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2017年5月25日 (木)

三千百二十一: 依存心の強い人を見るに(独白)

「日々の生活を送る」ということは、誰でもが毎日、人間観察をするということである。

人によっては、朝から晩まで、たった一人きりの環境で自分自身を相手として生活をするパターンもある。
しかし、そのようなケースだと、他ならぬ自分自身を観察している。
あるいは、過去、交際した人を振り返って、その友人を観察している場合もある。

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そのような誰でもが行っている人間観察を、何気なく、行うと、私の脳裏に一つのパターンを持った人々が現れる。

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以前から書いているのだけど、その「一つのパターンを持った人々」の特徴というと、「自分自身で自分の幸福を作ろうとしない人」と言えると思う。

以前、このタイプの人の事を「椅子に座ったままで、その状態で、どこかの誰かが自分の口に大量のチョコレートを入れてくれるのを、いつも期待している人」と書いた。

要するに、このタイプの人の性格の特徴は、「自分自身で自分の幸福を作ろうとせず、どこかの誰かが、自分に大量の幸福を持って来てくれる」と、願っている。

だから、このタイプの人は、その人の周囲の人に対して、多くの要求が出してくる。

そのタイプの人のその手の発言は、時と状況に応じて、無数の変化をするけれど、煎じ詰めて要約してみると、常に以下のセリフを周囲の人に言っていることになる。

  「あなたは、私のために幸福を持って来い。そのためには、私の言うことを聞きなさい。そして、私のために尽くすのだ」

あるいは、

  「あなたの行動の具合が悪いから、私がその影響を受けて不幸になるのだ。だから、あなたが悪い」

あるいは、

  「あなたが私の言うことを聞かないから、私が不幸になるのだ。だから、あなたは私の言うこと(命令や要求等)を、正確に実行しなければいけない」

云々等々。

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他にも、時と場合に応じて、様々なセリフを考えられるけど、以上の3つの例を挙げれば、充分だと思う。

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このタイプの人の、そのようなセリフは数々のパターンがあるけれど、ほぼたった一つのことを、様々に言いまわしているのに過ぎない。

結局、その人の言わんとしている、たった一つの内容としては、

  「私は自分の手で自分の幸福は作らないけれど、あなたが私の幸福を持ってくるべきなのだ。その、あなたが私に幸福を持って来ないので、あなたが悪いのだ」

だろう。

この、たった一つの内容を、極めて多量のバリエーションを作って、そのバリエーションであるところの、彼(あるいは彼女)の要求を、周囲の人に突き付けて来るのだ。

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つまり、彼(あるいは彼女)の身なりが、以下に大人の体型をしていようとも、あるいは、彼(あるいは彼女)が、いくら白髪頭をした老人の姿をしていようとも、彼(あるいは彼女)の心は、非常に未熟であり、幼年時代の精神状態を、そのまま、ひきずっていることがわかる。

そして、このタイプの人々の心の内から発せられる、不満やそれから発生する、周囲の人々への、強い要求や命令が、幾つも行われる。

だから、彼(あるいは彼女)の周囲の人々は、彼の愚痴や不満や要求や命令(等々)を日々に聞かされるので、うんざりしてくる。

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(ここで、あらかじめ断っておきたいのだけど、「自分の幸福は自分で作らないといけない」と書いているけれど、幸福 =(イコール) 金銭 とは書いていない。金銭の多寡の状態と、その人の幸福の度合いは違っているからだ。しかし、あらゆる人には思想の自由が許されているから、「幸福とは大量の金銭を保有している状態だ」と考えても良いわけです。そして、当然、その大量の金銭を保有している状態になりたい、と願って、その行動を実行することも許されています。ただし、私が感じるに、他ならぬ、その方向自体が、不幸を招く方向である、と感じたりするのだけど)

要は、このタイプの人々は、依存心の非常に強い人間だと、私達はわかる。

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そして、他ならぬ、このタイプの人々には、常に、その人に身に不幸が訪れていることになる。
なぜならば、その人の周囲の人々が、常に、彼の口の中に大量のチョコレートを放り込み続けないといけないので、彼は常に飢えているのだから。

彼(あるいは彼女)は、日頃、以下のように言う。

  「私の不幸の源は、常に、自分の周囲の人からやって来ている」

と主張している(要は、自分の幸福を自分の手で作ろうとしていないだけなのだけど)。

彼(あるいは彼女)が、「あの人が悪い。この人が悪い。その人が悪い。あなたが悪い、周りの全部が悪い、、、」と果てしなく繰り返すので、彼は次第にノイローゼや、その他の精神病に罹っているような気がするので、彼は、やがて精神科の門をくぐるかもしれない。

また、上に書いた、例としてのセリフ「あの人が悪い。この人が悪い。その人が、、、」の文面を見ただけでも、このようなことを言う人は、不満と不幸を感じているから、それらのネガティブな雰囲気をばらまいている、ともわかる。

彼(あるいは彼女)から見れば、「常に、私の外部から私の内部へと、私の不幸が流れ込み続けている」と、感じていることだろう。

しかし、上からの流れでわかるように、この手のノイローゼに塗る薬は存在しない。

彼(あるいは彼女)にとって、本当に必要な真の処方箋とは、「他の人に頼らず、自分の幸福は自分で作りなさい」であり、読者の方々は、上からの流れでわかるように、すでに、あなたの胸中で、その答えを手にしていることだろう。

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(上に「他の人に頼らず、自分の幸福は自分で作りなさい」と書いたのだけど、ここで、ある人が一念発起して、「自分の幸福は自分の手で作ろう」と思い立ち、「幸福 イコール 金銭だ。だから、私は大量の金銭を追いかけよう」となると、その人は、「大量の金銭の所有欲」を持っていることになる。だから、その手の欲に、その人は振り回されて、不幸になる。なぜならば、「金銭のカラクリ」というものは、イルミナティ達が作った。要するに、私達が日頃よく見かける金銭には、彼等の作った大量の罠が仕掛けられていた。この段落で、彼等の作った大量の罠を紹介するには、余りにも紙数が足りない。だから、ネットの検索等で、初めて、私のこの記事にヒットした方は、御面倒でも、このブログの過去記事を紐解いて、どうか丁寧に読まれてください。)

(他ならぬ、このイルミナティ達こそが、上に書いた、非常に依存心の強過ぎる人間達であることもわかるけれど。)

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また、この手のタイプの人は、「自分の外部から幸福が流れ込んでくるもの」と固く信じ込んでいるから、外面にこだわることが多い。

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例えば、「自分のルックスはどうか」とか「自分は、どんな豪華な衣装を身に着けているか」とか「自分は、どんな立派な自動車を持っているか」とか「自分は、どれほど立派な肩書を持っているか」とか「自分は、どれほど豪華な家を持っているか」等々、、、

「自分の内部には幸福があまり住んでいないので、自分の外部のものに自分の幸福が宿っている」と思いがちである。

このような状況だと、資本主義社会の商業主義によって、大量の華やかな物品を見せつけられて、それらを欲してしまい、大金を失いがちになってしまうだろう。

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だから、このタイプの人からの「あなたは私の命令通りに動きなさい」というたった一つの真の思いから派生した、非常に諸々のバージョンのセリフを聞かされる周囲の人は、うんざりしてくるだろう。
そして、そのうんざりとなった、周囲の人が彼(あるいは彼女)に出す、真の処方箋の言葉「自分の幸福は自分で作らないといけない」を伝える機会も出てくるかと思われる。

しかし、上の言葉「自分の幸福は自分で作らないといけない」を、彼(あるいは彼女)に処方する際には、その時と場所を選び、かつ、冷静に、慎重に伝えた方が良いかと思われる。

また、当然、処方される彼(あるいは彼女)との会話の際には、もちろん双方とも激情に駆られずに冷静に伝え合った方が良いと思われる。

なぜならば、時と場所を間違えたり、激情を交わすような会話に陥ってしまえば、比喩的な表現をすると、彼(あるいは彼女)が、あなたに噛み付いてくるかもしれないのだから。


                                       坂本 誠

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