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2017年8月15日 (火)

三千百六十二: 廃墟を見て

こんばんわ。

最近、巷での静かなブームの一つとして廃墟見学があります。
この段落は、廃墟に関する記事です。

掲載した写真は、

Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%83%E5%A2%9F

からの引用です。

最近では、書店の棚にも、幾つもの廃墟の写真を納めた写真集も出ています。

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それらの廃墟の写真を見ると、人が近づきやすい廃墟もあるのですが、接近困難な廃墟もあり、「どうやって、写真撮影に成功したのだろう」とまで考えさせられる写真もあります。

接近困難な事情も踏まえると、廃墟探訪という行いは、現代版の冒険旅行の一つと言えるかもしれません。

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廃墟としては、古代に作られたものもあるし、現代に作られて放棄された廃墟もあります。
廃墟見学や探訪を行う人も、幾つかの理由から、その見学・探訪を行っているのでしょう。

ただ、その廃墟見学・探訪の目的に挙げられる理由の代表的なものとしては、「廃墟に訪れると、どこか厳かな(おごそかな)雰囲気に浸れるから」というものが多いかもしれません。

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廃墟が建設された当時では、その廃墟には、多くの人が使用していたものが多いのですが、現代となって、誰も使用していない巨大な廃墟が建っており、その廃墟の中に入ってみると、異様な雰囲気を感じるものです。

その異様な雰囲気は、普段、私達が住んで使用している建物の中に入っても、味わうことが出来ません。

巨大な廃墟のみが、その異様な雰囲気を作り出しています。

ですから、通常の居住空間や生活空間では得られない雰囲気を求めて、廃墟巡りをする人が多いのではないでしょうか。

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世界中にも、廃墟が多いのですが、ある廃墟などは、不思議な雰囲気を漂わせているだけですが、中には、現代文明への警鐘とも取れるメッセージ性の強い廃墟もあるようです。

前者の例だと、例えば、ヨーロッパの荒野の上で朽ちかけている石造りの城でしょうか。
そのような朽ちかけた城に夜間に訪れて、白い月の光でも浴びていれば、不思議な空間を感じることが出来るかもしれません。

後者の例だと、やはり、鉄筋コンクリートで作られたような廃墟が多いでしょうか。
その当時の人々の需要に合わせて、建設された建物でしょうけれど、その役目も短命に終わり、比較的、早期に人々の手を離れた廃墟が多いようです。

確かに、人々の需要というものは、時代によって移り変わるものですが、出来るだけ、人々の間で長い需要を満たし続けてきた建物というのは、それだけ、多くの人々の記憶に残るので、つまり、長寿を得られたことになります。

ですから、現代史の内で、廃墟となってしまった建物を見ると、どこか、強いメッセージ性を私は感じたりします。

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また、廃墟を見ると、人は現代に使用されている建物に接するのとは、全く違った雰囲気を感じることでしょう。

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例えば、現代でも使用されている建物に向かう時には、人は、どこか華々しいものを感じます。
これなどは、現代に、たった今でも生きている文化を味わうので、文化的に栄える方向の雰囲気を感じ取ります。

しかし、廃墟というのは、人が使用を止めたり、あるいは、止めつつあるので、どこか、文化の衰退性を人は感じることでしょう。

ですから、人が現代の都市の中で、使用されている建物を見る時は、つまり、「文明の表」を見るようなものですが、廃墟を見る時には、「文明の裏」を見るようなものでしょう。

この、著しく、方向性の違うものを見るので、人は、「私達、人間の文明とは何か」と言ったものを、深く感じたり考えさせるものがあると思います。

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人間の文明の表側も、裏側も見たら、次に来るのは、人間文明に対する深い懐疑かも知れません。

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                                       坂本 誠

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