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2017年1月 5日 (木)

三千五十: 街の中でホット・コーヒーを飲みながら

行きつけの大型商業施設に行くと、決まって、ホット・コーヒーを飲んでしまう。

大型商業施設の無い時代だと、主に、喫茶店でホット・コーヒーを飲んでいたかと思う。

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大型商業施設内の、ドリップ・コーヒーを買って、広い店内を、ちょっと、さまよう。
店内に設けられた吹き抜けから見渡せる、人々の顔を見ながら、ホット・コーヒーをくゆらせる。

喫茶店やコーヒー・ショップで飲む、コーヒーだと、様々な店舗を訪ねる人々の表情を見ることはできない。
だから、大型商業施設内での、廊下等に設置された、ソファに腰掛けつつ、様々な店舗内の様子と、その幾つもの店舗を訪れる人々の笑顔を見ながら、コーヒーをくゆらすことが出来るようになったのも、時代の変遷と言えるだろうか。

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私は訪れたことが無いのだけど、街の喫茶店が、自分の店の前の通りに、テーブルとイスを出して、客達に屋外で、コーヒーや飲料水を楽しんでもらうところはある。

店の内部で飲食を客に楽しんでもらうのではなく、お客に店の外に出てもらって、街の風景や、その日の街に現れる一日の情景を眺めつつ、お客に、自分の店の食事を楽しんでもらうという、行いだ。

テレビで見たことのあるシーンならば、ヨーロッパの街で、そのようなシーンを見かける機会が多いだろうか。
このような飲食の仕方をも、楽しみにしている人々がいることがわかる。

日本だと、そのような、店の屋外に客に出てもらって、飲食を楽しんでもらう、という発想は、あまり好まれていないかもしれない。

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しかし、このような街の愛し方というのも、面白いかもしれない。

「何気なく、気軽に街を楽しむ」という雰囲気作りが、街作りの一つと言えるだろうか。

街の中に高層建築物を建てたり、あるいは、最新の電気設備等を投入することだけが、趣(おもむき)のある街作りとは言えないと思う。

「アット・ホーム( at home )」な雰囲気作りが、これからの街作りには必要とされるのではないだろうか。

ヨーロッパの主な街を何かの機会で見てみると、それほどまでに、現代技術を駆使した建造物が建てられていないことに気がつく。
かなり長い歴史を感じさせる雰囲気の建物が多く残されている。

だから、ヨーロッパの主な街並みを見てみると、その街に長く住む人々の雰囲気がにじみ込んでいるような気がする。

傍から見ると、穏やかで、いかにも、その街らしい雰囲気が残されており、また、「アット・ホーム」な雰囲気があるように感じる。

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日本の街で言うならば、やはり、京都とか、浅草と言えるだろうか。

京都とか、浅草だと、当然、昔からの日本の街並みや雰囲気が残されている。
だから、外国人から見たら、そのような街に訪れたいことだろう。

しかし、現代建築の高層ビルというのは、世界の何処に行っても、見られるので、多くの外国人は、おろか、日本人の外国旅行者でも、現代建築の高層ビルを海外で見ても、あまり面白く感じない。

だから、日本に来る海外旅行者達も、また、日本人の世界旅行者達も、旅先に訪れて、楽しむところは、その国の古来から伝わる、伝統ある建築物が多く残されている場所が多い。

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この点を見ても、これからの「街作り」というのは、「現代技術を駆使した何かを投入する」というよりも、「その土地ならではの、アット・ホームな雰囲気の導入や、その土地の由緒ある伝統的な何かの投入」、になってこないだろうか。


                                        坂本  誠

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