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2017年6月

2017年6月23日 (金)

三千百三十四: 教育困難校の問題を考えて(独白)

自分のブログのカテゴリーの中で『学び・教育』に関するものは、以前までは、あまり書かなかった。

しかし、いざ、書いてみると、「2段目」「3段目」という感じで続編が出てくる。

『学び・教育』に関係する、一つの単語を連ねてみると、その単語から、何か、他の連想が出来る。

その連想も、『学び・教育』に関係するのだから、カテゴリーの『学び・教育』に関する記事が増えてくるのに気が付く。

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例えば、『三千百三十一: 学校の宿題について』で、3パターンの先生について以下のように書いている。

P6210182

 

「その、数多くの学校の先生の中には、本当に、子供達と一緒にいることを幸福に感じている先生方もおられることでしょう。また、ある学校の先生だと、単に、自分の生活の糧のための道具だと見なしているかもしれません。また、他の、ある学校の先生だと、何らかの強い使命感に駆られている方もおられるかもしれません。」

上記の自分の文章から、昨今の教育現場の先生について自然に考えていた。

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報道で流れていたのだけど、現在の教育現場には「教育困難校」と呼ばれる学校があるそうだ。

その手の学校は、現在、日本には多いらしい。

「教育困難校」の概略を以下に書いてみる。
その学校の生徒達は、現在の日本の教育体制に反対しているらしい。
ただし、そのような学校が義務教育の下にあるのか、それとも、義務教育で無い高校以上の教育システムなのかは、その記事では報道されていなかったと記憶している。

(もっとも、私は、その記事を斜め読みしただけであり、いつものように、その記事をコピーして、それらの記事をペーストして、一つに集めている、自分用のファイルに収めたわけでは無かったので、今回は、その記事を直接引用していない。)

「教育困難校」の生徒達は、現在の日本の教育システムに反対しているらしいので、当然、その反対行動が、教壇に立っている教師達に向けられている。

その結果、はた目から見ると、生徒達による教師いじめとも呼べる現象が起きているらしい。
その教師いじめの被害の結果、そのターゲットとされた教師達が、「明日にも辞表を出そうか」と、悩んでいるシーンが報道されていた。

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現在の教育システムの根幹の問題が現れていると私は考える。

P6210183

 

報道から考えるに、「教育困難校」と「教育困難校ではない学校」の2種類があることがわかる。

様々な理由があるのだろうけれど、「教育困難校」の生徒達にとっては、現在の教育システムに対する需要が無いことがわかる。

「教育困難校ではない学校」の生徒達は、大人しく先生の行っている授業内容を受け取っていることがわかる。

だから、これも様々な理由があるのだろうけれど、少なくとも、「教育困難校ではない学校」の生徒達にとっては、現在の教育システムに対しての、何らかの需要があることがわかる。

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昨今の私のブログ記事を読み返しても、わかるのだけど、義務教育に問題があると思う。

義務教育とは、言い換えてみると、強制教育となる。

学校の授業内容を受け取りたい人々(生徒達)も、いるだろうけれど、その内容を受け取りたくない人々がいても不思議では無いからだ。

「どうして、学校の授業内容を受け取りたくないのか?」という疑問については、数多くの人々(生徒達)がいるので、理由も様々だろうから、一つ一つ挙げにくい。
しかし、この記事が長くならなければ、少しだけ考慮して、幾つかを挙げてみたい。
あるいは、段落を変えて、書いてみるかもしれない。

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以前から書いているように、江戸時代までは、日本には現在に見られる義務教育制度が存在しなかった。

P6210194

 

教育機関とか教育システムと呼ばれているものは、その時代では、寺子屋とか藩校(はんこう)と呼ばれるものだった。
あるいは、私的な教育機関は塾と呼ばれた。

もちろん、それらの教育機関に訪れて、その門をくぐるかどうかは、人々(生徒達)の自由だった。

学びたくない人がいれば、それらの教育機関に入らなければ良い。
つまり、人々(生徒達)には、本当の意味での学問の自由が許されていた。

学問を学びたい人は学べば良いし、学びたくなければ、何も学ばなくても良い。

だから、江戸時代以前の教育システムだと、それらの教育機関の内部には、冒頭に挙げた「教育困難校内部の問題」というのは、一切、存在しなかったことだろう。

もし、仮に、それらの教育機関の内部の門下生達が、自分の学んでいる教育機関に不満があれば、辞めれば良いのだし、あるいは、最初から、そのような教育機関の門をくぐっていなかっただろう。

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だから、昨今から続いている、私のブログのカテゴリーでの『学び・教育』のジャンルを読み返してもわかるのだけど、現代社会でも、実質上、義務教育というのは、存在していないと考える。

なぜならば、義務教育というのは、言い換えれば、強制教育であり、全ての生徒達に一定の学問知識を付けさせようとしているものである。

全ての人々が、学校教育の内容を好きになるだろうか?(いや、ならないだろう)

日本には、現在でも1億人以上の人がいる。
その、1億人以上の日本人の全てが全て、学校で教えている教育内容物を好きになるだろうか?(いや、ならないだろう)

むしろ、それを期待する方が無理な話だろう。

結局、学校で教えている内容物が嫌いに感じる人々も多く出てくる事だろう。
そして、その結果、それらの人々にとっては、現在の教育システムに対する需要が無いことがわかる。

しかし、それにもかかわらず、「これは義務教育だから」と言って、無理矢理に教壇上の先生が、それらの需要を持たない人々(生徒達)に、無理矢理、学を授けようとしているので、それらの人々は、その学を拒否しようとしているのだろう。

それらの人々にとって、「現代教育に対する需要は無い」となった理由については、様々な人々がいるので、個々の理由までは、個別に考慮してまで、この段落では挙げにくいのだけど。

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つまり、大まかに考えると、現在に見られる「教育困難校の問題」というのは、日本人全員に出された義務教育を命ずる、あのルール(憲法)が発端となっていることがわかる。

P6210174

 

いくら、ルールを持ち出してまで、多くの人々の身体とか行動を縛ったとしても、その人々の本心までを拘束することは出来ない。

これは、どんなルールや規則でさえも、そうなのだ。

あらゆる、ルール、規則、法律、憲法、その他の何かの規則にしても、多くの人々の身体とか行動を縛ることは出来るかもしれないけれど、人の本心までを拘束することは出来ないのだ。
絶対に。

いかにも、義務教育の下だと、その教育困難校の人々にまでも学を授けないといけないように見える。
しかし、彼等の本心までも、義務教育という名の規則で拘束することは出来ない。
だから、その、彼等の本心が、教壇上の教師達が伝えようとしている学の内容を拒否していることがわかる。

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見かけ上は、義務教育制度の結果、全ての人々(生徒達)に、学を教え込むことが出来るかもしれない。

しかし、実質上である、生徒達の本心を見るに、教壇上の教師達の供給と、それを受ける筈の生徒達の需要が無いことがわかる。

つまり、これは、人の本心の上では、供給の精神と需要の精神がマッチしていないことがわかる。

供給と需要の問題と言うのは、ここで挙げている教育困難校の現場では無くても良い。
供給の精神と需要の精神がマッチしていない場所だと、何らかの供給物を持って来ようとしても、現地の人々がそれを欲しなければ、「そんなものは要らないから、持って来ないでくれ」となり、トラブルが起きる。
それと同じ話だ。

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結局、この手のトラブルを、教師の側が避けようとするならば、需要のある場所に行って、自分の提供したい物を提供すれば、トラブルを回避できることがわかる。

この手の需要のある場所を考えると、当然、「この手の勉強を面白いと思うので、学んでみたいと思います」と言っている生徒達が多くいる場所に行って、供給物の頒布を行えば良いことがわかる。

なぜならば、そのような場所だと、需要と供給がマッチしているのだから。

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結局、教師の側の本心や生徒側の本心までも考えると、現代の教育システムも、江戸時代以前の教育システムと同じ事だとわかる。

P6210196

 

確かに、見かけ上は、義務教育制度の導入によって、全ての日本人に一定の教育知識を授けられるようになったように見える。

しかし、それを受け取る側の人々(生徒達)の本心までは、どんなルールを持って来ても拘束できないのだから、人々(生徒達)の本心の現れるままに、学を授けようとしている側は、その学問知識を拒否するのである。

これが、現代の「教育困難校の問題の原因の一つ」と言えるだろう(他にも幾つかのパターンが、どうしても絡んでくるので、ここでは「教育困難校の問題の原因の一つ」という表現をしておいた方が良い)。

しかし、教育困難校ではない生徒達ならば、教師達の授けようとしている学問知識を受け取ろうとしていることがわかる。

だから、明治時代に入って、見かけ上は義務教育制度の導入をされたけど、実質上は、現代でも、江戸時代と同じ教育システムの下に、多くの人々は留まっていると言えるだろう。

だから、実質上で考えれば、現代の教育制度の下での、教師達の要員数の需要が低くなることがわかる。
(ある人にとっては残念で、悲しく感じることかも知れないけれど。)

実質上の、つまり、人々の本心から判断された、需要のある、教師達の実際の要員数というのは、私はわからない。

これは、ひとえに、「日本人の何人が、現代の日本の教育制度・システム・機関を気に入っているか?」という問題となるのだから。

この手のアンケートが実施され、そして、その結果が公表されたかどうかを、私は知らないのだから。

だから、実質上の、現代の教育制度の下での、教師達の要員数の正確な需要具合を、私はわからない。

(仮に、この手のアンケートが実施されても、公表の際に、アンケート結果を故意に操作され、その結果を公表される可能性もあるのだから、あまり、そのアンケート結果も信用できないかと感じられる。)

結局、日本の教育制度は、現在、多くの日本人に愛されていないかと、私は思う。

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以下のように言ってくる人もいるかもしれない。

  「そんなこと言ったって、義務教育制度は、決まり(ルール)だから、考えても仕方ないんですよ」

と。

「決まりだから、仕方ない」と言う人は、ある意味、思考をストップさせやすい。

P6210193

 

なぜならば、「決まり」というのは盤石に固められたものでは無いのだから。

何らかの決まり(ルール)というのは、人の間で設定されたものだけど、その決まりをセットした段階で、人々の間で、その決まりを作り上げる必要があったから、その決まりが作られた。

つまり、「決まり」よりも大事なポイントは、その決まりを作った人々の間での、その決まりを作るだけの何らかの理由の方だった、とわかる。

人々の社会は常に流動的であり、ある一定の年数が経てば、その社会の中で、その決まりを支えていただけの理由が消失する時がやって来る。

つまり、その決まりを支えている理由が消失すれば、その決まりには意味が無くなる。
だから、その決まりをも撤廃する必要が出てくる。

つまり、「決まり(ルール)」よりも大事なのは、その決まりを生み出して、かつ、支えている「理由」だということが私達にわかる。

ある決まりを作ったり、撤廃する際には、その決まりを支えている「理由」が妥当かどうかを論じることこそが、決まりを超えて、本当に大事な事だとわかる。

だから、「決まりだから、仕方ない」と言う人は、ある意味、思考をストップさせやすい。
その決まりが必要だっただけの「理由」に踏み込んでまでの、議論を避けようとするのだから。

P6210195

 

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上の事もふまえつつ、義務教育制度が現代の私達の本心から見て、本当に必要かどうかを議論した方が良いと思う。

「現代のような義務教育制度が必要だった」という理由を考えてみても、以前の段落『三千百二十七:学校のいじめ問題を考えて』で同様の事を書いたのだけど、「世界各国の学校を対象として、同一のテストを実施しているので、これらの競争を実施している、世界各国を仮想敵国と見なして、それらの競争に勝っていきましょう」というものではないだろうか。

この段落では、書き込めなかったのだけど、「勉強が好きだ」と主張している生徒の側にしても、「将来の自分の仕事のため(自分の金のため)にやっているのであって、本心では、あまり勉強を好きでない」と、考えている人も多いかもしれない。
これについての考察等は、機会があれば他の段落で書いてみたい。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千百三十三: 学校の宿題について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/_no2-4ff2.html

『三千百三十一:学校の宿題について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-0afd.html

『三千百二十七:学校のいじめ問題を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-9943.html


                                       坂本 誠

2017年6月22日 (木)

三千百三十三: 学校の宿題について_No.2

三千百三十一:学校の宿題について』の2段目です。

前段では、「■学校の先生は生徒達を放課後にも監督・拘束できるのだろうか」という、疑問の下に、「学校の先生が宿題を生徒達に与えるということは、生徒達の放課後の時間を拘束していることになる。しかし、学校の先生は、生徒達の放課後のプライベートな時間を拘束できる権利は無い。だから、学校の先生は、生徒達に宿題を与えることは出来ないだろう」という話題を書きました。

P6210185

 

その前段洛中で、私は宿題の歴史というものに興味を抱きました。
宿題の歴史に限らず、何らかの歴史を紐解いていくと、疑問が解明したり、あるいは、さらに疑問が深まるケースがあるからです。

そして、私の時間のある時に、「宿題の歴史」というものを調べていました。

前段中に、「私は、かなり意外な調査結果を得られるかもしれません」と書きました。

やはり、現時点でも、意外な調査結果を得られています。

その「意外な調査結果」というのを、簡単に説明しますと、「宿題の歴史について、そのデータが、非常に少ない、あるいは、ほとんど無い」となります。

かろうじて、私が手に入れた、「宿題の歴史」というものを以下に引用しておきます。

(Wikipediaより抜粋引用)
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●宿題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%BF%E9%A1%8C

歴史

宿題という言葉の初出は1801年(享和元年)大田南畝による山内尚助宛大田南畝書簡(4月19日付け)である。
「御詩会いかが。宿題御定め候はば一月一次づつにて豚児へ御談じ御極め可被成候」

内閣府の調査では、ネット利用の小学生の内、7割が宿題の答えをネットで調べると回答した[要出典]。
また、後述にもあるが、近年では宿題代行サービスも広まっている。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

江戸時代の後期である1801年に、大田南畝という人の手紙の中に、初めて「宿題」という単語が出ているとあります。

P6210190

 

これだけでは、ほとんど、宿題の歴史について、私達は学ぶことが出来ません。

上記のデータで、「宿題」という単語が初出しているそうです。
しかし、この時代の「宿題」の意味と、現代の小学校や中学校で生徒達に出されている「宿題」の意味が同一かどうかもわかりません。

この「大田南畝」という人の使った「宿題」の意味が、時代を経るにつれて、その意味を転用されたり、あるいは、別の意味を持たされて、現在の私達の小学校や中学校で見られる「宿題」の単語の意味になったかもしれないからです。
要するに、「大田南畝」という人の使った「宿題」の意味と、現代の学校で使われている「宿題」の意味には違いがあるかもしれません。

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しかし、ここでは、上記のデータ中で見る限りの「宿題」という単語の意味を推理してみましょう。

御詩会いかが」という一文が見えます。
つまり、「大田南畝」さんと「山内尚助」さんは、何かの詩の会に入っているのでしょうか。
「詩の会」ですから、趣味の世界でしょうね。
その趣味の分野を高めるために、自宅で、「詩の技術を高めよう。そのために、何らかの詩作をしたり、あるいは、何かの詩を読もう」という感じでしょうか。

現時点で、私が手に入れた「宿題の歴史」というのはこれだけです。

P6210199

 

私が「宿題の歴史」というものを紐解いて、調べたかった内容は上記のようなものではありません。

少なくとも、現代の義務教育制度の中での、教育者とされている人々が、

  「宿題とは、これは学校の先生達が、生徒達に与えて良いものだろうか? なぜならば、学校の先生達は、生徒達の放課後のプライベート・タイムを拘束する権利は無いのだから」

という手合いの議論が持たれ、有識者達の間で、その疑問を主題とした、議論が行われただろうか? という手合いの「宿題の歴史」を読んでみたいのです。

ところが、その手合いの「宿題の歴史」が見当たりません。

役所の中で、その手の議論が交わされたかどうかも、私の調べる限りには無いように見えます。

「これは、問題ではないだろうか?」という疑問を持っています。

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それとも、この「宿題の歴史」というのは、意図的に隠蔽でもされているのでしょうか。

あるいは、以下のように考える人がいたのでしょうか。

  「学校の先生達は、生徒達の放課後のプライベート・タイムを拘束する権利は無いのだが、暗黙の公認事項として、全ての学校で宿題が出されている。だから、疑問を持つ人が出ても、このまま黙っておけば、誰も、その不思議に気が付くことは無いだろう」

と。

と、そのような人が教育者の上層部にいて、それを実行し続けている、とか。

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いずれにしても、「学校の生徒達の方は、宿題を断ることが出来る」となるでしょう。

理由の一つとしては、私が前段から書いている内容もありますが、二つ目の理由として以下に挙げるものもあります。

その二つ目の理由とは、上に紹介したWikipediaの文中にあります。

(Wikipediaより抜粋引用)
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●宿題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%BF%E9%A1%8C

宿題(しゅくだい)は、学校等において、教師が児童・生徒・学生に課する自己学習の課題のこと。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

上記引用文を読むと、「宿題とは自己学習である」となります。

つまり、自己学習ですから、宿題のある筈の生徒達の方が、その学習を実施するかどうかの権限を持っています。
自己学習ですから。
なので、生徒達自身方で、「今は別件で忙しいので、この自己学習(宿題)をしない」と決めることも出来ます。
自己の裁断にかかっているのですから。

P6210192

 

ですから、ある生徒が学校の勉強以外の何かに忙しかったら、自分の判断で、その学習をするかどうかを決めることが出来ます。
つまり、学校の先生のような他者から、「あなたは、このドリルを終えなさい」という感じで、言ってきたら、その学習内容は「自己学習」という形にはなりません。

そのドリルは、「他者の強制の下における、強制学習の内容物」という形になります。

ところが、学校の先生達は放課後の生徒達のプライベート・タイムを拘束する権利は無いので、生徒達の放課後のプライベート・タイムに、何らかの強制をすることは出来ません。

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私の方で、時間の余裕のある時に、思い出したように、「宿題の歴史」を調べるかもしれません。
しかし、「これ以上、調べても、私にとって、有意義な意味のある「宿題の歴史」のデータを手に入れることは出来ないのではないのか?」と予想しています。

「この『宿題の歴史』と題せるものが、私達の歴史の中に、ほとんど存在していない」という事実を見るにあたって、この段落を読まれている読者の方々も、かなり驚いた方もおられるかもしれません。

一体、学校の中で、よく見受けられる宿題という制度は、いつ、誰が、どのようにして、また、誰が認めて、現代の学校システムの内部で作り上げてきたのでしょうか?

皆目見当もつかない話であり、また、どこか、雲を掴むような話であるので、ちょっと薄気味の悪い話題となりました。

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参考的な文献としては、以下のものもありましたので、URLをご紹介するだけに留めておきます。

時間的に都合のある方は、目を通して見るのも良いかと思います。

(宿題 - アンサイクロペディア)
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●宿題
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E5%AE%BF%E9%A1%8C
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(引用終わり)


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千百三十一:学校の宿題について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-0afd.html

『三千百二十七:学校のいじめ問題を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-9943.html

                                       坂本 誠

三千百三十二: News_No.617

こんばんわ。

私の気になりました幾つかのニュースをご紹介させてください。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2017/5/18記事より引用)
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●ナッツ摂取でガンの再発と死亡率が大きく低下、米研究
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170518-00000060-reut-int

ロイター 5/18(木) 14:36配信

[シカゴ 17日 ロイター]
米国の研究チームが、週に57グラム以上のナッツを食べた結腸ガン経験者の再発率とガンによる死亡率が、食べなかった人よりはるかに低いとの研究結果を発表した。
この量は、アーモンドなら48粒、カシューナッツなら36粒の量となる。

研究は、ボストンのダナ・ハーバー・ガン研究所の博士らが実施。
ステージ3(リンパ節まで拡散した段階)の結腸ガン患者826人に食事に関する質問に答えてもらった。
全員が手術と化学療法を受けていたという。

その結果、回答者の19%が週に57グラム以上のナッツを食べており、その全員が、食べていなかった人に比べて再発率が42%、死亡率は57%低かった。
ナッツには、マメ科のピーナツとピーナツバターは含まれない。

今回の研究は、ナッツの摂取が、ガン再発やがん死亡につながるとされる肥満や糖尿病の予防になることがすでに分かっているのを踏まえて行われた。
同研究所は、ほかのステージのガンについてもナッツ摂取が好ましい影響をもたらすかどうかさらに研究する必要があるとしている。
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(引用終わり)


(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2017/6/4記事より引用)
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●内閣府が算出した「最悪のシナリオ」これが33年後の現実だ! 「人口8000万人」の日本で起きること
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170604-00051836-gendaibiz-soci&pos=3
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170604-00051836-gendaibiz-soci&p=2
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170604-00051836-gendaibiz-soci&p=3
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170604-00051836-gendaibiz-soci&p=4
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170604-00051836-gendaibiz-soci&p=5

6/4(日) 11:01配信 現代ビジネス

団地はもとより高級マンションもガラガラ。
下水道、道路は壊れたまま。
所得税だけで50%。
救急車、パトカーを呼んでもすぐ来ない。
年金は78歳から スナック、バー、レストランは半分潰れる。
大学と予備校も次々潰れる。
多くの先生が職を失うーー。
内閣府が算出した「最悪のシナリオ」これが33年後の現実だ! 「人口8000万人」の日本で起きること

街がまるごと死んでいく

(、、、以下、省略)
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(引用終わり)


(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2017/6/5記事より引用)
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●「数年以内に、レジ打ちという仕事がなくなる」赤羽雄二氏に聞く
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170605-00005815-besttimes-soci

6/5(月) 8:00配信 BEST TIMES

マッキンゼーで14年間活躍し、現在も国内、国外の大手企業、ベンチャー企業で経営戦略の立案や実行支援、新事業立ち上げなど多数のプロジェクトをリードしているブレークスルーパートナーズ株式会社・マネージングディレクターの赤羽雄二さん。
『3年後に結果を出す 最速成長』(KKベストセラーズ)を刊行するのに併せて、最先端のコンサルタントの世界から見た、これからの10年と対応策について訊いてみた。

運転、機械操作、倉庫作業、レジ打ちなどの肉体労働の大半がなくなる

──AIや自動車の自動運転、ブロックチェーンなど、ものすごい勢いでテクノロジーが進化し、一方でほとんどの仕事がなくなるのではないかということも言われています。
具体的なイメージを教えてください。

「これからの10年、運転、機械操作、倉庫作業、レジ打ちなどの肉体労働の大半がなくなっていきます。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)


(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2017/6/12記事より引用)
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●愛知・蒲郡市議会が小学生の傍聴拒否 議長が認めず
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170612-00000059-asahi-soci

6/12(月) 18:43配信 朝日新聞デジタル

愛知県蒲郡市議会が12日、傍聴に訪れた小学生10人が議場の傍聴席に入ることを認めなかった。
市議会の規則で「児童や乳幼児は傍聴席に入れない」となっているためという。
付き添っていた母親の一人は「日頃、『市民に開かれた議会』と言っているのに残念だ」と話した。

傍聴しようとしたのは市立三谷東小学校の1~6年生。
午前11時半ごろに8人が、午後1時ごろに2人が、計3人の保護者と一緒に議会事務局で手続きをしようとした。
だが、議会事務局職員から「傍聴できない」と説明され、市役所1階にあるテレビで議会の様子を見た。
三谷東小はこの日、振り替え休日だった。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)


(以下、『スプートニク』、2017/6/3記事より引用)
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●NSA元職員、02年度冬季五輪での大量監視を語る
https://jp.sputniknews.com/incidents/201706033710948/

米国家安全保障局(NSA)の元職員トマス・ドレイク氏は、NSAがソルトレイクシティで開催された02年度冬季五輪に向けて電子全体監視手段を開発していたと述べた。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)


(以下、『日本や世界や宇宙の動向』様、2017/5/26記事より引用)
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●世界中の偽旗テロ事件はこのようにして準備されています。
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52008482.html

(邦訳、『日本や世界や宇宙の動向』様)

http://investmentwatchblog.com/false-flag-filmed-ready-for-release-london/
(概要)
5月25日付け

False Flag Filmed, Ready For Release: London
https://www.youtube.com/watch?v=SXj2Q_HwIks



イギリス、マンチェスターで起きた偽旗テロ事件の準備状況をお見せします。

彼等は事前に偽旗テロ事件の演技と撮影を行います。

米一般調達局は、SERCO社(英アウトソーシング会社)にお金を支払いクライシスアクターを探してもらっています。
そしてSERCO社は世界中の再委託業者からクライシスアクターを派遣してもらっています。
また、爆竹などを使って爆弾テロに見せかけ、クライシスアクターを犠牲者に仕立てあげながら偽旗事件の映像を事前に撮影します。

偽旗事件の(現場づくりの)準備が完了するとその映像をニュースで報道します。
事件現場は学校、空港、モールなどにしておきます。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、上記記事に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千六百八十八:私の見かけたビデオ_No.67』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/_no67-29ed.html
https://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



1:28:34
(当ビデオの1時間28分34秒目辺りから)

(上記ビデオより抜粋引用)
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●デービッド・アイク

社会を変えたいのですが、あからさまだと拒絶反応が起きるので、こっそりやるわけです。
問題、反応、解決の手順で行きます。

第1段階。
問題を作り出す。

爆弾テロでも、9.11でも、取り付け騒ぎでも、株式市場の大暴落でも、政府の崩壊でも良いのですが、誰のせいでこうなったのか、なぜ起きたのか、自説を他人に語ります。

ここで、行動をちゃんと行うメディアが存在すると、問題、対応、解決の手順は失敗します。

しかし、主流メディアは、事件の公式見解を伝える広報室となるのです。

(、、、中略、、、)

この事件に関する、大衆の唯一の情報源は主流メディアとなります。

問題、反応、解決の第2段階は、激しい怒りと非常に大事な恐怖の反応を起こします。

そして、大衆が政府に訴えることを期待します。
「なんとかしなければ、このままではダメだ。どうするつもりなのか。」

そこで第3段階。
嘘の話に対する大衆の反応を収集して、自ら作り出した問題の解決法を正々堂々と提案します。

●キャスター(フォスター・ギャンブル):
悲劇的事件をでっち上げたり、利用するという発想は、彼等が目標達成のために、どこまでやるつもりか、を理解する上で非常に重要なものでした。

アメリカが偽りの口実で、ベトナム戦争に介入したのは、裏付けのある事実です。
ロバート・マクナマラ元国防長官は、トンキン湾での、軍艦攻撃は実際には無かったことを認めています。

■ロバート・マクナマラ:
「あの日、攻撃されたという判断は誤りで、攻撃は無かったのです。」

●キャスター:
最近では、ブッシュ元大統領が存在しない大量破壊兵器を口実にイラクを侵略しました。

このような戦術は偽旗作戦とも呼ばれます。
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(引用終わり)

『三千百十五:偽旗作戦について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/05/_no2-5254.html
(以下、『世界の裏側ニュース』様、2017/4/10記事より引用)
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●ヤラセ動画の撮影前はカメラがオフになっているか必ず確認しましょうね!
http://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-12264424537.html

一般市民の犠牲者というヤラセ動画を撮影する前には、カメラの電源をチェックした方がよいかもしれませんよ

Before Trying to Fake Civilian Casualties, You May Want to Make Sure The Cameras Aren’t Rolling…

2017年2月27日

この動画からは、映画の撮影直前の撮影セットの雰囲気をご覧になることができます。

みんなが定位置についてはいるものの、まだ演技は始まっていません・・・

しかしここで紛らわしいのは、実はカメラが回っていたということなのです。

これがハマスのプロパガンダの様子です。
万が一、埋葬の様子を撮影するのであれば、撮影後に俳優さんたちを掘り起こすのを忘れないことを祈るばかりです。
この動画も、最後に「NG!」とキャプチャーをつけておいて欲しいものですね。

2014/08/15 に公開

http://johncurly.com

HHamas Lies ? Dead Bodies that Move ? Propaganda Gone Wrong - You Decide
https://www.youtube.com/watch?v=tPaq_TNEYwY



【参考】http://www.israelvideonetwork.com/before-trying-to-fake-civilian-casualties-you-may-want-to-make-sure-the-cameras-arent-rolling/

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(引用終わり)

(以下、Wikipediaより引用)
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●偽旗作戦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%BD%E6%97%97%E4%BD%9C%E6%88%A6

偽旗作戦(にせはたさくせん、false flag)とは、あたかも他の存在によって実施されているように見せかける、政府、法人、あるいはその他の団体が行う秘密作戦である。
平たく言えば、敵になりすまして行動し、結果の責任を相手側になすりつける行為である。
名称は自国以外の国旗、つまり偽の国旗を掲げて敵方を欺くという軍の構想に由来する。
偽旗作戦は、戦争や対反乱作戦に限定されたものではなく、平時にも使用される。
偽旗工作・偽旗軍事行動とも呼ばれる。
英語ではしばしば false flag operation(s)(偽旗作戦)、false flag technique(偽旗技法)、false flag tactics(偽旗戦術)、false flag attack(s)(偽旗攻撃)等の句として用いられる。

      :
     (中略)
      :

1964年8月 - トンキン湾事件

      :
     (中略)
      :

最終更新 2017年3月30日 (木) 12:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

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(以下、『InDeep』様、2017/5/26記事より引用)
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●イタリアで小児へのワクチン接種が強制となる法律が承認される中、アメリカで初めてとなる医学調査「ワクチンを接種した子どもと、摂取していない子どものどちらが多くの病気を持っているか」の衝撃の結果を見てみると
http://indeep.jp/study-find-vaccinated-children-is-more-sicker/

(、、、前略、、、)

この背景として、最近、西洋社会の人々の間に広がっている「ワクチンへの不信感」が行動として出始めているようで、予防接種を受けさせない親が増えてきたことへの対処のようです。

今回は、このイタリアのことについて短くご紹介した後に、アメリカの最近の「ワクチンに関係した研究」について発表した医学論文についての記事をご紹介させていただこうと思います。

これは、アメリカ「子どものための医療安全調査研究所(Children’s Medical Safety Research Institute / CMSRI)」のニュースリリースで、下にあります「ワクチンを接種した子どもと、摂取していない子どものどちらが、より病気を持っているか」という、アメリカで初めてとなる調査に関しての報道です。
米国CMSRIの報道より

Indeep_

・CMSRI

まずは、イタリアで起きていることを、ドイツの報道よりご紹介させていただきます。
Sponsored Link

Italy makes vaccination mandatory for children
DW 2017/05/19
イタリア政府は子どもへのワクチン接種を強制とすることを決定

(、、、中略、、、)

ワクチン接種児童 vs 未接種児童への健康に関する大規模調査

そういう中で、先日、アメリカの「子どものための医療安全調査研究所」が発表したデータは、やや衝撃的であると共に、比較的「ある方向性」を示しているものだとは思います。

これは、簡単にいえば、

「ワクチン接種をしているほうが病気と診断された子どもが《圧倒的に》多かった」

ということになります。

少しの差ではなく、圧倒的です。

これについては、まず記事をご覧いただこうと思います。

ここからです。

Vaccinated vs. Unvaccinated: Guess who is Sicker?
2017/05/04
ワクチン接種をした子どもたちと接種していない子どもたち:どちらにより病気が多いか?

アメリカでこれまで1度も行われなかった研究がなされ。
その結果が発表された。

それは、ホームスクール(家庭に拠点を置いて学習を行うこと)で学ぶアメリカの子どもたちについて、「ワクチン接種を受けている子どもたち」と「ワクチン接種を受けていない子どもたち」についての疾病の発症状況に関しての調査だ。

現在のアメリカの子供たちには、疾病の多くの問題がある。
アレルギー、喘息、不安、自己免疫、自閉症、多動、注意散漫、学習障害等を持つ子どもたちが、過去に比べて非常に多くなっている。

(、、、中略、、、)

4月27日に『ジャーナル・オブ・トランスレーショナル・サイエンス(Journal of Translational Sciences)』に掲載されたアメリカ 4州の 6歳から 12歳までの 666人のホームスクールの子どもたちを対象に、その中の 405人のワクチン接種を受けている子どもたちと、261人のワクチン接種を「受けていない」子どもたちを、医師が診断した結果についての発表だ。

以下はその一部だ。

  ・ワクチン接種を受けた子どもは、自閉症スペクトラムと診断される可能性が 3倍以上だった

  ・ワクチン接種を受けた子どもは、ワクチン接種を受けていない子どもたちよりアレルギー性鼻炎(花粉症)と診断される可能性が 30倍高かった

  ・ワクチン接種を受けた子どもは、ワクチン接種を受けていない子どもたちよりもアレルギー薬を必要とする可能性が 22倍高かった

  ・予防接種を受けた子どもは、予防接種を受けていない子どもたちよりも学習障害と診断されるリスクが 4倍以上高かった

  ・予防接種を受けた子どもは、予防接種を受けていない子どもよりも注意欠陥多動性障害と診断される可能性が 300%高かった

  ・ワクチン接種を受けた子どもは、ワクチン接種を受けていない子どもよりも肺炎と診断される可能性が 340%高かった

  ・ワクチン接種を受けた子どもは、ワクチン接種を受けていない子どもよりも耳の感染症と診断される可能性が 300%高かった

  ・ワクチン接種を受けた子どもは、ワクチン接種を受けていない子どもに比べて耳管を挿入する手術が 700%多かった

  ・ワクチン接種を受けた子どもは、ワクチン接種を受けていない子どもよりも慢性疾患と診断される可能性が 2.5倍高かった
(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、上記記事を読みながら思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千三百三十: ワクチンについて』
●ワクチンについての衝撃的な証言
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2013/05/post-c2fc.html
http://www.youtube.com/watch?v=_poi0Mz84YY



(上記ビデオより抜粋引用)
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「彼が予防接種を受ける度に、彼は熱を出し、段々悪くなっていきました。」
「私が自分の居住区にいた時に、赤ん坊が乳幼児突然死症候群で死ぬのを見ました。」
「ワクチン接種の一時間後にです。」
「その内の1/3は最初の24時間以内に亡くなっているのです。」
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(引用終わり)

『五百十六:ワクチンについて_No.4』
●ビル・ゲイツ 「ワクチンで人口削減が可能」
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/_no4-ec01.html
http://www.youtube.com/watch?v=b4vE8AdSPGc



(上記ビデオより抜粋引用)
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でも、ちょっと見て下さい。
最初に人口があります。
世界の人口は現在68億人で、もうすぐ90億人になります。
もし私達が新たなワクチンや健康管理や生殖に関する健康管理について真に取り組めば、人口を10から15%削減することが出来ます。

この10年間、私達は新たなワクチンの生産、またそれが必要な子供達への供給に関して、大きな進歩を遂げる事が出来ると信じています。
それに成功すれば、毎年死亡する子供の数を900万人からその半分に減らす事が出来ます。
これには、病人の減少、人口増加の減少などの利益があります。
この発明が実現した日には、社会が社会自体の世話をすることができるチャンスを手にします。
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(引用終わり)

『百七十六:『人口削減計画』等について_No.8』
●ワクチンとフッ素による大衆管理.wmv
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/_no8-dc21.html
http://www.youtube.com/watch?v=1W-_WT7k-IA



(上記ビデオより抜粋引用)
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元脳神経外科医、ラッセル・ブレイロック博士

「99%の人がワクチンに水銀が入っていることなど知りません。」
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(引用終わり)

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(以下、『ParsToday(前Iran Japanese Radio)』、2017/5/28記事より引用)
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●イラン警察麻薬対策部長、「西側の情報機関は、アフガンでの麻薬密輸で収入を獲得」
http://parstoday.com/ja/news/iran-i30704

イラン警察のザーヘディヤーン麻薬対策部長が、「西側諸国の情報機関は、アフガニスタンでの麻薬密輸により収入を得ている」と語りました。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、上記記事を読みながらどことなく思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二百八十七:お知らせ_No.153』
●約10年前にディーグル博士が暴露したCIAの大量殺人計画
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/_no153-8588.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51897139.html
http://beforeitsnews.com/conspiracy-theories/2013/08/cia-to-murder-200-million-americans-the-elite-have-plans-for-martial-law-in-america-2453992.html

(上記記事より抜粋して引用)
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ディーグル博士の証言(概要):

CIAは米空軍機を利用して大量の麻薬を密輸しています(ディーグル博士自身が目撃しました)。
米空軍機はコロラド州のピーターソン空軍基地に麻薬を運びました。
また、ディーグル博士の友人ら(諜報部員)の情報によると、さらに、フロリダや他の港を経由して大量の麻薬がアメリカに密輸されているそうです。

CIAはアメリカ国内に核爆弾を投下しようとしています。
しかし実際に核爆弾で米国民を攻撃するには、最初に実戦配備の偽旗イベントを実行しなければなりません。
そして、そのイベントを各メディアが大々的に報道するのです。
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(引用終わり)

『二百八十五: 私の見かけたビデオについて_No.31』
●元CIAがブッシュの麻薬取引を証言 新世界秩序 ロスチャイルド #cia #nwo #rothschild
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/_no31-5174.html
http://www.youtube.com/watch?v=YX6UDDbxOVc



(抜粋引用)
●元CIA、チップ・テイタム:
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「初めの頃は東南アジアで働き、1970年代半ばの環境でユーゴスラビア、チェコスロバキア、ルーマニアに移動しました。」
「1980年代の初期に国家安全保障会議の支配下で、黒いヘリコプターが軍事作戦で飛び回っているのを人々が知っている、ケンタッキー州のフォートキャンベルに基づいた160任務部隊に参加しました。」
「そこから私はホンジュラス、ニカラグア、CIAのパイロットが飛行するオリーノースのための特別作戦に入りました。」

国家安全保障会議は麻薬を持ってきて、アメリカに送りました。」
「私達は単純に国内の軍事施設から麻薬を出して、ホンジュラスの指定された地域に送りました。」
「そして軍用機と民間航空機でアメリカに持ち込み、各地の子供達にばらまきました。」

「ジョージ・ブッシュはコカインのど真ん中に立っていました。」

「私はアメリカの人々のために働くために、22年間支払われてきたと信じています。」
「私は皆さんがアメリカの納税者として、この国で起こっていることを知る権利を持っていると信じています。」
「この情報であなたが何をするかは、完全にあなた次第です。この情報をどうするかは、完全にあなた次第です。」

「1986年から私がCIAを辞める1992年まで、アメリカ政府が行ってきた全ての事は、」
「一つの世界政府が国々を同盟するように設計されているのがわかります。疑いの余地はありません。それがCIAが行っていたことです。」

「、、、、なぜならCIAは、ロスチャイルド家やルーズヴェルト家の世界中のお金の巨大権力のために働くからです。」

「私自身は第3階級かもしれません。第3階級は新世界秩序においては市民とは考えられず、おそらく隠れた状態で生活している新世界秩序の敵とみなされるでしょう。、、、」

「そこに誰かいますか?」

◆字幕:
「1998年にチップが突然姿を消す前の最後のインタビューでした。」
「チップの拷問された遺体は、後に2007年にパナマの海岸に打ち上げられて見つかりました。」
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(引用終わり)

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(以下、『日本や世界や宇宙の動向』様、2017/6/2記事より引用)
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●今回のビルダーバーグ会議の議題のトップがトランプです。
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52008892.html

(邦訳、『日本や世界や宇宙の動向』様)

http://investmentwatchblog.com/trump-is-the-number-one-topic-on-the-agenda-of-the-bilderberg-group-this-year/

 (概要)
6月1日付け

今週、ホワイトハウスから30マイル離れたところでビルダーバーグ会議が開催されています。
彼等のアジェンダを遂行する上で最重要課題となっているのがドナルド・トランプです。
131人のエリートが出席している3日間のビルダーバーグ会議がウェストフィールズ・マリオットで木曜日に始まりました。
彼等がそこで何を話し合っているかについての詳細は一切口外されません。
報道陣もシャットアウトです。

公表された今回のビルダーバーグ会議の主な議題は以下の通りです。

1.トランプ政権

2.環大西洋関係

3.環大西洋防衛同盟

5.グローバリゼーションの鈍化の可能性?

6.雇用、所得、期待したが実現していないもの

7.情報戦争

8.ポプリズムが拡大する理由

9.国際秩序におけるロシア

10.中近東

11.核の拡散

12.中国

13.時事


(、、、中略、、、)

9、の国際秩序はエリートらが好きなフレーズです。
彼等は国際秩序、グローバル・ガバナンス、世界秩序、新世界秩序(NWO)というフレーズを良く使います。
これらの意味はみな同じです。

彼等の目標は全世界を統一し、1つの世界システムの下で世界人類を管理したいのです。
しかしロシアは彼等にとって頭の痛い存在です。

(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、上記記事を書いていてふと思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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(以下、『wikipedia』より引用)
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●ビルダーバーグ会議 wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0%E4%BC%9A%E8%AD%B0

オランダのビルダーバーグホテル。
1954年に最初の会議が開かれ、その名の由来となった。
  
ビルダーバーグ会議(ビルダーバーグかいぎ、英語:The Bilderberg Group, Bilderberg conference, Bilderberg Club, Bilderberg Society)は、1954年から毎年1回、世界的な影響力を持つ政治家や官僚、多国籍企業・金融機関の代表やヨーロッパの王族、貴族の代表者など約130人が[1]、北米や欧州の各地で会合を開き、政治経済や環境問題等の多様な国際問題について討議する完全非公開の会議である[2]。
ビルダーバーグ・クラブ、ビルダーバーグ・ソサエティとも呼ばれる。
「陰のサミット」と呼ばれることもある。
出席者リスト、議題はある程度ウェブサイトで公表され、ジャーナリストやコラムニスト等も招待されるが、会議での討議内容は非公開であり記事になることはない[3]。

(、、、中略、、、)

王立国際問題研究所、外交問題評議会、三極委員会とも関係がある。
ビルダーバーグ会議出席者とこれらの組織のメンバーには重複が認められる。

(、、、中略、、、)

メンバーの中心は、デイヴィッド・ロックフェラーやキッシンジャーなどの中道派(国際協調主義)である。

(、、、中略、、、)

最終更新 2015年7月9日 (木) 09:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

『二百八十九:フリーメーソンとイルミナティ レジャンバルド神父』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/post-4df6.html
http://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=50235
●フリ-メ-ソンとイルミナティ レジャンバルド神父 Part1
http://www.youtube.com/watch?v=3PLaXhXdZt8



(上記記事より抜粋して引用)
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1.サタンに仕えるイルミナティ最高権力者たち(0:02)

神父:イルミナティはサタンの世界支配を確立するために、このルシファーに身を捧げます。
そのサタンの世界支配は、唯一の世界政府、唯一の世界経済、唯一の世界軍隊、そして唯一の世界宗教によって確立します。
13人のドルイド司祭は、直接、具体的にメーソン会員をサタンに捧げ、世界中のイルミナティの儀式を司ります。
この13人のドルイド司祭は、サタン信仰に身を捧げ、フリーメーソン、イルミナティ内部でサタンとの契約を司る人々です。
この33人が500人のビルダーバーグ会議出席者を支配します。
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(引用終わり)

『二百八:News_No.281』
●イルミナティの計画&ブッシュ一族とロスチャイルドの戦い。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/news_no281-3617.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51891464.html
http://the-tap.blogspot.jp/2013/07/how-bilderberg-fringe-was-controlled.html

●ケリー・キャシディさんによる
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ケリー・キャシディさんによる、帝国の真実と題したプロジェクト・キャメロットの番組(ロンドンから)の中から、以下の内容が伝えられました。
・・・ビルダーバーグ会議では、デービッド・アイク、アレックス・ジョーンズを含む1000人の市民が会議場に入るのを許されました。
歴史的な事です。
あるイギリスの国会議員は、自分達が国を運営しているのではない、ビルダーバーグが世界中の国々を運営しているのだ、とはっきり言いました。
そして多くの人々がビルダーバーグに反撃し始めました。
エリート組織(イルミナティ)は、我々から隠れ続けるのを止めました。
我々は彼等から直接攻撃を受けています。
エリート組織は、自分達を第4帝国であると呼んでいます。
そして彼等は誇り高く世界の人口の3分の2を消滅させると言いました。
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(引用終わり)

『三十六: 私の見かけたビデオについて_No.7』
●ビルダーバーグ2012ロンポール死への策略が明かされる
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/06/_no7-fc7a.html
http://www.youtube.com/watch?v=tBzz5dRxsS4



(上記ビデオより抜粋引用)
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▲デスク・キャスター(ダリン・マックブリン)
「INFOWARSの夜のニュースへようこそ。」
「2012年6月1日金曜日です。」
「私はダリン・マックブリンです。」
「今夜のラインナップを素早く見てみましょう。」

「今夜のINFOWARSの夜のニュースでは、来るビルダーバーグ出席者の抗議が上がりました。」
「ビルダーバーグ調査をしてきたジム・タッカーはロン・ポール暗殺の策略を明かしました。」
      :
     (中略)
      :
「その時、企業化されていない真実の提供に基づいた新しいメディアの即時の仕事により、ここに巨大メディアニュースが絶滅する。」
      :
     (中略)
      :
■ジム・タッカー
「彼らはロン・ポールについて非常に厳しい事を言っていました。」
「なぜなら彼は非常に愛国的に議会を指揮していて、これら政策条約の承認を停止させ、彼らの大事な組織が傷つくようにしていて、」
「ですから、その過酷な話は近くにいた男から出て来て、ロン・ポールと彼の支持者達を飛行機に乗せて、そこでイスラム教徒の自爆策略で彼を落とそうというものです。」
「それも最も過酷なコメントで、彼らの主なスクリプトは私のところには来ていません。」
「ビルダーバーグの声はホテルのロビーに集まっています。」
      :
     (中略)
      :
▲デスク・キャスター
「そしてビルダーバーグのメンバーがロン・ポールを脅かしたのはこれが初めてではありません。」
「あなたは2007年の時のことを思い出すかもしれません。」
「私達に明かされたのは、米国諜報がロン・ポール革命を脱線させるために暗殺を検討していた事です。」
-------------------------
(引用終わり)

『三千三百四:私の見かけたビデオについて』
●ビルダーバーグ会議 : 欧州議会で取り上げられる (UKIP) #seiji イギリス独立党
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2013/05/post-41e7.html
http://www.youtube.com/watch?v=UcmRjiX_t_M

(※筆者注:現在、上記ビデオはなぜか削除されています。)

(上記ビデオより抜粋引用)
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「次回のビルダーバーグ会議はイギリスで開催され、場所はワットフォードのグローブホテル、6月6日から9日とされています。」
「この年次会議は権力と富と影響力を持った人々---政界、ビジネス、金融関係が参加するサミットです。」
「この会議の最大のミステリーは主流新聞、放送関係者は、1954年以来、報道しないと決めていることです。」
「しかしインターネットの時代では、この存在は秘密にできません。」
「イギリスのすべての主流メディア、テレビ局に対して、報道することを書名で要請しました。」
「報道しないならば、なぜなのか?」
「情報公開条例を使い、ハートフォード州警察責任者に、どのような根拠で警察業務が提供され、誰が費用を払っているのかを、照会中です。」
「回答を楽しみに待っています。」

(公開日: 2013/05/22 )
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(引用終わり)

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(以下、『地球の記録 - アース・カタストロフ・レビュー』様、2017/6/11記事より引用)
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●イタリアの不思議な「局地雨」 : 幅2メートルの超集中雨はどこから? あるいは何か他の自然現象?
http://earthreview.net/what-is-this-phenomenon-strange-rain-in-palermo-italy/

空から降り続く「出所不明」の雨の周囲に集まる人たち

・Red Climatica Mundial

イタリアのシチリア島にあるパレルモで、とても奇妙という不思議というか、あるいはドッキリカメラ的というか、そういう現象が起きています。

これは動画で撮影されたもので、文字や写真ではうまく説明できないかもしれないですので、その動画を貼っておきます。

簡単に書くと、街中で「ある1カ所にだけ雨のようなものが降り続けている」というものなのですが、下がその動画です。
長さは1分半ほどです。

イタリアの「どこから降ってきているのかわからない」異常な雨か、何か水の現象
https://www.youtube.com/watch?v=tRxOXZbrFGo


YouTube: イタリアの「どこから降ってきているのかわからない」異常な雨か、何か水の現象

最初見た時には、イタズラ的なものかもとも思ったのですが、この「雨」のようなものが降っている真上は空で、また、周囲のビルとはかなりの距離があり、ビルの屋上などから正確に道路のこの位置に水を降らせ続けるのは人為的には(かなり大がかりな装置等ならともかく)無理っぽいです。
「雨」が降って来ている真上は空(、、、以下、省略)
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2017年6月19日 (月)

三千百三十一: 学校の宿題について

■初めに:

こんばんわ。

学校の宿題について考える機会がありました。
学校の「宿題」となると、予習とか復習も含みます。

いきなり話題が飛ぶような感じになりますが、ちゃんとつながりますので、安心して下さい。

私達の社会では、様々な会社があります。
そして、会社側は、従業員達を就業時間外には拘束してはいけません。
もちろん、就業時間以外だからです。

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■学校の先生は生徒達を放課後にも監督・拘束できるのだろうか:

「■初めに:」で書いた、会社事情と全く同じ事が、「学校」というシステムにも当てはまるでしょう。

数多くの学校が、生徒達に宿題を与えたり、予習や復習をするように求めていることでしょう。

P5270188

 

しかし、その行為は、生徒達の学校に出席している以外の時間を拘束していることになるでしょう。

しかし、どんな教師でもそうでしょうが、「どこかの教師が、学校の始業時間から始まり、学校の終業時間に至るまでは、生徒達を監督しても良い」とは言われているでしょうが、「どこかの教師が、学校の放課後以降の時間に、生徒達を監督や拘束して良い」とは、どんな教師でも、言われていないと思います。

なぜならば、もし、どこかの教師が、放課後以降の時間まで、生徒達を監督・拘束しているというのならば、それは、企業社会で喩えるならば、「生徒達に対してサービス残業を命じている」という形になるからです。

しかも、この場合だと、「生徒達に対してサービス残業を命じている」という形になりますから、やろうと思えば、ある生徒に対しては、徹夜をしないといけない程の宿題や予習や復習を命じることが出来るようになってしまうからです。

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ですから、現実には、当たり前の話のようですが、まるで暗黙の内には、「学校の、いかなる教師と言えども、放課後以降の生徒達を監督・拘束してはいけない」となっていることでしょう。

しかし、それとは、全く反対に、これも、まるで暗黙の内に、「生徒達に、宿題や予習や復習を命じよう」とも、なっているのも、「公然の秘密」というか「公然の暗黙事項」という形になってはいないでしょうか。

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読者の方々も、ここまで読んで、理解出来るように、つまり、「学校の宿題や予習や復習という行為には、矛盾が存在している」とわかるでしょう。

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■私達が抱くことの出来なかった矛盾や疑問点:

私のようなブログを、どこかの学校の先生が読んでいるかどうかはわかりませんが、この矛盾しているポイントを、突かれたら、少々、虚しいものを胸に感じるかもしれません。

世には、数多くの学校の先生がいます。

P6190173

 

その、数多くの学校の先生の中には、本当に、子供達と一緒にいることを幸福に感じている先生方もおられることでしょう。
また、ある学校の先生だと、単に、自分の生活の糧のための道具だと見なしているかもしれません。

また、他の、ある学校の先生だと、何らかの強い使命感に駆られている方もおられるかもしれません。

しかし、世の学校システムの矛盾点を突かれますと、その矛盾点を忘れようと努めるために、明日からの教壇上で、教育知識的な熱弁に更に励むかもしれません。

しかし、一番に上に挙げた学校の先生の例、「本当に、子供達と一緒にいることを幸福に感じている先生」というのは、私が、上記のような学校システムの矛盾点について尋ねるよりも以前に、もう、かなりの段階で、他の様々な教育システムの問題点を、目の当たりにして、深く憂慮していると思います。

そのような先生達は、普段は、自分達の憂慮している事柄を、公然と、広い場所では、語っていないだけだと、私は思います。

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この段落を読まれる、少なくとも、現代の日本人の方々ならば、義務教育を通ってきた筈ですから、「宿題」というものは、全ての人が通過してきたかと思います。

「夏休みの宿題」とか「冬休みの宿題」とかいうのも同じですので、多くの、いや、全ての人が通過してきたことでしょう。

そして、「学校で出される宿題というものに対して、疑問を持ってはいけない」という、一つの盲点が存在したのではないでしょうか。

というのも「学校側は、宿題を出して当然だからだ」という、この手合いの言葉すらも、私達の念頭に思い浮かぶことも、通常は無いかと感じます。
だからこそ、宿題というものに対して疑問を感じることも、かなり少ないかと思います。

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もちろん、学校に登校する生徒達の中では、「本当に、学校的な教育知識が面白くてしょうがない」と言ってくる生徒達もいるかもしれません。

そのような生徒達が、自ら、「先生。学校の放課後でも、私は自主的に、その分野に対して向学したいので、どうか宿題を与えて欲しいのです」と、言ってくる生徒も、中にはいるかもしれません。

もちろん、そのような、お願い事を自ら言ってくる生徒には、「このケースだと、双方に合意が存在する」ということで、宿題が出ても良いことになるでしょう。

このケースだと、これは、義務教育の無い、江戸時代以前に存在していた、寺子屋とか藩校(はんこう)と呼ばれる教育・学習システムと、ほとんど類似だと考えられるでしょう。

寺子屋も藩校も、似たような感じですが、どちらも、子供側の方が「私は自ら、学びたいので、ここにやって来ました」と言ってきたのでしょうから。

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■スタンピード現象と宿題の歴史:

次に、私が冒頭から書いている「どうして、人は宿題というものに対して、疑問を抱く事が無かったのか」というポイントを考えてみたいと思います。

これは、一つには、「スタンピード現象」と呼ばれる現象が影響したと私は見ています。

Img7d9204d0d6d8

 

この「スタンピード現象」というものについて、簡単な説明書きをしてみます。
例えば、テレビのコマーシャルで、カッコいい新車が発表されたと仮定します。
そして、その、テレビのコマーシャルが大々的に、流れた結果、数多くの人々が、そのカッコいい新車を見ます。
さらに、その結果、数多くの人々が、「我も我も」という感じで、そのカッコいい新車を購入し始めたと仮定します。

すると、他のある人で、その人は、自分の中古車を長く愛用していると仮定しましょう。
そして、まだ、当分の間、その人は、自分の乗用車を買い換えるつもりもありません。

しかし、その人の周囲の人々が、「我も我も」という感じで、そのカッコいい新車に買い替えていると、その、中古車を愛用している、その人は、本当は、乗用車を買い換える必要性も無いのに、また、本意でもないのに、「私の周囲の人々が、我も我もと、新車に買い替えているから、私も、その新車に買い替えないと、なんとなく、いけないのではないだろうか?」と、思い込み始めると仮定します。

(私の書いている「周囲の人々」とは、親兄弟や、自分の子供等も含む、肉親をも意味します。)

そして、その結果、その、自分の中古車を長く愛用している人が、自分の中古車を捨ててまで、その、カッコいい新車に買い替えてしまう、というケースがあると思います。

この、上記の説明までが、「スタンピード現象」と呼ばれるものです。
要は、スタンピード現象を別の表現で書くと、「真の自分を見失ってまで、大衆の流れる方向に、流されてしまう」というものです。

この結果だと、結局、「自分に嘘をついてまで、生活を送る」ということになってしまいます。

ですから、真の自分の方向性まで、狂わされるので、この「スタンピード現象」というものは、まずいものだと私は感じます。

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「スタンピード現象」の説明は終わりましたので、ここからが、宿題というものと絡んでいきます。

私自身は、この「宿題」というものが、世界の、いつ、どこで、どのようにして始まったのかはわかりません。

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要するに、「宿題の歴史」というものを、私は知りません。
しかし、「宿題の歴史」というものは、世界史上で、どこかにはあると思っています。
私の時間のある時に、その「宿題の歴史」という手合いのものを調べてみたいと思っています。

しかし、ここだと、日本の義務教育は、明治維新後に始まっていますから、日本の教育システム上における、宿題について考えてみたいと思います。

わかりませんが、ひょっとしたら、江戸時代以前の寺子屋とか藩校の教育システムでも、「宿題」に相当する、ものがあったのでしょうか。

明治維新後に、小学校とか中学校が建てられました。
同時に、日本全国にも高校とか大学等の教育機関が順次、建てられました。

どこで、「宿題」という発想が生まれたのかはわかりませんが、当時の高校とか大学での、自主的に行われている、勉強が、やがて、小学校や中学校に降ろされて、「宿題」となったのでしょうか。

しかし、英語にも「宿題」に相当する単語「homework」というものがあります。
ですから、この「宿題の歴史」というものを調べてみると、私は、かなり意外な調査結果を得られるかもしれません。

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しかし、話を限定して、明治維新後にスタートした、義務教育について、話を進めましょう。

その当時の小学生とか中学生とかでも、私が冒頭に書いた「学校の先生達が、生徒達の放課後の時間を宿題を課すことによって、拘束できるのだろうか?」という疑問を抱いた生徒達もいたかもしれません。

しかし、ここで、スタンピード現象が大いに用いられたかと、私は思うのです。

「どのような、スタンピード現象が用いられたのだろうか?」と、私が想像するに、以下の幾つかの例を書いておきます。

例えば、

「とにかく、何の疑問を抱かずとも、宿題をやることは素晴らしい」

とか

「とにかく、何の考慮をせずとも、あなたが宿題をこなせば、あなたの将来の人生で、きっと何かの素晴らしいことが起きるだろう」

とか

「確かに、学校の先生である私達、教師が、あなた方、生徒達に宿題を与え続けて、放課後の時間を拘束する権利は無いかもしれない。しかし、もし、今、ここで、その疑問をぐっとこらえて、表面化せずに黙り続けて、じっと、あなたがたが宿題をし続けるならば、日本全体の学力が高まると予想出来る。そして、その結果、ヨーロッパ諸国と比較して、遅れている、私達、日本の経済水準を競争的に上げることによって、私達の日本の、経済力が高まるだろう。その結果、私達、日本は、ヨーロッパ諸国と対等に対峙することが出来るだろう」

この、私が最後に挙げた例「確かに、学校の先生である私達、教師が、、、」の例文を語っているのは、明治維新後に建てられたばかりの、小学校での、教壇上で、語っている教師の姿を、読者の方々は想像してください。

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過去の世界の、宿題の歴史上において、用いられたかもしれないスタンピード現象について、想定しているわけですが、もちろん、過去の世界での、スタンピード現象ですので、過去世界に対しての想定をする以外に手がありません。

しかし、この「宿題の歴史」という単語自体も、おそらく、読者の方々も、初めて聞いたかもしれません。
ですから、私のようなものが、時間の余裕のある時に、「宿題の歴史」というものを調べてみても、かなり、曖昧模糊としたものが出てくるかもしれません。

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■終わりに:

結局、この「宿題」というものを追いかけていくと、その根底には、「多くの人々に競争させてやろう」という意思や狙いがあるのを、読者の方々は感じだすことでしょう。

つまり、読者の方々は「私達は強制的に競争に走らされている」と、感じて来ることでしょう。

そして、「その学生時代から慣らされ続けた競争社会にいるので、競争社会を何も不思議に思わなくなった結果、大人社会で大きな問題となっている、違法な長時間労働に結びついているのだ」と、読者の方は考えることが出来ることでしょう。

そして、「私達の社会における、様々な競争は、素晴らしいことなのだ」という、思い込みも、これも、スタンピード現象的に流行らされていることを感じだすことでしょう。

読者である、あなた自身の本心は「競争は素晴らしいものでは無い」と感じているかもしれません。
しかし、スタンピード現象的に「競争は素晴らしいことなのだ」と、あなたは思いこまされているかもしれません。
そのように、人々の競争意欲を煽るための道具としての、スタンピード現象以外の道具としては、金銭などが使用されていることでしょう。

(「私は、どうやら、スタンピード現象的な流行を、私の気づかない内に、ひっそりと心底に刷り込み続けられているかもしれない。サブリミナル効果のように」と感じる方は、様々な情報媒体から離れて、静かな時間に囲まれた、神社や寺の中で、ある一定の期間、落ち着いて瞑想し続けた方が良いかもしれません。)

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結局、「私達はスタンピード現象的に競争に走らされているようだ」と、なると、「どうして、それが起きているのか?」とか、「それに対して、何らかの対策が必要とするならば、どうしたら良いのか?」という新たな疑問が心中に湧いて来ます。

さて、その疑問に対する回答とか、考慮すべき様々なポイントを書き上げていたら、紙数の不足に陥ります(この、今、筆を止めている、この段階でも、この段落が長いものとなっていますが)。

ですので、その参考のよすがとなるであろう、過去記事や関連記事や参考文献を(繰り返しの紹介も多いので)、少数ながらも、文末の『過去記事』の欄に掲載しておきますので、読者の方々自身も、様々に考えて、ご自身のちからで、ご自身なりの回答を得た方が良いと思います。

(※筆者注:最近、一つの記事に長いものが多くなっていますが、昨今では、ブログの更新も少なめにしていますので、文章量としては、差引ゼロかもしれません。どうか、ごゆっくりと一つの段落を御拝見ください。)


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三百十九: イルミナティについて 』
●ジェイ・パーカーインタビュー①
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no35-53fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=W02bxSqtc-I



●ジェイ・パーカー:
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字幕:「ジェイ・パーカー:どの様に3400万人の悪魔崇拝イルミナティアメリカ人達が地球を混乱させ続けるよう助けているのか。」

「イルミナティや他の闇のカルトネットワークはおそらく、9600BCの地球大変動にまで遡ります。」
「大変動の後に、地上の人類は衝撃と落胆の状態にありました。」
「私の調査からその特定の時代は、、、、闇のカルト信者達はインドやバビロンでの文明の再起動において、決めたのです。」

「地球全体を支配してもいい筈だとね。」

人々を闇に閉じ込め続け、私達は基本的には邪悪な司祭職になり、そして彼等のマインドを支配するんです。」
「ですからその様にして彼等は神よりも金持ちになったのです。」
「そして一旦お金を持つと、政治家や王族を腐敗させる事が出来ますし、そして基本的にはゆっくりと社会を支配していく事ができるのです。」
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(引用終わり)


『三千百二十七:学校のいじめ問題を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/06/post-9943.html

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。

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そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
というわけで、あなたがたの中にあるRコンプレックス部分の周波数を、まるごと認め、愛し、手放すことによって、その特性であった恐怖や混乱、支配、競争といった周波数帯と同調しなくなり、さらに高い周波数域である、愛と創造性に基づいた、高次のシステムと共振していくことが可能になることでしょう。
このことはいくら強調してもいいほどです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

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(引用終わり)


                                       坂本 誠

三千百三十: 私の見かけたニュース_No.100

昨今、私が目にしたものに、「原発を建てる際に、その原発立地の住民達が、その原発設置を賛成したのだろうから、その原発立地の住民達が悪いのではないでしょうか」という、疑問文を見かける機会がありました。

その疑問文への、一つの回答となるだろうかと思われるような、幾つかの記事を列挙しておきます。

その私が列挙した記事を、疑問を持たれた方は「知らなかった」という可能性もあります。
人によっては、長い間、海外旅行に行ったり、あるいは、「その当時に、その手の情報について、全く興味が無く、目にする機会も無かった」等の、その他の幾つかの事情も考えられます。

しかし、私が以下に列挙した記事を見るに、「一概に『原発立地の住民達が悪い』とは言えないだろう」と、私は思っています。

この情報が、冒頭の疑問を持たれた方に、うまく伝わるかどうかはわかりませんが、うまく伝わることの願いを込めまして、以下の情報を列挙させて頂きたく思います。

私が気になりました部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『JICL 法学館憲法研究所』より2011/8/4記事より抜粋引用)
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●いまに始まったことではない「やらせ」
http://www.jicl.jp/urabe/backnumber/20110804.html

九州電力が6月26日に予定されていた玄海原発2・3号機の運転再開をめぐる国主催の佐賀県民向け説明会(ケーブルテレビとインターネットの番組として生中継され、視聴者からの質問・意見も電子メールやFAXで同時に受付)に向けて、自社や主要関連会社の社員に対し、一般市民を装って運転再開に賛同する意見を番組宛てに電子メール等で投稿するよう指示していたことが、7月上旬に明らかになったが、これをきっかけに、あっちでもこっちでも、「やらせ」や動員の実態が、次々と明るみに出た。
九電の「やらせ」は、九電から手厚い支援を受けてきた古川・佐賀県知事が九電幹部との面談で、再稼働容認の声をメールなどの方法で出していくことも必要だ、などと述べたことがきっかけになったことも、つい最近明かされ、九電の判断というよりは知事の指示による「やらせ」だった疑いが強くなっている。

また、九電の「やらせ」問題をうけて経産省が電力各社に住民シンポなどで同様の「やらせ」がなかったかの調査を求めたところ、中部電力や四国電力のプルサーマル計画に関するシンポジウムで、ほかならぬ経産省に属する「原子力安全保安院」が、住民に肯定的な発言をしてもらうように計らって欲しい旨の要請を電力会社にしていたことが明らかになった。

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(、、、以下、省略)
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(引用終わり)


(以下、『中村隆市ブログ 「風の便り」』より2011/7/30記事より抜粋引用)
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●資源エネルギー庁も 九電に動員依頼 社長ら了承し動員
http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-5290

7月30日 西日本新聞朝刊 トップニュースから抜粋

エネ庁、九電に動員依頼
川内原発ヒアリング「空席ない方がいい」

九州電力は29日、経済産業省資源エネルギー庁が昨年5月に主催した川内原発3号機増設手続きである地元向け第1次公開ヒアリングで、事前にエネ庁側から「空席ない方がいい」などと、事実上の動員を依頼されていたことを明らかにした。
一方、同ヒアリングで真部利応社長ら経営陣が事前に動員数などの報告を受け、実質的に了承していたことや、同ヒアリングを含む2005年以降の原発関連の説明会6回すべてで社員らに参加を依頼していたことを正式に発表した。

動員が常態化していたことを示すもので、「やらせメール」問題に続く組織的な世論工作に批判が高まるのは必至。

当日の参加総数903人のうち、337人が九電の依頼による動員だった。
この337人のうち69人は九電社員で全員出勤扱いだった。
意見陳述人も20人中15人が依頼を受けていた。

九電動員「言語道断だ」 県議会原子力安全特別委長
県民の間で賛否が割れたプルサーマル発電導入をめぐって、古川康知事が判断材料の一つに位置付けた県主催の公開討論会(2005年12月)でも、参加者の半数近くが九電関係者だったことが判明

=2011/07/30付 西日本新聞朝刊=

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(、、、以下、省略)
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(引用終わり)


(以下、『原発は いらない 1601 電力会社の犯罪』より抜粋引用)
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●原発は いらない 1601 電力会社の犯罪
http://wakouji.sakura.ne.jp/genpatsu/d1601.htm

九電過去にも社員ら動員、原発地元説明会に

玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2、3号機の再稼働を巡る「やらせメール」問題が発覚した九州電力が過去、プルサーマル発電計画を進めるため地元で説明会を開いた際、会場に社員や関連会社員を動員していたことが9日、九電の内部調査でわかった。
同社は川内原発(鹿児島県薩摩川内市)3号機の増設計画でも、同様に動員をかけており、同社の“やらせ体質”が改めて浮き彫りになった。

(2011年7月9日 読売新聞)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20110709-OYS1T00437.htm

(、、、中略、、、)

[電力会社の犯罪]
■九州電力 数百人に動員要請、原発説明会 バス送迎も

九州電力が、過去に国や佐賀県などが主催した原発関係の6件の住民説明会やシンポジウムなどで、毎回、社員や関連会社員ら数百人に参加を呼びかけていたことが7月25日に、分かりました。
会場までバスで送迎したり、社員に休暇を取らせて参加させていました。

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(、、、以下、省略)
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(引用終わり)


(以下、『朝日新聞デジタル』、2013/7/3記事より引用)
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●東電、福島市民公聴会で動員 05年、社員ら43人
http://www.asahi.com/business/update/0703/TKY201307030160.html

東京電力は3日、国が原子力政策大綱をつくるために2005年8月に福島市内で開いた市民公聴会に、東電社員33人と協力企業の社員3人、地域住民7人の計43人を動員していたと発表した。
このうち11人が東電からの依頼を受けて発言した。
ただし、東電が発言内容まで依頼したケースは確認されなかったとしている。

東電は「会合の開催趣旨に対し、配慮に欠ける対応だった」と陳謝した。

05年8月に佐賀市で開かれた同じ公聴会で、九州電力社員の動員があったことが今年3月にわかり、公聴会を主催した国の原子力委員会が各電力に調査を求めていた。
東電は4月5日、少なくとも計35人の東電社員や協力企業社員らを動員していたと発表し、さらに詳しく調べるとしていた。
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(引用終わり)


(以下、上記記事に関するかと思われる過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『百六十九:私の見かけたビデオについて_No.23』
●【原口前総務相】福島第一原発の安全装置は小泉政権が撤去していた
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/_no23-2744.html
https://www.youtube.com/watch?v=8e-Z2gn2F5A



(上記ビデオより抜粋引用)
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4月3日、原口前総務相が、直接、東電に行って、設計図を広げながら、(最初は東電は見せてくれなかったけど)、原口前総務相が、「このECCSは、どこに行ったんだ?」と、尋ねたそうです。

■東電側:「いや、多分、細分化しているからか、いや、無いんですよ」
●原口前総務相:「いや、無いわけはない。作ったんだ」

●原口前総務相:「そうすると、なんと、このECCSの蒸気冷却システム取り外されていたということがわかりました。」
「平成15年、当時は、小泉内閣です。」

●原口前総務相:「平成15年に、なぜ、安全装置を取ったのか?」
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(引用終わり)


『三百八十六:フクシマ原発関係News_No.6』
●福島第一原発1号機の冷却装置が、地震直後に3回止められていた
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/news_no6-febd.html
https://www.youtube.com/watch?v=V9M1_pMeBWY



(上記ビデオより抜粋引用)
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◆:原口一博
緊急冷却系、そのCIというんですけど、いや、ICですね。
これがですね。
福島第一原発の一号機で、地震直後に、3回にわたって止められていた」ということが、わかっているわけです。

そりゃ、吉田所長のビデオ・レターも、僕ら、ずっと検証しましたけども、オペレーターが自分で勝手にそんなこと、出来るのか?
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(引用終わり)


『二百六十二:フクシマ原発関係News_No.5』
●東京電力による記者会見「勝俣会長、マスコミとの癒着を認める」
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/news_no5-70f5.html
https://www.youtube.com/watch?v=vLmEgkpBnak



(上記ビデオより抜粋引用)
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●田中龍作:
「日本インターネット新聞社の田中龍作と申します。2点だけ、勝俣会長にお伺いします。」
「事故当時、会長は、マスコミ幹部を引き連れて、中国旅行に出かけていたと、与党の国会議員が、言っております。」
「この旅行は、東電のオチだったのでしょうか? これが一つ。」
「もう一つ、、、先ほど、会長は、この記者会見で、避難所に職員を出している、と、おっしゃっていましたが、南相馬市、今、メジャーが注目を浴びている南相馬市には、電話一つ来てないそうです。東電さんから。」
「もちろん、これは、、、この事実関係、この二つについて、東電はマスコミ幹部を引き連れての旅行は、東電のオチだったのか、と、一つ。」
「もう一つ、南相馬市には、職員を出しているのか? と。」
「事実関係を、お話しを、、、」

■勝俣会長:
「私どもも、、、、自分達の分、一部の負担、ということをしておりますが、全額、東電、負担ということではない。、、、」
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2017年6月14日 (水)

三千百二十九: 幸福と自主性を考えて(独白)

幸福になれない人の心理パターンとして、昨今から考えている。

幸福になれない人は、自分自身で幸福を作ろうとしていないけれど、幾つか、それに付随した行動パターンを身に着けてしまうようだ。

例えば、「私自身は、与えられたことをこなしている。だから、それ以上はやらない」というものだろう。

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この「与えられたこと」というのを具体的に考えてみると、例えば、組織の中で与えられた仕事とか、社会生活の中での、何らかのその人の役割とか、あるいは、古来から現在に至るまでの社会の中で、伝統的・慣習的に「これは、私に習慣づけられている行動の筈だ」と、本人が堅く信じ込んでいる行動等である。

つまり、このケースでさえも、その人自身が自発的にその行動を求めたのではなく、その人自身の外部から、「この行動をしなさい」と言われたかのような感じの下で、引き受けたような感じになっている。

だから、結局、自主的ではない。

また、ここまで読んでわかるように、「そのような人は自立精神に欠けているように感じる」と、読者の方も感じるだろう。

だから、結局、その人の言い分として、以下のような要求事項を、周囲の人に与えることだろう。

  「私は、今現在、これをやってあげているから、あなたは私に幸福を持って来なくてはいけない」

等である。

その人がやっている行動と言うのは、その人からしてみたら、どこかの誰かが、「これをしなさい」という感じで命令を与えられて、「自分は、今現在、この行動をやっている」というものである。

だから、その人からしてみたら、

  「自分の現在実行している行動は、あなたが私に命じたものだから、その見返りとして、あなたは私に幸福を持って来ないといけない」

という思考パターンに陥っているようだ。

結局、本当に自分のやりたいことを自発的に選択して、実行していない。

だから、この手の幸福になれない人も、周囲の人が見て、精神的な未熟さを感じることだろう。

私が書いている「周囲の人」というのは、もちろん、親兄弟などの肉親も含む。

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また、このタイプの人を見るに、自分で精神的な成長をストップさせているとわかるだろう。

この状況だと、その人にとっては、自分の実行している行動は、どこかの誰かから命じられて、与えられたようなものだから、それを超える何かの状況が発生すると、その人は、それ以上考えないし、また、通常とは違った出来事に対しての、自ら創出した、新しい行動に踏み込むことはまず無い。

与えられた箱の外に出ようとすれば、その人は、認知が混乱し、心理的にパニックに陥りやすい。

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このことについて、わかりやすい例を考えてみた。

与えられたこと以外には、考えたくないし、それに関係した事には、何も実行したくない人がいると仮定しよう。

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その人の目の前に、急にUFOが現れて、中から、宇宙人が出て来て、その宇宙人が「Hello! World!」と言って、挨拶してきたとしよう。

彼(あるいは彼女)にとっては、UFOとか宇宙人の存在を知らされなかったどころか、彼は、全く信じていなかったので、彼は混乱することだろう。

そして、いきなり、家に閉じこもって、スマホを取出し、政府のような役所の機関に連絡し、対応を願うことだろう。

なぜならば、彼(あるいは彼女)にとっては、この手の「第三種接近遭遇」と呼ばれている出来事については、「自分は、その役割を与えられていない」と思っているので、「自分以外の存在、つまり、政府のような役場の機関が、その役割を代行するに違いない」と堅く信じているからである。

そして、電話を受けた政府の側の人間にとっても、政府の長年の縦割り行政の結果から、電話を受けた、その人間も、以下のような返答をするのではないだろうか。

  「こちらの方で、その出来事に対応予定の担当部署があるかどうかを確認してみます」

と。

ところが、現実には、その出来事に対応する予定の担当部署が作られていないので、やがて、この手の「第三種接近遭遇」と呼ばれている出来事については、うやむやにされていく。

(余談なのだけど、政府とか、地球上の支配者だと自認している人々が、UFOの中にいるとされている宇宙人の存在を認めないのは、それなりの理由がある、と聞いた事がある。その聞いた内容と言うのは、もし、政府とか、地球上の支配者だと自認している人々が、宇宙人の存在を認めてしまえば、地球上の支配者だと自認している人々が、この地球上の支配者なのに、それ以外にも広い世界があって、その広い世界から見れば、地球上の支配者だと自認している人々が、その広い世界までも支配していない、あるいは支配できないことがわかる。つまり、地球上の多くの人々から見たら、「地球上の支配者だと自認している人々は、井の中の蛙だ」と理解するのである。その結果、地球上の支配者だと自認している人々の、地球支配の実行力が弱まってしまう。だからこそ、政府とか、地球上の支配者だと自認している人々は、UFOや宇宙人の話題となると、かたくなに、その話題を拒否する、と、私は聞いた事がある。また、その手の話題を拒否するために、その手の話題を行う人に対して、「あなたは奇妙な事を言っているので、多くの人々から馬鹿にされて、嗤われるだろう」等のように嘲笑したり、辱めることによって、その手の話題に「議論の必要性は無い」ことを、多くの人々に、強制的に納得させようとしている、と私は聞いた事がある。)

少しだけ話題が反れたのだけど、つまり、「与えられたこと以外には、何もしたくない」と言う人は、結局、それ以外の事に対しては人任せにするようになる。

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比喩的に見てみると、そのような人は箱の中に入っているだけで、その箱の外に出ようとはしない。

だから、知識も広がらないし、もっと広がる筈の知識に応じただけの行動力も出てこない。

結果として、周囲の人が見るに、そのような人は一種の自閉症のように見えるだろう。

この手の比喩的な、自閉症の人は、上に書いているように、自分で自分自身の成長をストップさせているとも言えるだろう。

このタイプの人にとっては、何か新しいことが身の回りに起きると、対応不能なので、容易に認知が混乱し、心理的なパニックに陥りやすいだろう。

つまり、そのパニックは、その人にとっての不幸と言えるだろうけれど、上の流れから理解出来るように、他ならぬ、そのパニックに陥る原因を作ったのは、他ならぬ、その人であるとわかるだろう。

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「幸福は自分の手で作らないといけない」と書いているのだけど、結局、その言葉を聞くと、「自主性」とか「精神的な自立」という言葉を連想すると思う。

「私は与えられたこと以外には、何もしない」という人任せをする人は、上に書いているように、「自分の成長を自ら止めている」ということになる。
だから、「自主性」とか「精神的な自立」の精神を押し留めていることになる。

なので、身の回りに起きてくる、新しい出来事に対応できず、心理的なパニック状態になり、つまり、不幸感覚を得てしまう。

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だから、「幸福を手に入れる」という観点からすると、「私は与えられたこと以外には、何もしない」という考えを持たない方が良いと思う。
また、当然、それを実行しない方が良いと思う。

しかし、人は自由を許されているので、もちろん、「私は与えられたこと以外には、何もしない」という考えを実行しても良いのである。

しかし、上の流れからわかるように、幸福を求めたい人ならば、それを実行しない方が良いだろう。

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次に、「どうして、『私は与えられたこと以外には、何もしない』という人が増えたのだろう?」という疑問が、私達の心中に湧いてくるだろう。

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これを考えるに、これは私達の世界で、よく見られる「組織」が原因と言えるだろう。

私達の周囲には、様々な組織がある。

その組織の内部では、組織の目的に沿って、一人一人の構成員に何らかの特定の役割が与えられる。

その、一人一人の構成員が自分の役割を超えた事柄を行ってしまうと、組織のトップの人間から見たら、その人間は扱いにくい。

その結果、組織の中では、「お前に授けたこと以外に、お前は考えてはいけないし、お前に授けたこと以外の事を実行してはならない」となる。

つまり、組織としては、一人一人の構成員というのは、意思や感情や意見を持たない、ロボットであってくれれば助かるのだ。

だから、私達の周囲に様々に見受けられる「組織」というものが、一人一人の人員をロボットのような、あるいは上に書いているような自閉症のような人材を育て続けてきたことがわかる。

私達の社会に様々に見受ける、多くの「組織」というものは、不要かと思われる。

現在に至るまで、「外敵に備えるため」という名目の下に、あまりにも数多くの組織が必要とされてきたのだが、これは誤りではなかったか。

もっとも、組織というものも、必要とされる時がある。

それは、人間一人だけでは、どうしても達成することが難しいと思われることを実行する目的が、多くの人に認められた時に、また、多くの人が納得した時に、何らかの組織が組まれる時がある。

しかし、通常は、その目的が達成されたのならば、当然、その組織も不要なものとなる。

だから、その組織も解体される時がいつかは訪れる。

また、上の流れからわかるように、組織が個々の人の自由性を奪った結果、「私は与えられたこと以外には、何もしない」ということになり、さらにその結果、不幸な人が増えた、と言えるだろう。


                                       坂本 誠

三千百二十八: 人のブレーキとアクセルについて(独白)

いつも、やっていることを、やろうとしても、どうも、うまく進められない時が誰にでも訪れる。

やろうと思えば、アクセルを踏んで、実行することが出来る。

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しかし、そのような時に、無理にアクセルを踏んで、自分のやりたかった事をやれば、出来上がったものが粗雑になっている場合が多い。
あるいは、駄作と呼べる結果になっていたりする。

こんな時は、アクセルを踏まないようにしている。

もちろん、アクセルを踏もうと思えば、幾らでも踏めるのだ。

そんな時は、何らかの小さな阻害点が、邪魔をしている事に気が付く。

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後になって、振り返って気づくに、心の中の感情の問題であった事が多い。

自分の意識にも上って来なかった、小さな感情的な問題が、無意識下に潜んでいて、その感情的な問題がブレーキをかけていたことが多い。

もちろん、その自分の「感情的な問題」というのは、無意識下にあるので、普通はその感情を把握できない。

目覚めている意識としては、その感情をうまくキャッチできないので、「何か変だ。どこか変だ。何かが自分にブレーキをかけている。しかし、何が変なのかは、何がブレーキなのかは説明しにくい」と、意識の方は考えている。

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いくばくか時間が経って、その無意識下に潜んでいた、自分の感情の問題が、意識の方に昇って来るので、人は、自分の感情の問題を、上手に言語化出来る時もある(もちろん、出来ない時もある)。

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そのように、自分に何かの変なブレーキがかけられている時は、無理に自分のアクセルを踏まない方が良いように感じてしまう。

別の何かをした方が良いように感じてしまう。

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例えば、静かな環境で、瞑想状態になって、自分の心の中をしっかりと覗いてみる。

あれやこれやと、自らの心の内部を静かに子細に点検していく内に、無意識下に潜んでいる感情的な問題を、上手に言語化出来て、問題が解決するかもしれない。

(「自らの心の内部を静かに子細に点検していく」という作業は、仏教用語では内観(ないかん)と呼ばれている。)

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また、例えば、ひたすら絵を見たり、ひたすら音楽を聞いてみるのも良いかもしれない。

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何かの絵を見ていくと、「この絵の、この部分を好きに感じる」と、普段では、味わえなかった感想を手に入れられるかもしれない。
そこから、自分や他者にとっての、何かの非常に有意義な発見があるかもしれない。

音楽にしても同じで、「この音楽の、このフレーズが、とても良いように感じる」と、普段では、味わえなかった感想を手に、、、(後は同じである)。

そのような作業は、日々の自分の主題とはかけ離れていても、一つの有意義な事と言えただろうから、人生を彩るためには、重要な日常の一コマだったのかもしれない。

(ひょっとすると、「日々の主題から離れて、広い視野を手に入れるために、実は、あなたにブレーキをかけていたのだ」という無意識下に潜んでいる自分の感情が言ってくるかもしれない。すると、その時に、無意識下に潜んでいる感情的な問題を言語化出来たので、その人がその感情的な問題を正確に把握できたことになる。)

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また、例えば、いつもの自分の作業空間から飛び出て、余計な事を全く考えることの出来ない程の激しいスポーツをしてみるとか。

あるいは、また、余計な事を全く考えることの出来ない程の競技をしてみるとか。

テニス、サッカー、卓球等の球技だと、プレイヤーは、それ以外の事を考えることは、ほぼ出来ない。

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もちろん、激しく移動するボールを追いかけるのだから、「ボールを追いかける」以外の事を考えたり、実行していたら、そのプレイヤーは負ける。

将棋とかチェス等の競技を行っても同様だ。

それらの球技や競技に熱中した後で、日々の自分の主題に返ってみると、別の側面から、日々の自分の主題を見直せる機会も多い。

球技や競技を例に挙げたけど、もちろん、その人の熱中できるものならば、何でも良いことになる。

上に挙げたことは、一種のラジオ体操とか柔軟体操と言えるだろう。

私達は、日々に同じ個所の肉体を使い続ければ、その部分の肉体は鍛えられるのだけど、その他の肉体部分は衰えてしまうことが知られている。

それを防ぐために、ラジオ体操とか柔軟体操がある。
ラジオ体操や柔軟体操は、全身をくまなく動かすので、身体全体に潤滑油を入れていることになる。

そのラジオ体操や柔軟体操を身体全体の潤滑油として見なせるように、私達の日々の行動においても、「行動全体の潤滑油」が必要とされているのかもしれない。

だから、「行動全体の潤滑油」を必要とするために、日々の自分の主題から離れて、何か他の行動が求められているのかもしれない。

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だから、日々の自分の主題の上で、「何か自分にブレーキがかけられているようだ」と感じた時に、上に書いたように、内観をしてみたり、芸術に打ち込んでみたり、スポーツや競技に熱中したり、あるいは、その他の何かの熱中できることに、ひたすら興じた後で、日々の自分の主題に対して、自分なりの新たな視点を入手しているかもしれない。

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そうなってくると、それらの「自分の日々の主題から離れたことの実行」も、遠回りだったのだが、やはり、それらも、「自分の日々の主題の行動の一つだった」ということになる。

だから、「自分にかけられていたブレーキのようなもの」も、見方を180度変えてみると、「実は、自分にとってのアクセルだった」ということになる。

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だから、私達の人生とは、うまく出来ているのかもしれない。

一見して感じるに、「私達の人生には、数多くのブレーキがかけられているようだ」と、普段、私達は思いがちかもしれない。

しかし、上に書いたように別の視点から、それらのブレーキを全て、アクセルとして見なすと、、、ひょっとしたら、私達の人生とは、うまく出来ているのかもしれない。
少しばかりの苦笑を顔の上に浮かべつつも。


                                       坂本 誠

2017年6月11日 (日)

三千百二十七: 学校のいじめ問題を考えて

■:はじめに

こんばんわ。

世に、学校内部のいじめ問題が報じられるようになって、かなりの年月が経っていると思います。
この段落は、その、子供達のいじめ問題について考えてみたいと思います。

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■:いじめ問題の歴史

現代でも、しばしば、学校内部のいじめ問題について、それらを調査した報道がされています。

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私の学生時代でも、いじめ問題はありました。

いつ頃から、このいじめ問題が、日本内部で発生したかはわかりません。
しかし、戦後の日本教育の内部で、徐々に問題化していったと思います。

ですが、潜在的ないじめ問題とは、もっと早期から発生していたと思います。
例えば、戦前の戦争教育も兼ねた段階だと、上級生が下級生を戦争的な教育を与えるための教育だったのでしょうか。

これを、もっと、詳細に見てみると、おそらく、軍隊内部で行われていた、「下級の兵隊達を鍛える」という名目の下に行われていた、体罰的な、調教でしょうか。

ですから、この「いじめ」と呼ばれるスタイルは、軍隊等にみられる、ピラミッド型組織の内部での、上にいる者が下にいる者を、見下しつつ、「これは、ありがたくも、あなたがたを鍛えるための厳しい教育なのだ」という嘘をつきつつも、実行していた体罰が原因かと、私は考えます。

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要は、ピラミッド型組織と、そのピラミッド型組織の内部システムが、「いじめ」と呼ばれる非人間的な行動を作り上げると思います。

ピラミッド型組織の上部にいる者が下部にいる者を差別することが出来るので、その差別視が「いじめ」行動を生むと思います。

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■:私が見た例

最初に要点を書いたのですが、次には具体的なものを考えていきたいと思います。

私の世代でも、学校内部での「いじめ」問題を見たことがあります。
そして、いじめる側の何人かの生徒達がいました。

そして、最初は、いじめる側の生徒達が、なぜ、周囲の生徒達をいじめているのかがわかりませんでした。

しばらく経って、わかったのですが、それらのいじめる側の生徒達が主張していることに一致している条件が多いことがわかってきました。

その一致している条件を、私の思い出せる限りに以下に列挙してみると、

①:両親が離婚したので、私の家は、片親である
②:私の家で、両親が不仲である
③:自分の学業成績が悪いと周囲の人に言われているので、イライラしている

まだ、他にもあったかと思うのですが、代表的に思い出せるのは、上の3件でしょうか。

以下は、上記3件について考えてみます。

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■:それらの理由は「いじめ」を起こす理由になるのか?

上記に挙げた3件を考えてみましょう。

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■■:①と②を考える

「①:両親が離婚したので、、、」と「②:私の家で、両親が不仲で、、、」は、似通った理由なので、同一のものとして考えて良いと思います。

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私の学生時代のいじめる側の生徒は、確かに、①と②の理由によって、日々がいら立ち、欲求不満を発散させるべく、「いじめ」と呼ばれる行動を起こしていたのかもしれません。

また、私の時代だと、「非行問題を起こす」ということを「グレる」と言っていましたが、今でも使われているかもしれませんが、①と②の理由によって、「グレ」たかもしれません。

確かに、①と②の理由によって、気の毒にも、家庭内部で欲求不満がたまる人もいるかもしれません。

しかし、その欲求不満のはけ口として、仮に、どこかの誰かの生徒をいじめたとしても、その人の家庭環境は、何も変わらないわけです。

その、いじめる側の生徒が、どこかの誰かの生徒をいじめている時は、その欲求不満が幾分か晴れるかもしれません。

しかし、根本的な問題は解決していないので、自宅に帰れば、再び、欲求不満の種を自身に宿すので、再び、同じいじめ行動が起きます。

ですから、①と②の理由によって、「いじめを起こす」というのも、筋違いな行動を起こしているのであり、私の見かけたことのある、いじめる側の生徒達というのは、意味の無い行動を起こしていたと見ています。

今、考えると、それらのいじめる側の生徒達は、建設的な解決方法を考えると、自分の家庭に対して、それらが解決するような何らかの行動を起こすのが普通だと思います。

しかし、そのような建設的な解決方法に向かわずに、筋違いの行動である、うっぷん晴らしのための「いじめ」を起こす、という行動があるというのは、これは、その、いじめる側の生徒達の方が、依存的な性格であったり、ある意味、甘えがあると言えるでしょうから、やはり、そのいじめる側の生徒達の心に問題があると思います。

自分の本当の問題を解決したいと思うならば、筋違いのことをせずに、真っ向から、その問題に向かうべきでしょう。

ですから、私が学生時代に見かけた、いじめる側の生徒達の心が屈折していたと言えるかと思います。
ですから、やはり、「いじめる側の生徒達の環境が悪い」というよりも、「依存心の強い、その心の状態の方に問題があった」と言えるでしょう。
ですから、ここでも、何かの不具合の原因を周囲のせいにせず、「自分の幸福は自分が作らないといけない」と、自分に言い聞かせることが、大事になるかと思います。

ここでも、「自立」の精神が求められると思います。

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そして、今後は、この「①:両親が離婚したので、、、」と「②:私の家で、両親が不仲で、、、」等の家庭崩壊とか片親問題とかを、あまりにも気にしたら、いけないと思います。

なぜならば、私達の社会で人口減少が進んでいます。

これだと、当然、何かの理由での離婚とか、家族離散も多々発生するでしょう。
他ならぬ、現代でも、人口減少が進む中、離婚とか一家離散などが多発しているので、それ自体が、さらに、人口減少の原因ともなっているかと思います。

要するに、戦後社会で、「社会のモデル・ケース」と言われてきた「核家族化」と呼ばれるもののが、廃れて来ているのに気が付くでしょう。

この「核家族化」と呼ばれるものは、「一家の中に、父と母が居て、その下に何人かの子供がいることが理想的だ」とされるモデル・ケースです。

このモデル・ケースが廃れて来ているのです。
その原因としては、社会に様々に根付く問題が影響している筈ですが、それらを考慮していると、紙数が、あまりにも足りず、別件とも絡むので、この段落では省略します。

要は、世間でも、「核家族ではない家庭」も世に増えているので、自らの家庭環境を、あまりにも気にせずに生きていくことが、今後は大事になって来ると思います。

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■■:既存の教育方針から③を考える

③の「自分の学業成績が悪いと周囲の人に言われているので、イライラしている」というケースもいじめの問題を起こすようです。

少しばかり、既存の教育方針と思われるものから、この③のケースについて書いてみます。

この③のケースも、いじめる側の生徒達が筋違いの解決方法を行っていると言えるでしょう。
上記の理由により、イライラするので、それを発散させるために、どこかの誰かをいじめるのでしょうか。

しかし、どこかの誰かをいじめたからと言っても、真の問題解決を立ち向かおうとしていないので、何度も、不満がたまるので、いじめを繰り返すだけとなるでしょう。

たとえ、いじめる側の生徒達がいじめを行っても、その結果が自らの学業成績のアップにはつながるわけはないのです。

①と②もそうでしたが、この③のケースにしても、同じで、いじめる側の生徒達にとっての、真の問題解決をせずに、逃避的な行動を行う結果が、「いじめ」となっていると思います。

要は、いじめる側の生徒達の心理状態とは、逃避的な傾向があり、また、依存的な性格があると感じます。
あるいは、屈折した思考プロセスを身に着けてしまっているかと感じます。

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■■:既存の教育理念そのものに問題は無いのか

ここまでは、既存の教育理念と思われるものから、③のケースについて書いてみました。

ここからは、その「既存の教育理念そのものに問題は無いのか?」という視点から、書いてみたいと思います。

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常日頃、私達が、世間の多くの人や、(一大教育システム等の)既存の巨大機関の方が、「これはこうだ」とか「あれはこうあるべき」等のような主張を、数多く聞かされていたら、それを聞かされている側の方が、「ひょっとしたら、(一大教育システム等の)既存の巨大機関そのものの方に、大きな問題があるのではないのか?」という問題に気が付きにくくなるからです。

しっかりと考えてみましょう。

なぜ、私達の教育システムの内部では、激しいまでの競争が推奨されているのでしょうか?

小学校に入った時から、子供達は、テスト、テストが与えられ、その都度、そのテストの点数ばかりに目を奪われ、そのテストの点数により、差を設けられている、と誰もが感じるのではないでしょうか。

「差を設ける」というのは、他ならぬ「差別化している」ということでしょう。

テストの点数を元にした、ほとんど全ての人々の差別化が実行されていると思います。

これにより、全ての人々の間での競争が促されているのにも気が付くでしょう。

つまり、現代でも、私達の社会そのものが、巨大ピラミッドを作り上げようとしていることがわかるでしょう。

これらの競争や差別化や巨大ピラミッド作成作業により、その巨大ピラミッドの上部に位置する人間と、巨大ピラミッドの下部に位置する人々が、生み出されます。
「序列化」という作業ですね。

つまり、支配、隷属という、状況が暗黙の内に、私達の社会の中で実践されていることがわかるでしょう。

そして、そのピラミッド内部の「序列化」を現す道具としては、学生時代には、テストの点数の数値等が使用されていることでしょう。

そして、学生時代が終わると、今度は、そのピラミッド内部の「序列化」を現す道具として、主な道具としては、金銭や位階を現す役職名が使用されていることでしょう。

つまり、私達の社会で、「支配」と「隷属」を行う暗黙の作業が行われているというのならば、これは問題であり、この巨大システム自体の放棄を私達は考えないといけなくなるでしょう。

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ですから、いじめ問題の③のケースの「自分の学業成績が悪いと周囲の人に言われているので、、、」の真の問題とは、巨大ピラミッド・システムを維持するために、私達の社会で暗黙の内に実行されている「支配」と「隷属」の作業を、放棄するかどうかにかかっていることに気が付くでしょう。

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私達の新聞やテレビの報道でも、時々、世界各国の学力報道について聞かされるケースも多いことでしょう。

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その世界各国の学力報道では、大体、以下の話題となるでしょうか。

「先日、行われた、世界各国の小学校を対象として、同一のテストを実施すると、1位は、A国であり、2位は、B国であり、3位は、C国であり、、、、だから、我が国の成績は悪いですから、成績アップするように、我が国の小学校の生徒達は学習に、もっと励みましょう」

という類でしょうか。

そして、読者の方も感じるかと思いますが、既に、世界各国の小学校の生徒達を巻き込んでの、国際競争社会にしていることがわかるでしょう。

そして、流れとしては、

  「私達の国際競争社会に負ければ、それは技術の負けを意味するから、その技術競争で勝った国から、私達の国は滅ぼされるかもしれない」

という脅しが見えるでしょう。

これは、資本主義社会の多くの国の内部でも行われている、企業間の技術競争と同じ競争が、世界各国の小学校にも、暗黙の内に取り入れられていることがわかるでしょう。

各国の内部での企業間の技術競争に負ければ、負けた企業というのは倒産するので、その企業内部の労働者が失業し、つまり、生活賃金の不足が起こるので、生活の困窮発生が問題とされています。

私達の社会の間で推奨されている、企業間競争とか技術競争というのは、つまり、死活問題なのです。

つまり、私達の資本主義社会の根本に据えられている方針には、恐怖と支配が潜んでいると言えるでしょう。

ですから、私達の資本主義社会で「競争を推奨している」という現象を言い換えると、「死活競争を推奨している」とわかるでしょう。

この資本主義社会内部で推奨されている企業間競争とか技術競争と、私達がテレビや新聞などで、楽しんでみているスポーツとか競技等で見られている「競争」とは、全く別種の競争だとわかるでしょう。

スポーツや何らかの競技で見られる、プレイヤー同士のファイン・プレーを見るために競争が行われていますが、これらには、健やかで、感動し、涙を見る程の、爽やかな競争があるかもしれません。

しかし、資本主義社会内部で実施されている企業間競争とか技術競争には、そのような爽やかなものを感じないことでしょう。
なぜならば、その企業間競争とか技術競争には、その競争に参加している人々の背後に死活問題が潜んでいるからです。

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そして、その状況で、「死活問題を背後に控えた、私達の、企業間競争とか技術競争が、私達の生活の向上に役立っているのだ」と、声高に、必死に言う人に、疑問を感じる人も多いのではないでしょうか。

要するに、子供達の「いじめ問題」の根本に居座っている課題とは、実は、私達の根本の問題でもあるわけです。

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そして、テレビや新聞などで、上記に挙げた例「先日、行われた、世界各国の小学校を対象として、同一のテストを実施すると、、、」のように、人々の間で、常日頃、数多くの競争が囃し(はやし)立てられていると、いつのまにか、多くの人々も、「競争は素晴らしいことなのだ」と、信じ込んでいくことも問題だとわかるでしょう。

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実際には、テレビや新聞を使って、各国の教育機関が協力して、世界各国の小学校の生徒達を比較する学力テストを実施するわけです。

そして、その世界各国の教育機関が記者会見を行って、強制的に、その国の内部で、それらの学力テストの結果を報道させます。

その結果、世界各国の小学校の生徒達の競争意欲を高めさせているのに気が付くでしょう。

つまり、世界各国の教育機関のヘッドにいる人々は、以下のような狙いがあることに私達は気が付くでしょう。

  「世界各国の全ての学生達の競争意欲を高めよう」

と。

この狙いなどが、やがては、地球全体に配置済み、あるいは、構築中の巨大ピラミッド型システムを維持を図っていることに気が付くでしょう。

そして、この巨大ピラミッド型システムの仕組みとか規則とかプロセスが、私達の社会の諸々の問題の根源となっていることに気が付くでしょう。

この巨大ピラミッド型システムの狙い自体が、支配、隷属、階層化(つまり差別化や奴隷化)ですから、ここから、社会の諸々の問題が発生していることに気が付くでしょう。

列挙すれば、格差問題、人種問題、金銭問題、差別化問題、あるいは、冒頭から論じている、いじめ問題です。

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もともと、日本では江戸時代までは、義務教育制度も存在していませんでした。
ですから、江戸時代までは小学校も存在していませんでした。

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ただ、勉学を自主的に望む人々には、寺子屋があったり、あるいは、「藩校(はんこう)」という教育システムがありました。

しかし、明治時代になって、義務教育制度が実施されます。

当時は、ヨーロッパ諸国の進行を防ぐために、富国強兵策が日本でも敷かれました。

日本全体を強くするには、兵隊一人一人が強くなければいけません。
兵隊一人一人が強くあるためには、国民が兵隊になる以前に、豊富な知識を持ち、生産能力などに優れ、経済的にも、ヨーロッパ諸国に打ち勝つほどの、教養を全ての国民が持つ必要があったでしょう。

ですから、自然と、富国強兵策を実行するためには、全ての国民に対しての義務教育制度を実行する必要があったでしょう。

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上の例で書いた「先日、行われた、世界各国の小学校を対象として、同一のテストを実施すると、、、」も、競争を推奨していることから、結局、以下の事の言い回しだと感じてくるでしょう。

  「これらの競争を実施している、世界各国を仮想敵国と見なして、それらの競争に勝っていきましょう」

と。

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他の人々も変に感じないでしょうか?

世界各国の人々の間では、世界平和が願われています。
しかし、それとは、逆に、世界各国の間で、死活競争であるところの、各国同士の企業間競争や技術競争が促されている光景を見て、「これは、どこか矛盾している」と感じないでしょうか?

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競争が闘争になり、闘争が戦争になる。

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■:私達の世界の根本問題から考える

なぜ、私達の世界では、これほどの状況を呈しているかと、調べてみるに、話が長くなり過ぎてもいけないので、私が見かけた主要な二つを、以下に列挙してみると(私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にしました)、

『三百十九: イルミナティについて 』
●ジェイ・パーカーインタビュー①
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no35-53fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=W02bxSqtc-I



●ジェイ・パーカー:
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字幕:「ジェイ・パーカー:どの様に3400万人の悪魔崇拝イルミナティアメリカ人達が地球を混乱させ続けるよう助けているのか。」

「イルミナティや他の闇のカルトネットワークはおそらく、9600BCの地球大変動にまで遡ります。」
「大変動の後に、地上の人類は衝撃と落胆の状態にありました。」
「私の調査からその特定の時代は、、、、闇のカルト信者達はインドやバビロンでの文明の再起動において、決めたのです。」

「地球全体を支配してもいい筈だとね。」

「人々を闇に閉じ込め続け、私達は基本的には邪悪な司祭職になり、そして彼等のマインドを支配するんです。」
「ですからその様にして彼等は神よりも金持ちになったのです。」
「そして一旦お金を持つと、政治家や王族を腐敗させる事が出来ますし、そして基本的にはゆっくりと社会を支配していく事ができるのです。」
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(引用終わり)

(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
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そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。

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そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
というわけで、あなたがたの中にあるRコンプレックス部分の周波数を、まるごと認め、愛し、手放すことによって、その特性であった恐怖や混乱、支配、競争といった周波数帯と同調しなくなり、さらに高い周波数域である、愛と創造性に基づいた、高次のシステムと共振していくことが可能になることでしょう。
このことはいくら強調してもいいほどです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

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(引用終わり)

ちなみに、レプティリアンというのは、どういう存在なのかというと、

『二百十六:レプティリアンについて』
●REPTILIAN NEWBORN
(レプティリアンの赤ちゃんのビデオ)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/post-fbdf.html
https://www.youtube.com/watch?v=gQPlxUb-p2o



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■:おわりに

というわけで、いじめ問題の根本にある問題について、私はご紹介することが出来たと思います。

したがって、「子供達のいじめ問題を無くすには、どうしたら良いのか?」を私達が論じる際には、その根本の問題である、レプティリアン問題とかイルミナティ問題を、多くの人々が真剣に論じ合った方が良いと思います。

少なくとも、子供達のいじめ問題を論じる前に、これらのレプティリアン問題とかイルミナティ問題を論じた方が良いと思います。

なぜならば、私達の根本として、レプティリアン問題とかイルミナティ問題があるため、その配下にある「子供達のいじめ問題」を解決しても、また、同様の、似通った問題が現れるからです。

長くなってしまいましたが、ここまで読んで下さり、ありがとうございます。


                                       坂本 誠

2017年6月 7日 (水)

三千百二十六: 青空下り

       青空下り


   目を閉じて
   自分の心の中に広がる 青空へと 飛び降りる。
   遥か下方に見える
   白い山の頂を目指して
   ゆっくりと降りてゆく。

   鳥が 青空を波として その波の上を滑るように、
   私の心の中央から奏でられ 広げられる 音楽の波の上に乗って
   ゆったりと 空を舞う。
   その様(さま)は 空と海を背景にした
   一艘(いっそう)の白い小舟か。

   乾いた風の音(ね)が聞こえるのみで
   天の頂から
   白い陽の光が 
   さらさらと流れ降る(くだる)のを見ていると、
   まるで 時が静止しているかのよう。

   その 静止した時の流れの中で
   鳥と両手をつなぎ 輪を描きながら、
   下方の山の頂 目がけて 降りてゆく。
   陽射しを背中に かざしつつ。
   心の中の 青空の中で。

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                                       坂本 誠

2017年6月 6日 (火)

三千百二十五: 東洋医学のツボと西洋医学の話題

こんばんわ。

最近、夏風邪を患っていました。
まだ完治したわけではないのですが、当然、夏風邪対応には追われていたわけです。

そのような状況で、ふと目に止まったHPがありましたので、ご紹介させて下さい。

それは、以下のHPです。

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●咳をピタッと止める簡単な7つの方法!咳で眠れない方も必見! - BARBER=HIDEのブログ
http://barber-hide.com/2331.html
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上記HPの中には、様々に咳を静める方法がありましたので、役に立ちました。
ありがとうございます。
様々な人も、咳が出る時には役に立つかもしれません。

私が特に注目したのは、同HPの『孔最(こうさい)と天突(てんとつ)』というものでした。

これには、「咳を静める」と言われている肉体上の「ツボ」が紹介されてありました。

「ツボ」というのは、中国発祥の東洋医学です。
この「ツボ」を刺激することにより、肉体上の様々な不具合が解消する、と言われています。

現代でも、この「ツボを刺激する」という方法には着目しても良いのではないでしょうか。
そう思って、他のツボについても調べてみました。

それらの幾つかを以下に紹介させて下さい。

(以下、『疲れ目・眼病に効くツボ(手)/眼精疲労・疲れ目解消の知恵辞典』より文章と写真を抜粋引用)
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●疲れ目(眼精疲労)・眼病に効くツボ(手)
http://eye-grand.com/kowledge/tubo2.html

_1

・老眼点(ろうがんてん)
小指のつけ根の横じわの中央にある。
老眼や、老眼による疲れ目、老人性の白内障の予防にもきくという話しもある。
(但し、老眼は簡単にはよくならない)

・眼点(がんてん)
親指を曲げて山になった関節の中央のくぼんだ部分。
大骨空(だいこっくう)とも言う。
OA機器やテレビが原因で起こる目の痛み、充血によく効くと言われている。
痛い方の目側の親指を重点的に行うとよい。

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(引用終わり)

(以下、『急な下痢や腹痛に!即効性のある5つのツボ - NAVER まとめ』より文章と写真を抜粋引用)
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https://matome.naver.jp/odai/2139934958919270601

ツボその① 関元 (かんげん)

_2

ツボその② 天枢 (てんすう)

_3

ツボその⑤ 下痢点 (げりてん)

_4

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(引用終わり)

他にも、探せば、まだまだ、発見できることでしょう。

このような「ツボ」というのも、現代の私達の生活に役立てられるのではないかと思います。

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ここからは、この東洋医学と西洋医学について書いてみます。

ここまでは、他のHPの紹介でしたので、短い紹介で済んだのですが、ここからは、長い文章となってしまいました。

上記のように、東洋医学で有名な方法というのは、「ツボを刺激する」というものです。

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「ハリ療法」というのも、これですね。

西洋医学というものは、これは、多くの人も知るように、私達の街にも幾つかの病院を見かけると思います。
その病院を建てるためには医者が必要です。
その医者を養成するために、私達、日本でもそうですが、数多くの医療学校があります。

この医療学校では、西洋医学が教えられるのです。
そして、医療学校には、国家の方針が組み入れられます。

つまり、国家を挙げて、少なくとも日本内部では、「医者」という全てのシステムとプロセスには、西洋医学の知識が敷かれています。
原則として、東洋医学の流れは組み入れられていません。

また、医療関係にも、様々な法律がありますが、これらのほとんど全ては、西洋医学の知識から判断されたものが組み込まれています。

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ですから、東洋医学であるところの、上に紹介した「ツボを刺激する」という手合いの全ての文章を注意深く読んでみると、「、、、治ると言われている」とか「、、、治るらしい」等のように、「言い伝えられているだけだ」とか推測の言葉が多用されています。

つまり、東洋医学というのは、日本においては、「西洋医学からの見地で証明していない」という、大まかな方針が打ち出されているのです。

要するに、多くの国では、国家主体で、西洋医学ばかりが、その国の医道の方針として、推進されているのです。

ですから、多くの国々では、この東洋医学というのは、軽んじられているのです。

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「多くの国々の内部で、東洋医学が軽んじられている」という理由については、様々なものがあるかと思います。

読者の方々も、独自に、その理由については、調査したりされたら良いと思います。

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ここからは、さらに突っ込んだ議論をしてみたいと思います。

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その議題としては、「西洋医学の効果は科学的に証明されているか」というものです。

東洋医学の主な治療方針は、冒頭でも紹介しているように、「肉体のツボを刺激する」というものです。
これに反して、西洋医学の主な治療方針は、多くの人も知るように「どこかの医薬品メーカーの作成したクスリを服用する」というものです。

手術に関しては、直接に人間の肉体内部を鋭利な刃物で開いて、その病巣と言える部分を、直接、摘出します。
この「手術」という方法については、今回は、東洋医学との比較を行いません。

この「クスリを服用」というパターンの効果が、本当に、医学的に証明されているのでしょうか。

実を言うと、ちょっと驚くかと思いますが、この「クスリを服用」の効果が、本当に医学的に証明されているわけではありません。
また、生物学的な側面から見ても、その薬の効能が、生物学的に証明されているわけではありません。

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西洋でも、科学の発展していない段階でも、「薬草」というものがあったことが知られています。

当時の医者に相当するような人が、どこかから、「肉体に起きる病の、これそれの病に効くと言われている」という薬草の存在を聞いてきて、その薬草を集めて、人に飲ませ始めたのが「クスリ」の発祥だと言われています。

薬草の存在ならば、日本の古来からも伝わっていますので、その「薬草を病人に与える」という風習が、古来の日本からも伝わっています。

その科学技術の発達していない時代での「薬草服用」という医療方針を考えてみましょう。

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そのような過去の医者達も、以下のような疑問を持っていたことでしょう。

  「この薬草の、どの成分が、どのようにして、人体の病巣部に効くのだ?」

と。

つまり、どんな医者も、その薬草成分の効能のメカニズムを解明しなかったにも関わらず、その薬草をクスリとして広く用いていたことがわかるでしょう。

つまり、他の人から伝え聞いた情報であったり、一連の経験から手に入れた情報によって「このクスリは、この病気に効果がある」と、当時の医者が経験的な感じで決めていったのです。

ですから、このような西洋医学の過去の流れを考えると、西洋医学の発端というのも、これだと十分に「生物学的に証明されていない」と表現できるでしょう。

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現代でも、時々「この病気に対しての、新しいクスリを発見した」という手合いの報道を見かける機会が、読者の方々にもあるかと思います。

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ところが、この「新薬の発見」というのを、調べてみると、その多くが「偶然に発見された」という手合いのものが多いのです。

そして、医者や化学者のちからで、そのクスリの化学式(分子式)が、公開されます。

「化学式」というのは、学校の化学の時間で習った、あの「C」とか「H」とか「O」等の元素の構成が記載されたものです。

そして、医学側の説明によると、「これらの化学式が病を持っている人体の内部に入って、病気の部分の人体を、このように治しているであろう」と、説明されます。

ですから、医薬品メーカーが、上記での新薬発見などがあった際には、その新薬の化学式を使って、「新薬の効果がさらに向上された」と言われる、バージョン・アップのような新薬が作成されます。

例を挙げると、新薬の化学式の中の「Fe」を一つ無くして、その「Fe」のあった場所に、新しく「P」を取り付けてみる、という具合です。

そして、「バージョン・アップがなされた」と言われる薬は、人体実験が成されて、その効能を元に、「バージョン・アップの薬は、さらに効果があった」という見出しの元に販売されます。

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ところが、上の例での「偶然に発見された」とされる「新薬」についても、「ある病人に対しては効果があるらしいが、別の病人に対しては、効果が無い」というケースも、多々報告されるようになりました。

私が上に書いた「なんらかのクスリが、ある病人に対しては効果があるらしいが、別の病人に対しては、効果が無い」というのは、結構、大事なことです。

つまり、これだと、西洋医学の流れから来る、「クスリ主体の治療方針」というのも、非常に曖昧になっているのに、読者の方々も気が付かれるでしょう。

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新薬に関しての医者や化学者の説明する説明文があります。
その説明文には、新薬の化学式が添えられているケースも多いです。
そして、「その新薬の化学式が人体に入って、人体内部の病巣部分の化学式に、このような影響を与えている筈である」という説明がなされています。

しかし、それでも、その新薬が「ある病人に対しては効果があるらしいが、別の病人に対しては、効果が見られない」というケースが、非常に見られるのが、現代医学なのです。

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この状況ですから、たとえ、発見された新薬を、さらに、バージョン・アップした新薬でさえも、「ある病人に対しては効果があるらしいが、別の病人に対しては、効果が見られない」というケースが、見受けられるのです。

ですから、この手のクスリの説明として、最新のものとなってくると、「このクスリは、約60%の病人に効くと推定されています」等の、注意書きもあります。

残りの約40%の病人には、そのクスリは、効果が無いのかもしれません。
このような書き方だと、つまり、推定となってきますから、「残りの約40%」かもしれないし、あるいは「残りの約80%」になって来るかもしれません。

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というのも、この話の発端で書いたように、主に「新薬発見」というのも、偶然に発見され、その発見をしたとされている医者が、何人かの被験者に対して効果があったように見えるので、「新薬発見」とされたのですが、地球上には、人口減少も囁かれていますが、いまだに人の数は多いのです。

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医者が何人かを検査しただけでは、それだと、当然、地球上の全ての人を検査したことにはならないのです。

確かに、現代の新薬の効果が、化学式を使って、図式的に世に説明されるのは、かなり、説得力のある手段でしょう。

しかし、「ある病人には、その新薬の効果があるのですが、別の病人には、その新薬の効果が見られない」となると、読者の方々は以下のように考えるでしょう。

  「化学式まで使って、説明された図にも、どうやら不具合があるかもしれない」

と。

(こうなってくると、以下にも説得力のあった、化学式を使ってでの、説明された図にも、あるいは、最近では、コンピューター・グラフィックスを使用してまで作成された化学式のアニメーションにも、人は、急に、それらに魅力を感じなくなるかもしれません。)

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「なぜ、こうなるのか?」と誰でも疑問を持つでしょうが、この主な原因としては、よく言われているように、「人間の人体のカラクリというのは、まだまだ、不思議な点が多い」ということになるでしょう。

人体の不思議と驚異です。

個々の人の違いを考えてみてもわかります。

例えば、日々に運動している人ならば、病気になっても、回復が早いかもしれない。
しかし、運動不足の人ならば、病気になったら、回復が遅いかもしれない。

日々に運動している人と運動不足の人の身体の細胞の仕組みは同じかもしれない。
つまり、人の身体の細胞ですから、両者の人体の細胞は同じ化学式で現されているかもしれません。

例えば、運動している人の細胞も、運動不足の人の細胞の化学式も、同一の、例えば、「C + ,,,H + ,,,O +,,,」かもしれません。
その「C + ,,,H + ,,,O +,,,」の細胞に向かって、新薬であるところの化学式の、例えば、「C + ,,,P + ,,,H +,,,Fe」が向かっていくのですが、日々の運動量の違いによって、その化学反応式に何らかの違いがあるかもしれません。

あるいは、日々に運動している人と運動不足の人の身体の細胞組成の化学式が、若干、違っている可能性も高いです。
もともと、地上に住んでいる全ての人の、DNAにはそれぞれ違いがあります。

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だからこそ、地上に住んでいる全ての人々の顔つきは違っています。
また、人種間の違いで見られるように、肌の色の違いもあります。
また、民族間の違いによっても、体つきの特徴の違いがある、ということは、つまり、それだけ、民族間でも、DNAに違いがある、ということを意味しています。

つまり、地上に住んでいる全ての人の持つ、個々のDNAには相違があります。

この状況だと「絶対に全ての人に効果のあるクスリは存在しないだろう」とわかるでしょう。
全ての人のDNAは若干に違っているのですから。

また、DNAの違いだけでなく、上に挙げたような個々の人の運動量の違いとか、あるいは、個性の差によって、何らかの違いが、個々の人の身体の中の違いを生んでいるかもしれません。
例えば、日々に採取している栄養の違いもあるかもしれません。

あるいは、私達、人類の未だ知らない人体のカラクリが、体内に潜んでいるのかもしれません。

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新薬の説明の際に、よく化学式を使ってでの、クスリの効能のプロセスが説明されます。

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この手法は、私達が学校の数学テストの際に、何らかの公式を使って、問題を解く手法とほぼ似ています。

しかし、数学のテストの問題の解答は、たった一つの解答が用意されているだけです。

しかし、こと、人体内部の化学反応のプロセスとなると、上に長くも書いたのですが、そのプロセスの複雑さや、個々の人の相違点や、その他の様々な条件の相違点を考慮していると、簡単なものでは無いことが読者の方もわかると思います。

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長くなっているのですが、新薬の効果の説明のプロセスが化学式を使って、また、3DCGを使ってのアニメーションでも、説明されていたりする光景を私達は見かけます。

しかし、それは、いわば、数学のテストの際に、たった一つの問題に対して、たった一つの公式を使って、その問題を解こうとしている光景と、ほぼ同じなのです。

現実の人体の内部のカラクリは、もっと複雑なのです。

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ですから、ここまで書いていますように、「西洋医学と言えども、その効果が、科学的に、生物学的に証明されたわけではない」というのがわかると思います。

人一人の人体の内部にも相違がありますので。

どちらかと言えば、西洋医学の技術も、経験から得られたものが多く、「ある病人には効いて、ある病人には効かない」という状態が発生していると言えるでしょう。

ですから、新薬の発見も、偶然で得られたものも多く、また、その「新薬の効果の具合を示している」とされている、3DCGのアニメでさえも、上に長く書いたような不具合が見られる、というわけです。

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言わんとするところは、要は、「私達は、現代の西洋医学に、深い信頼を置くべきではないだろう」の一言です。

ですから、「西洋医学も、あまり信頼できない状態だったら、東洋医学を信じても、いいんじゃないのかな」というのが、今回のエッセイで主張したかったことなのです。

結論は、簡単な一言となるのですが、その結論に至るまでには、説得を必要とする文章を連ねないといけなかったので、少し長いエッセイとなりました。

長くなりましたが、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


                                       坂本 誠

2017年6月 1日 (木)

三千百二十四: ゲームとギャンブルの違いを考えて

前書き:

前段『三千百二十三:麻雀ゲームを通じての人生論を聞いてみて』で引用した、サイト先のURLを間違えて記載していました。

かなり、シリーズが多かったので、URLを間違えたようです。
以下のように修正しています。

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■修正前:

●土田のオカルト 132.感性を豊かにする方法 | 麻雀ウォッチ
http://mj-news.net/column/tsuchida-mjall/tsuchida_occult/2017052957307

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■修正後:

●土田のオカルト 132.感性を豊かにする方法 | 麻雀ウォッチ
http://mj-news.net/column/tsuchida-mjall/tsuchida_occult/2017052757303

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ちなみに、修正前のURL「http://mj-news.net/column/tsuchida-mjall/tsuchida_occult/2017052957307」は、「土田のオカルト 134.強さには限界点がない」を指していました。

前書き終わり

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こんばんわ。

前段『三千百二十三:麻雀ゲームを通じての人生論を聞いてみて』で、麻雀のことについて書いてみました。

前段を書いた後で思いついたのですが、最近では、「法的にカジノを許可しよう」という法律が出来そうだと聞いています。

このカジノに関する法律は、別名ギャンブル法とも言われていますね。

このゲームとギャンブルの違いについてのエッセイを書いてみようと思い立ちました。

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「ゲーム」というものは、何らかの人の遊び事だと言えるでしょう。

一人か、複数の人が集まって、何らかの遊具を使って、楽しむものだと書けるでしょう。

そして、「ギャンブル」というものについて迫ってみましょう。

私が考えるに、この「ギャンブル」というものは、何らかの運の要素の強いものを使って、その運に沿って、金銭を入手する手段だと言えないでしょうか。

私達の生活の中でも、ゲームの中には運の要素の強いものがあります。

そして、その運の要素の強いゲームを使って、そのゲームに金銭獲得の手段を絡(から)ませたものが、いわゆる、「ギャンブル」というものになっているケースが多いのではないでしょうか。

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ですから、麻雀でも、最近では「ノーレート・マージャン」とか「健康麻雀」と言われているものがあります。

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この「ノーレート・マージャン」というのは、いわゆる、金銭を賭けない麻雀です。

さらに、「健康麻雀」となると、「ノーレート・マージャン」が採用されている上に、対局中は禁煙が義務付けられています。

「ノーレート・マージャン」とか「健康麻雀」になると、人はそれに賭博性を感じないでしょうから、それらは、つまり、ゲームと言えるでしょう。

しかし、これとは逆に、金銭獲得の手段に転用されたゲームが「ギャンブル」と言えるようになるのではないでしょうか。

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巷では、「カジノ法と呼ばれるものが決まれば、世に、ギャンブルを行う人が増えて困る」という懸念がなされているようです。

つまり、この手の真の問題とは、ゲームそのものでは無く、何らかのゲームに対して、金銭獲得の手段を絡めて、そのゲームを使って、ギャンブルを行うことに問題を感じる、と言っていることになるでしょう。

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さらに今一歩、このギャンブルというものの問題を考えてみたいと思います。

「このギャンブルによって、金銭を獲得することに問題がある」と言われているようです。

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このギャンブラーと言われている人は、何らかのゲームを使用した、ギャンブルを行って、お金を入手するのかも、知れませんが、ギャンブルに使われているゲームには運の要素の強いものが多いので、いつも、勝つわけとは限らないようです。

いつもいつも、そのギャンブルで勝っていれば、常に安定した収入となるのでしょう。

しかし、運の要素が強いので、いつも勝つとは限らないので、負ける日もあることでしょう。

結果として、ゲームを愛好するのではなく、ギャンブルを愛好するようになれば、手持ちの現金の増え具合とか減り具合が激しくなり、その人の生活が荒れることでしょう。

報道でも、よく報じられているケースで、「ギャンブルには非常に問題がある」とされているのは、このケースだと思います。

つまり、この手の「困ったギャンブラー」というのは、「ゲームそのものを愛好している」というよりも、「ゲームを転用した、金銭獲得手段であるギャンブルを愛好している」と言えるでしょう。

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つまり、私の見立てによると、この手のギャンブルの問題というのは、実はお金の問題と言えると思います。

私のブログを昔から読んで下さっている読者ならば、私が以前から、お金の問題点等を書いていることをご存じでしょう。

ですから、このように、お金の問題について、ストレートに語ることが出来ます。

しかし、お金の問題点について、多くの方は語りたくないかもしれませんから、私がここまで書いたように、「ギャンブルの問題とは、ゲームそのものの問題ではなく、実は、お金の問題なのだ」と、素直に語りにくいかもしれません。

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ですから、世には「自分はギャンブル依存症から抜け出たい」と願っている方もおられるかもしれません。

そのような願いを持たれている方が、私のブログを読む機会があるかどうかはわかりませんが、上の流れをふまえつつ、以下のような自問自答してみると、ギャンブル依存症から抜け出せる機会となるのではないでしょうか。

  「私は、ゲームそのものを楽しんでいる、というよりも、金銭そのものの方を愛好しているのではないだろうか?」

と。

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ところが、私達の間に普及しているゲームとして、例えば、将棋とか囲碁とか麻雀とかチェスとかオセロ等があると思います。

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将棋とか囲碁とか麻雀とかチェスとかオセロ等のゲームだと、金銭を賭けていない人も多いことでしょう。

実際、それらのゲームを楽しむ際には、金銭を賭けていなくても面白いのですね。

つまり、これらのゲームを楽しむ人は、それらのゲームに込められているゲームの面白さ自体を楽しんでいることがわかるでしょう。

つまり、それらのゲームと金銭を切り離すことが可能なのです。

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しかし、これとは逆に、金銭が非常に絡められたゲームがあります。

中には、「金銭のやり取りが絡められていないゲームというのは、非常に面白さを感じない」というゲームも世にはあるかもしれません。

こうなってくると、「それはギャンブルだ」と言えるでしょう。

また、もし仮に、未来において地球上から金銭というものが消えたと仮定しても、将棋とか囲碁とか麻雀とかチェスとかオセロ等のゲームが廃れることは無いことが私達にわかります。

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私が見るに、非常に偶然性の要素の強い、つまり、運の要素の強いゲームが、ギャンブルに転用されているようにも見えます。

「それらのゲームにも奥の深いものがありますよ」という手合いの解説書も出回っているようです。

だから、私もそれらの解説書を読めば、奥の深いものを感じるのかもしれません。

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私はそのようなゲームをしないからわからないのだけど、もし仮にこの地球上からお金が消えたと仮定するならば、「私がそれらのゲームに何らかの醍醐味や面白さを感じるだろうか」という疑問を持っています。

金銭のやり取りに非常に主眼を置いているゲームというのは、いわゆる、お金の方に重きを置いているのだから、ゲーム自体の面白さからは外れているように感じます。

ですから、「楽しいゲーム」というものではなく、ゲームという名称を与えることが出来ずに、「金銭のやり取りを行い、それを楽しむシステム」と言えないでしょうか。

そのシステム名こそがギャンブルとか賭博と言われているものではないでしょうか。

様々なゲームの指南書が出ているし、また、世には数多くのゲームがあります。
私も、この世の全てのゲームを体験したわけではないし、それぞれのゲームにはゲームの指南書もあることから、各々のゲームの醍醐味や面白さやリスクを全て把握しているわけではありません。

しかし、「ギャンブル」と言われるシステムから遠ざかりたい、と願うのならば、その娯楽システムと金銭のやり取りが密接に絡んでいると見受けられるものには近づかない方が良いかと思います。

だから、その手のゲームの指南書を紐解いてみると、金銭のことが、ほとんど書かれておらず、そのゲーム自体の面白い点が、ただひたすら記述されていることでしょう。

なので、「何かのゲームを楽しみながら学んでみたい」と思って、何かの新しいゲームの道に入ろうとする時に、その手のゲームの指南書が、金銭のことについて、ほとんど書かれていないのだけど、人に、そのゲームの面白さを宣伝しているのならば、その手のゲームは安全性が高いと思われます。

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こぼれ話程度に書くのですが、太平洋戦争の前だと、いわゆる「賭け将棋」というものが非公式に存在したそうです。

対局者同士が、高額なお金を賭けて、その将棋を実行していた事もあったそうです。

しかし、現在では(中にはいるかもしれないけれど)、そのような「賭け将棋」を行うプレイヤーは存在しないのではないでしょうか。

現在では「賭け将棋」というものは、ほとんど行われていないでしょうから、「将棋は健全なゲームである」と、多くの人々は思っていることでしょう。

しかし、ここで書いているように、人間の側が「健全なゲーム」とされているものに対して、賭博の要素を与えると、その「健全なゲーム」に対して、急に「汚らわしいゲームのように感じる」と、人は感じるのではないでしょうか。

(ですから、現代でも「賭け将棋」というものを実行することも可能だとわかるでしょう。)

要は、人間の道具を善用するか悪用するかの問題であると、私は見ています。

そして、巷では、「ギャンブルというゲームには非常に問題がある」と言われていますが、この本質を突き詰めていくと、それは、「ギャンブルというものの本質の問題とは、人間の金銭への問題が絡められたもの」と、私は見ています。

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                                       坂本 誠

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