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2017年3月23日 (木)

三千九十七: 仏壇や位牌について

前段『三千九十六:ネクタイについて』中に、「お墓や仏壇や位牌が本当に必要か?」という疑問を書いたのですが、ここで、もう一回、この疑問を書いてみたいと思います。

最近では、私達、日本社会の風習になっている、お墓や仏壇や位牌についての疑問を世に投げかけている人も多く見かけるようになりました。

お墓や仏壇や位牌についての疑問を投げかけるのは、昔はいなかったんですね。

というのも、なにせ、ある人が死んで、その故人の周囲の人々が、しんみりとしている時に、「仏壇や位牌というものは、私達、日本人にとって、本当に必要か?」という疑問を出してみる、というのも出しにくかったのではないかと思います。

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しかし、外国人、例えば、ヨーロッパ圏内の人々が日本にやって来て、実に不思議な疑問を感じたのではないでしょうか。

日本の家を訪ねてみると、仏壇や位牌を見かける機会があったと思います。

ヨーロッパ圏内の人々ならば、お墓ならばありますが、日本社会の内部の仏壇や位牌、その他の仏具を見て、「これらは本当に必要だろうか?」と、疑問を持ったかと思います。

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もちろん、私達は豪華なお墓や高価な仏壇や位牌を持っても良いわけです。

私達には、そのような自由はあります。

しかし、改めて、私達のお墓や仏壇や位牌を見て、どこか奇妙に感じないでしょうか。

というのも、お墓や仏壇や位牌というのは、これは死者に捧げられたものだからです。

死んだ、故人というのは、お金を必要としないわけです。

にも関わらず、故人のために、莫大なお金を使う、というのは、不思議に感じないでしょうか。

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ヨーロッパ圏内の人々にも、お墓があります。

しかし、彼等の家の内部には、豪華な仏壇は無いことでしょう。

また、そのような風習を聞いた事がありません。

位牌もそうです。

位牌には、故人の戒名(かいみょう)が書かれています。

この戒名というのも、現代の私達にとっても、不思議な気がするでしょう。

親しい人が故人となった後、何だか、難しそうな、仏教めいた名前が、お坊さんから与えられるのです。

そして、その戒名に付ける「院士」とか、何とかの階級も存在していて、そのランクの違いによって、お坊さんに入る収入も違ってきます。

ランクの高い戒名が故人に付けられたら、お坊さんも儲かることでしょう。

しかし、故人の名前が変わっただけで、残された遺族に、何かのメリットがあるのでしょうか。

強いて考えるならば、残された遺族の周囲の家庭からは、「あの人の故人には、値段の高い戒名を付けられたから、あの家庭は金持ちなのだろう」ぐらいにしか、メリットはないのではないでしょうか。

いずれにしても、「故人を弔う」という観点からは、外れて来ているかと思います。

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最近では、お葬式も密葬とか家族葬などの、値段の安い葬式タイプが出てくるようになりました。

しかし、まだ、非常に高価なお葬式も、なされていることでしょう。

豪華なお墓と言い、高価な仏壇・仏具・位牌等を見ても、それらが、あまり、日常生活には役に立っていないように感じる方々も増えているかと思います。

ですから、ここまで読者の方が当記事を読んで感じることは、「仏壇・仏具・位牌が存在する、本当の根拠とは何なのか?」でしょう。

または、「生きている私達が、故人の仏壇・仏具・位牌を持ち続ける、真の根拠とは何なのか?」でしょう。

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読まれてみて、初めて気が付く方々も多いかもしれませんが、仏壇・仏具・位牌を私達が家庭の中に持ち続ける理由を改めてしっかりと考えてみると、「ただ、なんとなく、昔から、『仏壇・仏具・位牌は家にとって大事なのだ』と言われ続けただけだった」と、感じる方も多いのではないでしょうか。

ただ、なんとなく、昔から、『仏壇・仏具・位牌は家にとって大事なのだ』と教えられ続けてきただけであり、「本当に、生きている私達はそれらを実生活に必要とするケースは、どのような場合か」等の、真の根拠については、私達は、じっくりと再三に議論したことが無かった、というのが、実情ではないでしょうか。

しかし、もちろん、私達は、高価なお墓や、高価な仏壇・仏具・位牌を持っても良いわけです。

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また、気の優しい故人ならば、残されるであろう、その故人の家族に対して、以下のように言うのではないでしょうか。

  「死んだ私のために、豪華な葬式や高価な仏具をそろえなくても良い。そのような大金があるならば、何か他のもっと有意義なことのために使っておくれ」

と。

この場合、「何か他のもっと有意義なこと」というのも、具体的な例を挙げていたら、わかりやすいので書いておきます。

例えば、家のローンに回すとか。
あるいは、自動車のローンに回すとか。
その他の例を挙げたら、キリが無いでしょう。

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いずれにしても、日本では、死んだ故人のために、かなり、莫大な金額を使っていたのですが、なにぶん、「故人を弔う・悼む」という観点から、このような疑問を出す人も少なかったと思います。

死んだ故人というのは、これはお金が必要ないのですが、日本社会での、豪華な葬式や高価な仏具が故人に捧げられたら、「故人は本当に喜ぶだろうか?」という疑問を感じる人も出てくることでしょう。

青森県の恐山(おそれざん)には、「イタコ」と呼ばれる巫女さん達が住んでいるそうです。

その「イタコ」さん達は、一種のチャネラーさんと言えるらしく、死んだ故人の霊を読んで、その故人が、現在、何を感じたり、何を考えているかを聞けたりすると言われています。

ですから、もし本当に必要とあるならば、上に書いた疑問「豪華な葬式や高価な仏具が故人に捧げられたら、故人は本当に喜びますか?」を、ちょっと、聞いてみたくなる人も出てくるかもしれませんね。

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                                        坂本  誠

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