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2018年4月23日 (月)

三千二百四十二: 天変地異と地球上のことを考えていると(独白)

三千二百四十:イルミナティや彼等に関わる地球上のことを様々に考えていると(独白)』の続きのような段落です。

時々、いや、最近では、しばしば、天変地異が起こっているようだ。

その天変地異によって、引き起こされた人間社会での、色々な不幸事がよく報道されている。

見ようによっては(わかりやすい言葉で書いたら実感しやすいから、わかりやすい言葉で書くのだけど)、身も蓋(ふた)も無い、はっきりとして、見える事実そのものを書いてしまうと、地球や地球の造物主というのは大量殺人者と言えないだろうか。

このように書いてしまうと、ちょっと人は驚いてしまうかもしれない。

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人間社会の中で、同じ人間同士が、殺めあえば、殺人の罪にて、厳しく咎められる。

しかし、地球や地球の造物主が、引き起こす数多くの天変地異については、その行為を、大量殺人の行いとは見なせないのだろうか。
また、天変地異については、動植物にも、大きな影響を与えているので、同様の呼び方がなされたらいけないのだろうか。

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もっとも、宗教的な本を開いてみると、最近では、人間の出す公害とか、あるいは、人間同士のいがみ合いの結果により、地球が汚染されたため、「仕方なく、地球浄化のために、天変地異が起こされている」という文章も見かけやすい。

それだったら、自身の立てた目標自体に無理があったと言えないだろうか。

特に、カバールやイルミナティレプティリアンに長々と付き合わされた結果、地上に住む多くの人々が、いがみ合うようになったとしたら、そのような人種と組み合わせた側にも、大きな責任があると言えないだろうか。

仮に、そのような人種と組み合わされていなくても、外国の人々や異民族の人々との居住となると、若干、その人々の間にはいがみ合いが出てくる。

ここでも考えられるのは、あまりにも、地球や地球の造物主の編み出した課題なり目的なりには、かなりの難しさがあったと言えないだろうか。

だから、考えようによっては、彼等の目的自体が、あまりにも困難過ぎて、地上の人間に達成しにくいとあるならば、やはり、それらの天変地異の原因は、地球や地球の造物主が生み出したと言えなくもない。

だから、やたらめったら、地上の人々が悪役扱いされるのは、いかがなものかと感じてしまう。

確かに、私達には、酸素を提供してもらったり、足を踏みしめる大地があったり、適当な気温や日光等を頂けたりしているものの、もっと別の多くの視点から、別の多くの角度から、私達の住む地球について、総合的に考えないといけないのではないだろうか。

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また、他の文献に見られるように、人間達の排出する環境汚染を、浄化するために、天変地異が起きている、とも言われている。

それだと、地上の人間が、環境汚染の原因とされているわけだけど、さらに一歩進んで考えてみると、種々の人間を入れ込む側の、目的自体にも、その原因があると言えるのだから、私としては、目的の変更も、十分考慮した方が良いと思う。

そうでなければ、人間の男女間にも、よくある話のように、別れ話が起きても当然の事だろう。

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普通の会社と呼ばれるグループにも見受けられるけれど、ある仕事がさばけなかった部下がいたとしたら、その部下の仕事状況について、色々と調べられたり、意見がなされるけれど、「その部下に仕事を与えた上司の方が、より正しく、その部下の仕事能力を把握した上で、その業務を与えたか」ということが問われることが多い。

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つまり、部下の仕事能力を超えてまで、何らかの業務を上司の方が与えて、その部下が、その仕事をさばけなかったら、上司の方の責任となり、つまり、「上司の方が、その仕事が出来なかったのだ」とされる。

だから、この状況が、私達に起こっていたと思う。

また、この点から考えても、地球が天変地異を乱発しないといけない程、地球が汚染されていたとしても、やはり、その汚染の原因を作ったのは、地球の造物主側にあると言える。

だから、私の見立てでは、地球に計画があるとするならば、幾つかは成功し、また、幾つかは失敗していると思える。

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そのように考えてみた上でも、「どうしても、地球の目指す方向と同じく歩んでみたい」と願う人々も出てくると思う。
私は、もちろん、そのような人達を止めもしない。
なぜならば、彼等には、彼等なりの目的や方向性や願いがあるからだ。

しかし、同時に、彼等とは違った目的や方向性を持つ人々がいる方が自然なのだ。

人間社会のどんなグループも同じであり、ある一定期間に、何かのグループに所属して、幾ばくかの時間が経てば、そのグループ内の人々の願いや方向性が違ってくる。
だから、方向性の似通った人々はいるものの、全ての人は、少しずつ方向性とか願いとか、進むべき方向は違っている。

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それと同じように、ある一定の期間が経てば、地球に、これ以上残りたい人々との意志が違ってくる方が自然なのだ。

だから、「どうしても、地球の目指す方向と同じく歩んでみたい」と願う人々も、今現在、地球の状況を冷静に見ている人達を見て、無理にでも同じ方向に向けさせる権利は無いことだろう。


                                       坂本 誠

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