2018年7月26日 (木)

三千二百七十六: お知らせ

こんばんわ。

最近、ちょっと、忙しくて、ブログ更新が滞っています。
何卒、ご了承ください。



                                       坂本 誠

2018年7月20日 (金)

三千二百七十五: 私なりの暑さ対策_No.2

こんばんわ。

三千二百七十四:私なりの暑さ対策』の続きとなりました。

私なりの暑さ対策を書いているのですが、今一つには、「人体の慣れ」の活用があるかと思います。
この「慣れ」というものは、面白いものでもあるのですが、いまだに、科学的に「人体の慣れの過程」というものは詳細に説明できない部分かと思います。

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例えば、梅雨の終わりごろまでは、天は暑い雲に覆われているので、それほど高い気温にはなりません。
しかし、梅雨が終われば、晴天が続くので、一気に気温が高くなります。

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この気温上昇のカーブが大きい時、つまり、このような時に、熱中症になる人は多い筈です。
なぜならば、急激に温度が上昇したので、身体の方が慣れていないからです。

ところが、梅雨が終わった直後の晴天続きの日が、ずっと続いて、何十日か経過した後では、人体の方が、少しずつ、暑さ慣れをしているせいか、ある意味、気温に慣れます。

ある一定の気温に慣れた後だと、人体は、ある程度、その温度下で行動することが出来るようになります。

夏の高校野球で活躍する球児達も、多くの人々の目から見たら、「あの人達(球児達)は暑さ慣れしている」と感じた方も多いのではないでしょうか。

これは季節が逆の冬でも同じことが言えます。
今度は、高い気温では無く、低い気温です。

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ですから、気温上昇のカーブが大きい時には、非常に暑さに注意した方が良いと思います。
しかし、ある意味、「人体の慣れ」を考えるのならば、少しずつ、自分の身体を暑さに慣らして行った方が得策かと思います。

人の個性差によって、かなり「慣れる」という度合いには、違いが大きいように感じますが、「人体の慣れ」をも考慮した暑さ対策を考えるならば、危なくない程度に、「暑さに身体を慣らしていく」という方法が考えられます。

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「人体における慣れ」という自然現象が、あまり科学的に研究されていないので、多くのデータを参照しながら、共に考えていくことは出来ないのが残念です。

ですから、私としては、自然科学の分野の方に、「『人体における慣れ』についての、様々な科学研究があれば良いと思います」と提案することが出来ます。

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もう一つ私が考えられるのは、サングラスによる暑さ対策でしょうか。

夏場の強烈な陽射しだと、当然、眼球の奥底にある眼底にも、多くの日光が降り注ぎます。
ですから、夏場の陽射しは、かなりまぶしく感じます。

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しかし、サングラスをかけると、それだけ、眼球に飛び込んでくる日光の量を減らすことが出来ます。

ですから、まぶしさを感じない分、心理的にも暑く感じなくなるでしょう。
また、当然、眼球の眼底で受ける日光の量を減らすことも出来ますし、目の周囲の肌にも、直射日光の量を減らすことが出来ます。

ですから、私は、結構、サングラスは十分な暑さ対策となっていると思います。

しかし、実際に、本当に多くの人体データを記録するには、ちゃんとした計測器などで計測しないといけないでしょうから、その辺は、計測器を持っている人が計測して頂けますことをお願いいたします。

しかし、世にはサングラスをしている人を見て、「不良みたいだ」と感じる人も、まだ多いでしょうから、お店等に入る時は、サングラスは外した方が良いかもしれません。

(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百七十四:私なりの暑さ対策』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/07/post-21e5.html


                                       坂本 誠

2018年7月18日 (水)

三千二百七十四: 私なりの暑さ対策

こんばんわ。

昨今、暑い日々が続きますが、私なりの暑さ対策を書いてみたいと思います。

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しかし、新聞やテレビで、様々に紹介されている、多くの暑さ対策を私がここに書いても、それは読者の方々にとっては繰り返しとなるでしょうから、あまり一般に紹介されていない暑さ対策を書いてみます。

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私なりの暑さ対策とは

  「あまりにも、『暑い、暑い』と言わないこと」

です。

というのも、以下に紹介する話題を読んでみれば、読者の方々も理解できるかと思います。

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心理学関係の実験で、催眠術者と催眠療法を受ける側の被験者がいます。

催眠術者が、被験者を、ほぼ、眠りに近い状態まで誘導して、催眠術者が被験者に対して、普通の割り箸を右手の肌にあてます。
その上で、催眠術者は被験者の心の奥底に次のように語ります。

  「今、あなたの右手の肌の上には、真っ赤に焼けた火箸が置かれています」

と。

そして、催眠術者は、被験者を催眠状態から解きます。

すると、被験者の右手は、まっ赤に火傷しているケースがあります。

もちろん、被験者の右手には、普通の焼けていない割り箸が置かれたのですが、被験者の心の奥底では、「まっ赤に熱せられた火箸が置かれている」という状態だったわけです。

その心の奥底の強い思い込みが、被験者の火傷を作ったのです。

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もちろん、催眠術にはかかりやすい人とかかりにくい人がいるそうですから、一概に上記の結果を全ての人が得られるとは限りません。

また、催眠術においては、事前に、その催眠状態を被験者に知らされていた場合と、知らされていない場合とでは、かなり発現状態が違ってきます。
これは、もし、催眠術の催眠効果を事前に被験者が知っていれば、ある催眠実験においては、被験者の方が過大な期待をかけるため、かえって効果が出なかったりするからでしょう。
あるいは、自分の望んでいない催眠状態を施されるとあるならば、心の奥底(無意識)の方で、その状態を拒絶する場合もあるから、かえって効果が出なかったりするからでしょう。

ですから、効果の高いと思われる催眠状態を作り出すには、その催眠術を受ける前に、被験者には、その催眠内容を全く伝えない方が、より、被験者の側の催眠効果は高いと予想出来ますが、、、

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ここまで行きますと、話が脱線してしまうので、本題に戻ります。

上に挙げた催眠状態から、私達の暑さ対策を考えることが出来ます。

確かに、夏という季節は、一年の内で、もっとも暑い季節ですので、日本の夏にいれば、暑さ自体を完璧に逃れることは難しいでしょう。

しかし、街の中で知人と出会ったり、あるいは、井戸端会議で知人と顔を合わせるなり、その知人達と一緒に、「暑い、暑い、暑い、暑い、、、、」の単語ばかりを繰り返していたら、心の方も暑くなってきます。

確かに、現実の夏の気温も高いでしょうが、心の奥底の方まで、夏の暑さを浸透し続けますから、肉体も心の奥底までも暑い状態にしてしまえば、より、日本の夏を暑く感じてしまいます。

例として挙げた、催眠状態を、自分自身に施している状態となってくるでしょう。

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ですから、あまりにも、口に出して「暑い、暑い、、、」の単語ばかりを繰り返さない方が良いと思います。
あるいは、耳にもしない方が良いと思います。

しかし、現実には、暑さ対策をしないといけないので、朝の新聞かニュースで、その日の暑さの状況を確認したら、その人の一日に合わせた暑さ対策は、ほぼ出来上がっていると思いますので、それを黙々と実行したら良いと思います。

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あるいは、上の催眠療法の応用も考えられます。

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ちょっと涼しい所に行って、南極とかグリーンランドの、氷河の写真を側に置いて、涼しさの瞑想をするのも良いかもしれません。
私が上に挙げた例は、「焼けた火箸を手の上に置く」というものでしたが、人によって、様々に思い描く状態は違っているでしょうが、涼しい感じの瞑想をすれば、「焼けた火箸を手の上に置く」という状態とは、全く逆の結果も得られるかもしれません。

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                                       坂本 誠

2018年7月13日 (金)

三千二百七十三: 頭上の光

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                   『頭上の光』 坂本 誠 作

 

 

(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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二千五百八十七:月と地球
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/post-324b.html

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二千四百五十七:地球
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/04/post-1b36.html

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二千四百二十一:翼
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/02/post-8055.html

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二千百四十九:Two Moons
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/08/two-moons-2c7e.html

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                                       坂本 誠

2018年7月12日 (木)

三千二百七十二: 現代の企業体質と、その原因を考える(独白)

企業で最も重宝される人材とは、何よりも最も企業にお金をもたらす人材である。
だから、企業内での、どんなに仕事真面目で、技術優秀な社員よりも、最も企業にお金をもたらす社員の方が、最も企業内では重宝される。

その企業に、最もお金をもたらす人材の人格が粗野だろうが、意地悪な性格であろうが、野卑な人格であろうが、そんなことは企業にとっては一切関係が無い。

それどころか、社内で高潔な人格者がいたり、真に真面目な社員の方が冷遇されることだろう。
なぜならば、企業にとって、最も重宝される人材とは、上に書いたように、最も企業にお金をもたらす人材なのだから、その人材と、社内の人格者や真面目な社員と、いざこだを起こしてもらったら困るのである。
いざこだが起きて、社内で最もお金をもたらす人材の職務能力がダウンして、その人材の持ってくる、お金の量が減ったら、企業にとって困る話となるからである。

だから、社内の真面目社員は冷遇される運命にある。

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また、「どうして、企業は最もお金を愛するか」という疑問も、私達が考えれば、すぐにわかる。
私も、時々、書いているけれど、地球は彼等の実行している隠蔽的な手段によって、「人はお金が無ければ、死んでしまう」という恐怖感を、彼等は多くの人々に与えているからである。

人というのは、あるいは、生物というものは、「これをしなければ、お前は死んでしまうだろう」という、脅しを与えられれば、いとも簡単に、良心を捨ててしまいやすい。

彼等が「(我々の作っている)お金が無ければ、お前達は死んでしまうのだ」という、脅しを多くの人々に与えた結果、人々は、お金獲得のため、人の良心とか、真心とか、神性を捨ててしまって、お金獲得の方向に走ってしまった。

その結果が、現在、私達の眼前に広がっている世界だ。
大量の汚職の報告が新聞とテレビ・ニュースに続々と流されている。

早い話が、私達の社会は、お金のちからによって、良心や神性が抹殺されかけていることがわかる。

なぜならば、「お金が無いと生きていけない」と思いこまされると、その人間は死の恐怖から逃れるためには、「何としてでも、お金を手に入れよう」と考えるだろう。
「生きていくためには、悪いことを犯してでも、お金を手に入れよう。自分が生きていくためには仕方ない」と思いこんで、悪行などを実行すると思う。
つまり、「お金という道具は人間の良心や神性を麻痺させるための道具である」と、私達は見なすことも出来るだろう。

もっとも、彼等以外の人類は、彼等が言うところでは、彼等の奴隷扱いなのだから、彼等からしてみたら、地球人類が、良心とか、神性とか、洞察力とかを持っていたら、困るのである。

だから、彼等としては、彼等以外の全ての人類の良心や神性や真心等を麻痺させておく必要があることが私達にわかる。
そのためには、多くの人々をお金というものに対して、わき目もふらさせずに、追っかけさせておけば良いことになる。
その結果が、今日に見られる資本主義社会だということになる。

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彼等は「自分達を奴隷商人として、そして、彼等以外の地球人を奴隷として、位置づけよう」というのだから、彼等としては、「我々は奴隷に対する鞭(むち)を所有したい」と考えることだろう。

この「彼等の鞭」というのは、これが、私達が普段何気なく見ている、お金だということに、私達は気が付くだろう。

だから、彼等としては、次のようなセリフを、私達に大声で言いたいことだろう。

  「我々は、お前達の生命線(お金)を握っているのだ」

と。

上のようなセリフを、さも、自慢気に私達に語りたいのだろうが、彼等の隠密主義、隠蔽主義によって、上のようなセリフを私達に直接言えないこともわかる。


(以下、書いていてふと思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二百八十五: 私の見かけたビデオについて_No.31』
●元CIAがブッシュの麻薬取引を証言 新世界秩序 ロスチャイルド #cia #nwo #rothschild
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/_no31-5174.html
http://www.youtube.com/watch?v=YX6UDDbxOVc



(抜粋引用、筆者の気になった部分にはアンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています)
●元CIA、チップ・テイタム:
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「初めの頃は東南アジアで働き、1970年代半ばの環境でユーゴスラビア、チェコスロバキア、ルーマニアに移動しました。」
「1980年代の初期に国家安全保障会議の支配下で、黒いヘリコプターが軍事作戦で飛び回っているのを人々が知っている、ケンタッキー州のフォートキャンベルに基づいた160任務部隊に参加しました。」
「そこから私はホンジュラス、ニカラグア、CIAのパイロットが飛行するオリーノースのための特別作戦に入りました。」

Photo

 

「国家安全保障会議は麻薬を持ってきて、アメリカに送りました。」
「私達は単純に国内の軍事施設から麻薬を出して、ホンジュラスの指定された地域に送りました。」
「そして軍用機と民間航空機でアメリカに持ち込み、各地の子供達にばらまきました。」

「ジョージ・ブッシュはコカインのど真ん中に立っていました。」

「私はアメリカの人々のために働くために、22年間支払われてきたと信じています。」
「私は皆さんがアメリカの納税者として、この国で起こっていることを知る権利を持っていると信じています。」
「この情報であなたが何をするかは、完全にあなた次第です。この情報をどうするかは、完全にあなた次第です。」

「1986年から私がCIAを辞める1992年まで、アメリカ政府が行ってきた全ての事は、」
「一つの世界政府が国々を同盟するように設計されているのがわかります。疑いの余地はありません。それがCIAが行っていたことです。」

「、、、、なぜならCIAは、ロスチャイルド家やルーズヴェルト家の世界中のお金の巨大権力のために働くからです。」

「私自身は第3階級かもしれません。第3階級は新世界秩序においては市民とは考えられず、おそらく隠れた状態で生活している新世界秩序の敵とみなされるでしょう。、、、」

「そこに誰かいますか?」

◆字幕:
「1998年にチップが突然姿を消す前の最後のインタビューでした。」
「チップの拷問された遺体は、後に2007年にパナマの海岸に打ち上げられて見つかりました。」
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年7月11日 (水)

三千二百七十一: イルミナティとレプティリアンと地球造物主のことを考えて(独白)

時々、私はイルミナティレプティリアンのことを書いている。

イルミナティやレプティリアンと私達との関わり合いを書いているのだけど、さらに、地球の造物主と、イルミナティやレプティリアンとの関わり合いも、実は頻繁に考えている。

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もし、地球の造物主という存在がいると仮定したのならば、彼(あるいは彼女)は、かなり、イルミナティやレプティリアンを見くびった上で、彼等の居住を許可したと思う。

比較的に、私が引用している以下の文献を再引用したい。

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。

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そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
というわけで、あなたがたの中にあるRコンプレックス部分の周波数を、まるごと認め、愛し、手放すことによって、その特性であった恐怖や混乱、支配、競争といった周波数帯と同調しなくなり、さらに高い周波数域である、愛と創造性に基づいた、高次のシステムと共振していくことが可能になることでしょう。
このことはいくら強調してもいいほどです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

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(引用終わり)

要するに、宇宙人による地球への侵略が起きていたことになる。
それを、今まで、受け入れていた地球の造物主というのも、私は理解し難い。

仮に、多くの生物を受け入れる目的があって、地球が創造されたとしても、イルミナティやレプティリアンの計略だと、

  「ここには多くの人種が入っているから、数多くの摩擦が発生するだろう。その摩擦を起こして、地球上を群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の状態にすれば、混乱が起こるので、その隙間に入って我々が地球支配をしやすくなるだろう」

という感じで、容易に、地球上に混乱を起こす事になる。

多様な人種のいる場所では、摩擦が起きやすいので、その欠点自体も、容易に彼等に逆用されたわけだ。

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イルミナティやレプティリアンというのは、言ってみれば、失敗した人々とも言ってよいだろう。

ある人から見れば、「失敗した人々をも受け入れてやってほしい」という願いもあるかもしれない。

しかし、「失敗した人々をも受け入れ」た後は、私達には何の課題があるだろう?

その「失敗した人々をも受け入れ」て、彼等の流儀や彼等の影響を受けるだけで良いのだろうか?

そうなると、つまり、失敗した人々を受け入れた側の人間達も、いわゆる失敗した人間となってしまう。

だから、もし「失敗した人々をも受け入れてやってほしい」という願いを持った人がいるのならば、受け入れた側の人間達に対して、「失敗した人々を更生してやって欲しい」という願いが潜んでいることがわかる。

そうしなければ、受け入れた側の人々も、なすがままに、失敗した人々となってしまうからだ。

だから、どこでもそうだろうけれど、「失敗した人々を受け入れる」という環境があるのならば、さらなる目的として、「その失敗した人々を更生する必要がある」という目的を持たないといけないことになる。

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ところが、現実には何が起こったのかというと、地球全体に、イルミナティやレプティリアンの流儀が広げられ、彼等の思想に汚染された人々が多く現れた。

「彼等の思想」というのは、競争、比較、支配、隷属、自慢、怒り等々、、、

だから、地球の造物主というのは、かなり、イルミナティやレプティリアンを見くびって、地球に受け入れたと思われる。

現実には、イルミナティやレプティリアンは、恐怖や脅しや暴力等を、ためらいも無く使用して、「地球人類を支配してやろう」という輩(やから)達だったのだから、この記事の読者の方でも、「今現在、イルミナティやレプティリアンを私達の社会に受け入れるべきか、どうか」という議題が発生したら、相当に、激しい議論が巻き起こるかもしれない。

「イルミナティやレプティリアンに対する側として、既存の地球人類は彼等を更生する力量があるに違いない」という、地球造物主の側の、地球人類に対する、あまりにも過大な期待がかけられていたと私個人は思う。

この、過大な期待を頼りにして、「31万2000年前から、今に至るまで、秘密の更生事業が行われていた」ということになるのだけど、私から見たら、非常に甘い見込みによって、彼等に対する秘密の更生事業が実行されていたと感じる。

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結局、ほぼ出来なかったのだから、これだけでも、かなり大きな失敗だと思う。

私達は、今では「外部の視点」によって、この一連の騒動を見ることが出来る。

「外部の視点」というのは、以下のようなものになるだろう。

31万2000年前にレプティリアンが地球に到来したというのならば、例えば、読者である、あなたが当時に、宇宙人であって、宇宙船に乗り込んで、その一部始終を見ていたとするのならば、「地球の造物主よ。あなたは、レプティリアンを地球に居れない方が良いでしょう」と、かなりの心配混じりの声で、地球の造物主に進言していたかもしれない。

これが私が上述している「外部の視点」である。

また、次のような「外部の視点」も考えられるだろう。

上の例で使った、宇宙船の中で一部始終を見ている宇宙人のあなたは、次のように、地球の造物主に進言するかもしれない。

  「地球の造物主よ。レプティリアンが地球に入り込んで、彼等なりの流儀を地球にばらまいていっています。いますぐ、レプティリアンを地球の外に追いやった方が良いでしょう」

等々。

しかし、私達に想定できる、その進言に対する地球の造物主の返答としては、

  「いや、既存の地球人類ならば、きっと、レプティリアンの誤りに気付いて、彼等を更生するだけの一大事業を成し遂げてくれるでしょう」

等々。

しかし、上記に紹介した本のように、31万2000年間の長きにわたって、レプティリアンの流儀を地球にばらまかれ、彼等の流儀こそが、私達の社会の常識だ、となったにいたっては、やはり、地球造物主の非常に甘い見通しによって、地球の歴史が編まれてきた、と感じるのは、私一人だけであろうか。

人によっては、「31万2000年間」という時間を短く感じる人もいる。
あるいは、長く感じる人もいる。
だから、一概には時間の長短のことを言えないものの、私にとっては、その期間というのは、長すぎる時間に感じる。

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色々な文献を読んでみると、この長きに渡ったレプティリアン流儀の競争・比較・支配・恐怖等々のネガティブな要素を持った、この文明は変化すると言われている。

巨大ピラミッド・システムとか、テストの点数付けとか、社会の中に多数存在している位階制度とかが、彼等の文明の遺産であると言われているが、「これらが変化する」とあるのならば、これまた、それが一種の失敗を認めることになると言えるだろう。

なぜならば、私達の社会に現存している、巨大ピラミッド・システムとか、位階制度とか、金銭などのよる身分の差別制等々が、「神の目から見ても、本当に素晴らしいものである」と、全ての存在が認めていれば、それらの数多くのシステムは温存される筈だから。

素晴らしい社会制度とか素晴らしい社会システムがあれば、それ自体が素晴らしいので、「いつまで経っても、残して置こう」とか、「いつまでも保存・温存しておこう」となるのだけど、そうではないとあるのならば、「それは素晴らしいものでは無かった」ということを証明しているからのだから。

だから、この点を考えても、「レプティリアンの様々なシステムから、新規のシステムへの変更がなされる」とあるのならば、「今まで、私達は数多くのレプティリアンの流儀を使用してきた」ということ自体が、「一つの失敗であった」と認めることになる。

当然ながら、「地球の造物主が自分の失敗を認めた」ということになる。

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また、私達に考えられることには、イルミナティやレプティリアンの私達の社会への受け入れ作業というのは、私達が悪というものを覚えるために、導入された、という一つの予想も得られるだろう。

しかし、今現在、私のこの記事を読む人ならば、「このような形で悪というものを覚えることは拒否する」と言う人も多いのではないだろうか。

もっと他の形で、イルミナティやレプティリアンの所業を学ぶことも出来たと思われる。

しかし、そうではなく、彼等の社会制度や社会システムが「当然の社会常識」となった上では、それらの社会制度や社会システムに入り込んでいる人々としては、「それが正しいか、それともそうでないか」ということを考えられなくなる。

だから、その地球社会での人々からしてみれば、「私達は、イルミナティやレプティリアンの所業を学んでいるのではなく、社会の善を学んで、それを実行しているだけです」という、本末転倒の状態も発生してくる。
だから、私達としては、イルミナティやレプティリアンの所業を見て、何らかの判断を出すどころでは無く、それどころか、社会の善を実行していることになるのだから、「悪行というものが、どんなものかを学ぶ」という目的すらも達成するのが難しく、それとは別に、この場合だと「イルミナティやレプティリアンの所業そのものが素晴らしいことだ」という実感すらも、私達は抱いてしまうことも多々発生してしまう。

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また、このような状況だと、「イルミナティやレプティリアンと遭遇することが、地球人にとっては必要と思われるから、遭遇させた」と、地球の造物主の側が、そのような老婆心のような心持ちで、私達に遭遇させたことになる。

これについては、現在の人々ならば、「私は、そのような経験を必要とは思いません」と言い出す人が出てくると思われる。

だから、地球の造物主の側が、「これそれの経験や出来事が、地球人には必要だから与えよう」という意志とは違いが発生してくることがわかる。
なんとならば、そのような経験や出来事を、その人が心底から欲しないにも関わらずに、与えられるというのだから。

地球造物主の側が「地上の人間には、これそれのことが必要だから与えよう」と考えても、地上の人間にしてみれば、「そのようなことは必要ありませんから、与えないで下さい」というケースと願うことだって、多々出てくると思われる。

このようなこともあるので、これだと、地球造物主側の失敗と言えるだろう。

この場合、何でもかんでもむやみに与えてもらったら、困るのは人間の側だということになる。

このような失敗なども考えられるので、はっきりと自分の意思を表明していた方が良いと思われる。

人によっては、「私はイルミナティやレプティリアンには遭遇したくないし、それに影響された人々とも付き合いたくない」というものだろう。

このような地球造物主側の失敗も考えられるので、自分の意思は、ハッキリと表明していた方が良いと思う。

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要は、人は、あまりの困難を感じるだろう。

だから、ある人ならば、私が上に書いたことや、私の過去記事の様々な、イルミナティやレプティリアンの所業を見て、

  「私は、今後、地球に居住することを拒否します」

という人が、多数現れても、何らの不思議ではない、と私には思われる。

なんとならば、もし仮に、イルミナティやレプティリアン主導の、この世界が変化したとしても、私が上に書いた事の顛末や、成り行きや原因を見て、今後の地球の方向性も信じられなくなる人も多数出てくると思われるからである。

たとえ「この手の失敗をこれ以上繰り返さない」と地球造物主が、今現在に言ってきたとしても、私が上に書いたことから、じっくりと考えても、「地球造物主よ。すいませんが、あなたを信頼することが難しい状況です」と発言する人が多くいても、不思議ではないと私は考える。

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もっとも、どんな人にも自由は許されているから、「私は、ぜひとも、地球と一蓮托生の関係でありたい」と願って、心中までもしたいような人が世にはいても良いのだから、私はそのような人を咎めない。

人間には秘されたことがあって、それを持って、イルミナティやレプティリアンを受け入れていたとあれば、まだ話は理解できる人もいるかもしれない。

だが、ここでは、人間だけでは無く、動物・植物、あるいは、鉱物までも考えられる人がいるならば、それらの世界の住人達のことまでも考えた方が良いだろう。

わかりやすく考えるのならば、動物の世界と、その住人達である。
イルミナティやレプティリアンの影響を受けた人々が多数出現した結果、それらの多くの人々が、動物や植物に与えた、莫大な影響も少しは考えてみた方が良いと思う。

一般には(イルミナティやレプティリアンに調教された結果)、人間は人間のことしか考えない自己中心的な存在でもあるのだから、人間は、動物・植物の事までも考えることが少ない。
だから、この機会に、ついでながら、世の多くの人間達が動物・植物に、「どのような影響を、どれ程多量に与えたか」という点について、それらを自分で調査してみたら良いと思う。

人間だけなら、まだしも、動物や植物(あるいは鉱物までも)にまで与えた影響を考えて、イルミナティやレプティリアンの地球受入れが、成功した事例か、失敗事例かを、考え直すのも、一つの良い機会だと思う。

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以前書いた事があるのだけど、イルミナティやレプティリアンの所業を見て、多くの人が自然に感じるのは次のことだろう。

  「イルミナティやレプティリアンに似たような人が、どこかの更生施設や精神病院等に入所して、長期治療等を受けているシーンをテレビや新聞等で見かけたことがあります。しかし、当のイルミナティやレプティリアンのような人々は、どうして、そのような処遇を受けていないのでしょうか?」

という疑問が湧くと思う。

というのも、私達が見聞きする、この地上社会だと、そのような人々が、どこかの更生施設で長期治療を受けているシーンが報道されており、それ以外のケースがあるかもしれないけれど、それには、あまりお目にかからないからだ。

どうして、彼等が、そのような更生施設にいないかというと、彼等の作るお金などを使って、彼等は、お金と権力の城を作り上げ、法の手をも伸びないようにしているから、「彼等は更生施設にいないのだ」とわかるだろう。

(もっとも、「法の手」と言っても、それらの法も、イルミナティやレプティリアンの都合の良いように作成されていたのだから、少なくとも、私達の居住している地上社会での「社会制度や社会システムは信用できない」ということになるので、誰もが「地球には居住したくない」と願うのではないだろうか、と考えるのは、はたして私一人だけだろうか?)

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上記のような事を感じるのは、私一人だけではないと思う。

なんとならば、地球上の多くの社会で、自殺者が多いことが知られている。
この、多くの自殺者の人々というのは、結局、言い換えてみると「私は、この地球上に存在したくないのだ」と、地球の造物主に向かって、強烈に叫んでいることと同じことだ。

つまり、自殺者というのは、通常、今まで地球で実行されてきたことに強く反対し、かつ、地球に対する信頼をも全く失っていることがわかる。

だから、事のいきさつを考慮しても、「地球は信頼できない」と公表する人々も多数出現し始めても良いのではないかと、私は思う。

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もっとも、私としても、他の人々としてもそうだろうけれど、地球が常日頃与えてくれている酸素とか日光とか、適当な気温とか、足を踏みしめる大地があるけれど、それらに対しても「感謝しない」と言っているわけではない。

上に挙げた以上の、その他の地球上の多くの自然現象があるからこそ、私達は日々に生きているのだから。
「それらの基礎的な条件に対しては、感謝するけれど、地球が今まで実行してきた、イルミナティやレプティリアンの受け入れ自体には、感謝することは出来ない」という人々も多いかと思う。

もし、「イルミナティやレプティリアンの受け入れ」を実行する必要があったというのならば、「地球は完全に、一個の巨大病院として使用する」という明確な目標が無ければならなかったと思われる。

地球の造物主ぐらいならば、イルミナティやレプティリアンの更生も容易だったのかもしれないけれど、彼(あるいは彼女)がそれを引き受けたのではなく、現実には、地球上の人類が、イルミナティやレプティリアンの更生をしなければならなかった、という点においては、かなり異論を口に出す人も多いかと予想してしまう。

(そして、現実には、そのような異論が受け入れられなかったことがわかる。)

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だから、今までの流れから総合的に書くと、もっと世には、「私は、これ以上、地球に居住したくありません」と願う人々が多数いても不思議ではないと思う。

しかし、パッと世を見渡しても、上の願いを世に語ったり、あるいは、御自身のブログ上とか、ネット上のコミュニティ・サイト上の日記等に、それらの願いを書き込む人が少ないように見える。

あるいは、それらの願いを書き込まれたHPが、検索できないようにされているのかもしれないけれど。

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私は、このようなことを書いているのだけど、そりゃあ、どんな人でも自由は許されているから、「私はイルミナティの人々やレプティリアンと、ぜひ、お付き合いしたのです」と願う人も、いても良いわけです。

ただ、、、そのような願いを持つ、その人自身が、かなり周囲の人々から、お付き合いを断られる方向に歩んでいくかとは予想出来ます。


                                       坂本 誠

2018年7月 1日 (日)

三千二百七十: 教育について_No.3

こんばんわ。

三千二百六十六:ある性格の人々を見て(独白)』と『三千二百六十五:教育について_No.2』を足し合わせたような記事です。

『三千二百六十六:ある性格の人々を見て(独白)』で、次のように書きました。
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>その人々の特徴とは「新しいことを学びたくない」という願いを持っていることである。
>その人々に、「あなたは、なぜ、新しいことを学んだり、知識を吸収しようとしていないのですか?」と聞いてみると、意外な答えが返ってくる。

>その答えとは、

>  「自分の方が年長者なので、新しいことを若い人に教えてもらうのが、恥ずかしいし、私のプライドが傷つけられるからだ」

>という返答等が返ってくる。
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このような方は、新しいことを学ぶのが嫌なので、次第に、頭を働かさなくなるので、認知症を手助けしているように感じます。

ここから、さらに疑問が進みました。

その疑問とは、

  「彼(あるいは彼女)は『年長者の方が偉いので、若い人に教えてもらうのが恥ずかしい』と信じ込んでいる。つまり、ある種のプライドが出来上がっているのだけど、このプライドは、どのように形成されたのだろうか?

という疑問です。

この種のプライドが、どのように彼の内部で形成されていったのかを、考えてみると、それは、やはり、社会全体に及んでいる教育システムとか、慣習が、彼をして、そのような性格作りを行っていったと私は見ています。

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私達の教育システムを振り返ってみましょう。

幼い頃から、学業的な知識を無理矢理、詰め込まれ、そして、彼等は徹底的にテストされています。
そのテストによって、彼等は(つまり、私達も)、競争と比較の世界に閉じ込められています。

そのスタイルや雰囲気を感じるに、学校側が「幼い人々に何らかの知識を与えよう」という、心の姿勢よりも、学校側が学問的な知識を使いつつ、多くの生徒達に「お前達に競争精神を植え付けてあげよう」という、心の姿勢を、私達は感じることでしょう。

つまり、私が感じるところ、現代の教育システムだと、「何らかのジャンルの知識吸収の面白さを伝えてあげよう」ということは無く、もっぱら競争重視のため、多くの生徒達は(他ならぬ私達そのものが)、「何らかの新しいジャンルを学ぶことは苦痛だ」という意識が、多くの人々の心の中に形成されていると思います。

つまり、多くの人々がテスト多用や競争原理のマイナスの効果によって、「本来、私は勉強が嫌いなのだ」と感じる人が多いと思います。

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人々の心の内部に、「私は勉強が嫌いだ」という苦痛の精神が形成されているとあるならば、どうして、その人が、学ぶことに楽しさや有意義さを感じることが出来るでしょうか?(いや、出来ないだろう)

ましてや、激しい競争の結果、さらに「自分より、年齢の下の人に教えてもらいたくない」という心も形成されることでしょう。

なぜならば、多くの学校では、学年の上のものが学年の下の人に知識伝達等を行う場合もあるからです。

ですから、これだと、「年齢の上の人の方が、年齢の下の人の方よりも、常に優秀であったり、あるいは、常に教え導いたり、あるいは、何らかのことで、常に年齢の上の人の方が有利であるに違いない」という、誤った観念が、彼(あるいは彼女)の内部に、固く形成されるであろうからです。

これだと、彼は勉強嫌いにもなった上に、かつ、年下の人にも教えてもらうのが恥ずかしくて苦しいから、彼がさらに年齢を重ねると、さらに、彼は苦しくなることでしょう。

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つまり、これだけの苦痛を形成した原因を見ると、私が上に書いたように、現在の私達の教育精神とか、社会概念などに、強力に刷り込まれている「競争」と「比較」の精神でしょう。

実際には「何らかの新しいジャンルの知識を吸収する」ということは、誰にとっても、楽しいことなのです。
喜びです。

「何らかの新しいジャンルの知識を吸収する」というのは、私がそのような表現をしたいから、そう書いたのですが、一般にわかりやすく書くと、「新しい知識を学ぶ」ということです。
私自身は、「学ぶ」とか「学問をする」という表現自体も、非常に堅苦しいものを感じますので、「甘い空気を吸うが如くに、自然に、新しい知識を吸収する」という表現を好むので、「何らかの新しいジャンルの知識を吸収する」という表現をしています。

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本来、何かを学ぶのが面白くてしょうがない筈の人間なのに、「なぜ、学ぶのが嫌になったのか」を考察すると、幼い頃からの大量のテストによって、比較され続け、競争精神を心の底に植え付けられた結果、人が学ぶことが嫌いになったと思います。

つまり、私がこの記事の主旨を、見つめ続けてみると、私達の社会に根ざしている「競争」と「比較」の精神に問題があると言えるわけです。

この記事で挙げた問題の原因を、私なりに書いたわけですので、この問題の解決を行う方向とは、つまりは、私達の社会に根ざしている「競争」と「比較」の精神を、私達が捨て去って、私達は新たに「協調」や「協力」の精神を養うことが、問題解決の回答の一つとなると思います。

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報道を見ても、彼等が以下のような熱弁等をふるっている光景を、私達はしばしば見かけることでしょう。

  「競争が大事だ。何よりも、我々は競争を愛すべきだ」

と。

ちょっとばかり、例を挙げてみると、小学校ぐらいの同年齢の生徒達で、同一のテストを受けさせており、そのテストの結果を、世界各国に伝えています。
そして、その年齢の生徒達で、「どこの国が一番か」とか「どこそこの国が最下位だ」と、報じています。

そして、その成績結果を世界中の人に見せて、

  「さあ、我々は、あの国の学力レベルに負けてはならない。だから、我々は一生懸命勉強するんだ」

と、まるで、高い壇上から拡声器を使って、多くの人々に伝えている光景を、私達は見かけたことも多いことでしょう。

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そして、私達は、次なる疑問を抱くでしょう。

  「なぜ、私達は競争しないといけないんだ?」

と。

そして、世を詳細に見つめ続けていると、資本主義原理が多くの国に導入されており、その資本主義原理が競争原理そのものだからこそ、私達に競争精神が幼い頃から、強要されていることに気付くでしょう。

ですから、彼等としては、

  「ほら。私達は競争原理の経済原理を導入しているから、私達は競争しないといけない。もし、その競争に負けると、お前達も知っていると思うが、競争に負けて、倒産した会社の元社員のように、みすぼらしい雰囲気をまといつつ、困窮の生活と共に苦しまなければならないからだ。お前達が、その苦しみの生活を味わいたくなければ、お前達は我々の言うように競争し続けるんだ」

と言っていることに気が付くでしょう。

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そして、その競争の結果を、多くの人々にわかりやすくするためには、数値の多用が必要となってきます。
ですから、私達が幼い頃より受け続けたテストも数値だらけだし、私達の日常生活の中で、必要物資を手に入れる際にも、お金の使用ばかりを推奨されています。

この「お金」というものが、少なくとも、日本社会の大勢の人々に強要された件については、私がよく引用している以下の文献を、どうか、再読してください。

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『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html
司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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つまりは、為政者の人々が、「あなた達は、日常生活の中で、必要物資を手に入れる際には、お金というツールを使用しなさい」と、強要してくるわけです。

これにより、お金というツールが、やがては「人間社会の間で必要不可欠なツールだ」と、多くの人々が思い込み始めると、お金というツールが、そのコミュニティの間では、絶対権力を持つようになってきます。

その結果、私達の人間社会でも、よく見受けられるような、「お金が無ければ、人は生きていけないのだ」という考えが定着するようになります。

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今でも、多くの人々は、お金を愛する人が多いかもしれませんが、その「お金を愛する」という、お金への愛の心は、「お金が無ければ、人は死んでしまう」という、恐怖心から生じている、と、人は気付くでしょう。

早く言えば、「お金への愛」というのは、言い換えれば「お金が無ければ死ぬ」という恐怖心の裏返しなのです。

要するに、上の引用文献『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』に見られるように、為政者の人々が「あなた達はお金というツールを使用しなさい」と言いながら、私達にお金を与えたのですが、これによって、多くの人々を、お金によって、拘束することが出来る、ということがわかるでしょう。

いわば、彼等は過去から今日に至るまで、私達を恐怖によって、支配しているということになります。

彼等としては、

  「あなた達がお金を失うと、あなた達は、みすぼらしく苦しい生活を送り、あるいは死にますよ。そうなりたくなければ、歯を食いしばって、競争に励みなさい」

と、彼等は、そのようにしていることがわかります。

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また、そのようにお金が人間社会の中で絶対権力を持っていると、そのお金を大量に持っている、彼等としては、大いに威張ることが出来る、ということが、私達にわかるでしょう。

そして、その絶対権力である、そのツールを、彼等の方が大量に持っているのだから、彼等以外の多くの人々を、盲目的に召使いとして扱えることに気が付くでしょう。

だからこそ、彼等としては、

  「多くの人々よ。お前達は、もっともっと多くのお金を愛しなさい(なぜならば、お前達がお金を愛すれば愛する程、私達が、お前達を支配することが出来るのだからな)。」

と言っていることがわかるでしょう。

ですから、さながら、多くの人間とは、言ってしまえば、蟻地獄の中に吸い込まれていく、多くのアリ達のことであり、蟻地獄の中心で、待ち構えているのは、彼等だ、とも表現できるでしょう。

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つまり、私達の生活の隅々に至るまで、上記のように、多くの人々を恐怖心で煽ることによって、この世界が成り立っていることがわかります。

ここから、私達の社会の隅々に至るまで、極端な数に至るまでの競争が起こされているので、「私達の社会は競争づくめになっている」と、私達は理解することが出来ます。

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ですから、この記事の冒頭で挙げた問題点であるところの、現在の私達の教育精神とか、社会概念などに、強力に刷り込まれている「競争」と「比較」の精神から解放されるには、「競争」と「比較」の精神を放棄して、「協力」や「協調」の精神の追求、ということになるでしょう。

こうすることにより、私達の心の内部に形成された見栄(みえ)とかプライドも消えるでしょう。

また「何歳になっても、何らかの新しいジャンルの知識を吸収する」ということが、喜び、この上ない、私達の幸せの一つとして、私達の心中に蘇ってくるかと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百六十六:ある性格の人々を見て(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/06/post-c3d9.html

『三千二百六十五:教育について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/06/_no2-117e.html

『三千二百六十一:教育について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/06/post-8bea.html


                                       坂本 誠

2018年6月27日 (水)

三千二百六十九: News_No.624

こんばんわ。

私の見かけたニュースを紹介させて下さい。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/06/20記事より引用)
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●沖縄に核「貯蔵」、米が当初要望国務省が「密約」公開
https://www.asahi.com/articles/ASL6Q61P0L6QUHBI027.html?iref=comtop_8_01

米国務省が公開した外交文書から、1969年に佐藤栄作元首相とニクソン元米大統領が結んだ「核密約」に至る交渉の詳細が明らかになった。
米側は沖縄における核能力を極めて重視し、沖縄返還の最低条件として、米側は沖縄の米軍基地において核兵器の「緊急時の貯蔵」と「通過」の権利を求めていた。
専門家は、米国の核戦略や思惑の詳細がわかる貴重な文書だとしている。

  沖縄、核戦略の拠点だった元米兵「世界の終わりだと」
  沖縄で撮られた核兵器の写真、米公文書館で見つかる

沖縄核密約

1969年11月19日の日米首脳会談で、佐藤栄作首相とニクソン大統領がひそかに結んだとされる。
有事の際、沖縄への核兵器の再持ち込みを容認する内容で、2009年に両首脳による合意議事録が見つかった。

20日に公表された文書は500ページ以上にのぼる。
ニクソン、フォード両政権の外交政策において、主要な問題を文書化した一連の記録の一部で、69~72年までの日本に対する米国の政策をまとめたものだ。

当時のキッシンジャー大統領補佐官(国家安全保障担当)が69年3月12日付でニクソン大統領に宛てた覚書は沖縄返還がテーマだった。
キッシンジャー氏は「軍事的コスト」として、「沖縄の核貯蔵を失うことは、太平洋における我が国の核能力を低下させ、柔軟性を減少させる」と指摘、統合参謀本部が非常に懸念していると伝えている。

一方で「政治的コスト」の部分…
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(引用終わり)

(以下、上記記事に関するかと思われる過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『四百七十六:秘密保護法案について_No.2』
(『しんぶん赤旗』2013/10/27記事より写真と文章を引用)
●(写真)核持ち込み密約「討論記録」(左)と朝鮮半島への自由出撃密約文書
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/_no2-fe7a.html
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-10-27/2013102701_01_1.html

2013102701_01_11

『八百六十五:News_No.457』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/02/news_no457-0eb8.html
(以下、『朝日新聞デジタル』、2014/2/1記事より引用)
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●首相、核密約「否定は誤り」 政府見解示す意向
http://www.asahi.com/articles/ASG107VVBG10UTFK01B.html?iref=comtop_list_pol_n04

安倍晋三首相は31日の衆院予算委員会で、日米の核持ち込み密約について「ずっと国民に示さずにきたのは、私は間違いだったと思う」と答弁し、存在を否定してきたのは誤りだったとの認識を示した。
首相は「この問題について政府としてどう考えているか示したい」とも述べ、政府見解を発表する方針も示した。

民主党の岡田克也元外相が「歴代首相が『国民にうそをついた』と言われても仕方のないことを答弁した。重大だ」と追及したのに答えた。

核持ち込み密約は、核兵器を積んだ米軍の艦船の日本への寄港・通過を事前協議の対象外とする内容。
民主党政権時の有識者委員会が2010年、日米間に暗黙の合意という「広義の密約」があったと結論付けた。
09年までの自民党政権は存在を否定していた。
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(引用終わり)

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(以下、『Gigazine』、2018/06/26記事より引用)
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●「携帯電話の位置情報記録を捜査するためには裁判所の許可令状が必要」と連邦最高裁が判決を下す
https://gigazine.net/news/20180626-supreme-court-cellphone-records/

現地時間の2018年6月24日に、アメリカの連邦最高裁判所は、警察がモバイルサービスプロバイダのデータにアクセスして個人を追跡するためには裁判官の許可令状が必要という判決を下しました。

In Major Privacy Win, Supreme Court Rules Police Need Warrant To Track Your Cellphone : NPR
https://www.npr.org/2018/06/22/605007387/supreme-court-rules-police-need-warrant-to-get-location-information-from-cell-to

Supreme Court protects digital privacy of cellphone location records
https://www.usatoday.com/story/news/politics/2018/06/22/supreme-court-protects-privacy-cellphone-location-data/1053088001/

2011年、ミシガン州・オハイオ州で武装強盗を行った疑いで、ティモシー・カーペンターという男性が容疑者として逮捕されました。
FBIはカーペンター容疑者を起訴するための証拠として計127日分の携帯電話のデータから1万2000か所以上の位置情報を調べあげました。
この捜査は、データを令状なしで捜査することを認めるStored Communications Act(SCA)という法律に基づいて行われたものでした。

最終的にカーペンター容疑者は有罪判決を受けましたが、アメリカ自由人権協会(ACLU)は「SCAは、電話をどこにでも持ち運ぶという発想がない時代に制定された法律であり、現代に適用すべきではない。FBIが令状なしで行った携帯電話の位置情報捜査は不当なものであり、合衆国憲法修正第4条『相当の合理的理由がない捜査・逮捕・押収の禁止』に背いているため、証拠は棄却されるべきだ」と、カーペンター容疑者の代理人となって訴えていました。

「令状のない携帯電話の位置情報記録の捜査は認められるか」という問題について、連邦最高裁判所は裁判官の許可令状がなければ基本的に携帯電話の記録を証拠とすることはできないと裁定しました。
裁定は5対4の多数決で決定していて、個人のプライバシーを擁護すべきという考えが勝利したといえます。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、『Gigazine』、2018/06/27記事より引用)
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●NSAが国内最大手通信会社のネットワークを利用して極秘裏に情報収集を行っていたことが明らかに
https://gigazine.net/news/20180627-nsa-att-spy-hubs/

アメリカ国家安全保障局(NSA)が、アメリカ最大手の通信会社AT&Tのデータ施設を利用して、メール・ウェブブラウジング・ソーシャルメディアなどさまざまな情報を極秘裏に収集していたと、アメリカのネットメディア・The Interceptが報じています。

The NSA’s Hidden Spy Hubs in Eight U.S. Cities
https://theintercept.com/2018/06/25/att-internet-nsa-spy-hubs/

AT&Tは世界でも最大規模のネットワークを所有していて、2018年3月時点で1営業日に約197ペタバイトものデータがやり取りされているといわれています。
NSAが1985年からAT&Tと協力して大規模な情報収集と監視を行っているということは以前から報告されていましたが、具体的にどのように行われていたのかはわかっていませんでした。

The Interceptは2016年に、アメリカ・ニューヨークのマンハッタン中心部にある、AT&Tの子会社が運営するデータセンターがNSAの監視施設であると特定していました。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、上記記事に関するかと思われる過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千六百五十九:News_No.584』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/09/news_no584-758e.html
(以下、『Iran Japanese Radio』、2015/9/24記事より引用)
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●NSAがイランの使節団を盗聴
http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/58318-%EF%BD%8E%EF%BD%93%EF%BD%81%E3%81%8C%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%BD%BF%E7%AF%80%E5%9B%A3%E3%82%92%E7%9B%97%E8%81%B4

NSAアメリカ国家安全保障局に関する機密文書によれば、NSAは2007年、国連総会に派遣されたイランの使節団の電話での会話を盗聴していたということです。

アメリカのNBCテレビがNSAの機密活動に報告として、アメリカ政府は2007年、国連に派遣されたイランの使節団を盗聴していたと主張しました。
NBCテレビは、「NSAはおそらく今週のニューヨークでの国連総会で、イランのローハーニー大統領など一部の国の首脳の会話を盗聴する可能性がある」と伝えました。

(、、、中略、、、)

この文書に基づき、アメリカの情報機関は2007年、当時のアフマディネジャード大統領と143人の使節団の数千にも及ぶ電話での会話のすべてを盗聴していたということです。
この文書では、イランの使節団が滞在していたホテルについては明らかにされていませんが、(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、旧ブログ『悲喜憐偉』からの盗聴に関すると思われる過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千八百八十七:お知らせ_No.84』
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2013/02/_no84-0ed9.html

以下、(『二人だけが知っている超アンダーグラウンドのしくみ』(第1刷:2011年8月31日) ベンジャミン・フルフォード & 飛鳥昭雄 共著 ヒカルランド)からの引用。
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●フルフォード:
これ(携帯電話)で、盗聴、GPS、すべての会話モニタリング、どこにいるかもわかる。

P6260183

 

■飛鳥:
この部屋では通じないと言ったじゃない。
大事なことなんだ。

●フルフォード:
ここはね、前は電波が入らなかったけど、今は入るようになった。
(携帯電話を分解して)これも教えられたんだけど、ここにちょっと色の線があるじゃないですか。
これでも盗聴できるんだと聞いた。

■飛鳥:
まず、我々が持っている携帯電話、1秒間に最低200回、基地局と交信をやっているんですよ。
GPS機能がない携帯ですら、やっています。
ですから、どこにいるか大体わかる。
GPS機能がついているやつは、携帯でも2タイプあったじゃない。
PHSなんかもろにいる場所が筒抜け!
        :
      (中略)
        :
■飛鳥:
そうだよ。
一般の企業でも言うよ。
おれ、ちょっと電話かけたら、「今、東京におられますね」と。

●フルフォード:
(携帯電話を指さして)これをこうして、これはこうして、全部抜かないとだめ。
それでも、これをぶっ壊さないと、本当はだめなの。

■飛鳥:
そうだね。
わかるよ。

●フルフォード:
僕はどうしてもプライベートで話したいとき、カードも携帯も残して、噴水か滝の隣に座って、雑音が多いところで話す。

■飛鳥:
本当はそれぐらいしないといけないんだよ。
皆さん方が使っている携帯電話だったら、アメリカのNSA(国家安全保障局)が簡単に盗聴できるんです。
パソコンも全部そうです。
ウィンドウズを使っている限りは、自由に侵入されるんです。
バックドアからね、、、。
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(引用終わり)
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(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/6/24記事より引用)
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●<強制不妊手術>GHQ「医学的根拠不明」日本側押し切る
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180624-00000007-mai-soci

6/24(日) 6:45配信      毎日新聞

障害者らに不妊手術を強制した旧優生保護法が国会で審議された1948年、日本を間接統治していた連合国軍総司令部(GHQ)が、法案に強制不妊の対象として盛り込まれていた大半の疾患の遺伝性について再三にわたり「医学的根拠が不明」だと批判し、ナチス・ドイツの断種法以上に問題視していたことが、GHQの記録から判明した。
日本側は一部対象を削除するなどしつつも、根拠不明とされた遺伝性疾患の多くを復活させる改正案を押し通していた。

日本側が、法成立前から問題点を認識しながら、障害者の幅広い排除に固執した歴史が明らかになった。

旧法は48年6月、超党派で議員提案され、同月に全会一致で可決、同9月に施行、49年5月に改正された。
今回明るみに出たのは、この間の日本側とGHQ側との詳細なやりとりの記録で、米国立公文書館が所蔵している約200ページの文書を国立国会図書館が撮影、88~89年にマイクロフィルム化して収蔵した。

記録によると、国会提案直前の48年5月、法案を検討したGHQ民政局が「個人の私生活と幸福への国家の最も広範な介入だ」との見解を示し、「さまざまな乱用」を招く恐れがあると懸念した。
手術の根拠とされた「遺伝性精神病」「強度かつ悪質な遺伝性病的性格」などを「おおざっぱな分類だ」と批判し、「ナチスの断種法ですら、医学的に遺伝性とみなされる個々の病気を明示した」と指摘した。

さらに同局は、都道府県の優生保護審査会の決定に異議を申し立てる場合、最終決定が裁判所でなく国の中央優生保護審査会となっていた点も問題視し、「法廷に訴える権利の排除は憲法違反」と明記を求めた。

日本側は、対象疾患を記した「別表」を加え、訴訟の権利を記載するなど修正し成立させた。
審議過程で今度はGHQで保健政策を担う公衆衛生福祉局(PHW)が、別表に列挙された疾患の遺伝性について「ごく少数の例外を除き」疑問があると再修正を要求。
日本側は49年、削除に応じた改正案を作成後、遺伝性疾患の大半を復活させ可決した。

理由について、法制定を主導した参院議員が人口急増に伴う食料難を挙げ「望まれざる集団の出産の防止」を主張。
PHWは「遺伝性と証明されていない症状を含む」と不満を示したが、「異常な放浪癖」など一部削除に応じたことで容認した。
のちに強制不妊の大半の理由となる「遺伝性精神病」や「遺伝性精神薄弱」は別表に残った。
【千葉紀和、上東麻子、和田浩明】(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、上記記事を読んでいて、なんとなく思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千五百九十九:銀行制度についての種々の話題_No.11』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/08/_no11-48fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



引用した文章と写真は、同ビデオからのものです。
なお、引用文章中の「1:33:55」の数字は、ビデオ中の「1時間33分55秒目」を意味しています。

(以下、上記ビデオより引用)
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Thrive__2

1:33:55

世界支配計画について、お伝えしたいもう一つの残酷な事柄があります。

恐ろしい事実ですが、これ無しでは、真理の追究は不完全で危険であり、解決のための戦略も不十分な情報に基ずくものとなってしまいます。

研究をする中で、私は、世界の人口の大多数を抹殺することが計画に含まれている、という説得力のある証拠を見つけました。
不快感を覚えますが、支配する人間が少ない方が完全支配には有利だと考えれば、理解できます。
「まさかこんなことはしないだろう」と思うたびに、それが間違いであることがわかって来ました。

Thrive__3

1:34:38

私は優生学が、計画の中心的柱の一つであるという、驚くべき文書を見つけました。

優生学とは、誰が子孫を残すにふさわしく、誰がそうでないかを、一部の人が決めるものです。

断種は、この秘密計画を実施する狡猾な方法の一つです。

1904年、カーネギー家は、ロングアイランドの、コールド・スプリングハーバーにあった、初の優生学研究所に資金を提供しました。
ロックフェラー家は、優生学プログラムを通じて、有色人種の強制断種に資金援助し、後にヒトラーに採用される、人種至上主義計画を進めるために、ドイツのカイザー・ウィルヘルム研究所にも資金を提供しました。

Thrive__4


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(引用終わり)
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(以下、『Gigazine』、2018/06/01記事より引用)
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●新聞社が4億円以上を受け取りGoogleやUberにとって有利な記事を書くような契約をしていたことが明らかに
https://gigazine.net/news/20180601-evening-standard-google-uber/

イギリスの元財務大臣であるジョージ・オズボーン氏が編集長を務める、ロンドンの夕刊紙「イブニング・スタンダード」がGoogle・Uberなどを含む大手企業6社に、総額300万ポンド(約4億3000万円)で企業に有利な内容となる記事を書く契約を交わして「編集の独立権」を売り渡していたと、openDemocracyが報じています。

George Osborne’s London Evening Standard sells its editorial independence to Uber, Google and others ? for £3 million | openDemocracy
https://www.opendemocracy.net/uk/james-cusick/george-osborne-s-london-evening-standard-promises-positive-news-coverage-to-uber-goo

イブニング・スタンダードは90万近い発行部数を誇り、ロンドンを中心に広く読まれる夕刊紙です。
openDemocracyによると、このプロジェクトはLondon 2020と呼ばれ、編集長のジョージ・オズボーン氏主導で進められていたとのこと。
ジョージ・オズボーン氏は、キャメロン政権下で財務大臣を務めていたことで知られていて、2017年に議員を辞職し、イブニング・スタンダードの編集長に就任して話題となりました。

もともとイギリスの新聞では、新聞独自のスタイルに添って作成される「ネイティブ広告」が多く採用されていますが、このプロジェクトは「イブニングスタンダードに掲載されるニュースと広告を区別していた倫理的な線引きをすべて取り除き、関わりのある企業にとって好ましい報道を取り入れていく」というものです。
しかし、ただでさえ見分けのつきづらい普通の記事とネイティブ広告の境界を取り除いてしまうことで、読み手側は有料のニュースと他の商業的な内容は区別できないと、openDemocracyは指摘しています。

イブニング・スタンダードに50万ポンド(約7200万円)を支払った6社の中には、自動車配車サービスを展開するUberも含まれているとopenDemocracyは報じています。
Uberに5億ポンド(約720億円)相当の出資をしている資産運用会社・BlackRockは、オズボーン氏をアドバイザーとして招いています。
openDemocracyは、BlackRockは、週1回のアドバイザー職のためにオズボーン氏に年65万ポンド(約9400万円)を支払っているため、Uberとイブニング・スタンダードの契約は利益相反行為であると批判しています。

また、同じく50万ポンドを支払ったGoogleは、オズボーン氏が財務大臣を務めていたキャメロン政権時と密接な関係を築いていたとかねてより批判されていました。

なお、イブニング・スタンダードの「カスタマイズされたニュースやコメントで評判を高める」という宣伝戦略に対して、スターバックス・コーヒーを含むいくつかの企業は「自分たちの宣伝戦略がある」と支払いを拒否したとのこと。
openDemocracyはイブニング・スタンダードとUberとGoogleにLondon 2020プロジェクトに関するコメントを要求したそうですが、いずれからも返答はなかったそうです。
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年6月24日 (日)

三千二百六十八: 湖の水滴

       湖の水滴


  湖の上に
   一つの水が 浮かんでいる。
   湖の上で 物思いに沈む人のように。

  その水が震えているのは
   大気の流れゆえにか。
   あるいは 大気の精妙さゆえにか。

  湖の上の人が
   大気の風に そよいでいるように
   あるいは 大気の清冽さに感極まっているかのように。

  一つの音が 木霊しているかのような
   きりりと 引き締まった
   空間の中で。


                                       坂本 誠

三千二百六十七: 私の見かけたニュース_No.109

こんばんわ。

私の見かけたニュースを紹介させて下さい。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『世界の裏側ニュース』様、2018/05/24記事より引用)
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●イスラエルに侮辱された安倍総理・靴入りデザートの意味は?ガザで60人死亡
https://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-12378400868.html

ネタニヤフとの会食で靴に入ったデザートを出された日本の首相(画像)

5月8日【RT】

イスラエルの首相公邸での夕食会に出席した日本の安倍晋三首相と首相夫人に対し、靴に入ったデザートが提供され、文化的に侮辱的な行動として両国の外交官から厳しく非難されている。

駐日勤務の経験のあるイスラエルの上級外交官の一人:「馬鹿げていて、無神経な決断でした」

「これはユダヤ人の来賓に対し、豚の形のお皿に乗せたチョコを差し出す行為に匹敵します」

「日本の文化で靴ほど軽蔑されているものは他にはありませんから」
・・・イスラエルの大衆紙イェディオト・アハロノト(Yediot Aharonot)紙より

日本の外交官の一人:「テーブルに靴を置く文化なんてありません」

「これがユーモアを意図したものであったとしても、おもしろいとは思えません。我が国の首相が侮辱されたと感じています」・・・同上紙

安倍首相がイスラエルを公式訪問するのは二度目で、5月2日にはベンヤミン・ネタニヤフ、サラ夫人と会食を行ったが、問題の食事はイスラエルの有名シェフSegev Mosheによって準備されていた。

Moshe氏のインスタグラムのページ上に投稿された写真には、テーブルのマット上に配置された問題の靴と共に、文化の違いによる不作法に対して、見たところ平静を保ってる様子の首相とその夫人が写されている。

_1

https://www.instagram.com/p/BiSayISHtJi/?utm_source=ig_embed

同シェフが投稿した別の写真を見ると、問題の靴は金属製でチョコレート・プラリネが中に入っているという説明がある。

_2

https://www.instagram.com/p/Bidx3pWgMnF/?taken-by=segevmoshe

靴という不思議なデザートボウルの代替品に困惑したのは外交筋だけではない。
多くのソーシャルメディアユーザーもまた混乱した様子を表明している,

「テーブルの上に靴なんて、なんてばかげたアイディアだろう!」

「日本の首相にどや顔で靴入りのデザートを出したって?まずそんなのは独創的でないし、攻撃的だよ。一体何のドラッグを使ったらそうなるのか」

テーブル上に靴を置くことをありがたがる文化はほとんどないが、外履きの靴が室内で一切許されない日本人にとってはさらなるエチケット違反だといえよう。

【参考】https://www.rt.com/news/426094-japan-dessert-shoe-netanyahu/
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(引用終わり)


(以下、上記記事に関するかと思われる過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三百八十九:お知らせ_No.160』
●ネタニヤフ首相がケリー長官を犬のように殴打しました!
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/_no160-c854.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51899570.html
http://philosophers-stone.co.uk/wordpress/2013/09/netanyahu-beat-john-kerry-like-a-dog-claims-senatorial-aide/

(上記記事より抜粋引用)
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9月16日付け:

Bruisedkerry11

ケリー長官の側近の政府関係者によると、イスラエルのネタニヤフ首相は米ケリー長官をまるで犬のように扱い、彼を殴打したとのことです。

ドアが閉まると同時に、豚がうめくような声と家具が投げつけられているような音が聞こえました。
すると、ケリー長官はネタニヤフに向かって、ノー、ノー、ベンジャミン(ネタニヤフの名)、神に誓って言うよ、あれは私じゃない。
あれはバカなロシア人がやったのだ、とネタニヤフに訴えていたのです。
その直後にケリー長官が殴打されたような音が聞こえました。
その時、ケリー長官は苦痛や怒りの叫びをあげましたが、再度、ケリー長官が叩かれるか、殴られたような音が聞こえたのです。
次に、ネタニヤフは、ケリーに向かって、お前にお金を払っているのは何のためだと思ってんだ、と金切り声でののしっていました。
その直後に、2人のイスラエル人の警備員が私をドアから引き離したのです。
そして5分後に、ケリー長官が少し血が混じったアザだらけの顔でドアから出てきました。
ケリー長官のシャツのボタンも取れていました。
ネクタイも結び目から下がはさみで切られていました。
彼は泣いていたと思います。

と政府関係者が告白しました。
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(引用終わり)

『五百五十五:アメリカとイスラエルについて_No.2』
●イスラエル首相「勝手にしたら」 米国務長官に怒り
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/_no2-528e.html
http://www.asahi.com/articles/TKY201311120307.html

(上記記事より抜粋引用)
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イスラエル軍放送は11日、ネタニヤフ首相がイランと米英独仏中ロの6カ国との核協議を巡って、ケリー米国務長官に怒りをぶつけたやりとりの内幕を伝えた。
イランへの制裁緩和に動く核協議にイライラを爆発させたとみられる。

ケリー氏は8日、核協議のあるジュネーブに向かうため、イスラエルのベングリオン空港の一室にいた。
ネタニヤフ氏はケリー氏に「ここで待っているように」と指示し、単独で記者会見。
核協議で対イラン制裁の緩和が検討されていることを「ひどい取引だ」と痛烈に批判した。

会見後、部屋に戻ったネタニヤフ氏は、ケリー氏との握手を拒否。
ケリー氏が核協議の進行方法を巡る意見を求めると「勝手にしたらいい」と怒りをあらわにしたという。

イランの核兵器獲得に危機感を募らせるイスラエルは、イラン制裁の緩和に強硬に反対。
ケリー氏が10日、米NBCに「(ネタニヤフ氏は)交渉内容をよく分かっていないのではないか」と語ると、同氏は同日、エルサレムでの会合で「よく知っている。イランの核開発能力ではなく、制裁を後退させる損で危険な取引だ」と反論した。
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(引用終わり)

『七十一:アメリカとイスラエルについて』
●1000億ドルがイスラエルに渡る --- 830億ドルがアメリカの家族たちからカットされる。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/06/post-5676.html
http://www.veteranstoday.com/2013/06/09/100-billion-gift-to-israel-83-billion-cut-to-american-families/
The War Party-Panorama-BBC
http://www.youtube.com/watch?v=jilA-ZeBUI4

(上記記事より抜粋引用)
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イスラエルが受領することが出来る1000億ドルは、予算没収のための支払い以上に830億ドルの国内計画を削減することが出来るのです。
しかし、イスラエルは言うのです。
「ケーキを食べさせてくれ。」

米国をスパイする、真の外国のエージェント、そして、一つの外国、イスラエルにあなたの税金のドルが通っています。
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(引用終わり)

(※筆者注:以下の写真中の演説用の英語原文が赤ペンで添削されていることに注意)

二千七百六十三:私の見かけたニュース_No.71
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/11/_no71-d73c.html
(以下、『情報速報ドットコム』様、2015/4/30記事より引用)
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●【悲報】安倍首相の米議会演説、安保関連法案を夏までに成立させると宣言!大戦の謝罪には触れず!「大戦、痛切に反省」
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-6328.html

Photo

*安倍首相の原稿

4月30日午前0時にアメリカの上下両院合同会議で日本の首相として初めて演説をした安倍首相ですが、その演説中で安倍首相は集団的自衛権を柱とする新しい安全保障法制を夏までに成立させる決意を表明しました。
(引用終了)
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(引用終わり)

『三千二百十:自分の気になった国内ニュースのまとめ版』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/01/post-9fed.html
(以下、『twitter』、リコ @riko0058様、2015年6月7日記事より写真引用)
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●ありゃりゃ 安倍晋三は完全に米国軍産複合体の犬だわ (*^_^*)
https://twitter.com/riko0058/status/607514963196788736

_

(※筆者注:同写真中の文章)
[原発の推進]
原子力は日本の包括的な安全保障に欠かせない要素を構成する。
・・・原子力研究開発での日米の協力は不可欠である。
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(引用終わり)

『二千四百三十八:News_No.561』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/03/news_no561-cec5.html
(以下、『転載元:週プレNEWS より』、2014年12月15日(月)6時0分配信記事より引用)
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「日本はなぜ基地と原発を止められないのか」で話題の矢部宏治が鳩山友紀夫と“日本の真の支配者”を語った!【前編】
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20141215-00040591-playboyz-pol

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▲[矢部宏治氏]日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは?|転載元:シャンティフーラさんより
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=78792

鳩山友紀夫元首相(右)と矢部宏治氏が、
日本が「真の独立国」として新しい戦後を歩むための方法を議論

(、、、中略、、、)

なかでも一番の問題は、日米合同委員会のメンバーである法務官僚が、法務省のトップである事務次官に占める割合は過去17人中12人、そのうち9人が検事総長にまで上り詰めている。
つまり、米軍と日本の高級官僚をメンバーとするこの共同体が、検察権力を事実上握っているということなんです。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下の写真は、Amazonの商品紹介HPからの引用)
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●書籍『「日米合同委員会」の研究――謎の権力構造の正体に迫る』
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E5%90%88%E5%90%8C%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A-%E3%81%AE%E7%A0%94%E7%A9%B6-%E8%AC%8E%E3%81%AE%E6%A8%A9%E5%8A%9B%E6%A7%8B%E9%80%A0%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93%E3%81%AB%E8%BF%AB%E3%82%8B-%E6%88%A6%E5%BE%8C%E5%86%8D%E7%99%BA%E8%A6%8B-%E5%8F%8C%E6%9B%B85-%E5%90%89%E7%94%B0-%E6%95%8F%E6%B5%A9/dp/4422300555

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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年6月21日 (木)

三千二百六十六: ある性格の人々を見て(独白)

この記事は、私の普通の書き方である「です・ます」調では無く、独白調で書いています。
このようなスタイルで書く時もあります。

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生活していると、ある特定の人々を見かけてしまう。

その人々の特徴とは「新しいことを学びたくない」という願いを持っていることである。
その人々に、「あなたは、なぜ、新しいことを学んだり、知識を吸収しようとしていないのですか?」と聞いてみると、意外な答えが返ってくる。

その答えとは、

  「自分の方が年長者なので、新しいことを若い人に教えてもらうのが、恥ずかしいし、私のプライドが傷つけられるからだ」

という返答等が返ってくる。

20100808132748

 

確かに、年齢が重なるにしたがって、記憶力の低迷等は起こってくるので、世の新しいことを吸収するのは、年長者の方が難しくなってくる。

しかし、ここで重要なのは、「自分の方が年長者なので、若い人に教えてもらうのが苦痛で恥ずかしいから、新しいことを吸収したくない」という心構えだろう。

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この手のタイプの人は、若い頃は、それでも良いのかもしれないけれど、老年になると、危なくなってくるのが、老年認知症である。

なぜならば、人は新しい知識を吸収しようとする時、頭を使うから、それによって頭が活性化されるが、私が話題に挙げている人は、新しい知識を吸収しようとしていないから、頭を日々に使っていないので、頭が鈍っていく。
だから、日々に、新しい知識を吸収しようとしていない人というのは、やがて、老年認知症になる確率が高い。

もっとも、全てが全て、老年認知症の原因を私が書いていることから発生しているとは限らない。
様々な原因から、老年認知症が発生する場合もあるだろう。

しかし、老年になって、「頭を使いたくない」とか「新しい知識を吸収したくない」という人は、頭脳を使わないのだから、自然の理(ことわり)によって、認知症になる確率は非常に高いと思われる。

人が必要としない器官は衰えていくのだから。

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認知症の原因の全てがそうだとは言えないと思われるけど、このタイプの人は、心の奥底では、「自分は認知症になりたい」という願いが潜んでいることがわかる。

P4200196

 

大抵の、この方々が言うには、「自分は認知症になりたくない」と涙声で周囲の人に語る時もあるけれど、私が上に書いた理由によって、「自分は認知症になりたい」という願いが潜んでいることがわかる。

なぜならば、「新しい知識等を吸収したくない」という願いがあるのならば、自然と頭が衰えていくのだから、自明の理によって、認知症が、その人に訪れてしまうことになる。

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だから、この手のタイプの人に、もっとも、必要とされるのは、人格の改造と言えるだろう。

最近では、認知症に対する薬剤なども販売されているようだけど、私が考えるところによると、そのような薬剤よりも、その手の人に必要とされるのは、人格の改造だと感じてしまう。

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そして、私が上に書いたように、「自分の方が年長者なので、新しいことを若い人に教えてもらうのが、恥ずかしいし、私のプライドが傷つけられる」という、この手の見栄(みえ)とか、プライドが邪魔をして、新しい知識等を吸収しないのだから、まずもって、彼等が必要とするのは、「見栄とかプライドを捨てる」という、人格の改造が求められていると思う。

要するに、この手のタイプの人の、今までの生きる上での信条というのは、見栄とかプライドを中心に生活してきたのだから、

  「私は、他人から見て、どのように、素晴らしい人に見えるか?」

ということを、メインの信条として生活してきたことがわかる。

要するに、周囲の人の意見に振り回されやすい人であり、その人の行動指針等は、ほとんど、その人の周囲の人が作成してきたケースが多い。

つまり、この手にタイプの人というのは、「周囲の人々からの評価」というのが、非常に重要な生活上の判断基準となっている。

わかりやすく書いてしまえば、この手にタイプの人というのは、周囲の人々の目が気になったり、周囲の人々の意見が気になったり、周囲の人々の褒め言葉や叱り言葉ばかりが気になって、しょうがない、という傾向を持っている。

もっと具体的な例を挙げてみると、「年収は幾らか」とか「ルックスは良いか」とか「その人の住む家は御殿のように見栄えが良いか」とか「その人の受けるテストの点数は高いか」とか「その人は、どこそこ有名大学出身か」とか「その人は、今年売り出されたばかりの、カッコいい、自動車を乗り回しているか」とか「その人の普段着は、最新ファッションのもので、かつ、ブランドものか」とか、、、他にもこの手の例を挙げていくと、いつまでたっても、私はこの記事を書き終わらないだろう。

要するに、この手のタイプの人の幸福とか不幸とは「他人からの評価が全て」となっている。

要するに、その人の幸福の基準というのは、彼(あるいは彼女)の内側に存在しているのではなく、彼の外の世界ばかりに、その、幸福基準がセットされているので、とかく、彼の幸不幸というのは、周囲の人の評価ばかりが、彼の幸不幸を作成していることに気が付く。

つまり、彼(あるいは彼女)の周囲の人々の語る言葉とか、あるいは、褒め言葉とか叱り言葉ばかりが、彼の幸不幸を作り上げる。

この、私の記事を、ここまで読んだ人ならば、上のような人を見て、

  「これは、もろい人だ」

と感じるかもしれない。

なぜならば、このような人の幸不幸とは、その人の周囲の人の語る言葉の内容によって、容易に、幸不幸が切り替わるからである。

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だから、この手のタイプの人に必要とされているのは、「自分の方が年長者なので、新しいことを若い人に教えてもらうのが、恥ずかしいし、私のプライドが傷つけられるから、新しい知識を吸収することは嫌だ」という、この手の見栄(みえ)とか、プライドを捨て去ることだろう。

というのも、この記事を読む人ならば、次に気が付くだろうけれど、この手のタイプの人の心の中には、

  「年長者の方が素晴らしい人間なのだ」

という、思考があることに気が付くだろう。

P4200191

 

つまり、彼(あるいは彼女)の内部には、「年長者の方が素晴らしい人間であり、年下の人間の方が劣るのだ」という差別意識があるのに気が付くだろう。

だから、この手のタイプの人に必要とされるであろう、人格改造には、「このような差別意識を無くした方が良いだろう」というものだろう。

というのも落ち着いて考えてみるとわかるのだけど、「人は年長者の方が素晴らしい存在だ」とは限らないからである。

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別に、人格改造の話だから、したくない人はしないでも良いのだけど、この手のタイプの人は、上に書いたように、「自分自身が認知症になりたいので、認知症になっていく」という、パターンになっていくだろう。

別に、そうなっても、「自分の本心が、そのようなものである」というのだから、単純に、「自分の願いが実現されている」ということになり、周囲の人が、なんやかんやを、とやかく言わないでも良いことになる。

だから、この手のタイプの人が、自分に人格改造が必要と思えば、すればいいし、したくなければしないでも良いことになる。

しかし、ここで書いたように、「自分の人生は自分が作っている」とか「自分の願いが実現されて(自己実現)、自分の人生が作られている」とは言えるだろう。

だから、この手のタイプの人が、「こんな運命は、自分は望んではいなかった」と言っても、このようになるのだから、自分の内部を詳細に見つめることによって、その運命到来の道筋や道程を、知ることは大事だと思う。


                                       坂本 誠

三千二百六十五: 教育について_No.2

こんばんわ。

三千二百六十一:教育について』の2段目です。

前段からの続きのような話題を、つれづれなるままに書いてみたいと思います。

前段『三千二百六十一:教育について』でも、同様のことを書いているのですが、結局、現代の世の多くの人と言うのは、「私が社会に出て、世に多くの貢献が出来るよう、今、私は知を学んでいます」と言うよりも、「私が社会人になって、就職先において、より多くの給金を頂くために、今現在、私は学校で勉強しています」という方の方が、圧倒的に、多いと思います。

これは、悲しいことに、前段でも紹介したように、過去の為政者達によって、世の中が、お金だらけの社会にさせられてしまったからです。

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お金だけとは言わず、どちらかと言うと、学校の競争精神に呑みこまれてしまったがために、学校の勉強において、競争の結果、「トップに近い成績を納めるために、今現在、勉強している」という人も、多いと思います。

どうしてかと言いますと、学校の中の試験の中で、トップの成績に立てば、成績優秀にて、賞状などをもらえるかもしれません。
そのように、周囲の人々から、チヤホヤされるかもしれません。
また、そのような成績を納めますと、将来的に、より上の学校に進むことが有利になる条件が整えられている、学校システムも多いことでしょう。

ですから、世の多くの生徒達が、「自分が、その成績優秀の状態を獲得したい」というのが、真の動機となって、学校の勉強を頑張っている人も多いのではないでしょうか。

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このようになってきますと、その人の勉強の真の動機というのは、例えば、よくマスメディアに立たされた生徒達の発言内容であるところの、「私は、将来、社会の役に立つために、今から勉強を、、、」という動機を詐称していることになります。

「詐称(さしょう)」というのは、「嘘をついている」ということです。

というのも、私の学生時代等も、既に、偏差値教育ばかりが重視されており、競争礼賛の世界となっていたため、同様の状況が、多くの学生達の間に存在していたからです。

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ですから、真の動機として、「私は他の人々よりも優越感を得たい」と言う方が、私のところにやって来て、「坂本さん、どうやったら、あるジャンルの学問を好きになれるでしょうか?」と、質問してきても、それはお門違い(おかどちがい)となるでしょう。

なぜならば、「あるジャンルの学問を好きになりたい」という方向と、「他の人々よりも優越感を得たい」という狙いの方向は、完全に違っているからです。

仮に、「他の人々よりも優越感を得たい」という方が、「あるジャンルの学問を好きになりたい」と言って来ても、その人の
真の狙いは、「他の人々よりも優越感を得たい」ということです。

ですから、その人の真の狙いを考慮してみると、彼(あるいは彼女)の真の狙いを達成するためには、あるジャンルの学問を好きにならなくても良いわけです。

「他の人々よりも優越感を得たい」という願いを達成したいのならば、特に、何かの学問を好きにならなくても、その他の達成手段は存在するかもしれません。

何とならば、世には学問以外にも様々なジャンルがありますので。

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しかし、そのような人は、心の奥底に、「自分は優越感を得たい」という願いを持っているのですから、そのような動機を持ちたいと言うこと自体が、「学問を如何にすべきか」という問題よりも、完全に別問題と言えるでしょう。

このブログの読者の方でも、周囲の人で、「私は他の人々よりも優越感を得たいのです」と公言する人を見かけたら、読者の方も、現在実行している何らかの作業を中断して、その公言している人の肩を叩きながら、「ちょ、ちょっと、あなた、、、」という類の会話が始まると思います。

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しかし、実際には、そのような人は多いと思います。
なぜならば、現代の偏差値教育などで、競争礼賛の世界が成り立っていれば、競争に勝つことによって、今まで、周囲の人からチヤホヤされ続けていたら、自ら、そのような、競争を愛する人になり、強いては、優越感を得たい人になっている可能性が高いからです。

これなども、現代の競争教育による犠牲者と言えるでしょう。

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■:『競争に打ち勝ちたい人』の場合

日頃、注意深く、周囲を見回すと、「学問を愛する人」と「競争に打ち勝ちたい人」との違いに気が付くようになると思います。

後者の方の「競争に打ち勝ちたい人」の勉強に対する姿勢と言うのは、たいていの場合、刻苦勉励(こっくべんれい)するような勉強の姿勢が見られるようになります。

なぜならば、上にも書いているように、その人の心の奥底では、本当に学問を愛していないからです。
「競争に打ち勝つ」というのが彼(あるいは彼女)の本当の願いですから、周囲の人から見て、彼が、刻苦勉励しながら、勉強をしている姿を見ても、彼の雰囲気に苦痛を感じ取ることでしょう。

なぜならば、彼の真の目的とは、「あるジャンルの知識を身に着けたい」ではないから、無理矢理にこそ、そのジャンルの知識を身に付ける必要があるからです。

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ですから、多くの人も、テレビや漫画や小説の中に描かれているのを、よく見かけたこともあると思うのですが、ある生徒が、額にハチマキを巻いて、夜遅くまで、勉強机について、勉強しているシーンを見たことでしょう。
そして、眠気を払うために、幼少の頃から、多くのコーヒーを飲んでいます。

つまり、このような勉強スタイルだと、彼は、幼少の頃から、苦痛を噛みこらえながら、あるいは、身に降りかかって来ている苦痛を噛み殺しながら、自分の学ぼうとしているジャンルと格闘しているわけです。

自分の学ぼうとしているジャンルと、既に「格闘」しているので、つまり、彼は、自分の学ぼうとしているジャンルに対して、苦痛を感じているわけです。

これだと、「あるジャンルの学問を愛したい」とは、逆に、遠ざかっていることが私達にわかります。

わかりやすく書いてしまえば、「彼は無理矢理、その勉強をしている(或いは、させられている)」ということが、私達にわかります。

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そして、このような人の兆候としては、やはり、証(あかし)を求めている人が多いです。

証(あかし)というのは、例えば、どこそこ学校の卒業証書とか、全国テストでの何番の成績証書とか、その手の類のものです。

本当に、ある学問体系の求めるものとしては、例えば、その手のジャンルの知識の量とか、その手のジャンル上での、何らかの法則を解析する技量とか、その手のジャンル上での、法則を応用した、一般社会への技術とか、そのようなものです。

しかし、今私が話題としているような人の兆候としては、それらの学問の本質が第一に必要なのでは無く、卒業証書とか、何らかの成績証書を求める傾向があります。

わかりやすく書いてしまえば、「有名学校を出ていたら、カッコいいじゃないか」というものです。

なぜならば、有名学校を出ていることが、彼(あるいは彼女)の社会的なパスポートとなり、「様々な場所に行っても、そのパスポートを見せれば、何の御咎めも無しに、その門をくぐることが出来る」と、彼は考えているからです。

これなども、ずっと根拠をたどってみると、結局、私が冒頭に書いた「私は他の人よりも優越感を得たい」というのが、彼(あるいは彼女)の真の動機となっていることがわかるでしょう。

結局、この「優越感の追求」という願いは、「見栄(みえ)を張る」というのと、同じ行動になってくるのがわかるでしょう。

ですから、仮に、このような方が、「さて、何かの学問を学ぶ必要がある」と言うと、その直後には、「この手のジャンルの有名学校はどこにあるのか?」とか、続いて、「その有名学校に入るだけの軍資金は、足りているだろうか?」というセリフが出て来やすいものです。

なぜならば、彼が、その手のジャンルの学を学ぶに当たり、その手のジャンルの知識量なり技量よりも、その手の学校の卒業証書という肩書きの方を、彼は愛しているからです。

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■:『学問を愛する人』の場合

かなり、前者である『競争に打ち勝ちたい人』の説明が長くなりましたが、ここからは後者である『学問を愛する人』の、想定できる勉強風景を挙げてみたいと思います。

あるジャンルの学問を愛する人にとっては、肩書きというものは一切必要ありません。
彼(あるいは彼女)の欲しいものは、そのジャンル上での、知識量なり技量です。

テストの成績の数字も、彼(あるいは彼女)には一切必要ありません。
ですから、彼の勉強風景としては、頭にハチマキも締めていないし、額から脂汗が出てくることも無いでしょう。
確かに、その手のジャンルの知識を吸収すること自体が大好きですから、そのことによって、夜更かしすることもあるでしょう。
しかし、彼(あるいは彼女)は、喜びの最中にありますから、そのような時でも、その手のジャンルの話題をしながら、穏やかな微笑みを浮かべつつ、周囲の人々と談笑しているかもしれません(当然、彼の談笑している、その話題内容も、その手のジャンル上の内容だとわかります)。

多少、難問にぶつかっても、その難問を突破する事自体も、彼(あるいは彼女)の喜びですから、わき目もふらずに、彼は、ガリガリと進むだけです。

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しかし、現在の競争教育だと、よく報道で見かけるところだと、様々な外国の人々と比較されているのに気が付くでしょう。

このように、世を挙げて、あるいは、国を挙げてまで、学問上での競争が推奨されていると、次第に、世の多くの人々も、「競争こそが素晴らしいのだ」という考えに染まり始めます。

よって、この記事の冒頭から書いているように、「あるジャンルの学問を楽しく学ぼう」というよりも、「あるジャンルの学問によって、優越感を得よう」という、願いの人が増えてしまうことでしょう。

こうなってくると、学問というものの、本末転倒の状態が多発してしまうことでしょう。


                                       坂本 誠

2018年6月17日 (日)

三千二百六十四: 詩の思い出_No.3

こんばんわ。

『三千二百五十三: 詩の思い出_No.2』の続きです。

今日は、時節がら、夏にちなんだ私の詩を集めてみました。

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      梅雨(つゆ)のアジサイ

    黒い雲が低く垂れこめる。
    僕等の気持を押しつぶすよう。

    その雲から大きな雨粒が降り注ぐ。
    僕等の意志をうがつよう。

    梅雨の日に カサを傾けて 
    天の頂きを見上げても そこには 澄みきった青空はない。

    だけど 道ばたには
    多くの青いアジサイが咲いている。

    アジサイは 彼等がつぼみの頃の
    五月晴れを吸収していたのか。

    梅雨の空の下で
    青いアジサイを見て 今はない青空を感じる。

    そのアジサイは
    黒い雲の下に降りてきた 小さな青空。

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この「梅雨のアジサイ」の正確な制作日がわかりませんが、2004年以前であることは確かです。

この原稿を書いている、ちょうど、今頃がアジサイの季節です。

20100524151030


アジサイを見ていて、美しいと思い、その美しさに春の青空を感じたのですね。

それが、この詩となりました。

やはり、梅雨の時期の曇り空と、地上のアジサイの色が対照的なのは、自然界の奏でる一つの不思議と言えないでしょうか。

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          まつり
          
          
    こぶし 突き出す。
    こぶし 突き上げる。
    あえて みこしの中の重い神 持ち上げる。
    男の顔 歪む。
    肩の皮 むける。
    その痛みは喜びか。
    暑い夏。
    汗の雨 降る。

    太鼓 打つ。
    荒れ狂う音 空に響く。
    雷神の如く。
    風神の如く。
    仁王の腕が伸びるが如く。
    渦巻く。

    こぶし 突く。
    突く。
    突き続ける。

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この詩の制作日は2014年3月23日となっています。
早春ですね。
早春ですが、どこか初夏の祭りを思い出して書いた記憶があります。

梅雨の終わりにかけて、夏祭りが始まる地域が多いものです。
まだ、梅雨が完全に明けきれない頃から、全国で夏祭りが始まります。

祭りのイメージと夏のイメージは、どこか、シンクロを感じさせます。

雷の多い季節に、勇壮な夏祭りがあるというのも、良いものですね。

秋や冬にもお祭りはありますが、やはり、一番ちから強さを感じるのは、夏祭りでしょうか。

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          夏の思い出
          
          
    晴れた日の
    白くて大きな雲を見ていると、
    子供の頃の夏を思い出す。

    流れ続ける水道の水に
    転がされ続けるスイカ。
    水の音にも転がされているようだ。

    幾つもの穴の開いた セミの羽。
    その穴から、幾つもの陽射が こぼれてくる。

    夏休みの思い出が よみがえってくる。

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この詩の制作日は2009年4月10日となっています。
この詩も春に書いてますね。
春から夏に向かうシーズンが一番夏を感じさせるからでしょうか。

20100817143537


夏本番になってしまうと、暑さのせいで、「早く秋が来てほしい」と願いますから、夏の真っ盛りには、夏の詩が出来ないように感じます。

ですから、制作日を調べてみると、夏本番の季節には、どこか涼を感じさせる秋の詩が多いかもしれません。

誰でも子供の頃に、夏休みの思い出を持つものですが、その思い出自体を、大事に感じるのは、少年期を過ぎてからかもしれません。

大人になってから、子供の頃の夏の思い出を偲ぶというのも、一興ではないでしょうか。

今から夏本番の季節に入って行くのですが、皆さんも、どうか、良い夏をお過ごしください。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百五十三:詩の思い出_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/05/_no2-2d26.html

              波紋

    僕は春の公園にいる。
    そこは深い水の底。
    空気と言う名の水の底。
    息の詰まることもなく、
    更に清冽な大気の水を吸う。

    散りゆく桜の花びらに、広げた両の手の人差し指で触れてみる。
    そこから波紋が広がる。
    宙に広がる波紋。
    僕は走る。
    次々と指が触れてゆくたびに、いくつも、いくつも、波紋ができてゆく。
    桜の花びらが両手の五指に触れるごとに
    空中に幾つもの波紋が重なり、広がってゆく。

    走るのをやめる。
    大きな息を吐く。
    大きな波紋になってゆく。
    春の深い水の底で。

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『三千百七十九:詩の思い出』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/09/post-6c15.html

          音

    雲海が やわらかく広がる朝
    一つの音が 宙を漂う。
    音は 翼を 羽ばたかせ、雲の上を 静かに舞う。
    穏やかな ほほえみを持って。

    羽毛のような 音の響きが 翼そのものか。
    音と音が 宙を 軽く すれ違う時
    触れ合う 彼等のその笑顔に
    暖かい 光を感じる。

    音が ほほえむ時
    音そのものが
    かすかに 光る。
    蛍のように。

    その淡い光が 音の周囲に
    きらめきわたる。
    芳香(ほうこう)が漂うかのように。
    また 虹のかけらが流れるかのように。

    竪琴(たてごと)に 触れる指と その絃(げん)から
    光と音が 靄(もや)のように にじみ出し
    春の せせらぎのように
    遠方(おちかた)に 流れていくかのように。

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『三千百五十五:詩作の思い出』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/.s/blog/2017/08/post-c72d.html

      愛と光

    愛が光となり、光が愛となり、
    光と愛が結ばれ合い、
    羽毛のように 触れ合い、
    お互いの中で響き合う。

    光と愛が 織(お)り合わされる中、
    速くもあり 遅くもある
    一つの やわらかな音楽が流れ続ける。

    その音楽に のせて
    光と愛が
    私達の胸に やって来る。
    一組の男と女のように。

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                                       坂本 誠

2018年6月13日 (水)

三千二百六十三: 『三千二百六十二:私の見かけたニュース_No.108』の追加記事

こんばんわ。

先日の私の記事『三千二百六十二:私の見かけたニュース_No.108』中で、御紹介した以下の記事

『千七十三: 三極委員会を説明したビデオを見て』
●CBS 三極委員会が世界を支配します #cbs #trilateral_commission
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/post-0c12.html
http://www.youtube.com/watch?v=0adJr56ydVU

で、御紹介したビデオは、なぜか今、削除されているようです。

削除された理由は知りませんが、私が見た時に、撮影していた写真がありますので、それを下に掲載しておきます。
これで、「私がそのビデオを見た」という証明にはなりますね。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

『千七十三: 三極委員会を説明したビデオを見て』
●CBS 三極委員会が世界を支配します #cbs #trilateral_commission
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/post-0c12.html
http://www.youtube.com/watch?v=0adJr56ydVU



(上記ビデオより抜粋して引用)
(ビデオ途中で日本語による『日米欧三極委員会』の垂れ幕が上がる)
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Cbs__cbs_trilateral_commission


●女性キャスター:
最近、私達は大いにグループについて聞いて、そして合衆国政府を敵として見ます。
それは彼等が見る唯一の敵ではありません。
より重要な容疑者は三極委員会と呼ばれる私的グループです。
それはビジネスリーダー、学者と政治家の占有クラブです。
彼等は年に一回会合し、世界の問題を議論します。
しかし、アンソニー・メイソンは、ある人達はグループの協議事項がよりいっそう不吉であると感じていると報告します。

(中略)

■男性リポーター:
先月の遅くデンマークのコペンハーゲンで、ある排他的なクラブがその年次総会を開催しました。
デビッド・ロックフェラーとヘンリー・キッシンジャーはそのおよそ300人の影響力を持ったメンバーの中にいます。
しかし極右の何人かは、これが会合以上のものであったと言います。
彼等は三極委員会と呼ばれる秘密結社によって世界を支配することを陰謀の一部として見ます。

◆ジム・タッカー:
その陰謀は、エリートが世界全体を支配する一つの世界政府を持つ事です。
そして私達は世界政府に対しより大きな忠誠心を持ち、その次に全米のような自身の地域に対して持つでしょう。

(中略)

パット・ロバートソンの新世界秩序という本を読んでください。
一本の糸がホワイトハウスから国務省、三極委員会にまで走ります。

(中略)

国連はアメリカを乗っ取り、三極委員会が世界を支配するでしょう。
ただ彼等が言うその会員を見て下さい。
現在と以前のメンバーは、クリントン大統領、ブッシュとカーター、ブレジンスキー、クリストファー、キッシンジャーとショルツのような名前、ITT、ゼロックス、エクソンとネイションバンクの経営幹部を含みます。
--------------------------
(引用終わり)

せっかくですから、これも何かの機会かも知れないので、私の方で三極委員会に関する幾つかの過去記事を思い出せましたので、それらを、『過去記事』中に掲載しておくことにします。


(以下、上記記事に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千八十五:日米欧三極委員会について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-5237.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E6%AC%A7%E4%B8%89%E6%A5%B5%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A

(上記記事より)
------------------------------------
日米欧三極委員会 - wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E6%AC%A7%E4%B8%89%E6%A5%B5%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A

日米欧三極委員会(にちべいおうさんきょくいいんかい、英: Trilateral Commission 略称TLC)とは日本・北米・ヨーロッパなどからの参加者が会談する私的組織であり、民間における非営利の政策協議グループである[1]。
現在の正式な日本語名称は「三極委員会」。

概要

1973年にデイビッド・ロックフェラー、ズビグネフ・ブレジンスキーらの働きにより[2]、「日米欧委員会」として発足した。

(、、、中略、、、)

最終更新 2014年5月18日 (日) 15:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
------------------------------------
(引用終わり)

『七百十八:「666」の数字について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/12/666-1779.html

_666

(上記ロゴの翻訳)
-----------
三極委員会(新世界秩序、【NWO】のシオニストの実体)666のロゴを含んでいます。
666を成しながら、そのロゴから切り離された、各々の矢は、一つの6をなしています。
米国を基礎として、デイビッド・ロックフェラーが、この組織をつくりました。
NWOにアメリカを柔弱にさせるためにです。
委員会のメンバー達は、上院議員、下院議員、クリントン大統領と彼の閣僚の多くのメンバー達を含んでいます。
その他の大統領達も、また、そのメンバーでもありました。
-----------
(引用と翻訳終わり)

『七百八十六:ディスクロージャーについて_No.46』
●元カナダ防衛大臣によるUFOエイリアン情報開示
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/01/_no46-ffce.html
http://www.youtube.com/watch?v=dpWPRd56D-0



(上記ビデオより抜粋)
---------------
「それは私達が様々な種類の生命で一杯の宇宙に住んでいるという事です。」
「それは存在し、私達の運命を支配する同じ既得権益により秘密にされているのです。」
「外交問題評議会、ビルダーバーグのメンバー、三極委員会、国際銀行カルテル、石油カルテル、様々な諜報組織のメンバーおよび軍事政権の選ばれたメンバー達です。」
「彼等は共にアメリカのみならず、欧米世界の多くの影の政府となっているのです。」
「ゲームの目的は世界政府であり、秘密結社のメンバーが含まれていて、」
「誰からも選ばれていない人物であり、誰に対しても責任を持たない人物なのです。」
「そしてロックフェラー氏によると、計画は上手く進んでいるのです。」
---------------
(引用終わり)

『三百二十七:マスメディアとイルミナティについて』
●デヴィッド・ロックフェラー、1991年三極委員会での演説にて
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/post-4515.html
http://satehate.exblog.jp/12970581/

(筆者注:以下の原文は、赤字で掲載されています。)
---------------

Photo

ほぼ40年にわたって、ワシントンポスト、ニューヨークタイムズ、
タイムマガジン、そしてその他 偉大なる出版社の取締役が
我々のミーティングに参加してくれ、公表しないで
静かにしていてくれていたことに感謝している。
それらの年月の間、もし我々が世間の注目の明るい光の中に出ていたなら、
我々の計画を発展させることは不可能だったろう。
しかし世界は今さらに洗脳されて、
世界政府に向けて更新する準備は整っている。
その超国家的知的エリートと国際銀行家の支配力は、
確かに過去の世紀の国家が自分で決めていたやり方より望ましいものだ。

―デヴィッド・ロックフェラー
1991年三極委員会での演説にて
---------------
(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年6月12日 (火)

三千二百六十二: 私の見かけたニュース_No.108

こんばんわ。

久しぶりの『私の見かけたニュース』です。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『ParsToday(前Iran Japanese Radio)』、2018/6/7記事より引用)
------------------------------------------
●アメリカCIAが、世界各国の81の選挙に干渉
http://parstoday.com/ja/news/world-i44978

アメリカのジェームズ・クラッパー元国家情報長官が、世界各国での81の選挙にCIAが干渉したことを明らかにしました。

ロシアのニュースチャンネル・ロシアトゥデイによりますと、クラッパー元長官は、「我々はこれまで、世界各国の選挙における不正行為に関与したり、他国の政権転覆の下地を整えたりしてきた」と語りました。

複数の調査から、世界の大国が1946年から2000年までの間に他国での117の選挙に関与したことが判明しており、中でもアメリカの干渉事例がもっとも多くなっています。
------------------------------------------
(引用終わり)


(以下、上記記事を読みながら自然と思いだしていた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
***************************************
***************************************
『二千五百九十九:銀行制度についての種々の話題_No.11』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/08/_no11-48fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI


YouTube: スライヴ (THRIVE Japanese)

ビデオでは、1時間21分33秒近辺から紹介されています。
引用した文章と写真は、同ビデオからのものです。

(ジョン・パーキンス)
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Jhon_p_3

使った手法は多くありますが、もっともよく使った手法は、石油のように企業が欲しがる資源を持つ国に行って、世界銀行やその系列の組織から、その国への巨額の融資を手配すると言うものです。

しかし、貸し出された資金の大半は、その国でなく、ベクテルやハリーバートン、ジェネラル・モーターズ、ジェネラル・エレクトリックといった、米国企業の手に渡り、その国に強大なインフラを構築します。

富裕層のための発電所、高速道路、港、工業団地などで、貧困層はその恩恵をほとんど受けられません。
むしろ、貧困層は巨額な貸り入れの返済のツケを被ります。
教育、医療などの社会福祉に充てられるべき金が借金返済に充てられるのです。

意図的に、国に莫大な負債が残るようになっています。
すると、エコノミック・ヒットマンが、また行って、言うのです。
「こんなに借金があるのに、どのようにしても払ってもらうからな」。

反米の大統領が選出されると、すぐに行きます。

「おめでとうございます。私は大統領とご家族を大金持ちにして差し上げる事が出来ます。私達の方法に従えば、このポケットの数億ドルは大統領のものです。そうしないなら、もう一つのポケットには、貴方の名前入りの弾の入ったピストルが入っています。選挙公約を守って、我々を追い出そうとした時のためにね、、、アメリカの石油会社の安く石油を売るか、次の国連投票でアメリカに賛同するか、イラク等世界のどこかに、米軍を支援する部隊を送って下さい」。

このようにして世界帝国を築いたのですが、その事を実際に知っている人は、ほとんどいませんでした。
-----------------------
(引用終わり)

『二百九十七: 私の見かけたビデオについて_No.33』
●初めて実行員が暴露した、アメリカの国際陰謀・工作秘史
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no33-6b51.html
https://www.youtube.com/watch?v=BhfCgO0ItY8



公開日: 2011/01/19 

(上記ビデオより抜粋引用)
------------------
■字幕:
国家を征服しその国民を奴隷化するためには、二つの方法がある。一つは武力であり、もう一つは負債である。(John Adams 1735 - 1826)」
      :
     (中略)
      :
----- VENEZUELA 2002 -----

「、、、、エコノミック・ヒットマンの能力はこの間どんどん上がり続けましたがね・・・。、、、」

「ごく最近では1988年、ベネズエラでチャベスが大統領に勝利しました・・・、、、」
      :
     (中略)
      :
「このクーデターの起こし方は、カーミット・ルーズベルトがイランで行ったやり方と同じものです。」
「民衆をお金で買収してデモ行進をさせ、暴動を起こさせます。」
「『チャベスがとても不人気だ』と思わせるようなことを言わせながら起こすのです。」
「2,3千人の人をテレビの前に集めれば、国中が反対していると思わせることが可能です。」
「そしてそこからは、マッシュルームのように増加していくのです。」
      :
     (中略)
      :
----- IRAQ 2003 -----
「エコノミック・ヒットマンはサダム・フセインを買収することが出来なかったのです。、、、」
「何と言っても、フセインは以前、CIAのエージェントでしたからね・・・」
「前イラク大統領の暗殺のために雇われていたのです・・・失敗しましたが。」
「だから彼は私達のやり方を熟知していたのです。」
------------------
(引用終わり)

『五百十三:News_No.371』
●米CIAが自民党に秘密資金を提供していたことを認めた
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/news_no371-b0bc.html
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-1987.html

(上記記事より)
---------------
米CIAが自民党に秘密資金を提供していたことを認めた
安倍晋三と自民党はCFR→CSISの書いた計画に沿って日本の売国政策を進めている

(共同通信 2006年7月19日)

【ワシントン18日共同】
米中央情報局(CIA)が1950年代から60年代にかけて、日本の左派勢力を弱体化させ保守政権の安定化を図るため、当時の岸信介、池田勇人両政権下の自民党有力者と、旧社会党右派を指すとみられる「左派穏健勢力」に秘密資金を提供、旧民社党結党を促していたことが18日、分かった。

同日刊行の国務省編さんの外交史料集に明記された。

同省の担当者は、
「日本政界への秘密工作を米政府として公式に認めたのは初めて」と共同通信に言明し た。

米ソ冷戦が本格化した当時、日本を反共の「とりで」にしようと、自民党への支援に加え、左派勢力を分断する露骨な内政干渉まで行った米秘密工作の実態が発覚。

日本の戦後政治史や日米関係史の再検証にもつながる重要史実といえそうだ。
---------------
(引用終わり)

『千七十三: 三極委員会を説明したビデオを見て』
●CBS 三極委員会が世界を支配します #cbs #trilateral_commission
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/post-0c12.html
http://www.youtube.com/watch?v=0adJr56ydVU



(上記ビデオより抜粋して引用)
(ビデオ途中で日本語による『日米欧三極委員会』の垂れ幕が上がる)
--------------------------
●女性キャスター:
最近、私達は大いにグループについて聞いて、そして合衆国政府を敵として見ます。
それは彼等が見る唯一の敵ではありません。
より重要な容疑者は三極委員会と呼ばれる私的グループです。
それはビジネスリーダー、学者と政治家の占有クラブです。
彼等は年に一回会合し、世界の問題を議論します。
しかし、アンソニー・メイソンは、ある人達はグループの協議事項がよりいっそう不吉であると感じていると報告します。

(中略)

■男性リポーター:
先月の遅くデンマークのコペンハーゲンで、ある排他的なクラブがその年次総会を開催しました。
デビッド・ロックフェラーとヘンリー・キッシンジャーはそのおよそ300人の影響力を持ったメンバーの中にいます。
しかし極右の何人かは、これが会合以上のものであったと言います。
彼等は三極委員会と呼ばれる秘密結社によって世界を支配することを陰謀の一部として見ます。

◆ジム・タッカー:
その陰謀は、エリートが世界全体を支配する一つの世界政府を持つ事です。
そして私達は世界政府に対しより大きな忠誠心を持ち、その次に全米のような自身の地域に対して持つでしょう。

(中略)

パット・ロバートソンの新世界秩序という本を読んでください。
一本の糸がホワイトハウスから国務省、三極委員会にまで走ります。

(中略)

Photo

国連はアメリカを乗っ取り、三極委員会が世界を支配するでしょう。
ただ彼等が言うその会員を見て下さい。
現在と以前のメンバーは、クリントン大統領、ブッシュとカーター、ブレジンスキー、クリストファー、キッシンジャーとショルツのような名前、ITT、ゼロックス、エクソンとネイションバンクの経営幹部を含みます。
--------------------------
(引用終わり)

『三千二百十:自分の気になった国内ニュースのまとめ版』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/01/post-9fed.html
(以下、『twitter』、リコ @riko0058様、2015年6月7日記事より写真引用)
------------------------------------------
●ありゃりゃ 安倍晋三は完全に米国軍産複合体の犬だわ (*^_^*)
https://twitter.com/riko0058/status/607514963196788736

_

(※筆者注:同写真中の文章)
[原発の推進]
原子力は日本の包括的な安全保障に欠かせない要素を構成する。
・・・原子力研究開発での日米の協力は不可欠である。
------------------------------------------
(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年6月 8日 (金)

三千二百六十一: 教育について

こんばんわ。

教育について思いついたことを書いてみます。

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■:義務教育について

「義務教育」というものが、全ての国民の幼少時代から、青少年時代にかけて、義務付けられています。
これなども、「強制教育」とも言い換えられると思います。

なぜならば、「義務」として課せられていると言うことは、当然ながら、その課題を、有無を言わさず、強制させることが出来るからです。
ある意味、スパルタ教育と言えるでしょう。

そして、この「義務教育とは、なぜ発生したのか?」と、人は不思議を感じるかもしれません。
なぜならば、「義務教育制度」というシステムは、江戸時代以前には、日本に存在していませんでした。
「寺子屋」と呼ばれる学問を教えてくれる場所があったので、勉強のしたい子供が自主的に、その「寺子屋」に行って、学ぶだけでした。
そして、さらに学問をしたい人は、日本の各地の「藩」が提供していた「藩校」と呼ばれる教育システムがあったので、そこに行って学んでいました。

ですから、「国内の全ての子供達に学を与えよう」という発想自体は、江戸時代以前の日本にはありませんでした。

この義務教育発祥の理由は、江戸時代から明治時代に変遷した、明治政府の意向であったことが知られています。

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そして、明治政府の意向が、現在に至る現行政府まで受け継がれています。

この、明治政府を設立した中心人物達の意向が、現在まで、色濃く日本に影響を与えています。

この、明治政府を設立した中心人物達というのは、その時の歴史を見ても、わかるように、江戸時代の鎖国制度を終わらせ、富国強兵策を打ち立て、この、富国強兵策を国の柱としたのです。

なぜ、富国強兵策が建てられたのかと言うと、当時のヨーロッパ諸国は、世界中に進出して、世界各地を植民地にしていきました。
そして、江戸時代の終わりごろになると、当時のヨーロッパ諸国のちからが、日本にも及んで来て、日本は、かなり圧力をかけられるようになります。

当時のイギリスと、長州藩(現在の山口県)が戦争をしたこともあります。
しかし、いずれも、日本の側は手痛い敗北を喫しています。
そして、日本の内側には、どんどん、西洋諸国の影響が現れ始めます。

最初、日本は「尊皇攘夷」と言って、「天皇を立てて、外国を打ち払おう」という思想がありました。
しかし、外国を打ち払うことは出来ず、逆に、西洋諸国の力強さに恐れを感じるようになります。

その結果、「日本は外国に侵略されたくない。日本も西洋諸国のように強大な軍事国家となって、日本を守ると共に、外国を制圧すれば、日本は守られるし、日本が諸外国を侵略して行けば、諸外国からも日本のための利益を上げられる筈だ」という思想になって行きます。

これが、江戸時代から明治時代にかけての、日本に現れた富国強兵策です。

この、富国強兵策というのは、つまりは、軍事国家の成立と、その発展を目指しています。
そのためには、一人でも、国民が豊富な知識を身に付けて、諸外国に負けないようにしないといけません。
現に、その倒されたくない西洋諸国の社会システムと見ると、「学校」と言って、多くの国民の子供達を強制的に学ばせています。
この社会システムを導入したのが、現在の日本の教育システムであることがわかります。

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富国強兵策というのは、これは日本の歴史だけではありません。
そして、この「富国強兵」という単語は、古代中国、戦国時代の中国の秦の時代に作られています。

当時の、中国大陸でも、近隣諸国と戦うために、国の全ての国民を導入してでも、「隣国に打ち勝つべし」という政治的な意見が出るようになりました。
その意向が、「富国強兵」という中国の故事成語を生みました。

中国の戦国時代の富国強兵策も、明治時代初期に国是として打ち出されていた富国強兵策と、ほぼ変わりがありません。

全国民のちからを使ってでも、隣国を倒そうとするのですから、国内の全国民に強制させる程の法律を作成して、それを実施させます。
この、中国の戦国時代は、約2000年前に終了していますが、世界史を見ても、この富国強兵策を国是とした、国は、そのほとんどが似た歩みをしています。

要するに、挙国を挙げてまで、隣国との戦争に打ち勝ちたいわけですから、そのためには、全国民を強制的に、富国強兵策に沿った政治内容を実施させないといけません。
そして、その結果、得をするのは、それらの富国強兵策を実行させた、ほんのわずかの為政者達が利益を上げます。

なぜならば、「富国強兵策を多くの国民に実行させた」ということは、その、富国強兵策に沿った政治内容を全国民が実行するので、そのパワーから生み出された、何らかの巨大な利益を、彼等が取得することが出来るからです。

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このような時代背景、国際背景、政治背景の下に、明治時代初期の国是が、ほんの一部の政治世界のトップの人々が決めていったわけですから、明治時代初期の政治の実効策というのは、非常に暗いものがあるとわかります。
現に、この明治時代初期の国是が、その後の、戦争国家の日本を進めて行ったからです。

ですから、これらのいきさつを知っていれば、現代にまでつらなっている、義務教育が一種の強制教育であるとも、人は、その理解を進めることが出来るでしょう。

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■:現代の教育精神について

次には、現代の教育精神について、感じたことを書いてみます。

上の『■:義務教育について』を読まれても、読者の方は感じたかもしれませんが、私は、教育システムの根本にも、良いものを感じません。

現在、いろんな学校でも、生徒達の発言として、テレビ等で報道されている言葉としては「私は、たくさん学んで、社会に貢献できる人に、将来、なるつもりです」という発言内容を、よく聞くでしょうか。

そして、それを教える教師側の発言としても、テレビ等で報道されている言葉としては「あなたたち(生徒達)は、一生懸命勉強して、多くの学を積みなさい。それが社会への貢献になるし、また、将来のあなたたち(生徒達)の役に立つから」という発言内容を、よく聞くでしょうか。

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私が感じているところのものを、素直に、あっさりと書かせてもらうのですが、ほとんど多くの学生達の勉学向上の動機とは、次のようなものではないでしょうか。

  「私が、現在、多くの学を積んでいる動機は、将来の私の生活において、多くの給与(お金)をもらうためです」

と。

というのも、私達の身の周りの状況を見ても、わかりやすいものがあります。

なぜならば、「より高い学校を卒業した」という証があれば、その人は、優先的に、多くの給与がもらえるように、社会的にセットされているからです。
「より高い学校を卒業した」という人であれば、成人社会に出てからの、いわゆる産業社会中の、多くの会社が、「より高給をその人に与えるように」と、社会的にセットされているからです。

ですから、この逆の状況を、社会の方が認定するような状況であるならば、その人には、社会に出てからの給与が、より低くセットされているので、これだと、世のほとんど全ての生徒が、「私は、私の将来の生活において、より多くのお金を得るために、現在、多くの学を積もうとしているところです」のような動機になっても、仕方ないものがあると思います。

「世のお金というものを、少額しか所有していない人」というのは、世の多くの人々の思い込みから考えてみれば、その人は「みすぼらしい雰囲気をまといながら、苦しい思いをして、死んでゆく」という認識がなされているからです。

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また、教える側の教師の方にしても、そのような事情があるでしょう。

例えば、Aという教師がいて、その他のB教師やC教師よりも、そのA教師の教え子たちのより多くが、進学校とか有名学校に進学した、とあるならば、その教師の昇進の査定道具の一つとなるでしょう。

もとより、現在の学校の、そのほとんどの教師が、現代の教育システムの下で、学を積んでいたのだから、それらの教師達も、幼少時代からの勉強の動機としては、「私が、現在、多くの学を積んでいる動機は、将来の私の生活において、多くの給与(お金)をもらうためです」というのが、ほとんどではなかったでしょうか。

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要は、現代の教育理念というものも、お金絡みであることが多いだろう、というものです。

教育に関して、多くの美辞麗句があります。
例えば、「青雲の志」とか「蛍の光、窓の雪」とかでしょうか。

しかし、私の感じる、現代の教育理念だと、それらの美辞麗句の下にも、お金に対する欲望が潜んでいるわけですから、それらの美辞麗句に対しても、いわば、「破れてボロボロになった、錦(にしき)の旗(はた)」というものを感じるでしょうか。

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というのも、次のようなケースを考えてみましょう。
「今現代で、将来の自分の取得できるであろう、給与の額を全く考えずに、今、目の前に広がっている勉強内容を、本当に真剣に学ぶことが出来るだろうか?」という、この問いを、自らに与えてみると、話はわかりやすくなってくるでしょう。

逆に、もし、現代の学校の中で、本当に、全く将来の自分の給与のことを考えずに、ひたすら、勉学を懸命に積んでいる生徒がいるとしたら、それこそ、かなり注目に値するでしょう。

しかし、そのような人が、全く正真正銘に、心の奥底から「将来の自分の給与の額を全く考慮していない」という状態であることが、誠心誠意、事実であることが優先されますが。

そのような人は、本当に純粋無垢の状態で、学を愛し、学を積んでいることになります。
そして、そのような人に対しては「学を積んでいる」という表現は至らないことがわかります。
そのような、純粋の動機で、知識を吸収しているのだから、「学を積んでいる」という堅い表現は合いません。
まるで、甘い空気を自然に吸うが如く、そのジャンルの学の知識を、抵抗無く吸い続けるのですから。

一般に「勉強をする」と言う表現は、他に遊びたい事柄があるのを、どこか、耐えながら、我慢して、勉強するのだから、嫌々ながら「勉強している」ということになります。

ですから、「勉強」という単語には、どこか、苦痛を匂わせる表現が込められています。
しかし、「自分は学んでいるつもりは一つも無く、ただ、自分の好むジャンルの知識を、甘い空気を吸い続けるが如く、その知を吸収しているのみです」という人の勉学を行っているスタイルについては、それは、もう「勉強」とか「勉学」と言った、苦痛を内蔵している単語を使ってでの、表現は至らないことがわかります。

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現代の報道に上る、しばしば、お金絡みの不祥事と共に報道される教育関係の事件を見ても、理解が進むかもしれませんが、「お金による悪い誘惑によって、神聖なる学の領域が精神的に蝕まれている」と感じる人は多いのではないでしょうか。

ですから、私達は、お金に対する認識を少しでも変えた方が良いと私は感じるのです。

なので、お金に関する話題とつながっていくのですが、お金に関する話題は、私の、このブログの「ビジネス・投資」のカテゴリーに、その多くを、豊富な資料と共に掲載しています。

冗長な部分や、重なりの部分も出てくるので、お金に関する話題の多くは、このブログの「ビジネス・投資」のカテゴリーを参照してください。

ここでは、幾つかの過去記事と資料を紹介程度に、『過去記事』の欄に掲載しておきます。
これらの資料を読んだだけでも、私達の社会にお金を広げようとしていた人々は、他の人々よりも威張りたかったか、人類支配したかったかが理解できると思います。
お金という道具の数値の違いによって、その数値が高ければ高い人ほど威張れるように、現在の人間社会を設定したでしょう。

私達、人間がお金という道具による拘束から、少しでも精神が解放されるであろうことを願います。


(以下、上記記事に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html
司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

Photo

 

維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。
維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。

どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては、政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、ただ明治六年七月に「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけである。

これが高率であったこと、各地の実情にそぐわなかったことなどもふくめて、明治初年、各地に大規模な農民一揆が頻発するのだが、木崎村は、このときには一揆を起こしていない。
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(引用終わり)

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●『お金の原価はいくらなの?
http://homepage2.nifty.com/osiete/s418.htm

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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平成十二年度特別会計予算ベースで

一万円が約22.2円、
五千円は約20.7円、
千円札は約14.5円です。
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(引用終わり)

■②:
『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●100ドル紙幣を1枚作るのにはいくらくらい原価がかかるのですか? - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129971462

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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参考のサイト(アメリカの印刷局)の説明によれば、2005年実績で、約5.7セント/枚(86億枚印刷時)だそうです。
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(引用終わり)

上記のように、大変な安価で、お札を中央銀行で製造でき、かつ、その中央銀行の所有者というのは、

■③:
(Wikipediaより、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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●日本銀行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

日本銀行は、政府から独立した法人とされ、公的資本と民間資本により存立する。
資本金は1億円で、そのうち政府が55%の5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を政府以外の者が出資する。
2010年(平成22年)3月末日時点における政府以外の出資者の内訳は、個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、証券会社-%、その他法人6.5%となっている[1]。

最終更新 2014年6月19日 (木) 02:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

『二千五百四十一: 銀行制度についての種々の話題_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/06/_no4-8a1f.html
(上記記事より抜粋引用)
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●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



ビデオの1時間00分06秒辺りからです。

●聞き手:
連邦準備銀行の議長とアメリカ合衆国大統領は、どのような関係が適切ですか?

Thrive_japanese__greenspan_2

■アラン・グリーンスパン(連邦準備銀行(FRB)、元議長):
まず第一に言う事は、連邦準備銀行(※筆者注:FRBのこと)は独立機関ですので、基本的に我々が行う措置をくつがえす事の出来る政府機関というのは存在しないのです。
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(引用終わり)

『二千五百八十三:銀行制度についての種々の話題_No.8』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no8-c8e8.html
●お金の問題点_0002.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=3ibrKBohE8o



『二千五百八十六:銀行制度についての種々の話題_No.10』
●「お金の問題点」の続き
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no10-9079.html
https://www.youtube.com/watch?v=T8DcvHSi-C8



(上記ビデオより抜粋引用)
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(村人達)
この村中かき集めても1000万円しかないのに、どうして1100万円払えるの?

と、村人が集まって言いました。


(銀行家)
みなさん、それは興味深い事ですね。
あなた方の生産効率はアップしませんでしたか?


(村人)
あなたはお金を作る事が出来るただ一人の人。
あなたは1000万円作っただけなのに、1100万円を要求している、、、
そんなの不可能だよ!


(村人達)
あなたがお金を取るので、この村にはお金が不足しています。
私達は必死で働いて利子を払っているけれど、ちっとも借金は減りません。


(銀行家)
もっとお金が欲しいんですかぁ?
でしたら、最近取得された物を担保にして、更に1000万円お貸ししますよ。


(村人)
まって、まって。
私達が一生懸命働いて、国は毎年発展するけれど、国の借金はますます増加する、、、


(銀行家)
国の文明化の程度は銀行への借金の大きさで測ることができるんですョ。
契約の神聖なる義務にのっとって、あなた方の資産を頂戴しましょうか?

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(引用終わり)

『二百五十三: News_No.298』
●「タイタニック号沈没」、「ケネディ暗殺」、背後にFRBの影
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/news_no298-e74a.html
http://internetviking.at.webry.info/201107/article_8.html

以下の緑の文字の文章は、該当HPを読んで自分の書いた感想文の再掲載分。

詳細は、該当記事をご覧ください。
1963年6月4日 米国大統領J・F・ケネディにより、政府紙幣の発行を財務省に命じる大統領行政命令 第11110号が発令され、米国政府の公式に作ったお札が発行されました。
それは、2ドル札と5ドル札でした。

しかし、その後、大統領命令、第11110号の取り消しの無いまま、その米国政府が作った公式のお札が回収され、代わりに、大変よく似たFRBの印刷した大量のお札が、市場に出回りました。

▼2ドル札「政府発行券」

1376229826676131153161

▼2ドル札「FRB発行券」

137622983883613115762_2frb1

▼5ドル札「政府発行券」

13762298594671322128511

▼5ドル札「FRB発行券」

137622987167913221385_5frb11

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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年6月 4日 (月)

三千二百六十: 読書感想文、『読書について』を読んで

こんばんわ。

今回は、読書感想文を書いてみたいと思います。

読書した本とは、以下のものです。

  『読書について 他二篇』 ショウペンハウエル著、斎藤忍随 訳、岩波文庫

です。
掲載した写真も、上記の本の表紙です。

P6040176

 

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読書感想文に『読書について』という題材の本を持って来ました。

私自身が『読書について』という本についての読書感想文を書くわけですが、それに先立って、その題材自身が、ショウペンハウエル(1788-1860)という人が、読書一般について考えたことや感じたことを書き記した書物、というわけです。

ロシアの伝統工芸品の人形に「マトリョーシカ」というものがあります。
これは、人形の中に、それとそっくりな小型の人形が幾つか入っているものです。
当然ながら、その人形の中に進むにつれて、一番大きな人形のミニチュア・サイズのものが徐々に小さくなって、格納されています。

この記事は、なんとなく、その「マトリョーシカ」に似ていますね。

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まず、そのショウペンハウエルという人が、同書で語った内容を抜書きしたいと思います。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いています。

あるページを開くと、

読書とは他人にものを考えてもらうことである。
本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。
習字の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペンでたどるようなものである。
だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。
自分で思索する仕事をやめて読書に移る時、ほっとした気持になるのも、そのためである。
だが読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない。
、、、(中略)、、、
ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失って行く。

また、あるページを開いてみると、

「読書は思索の代用品にすぎない。
読書は他人に思索誘導の務めをゆだねる。」

とあります。

何も私が解説することは無いと思うのですが、要するに多読をする人は、結局、自分の頭で考えていないのだから、「自分でものを考える力を失って行く」と、彼は述べています。

現代に住む私達でも、彼の言葉を聞いて、どこか「ハッ」となりはしないでしょうか。

彼の時代を超えること、約150年以上の月日が流れています。
彼の時代の主要な情報源とは、ほぼ、読書だけだったでしょう。
しかし、現代社会では、様々なメディアが溢れています。
流されている情報量などは、彼の時代と比べて、比較にならない程の巨大な量となっているでしょう。

しかし、彼の言葉を聞くと、私達は現代の情報社会から一歩踏み出て、瞑想の森か瞑想の館に入り、自らの中核(コア)に向かって、静かな旅をしているような気がしてこないでしょうか。

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しかし、現代の私達としては、過去の彼に、自然と次のような疑問を投げかけているかもしれません。

  「ショウペンハウエルさん。あなたは『多読を慎むべし』と言われています。しかし、その、あなた自身が『読書について』という本を出し、その本の中で、『多読を慎むべし』と書いています。つまり、あなたが『多読を慎むべし』と主張されるのならば、当然、私達が、あなたの著した『読書について』という本を読む機会が失われやすいことになります。すると、当然ながら、あなたの主張している『多読を慎むべし』の思想を、他人に伝えにくくなるのではないでしょうか? そうであるのならば、あなたのやっていることと語っていることは、どこか矛盾してこないでしょうか?」

という疑問です。

しかし、上記のような、私達の疑問でさえも、本書には、その疑問に対する解答と思えるような、次のような文章も埋め込まれています。

「そこで読書はただ自分の思想の湧出がとだえた時にのみ試みるべき」

と。

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この、ショウペンハウエルという人は、世間ではドイツ哲学者として分類されているようです。
しかも、一般には、彼は厭世(えんせい)哲学者と言われています(厭世とは『世を嫌う』という意味)。

しかし、彼自身は、一言も自分のことを厭世哲学者とは言っていません。
また、上に御紹介した引用文のように、彼の他の著を読んでもわかるのですが、彼の文体からは、非常に強力なものを感じます。
ですから、強力な人格を感じます。

また、上記に紹介した引用文だけでなく、箴言、寸言、比較文、修飾の言い回し、彼の書の至る所に現れる豊富多彩な引用文を、読者の方々は様々に感じることが出来るでしょう。

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現代の情報社会とは、私達にとっては、一種の洪水状態とも言えます。

私が上に書いたように、彼の筆から流れ出た、幾つかの文を紐解くことは、瞑想の館に入るようなものです。
その瞑想の館にこもり、自らの中核(コア)を訪ね、その中核(コア)から、現代社会を再び眺めやると、180度の違った視点から、私達の社会を眺めることが出来るかもしれません。

また、現代とは、そのようなことが求められている時代なのかもしれません。


(以下、読書に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百十三:読書感想文、『侏儒の言葉』を読んで
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/01/post-363a.html

下の写真は、Wikipediaからのものです。

Photo

(以下、芥川龍之介著『侏儒の言葉』より引用)
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   政治的天才

古来政治的天才とは民衆の意志を彼自身の意志とするもののように思われていた。
が、これは正反対であろう。
寧(むし)ろ政治的天才とは彼自身の意志を民衆の意志とするもののことを云うのである。
少くとも民衆の意志であるかのように信ぜしめるものを云うのである。
この故に政治的天才は俳優的天才を伴うらしい。
ナポレオンは「荘厳と滑稽との差は僅(わず)かに一歩である」と云った。
この言葉は帝王の言葉と云うよりも名優の言葉にふさわしそうである。

   又

民衆は大義を信ずるものである。
が、政治的天才は常に大義そのものには一文の銭をも抛(なげう)たないものである。
唯民衆を支配する為には大義の仮面を用いなければならぬ。
しかし一度用いたが最後、大義の仮面は永久に脱することを得ないものである。
もし又強いて脱そうとすれば、如何なる政治的天才も忽(たちま)ち非命に仆(たお)れる外はない。
つまり帝王も王冠の為におのずから支配を受けているのである。
この故に政治的天才の悲劇は必ず喜劇をも兼ねぬことはない。
たとえば昔仁和寺(にんなじ)の法師の鼎(かなえ)をかぶって舞ったと云う「つれづれ草」の喜劇をも兼ねぬことはない。
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(引用終わり)

『千四十六:読書感想文』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/post-88b1.html

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私の部屋の本棚にある、過去に買った本を眺めて、久しぶりにそれらを読んでみました。

夏目漱石の『夢十夜』と『硝子戸の中』でした。
以前、私は夏目漱石の『こころ』や、その他の作品も読んだものです。
しかし、私は夏目漱石の作品群の一つである『小品』と呼ばれる作品が好きでした。
小説だと、少し読むのに時間がかかるからです。

Photo_2

(▲上記写真は、Wikipediaより)
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『二千八百九十:竹取物語を読んで』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/04/post-bbdc.html

(以下、『竹取物語』(星新一 訳/角川文庫)より引用)
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「ある年ごろになると、男は女のかたと結婚し、女は男のかたと結婚する。これがよのならわしです。それによって、子も出来、一族が栄える事になります。私は生きているうちに、そのお世話をすませたい。どうでしょう、男のかたをお選びになりませんか」

すると、かぐや姫は表情も変えずに言った。
「そうしなければならないって、なぜですの。わかりませんわ」

あまりのことに、竹取りじいさん、口ごもった。
理由など考えたこともない。
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(引用終わり)

『三千四:『明日は、今日より強くなる』を読んで』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/10/post-abf4.html

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女流プロ雀士の姉妹、二階堂亜樹、二階堂瑠美氏の共著である、『明日は、今日より強くなる 女流プロ雀士 二階堂姉妹の流儀』(KADOKAWA)の本のタイトルです。
写真は、Amazonの広告からの引用です。

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                                       坂本 誠

2018年5月28日 (月)

三千二百五十九: 現代社会事情に関する想定ドラマを想像してみて

本題に入る前に、前段『三千二百五十八:ある医療統計データを考えて』に記載し忘れていたことを書きます。

前段『三千二百五十八:ある医療統計データを考えて』では、
(以下、『InDeep』様、2018/5/13記事より引用)
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●抗ガン剤の起源が化学兵器マスタードガスだったことを思っているうちに、私たちが開いた「人類と他の生物の完全絶滅への道」が一瞬で見えたような
https://indeep.jp/going-extinction-now-with-anti-cancer-drugs/
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(引用終わり)

で、抗ガン剤の起源は、第一次世界大戦で使用された毒ガスが起源であり、現在でも、がんそのもので死ぬよりも、抗がん剤使用によっての、死亡者数の方が多いのでは、という概略の記事でした。

書き忘れた内容というのは、私の知人に薬剤師がいて、上記の件について伺った事でした。
知人の薬剤師も、抗がん剤を使用している患者に接する看護婦達のことを知っていました。
もちろん、その患者に接する看護婦達は、患者が一人変わる毎に、手袋、マスク、あるいは、エプロンを、即座に廃棄するそうです。

つまり、それほど、抗がん剤の毒性は強いのを、看護婦達は知っているそうです。

ですから、逆を考えれば、「日本人の死因の第一はがんである」という、統計データも、間違っている可能性は高いと思います。

ここまでが追加記事であり、以降は、今日の記事です。
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こんばんわ。

三千二百五十:世の多くの手抜き事業を考えて』の続きのような記事です。

『三千二百五十:世の多くの手抜き事業を考えて』で書いたように、会社の監査役の方々は、「会社の違法を調べ、それがあれば阻止・是正するのが職務」である、というのが私達に理解できました。
そしてまた、会社の取締役の方々にも、「法令・定款違反行為に関する責任を負わされています」から、自社内での違法があれば、それを阻止・是正しなければいけないことがわかります。
何とならば、会社の「就業規則」というのを、全ての会社は、労働基準局に納めなければいけないことが労働基準法で定められているからです。
そして、全ての会社の「就業規則」というのは、労働基準法の配下に置かれているので、全ての会社の「就業規則」というのは、労働基準法を守ることが定められているからです。

ですから、全ての会社は、労働基準法を実行及び守らなくてはいけません。
その、労働基準法の中に、長時間労働を禁じる条項があるので、世の全ての取締役の人々は、自社内での、違法長時間労働が実施されないように、阻止や是正をしなければいけないことがわかります。

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堅い言葉で書いてしまったので、ちょっとわかりにくかったかもしれませんが、わかりやすく書けば、社内の監査役とか取締役の人は、自社内で、違法長時間労働が実施されないように働く事が、彼等の仕事の一部であることが私達にわかります。

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会社の取締役の方は、社長とか専務とかの人が多いです。
ですから、社内の社長とか専務の仕事は、その配下の従業員の業務でもあります。
なので、以下のように、想定できるシーンもあるのではないでしょうか。

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あるブラック企業内での、ある社員が、定時(※筆者注:この記事内での「定時」とは、夕方5時や夕方6時ぐらいを想定しています)で帰社しようとしています。
その光景を見た、そのブラック企業内での、その社員の上司が、その定時で帰社しようとしている社員を捕まえて、「なぜ、おまえは定時で帰社しようとしているのか?」と、尋ねたと仮定します。

すると、呼び止められた、定時で帰社しようとしている社員は、上司に以下のように答えるかもしれません。

  「うちの社の監査役や取締役(※筆者注:この記事内では『社長』を意味します)、つまり、社長の仕事として、社内の違法長時間労働を禁止・是正・阻止する業務内容が彼等にはあります。そして、私が社員だから、つまり、社長の業務は、私の仕事でもあります。ですから、社長業務の一環を、平社員である私は実行しないといけないでしょう。ですから、違法長時間労働をしてはいけないので、業務の一環として、定時で帰社しようとしているところです。」

ですから、世の定めとされていることを考慮すれば、上記のようなドラマ・シーンが実際の現実社会に展開されても、不思議は無いのではないでしょうか。

ですので、上記の想定したドラマ内での、そのブラック企業内での、その上司は、その定時で帰社しようとしている社員に、何も言えなくなるのではないでしょうか。

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しかし、上に書いた想定ドラマの続きを、読者の方々は、更に想像することが出来るでしょう。

それは、次のような、ドラマかもしれません。

定時で帰社しようとした平社員に何も言えなかった、そのブラック企業内での、その上司は、定時で帰社した社員のいない間に、他の社員達に、次のように言います。

  「定時で帰社した、あいつを、みんなでハブるんだ!」

と。

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この「ハブる」という単語ですが、これは、現代の若者の間で使用されている俗語の一つとされていて、この「ハブる」という単語の意味は、「仲間外れにする」という意味だそうです。

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ですから、この記事の読者の方々は、更なる、想定ドラマの続きを想像できることでしょう。

定時で帰社をするようになり始めた社員の、その後の日常を、彼(あるいは彼女)が感じることには、

  「私は、社のみんなから、ハブられている!」

と。

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読者の方々も、更に更に、この想定ドラマの続きを想像することが出来るかもしれません。
それは、上記の想定ドラマを、横から、つぶさに眺めている、そのブラック企業の監査役と取締役(※筆者注:この記事内では『社長』を想定しています)の心中です。

色々と、読者の方々も想像できないことはないでしょうが、何か、私の方で、記述するに値する想定ドラマが思い付けば、書き足すことにします。

読者の方も、ぜひ御自身で、上記の想定ドラマの続きを想像してみて下さい。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百五十:世の多くの手抜き事業を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/05/post-5697.html
(Wikipediaより引用。太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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●監査役
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%A3%E6%9F%BB%E5%BD%B9

Photo

会社経営の業務監査および会計監査によって、違法または著しく不当な職務執行行為がないかどうかを調べ、それがあれば阻止・是正するのが職務である。(、、、以下、省略)

最終更新 2018年3月5日 (月) 08:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

『三千二百五十一:『街道を行く 9』の再解釈_No.1』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/05/_no1-923a.html
(上記記事より再掲載分)
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この段落の記事とは違っているのですが、先に更新した『三千二百五十:世の多くの手抜き事業を考えて』の追加を、ここに書かせて下さい。

前段落から続いて、会社の監査役の簡単な手抜き行為として考えられる行為があります。
会社の監査役というのは、複数の会社を兼任することが出来ます。
ですので、ある監査役の方のセリフを想定するならば、

  「私、幾つかの会社を兼任しているという忙しい状態でありまして、件(くだん)の会社の社員の労働時間を、つぶさに監査する機会がありませんでした」

というものでしょう。

このような逃げとも思われるようなセリフが出たとしても、こちらの方から、

  「それでしたら、いつも、あなたが多目に出勤している会社があるでしょうから、その会社の従業員の労働時間状況は、どうでしたか?」

とか、

  「それは、もう、監査役が、自分の業務を実行しているとは言い難いのでは? 幾つもの会社を兼任していたとしても、それらを調べるのが、そちらの業務でしょうから、それこそ、部下を使うとか」

等のように、幾らでも手段はあることでしょう。

会社の取締役も同じようなものですし、この状況で、日本の数多くの企業が違法長時間労働をしているとあるならば、、、

ねえ、、、それこそ、、、
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年5月27日 (日)

三千二百五十八: ある医療統計データを考えて

こんばんわ。

Img7d926010455f0

 

今日は、病気の話題をしますので、話題を和らげるためにも、私の撮影したスナップ写真を掲載しながら話題を進めていきます。

私の見かけた記事を紹介します。

私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『InDeep』様、2018/5/13記事より引用)
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●抗ガン剤の起源が化学兵器マスタードガスだったことを思っているうちに、私たちが開いた「人類と他の生物の完全絶滅への道」が一瞬で見えたような
https://indeep.jp/going-extinction-now-with-anti-cancer-drugs/

投稿日:2018年5月13日 更新日:2018年5月14日

(、、、中略、、、)

その「概念」というのは、いわゆる薬の作用機序のことで、その成分は「ナイトロジェンマスタード」というものですが、これは兵器としても医薬品としても次のようなものです。
同じ Wikipedia からの引用です。

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人体への作用

マスタードガスは人体を構成する蛋白質や DNA に対して強く作用することが知られており、蛋白質や DNA の窒素と反応し、その構造を変性させたり、 遺伝子を傷つけたりすることで毒性を発揮する。

このため、皮膚や粘膜などを冒すほか、細胞分裂の阻害を引き起こし、さらに発ガンに関連する遺伝子を傷つければガンを発症する恐れがあり、発癌性を持つ。
また、抗がん剤と同様の作用機序であるため、造血器や腸粘膜にも影響が出やすい。
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というもので、これが抗ガン剤として機能する部分は、上の、

細胞分裂の阻害を引き起こし

という部分です。

非常に早く増殖していくガン細胞を「細胞分裂の阻害を引き起こす」ことによって、その細胞の増殖を食い止めるという作用です。

これが仮にガン細胞に対してとても有効に作用するのだとすれば、同時に、やはり当然ではあるのですが、「全身すべての細胞をも攻撃してしまう」という作用もあります。
これは副作用というより、抗ガン剤というものの作用そのものがそういうものですので「副」ではなく本作用です。

(、、、中略、、、)

立花隆さんは「知の巨人」などと呼ばれますが、この下りの表現は「痴の巨人」的なものともなっていまして、一部の単語が生々しすぎまして、私はブログで言葉を伏せることはほとんどないのですが、ここは一部「○○○」というように伏せさせていただいています。
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以前、月刊『文藝春秋』で、慶應義塾大学の近藤誠先生と対談された、ジャーナリストで膀胱ガンを煩っておられる立花隆氏が、

「投与された患者が体外に排泄するもの一切に抗ガン剤の毒が出る。患者のオシッコや大便にも出るから、看護する人は、排泄物が手についたら、すぐ洗い流さなければならない」

と述べ、さらには、

「抗ガン剤を投与した男性の精液にも毒が出る。だから、恋人の男性が抗ガン剤治療をしている時に、絶対にフ○○○○をしてはいけない。まして、飲んだりしたら、とんでもないことになる。女性の体内に射精すると、毒が粘膜を経由して吸収される危険もある」

と語っておられました。

(奥山隆三著『ガンはなぜ自然退縮するのか』より)
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(引用終わり)

ここからは私の文章となります。
かなり、抗がん剤自体が、猛毒であることが私達にわかります。

もし、がんになっても、抗がん剤の使用を控えよう」という話は、ここからも理解できます。

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さらに私が気が付いたことがあります。

それは、日本人の死亡率です。
日本人の死亡率で最も高いのは、がんとされています。

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その次に、脳卒中と、心臓病だったでしょうか。

この、日本での、がんでの死亡率がトップとなったのは、現代に入ってからです。
私の記憶している限り、10年か、20年ぐらい前だったでしょうか。
それ以前は、がんでの死亡率が日本のトップではなく、確か、脳卒中が、日本人の死亡率で最も高いものでした。

しかし、「がんでの死亡率が高くなっている」ということで、抗がん剤の使用が増えたでしょうか。
しかし、上で紹介したように、ひょっとしたら、「人はがんで死ぬことが多い」というよりも、「人はがんで死ぬことよりも、抗がん剤を使うことにより死ぬことが多いかもしれない」という事態が発生しているかもしれません。

ですので、がんで亡くなられている方々の中で、「抗がん剤の使用によって亡くなられている方々の方が多いかもしれない」と、想定することも出来るでしょう。
そうなると、「日本での、がんでの死亡率がトップ」というのは、間違った統計データとならないでしょうか。

なぜならば、もちろん、「がんで闘病中の方が、抗がん剤の使用によって亡くなっている人々も多いかもしれない」となると、「日本での、がんでの死亡率が下がる」という結果になるからです。

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このようなことが想定できる以上、通常、私達が見聞きしている統計データである「日本人の死亡率で最も高いのは、がん」というデータも、見直す必要もあるでしょう。

また、個々の人も、充分、上記のデータを疑いつつも、日頃の自身の生活方針も立てなおす必要が出てくるかもしれませんね。


                                       坂本 誠

2018年5月20日 (日)

三千二百五十七: 忍耐強さとか我慢強さと言われているものを考えてみて

こんばんわ。

「忍耐強さ」とか「我慢強さ」と言われているものについて、自分なりの見解を書いて見ることにします。

「忍耐強い」とか「我慢強い」と言われていることは、私から見ると、そんなに美徳には感じません。

ちょっとした会話文を想定して、話題を進めてみたいと思います。

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●ある大人:
「君って、我慢強いのねえ。忍耐力が付くよ」

■ある子供:
「うん。僕って我慢強い、強い子だよ」
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上のような会話があったとしましょう。
だいたい、上のような会話は、どこでも、ありふれて聞いたことがあるかもしれません。

しかし、「忍耐強い」とか「我慢強い」という精神状態を、一緒によく考えてみましょう。
「忍耐強い」とか「我慢強い」という精神状態が起こっている、という状況は、その人の何らかの環境や境遇の状態について、その人がぐっと耐えている、と言うことになります。

ですから、その人の心の奥底の状態というのは、「本来、私がいる環境は、ここでは無い」と言っていることになります。

何とならば、何らかの困難な状況や、苦痛の状況が、その人に訪れているからこそ、その人には、「忍耐強い」とか「我慢強い」という状態が発生しているからです。

ですから、この状態だと「現在、その人に困難な状況や、苦痛の状況が訪れている」ということで、「現在、その人は不幸な状態にある」と、私達に理解できます。

そして、全ての人にとってそうですが、

  「現在、私は不幸な状態にあるけれど、その環境から逃れられない(あるいは逃れる手段が無い、あるいは、逃げたいという志が無い)からこそ、私は、現在の、この不幸で苦痛の環境に対して、忍耐・我慢している」

ということになる筈です。

ですから、例えば、

  「私は、この環境に対して、非常に我慢強い・忍耐強い」

という言葉の裏を返せば、

  「私は、この環境を非常に嫌っています」

と言い直せることに私達は気が付きます。

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ですから、冒頭に挙げた会話文も、私が説明した視点から書き換えてみると、以下のようにも書き直せるでしょう。

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●ある大人:
「君って、今、非常に苦痛の状態や環境にいるのねえ。大丈夫?」

■ある子供:
「うん。今、僕は、非常に苦痛を感じる環境にいます。心身のバランスが保てるかどうかはわかりません」
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と。

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一般的に言えば、私達は幸福を求める存在です。

ですから、「忍耐強さとか我慢強さを欲する」というのならば、それだけで、苦痛の環境にいることになるのだから、その人は、不幸の状態にいることになります。

ですから、たいていの人が「あなたが不幸の状態になることをお薦めします」というのは、ほとんどが無い話であろうかと思います。

なので、「我慢強い人間に、おなりなさい」とか「忍耐強い人間に、おなりなさい」という人は、その言葉を語りかけている人に対して、「あなたは不幸に、おなりなさい」と言っているのと同じになります。

ですから、「忍耐強い人間に、おなりなさい」と言ってくる人に対しては、私達は注意深くなる必要があるのではないでしょうか。

なんとならば、その言葉を言ってくる人に、どこかしら、「あなたに苦痛の環境を持って来て、あげましょう」というニュアンスが感じられるので。

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確かに、私達も生きていて、何らかの我慢とか忍耐を強いられたことはあると思います。

しかし、意図的に、我慢強さや忍耐強さを求めるとなると、そのような状態は、例えば、滝に打たれる滝行とか、荒行・難行を心身に与える行為となってくると思います。

こうなってくると、周囲の人が見て、「その人は、自ら不幸の環境を望んでいる」となるでしょう。

また、そのような荒行・難行を求める人は、自身の忍耐強さと我慢強さを得ようとしているのでしょう。

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宗教者の間では、そのような受難礼賛(じゅなんらいさん)を尊ぶ環境があったと聞いています。

このような方々の心底には、「苦痛が自らを清めたり、高めたりするだろう。その苦痛に清められた結果、私は、より高尚(あるいは幸福)になるだろう」という思いがあるようです。

この記事の冒頭からの流れを含めれば、「苦痛を経験することによって、私は忍耐強さを手に入れることが出来るのだ」と言えるでしょうか。

色んな人がいて、どのような方向を目指して歩くのかは、それぞれ各人の自由ですから、そのような方向を歩んでも、良いとは言えるのでしょう。

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しかし、読者の中には、上記のような受難礼賛の精神の中に矛盾を見い出していると思います。

なぜならば、上に書いたような受難礼賛を尊ぶ人は、常に、その人にとっての不幸な環境を望んで、選択していることがわかります。

彼(あるいは彼女)自身は、それらの不幸環境を入手し続けることにより、彼自身に何らかの得を掴めると思って、その不幸環境を選択し続けているのですが、いつまで経っても、その人が、彼自身に満足する何かを得ることは無いことが、私達にわかります。

なぜならば、その人自体は、常に不幸環境や苦痛環境を選択・入手しているでしょう。
ですから、もし、彼自身が、彼にとって満足する何かを得られたとしたら、それ自体が、「彼は常に不幸環境や苦痛環境を選択・入手している」という状態では無くなります。
つまり、矛盾してくるからです。

もうちょっと、詳しく説明して、二度ばかりまで書いてみると、彼自身は苦痛・不幸環境を求め続けることによって、彼自身を満足させるであろう、何らかの得点ポイントや得点状況を、どこかしら、なにかしら、得られる筈です。
しかし、既に、その状態というのは、彼にとっては、一つの幸福状態となります。

しかし、彼自身としては、その、なにかしらの幸福を手に入れるためには、ずっと、彼の認識している不幸・苦痛状態を手に入れ続けないといけないので、つまり、彼は世の終わりまで不幸・苦痛状態が続くことになります。

そして、もし、仮に、彼が、彼の続けていた不幸・苦痛状態から、何らかの得点ポイントや得点状況を手に入れたとしたら、それは彼にとっての幸福状態となりますので、彼の目指している、「常に不幸・苦痛環境を得続けよう」という目的が失敗するわけです。

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上の状態の矛盾を解消するためには、次の考えが必要となって来るでしょう。
つまり、

  「その人にとっては、不幸・苦痛こそが、彼の幸福なのだ」

と。

しかし、私達は次のことがわかるでしょう。

  「彼自身は、彼なりの不幸・苦痛状況を得ようとしている。つまり、それは彼にとっては、相変わらずの不幸・苦痛状況であるから、彼は永遠に幸福を掴むことは出来ない」

と。

つまり、、、この手の矛盾を解消するのは、、、やっぱり、無理です。

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つまり、私としては、ここまで説明を書かせて頂いたのですが、要は、

  「我慢強さや忍耐強さを求める狙いや行動は、基本的には、人を幸福にしないだろう」

という主張です。

なんとならば、上に説明させて頂いたのですが、矛盾が起きてきますので。

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確かに、ある程度の我慢強さや忍耐強さが、生きている間には、運命の手によって、それを学ばされたりするかもしれません。
それ自体も「粘り強さ」というものを身に付けたことにもなるでしょう。

しかし、長期間に渡るまでの「我慢強さや忍耐強さの養成」というのは、道から離れてくると思います。
人によって、「長期間」という時間の長さは変わってきますが。

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また、他にも言えるであろうことがあります。
例えば、長期間に渡って、全く不幸や苦痛の無い環境ですごせば、今度は、そのような環境では退屈が発生するでしょう。

その退屈自体が、その人にとって不幸となるでしょう。

ですから、その不幸・苦痛環境から逃れ出るには、ある意味、厳しい環境に出てくれば、その忙しさや対応状況によって、退屈からは逃れられるでしょう。

そのような意味での、「不幸・苦痛環境の選択」、つまり、上の流れから行けば、「我慢強さや忍耐強さの養成」というもの選択が起きるかと思います。

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しかし、上に書いたように、積極的なまでの「我慢強さや忍耐強さの養成」を目指すとなると、その状態は、つまり、「不幸を愛する」という状態になるでしょう。

つまり、いったん、その状態に入ると、そのマイナス状況から抜け出すのは難しくなると思います。

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ですので、積極的なまでの、自身への「我慢強さや忍耐強さの養成」という目的は避けた方が良いと思います。

もっとも、どんな人にでも自由がありますので、上記の目的を積極的に選ぶという人もいても良いのだし、もちろん、そのような人に、強くは言えないのですが。

まあ、私個人としては、「自身の我慢強さや忍耐強さの養成を積極的に行う」とか「受難礼賛」という目的は、止めた方が良いかと思います。


                                       坂本 誠

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