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2018年11月19日 (月)

三千三百七:四国の思い出_その四(四万十の流れに触れて)

四国に訪れた当初から行ってみたい場所があった。

それは四万十川近辺だった。
というのも、四国に初めて訪れる以前より、テレビや旅行雑誌などで、四万十の流れは広く伝えられていたからだ。
当時より、四万十の流れは、それらの情報媒介の紹介によると、『日本最後の清流』という触れ込みで人に知られていた。

(下の写真はWikipediaからの『四万十川』)
●Shimanto River And Iwama Bridge 1 - 四万十川 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E4%B8%87%E5%8D%81%E5%B7%9D#/media/File:Shimanto_River_And_Iwama_Bridge_1.JPG

Simanto_1

それ以前より、旅は好きだった。
しかし、他人の見聞きした話を聞くよりも、その土地の場所の雰囲気を本当に感じるには、その土地に訪れる以外に手は無い。

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ちょっとだけ横道に反れるのだけど、旅先の土地での雰囲気、つまり「旅情」というものについて語ってみたい。
真の「旅情」というものは、テレビやネットの動画や、その他の情報媒体のちからを駆使しても、それを表現することは出来ないと思う。
この原稿を書いている現代だと、コンピューターのAI(人工知能)が、しばしば、人の口の上に登る機会が多い。
しかし、そのようなAIを使用した、どれほど優れた3DCG(3次元コンピューター・グラフィックス)や3Dホログラムを使用しても、その土地の「旅情」を他の土地の人々に伝えることは不可能だと思う。

なぜならば、私達がそのようなテレビやネットから入手する情報の、そのほとんどは視覚や聴覚に頼っていることがほとんどである。

そのような、テレビやネットから情報というのは、視覚・聴覚ばかりがメインなのだけど、実際に、自分の身を旅先の土地に移動させてみると、その自身の身から得られる情報は、視覚・聴覚を超えた、莫大な量となる。

旅先で訪れた料亭での珍味の香りを、あるいは舌触りを、テレビやパソコンの画面からは感じることが出来ない。
また、旅先の土地で頬を伝って流れ去る、風との触れ合いの心地良さは、当然ながら、テレビやパソコンの画面から感じることが出来ない。

旅先の土地での日光の量も、自分の日々に住む土地の日光量とは違うことだろう。
なぜならば、その土地での森林浴は、その土地でしか味わうことが出来ないので、頬の肌で感じる日光の加減も、当然ながら、テレビやパソコンの画面からは感じることが出来ない。

あるいは、旅先の土地での海岸で海水浴をしてみると、その土地の砂浜が足をくすぐる痛み具合すらも、故郷の土地のものとは違っているかもしれない。

そんなこんなで考えていくと、書籍、テレビ、ラジオ、ネット、あるいは、その他の全ての旅先の見聞録を、幾ら、目と耳で仕入れても、その情報量は、実際に自分がその旅先の土地で経験した五感の総量とは、きわめて量に違いがあることに人は気が付く。

だから、現代の、どんな旅先の見聞録と言えども、実際に自分がその土地に訪れて、味わった情報量と比較すると、どちらが優れているかは、誰にでもわかることである。

早い話が、本当に旅の良さを味わうには、現代と言えども、その旅先の土地に訪れる以外に手は無い。

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ここから、本題に返るのだけど、私が四国に居住している間に、四万十近辺には二回訪れた。
一回目はバイクで行った。

太平洋側の地方都市を離れると、四国独特の土地の雰囲気がバイクのヘルメット上をかすめていくことになる。
日本のどこでもそうだけど、日本の地方都市の雰囲気と言うのは、たいてい似ている。

しかし、四国は山の深い土地だ。
平野部はあるものの、山の斜面が、そのまま海に入り込んでいるところが多い。

閑散とした道路を、心地良く走れるのだけど、上述のように、山の斜面がそのまま海に入り込む地形というのは、つまり、海岸沿いの崖が多い土地となる。
だから、海岸沿いを、あまり走れず、海岸から、ちょっと離れた場所に道路が敷かれている状況が多かった。
なので、太平洋の青海が見れたかと思うと、再び、山の中を走っているという車窓風景ともなっている。
もちろん、海のすぐそばを走ることもあるのだけど、海岸線から、すぐにも離れることになる。

つまり、四国は本来山国と言えるので、このような土地事情ともなる。
だから、海の際(きわ)まで、山が迫っていると言えるので、海際を走っていても、どこか深山幽谷(しんざんゆうこく)の風景の中を、走るような雰囲気となる。

平安時代の弘法大師も、ほぼ、同じような道を歩いて行ったのだから、過去、彼も、この四国の土地に霊場というものを感じたと思う。

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私が訪れた当時は中村市という市名だったが、今では四万十市となっている。
その街中を四万十川が貫き、赤い鉄橋がかかっている。

(下の写真はWikipediaからの『四万十川』)
●Shimanto-gawa bashi zenkei-3 - 四万十川 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E4%B8%87%E5%8D%81%E5%B7%9D#/media/File:Shimanto-gawa_bashi_zenkei-3.jpg

Simanto_akahasi

その赤い鉄橋を超えて、足摺岬方面に向かう途中、バイクを降りて身を休めると同時に、四万十の流れに触れてみた。
四万十の最下流近辺でもあり、さすがに、人間の居住地域を幾つも通って来ているので、「上流程の美しさと清らかさは無い」とは言われているものの、それでも河川としては、かなり美しい川だった。

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足摺岬に向かうのだけど、ここまで走ってみて感じることは、私ならず、他の人も感じると思うのだけど、道中の「静かさ」を感じると思う。

風の音と、あるいは、海が渚(なぎさ)を洗う音と、わずかばかりにすれ違う車のエンジン音と、あるいは自分のバイクのエンジン音、、、。
それらの音が道中の自分の身の周りに木霊(こだま)するばかり。

それ以外の、他の音を聞くことが少なかった。

だから、ここまで来る道中に、不思議な静かさを感じていたのを今でも思い出す。
つまり、現代社会での、自動車やバイクなどの移動手段を使っても、その道中の移動中では、人は沈思瞑想(ちんしめいそう)しているようなものだ。

かつての空海も、この土地の上を歩行しながらも、目を開いたまま瞑想をしていたのではないだろうか。
現代の私達でも自動車やバイクで、この道中で、さながら、ある意味での移動中の瞑想ができると思うのだけど、もちろん実践したい人は居眠り運転に気をつけて。

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上述しているように、道中は、とても静かだからか、このような四国の土地を旅していると、時間の感覚が違ってくる。

確かに、幾つも存在する四国の地方都市の内部だと、始終、テレビから何かの音声が流れ、あるいは、ラジオからの音声や、ネットからの音声や、街中の喧噪や自動車の騒音で一杯である。

しかし、地方都市を抜けても、それらの音声があるにはあるのだけど、移動などのおかげで、ある意味、「車中」という隔絶された環境の中もあり、上述したように、とても静かな環境なので、道中の時間の感覚が違っていたことを今でも記憶している。

よく巷で使われている言葉を借りれば、「時が止まっている」というものだろうか。

私が感じたところでは、「時が止まっている」とまではいかなかったけど、やはり、これもよく囁かれるような表現としては、「時の流れがゆるやかになっている」だった。

ある意味、不思議で奇妙な感覚。

どこかの深い淵の底を覗き込むかのような。

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私なりの表現をしてみたい。

「時」と言う名の、何らかの巨大物質や巨大生命体が、そこにいたような気がする。

つまり、その目には見えない巨大生命体である「時」と言う名の生物が、その土地に住んでいるように感じる。

そして、その太平洋四国沿岸地帯の静かさと、その巨大さ自体が、美術方面の彫刻分野等で使用される一つの巨大な石版に似ている。
(彫刻などでは、そのような大きな石版などに彫り物を刻むことが多い。)

そして、その太平洋四国沿岸地帯の静かさと巨大さ自体が、自分自身である、その巨大石版の中に、その地方の「時」と言う名の巨大生物を、あたかも彫り込んでいるように感じる。

つまり、その目には見えない巨大生命体である「時」と言う名の生物が、その巨大石板の内に閉じ込められているように感じる。
だから、「時」は自らが思うままに動くことが出来ず、よって、私達がその土地を訪れて、「時が止まっている」とか「時の流れがゆるやかになっている」ように感じてしまう。

実際、私達が巨大な彫刻を見るに、もちろん彫刻は動かない。
なぜならば、彫刻師が後世に永く残したい風景の一抹の一瞬を切り取って、その石版や彫刻の像の中に、その一瞬の記憶の外見を留めるからである。
だから、私達は威厳ある彫刻を見る時には、どこか、時間の静止を感じるものである。

そのように、私が「時が止まっている」というような風景や光景を見ると、あたかも巨大石板に閉じ込められた何かの生命を感じるのである。

(下の写真はWikipediaからの『足摺岬』)
●Tosashimizu Ashizuri Cape 1 - 足摺岬 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E6%91%BA%E5%B2%AC#/media/File:Tosashimizu_Ashizuri_Cape_1.jpg

Asizuri

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実際、四国に行ってみると、私達は、私が今まで紹介してきたような巨大な自然の造形物を多く見ることになる。

今回の記事は長くなってしまったので、足摺岬を後述することになるのだけど、足摺岬と言い、石鎚山と言い、大歩危・小歩危と言い、笹ヶ峰と言い、訪れる旅人は、四国の巨大自然造形物の数多くを目にすることだろう。
足摺岬近辺にある「竜串(たつくし)」と呼ばれる海岸沿いの巨大石群もそうだ。

現代だと、数多くの人間の都会の構造物や都会の喧騒を、私達は見る機会も多いけれど、そのような場所を離れて、ただ一人、巨大自然造形物のさなかを歩むと、その旅人は、その巨大自然体に対して、「威厳」とか「厳かさ」といった単語を念頭と心中に浮かべると思う。

そして、当然のことながら、きっと私が上述したようなことを道中で感るだろう。
日頃の現代都会生活と言われているアーバン・サバイバルのライフ・スタイルとは違った、神妙な何かを感じると思う。

『四国八十八箇所』とか『四国遍路』を行っている旅人達は、そのような現代生活の日常とは違った神妙な何かを感じるために、巡礼をしているのではなかろうか。

(下の写真はWikipediaからの『竜串』)
●Tatsukushi 05 - 竜串 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%9C%E4%B8%B2#/media/File:Tatsukushi_05.JPG

Tatukusi

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『四国遍路』の開祖は、弘法大師と伝えられている。

私は四国に居住していた間に、『四国遍路』の旅人では無かったし、また、『四国遍路』の全ての道程を踏み終えた旅人では無い。

部分的にも、『四国八十八箇所』巡りの道中を踏みしめたのだけど、その道中から感じることの出来たのは、上述しているように、巨大自然体の「厳かさ」とか「神妙さ」と言えるものであった。

『四国八十八箇所』の開祖として、弘法大師が讃えられているような雰囲気があるけれど、私が思うに、彼が偉いのではなく、彼に自然の霊感とか、自然の厳かさ等を見せた、巨大自然体そのものの方が偉大なように感じた。

弘法大師が若かりし時に、四国中の寺々を訪ね回ったのだが、当時、彼は何か心中に求めるものがあって、あえて旅をしたのではなかったか。

あるいは、彼の若い時に何かの悩みがあり、その悩みを解決する糸口として、四国の道中を踏みしめたのではないだろうか。

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私は『四国遍路』の旅人では無かったのだけど、現代では、自動車やバイクを使って四国一周しても、これまでに書いているように、四国の自然の巨大さを実感することが出来る。

また、四国一周をしなくても、私のように部分的な移動をしただけでも、ほぼ『四国遍路』の雰囲気を味わえると思う。

確かに、四国に行くと、今でも、昔ながらの『四国遍路』の旅人の方々も見かける。
実際に、徒歩で『四国八十八箇所』を巡る本格派の巡礼者の方々もいる。

確かに、徒歩で四国一周をしても良いのだけど、手軽で比較的短時間内で四国の神秘的な自然を味わうには、現代の足を使っても良いと思う。

本来ならば、この段落中で、足摺岬やその近辺の竜串海岸のことを書くつもりだったのだけど、長くなってしまったので、後述することにします。

「私の四国内での部分的な旅は、現代の『四国遍路』とは言えなかっただろうか」という問いを残しつつも、ここで、この段落の記事の筆を結んでおくことにします。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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三千三百三:四国の思い出_その三(独白)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-6984.html

(以下、Wikipediaより引用)
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●地球33番地
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%8333%E7%95%AA%E5%9C%B0

Address_33no1

最終更新 2017年11月10日 (金) 15:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

●地球33番地公式サイト
http://chikyu33.net/executive/commi.html

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『三千二百九十六:四国の思い出_その二(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-2b8a.html

●(下の写真は「石鎚山系を知る | 石鎚山・石鎚山系公式|石鎚山系連携事業協議会」からの『仁淀川』)
https://www.ishizuchisankei.com/about/

 

Photo_3

●(下の写真は『Iyohuzi0ɜ - 笹ヶ峰 - Wikipedia』からの笹ヶ峰)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%B9%E3%83%B6%E5%B3%B0#/media/File:Iyohuzi0%C9%9C.jpg

Photo_2

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『三千二百九十五:四国の思い出_その一(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-e767.html

●(下の写真はWikipediaからの『大歩危峡』)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%AD%A9%E5%8D%B1

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●(下の写真は「石鎚山系を知る | 石鎚山・石鎚山系公式|石鎚山系連携事業協議会」からの『石鎚山』)
https://www.ishizuchisankei.com/about/


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                                       坂本 誠

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