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2018年4月23日 (月)

三千二百四十三: お金の問題点と人々がタブー視する社会問題について

こんばんわ。

三千二百四十一:お金の問題点を把握する』とか、お金の奥深い事情を書いていたら、やがて、通常、人々がタブー視している社会問題が見えてきやすくなることでしょう。

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例えば、私達の社会でよく見かける会社です。

世には、数多くの会社があります。
そして、それらのほとんどが、「地域社会の発展を目指して、自社の産業活動を展開しています」と語っています。
しかし、現実には、それらの会社のほとんどの本音とは、「自社の売上高の増加のみを目指している」というパターンではないでしょうか。

あくまで地域社会の発展というのは、表向きの発言であり、「金を得られるかどうか」が本当の狙いとなっているのではないでしょうか。

というのも、以前から書いていることですが、「人間は、(カバールやイルミナティ達の制作・配布している)お金が無ければ生きていけないのだ」という、考えや恐怖を、心底に深く刻み込まれている事態があるからです。

以下の文献を、再引用します。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にしています。

『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html
司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。

Photo


維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。

どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては、政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、ただ明治六年七月に「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけである。

これが高率であったこと、各地の実情にそぐわなかったことなどもふくめて、明治初年、各地に大規模な農民一揆が頻発するのだが、木崎村は、このときには一揆を起こしていない。
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(引用終わり)

江戸時代には、日本の人口の8割から9割は農民であったことがわかっています。
ですから、実に、江戸時代までは日本の人口の8割から9割の人は、お金を使用していなかったことがわかります。

確かに、江戸時代でも、都市部ではお金が使用されていました。
しかし、比率から考えれば、日本の人口の1割から2割しか、お金を使っていなかったことがわかります。

よく、テレビの時代劇では、都市部の町民の暮らしぶりばかりが描かれているのに気が付くでしょう。
そのような時代劇中には、江戸時代の町民も、多くのお金を使っている光景が描かれていますね。
そうなると、私達は、「江戸時代でも、多くの日本人はお金を使っていたのだ」という誤った事実が、頭にインプットされてしまうことになります。

この、頭にインプットされた、誤った事実を消去した方が良いでしょう。

また、あなたも、日本の昔話の語られた絵本とか小説とかを読んでも、江戸時代の農民達が、大量の小判や古銭を手にして、物品の交換を行っている、という光景を見たことは無いでしょう。

そして、次に言えることが、上記のように、「社会の上の人」と言われる人が、どこからかやって来て、いきなり、日本の経済システムとか社会システムを、強引に自分なりにセットしたことがわかるでしょう。

時の為政者が、日本の経済システムを、全て、お金を基礎として、それを無理矢理、日本の多くの人々に使用させたことがわかります。

当たり前の話ですが、日本の中央銀行である、日本銀行も明治時代に設立され、日本の株式会社も明治時代以降に作られました。

話を元に戻すと、要するに、江戸時代までの日本人だと、その8割から9割の人は、お金を使わずに生きていたので、「絶対に、人間の間で、お金が無ければ物品交換などの暮らしが出来ない」ということは誤った考えであることがわかります。

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世の会社などで、お金が絶対視・崇拝視されている風潮があることは非常に大きな問題だと思います。

なぜならば、多くの会社には上司と部下がいます。
現在では、様々な上下関係がありますから、会社単位で考えるのならば、発注元と発注先(下請け)も、上司と部下と言えるでしょう。
また、正社員とアルバイトの関係とか、派遣先の正社員と派遣従業員も、上司と部下と言えるでしょう。

それらの上司と呼べる人々が、部下とも呼べる人々を、お金で拘束している状況も多々見かけるのではないでしょうか。

と言っても、言葉の上では、あまり、「お金」という単語は出てきません。
しかし、現実には、そのほとんどが、「お金」のみのこととして考えられているのではないでしょうか。

会社の上司としては、お金を使うことによって、部下を操れることに気が付きます。
なんとならば、その部下達も、お金目当てに、その仕事に就いていることが、非常に多いからです。

だから、会社の上司が部下を叱る言葉の一つとして、

  「俺の言うことを聞けず、この仕事が嫌だったら、辞めろ」

という言葉があるでしょう。
しかし、実際に、この言葉を言い換えてみると、

  「お前達は、お金が欲しくて、この仕事に就いているだろう。給金として、俺からお金を得たければ、俺の言うことに、全く口を出さずに、ただ、言われた内容の事のみを、(命令的に)さばけ」

実際には、上記のような、そのほとんどが、お金の脅しによって、何らかの仕事が進んでいる場合が多いのではないでしょうか。

また、部下の側も、主に生活費が必要なために、その手の仕事に就いているだけの場合もあるでしょうから、そのような場合だと、

  「我々は、ただ生活費が欲しいだけだから、職業倫理のことなんかは全く関係無く、ひたすら考えていることを打ち消して、ただ黙って、作業するだけにしよう」

と、このような場合も多いのではないでしょうか。

つまり、はっきり言って、全ての仕事が、お金と絡み合わされているので、このような状況が発生しており、職業倫理というのも、お金によって、完全に腐敗化あるいは破壊されていると言えるのではないでしょうか。

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そして、上では会社のことを書きましたが、人は会社に入る前には、たいていの場合だと、会社で人生を送るために、何らかの学業を修めようと努力しています。

あっさりと素直に書いてしまうのですが、少なくとも、現代の日本社会での、学生の方々は、主に、社会人になってからの高給を目指しているために、学校で勉強しているのではないでしょうか。

なぜならば、日本以外の社会でも多いかもしれませんが、高い学校を出たほど、社会に出てからの企業側で、高給がセットされているからです。

この、社会人になってからの高給を得たいがために、幼い頃からの勉強に励んでいる場合が、ほとんどだと思います。
なぜ、高給の方が良いかというと、解説しなくても良いかと思いますが、高給であれば、より多くの物品が手に入るので、その人間の方が、安心して、生活できるように、社会の方がセットされているからです。

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ですから、実に多くの人が、小さい頃から、本心としては嫌な勉強ばかりを強要されつつも、テレビ等に映る際には、「私は、たくさん勉強して、社会に出て、社会の役に立つ人になります」という、あの、ほとんど文面の決まったセリフが語られているのではないでしょうか。

しかし、私の書いているブログでは、カバールやイルミナティがお金を作り、それをもって、人類支配しようとしているので、お金を愛する方向に向かい、お金重視の社会に出ると、結局、カバールやイルミナティから見れば、その人達は、彼等の尖兵として使用されることがわかります。

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結局、職業倫理も、学業における純粋な向学心というのも、お金というツールを使って、目茶目茶に破壊されていると言えるでしょう。

このように、お金というツールを調べて行けば、通常、人々がタブー視している社会問題の実体を掴みやすくなるでしょう。

会社とか学業に関する、お金の問題を見てみましたが、その他の状況も考えられますので、それらについては、折に触れて、考えて見ることにします。


                                       坂本 誠

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