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2018年7月11日 (水)

三千二百七十一: イルミナティとレプティリアンと地球造物主のことを考えて(独白)

時々、私はイルミナティレプティリアンのことを書いている。

イルミナティやレプティリアンと私達との関わり合いを書いているのだけど、さらに、地球の造物主と、イルミナティやレプティリアンとの関わり合いも、実は頻繁に考えている。

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もし、地球の造物主という存在がいると仮定したのならば、彼(あるいは彼女)は、かなり、イルミナティやレプティリアンを見くびった上で、彼等の居住を許可したと思う。

比較的に、私が引用している以下の文献を再引用したい。

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。

P1120151_2

 


そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
というわけで、あなたがたの中にあるRコンプレックス部分の周波数を、まるごと認め、愛し、手放すことによって、その特性であった恐怖や混乱、支配、競争といった周波数帯と同調しなくなり、さらに高い周波数域である、愛と創造性に基づいた、高次のシステムと共振していくことが可能になることでしょう。
このことはいくら強調してもいいほどです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

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(引用終わり)

要するに、宇宙人による地球への侵略が起きていたことになる。
それを、今まで、受け入れていた地球の造物主というのも、私は理解し難い。

仮に、多くの生物を受け入れる目的があって、地球が創造されたとしても、イルミナティやレプティリアンの計略だと、

  「ここには多くの人種が入っているから、数多くの摩擦が発生するだろう。その摩擦を起こして、地球上を群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の状態にすれば、混乱が起こるので、その隙間に入って我々が地球支配をしやすくなるだろう」

という感じで、容易に、地球上に混乱を起こす事になる。

多様な人種のいる場所では、摩擦が起きやすいので、その欠点自体も、容易に彼等に逆用されたわけだ。

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イルミナティやレプティリアンというのは、言ってみれば、失敗した人々とも言ってよいだろう。

ある人から見れば、「失敗した人々をも受け入れてやってほしい」という願いもあるかもしれない。

しかし、「失敗した人々をも受け入れ」た後は、私達には何の課題があるだろう?

その「失敗した人々をも受け入れ」て、彼等の流儀や彼等の影響を受けるだけで良いのだろうか?

そうなると、つまり、失敗した人々を受け入れた側の人間達も、いわゆる失敗した人間となってしまう。

だから、もし「失敗した人々をも受け入れてやってほしい」という願いを持った人がいるのならば、受け入れた側の人間達に対して、「失敗した人々を更生してやって欲しい」という願いが潜んでいることがわかる。

そうしなければ、受け入れた側の人々も、なすがままに、失敗した人々となってしまうからだ。

だから、どこでもそうだろうけれど、「失敗した人々を受け入れる」という環境があるのならば、さらなる目的として、「その失敗した人々を更生する必要がある」という目的を持たないといけないことになる。

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ところが、現実には何が起こったのかというと、地球全体に、イルミナティやレプティリアンの流儀が広げられ、彼等の思想に汚染された人々が多く現れた。

「彼等の思想」というのは、競争、比較、支配、隷属、自慢、怒り等々、、、

だから、地球の造物主というのは、かなり、イルミナティやレプティリアンを見くびって、地球に受け入れたと思われる。

現実には、イルミナティやレプティリアンは、恐怖や脅しや暴力等を、ためらいも無く使用して、「地球人類を支配してやろう」という輩(やから)達だったのだから、この記事の読者の方でも、「今現在、イルミナティやレプティリアンを私達の社会に受け入れるべきか、どうか」という議題が発生したら、相当に、激しい議論が巻き起こるかもしれない。

「イルミナティやレプティリアンに対する側として、既存の地球人類は彼等を更生する力量があるに違いない」という、地球造物主の側の、地球人類に対する、あまりにも過大な期待がかけられていたと私個人は思う。

この、過大な期待を頼りにして、「31万2000年前から、今に至るまで、秘密の更生事業が行われていた」ということになるのだけど、私から見たら、非常に甘い見込みによって、彼等に対する秘密の更生事業が実行されていたと感じる。

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結局、ほぼ出来なかったのだから、これだけでも、かなり大きな失敗だと思う。

私達は、今では「外部の視点」によって、この一連の騒動を見ることが出来る。

「外部の視点」というのは、以下のようなものになるだろう。

31万2000年前にレプティリアンが地球に到来したというのならば、例えば、読者である、あなたが当時に、宇宙人であって、宇宙船に乗り込んで、その一部始終を見ていたとするのならば、「地球の造物主よ。あなたは、レプティリアンを地球に居れない方が良いでしょう」と、かなりの心配混じりの声で、地球の造物主に進言していたかもしれない。

これが私が上述している「外部の視点」である。

また、次のような「外部の視点」も考えられるだろう。

上の例で使った、宇宙船の中で一部始終を見ている宇宙人のあなたは、次のように、地球の造物主に進言するかもしれない。

  「地球の造物主よ。レプティリアンが地球に入り込んで、彼等なりの流儀を地球にばらまいていっています。いますぐ、レプティリアンを地球の外に追いやった方が良いでしょう」

等々。

しかし、私達に想定できる、その進言に対する地球の造物主の返答としては、

  「いや、既存の地球人類ならば、きっと、レプティリアンの誤りに気付いて、彼等を更生するだけの一大事業を成し遂げてくれるでしょう」

等々。

しかし、上記に紹介した本のように、31万2000年間の長きにわたって、レプティリアンの流儀を地球にばらまかれ、彼等の流儀こそが、私達の社会の常識だ、となったにいたっては、やはり、地球造物主の非常に甘い見通しによって、地球の歴史が編まれてきた、と感じるのは、私一人だけであろうか。

人によっては、「31万2000年間」という時間を短く感じる人もいる。
あるいは、長く感じる人もいる。
だから、一概には時間の長短のことを言えないものの、私にとっては、その期間というのは、長すぎる時間に感じる。

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色々な文献を読んでみると、この長きに渡ったレプティリアン流儀の競争・比較・支配・恐怖等々のネガティブな要素を持った、この文明は変化すると言われている。

巨大ピラミッド・システムとか、テストの点数付けとか、社会の中に多数存在している位階制度とかが、彼等の文明の遺産であると言われているが、「これらが変化する」とあるのならば、これまた、それが一種の失敗を認めることになると言えるだろう。

なぜならば、私達の社会に現存している、巨大ピラミッド・システムとか、位階制度とか、金銭などのよる身分の差別制等々が、「神の目から見ても、本当に素晴らしいものである」と、全ての存在が認めていれば、それらの数多くのシステムは温存される筈だから。

素晴らしい社会制度とか素晴らしい社会システムがあれば、それ自体が素晴らしいので、「いつまで経っても、残して置こう」とか、「いつまでも保存・温存しておこう」となるのだけど、そうではないとあるのならば、「それは素晴らしいものでは無かった」ということを証明しているからのだから。

だから、この点を考えても、「レプティリアンの様々なシステムから、新規のシステムへの変更がなされる」とあるのならば、「今まで、私達は数多くのレプティリアンの流儀を使用してきた」ということ自体が、「一つの失敗であった」と認めることになる。

当然ながら、「地球の造物主が自分の失敗を認めた」ということになる。

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また、私達に考えられることには、イルミナティやレプティリアンの私達の社会への受け入れ作業というのは、私達が悪というものを覚えるために、導入された、という一つの予想も得られるだろう。

しかし、今現在、私のこの記事を読む人ならば、「このような形で悪というものを覚えることは拒否する」と言う人も多いのではないだろうか。

もっと他の形で、イルミナティやレプティリアンの所業を学ぶことも出来たと思われる。

しかし、そうではなく、彼等の社会制度や社会システムが「当然の社会常識」となった上では、それらの社会制度や社会システムに入り込んでいる人々としては、「それが正しいか、それともそうでないか」ということを考えられなくなる。

だから、その地球社会での人々からしてみれば、「私達は、イルミナティやレプティリアンの所業を学んでいるのではなく、社会の善を学んで、それを実行しているだけです」という、本末転倒の状態も発生してくる。
だから、私達としては、イルミナティやレプティリアンの所業を見て、何らかの判断を出すどころでは無く、それどころか、社会の善を実行していることになるのだから、「悪行というものが、どんなものかを学ぶ」という目的すらも達成するのが難しく、それとは別に、この場合だと「イルミナティやレプティリアンの所業そのものが素晴らしいことだ」という実感すらも、私達は抱いてしまうことも多々発生してしまう。

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また、このような状況だと、「イルミナティやレプティリアンと遭遇することが、地球人にとっては必要と思われるから、遭遇させた」と、地球の造物主の側が、そのような老婆心のような心持ちで、私達に遭遇させたことになる。

これについては、現在の人々ならば、「私は、そのような経験を必要とは思いません」と言い出す人が出てくると思われる。

だから、地球の造物主の側が、「これそれの経験や出来事が、地球人には必要だから与えよう」という意志とは違いが発生してくることがわかる。
なんとならば、そのような経験や出来事を、その人が心底から欲しないにも関わらずに、与えられるというのだから。

地球造物主の側が「地上の人間には、これそれのことが必要だから与えよう」と考えても、地上の人間にしてみれば、「そのようなことは必要ありませんから、与えないで下さい」というケースと願うことだって、多々出てくると思われる。

このようなこともあるので、これだと、地球造物主側の失敗と言えるだろう。

この場合、何でもかんでもむやみに与えてもらったら、困るのは人間の側だということになる。

このような失敗なども考えられるので、はっきりと自分の意思を表明していた方が良いと思われる。

人によっては、「私はイルミナティやレプティリアンには遭遇したくないし、それに影響された人々とも付き合いたくない」というものだろう。

このような地球造物主側の失敗も考えられるので、自分の意思は、ハッキリと表明していた方が良いと思う。

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要は、人は、あまりの困難を感じるだろう。

だから、ある人ならば、私が上に書いたことや、私の過去記事の様々な、イルミナティやレプティリアンの所業を見て、

  「私は、今後、地球に居住することを拒否します」

という人が、多数現れても、何らの不思議ではない、と私には思われる。

なんとならば、もし仮に、イルミナティやレプティリアン主導の、この世界が変化したとしても、私が上に書いた事の顛末や、成り行きや原因を見て、今後の地球の方向性も信じられなくなる人も多数出てくると思われるからである。

たとえ「この手の失敗をこれ以上繰り返さない」と地球造物主が、今現在に言ってきたとしても、私が上に書いたことから、じっくりと考えても、「地球造物主よ。すいませんが、あなたを信頼することが難しい状況です」と発言する人が多くいても、不思議ではないと私は考える。

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もっとも、どんな人にも自由は許されているから、「私は、ぜひとも、地球と一蓮托生の関係でありたい」と願って、心中までもしたいような人が世にはいても良いのだから、私はそのような人を咎めない。

人間には秘されたことがあって、それを持って、イルミナティやレプティリアンを受け入れていたとあれば、まだ話は理解できる人もいるかもしれない。

だが、ここでは、人間だけでは無く、動物・植物、あるいは、鉱物までも考えられる人がいるならば、それらの世界の住人達のことまでも考えた方が良いだろう。

わかりやすく考えるのならば、動物の世界と、その住人達である。
イルミナティやレプティリアンの影響を受けた人々が多数出現した結果、それらの多くの人々が、動物や植物に与えた、莫大な影響も少しは考えてみた方が良いと思う。

一般には(イルミナティやレプティリアンに調教された結果)、人間は人間のことしか考えない自己中心的な存在でもあるのだから、人間は、動物・植物の事までも考えることが少ない。
だから、この機会に、ついでながら、世の多くの人間達が動物・植物に、「どのような影響を、どれ程多量に与えたか」という点について、それらを自分で調査してみたら良いと思う。

人間だけなら、まだしも、動物や植物(あるいは鉱物までも)にまで与えた影響を考えて、イルミナティやレプティリアンの地球受入れが、成功した事例か、失敗事例かを、考え直すのも、一つの良い機会だと思う。

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以前書いた事があるのだけど、イルミナティやレプティリアンの所業を見て、多くの人が自然に感じるのは次のことだろう。

  「イルミナティやレプティリアンに似たような人が、どこかの更生施設や精神病院等に入所して、長期治療等を受けているシーンをテレビや新聞等で見かけたことがあります。しかし、当のイルミナティやレプティリアンのような人々は、どうして、そのような処遇を受けていないのでしょうか?」

という疑問が湧くと思う。

というのも、私達が見聞きする、この地上社会だと、そのような人々が、どこかの更生施設で長期治療を受けているシーンが報道されており、それ以外のケースがあるかもしれないけれど、それには、あまりお目にかからないからだ。

どうして、彼等が、そのような更生施設にいないかというと、彼等の作るお金などを使って、彼等は、お金と権力の城を作り上げ、法の手をも伸びないようにしているから、「彼等は更生施設にいないのだ」とわかるだろう。

(もっとも、「法の手」と言っても、それらの法も、イルミナティやレプティリアンの都合の良いように作成されていたのだから、少なくとも、私達の居住している地上社会での「社会制度や社会システムは信用できない」ということになるので、誰もが「地球には居住したくない」と願うのではないだろうか、と考えるのは、はたして私一人だけだろうか?)

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上記のような事を感じるのは、私一人だけではないと思う。

なんとならば、地球上の多くの社会で、自殺者が多いことが知られている。
この、多くの自殺者の人々というのは、結局、言い換えてみると「私は、この地球上に存在したくないのだ」と、地球の造物主に向かって、強烈に叫んでいることと同じことだ。

つまり、自殺者というのは、通常、今まで地球で実行されてきたことに強く反対し、かつ、地球に対する信頼をも全く失っていることがわかる。

だから、事のいきさつを考慮しても、「地球は信頼できない」と公表する人々も多数出現し始めても良いのではないかと、私は思う。

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もっとも、私としても、他の人々としてもそうだろうけれど、地球が常日頃与えてくれている酸素とか日光とか、適当な気温とか、足を踏みしめる大地があるけれど、それらに対しても「感謝しない」と言っているわけではない。

上に挙げた以上の、その他の地球上の多くの自然現象があるからこそ、私達は日々に生きているのだから。
「それらの基礎的な条件に対しては、感謝するけれど、地球が今まで実行してきた、イルミナティやレプティリアンの受け入れ自体には、感謝することは出来ない」という人々も多いかと思う。

もし、「イルミナティやレプティリアンの受け入れ」を実行する必要があったというのならば、「地球は完全に、一個の巨大病院として使用する」という明確な目標が無ければならなかったと思われる。

地球の造物主ぐらいならば、イルミナティやレプティリアンの更生も容易だったのかもしれないけれど、彼(あるいは彼女)がそれを引き受けたのではなく、現実には、地球上の人類が、イルミナティやレプティリアンの更生をしなければならなかった、という点においては、かなり異論を口に出す人も多いかと予想してしまう。

(そして、現実には、そのような異論が受け入れられなかったことがわかる。)

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だから、今までの流れから総合的に書くと、もっと世には、「私は、これ以上、地球に居住したくありません」と願う人々が多数いても不思議ではないと思う。

しかし、パッと世を見渡しても、上の願いを世に語ったり、あるいは、御自身のブログ上とか、ネット上のコミュニティ・サイト上の日記等に、それらの願いを書き込む人が少ないように見える。

あるいは、それらの願いを書き込まれたHPが、検索できないようにされているのかもしれないけれど。

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私は、このようなことを書いているのだけど、そりゃあ、どんな人でも自由は許されているから、「私はイルミナティの人々やレプティリアンと、ぜひ、お付き合いしたのです」と願う人も、いても良いわけです。

ただ、、、そのような願いを持つ、その人自身が、かなり周囲の人々から、お付き合いを断られる方向に歩んでいくかとは予想出来ます。


                                       坂本 誠

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