« 三千百五十六: 人間の産業活動と地球環境を考えて | メイン | 三千百五十八: 土偶からわかる縄文時代の生活 »

2017年8月 4日 (金)

三千百五十七: 人間の産業活動と地球環境を考えて_No.2

三千百五十六:人間の産業活動と地球環境を考えて』の加筆分です。

前段では、「大量のコンクリートや大量のアスファルトは、熱を反射するので、地球温暖化を促進させている」と書きました。

そして、現代では、災害対策のために、河川の護岸工事とか、山肌や崖をコンクリートで固める工事とか、海岸にも護岸工事として、大量のコンクリートや大量のアスファルトが使用されているのを、私達は何気なく見かけることが出来ます。

そして、それらの大量のコンクリートや大量のアスファルトが熱を反射して、地球温暖化を促進させる結果、大量の雨を降らすので、水害を誘発します。

つまり、この一連のプロセスを総合的に見ると、「災害対策のための工事」そのものが、災害の原因となっていることがわかるでしょう。

-----------------------------

この顛末を見ると、「私達は一体何をやっているのだろう」という手合いの、「キツネにつままれた」というか、「矛盾したものを見ている」とか「あべこべのものを見ている」とか「唖然としてくる」とか「皮肉なものを見ている」という気がしてくることでしょう。

しかし、これらの人間側が進めているプロセスである、土木工事も、ストップしてしまったら、役所やその下の下請け企業などが、金銭的に儲けなくなるので、「工事をストップさせてはならない」という雰囲気になっているのでしょう。

読者の方々は、お金の問題というのを、さらにはっきりと把握できるようになると思います。

-----------------------------

また、もう一つ、言及できるのは、人間の視点です。

「人間の視点」というのは、従来から言えば、人間の等身大のものでした。

例えば、巨大土木工事が行われた後、「その工事の結果」というものは、常に人間の視点から見たものでした。

高速道路が建設された後でも、その工事の結果としては、例えば、人間の側からだったら、「移動が素早くなって便利になった」とか「騒音が増えて困った」というものでしょう。

あるいは、動物愛護家が、その高速道路の周辺の動物達の生態系が悪化したのを見て、「高速道路が地域の自然環境を悪化させた」という評価等でしょう。

これらの視点は、いわば、人間の等身大で見た結果と言えるでしょう。

しかし、人間の身体のサイズを超えた視点から、それらの工事結果を見たことは少なかったと思います。

人間が、大地に大量のコンクリートや大量のアスファルトを敷き詰めた結果、大気の温暖効果が発生するのです。
その結果が、温度上昇とか多雨とか、それに引き続く自然災害です。

人間の工事の結果とか、産業の結果と言うのは、従来、人間のみの視点から、それらのリターン結果が考慮されてきたのみでした。
しかし、今後は、人間の等身大のサイズを越えた視点から見て、人間の行った産業結果等が、「どのようなリターン結果が返って来るのか」ということが話題にされた方が良いと思います。

例えば、ある工事結果等は、多くの人間の間では、評価の高いものもあるかもしれません。
しかし、人間の身体サイズを超えた、マクロの視点から、その工事の結果を見ると、それは評価の低いものである可能性もあるわけです。

結局、行き当たるところ、「地球は人間だけの住む惑星では無い」ということが、私達に実感できてくるのではないかと思います。

-----------------------------

特に大都市に住んでいる読者の方々に、お奨めしたいのですが、最近は夏休みのシーズンでもあるので、夏休みの避暑目的の一つとして、地球環境問題の学習も兼ねて、都市郊外の田園地帯に旅行して、大都市の中心部分と田園地帯での気温の差を実感されるのも有意義なことかと思います。

20100610135907

 

田園地帯の緑の多さとか、土の多さとか、排気ガスの少なさとか、工場から排出される煤煙等が少ないことによって、田園地帯の方が気温が低いことが知られています。

田園地帯で避暑をされた後、大都市に帰ってくると、その差分を、しっかりと感じることが出来るでしょう。
ですから、私が前段から書いている、環境問題とか、人間の経済問題についての総合的な視点を、より養うことが出来るのようになるのではないかと思います。


                                       坂本 誠

Powered by Six Apart
フォトアルバム