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2017年10月 9日 (月)

三千百八十四: 芸能人の引退から、マスメディアを考えてみると

最近では、芸能人の引退が多いように感じます。

私がテレビや新聞で芸能人を見るに、芸能人や、他の文化人と言われる人々が、マスメディア上では、語ってはいけないことが多いように見えるので、そこに、芸能人や、他の文化人と言われる人々が、堅苦しさや窮屈さを感じて、引退する人々が多いように感じます。

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もっとも、その、引退する人々が辞める際には、「一身上の都合」とか、その他の簡単な理由を述べて、引退するわけですが、実際には、その背後には、様々な多くの理由があると感じます。

ですから、引退する芸能人の方々が、「マスメディア上では、語ってはいけないことが多いように見える」という理由のみで引退するのではなく、もっと、他にも様々な理由によって、芸能界を引退していると思います。

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しかし、私が見るところ、「マスメディア上では、語ってはいけないことが多い」という点から、堅苦しさを感じて、引退する人が多いように感じます。

この記事のために筆を流している、私は、今現在、別に感情が高ぶっているわけでもなく、冷静に筆を運んでいるのですが、例えば、私がテレビに出演して、以下のような疑問を口に出したとしてみます。

  「私が、イルミナティとか、カバールとか、彼等の計画・実行している人口削減計画等を、テレビや新聞上で語ってはいけないのでしょうか?」

と、いうような疑問です。

私だけでなく、他の人とか、あるいは、芸能人や他の文化人と言われる人々も、私と同じような疑問を、テレビや新聞上で語ってみたくなるかもしれません。

私が例に挙げたイルミナティとか、カバールだけでなく、レプティリアンとかアヌンナキという単語についても、同様でしょう。

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しかし、その疑問を世に流す筈の、マスメディア、つまり、テレビや新聞の側としては、以下のような返答が返ってくるのではないかと考えられます。

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  「坂本さん、それを言ったら、まずいんですよ」

と。

ですから、この記事では、マスメディア側の返答と予想される「坂本さん、それを言ったら、まずいんですよ」という、その理由を、感情が高ぶること無く、冷静に考えてみよう、というのが、この記事の主旨です。

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この理由を考えるに、筆頭に挙げられる理由としては、やはり、金銭の問題かと思います。

「マスメディア」というからには、これのほとんど多くのものは、テレビ局や新聞会社です。

それらのテレビ局や新聞会社というのは、つまり、株式会社や、あるいは有限会社です。

「株式会社」というからには、その会社の目的の一つとして、利益の向上があります。

「利益の向上」というのは、他ならぬ、金銭獲得における、金銭数値の上昇、というわけです。

ところが、現実のマスメディアの会社の株主達の中に、その、私の疑問文の中に出て来た、イルミナティ達がいるかもしれません。

ですから、イルミナティとしては、自分達の存在を隠し込みたいわけですから、イルミナティの側が金銭のちからを使って、報道会社の報道の自由を奪うかもしれません。

例えば、報道会社の株主のイルミナティならば、以下のように、自分の会社の従業員達に、お触れを出すのではないでしょうか。

  「イルミナティという単語を放送禁止用語にする。あるいは、自局の中で、その単語を発する者を解雇する」

とか。

イルミナティの側だったら、その他、様々な理由を付けて、「イルミナテイとかカバール」という単語を、マスメディアに出さないような工夫を、ありったけに考えることでしょう。

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その他、「イルミナティ」という単語が、マスメディアで使用されるようになったら、イルミナティが逮捕されるかもしれないので、そのイルミナティが、マスメディア会社の株主だったら、当然、自社の利益に関わって来ることだから、マスメディア側としては、「イルミナティという単語を放送禁止用語にしよう」という動きが水面下で進むことでしょう。

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あるいは、「イルミナティ」という単語が、マスメディアで使用されるようになったら、ひょっとしたら、社会的な混乱が発生して、それを流した側のマスメディアの利益や収益が落ちる、という可能性も考えられます。

あるいは、「イルミナティ」という単語を発した、マスメディアに、イルミナティが背後で指揮・命令しているところの、過激派集団がやって来て、そのマスメディアに襲撃しに来る、というケースも考えられます。

上記の他にも、様々なケースが想定されますが、これ以外のケースの想定は、読者の方々が、時間の余裕のある時に、御自身で考えてみて下さい。

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しかし、いずれにしても、「イルミナティという単語を、うちの放送局や新聞上で流すと、うちの利益に非常に関わってくる。その状況は避けたい」という、主に金銭的な理由の結果から、イルミナティやカバールという単語が、世のマスメディア上に流れないのではないでしょうか。

まあ、イルミナティやカバールという単語だけではなく、その他、何かの、そのマスメディア上で流したら、非常に、その会社にとって、利益的に不利に陥る単語があるのではないでしょうか。

そうなると、マスメディアの会社としては、暗黙の内に、幾つかの単語を、放送禁止用語に設定しようと努力することでしょう。

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そうなってくると、私達は次のように感じてくるのではないでしょうか。

  「言論の自由を訴える機関そのものが、意外にも、言論の自由の封殺を行っているように見える」

と。

つまり、これらの事も、大元を見れば、「金銭というものから生じている問題である」と、読者の方々は実感してくることでしょう。

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そして、金銭を作っているのが、イルミナティやカバールなのだから、彼等は、その金銭を使って、私達を直接的あるいは間接的にも、私達を操作していることが、読者の方々にも実感できてくることでしょう。

私達が、これらの考察を進めると、私達は「私達の間に回っているところの、金銭というものは、毒として、私達に作用している」と、考え始めるのではないでしょうか。

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これらの結果から、この記事の冒頭で書いたような、芸能人や、他の文化人と言われる人々が、マスメディアに堅苦しさを感じて、芸能界からの引退(つまり、マスメディアからの引退)という、引退理由の一つとなっているのではないでしょうか。

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この記事中では、「放送禁止用語」という単語が出てきました。

この「放送禁止用語」の中には、「非常に汚い雰囲気を持っている」とされている単語等が指定されているようです。

この場合、つまり、「汚い雰囲気を持っている」とされている単語の意味での、「放送禁止用語」を、この段落では考えたわけではありません。

「汚い雰囲気を持つ言葉を、語る」という例と、「あれそれの事情が語られていない」という状況には違いがあります。

ですから、「汚い雰囲気を持っている」とされている意味での「放送禁止用語」を語るのは、別の段落を設けて語らないといけなくなるので、この段落中では、割愛します。

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マスメディアでの、報道でも、ほんのわずかながらに、イルミナティとかカバールに関した、内容のものが突発的に語られたりはしているようです。

例えば、以下の私の過去記事で紹介したもののようにです。

『二千百七:私の見かけたビデオについて_No.54』
●信じられない!9歳の少女がオランダテレビで新世界秩序の計画を暴露しました。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/_no54-6986.html
https://www.youtube.com/watch?v=401WlHNyWrw



(上記ビデオより抜粋引用)
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【翻訳】私はベン・アミラ、9歳です。歌いますが皆さんには期待はずれになるでしょう-。
「新世界秩序はもうすぐマネーシステムを破壊する。
我々はニセモノのエイリアン侵略を使って世界政府を推進する。
信じられないだろうが、
我々は君たちを洗脳するために主流メディアのほとんどを所有している!
infowars.comやwhynotnews.euなどから学んではならない!
権威に従い、マイクロチップを埋め込み、フッ素入りの水を飲め!
フリーエネルギーニュースなどを見てはならない。
従順で主体性のない奴隷でありつづけるのだ。
何の役にもたたないゴミを観察し続けろ!
バカで無知で在り続ける事で新世界秩序のエリートを助けるのだ!
それを邪魔するような発明や大麻油のような代替治療を推進してはならない。バカで居ろ-!
代替メディアネットワーク、911トラウザーズやケムトレイルリサーチ、オキュパィム-ーブメント、陰謀研究者、アノニモス、Hactivismなどは無視するのだ。
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(引用終わり)

上のビデオに出てくる、オランダのテレビ局がどうなったかは、私は知りませんし、また、その後のベン・アミラさんが、どうなったかはわかりません。

私の方で、時間の余裕のある時に、その後のオランダのテレビ局の状況とか、ベン・アミラさんの、その後の状況を、調べることになるのではないかと思います。
もっとも、「私が知りたい」と願わなければ、調べないことになります。

上のビデオのように、ほんのわずかながらにも、世に流れていると思われる情報については、私の『過去記事』の欄に掲載しておきます。


(以下、上記記事に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二百八十九:フリーメーソンとイルミナティ レジャンバルド神父』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/post-4df6.html
http://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=50235
●フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part1
http://www.youtube.com/watch?v=3PLaXhXdZt8



(上記記事より抜粋して引用)
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1.サタンに仕えるイルミナティ最高権力者たち(0:02)

神父:イルミナティはサタンの世界支配を確立するために、このルシファーに身を捧げます。
そのサタンの世界支配は、唯一の世界政府、唯一の世界経済、唯一の世界軍隊、そして唯一の世界宗教によって確立します。
13人のドルイド司祭は、直接、具体的にメーソン会員をサタンに捧げ、世界中のイルミナティの儀式を司ります。
この13人のドルイド司祭は、サタン信仰に身を捧げ、フリーメーソン、イルミナティ内部でサタンとの契約を司る人々です。
この33人が500人のビルダーバーグ会議出席者を支配します。
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(引用終わり)

フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part2
http://www.youtube.com/watch?v=GzAsn0rH3FU



フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part3
http://www.youtube.com/watch?v=H8eeuD_auY4

フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part4
http://www.youtube.com/watch?v=O_CQB5M8kFw

フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part5
http://www.youtube.com/watch?v=c_EE5bZmGBI

フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part6
http://www.youtube.com/watch?v=TR2NXSGLDn0


『二千三百七:彼等についてのTVコマーシャル_No.2』
●Illuminati TV Commercial - Official
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/11/tv_no2-3a7c.html
https://www.youtube.com/watch?v=oTRY2BEhXz8



(上記ビデオからの引用と翻訳)
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あなた達の傷ついた闘争、貧困に支配された惑星のために恐れないでください。
あなた達は大丈夫です。

救済が近づいています。
あなた達の繁栄は我々の世界的設計(Universal Design)の中心的な目標です。
人類のための道は人類の生存と繁栄を確実にするために、長い年数に至りました。
戦争とは、「十分な土地がない」と主張している一つの嘘なのです。
また、戦争とは「すべての場所において、豊富に生きるための十分な富が無く、すべての人々に十分でない食物の量だ」と主張している一つの嘘なのです。

様々な時代が我々の途上にあります。
あなた達の赤い水平線全体に木霊している爆音に恐れないでください。

あなた達の人生を準備してください。
なぜならば、着実に成長する光は遠方より明るくなるからです。
あなた達の暗闇の戦場が除かれるために夜明けが訪れるので、イルミナティズムの時代が始まります。

何も恐れないでください。
我々は常にあなた達を見張っています。
我々の組織と世界的設計でのあなた達の役割についてもっと知るために、Illuminati.amを訪問してください。
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(引用と翻訳終わり)


                                       坂本 誠

2017年10月 2日 (月)

三千百八十二: イランの美容院の写真を見て

こんばんわ。

ちょっと意外に感じた写真を紹介しながら、私の考えたことを書いてみます。

(以下、『朝日新聞 GLOBE』、2017/10/1、13面記事より引用)
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●男子禁制の美容院で

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ブロンドの髪を飾る華やいだ表情。
メイク中の女性の鮮やかな口元。
客で賑わう美容院の日常を切り取った一枚は、そう簡単に撮れたわけではなかった。

(、、、中略、、、)

「報道されるイランの女性は、黒ずくめの姿ばかり。でも、ベールの下には色鮮やかな姿がある。市民の本当の姿を、外国に知ってもらいたい」。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

 

写真を一見しただけだと、西洋の女性達が、どこかの街の居酒屋で、パーティーをやっているように見えるだけです。

しかし、明らかに違うのは、その写真が撮影されたのは、イランの美容院ということでしょう。
イランの女性市民を見る限り、私達の国の女性達を見るのと同じように、「お洒落をしてみたい」とか「美しい化粧をしてみたい」という風に願っていることがわかります。

しかし、イランに限らず、中東地方の国々では、女性の顔や体に黒ずくめのベールを覆うのが習慣となっていることが世界の人々に知られています。

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疑問に思うのですが、あの、中東の女性達が来ている、黒ずくめのベール姿というのは、過去、男性達が女性達に無理矢理に強いた衣装ではないでしょうか。

そのような中東の過去の男性達の、ハッキリとした思惑や狙いまではわかりませんが、例として考えてみるならば、

  「女性達が男性達の目を引くような衣装を着ていれば、男性達が自分の仕事に集中できなくなるので、女性達に黒ずくめの服を着させる必要がある」

等でしょうか。

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あの、現在に至るまでの中東諸国の厳しい戒律というのは、ムハンマド(別名:マホメット)から生じているのではないでしょうか。

イスラム教の開祖である、ムハンマドは厳しい戒律を人々に与えたことで有名です。

ムハンマドよりも前の時代の伝承を集めたとされる『アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)』中では、そんなに堅い戒律が中東諸国の人々を縛っている、ということはありません。

そのような時代である、イスラム教の始まる前の世界の絵画では、女性達も顔を露出している衣装での絵画が様々に残されています。

『アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)』では、アラジンとかシンドバッドとかアリババ等が現れて活躍します。
生き生きとした人物描写もなされて、面白く、おかしく、それらの物語が語り継がれているようです。

ですから、ムハンマドが中東諸国に与えた影響は大きく、厳しさが、いまだに中東諸国に席巻していると思われます。

しかし、本当の中東諸国の人々の民族性とは、この記事で引用した写真とか、あるいは、『アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)』に見られるような、明るさや開放性ではないでしょうか。

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確かに、イスラム教にも、詳細に探せば、どこか良い面があるのでしょうけど、人々の精神の開放性や自由性を考えれば、ムハンマドよりも前の時代の、中東諸国の人々の民族性を尊重する必要性もあるのではないでしょうか。

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少なくとも、この記事で引用した写真を見る限り、真の中東諸国の人々の明るさなり、自由を慕う心は、深く人々の暮らしの中に息づいているように感じます。


                                       坂本 誠

2017年9月25日 (月)

三千百七十八: 現在の私達にとって、考えた方が良いと思われるもの(独白)

時々、イルミナティのことについて、書く私だけれども、その、イルミナティを受け入れていた側についても、しばしば、考えてしまう。

仮に、地球上に、地球創世の造物主という存在がいて、その存在が、「私ならば、イルミナティ達を更生させることが出来る。だから、地球上の他の存在達(例えば、イルミナティ以外の人々)も、イルミナティ達を更生させることが出来るに違いない」と彼一人の独断に基づいて、地球上の人々とイルミナティ達を交際させていたとするならば、彼は少し、方向性が誤っていたかと思ってしまう。

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なるほど、地球上の造物主ならば、彼はイルミナティ達を説得せしめ、更生させることも可能かもしれない。
しかし、問題は、その更生の役目を授かっている、私達、地球人類が、一丸となって、本当に、イルミナティ達を更生させるという強い意志の下に、それだけの、実行力があったかどうかは、かなり疑わしいものと言えると思う。

造物主、彼一人(あるいは彼女一人)が、そのような意思や能力を持っていたとしても、他の存在達(つまり、私達、地球人類)一人一人が、そのような意思を持っているか、あるいは、そのような能力を所有したいかどうかとなると、そのようなものを所有したいかどうかは、個々の人に委ねられているからだ。

簡単に言えば、地球の造物主、彼一人(あるいは彼女一人)が、イルミナティ達のお世話や更生を出来る能力があるかもしれないけれど、他の人々が、どうかはわからない。

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だから、造物主、彼一人が、そのような事を実行したいのならば、彼一人でやるべきかと思われる。

中には「造物主、彼一人の希望や意志に、ぜひ、同意・同行したい」という人々もいるかもしれない。

そのような人ならば、地球上の造物主に、今後も同行されたら良いかと思ってしまう。

だから、地球上の造物主に、現在、必要とされる行動というのは、地球上の全ての存在達に、彼に対する、同意・同行の意志があるかどうかを、一人一人に尋ねることだと考えてしまう。

もし、同意・同行が無ければ、それは虐待行為を認めてしまうことになるだろう。

他の人々の考えまではわからないものの、私の見る限り、「地球上の造物主の願いに、ぜひ、同意・同行したい」という存在は、かなり少数派となるのではないだろうか。

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もちろん、私達は、地上にいる段階で、空気を吸えたり、足を踏みしめる大地があったり、あるいは、日々に日光を浴びることも出来るので、それらの事に対しての感謝はあると思う。

しかし、彼の願いの全てに同意するかどうかは、個々の人に委ねられている。

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しかし、彼も、イルミナティ達に対して我慢できなくなり、何らかの行動を実行しているかもしれない。

私が、時々、引用している文献を、再び、下に引用すると、

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。
そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

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時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
というわけで、あなたがたの中にあるRコンプレックス部分の周波数を、まるごと認め、愛し、手放すことによって、その特性であった恐怖や混乱、支配、競争といった周波数帯と同調しなくなり、さらに高い周波数域である、愛と創造性に基づいた、高次のシステムと共振していくことが可能になることでしょう。
このことはいくら強調してもいいほどです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

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(引用終わり)

引用した文献で見る限り、地球側は、少なくとも、31万2000年間をかけて、彼等の更生を促そうとしていたのかもしれない。

しかし、私が考えるに、この「31万2000年間」という期間は長過ぎである。

私ならば、1年も経たない内に、彼等に地球から出て行ってもらうような手段を取ったのではないだろうか。

この「31万2000年間」という期間は、意図的に、彼等の更生を願って、地球上に留めさせておいてやったのかと思う。

そして、この「31万2000年間」という、私から見れば、長すぎる期間を使ってでも、彼等は更生されるどころか、逆に、その魔の爪は、伸び続けるのだった。

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それから判断して、「彼等の更生を願って」という意志や狙いがあったとしても、それは、かなり、軽率であり、また、かなりの楽観思考の下での判断だったように感じてしまう。

現在の私達にも実感できるように、何かの困難なプロジェクトを計画・実行する際、その計画者側が軽率・楽観主義者であると、うまく行かないことが多い。

これらの過去の状況から現在に至るまでを見ても、今後の状況を判断して、「地球には留まりたくない」という願いや意志が出ても、不思議ではないと思う。

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確かに、私達は、過去、何らかの同意があって、現在の地上に集っているのかもしれない。

しかし、それは、あくまで、「過去の同意」の下に行われたことだろう。

現在の意向や何らかの実行によって、私達は、常に「未来に向けての同意作成」を実行していることを忘れてはならないだろう。

簡単に言えば、一瞬一瞬の思考の傾向が、徐々に、私達の未来を形成してゆく。

その、私達の「一瞬一瞬の思考の傾向」が、つまり、「未来に向けての同意作成」なのだ。

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私達の「過去の同意」というものを考えてみると、それは、ひょっとしたら、「生前に立てた計画・同意・願い」という感じになって来るかもしれない。

「生まれる前の記憶」となると、これは、現在のほとんど誰にとっても、雲や虹をつかむ話となってくるだろう。

P6210198

 

つまり、現在のほとんど誰もが思い出せるはずの無い状況の中で、何らかの契約が行われたことになるだろうけれど、これだと雲や虹をつかむのと同じように、ほとんど無理と思える、何かが私達に課せられていたとになってくるだろう。

ここから考えても、地球上の造物主がいると仮定するならば、私が彼に諫言したいことには、「あなたは、他の存在達に、あまりの無理難題を願っていないでしょうか」ということである。

他の人達の考え・意向まではわからないのだけど、私としては、「無理難題を、無謀にも、実行したいという存在には、ついて行きたくない」というのが、隠しようの無い、私の本音だ。

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現在でも、地上のどこかで、原爆実験や水爆実験が行われている。

地球の造物主としては、自分の身体の上で、原爆や水爆を爆発させられると痛いかもしれない。

ほとんど、多くの私達でも、原爆や水爆実験を実行する人と友人になりたくないだろう。
だから、その、原爆実験や水爆実験を実行する人には、問題があると言えるだろう。
(原爆実験や水爆実験を実行する人というのは、洋の東西にいることも忘れてはならないだろう。)

しかし、私が考えるのだけど、上の私の記事を踏まえると、「地球の側が、最初から、そのような人々を入れたことに問題があるのでは?」という疑問が浮かんでしまう。

最初から、地球の上に、断固として、そのような人々を入れなかったら、自分の身体が痛むことも無かったかもしれない。

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上に引用しておいた文献から、レプティリアンの侵食が、31万2000年前であり、その直後から現在に至るまで、私という存在が、もし、地球の外側に視点があったと仮定するならば、私は次のように、彼に諫言し続けていたのではないだろうか。

  「どうして、レプティリアン達を、早期に、地球外に出そうとしないのですか?」

と。

その答えとしては、

  「『彼等が更生してくれるであろう』と信じ続けていたから」

ではないだろうか。

これだと、現在の困難な状況が地球の上で起こっていても、それは、ある意味、自業自得と言えたのではないだろうか。

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だから、上に書いたことを全て踏まえて、考えるに、現在の私達にとって、一番大事な事は、「このような地球上で生活していきたいか」という問いに同意があるかどうかを、真摯に熟慮することだと思う。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二百十六:レプティリアンについて』
●REPTILIAN NEWBORN
(レプティリアンの赤ちゃんのビデオ)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/post-fbdf.html
https://www.youtube.com/watch?v=gQPlxUb-p2o





                                       坂本 誠

2017年9月14日 (木)

三千百七十四: 「何も知らない」という状況は幸福を生み出すか(独白)

ある人々の間では、

  「何も知らない方が、人間、幸せなのだ」

という人々もいる。

しかし、そのように、何も知らされない人々は、その状態で、幸福感を感じる人もいるかもしれないが、様々な事情を知っている人から、誤誘導される可能性が高いことだろう。

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そして、その情報を知らされない人は、様々な情報を得られないから、様々な角度から見て、自分が本当に幸福かどうかがわからなくなるのだ。

だから、その、上に書いたような「何も知らされない人々」というのは、幸せかもしれないが、その人達以外の、様々な事情を知っている人で、かつ、悪意を持っている存在からは、その存在達の手下として扱われているかもしれない。

しかし、もし、仮に、悪意を持って誘導されているとしても、その誤誘導されている人々には、様々な情報を与えられないから、自分達がその存在達の奴隷として、扱われていることにも気づきにくくなるだろう。

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だから、誤誘導されているような人々が、ずっと後になって、「私達は誤誘導されていた」と気付くや否や、すぐさま、その人々は、「今までの私達は幸福では無かった」と、ため息交じりにつぶやくケースが多い。

このケースで、もっとも、私達の身近にあるものは、太平洋戦争時の大本営発表だろう。

太平洋戦争時の大本営発表というのを、簡単に説明すると、当時の日本政府は、実際には、連合国に戦争で負け続けていたのだけど、実際の日本本土内部では、「日本は戦争に勝ち続けています」という、嘘の広報を流し続けていたことで有名だ。

もっとも、当時の報道各社の報道記者達も、従軍記者として、戦地に従軍して、最前線の様子を熟知していたと思われる。

しかし、その最前線での戦況を詳しく知る従軍記者達も、当の軍部から、「この内容は軍事機密とする」と、言われて、事実を内地に持ってくることも出来ないケースも多かったと、現代の私達は推測できる。

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私が上で挙げたケースの世界、つまり、太平洋戦争時の、日本内部の状況も、マトリックス(SF映画『マトリックス』で用いられた「偽造社会」の意味)であったとわかる。

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早い話が、何も知らない人というのは、ネガティブな狙いを持つような人々から、簡単に誤誘導されるだろう。

そして、後になって、「誤誘導されていた」という事実を知り、つまり、「騙されていた」という失意を抱かされるから不幸感を持つ。

だから、冒頭に掲げた「何も知らない方が、人間、幸せなのだ」という理屈は、私に言わせてもらえば、はっきりと間違っていると思う。

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上の話では、マトリックスの一例として、「太平洋戦争時の日本」を例に挙げたけど、私達の周囲を、よく見まわしてみると、意外にも、そのマトリックスの現実を、多々発見できるかもしれない。

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                                       坂本 誠

2017年9月 5日 (火)

三千百七十: お知らせ

おはようございます。

最近、ちょっと忙しいので、少しばかり、お休みさせて下さい。


                                       坂本 誠

2017年8月18日 (金)

三千百六十三: 「行政組織等の間の密約は、なぜ、いけないか」を考えて

こんばんわ。

最近、「密約」という単語を聞く機会があります。

「密約」というのは、政府とか行政における秘密の約束の事を「密約」と言ったりしています。

個々の人達の間でも、「約束を結ぶ」ということがあります。
個々の人達の間で取り交わされた約束の内容までは、他の誰かに伝える必要はありません。
しかし、政府とか行政組織の間で取り交わされた約束の内容を「秘密にしよう」となると、それは密約というものになります。

そして、この政府とか行政組織の間で密約というものは、良くないとされています。

個々の人達の間で取り交わされた約束の内容は、秘密にしても良いのに、なぜ、行政組織の間で取り交わされた約束の内容を秘密にしたら良くないのか、を、この段落では説明しています。

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民主主義政治の根本精神としては、「開かれた政治」というものがあります。
この「開かれた政治」というのは、言い換えれば、「透明性のある政治」と言えます。

私達の民主主義政治は、「国民の全てが政治をしている」というのが大前提です。
しかし、「国民の全てが議会に出て来て議論し合う」というのは難しいと言われたので、現在のほとんどの国が、代表制民主制と言って、国民の間から代表者を選出して、その代表者に国会に行ってもらって、議論をしてもらっています。

ですから、私達が日頃テレビを見ていると、「政治家と呼ばれる人々が政治を行うのだろう」と思いがちですが、それは間違っています。

なぜならば、私達の代表者に国会に行ってもらって、そこで議論をしてもらっているのですが、民主主義政治の根本精神から、「国民の一人一人が政治を実行している」というスタンスが、民主主義政治なので、「実際に政治を実行しているのは、その国の国民一人一人である」ので、政治家と呼ばれる少数の人々が、政治を実行している、というわけではないからです。

日本では、「成人年齢以上の全ての人々が日本政治を実行している」というのがスタンスです。

ですから、国内では、国内の全ての人々が政治を実行している、という方針がありますから、政治というものは、全ての人々が、その政治内容が見えるような方針が立てられています。

ですから、国会のテレビ中継などがあって、その政治内容が国民に見られるようにしています。

つまり、これが「透明性のある政治」とか「開かれた政治」と言われるものです。

このように様々な行政判断や行政内容を全ての人に見せることが「透明性のある政治」なので、これが民主主義政治の実行しなくてはいけないものの一つです。

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要するに、「ある国の、全ての国民が、その国の政府を所有している」というのが民主主義政治の根幹なのです。

ですから、「ある国の政府の官僚が他国や、あるいは、他の誰かと、何らかの約束を結んだ」とあるならば、その国の、全ての国民が、その国の政府を所有していますので、当然、その約束の内容を、その国の、全ての国民が知る権利があるわけです。

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また、日本国憲法の第十五条の②には、

-------------------
第十五条
○2  すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
-------------------

とあります。

つまり、「政府の密約」とか「政府の秘密」となると、その密約を結んだり、あるいは、その政府の秘密を作った、何人かの公務員は、その状態を知っているのですが、国の中の大部分の人々が、その密約の状態を知らなかったり、あるいは、その秘密の状態を知らないので、これだと、「それらの密約を結んだり、あるいは、その秘密を設定した、ごく少数の公務員が、一部の奉仕者となってしまった」となるので、これは良くないことだ、と読者の方々も感じることでしょう。

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ですから、「不透明な政治」という状態を考えてみましょう。

そのような政治には密約が多いとわかります。

「不透明な政治」となると、要するに、公務員とか、政治家(「政治家」という名称は、本当は俗称であり、「特別国家公務員」というのが正しい名称です)が、国家の名義を借りて、自分一人のために、何らかの約束を結んだり、あるいは、自分一人のために、何らかの行政を実行してしまえば、それは、つまり、独裁政治ということがわかるでしょう。

そして、「その約束の内容を秘密にしておきたい」とか「その行政を秘密にしておきたい」となると、ますます、その人は、自分だけの利益を追求することが出来ることが私達にわかります。

つまり、「不透明な政治」というのは、これは、国民一人一人が政治を実行しているという民主主義政治では無く、徐々に独裁政治になっていくことがわかります。

ですから、民主主義政治には、「透明性のある政治」というのが義務なのですが、「やれ、政治には秘密事が多いのだ」となると、これは独裁性が高まって行っていると言う事が、私達にわかってきます。

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ですから、最近の報道を見たりしていると、私達は、「どうやら、なんとなく、民主主義政治(代表民主制)も死にかけているのではないだろうか」と感じないでしょうか。

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実際、アメリカ合衆国でも、「情報公開法」という法律が出来ました。

この「情報公開法」というのは、要するに、「アメリカ合衆国の国民に対して、アメリカ合衆国政府は、自らの行った事を公開しなさい」という法律です。

この「情報公開法」によって、過去にアメリカ合衆国の行ってきたことが明らかにされたものもありました。

実行したのは、アメリカ合衆国の国民です。

しかし、この段階で、読者の方は奇妙な事を感じることでしょう。

つまり、アメリカ合衆国でも民主主義の国ですから、「透明性のある政治」が当然な筈です。

しかし、「情報公開法という法律を制定しなければいけなかった」という事実があった、ということは、「アメリカ合衆国でも、政治の隠蔽性が高まっていたのだ」と読者の方々は気が付くことでしょう。

民主主義政治の方針から言えば、「透明性のある政治」が当然なのですから、「情報公開法」という法律そのものが制定される必要性は全く無い、と人は気が付くことでしょう。

この、アメリカ合衆国の事例を考えてもわかるように、上の言葉の繰り返しになるのですが、私達は、「どうやら、なんとなく、民主主義政治(代表民主制)も死にかけているのではないだろうか」と感じないでしょうか。

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結局、「不透明な政治」というのを作っていけば、その政治を司る、ごく少数の政治家達が、自分達の思うように(全ての国民の意見を議会に反映させているのではなく)、その国の政治を進めることが出来るようになるので、これは独裁政治の走りとなるわけです。

日本の歴史を見てみると、弥生時代から、「村(むら)」が次第に「国(くに)」と化していきます。

その過程を見ると、弥生時代に稲作が導入されたので、隣接している村同士で米の奪い合いが起きたらしく、隣接している村同士で戦争が起こるようになりました。

隣村との戦争に勝つために、村の内部の組織が進み、ピラミッド型構造の社会が生まれ、その村の内部の権力者が、やがて国王となっていきました。

このように、「国(くに)」という、社会システム構造の歴史を見てもわかるように、「国」という、社会構造がもっとも必要とされた原因としては、「隣の村は、どうやら、(仮想)敵国だから、私達の村を守るために、あるいは、その隣の村を叩くために、ピラミッド型構造の社会、つまり、国という政治システムが必要だ」と、その村の内部の、権力者と言える人々が、村の内部の人々を説得していったことでしょう。

上の流れを踏まえると、「不透明な政治」の作り方がわかってきます。

ある政治家が、以下のように言うかもしれません。

  「私達の住み場の近くに、厄介な敵国がある(らしい)。その厄介な敵国から、私達の住み場を守るためには(あるいは、その厄介な敵国を叩くためには)、軍事的な秘密を作る必要がある。なぜならば、軍事的な作戦敢行のためには、その厄介な敵国に、我が方の軍事作戦を知られるわけにはいかないので、我が国の内部で、あらかじめ、軍事的な秘密を作っておく必要がある。だから、私達の国家の内部には、多くの秘密が必要だ」

と。

あとは、多くの人々に、上記のように、秘密の重要性を説いて行けば、やがて、その国の内部は、「不透明な政治」の状態となり、国の上層部にいるとされる、ごく少数の人々が、寡頭政治(かとうせいじ)を実行できるわけです。

寡頭政治とは、言ってしまえば、一つの独裁政治のようなものであり、ごく少数の人々が、その国の内部の政治を実行している状態です。
いわば、貴族政とも言える状態です。

結局、「全ての国家の成り立ち」というものを見てみると、世界中の国家の成り立ちというものを見てみると、わかるのですが、要するに、「私達の外部に、敵国があるから、私達を守るためには、国家という社会システムが必要だ」という、心がけの下に、全ての国家が出来上がったことがわかります。

ですから、逆説的に感じるかもしれませんが、ある国の公務員からすれば、敵国の存在は有難いことになります。
自分達の職業の存在理由が明らかとなり、また、その国の内部の人々からの需要もあるからです。

世界中が平和であり、全ての国境線が消えたのならば、地球上の全ての国家は不要となります。
「世界中が平和であり、国境線が消えたのならば、地球上の全ての国家の、かなり多くの公務員が不要なのだろう」と、人は気付くことでしょう。

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まとめなのですが、結局、密約とか秘密の多い国というのは、「透明性の無い政治」となり、寡頭政治も実行されて、民主主義状態から徐々に離れていきます。

また、「不透明な政治」の作り方の一つの例を挙げましたが、その例を挙げる途中で、「国の成り立ち」も書きました。
その「国の成り立ち」を読んでも、感じたかもしれませんが、私達は私達の社会のシステム構造の根本にも疑問の目を持つようになるかと感じます。


                                       坂本 誠

2017年8月 2日 (水)

三千百五十四: 私達のルールに関する話題

時々、私は、私達の周囲の司法関係に関する、私なりの疑問を書いています。
この段落も、その手の疑問です。

以前に書いたことには、

  「書店に置かれているルール(法律)全集とも呼べる本の厚さが、富士山やエベレスト山の高さを超えるのは、いつの日になることだろう?

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という疑問を書きました。

他の世の人も、以下のような疑問を感じたことは無いでしょうか。

  「誰も覚えきれない程の量の、ルール(法律)作成を毎年行っているけれど、あれほど大量のルールを作り続ける必要が、私達の社会の間で本当に必要だろうか?

と。

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上記の疑問に対する私なりの解答として思い浮かんだものとしては、

  「もし、私達の社会で、これ以上のルール(法律)作成は必要ないとすれば、ルールを作成している人々の給与は一月約150万だそうだから、その給与をもらえないと彼等は困るだろうからこそ、彼等は無理にでも、毎年のように大量のルール作成ための議論を行っているのではないだろうか?」

です。

(少しだけ、話が反れるのですが、上記と似たようなものを感じる事例を挙げておきます。最近では、国内の過疎の地域でも、高速道路を建設が行われています。ほとんど、自動車の通らない地域であり、かつ、交通量から考慮しても、「高速道路の建設は不要ではなかろうか」と思われる地域でも、その道路が作られているように感じます。これなども、多くの人の目からしたら、その地域に高速道路の建設は不要とは思われるのだけど、巨大公共工事・巨大土木工事を無くしてしまえば、その手の役所や、その役所の下の下請け会社のお金の巡りが悪くなったらいけないので、無理にでも、国内に残る地域を必死に探してまで、巨大土木工事の実行をしなくてはいけない、となっているような気がします。)

人は、「これは、お金というものに問題の本質が根ざしているのだ」と気付くでしょうけれど、これに関しては、別の段落で詳細に書いています。

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本題に帰って、ルール関係の話題です。

私達の社会の間に、大量のルールを敷かれているわけです。

そして、私達の社会の間で、人と人との、もめごとが起こった際には、裁判所に双方が出て来て、その、私達の周囲に大量に存在しているルールを駆使して、双方が、司法関係の人々を目の前にして争うわけです。

そして、大量に存在しているルールをフル活用しているのか、あるいは、活用できなかったのかはわかりませんが、とにかく、ある一定の期間が経てば、一応の決着を見るわけです。

そして、たいていの場合は、負けた方に「幾ばくかのお金を払え」とか、あるいは、何らかの司法命令が出されたり、あるいは、傷害事件などの場合だと、刑務所に行ったりするわけです。
それらの他のケースなどは、テレビや新聞を見れば良いでしょう。

いずれにしても、当事者同士が、双方納得し、双方共に「心が安らいだ」という状態になった人は、非常に数が少ないと私は思います。

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なにせ、その裁判ともなると、たいていの人は、そのような大量のルール(法律)を覚えていませんから、以下のように思うわけです。

  「弁護士と呼ばれる人が、大量の法律を記憶して、かつ、活用の仕方を知っている筈だから、高額な謝礼金を払ってまでも、弁護士を読んで、裁判に勝とう」

ともなるからです。

そして、その争い事の決着も、大量のルール事項を照らし合わせて、つまり、機械的に、その争い事を処理されたので、心の奥底に残るべき、やさしい出来事も少ないので、当事者同士が、双方納得し、双方共に「心が安らいだ」という状態になった人は、非常に数が少ないと私は思います。

要点を言ってしまえば、「現代の人々の争い事は、機械的に、事務処理的に、処理されている」という点でしょう。

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私が思うに、本当に心底、ルールの事について深く考えている人ならば、大量のルール作成を行わないようになると思います。

その理由としては、人々の社会の間に、大量のルールを敷けば、当然、多くの人々がそれだけの量を記憶できないので、混乱も起こるし、当然、それだけの大量のルールを活用することも出来ません。

極めて少ない数のルールを使って、法律用語なども使わずに、極めてやさしい言葉を使って、当事者同士が、双方納得するように努めることでしょう。

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ところが、現代の争い事を締めくくるのには、やれ、「我が国の法律の第何条の第何項の定めるところにより、云々(うんぬん)、、、」という、長い長い一文が続き、その一文の終わる頃には、既に、その文頭で何が言われていたのかを忘れる程に長いケースもあるのだけれど(長いだけではなく、難解な法律用語も使用しながら)、争いを起こした当事者達に対して、その理由を述べるのだから、実に機械的に洗練された、「争い事の収め方」と評することが出来るのかもしれません。

これだと、判決文を聞かされた当事者達は、「裁判官が何事か難しい内容を語ったようだが、とにかく、よくわからないが、私達は負けたことだけは確かなようだ」と、困惑顔をしつつも、無理矢理、その判決内容を聞いているケースが多いのではないでしょうか。

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過去、テレビ・ドラマで時代劇『大岡越前』というものがありました。

私は、あまり見たことは無かったのですが、この主人公である大岡越前は、多くの人々の心を納得させる、名奉行だったそうです。

しかし、現代では、私達は、そのような人物を法曹界には望めないかもしれません。

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少しだけ、例を考えておきます。

私達の間に、たった一つのルールだけがあるとします。
そのルールとは、

  「人々よ、和(わ)を以て(もって)尊し(とうとし)とせよ」

 

  「人々よ、和を以て尊しとせよ」   

 

(  'Let's make the precious with our harmony .'

あるいは、

  'Regard our harmony as the precious .' )

(上記の言葉も、古(いにしえ)の先人が国のため、多くの人々のために作ったものですが、かなり過去に語られたものなので、とうの昔に著作権は消失しており、全人類共通の財産となっています。また、このような時には、かえって、「誰が語ったものなのか?」の問いに答えて曰く、「その言葉は全人類共通の財産のものです」とした方が、かえって、効果があると思います。)

そして、大きな条件の一つとしては、私達の間には、私達全員に共通して、「他の人を思いやる」という心、つまり愛情があります。

そして、事件として、Bさんが、Aさんの持ち物を横取りして、使用していたとしましょう。
Bさんには、たまたま、その時に、そのAさんの持ち物を使いたかったのですが、あいにく、Bさんは持ち合わせていませんでした。
ですが、Bさんは、どうしても、今すぐに、そのAさんの持ち物を使いたかったので、Aさんに断り無く、借用して、使っていたのです。

ですから、AさんはBさんに対して怒り、争いとなってしまいました。

このケースでも、ちょっとよく考えれば、BさんがAさんに対して、「Aさん、私は今、どうしても、あなたの持ち物を使いたいので貸して頂けないでしょうか?」と、素直に頼めば良かったとわかるでしょう。

そして、その、Aさんの持ち物を綺麗にして返してあげれば良かったことでしょう。

つまり、BさんとAさんの間で、和を作るために、AさんとBさんは、よく話し合えば良かったとわかります。

この場合だと、「よく話し合う」ということが、「他の人を思いやる」という心から生じていることがわかります。

そして、よく話し合った結果で、AさんとBさんの間に、調和が生まれれば、私達の間の、たった一つのルール「人々よ、和を以て尊しとせよ」が達成されるわけです。

ですから、このケースで、Bさんに諭(さと)すことがあるとするならば、「Bさん、あなたは愛の精神を持って、Aさんと、よく話し合わなかったでしょう。これが原因です。今後は、もっとお互いの友愛を高めて深く話し合いましょう」となり、この段階で、

  「本件は、これにて一件落着!!!

となるところでしょう。

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結局、現代の多くの国での、司法関係の仕事、つまり、争い事調停と言うのは、大量の紙に書かれた、大量の文章をつき合わせて、「それらの整合性が取れているか」とか「それらの文章の、つき合わせによって、矛盾が起きていないか。もし矛盾が起きていたら、それはルール(法律)違反だから、Bさんの敗訴だ」という感じで、処理されていることが多いと気が付きます。

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要するに、現代の司法関係の仕事は、ペーパー事務処理と言えるでしょう。

最近では、コンピューター・プログラミングも流行っているようですから、コンピューターを比喩に出していた方が実感しやすい人もいるかもしれません。

コンピューター・プログラミングの場合は、大量のプログラミング文章を記述するのですが、たった一つの文章にミスがあったとしても、そのたった一つの文章と全文章との連絡性と整合性が、全文章の間を通じて、見事なまでにマッチしていないと、バグを出します(コンピューターの動作ミスの事)。

ですから、現代の司法関係の仕事は、このコンピューター・プログラミングと非常に類似していると言えるでしょう。
つまり、大量の文章を、つなぎ合わせて、ほんのわずかの整合性も取れていない部分を見いだして、その部分を使って、判決を下したりしています。

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結局、現代の司法関係の仕事というのは、極めて機械的であるので、そのルール(法律)を使わなければいけない人々にとっては、一切、なじみがなく、一切、親しみの無いものとなっていることがわかります。

なぜ、そうなるのかと言うと、ご覧のように、テレビや新聞の中で伝えているように(本当に必要かどうかは私はわかりませんが)、毎年毎年、大量のルール(法律)作成が行われているからです。

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一つの中国古代史を挙げて、この段落を締めくくりたいと思います。

始皇帝で知られている、秦(しん)の国は、古代中国を統一しました。
秦の国は、法治国家として有名でした。
ですから、秦の国は、大量の法律を作成したことで有名です。

20101103084331


なので、中国の民人は、大量の法律によって、嫌気がさしました。

しかし、時代が経って、秦の国から漢(かん)の国が成立しました。
漢の国は、秦の国の逆を行きたかったので、数多くの法律を廃し、簡素な幾つかの法律を残して、中国を治めました。
これにより、中国の民人は、秦の国よりも漢の国の制度の方を好んだそうです。

しかし、時代が経つにつれて、中国も政治制度が変わる中、再び法治主義が流行るようになりました。

私が思うに、結局、私達の間に見られる、全てと言って良いほどの「政治システム」というのは、巨大ピラミッド・システムなのだから、ここに原因があると思います。

巨大ピラミッド・システムというのは、頂点に君臨する支配者が、その巨大ピラミッド・システムを統制・コントロールするために、そのシステム内のルールを作成しようとするのだから、結局、大量のルールを作成してしまい、私がこの段落で書いたような、現象が発生すると思います。

私達の間では、巨大ピラミッド・システムではなく、平坦な社会システムが良いと思います。


                                       坂本 誠

2017年7月16日 (日)

三千百四十六: マトリックスの作られ方を復習する

こんばんわ。

この段落では、私達の世界での、マトリックスの作られ方をおさらいしたいと思います。

以前から書いていますが、「マトリックス」の本当の意味は「行列」の意味ですが、私が自分のブログ中で、「マトリックス」と記載する場合は、SF映画『マトリックス』で有名になった、多くの人々に知られている「偽造社会」の意味の方です。

私達の身の周りに存在する、マトリックスについて書くわけです。

「偽造」の類似表現としては、「捏造(ねつぞう)」という単語もありますから、マトリックスのことを「捏造社会」とも表現できることでしょう。

SF映画『マトリックス』では、登場人物達のうなじには、ソケットが設けられてあり、そこにプラグを差し込まれることによって、コンピューターの描く夢の世界を、多くの人々に見せられています。
当然、巨大コンピューター側が悪役に設定されています。
そして、巨大コンピューター側が多くの人々を支配しているのです。

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もちろん、現実社会の私達の、うなじには、SF映画『マトリックス』に出てくるような、うなじのソケットは付いておりません。
ですが、現実の私達の社会の中でも、マトリックスが作成されるのは可能です。

結局、マトリックスというのは、偽造社会ですから、簡単な表現で書くと、大量の人々に嘘の情報を与えられて、その、大量の人々が嘘の情報を元に生活を送れば、その状態が「マトリックスである」とわかります。

上記の「嘘の情報」が、私の過去記事でも書いた「偽旗作戦」とか「やらせ報道」と呼ばれるものに相当することがわかってくるでしょう。

「マトリックス」とか「偽旗作戦」とか「やらせ報道」とかは、全て、一つの言葉を多角的に表現しただけだとわかります。

その一つの言葉とは、つまり、「嘘の情報」だとわかります。

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この場合、「嘘の情報」とは、いわゆる、「誤報」と呼ばれるものとは違っていることがわかります。

メディアでも、「誤報」と呼ばれるものの意味は、「間違いたくはなかったのだけど、結果的に、情報の行き違いによって、誤った情報報を流してしまった」でしょう。

つまり、「誤報」と呼ばれるものは意図的に流されたものではありません。

しかし、「偽旗作戦」とか「やらせ報道」と呼ばれるものは、意図的に、誤った情報を、多く流そうというものです。

もちろん、その目的としては、意図的に、誤った情報を、多く流そうとする存在が、何とかして、自分にとっての有利な状態を作りたいからだとわかります。

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また、「マトリックス」を形成するためには、「嘘の情報」を流すだけでなく、その「マトリックス」を形成する人物にとっての不利になるような情報を隠蔽することも必要となってきます。

このように隠蔽される情報も出てくるため、私達は、自分達の社会の全体像を誤認するようになります。

つまり、私達には、「嘘の情報」を与えられ続けて、かつ、「隠蔽される情報」の二つによって、私達は、自分達の社会の全体像を誤認するようになります。

これが、「マトリックス」の形成方法だとわかります。

今まで、色々と書いてきましたが、それらの全ての記載することは出来ませんので、隠蔽情報について、かなり核心をおさえていると思われる過去記事を書きだしますと(私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました)、

『三百三十七: イルミナティについて_No.4』
●ジェイ・パーカーインタビュー④
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no4-9e49.html
http://www.youtube.com/watch?v=9Gl-yNEoGyI



●ジェイ・パーカー
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「3人の警官はすぐに殺されてしまいました。」
「数十億ドル、数兆ドルと持っていると言われている寡頭政治の独裁一家は自由に使える暗殺者を持っていて、全てのメディアを所有し、あなたを陥れ、あなたの人生を破壊する為に、あなたの事を何とでも言える何人もの人々を買収できる事を理解しなければなりません。」
「本当に警察が出来る事は何も無いんです。」
「彼等の後頭部には銃が突きつけられているんですから。」
「彼等の大勢が立ち上がってこれ以上は御免だって言わない限りはです。」
「そうすれば実際に変わるかもしれません。」
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上記のものが、ツボをおさえている隠蔽情報だとすると、私が最近手に入れた「やらせ報道」の方も、ご紹介しておきます。

『三千百四十:原発の撤去を考えて』でも列挙したのですが、

(以下、『JICL 法学館憲法研究所』より2011/8/4記事より抜粋引用)
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●いまに始まったことではない「やらせ」
http://www.jicl.jp/urabe/backnumber/20110804.html

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九州電力が6月26日に予定されていた玄海原発2・3号機の運転再開をめぐる国主催の佐賀県民向け説明会(ケーブルテレビとインターネットの番組として生中継され、視聴者からの質問・意見も電子メールやFAXで同時に受付)に向けて、自社や主要関連会社の社員に対し、一般市民を装って運転再開に賛同する意見を番組宛てに電子メール等で投稿するよう指示していたことが、7月上旬に明らかになったが、これをきっかけに、あっちでもこっちでも、「やらせ」や動員の実態が、次々と明るみに出た。
九電の「やらせ」は、九電から手厚い支援を受けてきた古川・佐賀県知事が九電幹部との面談で、再稼働容認の声をメールなどの方法で出していくことも必要だ、などと述べたことがきっかけになったことも、つい最近明かされ、九電の判断というよりは知事の指示による「やらせ」だった疑いが強くなっている。

また、九電の「やらせ」問題をうけて経産省が電力各社に住民シンポなどで同様の「やらせ」がなかったかの調査を求めたところ、中部電力や四国電力のプルサーマル計画に関するシンポジウムで、ほかならぬ経産省に属する「原子力安全保安院」が、住民に肯定的な発言をしてもらうように計らって欲しい旨の要請を電力会社にしていたことが明らかになった。

(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

以下、見出しだけをかけて、各見出しの内容は、文末の『過去記事、関連記事、及び、参考文献』に記載しておきます。

(以下、『中村隆市ブログ 「風の便り」』より2011/7/30記事より抜粋引用)
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●資源エネルギー庁も 九電に動員依頼 社長ら了承し動員
http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-5290
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(以下、『原発は いらない 1601 電力会社の犯罪』より抜粋引用)
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●原発は いらない 1601 電力会社の犯罪
http://wakouji.sakura.ne.jp/genpatsu/d1601.htm
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(以下、『朝日新聞デジタル』、2013/7/3記事より引用)
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●東電、福島市民公聴会で動員 05年、社員ら43人
http://www.asahi.com/business/update/0703/TKY201307030160.html
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『二千百二十二:News_No.513』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/news_no513-cd2e.html
(以下、『朝日新聞』朝刊、2014/7/23の36面より文章と写真を引用)
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●原発利権を追う 国会議員側へ1.4億円
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私達は、以下のように考えることでしょう。

  「過去、日本列島全体に、原発が建設されていった。その原発建設の際には、地域住民達が賛成していたと聞かされていた。しかし、現実に、動員による、このような、やらせ報道によって、地域住民達の民意が歪められた状態で、日本の各地に原発が建設されていたのだろう」

と。

他にも、「やらせ報道(つまり、偽旗作戦)」というのが、見つかってくるでしょうが、これらを見ていると、私達は、本当に、「私達は、今まで、深いマトリックスに閉じ込められていたのだ」と実感してくることでしょう。

ですから、私達が、今、本当に必要としていることとは、「私達は、本当に、マトリックスの内部に収監されている」という状態を知ることだと思います。

「私達がマトリックスの内部に収監されている」ということを知りますと、自然と、そのマトリックスを越えた真実の世界に触れられるようになりますので。

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もちろん、このマトリックスを形成する、情報媒体は、マスメディアだけとは限りません。

インターネットでも、同様の事が言えるでしょうし、あるいは、小さな社会で配布される小冊子でも良いし、あるいは、街頭演説でも同様の事が出来るからです。

私達の周囲に張られているマトリックスには、気が付いた方が良いと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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***************************************
(以下、『中村隆市ブログ 「風の便り」』より2011/7/30記事より抜粋引用)
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●資源エネルギー庁も 九電に動員依頼 社長ら了承し動員
http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-5290

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7月30日 西日本新聞朝刊 トップニュースから抜粋

エネ庁、九電に動員依頼
川内原発ヒアリング「空席ない方がいい」

九州電力は29日、経済産業省資源エネルギー庁が昨年5月に主催した川内原発3号機増設手続きである地元向け第1次公開ヒアリングで、事前にエネ庁側から「空席ない方がいい」などと、事実上の動員を依頼されていたことを明らかにした。
一方、同ヒアリングで真部利応社長ら経営陣が事前に動員数などの報告を受け、実質的に了承していたことや、同ヒアリングを含む2005年以降の原発関連の説明会6回すべてで社員らに参加を依頼していたことを正式に発表した。

動員が常態化していたことを示すもので、「やらせメール」問題に続く組織的な世論工作に批判が高まるのは必至。

当日の参加総数903人のうち、337人が九電の依頼による動員だった。
この337人のうち69人は九電社員で全員出勤扱いだった。
意見陳述人も20人中15人が依頼を受けていた。

九電動員「言語道断だ」 県議会原子力安全特別委長

県民の間で賛否が割れたプルサーマル発電導入をめぐって、古川康知事が判断材料の一つに位置付けた県主催の公開討論会(2005年12月)でも、参加者の半数近くが九電関係者だったことが判明

=2011/07/30付 西日本新聞朝刊=

(、、、以下、省略)
------------------------------
(引用終わり)

(以下、『原発は いらない 1601 電力会社の犯罪』より抜粋引用)
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●原発は いらない 1601 電力会社の犯罪
http://wakouji.sakura.ne.jp/genpatsu/d1601.htm

九電過去にも社員ら動員、原発地元説明会に

玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2、3号機の再稼働を巡る「やらせメール」問題が発覚した九州電力が過去、プルサーマル発電計画を進めるため地元で説明会を開いた際、会場に社員や関連会社員を動員していたことが9日、九電の内部調査でわかった。
同社は川内原発(鹿児島県薩摩川内市)3号機の増設計画でも、同様に動員をかけており、同社の“やらせ体質”が改めて浮き彫りになった。

(2011年7月9日 読売新聞)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20110709-OYS1T00437.htm

(、、、中略、、、)

[電力会社の犯罪]
■九州電力 数百人に動員要請、原発説明会 バス送迎も

九州電力が、過去に国や佐賀県などが主催した原発関係の6件の住民説明会やシンポジウムなどで、毎回、社員や関連会社員ら数百人に参加を呼びかけていたことが7月25日に、分かりました。
会場までバスで送迎したり、社員に休暇を取らせて参加させていました。

(、、、以下、省略)
------------------------------
(引用終わり)

(以下、『朝日新聞デジタル』、2013/7/3記事より引用)
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●東電、福島市民公聴会で動員 05年、社員ら43人
http://www.asahi.com/business/update/0703/TKY201307030160.html

東京電力は3日、国が原子力政策大綱をつくるために2005年8月に福島市内で開いた市民公聴会に、東電社員33人と協力企業の社員3人、地域住民7人の計43人を動員していたと発表した。
このうち11人が東電からの依頼を受けて発言した。
ただし、東電が発言内容まで依頼したケースは確認されなかったとしている。

東電は「会合の開催趣旨に対し、配慮に欠ける対応だった」と陳謝した。

05年8月に佐賀市で開かれた同じ公聴会で、九州電力社員の動員があったことが今年3月にわかり、公聴会を主催した国の原子力委員会が各電力に調査を求めていた。
東電は4月5日、少なくとも計35人の東電社員や協力企業社員らを動員していたと発表し、さらに詳しく調べるとしていた。
---------------------------------
(引用終わり)

『二千百二十二:News_No.513』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/news_no513-cd2e.html
(以下、『朝日新聞』朝刊、2014/7/23の36面より文章と写真を引用)
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●原発利権を追う 国会議員側へ1.4億円

政界対策資金として建設会社などに少なくとも2億5千万円を工面させ、簿外で管理してきたと朝日新聞に証言した中部電力元役員は、このうち計1億4千万円を2人の国会議員側に配ったことを明らかにした。

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中部電力の裏金システムは地方政界にとどまらず、中央政界にも及んでいた。

元役員は自民党有力議員が東京都内で開く勉強会や朝食会に足しげく通い、親交を深めた。
国会議員約20人が名古屋市を拠点とした後援会をつくるにかかわり、中部電の発注工事に後援業者を参入させてほしいと頼まれたら発注先の大手建設会社に口利きした。
首相経験者から依頼され、学生を中部電に入社させたこともあったという。
元役員は「政治家さえ押さえれば霞が関にも影響力を行使できる」と語った。

元役員の証言によると、自民党が下野して政界再編が起きた1993年、中部電の管轄外を地盤とする国会議員(故人)が中部電幹部と通じ、新党結成資金として1億円の提供を求めてきた。
手持ち資金では足りず、新たに大手建設会社に工面させたという。

「大きな紙袋二つに入れた1億円を新幹線で運び、都内にあった国会議員の事務所で秘書に手渡した。会社への謝礼として1%分の商品券を受け取った」

別の国会議員(故人)からも同年、中部電管内の県知事候補の選挙資金に用立てる名目で4千万円を頼まれた。
この時も大手建設会社に工面させ、議員の地元事務所にいた秘書に現金4千万円を届けたという。
元役員が名指しした秘書2人は取材に対し、現金授受を否定した。
元役員は「自分が現金を運んだ。議員が言った名目通りに使われたかはわからない。あえて確かめない。議員の要求に応えたことに意味がある」と話した。

    ■ ■

裏金の支出先は政界対策にとどまらない。
元役員は「90年代に芦浜原発の地元対策の名目で1回あたり200万~300万円を支出した」とも証言した。
中部電立地部幹部に頼まれ、裏金を手渡したという。
裏金を工面しつづけた建設会社の元幹部も取材に「77年ごろに立地部から依頼され、500万円を芦浜の現地事務所に届けた」と述べた。

中部電は三重県南部の芦浜地区で63年から芦浜原発の立地を目指したが2000年に断念。
今も350万平方メートルの用地を保有したままだ。

今年5月、現地を取材すると、中部電社員らは70~90年代に地元漁協の反対派の切り崩し工作、賛成派のつなぎ留め工作を盛んに行ったという。
94年には中部電から計15億円の漁業補償金が支払われ、元町議、元漁業幹部らは「中部電に飲食費をつけ回すことも日常的だった」と振り返った。
中部電の現地事務所に渡った裏金がどこに渡ったかは確認できなかった。
元役員は「原発の立地対策はブラックボックスだから」とつぶやいた。

中部電が建設会社に工面させ、簿外で管理してきた裏金は使い道が追い切れないほど様々な場面で投入された。
元役員は「裏金を使わずに済む時代は来ないと思う」と語った。
近年の中部電役員や秘書部幹部らに取材を申し込んだが、答えは「神経質な内容なので取材に協力できない」だった。
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(引用終わり)

『二千六百八十八:私の見かけたビデオ_No.67』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/_no67-29ed.html
https://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



1:28:34
(当ビデオの1時間28分34秒目辺りから)

(上記ビデオより抜粋引用)
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●デービッド・アイク

社会を変えたいのですが、あからさまだと拒絶反応が起きるので、こっそりやるわけです。
問題、反応、解決の手順で行きます。

第1段階。
問題を作り出す。

爆弾テロでも、9.11でも、取り付け騒ぎでも、株式市場の大暴落でも、政府の崩壊でも良いのですが、誰のせいでこうなったのか、なぜ起きたのか、自説を他人に語ります。

ここで、行動をちゃんと行うメディアが存在すると、問題、対応、解決の手順は失敗します。

しかし、主流メディアは、事件の公式見解を伝える広報室となるのです。

(、、、中略、、、)

この事件に関する、大衆の唯一の情報源は主流メディアとなります。

問題、反応、解決の第2段階は、激しい怒りと非常に大事な恐怖の反応を起こします。

そして、大衆が政府に訴えることを期待します。
「なんとかしなければ、このままではダメだ。どうするつもりなのか。」

そこで第3段階。
嘘の話に対する大衆の反応を収集して、自ら作り出した問題の解決法を正々堂々と提案します。

●キャスター(フォスター・ギャンブル):
悲劇的事件をでっち上げたり、利用するという発想は、彼等が目標達成のために、どこまでやるつもりか、を理解する上で非常に重要なものでした。

アメリカが偽りの口実で、ベトナム戦争に介入したのは、裏付けのある事実です。
ロバート・マクナマラ元国防長官は、トンキン湾での、軍艦攻撃は実際には無かったことを認めています。

■ロバート・マクナマラ:
「あの日、攻撃されたという判断は誤りで、攻撃は無かったのです。」

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●キャスター:
最近では、ブッシュ元大統領が存在しない大量破壊兵器を口実にイラクを侵略しました。

このような戦術は偽旗作戦とも呼ばれます。
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(引用終わり)

『二百九十七: 私の見かけたビデオについて_No.33』
●初めて実行員が暴露した、アメリカの国際陰謀・工作秘史
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no33-6b51.html
https://www.youtube.com/watch?v=BhfCgO0ItY8



公開日: 2011/01/19 

(上記ビデオより抜粋引用)
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■字幕:
「国家を征服しその国民を奴隷化するためには、二つの方法がある。一つは武力であり、もう一つは負債である。(John Adams 1735 - 1826)」
      :
     (中略)
      :
----- VENEZUELA 2002 -----

「、、、、エコノミック・ヒットマンの能力はこの間どんどん上がり続けましたがね・・・。、、、」

「ごく最近では1988年、ベネズエラでチャベスが大統領に勝利しました・・・、、、」
      :
     (中略)
      :
「このクーデターの起こし方は、カーミット・ルーズベルトがイランで行ったやり方と同じものです。」
「民衆をお金で買収してデモ行進をさせ、暴動を起こさせます。」
「『チャベスがとても不人気だ』と思わせるようなことを言わせながら起こすのです。」
「2,3千人の人をテレビの前に集めれば、国中が反対していると思わせることが可能です。」
「そしてそこからは、マッシュルームのように増加していくのです。」
      :
     (中略)
      :
----- IRAQ 2003 -----
「エコノミック・ヒットマンはサダム・フセインを買収することが出来なかったのです。、、、」
「何と言っても、フセインは以前、CIAのエージェントでしたからね・・・」
「前イラク大統領の暗殺のために雇われていたのです・・・失敗しましたが。」
「だから彼は私達のやり方を熟知していたのです。」

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(引用終わり)

『三百五: 私の見かけたビデオについて_No.34』
●元CIA アメリカは存在しない敵と戦っている イスラエル・リビア・イラン・シリア #cia #enemy
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no34-67d0.html
https://www.youtube.com/watch?v=xsIhwHzvqko



(上記ビデオより抜粋引用)
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■マイケル・ショイヤー:

「私達は本当に非常に冷血に、シリア人達が政府に撃たれるであろうことを知りながら、彼等に路上で出るようしきりに促します。」

「私達は、この20年間の今日、敵を作り出すことにおいて非常に効率的です。」

「全米の安全を創造することにおいて、私達はそれほど効率的ではありません。」
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(引用終わり)

『二千五百九十九:銀行制度についての種々の話題_No.11』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/08/_no11-48fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI

ビデオでは、1時間21分33秒近辺から紹介されています。
引用した文章と写真は、同ビデオからのものです。

(ジョン・パーキンス)
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使った手法は多くありますが、もっともよく使った手法は、石油のように企業が欲しがる資源を持つ国に行って、世界銀行やその系列の組織から、その国への巨額の融資を手配すると言うものです。

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しかし、貸し出された資金の大半は、その国でなく、ベクテルやハリーバートン、ジェネラル・モーターズ、ジェネラル・エレクトリックといった、米国企業の手に渡り、その国に強大なインフラを構築します。

富裕層のための発電所、高速道路、港、工業団地などで、貧困層はその恩恵をほとんど受けられません。
むしろ、貧困層は巨額な貸り入れの返済のツケを被ります。
教育、医療などの社会福祉に充てられるべき金が借金返済に充てられるのです。

意図的に、国に莫大な負債が残るようになっています。
すると、エコノミック・ヒットマンが、また行って、言うのです。
「こんなに借金があるのに、どのようにしても払ってもらうからな」。

反米の大統領が選出されると、すぐに行きます。

「おめでとうございます。私は大統領とご家族を大金持ちにして差し上げる事が出来ます。私達の方法に従えば、このポケットの数億ドルは大統領のものです。そうしないなら、もう一つのポケットには、貴方の名前入りの弾の入ったピストルが入っています。選挙公約を守って、我々を追い出そうとした時のためにね、、、アメリカの石油会社の安く石油を売るか、次の国連投票でアメリカに賛同するか、イラク等世界のどこかに、米軍を支援する部隊を送って下さい」。

このようにして世界帝国を築いたのですが、その事を実際に知っている人は、ほとんどいませんでした。
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2017年7月10日 (月)

三千百四十二: 昨今の世間の求職情報を考えて

街を歩いていると、どこかのお店が「従業員急募」という貼り紙を出しているところを見かける機会がある。

きっと、そのお店が、すぐにでも、従業員を欲しいからだろう。

しかし、ハローワークに行った経験のある人ならば、ハローワーク内の求人広告に、「従業員急募」という単語を見かけたことが少ないと思う。

そして、ハローワークに掲載されている求人広告の、ほとんどが、俗に、空求人(からきゅうじん)と呼ばれているものが多い。

つまり、ハローワークに掲載されている求人広告を見て、面接に行っても、それで採用される求職者は少ない。

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しかし、ハローワークに掲載されている求人広告の件数等が、計算に使用されて、「有効求人率」と言って、マスメディアで多く報道されているのだろう。

当然、その「有効求人率」等々を発表しているのは役所機関だろう。

だから、空求人が多いのにも関わらず、それらの多くが「有効求人率」と算出されて、多くの人々に、流布されているので、私達がこれを見て、「これも、私達を囲んでいるマトリックスの要素の一つだろう」と感じることだろう。

(「マトリックス」の本当の意味は「行列」の意味だけど、この場合の「マトリックス」とは、映画『マトリックス』で有名になった、多くの人々に知られている「偽造社会」の意味である。)

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だから、メディア報道では、いかにも、有効求人率というものが高い値であるように聞こえるので、人々は、「多くの企業が多くの求職者を求めているのだろう」と思いがちだけど、実際には、俗に言われている、空求人と言う名の件数も多いと思われるので、真の有効求人率というのは、かなり低い値を示していると思われる。

早い話が、資本主義社会の目で見て、資本主義社会風の表現をすると、世には慢性の不況が続いている。

資本主義社会風の表現であるところの、「好況」と言う状態には、程遠い。

多くの企業が、求人情報をハローワークに出すみたいだけど、その求人情報をハローワークの壁にかける意味が掴めない。

自社の宣伝のためなのか、それとも、何らかの事情があるのか、それとも、ずっと掲載を続けて、よほど気に入った人材を発掘できれば、採用するつもりなのだろうか。

いずれにしても、ハローワークの壁にかけられている求人情報というのを見るに、人々は、「一般企業の側の、求職者を求めている熱意は非常に少ない」と感じるのではないろうか。

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それに比べて、冒頭でも紹介したように、「従業員急募」という貼り紙を出している店舗などは、本当に求職者を求める熱意があるらしい。

しかし、そのような求人情報に限って、なぜか、ハローワークの求人広告一覧には掲載されないようだ。

もちろん、その、「従業員急募」という貼り紙を出している店舗が、ハローワークに、その求人情報を掲載するかどうかの自由もあるだろうけれど。

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上の流れから、私達は二つの疑問を得ると思う。
その二つの疑問を書きだしてみると、

①:なぜ、「従業員急募」という貼り紙を出している店舗の求人情報が、ハローワークに掲載されないのか?
②:なぜ、ハローワーク内の求人広告には、俗に言われている空求人と呼ばれているものが多いのか?

しかし、ここでは、私達の得た二つの疑問の解明の努力までは私はしません。

きっと、ハローワークの側も、そのハローワークに求人情報をかけたい店舗側も、それぞれの、何か深い事情があるのだろうから。
また、それぞれを個別に見ていくと、とても追いきれる件数では無いだろうから。

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私達は、こんな身近な所からでも、マトリックスの構成要素の一つを見いだしたり、あるいは、「常識の嘘」と呼ばれるものを実感したりすることだろう。

今となっては、「私達が、その実感を得ることの方が大事ではないのか」と、私は感じてしまう。

言い換えてみると、私達の社会生活の中での「ズレ」と呼ばれるものを実感するのが大事だと思う。

(この段落の話題のように、あまり、人が触れたくないし、書きたくない話題も、時として、書くのは、必要に応じて大事な時もある、と感じてしまう。「社会の裏」と言うか「社会の真相」を実感するためにも。)


                                       坂本 誠

2017年6月26日 (月)

三千百三十六: 地球のコンセプトを考えて(独白)

「あっさり、さばさばと、自分の内心に思っていることを語る方が、色々と心残りが無くて良いだろう」と常日頃、考えている。

さばさばと語る方が、欲求不満がたまらずに済むのではないだろうか。

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筆の流れがおもむいた時に、イルミナティとかカバールとかレプティリアンとかアヌンナキのことについて、時々、書いている。

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主に、私の視点から見た、イルミナティとかカバールとかレプティリアンとかアヌンナキのことについて書いている。

それは同時に、「私の視点から見た」ではなく、「私達の視点から見た」と書き直せるかもしれない。

時々、私は地球の造物主がいると仮定して、その「地球の造物主の視点から見た」彼等について考えてしまう。

この段落では、その視点から書いてみようと思う。

具体的に書くと、「もし、私が地球の造物主だったら、彼等をどうしただろうか?」というものだ。

これは、読者の皆さんも、「もし、私が地球の造物主だったら、、、」という仮定で考えることは、あまり、無いかもしれないから。

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もし、私(坂本)が地球の造物主だったら、やはり、彼等を地球に入れなかったと率直に思う。

私が聞いた話だと、地球という星は、様々な動物がいて、様々な人種や民族がいるけれど、これは意図的に行われていると聞いた事がある。

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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当初、銀河系の進化と成長を促す集合意識体が計画していたのは、地球を天の川銀河の情報センターとして活用することでした。

ですので、こぞってそれぞれの星系におけるDNAパターンを組み込んで、テラガイア星の生命種に着床させたのです。

そしてその管理を任せるための生命種として、ヒューマノイド型の「ホモ・サピエンス種」を創造しました。(、、、以下、省略)
---------------------------
(引用終わり)

なぜならば、そのような、様々な動物・植物・人種・民族を一堂に集めた空間が意図的に作られても良いのだから。

だから、このコンセプトから行けば、様々な人種や民族を集めないといけないので、俗に言う「不良人種」とでも言うべき人種や人々をも、この地球に入れておかないと、「一堂に集める」というコンセプトが実現できない。

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しかし、そのコンセプトを実現させた結果、イルミナティ等の問題人種とされている人々を、多くの人々と接触させてしまうことになる。

20100608163240

 

そして、その結果、地球の多くの人々が、彼等の人類支配の思想に、汚染されるかもしれない。

そして、現実には、地球の多くの人々が、彼等の人類支配の思想に、汚染されたのが実情ではないだろうか。

つまり、イルミナティ等の問題人種と多くの人々を接触させようとすると、生まれる前から、「私は精神病院の医者か専門スタッフ並みの人生を通すことを、間違いなく、やり通します」と言う程の、強靭な人間が、地球上に数多く、生まれる必要があったかと思う。

しかし、現実には、生きている人はそうだろうけど、「私は、イルミナティ等の問題人種を更生させるべく、地上に生まれ落ちた、言わば、精神科の医者です」と、声高に述べる人は、まず、いないと思う。

だからこそ、結果的に、地球上のほとんどの地域で、イルミナティ等の問題人種の制度を受け入れたり、あるいは、彼等の思想に知らず知らずの内に洗脳されたり、あるいは、自らイルミノイドになってしまった人々も多いのではないだろうか。

こうなってくると、結局、「様々な人種や民族を一堂に集める」という、この、当初のコンセプトが、あまりにも難しく、実現不可能だったと言えるかと私は考える。

-----------------------------

確かに、地球の造物主という存在ならば、「自分ならば出来る」という自信があったかもしれない。

しかし、この場合、実行するのは、地球の造物主ではなく、地上に降りた人々、つまり、イルミナティ等の人種ではない、他の人々であった。

だから、イルミナティ等の人種ではない、他の人々は、イルミナティ等を更生させるような役割でも課せられて、この地上に生誕したのかもしれない。

しかし、私達は地球の造物主ではないのであり、彼のようなちからを持たないのだから、イルミナティ等を更生させるのは、ほぼ、不可能だったのではないだろうか。

現実的に、結果的に、イルミナティとかカバールとかレプティリアンとかアヌンナキの思想や制度が蔓延したのだから。

-----------------------------

私が正直に思うに、冒頭のコンセプトと言うのは、これはまだ実行時期に尚早であり、実行してはいけなかったかと思われる。

私が聞いたり読んだりしたところでの、レプティリアンが地球にやって来た時期と言うのは、以下のものである。

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
---------------------------
そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。
そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。(、、、以下、省略)
---------------------------
(引用終わり)

この文献を見るに、レプティリアンが地球にやって来た時期というのは、少なくとも、31万2000年前だ。

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この間、ずっと、地球上に、レプティリアンの目には見えない侵略行為が、私達に継続的に与えられ続けてきたことになる。

もし、本当に、「これは良くないことで、すぐにやめさせた方が良い」と、地球の造物主が考えたら、それは彼のちからで実行できたのではないだろうか。

にもかかわらず、「31万2000年間の長きに渡り、彼等の侵略行為が知らず知らずの内に許されてきた」というのは、他ならぬ、「様々な人種や民族を一堂に集める」の、当初のコンセプトがあるために、わざと許されて来たのではないだろうか。

その間、私達は、当初のコンセプト実現のために、「イルミナティ等の人種を説得して、更生させる」という役目を課せられていたのではないだろうか。

しかし、その期待は、徒労に終わったように私は感じてしまう。

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以前、どこかの段落で私が書いたことなのだけど、私達の自由意思について書いた事があった。

大宇宙を作ったような、神とも呼べるような存在が、私達一人一人に自由意思を与えてくれた(らしい)。

だから、私達一人一人は、現在、誰でも自由意思を持っている。

しかし、その、様々な自由意思があるのだけど、以下の自由意思を発現することも出来る。

それは、ある人が、彼の自由意思を持っているのだが、その自由意思とは、彼以外の他の人々を支配(つまり、彼以外の周囲の人々の自由意思を奪おうとする自由意思)を実行しようとしている、というものである。

神が全ての存在に自由意思を与えたのだけど、ある個体が、「周囲の存在達の自由意思を奪おう」という自由意思を持って、実行できる、ということは、これは矛盾の結果が訪れる。

自由意思の発現ケースが、他の存在の自由意思発現を禁止・削除しようとしているのだ。

これは大きな矛盾と言うことになる。

(だから、対立が起きても不思議ではなかったことだろう。)

だから、この「他者の支配実行」というケースの自由意思発現は、私達の世界に、非常に大きな混乱をもたらすことが予想出来る。

矛盾しており、それを頭の中で考えるだけでなく、実行しようと言うのだから。

つまり、神という存在がいるかどうかは知らないけれど、いると仮定すれば、その存在も全知全能では無く、また、当然、完全無欠のものでは無かったということが私達にわかる。

矛盾を作ったのだから。

そして、その「他者を支配しよう」という行動を、イルミナティやレプティリアン等の人種が実行しかけており、さて、そのターゲットと言うのは、他ならぬ私達である。

ここから考えても、あまりにも大き過ぎる期待を、地上に住む私達一人一人に課せられはしなかっただろうか。

(少なくとも、イルミナティやレプティリアンに関する多くの情報を、多くの人々が熟知している状態でないと、簡単に、彼等に呑まれてしまうかと思う。)

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確かに、このような、大きな課題をどこかで実行する自由はあるのかもしれないけれど、私達の住む世界である地球の上では、あまりにも準備不足・時期尚早の段階だったと私は感じてしまう。

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もっとも、他の人の意見は違っているかもしれないが、私個人の意見としては、そうなのだ。

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確かに、私と違う意見の人々は、それなりの実行をしても良いとは思うのだけど、これまでの過去の状態とか、コンセプトの方針を考えてみても、「どこか、地球以外の星に行って、そこで自分なりの幸福な生活を追求してみたい」と願う人々も、多々、出てくるのではないだろうか。

だからこそ、多くの人々も、どこかでちらりと見かけるUFOの話題とかが、現在、私達の世界に出て来ているのではないだろうか。

きっと、UFOの中には、他の星の住人達が搭乗していることだろう。

だから、地球以外の他の星でさえも、居住可能だろう。

「UFOらしき飛行物体が、空を飛んでいるらしい」という情報は、つまり、「他の星でも、暮らせますよ」という、UFOの中の宇宙人のメッセージではなかろうか。

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確かに、私達は地球に住んで、暮らして、酸素をもらって、陽の光も浴びさせてもらい、足を踏みしめる大地をもくださっている。

それらは非常に感謝すべきことだとわかるけれど、今までのいきさつを、じっくりと考慮すれば、「他の星でも暮らしてみたい」という願いが出て来ても自然なのではないだろうか。

仮に、その願いを実行するにしても、今まで暮らし慣れてきた地球に対しては感謝の念を持ち、もちろん、恨みの念は無く、後腐れなく、地球を旅立つべきだろうけれど。

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色んな存在が、「地球に住んでみたい」と以前は考えていたかもしれない。

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また、そのような同意もあったかもしれない。

しかし、総合的に様々な事柄を考慮してみると、今現在となっては、その同意を保つことも難しい存在達も多いのではないだろうか。

地球の造物主にしても、「地球に住んでほしい」という同意を、そのまま他の存在達から得続けることも、難しいことだと私は感じるのだけど。

もっとも、様々な存在がいるから、その存在達が個々に、どのように思うかも自由だし、彼等が、どのように考えているかは、私は知らないけれど。

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いずれにしても、もし、読者の方が、仮に地球の造物主だと仮定しても、今までに挙げてきた様々なことを考慮すれば、「当初のコンセプトの改善」とか「当初のコンセプトの変更」等の、再考を必要とするのではないだろうか。

読者の方も、ひょっとしたら、「どこかの星の造物主」という運命を、宇宙のどこかで、いつかは享受する機会もあるかもしれないのだから。

また、私が冒頭で書いた意見「もし、私が地球の造物主だったら、やはり、彼等を地球に入れなかった方が良かった」という意見も、説得力があるものとはならないだろうか。


                                       坂本 誠

2017年6月14日 (水)

三千百二十九: 幸福と自主性を考えて(独白)

幸福になれない人の心理パターンとして、昨今から考えている。

幸福になれない人は、自分自身で幸福を作ろうとしていないけれど、幾つか、それに付随した行動パターンを身に着けてしまうようだ。

例えば、「私自身は、与えられたことをこなしている。だから、それ以上はやらない」というものだろう。

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この「与えられたこと」というのを具体的に考えてみると、例えば、組織の中で与えられた仕事とか、社会生活の中での、何らかのその人の役割とか、あるいは、古来から現在に至るまでの社会の中で、伝統的・慣習的に「これは、私に習慣づけられている行動の筈だ」と、本人が堅く信じ込んでいる行動等である。

つまり、このケースでさえも、その人自身が自発的にその行動を求めたのではなく、その人自身の外部から、「この行動をしなさい」と言われたかのような感じの下で、引き受けたような感じになっている。

だから、結局、自主的ではない。

また、ここまで読んでわかるように、「そのような人は自立精神に欠けているように感じる」と、読者の方も感じるだろう。

だから、結局、その人の言い分として、以下のような要求事項を、周囲の人に与えることだろう。

  「私は、今現在、これをやってあげているから、あなたは私に幸福を持って来なくてはいけない」

等である。

その人がやっている行動と言うのは、その人からしてみたら、どこかの誰かが、「これをしなさい」という感じで命令を与えられて、「自分は、今現在、この行動をやっている」というものである。

だから、その人からしてみたら、

  「自分の現在実行している行動は、あなたが私に命じたものだから、その見返りとして、あなたは私に幸福を持って来ないといけない」

という思考パターンに陥っているようだ。

結局、本当に自分のやりたいことを自発的に選択して、実行していない。

だから、この手の幸福になれない人も、周囲の人が見て、精神的な未熟さを感じることだろう。

私が書いている「周囲の人」というのは、もちろん、親兄弟などの肉親も含む。

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また、このタイプの人を見るに、自分で精神的な成長をストップさせているとわかるだろう。

この状況だと、その人にとっては、自分の実行している行動は、どこかの誰かから命じられて、与えられたようなものだから、それを超える何かの状況が発生すると、その人は、それ以上考えないし、また、通常とは違った出来事に対しての、自ら創出した、新しい行動に踏み込むことはまず無い。

与えられた箱の外に出ようとすれば、その人は、認知が混乱し、心理的にパニックに陥りやすい。

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このことについて、わかりやすい例を考えてみた。

与えられたこと以外には、考えたくないし、それに関係した事には、何も実行したくない人がいると仮定しよう。

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その人の目の前に、急にUFOが現れて、中から、宇宙人が出て来て、その宇宙人が「Hello! World!」と言って、挨拶してきたとしよう。

彼(あるいは彼女)にとっては、UFOとか宇宙人の存在を知らされなかったどころか、彼は、全く信じていなかったので、彼は混乱することだろう。

そして、いきなり、家に閉じこもって、スマホを取出し、政府のような役所の機関に連絡し、対応を願うことだろう。

なぜならば、彼(あるいは彼女)にとっては、この手の「第三種接近遭遇」と呼ばれている出来事については、「自分は、その役割を与えられていない」と思っているので、「自分以外の存在、つまり、政府のような役場の機関が、その役割を代行するに違いない」と堅く信じているからである。

そして、電話を受けた政府の側の人間にとっても、政府の長年の縦割り行政の結果から、電話を受けた、その人間も、以下のような返答をするのではないだろうか。

  「こちらの方で、その出来事に対応予定の担当部署があるかどうかを確認してみます」

と。

ところが、現実には、その出来事に対応する予定の担当部署が作られていないので、やがて、この手の「第三種接近遭遇」と呼ばれている出来事については、うやむやにされていく。

(余談なのだけど、政府とか、地球上の支配者だと自認している人々が、UFOの中にいるとされている宇宙人の存在を認めないのは、それなりの理由がある、と聞いた事がある。その聞いた内容と言うのは、もし、政府とか、地球上の支配者だと自認している人々が、宇宙人の存在を認めてしまえば、地球上の支配者だと自認している人々が、この地球上の支配者なのに、それ以外にも広い世界があって、その広い世界から見れば、地球上の支配者だと自認している人々が、その広い世界までも支配していない、あるいは支配できないことがわかる。つまり、地球上の多くの人々から見たら、「地球上の支配者だと自認している人々は、井の中の蛙だ」と理解するのである。その結果、地球上の支配者だと自認している人々の、地球支配の実行力が弱まってしまう。だからこそ、政府とか、地球上の支配者だと自認している人々は、UFOや宇宙人の話題となると、かたくなに、その話題を拒否する、と、私は聞いた事がある。また、その手の話題を拒否するために、その手の話題を行う人に対して、「あなたは奇妙な事を言っているので、多くの人々から馬鹿にされて、嗤われるだろう」等のように嘲笑したり、辱めることによって、その手の話題に「議論の必要性は無い」ことを、多くの人々に、強制的に納得させようとしている、と私は聞いた事がある。)

少しだけ話題が反れたのだけど、つまり、「与えられたこと以外には、何もしたくない」と言う人は、結局、それ以外の事に対しては人任せにするようになる。

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比喩的に見てみると、そのような人は箱の中に入っているだけで、その箱の外に出ようとはしない。

だから、知識も広がらないし、もっと広がる筈の知識に応じただけの行動力も出てこない。

結果として、周囲の人が見るに、そのような人は一種の自閉症のように見えるだろう。

この手の比喩的な、自閉症の人は、上に書いているように、自分で自分自身の成長をストップさせているとも言えるだろう。

このタイプの人にとっては、何か新しいことが身の回りに起きると、対応不能なので、容易に認知が混乱し、心理的なパニックに陥りやすいだろう。

つまり、そのパニックは、その人にとっての不幸と言えるだろうけれど、上の流れから理解出来るように、他ならぬ、そのパニックに陥る原因を作ったのは、他ならぬ、その人であるとわかるだろう。

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「幸福は自分の手で作らないといけない」と書いているのだけど、結局、その言葉を聞くと、「自主性」とか「精神的な自立」という言葉を連想すると思う。

「私は与えられたこと以外には、何もしない」という人任せをする人は、上に書いているように、「自分の成長を自ら止めている」ということになる。
だから、「自主性」とか「精神的な自立」の精神を押し留めていることになる。

なので、身の回りに起きてくる、新しい出来事に対応できず、心理的なパニック状態になり、つまり、不幸感覚を得てしまう。

----------------------------------

だから、「幸福を手に入れる」という観点からすると、「私は与えられたこと以外には、何もしない」という考えを持たない方が良いと思う。
また、当然、それを実行しない方が良いと思う。

しかし、人は自由を許されているので、もちろん、「私は与えられたこと以外には、何もしない」という考えを実行しても良いのである。

しかし、上の流れからわかるように、幸福を求めたい人ならば、それを実行しない方が良いだろう。

----------------------------------

次に、「どうして、『私は与えられたこと以外には、何もしない』という人が増えたのだろう?」という疑問が、私達の心中に湧いてくるだろう。

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これを考えるに、これは私達の世界で、よく見られる「組織」が原因と言えるだろう。

私達の周囲には、様々な組織がある。

その組織の内部では、組織の目的に沿って、一人一人の構成員に何らかの特定の役割が与えられる。

その、一人一人の構成員が自分の役割を超えた事柄を行ってしまうと、組織のトップの人間から見たら、その人間は扱いにくい。

その結果、組織の中では、「お前に授けたこと以外に、お前は考えてはいけないし、お前に授けたこと以外の事を実行してはならない」となる。

つまり、組織としては、一人一人の構成員というのは、意思や感情や意見を持たない、ロボットであってくれれば助かるのだ。

だから、私達の周囲に様々に見受けられる「組織」というものが、一人一人の人員をロボットのような、あるいは上に書いているような自閉症のような人材を育て続けてきたことがわかる。

私達の社会に様々に見受ける、多くの「組織」というものは、不要かと思われる。

現在に至るまで、「外敵に備えるため」という名目の下に、あまりにも数多くの組織が必要とされてきたのだが、これは誤りではなかったか。

もっとも、組織というものも、必要とされる時がある。

それは、人間一人だけでは、どうしても達成することが難しいと思われることを実行する目的が、多くの人に認められた時に、また、多くの人が納得した時に、何らかの組織が組まれる時がある。

しかし、通常は、その目的が達成されたのならば、当然、その組織も不要なものとなる。

だから、その組織も解体される時がいつかは訪れる。

また、上の流れからわかるように、組織が個々の人の自由性を奪った結果、「私は与えられたこと以外には、何もしない」ということになり、さらにその結果、不幸な人が増えた、と言えるだろう。


                                       坂本 誠

2017年6月 1日 (木)

三千百二十四: ゲームとギャンブルの違いを考えて

前書き:

前段『三千百二十三:麻雀ゲームを通じての人生論を聞いてみて』で引用した、サイト先のURLを間違えて記載していました。

かなり、シリーズが多かったので、URLを間違えたようです。
以下のように修正しています。

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■修正前:

●土田のオカルト 132.感性を豊かにする方法 | 麻雀ウォッチ
http://mj-news.net/column/tsuchida-mjall/tsuchida_occult/2017052957307

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■修正後:

●土田のオカルト 132.感性を豊かにする方法 | 麻雀ウォッチ
http://mj-news.net/column/tsuchida-mjall/tsuchida_occult/2017052757303

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ちなみに、修正前のURL「http://mj-news.net/column/tsuchida-mjall/tsuchida_occult/2017052957307」は、「土田のオカルト 134.強さには限界点がない」を指していました。

前書き終わり

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こんばんわ。

前段『三千百二十三:麻雀ゲームを通じての人生論を聞いてみて』で、麻雀のことについて書いてみました。

前段を書いた後で思いついたのですが、最近では、「法的にカジノを許可しよう」という法律が出来そうだと聞いています。

このカジノに関する法律は、別名ギャンブル法とも言われていますね。

このゲームとギャンブルの違いについてのエッセイを書いてみようと思い立ちました。

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「ゲーム」というものは、何らかの人の遊び事だと言えるでしょう。

一人か、複数の人が集まって、何らかの遊具を使って、楽しむものだと書けるでしょう。

そして、「ギャンブル」というものについて迫ってみましょう。

私が考えるに、この「ギャンブル」というものは、何らかの運の要素の強いものを使って、その運に沿って、金銭を入手する手段だと言えないでしょうか。

私達の生活の中でも、ゲームの中には運の要素の強いものがあります。

そして、その運の要素の強いゲームを使って、そのゲームに金銭獲得の手段を絡(から)ませたものが、いわゆる、「ギャンブル」というものになっているケースが多いのではないでしょうか。

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ですから、麻雀でも、最近では「ノーレート・マージャン」とか「健康麻雀」と言われているものがあります。

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この「ノーレート・マージャン」というのは、いわゆる、金銭を賭けない麻雀です。

さらに、「健康麻雀」となると、「ノーレート・マージャン」が採用されている上に、対局中は禁煙が義務付けられています。

「ノーレート・マージャン」とか「健康麻雀」になると、人はそれに賭博性を感じないでしょうから、それらは、つまり、ゲームと言えるでしょう。

しかし、これとは逆に、金銭獲得の手段に転用されたゲームが「ギャンブル」と言えるようになるのではないでしょうか。

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巷では、「カジノ法と呼ばれるものが決まれば、世に、ギャンブルを行う人が増えて困る」という懸念がなされているようです。

つまり、この手の真の問題とは、ゲームそのものでは無く、何らかのゲームに対して、金銭獲得の手段を絡めて、そのゲームを使って、ギャンブルを行うことに問題を感じる、と言っていることになるでしょう。

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さらに今一歩、このギャンブルというものの問題を考えてみたいと思います。

「このギャンブルによって、金銭を獲得することに問題がある」と言われているようです。

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このギャンブラーと言われている人は、何らかのゲームを使用した、ギャンブルを行って、お金を入手するのかも、知れませんが、ギャンブルに使われているゲームには運の要素の強いものが多いので、いつも、勝つわけとは限らないようです。

いつもいつも、そのギャンブルで勝っていれば、常に安定した収入となるのでしょう。

しかし、運の要素が強いので、いつも勝つとは限らないので、負ける日もあることでしょう。

結果として、ゲームを愛好するのではなく、ギャンブルを愛好するようになれば、手持ちの現金の増え具合とか減り具合が激しくなり、その人の生活が荒れることでしょう。

報道でも、よく報じられているケースで、「ギャンブルには非常に問題がある」とされているのは、このケースだと思います。

つまり、この手の「困ったギャンブラー」というのは、「ゲームそのものを愛好している」というよりも、「ゲームを転用した、金銭獲得手段であるギャンブルを愛好している」と言えるでしょう。

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つまり、私の見立てによると、この手のギャンブルの問題というのは、実はお金の問題と言えると思います。

私のブログを昔から読んで下さっている読者ならば、私が以前から、お金の問題点等を書いていることをご存じでしょう。

ですから、このように、お金の問題について、ストレートに語ることが出来ます。

しかし、お金の問題点について、多くの方は語りたくないかもしれませんから、私がここまで書いたように、「ギャンブルの問題とは、ゲームそのものの問題ではなく、実は、お金の問題なのだ」と、素直に語りにくいかもしれません。

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ですから、世には「自分はギャンブル依存症から抜け出たい」と願っている方もおられるかもしれません。

そのような願いを持たれている方が、私のブログを読む機会があるかどうかはわかりませんが、上の流れをふまえつつ、以下のような自問自答してみると、ギャンブル依存症から抜け出せる機会となるのではないでしょうか。

  「私は、ゲームそのものを楽しんでいる、というよりも、金銭そのものの方を愛好しているのではないだろうか?」

と。

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ところが、私達の間に普及しているゲームとして、例えば、将棋とか囲碁とか麻雀とかチェスとかオセロ等があると思います。

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将棋とか囲碁とか麻雀とかチェスとかオセロ等のゲームだと、金銭を賭けていない人も多いことでしょう。

実際、それらのゲームを楽しむ際には、金銭を賭けていなくても面白いのですね。

つまり、これらのゲームを楽しむ人は、それらのゲームに込められているゲームの面白さ自体を楽しんでいることがわかるでしょう。

つまり、それらのゲームと金銭を切り離すことが可能なのです。

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しかし、これとは逆に、金銭が非常に絡められたゲームがあります。

中には、「金銭のやり取りが絡められていないゲームというのは、非常に面白さを感じない」というゲームも世にはあるかもしれません。

こうなってくると、「それはギャンブルだ」と言えるでしょう。

また、もし仮に、未来において地球上から金銭というものが消えたと仮定しても、将棋とか囲碁とか麻雀とかチェスとかオセロ等のゲームが廃れることは無いことが私達にわかります。

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私が見るに、非常に偶然性の要素の強い、つまり、運の要素の強いゲームが、ギャンブルに転用されているようにも見えます。

「それらのゲームにも奥の深いものがありますよ」という手合いの解説書も出回っているようです。

だから、私もそれらの解説書を読めば、奥の深いものを感じるのかもしれません。

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私はそのようなゲームをしないからわからないのだけど、もし仮にこの地球上からお金が消えたと仮定するならば、「私がそれらのゲームに何らかの醍醐味や面白さを感じるだろうか」という疑問を持っています。

金銭のやり取りに非常に主眼を置いているゲームというのは、いわゆる、お金の方に重きを置いているのだから、ゲーム自体の面白さからは外れているように感じます。

ですから、「楽しいゲーム」というものではなく、ゲームという名称を与えることが出来ずに、「金銭のやり取りを行い、それを楽しむシステム」と言えないでしょうか。

そのシステム名こそがギャンブルとか賭博と言われているものではないでしょうか。

様々なゲームの指南書が出ているし、また、世には数多くのゲームがあります。
私も、この世の全てのゲームを体験したわけではないし、それぞれのゲームにはゲームの指南書もあることから、各々のゲームの醍醐味や面白さやリスクを全て把握しているわけではありません。

しかし、「ギャンブル」と言われるシステムから遠ざかりたい、と願うのならば、その娯楽システムと金銭のやり取りが密接に絡んでいると見受けられるものには近づかない方が良いかと思います。

だから、その手のゲームの指南書を紐解いてみると、金銭のことが、ほとんど書かれておらず、そのゲーム自体の面白い点が、ただひたすら記述されていることでしょう。

なので、「何かのゲームを楽しみながら学んでみたい」と思って、何かの新しいゲームの道に入ろうとする時に、その手のゲームの指南書が、金銭のことについて、ほとんど書かれていないのだけど、人に、そのゲームの面白さを宣伝しているのならば、その手のゲームは安全性が高いと思われます。

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こぼれ話程度に書くのですが、太平洋戦争の前だと、いわゆる「賭け将棋」というものが非公式に存在したそうです。

対局者同士が、高額なお金を賭けて、その将棋を実行していた事もあったそうです。

しかし、現在では(中にはいるかもしれないけれど)、そのような「賭け将棋」を行うプレイヤーは存在しないのではないでしょうか。

現在では「賭け将棋」というものは、ほとんど行われていないでしょうから、「将棋は健全なゲームである」と、多くの人々は思っていることでしょう。

しかし、ここで書いているように、人間の側が「健全なゲーム」とされているものに対して、賭博の要素を与えると、その「健全なゲーム」に対して、急に「汚らわしいゲームのように感じる」と、人は感じるのではないでしょうか。

(ですから、現代でも「賭け将棋」というものを実行することも可能だとわかるでしょう。)

要は、人間の道具を善用するか悪用するかの問題であると、私は見ています。

そして、巷では、「ギャンブルというゲームには非常に問題がある」と言われていますが、この本質を突き詰めていくと、それは、「ギャンブルというものの本質の問題とは、人間の金銭への問題が絡められたもの」と、私は見ています。

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                                       坂本 誠

2017年5月25日 (木)

三千百二十一: 依存心の強い人を見るに(独白)

「日々の生活を送る」ということは、誰でもが毎日、人間観察をするということである。

人によっては、朝から晩まで、たった一人きりの環境で自分自身を相手として生活をするパターンもある。
しかし、そのようなケースだと、他ならぬ自分自身を観察している。
あるいは、過去、交際した人を振り返って、その友人を観察している場合もある。

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そのような誰でもが行っている人間観察を、何気なく、行うと、私の脳裏に一つのパターンを持った人々が現れる。

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以前から書いているのだけど、その「一つのパターンを持った人々」の特徴というと、「自分自身で自分の幸福を作ろうとしない人」と言えると思う。

以前、このタイプの人の事を「椅子に座ったままで、その状態で、どこかの誰かが自分の口に大量のチョコレートを入れてくれるのを、いつも期待している人」と書いた。

要するに、このタイプの人の性格の特徴は、「自分自身で自分の幸福を作ろうとせず、どこかの誰かが、自分に大量の幸福を持って来てくれる」と、願っている。

だから、このタイプの人は、その人の周囲の人に対して、多くの要求が出してくる。

そのタイプの人のその手の発言は、時と状況に応じて、無数の変化をするけれど、煎じ詰めて要約してみると、常に以下のセリフを周囲の人に言っていることになる。

  「あなたは、私のために幸福を持って来い。そのためには、私の言うことを聞きなさい。そして、私のために尽くすのだ」

あるいは、

  「あなたの行動の具合が悪いから、私がその影響を受けて不幸になるのだ。だから、あなたが悪い」

あるいは、

  「あなたが私の言うことを聞かないから、私が不幸になるのだ。だから、あなたは私の言うこと(命令や要求等)を、正確に実行しなければいけない」

云々等々。

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他にも、時と場合に応じて、様々なセリフを考えられるけど、以上の3つの例を挙げれば、充分だと思う。

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このタイプの人の、そのようなセリフは数々のパターンがあるけれど、ほぼたった一つのことを、様々に言いまわしているのに過ぎない。

結局、その人の言わんとしている、たった一つの内容としては、

  「私は自分の手で自分の幸福は作らないけれど、あなたが私の幸福を持ってくるべきなのだ。その、あなたが私に幸福を持って来ないので、あなたが悪いのだ」

だろう。

この、たった一つの内容を、極めて多量のバリエーションを作って、そのバリエーションであるところの、彼(あるいは彼女)の要求を、周囲の人に突き付けて来るのだ。

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つまり、彼(あるいは彼女)の身なりが、以下に大人の体型をしていようとも、あるいは、彼(あるいは彼女)が、いくら白髪頭をした老人の姿をしていようとも、彼(あるいは彼女)の心は、非常に未熟であり、幼年時代の精神状態を、そのまま、ひきずっていることがわかる。

そして、このタイプの人々の心の内から発せられる、不満やそれから発生する、周囲の人々への、強い要求や命令が、幾つも行われる。

だから、彼(あるいは彼女)の周囲の人々は、彼の愚痴や不満や要求や命令(等々)を日々に聞かされるので、うんざりしてくる。

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(ここで、あらかじめ断っておきたいのだけど、「自分の幸福は自分で作らないといけない」と書いているけれど、幸福 =(イコール) 金銭 とは書いていない。金銭の多寡の状態と、その人の幸福の度合いは違っているからだ。しかし、あらゆる人には思想の自由が許されているから、「幸福とは大量の金銭を保有している状態だ」と考えても良いわけです。そして、当然、その大量の金銭を保有している状態になりたい、と願って、その行動を実行することも許されています。ただし、私が感じるに、他ならぬ、その方向自体が、不幸を招く方向である、と感じたりするのだけど)

要は、このタイプの人々は、依存心の非常に強い人間だと、私達はわかる。

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そして、他ならぬ、このタイプの人々には、常に、その人に身に不幸が訪れていることになる。
なぜならば、その人の周囲の人々が、常に、彼の口の中に大量のチョコレートを放り込み続けないといけないので、彼は常に飢えているのだから。

彼(あるいは彼女)は、日頃、以下のように言う。

  「私の不幸の源は、常に、自分の周囲の人からやって来ている」

と主張している(要は、自分の幸福を自分の手で作ろうとしていないだけなのだけど)。

彼(あるいは彼女)が、「あの人が悪い。この人が悪い。その人が悪い。あなたが悪い、周りの全部が悪い、、、」と果てしなく繰り返すので、彼は次第にノイローゼや、その他の精神病に罹っているような気がするので、彼は、やがて精神科の門をくぐるかもしれない。

また、上に書いた、例としてのセリフ「あの人が悪い。この人が悪い。その人が、、、」の文面を見ただけでも、このようなことを言う人は、不満と不幸を感じているから、それらのネガティブな雰囲気をばらまいている、ともわかる。

彼(あるいは彼女)から見れば、「常に、私の外部から私の内部へと、私の不幸が流れ込み続けている」と、感じていることだろう。

しかし、上からの流れでわかるように、この手のノイローゼに塗る薬は存在しない。

彼(あるいは彼女)にとって、本当に必要な真の処方箋とは、「他の人に頼らず、自分の幸福は自分で作りなさい」であり、読者の方々は、上からの流れでわかるように、すでに、あなたの胸中で、その答えを手にしていることだろう。

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(上に「他の人に頼らず、自分の幸福は自分で作りなさい」と書いたのだけど、ここで、ある人が一念発起して、「自分の幸福は自分の手で作ろう」と思い立ち、「幸福 イコール 金銭だ。だから、私は大量の金銭を追いかけよう」となると、その人は、「大量の金銭の所有欲」を持っていることになる。だから、その手の欲に、その人は振り回されて、不幸になる。なぜならば、「金銭のカラクリ」というものは、イルミナティ達が作った。要するに、私達が日頃よく見かける金銭には、彼等の作った大量の罠が仕掛けられていた。この段落で、彼等の作った大量の罠を紹介するには、余りにも紙数が足りない。だから、ネットの検索等で、初めて、私のこの記事にヒットした方は、御面倒でも、このブログの過去記事を紐解いて、どうか丁寧に読まれてください。)

(他ならぬ、このイルミナティ達こそが、上に書いた、非常に依存心の強過ぎる人間達であることもわかるけれど。)

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また、この手のタイプの人は、「自分の外部から幸福が流れ込んでくるもの」と固く信じ込んでいるから、外面にこだわることが多い。

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例えば、「自分のルックスはどうか」とか「自分は、どんな豪華な衣装を身に着けているか」とか「自分は、どんな立派な自動車を持っているか」とか「自分は、どれほど立派な肩書を持っているか」とか「自分は、どれほど豪華な家を持っているか」等々、、、

「自分の内部には幸福があまり住んでいないので、自分の外部のものに自分の幸福が宿っている」と思いがちである。

このような状況だと、資本主義社会の商業主義によって、大量の華やかな物品を見せつけられて、それらを欲してしまい、大金を失いがちになってしまうだろう。

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だから、このタイプの人からの「あなたは私の命令通りに動きなさい」というたった一つの真の思いから派生した、非常に諸々のバージョンのセリフを聞かされる周囲の人は、うんざりしてくるだろう。
そして、そのうんざりとなった、周囲の人が彼(あるいは彼女)に出す、真の処方箋の言葉「自分の幸福は自分で作らないといけない」を伝える機会も出てくるかと思われる。

しかし、上の言葉「自分の幸福は自分で作らないといけない」を、彼(あるいは彼女)に処方する際には、その時と場所を選び、かつ、冷静に、慎重に伝えた方が良いかと思われる。

また、当然、処方される彼(あるいは彼女)との会話の際には、もちろん双方とも激情に駆られずに冷静に伝え合った方が良いと思われる。

なぜならば、時と場所を間違えたり、激情を交わすような会話に陥ってしまえば、比喩的な表現をすると、彼(あるいは彼女)が、あなたに噛み付いてくるかもしれないのだから。


                                       坂本 誠

2017年5月15日 (月)

三千百十七: 私達の社会のルール作りを考えて(独白)

私達の世界を見てみると、どんな国でも、憲法とか法律と言われる、ルールが存在しているのに気が付く。

そのルールというのは、その国、つまり、その地域のグループの内部の人達の間で使用されていると言われている。

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現在、多くの国があるのだけど、どこの国の法律も、かなりの量が作成されているらしい。

例えば、日本の法律だと、その「日本全体の法律をほぼ網羅している」と言われている本が、本屋さんに並んでいる。

その本を見てみると、かなり分厚い量であることがわかる。
つまり、毎年毎年、日本でも多くの法律が作成されている。
そして、そのような本のページ数は、どんどん増加していることが誰にでもわかる。

私達は以下のように考えないだろうか。

  「日本の法律を収録した本の厚さが、富士山の高さを超えるのは、いつの日になるだろうか?」

と。

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外国の法律も、事情は、ほぼ同じだろう。

だから、上のセリフを、ちょっとアレンジしてみると、

  「我が国の法律を収録した本の厚さが、エベレスト山の高さを超えるのは、いつの日になるだろうか?」

と。

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要は、人は、果てしなく作り続けられている、おびただしい量の法律の数の多さを見て、

  「人が記憶できない程の量、つまり、これほど大量のルールが、私達に本当に必要だろうか?」

と、感じる日も近いのではないだろうか。

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日本でも、国会の開催されている期間だと、ほぼ、毎日のように、法案が審議されている。

だが、それらのおびただしい量の法案を、多くの人が見て、本当に必要性を感じるだろうか。

普通、人はあまり言わないけれど、多くの人は以下のように心の中でつぶやいているのではないだろうか。

  「これ以上の数の法律は必要ないよ」

と。

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と言うのも、もし私達が、「これ以上の数の法律は要らないよ」となると、結局、代議士(国会議員)の仕事が無くなる、ということを意味していることがわかる。

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つまり、これだと、代議士達の仕事が無くなるので、彼等の職が無くなることを意味している。

そうなると、彼等は一月150万円ぐらいの給与と言う名のお金を手にすることも出来なくなる。

日本だけとは限らないけれど、各国の代議士達(国会議員達)が、あれほど「この法案は、我が国の国民にとって、非常に重要であり、、、(云々、等々)」と、声高にマイクに向かって、叫び続け、国民達の目を向けさせようとしているのは、自分達の存在感が薄れないようにさせるための、決死なまでの悲痛な叫び声ではないだろうか?

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巷に流れる、新聞記事やニュースを、多くの人が見るにつけ、もはや、「我々(代議士達)は、これからも、大量の法律作りに、更に更に励まなくてはいけない」という、心意気を感じる事が無いだろうか。

増え続ける法律を、無理矢理なまでに、更に増やそうとしているように見えてくるかもしれない。

人は、それほど多くのルールを欲さないことだろう。

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人々が、大量の法律(ルール)を必要しなくなると、上に書いたように、各国の代議士達(国会議員達)が失職することになる。

だが、それだけではない。

なぜならば、現在でも、法律関係の様々な職業がある。
裁判所とか、法律事務所とか、社労士とか、法律学校の関係者とか、法律関係の出版社、、、等々の、様々な人がいる。
要するに、法律作りの下には、様々な一大組織、一大産業が出来上がっている。

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当然、もし、「これ以上、大量の法律を作らない」となると、その人達も数多くが失職してしまうと予想される。

だから、きっと、「法律作りの下にある、様々な一大組織、一大産業」の人々は、代議士達(国会議員達)の言い分を持ち上げたり、あるいは、褒めちぎるかもしれない。

あるいは、そのような人達は、大量の法律作りの行為を賛美するような主張を行うかもしれない。

(以前から書いているのだけど、要は、失職の恐ろしさが私達に与えられている。本当は仕事を失うことが恐ろしいのではなく、従事していた業務から降りて来ていた、「給与と言う名のお金が得られなくなる」と言うことが、真に恐ろしい、と感じさせられているのだけど。)

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要は、私達の目で見ている社会はマトリックスなのだ。

「マトリックス」の本当の意味は「行列」と言う意味だけど、過去、SF映画で『マトリックス』というものが上映され、その映画が大ヒットした。

そのSF映画『マトリックス』のあらすじというのは、「私達の見たり聞いたりしている社会の全ては偽造社会である」というものだった。

ここから、多くの人々が「マトリックス」という単語を聞いて、すぐに思い浮かべるイメージとして、「マトリックス =(イコール) 偽造社会」を思い浮かべるようになった。

もちろん、私がここで書いている「マトリックス」の意味も「偽造社会」の意味だ。

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上から書いているように、「法律(ルール)も、そんなに大量に必要ないだろう」とは感じるものの、いまだに、大量の法律が作られている。

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そして、その法律や法案の内容を見てみるに、「それらの法律や法案に、どこか恐ろしいものを感じる」と感じる人々も増えているのではないだろうか。

もともと、どんな人々の間でも、若干のルールが求められたりする。

しかし、それらのルールというのは、結局は人々を安心させ、守るためにある。

しかし、人が昨今の法律や法案の内容を見てみるに、多くの人を威圧したり、あるいは、恐ろしさを感じるものではないだろうか。

「人々の安全、暮らし、あるいは幸福の向上を図るためのルール(法律)作り」ではなく、「それとは全く反対の方向を向いているのではないだろうか」と、感じる人々が増えているのではないだろうか。

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日本だけとは限らず、「私達が我が国の法律を制定します」と言っている人達がいる。

その人達は代議士(国会議員)と言われている。

しかし、世界の多くの人々達も、自国の代議士(国会議員)を見て、「彼等は私達(有権者)の代表者だ」と思わずに、「彼等は、どこかの国の王様に仕える親衛隊か近衛兵(このえへい)のように見える」と感じる人も多いのではないだろうか。

国とか国家と呼ばれるものは、その国に住む国民の集合体のことである。

しかし、「どこかの国の王様に仕える親衛隊か近衛兵」となると、彼等の作業と言うのは、自国の民人のためになされているのではなく、「どこかの国の王様」のためにやっているのだから、その国のための作業とはならなくなる。

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あるいは、その親衛隊か近衛兵の人々が、自分達のグループのためのルール作りをしているように見えるかもしれない。

上に書いた「自分達のグループ」というのは、「親衛隊」とか「近衛兵」である。

彼等は、その「親衛隊」とか「近衛兵」内部で適用されるであろう、グループ内のルール作りをしているかのように見えるのだけど、その「親衛隊とか近衛兵でのグループ内部のルール」を、「この国全体のルール(法律)とさせよう」と、彼等が言っているように感じる人も出てくるのではないだろうか。

(あるいは、代議士のような存在を、どこか遠い他国の人のように感じる人も世にはいるのではないだろうか。)

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このような、私達の間でのルール(法律)作りも、私が上に書いてきたように、様々な弊害が考えられるようになってきた。

だから、こういったルール作りも、現行の代表民主制ではなく、コンピューターとインターネットを使用した、「直接民主制」を実施された方が良いと思う。

私が上に書いた、直接民主制についての詳細は、『三千百:私達の本来の政治システムである「直接民主制」について』を、どうか参照して下さい。

でも、代表民主制を終了させて、直接民主制を実行させるとなると、日本で言うならば、衆議院と参議院の廃止となるから、日本国憲法の変更が必要になってくるのだけど。


                                       坂本 誠

2017年5月11日 (木)

三千百十六: お知らせ

こんにちは。

現在、パソコンの整備中にて、少々、お休みを頂きます。

何卒、ご了承下さい。

                                       坂本 誠

2017年5月 8日 (月)

三千百十四: 幸福の追求方法と地球の問題を考えて(独白)

どんな人でも、自分の幸福は自分で作っている。

これを言い換えると、自分の不幸は自分が作っていることになる。
他の誰かがやって来て、「その人に不幸を与えた」ということにはならない。

また、これだと、自分の幸福というものは、他の人が作り出すことは出来ない。

他の人がやって来て、何かをその人に与えても、その人は、なんとなく、「自分の幸福が他の人からもたらされた」ように見える。
しかし、本当は、その与えられたものは幸福ではなく、施し物(ほどこしもの)と言い換えられるものだと気が付く。

「他人からもらった施し物」と「その人の幸福」というものは、これはイコールの関係では無い。

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喩えてみると、どこかの誰かが、大量のチョコレートを持って来て、椅子に座っている人の口に、その大量のチョコレートを入れ込んだとしよう。

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その大量のチョコレートを自分の口の中に入れ込まれた人は、その時は、かなりの嬉しさを感じるかもしれない。

なんとなれば、全く苦労も無しに、美味しいお菓子が手に入ったのだから。

ところが、その後は、そのチョコレートを頂いた人は、だんだん、不幸感覚を抱くようになる。

なぜならば、そのチョコレートを頂いた人は以下のように思い始めるから。

  「どうして、誰も私の口に、大量のチョコレートを入れ込み続けてくれないのだ。以前、私は何の苦労も無しに、美味しい大量のチョコレートを手に入れたのに、今では、誰も、チョコレートを私の口に放り込んでくれないから、今現在の私は不幸だ」

と。

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上の喩え話のように、何の苦労も無しに、美味しいお菓子とか面白いプレゼント等を大量の施し物として受け取っていた人は、やがて、不幸を感じ始める。

最初は、何の苦労も無しに、それらのありがたい施し物を受けていたのだが、周囲の人が、その人にその施し物を与えなくなると、その施し物を受けていた人は、周囲の人に対して、強い要求や不満を突き付けるようになる。

Pa120146

 

「自分以外の周囲の人に対して、何らかの強い要求や不満の念を抱く」というだけでも、かなりの不幸感覚だろうけど、これがさらに進めば、周囲の人に対する恨みや呪いの念となるだろう。

「そのような恨みや呪いの念を抱く」となると、施し物を受けていた人の心は、現在、非常に不幸だと言えるだろう。

このような人が身近にいると、周囲の人々の顔は、かなり曇ることだろう。
マンガ的な表現を使うと、「(悪い意味での)背後霊が背中にびったりと貼りついている」ということになるだろう。
その背後霊が「あなたは私の面倒を見続けなさい」と苦渋の顔をして言い続けてくるのだから。

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上の喩え話から考えても、「自分の幸福は自分が作らないといけない」となる。

また、「どこかの他人が、自分に施し物を与えてくれる時もあるかもしれない。『自分に与えられた施し物』と『自分の幸福』とは違っている」と、人は感じるかもしれない。

この点を進めると、人は気が付いてくる。

  「他の人に対する要求は、少なくしないといけない。なぜならば、周囲に人に何らかの出来事を期待しても、それは自分に対する、周囲の人からの自分への施し物と言えるから」

と。

つまり、私達が周囲を見回すに「他人に対する、要求の強い人」というのは、かなり不幸感覚が強いことがわかる。

なぜならば、様々なケースがあるけれど、そのような人は、その人自身の理想状況を他人に押し付けたり、その人自身の願いを他人に押し付けたり、あるいは、何らかの状態を他人に強要しているのだから。

P9300147

 

要するに、「他人に対する、要求の強い人」というのは、他の人に向かって、「私の幸福のために、あれをしろ。これをしろ」と言っていることになる。

そして、その命令を与られた人が、その命令を実行して、その実行の結果が「他人に対する、要求の強い人」にとって、気に食わなければ、「お前の命令の実行具合が悪いので、私が不幸感覚に陥るのだ」と言っていることになる。

つまり、他人に対する願い事というのは、その願い事を他人が実行して、その他人の実行の具合を、その願い事を与えた人が気に入らないといけないので、なかなか、その願いが叶うことは非常に少ない。

だから、「他人に対する、要求の強い人」というのは、常に不幸感覚も強く、始終、曲がった口や不愉快な目つきをしたり、尖った口調をしているかもしれない。

(「世の王様を気取っているような人の苦しみというのは、このようなものだ」と、読者の方々は考えるかもしれない。人類史の中で、数多くの王様が現れるけど、彼等は数多くの人々に対して、何かの要求(命令)を下し、自分の望む状況を手に入れようとしたのだけど、「なぜ、あんなに数多くの怒り狂ったシーンが描写されたのか」の理由を考えるに、しっかりと、その王様達の心を洞察した方が良い。)
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上の流れから進むに、「私達は、どうやって幸福を手に入れたら良いのか?」となる。

その方法としては、他の人に対する要求を低くし(あるいは、全く要求せずに)、そして、自分の幸福は自分が作らないといけないから、極力、自分自身の手で自分の欲しい物を作ったり、あるいは、何らかの自分の欲しい境遇・環境を自分自身の手で作らないといけない、と、人は気が付く。

要するに、他人に対する要求(願いや依頼)の心が強ければ強い程、その人は、それに比例して、強く不幸であることがわかる。

ましてや、私のブログで時々紹介しているカバールやイルミナティ達は人類支配を考えている。

だから、上の流れから行くと、彼等の不幸感覚は、人類最大クラスのものと言えるだろう。

(彼等は人類の社会構造を巨大ピラミッドにして、その巨大ピラミッドの頂点に君臨したいそうだけど、その巨大ピラミッドの頂点に彼等の作っている最大の苦しみが置かれている、という光景を、想像するに、私は、何か奇妙なものを感じてしまう。)

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(実は、ここからが、この段落の本題なのだけど。)

しかし、ここで重要なことに思い当ってしまう。

というのも、誰でもそうだけど、「私達が生きている間には、その全ての生活必需品を、自分一人で作り出すことが出来ない」というポイントだ。

私達が生きている間、全ての衣食住や全てのエネルギーをたった一人で作り出すことは出来ない。

もし、私達、一人一人が、自分自身が必要とする全ての衣食住や全てのエネルギーをたった一人で作り出すことが出来れば、おそらく、その人は、他の人に対する要求や願い事は一つも無いから、その人は一生涯、幸福と言えるだろう。

しかし、現実には、それは出来ない。

だから、生きている間には、どうしても、他人に依存する何かが出来てしまう。

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実に、私達の社会では、これが最も重要なことだったと言えるかもしれない。

だから、このような社会だと、一番上の例に挙げた「大量のチョコレートを欲しがる人」のように、非常に依存傾向の強い人物が生まれ育つ可能性があったと思う。

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私達が植物のように、太陽光線を受けて、光合成によって、活動エネルギーを得られる存在だったと仮定しよう。

つまり、これだと、私達は「食べる」という一日三度の儀式が無かったことだろう。

だから、他人に対する依存の度合いは非常に少ないと言えただろうから、その植物性の人間は幸せだったと言えるかもしれない。
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しかし、反面で言えば、「その植物性の人間は、額に汗して努力して、その努力の結果を見て、幸福感を得る」という手合いの幸福を手に入れられなかっただろう。

Pa190153

 

しかし、今現在の私達としては、そのような植物性の人間ではないのだから、ある意味、常に飢餓の恐怖に怯えつつも、その恐怖を克服するために、努力をしているのかもしれない。

しかし、やはり、反面から言えば、人間には「飢餓の恐怖」というものを与えられていた。
だから、食糧の略奪・横領とかエネルギーの奪い合いとか、それの延長として、他の人々よりも多くの財産や富や金銭の貯蓄が非常に推奨される、というケースになったかと思う。

この状況によって、日本の歴史で言うならば、弥生時代に稲作システムが大陸から伝えられた時に、「倭国大乱(わこくたいらん)」と呼ばれる、大戦争時代があったけど、このような「飢餓の恐怖を克服しよう」という、その意向自体や、稲作システムが、別の意味の人間の不幸を作ったと言える。
なので、「人心の成長のために、反面教師として『飢餓の恐怖』を与えてみよう」という、地球の造物主(地球にいるかもしれないけれど)の、そのような試みの半分は成功して、残りの半分は失敗したのではないかと、私は考えている。

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また、別の例から考えてみる。

私達が死んだ後、天国の住人になると(「天国」というものではないのかもしれないけれど)、その状態だと、私達には胃袋も無く、また、肉体も持たない、と言われている。

つまり、その故人には、飢餓の苦しみもなく、何一つエネルギー不足にも悩むことも無いだろう。

つまり、この状態だと、その人は何一つ生産していないけれど、何も困ることは無いから、つまり、他の人に対する要求が一切無いことがわかる。

だから、全く確かに、その存在は幸せだと予想出来る。

世には数多くの人がいるのだから、人によっては、そのような状況が必要なのかもしれない。

しかし、ある意味、そのようなエネルギー体のみの生活となると、他の人も想像できるように、「それは、ずっと、揺り籠(ゆりかご)の中で生活している人」と言えるかもしれない。

だから、そのようなエネルギー体のみの生活をし続けた人が、初めて、私達の地上に生を受けてみて、いざ、生活を始めて見ると、一番冒頭に挙げた人のように、「大量のチョコレートを欲しがる人」になってしまうかもしれない。

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だから、この点から考えてみると、私達の暮らしている生活というのは、現在の私達のライフ・スタイルを欲する人も出てくるだろうし、あるいは、そのライフ・スタイルを好まない人も出てくるかと思われる。

Pa190149

 

このようなポイントがあるのだから、(地球にいるかも知れない)造物主としては、ある意味、成功して、ある意味、失敗したとも考えられる。
だから、そのようなライフ・スタイルを好むか好まないかによって、それぞれの人の進みたい方向に進ませるのが、造物主のしないといけないことではないだろうか。

ある個体ならば、そのようなライフ・スタイルを送るのに了承するかもしれない。
しかし、ある個体ならば、そのようなライフ・スタイルを選択せずに、何かの別の他のライフ・スタイルを選択するかもしれない。

ある個体が別のライフ・スタイルを好み、選択しているのに、その個体と(地球にいるかも知れない)造物主の間に、わだかまりを持ち続けて生活するというのは、それは双方にとっての不幸と言えるだろうから。

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いずれにしても、あまりにも難しい課題と思われるものを実行していることに関しては、それを実行している造物主と言われる存在も心中に、何らかの、わだかまりや、こだわりがあるのかもしれない。

また、そのようなライフ・スタイルを享受して、日々を送っている個体の方も、「何か別の方向を模索してみたい」という意向があるならば、そのような意向や意見も十分に尊重されないといけないと思ってしまう。

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しかし、私達の地球のライフ・スタイルは一変しようとしているのかもしれない。

なぜならば、私のブログでも紹介しているけれど、現在、たった今でも、人間の労働現場に大量のロボットが進出している。
だから、大量の人間の労働が、ロボットの代行作業として置き換えられつつある。

また、以前、不食(ブリザリアン)の人の紹介として、私は以下の過去記事を出したことがある。

『九百七十六:私の見かけた情報_No.19』
●宇宙の粒子や空気を食べて生きていると主張するウクライナの「ブリザリアン(不食)」モデルの話から「松果体とエネルギー」にまで考えが飛躍してしまいました
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/03/_no19-db8f.html
http://oka-jp.seesaa.net/article/391713988.html
http://www.dailymail.co.uk/femail/article-2570013/Human-Barbie-Valeria-Lukyanova-reveals-STARVES-Breatharian-believes-live-air-containing-cosmic-micro-food.html

(上記記事より抜粋して引用)
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自称ブリザニアンでリアルバービーと呼ばれるウクライナのモデル、ヴァレリア・ルキャノバさん

Valerialukyanovatop1

インド人、プラーラド・ヤニ氏

Afpinedia1

イロム・シャーミラ・チャヌ、公民権活動家、政治活動家

Irom011

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(引用終わり)

地球上の全ての人が不食(ブリザリアン)の人となることを受け入れるかどうかは、私はわからない。

この「不食」の状態だと、私達は食の喜びを失うことにはなる。
しかし、別の側面から言うと「食に関する苦しみから永遠に解放された」とも言える。

そのような人々が増えるかどうかはわからない。
しかし、これらの情報を見る限り、地球上で長らく続いた、「人類の反面教師として、与えられた飢餓の恐怖」とか、それらから大量に派生したと思われる、かなり多くの苦しみ・不幸等々から人間が解放される方向にあるように見える、となると、「私達の地上社会でのライフ・スタイルに、かなり大がかりな変化が起きているらしい」となる。

なので、その変更具合も、かなりしっかりと実感・体感してみる必要があるように、私は感じてしまう。

Pa190147



                                       坂本 誠

2017年5月 4日 (木)

三千百十三: 憲法記念日に憲法のことを考えると

こんばんわ。

昨日の5月3日は、日本では憲法記念日の祝日でした。

ですから、日本国憲法に関する話題を書いてみたいと思います(ちょっと長くなったのですが)。

もちろん、こんな手の話題ですから、出来るだけ、肩の凝らないような雰囲気で書きます。

まずは、日本国憲法の前文を紹介します。

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日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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日本国憲法は100条以上ありますが、一番大事なのは、この「前文」と呼ばれているものです。

そして、重要なことですが、この日本国憲法の「著者」と呼ばれている方の著者名が無いのに、あなたは気が付くと思います。

20100703201116

 

そして、アメリカとかフランスとか中国の憲法を見ても、この「前文」に相当する部分があるのですが、各国の憲法の前文にも、「著者、誰それ」というのは書かれていません。

その代わりに書かれているのが、上の日本国憲法の前文にあるように、「日本国民」とあります。
日本国憲法の前文の主語は「日本国民」となっています。

つまり、「この日本国憲法の前文や日本国憲法の全ての条文を誰が書いたのか?」という疑問の答えは、「日本国憲法を書いたのは、全ての日本国民である」となります。

外国の憲法の前文を見ても、各国なりにその文章は違いますが、文章の中身を読んでみると、例えば、「国民の総意に基づいて」とか、「私達の国の国民の総意に基づいて」等の文章が書かれています。

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ですから、全ての法律は、憲法から派生して作られたものですから、「なぜ、日本の法律は、全ての日本人の適用されているのか?」という疑問の答えとしては、「『全ての日本人が日本国憲法を作った』、ということになっているから、その憲法の下にある法律が、全ての日本人に適用されている」ということになります。

あるいは、「全ての日本人は日本国憲法の前文を了承して、認めている」という前提があります。
つまり、この記事の読者である、あなたが、どこかの誰かが書いたであろうところの、日本国憲法の前文を受け入れて、認めているからこそ、あなたには、日本の全ての法律が適用されています、という形になります。

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実際には、この日本国憲法の前文を書いたのは、日本の戦後の、どこかの誰かでしょう。

その人には、特定の名前があり、色々な人と相談して書いたことでしょう。

また、日本国憲法を書くに当たり、当時、日本を占領していた、アメリカのGHQの意向が、相当盛り込まれているそうです。

しかし、そのような経緯があるにせよ、いずれにしても、この日本国憲法を書いた人は、当時の日本人の内の数パーセントとか、あるいは、0.00001パーセントぐらいの人間が、「日本国憲法は、このような方向であることが望ましい」という、彼らの想いが込められて書かれたことは間違いがありません。

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ですから、日本の戦後まもない頃の0.00001パーセントぐらいの人間の書いた「日本国憲法」を、当時の全ての日本人に見せて、読ませて、当時の全ての日本人が「私達、全ての日本人の同意の下に、この日本国憲法が書かれた」ということは、ありえません。

なので、現行の日本国憲法を定めようとしていた、戦後、間もない頃でも、現行の日本国憲法の草文に反対していた人もいるそうです。

これは、実は日本国憲法だけではなく、外国の憲法も同じです。

外国の憲法制定の際にも、例えば、フランスならば、フランス憲法を定める際にも、「そのフランス憲法の全ての条文に、全てのフランス国民が同意した」という、完全な事実(文字通り、本当に、完全に100パーセントのフランス人が、完全に、フランス憲法に賛成した、という事実)は、現実には起こっていない筈です。

にも関わらず、ほとんど全ての国の憲法というのは、どこかで、いきなり強引に、何人かの実力者の行う強行採決のように、一方的に決めたのだ、ということが私達にわかります。

そして、全ての国の憲法の前文には、「私達の国の全ての人間は」とか「我が国の国民の総意に基づいて」とか「われら、全てが決めたところには」等の文章を、その憲法の前文を実際に書いた、実際の人物が、実際に書き込んでいるわけです。

実際には、「どこかの国の憲法を制定する」という段階になると、法律関係の学者と呼ばれている人が書いたりします。
しかし、「憲法や法律の文章とは、このように書かなければいけない」というスタイルがあって、それに基づいて憲法の文章は書かれています。

その「スタイル」というのが、上から書いているように、「我が国の国民の総意に基づいて」とか「われら、全てが決めたところには」等の文章というわけです。

その国の全ての国民に対して、法律を有効化しないといけないので、そのような文章スタイルで書かないと、法律が有効化されないのです。

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外国の憲法でもそうなのですが、私達の身近にある日本国憲法で考えましょう。

つまり、「日本国憲法は全ての日本人によって書かれた」というのが前提になっています(現実には違いますが)。

ですから、日本国憲法の下に、日本の法律が作られますから、「日本の法律は、全ての日本人が決めた」というのが前提になっています(現実には違う筈ですが)。

ですから、「日本のルール(法律)は、全ての日本人が決めた」と、なりますから、全ての日本人に、全ての法律が有効化されています。

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この記事を読まれる読者の方々も、小学校に入ってから、社会科の時間に、この「日本国憲法」のあらましを、学校の先生から聞かされたことでしょう。

20100730055754

 

小学校時代の、あなたは、社会科の時間に、小学校の先生の語る「日本国憲法」のあらましを、おそらく、なんとなく、ぼんやりと聞いていたことでしょう。

しかし、小学校時代の、あなたは、その社会科の時間に、しっかりと、この日本国憲法に、同意した記憶があるでしょうか?

ましてや、小学校時代の、あなた自身が、「あなた自身が、その日本国憲法を書いたことになっています」と、目の前の小学校の先生に、もし言われたとしても、その時点で、その先生の言葉を信じることが出来たでしょうか?(いや、とても信じることは出来なかったでしょう)

(ですから、この色々な国の憲法を書く際の文章スタイルというのは、「一種の強制を行う文章だ」と、私は感じるのですが、読者の方々である、あなたは、どのように感じるでしょうか。以前、「日本国憲法の前文で美文だなあ」という手合いの記事を書いた事があるんですが、最近では、上のような感じからもおわかりのように、あまり、日本国憲法の前文を美文だと感じなくなりました。)

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現在でも、毎日の新聞やテレビのニュースの時間に、「何某の人が、何々の法律を破ったので、その何某の人が逮捕されました」等のニュースを、私達は、よく見たり、聞いたりします。

そこで、ちょっと、想定的に話を作ってみます。

Aさんが、日本の法律を破った、犯罪者と仮定します。
そして、Bさんを、日本の警察官と仮定します。

BさんがAさんを逮捕しに来ました。

◆Bさん:
「あなたは、日本の法律である、何々を破りましたので、私があなたを逮捕しに来ました」

●Aさん:
「私は、そんな法律を認めませんよ」

◆Bさん:
「いや、現に、日本の法律が、このように定められていますので、あなたを逮捕します」

●Aさん:
「そんな法律を決めたのは、私ではなく国会議員でしょう。私は、そんな法律を認めませんよ」

◆Bさん:
「いや、日本の法律(ルール)というのは、『必要である』と判断されて、日本国憲法から派生して作られたのです。そして、『Aさん自身が日本国憲法を作った(あるいは、日本国憲法の全てを認めて、受け入れている)』ということになっています。ですから、この日本の法律は、Aさんが決めた((あるいは、Aさんが日本の全てを法律を認めて、受け入れている)ということになっています。つまり、日本の法律(ルール)というのは、Aさんが作りました。ですから、私は、あなたを引っ張って行けるのです」

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私が上に仮定して作った話題が、現実の様々なケースに当てはめて、行われている、ということがわかるでしょう。

現実には、Aさんが日本国憲法を書いたわけでもなく、また、Aさん自身が「日本国憲法を認めて、受け入れた」という記憶も、あまり無いでしょうが、Bさんや司法関係の人から見たら、「Aさんは、暗黙の内に、日本国憲法を認めて、受け入れているに違いない」という前提(想定?)の下に、Aさんを逮捕しようとしていることが私達にわかります。

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ですから、上の話から、読者の方々も想像できるでしょうけど、AさんがBさんに逮捕されないようにするには、Aさんが「私は日本国憲法を受け入れません(あるいは『私は日本国憲法を書きませんでした』)」と、公言することです。

20100801055045

 

Aさんが「私は日本国憲法を受け入れません」と、Bさんに公言すれば、同時に、日本国憲法の下に配置されてある、全ての日本の法律が、Aさんに対して無効化されます。

しかし、Aさんが「私は日本国憲法を受け入れません」と、公言した時点で、Aさんは、日本の国内に住みつつも、その時点で、日本の国籍を失うことにもなることが、読者の方々もわかるでしょう。

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この手の話題ですから、堅くならないように、面白い話題を交えて、笑えるような感じでも書くつもりの私でしたから、許していただきたい部分もあるのですが、仮に、「私は日本国憲法を受け入れません」という意向のある人ならば、裸になって、日本の街を歩いても、「その人には、日本国憲法を適用することが出来ない」と、周囲の人がわかるので、おそらく、その人は逮捕されずに済むかもしれません。

しかし、読者である、あなたも容易に想像できると思うのですが、たとえ、その「私は日本国憲法を受け入れたくない」という意向を持った人がいたとしても、「時と場所をよく考えて、自らの実行したいことを、うまくやった方が良いだろう」と、あなたも考えることでしょう。

現に、「私は日本国憲法を受け入れません(あるいは、私は日本国憲法を受け入れた記憶がありません)」という意向を持った人がいたとしても、それを公言した時点で、その人は、日本の国籍を同時に失うからです。

もちろん、この記事だと、例として、日本国憲法を挙げて、私は書いているのですが、様々な国の憲法で考えても同じだと、読者の方々もわかるでしょう。

上の喩え話に出てくる、Aさんのような人が、もし日本の中にいると想定するならば、その人物は、様々な角度から色々な事を考えて、ケース・バイ・ケースで様々な出来事に関する差引勘定や損得勘定に上達し、日々の生活の、向上に励めば、よろしいのではないかと思います。

ちょっと長くなりましたが、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。



(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千六百八十二:News_No.587』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/news_no587-2810.html
(以下、『後世に残したいラジオの話』、2013/3/23記事より抜粋引用)
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●伊藤真弁護士が語る『ご存知ですか?日本国民は憲法を守る義務なんてありません。』
http://radiotalkrecording.blog.fc2.com/blog-entry-91.html

■会話をしている人物

伊藤真 (弁護士 / 資格試験指導校「伊藤塾」を主宰)
青木理(あおきおさむ / ジャーナリスト)
江藤愛(TBSアナウンサー / 青山学院大学文学部英米文学科卒)

伊藤 憲法ってのは我々国民が守る義務は全くないんですよ。

青木 うん
江藤 えっ、そうなんだ

(、、、中略、、、)

伊藤 憲法は、政治家とか官僚とか裁判官とか自治体の知事、えー、首長とか職員さんとか、公務員の皆さんたち。もっと言えば、国の側や自治体の側で仕事をする、そういう皆さんたちが守らなければいけない法なんですね

江藤 うん?

伊藤 まぁちょっと、代表して分かりやすく官僚、政治家でいきましょうか。官僚や政治家の皆さんたちが守らなければいけなくて、『じゃあ国民はどうすんのよ?』。国民は彼らに守らせる責任があるだけなんですよ。(、、、以下、省略)
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(抜粋引用終わり)


                                       坂本 誠

2017年5月 2日 (火)

三千百十二: 偽旗作戦について

こんばんわ。

先日、『三千百十一:「嘘臭さ」とか「芝居じみたもの」を感じる時に』を掲載した際にも、「偽旗作戦」というものも紹介していた方が良いかと思いましたが、段落を変えて紹介することにしました。

以前にも、偽旗作戦についての記事を書いたことがありました。

今回は、偽旗作戦についての他の記事を読まれた方が、より、読者の方々の理解が進んだり、実感が湧きやすくなるかと思います。
ですので、その手の記事を以下に列挙しておきます。

私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、Wikipediaより引用)
------------------
●偽旗作戦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%BD%E6%97%97%E4%BD%9C%E6%88%A6

偽旗作戦(にせはたさくせん、false flag)とは、あたかも他の存在によって実施されているように見せかける、政府、法人、あるいはその他の団体が行う秘密作戦である。
平たく言えば、敵になりすまして行動し、結果の責任を相手側になすりつける行為である。
名称は自国以外の国旗、つまり偽の国旗を掲げて敵方を欺くという軍の構想に由来する。
偽旗作戦は、戦争や対反乱作戦に限定されたものではなく、平時にも使用される。
偽旗工作・偽旗軍事行動とも呼ばれる。
英語ではしばしば false flag operation(s)(偽旗作戦)、false flag technique(偽旗技法)、false flag tactics(偽旗戦術)、false flag attack(s)(偽旗攻撃)等の句として用いられる。

      :
     (中略)
      :

1964年8月 - トンキン湾事件

      :
     (中略)
      :

最終更新 2017年3月30日 (木) 12:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
------------------
(引用終わり)


『二千六百八十八:私の見かけたビデオ_No.67』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/_no67-29ed.html
https://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



1:28:34
(当ビデオの1時間28分34秒目辺りから)

(上記ビデオより抜粋引用)
------------------
◆デービッド・アイク

社会を変えたいのですが、あからさまだと拒絶反応が起きるので、こっそりやるわけです。
問題、反応、解決の手順で行きます。

Thrive_fals_ope_2

 

第1段階。
問題を作り出す。

爆弾テロでも、9.11でも、取り付け騒ぎでも、株式市場の大暴落でも、政府の崩壊でも良いのですが、誰のせいでこうなったのか、なぜ起きたのか、自説を他人に語ります。

ここで、行動をちゃんと行うメディアが存在すると、問題、対応、解決の手順は失敗します。

しかし、主流メディアは、事件の公式見解を伝える広報室となるのです。

(、、、中略、、、)

この事件に関する、大衆の唯一の情報源は主流メディアとなります。

問題、反応、解決の第2段階は、激しい怒りと非常に大事な恐怖の反応を起こします。

Thrive_fals_ope_1

 

そして、大衆が政府に訴えることを期待します。
「なんとかしなければ、このままではダメだ。どうするつもりなのか。」

そこで第3段階。
嘘の話に対する大衆の反応を収集して、自ら作り出した問題の解決法を正々堂々と提案します。

●キャスター(フォスター・ギャンブル):
悲劇的事件をでっち上げたり、利用するという発想は、彼等が目標達成のために、どこまでやるつもりか、を理解する上で非常に重要なものでした。

アメリカが偽りの口実で、ベトナム戦争に介入したのは、裏付けのある事実です。
ロバート・マクナマラ元国防長官は、トンキン湾での、軍艦攻撃は実際には無かったことを認めています。

■ロバート・マクナマラ:
「あの日、攻撃されたという判断は誤りで、攻撃は無かったのです。」

●キャスター:


最近では、ブッシュ元大統領が存在しない大量破壊兵器を口実にイラクを侵略しました。

このような戦術は偽旗作戦とも呼ばれます。

Thrive_fals_ope_3_2


------------------
(引用終わり)


『二百九十七: 私の見かけたビデオについて_No.33』
●初めて実行員が暴露した、アメリカの国際陰謀・工作秘史
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no33-6b51.html
https://www.youtube.com/watch?v=BhfCgO0ItY8


YouTube: 初めて実行員が暴露した、アメリカの国際陰謀・工作秘史

公開日: 2011/01/19 

(上記ビデオより抜粋引用)
------------------
■字幕:
「国家を征服しその国民を奴隷化するためには、二つの方法がある。一つは武力であり、もう一つは負債である。(John Adams 1735 - 1826)」
      :
     (中略)
      :
----- VENEZUELA 2002 -----

「、、、、エコノミック・ヒットマンの能力はこの間どんどん上がり続けましたがね・・・。、、、」

「ごく最近では1988年、ベネズエラでチャベスが大統領に勝利しました・・・、、、」
      :
     (中略)
      :

__2


「このクーデターの起こし方は、カーミット・ルーズベルトがイランで行ったやり方と同じものです。」
「民衆をお金で買収してデモ行進をさせ、暴動を起こさせます。」
「『チャベスがとても不人気だ』と思わせるようなことを言わせながら起こすのです。」
「2,3千人の人をテレビの前に集めれば、国中が反対していると思わせることが可能です。」
「そしてそこからは、マッシュルームのように増加していくのです。」
      :
     (中略)
      :
------------------
(引用終わり)


『三百五: 私の見かけたビデオについて_No.34』
●元CIA アメリカは存在しない敵と戦っている イスラエル・リビア・イラン・シリア #cia #enemy
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no34-67d0.html
https://www.youtube.com/watch?v=xsIhwHzvqko



(上記ビデオより抜粋引用)
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■マイケル・ショイヤー:

「私達は本当に非常に冷血に、シリア人達が政府に撃たれるであろうことを知りながら、彼等に路上で出るようしきりに促します。」

「私達は、この20年間の今日、敵を作り出すことにおいて非常に効率的です。」

「全米の安全を創造することにおいて、私達はそれほど効率的ではありません。」
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2017年4月30日 (日)

三千百十一: 「嘘臭さ」とか「芝居じみたもの」を感じる時に

こんばんわ。

最近、私達は、中東情勢の緊張とか、朝鮮半島の緊張の状況を、よく見かけるかと思います。

それらの状況を見るに、どこか、「嘘臭さ(うそくささ)」とか「芝居じみたもの」を感じる方々も多いのではないでしょうか。

世の為政者と言われるような人々が多くの人々の前に現れ、出て来て、「交戦行為が必要だ」と必要以上に煽(あお)っているように感じないでしょうか。

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多くの人々を何かの行為に駆り立てようとする行為のことを「煽動行為(せんどうこうい)」というのですけど、人は、為政者の言動や行動に、この煽動行為を感じるようになったら、それらの為政者達の語っている言葉を綺麗さっぱりに忘れた方が良いと思います。

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以前、日本で使用された言葉ですが、「劇場型犯罪」という単語がありました。

この「劇場型犯罪」というのは、犯罪者達が「マスメディアを多用して、多くの家庭の居間の中にも、お茶の間の中にも、これらの状況をバーチャル的に繰り広げて、世を必要以上に騒がせよう」という意図があったかと思います。

そのような「劇場型犯罪」に似たような雰囲気を、人は現在の中東情勢の緊張とか、朝鮮半島の緊張の状況の中にも感じないでしょうか。

ですから、「劇場型犯罪」を文字って、「劇場型の戦争煽動行為」とでも、それらに名づけられるような気がします。

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過去の日本であった「劇場型犯罪」ですけど、今、私が思い返してみるに、その劇場型犯罪にしても、日本のある地域で、日本の総人口と比較しても、それらの関係者達は、ごくわずかでした。

しかし、そのように関係者達は、日本の総人口と比較しても、ごく少数なのに、マスメディアを通じて、日本全国の人々に見られるようになると、あたかも、日本の全土に、「その劇場型犯罪に関係した何かが起こっているようだ」と、多くの人々が誤認します。

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わかりやすい例を挙げると、例えば、福岡県北九州市という名の土地で暴力団関係の出来事があり、その関連事項が毎日のように、全国報道されていた時期がありました。

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実際には、それらの出来事は、福岡県北九州市のごく一部で起こっていた事であり、土地の大きさや人口と比較しても、それらの出来事は、実際に報道されていた雰囲気よりも、100万分の1程度のものではなかったでしょうか。

確かに、現実に、少数の人々が、その出来事に関係したのは事実であり、その方々には同情します。

しかし、それらの出来事は、その土地の広さや大きさと比較しても、かなり小規模レベルと言えたのでしょう。
しかし、その小規模レベルな事でも、トップ・ニュースとして、連日のように、全国報道されると、日本の全ての人々は、「福岡県北九州市では、数多くの暴力団が存在して、連日のように、その手の問題が多発しているのだ」と誤認することは問題があるように感じます。

確かに、小なりと言えども、暴力団関係の出来事というのは、人々の間でのトラブルの出来事と言えるので、その手の解決の方向が求められるでしょう。

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しかし、暴力団関係の記事でなくても、他の出来事でも良いのですが、マスメディアが使用されると、日本の限られた地域での小さな出来事でも、遠く離れて、それを視聴した人が、「あたかも、自分の隣近所でも、そのような出来事が多発している」と感じるに至っては、何かの問題を感じないでしょうか。

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暴力団関係の記事でなく、他の出来事を思い起こしてみます。
例えば、「日本人で、ある若い人が、何かの犯罪的な行動を行った」と報道されたとしましょう。
その報道を受け取った、日本の他の地域の多くの人々が、「そのような人が、私の住んでいる隣近所にも、大勢居るに違いないから(実際には何も起こっていないけれど)、私達も、その手の防犯行動を数多く取り組むべきだ」とか「私達の周囲には、何もしてはいない人は多いけれど、疑心暗鬼の目と疑いの目を持って、周囲の人々を見た(ある意味、監視)方が良い」という状況が多発したのではないでしょうか。

実際には、上の例の「日本人で、ある若い人が、何かの犯罪的な行動を行った」という出来事を見るに、たった一人です。

現在の日本の人口を1億人と仮定すると、「その手の何かの犯罪的な行動を行った」という人物は、日本の中での1億分の1です。

「1億分の1」というのは、私達にとっては、かなり低い確率でしょう。
しかし、マスメディアで、全国報道されると、多くの人々は、その「1億分の1」という数字を「1億分の1万」とか「1億分の100万」と感じる、誤認の雰囲気が生まれたりするので、人はそれに対して、何か、多少の問題を感じるのではないでしょうか。

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かなり話が横に反れたのですが、中東情勢の緊張とか、朝鮮半島の緊張の状況に、「嘘臭さ(うそくささ)」とか「芝居じみたもの」とか「劇場型の戦争煽動行為」を感じるようであれば、それからは離れた方が良いと感じます。

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戦争の煽動行為と思われる行動を、多くの人々が見て、そして、「多くの人々の『参戦やむなし』という交戦賛成論を求める輩達(やからたち)、つまり、多くの国民の参戦意欲を高めて、それを募(つの)っている輩達が、どうも、この世にいるらしい」と、読者の方々は何となく感じないでしょうか。

戦争が起きれば、武器商人達が喜び、戦争で破壊された設備の修復のために、多額のお金が動くことにより喜ぶ人物がいることも知られ、また、何よりも、戦争行為というドサクサの忙しさに紛れて、隠し込めることも多々あることが知られています。

それらについては、私の方の『過去記事、関連記事、及び、参考文献』の方に、まとめて掲載しておきますので、読者の方々が、それらの過去記事を読んで、何をかを想起して頂けることを、私は期待しています。

私の気になりました部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三百二十四: イルミナティについて_No.2』
●ジェイ・パーカーインタビュー②
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no2-299b.html
http://www.youtube.com/watch?v=b-MG_sojSz4



(上記ビデオより抜粋引用)
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「これは銀行、英国、米国がどの様にソ連を作ったかについてです。」
「『ヒトラーとウォール街』もです。」
「どの様にウォール街や英国銀行家達が、ヒトラーを資金援助したかについてです。」
「第二次世界大戦終戦の一か月前まで、国際決済銀行はスイスでナチスからアメリカや英国の銀行へと支払利息を受け取っていたんです。」
「ですから、彼等はヒトラーへの投資で支払いを受けていたんですよ。」
「第二次世界大戦終戦の1ヶ月前までね。」

「ですから、全ては詐欺なんですよ。本当にね。」
「全てはあなたを楽しませ続け、異なる政治的派閥がそこに実際にあると思わせる為の大きなステージショーなんですよ。」
「イルミナティの承認無しにこの地球上で何も動かされる事はないんです。」
「そういうものなんですよ。、、、」
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(引用終わり)

『二千六百五十七:お知らせ』
●ファラカ-ン 銀行家の悪徳を告発する
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/09/post-e5e5.html
https://www.youtube.com/watch?v=EpwW1KdKlOs



(上記ビデオより写真と文章を抜粋引用)
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「、、、1912年12月22日に、アメリカの中央銀行は幾つかの一族の手に握られました。」
「通貨を発行する連邦準備銀行は政府に属してはいないのです。、、、」

「なぜなら、通貨を支配する人々は、国の負債を増加させることを知っていました。」

「しかし黒幕がドアの後ろに隠れていて、その人々は、負債を増やす唯一の方法は、アメリカを1914年に始まった戦争に何らかの形で関わらせることだと知っていました。」
「それでルシタニアという船の火事の裏工作を行い、アメリカはドイツに宣戦布告しました。」

「ユダヤ人のウォーバーグ家とロスチャイルド家です。」
「アメリカに、ヒットラーに融資した人がいるのです。」
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(引用終わり)

『二千六百八十八:私の見かけたビデオ_No.67』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/_no67-29ed.html
https://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



1:29:29ぐらいから、同ビデオのキャスター、フォスター・ギャンブルが現れます。
そして、アメリカ合衆国のロバート・マクナマラ元国防長官が同ビデオの、1:30:31ぐらいから登場します。
ロバート・マクナマラの写真は、同ビデオからの引用です。

(上記ビデオより抜粋して引用)
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●キャスター(フォスター・ギャンブル):
アメリカが偽りの口実で、ベトナム戦争に介入したのは、裏付けのある事実です。
ロバート・マクナマラ元国防長官は、トンキン湾での、軍艦攻撃は実際には無かったことを認めています。

Thrive_japanese__makunamara

■ロバート・マクナマラ:
「あの日、攻撃されたという判断は誤りで、攻撃は無かったのです。」
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(引用終わり)

『千二:私の見かけた情報_No.20』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/03/_no20-f01a.html
●米国がクーデターのどさくさに紛れウクライナの金塊33トンを略奪していた~国会で浜田議員が衝撃発言
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-2128.html

(上記記事より抜粋引用)
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浜田議員が衝撃発言!米国がクーデターのどさくさに紛れ、ウクライナの金塊33トンを略奪!浜田議員「火事場泥棒に等しい行為」

国会で浜田議員が衝撃的な発言をしていたのでご紹介します。
参議院予算委員会で安倍首相らに対して浜田議員は、「ウクライナの金33トンをNY連銀に持ち出し、米の穀物メジャーのカーギルや石油メジャーのシェブロンなどの大手企業は農業、資源を収奪するかのごとく企業買収した」と発言し、ウクライナ騒動の裏でアメリカが金塊を盗んでいたことを暴露しました。

アメリカの企業がウクライナに介入していたのは知っていましたが、金塊が盗まれていることは私も初耳です。
海外の報道でも、「ウクライナの金が米国に輸送された」と言うような記事があるので、今回の件は事実であると考えられます。
イラクやアフガンでも似たような事をしているアメリカならば、この程度の事は造作も無いはずです。

ウクライナは世界有数の穀倉地帯でもあり、今はモンサント社のような遺伝子組み換え企業も次々に乗り込んでいます。
暫定政府の主要メンバーは相変わらずネオ・ナチス系の過激派ばかりですし、このままウクライナを放置していては、非常に不味いと言えるでしょう。

☆浜田議員が衝撃発言! 米はウクライナ支援と言いながら火事場泥棒やった
https://www.youtube.com/watch?v=OSjNxw4HpMI



公開日: 2014/03/19
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(引用終わり)

『二百六十四: 私の見かけたビデオについて_No.29』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/_no29-e6d0.html
●リビア 反政府派はアルカイダ 米国が資金援助 元CIA証言 #libjp #midjp #syrjp
http://www.youtube.com/watch?v=0yQaUhCCMeE
●アルカイダは存在しない テロの真の首謀者・資金源
http://www.youtube.com/watch?v=K9aNZvs0H4o



(※筆者注:なぜか、ビデオの埋め込みがうまく行かないので、読者の方は、ビデオのURLをお手持ちのブラウザのURLボックスに入力すると、ビデオが見れます。)

(以下、ビデオ『アルカイダは存在しない テロの真の首謀者・資金源 』からの引用)
--------
●男性キャスター:
「、、、テロの2か月前にアメリカがビンラディンに取引を提案したのは確かなのですね。」

■本の著者:
「ドバイのCIA責任者ラリー・ミッチェルが2001年7月12日にビンラディンと会ったのは事実で、それは最終交渉を実現するためでした。」
--------
(引用終わり)

『三百九十三:911の看板を見て』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/911-e410.html
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201309/article_66.html

(以下、上記記事から写真を引用)
--------

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(引用終わり)

「WTC7 -- This is an Orange - YouTube」
http://www.youtube.com/watch?v=Zv7BImVvEyk



『二百六十一:私の見かけたビデオについて_No.28』
●ヒラリー・クリントン-私達がアルカイダを作った
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/_no28-8f79.html
http://www.youtube.com/watch?v=CWK9j41BY6c



公開日: 2012/05/24
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(以下、上記ビデオ概要)
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「私達はパキスタンに出入りしているような歴史もまたあるのです。」
「そしてここで思い出してみて下さい。」
「今日私達が戦っている人々は、私達が資金援助したのです。」
「20年前にです。」
「私達はそうしました。なぜならソ連とのこの闘争で身動きが取れなくなったからです。」

「パキスタン軍統合情報局やパキスタン軍と契約しましょう。」
「ムジャーヒディーンをリクルートに行きましょう。』だとか『素晴らしい、サウジアラビアやその他の場所からも何人かリクルートしてイスラム協会へ連れ込み、そうしたら我々はソ連を倒す事ができるんです。』とね。」
「彼等は撤退し、数十億ドルを失い、ソ連崩壊に繋がったのです。」
「ですからここには非常に強い論争もありますが、それはソ連を終わらせるのには悪い投資ではなかったというものです。」
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『二千六百七十一:私の見かけたビデオ_No.64』
●ヒラリー・クリントンと対決 なぜシリアとリビアでアルカイダを支援したんですか?
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/09/_no64-4bfa.html
https://www.youtube.com/watch?v=5efqPLpJFYA



(以下、上記ビデオより抜粋引用)
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●リポーター:
ねえ、ヒラリー、なぜシリアとリビアでアルカイダを支援したんですか?
ただ笑うつもりですか?
真剣な質問です、ヒラリー・クリントンさん。
なぜシリアとリビアでアルカイダを支援したんですか?
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(引用終わり)


                                        坂本 誠

2017年3月30日 (木)

三千百: 私達の本来の政治システムである「直接民主制」について

■:はじめに

この記事は長くなりましたので、読みやすいように章立てしています。

■:古来から続く政治システムを見て

私の記憶する限り、世界の様々な「政治家」と呼ばれる人々の汚職の報道というのは、古来より絶えないようです。

現在のテレビや新聞を見ても、世界各国の政治家と呼ばれる人々の汚職騒動が少なからず、あっているようです。

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それらの汚職騒ぎが、本当の事なのか、それとも、虚偽の事なのかはわかりません。
きっと、様々なケースがあるでしょう。
捏造されたものもあるでしょう。

しかし、「政治家の汚職騒ぎ」というのが、いつから発生しているかわからないぐらい昔から、起こっていることに多くの人は気が付くでしょう。

それらを見ていて、以下のように考える人も増えて来るのではないでしょうか。

  「私達の政治システムが変わらない限り、古来より続いている様々な政治家達の汚職騒ぎが無くなることはないだろう」

と。

ふっと思い出してみても、どんな人の記憶にも残っていると思うのですが、様々な政治家の汚職がありました。

そして、それらに関係する政党とか、それらに関係した政治家が、「金輪際、二度と、私達の間で汚職が起きないよう、努力いたします」等のようなセリフを、何回聞いたことでしょうか。

つまり、私達の巨大ピラミッドの構造をした社会システム、政治システムが変わらない限り、これからも、ずっと、上のセリフ「金輪際、二度と、私達の間で汚職が起きないよう、、、」という、この手のセリフを、多くの人々は永遠に聞くことになるのではないでしょうか。

■:コンピューターとインターネットの出現によって実現可能となった「直接民主制」

「私達が使用している」と言われている政治システムは、民主主義です。
この民主主義システムには、2通りの方法があります。

以前書いたことを繰り返すのですが、再び引用を踏まえて書いてみたいと思います。

(『法律のことがよくわかる事典』(川口 均 監修、西東社)より)
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●EDITOR NOTE

直接民主主義と代表民主主義

わが国では、日本国憲法によって国の主権は国民にあるとされています(これを主権在民という)。

そのため本来であれば国のルールにあたる法律も、国民すべての議論にもとづいて決めるべきところ(これを直接民主制という)ですが、それはとうてい無理な話。
そこで選挙によって選ばれた代議士が、国民に代わってこれを行っています(これを代表民主制という)。

また、この代表民主制を正常に機能させていくため、すべての国民には一定の年齢に達した場合、国会議員、知事や市長、地方議会の議員などに立候補する権利やそれらを選ぶ権利、すなわち選挙権が与えられているのです。
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(引用終わり)

つまり、民主主義には2通りの方法があります。
それは、「直接民主制」と「代表民主制」です。

上の引用文に、「国民すべての議論にもとづいて決めるべきところ(これを直接民主制という)ですが、それはとうてい無理な話」とありますが、以前にも書いたように、私達の科学技術の発達により「それはとうてい無理な話」ではなくなってきているのがわかるでしょう。

私達がお茶の間のテレビで見かけるアイドル・グループの「何とか総選挙」というものが、実施されていることに気が付きます。
インターネットを利用したものですね。

これと同じ事が政治上でも実行できることに気が付くでしょう。

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私達の日本でも、全国民によって、法律を作りたければ、一人一人の国民の目の前にあるディスプレイ上に設けられた「はい」ボタンか「いいえ」ボタンを押すだけで、その法律に対する賛否を集計できます。

しかも、インターネットを使っていますから、それはコンピューター制御なので、一瞬の内に集計が終わり、ほとんど、瞬時に、テレビ画面の上に、その法律の採決の票数結果が表示されるでしょう。

これにより、全国民の手によって、法律を制定できますので、民主主義の本線であるところの「直接民主制」の実行が可能である、と私達はわかるでしょう。

この「直接民主制」の実行が「それはとうてい無理な話」ではなく、私達の科学技術の発達により、理論上、無理ではなくなったことが現実に私達にわかるでしょう。

そして、過去、「(直接民主制は)それはとうてい無理な話」と、過去、言われていたので、間に合わせの手段として、私達がテレビの中でも、現在、よく見かける政治スタイルの「代表民主制」が行われていたのだ、と気が付くでしょう。

ですから、「直接民主制が可能となった」と、民主主義の本線で行けそうなので、当然、人は以下のように考えるのではないでしょうか。

  「民主主義の本線である直接民主制の、実行可能ラインが見えてきたので、私達は、それの導入を進めた方が良いだろう」

と。

インターネットを使用した投票で考えられる課題としては以下のものがあります。

それは、サーバー・コンピューターがハッキングされて、投票結果を改竄されたりするケースです。

この課題自体はあるでしょうが、いずれにしても、政治システムにコンピューターとインターネットを導入することにより実現する「直接民主制」によって、読者の方々も「税金を大幅に省くことが出来るだろう」と気が付かれるでしょう。

また、「直接民主制」の実行によって、いわゆる、「政治上の権力者」という存在が無くなるのにも気が付かれるでしょう。

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読者の方も気が付くでしょう。

要するに、現在、私達が見かけているところの政治家というものが必要無くなるのだ、と。

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この民主主義の本懐(ほんかい)は、「国民一人一人が政治家だ」というのが目的なのです。

ですから、上に書いたように、国民の一人一人がインターネットによる、法律制定等のための投票を行えば、つまり、「国民一人一人が政治家だ」というのも実現できることもわかるでしょう。

日頃は「私達が見かけている『政治専門』と呼ばれる人々が『政治家』だ」という認識がありますが、「直接民主制」が実現されれば、全ての国民が政治家となっただけなので、世に言う「政治家」という概念が変わるだけです。

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結局、直接民主制が実行されたら、国会議事堂も不要になるし、現在見られる少数の「政治家」と呼ばれる人々もいなくなります(つまり、権力の集中が避けられます)。
そして、選挙管理委員会というのも不要になってくるとわかるでしょう。
当然、議員宿舎というものも不要になってくるでしょう。

この「直接民主制が実行される」というのは、これは現代版の大政奉還(たいせいほうかん)と言えるのではないでしょうか。

■:テレビ電話会議を使用した国会

しかし、「地域の代表者」という人々もいても良いと思います。

その人達が、全国に散らばっているその他の代表者と、会議をしたくなる時もあるでしょう。

そんな時に使用するのは、私達のお茶の間のテレビでも有名になって、もはや誰もが知っているテレビ電話会議を実行すれば良いことに気が付くでしょう。

今でも、政治の世界では、地域の代表者達が、なぜか、選挙で選ばれた後、中央都市に行って、そこに住んで、国会に出席して、話し合っている光景を私達は、よく見かけます。

しかし、現代の私達の間でも、おなじみとなった、『Skype』のような、テレビ電話会議を使えば、十分に会議が出来るでしょう。

ですから、「国の中央都市に設けられた巨大会議場で、地方の代議士達が集まって、そこで会議を行う」というのは、一時代前の会議のスタイルではないでしょうか。

また、国会議事堂の維持費とか運営費とか光熱費用を考えても、莫大な額がかかっているでしょう。
ですから、テレビ電話会議や、パソコンにつないだビデオ・カメラとマイクがあれば、「かなり、大幅に税金を省くことが出来るだろう」と、読者の方々も気が付かれるでしょう。

■:私達は、なぜ、「国」という組織を必要とするのか

しかし、それでも、「現代の巨大ピラミッド型システムのような政治機構が必要なのだ」という意見を出す方もおられると思います。

要するに、現代まで続いている「国(くに)」の政治システムですね。

ですから、ここでは、「なぜ、私達は『国(くに)』と呼ばれる概念が必要なのか」を書いてみたいと思います。

日本だと、縄文時代が終わり、弥生時代が始まりました。

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縄文時代には、日本の土地の内部には、『国(くに)』と呼ばれるシステムはありませんでした。

弥生時代になって、大陸から稲作が伝わり、大量の食料(米)が生産できるようになりました。
ある村で、美味しいお米が取れて、豊富なカロリーをその村の内部の人々は、摂取できるようになりました。

そして、その村の周囲の人々が、そのお米を略奪したり、その稲作システムを奪取しようとしたところから、村の内部の人々と、村の外で暮らす人々との間で、戦争が起こるようになったそうです。

この、それまで、日本の内部では、ほとんど、人々の争いは無かったでしょうが、村と村の間で戦争が起きるようになり始めました。

この時代のことを、隣の国、中国の古書(魏志倭人伝)によると『倭国(わこく)大乱の時代』と表現されています。

多発する当時の戦争の原因について書くことも出来ますが、要は、私達の間での「国の成り立ち」というのは、「他国との戦争に勝って、自分達が存在を続けるため」と書けるでしょう。

弥生時代の『倭国大乱の時代』の表現を見ても、わかるように、当時は、隣村の侵略を防ぐために、人々は戦争の用意をしないといけなかったのでしょう。

この戦争状態だと、多くの人は、現代に見られる巨大ピラミッド型システムを必要とするのです。

その巨大ピラミッド型システムは言ってみれば、一人の巨人です。

その巨人には、頭脳と呼べる分野の人々が必要で、目と呼べる分野の人々も必要で、腕と呼べる分野の人々も必要で、足と呼べる分野の人々も必要です。

このような人々の分業化により、村中の人々が集まって、一人の巨人と化すのです。

そして、この「一人の巨人」のちからによって、隣村からの侵略行為を防ぐのです。

この「一人の巨人」を生み出す習わしが、今の今まで続いて、私達が現に見かけている巨大ピラミッド型システムが存在しているわけです。

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ですから、私達の住む地球には、様々な国がありますが、もし本当に多くの人々が政府の必要無しに、共に協調して、楽しく生活するのならば、国の中央におかれている「政府」というものが必要無くなることがわかるでしょう。

逆を言えば、私達の周囲の土地に、私達の敵と思える人々がいればいる程、「私達は政府というものを欲するのだ」となることがわかるでしょう。

そう、国というものは、その役目のほとんどが、「外敵から身を守るために存在している」とわかるでしょう。

外敵というものが存在しなくなれば、政府というものの必要性が薄れますので、逆に言えば、政府の人々は、「私達には外敵と見える人々がいるので、私達は存在価値があるのだ」と、なるでしょう。

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この外敵作りの遠因として、各国の間で、何らかの競争をさせるのも、ある意味、国家存在を守る手段ともなることがわかるでしょう。

例えば、「私達の国よりもA国やB国の方が競争に勝っている」と、多くの人々に伝えておけば、その国の内部の人々は、「A国やB国に負けてはいけない」という心理が働くので、そこに、A国やB国と、それらの人々の国の国境線の色を強く引くことが出来ることがわかります。

そして、それらの人々は、以下のように考えることでしょう。

  「A国やB国に負けてはいけない。だから、政府の人々を頼ろう」

と。

こうなってくると、政府の価値が高まるので、つまり、政府の人々にとっては、ありがたい話となるでしょう。

要は、世界中の人々が、それぞれ自発的に、仲睦まじく、共に助け合って生きていければ、私達の間に政府というものの存在価値は低くなることがわかるでしょう。

■:代表民主制の落とし穴

また、私達は「政治的な詭弁(きべん)」についても、考えることが出来ます。

例えば、ある政治家が以下のように言ったと仮定します。

  「私は、国民の意見を国政に反映させたい」

と。

なんとなく、よく私達が耳にする言葉のような気がしますが。

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その政治家の地元の人々の大勢の意見が一致して、例えば、それらの大勢の人の意見として、「私達(その地元の大勢の人々)は、この公共工事の必要性を認めない」となったとしましょう。

その意見を、その政治家が政治に反映させようとしますが、何らかの都合の結果、「私(その政治家)は、この公共工事の必要性を認める」となったとしましょう。

すると、議会の場に、その政治家は、その地元の大勢の人々の意見とは違う内容を出すことになります。
しかし、「その政治家も国民の一人である」と私達は気が付くでしょう。

ですから、議会で、その政治家は以下のように主張できることに、私達は気が付くでしょう。

  「私の地元では、大勢の人々の意見として『この公共工事の必要性を認めない』となりました。しかし、私個人としては、後によく考え直したところ、『この公共工事の必要性を認める』となりました。ですから、私の意見は少数派となりますが、私も国民の一人です。ですから、国民の意見として(自分の意見として)、『この公共工事の必要性を認める』と議会で主張することが出来ます。私の意見は少数派の意見となりますが、私も国民の一人なので、自分の意見も国民の意見なので、この議会の場で推すことが出来ます。自分一人の意見も国民の意見と言えますので。私も国民の一人なので」

と。

つまり、議会の場で、その地元の大勢の人々の一致した意見を、堂々と否定し、彼が全く、その逆の個人的な意見を推すことも可能だ、と、わかるでしょう。

ですから、上に書いた仮の政治家のセリフ「私は、国民の意見を国政に反映させたい」は、以下のように書きなおせるとも気が付くでしょう。

  「私は、(自分自身という名の)国民の意見を国政に反映させたい」

と。

--------------------------------

つまり、このような、詭弁とも思えるような形で、自分一人の意見を貫くことが、議会でも実行できることがわかるでしょう。
なぜならば、その政治家も国民の一人なのですから。

この手段を使えば、結局、「自分一人のための政治が実行できる」となり、「たとえ、民主主義政治の実行下でも、独裁政治と呼べるものが実行可能だ」と人は気が付き始めるのではないでしょうか。

これが「なぜ、実行可能なのか?」と、私達が考えるに、「これは、現代まで続いている代表民主制の民主主義政治の欠陥あるいは落とし穴だ」と感じるのではないでしょうか。

■:代表民主制が導く方向として

外国でも、選挙カーが走っているかどうかはわかりませんが、選挙に立候補した人が、選挙カーに乗って、マイクで以下のように言っているのを記憶しています。

  「どうか、私に政治をお任せください」

と。

そして、有権者の中でも「あの人に政治を任せよう」ということで、投票する人もいると思います。

私は、これは良くないと思います。
人は、自分の幸福は自分で作らないといけません。
しかし、「誰かに政治をお任せし、その政治家(その当選した立候補者)が、政治を実行することにより、投票した有権者達(私達)に、幸福を配ってくれる筈だ」あるいは「他の人(政治家)が私達(有権者達)に幸福を持って来てくれる筈だ」という考えになり、こうなると、その投票した有権者達が次第に、依存的な性格になるように感じます。

「依存的な性格」というのは、わかりやすく書くと、「甘えの心」です。

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依存的な性格というのは、その性格を持つ人の、自立心を妨げます。

今の代表民主制というのは、これは結局、「政治を、少数の人達にお任せしよう。そうすることにより、その少数の人達が、私達に幸福な生活をもたらしてくれるだろう」という、他者(立候補者達)に対しての、お頼みの精神、つまり、依存的な性格の形成を助長しているように見えます。

また、ここまででわかるものの一つに、今までは、本来ならば、民主主義は直接民主制で行われなければいけないところを、時代環境が整わなかったので、いた仕方なく、仮の政治システムである、代表民主制が実行されていたのだ、と気が付くでしょう。

私達がテレビや新聞で、よく見かけている政治システムは、代表民主制であり、つまり、これは「仮の政治システムだったのだ」と、私達が思い出せば、当然、「真の政治システムであるところの、直接民主制を実行しないといけないだろう」と、自然になるでしょう。

■:終わりに

ですから、私としては、民主主義の本懐であるところの、直接民主制の実現可能ラインも見つかった事ですので、直接民主制の実現・実行を多くの人々が願えば良いのではないかと思います。

本記事は長くなりましたが、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


                                        坂本  誠

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