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2016年11月29日 (火)

三千二十五: 阿蘇を思い出しながら

こんばんわ。

最近、私は阿蘇地方に行っていないのですが、この記事は、「阿蘇の思い出話」程度に書いてみたいと思います。
記事中に出てくる写真も、全て、阿蘇地方のものです。

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九州の阿蘇地方が有名な観光地であることはよく知られています。
しかし、これもよく知られているように、熊本地方で起きた地震のため、今では、残念なことですが、観光客も減っているでしょう。

また、このような出来事も一つの機会だったと思います。
比較的、多くの人々に愛された観光地に行けなくなるのは、その土地を愛する人にとって、悲しい思いがするでしょう。
なぜならば、今、その土地に行きたくても、行けないのですから。

ですから、逆を言えば、その観光地に対する、今までの感謝が生まれてくると思います。
今までは、なんとか都合が出来た時ならば、気軽に行けたのですから。

しかし、今では、簡単に訪れる事ができないかもしれません。
こうなると、私達は、今まで、楽しんでいた風景を目にすることができませんから、今まで、慣れ親しんでいた、その光景に対して、深い感謝の念を抱くものです。
ちょうど、近親者が死んでしまうと、その近親者が生きている時は、そんなにその人に対しては感謝の念が出ないのですが、死んだ後だと、初めて、その人に深い感謝の気持ちが湧くのに似ていると思います。

今、私達が阿蘇に訪れるのは難しいことですが、行きにくいからこそ、更に、その土地を愛する気持ちが高まる、と言えるでしょうか。

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ですから、このようなことを考えてみると、私達は、ある一定の時間は、自分の宝物を自分の手の届かないところに置くのも、賢明な方法であることに気が付きます。

いつもいつも、宝が自分の手の中にあれば、その宝に対する感謝の気持ちが薄れます。
しかし、ある時間だけ、その宝を遠ざけて、触れられないようにすると、よりいっそう、その宝に対する、ありがたみを感じます。

ですから、これと同じように、遠目でしか見ることの出来ない宝を見る、というのも、一つの大事な時間と見なせるでしょう。

その宝に対する愛情と感謝の気持ちが高まるのですから。

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また、今一つには、地球のロング・スパンを感じることができます。

最近では、私の記事で、地上に多発しているシンクホールのことも書きました。
ですから、現在の地球の大きな変動状態を人は感じることができます。

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人は、阿蘇の風景を見ると、雄大さを感じるものです。
巨大なカルデラ火山なので。

しかし、現在の阿蘇の風景の状態になったのは、地球全体の歴史から見ると、ほんの少し前のことであることがわかります。
また、阿蘇山は活火山ですので、地球変動が一番激しい場所の一つでもあります。

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(災害に遭われた方々にはお悔やみするのですが、)ですから、そのような場所に、人間の産物であるところの、建築物を建てたり、道路を敷いても、かなり比較的に短時間に、それらの建造物が噴火の影響などによって、破壊される可能性も高いです。

「活火山」という特性から考えても、人間の時間で言うならば、一世代や二世代の時間の内に、人間の建造物も無くなる可能性もあります。

阿蘇だけではなく、他の有名な観光地にも、人間は多くの建造物や道路を作りあげてきました。
しかし、それらの建造物の寿命は、地球レベルの時間から考えたら、「瞬きをする間の時間に等しい」とも理解できるでしょう。

ですから、阿蘇以外の有名な観光地にも、人は多くの建造物を建てていますが、それらの建造物が、私達、人間の目の前から一瞬にして消え去っても、そちらの方が、ごく自然な出来事であるとも、理解できるでしょう。

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確かに、建造物を作ったり、道路を敷いた人間の方は、「末永く、これらの建造物が残るように」と願いをかけて、建設したかもしれません。

しかし、実際には、地球環境変動の一番激しいと思われる場所に、人間の建造物を作ることは、地球レベルの時間から考えたら、一瞬にして崩れ去ることの方が、無理も無く、かつ、自然な話だとわかるからです。

また、かつ、地球変動のレベルが大きくなってきている現在だとわかると、その兆候は、さらに度合いを増すことでしょう。

ですから、「大地の上に、半永久的に人間の作った道路や建造物が残っている」ということは、そちらの方が、かなり難しい話だと私達はわかります。

私達は、この点においても、流動的に何かの物を見て、流動的に感じ、そして、流動的に考えないといけないことでしょう。
せせらぎの水の流れのように。

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また、今一つ感じられるのは、「観光地」と言われるものです。

阿蘇の自然の風景が出来たのは、約数万年前と言えるかもしれません。
それ以前にも、阿蘇は、かなり激しい活動を行ってきました。

ですから、普段は阿蘇の美しい景色が不動のように思えてきましたが、それも、地球レベルの時間から見たら、ほんの瞬きをする時間に等しいこともわかります。

地球の環境を考えれば、約3億年前の世界でも、「美しい観光地」と呼べるものは、数多くあったでしょう。
しかし、それらの約3億年前の世界に存在した筈の「美しい観光地」と呼べるものは、時代の流れに沿って、ほとんど全て、地球上から消え去っています。

それらの「美しい観光地」も、絶え間なく続く地球変動により、徐々に姿を消していくのですが、それと同時に、地球上のどこかに、新たに「美しい観光地」が、同じく地球変動のちからにより、誕生させられていることがわかります。

そして、それらの数多くの「美しい観光地」が生まれては消え、生まれては消え続けて、現在に至っていることがわかります。

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ですから、今現在、私達の目にしている数多くの「美しい観光地」は、全て、現在、消失中か、生長中であることがわかります。

そして、たとえ、今現在、私達の目にしている数多くの「美しい観光地」が目の前から消えても、地球上のどこかに、新しい「美しい観光地」が誕生中か成長中です。
なので、「美しい観光地」というものは、全て、一過性のもの、つまり、一時(ひととき)のものですね。

私達が日頃、見慣れている、どんな「美しい観光地」でも、

「私達、人間が、これらの美しい観光地を拝見できるのは、ほんのわずかな時間の間だけなのだ」

とわかれば、私達は地球上の地形に関する考えや慣習を改めることも出来るでしょう。

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ですから、災害が多い時は、逆に、地球に対する感謝の気持ちが生まれるかもしれません。

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シンクホールのこともありましたが、あの光景を見て、「私達の足を踏みしめる大地があって、良かった」と感じる人もいるのではないでしょうか。

普段、何気なく、私達は大地の上に立っています。
しかし、足を踏みしめる、その大地が無いと、私達は生きて行くことが出来ないのです。

水の上や空気中だと、人間は、ほとんど、その活動を行えないのです。

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なので、地球環境の変動があれば、その変動状態によって、日頃、見慣れていて気付かないものとか、見過ごしがちなものにまで、目を向けることが出来ます。

ですから、地球環境の変動時代というのは、これも人間にとっての、普通の一過性の期間である事も実感できます。

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地球には、春、夏、秋、冬があります。
しかし、どの季節を取っても、それらには一長一短があります。

ある人にとっては、何かの季節が厳しい季節であっても、「それは悪の季節だ」とは言わないはずです。

どの季節を取っても、ただの一過性の時間であるだけです。

それと同じように、地球にも周期的に、氷河時代とか、今よりも暑くて、海面がずっと高い時代があったことが知られています。
しかし、そのような時代も、周期的に訪れていた事が十分に知られているので、言ってみれば、一種の冬や夏のようなものでしょう。

ですから、そのような時代と言っても、それは一つの冬や夏のようなものであり、「悪の時代」とは言えないことがわかります。
ひょっとしたら、地球上では、氷河時代とか、暑い時代の方が、ずっと多かったかもしれないので、そのような時代時代に合わせて生きていく、というのが大事なのではないでしょうか。

単に、私達の肉体祖先も、そのような時代を通り抜けて来たわけだし。

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このような視点から見ていれば、もっと地球を多角的に見ることができるので、ある落ち着きを持って、様々な出来事を見られるようになるかもしれません。


                                        坂本  誠

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