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2017年11月 7日 (火)

三千百九十一: 身近に潜む不思議

こんばんわ。

ブログ更新の間隔が開いていますが、ご容赦ください。

私達の身近に潜む不思議の一つとして、以前の過去記事『三千十二:産毛(うぶげ)について』を書いたことがありました。

その段落の要約を書けば、「人間の髪の毛は、ずっと伸び続けるだけなのに、産毛(うぶげ)の方は、あらかじめ、自分の身長を計測できるかのように、自分の成長(産毛の成長)をストップさせることが出来る。これは一つの不思議だ」というものでした。

今回は似たようなもので、私達の旅行について書いてみます。

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私達は、様々な場所で、美しい旅先の風景を見たりします。

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本やテレビやインターネットの動画や写真、雑誌の中の探訪記とか、友人のアルバムの中の旅先の写真等、例を挙げたらキリがありません。

しかし、不思議なことに、「旅先全ての感覚を、何らかの媒体を使って、味わうことは出来ない」ということに気が付きます。

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例えば、動画や写真は視覚的ですから、かなりの量の旅先の情報を与えてくれます。
しかし、その、動画や写真の情報量といえども、実際の旅先に訪れた時の情報量と比較すると、驚くほど軽微なものであるのに気が付きます。
動画は、音声も含まれているし、数多くの連続写真を見ているのと同じです。
動画の記憶量は大きいのですが、それでも、旅人が旅先で感じた、その土地の全ての雰囲気の量には、はるかに及びません。

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山好きの人が、どこかの美しい山に登山した時のことを例として書いてみます。

全ての山には、それぞれの傾斜があったり、登山道の良し悪しがあります。
険しい道や緩やかな道の感覚を、あるいは、道の上に落ちている一つ一つの石を踏んだ時の感覚も旅の思い出の一つです。

或いは、傾斜の違いによって、汗のかき方も一つ一つ違っています。

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現代科学の手は、山の上にも伸びているかもしれませんから、山に行った時に、どこかの工場の煙を吸い込んだことにより、咳をしたかもしれません。
しかし、山頂に近づく頃には、そのような汚い空気の場所を抜けて、新鮮な空気を吸えるので、肺に健やかなものを感じるかもしれません。

そのような思い出すらも、旅人が旅先で味わう感覚の一つであることに気が付きます。

つまり、山好きの人ならば、その人の内臓である「肺」を使ってまで、旅先の思い出をストックしていることに気が付きます。
また、同様に、傾斜の急な山肌を登った時には、汗までかいていますから、その人の肌すらも、旅先の思い出をストックしていることに気が付きます。

あるいは、山頂付近の石清水を口に含んでみると、たいへん美味しかったので、そのまま、その石清水を飲み過ぎたことにより、ちょっとトイレの件で悩んでしまうとかもあるかもしれません。

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上の旅の例は、山を挙げました。

というのも、登山の旅は、現代の現実の旅行と、かなり違う面もあるので、その違いを感じやすいからです。

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ですから、普通の他の都会への旅も、上と同じように、「身体全身を使う」ことによって、私達は、旅先の全情報を、その体内にストックしていることがわかります。

上の例のように、私達の肺や肌の細胞、あるいは、内臓の細胞までも、旅先の雰囲気を味わい続けていることに気が付きます。

これは、いわゆる、人間の五感を超えてまで、旅先の情報をキャッチ、ストックしていることになります。

もう少しだけ、例を挙げてみます。
高層ビルが多い街か、あるいは、歴史的な景観を保つために、高層ビルの建てられない都市に訪れることもあるでしょう。

すると、高層ビルの多い街だと、日陰を多いことでしょう。
高層ビルの建てられない都市だと、日光を受ける機会が多いことでしょう。

すると、私達の肌、特に顔の肌だと、「ある街に訪れて、日陰が多かった」か、あるいは、「ある街に訪れて、多くの日光を受けた」という違いも出てきます。

このような違いですらも、私達は旅先の記憶として、キャッチ、ストックしていることに気が付きます。

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「肌が日光の量の違いを感じる」というのは、五感の内の一つの「触覚」というものに入るのでしょうか。

しかし、「内臓の受ける感覚」というのは、通常は、五感としては捉えにくいものがあります。

旅に訪れていない、通常の私達でも、日頃から、そのような、五感を超えるようなセンサーを発揮しつつ、生活しているわけですが、とりわけ、旅に出ると、通常とは違うライフ・スタイルに入りますから、そのような五感を超えるようなセンサーを使ってまでの、記憶のストック状態が鮮やかなものとなります。

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上に書いたように、私達は、私達の肉体全ての感覚を使いながら、旅先の雰囲気全てを把握していることになります。

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この量を考えると、ネット上の、どこかの旅先を紹介した動画で現された、旅先の情報というのは、「かなり少なめの情報量と言えるかもしれない」となるでしょう。

確かに、動画で紹介される、旅先の情報量は視覚・聴覚を使ったものですから、比較的、情報量は多いと言えるかもしれません。

しかし、上に書いたように、旅先に訪れた時の私達は、私達の全身を使ってまで、その旅先の全情報を把握しようとしているのであり、その全情報と比較すれば、動画で紹介された旅先の情報量は、かなり少ない、と言えるでしょう。

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確かに、旅先を紹介した動画や写真を見ることは、その旅先に訪れる際の、わずかな契機とはなるでしょう。

しかし、それらの媒体だけを使ってでは、旅先での全雰囲気を捉えることが出来ないことがわかります。

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つまり、やはり、旅の面白さを、本当に味わうためには、現代に発達した様々な情報機器でも無理ですので、「現地に訪れるしか、その方法は無い」ということがわかります。

昔から、旅のエッセイなどで、よく伝えられていることに、「(旅先の情報や雰囲気が)これまで聞いていたのとは、全く違っていた」と、旅人が報告するシーンが多いのですが、その旅人のセリフも、理解できます。

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このブログの中で、時々、SF映画『マトリックス』について紹介することがあります。

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映画『マトリックス』のあらすじは、今回、省略しますが、この『マトリックス』という、コンピューター・システムを、現実に使うことが出来れば、旅先の土地に訪れずとも、「仮想の旅」を行って、おそらく、私達は、その99%ぐらいの旅の実感を得られるかもしれません。

しかし、映画『マトリックス』に現れた、人類支配を実行しているコンピューター・システムを作れるほどの技術を、人々が手にするのは、かなり、遠い未来のことでしょう。

仮に、そのような技術の確立に成功して、ある人に、実際の現実の旅では無く、その現実の旅を、かなり精巧に偽造した「仮想の旅」を、その人に提供できたとしましょう。

本当の旅と比較して、その99%ぐらいが、精巧に偽造されており、ある人々は、その「仮想の旅」を味わいつつ、「これぞ、真の旅」と、錯覚するかもしれません。

しかし、「仮想の旅」は、あくまでも、仮想の旅に過ぎません。
残る1%が、「真の旅」とは違っています。

その、残る1%の不自然さに、人が気付き、「これは、まやかしの旅だ」と、主人公は気付きます。

その結果、主人公は、偽造の旅を捨て去り、真の旅を選ぶようになります。
これが、SF映画『マトリックス』のあらすじでもありますよね。

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話が横に反れ気味になったのですが、要は、旅において、写真や動画で味わう「仮想の旅」と、現実に、現地に訪れた際の「真の旅」に、私達は違いを感じることが多々あります。

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「その違いは、どこから発生しているのか」と、感じてみると、上に書いたように、「身体全体から発せらるる、五感を超える程のセンサー発揮によって、その違いが発生している」とわかります。

旅を行っていない、通常のライフ・スタイルでも、それらのセンサーは発揮されている筈ですが、特に、日頃と違った日々となる、旅先の思い出となると、それらのセンサーの発揮具合の詳細が旅の記憶としてストックされます。

ですから、それらのセンサーは、常日頃の私達でも持っているのだけど、通常のライフ・スタイルだと気が付きにくいものです。
なので、それらのセンサーについて、思いを巡らす事自体が、この記事のタイトルである『身近に潜む不思議』を実感しやすくなるかと思います。


                                       坂本 誠

2017年8月15日 (火)

三千百六十二: 廃墟を見て

こんばんわ。

最近、巷での静かなブームの一つとして廃墟見学があります。
この段落は、廃墟に関する記事です。

掲載した写真は、

Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%83%E5%A2%9F

からの引用です。

最近では、書店の棚にも、幾つもの廃墟の写真を納めた写真集も出ています。

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それらの廃墟の写真を見ると、人が近づきやすい廃墟もあるのですが、接近困難な廃墟もあり、「どうやって、写真撮影に成功したのだろう」とまで考えさせられる写真もあります。

接近困難な事情も踏まえると、廃墟探訪という行いは、現代版の冒険旅行の一つと言えるかもしれません。

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廃墟としては、古代に作られたものもあるし、現代に作られて放棄された廃墟もあります。
廃墟見学や探訪を行う人も、幾つかの理由から、その見学・探訪を行っているのでしょう。

ただ、その廃墟見学・探訪の目的に挙げられる理由の代表的なものとしては、「廃墟に訪れると、どこか厳かな(おごそかな)雰囲気に浸れるから」というものが多いかもしれません。

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廃墟が建設された当時では、その廃墟には、多くの人が使用していたものが多いのですが、現代となって、誰も使用していない巨大な廃墟が建っており、その廃墟の中に入ってみると、異様な雰囲気を感じるものです。

その異様な雰囲気は、普段、私達が住んで使用している建物の中に入っても、味わうことが出来ません。

巨大な廃墟のみが、その異様な雰囲気を作り出しています。

ですから、通常の居住空間や生活空間では得られない雰囲気を求めて、廃墟巡りをする人が多いのではないでしょうか。

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世界中にも、廃墟が多いのですが、ある廃墟などは、不思議な雰囲気を漂わせているだけですが、中には、現代文明への警鐘とも取れるメッセージ性の強い廃墟もあるようです。

前者の例だと、例えば、ヨーロッパの荒野の上で朽ちかけている石造りの城でしょうか。
そのような朽ちかけた城に夜間に訪れて、白い月の光でも浴びていれば、不思議な空間を感じることが出来るかもしれません。

後者の例だと、やはり、鉄筋コンクリートで作られたような廃墟が多いでしょうか。
その当時の人々の需要に合わせて、建設された建物でしょうけれど、その役目も短命に終わり、比較的、早期に人々の手を離れた廃墟が多いようです。

確かに、人々の需要というものは、時代によって移り変わるものですが、出来るだけ、人々の間で長い需要を満たし続けてきた建物というのは、それだけ、多くの人々の記憶に残るので、つまり、長寿を得られたことになります。

ですから、現代史の内で、廃墟となってしまった建物を見ると、どこか、強いメッセージ性を私は感じたりします。

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また、廃墟を見ると、人は現代に使用されている建物に接するのとは、全く違った雰囲気を感じることでしょう。

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例えば、現代でも使用されている建物に向かう時には、人は、どこか華々しいものを感じます。
これなどは、現代に、たった今でも生きている文化を味わうので、文化的に栄える方向の雰囲気を感じ取ります。

しかし、廃墟というのは、人が使用を止めたり、あるいは、止めつつあるので、どこか、文化の衰退性を人は感じることでしょう。

ですから、人が現代の都市の中で、使用されている建物を見る時は、つまり、「文明の表」を見るようなものですが、廃墟を見る時には、「文明の裏」を見るようなものでしょう。

この、著しく、方向性の違うものを見るので、人は、「私達、人間の文明とは何か」と言ったものを、深く感じたり考えさせるものがあると思います。

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人間の文明の表側も、裏側も見たら、次に来るのは、人間文明に対する深い懐疑かも知れません。

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                                       坂本 誠

2017年5月18日 (木)

三千百十八: 久しぶりに阿蘇を訪ねて

こんばんわ。

先日、久しぶりに阿蘇を訪ねて来ました。

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一年以上の時間が経っていました。

行く前にも「地震の爪痕が残っているだろうか」と考えていたのですが、実際に訪れてみると、ほとんど爪痕を感じるものはありませんでした。

やはり、一年という時間を感じました。

ただ、道を走っていると、少しばかり、「何々方面、通行止め」等の幾つかの標識も立っていました。
あるいは、道の横に取り付けられているガードレールが、一方では古く、一方では新しいものが取り付けられていました。
しかし、そのような状態は、かなり注意してみないと、地震の爪痕とはわからないものです。

ですから、他県からの来訪者が阿蘇に訪れても、よほど、局所的にしか、地震の爪痕を見ることは無いかと思います。

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そういうわけで、道路を走っていても、昔と変わりの無い、阿蘇の高原状の草原の美しさを堪能できました。

やはり、地震そのものによって、土地の美しさ自体が破壊されたわけでは無かったです。

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それよりも、いつもより落ち着いた雰囲気のある阿蘇を味わいました。

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阿蘇に訪れたことの多い私ですが、今回、2回目の南阿蘇に行ってみました。

いつもは、阿蘇神社とか阿蘇駅のある、北阿蘇とでも呼べる場所には、よく訪れていました(「北阿蘇」と言われる地名は無いのですが、今回は、南阿蘇地方と区別するために、この記事では「北阿蘇」という言葉を使っています)。

たまには違った雰囲気を味ってみたかったので、南阿蘇に訪れたわけです。

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南阿蘇には、あまり行った事が無かったので気が付いたことがあります。

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北阿蘇は比較的、広い土地なので多くの田んぼが広がっています。
しかし、この南阿蘇には、比較的に畑が多いのです。

ですから、阿蘇の近場に住んでいる人が阿蘇に訪れる機会があるならば、北阿蘇と南阿蘇の違いを楽しむのも一興かと思います。

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南阿蘇の畑の光景を見るに、なんとなく、日本のオリジナル光景が秘められていると感じました。

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「日本のオリジナル光景」というのは、私が頭に思い浮かべるのは、昔、テレビ放映されていた『まんが日本昔話』に出てくる雰囲気でしょうか。

江戸時代とか室町時代とか、それよりも、ずっと以前の日本の雰囲気を彷彿(ほうふつ)とさせます。

他にも幾つかの土地で、「日本のオリジナル光景」を感じさせる場所があるのですが、それらの土地に「現代機器や現代文明が無い」というわけではありません。

それらの土地にも、他の日本の土地のように、現代文明の便利さは行き届いています。

私が言いたいのは、日本の光景の中に残されている、その土地から湧き上がる雰囲気のことです。

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現代の日本だと、様々な場所にビルが乱立しています。

それほど多くのコンクリートで作られた、ビルが乱立していれば、昔の日本の、土地全体に長く染み込んでいた筈の土地の雰囲気を破壊されたかと思います。

その破壊された土地の雰囲気というのが、『まんが日本昔話』に出てくるような雰囲気だと、私は書いているのです。

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現代日本でも、そのような、古(いにしえ)の昔からの雰囲気を受け継ぐような土地が、わずかながらでも残されています。

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その、古(いにしえ)の昔からの日本の土地の雰囲気が残されている一つが、この南阿蘇だと思います。
日本の田園風景です。

私個人が感じる所なのですが、貴重だと思います。

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海外旅行客の方々でも、「日本の雰囲気って、どんな感じがするの?」と予想しながら、日本に訪れると思います。

今では、その数も多いかもしれませんが、自国にいる時に、日本の写真等を見て、その思い出を片手にしながら、来日すると思います。

しかし、私が感じるに、日本の大都市には、既に、古来の日本の雰囲気は、あまり残されていないと思います。

日本の都会にはビルが乱立していますので。

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昔の日本の地名を現す古語の一つに『大和(やまと)』というものがあります。

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その大和の雰囲気を伝えるのは、上にも書いた『まんが日本昔話』もありますが、ほぼ正確な所では、『古事記』とか『源氏物語』とか『枕草子』等のような、主に平安文学以前の文献に現れる雰囲気が、日本本来の土地の雰囲気を感じさせると思います。

個人的にも、世界の各国に存在する田園風景から流れ出てくる、土地の雰囲気とは、かなり違ったものを感じると思います。

そして、その雰囲気を言葉で表現するのは難しいものです。

あえて、その「日本本来の土地の雰囲気」を現す単語が『わび』と『さび』です。

つまり、それらの土地に訪れてみると、私達はその土地に『わび』と『さび』を感じるのです。

この『わび』と『さび』という単語は、外国語に翻訳不能です。
これらの『わび』と『さび』という単語は、強いて言えば、雰囲気語であり、説明するのが難しいのです。

同じ日本人同士でも、この『わび』と『さび』という単語の意味を、うまく説明し合うことは出来ません。

『わび』と『さび』という単語の意味を強いて説明しようとすれば、「ある人が日本の晩秋に田園地帯にいて、沈み行く夕陽を見つつ、その夕陽の赤さと、木にぶら下がっている柿の赤さを比べつつ、もののあはれに浸っている」となるでしょうか。

もう、ちょっと、説明するならば、それらの単語の意味を現す雰囲気とは、「晩秋に枯葉が舞い散る中を、一人で散策しつつ、哲学的な孤愁の雰囲気に浸っている」という雰囲気が、『わび』と『さび』の意味するところだ、と言えるでしょうか。

上の「哲学的な孤愁の雰囲気に浸っている」というシーンを思い浮かべると、「わびしい」とか「さびしい」という雰囲気も出てくるので、『わび』と『さび』の意味するところに似てくるかと思います。

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この翻訳不能語である『わび』と『さび』の単語の意味するところの雰囲気が、いみじくも、南阿蘇には残されていると感じます。

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他にも、まだ幾つか、『わび』と『さび』を感じさせる土地が、日本には残されています。

それらは、私が実際に感じる所だと、島根県の松江地方とか出雲地方だと思います。

島根県の出雲地方・松江地方にも、100%純和風と言える、日本オリジナルの雰囲気が残されていると思います。

都会的な雰囲気で言えば、やはり、京都・奈良の街に、この『わび』と『さび』の雰囲気が流れているように感じます。

まだ、考えられるのは(私は訪れたことは無いのですが)、写真で見る限り、長野県の合掌造りの家屋が残されているような土地には、それらの単語の雰囲気が残されているかもしれません。

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私個人も日本人ですが、上記のような、「純和風」の雰囲気を、かもし出している土地に訪ねてみることを楽しく感じます(いとをかし)。

(ですから、私は都市型観光よりも、アウトドア型観光を好むと言えるでしょう。例外的に、長崎の街を訪ねるのが好きなのですが、長崎の街は、以前の記事にも書いているように、長崎は国際文化融合都市であり、その文化の融合具合を見るのが面白いからです。日本の鎖国時代にも長く続いた、国際都市とも言えるので、それだけの時間の差があるので、他の日本の都市よりも、はるかに、国際文化の融合度合いが深められているように感じるからです。)

外国の方が、私のようなブログを読んで下さっているかどうかはわかりませんが、私としては、上に書いているように、日本の「純和風」の雰囲気とか、『わび』と『さび』の雰囲気を持つ土地を訪ねてみることを、お奨めします。

それこそが、ジャパニーズ・エキゾチックと呼ばれているものと言えるでしょうから。

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                                       坂本 誠

2017年2月28日 (火)

三千八十七: 近い旅と遠い旅を考えて(独白)

近い旅行を好む人がいる。
そうかと思えば、遠い旅行を好む人もいる。
「遠い旅行」と書けば、海外旅行と言えるだろうか。

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通常、海外旅行となれば、費用も高くついてしまう。
確かに、私も海外旅行に行ってみたいのだけど、あまりにも海外旅行に出かけてみたいとは思わない。

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費用的な面もあるけれど、私は猫を飼っているので、そんなに遠出も出来ないタイプだ。
だから、国内旅行と言っても、実は2泊するのも、遠慮がちである。
なぜならば、私がどこかに1泊しただけでも、我が家の猫は寂しがると私は知っているから。

最近では、そんな旅人のために、ペット用のホテルもあるらしい。
旅先では犬を泊めても良い旅館もあるらしいが、これも、まだ稀だろう。
上に書いた「ペット用のホテル」というのは、主に、ペットの飼い主が旅行時に家を空けるため、そのペット達を、自宅近所で、何日か、預かってもらうための「ペット用のホテル」だ。

だから、旅人は、自分のペットを旅行時に、その「ペット用のホテル」に何泊か預けて、その間に、旅をする、というものだ。

しかし、「ペットをペット用のホテルに何泊か預ける」というのも気が引けてしまう。
これだと、動物病院に自分のペットを預けるのと同じ感覚になってしまうからだ。
ペットにとっては、異質な環境であり、おそらく、ペットもストレスが溜まるものと感じている。

だから、我が家の猫をペット用のホテルに何泊か預けてまで、2泊以上の旅行までを考えていない。
なので、「旅行期間中のペットの世話を、ペットの負担にならない程度に、世話をするにはどうするか」というのが、私のニーズになってしまう。
おそらく、私以外にも、このようなニーズを持つ人が世にいると考えてしまう。

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とりえあず、海外旅行のための高額な費用とか、ペットの都合を考えたら、現実としては、安・近・短(あん・きん・たん)の旅を考えざるを得ない。

現実に、近頃は、その安・近・短の旅しかしていない。

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そして、あまり、海外旅行などに憧れていない自分を発見する。

これなども「旅」というものに対する視点が変わったからだ。

例えば、私がヨーロッパ人だと仮定しよう。

そして、痛く、日本の九州の阿蘇の大草原とか長崎の異国情緒の流れる街並みとか別府の温泉街が気に入ったとする。
その状況で、私が故国のヨーロッパに帰国したとしよう。
さらに、再び、「日本の九州を目指した、旅のリピーターになりたい」と願っているとしよう。

そして、この状況だと、ヨーロッパ人である私にとって、日本の九州への旅行は海外旅行だ。
だから、リピーターとなって、何回も日本の九州に訪れると、莫大な費用が発生してしまう。

つまり、ヨーロッパ人である私にとって、日本の九州を目指した、旅のリピーターになるのは不可能に近いだろう。

ところが、九州に住んでいる九州男児ならば、常に、九州に住んでいる。
だから、「日本の九州を目指した、旅のリピーターになりたい」と願っている、ヨーロッパの旅人にとっては、実に羨ましい環境に住んでいることになる。

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話の流れから、「私はヨーロッパ人である」と仮定したのだが、現実は、私は九州に住んでいるのだから、日本の九州に憧れている、ヨーロッパの旅人の視点から私を見れば、私は非常に恵まれた環境に住んでいることになる。

これと同じ事が、地球上の様々な観光地についても言えると思う。

人は、長く同じ土地に住んでみると、その土地の良さやその他の事情を忘れやすくなる。

だから、日常とは違った視点を得るためにも、旅行をしてみたくなる。

しかし、上の話から考えても、あまりにも遠距離旅行をしなくても良いことがわかる。
なぜならば、普段忘れてしまった、自分の土地にも、素晴らしい環境が残されていることが多いとわかるのだから。

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もちろん、海外旅行をしたい人は、それは何度してもいい。
しかし、そうでなければ、「自分はよその遠い土地の人である」と仮定するのだ。
つまり、日常生活とは違った視点を得て、改めて、自分の住んでいる土地の再発見をする目的で、自分の住んでいる環境を海外の土地とみなして、安・近・短の旅を実行してみるのだ。

すると、海外旅行先での、有名な観光地の美しさや面白さを知ることよりも、自分の足元に存在している土地の美しさや良さを発見する方が難しく、そして、より味わい深いことがわかる。

なぜならば、自分の足と自分の目で、改めて、自分の土地の良さや美しさを発見し、また、再確認出来たので、その喜びは一際素晴らしいからだ。

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そして、海外旅行を楽しみたい人で、ある外国先のリピーターになりたい人ならば、生まれ変わった時に、その海外のお気に入りの土地に生まれた方が良いと思う。

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だから、私は、むやみやたらと、海外旅行等の遠距離旅行に憧れていないような気がする。

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                                        坂本  誠

2017年2月22日 (水)

三千八十一:  長崎の街の特色を考える

長崎に訪れて、現地の方と話す時がある。

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現地の方が一様に言うのだけど、「この長崎の街の、どこが面白いのでしょう?」と、尋ねてくる。
実を言うと、これは誰でもそうなのだけど、自分の街に長く暮らしてみると、「自分の街が、他の土地の人から、どのように見られているか」が見えづらくなる。

長年、同じ場所に暮らしていると、いつもその土地に住んでいるため、慣れてしまい、自分の街の特色に気づきにくくなるのだ。

だから、私でもそうなのだけど、長崎の現地に長く住む人も、自らの街の特色を忘れてしまい、なぜ、多くの観光客が、自分の街に訪れているのかがわからなくなる。

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長崎の街以外の都市からの観光客が気付くのは、以下のような事だと思う。

まず、長崎という街は、自然の美しさから言えば、山から望める夜景があるけれど、長崎の街自体は、自然景観をメインとはした街ではない。
長崎という街は、あくまで、都市型観光がメインの街だ。

もっとも面白い点は、街の中に入れば、キリスト教の教会と中国寺と神社仏閣が共存していることだ。

つまり、街の中に、キリスト教文化と中国文化と大和(やまと)の文化が混在している。

江戸時代後期の鎖国政策終了以降、日本全国の街にも、多少なりとも、キリスト教文化や中国文化が流れ込んだと思う。
しかし、それらの町々は、それらの文化の混在の度合いが、長崎の街に比べると非常に小さい。

日本の中央都市や、その他の大型都市と言えども、キリスト教文化と中国文化の浸透の度合いは、ここ、長崎と比較すれば、圧倒的に小さい。
日本の他の街では、ほんのわずかながらに、文化の混合が見られる程度だ。

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ここ、長崎では、キリスト教文化と中国文化と大和(やまと)文化は見事に融合し、融和し、違和感も無い。

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なぜならば、数多くのキリスト教圏建築物や中華文明圏建築物があるのみではなく、実際に、江戸時代後期の鎖国政策終了以前より、それらにちなんだ人々が、実際に居住していた。
そして、彼等が、彼等の母国の文化を長崎の街に惜しみ無く流し続けた。

結果、今でも、キリスト教文化と中国文化の縮小版が、長崎の街頭の中を流れている。
それが大和文化とミックスしている。

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だから、かなりの無理をして書いてしまえば、「この原稿を書いている今でも、日本が海外に向けて開いている門戸(街)は、長崎のみ」とまで書けるかもしれない。

このような3つ以上の文化が混在・融合している街、というのは、世界中を探しても、あまり見つからないかもしれない。

ある日、長崎の民放のテレビが、地域版ニュースの作成時、長崎の街に訪れている留学生に取材していた。
その地域ニュースで紹介された、その留学生も「長崎の街は面白い」と言っていた。

今でも、海外からの旅行客を街中に見かけるけれど、彼等も長崎の街を面白く感じるのだろう。

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また面白い点は、長崎の街は、それら3つの文化が混在しているのだけど、それぞれの文化が持ち込んだ、それぞれのライフ・スタイルが、特に争いも無く、融和している点にある。

普通、海外文化の流入の激しい場所となると、それぞれのライフ・スタイルや持ち前の文化の違いにより、それぞれの民人(たみびと)同士がトラブルに陥るケースが多い。

しかし、長崎の街の歴史は約400年であり、その街の発端当初から、ほぼ海外向けの街として運営が続けられてきた。

だから、この長崎の街の歴史書を紐解くと、それなりに海外の人々との幾つかのトラブルが記されてある。
そのような幾つものトラブルを乗り越えて、長く、長崎の街は、その方針を変えること無く、400年以上も運営されてきた。

外国人との、幾つものトラブルを乗り越えて、ある時は外国人に対する融和的な行動も取られ、又ある時は、取り締まり的な行動も行われつつも、現在に至っている。

なので、長崎に訪れる観光客ならば、「古来からの長崎の民人(たみびと)と異人さんとの喜びや労苦を偲(しの)ぶべし」と書けるだろうか。

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長崎開港400年以来、日本人だけではなく、外国人も肩を交えて、この街が作り続けられてきた。

だから、日本の他の街では見ることの出来ない、あるいは感じることの出来ない程の異国情緒が路上に漂い流れている。
長崎以外の日本の他の街には無い雰囲気がここには流れている。

その異国情緒の薫りが、あなたの心を幽か(かすか)にかすめゆく。

その「生きどうしの」異国情緒を味わうために、他の街から観光客が訪れ続けている。

私はそう思う。

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世の多くの旅人が求めるのは、日常生活には無い珍しさだ。

その珍しさが、ここ、長崎にはある。

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そして、長崎は観光都市だ。

多くの旅人が旅先で求める代表的なものは、二つある。
その一つは美しい自然景観だ。
そして、今一つは、珍しいと思える都市の都市型観光だ。

「美しい自然景観」というのは、これはもっぱら、大自然がその基礎を作り上げる。
例えば、阿蘇とか、温泉地帯の別府とか雲仙とか。
これらの観光名所は、基本的には、人間のちからで作ることは出来ない。
原型を作るのは地球だから。

しかし、後者の「珍しいと思える都市」を、作るのは、もっぱら人間側だとわかる。

だから、長崎という観光都市を作り上げてきたのは、多くの人間だった。
だから、「人間」というのも、自然の一部なので、かなりの時間と、多くの人間と、かなりの労力を使えば、いわゆる「名所」とか「観光地」と言われる場所を作れることにも気が付く。

だから、人間の作った「名所」と言われるような場所を作るためには、上の流れから考えると、以下のような手順を踏むことになるだろう。

まず、その土地に住む人々が「他の街とは違う、ちょっと変わったことをやってみようぜ」という志が成り立つ。
そして、その志が、ある程度の長期間、その土地に住む多くの人々の手によって実行・運営され続ける。
そして、その長期間が過ぎてみれば、いわゆる、他の街とは違った雰囲気のある、珍しい「観光都市」が作られる。

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(※注:長崎の街作りの発端は、いわゆる、お上(おかみ)と言われる人々だけが先導しただけではない。当時の外国人の船乗りが、港作りに良い土地、現在の長崎港を発見して、お上に奏上していた。また、長崎から平戸に、いったん、外国人寄港地が移ったのだけど(1639年から1671年までの間)、その後、長崎の町民達が「外国人寄港地を長崎に戻して欲しい」と、幕府に頼み込み、外国人寄港地が長崎港に戻された。だから、この長崎の街作りは、決して、お上主導で街作りが行われたのではなく、多くの町民のちからもあって、街が作られたことがわかる。参考文献:『長崎歴史散歩』、劉 寒吉 著、創元社)
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個人的に感じるのが、似た雰囲気があるのが、島根県の出雲地方だ。
この出雲地方や松江地方は自然遺産も多いけれど、ここでは話の流れ上、出雲大社に話を絞らせてもらいたい。

この出雲大社の歴史は古い。
そして、この出雲大社の原型とは、本来、何千年も前に実在していたと言われる大国主命(おおくにぬしのみこと)のマイ・ホームだったと言われている。

だから、天地の開闢(かいびゃく)時より、この出雲大社が地上に存在していたわけではない。
大国主命が実在していたかどうかは、さておき、ある日、ある時を境にして、ある人間が、この出雲大社を建立(こんりゅう)したことがわかる。

以来、何千年間かわからないけれど、その出雲大社を守る側の人間が、長期間にわたり、その静謐(せいひつ)さや、その神々しさ、その神妙(しんみょう)さを守り続けてきたので、多くの民の崇める所となり、いわゆる信仰の社(やしろ)と定められた。
もっと、くだけて、わかりやすく書いてしまえば、多くの人々の崇める所の観光名所ともなったことがわかる。

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だから、長崎の街をぶらついていて、自然遺産を使った他の観光地ではなく「人間による観光名所の作り方」というのを感じたりもする。


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            長崎
            
                    聖母に
                    
      屋内の人々が 心を清めている。
      組み合わされた両の掌。
      そこから 一つの線が 天に向かって
      羽ばたき 飛び立っている。
      それらの多くの線を
      街の上に立つ
      巨大な女性が
      胸で受け止めている。

      洋風の館から 流れ出す気。
      カステラの味が 宙に漂っているかのよう。
      孔子の廟から 線香の匂いが流れている。
      北京ダックの味が 舌をかすめる。
      社(やしろ)の中で龍が踊って遊んでいる。
      龍の動きの線が 社の外に流れ出す。

      西洋から来た時と
      中華から来た時と
      日本から来た時が 流れている。
      何本かの時が 交錯し続けて
      大和(やまと)している。

      おわんのような大地に
      夜 家々の放つ 光が共鳴し合い
      何本もの時が行きかう様を
      街の上から
      巨大な女性が 静かな笑みを浮かべて
      見守っている。

      かつて
      その女性は
      やさしさ故にか 甘んじて
      プルトニウムの臭いも嗅いだ。

      しかし
      プルトニウムの臭いは
      人々の心までも
      毒することは出来なかった。

      今、幾つもの笑顔が 行きかい
      混じり合う様を
      彼女は 静かに 見ている。

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                                        坂本  誠

  

 

 

  

   

 

 

  

 

 

 

 

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三千八十: 旅先の宿で(独白)

なんとなく、旅先の宿で筆を走らせてみる。
人は、いつもとは違った空間に入ることが大切だ、と思う。
だから、瞑想と呼ばれる行動は人里離れた寺ではなく、旅館の宿でも出来ることに気付く。

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旅に出て、酒を飲まなくなった。
けっこう、飲めるタイプであり、いったん飲んでしまうと、旅なので、ハメを外してしまい、飲み過ぎて、次の日の旅程を崩すことがしばしばあった。
だから、旅先では飲まなくなった。

軽い夕食を取りながら、テレビのチャンネルを回す。
自分の合わせるチャンネルは、たいてい地方版ニュースだ。
そして、全国版ニュースが始まると、たいていテレビを消してしまう。

なぜかと言うと、旅人にとって、旅先での地方ニュースというものを見る機会が、ほとんど無く、珍しいからだ。
だから、旅先の地方版ニュースを面白く感じてしまう。
その代り、全国版のニュースは、全国どこに行っても見られるため、旅人にとっては、あまり面白くない。

風呂の後、軽く、旅館の中を散策した後、自室にこもる。
何気なく、旅館のフロントに置かれていた、いくつかのチラシに横目を流していると、なんとなく、耳が冴えてくる。

気づいてみると、エアコンの音が聞こえる。

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それ以外に聞こえるものと言ったら、自分の呼吸する音だけ。
日常生活だと、エアコンの回転する音は気にならないが、旅先の静寂の中だと、妙に、その静かな音に聞き入ってしまう。

その時に感じるのだ。

 「日常から切り離された、常ならぬ空間にやって来たのだ」

と。

完全に日常とは違った味が必要なのかもしれない。
しかもシラフだと、余計にその雰囲気に浸(ひた)れる。
だから、旅先で酒を飲まずとも、旅を十分に味わえるようになった。

そして、このまま無音に近い、エアコンの音に吸い込まれるような空間の中で、暖かな夜の闇の中に、自分の意識が吸い込まれ、眠りの水底に、静かに誘(いざな)われるのだろう。


                                        坂本  誠

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2017年2月 9日 (木)

三千七十四: 懐かしのビデオを見て

こんばんわ。

先日、以下のビデオをご紹介しました。

『三千三十六:私の見かけたビデオ_No.68』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/12/_no68-4787.html
●【柳川市観光PRビデオ】SAGEMON GIRLS さげもんガールズ - YouTube:
https://www.youtube.com/watch?v=NYOrc0h5SN4




このビデオの出来は、とても芸術的なので、何回も見てしまう私です。

そして、上記のビデオを見ていたら、「次の動画」欄に紹介されている幾つか、他のビデオを見ていると、偶然、以下のようなビデオがあり、見てみました。

柳川市の昔1 the old days japan
https://www.youtube.com/watch?v=S526BgMNhHw



昔の柳川 その2 the old days japan
https://www.youtube.com/watch?v=9KpOvQlSEK4



「昔懐かし」という手合いのビデオですね。

昔の柳川市を8ミリビデオで、撮影したものでしょう。
なんとなく、感激しました。

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どの場面に、一番驚いたかというと、街の中を馬が歩いているシーンでした。
当然、この原稿を書いている今では、日本のどの街でも、馬は歩いていないと思います。

ビデオをずっと見ていると、「明治25年」という表記がありました。

ですから、明治25年には、街の通りを馬が歩いていたことがわかります。

確かに、時代劇にも、街の中を馬が歩いているシーンがあります。
ですが、時代劇は意図的に、人が馬を街中で歩かせているのが、わかります。

ですから、どことなく、時代劇の中で、街の中を馬が歩いているのは、どこか新鮮味を感じませんでした。

しかし、この段落で紹介している『柳川市の昔1 the old days japan』等で紹介されている、馬の歩きには自然なものがあるので、非常に実感しました。

どういう風に実感したかというと、「街の中を馬が歩くなんて、ビックリものだ」という感じです。

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あと、私の頭に浮かんだのは、「明治25年には、どんな作家が活躍していただろうか?」と考えました。

それで、インターネットで調べてみると、この明治25年に活躍していたのは、森鴎外などでした。

私は一瞬、「夏目漱石かな」と思ったのですが、夏目漱石は、まだ後の時代で活躍しています。
この明治25年には、彼は作家デビューしていませんでした。

どうして、当時の作家を知りたかったというと、この明治25年近辺に書かれた小説等を読む人も多くいると思います。

それらの小説を読む人にとって、このような、記録映画を見ることは意義があると思います。

なぜならば、その年代の小説を読む時に、その小説で描かれているシーンを頭の中で想像しますが、それらの具体的な光景を、上記のような記録映画のデータを記憶していると、より鮮明に想像できると思うからです。

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このような記録映画を見ることは、楽しくも、意義のある、一つの時間旅行と言えないでしょうか。



                                        坂本  誠

2017年2月 3日 (金)

三千七十: 美しい風景を見ながら(独白)

私は昔から旅行が好きだった。
「自分の好きなものに理由は無い」と言われるけど、旅行に関しては、私もそうなのかも知れない。

しかし、心の中をよく見ると、旅が好きな理由を幾つか見いだすことができる。

私は美しい自然を見るのが好きなタイプだ。

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だから、都市型旅行よりも、どちらかというとアウト・ドアの旅の方を好む。
(と言っても、都市型観光を楽しむ時もある。)

美しい景色を見ていると、心が和む(なごむ)。
美しい景色を見ていると、自分のいつも見ている風景とは違って、心の中に新しい風が吹き込むかのようだ。

そして、日々の自分の課題とする出来事を、いつもとは違った角度から接することができる。
そのような経験を積むことも、又楽しい。

しかし、もっと面白い事を考えてしまう。

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例えば、多くの人が「景勝地」と呼んでいるような場所に訪れてみる。
確かに、私もその景勝地という風景に美しさを感じてしまう。
きっと、多くの過去の旅人達も、その美しさを感じ続けたからこそ、そのような土地は「景勝地」とされたのだろう。

しかし、どうして、人は、岩とか土とか水で作られた、つまり、無生物の塊(かたまり)で作られた、その光景を美しいと感じるのだろうか。

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こう考えると、人は他の物に対しても疑問を持ち始めると思う。

例えば、「人間の女性は美しい」と言われている。
少なくとも、男性よりは美しいと思われているのではないだろうか。
しかし、どうして、人は、人間の女性に対して、「美しい」と感じるのだろうか。

あるいは、美しい絵とか、しなやかな身体を持つ猫の肉体でも美しいと言われている。
どの部分の、どの個所が、どの状態であれば、「美しい」というものを定義できるのだろうか。

だから、例えば、多くの人が「この絵は美しい絵だ」とか「この猫は美しい」と言っているのに、他のある人がやって来て、その絵や猫に対して「なんて、醜い絵や醜い猫だろう」と感じても良いわけだ。

あるいは、人によっては、都会の中でゴミが散らかっている場所を見て、それに美しさを感じても良いわけだ。
また、同じ理由から、景勝地とされている観光地の風景を見て、「なんて、汚れた場所だ」と感じても良いわけだ。

つまり、「美しさ」というものを、人はしっかりと定義することは出来ないことがわかる。

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にもかかわらず、多くの人は「これが美しい」とか「こちらの方が美しい」と、評価することができるのだ。

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これ自体に不思議を感じてしまう。

なぜならば、冒頭で挙げた例のように、多くの先人達が美しい景色や風景を感じてきたからこそ、その土地が人々の間で景勝地になり、観光地となったのだ。

昔から、多くの人々がその土地にやって来て「他の場所とは違って、明らかに美しさを感じる」等と評価してきたので、その土地は人の間で景勝地となったのだ。

当然、同じようなことは絵画のジャンルにも当てはまる。

だから、ほとんど、例外は無いと思われるのだけど、都会のゴミが散らかっている場所を見て「その場所が美しい」と感じる人は、ほぼいないこともわかる。

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ということは、「美しい」というものに対して、本来数値化することは出来ないけれど、人の心の奥底には美しいものに対しての、共通したセンサーのようなものを持っていることがわかる。

人は、その共通したセンサーを持っているからこそ、例えば

  「あの景色って、とっても美しいよね」

と聞かれた時、それに対して、間を置かずに相槌を打って

  「ほんと、とても綺麗な景色だよね」

という返答を返せるような会話が成り立つことがわかる。

この、人の心の奥底に共通に埋め込まれた「センサー」と呼ぶべきものを、なんと表現すべきかはわからない。

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ここまで来ると、読者の方には、「これは波動の関係で、、、」という一文を浮かぶ方もいるだろう。

だから、「波動の高いもの」とか、その類のものが、美しい風景を作っているとするならば、その波動と私達の心の中にあると思われる「センサー」との関係を知りたくなってもしまう。

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いずれにしても、美しい風景を前にしていると、そんなことも深々と考え込んでしまう時がある。
それは一種の瞑想状態なのかもしれない。

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私の住んでいる九州には阿蘇山がある。

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最近は地震の影響で行ってないのだけど、時折、阿蘇までドライブに行ってみる。

そこで、美しい風景に見とれつつ「美しさとは何だろう?」を考え込むと、上のような、つれづれなる文章が出来るのかもしれない。

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以前に書いたことだけど、私は過去、中国の上海から来た二人の中国人と友人同士の関係となった。

その二人の中国人は彼等の用事のせいで、何年間か私の地元に滞在していた。

その二人の中国人も、しきりと阿蘇山に行きたがっていたことを、今でも思い出す。

テレビや新聞でも、しばしば報道されているように、多くの中国人や韓国人が阿蘇に訪れる。

また、それだけでなく、私が行った時でも、阿蘇の山上には、ヨーロッパからの多くの外国人達がいたケースも多々あった。

この状況から見ても、人の心の奥底に共通に埋め込まれた「センサー」は、どうやら、確実に動作しているらしい。

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私の友人である二人の中国人が、過去、私に言ったことには、

  「阿蘇の近くに暮らせて、あなたは、とても幸せだよね」

と。

万人の心に内蔵されたと思われる「センサー」があるので、外国人であろうと、古(いにしえ)の人であろうと、共通の話題や、何かを鑑賞する時に、心底に響くものや、心の琴線をつま弾くものを、同時に感じることができる。
(いと、いみじ。)

そして、私達はお互いに感じたことに対して、間髪を入れずに相槌を打って、談笑することができるのだ。

旅先の美しい土地で、人の明るい笑い声が、春の雲雀(ひばり)の声の舞い上がるが如く、青空に軽く響き渡り、柔らかい草の上を、共にそぞろ歩きする一時は、なんと牧歌的な光景であることか。

美しい風景に戯れつつ、「美しさ」そのものに思いを巡らすことも、私達にとっての面白いことではなかろうか。

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                                        坂本  誠

2017年1月23日 (月)

三千六十一: 遠距離旅行と近距離旅行を考えて

こんばんわ。

遠距離旅行と近距離旅行を考えていました。
特に、近距離旅行について考えていました。

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近距離旅行と言っても、「自分の住んでいる場所から、近い場所への旅行」という意味での、「近距離」ではありません。
私達の移動手段において、ウォーキングとか、自転車を使ったサイクリング等があります。
その手の「近距離」という意味です。

現代の旅行において、「徒歩」とか「自転車」よりも、明らかに、自動車とか飛行機とか列車を使った旅がもてはやされていると思います。

もちろん、私も、旅となると、自動車を使ったものが多いでしょうか。

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しかし、健康維持のためにウォーキングで最寄りのスーパー・マーケットに行くのと、自動車でスーパー・マーケットに行くのには、かなり大きな違いがあるのに気が付きました。

自動車でスーパー・マーケットに行くと、もちろん、素早くスーパー・マーケットに行けます。
しかし、ウォーキングでスーパー・マーケットに向かうと、歩いていくので、スーパー・マーケットまでの道のりで、様々な景色に出会うことに気が付きました。

例えば、同じ道で自動車を使うと、つい、道端に咲いている美しい花を見る機会は、ずっと少なくなることでしょう。

なぜならば、当然、運転しているので、道端に咲いている美しい花に見とれていると、交通事故を起こす可能性が高くなるからです。

その他にも、歩いている途中、いつもの通りすがりの家の庭には、可愛い犬が飼われているケースも多いことでしょう。

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それと、同じように、通りすがりの家の庭にも、美しい花を咲かせる木々があって、心を休ませる一時を頂けるかもしれません。

あるいは、歩きながら、公園の側を通ってみると、子供達が元気に遊び回っている光景を見て、心を癒される人も多いのではないでしょうか。

心地良い風が肌に当たると、肌も気持ち良く感じることでしょうし、その上、想像を巡らせて、その風が自分の身体の中を心地良く通り抜けていくことだって、ゆったりと想像できることでしょう。

また、私達は普段、頭上に広がっている青空を、じっくりと見る機会も減っています。
ですから、歩きながら最寄りのスーパー・マーケットに向かう途中で、青空の様子や流れゆく雲の形を見たり、あるいは、雲の変形する光景を楽しみながら見ることが出来ます。

その他でも、川や海を見る機会があるかもしれません。

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ところが、自動車で、近所のスーパー・マーケットに行くと、上に書いた、出来事は、自分の目から通り抜けて行きます。

つまり、自分の意識や記憶からは、スルーしていきます。

ここまで、読者の方が、この記事を読むと、

  「私達は、科学の発展によって、便利になった分、上記のような別の喜びから遠ざかっているのだ」

と、感じる方もおられるでしょう。

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確かに、自動車や飛行機の登場と、それらの家庭進出によって、私達は大いに時間を節約できるようになりました。

しかし、その分、上記に書いたように、私達が自然と触れ合う喜びが減少(節約)されているのを感じるのではないでしょうか。

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ですから、「科学技術の発達が、全て人間の喜びになるとは限らない」と感じます。
このほかの事例としては、科学技術の発達による公害も、私達がよく聞くケースですね。

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話題を冒頭に戻すのですが、私達は遠い場所への旅行を楽しんだりします。

その際に、自動車や飛行機や、あるいは、列車が多用されます。

確かに、どこかの遠い場所に移動することには、それなりの楽しい経験を私達は味わいますが、その旅の途中での、その道の上での、様々な光景を見落としているのに気が付いてきます。

自動車や飛行機や、あるいは、列車の高速移動により、道中での、美しい景色を見る機会が減っていると考えられます。

通常、私達は「美しい景色が、どこそこにある」という情報を聞いて、その場所に向かうケースが多いです。

その「美しい景色」というのは、どこかの他人が言っていた事に気が付きます。

しかし、旅の上での、「自分にとっての美しい景色や場所」というのは、その旅人自身で探すことが出来ます。

この自動車や飛行機や、あるいは、列車を多用するケースだと、道中での、その人にとっての何らかの「思い出深い場所」を発掘する機会も減ることでしょう。

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ですから、私達は、遠距離の旅先に向けて、闇雲に、自動車、飛行機、あるいは列車を用いなくても、良い場合があることに気が付きます。

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なので、近距離旅行の場合でも、時折、交通手段を変えてみて、例えば、徒歩で行ってみたり、あるいは、自転車等で行ってみれば、別の喜びを味わえることに気が付きます。

もちろん、徒歩や自転車や、その他の、いわゆる、ローテク(Low Technology)を使用してでの、旅行の場合は、それなりの準備や計画が必要となるかもしれません。

また、もちろん、遠く離れた場所に、自動車、飛行機を使っても、その旅先で、いわゆる、ローテクを使ってでの、楽しみ方の組み合わせも考えられます。

しかし、このような、一見、時代を超えたかのような、旅の楽しみ方も乙(おつ)なものがあるかもしれません。

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江戸時代の俳人で、松尾芭蕉という人がいます。
この方も旅好きで有名でした。
松尾芭蕉の旅で有名なのは、『おくのほそ道』であるところの、ほぼ奥州一周でした。
奥州というのは、現代で言うところの東北ですね。

松尾芭蕉は、この『おくのほそ道』の旅を、いや、その他のほとんどの、日本全国へ向けての旅を、徒歩で敢行しています。

ちょっと、その旅程を調べてみると、元禄2年春3月27日(新暦1689年5月16日)の明け方に自宅を発ち、8月21日に大垣に到着しています(日数約150日間)。

(※参考文献:『Wikipedia おくのほそ道』)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%BB%E3%81%9D%E9%81%93

現代だと、約150日間もあって、自動車や飛行機や列車のちからを借りれば、世界一周が終了していることでしょう。

松尾芭蕉は、徒歩で、奥州一周するのですが、この段落の冒頭に書いたように、ゆっくりと、自分の目で、様々な奥州の風景を見て回ったので、その情報量は莫大なものであったと思われます。

上に書いたように、現代に私達が自動車やバイクや列車で奥州一周すれば、かなり、私達が見落す光景も、さぞかし多いことでしょう。

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しかし、「旅を楽しむ」という点から考えれば、私達は現代のハイテクを使ったり、あるいは、ローテクを使う楽しみもあるので、旅の面白さは拡大することでしょう。

また、上の流れから考えられるのですが、旅人にとっては、ハイテクを使おうが、あるいは、ローテクを使おうが、その旅の感慨は、あまり、その時代の技術には依存していないものだと感じたりします。

ですから、その旅の感慨とは、「私は、なぜかは知らないが、旅をしたい」という一念に依存しているのかもしれません。

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旅人に、「あなたは、なぜ、そんなに旅をしたいのですか?」と尋ねるに、その旅人、答えて曰く、

  「そこに旅先があるからだ」

と。

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                                        坂本  誠

2017年1月 5日 (木)

三千五十: 街の中でホット・コーヒーを飲みながら

行きつけの大型商業施設に行くと、決まって、ホット・コーヒーを飲んでしまう。

大型商業施設の無い時代だと、主に、喫茶店でホット・コーヒーを飲んでいたかと思う。

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大型商業施設内の、ドリップ・コーヒーを買って、広い店内を、ちょっと、さまよう。
店内に設けられた吹き抜けから見渡せる、人々の顔を見ながら、ホット・コーヒーをくゆらせる。

喫茶店やコーヒー・ショップで飲む、コーヒーだと、様々な店舗を訪ねる人々の表情を見ることはできない。
だから、大型商業施設内での、廊下等に設置された、ソファに腰掛けつつ、様々な店舗内の様子と、その幾つもの店舗を訪れる人々の笑顔を見ながら、コーヒーをくゆらすことが出来るようになったのも、時代の変遷と言えるだろうか。

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私は訪れたことが無いのだけど、街の喫茶店が、自分の店の前の通りに、テーブルとイスを出して、客達に屋外で、コーヒーや飲料水を楽しんでもらうところはある。

店の内部で飲食を客に楽しんでもらうのではなく、お客に店の外に出てもらって、街の風景や、その日の街に現れる一日の情景を眺めつつ、お客に、自分の店の食事を楽しんでもらうという、行いだ。

テレビで見たことのあるシーンならば、ヨーロッパの街で、そのようなシーンを見かける機会が多いだろうか。
このような飲食の仕方をも、楽しみにしている人々がいることがわかる。

日本だと、そのような、店の屋外に客に出てもらって、飲食を楽しんでもらう、という発想は、あまり好まれていないかもしれない。

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しかし、このような街の愛し方というのも、面白いかもしれない。

「何気なく、気軽に街を楽しむ」という雰囲気作りが、街作りの一つと言えるだろうか。

街の中に高層建築物を建てたり、あるいは、最新の電気設備等を投入することだけが、趣(おもむき)のある街作りとは言えないと思う。

「アット・ホーム( at home )」な雰囲気作りが、これからの街作りには必要とされるのではないだろうか。

ヨーロッパの主な街を何かの機会で見てみると、それほどまでに、現代技術を駆使した建造物が建てられていないことに気がつく。
かなり長い歴史を感じさせる雰囲気の建物が多く残されている。

だから、ヨーロッパの主な街並みを見てみると、その街に長く住む人々の雰囲気がにじみ込んでいるような気がする。

傍から見ると、穏やかで、いかにも、その街らしい雰囲気が残されており、また、「アット・ホーム」な雰囲気があるように感じる。

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日本の街で言うならば、やはり、京都とか、浅草と言えるだろうか。

京都とか、浅草だと、当然、昔からの日本の街並みや雰囲気が残されている。
だから、外国人から見たら、そのような街に訪れたいことだろう。

しかし、現代建築の高層ビルというのは、世界の何処に行っても、見られるので、多くの外国人は、おろか、日本人の外国旅行者でも、現代建築の高層ビルを海外で見ても、あまり面白く感じない。

だから、日本に来る海外旅行者達も、また、日本人の世界旅行者達も、旅先に訪れて、楽しむところは、その国の古来から伝わる、伝統ある建築物が多く残されている場所が多い。

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この点を見ても、これからの「街作り」というのは、「現代技術を駆使した何かを投入する」というよりも、「その土地ならではの、アット・ホームな雰囲気の導入や、その土地の由緒ある伝統的な何かの投入」、になってこないだろうか。


                                        坂本  誠

2016年12月13日 (火)

三千三十六: 私の見かけたビデオ_No.68

こんばんわ。

私の見かけたビデオを、紹介させてください。

最近では、日本の地方自治体が、自らの市をアピールするために、動画をよく作成しています。
そのような動画を「自治体PR動画」とか言われています。

その「自治体PR動画」の中の福岡県柳川(やながわ)市作成のものです。
この段落中に、紹介した写真は、当「自治体PR動画」からの引用です。

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実は、この柳川市は自治体PR動画は、その動画公開の前より知られていました。
なにせ、「現在、約1000人のエキストラを使って、撮影中」と言われていたからです。

つまり、「ちょっとした、短編映画並みの撮影が行われている」と、知られていたからです。
私も、それを聞いた後は、日々の生活に埋没してしまい、その柳川市のPR動画のことは忘れていました。

そして、ふとしたことから、その完成した柳川市の自治体PR動画を目にする機会がありました。

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さすがに見てみますと、やはり、短編映画並みのものを感じました。

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柳川市では、雛祭りなどに使う「さげもん」と呼ばれる日本の飾りを生産しているそうです。
「その『さげもん』を飾りとして、雛祭りの三人官女が、現代社会に飛び出てきている」、というのが、あらすじなのでしょう。

しかし、一切、セリフはありません。
ただ、音楽とダンスだけで、柳川市の有名なものを紹介していきます。

このようなアピールを行うのに、言語を多用していますと、視聴者の方が、かえって、耳障りなものを感じてしまうし、言葉による先入観も生まれますので、サイレント映画のように、アピールするのも効果的かもしれません。

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【柳川市観光PRビデオ】SAGEMON GIRLS さげもんガールズ - YouTube:
https://www.youtube.com/watch?v=NYOrc0h5SN4



動画中の、明るい感じや楽しい雰囲気も、視聴者に安心感をもたらすかもしれませんね。

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しかし、やはり、約1000人の地元の方が、当動画中にエキストラとして出演しているのが圧巻に感じます。
「自治体PR動画に地元の人がエキストラとして、約1000人も参加している」と言われていたのは、本当だった、と、うなずきました。

さすがに、地元の人が約1000人も参加していたら、その1000人の口から、様々なところに伝わるものですね。

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それと、私がこのPR動画を見て感じたのは、黒澤明監督作品の『夢』でした。

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以前、私も黒澤明監督作品、『夢』をよく見たものですが、この柳川市観光PRビデオの製作者か監督も、黒澤明の『夢』を愛しているかと思います。

ストーリー作りや、撮影する角度や、雰囲気作りも、黒澤明の影響が流れていると感じます。
多分、このビデオの製作者か監督の方も、黒澤明作品の愛好家ではないかと、私は感じます。

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この段落の分類を『映画』にしようか、それとも、『音楽』にしようか、それとも、『おでかけ』にしようか、と迷いましたが、結局、『おでかけ』のジャンルに入れることにしました。

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また、何か、面白そうな「自治体PR動画」を見かけましたら、紹介したいと思います。
もちろん、日本には、数多くの自治体がありますので。


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(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『千三百六十二:映画『夢』について』
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2011/11/post-88c8.html

『千四百十四:映画『夢』について_No.2』
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2011/12/_no2-f61b.html

『千四百二十四:映画『夢』について_No.3』
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2012/01/_no3-b2bf.html


                                        坂本  誠

2016年11月29日 (火)

三千二十五: 阿蘇を思い出しながら

こんばんわ。

最近、私は阿蘇地方に行っていないのですが、この記事は、「阿蘇の思い出話」程度に書いてみたいと思います。
記事中に出てくる写真も、全て、阿蘇地方のものです。

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九州の阿蘇地方が有名な観光地であることはよく知られています。
しかし、これもよく知られているように、熊本地方で起きた地震のため、今では、残念なことですが、観光客も減っているでしょう。

また、このような出来事も一つの機会だったと思います。
比較的、多くの人々に愛された観光地に行けなくなるのは、その土地を愛する人にとって、悲しい思いがするでしょう。
なぜならば、今、その土地に行きたくても、行けないのですから。

ですから、逆を言えば、その観光地に対する、今までの感謝が生まれてくると思います。
今までは、なんとか都合が出来た時ならば、気軽に行けたのですから。

しかし、今では、簡単に訪れる事ができないかもしれません。
こうなると、私達は、今まで、楽しんでいた風景を目にすることができませんから、今まで、慣れ親しんでいた、その光景に対して、深い感謝の念を抱くものです。
ちょうど、近親者が死んでしまうと、その近親者が生きている時は、そんなにその人に対しては感謝の念が出ないのですが、死んだ後だと、初めて、その人に深い感謝の気持ちが湧くのに似ていると思います。

今、私達が阿蘇に訪れるのは難しいことですが、行きにくいからこそ、更に、その土地を愛する気持ちが高まる、と言えるでしょうか。

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ですから、このようなことを考えてみると、私達は、ある一定の時間は、自分の宝物を自分の手の届かないところに置くのも、賢明な方法であることに気が付きます。

いつもいつも、宝が自分の手の中にあれば、その宝に対する感謝の気持ちが薄れます。
しかし、ある時間だけ、その宝を遠ざけて、触れられないようにすると、よりいっそう、その宝に対する、ありがたみを感じます。

ですから、これと同じように、遠目でしか見ることの出来ない宝を見る、というのも、一つの大事な時間と見なせるでしょう。

その宝に対する愛情と感謝の気持ちが高まるのですから。

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また、今一つには、地球のロング・スパンを感じることができます。

最近では、私の記事で、地上に多発しているシンクホールのことも書きました。
ですから、現在の地球の大きな変動状態を人は感じることができます。

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人は、阿蘇の風景を見ると、雄大さを感じるものです。
巨大なカルデラ火山なので。

しかし、現在の阿蘇の風景の状態になったのは、地球全体の歴史から見ると、ほんの少し前のことであることがわかります。
また、阿蘇山は活火山ですので、地球変動が一番激しい場所の一つでもあります。

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(災害に遭われた方々にはお悔やみするのですが、)ですから、そのような場所に、人間の産物であるところの、建築物を建てたり、道路を敷いても、かなり比較的に短時間に、それらの建造物が噴火の影響などによって、破壊される可能性も高いです。

「活火山」という特性から考えても、人間の時間で言うならば、一世代や二世代の時間の内に、人間の建造物も無くなる可能性もあります。

阿蘇だけではなく、他の有名な観光地にも、人間は多くの建造物や道路を作りあげてきました。
しかし、それらの建造物の寿命は、地球レベルの時間から考えたら、「瞬きをする間の時間に等しい」とも理解できるでしょう。

ですから、阿蘇以外の有名な観光地にも、人は多くの建造物を建てていますが、それらの建造物が、私達、人間の目の前から一瞬にして消え去っても、そちらの方が、ごく自然な出来事であるとも、理解できるでしょう。

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確かに、建造物を作ったり、道路を敷いた人間の方は、「末永く、これらの建造物が残るように」と願いをかけて、建設したかもしれません。

しかし、実際には、地球環境変動の一番激しいと思われる場所に、人間の建造物を作ることは、地球レベルの時間から考えたら、一瞬にして崩れ去ることの方が、無理も無く、かつ、自然な話だとわかるからです。

また、かつ、地球変動のレベルが大きくなってきている現在だとわかると、その兆候は、さらに度合いを増すことでしょう。

ですから、「大地の上に、半永久的に人間の作った道路や建造物が残っている」ということは、そちらの方が、かなり難しい話だと私達はわかります。

私達は、この点においても、流動的に何かの物を見て、流動的に感じ、そして、流動的に考えないといけないことでしょう。
せせらぎの水の流れのように。

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また、今一つ感じられるのは、「観光地」と言われるものです。

阿蘇の自然の風景が出来たのは、約数万年前と言えるかもしれません。
それ以前にも、阿蘇は、かなり激しい活動を行ってきました。

ですから、普段は阿蘇の美しい景色が不動のように思えてきましたが、それも、地球レベルの時間から見たら、ほんの瞬きをする時間に等しいこともわかります。

地球の環境を考えれば、約3億年前の世界でも、「美しい観光地」と呼べるものは、数多くあったでしょう。
しかし、それらの約3億年前の世界に存在した筈の「美しい観光地」と呼べるものは、時代の流れに沿って、ほとんど全て、地球上から消え去っています。

それらの「美しい観光地」も、絶え間なく続く地球変動により、徐々に姿を消していくのですが、それと同時に、地球上のどこかに、新たに「美しい観光地」が、同じく地球変動のちからにより、誕生させられていることがわかります。

そして、それらの数多くの「美しい観光地」が生まれては消え、生まれては消え続けて、現在に至っていることがわかります。

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ですから、今現在、私達の目にしている数多くの「美しい観光地」は、全て、現在、消失中か、生長中であることがわかります。

そして、たとえ、今現在、私達の目にしている数多くの「美しい観光地」が目の前から消えても、地球上のどこかに、新しい「美しい観光地」が誕生中か成長中です。
なので、「美しい観光地」というものは、全て、一過性のもの、つまり、一時(ひととき)のものですね。

私達が日頃、見慣れている、どんな「美しい観光地」でも、

「私達、人間が、これらの美しい観光地を拝見できるのは、ほんのわずかな時間の間だけなのだ」

とわかれば、私達は地球上の地形に関する考えや慣習を改めることも出来るでしょう。

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ですから、災害が多い時は、逆に、地球に対する感謝の気持ちが生まれるかもしれません。

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シンクホールのこともありましたが、あの光景を見て、「私達の足を踏みしめる大地があって、良かった」と感じる人もいるのではないでしょうか。

普段、何気なく、私達は大地の上に立っています。
しかし、足を踏みしめる、その大地が無いと、私達は生きて行くことが出来ないのです。

水の上や空気中だと、人間は、ほとんど、その活動を行えないのです。

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なので、地球環境の変動があれば、その変動状態によって、日頃、見慣れていて気付かないものとか、見過ごしがちなものにまで、目を向けることが出来ます。

ですから、地球環境の変動時代というのは、これも人間にとっての、普通の一過性の期間である事も実感できます。

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地球には、春、夏、秋、冬があります。
しかし、どの季節を取っても、それらには一長一短があります。

ある人にとっては、何かの季節が厳しい季節であっても、「それは悪の季節だ」とは言わないはずです。

どの季節を取っても、ただの一過性の時間であるだけです。

それと同じように、地球にも周期的に、氷河時代とか、今よりも暑くて、海面がずっと高い時代があったことが知られています。
しかし、そのような時代も、周期的に訪れていた事が十分に知られているので、言ってみれば、一種の冬や夏のようなものでしょう。

ですから、そのような時代と言っても、それは一つの冬や夏のようなものであり、「悪の時代」とは言えないことがわかります。
ひょっとしたら、地球上では、氷河時代とか、暑い時代の方が、ずっと多かったかもしれないので、そのような時代時代に合わせて生きていく、というのが大事なのではないでしょうか。

単に、私達の肉体祖先も、そのような時代を通り抜けて来たわけだし。

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このような視点から見ていれば、もっと地球を多角的に見ることができるので、ある落ち着きを持って、様々な出来事を見られるようになるかもしれません。


                                        坂本  誠

2016年11月 8日 (火)

三千十七: 日本の秋の夕暮れを感じる

こんばんわ。

秋たけなわの季節です。
深まりゆく秋を感じるのは、どことなく、ものさびしいものを感じるようでいながら、自然界の奥深いものを味わう一時でもあります。

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「沈む」というのは、どことなく、意味の悪い単語のように受け取られる時があります。
しかし、秋という季節は、自らの心の奥底に沈み込んで行って、心の奥底に横たわっている何かに、今まさに触れようとしている、しかし、その何かに触れそうでいて、触れることの出来ないような、もどかしさを感じる季節のような気がします。

そして、その「もどかしさ」を感じていても、その「もどかしさ」に対する、切迫感や不快感を感じず、逆に、私達は、その静かなる「もどかしさ」を、秋という季節の内に、楽しんでいるように感じます。

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日本の古典である『枕草子』でも、秋の美しさが詠まれています。
『枕草子』の序段である『春はあけぼの』より、秋に関する部分を引用します。

(以下、『マナペディア』より引用)
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●枕草子『春はあけぼの』わかりやすい現代語訳と単語の意味 / 古文 by 走るメロス
http://manapedia.jp/text/2214

[原文]

秋は夕暮れ。
夕日の差して山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。
まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。
日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。

[現代語訳]

秋は夕暮れ(が良い)。
夕日が差し込んで山の端にとても近くなっているときに、烏が寝床へ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽と飛び急いでいる様子さえしみじみと心打たれる。
ましてや雁などが隊列を組んで飛んでいるのが、(遠くに)大変小さく見えるのは、とても趣があって良い。
日が落ちてから(聞こえてくる)、風の音や虫の鳴く音などは、言うまでもなく(すばらしい)。

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(引用終わり)

日本の秋の美しさというのは、なんとも表現しがたいものを感じます。

「ものさびしい」という雰囲気が、素晴らしい感じがします。
「うらさびれた」という感じもしますが、それも人の心の静けさとうまくマッチしているようです。

秋が深まるにつれて、全体的に、「どんどん静かになってゆく」という感じがします。

「にぎやかに」とか「派手に」とか「楽しく」というのは、春とか夏の雰囲気でしょうか。
しかし、それとは、逆に、秋は、静かになっていく方向での美しさがあるのに気が付きます。

これは、私達の情操も、常に常に、「にぎやかに」「派手に」「楽しく」の方向だけに、良いものを感じているわけでは無いことがわかります。

ですから、『枕草子』の秋に関する文章を出したのですが、「秋全体が良い」というよりも、その秋の雰囲気を受け取る著者の清少納言の喜びが描かれているのに気が付きます。

自然界の雰囲気と、それを受け取る人間の心がマッチする時に、その自然界の雰囲気をうまくキャッチして、それを表現できることがわかります。

ですから、仮に、清少納言が大変に忙しく日々を過ごしていたら、当然、秋の空をじっと眺めることは出来なかったでしょうから、この日本の古典とされている名文も書き残されなかったことでしょう。

少なくとも、清少納言が、この文章を書くときは、じっと耳を澄ますかのようにして、自然を静かに見つめていたことでしょう。

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しかし、忙しい人ならば、「秋なんて、どこが美しいのだ」となるわけです。

しかし、枕草子が残されて以来、多くの日本人が、この『春はあけぼの』から初まる、秋の美しさを愛でている部分に共感し続けたわけです。
多くの日本人が言ったように、「清少納言が言っているように、日本の秋は美しい」と。

ですから、『枕草子』を読んだ多くの日本人も、「日本の秋は良い、日本の秋は良い」と感じ続けたのです。

要するに、清少納言の秋の好む心と、『枕草子』を読んだ、その後の多くの日本人がシンクロしているので、彼女と同じように「日本の秋は美しい」と相槌を打っているわけです。

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ここまでは読書感想文でした。

実際に、日本の秋の美しさを、言葉で表現するのは難しいものです。

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ただ、私も日本の四季の中で、もっとも好きなのが、秋です。

ですから、外国人の方のために、日本の美しさを紹介するベストシーズンとは、秋です。
秋に日本の田舎を訪ねて見ることをお奨めします。

都会では、この日本の秋を味わうことは出来ません。
清少納言が『枕草子』で描いたような日本の秋の情景は、日本の田舎に存在しています。

現代の日本の都会においては、日本の原風景というものは近代的ビルの数々によって消失しているからです。

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私が撮影した場所だと、秋の夕陽が日本の山村を静かに照らしています。

日本の秋だと、よく、焚き火が炊かれています。
その焚き火の中で、石焼きイモが作られているかもしれません。
昔の日本の秋だと、よく、秋の焚き火で、石焼きイモを焼いたそうです。

その石焼きイモをほうばりながら、暮れ行く日本の秋の夕暮れを楽しむのは、一興だと思います。

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また、秋には、たわわに柿も成っています。
この柿も日本の風物詩です。
秋の澄み切った青空に、何個もの赤い柿を眺めるのは、日本の秋の風情とマッチしていることでしょう。

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現代の情報化社会でも、旅の人気が衰えることはありません。

その理由の一つとしては、「旅先の土地の実感を得るため」というものが挙げられるでしょう。

例えば、外国の美しい湖とか、壮大な山脈とかの写真ならば、写真集を開いたり、あるいは、インターネット上の写真で見ることが出来ます。
動画ならば、テレビの旅行番組とか、ネット上での動画を拝見することも出来ます。

しかし、どんなに訪れたことの無い土地の写真を見ても、動画を見ても、得られないのは、その土地の全体の雰囲気です。
私達が旅人となって、その土地に実際に訪れて、初めて、その「土地の実感」を得られます。

「旅先の土地の全体から立ち昇る雰囲気を味わう」というのが、「旅先の土地の実感」と言えます。
あなたが訪れてみたい旅先の土地から離れた状態で、写真や動画などを使い、「その土地の雰囲気を味わう」というのは不可能だからです。

なぜ、不可能なのか、私もわかりません。
「訪れてみたい旅先の土地から離れた状態で、写真や動画などを使って、その土地の様子を見る」というのは、結局、目と耳しか使っていないことになります。

ですから、自分の身体を、旅先の土地に直接、持って行くと、目や耳だけでなく、五感や、あるいは、それ以上のものを使って、その旅先の土地の情報を得ることになります。
また、旅先の人達と交わした会話などがあれば、その土地の人達の記憶をも共有するわけです。

ですから、写真や動画を使っただけでは、旅先の土地の雰囲気全体を、とても把握・実感できないと思います。
ですから、「土地の実感を味わう」ということを、実現するためには、今現在では、「その土地に直接、旅をする」以外に方法は無いと思います。

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このようなこともありますので、もし、あなたが外国人で、日本の秋を堪能されたいのならば、ご足労とはなりますが、直接、日本の秋に訪れて、しかも、都市部から離れて、日本の田園地帯まで足を運んでください。

おそらく、海外の文献などで紹介されている日本の写真や記事を読んで、「日本とは、このような雰囲気を持っているに違いない」と想像したことがあると思います。

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あなたが心の中で想像した「オリジナルの日本の雰囲気」とか「日本の原風景」と呼ばれるものは、この日本の秋の田園地帯に滞在することで、つかめるでしょう。


                                        坂本  誠

2016年10月13日 (木)

三千五: 北九州市について_No.10

こんばんわ。
『二千九百三十四:北九州市について_No.9』の続きです。

■:頓田(とんだ)貯水池

晴れた日に、北九州市若松区にある頓田(とんだ)貯水池に行って来ました。
北九州市には、湖はありません。

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しかし、この『頓田(とんだ)貯水池』というのは、市民の間で湖に喩えられています。
『貯水池』というからには、過去、人工的に作った水溜りだとわかります。
この辺りの土地は、標高が低い事が知られています。

過去、水害もあったと聞いています。
なぜならば、この辺りの土地は、縄文時代に「海進時代(かいしんじだい)」と言われる時代がありました。
長い縄文時代には、地球的に気温の高い時代があったので、海面が上昇していた時代がありました。
これが縄文時代の海進時代です。

ですから、この縄文時代の海進時代には、北九州市の洞海湾と北九州市の西を流れる遠賀川が合体していました。
そして、広大な浅い海を作っていました。
その浅い海に当たる場所が、この若松区の頓田(とんだ)貯水池の辺りです。

ですから、低い土地なので、水害も多い事が知られていました。

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なので、この頓田貯水池が人手で作られたのではないでしょうか。

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それは、ともかく、現代では、この頓田貯水池に訪れると、人は湖を感じるでしょう。

冒頭にも書いたように、北九州市には湖はありませんが、ここは湖を感じます。

人は、水が側にあれば、なんとなく、落ち着くもの。
他の土地でも「湖のある場所」というのは、なぜか、人は安らぐのではないでしょうか。
「なぜ、湖がそばにあったり、清らかな水の流れが近くにあると落ち着くのか」という自分の疑問の答えまではわかりませんが。

当然、この頓田貯水池の周囲には、遊歩道やサイクリング用の道路も敷かれています。
ゆったりと湖のような景色を味わいながら、市民が頓田貯水池の周囲を散策しています。
当然、ボートの貸し出しもされています。

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休日の市民の憩いの場所です。

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変わった所と言えば、この頓田貯水池のほとりには、写真にあるように、「大北亭(だいほくてい)」と呼ばれる中国式の建築物があることです。

「なぜ、中国式の建築物があるのか」を書きます。

中国の上海の近くに『西湖(さいこ)』と呼ばれる、美しく、古来から有名な湖があります。
「この北九州市の頓田貯水池の雰囲気が西湖に似ている」ということと、中国との友好記念ということで、現代中国の建築家が、この「大北亭」を当地に建設しました。

ですから、このような中国とは、あまり関係の無いような土地に、いきなり、中国様式の建築物が現れているわけです。

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ここからは余談です。
私も、かなり以前に海外旅行として、中国の上海を訪れました。
中国の上海を選んだのは、安・近・短を考慮したからです。

それに、その当時、中国の上海からやって来ていた中国人の二人と友人でした。
その中国の二人と友人が、上海に帰国したので、当然、現地を日本語でもガイドしてくれる、ということで、中国の上海を海外旅行先に選んだ、といういきさつもあります。

中国の上海を訪れる前に、上海の海外旅行雑誌を読んでいると、上海周辺の観光として、この「西湖」が紹介されていました。
ですので、「西湖に行ってみたいな」と思っていたのですが、私の友人である中国の方が言うには、私の旅行日程だと、この「西湖」に訪れる余裕が無かったのです。

ですから、最近、この頓田貯水池を訪れて、自分の過去の海外旅行先で行きたかった「西湖」を思い出していました。

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ちなみに、上海に訪れた際に、私は、「じかに自分の目で揚子江を見てみたい」と思っていました。
しかし、この揚子江でさえも、結構、上海から遠いです。

世界地図で見ると、上海のすぐ近くを揚子江が流れているように見えますが、実際には、かなり離れています。
この辺りが、「大陸の広さ」とでも言えるようなところでしょうか。

結局、揚子江は機上の窓から見ただけとなりましたが、それでも、自分の記憶にしっかりと残っています。

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(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千九百三十四:北九州市について_No.9』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/06/_no9-2ea1.html

■:『平尾台(ひらおだい)_2』

『二千九百:北九州市について_No.8』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/05/_no8-72d6.html

■■■:関門海峡の海底の土砂
■■■:関門海峡の通過時のみの船長
■■■:関門海峡の冬の濃霧
■■■:関門海峡のその他
■■:周防灘を訪ねる
■■:終わりに

『二千八百九十九:北九州市について_No.7』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/04/_no7-de34.html

■:北九州市の沿岸の概観
■■:玄界灘を訪ねる
■■■:千畳敷(せんじょうじき)
■■■:若松の岸壁
■■:境川
■■:関門海峡を訪ねる

『二千八百七十:北九州市について_No.6』
■:『平尾台(ひらおだい)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no6-bba4.html

『二千八百五十二:北九州市について_No.5』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no5-5883.html

■:北九州市の概観
■■:「3 corners(スリー・コーナーズ)」のある街
■■:北部九州の街の合併
■■:街のミックス感、それ自体の価値
■■:「海峡都市」イスタンブールを含めて考える
■■:北九州市に似た街、「東京」
■■:結びに

『二千八百五十:北九州市について_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no4-27cd.html

■:過去の国境線、境川
■■:現代の境川
■■:現代に残されている国境石
■■:私の推測
■■:往時の国境線を偲びつつ

『二千八百四十四:北九州市について_No.3』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/_no3-f552.html

■:北九州市の歴史概観
■■:昔の行政区分から感じる事
■■:北部九州の古代の中心地帯
■■:北部九州での銅の産出、採銅所

『二千八百四十二:北九州市について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/_no2-d208.html

■:北九州市の特色
■:関所の町
■:北九州市の地形

『二千八百三十九:北九州市について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-c75d.html


                                        坂本  誠

2016年9月26日 (月)

二千九百九十七: 川の旅(独白)

旅の好きな人でも、時々は変わった旅を味わいたいと願うものだろう。
旅好きな人でも、「川の旅」を、現代で行う人は少ないかもしれない。

世界には大河と呼ばれる大きな川がある。
中国の揚子江やアフリカのナイル川、南米のアマゾン川、北米のミシシッピ川、黒海に注ぐドン川、あるいは、ヨーロッパで有名な川といえば、ライン川やドナウ川が挙げられるだろうか。
まだ、他にもあるだろう。

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日本列島の長さよりも長い川だと、大河を下るだけで、十分な旅ができる。
海の上の船旅だと、結構、退屈することが多い。
なぜならば、海の上だと、周囲360度に海が広がるだけなので、周囲の景色が変わらず、単調さを覚えることが多いから。

しかし、川での船旅は違う。
大河に沿って、様々な都市が作られている。
また、川沿いに独特な地形が広がっていることもある。
または、それこそ、海のように広い川面(かわも)を味わうこともあるだろうか。

また、川に沿って作られた都市を次々と訪問することもできる。
船の上が飽きたら、何日か、川沿いの都市を訪ねてみるのだ。
だから、都市めぐりの好きな旅人だって、川の旅でそれを味わうこともできる。

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しかし、川の旅を楽しめるのは、大河が流れている場所でしか、楽しめないだろう。
日本は島国だ。
だから、日本には大河が流れていない。

しかし、上に挙げたような大河だと、川下りをするだけでも、何日もかかるケースもある。
当然、船内ホテルもあると聞いたことがある。

だから、宿泊までも考慮した川の旅を、日本で味わうことは無いだろう。
外国に流れる大河での川の旅でないと、本格的なそれを味わうことはできないだろう。
なので、日本人にとって、「川の旅」を味わう、というのは稀な機会に入るだろう。

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現代だと、輸送機関が発達してきたので、人間は川の輸送よりも、陸上ルートを使った物資輸送の方が盛んだろう。
しかし、大河だと、現代でも、輸送ルートとして頻繁に使われているだろう。
大河は「古来よりの輸送ルート」という点から見ても重要だった。

だから、大河の歴史を知りつつ、川の旅をしてみるのも一興だ。

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私自体は「川の旅」をしたことが無いのだけど、なんとなく、やってみたい。
その旅は、他の自動車とか鉄道とか、あるいは空路を使用した旅とは、かなり違った感覚のように予想してしまう。

なぜならば、川の上の船中で何泊もするわけだ。
それは日常とは切り離された日々だろう。
自動車、鉄道、飛行機などで、大変忙しく、移動する旅ではない。
ゆったりとした船旅だ。
日常の時間から、隔離されることだろう。
また、船旅ではあるけれど、川の旅だから、刻々と移り変わる両岸の風景も楽しめる。

何カ国にも流れている川だと、訪れてみる都市のそれぞれの雰囲気の違いも楽しめることだろう。
川の旅で一風変わった趣を感じるかもしれない。

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以前は、川の旅をテレビで見かけたものだった。
しかし、今、私はあまり見かけることが少ない。

以前、見た事のある川の旅の、その多くは川を遡上する(さかのぼること)旅が多かったように記憶している。

だいたい、番組の最後に、川の源流を訪れるのだ。
そこで、旅人は思いにふけるのだ。

大河の上を、何日もかけて、遡ってきたので、その旅人は、それまではその川の雄大さを味わっていた。
しかし、その大河の源流に訪れると、もはや、川も小さいので、船から下りての移動になっている。

そして、その大河の源流を見て、旅人は呆然と立ちすくみながら、一つの感慨を得ている。
「あれほどの巨大な大河も、この小さな水の流れから始まっているのだ」と実感し、何かの不思議な自然の摂理を感じているのだ。

「どんな大河も、小さな水の一滴から始まる」というのは、当然と言えば、当然のことなのだけど。
今まで、旅人が味わってきた大河の水の豊富さと、源流地帯の清水の対比の巨大さに、圧倒されるのだろう。

「当然過ぎて、何気ない出来事の中に、一つの大きな不思議を感じる」というのが、川の旅での、私達がラストに味わえるハイライトなのかもしれない。

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このような非日常の経験を、大河の旅に、いや、小さな川でも、私達は味わえるかもしれない。


                                        坂本  誠

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2016年9月13日 (火)

二千九百八十七: 乗車案内

たまには、こんな、ひょうきんなものを書いても良ろしいでしょうか。

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    (キンコンカン キンコンカン)

アセンション・プリーズ。
アセンション・プリーズ。

この電車は、三次元発、五次元行き、超特急宇宙船地球号です。

車掌はテラ、副車掌はガイアが務めます。
途中停車駅はありません。

なお、途中、振動が激しく揺れる場合もございますので、なにとぞ、心のシートベルトをしっかりとお締めくださいますよう、お願いします。
皆様、振動上昇の旅を、ごゆっくりお楽しみください。

次の停車駅は終着駅五次元、五次元です。

    (キンコンカン キンコンカン)
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Ascension please .
Ascension please .

Ladies & Gentlemen .
This is The Super Express , Earth of Space Ship , from 3rd dimension , bound for 5th dimension .
Our conductor is Terra .
Sub conductor is Gaia .
We have no stations for our brief stop till our terminal .

We will have some cases of big swing of the vibration .
So , please fasten your heart's seat belts , firmly .
Would you please joy the journey of ascending our vibration , slowly ?
The next stop station is the terminal , the 5th dimension.

Thank you.

    (kin-kon-kan kin-kon-kan)
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                                        坂本  誠

2016年8月19日 (金)

二千九百六十八:静かな一時(独白)

旅先で不思議に感じる事がある。
ホテルの一室で何もせず、ベッドの上に寝転んで、真っ白い天井や壁を見ているだけなのだが、それが面白く感じる。

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何かが研ぎ澄まされてくるような気がする。
何かの試合の前のスポーツ選手も試合前のピリピリとした雰囲気を楽しむ人もいるそうだ。
その「ピリピリ」に似ている。
実際には、私には試合があるわけではないのだけど。

和室の時や何人かの旅行の際の相部屋の時は、このような雰囲気を得る事が無いと思う。
シングルの洋室で、白い壁紙が貼られている部屋で、起きるようだ。
しかも、夜の静かな時、ピアノの音楽を聞いたりすると、もっと高まるように感じる。

喩えて言うならば、真夏に白い大理石で作られた空間の中で、一人、座って青空を見ている。
そして、白いコーヒー・カップで、ホット・コーヒーを傾けている。
そして、そのコーヒー・カップを受け皿に置くと、カップと受け皿がぶつかる時の微かな音が出る。
その微かな音が白い大理石の空間に広がるのだ。
しかも、そのコーヒー・カップと受け皿がぶつかった、その一点から波紋が静かに広がる。

私の想像で思い浮かべた白い大理石の空間の中に、さらに波風の無い水面が広がり、その水面に一つの波紋が生まれ、水平線に向かって、どこまでも広がってゆく。
青い真夏の静けさの中を。

一人旅の、特に自分好みのホテルに泊まった時、こんな青い静けさの一時が得られる。
周囲も静かだし、自分の心も落ち着いている。
底の無い湖面を覗き込んでいる感じ。
時々、どこかの旅に出ると、それが自分にリセットを与えている気もする。

もっとも、ホテルの一室だから、部屋の外の廊下で人の歩く音が聞こえたり、他の部屋のドアの開け閉めの音も聞こえる。

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また、エアコンの微かな音も聞こえる。

実は、これらの微かな音も私にとっては、静けさのための重要な要因の一つだ。
これらの微かな音があるからこそ、余計に周囲が静かだとわかるのだ。
ちょうど、昔の旅人が、同じように感じたように。

      静けさや 岩に染み入る 蝉の声
      
        松尾芭蕉、『奥の細道』より


                                        坂本  誠

2016年7月18日 (月)

二千九百五十一: 散歩の時間に

自身の身体の健康のためにも、ウォーキングの時間を取っています。
「歩く」という行為は、人にとって自然な動作であり、また、基本的な健康法の一つであると感じます。

歩く事によって、呼吸を整え、また、健脚にもなり、体重増加を抑える事が出来ると思います。
また、足の裏には、東洋医学で言うところの「ツボ」と呼ばれるものが集中していると聞きます。
この足の裏の「ツボ」は、頭に効くと聞いた事があります。

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ですから、自然な散歩とは、頭を爽快にする運動なのかもしれません。

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また、今ひとつ重要に感じることは、散歩の時間に、日記やブログのネタを思いつく事が多い事です。
静かに、歩いている間は、あまり何も出来ないので、ブラブラしている内に、日頃、考えている事を、ぼんやりと、さらに奥まって考えてしまうのです。
そうしたら、日々に思いをめぐらしている事に関して、何かの新しいアイデアが見つかった、とか、その他にも、何か別の新しい視点から、その思いを見ることが出来るようになったとか。

ウォーキングしている間、というのは、リラックスしている時間でもあるから、脳からα(アルファ)波が出ているかもしれません。
このα波が出ている時というのは、人は、アイデアを得やすい時だと言われています。
ですから、何かのアイデアを得たい人は、いったん、手を止めて、リラックしながら、ウォーキングをしてみるのも良いかもしれません。

日々の生活で、激しく頭を使う人は、β(ベータ)波が出ていると言われます。
一般に、このβ波が出ている時は、人は、あまり面白いアイデアが出ないと言われています。

私が思うに、このβ波が出ている時というのは、川の水が急速に流れている状態だと感じます。
川の水が急速に流れるので、小さな水路の末端まで、水が潤う事が無い状態です。

ところが、川の水がゆるやかに流れる状態だと、小さな水路の末端まで、静かに水が潤っていきます。
この小さな水路が、脳の中の末端の神経組織と同じと考えています。
川の水がゆるやかに、清らかに流れるので、脳の内部の小さな水路に当たる神経組織の全体が活性化されるので、何かの閃きを得やすくなると考えられます。
その他の理由もあるかもしれません。

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また、日々の生活の反省をする事もあります。

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「反省」というのは、過去を振り返る事です。
自分にあまり縛りをかけていない状態ですので、日々の生活の中で、怒ってしまった事とか、残念だった事とかも、自由に思い返しています。
嫌な事を思い出すと、思い出しているその時にも、嫌な精神状態になりますが、何よりも、素直であった方が良いと考えていますので、素直に率直に、怒ってしまった過去の事をも、自由に思い出しています。

歩きながらですから、自由に、それに関して、思いをめぐらしていると、全く反対のサイドから考えたりするので、考えが改まったりします。
ですので、マイナスの感情が、逆を向いて、その過去のネガティブと思えた事でも、ポジティブに考える事が出来るようにもなります。

結局、様々な角度から、自分の過去に起こったネガティブと思われる出来事を見つめ返すので、その出来事に関して、全く新しい視点から、それを見る事が出来るようにもなったりします。

そして、その出来事自体も、ブログや日記のネタとして、見る事が出来たりもするでしょう。

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また、ウォーキングをする人は、たいてい、自宅の近所を歩くケースがほとんどでしょう。
私もそうなのですが、見慣れた景色の中を歩いているものです。

しかし、ここでちょっと違う事があります。
「私は遠い所から、引っ越してきたばかりであり、今、初めて、眼前に広がる風景を見ている」と思いながら、自宅近所の風景を見たりしています。

すると、思い付くのは、「2000年前のこの地域の日本人達が、この豊国(とよのくに)の自然を、どのように見ていただろう?」と思いつつ、私の見慣れた景色を新鮮な眼差しで見ていることです。

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私がウォーキングしている場所の、現代の風景と、2000年前の風景は、かなり違っているでしょう。
その違いを頭に描きつつ、自分のいつもは見慣れた風景を改めて見ると、目の前の山の形の不思議さとか、海に浮かぶ小島の輪郭の面白さにも、一つ一つ趣き深く見る事が出来ます。
そう、2000年前の日本人の、豊国(とよのくに)の土地を見ている時の視線と、現代に住む私の自分の土地を見る視線が、重なる感じがするのも面白く感じるものです(いとおかし)。

SF小説家、G・H・ウェルズという人の小説に『タイムマシン』というものがありました。
『タイムマシン』は、ドラえもんにもよく出てきたように、時間旅行をする機械です。
この『タイムマシン』は映画化もされたので、見た人もいると思います。
この映画『タイムマシン』のラストの辺りで、主人公の男性が、何万年後の世界に移動した後で、自宅のあった部分を歩いて回ります。
そして、その映像の真横には、主人公の男性の住んでいた、年代の自宅のあった部分が流れているのです。

つまり、二つの時間差のある一つの景色を捉えた、二重の動画が流れされているのです。
このような感じで、自宅近辺を歩いて、過去の景色や、未来の景色の有様を想像しながら、ウォーキングをしてみると、見慣れた筈の自宅近辺の風景も、新鮮な眼差しで見る事が出来ます。

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「ウォーキング」というのも簡単で単純な運動のように見えますが、実に奥が深いとも感じます(いといみじ)。


                                        坂本  誠

2016年6月16日 (木)

二千九百三十四: 北九州市について_No.9

『二千九百:北九州市について_No.8』の続きです。

季節が梅雨に入ったせいか、青空が恋しくなる今日この頃です。
晴れている内に、外出してきました。
その時の光景を紹介します。

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■:『平尾台(ひらおだい)_2』

『二千八百七十:北九州市について_No.6』でも、平尾台を紹介しましたが、その段落の時の平尾台は野焼きの後のものでした。

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野焼きの後の平尾台は、ちょっとした砂漠地帯のようにも感じられます。
しかし、普段は、緑の草原の広がる山上です。

カルスト台地の上に整備された公園があります。
市民の憩いの場となっています。

この公園から、平尾台が一望できるようになっています。
公園内には、広大な芝生が広がっています。
ですから、公園を裸足で歩く人も見かけます。

現代社会では、「裸足で大地に足を付ける」という機会も少なくなっていると思います。
ですが、ここならば、裸足になる人もいるので、くつろいで、芝生の上に足を置く事が出来るでしょう。
ついでに、地球にグラウンディングですね。

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規模は小さいものの平尾台は高原と言えますから、その高原の上に吹き流れる風も気持ち良いものです。
広大な芝生の上に、遊具やら、コンサートホールが設置されています。

緑の草原の上に、カルスト台地特有の多くの白い石灰岩が露出しています。
平尾台には、多くの石灰岩が見られるので、昔から、多くの人々が、この岩を指して、「羊のようだ」と評してきました。

公園内を横断している白い道も、曲がりくねっていて、どことなく、気分を落ち着かさせてくれます。

山上の涼しい風と穏やかな日光を浴びながら、ゆったりと芝生の上を歩いたり、曲がりくねった白い道に沿って、ぶらぶらと歩くのも、現代人にとって、必要な時間では無いかと感じます。

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(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千九百:北九州市について_No.8』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/05/_no8-72d6.html

■■■:関門海峡の海底の土砂
■■■:関門海峡の通過時のみの船長
■■■:関門海峡の冬の濃霧
■■■:関門海峡のその他
■■:周防灘を訪ねる
■■:終わりに

『二千八百九十九:北九州市について_No.7』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/04/_no7-de34.html

■:北九州市の沿岸の概観
■■:玄界灘を訪ねる
■■■:千畳敷(せんじょうじき)
■■■:若松の岸壁
■■:境川
■■:関門海峡を訪ねる

『二千八百七十:北九州市について_No.6』
■:『平尾台(ひらおだい)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no6-bba4.html

『二千八百五十二:北九州市について_No.5』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no5-5883.html

■:北九州市の概観
■■:「3 corners(スリー・コーナーズ)」のある街
■■:北部九州の街の合併
■■:街のミックス感、それ自体の価値
■■:「海峡都市」イスタンブールを含めて考える
■■:北九州市に似た街、「東京」
■■:結びに

『二千八百五十:北九州市について_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no4-27cd.html

■:過去の国境線、境川
■■:現代の境川
■■:現代に残されている国境石
■■:私の推測
■■:往時の国境線を偲びつつ

『二千八百四十四:北九州市について_No.3』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/_no3-f552.html

■:北九州市の歴史概観
■■:昔の行政区分から感じる事
■■:北部九州の古代の中心地帯
■■:北部九州での銅の産出、採銅所

『二千八百四十二:北九州市について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/_no2-d208.html

■:北九州市の特色
■:関所の町
■:北九州市の地形

『二千八百三十九:北九州市について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-c75d.html

                                        坂本  誠

2016年5月 2日 (月)

二千九百:北九州市について_No.8

こんばんわ。

二千八百九十九:北九州市について_No.7』の続きです。

■■:関門海峡を訪ねる』の続きです。

関門海峡の奥に、九州側の山と本州側の山があるのが見えます。
この山に押された結果、くびれた部分が関門海峡となっている事がわかります。

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世界の大量の船舶がここを通ります。
また、地下には関門トンネルが通り、海上には関門橋が聳えています。
海上航路にしても、陸上ルートにしても、古代からの大変重要な交通ポイントと言えます。

「日本一忙しい海」と表現できるかもしれません。
もちろん、この関門海峡を通る船舶を管理しないと事故が起きてしまうからです。
船の交通も管理されていますが、このように狭い海峡だと、他の事情も出てきます。

■■■:関門海峡の海底の土砂

この海峡は狭いので、主に瀬戸内海側から土砂が流れ出てきています。
当然、関門海峡の速い潮流で、砂が海峡の底に溜まります。
これを放置しておくと、海峡の底に溜まった土砂が高く積もってしまい、やがては、船舶の底と土砂が衝突し、座礁して、船が沈没する可能性があります。
ですので、潜水士の方々が定期的に、海峡にもぐり、土砂が積み重なっている場所を調べます。
そして、海底に溜まった土砂を専用の船舶で取り除く作業もあります。

■■■:関門海峡の通過時のみの船長

また、遠国の船舶がこの海峡を通過する時もあります。

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もちろん、外国の船舶には外国の船長さんがいます。
しかし、その外国の船長さんは、この関門海峡の複雑さを知らないので、海峡の浅瀬を通るかもしれないし、その他、この海峡についての土地勘もありません。
ですので、この海峡沿いには、「この関門海峡を通過する時だけ、船長になる」という仕事もあります。
外国の船長の代わりに、日本人の船舶経験者が、関門海峡通過時にのみ、船長になります。
当然、この地域の日本人の船舶経験者の方が、関門海峡の多くの特長を知っているからです。
そして、その外国の船が関門海峡を通過し終えると、その代理の日本人の船長は、元の外国人の船長に、その船長職を譲るのです。
船舶が関門海峡を通過するのに、そんなに時間はかかりませんが、このようなことも、この関門海峡の複雑さゆえの珍しい職と言えるかもしれません。

■■■:関門海峡の冬の濃霧

関門海峡は、冬場に霧が多い事で知られています。
冬の暖かい朝に、よく濃霧が発生します。
関門海峡の東側には、遠浅の海である瀬戸内海があります。
冬の暖かい朝だと、瀬戸内海側で濃霧が発生します。
この濃霧が瀬戸内海から抜け出てくるような感じで、関門海峡を抜けてきます。
水道の蛇口の栓から水がこぼれ出るような感じでしょうか。

ですから、濃霧が関門海峡に発生している時は、船舶の通行は一切禁止にもなります。

■■■:関門海峡のその他

その他にも潮流の速さや、海峡の狭さや、複雑な地形や、通過する船舶の数の多さから言っても、世界でも有数の海上交通ルートと言えると思います。

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このように挙げてみれば、危険の多い関門海峡とも言えるのですが、もし関門海峡を船舶が通過しなかったら、九州を大回りするか、本州を大回りしないといけません。

また、船舶だけでなく、関門海峡は陸上交通の要点でもあります。
当然、本州側と一番接しているのですから、陸上交通も、ここの一点に集まります。
関門トンネルでは、車両と鉄道と人が通ります。
また、関門橋は高速道路が通っています。

関門橋、関門トンネルと関門海峡は、十字になるような感じで交差しています。
一日の内に、船舶、車両、鉄道等を使い、関門海峡を通過する人の往来の数は、かなりの数だと思います。

過去、悲しい事ですが、実際にあったので仕方無いのですが、北部九州のこの場所で幾つかの戦争も起きています。
この関門海峡をおさえれば、海上ルートも陸上ルートも掌握できるからです。

この北部九州だと、かなり昔から、地理的な話題に欠かなかったのが、この関門海峡だとわかります。

また、川のような地形をしていますので、関門海峡の両岸には、市街地が並んでいます。
ですから、夜景も美しいものがあります。

現代では、真夏のお盆期間中に、海峡花火大会も行われています。
北九州にも、様々なものがありますが、やはり、他の土地の人が北九州の事を考えるに、一番先に思い浮かぶのは、この関門海峡ではないでしょうか。

この北部九州の歴史とは切っても切り離させない程の重要さと、その深さを感じます。
やはり、このような土地も地球の産物です。
ですから、何よりも、地域の造山活動や地殻活動が、長期間に渡る、その地域の生態系を作るのだと実感出来ます。

          関門海峡


   二つの山の間を
   海の川が流れる。
   両岸の街には、
   赤や青のネオンの明滅が浮かぶ。

   武蔵と小次郎が 剣ではなく、
   酒を交わしながら、
   海峡の上の
   夏の花火の彩(いろどり)を肴にしている。

   今は亡き 平家と源氏の亡霊が、
   ネオンに照らされた 川の海の上で、
   にらみ合っているかのように
   思えてしまう。

   白い翼をした 関門橋は
   黙って
   私の心の中の彼等を見続けるのみ。

   海の川は
   時の流れの川なのか。

   遊覧船の人々の笑顔を
   川の潮風が 触り続けている。

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■■:周防灘を訪ねる

関門海峡部分が、九州の最北部です。
この関門海峡から南下しつつ、東側の道路を通ると、そこには周防灘が広がっています。
この周防灘は瀬戸内海の海です。

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ですから、比較的に穏やかな海として知られています。
ある意味、湖を見るような感覚です。

一日の内で玄界灘から周防灘側に移動しても、風の強さとか波の強さとか違います。
当然、海の雰囲気も違っています。
この周防灘側には、風が穏やかなので、風車は一つも立っていません。

その代わり、遠浅の海が広がっているので、写真のように定置網漁業が見られます。
玄界灘側にも、探せば、どこかに定置網漁業が行われているのでしょうが、やはり、あまり見かけません。

また、先述したように、遠浅の海と比較的に穏やかなので、暖かい冬の朝に濃霧が発生します。
しかし、対照的に、日本海である玄界灘は風が強いので、比較的に、霧が発生しません。

このような気候の違いならば、古代の日本人も知っていたと思います。

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ですから、この気候の違いによって、境川の東側を豊国(とよのくに)、西側を筑紫国(ちくしこく)と分けたのではないでしょうか。
現在の私にとっては、これぐらいしか、国を分けた理由が見当たりません。

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■■:終わりに

旅行で北部九州を訪れるならば、北部九州の、この3つの海の雰囲気を味わえると思います。
しかし、旅行者の方がいきなり北部九州に訪れても、3つの海の違いには、気付きにくいと思います。
しかし、このような複雑な海洋事情と土地事情が、北部九州の歴史を作っている、と理解出来ると思います。

他にも、北九州市には「洞海湾(どうかいわん)」という内海があります。
要するに、この北部九州の土地の特色を一言で言うならば、「くびれている」と言えます。

海に向かって、くびれた地形だと港が発達しやすいものです。
そこに多くの住環境が出来上がり、それらが集まって出来た都市なので、この北部九州は、複雑な環境を持っていると言えるでしょう。

やはり、ある地域の地理や歴史を知るのも一興だと感じます。

              海とゆりかご


   朝焼けの
   乳白色の霧の下に広がる海を見ている。

   よせては返す波。
   さざなみの音もよせては返す。
   僕の記憶は
   はるかな幼な子の 昔へと帰って行く。
   よせては返す さざなみが
   僕を乗せた ゆりかごを 揺する 母の手のように思えるのだ。

   今、
   乳白色の霧という時間の向こうに埋め込まれた
   僕のゆりかごは
   海の上で
   波の手と 音の手によって 揺すられている。

   僕は その ゆりかごを見るだけで
   手を触れることは出来ない。

   遠い記憶の向こうの
   僕のゆりかごを見ている。
 

 

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(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千八百九十九:北九州市について_No.7』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/04/_no7-de34.html

■:北九州市の沿岸の概観
■■:玄界灘を訪ねる
■■■:千畳敷(せんじょうじき)
■■■:若松の岸壁
■■:境川
■■:関門海峡を訪ねる

『二千八百七十:北九州市について_No.6』
■:『平尾台(ひらおだい)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no6-bba4.html

『二千八百五十二:北九州市について_No.5』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no5-5883.html

■:北九州市の概観
■■:「3 corners(スリー・コーナーズ)」のある街
■■:北部九州の街の合併
■■:街のミックス感、それ自体の価値
■■:「海峡都市」イスタンブールを含めて考える
■■:北九州市に似た街、「東京」
■■:結びに

『二千八百五十:北九州市について_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no4-27cd.html

■:過去の国境線、境川
■■:現代の境川
■■:現代に残されている国境石
■■:私の推測
■■:往時の国境線を偲びつつ

『二千八百四十四:北九州市について_No.3』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/_no3-f552.html

■:北九州市の歴史概観
■■:昔の行政区分から感じる事
■■:北部九州の古代の中心地帯
■■:北部九州での銅の産出、採銅所

『二千八百四十二:北九州市について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/_no2-d208.html

■:北九州市の特色
■:関所の町
■:北九州市の地形

『二千八百三十九:北九州市について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-c75d.html


                                        坂本  誠

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