主義システムが開始されて以来の約400年間と比べて長いですが、これほどの時間(31万2000年間)があったならば、それは、現代をもしのぐような、科学文明が創出・確立されていた可能性は高いです。

私達の過去の歴史、日本の歴史でも良いのですが、江戸時代以前の資本主義システムが存在しない時代でも、少しずつ、科学技術の発達は行われていたからです。
これについての具体例は挙げなくても良いでしょう。

ですから、金銭力に頼らずとも、地域社会の人間の生活の便宜上、少しずつ少しずつ、科学技術が発達することが知られています。

なので、31万2000年間の時間があったならば、確かに、それなりの科学文明が創出・確立されていた可能性は高いです。

しかも、その場合だと、現代の科学文明技術の確立と言うのは、ある意味、上に書いたように強制的な発達だったと言えるのですが、31万2000年間の時間での自然的な科学文明が創出・確立が行われたいたならば、その科学文明のあり方は、かなり、私達が現代に見ているものとは、かなり違ったスタイルを得ているかもしれません。

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つまり、私達は、上記の31万2000年前から、別のタイム・ラインをたどって来ているとも考えられます。

レプティリアン文明が生み出されなくても、何か他のスタイルの文明スタイルを、現代の私達は使っているかもしれません。

だから、他の人でも、次のように感じるかもしれません。

  「私達は、31万2000年間という、長い時間のタイム・ロスをしていた」

と。

時間の損害ですね。

再び、同書からの引用ですが、


(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
---------------------------
当初、銀河系の進化と成長を促す集合意識体が計画していたのは、地球を天の川銀河の情報センターとして活用することでした。

ですので、こぞってそれぞれの星系におけるDNAパターンを組み込んで、テラガイア星の生命種に着床させたのです。

そしてその管理を任せるための生命種として、ヒューマノイド型の「ホモ・サピエンス種」を創造しました。(、、、以下、省略)
---------------------------
(引用終わり)

とあります。

これだと、私達の地上に、数多くの人種や民族がいても不思議は無いことがわかります。

しかし、この目的を達成させるためには、悪人すらも、地球に入れないといけなくなるでしょう。
なぜならば、「様々な民族を受け入れたい」とあるならば、そのようなネガティブな人種を入れておかないと、「水族館」というか、「情報センター」の役割を果たさなくなるからです。

しかし、その状況だと、「とりあえず、愛とか平和を重視しない民族を受け入れる」ということにもなりますから、当然、地上に愛と平和が満たされないことも当然な事となります。

私達の社会を見回しても、異民族と異民族が接する所では、何らかの問題が起きやすいです。
これは、民族の中の風習や習慣やポリシーなどが、若干違っているから発生してきます。

ですから、数多くの異民族を導入すればするほど、数多くの問題が生じると同時に、「さらに、ネガティブな人種をも入れよう」ともなると、それは、ある意味、矛盾が起きてくるでしょう。

その、当時のレプティリアンのセリフを考えてみるならば、

  「数多くの異民族たちがいる。だから、その人々の間の軋轢も多く発生して、その内、私達の戦争技術や、その他の争いの技術も、これらの人々は必要とすることだろう。その結果、私達が崇められ、さらに、その結果、私達が支配できるようになるだろう」

と、このような感じだったのではないでしょうか。

ですから、私からしてみたら、あまりにも、無理な願いが実行されていたのではないかと感じます。

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もちろん、私以外の、他の多くの意見を持っている方々も、大勢いると思うのですが、少なくとも、私の意見としては、「あまりにも、無理な願いが実行されていたのでは」というものです。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二百十六:レプティリアンについて』
●REPTILIAN NEWBORN
(レプティリアンの赤ちゃんのビデオ)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/post-fbdf.html
https://www.youtube.com/watch?v=gQPlxUb-p2o




                                       坂本 誠

2017年10月26日 (木)

三千百八十九: 現代の公共放送やルールを考えて

こんばんわ。

昨今、「公共放送の組織と契約するかどうか」という問題が生じているようです。
これに関して、私なりの意見を書いて見ることにします。

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この問題の本質は何なのかと言うと、一つは公共放送の需要性が薄れてきていることにあります。

テレビというものが、始まった頃には、「民放」と呼ばれる民間主体の報道が、ほとんどありませんでした。

Pa240189

 

しかし、意外にも、テレビ放送が始まって、まもなく、民放が増えてきました。

ですから、現代だと、テレビを利用している人でも、まったく、公共放送のチャンネルに合わせる人もいないかもしれません。

そのような人から見たら、「なぜ、公共放送と契約を結ばないといけないのか」という自然な疑問が湧くことでしょう。

また、最近では、民間経営のケーブル・テレビとケーブル放送も多々あります。

そのように、ケーブル・テレビとケーブル放送のみしか、テレビを使用していない人々も増えて来ているかもしれません。
そのような人は、確かに、テレビを活用しているのですが、公共放送を全く利用していないケースもあるかもしれません。
そうであるならば、「どうして、公共放送と契約を結ばないといけないのか」という自然な疑問が湧くことでしょう。

ですから、これは人々の間で、公共放送の需要性が徐々に薄れてきていることを意味しています。

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この問題を、さらに深く考えてみましょう。

私達の間で、通用しているとされているルールには、「テレビを所有する人は、公共放送と契約を結びなさい」というものがあるようです。

Pa240195

 

このルールが制定された背景を考えていくと、さらに問題の本質追求が出来ます。

このルールが制定された当初、このルールを作った人の意向と言うのは、

  「我が国では、未来永劫に渡って、テレビ放送がなされる間、全ての人々が、半永久的に、公共放送を重視して、公共放送を見続けるに違いない」

という、強い思い込みが発生していたことに気が付くでしょう。

実際には、多々、民間放送局が出現し続けたことにより、多くの人々が、「半永久的に、公共放送を重視して、公共放送を見続ける」ことは無かったことがわかります。

現代では、民間放送局や民間のケーブルテレビや、その他諸々の放送媒体とも言えるものが出現したので、この国の大多数の人々が、半永久的に、公共放送を重視し、公共放送を毎日のように、必ず、チャンネルを合わせ続ける、ということも無くなってきているでしょう。

私だって、公共放送を見る日は、ほとんど無くなってきているからです。

ですから、上に書いた

  「我が国では、未来永劫に渡って、テレビ放送がなされる間、全ての人々が、半永久的に、公共放送を重視して、公共放送を見続けるに違いない」

という思い込みや、この状態想定は間違っていたわけです。

だから、いつの日にかは、全ての人々がテレビを全く見なくなる日だって、訪れるかもしれません。

ですから、上記のルールを作った人が、無理矢理、法律化までさせたことが、間違いであり、これが問題の発端だったと私は考えます。

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つまり、この手の問題はルールの問題でもあることに私達は気が付きます。

Pa250187

 

ですから、ルールというものを、今少し、詳しく考えてみましょう。

「ルール」というものは、その地域に暮らす人々が、実際に生活するに当たり、多くの人々の間で、「このようなルールが私達の間で必要だ」と感じることから始まります。

つまり、「ルール」よりも大事なものとは、そのルールを定めるに当たっての、理由や必要性の方が、当のルールよりも重要なことがわかります。

ですから、ある一定の期間を過ぎた後で、人々の暮らしぶりが変わると、そのルールを作り、使っていたところの理由や必要性が無くなります。

簡単でわかりやすい例を挙げておきます。

「武士は帯刀しなくてはいけない」とか「武士は道路の上を左側通行しなくてはいけない」が挙げられるでしょう。

まず、「武士は帯刀しなくてはいけない」というルールですが、これはおわかりのように、現代は武士がいませんから、そもそも人が帯刀する必要性はありません。

そして、「武士は道路の上を左側通行しなくてはいけない」というルールですが、これは、武士でも右利きの人が多かったので、日本刀を抜きやすいように、多くの武士は腰の左側に帯刀していました。
この状態で、道の上を右側通行すると、武士同士の右側が触れる可能性があり、日本刀が触れ合うことがあります。
ですから、まかり間違ったら、ケンカとなり、そのまま日本刀を抜いて、争いが起きるかもしれません。
ですから、「武士は道路の上を左側通行しなくてはいけない」というルールがありました。
しかし、現代だと、「私は武士だ」と自らを武士だと自認する人は、いないでしょうから、このルールも、もはや存在していません。

Pa250176

 

このように、他のルールも、時代が変わり環境が変われば、そのルールを定めたゆえんの理由が消えたり、そのルールを支えるだけの理由や必要性が消失することがわかります。

つまり、その社会で暮らす人々の間で、社会生活を営む上での、共通の理由や需要の方が、ルールを超えて、重要なことがわかります。

人々の間で、社会生活を営む上での、共通の理由や需要があったからこそ、始めて、その、共通の理由や需要に沿った、ルールが作成されたのですから。

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多くの人々の間で、決められていたルールといえども、その多くの人々が、そのルールを支えているだけの理由や需要を感じなくなり始めると、そのルールには意味が無くなり始め、やがて、そのルールは消失していきます。

ですから、私達の社会生活の間では、「ルールこそが絶対だ」とか「ルールこそ先にありき」と考えるのは、これは間違っていることに気が付きます。

上に書いたように、ルールを支え、そのルールが作成された理由や需要性の方が重要だとわかるので。

もし、現代でも、多くの人々が、「公共放送は重要であり、毎日のようにチャンネルを公共放送に合わせる」のように、多くの人々が公共放送に対して、強い需要性を感じていたり、強い必要性を感じていれば、件の問題は発生していなかったことでしょう。

どうして、この問題が発生しているかというと、これは、その出来事を抱えている人々にとって、「公共放送に重要性を感じない」と感じているからです。

Pa250174

 

もし、それらの人々が、「現代でも公共放送に強い需要性や強い必要性を感じる」となっていれば、そのような問題は発生していないからです。

つまり、このように、「公共放送に重要性を感じない」という人々が、確実に存在していることがわかります。

ですから、公共放送の側が、「現代でも、多くの人々が公共放送に重要性を感じている」と、主張するには無理があるとわかります。

なぜならば、本当に、公共放送が重要ならば、まず、「公共放送に重要性を感じない」という人々に対して、充分に改心させるだけの納得・得心できるだけの内容を、未然に与えている筈だからです。

その、改心させるだけの内容を、その人々に与えていないからこそ、その人々は、「公共放送に重要性を感じない」と主張しているのでしょうから。

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現代に暮らしている、私達の周囲に存在している、他の数多くのルールにしても、同じ視点で見ることが出来ます。

「あれほど大量のルールが、私達に必要だろうか?」という疑問が湧くでしょう。

これは、私の以前の過去記事にも書いているのですが、私達の社会に通用・使用しているとされているルールブックが書店にも置かれています。

その、ルールブックのかなりの厚みも知られていますが、その、ルールブックの厚みが、年々増加していることも知られています。

ですから、人は、やがて次のように感じ始めることでしょう。

  「この、ルールブックの厚さが、富士山の高さを超えたり、あるいは、エベレスト山の高さを超えるのは、いつの日になるだろうか? そして、そのような状態は、私達の暮らしぶりに、何かの意味があるだろうか?」

と。

----------------------------

ルールを考えていますから、ついでながら、憲法の事についても加えておきます。

現代の憲法というものは、日本国憲法に先立つに当たり、大日本帝国憲法というものが、明治時代に制定されました。

この大日本帝国憲法というものを、時の明治政府が制定した理由というのは、紹介してみます。
当時、ヨーロッパ諸国が強大な権力をふるっており、世界中に進出(侵略)して、世界各国を植民地化していました。

そして、そのヨーロッパ諸国を見てみると、各国の間では、憲法という名のルールが制定されています。

Pa250203

 

その国民共通のルールを定めていることにより、その国の内部の人々が一致団結して、一つの目的を達成しようとしているように見えました。
ですから、時の明治政府の人間達としては、「我が国にも、憲法というものを定めて(輸入して)、多くの人々を一致団結させれば、我が国も強力になり、ヨーロッパ諸国の進出を防ぎ、あるいは、我が国もヨーロッパ諸国のように強烈な国家となるに違いない」というものでした。

要は、「欧州を見習え」ということでした。

ですから、この憲法制定の理由を考えるに、私達の間でも、「憲法というルールも、私達にとっては必要ないかもしれない」と考える人が出て来ても不思議ではないでしょう。

----------------------------

上にも書いているのですが、ルール絡みの問題を考える時には、ルールばかりを持ち出して考慮するのではなく、そのルールが定められたゆえんである、ルール作成の理由や必要性を捉えて、考えることが重要です。

なぜならば、そのルールが定められた理由こそが、そのルールそのものの実体ですので。

何らかのルールが定められた、その理由や必要性こそが、そのルールを超えて重要なものだと、私達にわかりますので。

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ですから、ある人々にとっては、憲法というルールですらも絶対的なものではなく、多くの人々を拘束できるようなものでは無い、と、わかり始めることでしょう。


                                       坂本 誠

2017年10月 9日 (月)

三千百八十四: 芸能人の引退から、マスメディアを考えてみると

最近では、芸能人の引退が多いように感じます。

私がテレビや新聞で芸能人を見るに、芸能人や、他の文化人と言われる人々が、マスメディア上では、語ってはいけないことが多いように見えるので、そこに、芸能人や、他の文化人と言われる人々が、堅苦しさや窮屈さを感じて、引退する人々が多いように感じます。

Img7da13af3ac9b

 

もっとも、その、引退する人々が辞める際には、「一身上の都合」とか、その他の簡単な理由を述べて、引退するわけですが、実際には、その背後には、様々な多くの理由があると感じます。

ですから、引退する芸能人の方々が、「マスメディア上では、語ってはいけないことが多いように見える」という理由のみで引退するのではなく、もっと、他にも様々な理由によって、芸能界を引退していると思います。

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しかし、私が見るところ、「マスメディア上では、語ってはいけないことが多い」という点から、堅苦しさを感じて、引退する人が多いように感じます。

この記事のために筆を流している、私は、今現在、別に感情が高ぶっているわけでもなく、冷静に筆を運んでいるのですが、例えば、私がテレビに出演して、以下のような疑問を口に出したとしてみます。

  「私が、イルミナティとか、カバールとか、彼等の計画・実行している人口削減計画等を、テレビや新聞上で語ってはいけないのでしょうか?」

と、いうような疑問です。

私だけでなく、他の人とか、あるいは、芸能人や他の文化人と言われる人々も、私と同じような疑問を、テレビや新聞上で語ってみたくなるかもしれません。

私が例に挙げたイルミナティとか、カバールだけでなく、レプティリアンとかアヌンナキという単語についても、同様でしょう。

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しかし、その疑問を世に流す筈の、マスメディア、つまり、テレビや新聞の側としては、以下のような返答が返ってくるのではないかと考えられます。

Img7da13af3ac6c

 

  「坂本さん、それを言ったら、まずいんですよ」

と。

ですから、この記事では、マスメディア側の返答と予想される「坂本さん、それを言ったら、まずいんですよ」という、その理由を、感情が高ぶること無く、冷静に考えてみよう、というのが、この記事の主旨です。

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この理由を考えるに、筆頭に挙げられる理由としては、やはり、金銭の問題かと思います。

「マスメディア」というからには、これのほとんど多くのものは、テレビ局や新聞会社です。

それらのテレビ局や新聞会社というのは、つまり、株式会社や、あるいは有限会社です。

「株式会社」というからには、その会社の目的の一つとして、利益の向上があります。

「利益の向上」というのは、他ならぬ、金銭獲得における、金銭数値の上昇、というわけです。

ところが、現実のマスメディアの会社の株主達の中に、その、私の疑問文の中に出て来た、イルミナティ達がいるかもしれません。

ですから、イルミナティとしては、自分達の存在を隠し込みたいわけですから、イルミナティの側が金銭のちからを使って、報道会社の報道の自由を奪うかもしれません。

例えば、報道会社の株主のイルミナティならば、以下のように、自分の会社の従業員達に、お触れを出すのではないでしょうか。

  「イルミナティという単語を放送禁止用語にする。あるいは、自局の中で、その単語を発する者を解雇する」

とか。

イルミナティの側だったら、その他、様々な理由を付けて、「イルミナテイとかカバール」という単語を、マスメディアに出さないような工夫を、ありったけに考えることでしょう。

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その他、「イルミナティ」という単語が、マスメディアで使用されるようになったら、イルミナティが逮捕されるかもしれないので、そのイルミナティが、マスメディア会社の株主だったら、当然、自社の利益に関わって来ることだから、マスメディア側としては、「イルミナティという単語を放送禁止用語にしよう」という動きが水面下で進むことでしょう。

20100316105005

 

---------------------------------

あるいは、「イルミナティ」という単語が、マスメディアで使用されるようになったら、ひょっとしたら、社会的な混乱が発生して、それを流した側のマスメディアの利益や収益が落ちる、という可能性も考えられます。

あるいは、「イルミナティ」という単語を発した、マスメディアに、イルミナティが背後で指揮・命令しているところの、過激派集団がやって来て、そのマスメディアに襲撃しに来る、というケースも考えられます。

上記の他にも、様々なケースが想定されますが、これ以外のケースの想定は、読者の方々が、時間の余裕のある時に、御自身で考えてみて下さい。

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しかし、いずれにしても、「イルミナティという単語を、うちの放送局や新聞上で流すと、うちの利益に非常に関わってくる。その状況は避けたい」という、主に金銭的な理由の結果から、イルミナティやカバールという単語が、世のマスメディア上に流れないのではないでしょうか。

まあ、イルミナティやカバールという単語だけではなく、その他、何かの、そのマスメディア上で流したら、非常に、その会社にとって、利益的に不利に陥る単語があるのではないでしょうか。

そうなると、マスメディアの会社としては、暗黙の内に、幾つかの単語を、放送禁止用語に設定しようと努力することでしょう。

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そうなってくると、私達は次のように感じてくるのではないでしょうか。

  「言論の自由を訴える機関そのものが、意外にも、言論の自由の封殺を行っているように見える」

と。

つまり、これらの事も、大元を見れば、「金銭というものから生じている問題である」と、読者の方々は実感してくることでしょう。

20100319132326

 

そして、金銭を作っているのが、イルミナティやカバールなのだから、彼等は、その金銭を使って、私達を直接的あるいは間接的にも、私達を操作していることが、読者の方々にも実感できてくることでしょう。

私達が、これらの考察を進めると、私達は「私達の間に回っているところの、金銭というものは、毒として、私達に作用している」と、考え始めるのではないでしょうか。

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これらの結果から、この記事の冒頭で書いたような、芸能人や、他の文化人と言われる人々が、マスメディアに堅苦しさを感じて、芸能界からの引退(つまり、マスメディアからの引退)という、引退理由の一つとなっているのではないでしょうか。

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この記事中では、「放送禁止用語」という単語が出てきました。

この「放送禁止用語」の中には、「非常に汚い雰囲気を持っている」とされている単語等が指定されているようです。

この場合、つまり、「汚い雰囲気を持っている」とされている単語の意味での、「放送禁止用語」を、この段落では考えたわけではありません。

「汚い雰囲気を持つ言葉を、語る」という例と、「あれそれの事情が語られていない」という状況には違いがあります。

ですから、「汚い雰囲気を持っている」とされている意味での「放送禁止用語」を語るのは、別の段落を設けて語らないといけなくなるので、この段落中では、割愛します。

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マスメディアでの、報道でも、ほんのわずかながらに、イルミナティとかカバールに関した、内容のものが突発的に語られたりはしているようです。

例えば、以下の私の過去記事で紹介したもののようにです。

『二千百七:私の見かけたビデオについて_No.54』
●信じられない!9歳の少女がオランダテレビで新世界秩序の計画を暴露しました。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/_no54-6986.html
https://www.youtube.com/watch?v=401WlHNyWrw



(上記ビデオより抜粋引用)
--------------------------
【翻訳】私はベン・アミラ、9歳です。歌いますが皆さんには期待はずれになるでしょう-。
「新世界秩序はもうすぐマネーシステムを破壊する。
我々はニセモノのエイリアン侵略を使って世界政府を推進する。
信じられないだろうが、
我々は君たちを洗脳するために主流メディアのほとんどを所有している!
infowars.comやwhynotnews.euなどから学んではならない!
権威に従い、マイクロチップを埋め込み、フッ素入りの水を飲め!
フリーエネルギーニュースなどを見てはならない。
従順で主体性のない奴隷でありつづけるのだ。
何の役にもたたないゴミを観察し続けろ!
バカで無知で在り続ける事で新世界秩序のエリートを助けるのだ!
それを邪魔するような発明や大麻油のような代替治療を推進してはならない。バカで居ろ-!
代替メディアネットワーク、911トラウザーズやケムトレイルリサーチ、オキュパィム-ーブメント、陰謀研究者、アノニモス、Hactivismなどは無視するのだ。
--------------------------
(引用終わり)

上のビデオに出てくる、オランダのテレビ局がどうなったかは、私は知りませんし、また、その後のベン・アミラさんが、どうなったかはわかりません。

私の方で、時間の余裕のある時に、その後のオランダのテレビ局の状況とか、ベン・アミラさんの、その後の状況を、調べることになるのではないかと思います。
もっとも、「私が知りたい」と願わなければ、調べないことになります。

上のビデオのように、ほんのわずかながらにも、世に流れていると思われる情報については、私の『過去記事』の欄に掲載しておきます。


(以下、上記記事に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二百八十九:フリーメーソンとイルミナティ レジャンバルド神父』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/post-4df6.html
http://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=50235
●フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part1
http://www.youtube.com/watch?v=3PLaXhXdZt8



(上記記事より抜粋して引用)
----------------------
1.サタンに仕えるイルミナティ最高権力者たち(0:02)

神父:イルミナティはサタンの世界支配を確立するために、このルシファーに身を捧げます。
そのサタンの世界支配は、唯一の世界政府、唯一の世界経済、唯一の世界軍隊、そして唯一の世界宗教によって確立します。
13人のドルイド司祭は、直接、具体的にメーソン会員をサタンに捧げ、世界中のイルミナティの儀式を司ります。
この13人のドルイド司祭は、サタン信仰に身を捧げ、フリーメーソン、イルミナティ内部でサタンとの契約を司る人々です。
この33人が500人のビルダーバーグ会議出席者を支配します。
----------------------
(引用終わり)

フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part2
http://www.youtube.com/watch?v=GzAsn0rH3FU



フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part3
http://www.youtube.com/watch?v=H8eeuD_auY4

フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part4
http://www.youtube.com/watch?v=O_CQB5M8kFw

フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part5
http://www.youtube.com/watch?v=c_EE5bZmGBI

フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part6
http://www.youtube.com/watch?v=TR2NXSGLDn0


『二千三百七:彼等についてのTVコマーシャル_No.2』
●Illuminati TV Commercial - Official
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/11/tv_no2-3a7c.html
https://www.youtube.com/watch?v=oTRY2BEhXz8



(上記ビデオからの引用と翻訳)
---------------------------
あなた達の傷ついた闘争、貧困に支配された惑星のために恐れないでください。
あなた達は大丈夫です。

救済が近づいています。
あなた達の繁栄は我々の世界的設計(Universal Design)の中心的な目標です。
人類のための道は人類の生存と繁栄を確実にするために、長い年数に至りました。
戦争とは、「十分な土地がない」と主張している一つの嘘なのです。
また、戦争とは「すべての場所において、豊富に生きるための十分な富が無く、すべての人々に十分でない食物の量だ」と主張している一つの嘘なのです。

様々な時代が我々の途上にあります。
あなた達の赤い水平線全体に木霊している爆音に恐れないでください。

あなた達の人生を準備してください。
なぜならば、着実に成長する光は遠方より明るくなるからです。
あなた達の暗闇の戦場が除かれるために夜明けが訪れるので、イルミナティズムの時代が始まります。

何も恐れないでください。
我々は常にあなた達を見張っています。
我々の組織と世界的設計でのあなた達の役割についてもっと知るために、Illuminati.amを訪問してください。
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(引用と翻訳終わり)


                                       坂本 誠

2017年10月 2日 (月)

三千百八十二: イランの美容院の写真を見て

こんばんわ。

ちょっと意外に感じた写真を紹介しながら、私の考えたことを書いてみます。

(以下、『朝日新聞 GLOBE』、2017/10/1、13面記事より引用)
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●男子禁制の美容院で

_2_3

 

ブロンドの髪を飾る華やいだ表情。
メイク中の女性の鮮やかな口元。
客で賑わう美容院の日常を切り取った一枚は、そう簡単に撮れたわけではなかった。

(、、、中略、、、)

「報道されるイランの女性は、黒ずくめの姿ばかり。でも、ベールの下には色鮮やかな姿がある。市民の本当の姿を、外国に知ってもらいたい」。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

 

写真を一見しただけだと、西洋の女性達が、どこかの街の居酒屋で、パーティーをやっているように見えるだけです。

しかし、明らかに違うのは、その写真が撮影されたのは、イランの美容院ということでしょう。
イランの女性市民を見る限り、私達の国の女性達を見るのと同じように、「お洒落をしてみたい」とか「美しい化粧をしてみたい」という風に願っていることがわかります。

しかし、イランに限らず、中東地方の国々では、女性の顔や体に黒ずくめのベールを覆うのが習慣となっていることが世界の人々に知られています。

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疑問に思うのですが、あの、中東の女性達が来ている、黒ずくめのベール姿というのは、過去、男性達が女性達に無理矢理に強いた衣装ではないでしょうか。

そのような中東の過去の男性達の、ハッキリとした思惑や狙いまではわかりませんが、例として考えてみるならば、

  「女性達が男性達の目を引くような衣装を着ていれば、男性達が自分の仕事に集中できなくなるので、女性達に黒ずくめの服を着させる必要がある」

等でしょうか。

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あの、現在に至るまでの中東諸国の厳しい戒律というのは、ムハンマド(別名:マホメット)から生じているのではないでしょうか。

イスラム教の開祖である、ムハンマドは厳しい戒律を人々に与えたことで有名です。

ムハンマドよりも前の時代の伝承を集めたとされる『アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)』中では、そんなに堅い戒律が中東諸国の人々を縛っている、ということはありません。

そのような時代である、イスラム教の始まる前の世界の絵画では、女性達も顔を露出している衣装での絵画が様々に残されています。

『アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)』では、アラジンとかシンドバッドとかアリババ等が現れて活躍します。
生き生きとした人物描写もなされて、面白く、おかしく、それらの物語が語り継がれているようです。

ですから、ムハンマドが中東諸国に与えた影響は大きく、厳しさが、いまだに中東諸国に席巻していると思われます。

しかし、本当の中東諸国の人々の民族性とは、この記事で引用した写真とか、あるいは、『アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)』に見られるような、明るさや開放性ではないでしょうか。

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確かに、イスラム教にも、詳細に探せば、どこか良い面があるのでしょうけど、人々の精神の開放性や自由性を考えれば、ムハンマドよりも前の時代の、中東諸国の人々の民族性を尊重する必要性もあるのではないでしょうか。

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少なくとも、この記事で引用した写真を見る限り、真の中東諸国の人々の明るさなり、自由を慕う心は、深く人々の暮らしの中に息づいているように感じます。


                                       坂本 誠

2017年9月25日 (月)

三千百七十八: 現在の私達にとって、考えた方が良いと思われるもの(独白)

時々、イルミナティのことについて、書く私だけれども、その、イルミナティを受け入れていた側についても、しばしば、考えてしまう。

仮に、地球上に、地球創世の造物主という存在がいて、その存在が、「私ならば、イルミナティ達を更生させることが出来る。だから、地球上の他の存在達(例えば、イルミナティ以外の人々)も、イルミナティ達を更生させることが出来るに違いない」と彼一人の独断に基づいて、地球上の人々とイルミナティ達を交際させていたとするならば、彼は少し、方向性が誤っていたかと思ってしまう。

P9110181

 

なるほど、地球上の造物主ならば、彼はイルミナティ達を説得せしめ、更生させることも可能かもしれない。
しかし、問題は、その更生の役目を授かっている、私達、地球人類が、一丸となって、本当に、イルミナティ達を更生させるという強い意志の下に、それだけの、実行力があったかどうかは、かなり疑わしいものと言えると思う。

造物主、彼一人(あるいは彼女一人)が、そのような意思や能力を持っていたとしても、他の存在達(つまり、私達、地球人類)一人一人が、そのような意思を持っているか、あるいは、そのような能力を所有したいかどうかとなると、そのようなものを所有したいかどうかは、個々の人に委ねられているからだ。

簡単に言えば、地球の造物主、彼一人(あるいは彼女一人)が、イルミナティ達のお世話や更生を出来る能力があるかもしれないけれど、他の人々が、どうかはわからない。

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だから、造物主、彼一人が、そのような事を実行したいのならば、彼一人でやるべきかと思われる。

中には「造物主、彼一人の希望や意志に、ぜひ、同意・同行したい」という人々もいるかもしれない。

そのような人ならば、地球上の造物主に、今後も同行されたら良いかと思ってしまう。

だから、地球上の造物主に、現在、必要とされる行動というのは、地球上の全ての存在達に、彼に対する、同意・同行の意志があるかどうかを、一人一人に尋ねることだと考えてしまう。

もし、同意・同行が無ければ、それは虐待行為を認めてしまうことになるだろう。

他の人々の考えまではわからないものの、私の見る限り、「地球上の造物主の願いに、ぜひ、同意・同行したい」という存在は、かなり少数派となるのではないだろうか。

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もちろん、私達は、地上にいる段階で、空気を吸えたり、足を踏みしめる大地があったり、あるいは、日々に日光を浴びることも出来るので、それらの事に対しての感謝はあると思う。

しかし、彼の願いの全てに同意するかどうかは、個々の人に委ねられている。

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しかし、彼も、イルミナティ達に対して我慢できなくなり、何らかの行動を実行しているかもしれない。

私が、時々、引用している文献を、再び、下に引用すると、

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。
そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

P1120151

 

時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
というわけで、あなたがたの中にあるRコンプレックス部分の周波数を、まるごと認め、愛し、手放すことによって、その特性であった恐怖や混乱、支配、競争といった周波数帯と同調しなくなり、さらに高い周波数域である、愛と創造性に基づいた、高次のシステムと共振していくことが可能になることでしょう。
このことはいくら強調してもいいほどです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

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(引用終わり)

引用した文献で見る限り、地球側は、少なくとも、31万2000年間をかけて、彼等の更生を促そうとしていたのかもしれない。

しかし、私が考えるに、この「31万2000年間」という期間は長過ぎである。

私ならば、1年も経たない内に、彼等に地球から出て行ってもらうような手段を取ったのではないだろうか。

この「31万2000年間」という期間は、意図的に、彼等の更生を願って、地球上に留めさせておいてやったのかと思う。

そして、この「31万2000年間」という、私から見れば、長すぎる期間を使ってでも、彼等は更生されるどころか、逆に、その魔の爪は、伸び続けるのだった。

P6210185

 

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それから判断して、「彼等の更生を願って」という意志や狙いがあったとしても、それは、かなり、軽率であり、また、かなりの楽観思考の下での判断だったように感じてしまう。

現在の私達にも実感できるように、何かの困難なプロジェクトを計画・実行する際、その計画者側が軽率・楽観主義者であると、うまく行かないことが多い。

これらの過去の状況から現在に至るまでを見ても、今後の状況を判断して、「地球には留まりたくない」という願いや意志が出ても、不思議ではないと思う。

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確かに、私達は、過去、何らかの同意があって、現在の地上に集っているのかもしれない。

しかし、それは、あくまで、「過去の同意」の下に行われたことだろう。

現在の意向や何らかの実行によって、私達は、常に「未来に向けての同意作成」を実行していることを忘れてはならないだろう。

簡単に言えば、一瞬一瞬の思考の傾向が、徐々に、私達の未来を形成してゆく。

その、私達の「一瞬一瞬の思考の傾向」が、つまり、「未来に向けての同意作成」なのだ。

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私達の「過去の同意」というものを考えてみると、それは、ひょっとしたら、「生前に立てた計画・同意・願い」という感じになって来るかもしれない。

「生まれる前の記憶」となると、これは、現在のほとんど誰にとっても、雲や虹をつかむ話となってくるだろう。

P6210198

 

つまり、現在のほとんど誰もが思い出せるはずの無い状況の中で、何らかの契約が行われたことになるだろうけれど、これだと雲や虹をつかむのと同じように、ほとんど無理と思える、何かが私達に課せられていたとになってくるだろう。

ここから考えても、地球上の造物主がいると仮定するならば、私が彼に諫言したいことには、「あなたは、他の存在達に、あまりの無理難題を願っていないでしょうか」ということである。

他の人達の考え・意向まではわからないのだけど、私としては、「無理難題を、無謀にも、実行したいという存在には、ついて行きたくない」というのが、隠しようの無い、私の本音だ。

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現在でも、地上のどこかで、原爆実験や水爆実験が行われている。

地球の造物主としては、自分の身体の上で、原爆や水爆を爆発させられると痛いかもしれない。

ほとんど、多くの私達でも、原爆や水爆実験を実行する人と友人になりたくないだろう。
だから、その、原爆実験や水爆実験を実行する人には、問題があると言えるだろう。
(原爆実験や水爆実験を実行する人というのは、洋の東西にいることも忘れてはならないだろう。)

しかし、私が考えるのだけど、上の私の記事を踏まえると、「地球の側が、最初から、そのような人々を入れたことに問題があるのでは?」という疑問が浮かんでしまう。

最初から、地球の上に、断固として、そのような人々を入れなかったら、自分の身体が痛むことも無かったかもしれない。

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上に引用しておいた文献から、レプティリアンの侵食が、31万2000年前であり、その直後から現在に至るまで、私という存在が、もし、地球の外側に視点があったと仮定するならば、私は次のように、彼に諫言し続けていたのではないだろうか。

  「どうして、レプティリアン達を、早期に、地球外に出そうとしないのですか?」

と。

その答えとしては、

  「『彼等が更生してくれるであろう』と信じ続けていたから」

ではないだろうか。

これだと、現在の困難な状況が地球の上で起こっていても、それは、ある意味、自業自得と言えたのではないだろうか。

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だから、上に書いたことを全て踏まえて、考えるに、現在の私達にとって、一番大事な事は、「このような地球上で生活していきたいか」という問いに同意があるかどうかを、真摯に熟慮することだと思う。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二百十六:レプティリアンについて』
●REPTILIAN NEWBORN
(レプティリアンの赤ちゃんのビデオ)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/post-fbdf.html
https://www.youtube.com/watch?v=gQPlxUb-p2o





                                       坂本 誠

2017年9月14日 (木)

三千百七十四: 「何も知らない」という状況は幸福を生み出すか(独白)

ある人々の間では、

  「何も知らない方が、人間、幸せなのだ」

という人々もいる。

しかし、そのように、何も知らされない人々は、その状態で、幸福感を感じる人もいるかもしれないが、様々な事情を知っている人から、誤誘導される可能性が高いことだろう。

P9110177

 

そして、その情報を知らされない人は、様々な情報を得られないから、様々な角度から見て、自分が本当に幸福かどうかがわからなくなるのだ。

だから、その、上に書いたような「何も知らされない人々」というのは、幸せかもしれないが、その人達以外の、様々な事情を知っている人で、かつ、悪意を持っている存在からは、その存在達の手下として扱われているかもしれない。

しかし、もし、仮に、悪意を持って誘導されているとしても、その誤誘導されている人々には、様々な情報を与えられないから、自分達がその存在達の奴隷として、扱われていることにも気づきにくくなるだろう。

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だから、誤誘導されているような人々が、ずっと後になって、「私達は誤誘導されていた」と気付くや否や、すぐさま、その人々は、「今までの私達は幸福では無かった」と、ため息交じりにつぶやくケースが多い。

このケースで、もっとも、私達の身近にあるものは、太平洋戦争時の大本営発表だろう。

太平洋戦争時の大本営発表というのを、簡単に説明すると、当時の日本政府は、実際には、連合国に戦争で負け続けていたのだけど、実際の日本本土内部では、「日本は戦争に勝ち続けています」という、嘘の広報を流し続けていたことで有名だ。

もっとも、当時の報道各社の報道記者達も、従軍記者として、戦地に従軍して、最前線の様子を熟知していたと思われる。

しかし、その最前線での戦況を詳しく知る従軍記者達も、当の軍部から、「この内容は軍事機密とする」と、言われて、事実を内地に持ってくることも出来ないケースも多かったと、現代の私達は推測できる。

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私が上で挙げたケースの世界、つまり、太平洋戦争時の、日本内部の状況も、マトリックス(SF映画『マトリックス』で用いられた「偽造社会」の意味)であったとわかる。

P9010186

 

早い話が、何も知らない人というのは、ネガティブな狙いを持つような人々から、簡単に誤誘導されるだろう。

そして、後になって、「誤誘導されていた」という事実を知り、つまり、「騙されていた」という失意を抱かされるから不幸感を持つ。

だから、冒頭に掲げた「何も知らない方が、人間、幸せなのだ」という理屈は、私に言わせてもらえば、はっきりと間違っていると思う。

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上の話では、マトリックスの一例として、「太平洋戦争時の日本」を例に挙げたけど、私達の周囲を、よく見まわしてみると、意外にも、そのマトリックスの現実を、多々発見できるかもしれない。

P9010181



                                       坂本 誠

2017年9月 5日 (火)

三千百七十: お知らせ

おはようございます。

最近、ちょっと忙しいので、少しばかり、お休みさせて下さい。


                                       坂本 誠

2017年8月18日 (金)

三千百六十三: 「行政組織等の間の密約は、なぜ、いけないか」を考えて

こんばんわ。

最近、「密約」という単語を聞く機会があります。

「密約」というのは、政府とか行政における秘密の約束の事を「密約」と言ったりしています。

個々の人達の間でも、「約束を結ぶ」ということがあります。
個々の人達の間で取り交わされた約束の内容までは、他の誰かに伝える必要はありません。
しかし、政府とか行政組織の間で取り交わされた約束の内容を「秘密にしよう」となると、それは密約というものになります。

そして、この政府とか行政組織の間で密約というものは、良くないとされています。

個々の人達の間で取り交わされた約束の内容は、秘密にしても良いのに、なぜ、行政組織の間で取り交わされた約束の内容を秘密にしたら良くないのか、を、この段落では説明しています。

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民主主義政治の根本精神としては、「開かれた政治」というものがあります。
この「開かれた政治」というのは、言い換えれば、「透明性のある政治」と言えます。

私達の民主主義政治は、「国民の全てが政治をしている」というのが大前提です。
しかし、「国民の全てが議会に出て来て議論し合う」というのは難しいと言われたので、現在のほとんどの国が、代表制民主制と言って、国民の間から代表者を選出して、その代表者に国会に行ってもらって、議論をしてもらっています。

ですから、私達が日頃テレビを見ていると、「政治家と呼ばれる人々が政治を行うのだろう」と思いがちですが、それは間違っています。

なぜならば、私達の代表者に国会に行ってもらって、そこで議論をしてもらっているのですが、民主主義政治の根本精神から、「国民の一人一人が政治を実行している」というスタンスが、民主主義政治なので、「実際に政治を実行しているのは、その国の国民一人一人である」ので、政治家と呼ばれる少数の人々が、政治を実行している、というわけではないからです。

日本では、「成人年齢以上の全ての人々が日本政治を実行している」というのがスタンスです。

ですから、国内では、国内の全ての人々が政治を実行している、という方針がありますから、政治というものは、全ての人々が、その政治内容が見えるような方針が立てられています。

ですから、国会のテレビ中継などがあって、その政治内容が国民に見られるようにしています。

つまり、これが「透明性のある政治」とか「開かれた政治」と言われるものです。

このように様々な行政判断や行政内容を全ての人に見せることが「透明性のある政治」なので、これが民主主義政治の実行しなくてはいけないものの一つです。

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要するに、「ある国の、全ての国民が、その国の政府を所有している」というのが民主主義政治の根幹なのです。

ですから、「ある国の政府の官僚が他国や、あるいは、他の誰かと、何らかの約束を結んだ」とあるならば、その国の、全ての国民が、その国の政府を所有していますので、当然、その約束の内容を、その国の、全ての国民が知る権利があるわけです。

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また、日本国憲法の第十五条の②には、

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第十五条
○2  すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
-------------------

とあります。

つまり、「政府の密約」とか「政府の秘密」となると、その密約を結んだり、あるいは、その政府の秘密を作った、何人かの公務員は、その状態を知っているのですが、国の中の大部分の人々が、その密約の状態を知らなかったり、あるいは、その秘密の状態を知らないので、これだと、「それらの密約を結んだり、あるいは、その秘密を設定した、ごく少数の公務員が、一部の奉仕者となってしまった」となるので、これは良くないことだ、と読者の方々も感じることでしょう。

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ですから、「不透明な政治」という状態を考えてみましょう。

そのような政治には密約が多いとわかります。

「不透明な政治」となると、要するに、公務員とか、政治家(「政治家」という名称は、本当は俗称であり、「特別国家公務員」というのが正しい名称です)が、国家の名義を借りて、自分一人のために、何らかの約束を結んだり、あるいは、自分一人のために、何らかの行政を実行してしまえば、それは、つまり、独裁政治ということがわかるでしょう。

そして、「その約束の内容を秘密にしておきたい」とか「その行政を秘密にしておきたい」となると、ますます、その人は、自分だけの利益を追求することが出来ることが私達にわかります。

つまり、「不透明な政治」というのは、これは、国民一人一人が政治を実行しているという民主主義政治では無く、徐々に独裁政治になっていくことがわかります。

ですから、民主主義政治には、「透明性のある政治」というのが義務なのですが、「やれ、政治には秘密事が多いのだ」となると、これは独裁性が高まって行っていると言う事が、私達にわかってきます。

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ですから、最近の報道を見たりしていると、私達は、「どうやら、なんとなく、民主主義政治(代表民主制)も死にかけているのではないだろうか」と感じないでしょうか。

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実際、アメリカ合衆国でも、「情報公開法」という法律が出来ました。

この「情報公開法」というのは、要するに、「アメリカ合衆国の国民に対して、アメリカ合衆国政府は、自らの行った事を公開しなさい」という法律です。

この「情報公開法」によって、過去にアメリカ合衆国の行ってきたことが明らかにされたものもありました。

実行したのは、アメリカ合衆国の国民です。

しかし、この段階で、読者の方は奇妙な事を感じることでしょう。

つまり、アメリカ合衆国でも民主主義の国ですから、「透明性のある政治」が当然な筈です。

しかし、「情報公開法という法律を制定しなければいけなかった」という事実があった、ということは、「アメリカ合衆国でも、政治の隠蔽性が高まっていたのだ」と読者の方々は気が付くことでしょう。

民主主義政治の方針から言えば、「透明性のある政治」が当然なのですから、「情報公開法」という法律そのものが制定される必要性は全く無い、と人は気が付くことでしょう。

この、アメリカ合衆国の事例を考えてもわかるように、上の言葉の繰り返しになるのですが、私達は、「どうやら、なんとなく、民主主義政治(代表民主制)も死にかけているのではないだろうか」と感じないでしょうか。

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結局、「不透明な政治」というのを作っていけば、その政治を司る、ごく少数の政治家達が、自分達の思うように(全ての国民の意見を議会に反映させているのではなく)、その国の政治を進めることが出来るようになるので、これは独裁政治の走りとなるわけです。

日本の歴史を見てみると、弥生時代から、「村(むら)」が次第に「国(くに)」と化していきます。

その過程を見ると、弥生時代に稲作が導入されたので、隣接している村同士で米の奪い合いが起きたらしく、隣接している村同士で戦争が起こるようになりました。

隣村との戦争に勝つために、村の内部の組織が進み、ピラミッド型構造の社会が生まれ、その村の内部の権力者が、やがて国王となっていきました。

このように、「国(くに)」という、社会システム構造の歴史を見てもわかるように、「国」という、社会構造がもっとも必要とされた原因としては、「隣の村は、どうやら、(仮想)敵国だから、私達の村を守るために、あるいは、その隣の村を叩くために、ピラミッド型構造の社会、つまり、国という政治システムが必要だ」と、その村の内部の、権力者と言える人々が、村の内部の人々を説得していったことでしょう。

上の流れを踏まえると、「不透明な政治」の作り方がわかってきます。

ある政治家が、以下のように言うかもしれません。

  「私達の住み場の近くに、厄介な敵国がある(らしい)。その厄介な敵国から、私達の住み場を守るためには(あるいは、その厄介な敵国を叩くためには)、軍事的な秘密を作る必要がある。なぜならば、軍事的な作戦敢行のためには、その厄介な敵国に、我が方の軍事作戦を知られるわけにはいかないので、我が国の内部で、あらかじめ、軍事的な秘密を作っておく必要がある。だから、私達の国家の内部には、多くの秘密が必要だ」

と。

あとは、多くの人々に、上記のように、秘密の重要性を説いて行けば、やがて、その国の内部は、「不透明な政治」の状態となり、国の上層部にいるとされる、ごく少数の人々が、寡頭政治(かとうせいじ)を実行できるわけです。

寡頭政治とは、言ってしまえば、一つの独裁政治のようなものであり、ごく少数の人々が、その国の内部の政治を実行している状態です。
いわば、貴族政とも言える状態です。

結局、「全ての国家の成り立ち」というものを見てみると、世界中の国家の成り立ちというものを見てみると、わかるのですが、要するに、「私達の外部に、敵国があるから、私達を守るためには、国家という社会システムが必要だ」という、心がけの下に、全ての国家が出来上がったことがわかります。

ですから、逆説的に感じるかもしれませんが、ある国の公務員からすれば、敵国の存在は有難いことになります。
自分達の職業の存在理由が明らかとなり、また、その国の内部の人々からの需要もあるからです。

世界中が平和であり、全ての国境線が消えたのならば、地球上の全ての国家は不要となります。
「世界中が平和であり、国境線が消えたのならば、地球上の全ての国家の、かなり多くの公務員が不要なのだろう」と、人は気付くことでしょう。

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まとめなのですが、結局、密約とか秘密の多い国というのは、「透明性の無い政治」となり、寡頭政治も実行されて、民主主義状態から徐々に離れていきます。

また、「不透明な政治」の作り方の一つの例を挙げましたが、その例を挙げる途中で、「国の成り立ち」も書きました。
その「国の成り立ち」を読んでも、感じたかもしれませんが、私達は私達の社会のシステム構造の根本にも疑問の目を持つようになるかと感じます。


                                       坂本 誠

2017年8月 2日 (水)

三千百五十四: 私達のルールに関する話題

時々、私は、私達の周囲の司法関係に関する、私なりの疑問を書いています。
この段落も、その手の疑問です。

以前に書いたことには、

  「書店に置かれているルール(法律)全集とも呼べる本の厚さが、富士山やエベレスト山の高さを超えるのは、いつの日になることだろう?

20101103105126

 

という疑問を書きました。

他の世の人も、以下のような疑問を感じたことは無いでしょうか。

  「誰も覚えきれない程の量の、ルール(法律)作成を毎年行っているけれど、あれほど大量のルールを作り続ける必要が、私達の社会の間で本当に必要だろうか?

と。

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上記の疑問に対する私なりの解答として思い浮かんだものとしては、

  「もし、私達の社会で、これ以上のルール(法律)作成は必要ないとすれば、ルールを作成している人々の給与は一月約150万だそうだから、その給与をもらえないと彼等は困るだろうからこそ、彼等は無理にでも、毎年のように大量のルール作成ための議論を行っているのではないだろうか?」

です。

(少しだけ、話が反れるのですが、上記と似たようなものを感じる事例を挙げておきます。最近では、国内の過疎の地域でも、高速道路を建設が行われています。ほとんど、自動車の通らない地域であり、かつ、交通量から考慮しても、「高速道路の建設は不要ではなかろうか」と思われる地域でも、その道路が作られているように感じます。これなども、多くの人の目からしたら、その地域に高速道路の建設は不要とは思われるのだけど、巨大公共工事・巨大土木工事を無くしてしまえば、その手の役所や、その役所の下の下請け会社のお金の巡りが悪くなったらいけないので、無理にでも、国内に残る地域を必死に探してまで、巨大土木工事の実行をしなくてはいけない、となっているような気がします。)

人は、「これは、お金というものに問題の本質が根ざしているのだ」と気付くでしょうけれど、これに関しては、別の段落で詳細に書いています。

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本題に帰って、ルール関係の話題です。

私達の社会の間に、大量のルールを敷かれているわけです。

そして、私達の社会の間で、人と人との、もめごとが起こった際には、裁判所に双方が出て来て、その、私達の周囲に大量に存在しているルールを駆使して、双方が、司法関係の人々を目の前にして争うわけです。

そして、大量に存在しているルールをフル活用しているのか、あるいは、活用できなかったのかはわかりませんが、とにかく、ある一定の期間が経てば、一応の決着を見るわけです。

そして、たいていの場合は、負けた方に「幾ばくかのお金を払え」とか、あるいは、何らかの司法命令が出されたり、あるいは、傷害事件などの場合だと、刑務所に行ったりするわけです。
それらの他のケースなどは、テレビや新聞を見れば良いでしょう。

いずれにしても、当事者同士が、双方納得し、双方共に「心が安らいだ」という状態になった人は、非常に数が少ないと私は思います。

20101103103431

 

なにせ、その裁判ともなると、たいていの人は、そのような大量のルール(法律)を覚えていませんから、以下のように思うわけです。

  「弁護士と呼ばれる人が、大量の法律を記憶して、かつ、活用の仕方を知っている筈だから、高額な謝礼金を払ってまでも、弁護士を読んで、裁判に勝とう」

ともなるからです。

そして、その争い事の決着も、大量のルール事項を照らし合わせて、つまり、機械的に、その争い事を処理されたので、心の奥底に残るべき、やさしい出来事も少ないので、当事者同士が、双方納得し、双方共に「心が安らいだ」という状態になった人は、非常に数が少ないと私は思います。

要点を言ってしまえば、「現代の人々の争い事は、機械的に、事務処理的に、処理されている」という点でしょう。

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私が思うに、本当に心底、ルールの事について深く考えている人ならば、大量のルール作成を行わないようになると思います。

その理由としては、人々の社会の間に、大量のルールを敷けば、当然、多くの人々がそれだけの量を記憶できないので、混乱も起こるし、当然、それだけの大量のルールを活用することも出来ません。

極めて少ない数のルールを使って、法律用語なども使わずに、極めてやさしい言葉を使って、当事者同士が、双方納得するように努めることでしょう。

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ところが、現代の争い事を締めくくるのには、やれ、「我が国の法律の第何条の第何項の定めるところにより、云々(うんぬん)、、、」という、長い長い一文が続き、その一文の終わる頃には、既に、その文頭で何が言われていたのかを忘れる程に長いケースもあるのだけれど(長いだけではなく、難解な法律用語も使用しながら)、争いを起こした当事者達に対して、その理由を述べるのだから、実に機械的に洗練された、「争い事の収め方」と評することが出来るのかもしれません。

これだと、判決文を聞かされた当事者達は、「裁判官が何事か難しい内容を語ったようだが、とにかく、よくわからないが、私達は負けたことだけは確かなようだ」と、困惑顔をしつつも、無理矢理、その判決内容を聞いているケースが多いのではないでしょうか。

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過去、テレビ・ドラマで時代劇『大岡越前』というものがありました。

私は、あまり見たことは無かったのですが、この主人公である大岡越前は、多くの人々の心を納得させる、名奉行だったそうです。

しかし、現代では、私達は、そのような人物を法曹界には望めないかもしれません。

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少しだけ、例を考えておきます。

私達の間に、たった一つのルールだけがあるとします。
そのルールとは、

  「人々よ、和(わ)を以て(もって)尊し(とうとし)とせよ」

 

  「人々よ、和を以て尊しとせよ」   

 

(  'Let's make the precious with our harmony .'

あるいは、

  'Regard our harmony as the precious .' )

(上記の言葉も、古(いにしえ)の先人が国のため、多くの人々のために作ったものですが、かなり過去に語られたものなので、とうの昔に著作権は消失しており、全人類共通の財産となっています。また、このような時には、かえって、「誰が語ったものなのか?」の問いに答えて曰く、「その言葉は全人類共通の財産のものです」とした方が、かえって、効果があると思います。)

そして、大きな条件の一つとしては、私達の間には、私達全員に共通して、「他の人を思いやる」という心、つまり愛情があります。

そして、事件として、Bさんが、Aさんの持ち物を横取りして、使用していたとしましょう。
Bさんには、たまたま、その時に、そのAさんの持ち物を使いたかったのですが、あいにく、Bさんは持ち合わせていませんでした。
ですが、Bさんは、どうしても、今すぐに、そのAさんの持ち物を使いたかったので、Aさんに断り無く、借用して、使っていたのです。

ですから、AさんはBさんに対して怒り、争いとなってしまいました。

このケースでも、ちょっとよく考えれば、BさんがAさんに対して、「Aさん、私は今、どうしても、あなたの持ち物を使いたいので貸して頂けないでしょうか?」と、素直に頼めば良かったとわかるでしょう。

そして、その、Aさんの持ち物を綺麗にして返してあげれば良かったことでしょう。

つまり、BさんとAさんの間で、和を作るために、AさんとBさんは、よく話し合えば良かったとわかります。

この場合だと、「よく話し合う」ということが、「他の人を思いやる」という心から生じていることがわかります。

そして、よく話し合った結果で、AさんとBさんの間に、調和が生まれれば、私達の間の、たった一つのルール「人々よ、和を以て尊しとせよ」が達成されるわけです。

ですから、このケースで、Bさんに諭(さと)すことがあるとするならば、「Bさん、あなたは愛の精神を持って、Aさんと、よく話し合わなかったでしょう。これが原因です。今後は、もっとお互いの友愛を高めて深く話し合いましょう」となり、この段階で、

  「本件は、これにて一件落着!!!

となるところでしょう。

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結局、現代の多くの国での、司法関係の仕事、つまり、争い事調停と言うのは、大量の紙に書かれた、大量の文章をつき合わせて、「それらの整合性が取れているか」とか「それらの文章の、つき合わせによって、矛盾が起きていないか。もし矛盾が起きていたら、それはルール(法律)違反だから、Bさんの敗訴だ」という感じで、処理されていることが多いと気が付きます。

20101029092458

 

要するに、現代の司法関係の仕事は、ペーパー事務処理と言えるでしょう。

最近では、コンピューター・プログラミングも流行っているようですから、コンピューターを比喩に出していた方が実感しやすい人もいるかもしれません。

コンピューター・プログラミングの場合は、大量のプログラミング文章を記述するのですが、たった一つの文章にミスがあったとしても、そのたった一つの文章と全文章との連絡性と整合性が、全文章の間を通じて、見事なまでにマッチしていないと、バグを出します(コンピューターの動作ミスの事)。

ですから、現代の司法関係の仕事は、このコンピューター・プログラミングと非常に類似していると言えるでしょう。
つまり、大量の文章を、つなぎ合わせて、ほんのわずかの整合性も取れていない部分を見いだして、その部分を使って、判決を下したりしています。

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結局、現代の司法関係の仕事というのは、極めて機械的であるので、そのルール(法律)を使わなければいけない人々にとっては、一切、なじみがなく、一切、親しみの無いものとなっていることがわかります。

なぜ、そうなるのかと言うと、ご覧のように、テレビや新聞の中で伝えているように(本当に必要かどうかは私はわかりませんが)、毎年毎年、大量のルール(法律)作成が行われているからです。

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一つの中国古代史を挙げて、この段落を締めくくりたいと思います。

始皇帝で知られている、秦(しん)の国は、古代中国を統一しました。
秦の国は、法治国家として有名でした。
ですから、秦の国は、大量の法律を作成したことで有名です。

20101103084331


なので、中国の民人は、大量の法律によって、嫌気がさしました。

しかし、時代が経って、秦の国から漢(かん)の国が成立しました。
漢の国は、秦の国の逆を行きたかったので、数多くの法律を廃し、簡素な幾つかの法律を残して、中国を治めました。
これにより、中国の民人は、秦の国よりも漢の国の制度の方を好んだそうです。

しかし、時代が経つにつれて、中国も政治制度が変わる中、再び法治主義が流行るようになりました。

私が思うに、結局、私達の間に見られる、全てと言って良いほどの「政治システム」というのは、巨大ピラミッド・システムなのだから、ここに原因があると思います。

巨大ピラミッド・システムというのは、頂点に君臨する支配者が、その巨大ピラミッド・システムを統制・コントロールするために、そのシステム内のルールを作成しようとするのだから、結局、大量のルールを作成してしまい、私がこの段落で書いたような、現象が発生すると思います。

私達の間では、巨大ピラミッド・システムではなく、平坦な社会システムが良いと思います。


                                       坂本 誠

2017年7月16日 (日)

三千百四十六: マトリックスの作られ方を復習する

こんばんわ。

この段落では、私達の世界での、マトリックスの作られ方をおさらいしたいと思います。

以前から書いていますが、「マトリックス」の本当の意味は「行列」の意味ですが、私が自分のブログ中で、「マトリックス」と記載する場合は、SF映画『マトリックス』で有名になった、多くの人々に知られている「偽造社会」の意味の方です。

私達の身の周りに存在する、マトリックスについて書くわけです。

「偽造」の類似表現としては、「捏造(ねつぞう)」という単語もありますから、マトリックスのことを「捏造社会」とも表現できることでしょう。

SF映画『マトリックス』では、登場人物達のうなじには、ソケットが設けられてあり、そこにプラグを差し込まれることによって、コンピューターの描く夢の世界を、多くの人々に見せられています。
当然、巨大コンピューター側が悪役に設定されています。
そして、巨大コンピューター側が多くの人々を支配しているのです。

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もちろん、現実社会の私達の、うなじには、SF映画『マトリックス』に出てくるような、うなじのソケットは付いておりません。
ですが、現実の私達の社会の中でも、マトリックスが作成されるのは可能です。

結局、マトリックスというのは、偽造社会ですから、簡単な表現で書くと、大量の人々に嘘の情報を与えられて、その、大量の人々が嘘の情報を元に生活を送れば、その状態が「マトリックスである」とわかります。

上記の「嘘の情報」が、私の過去記事でも書いた「偽旗作戦」とか「やらせ報道」と呼ばれるものに相当することがわかってくるでしょう。

「マトリックス」とか「偽旗作戦」とか「やらせ報道」とかは、全て、一つの言葉を多角的に表現しただけだとわかります。

その一つの言葉とは、つまり、「嘘の情報」だとわかります。

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この場合、「嘘の情報」とは、いわゆる、「誤報」と呼ばれるものとは違っていることがわかります。

メディアでも、「誤報」と呼ばれるものの意味は、「間違いたくはなかったのだけど、結果的に、情報の行き違いによって、誤った情報報を流してしまった」でしょう。

つまり、「誤報」と呼ばれるものは意図的に流されたものではありません。

しかし、「偽旗作戦」とか「やらせ報道」と呼ばれるものは、意図的に、誤った情報を、多く流そうというものです。

もちろん、その目的としては、意図的に、誤った情報を、多く流そうとする存在が、何とかして、自分にとっての有利な状態を作りたいからだとわかります。

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また、「マトリックス」を形成するためには、「嘘の情報」を流すだけでなく、その「マトリックス」を形成する人物にとっての不利になるような情報を隠蔽することも必要となってきます。

このように隠蔽される情報も出てくるため、私達は、自分達の社会の全体像を誤認するようになります。

つまり、私達には、「嘘の情報」を与えられ続けて、かつ、「隠蔽される情報」の二つによって、私達は、自分達の社会の全体像を誤認するようになります。

これが、「マトリックス」の形成方法だとわかります。

今まで、色々と書いてきましたが、それらの全ての記載することは出来ませんので、隠蔽情報について、かなり核心をおさえていると思われる過去記事を書きだしますと(私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました)、

『三百三十七: イルミナティについて_No.4』
●ジェイ・パーカーインタビュー④
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no4-9e49.html
http://www.youtube.com/watch?v=9Gl-yNEoGyI



●ジェイ・パーカー
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「3人の警官はすぐに殺されてしまいました。」
「数十億ドル、数兆ドルと持っていると言われている寡頭政治の独裁一家は自由に使える暗殺者を持っていて、全てのメディアを所有し、あなたを陥れ、あなたの人生を破壊する為に、あなたの事を何とでも言える何人もの人々を買収できる事を理解しなければなりません。」
「本当に警察が出来る事は何も無いんです。」
「彼等の後頭部には銃が突きつけられているんですから。」
「彼等の大勢が立ち上がってこれ以上は御免だって言わない限りはです。」
「そうすれば実際に変わるかもしれません。」
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上記のものが、ツボをおさえている隠蔽情報だとすると、私が最近手に入れた「やらせ報道」の方も、ご紹介しておきます。

『三千百四十:原発の撤去を考えて』でも列挙したのですが、

(以下、『JICL 法学館憲法研究所』より2011/8/4記事より抜粋引用)
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●いまに始まったことではない「やらせ」
http://www.jicl.jp/urabe/backnumber/20110804.html

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九州電力が6月26日に予定されていた玄海原発2・3号機の運転再開をめぐる国主催の佐賀県民向け説明会(ケーブルテレビとインターネットの番組として生中継され、視聴者からの質問・意見も電子メールやFAXで同時に受付)に向けて、自社や主要関連会社の社員に対し、一般市民を装って運転再開に賛同する意見を番組宛てに電子メール等で投稿するよう指示していたことが、7月上旬に明らかになったが、これをきっかけに、あっちでもこっちでも、「やらせ」や動員の実態が、次々と明るみに出た。
九電の「やらせ」は、九電から手厚い支援を受けてきた古川・佐賀県知事が九電幹部との面談で、再稼働容認の声をメールなどの方法で出していくことも必要だ、などと述べたことがきっかけになったことも、つい最近明かされ、九電の判断というよりは知事の指示による「やらせ」だった疑いが強くなっている。

また、九電の「やらせ」問題をうけて経産省が電力各社に住民シンポなどで同様の「やらせ」がなかったかの調査を求めたところ、中部電力や四国電力のプルサーマル計画に関するシンポジウムで、ほかならぬ経産省に属する「原子力安全保安院」が、住民に肯定的な発言をしてもらうように計らって欲しい旨の要請を電力会社にしていたことが明らかになった。

(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

以下、見出しだけをかけて、各見出しの内容は、文末の『過去記事、関連記事、及び、参考文献』に記載しておきます。

(以下、『中村隆市ブログ 「風の便り」』より2011/7/30記事より抜粋引用)
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●資源エネルギー庁も 九電に動員依頼 社長ら了承し動員
http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-5290
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(以下、『原発は いらない 1601 電力会社の犯罪』より抜粋引用)
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●原発は いらない 1601 電力会社の犯罪
http://wakouji.sakura.ne.jp/genpatsu/d1601.htm
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(以下、『朝日新聞デジタル』、2013/7/3記事より引用)
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●東電、福島市民公聴会で動員 05年、社員ら43人
http://www.asahi.com/business/update/0703/TKY201307030160.html
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『二千百二十二:News_No.513』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/news_no513-cd2e.html
(以下、『朝日新聞』朝刊、2014/7/23の36面より文章と写真を引用)
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●原発利権を追う 国会議員側へ1.4億円
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私達は、以下のように考えることでしょう。

  「過去、日本列島全体に、原発が建設されていった。その原発建設の際には、地域住民達が賛成していたと聞かされていた。しかし、現実に、動員による、このような、やらせ報道によって、地域住民達の民意が歪められた状態で、日本の各地に原発が建設されていたのだろう」

と。

他にも、「やらせ報道(つまり、偽旗作戦)」というのが、見つかってくるでしょうが、これらを見ていると、私達は、本当に、「私達は、今まで、深いマトリックスに閉じ込められていたのだ」と実感してくることでしょう。

ですから、私達が、今、本当に必要としていることとは、「私達は、本当に、マトリックスの内部に収監されている」という状態を知ることだと思います。

「私達がマトリックスの内部に収監されている」ということを知りますと、自然と、そのマトリックスを越えた真実の世界に触れられるようになりますので。

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もちろん、このマトリックスを形成する、情報媒体は、マスメディアだけとは限りません。

インターネットでも、同様の事が言えるでしょうし、あるいは、小さな社会で配布される小冊子でも良いし、あるいは、街頭演説でも同様の事が出来るからです。

私達の周囲に張られているマトリックスには、気が付いた方が良いと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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(以下、『中村隆市ブログ 「風の便り」』より2011/7/30記事より抜粋引用)
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●資源エネルギー庁も 九電に動員依頼 社長ら了承し動員
http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-5290

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7月30日 西日本新聞朝刊 トップニュースから抜粋

エネ庁、九電に動員依頼
川内原発ヒアリング「空席ない方がいい」

九州電力は29日、経済産業省資源エネルギー庁が昨年5月に主催した川内原発3号機増設手続きである地元向け第1次公開ヒアリングで、事前にエネ庁側から「空席ない方がいい」などと、事実上の動員を依頼されていたことを明らかにした。
一方、同ヒアリングで真部利応社長ら経営陣が事前に動員数などの報告を受け、実質的に了承していたことや、同ヒアリングを含む2005年以降の原発関連の説明会6回すべてで社員らに参加を依頼していたことを正式に発表した。

動員が常態化していたことを示すもので、「やらせメール」問題に続く組織的な世論工作に批判が高まるのは必至。

当日の参加総数903人のうち、337人が九電の依頼による動員だった。
この337人のうち69人は九電社員で全員出勤扱いだった。
意見陳述人も20人中15人が依頼を受けていた。

九電動員「言語道断だ」 県議会原子力安全特別委長

県民の間で賛否が割れたプルサーマル発電導入をめぐって、古川康知事が判断材料の一つに位置付けた県主催の公開討論会(2005年12月)でも、参加者の半数近くが九電関係者だったことが判明

=2011/07/30付 西日本新聞朝刊=

(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、『原発は いらない 1601 電力会社の犯罪』より抜粋引用)
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●原発は いらない 1601 電力会社の犯罪
http://wakouji.sakura.ne.jp/genpatsu/d1601.htm

九電過去にも社員ら動員、原発地元説明会に

玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2、3号機の再稼働を巡る「やらせメール」問題が発覚した九州電力が過去、プルサーマル発電計画を進めるため地元で説明会を開いた際、会場に社員や関連会社員を動員していたことが9日、九電の内部調査でわかった。
同社は川内原発(鹿児島県薩摩川内市)3号機の増設計画でも、同様に動員をかけており、同社の“やらせ体質”が改めて浮き彫りになった。

(2011年7月9日 読売新聞)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20110709-OYS1T00437.htm

(、、、中略、、、)

[電力会社の犯罪]
■九州電力 数百人に動員要請、原発説明会 バス送迎も

九州電力が、過去に国や佐賀県などが主催した原発関係の6件の住民説明会やシンポジウムなどで、毎回、社員や関連会社員ら数百人に参加を呼びかけていたことが7月25日に、分かりました。
会場までバスで送迎したり、社員に休暇を取らせて参加させていました。

(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、『朝日新聞デジタル』、2013/7/3記事より引用)
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●東電、福島市民公聴会で動員 05年、社員ら43人
http://www.asahi.com/business/update/0703/TKY201307030160.html

東京電力は3日、国が原子力政策大綱をつくるために2005年8月に福島市内で開いた市民公聴会に、東電社員33人と協力企業の社員3人、地域住民7人の計43人を動員していたと発表した。
このうち11人が東電からの依頼を受けて発言した。
ただし、東電が発言内容まで依頼したケースは確認されなかったとしている。

東電は「会合の開催趣旨に対し、配慮に欠ける対応だった」と陳謝した。

05年8月に佐賀市で開かれた同じ公聴会で、九州電力社員の動員があったことが今年3月にわかり、公聴会を主催した国の原子力委員会が各電力に調査を求めていた。
東電は4月5日、少なくとも計35人の東電社員や協力企業社員らを動員していたと発表し、さらに詳しく調べるとしていた。
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(引用終わり)

『二千百二十二:News_No.513』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/news_no513-cd2e.html
(以下、『朝日新聞』朝刊、2014/7/23の36面より文章と写真を引用)
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●原発利権を追う 国会議員側へ1.4億円

政界対策資金として建設会社などに少なくとも2億5千万円を工面させ、簿外で管理してきたと朝日新聞に証言した中部電力元役員は、このうち計1億4千万円を2人の国会議員側に配ったことを明らかにした。

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中部電力の裏金システムは地方政界にとどまらず、中央政界にも及んでいた。

元役員は自民党有力議員が東京都内で開く勉強会や朝食会に足しげく通い、親交を深めた。
国会議員約20人が名古屋市を拠点とした後援会をつくるにかかわり、中部電の発注工事に後援業者を参入させてほしいと頼まれたら発注先の大手建設会社に口利きした。
首相経験者から依頼され、学生を中部電に入社させたこともあったという。
元役員は「政治家さえ押さえれば霞が関にも影響力を行使できる」と語った。

元役員の証言によると、自民党が下野して政界再編が起きた1993年、中部電の管轄外を地盤とする国会議員(故人)が中部電幹部と通じ、新党結成資金として1億円の提供を求めてきた。
手持ち資金では足りず、新たに大手建設会社に工面させたという。

「大きな紙袋二つに入れた1億円を新幹線で運び、都内にあった国会議員の事務所で秘書に手渡した。会社への謝礼として1%分の商品券を受け取った」

別の国会議員(故人)からも同年、中部電管内の県知事候補の選挙資金に用立てる名目で4千万円を頼まれた。
この時も大手建設会社に工面させ、議員の地元事務所にいた秘書に現金4千万円を届けたという。
元役員が名指しした秘書2人は取材に対し、現金授受を否定した。
元役員は「自分が現金を運んだ。議員が言った名目通りに使われたかはわからない。あえて確かめない。議員の要求に応えたことに意味がある」と話した。

    ■ ■

裏金の支出先は政界対策にとどまらない。
元役員は「90年代に芦浜原発の地元対策の名目で1回あたり200万~300万円を支出した」とも証言した。
中部電立地部幹部に頼まれ、裏金を手渡したという。
裏金を工面しつづけた建設会社の元幹部も取材に「77年ごろに立地部から依頼され、500万円を芦浜の現地事務所に届けた」と述べた。

中部電は三重県南部の芦浜地区で63年から芦浜原発の立地を目指したが2000年に断念。
今も350万平方メートルの用地を保有したままだ。

今年5月、現地を取材すると、中部電社員らは70~90年代に地元漁協の反対派の切り崩し工作、賛成派のつなぎ留め工作を盛んに行ったという。
94年には中部電から計15億円の漁業補償金が支払われ、元町議、元漁業幹部らは「中部電に飲食費をつけ回すことも日常的だった」と振り返った。
中部電の現地事務所に渡った裏金がどこに渡ったかは確認できなかった。
元役員は「原発の立地対策はブラックボックスだから」とつぶやいた。

中部電が建設会社に工面させ、簿外で管理してきた裏金は使い道が追い切れないほど様々な場面で投入された。
元役員は「裏金を使わずに済む時代は来ないと思う」と語った。
近年の中部電役員や秘書部幹部らに取材を申し込んだが、答えは「神経質な内容なので取材に協力できない」だった。
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(引用終わり)

『二千六百八十八:私の見かけたビデオ_No.67』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/_no67-29ed.html
https://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



1:28:34
(当ビデオの1時間28分34秒目辺りから)

(上記ビデオより抜粋引用)
------------------
●デービッド・アイク

社会を変えたいのですが、あからさまだと拒絶反応が起きるので、こっそりやるわけです。
問題、反応、解決の手順で行きます。

第1段階。
問題を作り出す。

爆弾テロでも、9.11でも、取り付け騒ぎでも、株式市場の大暴落でも、政府の崩壊でも良いのですが、誰のせいでこうなったのか、なぜ起きたのか、自説を他人に語ります。

ここで、行動をちゃんと行うメディアが存在すると、問題、対応、解決の手順は失敗します。

しかし、主流メディアは、事件の公式見解を伝える広報室となるのです。

(、、、中略、、、)

この事件に関する、大衆の唯一の情報源は主流メディアとなります。

問題、反応、解決の第2段階は、激しい怒りと非常に大事な恐怖の反応を起こします。

そして、大衆が政府に訴えることを期待します。
「なんとかしなければ、このままではダメだ。どうするつもりなのか。」

そこで第3段階。
嘘の話に対する大衆の反応を収集して、自ら作り出した問題の解決法を正々堂々と提案します。

●キャスター(フォスター・ギャンブル):
悲劇的事件をでっち上げたり、利用するという発想は、彼等が目標達成のために、どこまでやるつもりか、を理解する上で非常に重要なものでした。

アメリカが偽りの口実で、ベトナム戦争に介入したのは、裏付けのある事実です。
ロバート・マクナマラ元国防長官は、トンキン湾での、軍艦攻撃は実際には無かったことを認めています。

■ロバート・マクナマラ:
「あの日、攻撃されたという判断は誤りで、攻撃は無かったのです。」

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●キャスター:
最近では、ブッシュ元大統領が存在しない大量破壊兵器を口実にイラクを侵略しました。

このような戦術は偽旗作戦とも呼ばれます。
------------------
(引用終わり)

『二百九十七: 私の見かけたビデオについて_No.33』
●初めて実行員が暴露した、アメリカの国際陰謀・工作秘史
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no33-6b51.html
https://www.youtube.com/watch?v=BhfCgO0ItY8



公開日: 2011/01/19 

(上記ビデオより抜粋引用)
------------------
■字幕:
「国家を征服しその国民を奴隷化するためには、二つの方法がある。一つは武力であり、もう一つは負債である。(John Adams 1735 - 1826)」
      :
     (中略)
      :
----- VENEZUELA 2002 -----

「、、、、エコノミック・ヒットマンの能力はこの間どんどん上がり続けましたがね・・・。、、、」

「ごく最近では1988年、ベネズエラでチャベスが大統領に勝利しました・・・、、、」
      :
     (中略)
      :
「このクーデターの起こし方は、カーミット・ルーズベルトがイランで行ったやり方と同じものです。」
「民衆をお金で買収してデモ行進をさせ、暴動を起こさせます。」
「『チャベスがとても不人気だ』と思わせるようなことを言わせながら起こすのです。」
「2,3千人の人をテレビの前に集めれば、国中が反対していると思わせることが可能です。」
「そしてそこからは、マッシュルームのように増加していくのです。」
      :
     (中略)
      :
----- IRAQ 2003 -----
「エコノミック・ヒットマンはサダム・フセインを買収することが出来なかったのです。、、、」
「何と言っても、フセインは以前、CIAのエージェントでしたからね・・・」
「前イラク大統領の暗殺のために雇われていたのです・・・失敗しましたが。」
「だから彼は私達のやり方を熟知していたのです。」

------------------
(引用終わり)

『三百五: 私の見かけたビデオについて_No.34』
●元CIA アメリカは存在しない敵と戦っている イスラエル・リビア・イラン・シリア #cia #enemy
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no34-67d0.html
https://www.youtube.com/watch?v=xsIhwHzvqko



(上記ビデオより抜粋引用)
------------------
■マイケル・ショイヤー:

「私達は本当に非常に冷血に、シリア人達が政府に撃たれるであろうことを知りながら、彼等に路上で出るようしきりに促します。」

「私達は、この20年間の今日、敵を作り出すことにおいて非常に効率的です。」

「全米の安全を創造することにおいて、私達はそれほど効率的ではありません。」
------------------
(引用終わり)

『二千五百九十九:銀行制度についての種々の話題_No.11』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/08/_no11-48fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI

ビデオでは、1時間21分33秒近辺から紹介されています。
引用した文章と写真は、同ビデオからのものです。

(ジョン・パーキンス)
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使った手法は多くありますが、もっともよく使った手法は、石油のように企業が欲しがる資源を持つ国に行って、世界銀行やその系列の組織から、その国への巨額の融資を手配すると言うものです。

Jhon_p_3

 

しかし、貸し出された資金の大半は、その国でなく、ベクテルやハリーバートン、ジェネラル・モーターズ、ジェネラル・エレクトリックといった、米国企業の手に渡り、その国に強大なインフラを構築します。

富裕層のための発電所、高速道路、港、工業団地などで、貧困層はその恩恵をほとんど受けられません。
むしろ、貧困層は巨額な貸り入れの返済のツケを被ります。
教育、医療などの社会福祉に充てられるべき金が借金返済に充てられるのです。

意図的に、国に莫大な負債が残るようになっています。
すると、エコノミック・ヒットマンが、また行って、言うのです。
「こんなに借金があるのに、どのようにしても払ってもらうからな」。

反米の大統領が選出されると、すぐに行きます。

「おめでとうございます。私は大統領とご家族を大金持ちにして差し上げる事が出来ます。私達の方法に従えば、このポケットの数億ドルは大統領のものです。そうしないなら、もう一つのポケットには、貴方の名前入りの弾の入ったピストルが入っています。選挙公約を守って、我々を追い出そうとした時のためにね、、、アメリカの石油会社の安く石油を売るか、次の国連投票でアメリカに賛同するか、イラク等世界のどこかに、米軍を支援する部隊を送って下さい」。

このようにして世界帝国を築いたのですが、その事を実際に知っている人は、ほとんどいませんでした。
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2017年7月10日 (月)

三千百四十二: 昨今の世間の求職情報を考えて

街を歩いていると、どこかのお店が「従業員急募」という貼り紙を出しているところを見かける機会がある。

きっと、そのお店が、すぐにでも、従業員を欲しいからだろう。

しかし、ハローワークに行った経験のある人ならば、ハローワーク内の求人広告に、「従業員急募」という単語を見かけたことが少ないと思う。

そして、ハローワークに掲載されている求人広告の、ほとんどが、俗に、空求人(からきゅうじん)と呼ばれているものが多い。

つまり、ハローワークに掲載されている求人広告を見て、面接に行っても、それで採用される求職者は少ない。

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しかし、ハローワークに掲載されている求人広告の件数等が、計算に使用されて、「有効求人率」と言って、マスメディアで多く報道されているのだろう。

当然、その「有効求人率」等々を発表しているのは役所機関だろう。

だから、空求人が多いのにも関わらず、それらの多くが「有効求人率」と算出されて、多くの人々に、流布されているので、私達がこれを見て、「これも、私達を囲んでいるマトリックスの要素の一つだろう」と感じることだろう。

(「マトリックス」の本当の意味は「行列」の意味だけど、この場合の「マトリックス」とは、映画『マトリックス』で有名になった、多くの人々に知られている「偽造社会」の意味である。)

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だから、メディア報道では、いかにも、有効求人率というものが高い値であるように聞こえるので、人々は、「多くの企業が多くの求職者を求めているのだろう」と思いがちだけど、実際には、俗に言われている、空求人と言う名の件数も多いと思われるので、真の有効求人率というのは、かなり低い値を示していると思われる。

早い話が、資本主義社会の目で見て、資本主義社会風の表現をすると、世には慢性の不況が続いている。

資本主義社会風の表現であるところの、「好況」と言う状態には、程遠い。

多くの企業が、求人情報をハローワークに出すみたいだけど、その求人情報をハローワークの壁にかける意味が掴めない。

自社の宣伝のためなのか、それとも、何らかの事情があるのか、それとも、ずっと掲載を続けて、よほど気に入った人材を発掘できれば、採用するつもりなのだろうか。

いずれにしても、ハローワークの壁にかけられている求人情報というのを見るに、人々は、「一般企業の側の、求職者を求めている熱意は非常に少ない」と感じるのではないろうか。

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それに比べて、冒頭でも紹介したように、「従業員急募」という貼り紙を出している店舗などは、本当に求職者を求める熱意があるらしい。

しかし、そのような求人情報に限って、なぜか、ハローワークの求人広告一覧には掲載されないようだ。

もちろん、その、「従業員急募」という貼り紙を出している店舗が、ハローワークに、その求人情報を掲載するかどうかの自由もあるだろうけれど。

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上の流れから、私達は二つの疑問を得ると思う。
その二つの疑問を書きだしてみると、

①:なぜ、「従業員急募」という貼り紙を出している店舗の求人情報が、ハローワークに掲載されないのか?
②:なぜ、ハローワーク内の求人広告には、俗に言われている空求人と呼ばれているものが多いのか?

しかし、ここでは、私達の得た二つの疑問の解明の努力までは私はしません。

きっと、ハローワークの側も、そのハローワークに求人情報をかけたい店舗側も、それぞれの、何か深い事情があるのだろうから。
また、それぞれを個別に見ていくと、とても追いきれる件数では無いだろうから。

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私達は、こんな身近な所からでも、マトリックスの構成要素の一つを見いだしたり、あるいは、「常識の嘘」と呼ばれるものを実感したりすることだろう。

今となっては、「私達が、その実感を得ることの方が大事ではないのか」と、私は感じてしまう。

言い換えてみると、私達の社会生活の中での「ズレ」と呼ばれるものを実感するのが大事だと思う。

(この段落の話題のように、あまり、人が触れたくないし、書きたくない話題も、時として、書くのは、必要に応じて大事な時もある、と感じてしまう。「社会の裏」と言うか「社会の真相」を実感するためにも。)


                                       坂本 誠

2017年6月26日 (月)

三千百三十六: 地球のコンセプトを考えて(独白)

「あっさり、さばさばと、自分の内心に思っていることを語る方が、色々と心残りが無くて良いだろう」と常日頃、考えている。

さばさばと語る方が、欲求不満がたまらずに済むのではないだろうか。

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筆の流れがおもむいた時に、イルミナティとかカバールとかレプティリアンとかアヌンナキのことについて、時々、書いている。

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主に、私の視点から見た、イルミナティとかカバールとかレプティリアンとかアヌンナキのことについて書いている。

それは同時に、「私の視点から見た」ではなく、「私達の視点から見た」と書き直せるかもしれない。

時々、私は地球の造物主がいると仮定して、その「地球の造物主の視点から見た」彼等について考えてしまう。

この段落では、その視点から書いてみようと思う。

具体的に書くと、「もし、私が地球の造物主だったら、彼等をどうしただろうか?」というものだ。

これは、読者の皆さんも、「もし、私が地球の造物主だったら、、、」という仮定で考えることは、あまり、無いかもしれないから。

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もし、私(坂本)が地球の造物主だったら、やはり、彼等を地球に入れなかったと率直に思う。

私が聞いた話だと、地球という星は、様々な動物がいて、様々な人種や民族がいるけれど、これは意図的に行われていると聞いた事がある。

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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当初、銀河系の進化と成長を促す集合意識体が計画していたのは、地球を天の川銀河の情報センターとして活用することでした。

ですので、こぞってそれぞれの星系におけるDNAパターンを組み込んで、テラガイア星の生命種に着床させたのです。

そしてその管理を任せるための生命種として、ヒューマノイド型の「ホモ・サピエンス種」を創造しました。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

なぜならば、そのような、様々な動物・植物・人種・民族を一堂に集めた空間が意図的に作られても良いのだから。

だから、このコンセプトから行けば、様々な人種や民族を集めないといけないので、俗に言う「不良人種」とでも言うべき人種や人々をも、この地球に入れておかないと、「一堂に集める」というコンセプトが実現できない。

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しかし、そのコンセプトを実現させた結果、イルミナティ等の問題人種とされている人々を、多くの人々と接触させてしまうことになる。

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そして、その結果、地球の多くの人々が、彼等の人類支配の思想に、汚染されるかもしれない。

そして、現実には、地球の多くの人々が、彼等の人類支配の思想に、汚染されたのが実情ではないだろうか。

つまり、イルミナティ等の問題人種と多くの人々を接触させようとすると、生まれる前から、「私は精神病院の医者か専門スタッフ並みの人生を通すことを、間違いなく、やり通します」と言う程の、強靭な人間が、地球上に数多く、生まれる必要があったかと思う。

しかし、現実には、生きている人はそうだろうけど、「私は、イルミナティ等の問題人種を更生させるべく、地上に生まれ落ちた、言わば、精神科の医者です」と、声高に述べる人は、まず、いないと思う。

だからこそ、結果的に、地球上のほとんどの地域で、イルミナティ等の問題人種の制度を受け入れたり、あるいは、彼等の思想に知らず知らずの内に洗脳されたり、あるいは、自らイルミノイドになってしまった人々も多いのではないだろうか。

こうなってくると、結局、「様々な人種や民族を一堂に集める」という、この、当初のコンセプトが、あまりにも難しく、実現不可能だったと言えるかと私は考える。

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確かに、地球の造物主という存在ならば、「自分ならば出来る」という自信があったかもしれない。

しかし、この場合、実行するのは、地球の造物主ではなく、地上に降りた人々、つまり、イルミナティ等の人種ではない、他の人々であった。

だから、イルミナティ等の人種ではない、他の人々は、イルミナティ等を更生させるような役割でも課せられて、この地上に生誕したのかもしれない。

しかし、私達は地球の造物主ではないのであり、彼のようなちからを持たないのだから、イルミナティ等を更生させるのは、ほぼ、不可能だったのではないだろうか。

現実的に、結果的に、イルミナティとかカバールとかレプティリアンとかアヌンナキの思想や制度が蔓延したのだから。

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私が正直に思うに、冒頭のコンセプトと言うのは、これはまだ実行時期に尚早であり、実行してはいけなかったかと思われる。

私が聞いたり読んだりしたところでの、レプティリアンが地球にやって来た時期と言うのは、以下のものである。

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。
そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

この文献を見るに、レプティリアンが地球にやって来た時期というのは、少なくとも、31万2000年前だ。

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この間、ずっと、地球上に、レプティリアンの目には見えない侵略行為が、私達に継続的に与えられ続けてきたことになる。

もし、本当に、「これは良くないことで、すぐにやめさせた方が良い」と、地球の造物主が考えたら、それは彼のちからで実行できたのではないだろうか。

にもかかわらず、「31万2000年間の長きに渡り、彼等の侵略行為が知らず知らずの内に許されてきた」というのは、他ならぬ、「様々な人種や民族を一堂に集める」の、当初のコンセプトがあるために、わざと許されて来たのではないだろうか。

その間、私達は、当初のコンセプト実現のために、「イルミナティ等の人種を説得して、更生させる」という役目を課せられていたのではないだろうか。

しかし、その期待は、徒労に終わったように私は感じてしまう。

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以前、どこかの段落で私が書いたことなのだけど、私達の自由意思について書いた事があった。

大宇宙を作ったような、神とも呼べるような存在が、私達一人一人に自由意思を与えてくれた(らしい)。

だから、私達一人一人は、現在、誰でも自由意思を持っている。

しかし、その、様々な自由意思があるのだけど、以下の自由意思を発現することも出来る。

それは、ある人が、彼の自由意思を持っているのだが、その自由意思とは、彼以外の他の人々を支配(つまり、彼以外の周囲の人々の自由意思を奪おうとする自由意思)を実行しようとしている、というものである。

神が全ての存在に自由意思を与えたのだけど、ある個体が、「周囲の存在達の自由意思を奪おう」という自由意思を持って、実行できる、ということは、これは矛盾の結果が訪れる。

自由意思の発現ケースが、他の存在の自由意思発現を禁止・削除しようとしているのだ。

これは大きな矛盾と言うことになる。

(だから、対立が起きても不思議ではなかったことだろう。)

だから、この「他者の支配実行」というケースの自由意思発現は、私達の世界に、非常に大きな混乱をもたらすことが予想出来る。

矛盾しており、それを頭の中で考えるだけでなく、実行しようと言うのだから。

つまり、神という存在がいるかどうかは知らないけれど、いると仮定すれば、その存在も全知全能では無く、また、当然、完全無欠のものでは無かったということが私達にわかる。

矛盾を作ったのだから。

そして、その「他者を支配しよう」という行動を、イルミナティやレプティリアン等の人種が実行しかけており、さて、そのターゲットと言うのは、他ならぬ私達である。

ここから考えても、あまりにも大き過ぎる期待を、地上に住む私達一人一人に課せられはしなかっただろうか。

(少なくとも、イルミナティやレプティリアンに関する多くの情報を、多くの人々が熟知している状態でないと、簡単に、彼等に呑まれてしまうかと思う。)

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確かに、このような、大きな課題をどこかで実行する自由はあるのかもしれないけれど、私達の住む世界である地球の上では、あまりにも準備不足・時期尚早の段階だったと私は感じてしまう。

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もっとも、他の人の意見は違っているかもしれないが、私個人の意見としては、そうなのだ。

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確かに、私と違う意見の人々は、それなりの実行をしても良いとは思うのだけど、これまでの過去の状態とか、コンセプトの方針を考えてみても、「どこか、地球以外の星に行って、そこで自分なりの幸福な生活を追求してみたい」と願う人々も、多々、出てくるのではないだろうか。

だからこそ、多くの人々も、どこかでちらりと見かけるUFOの話題とかが、現在、私達の世界に出て来ているのではないだろうか。

きっと、UFOの中には、他の星の住人達が搭乗していることだろう。

だから、地球以外の他の星でさえも、居住可能だろう。

「UFOらしき飛行物体が、空を飛んでいるらしい」という情報は、つまり、「他の星でも、暮らせますよ」という、UFOの中の宇宙人のメッセージではなかろうか。

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確かに、私達は地球に住んで、暮らして、酸素をもらって、陽の光も浴びさせてもらい、足を踏みしめる大地をもくださっている。

それらは非常に感謝すべきことだとわかるけれど、今までのいきさつを、じっくりと考慮すれば、「他の星でも暮らしてみたい」という願いが出て来ても自然なのではないだろうか。

仮に、その願いを実行するにしても、今まで暮らし慣れてきた地球に対しては感謝の念を持ち、もちろん、恨みの念は無く、後腐れなく、地球を旅立つべきだろうけれど。

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色んな存在が、「地球に住んでみたい」と以前は考えていたかもしれない。

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また、そのような同意もあったかもしれない。

しかし、総合的に様々な事柄を考慮してみると、今現在となっては、その同意を保つことも難しい存在達も多いのではないだろうか。

地球の造物主にしても、「地球に住んでほしい」という同意を、そのまま他の存在達から得続けることも、難しいことだと私は感じるのだけど。

もっとも、様々な存在がいるから、その存在達が個々に、どのように思うかも自由だし、彼等が、どのように考えているかは、私は知らないけれど。

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いずれにしても、もし、読者の方が、仮に地球の造物主だと仮定しても、今までに挙げてきた様々なことを考慮すれば、「当初のコンセプトの改善」とか「当初のコンセプトの変更」等の、再考を必要とするのではないだろうか。

読者の方も、ひょっとしたら、「どこかの星の造物主」という運命を、宇宙のどこかで、いつかは享受する機会もあるかもしれないのだから。

また、私が冒頭で書いた意見「もし、私が地球の造物主だったら、やはり、彼等を地球に入れなかった方が良かった」という意見も、説得力があるものとはならないだろうか。


                                       坂本 誠

2017年6月14日 (水)

三千百二十九: 幸福と自主性を考えて(独白)

幸福になれない人の心理パターンとして、昨今から考えている。

幸福になれない人は、自分自身で幸福を作ろうとしていないけれど、幾つか、それに付随した行動パターンを身に着けてしまうようだ。

例えば、「私自身は、与えられたことをこなしている。だから、それ以上はやらない」というものだろう。

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この「与えられたこと」というのを具体的に考えてみると、例えば、組織の中で与えられた仕事とか、社会生活の中での、何らかのその人の役割とか、あるいは、古来から現在に至るまでの社会の中で、伝統的・慣習的に「これは、私に習慣づけられている行動の筈だ」と、本人が堅く信じ込んでいる行動等である。

つまり、このケースでさえも、その人自身が自発的にその行動を求めたのではなく、その人自身の外部から、「この行動をしなさい」と言われたかのような感じの下で、引き受けたような感じになっている。

だから、結局、自主的ではない。

また、ここまで読んでわかるように、「そのような人は自立精神に欠けているように感じる」と、読者の方も感じるだろう。

だから、結局、その人の言い分として、以下のような要求事項を、周囲の人に与えることだろう。

  「私は、今現在、これをやってあげているから、あなたは私に幸福を持って来なくてはいけない」

等である。

その人がやっている行動と言うのは、その人からしてみたら、どこかの誰かが、「これをしなさい」という感じで命令を与えられて、「自分は、今現在、この行動をやっている」というものである。

だから、その人からしてみたら、

  「自分の現在実行している行動は、あなたが私に命じたものだから、その見返りとして、あなたは私に幸福を持って来ないといけない」

という思考パターンに陥っているようだ。

結局、本当に自分のやりたいことを自発的に選択して、実行していない。

だから、この手の幸福になれない人も、周囲の人が見て、精神的な未熟さを感じることだろう。

私が書いている「周囲の人」というのは、もちろん、親兄弟などの肉親も含む。

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また、このタイプの人を見るに、自分で精神的な成長をストップさせているとわかるだろう。

この状況だと、その人にとっては、自分の実行している行動は、どこかの誰かから命じられて、与えられたようなものだから、それを超える何かの状況が発生すると、その人は、それ以上考えないし、また、通常とは違った出来事に対しての、自ら創出した、新しい行動に踏み込むことはまず無い。

与えられた箱の外に出ようとすれば、その人は、認知が混乱し、心理的にパニックに陥りやすい。

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このことについて、わかりやすい例を考えてみた。

与えられたこと以外には、考えたくないし、それに関係した事には、何も実行したくない人がいると仮定しよう。

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その人の目の前に、急にUFOが現れて、中から、宇宙人が出て来て、その宇宙人が「Hello! World!」と言って、挨拶してきたとしよう。

彼(あるいは彼女)にとっては、UFOとか宇宙人の存在を知らされなかったどころか、彼は、全く信じていなかったので、彼は混乱することだろう。

そして、いきなり、家に閉じこもって、スマホを取出し、政府のような役所の機関に連絡し、対応を願うことだろう。

なぜならば、彼(あるいは彼女)にとっては、この手の「第三種接近遭遇」と呼ばれている出来事については、「自分は、その役割を与えられていない」と思っているので、「自分以外の存在、つまり、政府のような役場の機関が、その役割を代行するに違いない」と堅く信じているからである。

そして、電話を受けた政府の側の人間にとっても、政府の長年の縦割り行政の結果から、電話を受けた、その人間も、以下のような返答をするのではないだろうか。

  「こちらの方で、その出来事に対応予定の担当部署があるかどうかを確認してみます」

と。

ところが、現実には、その出来事に対応する予定の担当部署が作られていないので、やがて、この手の「第三種接近遭遇」と呼ばれている出来事については、うやむやにされていく。

(余談なのだけど、政府とか、地球上の支配者だと自認している人々が、UFOの中にいるとされている宇宙人の存在を認めないのは、それなりの理由がある、と聞いた事がある。その聞いた内容と言うのは、もし、政府とか、地球上の支配者だと自認している人々が、宇宙人の存在を認めてしまえば、地球上の支配者だと自認している人々が、この地球上の支配者なのに、それ以外にも広い世界があって、その広い世界から見れば、地球上の支配者だと自認している人々が、その広い世界までも支配していない、あるいは支配できないことがわかる。つまり、地球上の多くの人々から見たら、「地球上の支配者だと自認している人々は、井の中の蛙だ」と理解するのである。その結果、地球上の支配者だと自認している人々の、地球支配の実行力が弱まってしまう。だからこそ、政府とか、地球上の支配者だと自認している人々は、UFOや宇宙人の話題となると、かたくなに、その話題を拒否する、と、私は聞いた事がある。また、その手の話題を拒否するために、その手の話題を行う人に対して、「あなたは奇妙な事を言っているので、多くの人々から馬鹿にされて、嗤われるだろう」等のように嘲笑したり、辱めることによって、その手の話題に「議論の必要性は無い」ことを、多くの人々に、強制的に納得させようとしている、と私は聞いた事がある。)

少しだけ話題が反れたのだけど、つまり、「与えられたこと以外には、何もしたくない」と言う人は、結局、それ以外の事に対しては人任せにするようになる。

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比喩的に見てみると、そのような人は箱の中に入っているだけで、その箱の外に出ようとはしない。

だから、知識も広がらないし、もっと広がる筈の知識に応じただけの行動力も出てこない。

結果として、周囲の人が見るに、そのような人は一種の自閉症のように見えるだろう。

この手の比喩的な、自閉症の人は、上に書いているように、自分で自分自身の成長をストップさせているとも言えるだろう。

このタイプの人にとっては、何か新しいことが身の回りに起きると、対応不能なので、容易に認知が混乱し、心理的なパニックに陥りやすいだろう。

つまり、そのパニックは、その人にとっての不幸と言えるだろうけれど、上の流れから理解出来るように、他ならぬ、そのパニックに陥る原因を作ったのは、他ならぬ、その人であるとわかるだろう。

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「幸福は自分の手で作らないといけない」と書いているのだけど、結局、その言葉を聞くと、「自主性」とか「精神的な自立」という言葉を連想すると思う。

「私は与えられたこと以外には、何もしない」という人任せをする人は、上に書いているように、「自分の成長を自ら止めている」ということになる。
だから、「自主性」とか「精神的な自立」の精神を押し留めていることになる。

なので、身の回りに起きてくる、新しい出来事に対応できず、心理的なパニック状態になり、つまり、不幸感覚を得てしまう。

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だから、「幸福を手に入れる」という観点からすると、「私は与えられたこと以外には、何もしない」という考えを持たない方が良いと思う。
また、当然、それを実行しない方が良いと思う。

しかし、人は自由を許されているので、もちろん、「私は与えられたこと以外には、何もしない」という考えを実行しても良いのである。

しかし、上の流れからわかるように、幸福を求めたい人ならば、それを実行しない方が良いだろう。

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次に、「どうして、『私は与えられたこと以外には、何もしない』という人が増えたのだろう?」という疑問が、私達の心中に湧いてくるだろう。

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これを考えるに、これは私達の世界で、よく見られる「組織」が原因と言えるだろう。

私達の周囲には、様々な組織がある。

その組織の内部では、組織の目的に沿って、一人一人の構成員に何らかの特定の役割が与えられる。

その、一人一人の構成員が自分の役割を超えた事柄を行ってしまうと、組織のトップの人間から見たら、その人間は扱いにくい。

その結果、組織の中では、「お前に授けたこと以外に、お前は考えてはいけないし、お前に授けたこと以外の事を実行してはならない」となる。

つまり、組織としては、一人一人の構成員というのは、意思や感情や意見を持たない、ロボットであってくれれば助かるのだ。

だから、私達の周囲に様々に見受けられる「組織」というものが、一人一人の人員をロボットのような、あるいは上に書いているような自閉症のような人材を育て続けてきたことがわかる。

私達の社会に様々に見受ける、多くの「組織」というものは、不要かと思われる。

現在に至るまで、「外敵に備えるため」という名目の下に、あまりにも数多くの組織が必要とされてきたのだが、これは誤りではなかったか。

もっとも、組織というものも、必要とされる時がある。

それは、人間一人だけでは、どうしても達成することが難しいと思われることを実行する目的が、多くの人に認められた時に、また、多くの人が納得した時に、何らかの組織が組まれる時がある。

しかし、通常は、その目的が達成されたのならば、当然、その組織も不要なものとなる。

だから、その組織も解体される時がいつかは訪れる。

また、上の流れからわかるように、組織が個々の人の自由性を奪った結果、「私は与えられたこと以外には、何もしない」ということになり、さらにその結果、不幸な人が増えた、と言えるだろう。


                                       坂本 誠

2017年6月 1日 (木)

三千百二十四: ゲームとギャンブルの違いを考えて

前書き:

前段『三千百二十三:麻雀ゲームを通じての人生論を聞いてみて』で引用した、サイト先のURLを間違えて記載していました。

かなり、シリーズが多かったので、URLを間違えたようです。
以下のように修正しています。

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■修正前:

●土田のオカルト 132.感性を豊かにする方法 | 麻雀ウォッチ
http://mj-news.net/column/tsuchida-mjall/tsuchida_occult/2017052957307

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■修正後:

●土田のオカルト 132.感性を豊かにする方法 | 麻雀ウォッチ
http://mj-news.net/column/tsuchida-mjall/tsuchida_occult/2017052757303

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ちなみに、修正前のURL「http://mj-news.net/column/tsuchida-mjall/tsuchida_occult/2017052957307」は、「土田のオカルト 134.強さには限界点がない」を指していました。

前書き終わり

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こんばんわ。

前段『三千百二十三:麻雀ゲームを通じての人生論を聞いてみて』で、麻雀のことについて書いてみました。

前段を書いた後で思いついたのですが、最近では、「法的にカジノを許可しよう」という法律が出来そうだと聞いています。

このカジノに関する法律は、別名ギャンブル法とも言われていますね。

このゲームとギャンブルの違いについてのエッセイを書いてみようと思い立ちました。

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「ゲーム」というものは、何らかの人の遊び事だと言えるでしょう。

一人か、複数の人が集まって、何らかの遊具を使って、楽しむものだと書けるでしょう。

そして、「ギャンブル」というものについて迫ってみましょう。

私が考えるに、この「ギャンブル」というものは、何らかの運の要素の強いものを使って、その運に沿って、金銭を入手する手段だと言えないでしょうか。

私達の生活の中でも、ゲームの中には運の要素の強いものがあります。

そして、その運の要素の強いゲームを使って、そのゲームに金銭獲得の手段を絡(から)ませたものが、いわゆる、「ギャンブル」というものになっているケースが多いのではないでしょうか。

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ですから、麻雀でも、最近では「ノーレート・マージャン」とか「健康麻雀」と言われているものがあります。

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この「ノーレート・マージャン」というのは、いわゆる、金銭を賭けない麻雀です。

さらに、「健康麻雀」となると、「ノーレート・マージャン」が採用されている上に、対局中は禁煙が義務付けられています。

「ノーレート・マージャン」とか「健康麻雀」になると、人はそれに賭博性を感じないでしょうから、それらは、つまり、ゲームと言えるでしょう。

しかし、これとは逆に、金銭獲得の手段に転用されたゲームが「ギャンブル」と言えるようになるのではないでしょうか。

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巷では、「カジノ法と呼ばれるものが決まれば、世に、ギャンブルを行う人が増えて困る」という懸念がなされているようです。

つまり、この手の真の問題とは、ゲームそのものでは無く、何らかのゲームに対して、金銭獲得の手段を絡めて、そのゲームを使って、ギャンブルを行うことに問題を感じる、と言っていることになるでしょう。

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さらに今一歩、このギャンブルというものの問題を考えてみたいと思います。

「このギャンブルによって、金銭を獲得することに問題がある」と言われているようです。

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このギャンブラーと言われている人は、何らかのゲームを使用した、ギャンブルを行って、お金を入手するのかも、知れませんが、ギャンブルに使われているゲームには運の要素の強いものが多いので、いつも、勝つわけとは限らないようです。

いつもいつも、そのギャンブルで勝っていれば、常に安定した収入となるのでしょう。

しかし、運の要素が強いので、いつも勝つとは限らないので、負ける日もあることでしょう。

結果として、ゲームを愛好するのではなく、ギャンブルを愛好するようになれば、手持ちの現金の増え具合とか減り具合が激しくなり、その人の生活が荒れることでしょう。

報道でも、よく報じられているケースで、「ギャンブルには非常に問題がある」とされているのは、このケースだと思います。

つまり、この手の「困ったギャンブラー」というのは、「ゲームそのものを愛好している」というよりも、「ゲームを転用した、金銭獲得手段であるギャンブルを愛好している」と言えるでしょう。

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つまり、私の見立てによると、この手のギャンブルの問題というのは、実はお金の問題と言えると思います。

私のブログを昔から読んで下さっている読者ならば、私が以前から、お金の問題点等を書いていることをご存じでしょう。

ですから、このように、お金の問題について、ストレートに語ることが出来ます。

しかし、お金の問題点について、多くの方は語りたくないかもしれませんから、私がここまで書いたように、「ギャンブルの問題とは、ゲームそのものの問題ではなく、実は、お金の問題なのだ」と、素直に語りにくいかもしれません。

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ですから、世には「自分はギャンブル依存症から抜け出たい」と願っている方もおられるかもしれません。

そのような願いを持たれている方が、私のブログを読む機会があるかどうかはわかりませんが、上の流れをふまえつつ、以下のような自問自答してみると、ギャンブル依存症から抜け出せる機会となるのではないでしょうか。

  「私は、ゲームそのものを楽しんでいる、というよりも、金銭そのものの方を愛好しているのではないだろうか?」

と。

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ところが、私達の間に普及しているゲームとして、例えば、将棋とか囲碁とか麻雀とかチェスとかオセロ等があると思います。

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将棋とか囲碁とか麻雀とかチェスとかオセロ等のゲームだと、金銭を賭けていない人も多いことでしょう。

実際、それらのゲームを楽しむ際には、金銭を賭けていなくても面白いのですね。

つまり、これらのゲームを楽しむ人は、それらのゲームに込められているゲームの面白さ自体を楽しんでいることがわかるでしょう。

つまり、それらのゲームと金銭を切り離すことが可能なのです。

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しかし、これとは逆に、金銭が非常に絡められたゲームがあります。

中には、「金銭のやり取りが絡められていないゲームというのは、非常に面白さを感じない」というゲームも世にはあるかもしれません。

こうなってくると、「それはギャンブルだ」と言えるでしょう。

また、もし仮に、未来において地球上から金銭というものが消えたと仮定しても、将棋とか囲碁とか麻雀とかチェスとかオセロ等のゲームが廃れることは無いことが私達にわかります。

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私が見るに、非常に偶然性の要素の強い、つまり、運の要素の強いゲームが、ギャンブルに転用されているようにも見えます。

「それらのゲームにも奥の深いものがありますよ」という手合いの解説書も出回っているようです。

だから、私もそれらの解説書を読めば、奥の深いものを感じるのかもしれません。

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私はそのようなゲームをしないからわからないのだけど、もし仮にこの地球上からお金が消えたと仮定するならば、「私がそれらのゲームに何らかの醍醐味や面白さを感じるだろうか」という疑問を持っています。

金銭のやり取りに非常に主眼を置いているゲームというのは、いわゆる、お金の方に重きを置いているのだから、ゲーム自体の面白さからは外れているように感じます。

ですから、「楽しいゲーム」というものではなく、ゲームという名称を与えることが出来ずに、「金銭のやり取りを行い、それを楽しむシステム」と言えないでしょうか。

そのシステム名こそがギャンブルとか賭博と言われているものではないでしょうか。

様々なゲームの指南書が出ているし、また、世には数多くのゲームがあります。
私も、この世の全てのゲームを体験したわけではないし、それぞれのゲームにはゲームの指南書もあることから、各々のゲームの醍醐味や面白さやリスクを全て把握しているわけではありません。

しかし、「ギャンブル」と言われるシステムから遠ざかりたい、と願うのならば、その娯楽システムと金銭のやり取りが密接に絡んでいると見受けられるものには近づかない方が良いかと思います。

だから、その手のゲームの指南書を紐解いてみると、金銭のことが、ほとんど書かれておらず、そのゲーム自体の面白い点が、ただひたすら記述されていることでしょう。

なので、「何かのゲームを楽しみながら学んでみたい」と思って、何かの新しいゲームの道に入ろうとする時に、その手のゲームの指南書が、金銭のことについて、ほとんど書かれていないのだけど、人に、そのゲームの面白さを宣伝しているのならば、その手のゲームは安全性が高いと思われます。

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こぼれ話程度に書くのですが、太平洋戦争の前だと、いわゆる「賭け将棋」というものが非公式に存在したそうです。

対局者同士が、高額なお金を賭けて、その将棋を実行していた事もあったそうです。

しかし、現在では(中にはいるかもしれないけれど)、そのような「賭け将棋」を行うプレイヤーは存在しないのではないでしょうか。

現在では「賭け将棋」というものは、ほとんど行われていないでしょうから、「将棋は健全なゲームである」と、多くの人々は思っていることでしょう。

しかし、ここで書いているように、人間の側が「健全なゲーム」とされているものに対して、賭博の要素を与えると、その「健全なゲーム」に対して、急に「汚らわしいゲームのように感じる」と、人は感じるのではないでしょうか。

(ですから、現代でも「賭け将棋」というものを実行することも可能だとわかるでしょう。)

要は、人間の道具を善用するか悪用するかの問題であると、私は見ています。

そして、巷では、「ギャンブルというゲームには非常に問題がある」と言われていますが、この本質を突き詰めていくと、それは、「ギャンブルというものの本質の問題とは、人間の金銭への問題が絡められたもの」と、私は見ています。

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                                       坂本 誠

2017年5月25日 (木)

三千百二十一: 依存心の強い人を見るに(独白)

「日々の生活を送る」ということは、誰でもが毎日、人間観察をするということである。

人によっては、朝から晩まで、たった一人きりの環境で自分自身を相手として生活をするパターンもある。
しかし、そのようなケースだと、他ならぬ自分自身を観察している。
あるいは、過去、交際した人を振り返って、その友人を観察している場合もある。

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そのような誰でもが行っている人間観察を、何気なく、行うと、私の脳裏に一つのパターンを持った人々が現れる。

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以前から書いているのだけど、その「一つのパターンを持った人々」の特徴というと、「自分自身で自分の幸福を作ろうとしない人」と言えると思う。

以前、このタイプの人の事を「椅子に座ったままで、その状態で、どこかの誰かが自分の口に大量のチョコレートを入れてくれるのを、いつも期待している人」と書いた。

要するに、このタイプの人の性格の特徴は、「自分自身で自分の幸福を作ろうとせず、どこかの誰かが、自分に大量の幸福を持って来てくれる」と、願っている。

だから、このタイプの人は、その人の周囲の人に対して、多くの要求が出してくる。

そのタイプの人のその手の発言は、時と状況に応じて、無数の変化をするけれど、煎じ詰めて要約してみると、常に以下のセリフを周囲の人に言っていることになる。

  「あなたは、私のために幸福を持って来い。そのためには、私の言うことを聞きなさい。そして、私のために尽くすのだ」

あるいは、

  「あなたの行動の具合が悪いから、私がその影響を受けて不幸になるのだ。だから、あなたが悪い」

あるいは、

  「あなたが私の言うことを聞かないから、私が不幸になるのだ。だから、あなたは私の言うこと(命令や要求等)を、正確に実行しなければいけない」

云々等々。

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他にも、時と場合に応じて、様々なセリフを考えられるけど、以上の3つの例を挙げれば、充分だと思う。

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このタイプの人の、そのようなセリフは数々のパターンがあるけれど、ほぼたった一つのことを、様々に言いまわしているのに過ぎない。

結局、その人の言わんとしている、たった一つの内容としては、

  「私は自分の手で自分の幸福は作らないけれど、あなたが私の幸福を持ってくるべきなのだ。その、あなたが私に幸福を持って来ないので、あなたが悪いのだ」

だろう。

この、たった一つの内容を、極めて多量のバリエーションを作って、そのバリエーションであるところの、彼(あるいは彼女)の要求を、周囲の人に突き付けて来るのだ。

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つまり、彼(あるいは彼女)の身なりが、以下に大人の体型をしていようとも、あるいは、彼(あるいは彼女)が、いくら白髪頭をした老人の姿をしていようとも、彼(あるいは彼女)の心は、非常に未熟であり、幼年時代の精神状態を、そのまま、ひきずっていることがわかる。

そして、このタイプの人々の心の内から発せられる、不満やそれから発生する、周囲の人々への、強い要求や命令が、幾つも行われる。

だから、彼(あるいは彼女)の周囲の人々は、彼の愚痴や不満や要求や命令(等々)を日々に聞かされるので、うんざりしてくる。

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(ここで、あらかじめ断っておきたいのだけど、「自分の幸福は自分で作らないといけない」と書いているけれど、幸福 =(イコール) 金銭 とは書いていない。金銭の多寡の状態と、その人の幸福の度合いは違っているからだ。しかし、あらゆる人には思想の自由が許されているから、「幸福とは大量の金銭を保有している状態だ」と考えても良いわけです。そして、当然、その大量の金銭を保有している状態になりたい、と願って、その行動を実行することも許されています。ただし、私が感じるに、他ならぬ、その方向自体が、不幸を招く方向である、と感じたりするのだけど)

要は、このタイプの人々は、依存心の非常に強い人間だと、私達はわかる。

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そして、他ならぬ、このタイプの人々には、常に、その人に身に不幸が訪れていることになる。
なぜならば、その人の周囲の人々が、常に、彼の口の中に大量のチョコレートを放り込み続けないといけないので、彼は常に飢えているのだから。

彼(あるいは彼女)は、日頃、以下のように言う。

  「私の不幸の源は、常に、自分の周囲の人からやって来ている」

と主張している(要は、自分の幸福を自分の手で作ろうとしていないだけなのだけど)。

彼(あるいは彼女)が、「あの人が悪い。この人が悪い。その人が悪い。あなたが悪い、周りの全部が悪い、、、」と果てしなく繰り返すので、彼は次第にノイローゼや、その他の精神病に罹っているような気がするので、彼は、やがて精神科の門をくぐるかもしれない。

また、上に書いた、例としてのセリフ「あの人が悪い。この人が悪い。その人が、、、」の文面を見ただけでも、このようなことを言う人は、不満と不幸を感じているから、それらのネガティブな雰囲気をばらまいている、ともわかる。

彼(あるいは彼女)から見れば、「常に、私の外部から私の内部へと、私の不幸が流れ込み続けている」と、感じていることだろう。

しかし、上からの流れでわかるように、この手のノイローゼに塗る薬は存在しない。

彼(あるいは彼女)にとって、本当に必要な真の処方箋とは、「他の人に頼らず、自分の幸福は自分で作りなさい」であり、読者の方々は、上からの流れでわかるように、すでに、あなたの胸中で、その答えを手にしていることだろう。

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(上に「他の人に頼らず、自分の幸福は自分で作りなさい」と書いたのだけど、ここで、ある人が一念発起して、「自分の幸福は自分の手で作ろう」と思い立ち、「幸福 イコール 金銭だ。だから、私は大量の金銭を追いかけよう」となると、その人は、「大量の金銭の所有欲」を持っていることになる。だから、その手の欲に、その人は振り回されて、不幸になる。なぜならば、「金銭のカラクリ」というものは、イルミナティ達が作った。要するに、私達が日頃よく見かける金銭には、彼等の作った大量の罠が仕掛けられていた。この段落で、彼等の作った大量の罠を紹介するには、余りにも紙数が足りない。だから、ネットの検索等で、初めて、私のこの記事にヒットした方は、御面倒でも、このブログの過去記事を紐解いて、どうか丁寧に読まれてください。)

(他ならぬ、このイルミナティ達こそが、上に書いた、非常に依存心の強過ぎる人間達であることもわかるけれど。)

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また、この手のタイプの人は、「自分の外部から幸福が流れ込んでくるもの」と固く信じ込んでいるから、外面にこだわることが多い。

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例えば、「自分のルックスはどうか」とか「自分は、どんな豪華な衣装を身に着けているか」とか「自分は、どんな立派な自動車を持っているか」とか「自分は、どれほど立派な肩書を持っているか」とか「自分は、どれほど豪華な家を持っているか」等々、、、

「自分の内部には幸福があまり住んでいないので、自分の外部のものに自分の幸福が宿っている」と思いがちである。

このような状況だと、資本主義社会の商業主義によって、大量の華やかな物品を見せつけられて、それらを欲してしまい、大金を失いがちになってしまうだろう。

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だから、このタイプの人からの「あなたは私の命令通りに動きなさい」というたった一つの真の思いから派生した、非常に諸々のバージョンのセリフを聞かされる周囲の人は、うんざりしてくるだろう。
そして、そのうんざりとなった、周囲の人が彼(あるいは彼女)に出す、真の処方箋の言葉「自分の幸福は自分で作らないといけない」を伝える機会も出てくるかと思われる。

しかし、上の言葉「自分の幸福は自分で作らないといけない」を、彼(あるいは彼女)に処方する際には、その時と場所を選び、かつ、冷静に、慎重に伝えた方が良いかと思われる。

また、当然、処方される彼(あるいは彼女)との会話の際には、もちろん双方とも激情に駆られずに冷静に伝え合った方が良いと思われる。

なぜならば、時と場所を間違えたり、激情を交わすような会話に陥ってしまえば、比喩的な表現をすると、彼(あるいは彼女)が、あなたに噛み付いてくるかもしれないのだから。


                                       坂本 誠

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