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2017年5月18日 (木)

三千百十八: 久しぶりに阿蘇を訪ねて

こんばんわ。

先日、久しぶりに阿蘇を訪ねて来ました。

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一年以上の時間が経っていました。

行く前にも「地震の爪痕が残っているだろうか」と考えていたのですが、実際に訪れてみると、ほとんど爪痕を感じるものはありませんでした。

やはり、一年という時間を感じました。

ただ、道を走っていると、少しばかり、「何々方面、通行止め」等の幾つかの標識も立っていました。
あるいは、道の横に取り付けられているガードレールが、一方では古く、一方では新しいものが取り付けられていました。
しかし、そのような状態は、かなり注意してみないと、地震の爪痕とはわからないものです。

ですから、他県からの来訪者が阿蘇に訪れても、よほど、局所的にしか、地震の爪痕を見ることは無いかと思います。

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そういうわけで、道路を走っていても、昔と変わりの無い、阿蘇の高原状の草原の美しさを堪能できました。

やはり、地震そのものによって、土地の美しさ自体が破壊されたわけでは無かったです。

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それよりも、いつもより落ち着いた雰囲気のある阿蘇を味わいました。

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阿蘇に訪れたことの多い私ですが、今回、2回目の南阿蘇に行ってみました。

いつもは、阿蘇神社とか阿蘇駅のある、北阿蘇とでも呼べる場所には、よく訪れていました(「北阿蘇」と言われる地名は無いのですが、今回は、南阿蘇地方と区別するために、この記事では「北阿蘇」という言葉を使っています)。

たまには違った雰囲気を味ってみたかったので、南阿蘇に訪れたわけです。

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南阿蘇には、あまり行った事が無かったので気が付いたことがあります。

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北阿蘇は比較的、広い土地なので多くの田んぼが広がっています。
しかし、この南阿蘇には、比較的に畑が多いのです。

ですから、阿蘇の近場に住んでいる人が阿蘇に訪れる機会があるならば、北阿蘇と南阿蘇の違いを楽しむのも一興かと思います。

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南阿蘇の畑の光景を見るに、なんとなく、日本のオリジナル光景が秘められていると感じました。

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「日本のオリジナル光景」というのは、私が頭に思い浮かべるのは、昔、テレビ放映されていた『まんが日本昔話』に出てくる雰囲気でしょうか。

江戸時代とか室町時代とか、それよりも、ずっと以前の日本の雰囲気を彷彿(ほうふつ)とさせます。

他にも幾つかの土地で、「日本のオリジナル光景」を感じさせる場所があるのですが、それらの土地に「現代機器や現代文明が無い」というわけではありません。

それらの土地にも、他の日本の土地のように、現代文明の便利さは行き届いています。

私が言いたいのは、日本の光景の中に残されている、その土地から湧き上がる雰囲気のことです。

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現代の日本だと、様々な場所にビルが乱立しています。

それほど多くのコンクリートで作られた、ビルが乱立していれば、昔の日本の、土地全体に長く染み込んでいた筈の土地の雰囲気を破壊されたかと思います。

その破壊された土地の雰囲気というのが、『まんが日本昔話』に出てくるような雰囲気だと、私は書いているのです。

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現代日本でも、そのような、古(いにしえ)の昔からの雰囲気を受け継ぐような土地が、わずかながらでも残されています。

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その、古(いにしえ)の昔からの日本の土地の雰囲気が残されている一つが、この南阿蘇だと思います。
日本の田園風景です。

私個人が感じる所なのですが、貴重だと思います。

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海外旅行客の方々でも、「日本の雰囲気って、どんな感じがするの?」と予想しながら、日本に訪れると思います。

今では、その数も多いかもしれませんが、自国にいる時に、日本の写真等を見て、その思い出を片手にしながら、来日すると思います。

しかし、私が感じるに、日本の大都市には、既に、古来の日本の雰囲気は、あまり残されていないと思います。

日本の都会にはビルが乱立していますので。

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昔の日本の地名を現す古語の一つに『大和(やまと)』というものがあります。

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その大和の雰囲気を伝えるのは、上にも書いた『まんが日本昔話』もありますが、ほぼ正確な所では、『古事記』とか『源氏物語』とか『枕草子』等のような、主に平安文学以前の文献に現れる雰囲気が、日本本来の土地の雰囲気を感じさせると思います。

個人的にも、世界の各国に存在する田園風景から流れ出てくる、土地の雰囲気とは、かなり違ったものを感じると思います。

そして、その雰囲気を言葉で表現するのは難しいものです。

あえて、その「日本本来の土地の雰囲気」を現す単語が『わび』と『さび』です。

つまり、それらの土地に訪れてみると、私達はその土地に『わび』と『さび』を感じるのです。

この『わび』と『さび』という単語は、外国語に翻訳不能です。
これらの『わび』と『さび』という単語は、強いて言えば、雰囲気語であり、説明するのが難しいのです。

同じ日本人同士でも、この『わび』と『さび』という単語の意味を、うまく説明し合うことは出来ません。

『わび』と『さび』という単語の意味を強いて説明しようとすれば、「ある人が日本の晩秋に田園地帯にいて、沈み行く夕陽を見つつ、その夕陽の赤さと、木にぶら下がっている柿の赤さを比べつつ、もののあはれに浸っている」となるでしょうか。

もう、ちょっと、説明するならば、それらの単語の意味を現す雰囲気とは、「晩秋に枯葉が舞い散る中を、一人で散策しつつ、哲学的な孤愁の雰囲気に浸っている」という雰囲気が、『わび』と『さび』の意味するところだ、と言えるでしょうか。

上の「哲学的な孤愁の雰囲気に浸っている」というシーンを思い浮かべると、「わびしい」とか「さびしい」という雰囲気も出てくるので、『わび』と『さび』の意味するところに似てくるかと思います。

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この翻訳不能語である『わび』と『さび』の単語の意味するところの雰囲気が、いみじくも、南阿蘇には残されていると感じます。

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他にも、まだ幾つか、『わび』と『さび』を感じさせる土地が、日本には残されています。

それらは、私が実際に感じる所だと、島根県の松江地方とか出雲地方だと思います。

島根県の出雲地方・松江地方にも、100%純和風と言える、日本オリジナルの雰囲気が残されていると思います。

都会的な雰囲気で言えば、やはり、京都・奈良の街に、この『わび』と『さび』の雰囲気が流れているように感じます。

まだ、考えられるのは(私は訪れたことは無いのですが)、写真で見る限り、長野県の合掌造りの家屋が残されているような土地には、それらの単語の雰囲気が残されているかもしれません。

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私個人も日本人ですが、上記のような、「純和風」の雰囲気を、かもし出している土地に訪ねてみることを楽しく感じます(いとをかし)。

(ですから、私は都市型観光よりも、アウトドア型観光を好むと言えるでしょう。例外的に、長崎の街を訪ねるのが好きなのですが、長崎の街は、以前の記事にも書いているように、長崎は国際文化融合都市であり、その文化の融合具合を見るのが面白いからです。日本の鎖国時代にも長く続いた、国際都市とも言えるので、それだけの時間の差があるので、他の日本の都市よりも、はるかに、国際文化の融合度合いが深められているように感じるからです。)

外国の方が、私のようなブログを読んで下さっているかどうかはわかりませんが、私としては、上に書いているように、日本の「純和風」の雰囲気とか、『わび』と『さび』の雰囲気を持つ土地を訪ねてみることを、お奨めします。

それこそが、ジャパニーズ・エキゾチックと呼ばれているものと言えるでしょうから。

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                                       坂本 誠

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