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2018年11月 2日 (金)

三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その1)

翻訳に携わる方ならば、結構知っていることだけど、例えば英語ならば、ほぼ全ての英文法を覚え、ほぼ全ての熟語や構文も記憶し、かなり多くの英単語を覚えて、翻訳作業に慣れてくると、英訳・和訳の作業は一種のコピー作業であるとわかってくる。

確かに、その言語に関する多くの単語等を記憶し、慣れるまでには手間がかかったりするのだけど、一旦、慣れてしまえば、英訳・和訳の作業が単純作業になりやすい。
だからこそ、最近では多くの翻訳ソフトが出回るようになり、かなりの精度でコンピューターが翻訳してくれるようになった。
「コンピューターが翻訳してくれる」ということは、ある意味、英訳・和訳の作業は定型業務であり、つまり、それらの作業は、ある程度、単純作業だとわかる。

また、「外国語を習得した」と言っても、その外国語を、例えば、英語ならば、その英語を英語圏の人ならば、自分の国の母国語として、何不自由なく使用していることに気が付く。

だから、長く英語やその他の外国語を学び、習得してきた人ならば、翻訳作業が単なる筆写作業のように感じられる時も出てくる。

だからと言って、それほど大量に積み上げてきた自分の労力を軽んじるべきではないと思う。

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上記のように、長く翻訳作業に携わっていると、その作業中に退屈を感じたりする時も多いと思われる。
しかし、翻訳作業に関して、「とても楽しい」と感じる瞬間が、翻訳者達の間で感じる時があると思う。

それは、名文とか名句とか称されている文章を翻訳する時である。

一般に、この名文とか名句とか称されている文章を、AI翻訳ソフトで翻訳すると、非常に、テクニックの無い翻訳文になることが多いことが知られている。

それは、なぜかと言うと、これらの名文とか名句とか称されている文章自体、その文章の発言者達自身が、推敲を重ねて、それらの文章を研ぎ澄まさせていることが多いからだ。

もっと具体的に書けば、それらの名文とか名句とか称されている文章中には、対語を上手に並べていたり、語呂合わせをしていたり、音韻を豊かに踏ませていたりするので、それらの文章に触れる読者の方が、うっとりとしてしまう効果がある。
だから、ある意味、それらの名文や名句を作成する作者は詩人と言える。

そのような名文とか名句とされている原文の方では、その言語で使用されている対語や語呂、音韻があるので、原文でそれらの文章を読めば味わい深いものを読者は感じる。

しかし、それらの文章をコンピューターの翻訳ソフトで翻訳してしまうと、その原文を一字一句字義通りに訳そうとするので、原文に見られる香り豊かな味わいを、訳された後の言語からは感じることが出来なくなる場合が多い。

つまり、それらの名文とか名句とか称されている文章は、その文章の作者がその人なりの美学の下に、それらの文章を書きおろしていることがわかる。

「美しさ」という側面を、コンピューターが理解出来ないことも明らかだけど、だからこそ、なるほど、AI翻訳ソフトがそのような文章上の美学を使ってでの翻訳をすることは出来ないことがわかる。

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その2)』に続く)


 

                                       坂本 誠

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