学び・教育 Feed

2018年8月18日 (土)

三千二百八十一: 学校の宿題について_No.3

こんばんわ。

三千百三十三:学校の宿題について_No.2』の続きです。

昨今、「学校の宿題の量が多過ぎて困る」という手合の話題を耳にする機会がありました。
これについて書いてみます。

文末の方に、過去記事を並べており、その過去記事中にも書いていることですが、「宿題」というものは、「量が多過ぎて困る」どころか、まず、学校側が生徒側に与えることが出来ない代物(しろもの)だと言うことが、私達にわかります。

というのも、ちょっと以下の疑問を考えてみましょう。
学校の先生が、生徒達の放課後の時間を拘束できる権利があるだろうか?」という疑問です。

この疑問には、誰もが同じ答えを返すことでしょうが、その疑問の答えとして、私達が言うことには、

  「学校の先生が、生徒達の放課後の時間を拘束できる権利なんて、持っている筈が無いじゃないか

でしょう。

ですが、それにも関わらず、学校の先生達が生徒達に言うことには、

  「あなた達は、放課後である自宅にいる時間に、私の出した宿題をやってこないといけない

となると、それは、生徒達の放課後の時間を拘束していることになるでしょう。

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これは、会社でも同じ事であって、会社側が従業員達の就業外の時間を使用することが出来ないのと同じです。

もし、会社側がそれを従業員達に強要するのならば、それはサービス残業と言われるものです。

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学校の先生が、生徒達の放課後の時間を拘束できない以上、「家で私の出した宿題や予習・復習をやって来なさい」とは言えないことに、人は気付くでしょう。

ですから、私達の社会で見かける宿題とか予習とか復習という行いは、「これは一つの慣習の下に行われている行動だ」と、私達は気が付くことでしょう。

なので、学校の生徒の側からだと、「先生の出した宿題や予習や復習を断ることが出来る」ということが私達に理解できます。

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ですから、私が冒頭で書いた、私の耳にした話題であるところの「学校の宿題の量が多過ぎて困る」という問題に至っては、まず「生徒の側は宿題を断ることが出来る」という視点で考えてみると、、、

う~ん、ちょっと、何と書いて良いか、こちらがわからないぐらいですね。

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私が下に並べた過去記事にも似たようなことを書いていますから、読まれたい方は、以下のURLをクリックして、該当記事にジャンプして読んでください。

(※追伸記事:これだったら、マズイことをしているのは、学校の先生の方だ、と言えないでしょうか。追伸記事を終わります。)

 

 

(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千百三十三:学校の宿題について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/_no2-4ff2.html
(Wikipediaより抜粋引用)
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●宿題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%BF%E9%A1%8C

宿題(しゅくだい、英:homework, homework assignment)は、学校教育等において、教師が児童・生徒・学生に課する自己学習の課題のこと。 (、、、以下、省略)

最終更新 2018年7月30日 (月) 00:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

『三千百三十一:学校の宿題について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-0afd.html

『三千百二十七:学校のいじめ問題を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-9943.html


                                       坂本 誠

2018年7月 1日 (日)

三千二百七十: 教育について_No.3

こんばんわ。

三千二百六十六:ある性格の人々を見て(独白)』と『三千二百六十五:教育について_No.2』を足し合わせたような記事です。

『三千二百六十六:ある性格の人々を見て(独白)』で、次のように書きました。
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>その人々の特徴とは「新しいことを学びたくない」という願いを持っていることである。
>その人々に、「あなたは、なぜ、新しいことを学んだり、知識を吸収しようとしていないのですか?」と聞いてみると、意外な答えが返ってくる。

>その答えとは、

>  「自分の方が年長者なので、新しいことを若い人に教えてもらうのが、恥ずかしいし、私のプライドが傷つけられるからだ」

>という返答等が返ってくる。
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このような方は、新しいことを学ぶのが嫌なので、次第に、頭を働かさなくなるので、認知症を手助けしているように感じます。

ここから、さらに疑問が進みました。

その疑問とは、

  「彼(あるいは彼女)は『年長者の方が偉いので、若い人に教えてもらうのが恥ずかしい』と信じ込んでいる。つまり、ある種のプライドが出来上がっているのだけど、このプライドは、どのように形成されたのだろうか?

という疑問です。

この種のプライドが、どのように彼の内部で形成されていったのかを、考えてみると、それは、やはり、社会全体に及んでいる教育システムとか、慣習が、彼をして、そのような性格作りを行っていったと私は見ています。

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私達の教育システムを振り返ってみましょう。

幼い頃から、学業的な知識を無理矢理、詰め込まれ、そして、彼等は徹底的にテストされています。
そのテストによって、彼等は(つまり、私達も)、競争と比較の世界に閉じ込められています。

そのスタイルや雰囲気を感じるに、学校側が「幼い人々に何らかの知識を与えよう」という、心の姿勢よりも、学校側が学問的な知識を使いつつ、多くの生徒達に「お前達に競争精神を植え付けてあげよう」という、心の姿勢を、私達は感じることでしょう。

つまり、私が感じるところ、現代の教育システムだと、「何らかのジャンルの知識吸収の面白さを伝えてあげよう」ということは無く、もっぱら競争重視のため、多くの生徒達は(他ならぬ私達そのものが)、「何らかの新しいジャンルを学ぶことは苦痛だ」という意識が、多くの人々の心の中に形成されていると思います。

つまり、多くの人々がテスト多用や競争原理のマイナスの効果によって、「本来、私は勉強が嫌いなのだ」と感じる人が多いと思います。

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人々の心の内部に、「私は勉強が嫌いだ」という苦痛の精神が形成されているとあるならば、どうして、その人が、学ぶことに楽しさや有意義さを感じることが出来るでしょうか?(いや、出来ないだろう)

ましてや、激しい競争の結果、さらに「自分より、年齢の下の人に教えてもらいたくない」という心も形成されることでしょう。

なぜならば、多くの学校では、学年の上のものが学年の下の人に知識伝達等を行う場合もあるからです。

ですから、これだと、「年齢の上の人の方が、年齢の下の人の方よりも、常に優秀であったり、あるいは、常に教え導いたり、あるいは、何らかのことで、常に年齢の上の人の方が有利であるに違いない」という、誤った観念が、彼(あるいは彼女)の内部に、固く形成されるであろうからです。

これだと、彼は勉強嫌いにもなった上に、かつ、年下の人にも教えてもらうのが恥ずかしくて苦しいから、彼がさらに年齢を重ねると、さらに、彼は苦しくなることでしょう。

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つまり、これだけの苦痛を形成した原因を見ると、私が上に書いたように、現在の私達の教育精神とか、社会概念などに、強力に刷り込まれている「競争」と「比較」の精神でしょう。

実際には「何らかの新しいジャンルの知識を吸収する」ということは、誰にとっても、楽しいことなのです。
喜びです。

「何らかの新しいジャンルの知識を吸収する」というのは、私がそのような表現をしたいから、そう書いたのですが、一般にわかりやすく書くと、「新しい知識を学ぶ」ということです。
私自身は、「学ぶ」とか「学問をする」という表現自体も、非常に堅苦しいものを感じますので、「甘い空気を吸うが如くに、自然に、新しい知識を吸収する」という表現を好むので、「何らかの新しいジャンルの知識を吸収する」という表現をしています。

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本来、何かを学ぶのが面白くてしょうがない筈の人間なのに、「なぜ、学ぶのが嫌になったのか」を考察すると、幼い頃からの大量のテストによって、比較され続け、競争精神を心の底に植え付けられた結果、人が学ぶことが嫌いになったと思います。

つまり、私がこの記事の主旨を、見つめ続けてみると、私達の社会に根ざしている「競争」と「比較」の精神に問題があると言えるわけです。

この記事で挙げた問題の原因を、私なりに書いたわけですので、この問題の解決を行う方向とは、つまりは、私達の社会に根ざしている「競争」と「比較」の精神を、私達が捨て去って、私達は新たに「協調」や「協力」の精神を養うことが、問題解決の回答の一つとなると思います。

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報道を見ても、彼等が以下のような熱弁等をふるっている光景を、私達はしばしば見かけることでしょう。

  「競争が大事だ。何よりも、我々は競争を愛すべきだ」

と。

ちょっとばかり、例を挙げてみると、小学校ぐらいの同年齢の生徒達で、同一のテストを受けさせており、そのテストの結果を、世界各国に伝えています。
そして、その年齢の生徒達で、「どこの国が一番か」とか「どこそこの国が最下位だ」と、報じています。

そして、その成績結果を世界中の人に見せて、

  「さあ、我々は、あの国の学力レベルに負けてはならない。だから、我々は一生懸命勉強するんだ」

と、まるで、高い壇上から拡声器を使って、多くの人々に伝えている光景を、私達は見かけたことも多いことでしょう。

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そして、私達は、次なる疑問を抱くでしょう。

  「なぜ、私達は競争しないといけないんだ?」

と。

そして、世を詳細に見つめ続けていると、資本主義原理が多くの国に導入されており、その資本主義原理が競争原理そのものだからこそ、私達に競争精神が幼い頃から、強要されていることに気付くでしょう。

ですから、彼等としては、

  「ほら。私達は競争原理の経済原理を導入しているから、私達は競争しないといけない。もし、その競争に負けると、お前達も知っていると思うが、競争に負けて、倒産した会社の元社員のように、みすぼらしい雰囲気をまといつつ、困窮の生活と共に苦しまなければならないからだ。お前達が、その苦しみの生活を味わいたくなければ、お前達は我々の言うように競争し続けるんだ」

と言っていることに気が付くでしょう。

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そして、その競争の結果を、多くの人々にわかりやすくするためには、数値の多用が必要となってきます。
ですから、私達が幼い頃より受け続けたテストも数値だらけだし、私達の日常生活の中で、必要物資を手に入れる際にも、お金の使用ばかりを推奨されています。

この「お金」というものが、少なくとも、日本社会の大勢の人々に強要された件については、私がよく引用している以下の文献を、どうか、再読してください。

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『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html
司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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つまりは、為政者の人々が、「あなた達は、日常生活の中で、必要物資を手に入れる際には、お金というツールを使用しなさい」と、強要してくるわけです。

これにより、お金というツールが、やがては「人間社会の間で必要不可欠なツールだ」と、多くの人々が思い込み始めると、お金というツールが、そのコミュニティの間では、絶対権力を持つようになってきます。

その結果、私達の人間社会でも、よく見受けられるような、「お金が無ければ、人は生きていけないのだ」という考えが定着するようになります。

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今でも、多くの人々は、お金を愛する人が多いかもしれませんが、その「お金を愛する」という、お金への愛の心は、「お金が無ければ、人は死んでしまう」という、恐怖心から生じている、と、人は気付くでしょう。

早く言えば、「お金への愛」というのは、言い換えれば「お金が無ければ死ぬ」という恐怖心の裏返しなのです。

要するに、上の引用文献『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』に見られるように、為政者の人々が「あなた達はお金というツールを使用しなさい」と言いながら、私達にお金を与えたのですが、これによって、多くの人々を、お金によって、拘束することが出来る、ということがわかるでしょう。

いわば、彼等は過去から今日に至るまで、私達を恐怖によって、支配しているということになります。

彼等としては、

  「あなた達がお金を失うと、あなた達は、みすぼらしく苦しい生活を送り、あるいは死にますよ。そうなりたくなければ、歯を食いしばって、競争に励みなさい」

と、彼等は、そのようにしていることがわかります。

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また、そのようにお金が人間社会の中で絶対権力を持っていると、そのお金を大量に持っている、彼等としては、大いに威張ることが出来る、ということが、私達にわかるでしょう。

そして、その絶対権力である、そのツールを、彼等の方が大量に持っているのだから、彼等以外の多くの人々を、盲目的に召使いとして扱えることに気が付くでしょう。

だからこそ、彼等としては、

  「多くの人々よ。お前達は、もっともっと多くのお金を愛しなさい(なぜならば、お前達がお金を愛すれば愛する程、私達が、お前達を支配することが出来るのだからな)。」

と言っていることがわかるでしょう。

ですから、さながら、多くの人間とは、言ってしまえば、蟻地獄の中に吸い込まれていく、多くのアリ達のことであり、蟻地獄の中心で、待ち構えているのは、彼等だ、とも表現できるでしょう。

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つまり、私達の生活の隅々に至るまで、上記のように、多くの人々を恐怖心で煽ることによって、この世界が成り立っていることがわかります。

ここから、私達の社会の隅々に至るまで、極端な数に至るまでの競争が起こされているので、「私達の社会は競争づくめになっている」と、私達は理解することが出来ます。

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ですから、この記事の冒頭で挙げた問題点であるところの、現在の私達の教育精神とか、社会概念などに、強力に刷り込まれている「競争」と「比較」の精神から解放されるには、「競争」と「比較」の精神を放棄して、「協力」や「協調」の精神の追求、ということになるでしょう。

こうすることにより、私達の心の内部に形成された見栄(みえ)とかプライドも消えるでしょう。

また「何歳になっても、何らかの新しいジャンルの知識を吸収する」ということが、喜び、この上ない、私達の幸せの一つとして、私達の心中に蘇ってくるかと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百六十六:ある性格の人々を見て(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/06/post-c3d9.html

『三千二百六十五:教育について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/06/_no2-117e.html

『三千二百六十一:教育について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/06/post-8bea.html


                                       坂本 誠

2018年6月21日 (木)

三千二百六十五: 教育について_No.2

こんばんわ。

三千二百六十一:教育について』の2段目です。

前段からの続きのような話題を、つれづれなるままに書いてみたいと思います。

前段『三千二百六十一:教育について』でも、同様のことを書いているのですが、結局、現代の世の多くの人と言うのは、「私が社会に出て、世に多くの貢献が出来るよう、今、私は知を学んでいます」と言うよりも、「私が社会人になって、就職先において、より多くの給金を頂くために、今現在、私は学校で勉強しています」という方の方が、圧倒的に、多いと思います。

これは、悲しいことに、前段でも紹介したように、過去の為政者達によって、世の中が、お金だらけの社会にさせられてしまったからです。

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お金だけとは言わず、どちらかと言うと、学校の競争精神に呑みこまれてしまったがために、学校の勉強において、競争の結果、「トップに近い成績を納めるために、今現在、勉強している」という人も、多いと思います。

どうしてかと言いますと、学校の中の試験の中で、トップの成績に立てば、成績優秀にて、賞状などをもらえるかもしれません。
そのように、周囲の人々から、チヤホヤされるかもしれません。
また、そのような成績を納めますと、将来的に、より上の学校に進むことが有利になる条件が整えられている、学校システムも多いことでしょう。

ですから、世の多くの生徒達が、「自分が、その成績優秀の状態を獲得したい」というのが、真の動機となって、学校の勉強を頑張っている人も多いのではないでしょうか。

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このようになってきますと、その人の勉強の真の動機というのは、例えば、よくマスメディアに立たされた生徒達の発言内容であるところの、「私は、将来、社会の役に立つために、今から勉強を、、、」という動機を詐称していることになります。

「詐称(さしょう)」というのは、「嘘をついている」ということです。

というのも、私の学生時代等も、既に、偏差値教育ばかりが重視されており、競争礼賛の世界となっていたため、同様の状況が、多くの学生達の間に存在していたからです。

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ですから、真の動機として、「私は他の人々よりも優越感を得たい」と言う方が、私のところにやって来て、「坂本さん、どうやったら、あるジャンルの学問を好きになれるでしょうか?」と、質問してきても、それはお門違い(おかどちがい)となるでしょう。

なぜならば、「あるジャンルの学問を好きになりたい」という方向と、「他の人々よりも優越感を得たい」という狙いの方向は、完全に違っているからです。

仮に、「他の人々よりも優越感を得たい」という方が、「あるジャンルの学問を好きになりたい」と言って来ても、その人の
真の狙いは、「他の人々よりも優越感を得たい」ということです。

ですから、その人の真の狙いを考慮してみると、彼(あるいは彼女)の真の狙いを達成するためには、あるジャンルの学問を好きにならなくても良いわけです。

「他の人々よりも優越感を得たい」という願いを達成したいのならば、特に、何かの学問を好きにならなくても、その他の達成手段は存在するかもしれません。

何とならば、世には学問以外にも様々なジャンルがありますので。

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しかし、そのような人は、心の奥底に、「自分は優越感を得たい」という願いを持っているのですから、そのような動機を持ちたいと言うこと自体が、「学問を如何にすべきか」という問題よりも、完全に別問題と言えるでしょう。

このブログの読者の方でも、周囲の人で、「私は他の人々よりも優越感を得たいのです」と公言する人を見かけたら、読者の方も、現在実行している何らかの作業を中断して、その公言している人の肩を叩きながら、「ちょ、ちょっと、あなた、、、」という類の会話が始まると思います。

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しかし、実際には、そのような人は多いと思います。
なぜならば、現代の偏差値教育などで、競争礼賛の世界が成り立っていれば、競争に勝つことによって、今まで、周囲の人からチヤホヤされ続けていたら、自ら、そのような、競争を愛する人になり、強いては、優越感を得たい人になっている可能性が高いからです。

これなども、現代の競争教育による犠牲者と言えるでしょう。

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■:『競争に打ち勝ちたい人』の場合

日頃、注意深く、周囲を見回すと、「学問を愛する人」と「競争に打ち勝ちたい人」との違いに気が付くようになると思います。

後者の方の「競争に打ち勝ちたい人」の勉強に対する姿勢と言うのは、たいていの場合、刻苦勉励(こっくべんれい)するような勉強の姿勢が見られるようになります。

なぜならば、上にも書いているように、その人の心の奥底では、本当に学問を愛していないからです。
「競争に打ち勝つ」というのが彼(あるいは彼女)の本当の願いですから、周囲の人から見て、彼が、刻苦勉励しながら、勉強をしている姿を見ても、彼の雰囲気に苦痛を感じ取ることでしょう。

なぜならば、彼の真の目的とは、「あるジャンルの知識を身に着けたい」ではないから、無理矢理にこそ、そのジャンルの知識を身に付ける必要があるからです。

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ですから、多くの人も、テレビや漫画や小説の中に描かれているのを、よく見かけたこともあると思うのですが、ある生徒が、額にハチマキを巻いて、夜遅くまで、勉強机について、勉強しているシーンを見たことでしょう。
そして、眠気を払うために、幼少の頃から、多くのコーヒーを飲んでいます。

つまり、このような勉強スタイルだと、彼は、幼少の頃から、苦痛を噛みこらえながら、あるいは、身に降りかかって来ている苦痛を噛み殺しながら、自分の学ぼうとしているジャンルと格闘しているわけです。

自分の学ぼうとしているジャンルと、既に「格闘」しているので、つまり、彼は、自分の学ぼうとしているジャンルに対して、苦痛を感じているわけです。

これだと、「あるジャンルの学問を愛したい」とは、逆に、遠ざかっていることが私達にわかります。

わかりやすく書いてしまえば、「彼は無理矢理、その勉強をしている(或いは、させられている)」ということが、私達にわかります。

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そして、このような人の兆候としては、やはり、証(あかし)を求めている人が多いです。

証(あかし)というのは、例えば、どこそこ学校の卒業証書とか、全国テストでの何番の成績証書とか、その手の類のものです。

本当に、ある学問体系の求めるものとしては、例えば、その手のジャンルの知識の量とか、その手のジャンル上での、何らかの法則を解析する技量とか、その手のジャンル上での、法則を応用した、一般社会への技術とか、そのようなものです。

しかし、今私が話題としているような人の兆候としては、それらの学問の本質が第一に必要なのでは無く、卒業証書とか、何らかの成績証書を求める傾向があります。

わかりやすく書いてしまえば、「有名学校を出ていたら、カッコいいじゃないか」というものです。

なぜならば、有名学校を出ていることが、彼(あるいは彼女)の社会的なパスポートとなり、「様々な場所に行っても、そのパスポートを見せれば、何の御咎めも無しに、その門をくぐることが出来る」と、彼は考えているからです。

これなども、ずっと根拠をたどってみると、結局、私が冒頭に書いた「私は他の人よりも優越感を得たい」というのが、彼(あるいは彼女)の真の動機となっていることがわかるでしょう。

結局、この「優越感の追求」という願いは、「見栄(みえ)を張る」というのと、同じ行動になってくるのがわかるでしょう。

ですから、仮に、このような方が、「さて、何かの学問を学ぶ必要がある」と言うと、その直後には、「この手のジャンルの有名学校はどこにあるのか?」とか、続いて、「その有名学校に入るだけの軍資金は、足りているだろうか?」というセリフが出て来やすいものです。

なぜならば、彼が、その手のジャンルの学を学ぶに当たり、その手のジャンルの知識量なり技量よりも、その手の学校の卒業証書という肩書きの方を、彼は愛しているからです。

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■:『学問を愛する人』の場合

かなり、前者である『競争に打ち勝ちたい人』の説明が長くなりましたが、ここからは後者である『学問を愛する人』の、想定できる勉強風景を挙げてみたいと思います。

あるジャンルの学問を愛する人にとっては、肩書きというものは一切必要ありません。
彼(あるいは彼女)の欲しいものは、そのジャンル上での、知識量なり技量です。

テストの成績の数字も、彼(あるいは彼女)には一切必要ありません。
ですから、彼の勉強風景としては、頭にハチマキも締めていないし、額から脂汗が出てくることも無いでしょう。
確かに、その手のジャンルの知識を吸収すること自体が大好きですから、そのことによって、夜更かしすることもあるでしょう。
しかし、彼(あるいは彼女)は、喜びの最中にありますから、そのような時でも、その手のジャンルの話題をしながら、穏やかな微笑みを浮かべつつ、周囲の人々と談笑しているかもしれません(当然、彼の談笑している、その話題内容も、その手のジャンル上の内容だとわかります)。

多少、難問にぶつかっても、その難問を突破する事自体も、彼(あるいは彼女)の喜びですから、わき目もふらずに、彼は、ガリガリと進むだけです。

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しかし、現在の競争教育だと、よく報道で見かけるところだと、様々な外国の人々と比較されているのに気が付くでしょう。

このように、世を挙げて、あるいは、国を挙げてまで、学問上での競争が推奨されていると、次第に、世の多くの人々も、「競争こそが素晴らしいのだ」という考えに染まり始めます。

よって、この記事の冒頭から書いているように、「あるジャンルの学問を楽しく学ぼう」というよりも、「あるジャンルの学問によって、優越感を得よう」という、願いの人が増えてしまうことでしょう。

こうなってくると、学問というものの、本末転倒の状態が多発してしまうことでしょう。


                                       坂本 誠

2018年6月 8日 (金)

三千二百六十一: 教育について

こんばんわ。

教育について思いついたことを書いてみます。

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■:義務教育について

「義務教育」というものが、全ての国民の幼少時代から、青少年時代にかけて、義務付けられています。
これなども、「強制教育」とも言い換えられると思います。

なぜならば、「義務」として課せられていると言うことは、当然ながら、その課題を、有無を言わさず、強制させることが出来るからです。
ある意味、スパルタ教育と言えるでしょう。

そして、この「義務教育とは、なぜ発生したのか?」と、人は不思議を感じるかもしれません。
なぜならば、「義務教育制度」というシステムは、江戸時代以前には、日本に存在していませんでした。
「寺子屋」と呼ばれる学問を教えてくれる場所があったので、勉強のしたい子供が自主的に、その「寺子屋」に行って、学ぶだけでした。
そして、さらに学問をしたい人は、日本の各地の「藩」が提供していた「藩校」と呼ばれる教育システムがあったので、そこに行って学んでいました。

ですから、「国内の全ての子供達に学を与えよう」という発想自体は、江戸時代以前の日本にはありませんでした。

この義務教育発祥の理由は、江戸時代から明治時代に変遷した、明治政府の意向であったことが知られています。

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そして、明治政府の意向が、現在に至る現行政府まで受け継がれています。

この、明治政府を設立した中心人物達の意向が、現在まで、色濃く日本に影響を与えています。

この、明治政府を設立した中心人物達というのは、その時の歴史を見ても、わかるように、江戸時代の鎖国制度を終わらせ、富国強兵策を打ち立て、この、富国強兵策を国の柱としたのです。

なぜ、富国強兵策が建てられたのかと言うと、当時のヨーロッパ諸国は、世界中に進出して、世界各地を植民地にしていきました。
そして、江戸時代の終わりごろになると、当時のヨーロッパ諸国のちからが、日本にも及んで来て、日本は、かなり圧力をかけられるようになります。

当時のイギリスと、長州藩(現在の山口県)が戦争をしたこともあります。
しかし、いずれも、日本の側は手痛い敗北を喫しています。
そして、日本の内側には、どんどん、西洋諸国の影響が現れ始めます。

最初、日本は「尊皇攘夷」と言って、「天皇を立てて、外国を打ち払おう」という思想がありました。
しかし、外国を打ち払うことは出来ず、逆に、西洋諸国の力強さに恐れを感じるようになります。

その結果、「日本は外国に侵略されたくない。日本も西洋諸国のように強大な軍事国家となって、日本を守ると共に、外国を制圧すれば、日本は守られるし、日本が諸外国を侵略して行けば、諸外国からも日本のための利益を上げられる筈だ」という思想になって行きます。

これが、江戸時代から明治時代にかけての、日本に現れた富国強兵策です。

この、富国強兵策というのは、つまりは、軍事国家の成立と、その発展を目指しています。
そのためには、一人でも、国民が豊富な知識を身に付けて、諸外国に負けないようにしないといけません。
現に、その倒されたくない西洋諸国の社会システムと見ると、「学校」と言って、多くの国民の子供達を強制的に学ばせています。
この社会システムを導入したのが、現在の日本の教育システムであることがわかります。

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富国強兵策というのは、これは日本の歴史だけではありません。
そして、この「富国強兵」という単語は、古代中国、戦国時代の中国の秦の時代に作られています。

当時の、中国大陸でも、近隣諸国と戦うために、国の全ての国民を導入してでも、「隣国に打ち勝つべし」という政治的な意見が出るようになりました。
その意向が、「富国強兵」という中国の故事成語を生みました。

中国の戦国時代の富国強兵策も、明治時代初期に国是として打ち出されていた富国強兵策と、ほぼ変わりがありません。

全国民のちからを使ってでも、隣国を倒そうとするのですから、国内の全国民に強制させる程の法律を作成して、それを実施させます。
この、中国の戦国時代は、約2000年前に終了していますが、世界史を見ても、この富国強兵策を国是とした、国は、そのほとんどが似た歩みをしています。

要するに、挙国を挙げてまで、隣国との戦争に打ち勝ちたいわけですから、そのためには、全国民を強制的に、富国強兵策に沿った政治内容を実施させないといけません。
そして、その結果、得をするのは、それらの富国強兵策を実行させた、ほんのわずかの為政者達が利益を上げます。

なぜならば、「富国強兵策を多くの国民に実行させた」ということは、その、富国強兵策に沿った政治内容を全国民が実行するので、そのパワーから生み出された、何らかの巨大な利益を、彼等が取得することが出来るからです。

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このような時代背景、国際背景、政治背景の下に、明治時代初期の国是が、ほんの一部の政治世界のトップの人々が決めていったわけですから、明治時代初期の政治の実効策というのは、非常に暗いものがあるとわかります。
現に、この明治時代初期の国是が、その後の、戦争国家の日本を進めて行ったからです。

ですから、これらのいきさつを知っていれば、現代にまでつらなっている、義務教育が一種の強制教育であるとも、人は、その理解を進めることが出来るでしょう。

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■:現代の教育精神について

次には、現代の教育精神について、感じたことを書いてみます。

上の『■:義務教育について』を読まれても、読者の方は感じたかもしれませんが、私は、教育システムの根本にも、良いものを感じません。

現在、いろんな学校でも、生徒達の発言として、テレビ等で報道されている言葉としては「私は、たくさん学んで、社会に貢献できる人に、将来、なるつもりです」という発言内容を、よく聞くでしょうか。

そして、それを教える教師側の発言としても、テレビ等で報道されている言葉としては「あなたたち(生徒達)は、一生懸命勉強して、多くの学を積みなさい。それが社会への貢献になるし、また、将来のあなたたち(生徒達)の役に立つから」という発言内容を、よく聞くでしょうか。

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私が感じているところのものを、素直に、あっさりと書かせてもらうのですが、ほとんど多くの学生達の勉学向上の動機とは、次のようなものではないでしょうか。

  「私が、現在、多くの学を積んでいる動機は、将来の私の生活において、多くの給与(お金)をもらうためです」

と。

というのも、私達の身の周りの状況を見ても、わかりやすいものがあります。

なぜならば、「より高い学校を卒業した」という証があれば、その人は、優先的に、多くの給与がもらえるように、社会的にセットされているからです。
「より高い学校を卒業した」という人であれば、成人社会に出てからの、いわゆる産業社会中の、多くの会社が、「より高給をその人に与えるように」と、社会的にセットされているからです。

ですから、この逆の状況を、社会の方が認定するような状況であるならば、その人には、社会に出てからの給与が、より低くセットされているので、これだと、世のほとんど全ての生徒が、「私は、私の将来の生活において、より多くのお金を得るために、現在、多くの学を積もうとしているところです」のような動機になっても、仕方ないものがあると思います。

「世のお金というものを、少額しか所有していない人」というのは、世の多くの人々の思い込みから考えてみれば、その人は「みすぼらしい雰囲気をまといながら、苦しい思いをして、死んでゆく」という認識がなされているからです。

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また、教える側の教師の方にしても、そのような事情があるでしょう。

例えば、Aという教師がいて、その他のB教師やC教師よりも、そのA教師の教え子たちのより多くが、進学校とか有名学校に進学した、とあるならば、その教師の昇進の査定道具の一つとなるでしょう。

もとより、現在の学校の、そのほとんどの教師が、現代の教育システムの下で、学を積んでいたのだから、それらの教師達も、幼少時代からの勉強の動機としては、「私が、現在、多くの学を積んでいる動機は、将来の私の生活において、多くの給与(お金)をもらうためです」というのが、ほとんどではなかったでしょうか。

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要は、現代の教育理念というものも、お金絡みであることが多いだろう、というものです。

教育に関して、多くの美辞麗句があります。
例えば、「青雲の志」とか「蛍の光、窓の雪」とかでしょうか。

しかし、私の感じる、現代の教育理念だと、それらの美辞麗句の下にも、お金に対する欲望が潜んでいるわけですから、それらの美辞麗句に対しても、いわば、「破れてボロボロになった、錦(にしき)の旗(はた)」というものを感じるでしょうか。

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というのも、次のようなケースを考えてみましょう。
「今現代で、将来の自分の取得できるであろう、給与の額を全く考えずに、今、目の前に広がっている勉強内容を、本当に真剣に学ぶことが出来るだろうか?」という、この問いを、自らに与えてみると、話はわかりやすくなってくるでしょう。

逆に、もし、現代の学校の中で、本当に、全く将来の自分の給与のことを考えずに、ひたすら、勉学を懸命に積んでいる生徒がいるとしたら、それこそ、かなり注目に値するでしょう。

しかし、そのような人が、全く正真正銘に、心の奥底から「将来の自分の給与の額を全く考慮していない」という状態であることが、誠心誠意、事実であることが優先されますが。

そのような人は、本当に純粋無垢の状態で、学を愛し、学を積んでいることになります。
そして、そのような人に対しては「学を積んでいる」という表現は至らないことがわかります。
そのような、純粋の動機で、知識を吸収しているのだから、「学を積んでいる」という堅い表現は合いません。
まるで、甘い空気を自然に吸うが如く、そのジャンルの学の知識を、抵抗無く吸い続けるのですから。

一般に「勉強をする」と言う表現は、他に遊びたい事柄があるのを、どこか、耐えながら、我慢して、勉強するのだから、嫌々ながら「勉強している」ということになります。

ですから、「勉強」という単語には、どこか、苦痛を匂わせる表現が込められています。
しかし、「自分は学んでいるつもりは一つも無く、ただ、自分の好むジャンルの知識を、甘い空気を吸い続けるが如く、その知を吸収しているのみです」という人の勉学を行っているスタイルについては、それは、もう「勉強」とか「勉学」と言った、苦痛を内蔵している単語を使ってでの、表現は至らないことがわかります。

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現代の報道に上る、しばしば、お金絡みの不祥事と共に報道される教育関係の事件を見ても、理解が進むかもしれませんが、「お金による悪い誘惑によって、神聖なる学の領域が精神的に蝕まれている」と感じる人は多いのではないでしょうか。

ですから、私達は、お金に対する認識を少しでも変えた方が良いと私は感じるのです。

なので、お金に関する話題とつながっていくのですが、お金に関する話題は、私の、このブログの「ビジネス・投資」のカテゴリーに、その多くを、豊富な資料と共に掲載しています。

冗長な部分や、重なりの部分も出てくるので、お金に関する話題の多くは、このブログの「ビジネス・投資」のカテゴリーを参照してください。

ここでは、幾つかの過去記事と資料を紹介程度に、『過去記事』の欄に掲載しておきます。
これらの資料を読んだだけでも、私達の社会にお金を広げようとしていた人々は、他の人々よりも威張りたかったか、人類支配したかったかが理解できると思います。
お金という道具の数値の違いによって、その数値が高ければ高い人ほど威張れるように、現在の人間社会を設定したでしょう。

私達、人間がお金という道具による拘束から、少しでも精神が解放されるであろうことを願います。


(以下、上記記事に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html
司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

Photo

 

維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。
維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。

どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては、政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、ただ明治六年七月に「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけである。

これが高率であったこと、各地の実情にそぐわなかったことなどもふくめて、明治初年、各地に大規模な農民一揆が頻発するのだが、木崎村は、このときには一揆を起こしていない。
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(引用終わり)

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●『お金の原価はいくらなの?
http://homepage2.nifty.com/osiete/s418.htm

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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平成十二年度特別会計予算ベースで

一万円が約22.2円、
五千円は約20.7円、
千円札は約14.5円です。
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(引用終わり)

■②:
『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●100ドル紙幣を1枚作るのにはいくらくらい原価がかかるのですか? - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129971462

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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参考のサイト(アメリカの印刷局)の説明によれば、2005年実績で、約5.7セント/枚(86億枚印刷時)だそうです。
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(引用終わり)

上記のように、大変な安価で、お札を中央銀行で製造でき、かつ、その中央銀行の所有者というのは、

■③:
(Wikipediaより、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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●日本銀行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

日本銀行は、政府から独立した法人とされ、公的資本と民間資本により存立する。
資本金は1億円で、そのうち政府が55%の5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を政府以外の者が出資する。
2010年(平成22年)3月末日時点における政府以外の出資者の内訳は、個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、証券会社-%、その他法人6.5%となっている[1]。

最終更新 2014年6月19日 (木) 02:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
--------------------------------------
(引用終わり)

『二千五百四十一: 銀行制度についての種々の話題_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/06/_no4-8a1f.html
(上記記事より抜粋引用)
-------------------------------
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



ビデオの1時間00分06秒辺りからです。

●聞き手:
連邦準備銀行の議長とアメリカ合衆国大統領は、どのような関係が適切ですか?

Thrive_japanese__greenspan_2

■アラン・グリーンスパン(連邦準備銀行(FRB)、元議長):
まず第一に言う事は、連邦準備銀行(※筆者注:FRBのこと)は独立機関ですので、基本的に我々が行う措置をくつがえす事の出来る政府機関というのは存在しないのです。
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(引用終わり)

『二千五百八十三:銀行制度についての種々の話題_No.8』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no8-c8e8.html
●お金の問題点_0002.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=3ibrKBohE8o



『二千五百八十六:銀行制度についての種々の話題_No.10』
●「お金の問題点」の続き
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no10-9079.html
https://www.youtube.com/watch?v=T8DcvHSi-C8



(上記ビデオより抜粋引用)
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(村人達)
この村中かき集めても1000万円しかないのに、どうして1100万円払えるの?

と、村人が集まって言いました。


(銀行家)
みなさん、それは興味深い事ですね。
あなた方の生産効率はアップしませんでしたか?


(村人)
あなたはお金を作る事が出来るただ一人の人。
あなたは1000万円作っただけなのに、1100万円を要求している、、、
そんなの不可能だよ!


(村人達)
あなたがお金を取るので、この村にはお金が不足しています。
私達は必死で働いて利子を払っているけれど、ちっとも借金は減りません。


(銀行家)
もっとお金が欲しいんですかぁ?
でしたら、最近取得された物を担保にして、更に1000万円お貸ししますよ。


(村人)
まって、まって。
私達が一生懸命働いて、国は毎年発展するけれど、国の借金はますます増加する、、、


(銀行家)
国の文明化の程度は銀行への借金の大きさで測ることができるんですョ。
契約の神聖なる義務にのっとって、あなた方の資産を頂戴しましょうか?

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(引用終わり)

『二百五十三: News_No.298』
●「タイタニック号沈没」、「ケネディ暗殺」、背後にFRBの影
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/news_no298-e74a.html
http://internetviking.at.webry.info/201107/article_8.html

以下の緑の文字の文章は、該当HPを読んで自分の書いた感想文の再掲載分。

詳細は、該当記事をご覧ください。
1963年6月4日 米国大統領J・F・ケネディにより、政府紙幣の発行を財務省に命じる大統領行政命令 第11110号が発令され、米国政府の公式に作ったお札が発行されました。
それは、2ドル札と5ドル札でした。

しかし、その後、大統領命令、第11110号の取り消しの無いまま、その米国政府が作った公式のお札が回収され、代わりに、大変よく似たFRBの印刷した大量のお札が、市場に出回りました。

▼2ドル札「政府発行券」

1376229826676131153161

▼2ドル札「FRB発行券」

137622983883613115762_2frb1

▼5ドル札「政府発行券」

13762298594671322128511

▼5ドル札「FRB発行券」

137622987167913221385_5frb11

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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年4月23日 (月)

三千二百四十三: お金の問題点と人々がタブー視する社会問題について

こんばんわ。

三千二百四十一:お金の問題点を把握する』とか、お金の奥深い事情を書いていたら、やがて、通常、人々がタブー視している社会問題が見えてきやすくなることでしょう。

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例えば、私達の社会でよく見かける会社です。

世には、数多くの会社があります。
そして、それらのほとんどが、「地域社会の発展を目指して、自社の産業活動を展開しています」と語っています。
しかし、現実には、それらの会社のほとんどの本音とは、「自社の売上高の増加のみを目指している」というパターンではないでしょうか。

あくまで地域社会の発展というのは、表向きの発言であり、「金を得られるかどうか」が本当の狙いとなっているのではないでしょうか。

というのも、以前から書いていることですが、「人間は、(カバールやイルミナティ達の制作・配布している)お金が無ければ生きていけないのだ」という、考えや恐怖を、心底に深く刻み込まれている事態があるからです。

以下の文献を、再引用します。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にしています。

『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html
司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。

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維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。

どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては、政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、ただ明治六年七月に「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけである。

これが高率であったこと、各地の実情にそぐわなかったことなどもふくめて、明治初年、各地に大規模な農民一揆が頻発するのだが、木崎村は、このときには一揆を起こしていない。
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(引用終わり)

江戸時代には、日本の人口の8割から9割は農民であったことがわかっています。
ですから、実に、江戸時代までは日本の人口の8割から9割の人は、お金を使用していなかったことがわかります。

確かに、江戸時代でも、都市部ではお金が使用されていました。
しかし、比率から考えれば、日本の人口の1割から2割しか、お金を使っていなかったことがわかります。

よく、テレビの時代劇では、都市部の町民の暮らしぶりばかりが描かれているのに気が付くでしょう。
そのような時代劇中には、江戸時代の町民も、多くのお金を使っている光景が描かれていますね。
そうなると、私達は、「江戸時代でも、多くの日本人はお金を使っていたのだ」という誤った事実が、頭にインプットされてしまうことになります。

この、頭にインプットされた、誤った事実を消去した方が良いでしょう。

また、あなたも、日本の昔話の語られた絵本とか小説とかを読んでも、江戸時代の農民達が、大量の小判や古銭を手にして、物品の交換を行っている、という光景を見たことは無いでしょう。

そして、次に言えることが、上記のように、「社会の上の人」と言われる人が、どこからかやって来て、いきなり、日本の経済システムとか社会システムを、強引に自分なりにセットしたことがわかるでしょう。

時の為政者が、日本の経済システムを、全て、お金を基礎として、それを無理矢理、日本の多くの人々に使用させたことがわかります。

当たり前の話ですが、日本の中央銀行である、日本銀行も明治時代に設立され、日本の株式会社も明治時代以降に作られました。

話を元に戻すと、要するに、江戸時代までの日本人だと、その8割から9割の人は、お金を使わずに生きていたので、「絶対に、人間の間で、お金が無ければ物品交換などの暮らしが出来ない」ということは誤った考えであることがわかります。

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世の会社などで、お金が絶対視・崇拝視されている風潮があることは非常に大きな問題だと思います。

なぜならば、多くの会社には上司と部下がいます。
現在では、様々な上下関係がありますから、会社単位で考えるのならば、発注元と発注先(下請け)も、上司と部下と言えるでしょう。
また、正社員とアルバイトの関係とか、派遣先の正社員と派遣従業員も、上司と部下と言えるでしょう。

それらの上司と呼べる人々が、部下とも呼べる人々を、お金で拘束している状況も多々見かけるのではないでしょうか。

と言っても、言葉の上では、あまり、「お金」という単語は出てきません。
しかし、現実には、そのほとんどが、「お金」のみのこととして考えられているのではないでしょうか。

会社の上司としては、お金を使うことによって、部下を操れることに気が付きます。
なんとならば、その部下達も、お金目当てに、その仕事に就いていることが、非常に多いからです。

だから、会社の上司が部下を叱る言葉の一つとして、

  「俺の言うことを聞けず、この仕事が嫌だったら、辞めろ」

という言葉があるでしょう。
しかし、実際に、この言葉を言い換えてみると、

  「お前達は、お金が欲しくて、この仕事に就いているだろう。給金として、俺からお金を得たければ、俺の言うことに、全く口を出さずに、ただ、言われた内容の事のみを、(命令的に)さばけ」

実際には、上記のような、そのほとんどが、お金の脅しによって、何らかの仕事が進んでいる場合が多いのではないでしょうか。

また、部下の側も、主に生活費が必要なために、その手の仕事に就いているだけの場合もあるでしょうから、そのような場合だと、

  「我々は、ただ生活費が欲しいだけだから、職業倫理のことなんかは全く関係無く、ひたすら考えていることを打ち消して、ただ黙って、作業するだけにしよう」

と、このような場合も多いのではないでしょうか。

つまり、はっきり言って、全ての仕事が、お金と絡み合わされているので、このような状況が発生しており、職業倫理というのも、お金によって、完全に腐敗化あるいは破壊されていると言えるのではないでしょうか。

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そして、上では会社のことを書きましたが、人は会社に入る前には、たいていの場合だと、会社で人生を送るために、何らかの学業を修めようと努力しています。

あっさりと素直に書いてしまうのですが、少なくとも、現代の日本社会での、学生の方々は、主に、社会人になってからの高給を目指しているために、学校で勉強しているのではないでしょうか。

なぜならば、日本以外の社会でも多いかもしれませんが、高い学校を出たほど、社会に出てからの企業側で、高給がセットされているからです。

この、社会人になってからの高給を得たいがために、幼い頃からの勉強に励んでいる場合が、ほとんどだと思います。
なぜ、高給の方が良いかというと、解説しなくても良いかと思いますが、高給であれば、より多くの物品が手に入るので、その人間の方が、安心して、生活できるように、社会の方がセットされているからです。

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ですから、実に多くの人が、小さい頃から、本心としては嫌な勉強ばかりを強要されつつも、テレビ等に映る際には、「私は、たくさん勉強して、社会に出て、社会の役に立つ人になります」という、あの、ほとんど文面の決まったセリフが語られているのではないでしょうか。

しかし、私の書いているブログでは、カバールやイルミナティがお金を作り、それをもって、人類支配しようとしているので、お金を愛する方向に向かい、お金重視の社会に出ると、結局、カバールやイルミナティから見れば、その人達は、彼等の尖兵として使用されることがわかります。

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結局、職業倫理も、学業における純粋な向学心というのも、お金というツールを使って、目茶目茶に破壊されていると言えるでしょう。

このように、お金というツールを調べて行けば、通常、人々がタブー視している社会問題の実体を掴みやすくなるでしょう。

会社とか学業に関する、お金の問題を見てみましたが、その他の状況も考えられますので、それらについては、折に触れて、考えて見ることにします。


                                       坂本 誠

2017年9月27日 (水)

三千百八十: 私達の教育内容を、改めて見直してみると

私は、「教育熱心」と呼ばれる行動に恐ろしさを感じてしまいます。

どこかの親が、自分の子供に対して、思想教育や、常識教育、あるいは、学校教育に熱心な態度を思い浮かべて下さい。

その行動は、つまり、その子供の心に、その親が認めただけの思想に染ませて、あるいは、その親の便宜のために、その子供を教育しているわけです。

20110502120501

 

「常識教育」となると、例えば、「箸を扱うのは右手だけにしなさい」とか、「学校に行って、優秀な成績を納めることが、世の素晴らしいこととされているのだ」等です。
それらの常識とされている情報を、親の言葉の手を使って(つまり、会話によって)、メモリーの入っていない、あるいは、メモリーの少ない状態である子供の脳の記憶領域に、それらの情報を刻み込んでゆくのです。

結果、その子供は、親の思想のコピー物となった、ロボットのようにふるまうようになることでしょう。

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なぜ、この思想教育や、常識教育、あるいは、学校教育に恐ろしさを感じるかというと、それは、「幼い子供の心の自由性を奪っているからだ」と気が付くでしょう。

一般に、他の人の自由を奪う行為というものを見て、人は恐ろしさを感じますが、私達の世界にありふれて見ることの出来る、数かすの教育実践行動を見て、どれほどのものかが推測できると思います。

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これだけでも、私達の世界にありふれて見ることの出来る、数かすの教育実践行動に恐ろしさを感じますが、さらに言えるのが、この世界は、カバールやイルミナティ達にとっての、奴隷社会でありますから、当然、私達の教育内容というのは、イルミノイドの大量養成宿舎である、ということです。

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実際に、イルミナティ達が大量制作・大量頒布している金銭を盲目的に崇拝し(つまり、それを行うことにより、イルミナティを崇めることになるのですが)、人々同士での競争に明け暮れるように、と、推奨されます。

金銭を盲目的に愛し、そして、周囲の人々との競争に明け暮れるのを好むようになると、次第次第に、良心や正しさを愛する心が消失していきます。

それこそが、イルミナティの望むイルミノイドの姿勢なのです。

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実際に、金銭至上主義に陥るようになると、「金銭こそが最上のものなり」となって、汚職が流行る現代社会そのものとなるでしょう。

あるいは、金銭に窮すれば、簡単に、金銭を得る為の犯罪を行うようになるでしょう。
なぜならば、「金銭こそが最上のものなり」と、人々の間で知られるので。

つまり、イルミナティ達が大量制作・大量頒布している金銭を崇拝し、かつ、イルミナティ達が思想教育をしている、競争社会を好むようになると、その人の心の愛は、次第次第に消失していくことがわかります。

早い話が、人の心が死んでいきます。

イルミノイド達の将来は、やはり、イルミナティになっていくことがわかります。

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さらに驚くべきことは、これほど、教育熱心な世界に対して、今までの多くの人々が、「これが世の出世街道だ」と言われつつ、この教育熱心な世界が作り上げられ続けたことです。

20110404110203

 

つまり、この世界全体が、イルミノイド養成学校であり、要するに、イルミノイドを大量養成しようとしているのですが、「この、私達のいる、競争社会こそが、素晴らしい世界なのだ」という、非常に派手な美意識過剰と思えるほどの宣伝をもって、「私達の数々の教育行動は、素晴らしいことなのだ」と喧伝されていたことです。

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もっとわかりやすく言えば、この世界全体で、イルミノイドと、さらに上部組織であるところのイルミナティ達の養成が行われていたのですが、多くの人々が、何も知らない間に、

  「この素晴らしい人間世界に、順応するためには、私達の教育内容を受け入れ、社会に役立つ人になりなさい」

という名目の下に、大量の教育が行われていた、ということです。

その「この素晴らしい人間世界」というのは、イルミナティ主導の世界であり、ですから、「社会に役立つ人」というのは、つまり、これだと、「有能なイルミノイド」ということになります。

-----------------------------

今まで、私達はよく周囲の人から、過去に次のような、お世辞を言われたことは無いでしょうか。

  「あなたの学習態度や、その実践内容を見ていると、あなたは、この世の出世街道まっしぐらですよ」

と。

しかし、その「出世街道」というのは、言い換えてみると、他ならぬ、「イルミノイドの幹部候補への道」あるいは「イルミナティの幹部候補への道」と言い換えれるのですから、あなたのこれまで受け続けてきた教育内容、あるいは、どこかの誰か(自分の子供等も含む)に対して実践しようとしている教育内容に、何と言って良いか、、、(すいません。この原稿を書いている今、私、ちょっと絶句しており、少々、筆が止まっています)。

-----------------------------

あー、ちょっと、上手な表現方法を見つけられなかったのですが、そのまま続けます。

20110404133319

 

いずれにしても、イルミナティ達の隠蔽工作と暗躍ぶりによって、数多くの人々が、「我々の社会は素晴らしい世界であり、我々は、この世界に順応し、そして、我々が、この世界で成功するためには、現在、我々の受け継いでいる教育を実践・継承し続けなければならない」と、堅く思い込み続けてきたのですが(強力な洗脳)、そのような人々も、真相を知らずに、それを実践していたのだから、ひょっとしたら、問えないものがあるかもしれません。

-----------------------------

大きなものとしては、イルミナティ達による、全地球支配のための、思想教育・常識教育・学校教育があったわけです。

その、大きなものに着眼する必要はあると思いますが、私達の身近に存在している、幼い子供達に対する、思想教育・常識教育・学校教育も、子供の自由性を奪う行動の一種だと気が付いた方が良いと思います。

    (子供には子供なりの人生行路があり、その子供の人生行路には、周囲の存在達の見守る深い愛と共に、良心に向かって、羽ばたくための、何人(なんぴと)をも侵してはならない自由が与えられている。)


                                       坂本 誠

2017年8月 6日 (日)

三千百五十八: 土偶からわかる縄文時代の生活

こんばんわ。

最近、書店に立ち寄ってみると、縄文時代に作られた土偶(どぐう)に関する書籍を見かけます。

日本の縄文時代には、様々なヴァリエーションのある、数多くの土偶が作られました。
縄文時代の遺跡が発掘されると、当然、縄文式土器とか土偶なども発見されます。

この段落は、その土偶に関する記事です。

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縄文時代には、日本には文字がありませんでした。
ですので、縄文時代は先史時代とされています。

また、縄文時代の後に、大陸から稲作が導入されたので、縄文時代には、日本には稲作が存在していませんでした。
現代の日本人の主食は、米とされていますが、米が主食では無い時代もあったのです。

文字も無かった頃の日本の生活ですが、その時代の遺産、つまり、縄文時代の遺跡が発掘されることにより、その時代の様相が現代によみがえります。

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最近、書店の棚の上には、この縄文時代の土偶の写真を集めた本が並んでいます。

その本を開いてみると、様々な姿形をした土偶を見れます。

この記事では、百科事典のWikipediaから、幾つかの土偶の写真を引用しました。

写真の引用先のURLは、以下のものです。

土偶 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E5%81%B6

写真の土偶を見てもわかるように、実に、様々な土偶があるとわかります。

Dogu_1

 

「芸術的な要素が強い」ともわかるでしょう。

「これらの土偶は宗教的な意味があって、作られたのではないのか」という説もあります。
確かに、宗教的な意味合いがあって、縄文時代には大量の土偶が作られたのかもしれません。

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しかし、縄文時代には、まだ、日本には「国(くに)」という概念に相当する、団体も無かったことを思い出して下さい。
当然、「国(くに)」という組織も無いぐらいですから、現代の宗教団体のような、組織化された、組織的な宗教団体は、ほぼ無かったことでしょう。

ですから、宗教的な意味合いを持って、数多くの土偶が制作されたとは考えにくいと思います。

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それに、数多くの土偶を見てもわかるように、かなり数多くの製作者がいたことがわかります。

ですので、土偶というのは、縄文時代の人々のアートだったと私は考えます。
現代に、アートの好きな方々ならば、主に、キャンバスと絵筆を使って、絵画的な表現をするでしょうか。

しかし、縄文時代には、そのようなキャンバスも無いし、絵筆もありません。

ですから、縄文時代のアート表現とか、アート表現の媒介物とされるのは、主に、土をこねて、火で焼いた、このような土偶だったのではないでしょうか。

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また、「大量の土偶が発見される」というのは、「土偶の大量の製作者が存在した」ということを意味しています。

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「稲作や農業も存在しない、縄文時代に、大量の縄文人が、大量の土偶を制作した」という事実を考えると、比較的に、縄文時代には食料も安易に入手できて、時間の余裕があったので、人々が自己の余暇の自己表現として、アートであるところの、土偶制作にいそしんだのではないでしょうか。

小規模な人々の団体の中では、まだ目立ったような社会組織も無いので、「組織的な目的の下に、土偶が制作されていた」とは、考えにくいケースです。

ですから、「土偶制作アート説」を私は考えます。

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また、「土偶制作アート説」が言えるのには、まだ理由があります。

縄文時代の、数多くの土偶を見てもわかるように、それらの土偶の表現は、非常に芸術的に見えるでしょう。

20世紀最大の画家とされている、パブロ・ピカソは、アフリカに渡った時に、現地の人々の制作したお面(マスク)に注目しました。

そして、そのアフリカのお面に原始的な美術を発見して、それらの美術的な表現を、ピカソ風に表現しました。
そのピカソ風の表現が、『アヴィニョンの娘』から見られるような作風、あの顔の形の崩れたような表現のされた絵で有名な表現が、なされるようになったのです。

ですから、もし、パブロ・ピカソがアフリカで現地住民制作のお面を見ずに、日本にやって来て、縄文時代の土偶を彼が手にしても、彼は、やはり、そこに原始の美を発見して、土偶表現から、『アヴィニョンの娘』から見られるような作風の絵画を描き始めたのではないでしょうか。

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縄文時代の土偶を、パブロ・ピカソ風の表現から眺めてみると、縄文時代の土偶は、パブロ・ピカソの数多くの絵画と、非常に良く似ているのに気が付きます。

『アヴィニョンの娘』から、ピカソは、顔の崩れたような表現のなされた絵画を数多く描きます。

「顔の崩れたような表現」というのは、美術の世界で言えば、「デフォルメ」と呼ばれる表現です。

「目に見える実態を、一定の割合で変形させる」という手法が、「デフォルメ」と呼ばれる表現です。

この「デフォルメ」と呼ばれる表現は、知らず知らずの内に、漫画家の方々が行っています。

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縄文時代の人々の骨格も、ほぼ、現代の日本人と変化していないことが知られています。

つまり、現代の日本人の顔つきと、縄文人の顔つきは良く似ています。

Dogu_3

 

ですから、単に、土偶を制作し、その土偶に何かの芸術的な表現を加えたくなければ(デフォルメしたくなければ)、現代に残る、数多くの土偶の顔は、現代にも見られるような日本人の顔つきばかりだったでしょう。

しかし、現実に発見される、その土偶は、数多くが、現代風の美術表現で言えば、デフォルメされています。

つまり、このような、自由な表現が、多くの土偶の制作者達に許されていたのです。

また、それを制限するような、社会の雰囲気が無かったことがわかります。

土偶に見られるような、数々の個性的な表現を受け入れるだけの、柔軟な精神を、多くの人々が持っていたことがわかります。
土偶の見られる、デフォルメのような表現を行っても、多くの人々は批判しなかったのでしょう。

ですから、私は「土偶制作アート説」を唱えることが出来るのです。

これほど、大量のアート表現や、製作者の自由な表現が許される社会というのは、つまり、平和で自由な社会が確立されていて、その上に、ある程度、食糧確保の面でも、豊かなものがあったと推測します。

そして、日々の食糧確保の時間が終了すれば、余った時間が出来るので、多くの縄文人達は、自分達のアートとして、土偶作りにいそしんだのではないでしょうか。

その結果、あれだけ、多くの土偶が発見されるのではないでしょうか。

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平和で自由な生活を支える上で、一番、重要な事は食糧事情でしょう。

ですので、私なりに、縄文時代の食料事情を考えてみます。

縄文時代の日本には原野が広がっていましたから、現代よりも、遥かに、大量の桃の木とか栗の木が生えていたことでしょう。

その、豊富な桃の木とか栗の木が、縄文人達の食生活を支えていたのではないでしょうか。

現代の日本で、郊外に出かけると、広大な田んぼが広がっているところもあります。

「田んぼ」というのは、つまり、稲作ですから、弥生時代以降の産物です。

私達でも、広大な田んぼを見かけることがありますが、実を言うと、これは、全て、弥生時代以降の、人工の産物なのです。

この、日本の広大な田んぼが開墾される以前は、全て、日本の原野だったことがわかります。

ですから、縄文時代以前の日本の桃の木とか栗の木の総本数と、弥生時代以降のそれらの総本数は、相当の違いがあることがわかります。

もちろん、カメラの発明されていない時代なので、開墾される前の日本の原野の風景と、開墾されて、田畑となってしまった日本の土地の風景の違いを、はっきりと掴むことは出来ません。

しかし、現代に広がる、日本の田んぼの代わりには、原野が広がり、その原野には、大量の桃の木とか栗の木とか、食用に値する木の実がなっていたことは確かですから、それらを食することにより、ある程度、縄文人達は、暮らしが豊かと言えるレベルだったのではないでしょうか。

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ちょっとだけ脱線するのですが、弥生時代に入って、日本人の主食が米になってきました。

この米は、栄養価も高いし、保存も効きます。

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ですので、日本人の主食が米となってきたのでしょう。

私は、米が嫌いでは無く、むしろ、好きな方ですが、この稲作の結果より、日本が大戦争の時代に突入しました。
隣村とかが、米を略奪しに来るので、「環濠集落(かんごうしゅうらく)」と言って、村の周りを策で囲いました。
そして、攻めてきた隣の村の人々を倒すために、武具も発達しました。
「環濠集落」に見られるように、この弥生時代から、「土地の所有」という意識が人々の間に芽生え、かつ、その他の所有の意識も、この時代から始まったでしょう。
そして、隣の村との戦争もありますから、戦争をするために、次第に、コミュニティの中に階層が生まれ、「王」と呼ばれる階層も生まれ、「権力」という考えも生まれ、要するに、この時代から、現代にまで続いている、巨大ピラミッド型の社会が形成されるようになりました。

つまり、現代まで続く、社会システムの、ほとんどの基礎・基盤が、この弥生時代に生まれ、今にまで続いているのです。

学校の歴史の時間にも、様々な歴史区分が教えられます。
例えば、江戸時代とか、室町時代とか、奈良時代とか。

これらの時代区分の判別する材料の、その多くは、時の為政者の移り変わりです。

しかし、この縄文時代と弥生時代の区別は、違っており、かつ、変化レベルも、かなり大きなものです。

縄文時代と弥生時代の区別の、大きなものは、稲作の導入です。

つまり、食べ物の変化です。

「食べ物の変化」つまり、稲作と「主食を米とする」というのは、その地域社会の全ての人に、その変更が適用されたのです。

これは、江戸時代とか、室町時代とか、奈良時代のような為政者の交代とは完全に違っています。

「為政者の交代」というのは、言ってみれば、日本のごく少数の人々の変更となりますが、「日本人全体の主食の変化」となると、「日本人全体の変更」となりますので、その変化のレベルは、前者の変化と比較しても、遥かに大きなスケールであるとわかるからです。

縄文時代から弥生時代への変化は、日本全体の全ての人々のライフ・スタイルを変化させたのです。
その変化の結果は、縄文時代に存在していた社会システムから、弥生時代以降、今に続いている社会システムへの、更なる変化となりました。

食べ物の変化だけとは限りませんが、「全ての人に対する変化」というのは、それまでに続いた社会システムを一変させてしまうことがわかります。

ですから、何千年も経ったら、江戸時代とか、室町時代とか、奈良時代の時代区分は消えて、一つの時代にまとめられているかもしれません。

しかし、その何千年も経った後の、歴史書を開いても、この縄文時代と弥生時代の区別は残存していると思います。

それほど、社会システム上の、大きな変化だったと言えるでしょう。

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少しだけ、話題が脱線したのですが、弥生時代に入ってから、栄養価が高く、保存の効く米に、日本人の主食が置き換えられていったわけですが、それ以前の縄文時代でも、ある程度は、食糧事情が豊かだったと私は考えています。

「土偶制作」という、アートを表現でき、かつ、それを実行できる人が多かったわけですから。

多くの社会的拘束も無く、所有の概念も無い時代に、土偶に見られるような、あれほど、個性の豊かさを表現できた、というのは、人々の暮らしが、それほど、暗澹としたものでは無かったことを意味していると思います。

ましてや、縄文時代には、日本国内には「戦(いくさ)」と言える程の戦争が、全く無かったわけですから、その平和さぶりをも想像できることでしょう(コミュニティ・レベルでの、小規模な「小競り合い」程度は、あったかもしれません)。

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この段落のように、様々な大量の土偶を見て、過去の縄文時代の様相を訂正したり、あるいは、新しい見方を得られると思います。

あるいは、そのような過去の状況を知ることにより、現代の私達のライフ・スタイルを、新鮮な目で、あるいは、従来には無かったような視点から、見直すことが出来ると思います。

例えば、

  「そのような幸せそうな、縄文時代のライフ・スタイルを見て、現代のライフ・スタイルのどこかに取り入れられないだろうか」

というような疑問が湧くことが、「見直し」ということです。


                                       坂本 誠

2017年6月23日 (金)

三千百三十四: 教育困難校の問題を考えて(独白)

自分のブログのカテゴリーの中で『学び・教育』に関するものは、以前までは、あまり書かなかった。

しかし、いざ、書いてみると、「2段目」「3段目」という感じで続編が出てくる。

『学び・教育』に関係する、一つの単語を連ねてみると、その単語から、何か、他の連想が出来る。

その連想も、『学び・教育』に関係するのだから、カテゴリーの『学び・教育』に関する記事が増えてくるのに気が付く。

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例えば、『三千百三十一: 学校の宿題について』で、3パターンの先生について以下のように書いている。

P6210182

 

「その、数多くの学校の先生の中には、本当に、子供達と一緒にいることを幸福に感じている先生方もおられることでしょう。また、ある学校の先生だと、単に、自分の生活の糧のための道具だと見なしているかもしれません。また、他の、ある学校の先生だと、何らかの強い使命感に駆られている方もおられるかもしれません。」

上記の自分の文章から、昨今の教育現場の先生について自然に考えていた。

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報道で流れていたのだけど、現在の教育現場には「教育困難校」と呼ばれる学校があるそうだ。

その手の学校は、現在、日本には多いらしい。

「教育困難校」の概略を以下に書いてみる。
その学校の生徒達は、現在の日本の教育体制に反対しているらしい。
ただし、そのような学校が義務教育の下にあるのか、それとも、義務教育で無い高校以上の教育システムなのかは、その記事では報道されていなかったと記憶している。

(もっとも、私は、その記事を斜め読みしただけであり、いつものように、その記事をコピーして、それらの記事をペーストして、一つに集めている、自分用のファイルに収めたわけでは無かったので、今回は、その記事を直接引用していない。)

「教育困難校」の生徒達は、現在の日本の教育システムに反対しているらしいので、当然、その反対行動が、教壇に立っている教師達に向けられている。

その結果、はた目から見ると、生徒達による教師いじめとも呼べる現象が起きているらしい。
その教師いじめの被害の結果、そのターゲットとされた教師達が、「明日にも辞表を出そうか」と、悩んでいるシーンが報道されていた。

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現在の教育システムの根幹の問題が現れていると私は考える。

P6210183

 

報道から考えるに、「教育困難校」と「教育困難校ではない学校」の2種類があることがわかる。

様々な理由があるのだろうけれど、「教育困難校」の生徒達にとっては、現在の教育システムに対する需要が無いことがわかる。

「教育困難校ではない学校」の生徒達は、大人しく先生の行っている授業内容を受け取っていることがわかる。

だから、これも様々な理由があるのだろうけれど、少なくとも、「教育困難校ではない学校」の生徒達にとっては、現在の教育システムに対しての、何らかの需要があることがわかる。

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昨今の私のブログ記事を読み返しても、わかるのだけど、義務教育に問題があると思う。

義務教育とは、言い換えてみると、強制教育となる。

学校の授業内容を受け取りたい人々(生徒達)も、いるだろうけれど、その内容を受け取りたくない人々がいても不思議では無いからだ。

「どうして、学校の授業内容を受け取りたくないのか?」という疑問については、数多くの人々(生徒達)がいるので、理由も様々だろうから、一つ一つ挙げにくい。
しかし、この記事が長くならなければ、少しだけ考慮して、幾つかを挙げてみたい。
あるいは、段落を変えて、書いてみるかもしれない。

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以前から書いているように、江戸時代までは、日本には現在に見られる義務教育制度が存在しなかった。

P6210194

 

教育機関とか教育システムと呼ばれているものは、その時代では、寺子屋とか藩校(はんこう)と呼ばれるものだった。
あるいは、私的な教育機関は塾と呼ばれた。

もちろん、それらの教育機関に訪れて、その門をくぐるかどうかは、人々(生徒達)の自由だった。

学びたくない人がいれば、それらの教育機関に入らなければ良い。
つまり、人々(生徒達)には、本当の意味での学問の自由が許されていた。

学問を学びたい人は学べば良いし、学びたくなければ、何も学ばなくても良い。

だから、江戸時代以前の教育システムだと、それらの教育機関の内部には、冒頭に挙げた「教育困難校内部の問題」というのは、一切、存在しなかったことだろう。

もし、仮に、それらの教育機関の内部の門下生達が、自分の学んでいる教育機関に不満があれば、辞めれば良いのだし、あるいは、最初から、そのような教育機関の門をくぐっていなかっただろう。

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だから、昨今から続いている、私のブログのカテゴリーでの『学び・教育』のジャンルを読み返してもわかるのだけど、現代社会でも、実質上、義務教育というのは、存在していないと考える。

なぜならば、義務教育というのは、言い換えれば、強制教育であり、全ての生徒達に一定の学問知識を付けさせようとしているものである。

全ての人々が、学校教育の内容を好きになるだろうか?(いや、ならないだろう)

日本には、現在でも1億人以上の人がいる。
その、1億人以上の日本人の全てが全て、学校で教えている教育内容物を好きになるだろうか?(いや、ならないだろう)

むしろ、それを期待する方が無理な話だろう。

結局、学校で教えている内容物が嫌いに感じる人々も多く出てくる事だろう。
そして、その結果、それらの人々にとっては、現在の教育システムに対する需要が無いことがわかる。

しかし、それにもかかわらず、「これは義務教育だから」と言って、無理矢理に教壇上の先生が、それらの需要を持たない人々(生徒達)に、無理矢理、学を授けようとしているので、それらの人々は、その学を拒否しようとしているのだろう。

それらの人々にとって、「現代教育に対する需要は無い」となった理由については、様々な人々がいるので、個々の理由までは、個別に考慮してまで、この段落では挙げにくいのだけど。

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つまり、大まかに考えると、現在に見られる「教育困難校の問題」というのは、日本人全員に出された義務教育を命ずる、あのルール(憲法)が発端となっていることがわかる。

P6210174

 

いくら、ルールを持ち出してまで、多くの人々の身体とか行動を縛ったとしても、その人々の本心までを拘束することは出来ない。

これは、どんなルールや規則でさえも、そうなのだ。

あらゆる、ルール、規則、法律、憲法、その他の何かの規則にしても、多くの人々の身体とか行動を縛ることは出来るかもしれないけれど、人の本心までを拘束することは出来ないのだ。
絶対に。

いかにも、義務教育の下だと、その教育困難校の人々にまでも学を授けないといけないように見える。
しかし、彼等の本心までも、義務教育という名の規則で拘束することは出来ない。
だから、その、彼等の本心が、教壇上の教師達が伝えようとしている学の内容を拒否していることがわかる。

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見かけ上は、義務教育制度の結果、全ての人々(生徒達)に、学を教え込むことが出来るかもしれない。

しかし、実質上である、生徒達の本心を見るに、教壇上の教師達の供給と、それを受ける筈の生徒達の需要が無いことがわかる。

つまり、これは、人の本心の上では、供給の精神と需要の精神がマッチしていないことがわかる。

供給と需要の問題と言うのは、ここで挙げている教育困難校の現場では無くても良い。
供給の精神と需要の精神がマッチしていない場所だと、何らかの供給物を持って来ようとしても、現地の人々がそれを欲しなければ、「そんなものは要らないから、持って来ないでくれ」となり、トラブルが起きる。
それと同じ話だ。

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結局、この手のトラブルを、教師の側が避けようとするならば、需要のある場所に行って、自分の提供したい物を提供すれば、トラブルを回避できることがわかる。

この手の需要のある場所を考えると、当然、「この手の勉強を面白いと思うので、学んでみたいと思います」と言っている生徒達が多くいる場所に行って、供給物の頒布を行えば良いことがわかる。

なぜならば、そのような場所だと、需要と供給がマッチしているのだから。

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結局、教師の側の本心や生徒側の本心までも考えると、現代の教育システムも、江戸時代以前の教育システムと同じ事だとわかる。

P6210196

 

確かに、見かけ上は、義務教育制度の導入によって、全ての日本人に一定の教育知識を授けられるようになったように見える。

しかし、それを受け取る側の人々(生徒達)の本心までは、どんなルールを持って来ても拘束できないのだから、人々(生徒達)の本心の現れるままに、学を授けようとしている側は、その学問知識を拒否するのである。

これが、現代の「教育困難校の問題の原因の一つ」と言えるだろう(他にも幾つかのパターンが、どうしても絡んでくるので、ここでは「教育困難校の問題の原因の一つ」という表現をしておいた方が良い)。

しかし、教育困難校ではない生徒達ならば、教師達の授けようとしている学問知識を受け取ろうとしていることがわかる。

だから、明治時代に入って、見かけ上は義務教育制度の導入をされたけど、実質上は、現代でも、江戸時代と同じ教育システムの下に、多くの人々は留まっていると言えるだろう。

だから、実質上で考えれば、現代の教育制度の下での、教師達の要員数の需要が低くなることがわかる。
(ある人にとっては残念で、悲しく感じることかも知れないけれど。)

実質上の、つまり、人々の本心から判断された、需要のある、教師達の実際の要員数というのは、私はわからない。

これは、ひとえに、「日本人の何人が、現代の日本の教育制度・システム・機関を気に入っているか?」という問題となるのだから。

この手のアンケートが実施され、そして、その結果が公表されたかどうかを、私は知らないのだから。

だから、実質上の、現代の教育制度の下での、教師達の要員数の正確な需要具合を、私はわからない。

(仮に、この手のアンケートが実施されても、公表の際に、アンケート結果を故意に操作され、その結果を公表される可能性もあるのだから、あまり、そのアンケート結果も信用できないかと感じられる。)

結局、日本の教育制度は、現在、多くの日本人に愛されていないかと、私は思う。

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以下のように言ってくる人もいるかもしれない。

  「そんなこと言ったって、義務教育制度は、決まり(ルール)だから、考えても仕方ないんですよ」

と。

「決まりだから、仕方ない」と言う人は、ある意味、思考をストップさせやすい。

P6210193

 

なぜならば、「決まり」というのは盤石に固められたものでは無いのだから。

何らかの決まり(ルール)というのは、人の間で設定されたものだけど、その決まりをセットした段階で、人々の間で、その決まりを作り上げる必要があったから、その決まりが作られた。

つまり、「決まり」よりも大事なポイントは、その決まりを作った人々の間での、その決まりを作るだけの何らかの理由の方だった、とわかる。

人々の社会は常に流動的であり、ある一定の年数が経てば、その社会の中で、その決まりを支えていただけの理由が消失する時がやって来る。

つまり、その決まりを支えている理由が消失すれば、その決まりには意味が無くなる。
だから、その決まりをも撤廃する必要が出てくる。

つまり、「決まり(ルール)」よりも大事なのは、その決まりを生み出して、かつ、支えている「理由」だということが私達にわかる。

ある決まりを作ったり、撤廃する際には、その決まりを支えている「理由」が妥当かどうかを論じることこそが、決まりを超えて、本当に大事な事だとわかる。

だから、「決まりだから、仕方ない」と言う人は、ある意味、思考をストップさせやすい。
その決まりが必要だっただけの「理由」に踏み込んでまでの、議論を避けようとするのだから。

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上の事もふまえつつ、義務教育制度が現代の私達の本心から見て、本当に必要かどうかを議論した方が良いと思う。

「現代のような義務教育制度が必要だった」という理由を考えてみても、以前の段落『三千百二十七:学校のいじめ問題を考えて』で同様の事を書いたのだけど、「世界各国の学校を対象として、同一のテストを実施しているので、これらの競争を実施している、世界各国を仮想敵国と見なして、それらの競争に勝っていきましょう」というものではないだろうか。

この段落では、書き込めなかったのだけど、「勉強が好きだ」と主張している生徒の側にしても、「将来の自分の仕事のため(自分の金のため)にやっているのであって、本心では、あまり勉強を好きでない」と、考えている人も多いかもしれない。
これについての考察等は、機会があれば他の段落で書いてみたい。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千百三十三: 学校の宿題について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/_no2-4ff2.html

『三千百三十一:学校の宿題について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-0afd.html

『三千百二十七:学校のいじめ問題を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-9943.html


                                       坂本 誠

2017年6月22日 (木)

三千百三十三: 学校の宿題について_No.2

三千百三十一:学校の宿題について』の2段目です。

前段では、「■学校の先生は生徒達を放課後にも監督・拘束できるのだろうか」という、疑問の下に、「学校の先生が宿題を生徒達に与えるということは、生徒達の放課後の時間を拘束していることになる。しかし、学校の先生は、生徒達の放課後のプライベートな時間を拘束できる権利は無い。だから、学校の先生は、生徒達に宿題を与えることは出来ないだろう」という話題を書きました。

P6210185

 

その前段洛中で、私は宿題の歴史というものに興味を抱きました。
宿題の歴史に限らず、何らかの歴史を紐解いていくと、疑問が解明したり、あるいは、さらに疑問が深まるケースがあるからです。

そして、私の時間のある時に、「宿題の歴史」というものを調べていました。

前段中に、「私は、かなり意外な調査結果を得られるかもしれません」と書きました。

やはり、現時点でも、意外な調査結果を得られています。

その「意外な調査結果」というのを、簡単に説明しますと、「宿題の歴史について、そのデータが、非常に少ない、あるいは、ほとんど無い」となります。

かろうじて、私が手に入れた、「宿題の歴史」というものを以下に引用しておきます。

(Wikipediaより抜粋引用)
-----------------------------------------
●宿題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%BF%E9%A1%8C

歴史

宿題という言葉の初出は1801年(享和元年)大田南畝による山内尚助宛大田南畝書簡(4月19日付け)である。
「御詩会いかが。宿題御定め候はば一月一次づつにて豚児へ御談じ御極め可被成候」

内閣府の調査では、ネット利用の小学生の内、7割が宿題の答えをネットで調べると回答した[要出典]。
また、後述にもあるが、近年では宿題代行サービスも広まっている。(、、、以下、省略)
-----------------------------------------
(引用終わり)

江戸時代の後期である1801年に、大田南畝という人の手紙の中に、初めて「宿題」という単語が出ているとあります。

P6210190

 

これだけでは、ほとんど、宿題の歴史について、私達は学ぶことが出来ません。

上記のデータで、「宿題」という単語が初出しているそうです。
しかし、この時代の「宿題」の意味と、現代の小学校や中学校で生徒達に出されている「宿題」の意味が同一かどうかもわかりません。

この「大田南畝」という人の使った「宿題」の意味が、時代を経るにつれて、その意味を転用されたり、あるいは、別の意味を持たされて、現在の私達の小学校や中学校で見られる「宿題」の単語の意味になったかもしれないからです。
要するに、「大田南畝」という人の使った「宿題」の意味と、現代の学校で使われている「宿題」の意味には違いがあるかもしれません。

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しかし、ここでは、上記のデータ中で見る限りの「宿題」という単語の意味を推理してみましょう。

御詩会いかが」という一文が見えます。
つまり、「大田南畝」さんと「山内尚助」さんは、何かの詩の会に入っているのでしょうか。
「詩の会」ですから、趣味の世界でしょうね。
その趣味の分野を高めるために、自宅で、「詩の技術を高めよう。そのために、何らかの詩作をしたり、あるいは、何かの詩を読もう」という感じでしょうか。

現時点で、私が手に入れた「宿題の歴史」というのはこれだけです。

P6210199

 

私が「宿題の歴史」というものを紐解いて、調べたかった内容は上記のようなものではありません。

少なくとも、現代の義務教育制度の中での、教育者とされている人々が、

  「宿題とは、これは学校の先生達が、生徒達に与えて良いものだろうか? なぜならば、学校の先生達は、生徒達の放課後のプライベート・タイムを拘束する権利は無いのだから」

という手合いの議論が持たれ、有識者達の間で、その疑問を主題とした、議論が行われただろうか? という手合いの「宿題の歴史」を読んでみたいのです。

ところが、その手合いの「宿題の歴史」が見当たりません。

役所の中で、その手の議論が交わされたかどうかも、私の調べる限りには無いように見えます。

「これは、問題ではないだろうか?」という疑問を持っています。

-----------------------------

それとも、この「宿題の歴史」というのは、意図的に隠蔽でもされているのでしょうか。

あるいは、以下のように考える人がいたのでしょうか。

  「学校の先生達は、生徒達の放課後のプライベート・タイムを拘束する権利は無いのだが、暗黙の公認事項として、全ての学校で宿題が出されている。だから、疑問を持つ人が出ても、このまま黙っておけば、誰も、その不思議に気が付くことは無いだろう」

と。

と、そのような人が教育者の上層部にいて、それを実行し続けている、とか。

-----------------------------

いずれにしても、「学校の生徒達の方は、宿題を断ることが出来る」となるでしょう。

理由の一つとしては、私が前段から書いている内容もありますが、二つ目の理由として以下に挙げるものもあります。

その二つ目の理由とは、上に紹介したWikipediaの文中にあります。

(Wikipediaより抜粋引用)
-----------------------------------------
●宿題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%BF%E9%A1%8C

宿題(しゅくだい)は、学校等において、教師が児童・生徒・学生に課する自己学習の課題のこと。(、、、以下、省略)
-----------------------------------------
(引用終わり)

上記引用文を読むと、「宿題とは自己学習である」となります。

つまり、自己学習ですから、宿題のある筈の生徒達の方が、その学習を実施するかどうかの権限を持っています。
自己学習ですから。
なので、生徒達自身方で、「今は別件で忙しいので、この自己学習(宿題)をしない」と決めることも出来ます。
自己の裁断にかかっているのですから。

P6210192

 

ですから、ある生徒が学校の勉強以外の何かに忙しかったら、自分の判断で、その学習をするかどうかを決めることが出来ます。
つまり、学校の先生のような他者から、「あなたは、このドリルを終えなさい」という感じで、言ってきたら、その学習内容は「自己学習」という形にはなりません。

そのドリルは、「他者の強制の下における、強制学習の内容物」という形になります。

ところが、学校の先生達は放課後の生徒達のプライベート・タイムを拘束する権利は無いので、生徒達の放課後のプライベート・タイムに、何らかの強制をすることは出来ません。

-----------------------------

私の方で、時間の余裕のある時に、思い出したように、「宿題の歴史」を調べるかもしれません。
しかし、「これ以上、調べても、私にとって、有意義な意味のある「宿題の歴史」のデータを手に入れることは出来ないのではないのか?」と予想しています。

「この『宿題の歴史』と題せるものが、私達の歴史の中に、ほとんど存在していない」という事実を見るにあたって、この段落を読まれている読者の方々も、かなり驚いた方もおられるかもしれません。

一体、学校の中で、よく見受けられる宿題という制度は、いつ、誰が、どのようにして、また、誰が認めて、現代の学校システムの内部で作り上げてきたのでしょうか?

皆目見当もつかない話であり、また、どこか、雲を掴むような話であるので、ちょっと薄気味の悪い話題となりました。

-----------------------------

参考的な文献としては、以下のものもありましたので、URLをご紹介するだけに留めておきます。

時間的に都合のある方は、目を通して見るのも良いかと思います。

(宿題 - アンサイクロペディア)
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●宿題
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E5%AE%BF%E9%A1%8C
-----------------------------------------
(引用終わり)


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千百三十一:学校の宿題について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-0afd.html

『三千百二十七:学校のいじめ問題を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-9943.html

                                       坂本 誠

2017年6月19日 (月)

三千百三十一: 学校の宿題について

■初めに:

こんばんわ。

学校の宿題について考える機会がありました。
学校の「宿題」となると、予習とか復習も含みます。

いきなり話題が飛ぶような感じになりますが、ちゃんとつながりますので、安心して下さい。

私達の社会では、様々な会社があります。
そして、会社側は、従業員達を就業時間外には拘束してはいけません。
もちろん、就業時間以外だからです。

============================
============================
■学校の先生は生徒達を放課後にも監督・拘束できるのだろうか:

「■初めに:」で書いた、会社事情と全く同じ事が、「学校」というシステムにも当てはまるでしょう。

数多くの学校が、生徒達に宿題を与えたり、予習や復習をするように求めていることでしょう。

P5270188

 

しかし、その行為は、生徒達の学校に出席している以外の時間を拘束していることになるでしょう。

しかし、どんな教師でもそうでしょうが、「どこかの教師が、学校の始業時間から始まり、学校の終業時間に至るまでは、生徒達を監督しても良い」とは言われているでしょうが、「どこかの教師が、学校の放課後以降の時間に、生徒達を監督や拘束して良い」とは、どんな教師でも、言われていないと思います。

なぜならば、もし、どこかの教師が、放課後以降の時間まで、生徒達を監督・拘束しているというのならば、それは、企業社会で喩えるならば、「生徒達に対してサービス残業を命じている」という形になるからです。

しかも、この場合だと、「生徒達に対してサービス残業を命じている」という形になりますから、やろうと思えば、ある生徒に対しては、徹夜をしないといけない程の宿題や予習や復習を命じることが出来るようになってしまうからです。

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ですから、現実には、当たり前の話のようですが、まるで暗黙の内には、「学校の、いかなる教師と言えども、放課後以降の生徒達を監督・拘束してはいけない」となっていることでしょう。

しかし、それとは、全く反対に、これも、まるで暗黙の内に、「生徒達に、宿題や予習や復習を命じよう」とも、なっているのも、「公然の秘密」というか「公然の暗黙事項」という形になってはいないでしょうか。

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読者の方々も、ここまで読んで、理解出来るように、つまり、「学校の宿題や予習や復習という行為には、矛盾が存在している」とわかるでしょう。

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■私達が抱くことの出来なかった矛盾や疑問点:

私のようなブログを、どこかの学校の先生が読んでいるかどうかはわかりませんが、この矛盾しているポイントを、突かれたら、少々、虚しいものを胸に感じるかもしれません。

世には、数多くの学校の先生がいます。

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その、数多くの学校の先生の中には、本当に、子供達と一緒にいることを幸福に感じている先生方もおられることでしょう。
また、ある学校の先生だと、単に、自分の生活の糧のための道具だと見なしているかもしれません。

また、他の、ある学校の先生だと、何らかの強い使命感に駆られている方もおられるかもしれません。

しかし、世の学校システムの矛盾点を突かれますと、その矛盾点を忘れようと努めるために、明日からの教壇上で、教育知識的な熱弁に更に励むかもしれません。

しかし、一番に上に挙げた学校の先生の例、「本当に、子供達と一緒にいることを幸福に感じている先生」というのは、私が、上記のような学校システムの矛盾点について尋ねるよりも以前に、もう、かなりの段階で、他の様々な教育システムの問題点を、目の当たりにして、深く憂慮していると思います。

そのような先生達は、普段は、自分達の憂慮している事柄を、公然と、広い場所では、語っていないだけだと、私は思います。

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この段落を読まれる、少なくとも、現代の日本人の方々ならば、義務教育を通ってきた筈ですから、「宿題」というものは、全ての人が通過してきたかと思います。

「夏休みの宿題」とか「冬休みの宿題」とかいうのも同じですので、多くの、いや、全ての人が通過してきたことでしょう。

そして、「学校で出される宿題というものに対して、疑問を持ってはいけない」という、一つの盲点が存在したのではないでしょうか。

というのも「学校側は、宿題を出して当然だからだ」という、この手合いの言葉すらも、私達の念頭に思い浮かぶことも、通常は無いかと感じます。
だからこそ、宿題というものに対して疑問を感じることも、かなり少ないかと思います。

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もちろん、学校に登校する生徒達の中では、「本当に、学校的な教育知識が面白くてしょうがない」と言ってくる生徒達もいるかもしれません。

そのような生徒達が、自ら、「先生。学校の放課後でも、私は自主的に、その分野に対して向学したいので、どうか宿題を与えて欲しいのです」と、言ってくる生徒も、中にはいるかもしれません。

もちろん、そのような、お願い事を自ら言ってくる生徒には、「このケースだと、双方に合意が存在する」ということで、宿題が出ても良いことになるでしょう。

このケースだと、これは、義務教育の無い、江戸時代以前に存在していた、寺子屋とか藩校(はんこう)と呼ばれる教育・学習システムと、ほとんど類似だと考えられるでしょう。

寺子屋も藩校も、似たような感じですが、どちらも、子供側の方が「私は自ら、学びたいので、ここにやって来ました」と言ってきたのでしょうから。

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■スタンピード現象と宿題の歴史:

次に、私が冒頭から書いている「どうして、人は宿題というものに対して、疑問を抱く事が無かったのか」というポイントを考えてみたいと思います。

これは、一つには、「スタンピード現象」と呼ばれる現象が影響したと私は見ています。

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この「スタンピード現象」というものについて、簡単な説明書きをしてみます。
例えば、テレビのコマーシャルで、カッコいい新車が発表されたと仮定します。
そして、その、テレビのコマーシャルが大々的に、流れた結果、数多くの人々が、そのカッコいい新車を見ます。
さらに、その結果、数多くの人々が、「我も我も」という感じで、そのカッコいい新車を購入し始めたと仮定します。

すると、他のある人で、その人は、自分の中古車を長く愛用していると仮定しましょう。
そして、まだ、当分の間、その人は、自分の乗用車を買い換えるつもりもありません。

しかし、その人の周囲の人々が、「我も我も」という感じで、そのカッコいい新車に買い替えていると、その、中古車を愛用している、その人は、本当は、乗用車を買い換える必要性も無いのに、また、本意でもないのに、「私の周囲の人々が、我も我もと、新車に買い替えているから、私も、その新車に買い替えないと、なんとなく、いけないのではないだろうか?」と、思い込み始めると仮定します。

(私の書いている「周囲の人々」とは、親兄弟や、自分の子供等も含む、肉親をも意味します。)

そして、その結果、その、自分の中古車を長く愛用している人が、自分の中古車を捨ててまで、その、カッコいい新車に買い替えてしまう、というケースがあると思います。

この、上記の説明までが、「スタンピード現象」と呼ばれるものです。
要は、スタンピード現象を別の表現で書くと、「真の自分を見失ってまで、大衆の流れる方向に、流されてしまう」というものです。

この結果だと、結局、「自分に嘘をついてまで、生活を送る」ということになってしまいます。

ですから、真の自分の方向性まで、狂わされるので、この「スタンピード現象」というものは、まずいものだと私は感じます。

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「スタンピード現象」の説明は終わりましたので、ここからが、宿題というものと絡んでいきます。

私自身は、この「宿題」というものが、世界の、いつ、どこで、どのようにして始まったのかはわかりません。

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要するに、「宿題の歴史」というものを、私は知りません。
しかし、「宿題の歴史」というものは、世界史上で、どこかにはあると思っています。
私の時間のある時に、その「宿題の歴史」という手合いのものを調べてみたいと思っています。

しかし、ここだと、日本の義務教育は、明治維新後に始まっていますから、日本の教育システム上における、宿題について考えてみたいと思います。

わかりませんが、ひょっとしたら、江戸時代以前の寺子屋とか藩校の教育システムでも、「宿題」に相当する、ものがあったのでしょうか。

明治維新後に、小学校とか中学校が建てられました。
同時に、日本全国にも高校とか大学等の教育機関が順次、建てられました。

どこで、「宿題」という発想が生まれたのかはわかりませんが、当時の高校とか大学での、自主的に行われている、勉強が、やがて、小学校や中学校に降ろされて、「宿題」となったのでしょうか。

しかし、英語にも「宿題」に相当する単語「homework」というものがあります。
ですから、この「宿題の歴史」というものを調べてみると、私は、かなり意外な調査結果を得られるかもしれません。

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しかし、話を限定して、明治維新後にスタートした、義務教育について、話を進めましょう。

その当時の小学生とか中学生とかでも、私が冒頭に書いた「学校の先生達が、生徒達の放課後の時間を宿題を課すことによって、拘束できるのだろうか?」という疑問を抱いた生徒達もいたかもしれません。

しかし、ここで、スタンピード現象が大いに用いられたかと、私は思うのです。

「どのような、スタンピード現象が用いられたのだろうか?」と、私が想像するに、以下の幾つかの例を書いておきます。

例えば、

「とにかく、何の疑問を抱かずとも、宿題をやることは素晴らしい」

とか

「とにかく、何の考慮をせずとも、あなたが宿題をこなせば、あなたの将来の人生で、きっと何かの素晴らしいことが起きるだろう」

とか

「確かに、学校の先生である私達、教師が、あなた方、生徒達に宿題を与え続けて、放課後の時間を拘束する権利は無いかもしれない。しかし、もし、今、ここで、その疑問をぐっとこらえて、表面化せずに黙り続けて、じっと、あなたがたが宿題をし続けるならば、日本全体の学力が高まると予想出来る。そして、その結果、ヨーロッパ諸国と比較して、遅れている、私達、日本の経済水準を競争的に上げることによって、私達の日本の、経済力が高まるだろう。その結果、私達、日本は、ヨーロッパ諸国と対等に対峙することが出来るだろう」

この、私が最後に挙げた例「確かに、学校の先生である私達、教師が、、、」の例文を語っているのは、明治維新後に建てられたばかりの、小学校での、教壇上で、語っている教師の姿を、読者の方々は想像してください。

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過去の世界の、宿題の歴史上において、用いられたかもしれないスタンピード現象について、想定しているわけですが、もちろん、過去の世界での、スタンピード現象ですので、過去世界に対しての想定をする以外に手がありません。

しかし、この「宿題の歴史」という単語自体も、おそらく、読者の方々も、初めて聞いたかもしれません。
ですから、私のようなものが、時間の余裕のある時に、「宿題の歴史」というものを調べてみても、かなり、曖昧模糊としたものが出てくるかもしれません。

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■終わりに:

結局、この「宿題」というものを追いかけていくと、その根底には、「多くの人々に競争させてやろう」という意思や狙いがあるのを、読者の方々は感じだすことでしょう。

つまり、読者の方々は「私達は強制的に競争に走らされている」と、感じて来ることでしょう。

そして、「その学生時代から慣らされ続けた競争社会にいるので、競争社会を何も不思議に思わなくなった結果、大人社会で大きな問題となっている、違法な長時間労働に結びついているのだ」と、読者の方は考えることが出来ることでしょう。

そして、「私達の社会における、様々な競争は、素晴らしいことなのだ」という、思い込みも、これも、スタンピード現象的に流行らされていることを感じだすことでしょう。

読者である、あなた自身の本心は「競争は素晴らしいものでは無い」と感じているかもしれません。
しかし、スタンピード現象的に「競争は素晴らしいことなのだ」と、あなたは思いこまされているかもしれません。
そのように、人々の競争意欲を煽るための道具としての、スタンピード現象以外の道具としては、金銭などが使用されていることでしょう。

(「私は、どうやら、スタンピード現象的な流行を、私の気づかない内に、ひっそりと心底に刷り込み続けられているかもしれない。サブリミナル効果のように」と感じる方は、様々な情報媒体から離れて、静かな時間に囲まれた、神社や寺の中で、ある一定の期間、落ち着いて瞑想し続けた方が良いかもしれません。)

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結局、「私達はスタンピード現象的に競争に走らされているようだ」と、なると、「どうして、それが起きているのか?」とか、「それに対して、何らかの対策が必要とするならば、どうしたら良いのか?」という新たな疑問が心中に湧いて来ます。

さて、その疑問に対する回答とか、考慮すべき様々なポイントを書き上げていたら、紙数の不足に陥ります(この、今、筆を止めている、この段階でも、この段落が長いものとなっていますが)。

ですので、その参考のよすがとなるであろう、過去記事や関連記事や参考文献を(繰り返しの紹介も多いので)、少数ながらも、文末の『過去記事』の欄に掲載しておきますので、読者の方々自身も、様々に考えて、ご自身のちからで、ご自身なりの回答を得た方が良いと思います。

(※筆者注:最近、一つの記事に長いものが多くなっていますが、昨今では、ブログの更新も少なめにしていますので、文章量としては、差引ゼロかもしれません。どうか、ごゆっくりと一つの段落を御拝見ください。)


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三百十九: イルミナティについて 』
●ジェイ・パーカーインタビュー①
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no35-53fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=W02bxSqtc-I



●ジェイ・パーカー:
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字幕:「ジェイ・パーカー:どの様に3400万人の悪魔崇拝イルミナティアメリカ人達が地球を混乱させ続けるよう助けているのか。」

「イルミナティや他の闇のカルトネットワークはおそらく、9600BCの地球大変動にまで遡ります。」
「大変動の後に、地上の人類は衝撃と落胆の状態にありました。」
「私の調査からその特定の時代は、、、、闇のカルト信者達はインドやバビロンでの文明の再起動において、決めたのです。」

「地球全体を支配してもいい筈だとね。」

人々を闇に閉じ込め続け、私達は基本的には邪悪な司祭職になり、そして彼等のマインドを支配するんです。」
「ですからその様にして彼等は神よりも金持ちになったのです。」
「そして一旦お金を持つと、政治家や王族を腐敗させる事が出来ますし、そして基本的にはゆっくりと社会を支配していく事ができるのです。」
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(引用終わり)


『三千百二十七:学校のいじめ問題を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-9943.html

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。

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そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
というわけで、あなたがたの中にあるRコンプレックス部分の周波数を、まるごと認め、愛し、手放すことによって、その特性であった恐怖や混乱、支配、競争といった周波数帯と同調しなくなり、さらに高い周波数域である、愛と創造性に基づいた、高次のシステムと共振していくことが可能になることでしょう。
このことはいくら強調してもいいほどです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2017年6月11日 (日)

三千百二十七: 学校のいじめ問題を考えて

■:はじめに

こんばんわ。

世に、学校内部のいじめ問題が報じられるようになって、かなりの年月が経っていると思います。
この段落は、その、子供達のいじめ問題について考えてみたいと思います。

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■:いじめ問題の歴史

現代でも、しばしば、学校内部のいじめ問題について、それらを調査した報道がされています。

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私の学生時代でも、いじめ問題はありました。

いつ頃から、このいじめ問題が、日本内部で発生したかはわかりません。
しかし、戦後の日本教育の内部で、徐々に問題化していったと思います。

ですが、潜在的ないじめ問題とは、もっと早期から発生していたと思います。
例えば、戦前の戦争教育も兼ねた段階だと、上級生が下級生を戦争的な教育を与えるための教育だったのでしょうか。

これを、もっと、詳細に見てみると、おそらく、軍隊内部で行われていた、「下級の兵隊達を鍛える」という名目の下に行われていた、体罰的な、調教でしょうか。

ですから、この「いじめ」と呼ばれるスタイルは、軍隊等にみられる、ピラミッド型組織の内部での、上にいる者が下にいる者を、見下しつつ、「これは、ありがたくも、あなたがたを鍛えるための厳しい教育なのだ」という嘘をつきつつも、実行していた体罰が原因かと、私は考えます。

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要は、ピラミッド型組織と、そのピラミッド型組織の内部システムが、「いじめ」と呼ばれる非人間的な行動を作り上げると思います。

ピラミッド型組織の上部にいる者が下部にいる者を差別することが出来るので、その差別視が「いじめ」行動を生むと思います。

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■:私が見た例

最初に要点を書いたのですが、次には具体的なものを考えていきたいと思います。

私の世代でも、学校内部での「いじめ」問題を見たことがあります。
そして、いじめる側の何人かの生徒達がいました。

そして、最初は、いじめる側の生徒達が、なぜ、周囲の生徒達をいじめているのかがわかりませんでした。

しばらく経って、わかったのですが、それらのいじめる側の生徒達が主張していることに一致している条件が多いことがわかってきました。

その一致している条件を、私の思い出せる限りに以下に列挙してみると、

①:両親が離婚したので、私の家は、片親である
②:私の家で、両親が不仲である
③:自分の学業成績が悪いと周囲の人に言われているので、イライラしている

まだ、他にもあったかと思うのですが、代表的に思い出せるのは、上の3件でしょうか。

以下は、上記3件について考えてみます。

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■:それらの理由は「いじめ」を起こす理由になるのか?

上記に挙げた3件を考えてみましょう。

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■■:①と②を考える

「①:両親が離婚したので、、、」と「②:私の家で、両親が不仲で、、、」は、似通った理由なので、同一のものとして考えて良いと思います。

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私の学生時代のいじめる側の生徒は、確かに、①と②の理由によって、日々がいら立ち、欲求不満を発散させるべく、「いじめ」と呼ばれる行動を起こしていたのかもしれません。

また、私の時代だと、「非行問題を起こす」ということを「グレる」と言っていましたが、今でも使われているかもしれませんが、①と②の理由によって、「グレ」たかもしれません。

確かに、①と②の理由によって、気の毒にも、家庭内部で欲求不満がたまる人もいるかもしれません。

しかし、その欲求不満のはけ口として、仮に、どこかの誰かの生徒をいじめたとしても、その人の家庭環境は、何も変わらないわけです。

その、いじめる側の生徒が、どこかの誰かの生徒をいじめている時は、その欲求不満が幾分か晴れるかもしれません。

しかし、根本的な問題は解決していないので、自宅に帰れば、再び、欲求不満の種を自身に宿すので、再び、同じいじめ行動が起きます。

ですから、①と②の理由によって、「いじめを起こす」というのも、筋違いな行動を起こしているのであり、私の見かけたことのある、いじめる側の生徒達というのは、意味の無い行動を起こしていたと見ています。

今、考えると、それらのいじめる側の生徒達は、建設的な解決方法を考えると、自分の家庭に対して、それらが解決するような何らかの行動を起こすのが普通だと思います。

しかし、そのような建設的な解決方法に向かわずに、筋違いの行動である、うっぷん晴らしのための「いじめ」を起こす、という行動があるというのは、これは、その、いじめる側の生徒達の方が、依存的な性格であったり、ある意味、甘えがあると言えるでしょうから、やはり、そのいじめる側の生徒達の心に問題があると思います。

自分の本当の問題を解決したいと思うならば、筋違いのことをせずに、真っ向から、その問題に向かうべきでしょう。

ですから、私が学生時代に見かけた、いじめる側の生徒達の心が屈折していたと言えるかと思います。
ですから、やはり、「いじめる側の生徒達の環境が悪い」というよりも、「依存心の強い、その心の状態の方に問題があった」と言えるでしょう。
ですから、ここでも、何かの不具合の原因を周囲のせいにせず、「自分の幸福は自分が作らないといけない」と、自分に言い聞かせることが、大事になるかと思います。

ここでも、「自立」の精神が求められると思います。

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そして、今後は、この「①:両親が離婚したので、、、」と「②:私の家で、両親が不仲で、、、」等の家庭崩壊とか片親問題とかを、あまりにも気にしたら、いけないと思います。

なぜならば、私達の社会で人口減少が進んでいます。

これだと、当然、何かの理由での離婚とか、家族離散も多々発生するでしょう。
他ならぬ、現代でも、人口減少が進む中、離婚とか一家離散などが多発しているので、それ自体が、さらに、人口減少の原因ともなっているかと思います。

要するに、戦後社会で、「社会のモデル・ケース」と言われてきた「核家族化」と呼ばれるもののが、廃れて来ているのに気が付くでしょう。

この「核家族化」と呼ばれるものは、「一家の中に、父と母が居て、その下に何人かの子供がいることが理想的だ」とされるモデル・ケースです。

このモデル・ケースが廃れて来ているのです。
その原因としては、社会に様々に根付く問題が影響している筈ですが、それらを考慮していると、紙数が、あまりにも足りず、別件とも絡むので、この段落では省略します。

要は、世間でも、「核家族ではない家庭」も世に増えているので、自らの家庭環境を、あまりにも気にせずに生きていくことが、今後は大事になって来ると思います。

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■■:既存の教育方針から③を考える

③の「自分の学業成績が悪いと周囲の人に言われているので、イライラしている」というケースもいじめの問題を起こすようです。

少しばかり、既存の教育方針と思われるものから、この③のケースについて書いてみます。

この③のケースも、いじめる側の生徒達が筋違いの解決方法を行っていると言えるでしょう。
上記の理由により、イライラするので、それを発散させるために、どこかの誰かをいじめるのでしょうか。

しかし、どこかの誰かをいじめたからと言っても、真の問題解決を立ち向かおうとしていないので、何度も、不満がたまるので、いじめを繰り返すだけとなるでしょう。

たとえ、いじめる側の生徒達がいじめを行っても、その結果が自らの学業成績のアップにはつながるわけはないのです。

①と②もそうでしたが、この③のケースにしても、同じで、いじめる側の生徒達にとっての、真の問題解決をせずに、逃避的な行動を行う結果が、「いじめ」となっていると思います。

要は、いじめる側の生徒達の心理状態とは、逃避的な傾向があり、また、依存的な性格があると感じます。
あるいは、屈折した思考プロセスを身に着けてしまっているかと感じます。

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■■:既存の教育理念そのものに問題は無いのか

ここまでは、既存の教育理念と思われるものから、③のケースについて書いてみました。

ここからは、その「既存の教育理念そのものに問題は無いのか?」という視点から、書いてみたいと思います。

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常日頃、私達が、世間の多くの人や、(一大教育システム等の)既存の巨大機関の方が、「これはこうだ」とか「あれはこうあるべき」等のような主張を、数多く聞かされていたら、それを聞かされている側の方が、「ひょっとしたら、(一大教育システム等の)既存の巨大機関そのものの方に、大きな問題があるのではないのか?」という問題に気が付きにくくなるからです。

しっかりと考えてみましょう。

なぜ、私達の教育システムの内部では、激しいまでの競争が推奨されているのでしょうか?

小学校に入った時から、子供達は、テスト、テストが与えられ、その都度、そのテストの点数ばかりに目を奪われ、そのテストの点数により、差を設けられている、と誰もが感じるのではないでしょうか。

「差を設ける」というのは、他ならぬ「差別化している」ということでしょう。

テストの点数を元にした、ほとんど全ての人々の差別化が実行されていると思います。

これにより、全ての人々の間での競争が促されているのにも気が付くでしょう。

つまり、現代でも、私達の社会そのものが、巨大ピラミッドを作り上げようとしていることがわかるでしょう。

これらの競争や差別化や巨大ピラミッド作成作業により、その巨大ピラミッドの上部に位置する人間と、巨大ピラミッドの下部に位置する人々が、生み出されます。
「序列化」という作業ですね。

つまり、支配、隷属という、状況が暗黙の内に、私達の社会の中で実践されていることがわかるでしょう。

そして、そのピラミッド内部の「序列化」を現す道具としては、学生時代には、テストの点数の数値等が使用されていることでしょう。

そして、学生時代が終わると、今度は、そのピラミッド内部の「序列化」を現す道具として、主な道具としては、金銭や位階を現す役職名が使用されていることでしょう。

つまり、私達の社会で、「支配」と「隷属」を行う暗黙の作業が行われているというのならば、これは問題であり、この巨大システム自体の放棄を私達は考えないといけなくなるでしょう。

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ですから、いじめ問題の③のケースの「自分の学業成績が悪いと周囲の人に言われているので、、、」の真の問題とは、巨大ピラミッド・システムを維持するために、私達の社会で暗黙の内に実行されている「支配」と「隷属」の作業を、放棄するかどうかにかかっていることに気が付くでしょう。

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私達の新聞やテレビの報道でも、時々、世界各国の学力報道について聞かされるケースも多いことでしょう。

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その世界各国の学力報道では、大体、以下の話題となるでしょうか。

「先日、行われた、世界各国の小学校を対象として、同一のテストを実施すると、1位は、A国であり、2位は、B国であり、3位は、C国であり、、、、だから、我が国の成績は悪いですから、成績アップするように、我が国の小学校の生徒達は学習に、もっと励みましょう」

という類でしょうか。

そして、読者の方も感じるかと思いますが、既に、世界各国の小学校の生徒達を巻き込んでの、国際競争社会にしていることがわかるでしょう。

そして、流れとしては、

  「私達の国際競争社会に負ければ、それは技術の負けを意味するから、その技術競争で勝った国から、私達の国は滅ぼされるかもしれない」

という脅しが見えるでしょう。

これは、資本主義社会の多くの国の内部でも行われている、企業間の技術競争と同じ競争が、世界各国の小学校にも、暗黙の内に取り入れられていることがわかるでしょう。

各国の内部での企業間の技術競争に負ければ、負けた企業というのは倒産するので、その企業内部の労働者が失業し、つまり、生活賃金の不足が起こるので、生活の困窮発生が問題とされています。

私達の社会の間で推奨されている、企業間競争とか技術競争というのは、つまり、死活問題なのです。

つまり、私達の資本主義社会の根本に据えられている方針には、恐怖と支配が潜んでいると言えるでしょう。

ですから、私達の資本主義社会で「競争を推奨している」という現象を言い換えると、「死活競争を推奨している」とわかるでしょう。

この資本主義社会内部で推奨されている企業間競争とか技術競争と、私達がテレビや新聞などで、楽しんでみているスポーツとか競技等で見られている「競争」とは、全く別種の競争だとわかるでしょう。

スポーツや何らかの競技で見られる、プレイヤー同士のファイン・プレーを見るために競争が行われていますが、これらには、健やかで、感動し、涙を見る程の、爽やかな競争があるかもしれません。

しかし、資本主義社会内部で実施されている企業間競争とか技術競争には、そのような爽やかなものを感じないことでしょう。
なぜならば、その企業間競争とか技術競争には、その競争に参加している人々の背後に死活問題が潜んでいるからです。

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そして、その状況で、「死活問題を背後に控えた、私達の、企業間競争とか技術競争が、私達の生活の向上に役立っているのだ」と、声高に、必死に言う人に、疑問を感じる人も多いのではないでしょうか。

要するに、子供達の「いじめ問題」の根本に居座っている課題とは、実は、私達の根本の問題でもあるわけです。

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そして、テレビや新聞などで、上記に挙げた例「先日、行われた、世界各国の小学校を対象として、同一のテストを実施すると、、、」のように、人々の間で、常日頃、数多くの競争が囃し(はやし)立てられていると、いつのまにか、多くの人々も、「競争は素晴らしいことなのだ」と、信じ込んでいくことも問題だとわかるでしょう。

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実際には、テレビや新聞を使って、各国の教育機関が協力して、世界各国の小学校の生徒達を比較する学力テストを実施するわけです。

そして、その世界各国の教育機関が記者会見を行って、強制的に、その国の内部で、それらの学力テストの結果を報道させます。

その結果、世界各国の小学校の生徒達の競争意欲を高めさせているのに気が付くでしょう。

つまり、世界各国の教育機関のヘッドにいる人々は、以下のような狙いがあることに私達は気が付くでしょう。

  「世界各国の全ての学生達の競争意欲を高めよう」

と。

この狙いなどが、やがては、地球全体に配置済み、あるいは、構築中の巨大ピラミッド型システムを維持を図っていることに気が付くでしょう。

そして、この巨大ピラミッド型システムの仕組みとか規則とかプロセスが、私達の社会の諸々の問題の根源となっていることに気が付くでしょう。

この巨大ピラミッド型システムの狙い自体が、支配、隷属、階層化(つまり差別化や奴隷化)ですから、ここから、社会の諸々の問題が発生していることに気が付くでしょう。

列挙すれば、格差問題、人種問題、金銭問題、差別化問題、あるいは、冒頭から論じている、いじめ問題です。

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もともと、日本では江戸時代までは、義務教育制度も存在していませんでした。
ですから、江戸時代までは小学校も存在していませんでした。

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ただ、勉学を自主的に望む人々には、寺子屋があったり、あるいは、「藩校(はんこう)」という教育システムがありました。

しかし、明治時代になって、義務教育制度が実施されます。

当時は、ヨーロッパ諸国の進行を防ぐために、富国強兵策が日本でも敷かれました。

日本全体を強くするには、兵隊一人一人が強くなければいけません。
兵隊一人一人が強くあるためには、国民が兵隊になる以前に、豊富な知識を持ち、生産能力などに優れ、経済的にも、ヨーロッパ諸国に打ち勝つほどの、教養を全ての国民が持つ必要があったでしょう。

ですから、自然と、富国強兵策を実行するためには、全ての国民に対しての義務教育制度を実行する必要があったでしょう。

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上の例で書いた「先日、行われた、世界各国の小学校を対象として、同一のテストを実施すると、、、」も、競争を推奨していることから、結局、以下の事の言い回しだと感じてくるでしょう。

  「これらの競争を実施している、世界各国を仮想敵国と見なして、それらの競争に勝っていきましょう」

と。

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他の人々も変に感じないでしょうか?

世界各国の人々の間では、世界平和が願われています。
しかし、それとは、逆に、世界各国の間で、死活競争であるところの、各国同士の企業間競争や技術競争が促されている光景を見て、「これは、どこか矛盾している」と感じないでしょうか?

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競争が闘争になり、闘争が戦争になる。

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■:私達の世界の根本問題から考える

なぜ、私達の世界では、これほどの状況を呈しているかと、調べてみるに、話が長くなり過ぎてもいけないので、私が見かけた主要な二つを、以下に列挙してみると(私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にしました)、

『三百十九: イルミナティについて 』
●ジェイ・パーカーインタビュー①
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no35-53fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=W02bxSqtc-I



●ジェイ・パーカー:
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字幕:「ジェイ・パーカー:どの様に3400万人の悪魔崇拝イルミナティアメリカ人達が地球を混乱させ続けるよう助けているのか。」

「イルミナティや他の闇のカルトネットワークはおそらく、9600BCの地球大変動にまで遡ります。」
「大変動の後に、地上の人類は衝撃と落胆の状態にありました。」
「私の調査からその特定の時代は、、、、闇のカルト信者達はインドやバビロンでの文明の再起動において、決めたのです。」

「地球全体を支配してもいい筈だとね。」

「人々を闇に閉じ込め続け、私達は基本的には邪悪な司祭職になり、そして彼等のマインドを支配するんです。」
「ですからその様にして彼等は神よりも金持ちになったのです。」
「そして一旦お金を持つと、政治家や王族を腐敗させる事が出来ますし、そして基本的にはゆっくりと社会を支配していく事ができるのです。」
-----------------
(引用終わり)

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。

P1120151


そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
というわけで、あなたがたの中にあるRコンプレックス部分の周波数を、まるごと認め、愛し、手放すことによって、その特性であった恐怖や混乱、支配、競争といった周波数帯と同調しなくなり、さらに高い周波数域である、愛と創造性に基づいた、高次のシステムと共振していくことが可能になることでしょう。
このことはいくら強調してもいいほどです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

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(引用終わり)

ちなみに、レプティリアンというのは、どういう存在なのかというと、

『二百十六:レプティリアンについて』
●REPTILIAN NEWBORN
(レプティリアンの赤ちゃんのビデオ)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/post-fbdf.html
https://www.youtube.com/watch?v=gQPlxUb-p2o



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■:おわりに

というわけで、いじめ問題の根本にある問題について、私はご紹介することが出来たと思います。

したがって、「子供達のいじめ問題を無くすには、どうしたら良いのか?」を私達が論じる際には、その根本の問題である、レプティリアン問題とかイルミナティ問題を、多くの人々が真剣に論じ合った方が良いと思います。

少なくとも、子供達のいじめ問題を論じる前に、これらのレプティリアン問題とかイルミナティ問題を論じた方が良いと思います。

なぜならば、私達の根本として、レプティリアン問題とかイルミナティ問題があるため、その配下にある「子供達のいじめ問題」を解決しても、また、同様の、似通った問題が現れるからです。

長くなってしまいましたが、ここまで読んで下さり、ありがとうございます。


                                       坂本 誠

2016年11月 5日 (土)

三千十三: 藩札(はんさつ)という紙幣について

時々、お金のことについて書いている私ですが、この段落では、「藩札(はんさつ)」という紙幣について書いてみようと思います。

現代の行政区分だと、「都道府県」が配置されていますが、江戸時代には県ではなく、「藩(はん)」という行政地域で区切られていました。
そして、「藩札」というものは、その藩の中で使用される紙幣でした。

私も、ある土地の博物館に行って、実際に、本物の「藩札」を見たことがあります。
この藩札についての資料を文献から以下に引用します。

引用文献は、『北九州市の100万年』(監修・米津三郎、海鳥社)です。

この段落でも同じく、以下の引用文中の(大)、(中)、(小)と私が書き添えてあるのは、同書の目次の見出しの大きさを表しています。
もちろん読者の方が、同書を直接見たい場合に、素早く、引用箇所を発見できるようにしたからです(ページ数を引用しますと、再版作成とか新装版作成などの際にページ数がずれる場合も多々あるので)。

いつものように、私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせていただきました。

以下、『北九州市の100万年』 監修・米津三郎(海鳥社)より引用
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近世の北九州(大)
天災と人々のくらし(中)
2 藩札(小)

1635年に制度化された参勤交代の出費は、各藩の大きな負担となっていた。
1637年の島原の乱への出兵、そしてたび重なる飢饉は、藩の財政を圧迫していた。

小倉藩では1673年ごろから、財政関係を担当した家老渋田見勘解由(しぶたみかげゆ)盛治を中心として、経済の立て直しが行われた。
1678年企救群内の村方(むらかた)に対して、新地を対象に検地を実施し、年貢率を六%増やした。
家臣に対しては、地方知行制を廃止して、俸祿は蔵米を支給した。
そして、領内の年貢米を藩の蔵に一手に取りまとめて、大阪の蔵屋敷に送って貨幣に替え、藩の収入が増加するようにした。

さらに同じ年、小倉藩では財源不足を補うために、初めて藩札を発行している。
藩札というのは領内だけで通用する紙幣のことで、藩札の発行は1661年の福井藩を最初に、小倉藩は全国では12番目であった。
藩札の表には銀の値段が印刷されており、二分札から一〇匁札まで七種類あった。
一時、藩札は幕府により禁止されたが、1730年解禁となり、再び発行されるようになった。

通用する際には、元札所の加印が必要だった。
また、銀との両替は、米屋甚六、広島屋甚助、米屋喜兵衛、伊勢屋善次郎など有力な小倉の商人や、京都郡行事(ぎょうじ)村の飴屋(あめや)彦右衛門、上毛郡宇島(うのしま)の万屋助九郎などが行ったが、あくまでも藩札は代用の貨幣であり、銀と引き換えるために用意された現銀の不足もあって、表示通りには両替されなかったため不人気であった。
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(引用終わり)

ざっと目を通しただけだと、藩札という紙幣は不人気であり、その不人気の理由としては、(現行に流通している)銀の不足が原因だ、と読めます。

これだけでは、資料不足になってしまいますので、西洋のお札の歴史をも紹介します。
これも私がよくご紹介しているビデオからです。

●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



(上記ビデオより引用)
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(ビデオの56分目辺りから)

_2

これは、金(きん)で取引が行われていた17世紀の金細工師から始まっているようです。
金(きん)は携帯するには重いので、実物は金庫室に保管しておき、その受領証を取引していました。

この受領証が最初の紙幣でした。

一定の期間に金(きん)を引き出す人の数は限られているため、金庫室の所有者、現在の銀行は、実際に持っている金(きん)よりも多い受領証を発行するようになりました。

この受領証を貸し出して、実際には持っていないカネ、つまりは、金(きん)に対して利子をかけたのです。

これが部分準備制度の始まりです。

この制度では、人々がせっせと働いてお金を稼がなければならないのに、銀行家は、無からお金を作りだすことが出来ます。

大衆が、銀行に借金を返済するために働く、、、現代版の農奴制と言えるでしょう。

_3

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(引用終わり)

このビデオの引用から、上の日本版の紙幣である藩札で、「なぜ、現銀の不足が起きていたのか?」が見えてくると思います。
映画『スライヴ (THRIVE Japanese) 』の説明での、西洋の紙幣だと、銀の代わりが黄金というわけです。

当時の銀行家達が、実際の黄金よりも、多くの受領証(西洋版の紙幣)を作りました。

つまり、交換の実物である黄金よりも、大量の受領証(西洋版の紙幣)を作って、それを所有し、その受領証(西洋版の紙幣)を使って、物資の交換を行うと、あたかも、その銀行家が大変なお金持ちのように見えるわけです。
当時の実際のお金であるところの黄金よりも、大量の受領証(西洋版の紙幣)を持ったのですが、つまり、その大量の受領証(西洋版の紙幣)は架空のお金である、ということが私達にわかります。

そして、日本版の過去のお札といえる藩札も、全く同じ理由だとわかるでしょう。
つまり、大量の藩札を流通させるには、おそらく、その両替となる本当のお金である銀が大量に、毎年毎年、産出しないといけなくなるでしょう。

しかし、日本の歴史を見たり、また、今現在の日本を見回してもわかるとおり、大量の銀鉱山は日本には存在していません。
なので、当時と比べても、また、その当時を考えても、毎年毎年、右肩上がりのグラフのように銀が大量に産出されている、ということは、ありえなかったのです。
ですから、当時の藩札の表面に、どれだけ大量の金額を記載しても、いつもいつも、「あくまでも藩札は代用の貨幣であり、銀と引き換えるために用意された現銀の不足もあって」となり、常に銀の不足の結果、「藩札は不人気」という結果になると、私達はわかります。

ですから、当時の紙幣としても、「たった紙の上に数字を書き、その数字がお金になる」だけで、完全に実体経済を無視したシステムを紙幣が作ることがわかります。
つまり、経済が無茶苦茶になり、その状態だと、やがて社会全体に不公正な出来事が蔓延するようになるでしょう。
ですから、引用文にもあるように、「一時、藩札は幕府により禁止された」とあります(しかし、なぜか、幕府は再び藩札を解禁をします。これによりさらに、世に不正行為が蔓延したかと思います)。

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これだけ見ても、「紙幣に記載されている金額というのは、これは架空の数値と言えるだろう」と思うでしょう。
常に、どんな時代でも、両替される銀や黄金の方が不足する、とわかるからです。

ですから、藩札にしろ、映画『スライヴ (THRIVE Japanese) 』で紹介した、西洋の紙幣の起源を考えてもわかるとおり、その当時のイカサマ行為であったことがわかるでしょう。
両替するところの、本当のお金である銀や黄金の総量よりも、はるかに多くの紙幣を作れば、「存在しない筈の銀や黄金がありますよ」と言っていることになりますから、これはイカサマであると私達にわかります。
これは存在しない筈の架空の数値の金額を紙幣が現していることになるからです。

ですから、紙幣というお金が蔓延するだけでも、世に不正行為が増えることもわかります。
あらかじめ、銀や黄金が不足するので、その分、水増し商売が行われるからです。

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そして、現代の紙幣状況を改めて見てみましょう。

よく私が引用している3つの文章です。

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●『お金の原価はいくらなの?』
http://homepage2.nifty.com/osiete/s418.htm

(上記記事より抜粋引用)
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平成十二年度特別会計予算ベースで

一万円が約22.2円、
五千円は約20.7円、
千円札は約14.5円です。
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(引用終わり)

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●100ドル紙幣を1枚作るのにはいくらくらい原価がかかるのですか? - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129971462

(上記記事より抜粋引用)
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参考のサイト(アメリカの印刷局)の説明によれば、2005年実績で、約5.7セント/枚(86億枚印刷時)だそうです。
-----------------------------------------
(引用終わり)

(Wikipediaより)
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●日本銀行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

日本銀行は、政府から独立した法人とされ、公的資本と民間資本により存立する。
資本金は1億円で、そのうち政府が55%の5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を政府以外の者が出資する。
2010年(平成22年)3月末日時点における政府以外の出資者の内訳は、個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、証券会社-%、その他法人6.5%となっている[1]。

最終更新 2014年6月19日 (木) 02:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
--------------------------------------
(引用終わり)

日本銀行の株主として、「個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、証券会社-%、その他法人6.5%」とあります。
また、現実に日本銀行の株の変動の確認も、インターネットや新聞で、あなたも確認することができます。

ですから、世の中に、一万円札一枚を「約22.2円」で手にすることのできる日本銀行の株主達が、存在することが私達にわかります
もっとも、上のWikipediaの「日本銀行」の説明だと、日本銀行の株主達の個人名が出ていませんので、私も誰だかはわかりません。
また、株というのは、外国人も日本の株を買えるので、ひょっとしたら、日本銀行の株主達は外国人である可能性もあります。

普通、私達が職を求める際には、求人欄を見て、「給与、何々円」という金額を見て、求職します。
ですから、職を得た後では、「私の給与で手にした一万円札は、一万円分の価値があるのだ」と考えるでしょう。

しかし、上記の日本銀行の株主達が手に入れる一万円札は、「約22.2円」です。
ですから、上の例で挙げた「私の給与で手にした一万円札は、一万円分の価値があるのだ」の、職を得た人よりも、日本銀行の株主達は

  10,000円 ÷ 22.2円 = 450.450450,,,,

つまり、日本銀行の株主達は一万円札は、「約22.2円」で入手できるので、日本銀行の株主の一人が一万円を持っているならば、その一万円で、450万円を入手することが出来ます。

かなりの格差ですね。

仮に、1時間に1万円の時給の仕事があると仮定します。
あなたが、その仕事に就くと、当然、1時間で1万円を手に入れます。
しかし、日本銀行の株主達は、同じ1時間で、日本銀行でお札を作る仕事をすると、1時間で約450万円を手に入れる、という感じになります。
格差は450倍ですね。

「1時間に1万円のバイト」というのは、おそらく、ほとんど無いでしょう。
現実的に考えたら、「1時間に1000円のバイト」ならあるでしょう。
現実的な数字を考えたら、さらに格差は広がって、4500倍です。

ですから、私達が見ている紙幣というのも、架空の数値を表しているようなものですから、私達が日本銀行の株主達を見たら、「無からお金を作っている。しかも無制限に」と見なせるでしょう。

いったん、紙幣を作れば、それは紙の上に書かれた数値ですが、そのたった一枚の紙幣をさらに使って、雪ダルマ式に、お札(紙幣)を作れることがわかるでしょう。
この段階で、「無からお金を作っている。しかも無制限に」と見なせるでしょう。

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しかし、最近では、もう電子マネーというものがあります。
また、ほとんどの銀行システムは、デジタル化されています。

ですから、次の引用文も、十分に私達は理解できるでしょう。

『二百四十四: FRBについて_No.3』
●アロンルッソ #keizai 中央銀行による世界奴隷計画 自由からファシズムへ
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/frb_no3-4169.html
http://www.youtube.com/watch?v=c2HUsKG9Bp8

(※筆者注:上記ビデオは、なぜか削除されています。私が閲覧できた時に、読めた日本語字幕を紹介しておきます。)

(上記ビデオより抜粋して引用)
-------------------
反対が強く、連邦準備会制度という「銀行」を入れずに名称詐欺で設立しました。

アメリカで起きているものは企業によるのっとりです。

多くの企業は連邦準備制度(FRB)に従っています。

人々は連邦準備制度は民間銀行だと知りません。
ロスチャイルド家やロックフェラー家などです。

政府は必要なお金を米国連銀から利息付きで借りなければならなくなったのです。

不換紙幣と呼ばれるもので、不換紙幣では連邦準備会は好きなだけ無から作りだせるのです。
もうインク代もかかりません。
例えば100ドル札の印刷コストは3セントですが、3セントも必要ないんです。
コンピュータ上で数字を入力するだけですから、もう支払う必要はありません。
-------------------

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「どうして、このような不正が見過ごされてきたのか」という質問が出ると思うのですが、これらのシステムを採用し、人々の間にセットし続けて、広め続け、かつ、このシステムの不公正さを人々にほぼ隠蔽してきたのは、カバールやイルミナティや、あるいは、彼等の手下であるところの、イルミノイドです。

ですから、ある程度、その質問は、カバールやイルミナティ、あるいは、イルミノイド達に与えないといけないでしょう。

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いずれにしても、私は幾つかのお金に関してのエッセイを書いているわけですが、これと似たような記事を見かけている読者の方々は、お金に対する執着が徐々に薄れかかっているかと思います。

そして、今現在でも、財布から紙幣とかコインを出して、そのお金を使うときもあると思いますが、お金からは少しずつ少しずつ離れて、日々に、新たな世界観を探しているかと思います。


(以下、上記記事に関するかと思われる過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千五百八十三:銀行制度についての種々の話題_No.8』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no8-c8e8.html
●お金の問題点_0002.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=3ibrKBohE8o



(上記ビデオより抜粋引用)
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1年が過ぎ、銀行家は再び村に戻って来ました。

_5



さあ、みなさん、約束どおり、利子を付けてお金を返して下さい。

10万円を100人に貸したので、村にあるお金は1000万円です。

しかし、銀行家に返すお金の総額は1100万円。
当然、返済できない人が出てきます。
結局、村人の3分の2が返済できませんでした。
村人の中に勝ち組と負け組が誕生します。

銀行家は負け組の人達に向かって、こう言います。

また、お金を貸してあげてもいいのですが、みなさんはどうも商売が上手でないようです。
リスクが高いので、今度は利子を20%にして、12万円を返してもらいます。
ただし、今度こそ、返して頂けない場合は、お店の権利をもらいますよ。

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『二千五百八十六:銀行制度についての種々の話題_No.10』
●「お金の問題点」の続き
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no10-9079.html
https://www.youtube.com/watch?v=T8DcvHSi-C8



(上記ビデオより抜粋引用)
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(村人達)
この村中かき集めても1000万円しかないのに、どうして1100万円払えるの?

と、村人が集まって言いました。


(銀行家)
みなさん、それは興味深い事ですね。
あなた方の生産効率はアップしませんでしたか?

_4

 


(村人)
あなたはお金を作る事が出来るただ一人の人。
あなたは1000万円作っただけなのに、1100万円を要求している、、、
そんなの不可能だよ!


(村人達)
あなたがお金を取るので、この村にはお金が不足しています。
私達は必死で働いて利子を払っているけれど、ちっとも借金は減りません。


(銀行家)
もっとお金が欲しいんですかぁ?
でしたら、最近取得された物を担保にして、更に1000万円お貸ししますよ。


(村人)
まって、まって。
私達が一生懸命働いて、国は毎年発展するけれど、国の借金はますます増加する、、、


(銀行家)
国の文明化の程度は銀行への借金の大きさで測ることができるんですョ。
契約の神聖なる義務にのっとって、あなた方の資産を頂戴しましょうか?

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(引用終わり)


                                        坂本  誠

2016年10月19日 (水)

三千六: 歴史について_No.3

こんばんわ。
二千九百九十三:歴史について_No.2』の続きです。

時に、私達は意外な歴史を見る事により、驚きを感じたりするものです。
また、その意外な歴史を見た事により、そこから得られる歴史解釈を得て、さらなる驚きを感じる事もあります。

しかし、そのような意外さをも超えていくのが、私達のなすべきことではないかと感じます。
そのような視点から、ここに、再び、私達の歴史を見ていきましょう。

引用文献は、『二千九百九十三:歴史について_No.2』でも紹介した、『長崎歴史散歩』(劉 寒吉 著、創元社)です。

以下の引用文中の(大)、(中)、(小)と私が書き添えてあるのは、同書の目次の見出しの大きさを表しています。
もちろん、読者の方が、同書を直接見たい場合に、素早く、引用箇所を発見できるようにしたからです(ページ数を引用しますと、再版作成とか新装版作成などの際にページ数がずれる場合も多々あるので)。

いつものように、私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせていただきました。

(以下、『長崎歴史散歩』より引用(劉 寒吉 著、創元社))
------------------------------------------
遥かなり長崎開港四百年(大)
長崎史序章(中)
開港事情(小)

天文十二年(1543)に大隅国種子島の領主、種子島時尭が南蛮船から二挺の鳥銃を手に入れたことは、戦国の様相を一変せしめた。

(、、、中略、、、)

この鉄砲の威力を知らされた戦国大名たちが、種子島とか鳥銃とか呼ばれた鉄砲、石火矢とか称した南蛮の大砲の入手に狂奔したのは当然というべきである。
しかしこの欲しい南蛮の兵器や火薬を得るためには、おのずから順序みたいなものがあった。

まず南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない。
領主みずからが入信することが第一だが、たとえ洗礼は受けなくとも、布教を認めて、これを援助する。
このようにして誠意を示すことによって、南蛮僧から南蛮船を招来してもらうという順序なのである。

南蛮の火薬にたいする執着、さらには異国の珍奇な品々への憧憬は、九州の諸大名とても同様であった。
のちには宗門に帰依した熱心な切支丹援護者の大友宗麟の領内、府内(現在の大分市)や日出(ひじ)の港には、ポルトガルの旗をひるがえした南蛮船がしばしばはいってきたし、天文十八年(1549)に南蛮僧のフランシスコ・ザビエルが渡来した翌年にも肥前の平戸にはポルトガル商船が来航した。
------------------------------------------
(引用終わり)

この引用文から、当時の日本に伝授された火縄銃を手に入れるための、一連のプロセスがあることがわかります。

まず南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない。領主みずからが入信することが第一だが、たとえ洗礼は受けなくとも、布教を認めて、これを援助する。このようにして誠意を示す」わけです。

当時から時代が経った私達の時代から、これを見ると、「これも、どこか、おかしな事だ」と、読者の方々は気がつくでしょう。

戦争の道具である火縄銃を、外国のキリスト教の宣教師が持ってきたわけです。
そして、戦争用の道具を手に入れるためには、「日本がキリスト教を受け入れる」というのが、絶対の交換条件であるとわかります。
キリスト教を受け入れなければ、鉄砲をやらないぞ」と、時の外国のキリスト教の宣教師が日本人に伝えた事がわかります。

つまり、圧倒的に、キリスト教国であるヨーロッパ諸国の方が日本より上手にセットされている事がわかります。
日本国内にキリスト教の布教も認めないといけないのも絶対条件である事がわかります。
そして、キリスト教側であるヨーロッパ諸国に「誠意を示す」ことも絶対条件である事がわかります。

//////////////////////////

当時の外国キリシタン宣教師も、口からは(私達の時代から見て約2000年前の)、イエス・キリストの愛の教えを伝えていたことでしょう。
しかし、上の引用文からわかることは、日本国内で火縄銃を手に入れるためには、キリスト教布教が絶対条件だとわかります。

私達の脳裏に浮かぶキリスト教宣教師の姿とは、約2000年前の、イエス・キリストの語った愛と平和の思想を説く姿でしょうか。
ところが、日本国内でキリスト教を広める、その方針の背後には、「鉄砲布教」もあったことがわかります。

イエス・キリストの愛と平和の思想を世界に説く筈の外国キリシタン宣教師が、「あなたたちが鉄砲を手に入れるためには、キリスト教を受け入れなければいけない」と、交換条件を当時の日本人に強いた事がわかります。

//////////////////////////

私達が心に素直に、イエス・キリストの愛と平和の教えを思い出しながら、上記のプロセスを再考慮すると、誰でもが以下のように考えることでしょう。

イエス・キリストの愛と平和の思想を世界に広めたいのならば、それこそ、無条件で、その思想を世界に広めないといけなかったでしょう。
それどころか、キリスト教は、愛と平和を無条件に無限大に全世界に広げる」と、全世界に向かって、翼のように、高らかと謳(うた)うのならば、絶対的に、武器である鉄砲を世界に広めてはならないとなるでしょう。

ですから、もし、戦国時代に、真の外国人キリシタン宣教師達が日本に訪れたのならば、彼等は以下のような行動をしたことでしょう。

まず、外国人キリシタン宣教師達は、その手に火縄銃を持っていない筈でした。
そして、当時は、日本の戦国時代でしたから、外国人キリシタン宣教師達は、多くの日本人に対して、口々に、「戦争をやめましょう」と語りかけたことでしょう。
ですから、当然のように「鉄砲伝来を交換条件として、キリスト教を広める」ということは、真の外国人キリシタン宣教師達ならば、ありえない話だったでしょう。

真の外国人キリシタン宣教師達ならば、ただひたすら、無条件に、キリスト教の伝道・布教に努めたことでしょう。

(「『外国人キリシタン宣教師達が鉄砲の交換条件を当時の日本人に突きつけてきた』というのも、これも異常な話だ」と、読者の方も感じると思いますが。)

//////////////////////////

しかし、現実は、完全に反対であり、鉄砲も伝来して、かつ、その鉄砲伝来の交換条件として、キリスト教布教がセットされていた、という、およそ、本来のキリスト教精神の完全な逆が行われていた、と、人は知ることでしょう。

//////////////////////////

この、当時の外国キリシタン宣教師達の姿勢と、彼等の口から、よく出てくる、イエス・キリストの愛と平和の思想を、同時に聞いていた筈であろう、当時の日本人は、何も大きな矛盾点を感じなかったのでしょうか?

//////////////////////////

しかも、「まず南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない」とありますから、この鉄砲入手の一連のプロセスは、バチカンの公認であったでしょう。
ですから、この記事の読者としては、「このプロセスが、愛と平和を説いていたキリスト教側のやり方なのだろうか?」と、疑問を抱くことでしょう。

//////////////////////////

さらに、変な事に気がつくでしょう。

この欲しい南蛮の兵器や火薬を得るためには、おのずから順序みたいなものがあった」と「みたいなもの」という、曖昧な表現がされています。
「みたいなもの」とは、英語で言うならば、「何々に似ている」という「like」ですね。

しかし、その直後には、「まず南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない」とあります。
「なければならない」というのは、絶対の表現です。
「なければならない」とは、英語で言うならば、断定を意味する「must」ですね。

なので、このくだりから考えられることは、「キリスト教の世界布教のために、鉄砲布教も、同時に奨励されている、しかし、公に、それを教会側が認めてしまうと、問題がある、しかし、このプロセスを絶対に維持するために、『南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない』と、強く断定的に行く」と、受け取れるでしょう。

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しかし、いずれにしても、「まず南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない、、、南蛮僧から南蛮船を招来してもらうという順序なのである」のくだりにあるように、鉄砲入手の一連のプロセスが堅くセットされていた事がわかります。
ですので、私が「みたいなもの」という言葉尻を捉えなくても良かったかもしれません。

いずれにしても、上記の鉄砲伝来とキリスト教の布教のプロセスが堅くセットされており、暗黙の了解となっていた事を教会側が知っていたでしょうから。
あるいは、当時の教会側が、このプロセスを発案したのかもしれませんが、いずれにしても、キリスト教会側とそれを受け入れる日本側の暗黙の了解となっていたことは確実です。

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ですから、当時の日本人でも、「愛と平和を口からは説いている、外国人キリスト教宣教師達が、鉄砲伝来をも兼ねている、というのは、おかしなことではないだろうか?」と、気が付いた人もいるのではないでしょうか。

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なので、上記の疑問が、その後の日本人の疑問と行動となって行ったと思います。
二千九百九十三:歴史について_No.2』でも、その日本人の疑問と行動を書いたのですが、以下に簡潔に再び引用しておきます。
詳細な引用文は、『二千九百九十三:歴史について_No.2』を参照してください。

(以下、『長崎歴史散歩』より引用(劉 寒吉 著、創元社))
------------------------------------------
遥かなり長崎開港四百年(大)
切支丹教会領長崎(中)
切支丹教会領となる(小)

(、、、中略、、、)

切支丹宣教師たちは布教と救民事業に努力してはいたが、歳月がたつにつれて、中には不遜な態度に出る者もあった。

---- 長崎中スベテ耶蘇宗門ニ帰依セシメ、我意ヲ振舞ヒ、蛮夷ノ頭伴天連ヲ主人ノ如ク取持ツ。

と『長崎根元記』にあるように、かれらにたいして快く思わない町民も出てきた。

ことに自国の強力な国力やおのれの財力を誇る南蛮商人の暴慢さは、しだいに町民の反感を買ってきた。
ツバの広い帽子をかぶり、黒いマントの裾をひるがえして闊歩する赤鼻の商人たちの日本人狩りは、はじめはひそかにおこなわれていたが、やがて半ば公然と奴隷船が港を出てゆくことになると、町民の反感は憎悪にかわっていった。

(、、、中略、、、)

荒れ狂う禁教の嵐(大)
二十六人聖人殉教(中)
サン・フェリペ号事件(小)

(、、、中略、、、)

さらに激昂した一人の船員は一枚の世界地図を増田長盛につきつけて、どなった。

「われらは、このように世界を征服して広大な版図を有するイスパニヤの船ぞ。日本などという小国を恐れるものではない。おとなしい処置をとらねば、いまにこの国もわがイスパニヤ国王の領土となろうぞ」

長盛はおどろかなかった。
しかしびっくりした顔で、いったい、イスパニヤという国はどのような方法でそんな大きな領土を持つことができたのかと訊ねた。

狙いをつけた国に、まず伝道師を送りこむ。住民をキリシタンに引きこむ。住民がだいたいキリシタンになったところで、それを足がかりに軍隊を送って攻略する。イスパニヤは世界最強の軍隊を持っているのだ

多分に思い上がった船員の誇張だろうが、肩をそびやかしていう赤ら顔のことばは、さすがに長盛をおどろかせた。

この長盛からの報告に、さらに秀吉もおどろいた。
かねてからモヤモヤと胸にわだかまっていた疑いが、一挙に正体をあらわした思いであった。
------------------------------------------
(引用終わり)

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もっとも、当時、キリスト教に改宗して行った、多くの日本人も、このような一連のプロセスを見た人は、ほとんどいなかったことでしょう。
彼等がその耳で聞かされたのは、聖書に書かれてある通りのキリストの言葉そのものであり、このような一連のプロセスまでも見た人々はいなかったと思います。

つまり、聖書の中の言葉と、当時のキリスト教会側の布教方針に大きな隔たりがあることがわかるでしょう。

また、現代のキリスト教徒の、ほとんどの人は、単純に、「私の両親や祖先がキリスト教徒だったので、うちもキリスト教なんですよ」と、言う人が多いだけでしょう。
また、現代の教会の中でも、日曜日のミサの時に、語られる言葉は、ほぼ聖書中の文章でしょうし、キリスト教伝来当時の、このような一連のプロセスが語られている、ということは、まず無いでしょう。

//////////////////////////

しかし、このような史実を考慮するということは、時として、厳粛な気持ちを持って、私達自身を見直すための、重要な機会となると思います。


(以下、上記記事に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千九百九十三:歴史について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no2-b19c.html

『二千五百七十八: 古代文明について_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no4-4a88.html
(以下、『InDeep』様、2013/12/21記事より引用)
------------------------------
●英国のストーンヘンジは古代の遺跡ではない? : 現在の場所にあるものは 1950年代に「ある目的のため」に建立されたと主張する記事を読み
http://oka-jp.seesaa.net/article/383246622.html

Restavraciya00121

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(以下、『InDeep』様、2013/12/29記事より写真を引用)
------------------------------------------
●あと一年くらいの今の世界(3) : 報道され続ける「巨大な人類」と12月31日の外出禁止令
http://oka-jp.seesaa.net/article/383880105.html

1231

------------------------------------------

『二千四百二十九:News_No.559』
●科学者らは巨人族の骸骨を隠滅した
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/03/news_no559-5e77.html
http://japanese.ruvr.ru/news/2015_03_01/283143102/

(上記記事より抜粋引用)
------------------------------------------
スミソニアン博物館は、20世紀初頭に「科学的事実を隠蔽し人類進化の理論の無謬性を守る目的で」アメリカ大陸各地で見つかった巨人族の骨格標本数万点が廃棄された事実を語る文書を公開することになっている。

(、、、中略、、、)

歴史文書には一切記されておらず、しかし異教の祭儀や宗教文書に名残をとどめる巨人族の遺骸は、公式科学に承認された人類の誕生と発展を記述する歴史理論に疑義を挟ませないために、廃棄されたという。

スミソニアン博物館は長期にわたり容疑を全面的に否認してきたが、のち、一部のスタッフが、巨人族の骨格標本の廃棄の証拠となる文書の存在を認めた。
また、博物館から盗み出されて廃棄を免れた長さ1.3mの大腿骨なるものが裁判所に提出された。
この大腿骨は、それを盗み出した博物館幹部の家に、長らく保管されていた。
その人物は公聴会で、その骨について、博物館で行われた秘密オペレーションについて、証言した。
審理の中で、この大腿骨の提出の瞬間は、ひとつのハイライトであった。

裁判所の決定によれば、(、、、以下、省略)
---------------------------
(引用終わり)

『三百六十六:古代文明について』
●世界各地で見つかる「失われた大陸」:大西洋のポルトガル領海沖でピラミッド状の建造物が確認される
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/post-911b.html
http://oka-jp.seesaa.net/article/376015556.html

(上記記事より抜粋引用)
---------------------------

Atlantica1

---------------------------
(引用終わり)

『七十七:私の見かけたビデオについて_No.14』
●アフリカで発見された200,000年(20万年)を経たアヌンナキの都市
●200,000 Year Old Annunaki Cities Discovered in Africa
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/06/_no14-51ce.html
http://soundofheart.org/galacticfreepress/content/200000-year-old-annunaki-cities-discovered-africa
http://www.youtube.com/watch?v=CwggVFKzjAE
     ↑
(削除された方のビデオのURL)
●UFOhunter - 200,000 Year Old Annunaki Cities Discovered in Africa
https://www.youtube.com/watch?v=HEZO7V5NgpM
     ↑
(新しく見つけた方のビデオのURL)


YouTube: UFOhunter - 200,000 Year Old Annunaki Cities Discovered in Africa

(上記記事より抜粋引用)
------------
アヌンナキが金を採掘するためにここに来た時は、200,000年(20万年)以上とされています。

彼(テリィンガー)はヨハン・ハイネと一緒に調査した廃墟は、広大なエリアの上に数千もの石を持って、作られています。
浸食と青錆の成長がありながら、その構造は、彼等の最大の古代の証拠を示しています。
彼は以下の事を詳細しました。
彼が「アダムのカレンダー」と称した最も重要な廃墟の1つ、それは、日によって、タイムアウトを記すことが出来た一枚の石の暦のことです。

アヌンナキは、彼等の鉱山労働者を作るために、人間の遺伝子をいじり回しました。

廃墟は、ハチの巣のように一緒に集まっている六角形の形をしています。
彼が推測するに、それらは、クローンのタンクとして使われたとのことです。
------------
(引用終わり)

『二千八百六十三:国(くに)について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no2-8c9d.html
●弥生時代
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E7%94%9F%E6%99%82%E4%BB%A3

(上記記事より抜粋引用)
------------

なお虐殺死体が弥生時代に増加すること及びそれらを研究することが専門の研究者にとっても大きな精神的負担になっていることを、松木武彦は新聞の評論で述べている[18]。

(、、、中略、、、)

最終更新 2016年2月22日 (月) 01:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

如何に日本中がひどい戦争状態だったかがわかる一文です。

稲作とか青銅器とか鉄器とかの当時の最新技術は大陸から入ってきたのでしょうが、人々が本当に幸福感を感じることは、あまり無かったと私は予想しています。
------------
(引用終わり)

『二千八百二十五:歴史について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-8b14.html

司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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Photo


明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。
維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。

どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては、政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、ただ明治六年七月に「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけである。

これが高率であったこと、各地の実情にそぐわなかったことなどもふくめて、明治初年、各地に大規模な農民一揆が頻発するのだが、木崎村は、このときには一揆を起こしていない。
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(引用終わり)


                                        坂本  誠

2016年9月19日 (月)

二千九百九十三: 歴史について_No.2

こんばんわ。
二千八百二十五:歴史について』の続きです。

私達が目にする歴史書の中に、あまり見かけない歴史が記載されているのを見ると、私達は今までの歴史の認識が変わる事があります。
そして、その、あまり見かけない歴史を知ることによって、現代の私達の社会システムを見直すこともあります。

この記事では、その、あまり見かけない歴史を見ることにしましょう。

//////////////////////

引用文献として、『長崎歴史散歩』(劉 寒吉 著、創元社)を紹介します。
初めに断っておきたいことがあります。
長崎は観光都市として有名です。
ですから、同書のほとんどは、長崎の史実を語りながらも、長崎を観光で訪れる人々のためにも、楽しく、趣深く紹介されています。
ですから、「知らない歴史を知る」という観点からのみで、同書が書かれているのではないことにもご注意してください。

また、以下の引用文中の(大)、(中)、(小)と私が書き添えてあるのは、同書の目次の見出しの大きさを表しています。
もちろん、読者の方が、同書を直接見たい場合に、素早く、引用箇所を発見できるようにしたからです(ページ数を引用しますと、再版作成とか新装版作成などの際にページ数がずれる場合も多々あるので)。

いつものように、私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせていただきました。

(以下、『長崎歴史散歩』より引用(劉 寒吉 著、創元社))
------------------------------------------
遥かなり長崎開港四百年(大)

切支丹教会領長崎(中)

切支丹教会領となる(小)

(、、、中略、、、)

切支丹宣教師たちは布教と救民事業に努力してはいたが、歳月がたつにつれて、中には不遜な態度に出る者もあった。

---- 長崎中スベテ耶蘇宗門ニ帰依セシメ、我意ヲ振舞ヒ、蛮夷ノ頭伴天連ヲ主人ノ如ク取持ツ。

と『長崎根元記』にあるように、かれらにたいして快く思わない町民も出てきた。

ことに自国の強力な国力やおのれの財力を誇る南蛮商人の暴慢さは、しだいに町民の反感を買ってきた。
ツバの広い帽子をかぶり、黒いマントの裾をひるがえして闊歩する赤鼻の商人たちの日本人狩りは、はじめはひそかにおこなわれていたが、やがて半ば公然と奴隷船が港を出てゆくことになると、町民の反感は憎悪にかわっていった。

(、、、中略、、、)

秀吉の伴天連追放(小)

(、、、中略、、、)

その直後に秀吉の陣屋を訪問したのが長崎の町民たちである。
かれらは秀吉に向って賀詞をのべたあとで、長崎の事情をはなし、南蛮人たちの暴状を訴えた。
秀吉は日本人を奴隷として船に詰めこむ南蛮人たちのふるまいにも目を見張ったが、はじめてきく長崎の実情、長崎が南蛮のバテレン領になっているということに驚愕した。

すぐに人を派して大村純忠の所領帳をしらべさせると、果して訴えがあったとおりに長崎は切支丹の知行地となっている。
激怒した秀吉はただちに五箇条からなるバテレン追放の命令書を発した。

(、、、中略、、、)

荒れ狂う禁教の嵐(大)

二十六人聖人殉教(中)

サン・フェリペ号事件(小)

しかしやがて嵐がおとずれる。
その嵐はまず四国の土佐の沖に吹き荒れた。
慶長元年(1596)七月十二日、吹きすさぶ嵐の中から巨大なすがたを現した一艘の黒船が土佐の浦戸の港にはいってきた。

領主の長曽我部元親(ちょうそかべもとちか)がしらべると、フィリッピンのカビデ港からメキシコへ向っていたサン・フェリペ号という千トンの大帆船で、出向後間もなく大暴風に見舞われて難航をつづけたあげくに、漂着したものである、ということであった。
元親は二百三十三人の乗客や船員を上陸させると、おびただしい積荷も船からおろしてしまい、ただちに家臣を急派して秀吉に報告した。
大阪からは秀吉の側臣、増田長盛が駆けつけた。

(、、、中略、、、)

さらに激昂した一人の船員は一枚の世界地図を増田長盛につきつけて、どなった。

「われらは、このように世界を征服して広大な版図を有するイスパニヤの船ぞ。日本などという小国を恐れるものではない。おとなしい処置をとらねば、いまにこの国もわがイスパニヤ国王の領土となろうぞ」

長盛はおどろかなかった。
しかしびっくりした顔で、いったい、イスパニヤという国はどのような方法でそんな大きな領土を持つことができたのかと訊ねた。

「狙いをつけた国に、まず伝道師を送りこむ。住民をキリシタンに引きこむ。住民がだいたいキリシタンになったところで、それを足がかりに軍隊を送って攻略する。イスパニヤは世界最強の軍隊を持っているのだ」

多分に思い上がった船員の誇張だろうが、肩をそびやかしていう赤ら顔のことばは、さすがに長盛をおどろかせた。

この長盛からの報告に、さらに秀吉もおどろいた。
かねてからモヤモヤと胸にわだかまっていた疑いが、一挙に正体をあらわした思いであった。
ただちに国中のバテレンを逮捕して処刑せよ、と厳命したのである。
------------------------------------------
(引用終わり)

//////////////////////

ここから、私のこの歴史に関する意見となります。
現在、本屋に並んだり、図書館に所蔵されている、多くの歴史書にも、安土桃山時代と江戸時代でのキリスト教弾圧の歴史について書かれています。
しかし、それらの多くの書には、キリシタン弾圧の理由については、あまり、正確な記述が無いように見えます。
それらの多くの書に記載されているのは、たいてい、「キリスト教の雰囲気が時の為政者に気に食わなかった」という雰囲気のものが多いでしょうか。

しかし、今回、私の引用した文献『長崎歴史散歩』には、日本国内のキリシタン弾圧のいきさつが、上記の引用文のように詳しく記載されています。
上記の引用文にもありますが、「赤鼻の商人たちの日本人狩りは、はじめはひそかにおこなわれていたが、やがて半ば公然と奴隷船が港を出てゆくことになると、町民の反感は憎悪にかわっていった」とあります。

これでは、現代の私達も当時の長崎の町民達の感情を理解することでしょう。
また、「長崎が異国の土地となっている」という点を見ても、当時の為政者から見たら、放置できない状態だっと推測できます。

そして、上記引用文に書かれていないことですが、私達がわかることがあります。
それは、「『日本人狩りが南蛮の商人達によって行われ、公然とその奴隷船が出向していた』ということは、長崎に訪れた外国人キリシタン宣教師達も、奴隷狩りの行為を知っていた筈である」。

つまり、これは、奴隷狩りが行われていたのを知りつつも、外国人キリシタン宣教師達が何も言わず、黙認していたと言えるでしょう。
上の引用文には、「切支丹宣教師たちは布教と救民事業に努力してはいた」とありますが、これでは、「外国人キリシタン宣教師達は救民事業を行っていた」と、私達は見なせるでしょうか。

//////////////////////

もとより、私達は世界史を思い出せます。
それは、ヨーロッパ諸国による帝国主義の時代です。
ヨーロッパ各国は世界各国を植民地にして行きました。

そして、それらの植民地化した土地に、大勢のキリシタン宣教師達を送っていたことも知られています。
ですから、その当時のキリシタン宣教師達の布教活動と、上記のヨーロッパ各国による世界各国の植民地化政策を見て、私達はどう感じるでしょうか。

また、ヨーロッパの白人は当時、アメリカに渡り、先住民であるインディアン達を追放して、自分達の国を作り上げました。
そして、アフリカからも大量の黒人奴隷を引き連れてきました。

当時のキリシタン宣教師達がそれらの行為を見て、「何も疑問に思わなかったのだろうか」と私達は感じるでしょう。
これでは、救民事業と言えるでしょうか。
あるいは、それらの行為の正当化が、教会内で行われていたのでしょうか。

//////////////////////

ですから、引用文の後半のセリフも私達に理解しやすくなります。

狙いをつけた国に、まず伝道師を送りこむ。住民をキリシタンに引きこむ。住民がだいたいキリシタンになったところで、、、、

つまり、時の権力者が、キリスト教国の侵略行為の意図の、更なる裏付けを得た、ということになります。

//////////////////////

これらの歴史的事項を踏まえながら、当時の日本のキリスト教文化を考えて行きましょう。
当時の日本で、キリシタン弾圧が行われたのは有名なことです。

しかし、「なぜ、あれほど大規模なまでの弾圧が起きたのか」、また、「なぜ、対するキリシタン側のあれほど大規模なまでの根強い対抗があったのか」は、人々の理解が進みません。

私が思うに、「上記のいきさつが、当時の多くのキリシタンに知らされなかったのではないのか?」という気がします。
なぜならば、現代の歴史書もそうですが、上のような、詳しいいきさつが記載されていないからです。
ですから、キリシタン弾圧のあった、当時の日本でも、これほど、詳しいいきさつを多くの日本人が知らされなかったのでは無いかと、私は推測しています。
もし、知らされなかったとしても、その理由についてまではわかりません。

しかし、もし、上記の詳しいいきさつが当時の多くの日本人に知ったとしたら、あのキリシタン弾圧の時代は無かったかもしれません。
なぜならば、当時の国内に多く存在していたはずの日本人キリシタンでも、「まさか、自分達が奴隷として、外国に送られる可能性がある」あるいは「キリスト教国の日本侵攻のために、自分達が先兵として使用される可能性がある」と知ったならば、再び仏門に回帰したかもしれないからです。

//////////////////////

ここまでの日本キリシタンの歴史の考察からわかることがあります。
上記のようないきさつがあったとしても、当時、キリスト教に改宗する日本人は多かったと思います。
その理由も納得のいくものです。
なぜならば、当時の外国人キリシタン宣教師達が布教に利用していたのは、主に、原始キリスト教の清楚な精神だったからです。

キリスト教の布教に用いられた聖書ですが、その聖書に記載された話は、イエス・キリストが死んでから後、せいぜい、200、300年以内の出来事だったと言われています。
ですから、外国人宣教師達は、主に聖書の内容を用いて布教したでしょうが、その布教内容は、イエス・キリストが最初に広めた清らかな内容だったと理解できるからです。

しかし、この歴史からわかることは、「その布教内容と、原始キリスト教時代より、1000年以上経過した、巨大システムであるキリスト教会の運営方針には、巨大な隔たりを感じる」というものでしょう。

ですから、当時、キリスト教に改宗する人々は、原始キリスト教の清らかな精神に惹かれて、改宗したと私達は感じるでしょう。
しかし、そのキリスト教会を運営する方針についてまでは、それらの新しくキリスト教に改宗する人々には、何も伝えられなかったと推測できます。

現代に至るまで、私の知る限り、上記のような長崎の歴史の初期の奴隷狩りの一件や、巨大システムであるキリスト教会の運営方針を末端の日本人改宗者に伝えられない点から見ても、「大衆に隠蔽させらている情報がある」ということによって、多くの人々が、それらの政治によって、痛く翻弄される事がわかります。

//////////////////////

キリシタン弾圧の時代を生きた、日本人のキリスト教徒達は、「なぜ、私達は弾圧を受けるのか、その理由が納得できない」というものが多かったと私は推測します。

なぜならば、「時の権力者達のキリスト教を嫌悪する感情が、キリシタン弾圧を生んでいるのだ」となると、「弾圧行為が個人的な人間のえり好みの問題なのだ」ということになり、これでは、当時の多くの日本人のキリスト教徒達が長く、反対運動をし続けても、世の人々は納得するのではないでしょうか。

当の日本人のキリスト教徒達は、原始キリスト教の清楚な精神を見習って、キリスト教に改宗したでしょう。
しかし、当時のヨーロッパの世界植民地化政策や、それをなんとも疑問に思わず、かつ、それを手助けしているかのような、巨大キリスト教会の方針を、このように、改めて見直すと、自分達のキリスト教改宗の意義も、見直す必要が出てくるほどではないでしょうか。

//////////////////////

日本の当時のキリシタン弾圧というのは、一種の戦争行為のように人は感じるでしょう。

しかし、どんな戦争でも、そうですが、その戦争の発端となると原因や理由を、人々が正確に掴んだ時に、その戦争は終わるのかもしれません。
しかし、その戦争が終わったとしても、その戦争を起こした問題点がわかり、その原因が、つまり、その問題点が本当に解消されているかどうかが、人々が次の争点となっていく筈です。

現在のヨーロッパ系の人々の全てがそうではないと知っていますが、上の文章の流れからいけば、現代に、奴隷を欲する人がいないかどうかとか、あるいは、人類支配を欲する人がいないかどうかが、問題となってくると思います。

//////////////////////

この記事では、歴史物を取り扱いました。
ですので、過去記事の方にも、歴史に関する過去記事を掲載しておきます。


(以下、上記記事に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千五百七十八: 古代文明について_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no4-4a88.html
(以下、『InDeep』様、2013/12/21記事より引用)
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●英国のストーンヘンジは古代の遺跡ではない? : 現在の場所にあるものは 1950年代に「ある目的のため」に建立されたと主張する記事を読み
http://oka-jp.seesaa.net/article/383246622.html

Photo

Stonehengetop031

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(以下、『InDeep』様、2013/12/29記事より写真を引用)
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●あと一年くらいの今の世界(3) : 報道され続ける「巨大な人類」と12月31日の外出禁止令
http://oka-jp.seesaa.net/article/383880105.html

1231

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『二千四百二十九:News_No.559』
●科学者らは巨人族の骸骨を隠滅した
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/03/news_no559-5e77.html
http://japanese.ruvr.ru/news/2015_03_01/283143102/

(上記記事より抜粋引用)
------------------------------------------
スミソニアン博物館は、20世紀初頭に「科学的事実を隠蔽し人類進化の理論の無謬性を守る目的で」アメリカ大陸各地で見つかった巨人族の骨格標本数万点が廃棄された事実を語る文書を公開することになっている。

(、、、中略、、、)

歴史文書には一切記されておらず、しかし異教の祭儀や宗教文書に名残をとどめる巨人族の遺骸は、公式科学に承認された人類の誕生と発展を記述する歴史理論に疑義を挟ませないために、廃棄されたという。

スミソニアン博物館は長期にわたり容疑を全面的に否認してきたが、のち、一部のスタッフが、巨人族の骨格標本の廃棄の証拠となる文書の存在を認めた。
また、博物館から盗み出されて廃棄を免れた長さ1.3mの大腿骨なるものが裁判所に提出された。
この大腿骨は、それを盗み出した博物館幹部の家に、長らく保管されていた。
その人物は公聴会で、その骨について、博物館で行われた秘密オペレーションについて、証言した。
審理の中で、この大腿骨の提出の瞬間は、ひとつのハイライトであった。

裁判所の決定によれば、(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

『三百六十六:古代文明について』
●世界各地で見つかる「失われた大陸」:大西洋のポルトガル領海沖でピラミッド状の建造物が確認される
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/post-911b.html
http://oka-jp.seesaa.net/article/376015556.html

(上記記事より抜粋引用)
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Atlantica1

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(引用終わり)

『七十七:私の見かけたビデオについて_No.14』
●アフリカで発見された200,000年(20万年)を経たアヌンナキの都市
●200,000 Year Old Annunaki Cities Discovered in Africa
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/06/_no14-51ce.html
http://soundofheart.org/galacticfreepress/content/200000-year-old-annunaki-cities-discovered-africa
http://www.youtube.com/watch?v=CwggVFKzjAE<----削除された方のビデオのURL)
●UFOhunter - 200,000 Year Old Annunaki Cities Discovered in Africa
https://www.youtube.com/watch?v=HEZO7V5NgpM<----新しく見つけた方のビデオのURL)


YouTube: UFOhunter - 200,000 Year Old Annunaki Cities Discovered in Africa

(上記記事より抜粋引用)
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アヌンナキが金を採掘するためにここに来た時は、200,000年(20万年)以上とされています。

彼(テリィンガー)はヨハン・ハイネと一緒に調査した廃墟は、広大なエリアの上に数千もの石を持って、作られています。
浸食と青錆の成長がありながら、その構造は、彼等の最大の古代の証拠を示しています。
彼は以下の事を詳細しました。
彼が「アダムのカレンダー」と称した最も重要な廃墟の1つ、それは、日によって、タイムアウトを記すことが出来た一枚の石の暦のことです。

アヌンナキは、彼等の鉱山労働者を作るために、人間の遺伝子をいじり回しました。

廃墟は、ハチの巣のように一緒に集まっている六角形の形をしています。
彼が推測するに、それらは、クローンのタンクとして使われたとのことです。
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(引用終わり)

『二千八百六十三:国(くに)について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no2-8c9d.html
●弥生時代
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E7%94%9F%E6%99%82%E4%BB%A3

(上記記事より抜粋引用)
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なお虐殺死体が弥生時代に増加すること及びそれらを研究することが専門の研究者にとっても大きな精神的負担になっていることを、松木武彦は新聞の評論で述べている[18]。

(、、、中略、、、)

最終更新 2016年2月22日 (月) 01:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

如何に日本中がひどい戦争状態だったかがわかる一文です。

稲作とか青銅器とか鉄器とかの当時の最新技術は大陸から入ってきたのでしょうが、人々が本当に幸福感を感じることは、あまり無かったと私は予想しています。
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(引用終わり)

『二千八百二十五:歴史について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-8b14.html

司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。
維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。

どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては、政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、ただ明治六年七月に「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけである。

これが高率であったこと、各地の実情にそぐわなかったことなどもふくめて、明治初年、各地に大規模な農民一揆が頻発するのだが、木崎村は、このときには一揆を起こしていない。
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(引用終わり)

                                        坂本  誠

2016年8月26日 (金)

二千九百七十四: 現代の日本教育について_No.2

二千九百七十一: 現代の日本教育について』の続きです。

現在、人々の間で言われている「教育崩壊」の件について、前段で書きました。
主に、小学校教育の段階で英語とコンピューターのプログラミングの導入における、小学校教師のセリフ「もう、これ以上、ついていく事が出来ない」あるいは「もう、勉強できない」といった言葉について、考えてみました。

前段の続きの感じだと、「学ぶ必要は無いではないか」という感じにもなりますが、ここから先は、ちょっと違った感じになるかと思います。
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もともと、学校の方で、先生の方から「もっと勉強しなさい」とは、よく言われていると思います。

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この先生や、ないしは親から「もっと勉強しなさい」と言われているのは、結局、あなたの外部から言われている事に気が付くでしょう。
どんな人でも、自分の関心のあるジャンルには、驚くほどの興味と好奇心を持っているものです。
ですから、そのような自分の関心のあるジャンルに対しては、誰かに言われるの待つことも無く、貪欲なまでに、そのジャンルの知識を吸収していると思います。

なので、例えば、自分の関心のあるジャンルが、たまたま、教師や親の推奨していた英語とか理科とか算数である場合もあります。
それらが自分の好きなジャンルだと、誰にも言われず、その人は、どんどん知識を吸収していることでしょう。
その姿を周囲の人が見て、「この人は勉強している」とは言えないと思います。

自分の好きなジャンルの知識を、自然と吸収しているだけです。
ですから、この手の知識の吸収の仕方を「勉強」という単語で、表現するのは、妥当では無いでしょう。

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なので、そのような人が、たまたま学校側の提供したテストで高得点を取ることはあるでしょう。
しかし、そのような純粋な知識欲から出た結果の、知識吸収というのは、いわゆる、学校側の推奨している「勉強」とは言わないでしょう。

ですから、そのような人が、どんなに学校側から与えられたテストの点数が高くても、また、偏差値が高くても、その人の本心とは違っているので、自分のテストの得点とか偏差値を全く気にしないと思います。
単純に、その人がその手のジャンルを好きだっただけなのですから。

なので、この手の知識獲得の方法は、「勉強」ではなく、自然な形での知識吸収ですから、この手のスタイルでしたら、どれほど多くの知識・技能を吸収しても問題は無い事がわかります。

ですから、そのような状態での、知識吸収・技能獲得というのは、喜ばれる事でしょう。
もし、仮にテストの点数等によって、「自分の好きなジャンルが嫌いになった」とあるならば、それは本当にその人が、「そのジャンルを好きでなかった」ということになるでしょう。
なぜならば「外部の意見によって、その人の好悪が左右されていた」ということになるので。

ですから、この手の知識獲得の結果、現在、テストの点数の高いと見えるような人がいても良いわけです。
なので、「私は知識獲得をしたい」と言う人は、自らの心の赴くまま、貪欲なまでに知識を吸収すれば良いと思います。

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学校の学習科目というものも、ある意味、「教育機関が、このジャンル(国語とか社会とか算数とか)が大事なのだ」という、教育機関の思惑の結果によって、学校の学習科目がセットされているのも、気付いた方が良いでしょう。

学校の学習科目以外にも、様々なジャンルがあります。
世に人は多いですから、色々なジャンルに興味が出るのは当然です。
ですから、学校の学習科目以外のジャンルでの、知識獲得に励んでも良いわけです。

学校で教えられている理科とか算数とか国語とか、その他のジャンルというのは、結局、過去や現在の為政者達が、「この手のジャンルの知識を高めなさい」という、外部の声や要望事項に過ぎない事がわかるでしょう。

この手の世界の中で、学問におけるピラミッド社会が形成されている事がわかります。
もはや、知識吸収の喜びという意味ではなく、「テストや偏差値の高下によって、威張る事が出来るのだ」、とか、あるいは、「このピラミッド型社会の階層社会に、テストの点数の高い方が有利なのだ」という、欲望の方が重視されているようですから、これだと、もはや、教育崩壊というものの原因も人は気づきだすのではないでしょうか。
もはや、これだと、学問と呼べる状態では無いでしょう。

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上記のような、「学問による自分のちからや権勢の誇示」以外にも、まだ見受けられるものがあるでしょう。
それは、学問の商業化です。

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生徒達の周囲にある、おびただしいまでの量の参考書の量とか、教材の量の莫大な数に、人は気が付くはずです。
「多くの生徒達が大量の参考書や教材を購入する」というのは、それだけで、教育界や学校システムというのは、巨大なマーケット(市場)になっている事に、人は気が付くでしょう。
そして、そのマーケットで、ターゲットにされているのは、他ならぬ、「多くの生徒達である」という事にも、人は気が付くでしょう。

現に、学校の教科書とかに、ある本が選定されると、背後では、それだけ莫大な金額が動いている事に気が付くでしょう。

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人が「学問の商業化」に気が付き始めたら、教育崩壊というものにも、自然に納得するかもしれません。

また、現に、学校の先生でも、上司と部下がいるのに気が付きます。
学年主任とか教頭先生とか校長先生ですね。

現代の教育システムだと、どうしても、ピラミッド型の組織を作ろうとしますから、学校の先生の間でも、上司と部下を作らないといけなくなります。
そのためには、なんとかして、教師の間でも、何らかの査定や選別・選抜を行って、教師の間での上下を作らないといけなくなります。

その査定の目安として、一番わかりやすいのは、あるクラスの担任と、別のクラスの担任の「成績」ということになるでしょう。
その教師の成績というのは、その教師の教えているクラスの生徒達の成績でしょう。

例えば、「今度の期末テストでの、総合的なテストの平均として、1組よりも5組の方が優秀だった」とか。
あるいは、「今度の高校入試で、2組よりも4組の方が、より多く、高校へ進学できた」とか。

このようにして、教師同士の競争の結果、教師同士の間でも上下関係が生まれます。

当然、教育界の側でも、現行の教育システムだと、学年主任とか教頭とか校長を作らないといけませんから、教師同士の間で行われた競争の結果を査定基準として、彼等の昇進・昇給の判断を行う際の目安の一つとなるでしょう。

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ですから、生徒の側としては、現代の教育界の問題を、ずっと考えていると、学校教育に関して、執着が薄れていくかと思います。

ある生徒が、

「あの先生は、やたらと私達に、『もっと勉強しなさい』と言い続けていたけど、こんな理由で言っていたのか」

と知っても、そこで憤るのは、得策では無いでしょう。
むしろ、

「彼等にも、生活というものがあったのだ」

という事がわかれば、むやみに気持ちを高ぶらせるのではなく、反対に、かなり冷めた目で、あるいは、彼等に対する恩情の気持ちで、現代の教育界と、現代の教育方針を見る事が出来るでしょう。
そして、その結果、今後、先生や親から「もっと勉強しなさい」と言われても、冷めた感情で、軽く、冷静に、それらを受け流す事が出来るかと思います。

そして、あなたは現代の教育システムからは執着が薄れ、新しい、新鮮な心を胸に抱きつつ、知識獲得の喜びに向かって歩み始めるのではないかと思います。

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総じて、現代で言われている「教育崩壊」というものの原因は、他ならぬ、「現代の教育方針そのものが、現代の教育崩壊を起こしたのだ」と、感じます。


                                        坂本  誠

2016年8月24日 (水)

二千九百七十一: 現代の日本教育について

現代の日本教育を考えてみたいと思います。

昨今、日本の小学校の段階で、英語教育とコンピューターのプログラミング教育が導入される事が決まったと聞きました。
小学校の教育現場でも、先生の方が、「もう、これ以上、ついていく事が出来ない」という言葉が出ていると聞きました。
つまり、小学校の先生だと、全ての教科を小学校の生徒達に教えないといけません。
国語、算数、理科、社会、体育とありますが、それ以上に、今後、英語とコンピューターのプログラミングが加わるわけです。

ですから、長く、小学校で教えている小学校の先生といえども、英語のちからが欠けていれば、英語の勉強をしたり、あるいは、コンピューターのプログラミングを自ら学習しないといけないことがわかります。

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ある小学校の先生だと、とても、そのような勉強が出来ないので、「もう、これ以上、ついていく事が出来ない」と言ったのでしょう。
ここから、私達が感じる事があると思います。
常日頃は、小学校の生徒達に向かって、「日々に勉強しなさい」というセリフを言っていたかも知れません。
しかし、いざ、今度は自分が新たに勉強しないと行けない段階になったら、「もう、勉強できない」というセリフが出たという事に至っては、読者の方々も、何かを感じる事が多いと思います。

「学びに年齢は関係無い」という言葉もあります。
ですから、上のセリフが出るという事も、ある何かを考えさせられますが、現代の学校教育というのは、「ひたすら、際限の無い、ゴールの無い、競争を人々に強いているのだ」とわかると思います。
とにかく、むやみやたらに、若い人々に知識的な競争のみを強いている事が分かります。

そして、当の生徒達には、「君たちは競争に勝ったのだ」という手合いのセリフを与えたりして、それによって、生徒達を満足させておけば良いのだ、という風潮があることにも気が付かれるでしょう。
(ところが、その競争が終わった後でも、「終わりの無い競争」ですから、またしても、新たな競争の舞台を与えるわけです。そして、その競争も終われば、さらに新たな競争を、、、という状態になっている事にも気が付かれるでしょう。)

ですから、一般の報道でも、しばしば、出て来る報道内容としては、世界各国の生徒達の学力結果です。
「あの国の生徒達が2番だ」、とか「その国の生徒達の成績は、まあまあだ」という感じで報じておけば、自然に多くの人々の自尊心などがくすぐられるので、人々は自発的に競争するわけです。
しかし、どこまでも、いつまでも、ただひたすら定期的に、世界各国の子供達の学力レベルが報道されるので、私達は永遠の競争を強いられている事が分かります。
そして、その競争にはゴールがありません。

つまり、このような感じで、私達は、ただひたすら競争させられている事が分かります。
そして、その競争自体も美徳だと思いこまされている事にも気が付くでしょう。

ですから、私達は、ただひたすらに知識の吸収とか、学歴のみを追いかけるようになるのにも気が付くでしょう。

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ですから、冒頭のように、学びを教える筈の教師の方でも、「もう、勉強についていけない」という本音が出ても、当たり前だと私は思います。

激しいまでの競争をさせられると、幸福も感じずに、その競争自体で不幸を感じるわけですが、周囲の人々が、そのスタンピード現象というみんながいっせいに同じ方向に動いてしまう現象の中にいたら、「これが当然の状態なのだ」と思いこんでしまうことにも気が付きます。

ましてや、その競争によって、激しい苦しみを感じるわけですから、この競争社会の目指しているものは、幸福追求ではないことがわかります。
しかし、周囲の人々のスタンピード現象によって、「その状態をやっていれば、いつの日にか、必ず、落ち着いた幸福を私達が得る事が出来るのだ」という、偽りの目標を私達が追いかけさせられている事に、本当の問題があることに気が付かれるでしょう。

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私達は「賽の河原(さいのかはら)」という言葉を思い出すと思います。
「賽の河原」について、書きます。

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この「賽の河原」というのは、あの世の地獄というところにあるとされています。
ある川原に人間の子供の亡者たちがいます。
その人間の子供の亡者たちは、なぜか理由は知らないのですが、ただひたすらに、河原の石を積み上げて、石の塔を作ろうとしているのです。
ところが、ある一定の段階まで、石が積み上げられると、どこからか鬼達がやって来て、その石の塔を壊すのです。
ですから、人間の子供の亡者達は、泣く泣く、再び、石を積み上げ始めるのです。

この「賽の河原」の逸話はギリシャ神話にもあります。

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結局、私達が、この「賽の河原」に気が付いたら、自発的に止めて、その世界から抜け出るしか手が無いと思います。
ところが、周囲の人々は、その競争社会こそが自然の状態なのだ、と思わされているわけです。
ですから、仮に、ある人が、その競争社会から抜けようとすると、周囲の人々から、かなりの反論や反対意見を聞かされるかも知れません。

しかし、現実には、カバールやイルミナティによる、全地球人の奴隷化計画及びその実行が進められており、その一端として、私達の競争社会が築かれていることに気が付くわけです。
ですから、反対意見や反論を言ってくる方々には、まず、カバールやイルミナティによる、全地球人の奴隷化計画及びその実行の話とか、あるいは、彼等の進めているNWO(新世界秩序)の話題を聞いてもらわないといけなくなるでしょう。

しかし、全く、記のようなカバールとかイルミナティとかNWOという単語を聞いた事の無い人で、それらの単語を始めて聴く人は、中には取り乱す人もいるかもしれません。
世に人は多いですから、私としても、誰が取り乱すかはわからないので、この辺りについては、個人の心の準備の出来次第、ということになるかもしれません。


                                        坂本  誠

2016年5月17日 (火)

二千九百十: ビルダーバーグ会議の開催季節を思い出して

おはようございます。
最近、忙しい事があり、ブログの更新が進みませんでした。

ところで、新緑の季節たけなわですが、そろそろ6月です。
今年も、ビルダーバーグ会議の開催季節が近づいてきました。

と言っても、今年のビルダーバーグ会議がどこで開催されるかは私は知りません。
また、「『ビルダーバーグ会議』と言っても、それは何の会議なのですか?」と、尋ねて来られる方もおられるかもしれません。
ですので、インターネット百科事典より引用します。
私の気になりました部分には、アンダーラインを引いたり、太字にしています。

(以下、『wikipedia』より引用)
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●ビルダーバーグ会議 wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0%E4%BC%9A%E8%AD%B0

オランダのビルダーバーグホテル。

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1954年に最初の会議が開かれ、その名の由来となった。

ビルダーバーグ会議(ビルダーバーグかいぎ、英語:The Bilderberg Group, Bilderberg conference, Bilderberg Club, Bilderberg Society)は、1954年から毎年1回、世界的な影響力を持つ政治家や官僚、多国籍企業・金融機関の代表やヨーロッパの王族、貴族の代表者など約130人が[1]、北米や欧州の各地で会合を開き、政治経済や環境問題等の多様な国際問題について討議する完全非公開の会議である[2]。
ビルダーバーグ・クラブ、ビルダーバーグ・ソサエティとも呼ばれる。
「陰のサミット」と呼ばれることもある。
出席者リスト、議題はある程度ウェブサイトで公表され、ジャーナリストやコラムニスト等も招待されるが、会議での討議内容は非公開であり記事になることはない[3]。

(、、、中略、、、)

王立国際問題研究所、外交問題評議会、三極委員会とも関係がある。
ビルダーバーグ会議出席者とこれらの組織のメンバーには重複が認められる。

(、、、中略、、、)

メンバーの中心は、デイヴィッド・ロックフェラーやキッシンジャーなどの中道派(国際協調主義)である。

(、、、中略、、、)

最終更新 2015年7月9日 (木) 09:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

ビルダーバーグ会議の出席者は、多国籍企業の社長とかの人物もいます。
そして、特徴的なのは、「1954年から毎年1回」開催されているのですが、完全にマスコミでは紹介・報道されないところが大きなポイントでしょうか。

ですから、平たい感じで表現すると、「多くの庶民には伝えられない、あるいは、知らされない情報がある」という点です。
マスコミでは、決して報道されないのですから。

なので、彼等には共有している情報があるのですが、世界中の数多くの庶民には、それらの情報が共有されていないわけです。
また、世界中のマスメディアが報道しない事からわかると思うのですが、これだと、「世界中の多くの人々が知らない事実が存在している」という事が証明されるでしょう。

「マスメディアで報道されない」とあるならば、私達が何か気になる情報があれば、それは、やはり、インターネットを使ったりして、情報を手に入れないといけないと思います。

「自分の知りたい情報がテレビや新聞で一切語られない」とあるならば、その手のジャンルの情報を知りたい時には、現在では、ネット検索の手段しかないでしょうか。

あるいは、書籍を探す手もあるかもしれません。

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以前の日本のテレビ番組で、どこの放送局だったか忘れたのですが、『あなたの知らない世界』というテレビ番組がありました。
オカルト系の情報を取材した番組だったと記憶しています。

しかし、このテレビ番組のタイトル『あなたの知らない世界』を考えてみたいと思います。
あなたが、初めて、かつてのテレビ番組、『あなたの知らない世界』の中で紹介される内容は、確かに、あなたの知らない世界について、語られた内容かもしれません。
しかし、そのテレビ番組を見た後では、そのテレビ番組の内容は、既に「あなたの知っている世界」となるわけです。

こういうものは、「『あなたの知らない世界』が存在している」という状態ですから、あなたは「自分の知らないものを見てみたい」という興味が現れるので、その番組を見たくなるかと思います。
しかし、その『あなたの知らない世界』を見た後では、「あなたの知っている世界」となるわけですから、「怖いもの見たさ」という、あなたの興味が無くなるかと思います。

また、それを見る前には、まだ、見たことの無い世界ですから、何らかの恐怖心があるかもしれません。
しかし、あなたがこの手の番組を見た後では、「なんだ、こういうことか」と感じてしまい、興味も無くなると同時に、恐怖心も無くなっているかと思います。

それと、同じように、あなたが「このビルダーバーグ会議の中で、何が話し合われているのか?」と、知る前に興味があっても、中身を知った後では、興味も恐怖心も薄れているかもしれません。

ただ、今まで、あなたの知らなかった情報を手に入れた事により、あなたの人生上の方針や設計に、何らかの修正・変更が起きるかもしれません。
それぐらいの程度かも知れませんね。

しかし、これらの情報を知っていれば、あなたも私達の世界を理解するスピードが、ずっと早くなると思います。

(以下、上記記事を書いていてふと思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三十六: 私の見かけたビデオについて_No.7』
●ビルダーバーグ2012ロンポール死への策略が明かされる
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/06/_no7-fc7a.html
http://www.youtube.com/watch?v=tBzz5dRxsS4



(上記ビデオより抜粋引用)
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▲デスク・キャスター(ダリン・マックブリン)
「INFOWARSの夜のニュースへようこそ。」
「2012年6月1日金曜日です。」
「私はダリン・マックブリンです。」
「今夜のラインナップを素早く見てみましょう。」

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「今夜のINFOWARSの夜のニュースでは、来るビルダーバーグ出席者の抗議が上がりました。」
「ビルダーバーグ調査をしてきたジム・タッカーはロン・ポール暗殺の策略を明かしました。
      :
     (中略)
      :
「その時、企業化されていない真実の提供に基づいた新しいメディアの即時の仕事により、ここに巨大メディアニュースが絶滅する。」
      :
     (中略)
      :
■ジム・タッカー
「彼らはロン・ポールについて非常に厳しい事を言っていました。」

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「なぜなら彼は非常に愛国的に議会を指揮していて、これら政策条約の承認を停止させ、彼らの大事な組織が傷つくようにしていて、」
「ですから、その過酷な話は近くにいた男から出て来て、ロン・ポールと彼の支持者達を飛行機に乗せて、そこでイスラム教徒の自爆策略で彼を落とそうというものです。
「それも最も過酷なコメントで、彼らの主なスクリプトは私のところには来ていません。」
「ビルダーバーグの声はホテルのロビーに集まっています。」
      :
     (中略)
      :
▲デスク・キャスター
「そしてビルダーバーグのメンバーがロン・ポールを脅かしたのはこれが初めてではありません。」
「あなたは2007年の時のことを思い出すかもしれません。」
「私達に明かされたのは、米国諜報がロン・ポール革命を脱線させるために暗殺を検討していた事です。
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『三千三百四:私の見かけたビデオについて』
●ビルダーバーグ会議 : 欧州議会で取り上げられる (UKIP) #seiji イギリス独立党
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2013/05/post-41e7.html
http://www.youtube.com/watch?v=UcmRjiX_t_M

(※筆者注:現在、上記ビデオはなぜか削除されています。)

(上記ビデオより抜粋引用)
---------------------------
「次回のビルダーバーグ会議はイギリスで開催され、場所はワットフォードのグローブホテル、6月6日から9日とされています。」
「この年次会議は権力と富と影響力を持った人々---政界、ビジネス、金融関係が参加するサミットです。」
「この会議の最大のミステリーは主流新聞、放送関係者は、1954年以来、報道しないと決めていることです。」
「しかしインターネットの時代では、この存在は秘密にできません。」
「イギリスのすべての主流メディア、テレビ局に対して、報道することを書名で要請しました。」
「報道しないならば、なぜなのか?」
「情報公開条例を使い、ハートフォード州警察責任者に、どのような根拠で警察業務が提供され、誰が費用を払っているのかを、照会中です。」
「回答を楽しみに待っています。」

(公開日: 2013/05/22 )
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『二百八十九:フリーメーソンとイルミナティ レジャンバルド神父』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/post-4df6.html
http://mizu888.at.webry.info/201308/article_81.html
http://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=50235
●フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part1
http://www.youtube.com/watch?v=3PLaXhXdZt8



(上記記事より抜粋して引用)
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1.サタンに仕えるイルミナティ最高権力者たち(0:02)

神父:イルミナティはサタンの世界支配を確立するために、このルシファーに身を捧げます。
そのサタンの世界支配は、唯一の世界政府、唯一の世界経済、唯一の世界軍隊、そして唯一の世界宗教によって確立します。
13人のドルイド司祭は、直接、具体的にメーソン会員をサタンに捧げ、世界中のイルミナティの儀式を司ります。
この13人のドルイド司祭は、サタン信仰に身を捧げ、フリーメーソン、イルミナティ内部でサタンとの契約を司る人々です。
この33人が500人のビルダーバーグ会議出席者を支配します。
----------------------

『二百八:News_No.281』
●イルミナティの計画&ブッシュ一族とロスチャイルドの戦い。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/news_no281-3617.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51891464.html
http://the-tap.blogspot.jp/2013/07/how-bilderberg-fringe-was-controlled.html

●ケリー・キャシディさんによる
------------------
ケリー・キャシディさんによる、帝国の真実と題したプロジェクト・キャメロットの番組(ロンドンから)の中から、以下の内容が伝えられました。
・・・ビルダーバーグ会議では、デービッド・アイク、アレックス・ジョーンズを含む1000人の市民が会議場に入るのを許されました。
歴史的な事です。
あるイギリスの国会議員は、自分達が国を運営しているのではない、ビルダーバーグが世界中の国々を運営しているのだ、とはっきり言いました。
そして多くの人々がビルダーバーグに反撃し始めました。
エリート組織(イルミナティ)は、我々から隠れ続けるのを止めました。
我々は彼等から直接攻撃を受けています。
エリート組織は、自分達を第4帝国であると呼んでいます。
そして彼等は誇り高く世界の人口の3分の2を消滅させると言いました。
------------------

『二千六百六十三:私の見かけたビデオ_No.62』
●戦争犯罪人ヘンリー・キッシンジャー容疑者と対決 ビルダーバーグ #kissinger #bilderberg
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/09/_no62-5ce0.html
https://www.youtube.com/watch?v=b20Ev0OVFqw



(上記ビデオより抜粋引用)
---------------------------
●リポーター:
こんにちは、博士。

キッシンジャーさん、あなたは2011年のスイスのビルダーバーグで何をするつもりですか?

■キッシンジャー:

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私がビルダーバーグで何をするつもりですかって?

●リポーター:
スイスのビルダーバーグで、ええ。
何があるんですか?

■キッシンジャー:
色々な話題について議論するでしょう。
---------------------------

『四十三:私の見かけたビデオについて_No.9』
●事前に漏洩した2013年ビルダーバーグ会議の議題 #bilderberg #agenda #leaked
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/06/_no9-0ae3.html
http://www.youtube.com/watch?v=dJYVvCoW01k

(※筆者注:現在、上記ビデオはなぜか削除されています。該当記事にジャンプして、当ビデオが流されていた時の翻訳内容をご確認ください。)



(上記ビデオより翻訳と抜粋引用)
----------------------------
炎のようなそのメインの目的は、いまだに、余分に課税することです。
そう、彼等はセキュリティーの側の装いの下に、あなた達を置くことができました。
しかし、実際に、それはさらなるインターネット検閲です。
彼等は、それを「デジタル・ワイルドファイアー」と呼びます。
そう、彼等は「デジタル・ワイルドファイアー」を最後まで演じたいのです。

また、彼等は、抗生物質の抵抗の上昇による、一部分で引き起こさた世界的大流行の脅威についても話しそうです。
もちろん、それは、バクスターやリリースのような製薬会社のa_t_f_someに与えられたものです。
一般の人々に向けられた鳥インフルエンザウイルスと他のウィルスは、彼等に関係しています。

なぜならば、彼等は、全てのmingunアルカイダ・テロリストに資金提供していました。

等しく、キッシンジャーは、イランの核施設へのイスラエルの攻撃を、押し進めています。
----------------------------
(翻訳と引用終わり)

『二千六百六十:私の見かけたビデオ_No.61』
●ジェイコブ・ロスチャイルド卿と対決 ビルダーバーグ Rothschild Bilderberg
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/09/_no61-eae4.html
https://www.youtube.com/watch?v=kZRMYlDvg4A



(上記ビデオより抜粋引用)
---------------------------
●リポーター:
2011年のビルダーバーグ会議について何か話す事ができますか?

■ジェイコブ・ロスチャイルド:
ご存じのように、私は参加しませんでした。

●リポーター:
ビルダーバーグに参加しませんでしたか?

_8

 

■ジェイコブ・ロスチャイルド:
参加しませんでした。

●リポーター:
今年は参加せず、昨年はどうですか?

■ジェイコブ・ロスチャイルド:
いいえ、私はオーストラリアにいました。
私のいとこをご存じでしょう。

●リポーター:
あなたのいとこが参加しましたか?

■ジェイコブ・ロスチャイルド:
はい、そう思います。
オーケー、おやすみなさい。
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                                        坂本  誠

2016年4月13日 (水)

二千八百八十六: 教育について

私は以下の言葉を聞いた事があります。
『教育こそが最大の武器である』と。
この言葉を聞いて、考える事がありました。

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以前、実際に起こった出来事なので、仕方のない事ですが、「大韓航空機爆破事件」というものがありました。
北朝鮮のスパイが、韓国の航空機を爆破した事件です。
北朝鮮の元スパイ、金賢姫(キム・ヒョンヒ)が「蜂谷真由美」という日本人名を名乗り、大韓航空機に搭乗して、その飛行機に爆弾を仕掛けて、爆破させた事件です。

その後、金賢姫は特赦を受け、現在では韓国で暮らしているそうです。
その金賢姫が手記を書き、その手記は日本にも広く紹介されましたので、同手記を読んだ読者の方も多いかもしれません。

その手記には北朝鮮での雰囲気が伝えられていました。
それらを数え上げたらキリが無いので、ここに関係するものだけを書きます。
北朝鮮の内部では、日本や韓国やアメリカを敵国だと、幼い頃から教え続けられます。
もちろん、学校教育でも教えられています。
「憎むべき韓国と日本とアメリカだ」のようにね。

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しかし、その金賢姫が韓国で暮らすようになり、気づいたそうです。
つまり、「祖国の政府から『相手の国の人々を憎むように』と、洗脳教育されていた」と。
彼女が韓国で暮らすようになり、彼女の周囲にいる韓国人の生活ぶりを見て、「どうして、私(金賢姫)がこの人々(韓国の人々)を憎む理由があるのだろうか」と気付いたそうです。

金賢姫は個人的に韓国人を憎む理由など一つも無いことに気が付くのです。
あえて、韓国人や日本人を憎む理由を挙げるとするならば、彼女が過去に北朝鮮で生活していた時の教育だった事がわかります。

私達、日本人でも、太平洋戦争中に「アメリカやイギリスは憎むべき敵である」と教えられたそうです。
もちろん、戦場の日本兵は目の前の敵を個人的に憎む理由は無かったでしょう。

ただし、戦場の兵士などは、彼等の戦意を高揚させるために、国家政府が未然に戦争教育を彼等に与えます。
その戦争教育の内容が「敵の兵士を憎め」等でしょう。

つまり、ここからも、『教育こそが最大の武器である』と言われるゆえんでしょう。

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ですが、国境を分けている、当の政府からしてみれば、自国が併合されたりすると、自分達の職が無くなりますので、何としても敵国に負けてはいけないと感じていると思います。

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ですから、学校教育の現場でも、「敵の兵士を憎みなさい」という手合いの教育が行われるのでしょう。

そのような教育を受けた生徒にしてみれば、本当によく考えてみれば、個人的に、その敵国とされる人を憎む理由は一つも無い筈でしょう。
ですから、そのような生徒が敵国の兵士を憎んでいるとしたら、上の例の金賢姫のように、それは教育という名の「洗脳」行為こそが、その理由だった、と私達にわかるでしょう。

ですから、『教育こそが最大の武器である』という言葉を聞いて、「これは真実を突いた言葉だ」と、私達は感じると思います。

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上からの流れも含めて、「教育」というのは、日本での小中学校での義務教育もありますが、私はこの「教育」という言葉に、ある「強制」の雰囲気を感じます。
実際、「どこかの誰かに、これそれを教えてやろう」というのは、相手に対しての強制を行っている事になるでしょう。
なぜならば、相手に無理矢理、何かの知識を教え込ませるのですから。
たとえ、その相手が幼い子供であっても。

これに反して、「学ぶ」という言葉の持つ雰囲気には、逆のベクトルを私は感じます。
私達が「学ぶ」という行動をよく見てみると、どこかの誰かが自発的に何かの知識を得ようとしている事に気がつきます。
ですから、どこかの誰かが何かを学んでいる姿を見て、その学んでいる人には、その人の内側から、にじみ出てくる探究心があり、その探究心が飽くこと無く、何かを学んでいる事に気がつきます。

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ですから、私達が「学んでいる人」を見ると、その人の内奥(ないおう)から、にじみ出るエネルギーが身体の外部へと放出しているように感じると思います。

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しかし、「学ぶ」ではなく、再び「教育」の方を考えてみます。
この場合は、どこかの教師のような存在がいます。
そして、教えられる側の生徒がいます。
そして、その生徒が、ある学習内容を自分のものにしたいかどうかという、意志の選択の余地も与えられずに、盲目的に、つまり、強制的に、ある内容が、その目の前の教師から与えられている事に気がつきます。

つまり、あるエネルギーが教師の側から出ており、そのエネルギーは一方通行で生徒の側に入っていくのみです。
生徒の側からエネルギーが出るのではなく、強制的に教師からのエネルギーが発されているのです。

ですから、これだと、受け取る側の生徒が教師から出ているエネルギーを受けるのを拒否すれば、教師から流れ出る知識は一つも生徒の内側に蓄えられない事になります。

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また、「どこかの誰かに、これそれを教えてやろう」という意志を持っているわけですから、これだと、教育は以下のような意志を持つ事になるでしょう。

  「どこかの誰かに、これそれを教えてやった結果、私の思うとおりに、その人が動くであろう」

と。

これだと、教育というのは、やはり、相手に対する強制であり、また「相手を支配したい」「相手を自分の思うままにコントロールしたい」という欲求が、その奥に潜んでいると、私達は感じるでしょう。

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ですから、「教育」というのは一種の強制であり、「認められるべきではないだろう」という考えが私には湧きます。
どのようにやっても、「教育」というものが、「学ぶ」という自発的な行動を生むことにはならないでしょうから。


                                        坂本  誠

2016年2月19日 (金)

二千八百三十六: 不登校の子供達を見て

テレビで不登校の子供を特集した番組を見かける機会がありました。
その番組の内容は詳しくは書きません。
もちろん、その番組の主役となった子供のプライバシーを守るためでもあります。
ですから、私がこの記事を題材としては、「不登校の子供をどう考えるか」だけで良いのですから、その他の情報までは要りません。

かなり、長い事、教育現場で不登校の学生の問題が囁かれています。
つまり、社会の側である大人達から、不登校の子供を見ると、「不登校の子供がいることは問題である」という認識があるからです。
で、この記事では、「不登校とは、本当に社会問題なのか?」という、あまり私達の考えたことの無い側面から、考えてみたいと思います。
つまり、これも「私達の常識を考える」という手合いになってきます。
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長い前置きになりましたが、上にも書いたように、「不登校とは、本当に社会問題なのか?」という問いを一緒によく考えてみましょう。
「不登校の児童は問題児である」という、盲目的な考えが私達の頭にはあるようです。
なぜ、不登校は社会問題なのか?」と考えるに、わかりやすくアプローチする方法は、やはり日本国憲法ですね。
日本国憲法の中に、児童の義務教育が定められています。
日本国憲法が児童の義務教育を定めているので、「不登校の子供は日本国憲法に違反しているじゃないか」と、私達は考えがちです。
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では、一歩さらに進んで、以下の疑問を考えてみます。

  「なぜ、日本国憲法は児童に義務教育が定めているのか?

この疑問になると、意外に、私達はこの疑問に対する答えを手に入れにくいのに気が付くと思います。
「なぜ、日本国憲法は児童に義務教育が定めているのか?」という疑問を進めると、以下の回答に行き当たります。

  「日本国憲法よりも前の大日本帝国憲法(明治憲法)が義務教育を定めている。だから、日本国憲法成立の仮定で、大日本帝国憲法で定めていた義務教育を受け継いだのだろう」

という、答えが返ってきます。
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では、さらにさらに一歩進んで、以下の疑問を考えてみます。

  「なぜ、大日本帝国憲法は児童に義務教育を定めたのか?

ここからが、本当の日本の義務教育の期限を探る旅になると思います。

明治時代より以前の江戸時代では、義務教育が存在しませんでした。
しかし、この明治時代以降に義務教育が発生します。

この大日本帝国憲法というものは、当時の明治政府がヨーロッパの国々で使用されている憲法を学んで、日本風にアレンジしたものを大日本帝国憲法としたことで知られています。
ですから、その当時の欧米諸国には、既に義務教育が存在していたのかもしれません。
明治政府は、ヨーロッパの風習を受け継いで、日本も欧米に似せるべく、義務教育を日本に取り入れたと考えられます。
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しかし、明治政府と言えども、全てが全て、欧米の風習をまねる必要性は無かったと私は感じます。

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ですから、日本と言えども、大日本帝国憲法を作成する段階で、日本の全ての子女に対して義務教育を強制する必要性は無かったように感じます。
しかし、明治政府の国策の一つとして有名なものの一つに、富国強兵策がありました。
この日本の富国強兵策とは、欧米諸国のように戦争の強い国にする事を目的としていました。
明治政府の段階で、日本は帝国主義を持っていたことは、多くの人の知るところです。
戦争の強い国にするためには、日本の多くの人々の知識や教育のレベルを上げないといけません。
そうしないと、戦争に使用される科学技術や外国語をマスターできないからです。

なので、私としては、日本がこの富国強兵策を狙った結果、日本の全ての子女に対する義務教育が課せられたとも感じます。

「欧米諸国では、いつ、どのようにして、義務教育が導入されたか」については、欧米諸国の教育史を紐解かないといけないので、そこまでは、現在、私は知りません。
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また、富国強兵策でないにせよも、当時の日本の大人達から見れば、自分達の子供の学歴が高いのを望んだと思います。
これは、現代でもよくある話で、人の親が自分の子供の高学歴を願う結果、教育ママとか教育パパと呼ばれる人々がいるのと同じです。

ですから、明治時代の当初でも、時の大人達が自分達の子供に、教育的な願いを課した結果が大日本帝国憲法に現れて、私達の社会の義務教育が生まれたと感じます。
学歴の高い方が誉(ほまれ)が高く、見栄やプライドを維持する事なのだ」という、よく世間で言われている欲を追求する結果が、義務教育になったとも感じています。
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どちらのケースにしても、子供に対する大人の一方的な教育願望の結果が、明治政府の定めた日本の義務教育となったと、私は見ています。

ですから、不登校の子供の訴えとしては以下のようなものが考えられるでしょう。

  「どうして私達は強制的に学ばされないといけないのですか? 強制的に学ばされると、かえって学びたくなくなるのです」 ●

と、これが不登校の児童の本音だと感じます。
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私が子供の頃も、不登校の児童はいました。
当時は「登校拒否」と言われていました。

そして、当時も今も、不登校の児童は、まるで悪人のように周囲の人から見られているケースが多いと思います。

私が上に書いた、不登校の児童の本音「どうして私達は強制的に学ばされないといけないのですか? 強制的に学ばされると、かえって学びたくなくなるのです」という主張があったとしても、昔も今も同様に、

  「何を生意気なことを言うか! 義務教育は昔から憲法で定められている事だから、誰も口出しできない事なんだぞ!」

という高圧的、威圧的な回答を大人達は不登校の子供に与えているケースが多いのではないでしょうか。
しかし、私が上にサンプルとして書いた大人の回答も、あまり要領が得ていないのに気が付くでしょう。
なぜならば、上の大人の回答だと「義務教育とは、どのような理由で定められたのか」という原初の段階までの理由が不登校の子供に示されていないからです。
ですから、私が上にサンプルとして書いた大人の回答は、「回答内容として不足がある」と、読者の方は気付くでしょう。
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ですから、「不登校の児童が増えてきた」という理由を、私が考えるに以下の点に行き当たります。
児童の方に、より強く自主性が芽生えてきたと感じています。
上の●の不登校の児童の本音のように、

  「自分は、自分の意に反して、強制的に学問を学ばされている。自分は不快な気がする」 ■

という感情が、児童の不登校を生み出していると感じます。
別に、不登校の児童の大半が、学習能力に不足しているとは見ていません。
おそらく、不登校の児童の大半は学習能力があるでしょう。

ですから、私が見るに、児童の不登校の原因は、上の●や■であると感じます。
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もちろん、小学生や中学生でも、一人一人の心があります。
その心の奥底には、誰も手を入れる事が出来ません。
また、本当の意味で、他人の心を操作することは出来ません。

ですから、日本が明治時代に定めた義務教育ですが、その当時は、多くの子供達は何も感じなかったのかもしれません。
しかし、時が経って、子供達の自主性の芽生えが進んだために、私達を強制的に教育させている義務教育への反感の思いから、多くの不登校が起きていると感じます。

彼等は義務教育に反対しているとは思うのですが、決して、デモ行進などはしません。
ただ、一人一人の心の命ずるままに、不登校という、静かな反対行為を行っていると感じます。
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子供という存在も、大人よりは知識が少ないかもしれませんが、一人一人の胸の内には心が内蔵されています。
彼等の心の織り成す直感が得た、義務教育に対する判断により、不登校を行っていると私は見ています。
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追伸:

義務教育を行う理由の一つとして、「国を挙げて、教育レベルが他国よりも何番目ぐらいに上なのだ」という自慢めいた目標があるのではないかとも感じられます。
報道でも、よく、「我が国の教育レベルは、世界の何番目だ」という手合いの報道を見かけます。

このような煽り(あおり)を行う事によって、多くの国民の競争精神を養っているとも考えられます。
で、多くの人々の競争意欲を高めると、「相手の国に(教育レベルでも)打ち勝とう」というような戦闘精神が見えてくるような気がします。

結局、私達は彼等によって競争意欲を高められた結果、(気付きにくくも)果てしの無い技術戦争に追い込まれ、そこで、その戦いに疲弊しているというのが現状ではないでしょうか。
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「人権」というのは、幼児や子供や大人の区別無く、つまり、年齢に関係無く、平等に、全ての人々に与えられています。
ですから、この点から考えても、「子供はまだ何もわからないだろうから、何もわからないうちに、知識を教育として与えておこう。これが大人の目から見た子供達への判断だ」というのが、義務教育の狙いの一つではないでしょうか。

そうなると、これは、子供の気持ちや感情を無視した強制教育となるでしょうから、やはり、義務教育というのは、子供や幼児にも大人と対等に与えられている筈の人権の侵害が行われていると考えられないでしょうか。


                                        坂本  誠

2016年1月16日 (土)

二千八百二十一: 著作権について

こんにちわ。

私のブログでも、時々書いている著作権の話題を書きます。
ですから、現実的な記事と言えます。

最近は、マスメディアの報道でも著作権の問題について色々と流されています。
ですから、何らかの表現をしたい人でも、「著作権」という言葉を聞くと、どことなく萎縮してしまう人が多いかと思うのです。
なので、著作権法の第三十八条を下に引用します。
私の気になりました箇所には、アンダーラインを引かせて頂きました。

(以下、引用)
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●著作権法 第三十八条
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S45/S45HO048.html#1000000000002000000003000000005000000000000000000000000000000000000000000000000

(営利を目的としない上演等)

第三十八条

公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。
ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。


公表された著作物(映画の著作物を除く。)は、営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供することができる。
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(引用終わり)

一つの例を挙げて書いていきます。

私達でも公園を散歩する時があるかと思います。

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そして、その公園を散歩しながら、ふと、誰かの音楽を思い出して、その音楽の歌詞を歌うとしましょう。
この場合、あなたは公園で好きな音楽を口ずさんだだけので、特に著作権法に違反しているわけではありません。
なぜならば、公園を散歩しながら、その音楽を歌っても、その公園の内部で遊んでいた他の人から、お金(料金)を取ったわけではないからです。

これが、上の引用文中の「第三十八条」に相当します。

また、同じく「第三十八条 4」も、「お金目的ではなければ、何かの複製物を他人に貸し与える事が出来る」とされています。

要するに、この「著作権法」というのは、ほとんどが「お金絡みの法律」である事がわかります。
「誰かの書いた文章や誰かの描いた絵や誰かの作詞・作曲した音楽などは、それを作った人の収入になる」というのが、前提である、という理由で、この法律が作成されている事がわかります。

ですから、逆に言えば、お金目的で無ければ(営利を目的としない上演等)、あまり、この著作権法が生きてこない事がわかります。
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つまり、お金目的で無ければ、あまり、著作権法が生きてこないのならば、比較的に、そのような金銭絡みの目的でない場所で、誰かの何らかの作品をコピーしても、あまり問われない事がわかります。

上の例で言うならば、「公園で鼻歌を歌う」ですね。
あるいは、インターネット上だけの公開ならば、インターネット利用者の場合、ほとんど、金銭獲得を目的としていないので、あまり問われていない事がわかります。
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しかし、私のブログでもそうですが、誰かの作品である場合、「誰それの作品」とか「どこそこからの引用」という形で、「引用」という言葉を明示しているケースがほとんどです。

確かに、インターネット上での表現といえども、やはり「誰それの作品」とか「どこそこからの引用」という表現があった方が、好ましいからです。
また、読者の方々にとっても、「その作品の出所はどこか」という「出展」もわかりやすいし、「出展」がわかれば、どこかの誰かがその情報を知った後で、調査したい時に、調査しやすくなるからです。
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また、何らかの書籍や、何らかのCDでも、「これは誰それの作品の引用ですが」と「引用」を明示したり、時には、引用を暗示したりして、自分の作品中に、どこかの誰かの文章なり、音楽作品を挿入したり、あるいは、絵画や写真を引用したりしています。

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これは、自分の表現したい作品に何らかの形で、過去、他の人の表現したものを挿入しないと、読者の方々や受け入れる人々に説明が出来ないからです。

例えば、本を書く人で、自分の本の中で、自分の意見を主張したい時があります。
その意見とは、「Aさんが言った事だけど、私はそのAさんの意見とは違う意見を持っている」あるいは「Aさんの意見を発展させると、自分の意見はこうなる」と、その本を書く人がそのような意見を自分の本に書きたいとします。
あるいは、研究とかもそうですね。

しかし、その場合、自分の意見を言うためには、どうしても、最初にAさんの言った発言を読者の方に知らせないと、読者の方々が理解できなくなります。

ですから、「Aさんが言った事だけど」という感じで、引用の暗示をして、自分の本の中に引用する事になります。

そして、言ってみれば、自分の本で収入を得るわけですから、金銭獲得を目的の一つとなります。
ですから、自分の本なり、音楽CDなり、その他の芸術作品発表という、金銭獲得目的でも、「引用」という形で、他の人の作品を自分の作品の中に取り込む事が出来ます。
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ですから、やってやろうと思えば、「自分の本の内容は、全て、この人の書いた内容である」という引用の暗示をしつつ、何かの本を出版する事も可能かもしれません。
あるいは、音楽作品でも、「このCDの内容は、全て、この人の作った作品であり、私はそれらのパロディを作りました」という引用の暗示をしつつ、何かのCDを作成することも可能かもしれません。

しかし、この場合だと、「ほとんど全ての作品を作ったのは、自分ではない」と言う事になり、他の人が見ると、「この人は剽窃(ひょうせつ)をしているので、その方面での技術や腕が無い」と言われかねないでしょう。

また、コピー元である、元の作品を作った人からも、あまり良くは思われないと感じます。

ですから、「全作品引用」という本なりCDなり絵画作品を、ほとんど、見かける機会はありません。

また、「著作権法 第三十二条」には、引用について、以下のように書かれています。

(以下、引用)
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●著作権法 第三十二条
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S45/S45HO048.html#1000000000002000000003000000005000000000000000000000000000000000000000000000000

公表された著作物は、引用して利用することができる。
この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
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(引用終わり)

つまり、これだと、「公正な慣行とは何か?」が問われる事になるでしょう。

最近の報道でも話題になっていますが、主に江戸時代に作成された春画が報じられています。
この場合、「春画に描かれた人間の肉体の状態は、わいせつなのか?」という疑問が多くの人に投げかけられています。

「猥褻(わいせつ)を表現するものを禁じる」という法律があります。
ですから、人々の間では「春画に描かれた内容は、猥褻(わいせつ)に相当するのか?」という疑問が多くの人々で会話されているのです。

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世間の夫婦ならば、性行為をしたからこそ、彼等の子供が生まれるわけですが、「その性行為の絵画表現は猥褻表現か」、それとも、「それは猥褻表現ではない」と議論されているわけです。
ある人が見れば、「性行為の絵画表現が猥褻表現に見え」、また、他のある人が見れば、「性行為の絵画表現は猥褻表現には見えない」というのが、最近の議論となっています。

少しだけ、話が飛びました。
話が帰って、「公正な慣行とは何か?」です。

例えば、Aさんの本を全て引用するのは、ある人から見れば、「それは公正な慣行である」と主張する人もいるかもしれませんし、また、ある人から見れば、「それは公正な慣行ではない」と主張する人も出てくるかもしれません。
「どのような状態が公正な慣行なのか?」が問題となるからです。

ですから、法律でもよく議論の対象となる部分は、上の例で言うならば、「どんな表現が猥褻(わいせつ)なのか?」とか「公正な慣行とは何か?」のように、人間の思い込み(主観と呼ばれるもの)が深い議論の対象となるケースが多いです。

「人間の思い込み」というものは時代によって変遷します。
上のように、春画ならば、江戸時代ならば、猥褻とは思われていなかったのかもしれません。
また、未来において「春画は猥褻ではない」と多くの人間が判断したら、春画は猥褻物ではない事になります。

ですから、人間の思い込み(主観と呼ばれるもの)というのを、法律化するのは、ちょっと間違っているような気がするのですが、、、
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ちょっと話が長くなりましたが、著作権の問題がけっこう言われていますので、金銭獲得を目指していないインターネット上での表現ならば、比較的に、安全だと言えるでしょう。
ただし、最近では、インターネット上を取り締まるべく、著作権法の強化が行われているようですが、細かい部分までは追っていません。

それに著作権と言うのは、この大元は「所有」という問題である事がわかります。
ですから、過去記事である『二千八百十七:ピラミッド社会を考える』で出てきたレプティリアンの問題だと言えるかもしれません。


                                        坂本  誠

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