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2017年1月23日 (月)

三千六十一: 遠距離旅行と近距離旅行を考えて

こんばんわ。

遠距離旅行と近距離旅行を考えていました。
特に、近距離旅行について考えていました。

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近距離旅行と言っても、「自分の住んでいる場所から、近い場所への旅行」という意味での、「近距離」ではありません。
私達の移動手段において、ウォーキングとか、自転車を使ったサイクリング等があります。
その手の「近距離」という意味です。

現代の旅行において、「徒歩」とか「自転車」よりも、明らかに、自動車とか飛行機とか列車を使った旅がもてはやされていると思います。

もちろん、私も、旅となると、自動車を使ったものが多いでしょうか。

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しかし、健康維持のためにウォーキングで最寄りのスーパー・マーケットに行くのと、自動車でスーパー・マーケットに行くのには、かなり大きな違いがあるのに気が付きました。

自動車でスーパー・マーケットに行くと、もちろん、素早くスーパー・マーケットに行けます。
しかし、ウォーキングでスーパー・マーケットに向かうと、歩いていくので、スーパー・マーケットまでの道のりで、様々な景色に出会うことに気が付きました。

例えば、同じ道で自動車を使うと、つい、道端に咲いている美しい花を見る機会は、ずっと少なくなることでしょう。

なぜならば、当然、運転しているので、道端に咲いている美しい花に見とれていると、交通事故を起こす可能性が高くなるからです。

その他にも、歩いている途中、いつもの通りすがりの家の庭には、可愛い犬が飼われているケースも多いことでしょう。

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それと、同じように、通りすがりの家の庭にも、美しい花を咲かせる木々があって、心を休ませる一時を頂けるかもしれません。

あるいは、歩きながら、公園の側を通ってみると、子供達が元気に遊び回っている光景を見て、心を癒される人も多いのではないでしょうか。

心地良い風が肌に当たると、肌も気持ち良く感じることでしょうし、その上、想像を巡らせて、その風が自分の身体の中を心地良く通り抜けていくことだって、ゆったりと想像できることでしょう。

また、私達は普段、頭上に広がっている青空を、じっくりと見る機会も減っています。
ですから、歩きながら最寄りのスーパー・マーケットに向かう途中で、青空の様子や流れゆく雲の形を見たり、あるいは、雲の変形する光景を楽しみながら見ることが出来ます。

その他でも、川や海を見る機会があるかもしれません。

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ところが、自動車で、近所のスーパー・マーケットに行くと、上に書いた、出来事は、自分の目から通り抜けて行きます。

つまり、自分の意識や記憶からは、スルーしていきます。

ここまで、読者の方が、この記事を読むと、

  「私達は、科学の発展によって、便利になった分、上記のような別の喜びから遠ざかっているのだ」

と、感じる方もおられるでしょう。

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確かに、自動車や飛行機の登場と、それらの家庭進出によって、私達は大いに時間を節約できるようになりました。

しかし、その分、上記に書いたように、私達が自然と触れ合う喜びが減少(節約)されているのを感じるのではないでしょうか。

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ですから、「科学技術の発達が、全て人間の喜びになるとは限らない」と感じます。
このほかの事例としては、科学技術の発達による公害も、私達がよく聞くケースですね。

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話題を冒頭に戻すのですが、私達は遠い場所への旅行を楽しんだりします。

その際に、自動車や飛行機や、あるいは、列車が多用されます。

確かに、どこかの遠い場所に移動することには、それなりの楽しい経験を私達は味わいますが、その旅の途中での、その道の上での、様々な光景を見落としているのに気が付いてきます。

自動車や飛行機や、あるいは、列車の高速移動により、道中での、美しい景色を見る機会が減っていると考えられます。

通常、私達は「美しい景色が、どこそこにある」という情報を聞いて、その場所に向かうケースが多いです。

その「美しい景色」というのは、どこかの他人が言っていた事に気が付きます。

しかし、旅の上での、「自分にとっての美しい景色や場所」というのは、その旅人自身で探すことが出来ます。

この自動車や飛行機や、あるいは、列車を多用するケースだと、道中での、その人にとっての何らかの「思い出深い場所」を発掘する機会も減ることでしょう。

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ですから、私達は、遠距離の旅先に向けて、闇雲に、自動車、飛行機、あるいは列車を用いなくても、良い場合があることに気が付きます。

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なので、近距離旅行の場合でも、時折、交通手段を変えてみて、例えば、徒歩で行ってみたり、あるいは、自転車等で行ってみれば、別の喜びを味わえることに気が付きます。

もちろん、徒歩や自転車や、その他の、いわゆる、ローテク(Low Technology)を使用してでの、旅行の場合は、それなりの準備や計画が必要となるかもしれません。

また、もちろん、遠く離れた場所に、自動車、飛行機を使っても、その旅先で、いわゆる、ローテクを使ってでの、楽しみ方の組み合わせも考えられます。

しかし、このような、一見、時代を超えたかのような、旅の楽しみ方も乙(おつ)なものがあるかもしれません。

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江戸時代の俳人で、松尾芭蕉という人がいます。
この方も旅好きで有名でした。
松尾芭蕉の旅で有名なのは、『おくのほそ道』であるところの、ほぼ奥州一周でした。
奥州というのは、現代で言うところの東北ですね。

松尾芭蕉は、この『おくのほそ道』の旅を、いや、その他のほとんどの、日本全国へ向けての旅を、徒歩で敢行しています。

ちょっと、その旅程を調べてみると、元禄2年春3月27日(新暦1689年5月16日)の明け方に自宅を発ち、8月21日に大垣に到着しています(日数約150日間)。

(※参考文献:『Wikipedia おくのほそ道』)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%BB%E3%81%9D%E9%81%93

現代だと、約150日間もあって、自動車や飛行機や列車のちからを借りれば、世界一周が終了していることでしょう。

松尾芭蕉は、徒歩で、奥州一周するのですが、この段落の冒頭に書いたように、ゆっくりと、自分の目で、様々な奥州の風景を見て回ったので、その情報量は莫大なものであったと思われます。

上に書いたように、現代に私達が自動車やバイクや列車で奥州一周すれば、かなり、私達が見落す光景も、さぞかし多いことでしょう。

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しかし、「旅を楽しむ」という点から考えれば、私達は現代のハイテクを使ったり、あるいは、ローテクを使う楽しみもあるので、旅の面白さは拡大することでしょう。

また、上の流れから考えられるのですが、旅人にとっては、ハイテクを使おうが、あるいは、ローテクを使おうが、その旅の感慨は、あまり、その時代の技術には依存していないものだと感じたりします。

ですから、その旅の感慨とは、「私は、なぜかは知らないが、旅をしたい」という一念に依存しているのかもしれません。

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旅人に、「あなたは、なぜ、そんなに旅をしたいのですか?」と尋ねるに、その旅人、答えて曰く、

  「そこに旅先があるからだ」

と。

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                                        坂本  誠

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