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2017年6月26日 (月)

三千百三十六: 地球のコンセプトを考えて(独白)

「あっさり、さばさばと、自分の内心に思っていることを語る方が、色々と心残りが無くて良いだろう」と常日頃、考えている。

さばさばと語る方が、欲求不満がたまらずに済むのではないだろうか。

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筆の流れがおもむいた時に、イルミナティとかカバールとかレプティリアンとかアヌンナキのことについて、時々、書いている。

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主に、私の視点から見た、イルミナティとかカバールとかレプティリアンとかアヌンナキのことについて書いている。

それは同時に、「私の視点から見た」ではなく、「私達の視点から見た」と書き直せるかもしれない。

時々、私は地球の造物主がいると仮定して、その「地球の造物主の視点から見た」彼等について考えてしまう。

この段落では、その視点から書いてみようと思う。

具体的に書くと、「もし、私が地球の造物主だったら、彼等をどうしただろうか?」というものだ。

これは、読者の皆さんも、「もし、私が地球の造物主だったら、、、」という仮定で考えることは、あまり、無いかもしれないから。

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もし、私(坂本)が地球の造物主だったら、やはり、彼等を地球に入れなかったと率直に思う。

私が聞いた話だと、地球という星は、様々な動物がいて、様々な人種や民族がいるけれど、これは意図的に行われていると聞いた事がある。

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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当初、銀河系の進化と成長を促す集合意識体が計画していたのは、地球を天の川銀河の情報センターとして活用することでした。

ですので、こぞってそれぞれの星系におけるDNAパターンを組み込んで、テラガイア星の生命種に着床させたのです。

そしてその管理を任せるための生命種として、ヒューマノイド型の「ホモ・サピエンス種」を創造しました。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

なぜならば、そのような、様々な動物・植物・人種・民族を一堂に集めた空間が意図的に作られても良いのだから。

だから、このコンセプトから行けば、様々な人種や民族を集めないといけないので、俗に言う「不良人種」とでも言うべき人種や人々をも、この地球に入れておかないと、「一堂に集める」というコンセプトが実現できない。

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しかし、そのコンセプトを実現させた結果、イルミナティ等の問題人種とされている人々を、多くの人々と接触させてしまうことになる。

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そして、その結果、地球の多くの人々が、彼等の人類支配の思想に、汚染されるかもしれない。

そして、現実には、地球の多くの人々が、彼等の人類支配の思想に、汚染されたのが実情ではないだろうか。

つまり、イルミナティ等の問題人種と多くの人々を接触させようとすると、生まれる前から、「私は精神病院の医者か専門スタッフ並みの人生を通すことを、間違いなく、やり通します」と言う程の、強靭な人間が、地球上に数多く、生まれる必要があったかと思う。

しかし、現実には、生きている人はそうだろうけど、「私は、イルミナティ等の問題人種を更生させるべく、地上に生まれ落ちた、言わば、精神科の医者です」と、声高に述べる人は、まず、いないと思う。

だからこそ、結果的に、地球上のほとんどの地域で、イルミナティ等の問題人種の制度を受け入れたり、あるいは、彼等の思想に知らず知らずの内に洗脳されたり、あるいは、自らイルミノイドになってしまった人々も多いのではないだろうか。

こうなってくると、結局、「様々な人種や民族を一堂に集める」という、この、当初のコンセプトが、あまりにも難しく、実現不可能だったと言えるかと私は考える。

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確かに、地球の造物主という存在ならば、「自分ならば出来る」という自信があったかもしれない。

しかし、この場合、実行するのは、地球の造物主ではなく、地上に降りた人々、つまり、イルミナティ等の人種ではない、他の人々であった。

だから、イルミナティ等の人種ではない、他の人々は、イルミナティ等を更生させるような役割でも課せられて、この地上に生誕したのかもしれない。

しかし、私達は地球の造物主ではないのであり、彼のようなちからを持たないのだから、イルミナティ等を更生させるのは、ほぼ、不可能だったのではないだろうか。

現実的に、結果的に、イルミナティとかカバールとかレプティリアンとかアヌンナキの思想や制度が蔓延したのだから。

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私が正直に思うに、冒頭のコンセプトと言うのは、これはまだ実行時期に尚早であり、実行してはいけなかったかと思われる。

私が聞いたり読んだりしたところでの、レプティリアンが地球にやって来た時期と言うのは、以下のものである。

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。
そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

この文献を見るに、レプティリアンが地球にやって来た時期というのは、少なくとも、31万2000年前だ。

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この間、ずっと、地球上に、レプティリアンの目には見えない侵略行為が、私達に継続的に与えられ続けてきたことになる。

もし、本当に、「これは良くないことで、すぐにやめさせた方が良い」と、地球の造物主が考えたら、それは彼のちからで実行できたのではないだろうか。

にもかかわらず、「31万2000年間の長きに渡り、彼等の侵略行為が知らず知らずの内に許されてきた」というのは、他ならぬ、「様々な人種や民族を一堂に集める」の、当初のコンセプトがあるために、わざと許されて来たのではないだろうか。

その間、私達は、当初のコンセプト実現のために、「イルミナティ等の人種を説得して、更生させる」という役目を課せられていたのではないだろうか。

しかし、その期待は、徒労に終わったように私は感じてしまう。

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以前、どこかの段落で私が書いたことなのだけど、私達の自由意思について書いた事があった。

大宇宙を作ったような、神とも呼べるような存在が、私達一人一人に自由意思を与えてくれた(らしい)。

だから、私達一人一人は、現在、誰でも自由意思を持っている。

しかし、その、様々な自由意思があるのだけど、以下の自由意思を発現することも出来る。

それは、ある人が、彼の自由意思を持っているのだが、その自由意思とは、彼以外の他の人々を支配(つまり、彼以外の周囲の人々の自由意思を奪おうとする自由意思)を実行しようとしている、というものである。

神が全ての存在に自由意思を与えたのだけど、ある個体が、「周囲の存在達の自由意思を奪おう」という自由意思を持って、実行できる、ということは、これは矛盾の結果が訪れる。

自由意思の発現ケースが、他の存在の自由意思発現を禁止・削除しようとしているのだ。

これは大きな矛盾と言うことになる。

(だから、対立が起きても不思議ではなかったことだろう。)

だから、この「他者の支配実行」というケースの自由意思発現は、私達の世界に、非常に大きな混乱をもたらすことが予想出来る。

矛盾しており、それを頭の中で考えるだけでなく、実行しようと言うのだから。

つまり、神という存在がいるかどうかは知らないけれど、いると仮定すれば、その存在も全知全能では無く、また、当然、完全無欠のものでは無かったということが私達にわかる。

矛盾を作ったのだから。

そして、その「他者を支配しよう」という行動を、イルミナティやレプティリアン等の人種が実行しかけており、さて、そのターゲットと言うのは、他ならぬ私達である。

ここから考えても、あまりにも大き過ぎる期待を、地上に住む私達一人一人に課せられはしなかっただろうか。

(少なくとも、イルミナティやレプティリアンに関する多くの情報を、多くの人々が熟知している状態でないと、簡単に、彼等に呑まれてしまうかと思う。)

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確かに、このような、大きな課題をどこかで実行する自由はあるのかもしれないけれど、私達の住む世界である地球の上では、あまりにも準備不足・時期尚早の段階だったと私は感じてしまう。

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もっとも、他の人の意見は違っているかもしれないが、私個人の意見としては、そうなのだ。

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確かに、私と違う意見の人々は、それなりの実行をしても良いとは思うのだけど、これまでの過去の状態とか、コンセプトの方針を考えてみても、「どこか、地球以外の星に行って、そこで自分なりの幸福な生活を追求してみたい」と願う人々も、多々、出てくるのではないだろうか。

だからこそ、多くの人々も、どこかでちらりと見かけるUFOの話題とかが、現在、私達の世界に出て来ているのではないだろうか。

きっと、UFOの中には、他の星の住人達が搭乗していることだろう。

だから、地球以外の他の星でさえも、居住可能だろう。

「UFOらしき飛行物体が、空を飛んでいるらしい」という情報は、つまり、「他の星でも、暮らせますよ」という、UFOの中の宇宙人のメッセージではなかろうか。

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確かに、私達は地球に住んで、暮らして、酸素をもらって、陽の光も浴びさせてもらい、足を踏みしめる大地をもくださっている。

それらは非常に感謝すべきことだとわかるけれど、今までのいきさつを、じっくりと考慮すれば、「他の星でも暮らしてみたい」という願いが出て来ても自然なのではないだろうか。

仮に、その願いを実行するにしても、今まで暮らし慣れてきた地球に対しては感謝の念を持ち、もちろん、恨みの念は無く、後腐れなく、地球を旅立つべきだろうけれど。

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色んな存在が、「地球に住んでみたい」と以前は考えていたかもしれない。

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また、そのような同意もあったかもしれない。

しかし、総合的に様々な事柄を考慮してみると、今現在となっては、その同意を保つことも難しい存在達も多いのではないだろうか。

地球の造物主にしても、「地球に住んでほしい」という同意を、そのまま他の存在達から得続けることも、難しいことだと私は感じるのだけど。

もっとも、様々な存在がいるから、その存在達が個々に、どのように思うかも自由だし、彼等が、どのように考えているかは、私は知らないけれど。

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いずれにしても、もし、読者の方が、仮に地球の造物主だと仮定しても、今までに挙げてきた様々なことを考慮すれば、「当初のコンセプトの改善」とか「当初のコンセプトの変更」等の、再考を必要とするのではないだろうか。

読者の方も、ひょっとしたら、「どこかの星の造物主」という運命を、宇宙のどこかで、いつかは享受する機会もあるかもしれないのだから。

また、私が冒頭で書いた意見「もし、私が地球の造物主だったら、やはり、彼等を地球に入れなかった方が良かった」という意見も、説得力があるものとはならないだろうか。


                                       坂本 誠

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