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2017年5月22日 (月)

三千百二十: 二つの情報収集スタイルを考えて(独白)

●始めに:

(少々長くなりましたので、章立てしています。)

最近のマスメディアの報道によって、改めて気が付いた事があった。

それは、「マスメディアには『記者会見』と『取材』という、二つの情報収集スタイルがある」ということだった。

そして、意外に、この二つの情報収集スタイルが私達の生活に影響を与えていることに気が付いた。

まず、私が気が付いた発端から書かせて頂きたい。

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●「記者会見」という名の情報収集スタイル:

普段、何気なく、報道を見ていたのだけど、ある日、何気ない、民間の人が記者会見を開いて、その人の言いたいことが、様々な報道各社によって、日本全国に報道されていた。

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(普通、多くの庶民である私達にとって、「自ら記者会見を開く」という機会を持つのは、ほとんど無いことなのだから。)

当然、その人が世間の多くの人々に、自分の伝えたいことがあったから、その人は記者会見を開いたのだろう。
そして、その人は、その目的を果たしたと思われる。

「民間の人」と言っても、私達、全ては民間人だ。
しかし、その報道した人は、あくまでも、個人的に記者会見を開いていたように見える。

しかし、その「個人的に記者会見を開く」ということは禁じられているわけでもないし、また、「個人的に記者会見を開く」ということ自体も悪いことではないわけです。

だから、個人的に記者会見を開きたい人は、どんどん実行しても良いわけです。
ただ費用的な事も考えると、多くの人々は、「個人的な記者会見」というのが開かれるのは、あまり無い話と思われるので、やはり、珍しい話の一つであり、「その珍しさをきっかけとして、私達の社会システムの一面を新たな角度で見ることが出来た」というだけです。

ですから、本記事の内容とは、考えるきっかけとなった「個人的な記者会見」の内容自体についての、幾つかの見解とか意見とか所見とか感想等々ではありません。

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普通、「記者会見」という言葉を聞くのは、私達の生活のどのような時だろう。
その言葉を聞くのは、テレビや新聞の中だ。

そして、そのテレビや新聞の中で、どのような時に、「記者会見」という言葉が使われているだろうか。

主に、官公庁などの政府や役所の発表の際に「記者会見」という言葉が使われている。
あるいは、大企業が、何か特別な事があった際に、その会社が「記者会見を開く」と言って、報道各社の記者達が集まって、記者会見が開かれ、その場での発言が様々なメディアで流されている。

だから、ほぼ、「記者会見」というのは、官公庁などの政府や役所等の組織が、何かの伝えたいことを、かなり広く世間に伝えるために、その記者会見を開くことがわかる。

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だから、冒頭で私が紹介した、「組織ではなく、個人のちからによって記者会見が開かれ、その個人の言いたいことが世間に広く伝えられた」というケースを見たのは、私にとっては初めてだったかもしれない。

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そのケースから、私はマスメディアの「記者会見」と「取材」という二つの報道スタイルについて、考える機会を持った。

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●「取材」という名の情報収集スタイル:

「取材」というものは、主に報道会社の方が、何らかの出来事を見て、「これには報道価値あり」と思い立ち、自腹を切って(つまり、自社持ちで費用を出して)、その出来事を取材するものだろう。

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私達でも、休日に街に行ったり、観光地に行ったり、何らかのイベント会場に行ったり、その他の土地に行った時に、マスメディアの人々を見かける時がある。

その人々は、その街や観光地やイベント会場の様子を聞いたり、写真や動画に収めている。
このようなケースだと、直接、マスメディアの人々を呼んだ人もいるかもしれないけれど、その多くは、報道各社の方が、「取材の価値あり」と判断して、「取材」という名の情報収集スタイルで、情報収集をしているケースでしょう。

だから、「記者会見」と「取材」という二つの報道スタイルの性格には、明らかな違いがあることが私達にわかります。

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●情報収集スタイル「記者会見」の方を深く掘り下げて:

これに反して「記者会見」というのは、ある特定の官公庁の役所とか、あるいは企業の方が、「私の考えていることを、多くの人々に知らせる価値がある」と判断した結果、それらの組織が、幾つかの報道会社に連絡して、「私の考えていることを、多くの人々に知らせたいので、記者会見を開きます。ですので、あなたがたは、私の元にやって来て下さい」と、頼んでいることがわかる。

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この状況でわかることは、「記者会見を開きたい」と願っている組織が、あえて、報道各社にお願いするので、わざわざ、お金を支払ってまで、報道各社の記者達を呼んでいることだろう。

なぜならば、報道各社の記者達と言えども、会社の中では、彼等にも時間的なスケジュールとか役割が充てられており、それらの記者達のスケジュールや役割を考慮しつつも、わざわざ、報道各社の方が記者達を、送り出さないといけないからだ。

また、「記者会見を開きたい」と願っている組織が、報道各社から遠く離れている場合もあるので、記者達の移動費用などもかかるだろう。

だから、そのような点を考えていたら、「記者会見を開きたい」と願っている組織は、かなりの金額を報道各社に支払ってまで、記者会見を開いていることがわかる。

要は、「記者会見を開きたい」と願っている組織というのは、資金力の豊富な組織であることが十分にうかがえる。

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報道会社というのも、一般企業であるのだから、営利向上を目的の一つとしているため、つまり、収入金額を増やそうとしている。

だから、「記者会見を開きたい」と願っている組織達と、普段、どれぐらいの金額の相場でやっているかはわからないけれど、記者会見を開いた際には、幾ばくかのお金をもらっていることだろう。

このポイントが、現代の報道問題として、大きな意味を持つと、私は考える。

テレビや新聞の中だと、頻繁に記者会見を開いているのは、やはり、官公庁などの役所関係の組織であることがわかる。
次には、政府の下に存在しているような幾つかの法人だろうか。
次には、大企業などの企業だろうか。

これらの組織は、頻繁に記者会見を開いて、彼等の語りたいことを、報道各社を通じて、広く世間に伝えさせていることがわかる。

この結果、私達の社会で流れる大きな情報で、かつ、多めに流れるものとしては、「主に官公庁などの役所関係の組織が流したい情報だろう」と、私達にわかる。

当然、私達の日頃の話題とか、それなりの会話で交わされる多くのものは、「官公庁などの役所関係の組織が流したかったこと」となってくる。

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また、「記者会見を開きたい」と願っている組織達も、以下のように考えていることだろう。

  「わざわざ、こちらはお金を支払ってまで、記者会見を開いたのだ。だから、報道各社も、私の伝えたかったことを報道せずにはいられないだろう」

と。

また、記者会見に行った記者達も、以下のように考えているのではないだろうか。

  「お金をもらった以上、記者会見を開いた側の組織の伝えたいことを、報道しないわけにはいかない」

と。

つまり、このようになると、「記者会見を開く」側のお金持ちの伝えたいことばかりが世間に広がることになる。

この結果、「記者会見を開く」側のお金持ちが、お金のちからによって、世論を誘導したり、あるいは、世の人々の関心を持つ内容に関して、音頭(おんど)を取ることが出来るだろう。

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試しに、あまり、金銭的なちからを持っていないと思われる、組織や企業ではない個人が、何らかの伝えたいことがあって、それを世間に広く伝えたいと仮定しよう。

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そして、その人は記者会見を開きたいのだけど、記者達を自宅に呼ぶだけの金銭を持っていないと仮定しよう。

報道各社の記者達も、その人の家に訪問するには、移動費用もかかるのだし、記者達にとっても自分達の時間の都合とか、会社内での都合もあるのに、それらを潰してまで、その「記者会見を開きたい」と願っている、その個人の家に出向くわけにはいかないだろう。

ところが、どんな個人にしても、上記の条件をクリアするために、記者達の移動費用や彼等の時間的なロスをまかなう程の大金を報道会社に支払えば、報道会社にとっても、「会社の利益となる」という観点から、記者達をその人の家にまで送り出すかもしれない。

ちょっと簡単な例を考えてみよう。
どこかの個人が、今度、結婚式を行うとしよう。
そして、その個人は、広く、世の多くの人々に自分の結婚式の件を伝えたいとする。

ここでも、その個人が裕福か、そうでないかで、話が違ってくる。

その個人が裕福ならば、記者会見までを開いて、世の多くの人々に自分の結婚を知らせることが出来るだろう。
ところで、その個人が裕福でないならば、当然、記者会見を開けないので、報道会社による報道までは出来ないので、世の多くの人々に自分の結婚を知らせることが出来ないとわかる。

また、報道各社にしても、その出来事を世に広めるに辺り、「その出来事には報道バリュー(報道価値)があるか」の問題も生じてくる。

つまり、名の知れた人ならば、その人の結婚というのは、報道バリューが高いかもしれない。
しかし、名の知れない人ならば、その人の結婚というのは、報道バリューが低いかもしれない。

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●金銭のちからによる情報操作:

つまり、早い話が、世のお金持ちならば、お金のちからによって、世の情報を操作することが出来る。
しかも、これが当然のように、何気なく起こっていることがわかる。

「世のお金持ち」とあるならば、「それだけ、世間に対して、ちからがある」と、報道会社側も判断できるから、「報道バリューもある」と、判断できるだろう。

世の報道会社というものも、いわゆる、一般企業であることがわかる。
だから、自社のための利潤追求も行わないといけないことがわかる。

これらの状況によって、たとえ、イルミナティの影響の少ない、報道会社にしても、やがて、金銭のちからによって、情報が曲がってくることが、十分に予見できる。

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また、記者会見を開き続けている側としては、常に、資金力も豊富であり、常に、報道各社を呼び続け、世に広く広げたい、自分達の伝えたいことを、大量に流せることが出来るようになる。

この結果、記者会見を開き続けている側の方が、「常に世間の音頭(おんど)を取ることが出来る」という図式を手中に収めていることになる。

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どの国の報道各社にしても、政治部関係の記者や、その所属部署があると思われる。

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その各国の政治部の記者達は、よく、その国の国会議事堂に行って仕事をしているように見える。
つまり、各国の政治部の記者達にしてみれば、各国の国会議事堂というのは、記者達にとっても、一つの職場とも言えることがわかる。

そして、上に挙げたような、記者会見を開き続けている側の組織というのは、どの国の報道各社にしてみても、一種の「お客さん」とも言えることがわかる。
なぜならば、数多くの記者会見も開いてくれるのだから。

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また、選挙の時だと、各政党が自分の政党の宣伝のために、数多くのマスメディアの紙上に、彼等の大量の宣伝文句を連ねているのを、私達は何気なく見かけることが出来る。

新聞紙上に、その宣伝を載せるだけでも、かなりの宣伝費用が、その報道会社に入ることが知られている。

(「新聞広告一マスの宣伝費用は云々の金額です」と、時々、新聞の宣伝欄に記載されている。)

それから考えてみても、選挙の際の、ある政党の宣伝での、新聞の1ページや2ページの全てを使用してまでの、宣伝広告費用というのは、かなりの金額だろう。

だから、各国でも同じだろうけれど、その国の選挙が近づくと、報道各社にとっては、一種の稼ぎ時とも言えるかもしれない。

結果としては、上の流れから考えると、選挙が近づくと、報道各社も「皆さん、選挙に行きましょう」と、選挙自体を応援することになるだろう。

だから、どの国の報道各社にしてみれば、普段は、政党批判に忙しいようには見せてはいるけれど、各政党というのも、自分達のお客様であるのだから、本当に、その国の政治システムが激変する程の、政党批判や政治批判は出来ないことかと考えらえれる。

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●人間と金銭の問題:

つまり、ここまで書き進めるとわかることがある。

それは、「地球上の全人類とまでは行かないだろうけれど、かなり多くの地球人類は、金銭によって、人質に取られているだろう」ということだ。

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上に書きつづっているように、金銭のちからの多寡によって、流される情報の多寡も決まり、あるいは、金銭のちからの多寡によって、もみ消される情報もあることだろう。

また、情報だけではなく、金銭のちからが様々な物資やエネルギーやサービスまでも支配している。

このような状況だと、人間の間では、「金銭こそ最上のものなり」という風潮や思いこみが出来上がる。

だから、この状況だと、つまり、人間社会の間では、金銭を持つ者が王となる。

そして、その王の命令の実行や、王の与える仕事から二次的に与えられる給与を、人々が手に入れないと、その王国では、人は生きていくことが出来ない。

つまり、その王国では、金銭が実質支配をしており、その金銭を最高に所有している人物が、その国の王となるのだから、上に書いたように、「かなり多くの地球人類は、金銭によって、人質に取られているだろう」となる。

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●終わりに:

長々と書いてしまったのだけど、「●始めに:」と結び合わせておきたい。

普通、私達の生活において、「人一人の人間が、何らかの個人的な事情によって、個人的に記者会見を開く」というケースが起きることは、ほぼ滅多に無い(と思われる)。

その「ほぼ滅多に無い」と思われるケースを、私は目にする機会があった。

このような「特別」とも言えるケースは、通常、見慣れた状況とは違ったものやカラクリ等を私達に与えてくれることが多い。

なぜならば、「特別」とも言えるケースなので、そのケース自体が発生したことにより、普段気にも留めないような状況やカラクリにまで、人は見ることが出来るようになるのだから。

(少し長めの記事となったのですが、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。)


                                       坂本 誠

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