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2017年12月15日 (金)

三千二百三: 日本の人口減少を考えて

こんばんわ。

以下のニュースを見かける機会がありました。

(以下、『InDeep』様、2017/12/6記事より引用)
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●日の本の国が消えるとき : 1時間に 51人ずつ人口が減っている日本についての「存在し得ない未来」についての論文
https://indeep.jp/japan-will-vanish-in-time/

現在のペースが続くと「日本の人口は300年後に300人」になり「20年後には放棄された土地の面積がオーストリア規模」に(、、、以下、省略)

Indeep__1

Indeep__2

Indeep__3

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(引用終わり)

上のニュースを読んで、感じたことを書かせて下さい。

昨今、様々に言われています日本の人口減少に関してです。
日本の人口減少に関しては、多くの人の知っているところですから、上記記事は見出しのみを掲げます。
詳細な状態は、元記事をご参照して下さい。

上の記事中の3つの図を内に、日本地図が掲載されたものがあります。
県別に、人口の増えている県と減少している県が描かれています。

日本の内部で、「人口の増えている都道府県」というのがあるようですが、これもしっかりと洞察すれば、本当の意味で、人口増加をしていないだろう、と、言えます。
なぜならば、人口の減っている県から転出(引越)した人々が、都市部に流れているケースが多いと伺えるからです。

現在でも、そうでしょうが、過疎現象の速まっている地域などは、生活の不便さから、都会に転出している人々も多いことでしょう。

ですから、人口が横流れしているだけであり、「人口の増えている都道府県」に従来から居住している人々の間での出世率が高まっているわけではないだろう、と推測できます。

なので、実際には、日本全体での人口減少は進んでいると考えられるでしょう。

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そして、現在の人口減少のペースで行くと、300年後の日本の内部には、日本人の総人口は、約300人という数値が出ているそうです。

誰しも、確実に、未来のことはわかりませんが、私達の間には、何事にも「ペース」というものがありますので、その「ペース」を計算しますと、一つの未来の状態をはじき出すことが出来ます。

ですから、「確実に、300年後の日本の内部には、日本人の総人口は、約300人」となるかどうかはわかりませんが、その状態を、シュミレートすることができます。
しかし、一般には、「人口減少」という現象は、縁起の悪い出来事と捉えられることが、私達の間には多いようです。
「人口減少」という現象が、縁起の悪い出来事かどうかはわかりませんが、ここでは、あまり、視覚的に想像できる風景や光景は、なるべく、シュミレートしないで、主に社会システムの変遷ぶりを、シュミレートすることにします。

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まず、300年後の日本人の総人口300人の世界では、確実にお金が使用されていないことでしょう。
なぜならば、300人という人の頭数だと、どのように頑張っても、現在に見られる市場というものが成り立たないでしょう。
つまり、その世界の状態だと、一切の商売が成り立ちません。
ですから、お金というものを見かける機会があったとしても、その、お金というツールを、日本人の総人口300人の人々は使用していないことでしょう。

「あらゆる商売が無い」ということは、ちょっと考えれば、「あらゆる職業が消えている」ということにもなります。
私がパッと思いつくのは、警察官とか司法関係の人か、政治家とか、お店の主人とか、学校の先生とか、役所の公務員とか、どこかの会社員とか、あるいは、学生も一切おりません。
つまり、あらゆる学校の存在も消えています。
日本人の総人口300人だと、あらゆる、組織が成り立たないからです。
現在に見られるような、巨大なピラミッド型社会は、跡形も無く消えています。

全ての職業が消えていますので、その世界の日本人は、その日の自分にとって、必要なことを、自分で行うのみでしょう。
ある時は、農作業をして、ある時は、何らかの工業的なことをして、、、
これぐらいでしょうか。

現在の流れから想定すると、ロボットが、人間の作業を支援しているかもしれません。
しかし、日本人の総人口300人を維持するのに、大量のロボットが稼働する必要も無いでしょうから、おそらく、大量のロボットが停止しているのではないでしょうか。
当然、人間から指令を与えられる事が無いからです。

「あらゆる職業が消え、あらゆる社会組織が消えている」という状態では、その世界だと、全てのルールがありません。
「全てのルール」となると、考え付くのは、憲法、法律、地方自治体の条例、学校も存在していないから、校則もありません。
あらゆる会社も消えていますので、会社内部の就業規則も、一切ありません。

そんな世界で、どこかの誰かが、「私達、300人の間で、これそれのルールが大事だ! だから、みんなで、このルールを守ろう!」と、豪語する人もいるかもしれません。
しかし、日本人の総人口は300人ですから、その中の一人が、「そんなの、私、知らないよ」と言ってしまえば、それで終わりです。

なんとなれば、そのルールを破っても、ルールを守るべく、存在していた警察も一人もいないし、ルールを見て、何らかの判断を下していた司法関係の人々も、一人もいません。

ですから、想定された、300年後の日本人の総人口300人の世界というのは、無法地帯でもあります。

無法地帯とは言うものの、隣の家の人を尋ねるのに、非常に移動しないといけないこともわかります。
私がこの原稿を書いている、現在は、2017年の12月ですが、多くの日本人にも、隣人(隣の家の人)が大勢いることでしょう。

その、隣人を尋ねるのに、現代では、住宅に住む人でしたら、隣人までの距離は、平均して、5メートルぐらいでしょうか。
集合住宅のようなマンションだと、隣の部屋が隣人ですから、隣人までの距離は、平均して、2メートルぐらいでしょうか。
現代の過疎の進んでいる地域だと、家と家の間が離れていますから、様々なケースがあるでしょうが、平均して、10メートル以上と言えるでしょうか。

しかし、想定される、300年後の日本人の総人口300人ですから、現在の隣人までの距離とは桁が違ってくるでしょう。
おそらく、隣人までの距離は、最短でも数百キロメートルは離れているでしょう。
そのような状況ですと、例えば、音楽を演奏するのが好きな人が、所有しているエレキギターの音量をMAXにして、24時間演奏しても、誰も、文句を言ってこない世界でしょう。

そのような世界の状態で、「やれ、ルールが必要だ」あるいは「やれ、俺の言うことを聞け」と言ってくる人がいても、無視すれば、それで終わりです。

そのような世界だと、人と会うことも、非常に稀な機会であり、天文学的な数字の高さで、人と出会うことでしょう。

確かに、その時代までに発達した交通機器や、通信機器で、遠く離れた、直近の隣人と会話を交わすケースもあるかもしれません。
しかし、もし、直近の隣人と会いたくなければ、それこそ、人生の終わる、その日まで、会わずにすむでしょう。

要するに、想定される、300年後の日本人の総人口300人の世界だと、私達が現在に見ている社会システムの全ては、綺麗さっぱりと消えていることでしょう。

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上のシュミレーションには、未来社会の光景、つまり、300年前には、大都会とされた地域の様子とかの、風景については、想定しませんでした。
それについては、どうか、読者の方々が、個別に、シュミレーションを描いて下さい。

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これから、300年後には、実際にそうなるかどうかはわかりませんが、日本内部で人口減少が進んでいることは間違いがありません。

今後は、おそらくは、この人口減少を避けるような手段について、議論されることが多くなるのではないでしょうか。

私が、今までに主張しているように、日本内部の人口減少の主な理由というのは、教育費にあります。
誰しも、親になれば、その子供の10代後半か、あるいは、20代前半まで、莫大な額の教育費を使います。
多くの親としても、それは苦しいので、残念ではあるでしょうが、少子化に走らないといけないでしょう。
これが、本音でしょう。

つまり、お金が、日本の人口減少の原因だとわかります。
資本主義システムの中で、多くの人々は、「お金は素晴らしいツールだ」という言葉が取り交わされていたでしょうか。
しかし、その、お金を獲られる側の、多くの親とも言える人々は、そのお金に苦しめられているのです。

ですから、今後は、「お金は素晴らしいツールだ」という言葉を、多くの人々は交わさずに、それとは真反対の、「お金は悪のツールだ」という言葉が取り交わされるかもしれません。

なぜならば、上記のように、多くの人々を苦しめたからです。

一般に、資本主義システムの中で、「お金は素晴らしいツールだ」という言葉が取り交わされていたのですが、これも、詳細に見ると、違っていることに気が付きます。

なぜならば、その社会の内部で、様々に伝えられたことには、「私達に、お金が無ければ、みすぼらしい雰囲気となり、飢えつつも死ぬのだ」という手合いの恐怖や脅しがあったことがわかります。

つまり、「お金は素晴らしいツールだ」と言う人の背後には、「お金が無くなるのが恐ろしい」という恐怖感を打ち消す目的のために、お金を崇めていたことがわかるからです。

「お金は素晴らしいツールだ」と、そのような賛美を与えていた人の背後には、「お金が無くなるのが恐ろしい」という恐怖感や脅しがあったので、つまり、恐怖感や脅しが背後に見え隠れする、ツールが素晴らしいツールとは言えないことに気が付きます。

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以前の私の過去記事『三千百八十七:久しぶりに資本主義システムを考えて_No.2』で、「資本主義システムとは自壊システムである」ということを書きました。
この段落だけでなく、他の私の過去記事にも書いています。

この、日本の人口減少の現象を見て、読者の方々も、「資本主義システムとは自壊システムである」と、実感できると思います。

詳細に書かなくても、上記の文章を読めば、おわかりになるでしょう。

多くの日本人は、「教育熱心になれば、国が栄えるであろう」あるいは「高い学徳を治めれば、それだけのステータス・シンボルが得られるであろう」という主旨の下に、人々は教育熱心になりました。

当然、高い学徳を治めるために、高額な教育費が求められます。
その結果、多くの人々が、その、高額な教育費を払えなくなり、子供を産まなくなりました。
これが、本音でしょう。

そして、多くの人々が子供を産まなくなれば、自然と、その国の内部には、人口減少が起こります。
そして、人口減少が進めば進む程、それだけ、人がいなくなるのですから、その社会システム構造は、壊れます。

だからこそ、「資本主義システムとは自壊システムである」と、実感できるでしょう。

日本の総人口300人の世界だと、商業的な市場というものは、全く、成り立たないので、よって、資本主義システムも消失します。

しかも、このように、資本主義システムの理屈の一つである、利潤の追求、つまり、「お金を追いかける」という姿勢そのものが、巡り巡って、自分自身であるところの資本主義システムを消失させるのですから、「資本主義システムとは自壊システムである」と、言えます。

今後、日本の内部では、資本主義システムに対しての、議論が深まり、多数の意見が出てくると思います。

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私は、この資本主義システムに対しては、多くの人々に、その原因と責が、あるようには感じません。

私の方が、以前の司馬遼太郎さんの『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』を紹介した

『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html

の記事で見るように、明治時代に入って、日本に資本主義システムが導入されようとしていた時、多くの人々が、一揆、現代で言うところのデモを行っていたからです。

現代の資本主義システムを、奴隷システムとして、私達の世界に導入し続けてきたのは、カバールとかイルミナティとかイルミノイドの人々だからです。

つまり、それらの人々は、自分達が過去に行ってきたことを認めないといけないでしょう。

それなりの責というのは、彼等が取らないといけないのではないでしょうか。

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まだ、本文に付け足すことは出来ますが、ここで筆を置きたいと思います。


                                       坂本 誠

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