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2018年8月 1日 (水)

三千二百七十八: 自分のしたいこと(独白)

自分自身に静かに語りかけたい時には、「です・ます調」ではなく、自然な感じの独白調で書いた方がうまく書けるような気がする。

私自身が今現在に本当に心底からしてみたいことを書いてみるのも一興かと思い、したためてみることにした。
そんなことを書くのも、時と場合によっては意義のあることかも知れない。

全く誰からの指示や願いも無く、もちろん、神とも呼べるような存在の要求も無く、また、自分の暮らしている社会のルールなり慣習なりを全て捨て去って、心底から自分のしてみたいことを静かに感じてみると、その感じたこととは、次のようなものであった。

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単純に、「自分を理解してくれる理解者を見い出して、そのパートナーと呼べるような人と、地球では無い他の星で静かに生活してみたい」というものだった。

これが、掛け値なしに、腹の底から感じる自分の本当にしてみたいことだった。
本音というものだろう。

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自分のようなブログ・ネタを書いていると、自分の視点から見て、私のような人を理解してくれるような人は少数派のように思えてしまう。

だから、「私を理解してくれるような理解者が欲しい」というのは自然な願いだと思う。

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心底からなる自分の願いを実現するために、その下に派生的に生じて位置づけられている二番目の目標とか、さらにその下の三番目の目標を実行していたら、つまり、それが今の自分の人生行路となっているような気がする。

どんな人でも、そうではないだろうか。

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時折、このような、自分の心底からなる願いを自分で把握することは大事なことかと思うけど、それを、口に出して、他の人には、あまり言わない方が良いと思う。

なぜならば、完全に自分の周囲の世界の慣習やルールをも外して、さらに、全く誰のお願い事も聞かずに生じている願い事なのだから、周囲の世界と合わない場合も多々あることだろう。

だから、そのような願いを口に出して言えば、周囲の世界と摩擦を起こす可能性も多いと予想できるので、あまり言わない方が得策かもしれない。

だから、普段は自分のそのような願い事を他の人に言わない方が良いと思われる。

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ただ、折に触れて、何らかの機会の際に、そのような願いを口にしてみるのも、ケース・バイ・ケースで有意義なことがあるかもしれない。

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また、自分の意思を強く表示しないといけない時もあるかもしれないから、その願いを語る機会も、その人次第で訪れるかと思われる。

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この手の願いごとというのは、おそらく、その本人にとっての最強の行動理由だと思われる。
そして、誰にも左右されることは無い。

なぜならば、全く、その人の周囲のことをも考慮せず、いかなる他人の願いごとにも全く影響されず、その人がそのような願いを保持し続けているのだから、このような願いごとというのは、その本人にとっての、最大最強の存在理由と行動理由と言えるかもしれない。

何重ものオブラート用紙あるいは何枚ものセロハン用紙を重ねて、物体を見ると、その物体の輪郭(りんかく)は歪み、色ボケて見える。
それと同じように、誰の心の奥底にも存在している、その真の動機が、心の階層を何重にも、くぐり抜けると、真の目的からは大分外れたように見える仮の目的となって、つまり何階層か分にずれた目的となった、日常生活での行動目的と変化していると思われる。

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また、この手の目的というのは、「あなたの真の目的とは何ですか?」と、どこかの誰かに聞かれた際に、一瞬の時間をも置かずに、その質問の直後に返答されている解答となっているものである。

その質問をされて、何秒か経って、もごもごと恐る恐る、「ああ、私の目的は、そうですね、、、よく考えてみると、、、実際は、、、」等のように、10秒以上も経過してから出される返答は、真の目的では無いことがわかる。

なんとならば、その10秒以上もの間に、その人は、自分の頭の中で、様々な他の条件を考慮した結果、尾ひれ羽ひれの付け足した目的、あるいは周到に変更等を追加した上で語っている目的であることがわかるからだ。

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しかし、この手の願いごとが、人の心の中で形成されるためには、それなりの試行錯誤や熟慮も必要とされると思う。

何らかの物事や出来事を見て、瞬間的に人は判断することもあるけれど、その物事や出来事を多角的に見たり、あるいは経過を見たり、しっかりとした熟慮や何重もの考慮を重ねて、つまり、心では無く、頭を使って、何らかの物事や出来事を総合的に判断することも大事だからだ。

私達が日頃の生活の中で、何らかの仕事上のプロジェクトの成り行きも、瞬間的に判断するのではなく、経過をしっかりと観察し、深く洞察・熟慮を繰り返しながら、そのプロジェクトの成否を判断するのと同じだ。

だから、何らかの物事や出来事を右脳の方で瞬間的に判断することも大事だけど、左脳的に頭を使ったり、経験則をも使って、物事や出来事を総合的に、しっかり見ることも非常に大事なことだと思う。

また、右脳的な瞬間的な判断というのは、その判断理由自体を、その人が上手に他人に説明することが出来ないことが多い。

それに引き替え、左脳的に判断した内容というのは、言語を使って記述できるから、その言語に落とされた判断内容を人に語れば、相手が言語を使って理解できるので、語る相手にとって、その判断理由を理解しやすいだろう、という利点がある。

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そういうわけで、私が現時点で、少なくとも、私の願いが成立した理由というのものを、左脳的な説明をしてみることにする。

私の当ブログ中のどこかの過去記事に書いた事だけど、世にイルミナティレプティリアンという種族がおって、彼等が極秘の内に全地球人を奴隷として使用したいらしい。

これを書いただけでも、「私は、ぜひ、地球とは違う星の上で暮らしたい」と、瞬時の返答を胸の中で出している人もいるのではないだろうか。

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しかし、地球上に造物主というのがおり、「彼等をぜひ更生してやって欲しい」という願いがあるのならば、その願いが実現可能かどうか、あるいは、幾らかでも達成されるのならば、その達成された具合を、私達は注意深く、検討しないといけなくもなるだろう。

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どこかの過去記事にも書いたけど、イルミナティやレプティリアンという種族が、「全地球人を暗黙の内に奴隷化したい」という願いがあるのならば、「彼等は他の人々の自由意思を剥奪(はくだつ)したい」という自由意思を持っていることになる。
そして、彼等は日々に、その願いを達成すべく、努力していることになる。

これ自体が既に矛盾している。

なぜならば、彼等にも私達にも自由意思がある。
しかし、彼等の自由意思というのは、彼等以外の他の全ての人々の自由意思を奪いたいのだから、いわゆる神と言われる存在が全ての存在に平等に与えたとされる自由意思の濫用と逆用をしていることがわかる。

だから、彼等にしても、彼等以外の他の存在から、彼等なりの自由意思である「他の人々の自由意思を剥奪したい」という自由意思を剥奪されたら、それこそ、イルミナティやレプティリアン達は「我々の自由意思を侵害するな」と言うだろう。
しかし、イルミナティやレプティリアンの自由意思というのは、彼等以外の人々の自由意思を剥奪しようとしているので、ここには、一種の矛盾が生じていることがわかる。

つまり、彼等は矛盾した存在であることも私達は理解できる。

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「矛盾」というのは本来、存在することが出来ないのだから、造物主としては、「彼等を更生してやって欲しい」という願いがあると思われる。

なんとならば、「彼等を受け入れて、生活を共にする」となると、それは彼等の更生事業を意味しているからである。
「矛盾した存在」だから、いわゆる「失敗した人種」とも言える。
そして、彼等を私達の生活に受け入れて、ただ、彼等の言いなりとなって、彼等流儀のライフ・スタイルとなってしまえば、その人も、いわゆる、失敗した人となってしまう。

だから、「彼等を受け入れる」という行動自体には、「彼等の更生事業を行う」という課題が含まれていることになる。

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しかし、今現在、この地上に生まれている人で、「私は、イルミナティやレプティリアンを更生すべく生を受けた、更生事業専門スタッフです」と、宣言する人は少ないと思われる。

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俗に言われるように、たとえ、生まれる前に、そのような使命があったとしても、それも人によっては思い出せたり、あるいは、思い出せなかったりで、これでは、説得力に欠けた話題を私がしていることになる。

また、そのような事を考えずとも、たった今現在に、イルミナティやレプティリアンの情報を聞いた人が、「私は、今現在、かような人々と付き合いたいとは思いません」と言えば、それで全てとなるからだ。

もし、仮に生前の記憶というのがあって、その生前の記憶の中に、「私は、イルミナティやレプティリアンを更生すべく生を受けた、更生事業専門スタッフです」という記憶が残存していたと仮定しても、その人が、今現在のイルミナティやレプティリアンを見て、考えや意向が変わり、「私は、過去、そのような願いや目的があったかもしれませんが、今では変化しており、今現在、かような人々と付き合いたいとは思いません」と言えば、それで全てとなるからだ。

過去の願いや目的や誓約も、変わることも多い。

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また、イルミナティやレプティリアンの更生事業が展開されていたとしても、その達成の具合、つまり、達成率も、私見では、かなり低いように見える。

それどころか、「イルミナティやレプティリアンのライフ・スタイルや流儀が素晴らしい」と考える人々が、この地上社会にそれだけ、彼等の世界を広めつつあったので、やはり、彼等の更生事業の達成の具合も低かったと私見では見ている。

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また、このような文章を読んでいて、さらに以下のような矛盾点に気付く人も出てくるかもしれない。

というのも、造物主の願い自体が、「イルミナティやレプティリアンを更生してやって欲しい」という願いがあるのならば、この文章自体に、隠れた矛盾があるのに読者は気付くだろう。

なんとならば、イルミナティやレプティリアンは「他の人々の自由意思を剥奪したい」という自由意思を持っている。
そして、彼等なりに、その自由意思を実現しようとしている。
だから、もし、造物主が、「彼等の更生を願っている」というのならば、それこそ、「造物主がイルミナティやレプティリアンに与えられた自由意思を剥奪しようとしている」という風に、人は感じることも出来るだろう。

この状況になると、「造物主自身が、多くの存在に与えたとされる、自由意思を、自ら、多くの存在から剥奪してしまう」ということになり、大きな矛盾が生じてくる。

だから、造物主からしてみたら、「自由意思の剥奪」ではなく、「思考の改変」を試みることだろう。
「考えが変わる」ということは、誰にでもあることだから、これだと、相手の自由意思を奪ったとか無理矢理変化させたことにはならない。

しかし、これでも、イルミナティやレプティリアンからすれば、「俺達(イルミナティやレプティリアン)の自由意思を奪うな」と言ってくるかもしれない。
しかし、その、イルミナティやレプティリアンの自由意思や、その行いというのは、「彼等以外の全ての存在の自由意思を奪おう」という自由意思なのだから、私がこの手の話をしていること自体、何かの矛盾が生じているのかもしれない。

早い話が、あまりにも難しい話なので、「彼等を説得して、改心せしめよう」という希望や目的を抱く人は、私見では、かなり少ないと感じている。

(※追記:このようなことを書いていたら、人は次のような質問を彼等にしてみたい、と願うかもしれない。その質問とは「イルミナティやレプティリアンさん。あなたは、あなたがた以外の『多くの人々の自由意思を奪いたい』という、あなたの自由意思があると伺いました。それでしたら、まず先だって、あなた(イルミナティやレプティリアンさん)の自由意思が剥奪されるという体験を実感してみるのはいかかでしょうか?」というものである。「彼等から、どのような返答が返ってくるだろうか?」と、多くの人々は聞いてみたいと願うのではないだろうか。)

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しかし、世には更生事業者とか、その手の医者やスタッフ達が居るので、それと似たような人も世にはいるかと思われる。

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そのような人達の行動ぶりが、時々、テレビのドキュメンタリー番組として流されている。

そのような人達ならば、イルミナティやレプティリアンを説得して、彼等を改心させた時に、お互いに涙する、という光景があるかもしれない。

そのような人達がいるならば、もちろん、私は止めない。
そのような人達が、そのような行動を起こして、それなりの結果が得られれば、お互いの魂の喜びとなるのだろう。

だが、繰り返しになるのだけど、私が世を見回すに、「自分は更生業者の専門スタッフです」とか「自分は、これそれ病院の専門スタッフなので、そのような人達を改心させることが、私にとっての心底なる魂の喜びなのです」と宣言する人は、私達の社会の中ではかなりの少数派と思われる。

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私達の社会に見られるような標本を見るに、結局、イルミナティやレプティリアンという人達は、星レベルとでも言える、一個の巨大病院の中で、更生事業者の専門スタッフ達に囲まれてでの、長期治療が現実路線であると考えてしまう。

しかし、そのような巨大病院の中で彼等がそれなりの治療とでも言えるものを与えられ続けても、私達には次の2点の、更なる疑問が湧くと思う。

■1:
「彼等が改心する」と仮定するならば、それは、どれ程の期間を必要とするのか。

■2:
そのような巨大病院の中で長く治療を受け続けても、もし、改心しなかったら、その時は、どうなるのか。

どんな人でも、個性の差があるので、それぞれの人が病気になっても、治るまでの期間もそれぞれである。
だから、「改心」とも言えるような行為に時間がかかっても、それが起きるのならば、まだ良いのだけど、「■2」のように、「いつまで経っても治らない(改心しない)」というパターンも、充分に、想定できる。

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これ以降は、今現在、私達は考えない方が良いかもしれない。
ただ、上の点を書いた理由は、「より広い視点で、自分達の計画を立てることが出来る」ということで書いてみた。

つまり、相当の長期間を考慮することにより、たった今現在の私達の人生目標とか、それなりの計画を立案する際に、それらの計画に、上記の情報と、それらを考慮した情報やデータを組み込むことも可能となるからだ。

それ自体は、一つの利点と言えるかもしれない。

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長く書いてしまったのだけど、要点を書いてしまうと、あまりにも難しいと思われるものには、ついて行かない方が良いと思う。


                                       坂本 誠

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