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2018年5月13日 (日)

三千二百五十五: ある日の新聞記事を読んでの、疑問を感じたこと

こんばんわ。

以下の新聞記事を読んで、疑問を感じたことを書いてみたいと思います。
読者の方で、その新聞記事を詳しく読みたい方は、以下のURLにジャンプして読まれて下さい。

(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/05/04記事より引用)
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●記者は見た!警視庁が秘蔵の「武道館のビートルズ」記録
https://www.asahi.com/articles/ASL544F62L54OIPE009.html
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(引用終わり)

この記事の、あらましを書きます。

今から約50年前に、日本にビートルズがやって来て、ライブ公演しました。
警察が、その映像記録を撮影したそうで、一般には公開されていないそうです。
ですので、ビートルズ・ファンの方が、警察に対して、「公開して欲しい」との主旨を伝え、現在に至るまで話し合いが続けられているそうです。

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その話し合いの主なポイントと言えるのが、個人情報の保護の点です。
警察の側からすれば、「フィルムには、約50年前の人々の顔が鮮明に映っているので、個人情報保護の観点から、公開は出来ない」と言われているそうです。

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ですので、私も、個人情報の観点から、以下のような疑問が浮かびました。

まず、私達の個人情報に関することから書いてみます。
私でも良いですから、私を例に書いてみます。

私の現住所や、私の顔とか、私の電話番号とか、私の財布の中の所持金も、あるいは、私の銀行内の預金高も、私の個人情報と言えます。
その他にも、私の個人情報とは一杯ありますが、それらの個人情報というのは、公(おおやけ)にしたいと思えば、つまり、「多くの人が私の個人情報を知っても良いよ」という承諾があれば、それらの個人情報を出すことが出来ます。

具体的には、私の現住所や、私の顔とか、私の電話番号でも、「多くの人が知っても良いよ」と、仮に私が思えば、このブログに掲載することが出来ます。
また、ブログで無ければ、お金のある人ならば、新聞にそれらの情報を掲載しようとしたり、報道社から、してみれば、ニュース・バリューも無いでしょうから、やはり、お金を出して、テレビで報道してもらう、とか。

それとは、逆に、「これらの個人情報を世に出したくない」と願えば、当然、それらの個人情報をブログに掲載しなかったり、あるいは、ネット上の、どこかのコミュニティ・サイト上の日記に、それらの情報を出さなければ済む話です。

要は、「個人情報」というのは、その情報を持っている人の、その意向次第によって、公にも出来るし、また、公にしたくないと思えば、原則として、公にはなりません。

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ここから本題に返りましょう。

現代でも、プロ野球の試合とか、プロ・サッカーの試合とか、あるいは、何らかの有名な歌手達のコンサートがあって、それらの会場には、マスメディアの方々が、よく取材・報道をしています。

それは、非常に多く見かける機会があるので、とりたてて、私が例を挙げるまでもありません。

で、現代でも、そのような、野球ドーム場内とかサッカー場等の試合などでは、観客達がテレビ・カメラに写されていたり、応援者達や、サポーター達の状況が写されています。
また、有名な歌手達のコンサートでも、同様のことがあるのを、私達はテレビで見かけています。

で、そのような、観客達や、応援者達や、サポーター達というのは、ある意味、「自分の顔がテレビに出たり、翌朝の新聞の写真の片隅に写っていても仕方ない」という、思いの下で、野球ドーム場内とかサッカー場とかコンサート会場に行っていると思います。

もし、本当に、「野球ドーム場内とか野球場の観客席とかサッカー場の観客席での、自分の顔が万が一でも写っていたくない」と願うならば、そのような人々は、最初から、そのような会場には行っていないでしょう。

ですから、私でもそうですが、「あのようなマスメディアも集まるような巨大会場に行けば、テレビカメラなどに写されて、自分の顔も世の人に見られても仕方ない」という思いで、多くの人は、あのような巨大会場に向かうと思います。

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警察の側の人は、「個人情報を守らねば」という思いの下に、約50年前の映像の一般公開制限をしているようです。

上の流れから、私が何気なく感じた疑問としては、「それらのフィルムに写っている筈の、多くの人々の『個人情報を出すか、否か』の意向の確認はなされているだろうか」というものです。

個人情報保護法の制定される以前の、約50年前の話ですが、やはり、あのような巨大会場に行く人ならば、最初から、「テレビカメラに写されても良いよ」という思いで、あのような場所に行くでしょうし、もし、本当にテレビカメラや新聞社の写真の片隅にでも載りたくなければ、最初から、あのような巨大会場には行かないのではないでしょうか?

そして、上記URL先の記事中にも、約50年前の観客達の顔の写されている写真がありましたが、「私を写してくれるな」といわんばかりの怖い形相をした人は、一人もいないように私には見えます。

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もっとも、当時のビートルズのメンバーである、ポール・マッカトニーさんやリンゴ・スターさんやジョン・レノンさんやジョージ・ハリソンさんにも、50年前の日本には存在していなかった個人情報保護法は無かったのですが、現代に置き換えても、同様の話が出来ます。
50年前の日本でのライブの際に、「私達(ビートルズのメンバー)の、個人情報を考えた結果、このライブで、私達の顔を撮影するのは止めてください」と言える権利も、彼等にもあったことでしょう。

ライブが始まって、マスメディアがやって来て、彼等の顔を撮影していた段階で、メンバーである彼等の方から、「どうか、私達の顔を撮影しないで下さい」と言えたことでしょう。

その状態でしたら、現代の日本にある個人情報保護法で考えたら、「このライブでのビートルズのメンバーの顔を撮影してはならない」となっていたことでしょう。

それと同じように、約50年前のビートルズ・ライブに集まった観客達でも、当時のライブ中にテレビ・カメラや、新聞社のカメラが向けられた時に、「どうか、私達の顔を撮影しないで下さい」と言えたことでしょう。
そのような聴衆達の発言があれば、現存している写真や動画フィルムに、彼等の顔や姿は残されていないのではないでしょう。

むしろ、現存している写真や動画フィルムに、大量の聴衆達の顔や姿が何気なく、写されているとあるならば(それを確認出来るのですが)、あのビートルズ・ライブに集まった当時の人々の意向として見れば、「私の顔や姿や服装や発言は、個人情報のものだけれど、公開しても良いよ」と、言っているのと同じだと判断できないでしょうか。

それに、それらの写真に写っている顔の表情を見ても、「(約50年前の昔風で言えば、)私の顔を写してくれるな」あるいは「(個人情報保護法のある現代風で言えば、)私の顔も個人情報であり、それを公に出したくないので、私の顔を写してくれるな」と言っているようには、見えません。

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要は、私達の間で使用されている個人情報というのは、私を例に挙げてみると、「私が公に出しても良い」という個人情報ならば、それを公に出しても、誰からも何も言われません。
また、「私が公に出したくない」という個人情報ならば、公に出さないことになります。
そして、その、「私が公に出したくない」という個人情報を、どこかの誰かが使用しますと、個人情報保護法に触れてきます。

ですから、話が冒頭に返すと、「警察などの公務員の方が、これらの映像やフィルムに現れている人達の意向の面を考慮しているだろうか」という疑問が湧きました。

この記事を読んでいる、あなたでもそうですが、「私の個人情報を世に出しても良いよ」と言えば、周囲の人が、「それは、あなたの個人情報だから、あなたにとって、非常に非常に大事なものであり、云々の、かんぬんの、それこれの非常に大きな悪と思える問題があり、、、」と言いながら、その個人情報を世に出そうとしている人を止め立てする必要は無いわけです。

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ですから、個人情報の問題を考える上では、「個人情報を世に出そうか、出すまいか」と考えている人の意向の問題が、個人情報を考える上で大事なわけです。

ですから、私の疑問としては、その「個人の意向を確認しようとしているだろうか?」という点が1点目。
そして、2点目としては、その1点目を考えても、写真に写っている人の顔の表情を見ても、「自分の顔も個人情報だから、私は、その個人情報を世の多くの人々に見てもらいたくない」という、意向は、私から見て、感じないのだが、、、という点です。

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要は、あの50年前のビートルズ・ライブに集まった多くの聴衆達は、「自分達の顔や姿や服装が写っても良いよ」という思いで、あの会場に行ったと、私は思います。
だからこそ、当時のビートルズ・ライブの状況を撮影した写真や動画フィルムに、あの、多くの聴衆達の顔が写っているのではないでしょうか。

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また、この個人情報の点から考えるのならば、「当時のビートルズ・ライブに集まった多くの聴衆達の顔は、個人情報だから、テレビカメラ等で撮影してはならない」という、方針も立つのではないでしょうか。

しかし、そのような方針が約50年前に立ったとしても、現実には、『ビートルズ・ライブ撮影』という方針の下に、多くの聴衆達の顔が撮影されていたことになります。

これだと、矛盾が生じていることにならないでしょうか。

それだったら、現存している『ビートルズ・ライブ公演』のフィルムを廃棄しないといけなくなるのでは(個人情報保護を考慮するのならば)?

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ある日の新聞記事を読んでの、つれづれなるままに、感想なり疑問なりを書いてみました。


                                       坂本 誠

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