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2017年1月25日 (水)

三千六十三: 転換の時代を考える_No.2

三千六十二: 転換の時代を考える_No.1』の続きです。
主に、私達の社会システムの資本主義を、現代社会の流れの変遷に絡めて考えています。

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■:価格の上下をさせるだけで、切り抜けられるか

「お客さんの数が減少するならば、同業種の間で流通している、ある品物の値段の最低価格を決めれば良いではないか」

という方法があるように見えます。
しかし、これ自体が、現在、資本主義システムに沿っていない状態を生み出しているでしょう。

例えば、何でも良いのですが、鉛筆を考えます。

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ある市内の中の文房具店同志の集まりで、鉛筆一本の最低価格を50円にセットしたとします。
ところが、同じ市内でも、街の中心部の文房具店Aと、街の郊外の大型商業施設の中の文房具店Bを考えます。

A店は、街の中心部にあるので、街の中心部分の土地の価格を考慮して、75円で売りたいと願っています。
ところが、街の郊外の大型商業施設内のB店だと、街の郊外にあり、かつ、テナント(大型商業施設内等の店内の売り場面積や設備をレンタル商品として提供されていること)なので、50円で売ることが可能です。

そして、実際には、B店の方に人は集まるでしょう。
当然、価格が安いからです。
しかし、一方の街の中心部の文房具店A店は、最低価格で売ることが難しいのです。

この傾向は、いまだ、日本に残っていることでしょう。
なぜならば、街の中心部分に古くから残っているお店は、店主が土地を買った後、その土地の上に上物(うわもの:お店の建物)までも建てているケースが多いからです。
かつ、街の中心部分の土地代は高いので、高い固定資産税を取られるケースも多いので、A店の店主としては、街の郊外の店の鉛筆の価格を上げないと元が取れないからです。

過去の記事の中で書いたのですが、多くの人々が見かけるようになった、街の中心部のお店と大型商業施設内のお店の例を挙げました。

結局、この状況だと、今まで言われていた筈の資本主義システムの競争が行われていないことがわかります。

早く言えば、「一般消費者が価格の安い方を求めてしまう」となると、資本主義システムで薦められていた競争ではないことがわかるからです。

つまり、この現象は、いわば、値下げ競争が行われているようなものであり、資本主義システムを率先して、薦めてきた人々の思惑とは全く違った形、いや、完全に方向転換された方向に、社会が向かっていることになるからです。
上記の例以外にも、様々な形で、似たようなケースが進んでいるかと思います。

資本主義システムを率先して、薦めてきた人々というのは、主に、お金の数値の上昇を考えて、その理論を進めてきました。
ですから、彼らの言い続けてきたことは、お金中心として考えていたのです。
お金というものが、カバールやイルミナティ制作の道具でしたから、何よりも、「お金こそが世界の中心だ」と言わんばかりに、多くの人々に、その使用を強制させなければいけませんでした。

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■:お客さんの存在

商売やお店にとっては、お金よりも先に大事なものがあるのに私達は気が付くでしょう。
それは、「お客さん」の存在です。

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まず、「自分の店の品を入手したい」という人(お客さん)がいるからこそ、その後で、そのお客さんは、その代価(お金)を払ってくれるのです。

また、人間の歴史を見ても、お金を使っての物資の交換をしている月日よりも、はるかに長い年月の間、人々は物々交換のような手段で、物資のやり取りをしていたことが明らかです。

ですから、そのお金使用の年月よりも、長い間、物資の交換相手(現代で言うならば、お客さん)を、人々は大事にして来たので、商売というものも、「お金よりも優先的に、お客さんの方が大事だ」ということがわかります。

ですから、ここまで読まれても、資本主義システムを構築し続けたカバールやイルミナティは、人間軽視していたこともわかります。

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■:氷河期時代を連想すると

世に報道されているように、人口減少が起きています。

それは、とりもなおさず、お店を持っている方ならば、「お客さんの減少」という、かなりのマイナス要因を持っていることがわかります。

最近では、「地球は氷河期に入った」という情報も流れています。
地球が氷河期に入ったかどうかを知るのには、かなりの年月を見ないとわかりません。

しかし、地球が氷河期に入ったと仮定するならば、当然、極地方(北極や南極に近い地方)での鉱物資源とかエネルギー資源とか、あるいは、漁獲物や植物資源を手に入れるのも難しくなるでしょう。

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また、極地方では、人が住むのには困難となるでしょう。

ですから、ちょっと、あっさりと素直に書くのですが、もし、氷河期に入っても、当然、資本主義システムは崩壊か自壊する方向に向かうと考えられます。

このような地球変動、つまり、地球の寒冷化や温暖化は、地球の長い歴史を見ても、当然のように起こってきたことは、多くの人の知る所です。
ですから、そんなにその地球変動自体を恐れる必要は無いと思います。

しかし、問題は、資本主義システムの方です。
資本主義システムでは、今まで書いているように、その推進者達が、ひたすら、「お金で表される、このシステムの拡大、上昇」を宣伝し続けています。

しかし、地球の方は、地球の方で、「減少」というサイクルを作ることが当然なのことがわかります。
その「減少」というサイクルは、上に挙げた氷河期と言えるものや、私が冒頭に挙げた、草食動物と肉食動物の菅家英から来る自然的な個体数の変化、ということもあるでしょう。

大自然の摂理の一つとして、私達の社会にも、何かの「減少」という状況が見られる方が当たり前でしょう。

ところが、私達の社会システムである、「資本主義システム」というのは、彼等が宣伝してきたところでは、「常に、上昇、拡大」ばかりが想定されていたのに、読者の方々は気が付くでしょう。

つまり、大自然の摂理の一つである「減少」に対しては、意外にも、「彼等は想定外だったのだ」と、気が付くでしょう。

言われてみれば、多くの人は、「いつの日にかは、訪れるであろう、地球の氷河期に対して、資本主義システムは、どのように備えるのか?」という疑問を、ほとんど誰も考えていない事にも気が付くでしょう。

地球の氷河期と同じような「減少」とみなせる現象である「人口減少」が、今、資本主義社会に訪れているのです。

「上昇、拡大、上昇、拡大」ばかりを考えている方式というのは、喩えてみれば、この方式は、一年サイクルの農業方式で言えば、「春から夏まで」しか採用できない方式です。

人も知るように、春から夏までは、温度の上昇により、多くの農産物が育つので、収穫できます。

しかし、「お盆を過ぎてから、春先まで」の冬の期間には、この方式は採用できない筈です。
なぜならば、収穫できる農産物が温度の低下により、減少するので、その方式を拡大できないからです。

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(長くなりますので、次回に続きます。)

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(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千六十二:転換の時代を考える_No.1』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/01/_no1-6ecc.html

■:はじめに
■:北米大陸で行われた草食動物と肉食動物の個体数調査結果
■:資本主義社会の狙い
■:日本での少子化


                                        坂本  誠

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