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2016年10月

2016年10月31日 (月)

三千十: 盗まれた時間(独白)

秋の夜。
大型商業施設に訪れる。

昼間は大勢の人で賑わったかもしれない。

Pa310173


しかし、通りを歩いている人の数は、徐々にまばらになってゆく。
少しずつ少なくなってゆく人々の姿が、揺れ動く影法師のようだ。

フライド・ポテトをくわえながら、窓から施設の外を眺める。
秋の夜は長い。
そして静かだ。
施設の内部には、音楽が流れている。
それらの音楽は、秋の世の静けさを助長しているかのようだ。

時が止まっているかのように思える。
いや、自分で時を止めたのかもしれない。
その、自分の止めた「時間」そのものを、何時間か、味わってみる。

秋の夜の静けさに、魂が抜き取られそうな気がする。
要するに、多分、今、自分は瞑想をしているのだろう。
周囲の人は、「あの人は、ぼんやりしている」と見るだろう。

なぜかはわからないが、大型商業施設で秋の夜を味わいたかった。
秋の夜の美しさを堪能するためには、「特に理由は無いのだけど」という理由を作って、まばらになってゆく人並みを見ながら、何気なく、夜空にかかるペガサスを見上げるのが、乙なのかもしれない。


                                        坂本  誠

2016年10月29日 (土)

三千九: 私の聞いた音楽_No.19

こんばんわ。
私の聞いた音楽をご紹介させてください。

初音ミクと鏡音(かがみね)リンとの共演である『Sweetiex2』です。
この曲も、かなり良いですね。
私にとっての、初音ミク系統で聞いている音楽系の、ほぼ最高ランクと言えるでしょうか。

初音ミクと鏡音リンの、熱い友情を想像させる音楽とプロモーション・ビデオとなっています。
見ていて、華やかですしね。
音楽も歌詞も、明るいものを感じますね。

そして、初音ミクと鏡音リンは、コンピューター制御の動きをします。
他のデジタル・シンガーもそうですが、特に、デジタル・シンガー同士が共演した際には、そのダンスの振り付けも、コンピューター制御なので、共演者同士の振り付けが、美しいまでの左右対称形になるのも、良いものを感じますね。

それはそうと、初音ミクの「ミク」の部分ですが、数字の「3」と「9」が当てられることが多いそうです。
そして、この数字の「3」と「9」の読みから、英語の「サンキュー(Thank you)、(ありがとう)」の音読できるので、この英語の「サンキュー」という意味も、初音ミクの「ミク」の意味に込められているそうです。

では、初音ミクと鏡音リンの共演である『Sweetiex2』を、どうぞ。

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【第9回MMD杯本選】Sweetiex2 [HD1080p]
https://www.youtube.com/watch?v=x_s186eboi0



(歌詞、『初音ミク Wiki』より引用)
https://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/2073.html

作詞:Dixie Flatline
作曲:Dixie Flatline
編曲:Dixie Flatline
唄:初音ミク

_1_2

 

    Sweetie Sweetie I really care about you
    Sweetie Sweetie I'll never let you go

  you and I 二人の間に
  ほのかにただよう恋の香り
  もっとキスして ハグしてよ
  本当のこころにやっと気付いたの

    Sweetie Sweetie I really care about you
    Sweetie Sweetie I'll never let you go

  いつから意識してたんだろう
  優しくてキュートな友達
  気付くと目が追いかけてた
  あこがれだからと嘘ついて

_3_2

 

  最初は ほんのいたずらのメール
  ただ少しだけ君を困らせてみたくて

  それなのに

  you and I 二人の視線を
  あでやかに結ぶ恋の知らせ
  ちょっと待って 嫌じゃないの?
  秘めてたこころが急にあふれ出す

    Sweetie Sweetie I really care about you
    Sweetie Sweetie I'll never let you go

  こうして廻り出したんだ
  愛しくて不思議な関係
  からかわれてるだけかも?
  傷つかないようにはぐらかす

_5

 

  突然 こぼれる君の涙
  本気で向き合ってくれたのが嬉しくて

  とまらない

  you and I 二人のその手に
  心地よく伝わる恋の微熱
  そっと触って ささやくよ
  君の弱いところをもっと知りたいの

  何時かきっと 離ればなれになる日が
  かわいい二人にやってくる
  そんな時は 胸の奥で輝いてる
  甘く切ない 最初のキスを

_7

 

  思い出して

  you and I 二人の間に
  ほのかにただよう恋の香り
  もっとキスして ハグしてよ
  本当のこころにやっと気付いたの

  you and I 二人のからだに
  優しく流れる愛の奇跡
  ぎゅっと握って 離さないよ
  君の弱いところをずっと守りたいの

_10

 

    Sweetie Sweetie I really care about you
    これからもよろしくね
    Sweetie Sweetie I'll never let you go
    いつまでも一緒だよ
    Sweetie Sweetie I really care about you
    二人でどこまでも
    Sweetie Sweetie I'll never let you go
    歩いて行こう

_13

 

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(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千三:私の聞いた音楽_No.18』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/10/_no18-6af1.html
●The Buggles - Video Killed The Radio Star HD (Live 2004)
https://www.youtube.com/watch?v=IUgF49Rtg7Q
●The Buggles - Video Killed The Radio Star
https://www.youtube.com/watch?v=W8r-tXRLazs



●Depeche Mode - New Life
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no17-87cd.html
https://www.youtube.com/watch?v=9NSOSO3Fv3k



『二千九百九十八:私の聞いた音楽_No.16』
●Cyndi Lauper - Time After Time
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no16-fbd2.html
https://www.youtube.com/watch?v=VdQY7BusJNU



『二千九百九十一:私の聞いた音楽_No.15』
●【初音ミクAppend DARK】Lost Memories【MMD-PV HD】
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no15-0b44.html
https://www.youtube.com/watch?v=F2n1zJXG8GU



『二千九百八十四:私の聞いた音楽_No.14』
●galaxias!
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no14-feb5.html
https://www.youtube.com/watch?v=y4fPpaxU9y4



『二千九百七十九:私の聞いた音楽_No.13』
●【初音ミクPV】アゲアゲアゲイン"Ageage Again" 【Hatsune Miku PV】HD1080p
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/08/_no13-40a3.html
https://www.youtube.com/watch?v=yQ5UjNbcM4c



(、、、以下、省略、、、)


                                        坂本  誠

2016年10月24日 (月)

三千八: 私達の社会を考えていた時の私の独り言

(ちょっと、長めの文章となってしまいました。)

何の本に書かれていたのか、今では、思い出せないのだけど、心理学関係の本だったと思う。
その本が言うには、確か、「独裁者(王侯貴族を含む)の心理状態は、乳幼児の心理に似ている」というくだりがあった。

独裁者と言わず、王様で考えたほうが良いだろうか。
王様は多くの召使や手下や家来(けらい)を持っている。
だから、王様の口から出る命令に従って、王様の望む物や状態が手に入れられる(ように見える)。

その結果、次第に王様は、かなり依存的な性格に陥っていく。
この「依存的な性格」というのは、「乳幼児がイスに座っているだけで、口を開けているだけで、他の誰かがその口の中に、自然に多くのお菓子やチョコレートを入れてもらえるだろう」と思い込む心理だ。

さらに進むと、王様にとって、自分の周囲の人間は、全て家来だから、

    「おまえ達の動き(行動)が悪いので、私(王様)が不幸になるのだ」

という家来に対する王様の思いになってくる。

Pa170175

 

つまり、王様は、王様の配下にいる多くの家来達が、王様の幸福を大量に持ってきてくれる、と思い込むようになる。
要するに、王様の喩えを使っているけれど、この王様の心が、冒頭で書いた乳幼児の心そのものだとわかる。

つまり、その心理学の本は、「王様や独裁者と言われる人達の心理状態は、乳幼児の心と非常に似ている」と書いていた。

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この王様や独裁者達の幸福というのは、その彼以外の多くの家来達が、彼に幸福を運んでくるのだから、王様や独裁者達というのは、口を動かすだけで、つまるところ、本当の自分の幸福を一切作っていないことになる。

だから、王様や独裁者達は、彼の多くの家来達に対して、非常に大きく依存した心を持つようになる。

つまり、王様や独裁者達は、上にも書いたように、「乳幼児がイスに座っているだけで、口を開けているだけで、他の誰かがその口の中に、自然に多くのお菓子やチョコレートを入れてもらえるだろう」という心を持つようになってしまう。

ところが、自分で探さず、他人が持ってきた、お菓子というのは、誰でも口に合わない事が多い。

Pa070165

 

なぜならば、どんな人でも、真に自らの努力を行使して、獲得した達成感こそが、その人の幸福となるのだから。

王様や独裁者達というのは、口を動かすだけなので、真に自らの努力をしたわけではなく、自分の欲しいお菓子を他人(家来達)に探してもらい、持ってきてもらうだけなので、それは、王様や独裁者達の真の幸福とはなりえない。
王様や独裁者達が自分で努力をせずに、他人(家来達)にさせたので、王様や独裁者達が自らの内に「達成感」を得られない。
だから、家来達の持ってくる、どんなお菓子でも、次第に味気無いものになってくるので、王様や独裁者達は始終、不幸感覚や不満感覚を持つようになる。

その強い不満の理由というのは、「おまえ達の動き(行動)が悪いので、私(王様)が不幸になる」というのだけど、つまり、自分の幸福を一切自分で作っていないからこそ、その強すぎるまでの不満を持つことがわかる。

「依存的な性格」というのを、わかりやすく書くと、「甘え」ということになる。

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ここから、人が実感できることは、「自分の幸福は自分が作らなければいけない」ということだろう。
だから、他人に対して、周囲の人々に対して、終始不満を抱いている人は、依存的な性格を持つ人だ、とわかる。

そして、人が理解できることには、「自分の不幸は自分が作っている」あるいは「自分の幸福は自分が作っている」ということだろう。

例で考えている王様の不幸の原因は、他ならぬ、彼の依存的な心そのものが、彼の不幸を作り出していることがわかるから。
王様自身は、「私(王様)の不幸は、私の周囲の家来達が作っている」と、かたくなに信じ込んでいる。
しかし、彼の周囲の家来達から見れば、あるいは、この記事の読者の目から見たら、「王様の依存的な性格自体が、王様自身の不幸を作っている」と、気がつく。

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まず、「カバールやイルミナティ自身が、依存的な心を持つ人々だ」、と、人は気が付く。
なぜならば、カバールやイルミナティは、「地球上の全ての存在を、自分達の奴隷(家来)にしたい」と願って、実行しているのだから、上の例で考えているところの、王様や独裁者である、と、人はわかるのだから。

だから、カバールやイルミナティからしてみたら、「なぜ、地球上の多くの我等の奴隷達は、我等の言う事や命令を実行しようとしないのか?」という、強い不満を持っているだろう。

しかし、カバールやイルミナティ達の、彼等の苦しみや不満も、上の流れからわかるように、「カバールやイルミナティ自身が、自らの苦しみを作っている」と、人は納得できる。

(初めて、私のブログに訪れて、初めて、この記事を読む人のために、抜粋した参考ビデオを以下に紹介しておきます。)

『三百十九: イルミナティについて 』
●ジェイ・パーカーインタビュー①
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no35-53fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=W02bxSqtc-I



●ジェイ・パーカー:
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字幕:「ジェイ・パーカー:どの様に3400万人の悪魔崇拝イルミナティアメリカ人達が地球を混乱させ続けるよう助けているのか。」
「イルミナティや他の闇のカルトネットワークはおそらく、9600BCの地球大変動にまで遡ります。」
「大変動の後に、地上の人類は衝撃と落胆の状態にありました。」
「私の調査からその特定の時代は、、、、闇のカルト信者達はインドやバビロンでの文明の再起動において、決めたのです。」
「地球全体を支配してもいい筈だとね。」
「人々を闇に閉じ込め続け、私達は基本的には邪悪な司祭職になり、そして彼等のマインドを支配するんです。」
「ですからその様にして彼等は神よりも金持ちになったのです。」
「そして一旦お金を持つと、政治家や王族を腐敗させる事が出来ますし、そして基本的にはゆっくりと社会を支配していく事ができるのです。」
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『三百二十四: イルミナティについて_No.2』
●ジェイ・パーカーインタビュー②
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no2-299b.html
http://www.youtube.com/watch?v=b-MG_sojSz4

『三百二十八:イルミナティについて_No.3』
●ジェイ・パーカーインタビュー③
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no3-d233.html
http://www.youtube.com/watch?v=9RJHhwVbeiw

『三百三十七: イルミナティについて_No.4』
●ジェイ・パーカーインタビュー④
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no4-9e49.html
http://www.youtube.com/watch?v=9Gl-yNEoGyI

『三百七十二: イルミナティについて_No.5』
●ジェイ・パーカーインタビュー⑤
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/_no5-8806.html
http://www.youtube.com/watch?v=mFOCLxd4L8Q

『三百七十四: イルミナティについて_No.6』
●ジェイ・パーカーインタビュー⑥
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/_no6-92d4.html
http://www.youtube.com/watch?v=N6hVD-9ybhA

『千三十二:イルミナティについて_No.17』
●ロスチャイルド 元イルミナティ ジョン・トッド氏の証言1/11 #illuminati #rothschilds
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/_no17-534a.html
http://www.youtube.com/watch?v=YLN1cLqD2uU

(上記ビデオより抜粋引用)
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それはキリスト教の本ではなく、政治の本でもなく、イルミナティの本です。
この本は、当時イルミナティのリーダーであったフィリップ・ロスチャイルドによって命令され、書かれて出版されました。

そして本に書かれていることは、全米を乗っ取ることによって全世界を段階的に乗っ取る計画です。
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また、カバールやイルミナティは、「地球上の全ての存在を、自分達の奴隷(家来)にしたい」と願って、実行しているのだから、彼等なりの養成教育を、多くの人々に対して、実行しないといけない。

それが現代の資本主義システムだ。
まず、この世は資本主義システムで作られた、巨大ピラミッド型をしており、その巨大ピラミッドを構成するルールは、主に所持金の多寡によっている。
そして、カバールやイルミナティが、そのお金を作り出す権限を持っている。
だから、巨大ピラミッド型の私達の社会のトップ近辺に、カバールやイルミナティ達がいる。
このカバールやイルミナティが、現代で言うところの、「王様や独裁者達」であることがわかる。

Pa170172

 

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また、カバールやイルミナティが彼等の作った帝国の中に、数多くの家来達を入れさせておくためには、その数多くの家来達に対して、「カバールやイルミナティの作った巨大ピラミッド社会は、非常に素晴らしいもので、また、これ以外の社会システムは存在しないのだ」と、盲信させる必要がある。

だから、テレビや新聞等で、「金持ち達の生活は、この上なく素晴らしく、かつ、幸福なのだ」という手合いの、大量の番組や大量の記事が頻繁に流されていることに、人は気付く。

これは、ある意味、当たっているかもしれない。
なぜならば、現代に生きている私達は、「お金が無ければ生きていけないよ」というライフ・スタイルを与えられているから。

しかし、この「(カバールやイルミナティの作った)お金が無ければ、あなた達は死にますよ」という、脅迫を与えつつ、カバールやイルミナティは、お金をこの世に配布しているのだけれど。

「この理屈(金融システム)を使えば、カバールやイルミナティは地球上の全ての人間を奴隷(家来)にすることができる」ということを人はわかる。

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また、カバールやイルミナティは人々の欲心を引き出すことにも長けている。

上にも書いたのだけど、テレビや新聞等で「金持ち達の生活は、この上なく素晴らしく、かつ、幸福なのだ」という手合いの、大量の番組や大量の記事が頻繁に流されれば、人々の間で、「金持ちが羨ましい」とか「金持ちの方が素晴らしい」とか「私は金持ちになりたい」という、欲の心が人に芽生える。

(その「私は金持ちになりたい」という願望が、実はその人自身をイルミナティのステータスに近づけさせていくのだけど。)

このように、カバールやイルミナティは多くの人々の心の中に「欲」の心を芽生えさせる技術を持っていたのだ。

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結果として、カバールやイルミナティの思想教育や洗脳教育を受けたために、人々も、依存的な心を持つようになったのだ。
彼等の洗脳教育を受けたために、人々も「私も王侯貴族になりたい」という欲の心が芽生え、結果、依存的な心が形成され、冒頭に挙げたような苦しみや不満を持つ人々が大量に育成された、と考えてしまう。

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また、ひょっとしたら、テレビ局や新聞社だって、金持ちを賛美するような番組や記事を報道したくないかもしれない。

Pa170177

 

しかし、テレビ局や新聞社でも、現在では、社員等に支払う給与という名のお金を、どこからか入手しないといけない。
だから、番組作りや広告作りの時の、スポンサー(顧客)との打ち合わせの際に、スポンサー(顧客)から「金持ちを賛美したり、資本主義システムを賛美するような番組や広告を出してください」と、言われたら、テレビ局や新聞社が顧客(スポンサー)に、あまりにも逆らうわけにはいかない。

なぜならば、あまりにも、顧客(スポンサー)に逆らうと、その顧客(スポンサー)がお金をくれなくなるから。

結果、情報も金によって、歪曲することができる、と私達はわかる。

また、カバールやイルミナティが直接、マスメディアを操作しなくても、上記のように、「この世界で、お金こそが絶対のちからを持つ」というように社会をセットし続けていれば、間接的に、お金を使って、何も言わずとも、マスメディアを操作することができる。

カバールやイルミナティが、「(カバールやイルミナティが作っている)金銭こそは、この世の絶対権力を持つものだ」と、過去から現在に至るまで、セットし続けてきた理由は、ここにあるのだ、と、人は納得することが出来る。

つまり、カバールやイルミナティは世論操作する方法にも長けていたのだ。

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また、テレビや新聞等で、「新商品が新発売!」という手合いのCMや広告を大量に流されている。

このようなCMや広告を人が見る結果、人は、自分が現在手にしている物品を、まだまだ長く使えるのだけど、「新しい品を手にしている方が、周囲の人が見たとき、自分をカッコ良く見たり、ハイカラに見たりするだろうし、また、トレンドなようにも見えるだろう」と考えるだろう。

結果、まだまだ、長く使用できる、自分の手中にある品を、簡単に捨てて、新たな新商品を買ってしまって、お金を損しているケースも多いことだろう。

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つまり、上記に書いてきたような、カバールやイルミナティが過去から延々と作り上げてきた、現代の資本主義システムの中で、人が生活していると、人が忘れてしまうことがある。

Pa170176

 

その「忘れてしまうこと」とは「足ることを知る」だろう。
私達の身の回りには、十分に生活していけるだけの物資があり、十分に「足り」ているのに、その「足ること」を忘れて、次から次に、店に並び続ける新商品を追いかけるようになる。

この結果、人は充足の心を忘れ、「次々に新商品を追いかけ続ける」という衝動の心そのものに、その人は苦しめられるようになる。
つまり、欲の心を掻き立てられ、その欲心自らにその人は苦しめられる。
そして、人はその状態に気付きにくい。
また、新商品を追いかけ続けるので、現実に、その分だけ、お金を損し続ける。

要するに、ここでも、カバールやイルミナティは、人に欲心を芽生えさせるのにも長けていたのだ。

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まあ、カバールやイルミナティ自身が、非常に、依存心の強い人間なのだ。
彼等の欲する、奴隷達が、彼等の周囲から立ち去れば、彼等は何も出来なくなるだろう。

王様の周囲に、家来達が一人もいなくなれば、その王様は何も出来なくなるのだ。

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徒然なるまゝに、心に思い浮かんでは、消えていく、カバールやイルミナティや、彼等から生じた私達の社会の事に対する、独り言を、心に思いつくまま、だらだらと書き続けていたら、つい、長々と書いてしまい、あやしうこそ物狂ほしけれ。

(この辺で、筆を置きます。)


                                        坂本  誠

2016年10月19日 (水)

三千七: 私の見かけたニュース_No.84

こんばんわ。

私の見かけたニュースをクローズアップしてお届けしたいと思います。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2016/10/19記事より引用)
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●テレビ、ネット同時配信へ 法改正で19年にも全面解禁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161019-00000012-asahi-pol

朝日新聞デジタル 10月19日(水)3時1分配信

総務省は、テレビ番組をインターネットで同時に配信する「ネット同時配信」を2019年にも全面解禁する方針を固めた。
NHKのネット同時配信を制限している放送法を改正し、民放にも参入を促す。
ネットでNHKを見る人から受信料を取る仕組みについても議論を始める。

東京五輪・パラリンピックを前に、スマートフォンなどで場所を選ばずテレビを見られるようにする。
若い世代を中心にネット動画を好む人が増え、米ネットフリックスなどの動画配信サービスが利用者を伸ばしている。
テレビを持たない人も増えつつある。

総務省は、テレビ業界がじり貧に陥ればソフトを海外展開する「クールジャパン」戦略にも影響しかねないと懸念する。
民放各社はスマホへの同時配信は東京のキー局と同じ番組を流すことが多い地方局から視聴者を奪いかねないとして反対してきたが、総務省はテレビを見ていなかった層にアピールする効果の方が大きいと判断。
テレビ局が質のいい番組を作り続けられるようにする。

高市早苗総務相は18日、同時放送の開始に向けた課題について、有識者会議の「情報通信審議会」に諮問すると発表した。
来年夏までに中間答申を、18年夏までに最終答申を出すよう求めるという。

朝日新聞社
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(引用終わり)

政府の方が、「ネットでNHKを見る人から受信料を取る仕組みについても議論を始める」とあります。

NHKのホームページに訪れただけで、そのユーザーから課金するシステムでも作るのでしょうか。

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まあ、それよりも、私が不思議なのは、日本では、家にテレビを置いている世帯からは、「受信料」と言って、その世帯からNHKが課金するシステムがあることです。
現代では、日本内では、数多くのテレビがあります。
そして、数多くの放送局が生まれました。
ですから、現代では、広い日本の中では、「私はテレビを購入して以来、一回もNHKにチャンネルを合わせた事が無い」という人もいるかもしれません。
そのような人から見たら、「私は今までにNHKを全く見ていないから、NHKにどうして受信料というお金を払わないといけないのだろうか?」という疑問を持った人もいるのではないでしょうか。

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この理由は、政府の方が定めています。
「日本内では、テレビの置いている世帯では、NHKに受信料を払う事」と。

ですから、さらに理解ができないのは、政府の定めた、その方針でしょう。
この方針については、日本のテレビ放送の始まった頃に遡るようです。

その頃の日本政府の考えとしては、「家にテレビを置くと、その家の人は、必ず、NHKを見るに違いない」という強い強い思い込みであると思います。
ですから、長い時代が経って、日本でも数多くのテレビ局が生まれれば、当然、「家にテレビを置いて以来、一回もNHKを見た事が無い」という人も出てきても、不思議は無いはずです。

ですから、過去、上記のような、「家にテレビを置くと、その家の人は、必ず、NHKを見るに違いない」という、日本政府の強い思い込みの下に、制定されたとあるならば、時代環境が違えば、「家にテレビを置いて以来、一回もNHKを見た事が無い」という人が出てきても不思議は無いでしょう。

ですから、このような当初の事情とは違った状況が生まれている可能性が考えられる以上、法の変更も考慮しないといけなくなることでしょう。

(余談ですが、私は、もう、ほとんどテレビを見ないのですが、家族の方が「まだ、テレビを見る機会がある」ということで、家にテレビを置いています。ですから、私個人としては、テレビの必要性は、ほぼ失っています。)

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それか、以下のことも考えられるでしょう。

過去、省庁の民営化を、あれだけ、押し進めてきた日本政府です。
「NHKの民営化」という事も、国民や日本政府の間で考えられないでしょうか。

NHKも民営化して、民放のように、コマーシャルを流して、スポンサーからお金をもらい、代わりに、テレビを置いている全ての世帯から課金している「受信料の廃止」ということも考えられるのではないでしょうか。


(以下、上記記事を書きながらなんとなく思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千八十:最近のマスメディアに関する情報_No.3』
●米国防総省はNHK内で情報検閲を行なっている
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/_no3-60cc.html
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/nhk-4a23.html

(以下、「zeraniumのブログ」、2013年1月 5日記事より、抜粋して引用)
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・・・もともと日本の大手メディアには問題が多かった。
私は旧知のNHKの報道マンに連絡をとると、報道を担当する知人は声を潜めながら、驚くべき発言をした。

「実は(当時2010年の)2年ぐらい前から、NHKの敷地内にペンタゴン(米国防総省)専属の秘密部署が作られ、そこで『検閲』が行なわれるようになっているんだ」

彼が言うには、検閲には二通りあり、一つは反米につながるようなニュースをクローズする(隠す)こと。
そしてもう一つは、反米的な政治家や著名人のイメージダウンを図るような情報を積極的に「報道」することだという。

NHKは日本人にとってもっとも重要な報道機関であり、そのために視聴者が受信料を払って運営する公共放送である。
そのNHKを、アメリカの国防総省(ペンタゴン)の情報担当者が「検閲」して、世論操作を行なっているのだ。

ここで言うアメリカとは、私がこれまで述べてきた「闇の支配者」と同義語である。
しかしNHKが米国防総省に検閲されていると考えれば、いろいろなことに納得がいくのも確かなことである。
              :
            (中略)
              :
このVOAとは、第二次世界大戦後の米ソの冷戦下で、共産主義撲滅のために組織されたアメリカのメディア戦略であり、その発案者はカール・ムントという上院議員であった。

話は少々飛ぶが、このムントが実は、日本のメディアに深く関わっていたのだ。
彼は1951年に、「日本全土に総合通信網を民間資本で作る」と発表したが、その翌年の1952年に、讀賣新聞のオーナー正力松太郎がテレビ放送免許を取得し、NHKに続いて日本初の民放テレビ局を開局した。
それが現在の日本テレビである。

ここで注目すべきことは、当時、正力はA 級戦犯として巣鴨プリズンに収監されていたのだが、なぜか彼は戦犯解除の身になり、しかも民放テレビ局開設のための資金を持っていたが、その資金をどこで調達したのかについて、長い間、謎とされていた。
そしてその謎を解明したのが、早稲田大学の有馬哲夫教授であった。

彼は2006年にアメリカ公文書館(ナショナル・アーカイヴス)において、ある秘密文書を見つけた。
その文書には、「正力松太郎は、アメリカに都合よく、日本人を洗脳するテレビ放送網を立ち上げるように依頼を受け、それを快諾したので戦犯を解除された」と記されてあったのだ。
ちなみにその時、CIAが正力につけたコードネームは「ポダム」だったという。
そしてその計画の一環として読売新聞のオーナーの正力に対し、米国防総省が1000万ドルの借款を与え、それが日本テレビの資本金になったことも記されていた。
              :
            (以下、省略)
              :

         「世界リセット計画」 ベンジャミン・フルフォード著 コアマガジン
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(引用終わり)

『二千四百三十八:News_No.561』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/03/news_no561-cec5.html
(以下、『新・ほんとうがいちばん』様、2015/3/14記事より引用)
------------------------------------------
●鳩山由紀夫氏:首相の時はわからなかった「見えない敵」の正体/『それはつまり「日米合同委員会」の決定事項が、憲法も含めた日本の法律よりも優先されるということ』
http://mizu8882.blog.fc2.com/blog-entry-518.html

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▲[矢部宏治氏]日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは?|転載元:シャンティフーラさんより

転載元:週プレNEWS 2014年12月15日(月)6時0分配信より
「日本はなぜ基地と原発を止められないのか」で話題の矢部宏治が
鳩山友紀夫と“日本の真の支配者”を語った!【前編】

鳩山友紀夫元首相(右)と矢部宏治氏が、
日本が「真の独立国」として新しい戦後を歩むための方法を議論

(、、、中略、、、)

なかでも一番の問題は、日米合同委員会のメンバーである法務官僚が、法務省のトップである事務次官に占める割合は過去17人中12人、そのうち9人が検事総長にまで上り詰めている。
つまり、米軍と日本の高級官僚をメンバーとするこの共同体が、検察権力を事実上握っているということなんです。(、、、以下、省略)
------------------------------------------
(引用終わり)

『二千九百九十四:News_No.610』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/news_no610-d3e2.html
(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2016/9/17記事より引用)
------------------------------------------
●何が何でも外交文書は一切公開しない政府の姿勢は異常としかいいようがない/三木由希子氏(NPO情報公開クリアリングハウス理事長)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160917-00010000-videonewsv-pol

ビデオニュース・ドットコム 9月17日(土)21時51分配信

(C) ビデオニュース・ドットコム

(↑画像をクリックすると動画が再生されます。

NPO情報公開クリアリングハウスが昨年12月に、日米合同委員会の議事録の公開を求めて国を提訴したことは既報の通りだが(「政府は情報公開法の免除規定を拡大解釈している」http://www.videonews.com/press-club/151202-miki/)、その裁判で政府の外交文書の公開に対する異常な姿勢が明らかになる新たな展開があった。

他でもない、情報公開クリアリングハウスが情報公開を求め、国がこれを頑なに拒否していた文書は、政府が別の裁判で自らの主張を裏付けるために証拠として提出しており、誰でも見られる状態になっていたことが明らかになったのだ。

自己目的の達成のためには公開した文書でありながら、市民からの公開請求に対しては外交文書であることを理由に公開を頑なに拒否するという、政府のダブルスタンダードが明らかになった。

情報公開クリアリングハウスの三木由希子理事長は、外交文書の開示については政府に一定の裁量が認められているが、これは明らかに裁量の濫用だと語った。

日米合同委員会は、在日米軍の幹部と日本政府の幹部が日米地位協定の運用を話し合う秘密会議で、アメリカ側からは在日米軍の副司令官、参謀長クラスが、日本側は外務省の北米局長を筆頭に、財務、法務、防衛、農水などの幹部が一堂に会し、アメリカ側の要望を日本政府に伝える場とされる。

この会議は、時として日本の国内法を上回る効力を持つ日米地位協定の運用を話し合う場でありながら、その実情も議事録も公表されてこなかった。
内容を非公開とする理由について日本政府はこれまで、日米双方の合意がない限り議事録等を公表しないと両国間で取り決められていることをあげてきた。

情報公開クリアリングハウスはその議事録の中から、政府が議事録公表を拒む根拠としている1960年の第一回会議で両国が会議を非公開とすることで合意した部分の部分開示を求めて、国を提訴していた。

9月13日の公判では、原告の情報公開クリアリングハウス側が、国側が別の裁判で証拠として提出していた文書そのものを提出し、国が裁判で自分たちの主張をするためには公開している文書を、情報公開請求に対して非開示とすることの不当性を訴えた。

政府が議事録を公開したのは、沖縄県が米軍演習場を通る県道の共同使用に関する文書の開示を決定したところ、国が開示取り消しを求めて昨年3月に提訴した裁判だった。
その裁判で政府は1960年の第一回日米合同委員会の議事録の中から、両国が議事録を非公開とすることで合意したことを示す部分を証拠として提出していた。

(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
------------------------------------------
(引用終わり)


                                        坂本  誠

三千六: 歴史について_No.3

こんばんわ。
二千九百九十三:歴史について_No.2』の続きです。

時に、私達は意外な歴史を見る事により、驚きを感じたりするものです。
また、その意外な歴史を見た事により、そこから得られる歴史解釈を得て、さらなる驚きを感じる事もあります。

しかし、そのような意外さをも超えていくのが、私達のなすべきことではないかと感じます。
そのような視点から、ここに、再び、私達の歴史を見ていきましょう。

引用文献は、『二千九百九十三:歴史について_No.2』でも紹介した、『長崎歴史散歩』(劉 寒吉 著、創元社)です。

以下の引用文中の(大)、(中)、(小)と私が書き添えてあるのは、同書の目次の見出しの大きさを表しています。
もちろん、読者の方が、同書を直接見たい場合に、素早く、引用箇所を発見できるようにしたからです(ページ数を引用しますと、再版作成とか新装版作成などの際にページ数がずれる場合も多々あるので)。

いつものように、私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせていただきました。

(以下、『長崎歴史散歩』より引用(劉 寒吉 著、創元社))
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遥かなり長崎開港四百年(大)
長崎史序章(中)
開港事情(小)

天文十二年(1543)に大隅国種子島の領主、種子島時尭が南蛮船から二挺の鳥銃を手に入れたことは、戦国の様相を一変せしめた。

(、、、中略、、、)

この鉄砲の威力を知らされた戦国大名たちが、種子島とか鳥銃とか呼ばれた鉄砲、石火矢とか称した南蛮の大砲の入手に狂奔したのは当然というべきである。
しかしこの欲しい南蛮の兵器や火薬を得るためには、おのずから順序みたいなものがあった。

まず南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない。
領主みずからが入信することが第一だが、たとえ洗礼は受けなくとも、布教を認めて、これを援助する。
このようにして誠意を示すことによって、南蛮僧から南蛮船を招来してもらうという順序なのである。

南蛮の火薬にたいする執着、さらには異国の珍奇な品々への憧憬は、九州の諸大名とても同様であった。
のちには宗門に帰依した熱心な切支丹援護者の大友宗麟の領内、府内(現在の大分市)や日出(ひじ)の港には、ポルトガルの旗をひるがえした南蛮船がしばしばはいってきたし、天文十八年(1549)に南蛮僧のフランシスコ・ザビエルが渡来した翌年にも肥前の平戸にはポルトガル商船が来航した。
------------------------------------------
(引用終わり)

この引用文から、当時の日本に伝授された火縄銃を手に入れるための、一連のプロセスがあることがわかります。

まず南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない。領主みずからが入信することが第一だが、たとえ洗礼は受けなくとも、布教を認めて、これを援助する。このようにして誠意を示す」わけです。

当時から時代が経った私達の時代から、これを見ると、「これも、どこか、おかしな事だ」と、読者の方々は気がつくでしょう。

戦争の道具である火縄銃を、外国のキリスト教の宣教師が持ってきたわけです。
そして、戦争用の道具を手に入れるためには、「日本がキリスト教を受け入れる」というのが、絶対の交換条件であるとわかります。
キリスト教を受け入れなければ、鉄砲をやらないぞ」と、時の外国のキリスト教の宣教師が日本人に伝えた事がわかります。

つまり、圧倒的に、キリスト教国であるヨーロッパ諸国の方が日本より上手にセットされている事がわかります。
日本国内にキリスト教の布教も認めないといけないのも絶対条件である事がわかります。
そして、キリスト教側であるヨーロッパ諸国に「誠意を示す」ことも絶対条件である事がわかります。

//////////////////////////

当時の外国キリシタン宣教師も、口からは(私達の時代から見て約2000年前の)、イエス・キリストの愛の教えを伝えていたことでしょう。
しかし、上の引用文からわかることは、日本国内で火縄銃を手に入れるためには、キリスト教布教が絶対条件だとわかります。

私達の脳裏に浮かぶキリスト教宣教師の姿とは、約2000年前の、イエス・キリストの語った愛と平和の思想を説く姿でしょうか。
ところが、日本国内でキリスト教を広める、その方針の背後には、「鉄砲布教」もあったことがわかります。

イエス・キリストの愛と平和の思想を世界に説く筈の外国キリシタン宣教師が、「あなたたちが鉄砲を手に入れるためには、キリスト教を受け入れなければいけない」と、交換条件を当時の日本人に強いた事がわかります。

//////////////////////////

私達が心に素直に、イエス・キリストの愛と平和の教えを思い出しながら、上記のプロセスを再考慮すると、誰でもが以下のように考えることでしょう。

イエス・キリストの愛と平和の思想を世界に広めたいのならば、それこそ、無条件で、その思想を世界に広めないといけなかったでしょう。
それどころか、キリスト教は、愛と平和を無条件に無限大に全世界に広げる」と、全世界に向かって、翼のように、高らかと謳(うた)うのならば、絶対的に、武器である鉄砲を世界に広めてはならないとなるでしょう。

ですから、もし、戦国時代に、真の外国人キリシタン宣教師達が日本に訪れたのならば、彼等は以下のような行動をしたことでしょう。

まず、外国人キリシタン宣教師達は、その手に火縄銃を持っていない筈でした。
そして、当時は、日本の戦国時代でしたから、外国人キリシタン宣教師達は、多くの日本人に対して、口々に、「戦争をやめましょう」と語りかけたことでしょう。
ですから、当然のように「鉄砲伝来を交換条件として、キリスト教を広める」ということは、真の外国人キリシタン宣教師達ならば、ありえない話だったでしょう。

真の外国人キリシタン宣教師達ならば、ただひたすら、無条件に、キリスト教の伝道・布教に努めたことでしょう。

(「『外国人キリシタン宣教師達が鉄砲の交換条件を当時の日本人に突きつけてきた』というのも、これも異常な話だ」と、読者の方も感じると思いますが。)

//////////////////////////

しかし、現実は、完全に反対であり、鉄砲も伝来して、かつ、その鉄砲伝来の交換条件として、キリスト教布教がセットされていた、という、およそ、本来のキリスト教精神の完全な逆が行われていた、と、人は知ることでしょう。

//////////////////////////

この、当時の外国キリシタン宣教師達の姿勢と、彼等の口から、よく出てくる、イエス・キリストの愛と平和の思想を、同時に聞いていた筈であろう、当時の日本人は、何も大きな矛盾点を感じなかったのでしょうか?

//////////////////////////

しかも、「まず南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない」とありますから、この鉄砲入手の一連のプロセスは、バチカンの公認であったでしょう。
ですから、この記事の読者としては、「このプロセスが、愛と平和を説いていたキリスト教側のやり方なのだろうか?」と、疑問を抱くことでしょう。

//////////////////////////

さらに、変な事に気がつくでしょう。

この欲しい南蛮の兵器や火薬を得るためには、おのずから順序みたいなものがあった」と「みたいなもの」という、曖昧な表現がされています。
「みたいなもの」とは、英語で言うならば、「何々に似ている」という「like」ですね。

しかし、その直後には、「まず南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない」とあります。
「なければならない」というのは、絶対の表現です。
「なければならない」とは、英語で言うならば、断定を意味する「must」ですね。

なので、このくだりから考えられることは、「キリスト教の世界布教のために、鉄砲布教も、同時に奨励されている、しかし、公に、それを教会側が認めてしまうと、問題がある、しかし、このプロセスを絶対に維持するために、『南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない』と、強く断定的に行く」と、受け取れるでしょう。

//////////////////////////

しかし、いずれにしても、「まず南蛮僧を招いて切支丹宗をうけ入れなければならない、、、南蛮僧から南蛮船を招来してもらうという順序なのである」のくだりにあるように、鉄砲入手の一連のプロセスが堅くセットされていた事がわかります。
ですので、私が「みたいなもの」という言葉尻を捉えなくても良かったかもしれません。

いずれにしても、上記の鉄砲伝来とキリスト教の布教のプロセスが堅くセットされており、暗黙の了解となっていた事を教会側が知っていたでしょうから。
あるいは、当時の教会側が、このプロセスを発案したのかもしれませんが、いずれにしても、キリスト教会側とそれを受け入れる日本側の暗黙の了解となっていたことは確実です。

//////////////////////////

ですから、当時の日本人でも、「愛と平和を口からは説いている、外国人キリスト教宣教師達が、鉄砲伝来をも兼ねている、というのは、おかしなことではないだろうか?」と、気が付いた人もいるのではないでしょうか。

//////////////////////////

なので、上記の疑問が、その後の日本人の疑問と行動となって行ったと思います。
二千九百九十三:歴史について_No.2』でも、その日本人の疑問と行動を書いたのですが、以下に簡潔に再び引用しておきます。
詳細な引用文は、『二千九百九十三:歴史について_No.2』を参照してください。

(以下、『長崎歴史散歩』より引用(劉 寒吉 著、創元社))
------------------------------------------
遥かなり長崎開港四百年(大)
切支丹教会領長崎(中)
切支丹教会領となる(小)

(、、、中略、、、)

切支丹宣教師たちは布教と救民事業に努力してはいたが、歳月がたつにつれて、中には不遜な態度に出る者もあった。

---- 長崎中スベテ耶蘇宗門ニ帰依セシメ、我意ヲ振舞ヒ、蛮夷ノ頭伴天連ヲ主人ノ如ク取持ツ。

と『長崎根元記』にあるように、かれらにたいして快く思わない町民も出てきた。

ことに自国の強力な国力やおのれの財力を誇る南蛮商人の暴慢さは、しだいに町民の反感を買ってきた。
ツバの広い帽子をかぶり、黒いマントの裾をひるがえして闊歩する赤鼻の商人たちの日本人狩りは、はじめはひそかにおこなわれていたが、やがて半ば公然と奴隷船が港を出てゆくことになると、町民の反感は憎悪にかわっていった。

(、、、中略、、、)

荒れ狂う禁教の嵐(大)
二十六人聖人殉教(中)
サン・フェリペ号事件(小)

(、、、中略、、、)

さらに激昂した一人の船員は一枚の世界地図を増田長盛につきつけて、どなった。

「われらは、このように世界を征服して広大な版図を有するイスパニヤの船ぞ。日本などという小国を恐れるものではない。おとなしい処置をとらねば、いまにこの国もわがイスパニヤ国王の領土となろうぞ」

長盛はおどろかなかった。
しかしびっくりした顔で、いったい、イスパニヤという国はどのような方法でそんな大きな領土を持つことができたのかと訊ねた。

狙いをつけた国に、まず伝道師を送りこむ。住民をキリシタンに引きこむ。住民がだいたいキリシタンになったところで、それを足がかりに軍隊を送って攻略する。イスパニヤは世界最強の軍隊を持っているのだ

多分に思い上がった船員の誇張だろうが、肩をそびやかしていう赤ら顔のことばは、さすがに長盛をおどろかせた。

この長盛からの報告に、さらに秀吉もおどろいた。
かねてからモヤモヤと胸にわだかまっていた疑いが、一挙に正体をあらわした思いであった。
------------------------------------------
(引用終わり)

//////////////////////////

もっとも、当時、キリスト教に改宗して行った、多くの日本人も、このような一連のプロセスを見た人は、ほとんどいなかったことでしょう。
彼等がその耳で聞かされたのは、聖書に書かれてある通りのキリストの言葉そのものであり、このような一連のプロセスまでも見た人々はいなかったと思います。

つまり、聖書の中の言葉と、当時のキリスト教会側の布教方針に大きな隔たりがあることがわかるでしょう。

また、現代のキリスト教徒の、ほとんどの人は、単純に、「私の両親や祖先がキリスト教徒だったので、うちもキリスト教なんですよ」と、言う人が多いだけでしょう。
また、現代の教会の中でも、日曜日のミサの時に、語られる言葉は、ほぼ聖書中の文章でしょうし、キリスト教伝来当時の、このような一連のプロセスが語られている、ということは、まず無いでしょう。

//////////////////////////

しかし、このような史実を考慮するということは、時として、厳粛な気持ちを持って、私達自身を見直すための、重要な機会となると思います。


(以下、上記記事に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千九百九十三:歴史について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no2-b19c.html

『二千五百七十八: 古代文明について_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no4-4a88.html
(以下、『InDeep』様、2013/12/21記事より引用)
------------------------------
●英国のストーンヘンジは古代の遺跡ではない? : 現在の場所にあるものは 1950年代に「ある目的のため」に建立されたと主張する記事を読み
http://oka-jp.seesaa.net/article/383246622.html

Restavraciya00121

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(以下、『InDeep』様、2013/12/29記事より写真を引用)
------------------------------------------
●あと一年くらいの今の世界(3) : 報道され続ける「巨大な人類」と12月31日の外出禁止令
http://oka-jp.seesaa.net/article/383880105.html

1231

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『二千四百二十九:News_No.559』
●科学者らは巨人族の骸骨を隠滅した
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/03/news_no559-5e77.html
http://japanese.ruvr.ru/news/2015_03_01/283143102/

(上記記事より抜粋引用)
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スミソニアン博物館は、20世紀初頭に「科学的事実を隠蔽し人類進化の理論の無謬性を守る目的で」アメリカ大陸各地で見つかった巨人族の骨格標本数万点が廃棄された事実を語る文書を公開することになっている。

(、、、中略、、、)

歴史文書には一切記されておらず、しかし異教の祭儀や宗教文書に名残をとどめる巨人族の遺骸は、公式科学に承認された人類の誕生と発展を記述する歴史理論に疑義を挟ませないために、廃棄されたという。

スミソニアン博物館は長期にわたり容疑を全面的に否認してきたが、のち、一部のスタッフが、巨人族の骨格標本の廃棄の証拠となる文書の存在を認めた。
また、博物館から盗み出されて廃棄を免れた長さ1.3mの大腿骨なるものが裁判所に提出された。
この大腿骨は、それを盗み出した博物館幹部の家に、長らく保管されていた。
その人物は公聴会で、その骨について、博物館で行われた秘密オペレーションについて、証言した。
審理の中で、この大腿骨の提出の瞬間は、ひとつのハイライトであった。

裁判所の決定によれば、(、、、以下、省略)
---------------------------
(引用終わり)

『三百六十六:古代文明について』
●世界各地で見つかる「失われた大陸」:大西洋のポルトガル領海沖でピラミッド状の建造物が確認される
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/post-911b.html
http://oka-jp.seesaa.net/article/376015556.html

(上記記事より抜粋引用)
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Atlantica1

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(引用終わり)

『七十七:私の見かけたビデオについて_No.14』
●アフリカで発見された200,000年(20万年)を経たアヌンナキの都市
●200,000 Year Old Annunaki Cities Discovered in Africa
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/06/_no14-51ce.html
http://soundofheart.org/galacticfreepress/content/200000-year-old-annunaki-cities-discovered-africa
http://www.youtube.com/watch?v=CwggVFKzjAE
     ↑
(削除された方のビデオのURL)
●UFOhunter - 200,000 Year Old Annunaki Cities Discovered in Africa
https://www.youtube.com/watch?v=HEZO7V5NgpM
     ↑
(新しく見つけた方のビデオのURL)


YouTube: UFOhunter - 200,000 Year Old Annunaki Cities Discovered in Africa

(上記記事より抜粋引用)
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アヌンナキが金を採掘するためにここに来た時は、200,000年(20万年)以上とされています。

彼(テリィンガー)はヨハン・ハイネと一緒に調査した廃墟は、広大なエリアの上に数千もの石を持って、作られています。
浸食と青錆の成長がありながら、その構造は、彼等の最大の古代の証拠を示しています。
彼は以下の事を詳細しました。
彼が「アダムのカレンダー」と称した最も重要な廃墟の1つ、それは、日によって、タイムアウトを記すことが出来た一枚の石の暦のことです。

アヌンナキは、彼等の鉱山労働者を作るために、人間の遺伝子をいじり回しました。

廃墟は、ハチの巣のように一緒に集まっている六角形の形をしています。
彼が推測するに、それらは、クローンのタンクとして使われたとのことです。
------------
(引用終わり)

『二千八百六十三:国(くに)について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no2-8c9d.html
●弥生時代
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E7%94%9F%E6%99%82%E4%BB%A3

(上記記事より抜粋引用)
------------

なお虐殺死体が弥生時代に増加すること及びそれらを研究することが専門の研究者にとっても大きな精神的負担になっていることを、松木武彦は新聞の評論で述べている[18]。

(、、、中略、、、)

最終更新 2016年2月22日 (月) 01:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

如何に日本中がひどい戦争状態だったかがわかる一文です。

稲作とか青銅器とか鉄器とかの当時の最新技術は大陸から入ってきたのでしょうが、人々が本当に幸福感を感じることは、あまり無かったと私は予想しています。
------------
(引用終わり)

『二千八百二十五:歴史について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-8b14.html

司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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Photo


明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。
維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。

どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては、政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、ただ明治六年七月に「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけである。

これが高率であったこと、各地の実情にそぐわなかったことなどもふくめて、明治初年、各地に大規模な農民一揆が頻発するのだが、木崎村は、このときには一揆を起こしていない。
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(引用終わり)


                                        坂本  誠

2016年10月13日 (木)

三千五: 北九州市について_No.10

こんばんわ。
『二千九百三十四:北九州市について_No.9』の続きです。

■:頓田(とんだ)貯水池

晴れた日に、北九州市若松区にある頓田(とんだ)貯水池に行って来ました。
北九州市には、湖はありません。

Pa030158

 

しかし、この『頓田(とんだ)貯水池』というのは、市民の間で湖に喩えられています。
『貯水池』というからには、過去、人工的に作った水溜りだとわかります。
この辺りの土地は、標高が低い事が知られています。

過去、水害もあったと聞いています。
なぜならば、この辺りの土地は、縄文時代に「海進時代(かいしんじだい)」と言われる時代がありました。
長い縄文時代には、地球的に気温の高い時代があったので、海面が上昇していた時代がありました。
これが縄文時代の海進時代です。

ですから、この縄文時代の海進時代には、北九州市の洞海湾と北九州市の西を流れる遠賀川が合体していました。
そして、広大な浅い海を作っていました。
その浅い海に当たる場所が、この若松区の頓田(とんだ)貯水池の辺りです。

ですから、低い土地なので、水害も多い事が知られていました。

Pa030159


なので、この頓田貯水池が人手で作られたのではないでしょうか。

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それは、ともかく、現代では、この頓田貯水池に訪れると、人は湖を感じるでしょう。

冒頭にも書いたように、北九州市には湖はありませんが、ここは湖を感じます。

人は、水が側にあれば、なんとなく、落ち着くもの。
他の土地でも「湖のある場所」というのは、なぜか、人は安らぐのではないでしょうか。
「なぜ、湖がそばにあったり、清らかな水の流れが近くにあると落ち着くのか」という自分の疑問の答えまではわかりませんが。

当然、この頓田貯水池の周囲には、遊歩道やサイクリング用の道路も敷かれています。
ゆったりと湖のような景色を味わいながら、市民が頓田貯水池の周囲を散策しています。
当然、ボートの貸し出しもされています。

Pa030163

 

休日の市民の憩いの場所です。

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変わった所と言えば、この頓田貯水池のほとりには、写真にあるように、「大北亭(だいほくてい)」と呼ばれる中国式の建築物があることです。

「なぜ、中国式の建築物があるのか」を書きます。

中国の上海の近くに『西湖(さいこ)』と呼ばれる、美しく、古来から有名な湖があります。
「この北九州市の頓田貯水池の雰囲気が西湖に似ている」ということと、中国との友好記念ということで、現代中国の建築家が、この「大北亭」を当地に建設しました。

ですから、このような中国とは、あまり関係の無いような土地に、いきなり、中国様式の建築物が現れているわけです。

Pa030167

 

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ここからは余談です。
私も、かなり以前に海外旅行として、中国の上海を訪れました。
中国の上海を選んだのは、安・近・短を考慮したからです。

それに、その当時、中国の上海からやって来ていた中国人の二人と友人でした。
その中国の二人と友人が、上海に帰国したので、当然、現地を日本語でもガイドしてくれる、ということで、中国の上海を海外旅行先に選んだ、といういきさつもあります。

中国の上海を訪れる前に、上海の海外旅行雑誌を読んでいると、上海周辺の観光として、この「西湖」が紹介されていました。
ですので、「西湖に行ってみたいな」と思っていたのですが、私の友人である中国の方が言うには、私の旅行日程だと、この「西湖」に訪れる余裕が無かったのです。

ですから、最近、この頓田貯水池を訪れて、自分の過去の海外旅行先で行きたかった「西湖」を思い出していました。

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ちなみに、上海に訪れた際に、私は、「じかに自分の目で揚子江を見てみたい」と思っていました。
しかし、この揚子江でさえも、結構、上海から遠いです。

世界地図で見ると、上海のすぐ近くを揚子江が流れているように見えますが、実際には、かなり離れています。
この辺りが、「大陸の広さ」とでも言えるようなところでしょうか。

結局、揚子江は機上の窓から見ただけとなりましたが、それでも、自分の記憶にしっかりと残っています。

Pa030164_2




(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千九百三十四:北九州市について_No.9』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/06/_no9-2ea1.html

■:『平尾台(ひらおだい)_2』

『二千九百:北九州市について_No.8』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/05/_no8-72d6.html

■■■:関門海峡の海底の土砂
■■■:関門海峡の通過時のみの船長
■■■:関門海峡の冬の濃霧
■■■:関門海峡のその他
■■:周防灘を訪ねる
■■:終わりに

『二千八百九十九:北九州市について_No.7』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/04/_no7-de34.html

■:北九州市の沿岸の概観
■■:玄界灘を訪ねる
■■■:千畳敷(せんじょうじき)
■■■:若松の岸壁
■■:境川
■■:関門海峡を訪ねる

『二千八百七十:北九州市について_No.6』
■:『平尾台(ひらおだい)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no6-bba4.html

『二千八百五十二:北九州市について_No.5』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no5-5883.html

■:北九州市の概観
■■:「3 corners(スリー・コーナーズ)」のある街
■■:北部九州の街の合併
■■:街のミックス感、それ自体の価値
■■:「海峡都市」イスタンブールを含めて考える
■■:北九州市に似た街、「東京」
■■:結びに

『二千八百五十:北九州市について_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no4-27cd.html

■:過去の国境線、境川
■■:現代の境川
■■:現代に残されている国境石
■■:私の推測
■■:往時の国境線を偲びつつ

『二千八百四十四:北九州市について_No.3』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/_no3-f552.html

■:北九州市の歴史概観
■■:昔の行政区分から感じる事
■■:北部九州の古代の中心地帯
■■:北部九州での銅の産出、採銅所

『二千八百四十二:北九州市について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/_no2-d208.html

■:北九州市の特色
■:関所の町
■:北九州市の地形

『二千八百三十九:北九州市について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-c75d.html


                                        坂本  誠

2016年10月11日 (火)

三千四: 『明日は、今日より強くなる』を読んで

明日は、今日より強くなる』。
"Tomorrow , I will become stronger than me on today ."

女流プロ雀士の姉妹、二階堂亜樹、二階堂瑠美氏の共著である、『明日は、今日より強くなる 女流プロ雀士 二階堂姉妹の流儀』(KADOKAWA)の本のタイトルです。
右の写真は、Amazonの広告からの引用です。

Photo_2

いつか、どこかで、多くの人も、「明日は、今日より強くなる」とか「明日は、今日よりもっと良くなる」という言葉を聞いたことがあると思います。
しかし、改めて、『明日は、今日より強くなる』と、本のタイトルにもなり、その本を手に取るたびに、真っ先に『明日は、今日より強くなる』と、本のタイトルが目に飛び込んできて、自然に自分自身に言い聞かせてみると、自分の心の奥底に、ふつふつとちから強さが湧いてくるのを感じる人も多いのではないでしょうか。

勝負師の方が、『明日は、今日より強くなる』と口に出せば、それは自分の腕が向上することを意味するでしょう。
しかし、勝負師でない人にしてみれば、この言葉は、「明日は、今日よりもっと良くなる」あるいは「明日は、今日よりもっと幸せになる」という言葉に言い変えることができるでしょう。

「なんと肯定的な言葉だろう」と、人は感じるかもしれません。
どこかで聞いたことのあるような言葉でも、改めて、意識的に、何度も繰り返し、その言葉を噛み続け、玩味していると、その言霊(ことだま)などを人は趣深く感じるようになるかもしれません。

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最近は、将棋や囲碁等の知的ゲームのジャンルでも、何気ない自伝的なエッセーの本を見かけるようになりました。
もちろん、将棋や囲碁等の知的ゲームのジャンルでは、圧倒的に、「定石解説・研究」とか「セオリー分析」あるいは「上達方法」が書かれた本が多いです。

しかし、最近では、それらの世界に従事している人々が、「定石解説・研究」等の類の本だけでなく、さりげない、日常生活の自分を題材にしたエッセーなどの本も増えています。

彼等は自分の属している世界での上達を目指しているのですが、いざ、「自分のいる世界(仕事)が、自分にどのような影響を与えているか?」という、疑問に答えるようなエッセーも増えてきています。

P7070161

 

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一人の人生があります。
その人の人生において、幾つかの職を選ぶことは可能です。
しかし、「自分の職業が、どのように自分に影響を与えているか」を、時々、振り返ってみることは、大事なことだと感じます。

ある意味、自分の職の技術を高めることよりも、「自分の職が、どのように自分の人生観を作っているか」の方が、遥かに、質的に大事なことだと思います。

なぜならば、その道の技術だけを研鑽できても、不幸を感じる人もいるでしょう。
なので、技術向上だけでなく、「その道を歩んでいる時に、どれだけ、自分がその道に幸福を感じているか、あるいは、感じたか」の方が、ウェイトが高いでしょう。

技術の高下よりも、幸福感の高下の方が、多くの人は大事さを感じるからです。

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現在、人の世に数多くのジャンル(仕事)があります。
そして、そのジャンルの多くには、そのジャンル内の技術を計るために、数え切れないぐらいのテストがあります。
それらのテストを使えば、私達は簡単に自分の技術力の高下を図ることができます。
その自らの技術の高下を見て、私達は一喜一憂するかもしれません。
その自らの技術の度合いを確認して、幸福を感じる人もいるかもしれません。

しかし、人がある道の上にいて、自分の技術の度合いを知ることよりも、自分の選んだ道の上で、「どれだけ幸福感を感じるか」の方が、技術の度合いよりも遥かに、人に重要なことがわかります。
上にも書いたのですが、その道の技術のみを研鑽し続けても、不幸を感じる人もいるからです。

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反対に、自分の選んだ道から得られる幸福感を数値にすることは難しいものです。
また、自分の幸福感が数値的に表されたら、それこそ、自分の選んだ道に、喜びの姿勢とか追求の姿勢等が現れなくなるかもしれません。

「そのジャンルの世界での技術テストでは、私は何点か?」という疑問よりも、「そのジャンルの世界で、私はどれだけ幸福か?」という後者の疑問の方が、かなり深遠で味わい深いものだからです。

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ですから、本来ならば、「定石解説・研究」の類の本よりも、そのジャンルの道で得られた「人生観」が語られた本の方が、ずっと価値が高いと私は感じます。

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将棋、囲碁、麻雀にとどまらず、様々なジャンルの道があります。
その他のジャンル上の人も、自分なりの技術本を世に出しています。

しかし、そのような自分なりの技術本を世に贈る人々でも、ときおり、自分の職を題材とした「人生観のエッセー」とか「自伝的エッセー」の本を出してもいます。

そして、どちらかと言うと、後者の方である、「人生観のエッセー」とか「自伝的エッセー」の方が、より多くの読者に共感され、求められるケースが多いのを見かけます。

これはなぜかということも書いてみたいと思います。

自分なりの技術本を世に問うても、その本の読者は、その手のジャンルを好む人にしか受け入れられないからです。

例えば、建築に関係した人が、建築技術上の自分の得た大量のノウハウを詰め込んだ本を世に出しても、建築技術に関心の無い人から見たら、その本を必要とはしないからです。

しかし、その建築に関係した人が、自分の仕事上で得られた、人生に対する深い洞察とか、職業観とか、その仕事上で得られた幸福感とか、あるいは、建築の世界を超えて、様々な人間社会のジャンルに普遍的な教訓が書かれた本などは、建築技術に関心の無い人でも、そのような本を求めたりもします。

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なぜならば、そのような本の中は、その人の人生観や哲学が描かれることが多く、そのジャンルの専門知識や専門用語なども、ほとんど無いから、他のジャンルの人でも、その本を読めるからです。
また、味わい深く読めます。
また、建築の世界を超えた、多くのジャンルに必要とされる共通知識と呼ばれるものが、書かれており、それらを読者の方のジャンルにも、応用知識として、組み込めるからです。
また、3番目には、建築に関係した人が、その自伝的な本を書いたのですから、他の人から見て、「建築業界に入れば、このような幸福感を味わえる」とか、その他の点においても、様々な参考となる情報が多く記載されているからです。

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ですから、この記事でも紹介している書籍『明日は、今日より強くなる 女流プロ雀士 二階堂姉妹の流儀』も、中を開いてみると、麻雀に関したセオリー紹介とか定石紹介とか技術向上のための新テクニックといった類の情報は一切書かれていません。
書かれているのは自伝的なことであったり、あるいは、その道の上で得られている自分自身の人生観のみが書かれています。

ですから、全く、麻雀を知らない人でも、「この人の選んだ人生行路の上で、この人は、どのような幸福を見出したり、あるいは、人生哲学の上で、どのような新しい発見を得ているだろうか」の視点から、同書を読むことができます。

なので、このような本を見て、人が感じるのは、人間ドラマでしょう。
数多くのテレビ・ドラマや映画などで、それぞれの職業ジャンル上で有名になった人のドラマがあります。

自分の選んだジャンルでは無いけれど、このような、他の人の人生行路が描かれたドラマを見て、自分の人生のための有意義な参考情報を得られます。

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長くなったのですが、同書『明日は、今日より強くなる 女流プロ雀士 二階堂姉妹の流儀』を、麻雀を知らない人が読んでも、中身を読む前に、同書のタイトルがそのまま現しているように、

  「明日は、今日より強くなろう

とか

  「明日は、今日よりもっと良くなろう(良くしよう)

とか

  「明日は、今日よりもっと幸せになろう(幸せを作ろう)

という、座右の銘(ざうのめい)にしても良いような、あるいは、常に右肩上がりのグラフのような、肯定的な言葉を、すでに得られたと思います。


(以下、日本の名言に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千九百六十六:ゲーム(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/08/post-d3c8.html

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 「奇跡は誰にでも一度は起きる。だが誰も起きたことには気づかない

                『わたしは真悟』(楳図かずお 作)より引用

  Everybody has had a miracle once .
  But , nobody has realized the miracle at all .

                 quotation from "MY NAME IS SHINGO ."
                   Author:Umezu Kazuo
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『二千七百八十一:映画、蒼き(あおき)衣の者を見て』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/12/post-730d.html

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    その者 蒼き衣を まといて
    金色の野に 降り立つべし。
    失われし 大地との絆(きずな)を結び、
    ついに 人々を蒼き清浄の地に導かん。

                          (映画『風の谷のナウシカ』より)

    The person in blue
      should fall down on the gold field.
    The person will bind the lost tie with our Earth,
      and will lead people to the blue and pure land , finally.

                 (quotation from "Nausicaä in the Valley of Wind")
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                                        坂本  誠

2016年10月10日 (月)

三千三: 私の聞いた音楽_No.18

こんにちは。
私の聞いた音楽をご紹介させてください。

1979年、イギリスの「ザ・バグルス」というグループの発表した『ラジオ・スターの悲劇』という音楽です。
この音楽は、「80年代ミュージック」ではないのですが、「1979年」ですから、80年代の間近の音楽です。

Video_killed_the_radio_star_13

 

私は、この『ラジオ・スターの悲劇』が好きです。
また、全世界的にも大ヒットした事で有名ですから、読者の方も、この音楽のフレーズを聞いたら、当時を偲ぶ方も大勢いるかと思います。

この記事での写真は、『The Buggles - Video Killed The Radio Star』と『The Buggles - Video Killed The Radio Star HD (Live 2004)』の二つから引用させてもらっています。
『The Buggles - Video Killed The Radio Star』の方が1979年か1980年に作成されたビデオなのでしょう。
そして、『The Buggles - Video Killed The Radio Star HD (Live 2004)』の方が、2004年に、「なつかしのミュージック」という感じで、ライブされた時のビデオのようです。

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『ラジオ・スターの悲劇』(邦題)は大ヒットしたので、当グループに関するエピソードとか、その他にも色々と話題がありますが、割愛させて頂いて、私個人の感じた事を書きます。

Video_killed_the_radio_star_1

 

この音楽で、大勢の人にとって、もっとも印象に残るのは、曲の中のバック・コーラスを奏でる何人かの女性ボーカルだと思います。
女性ボーカリストのバック・コーラスがとても有名ですね。

他の多くの曲と比較して、女性のバック・コーラスが多用されています。
何人かの女性が、「オーア オー」とか「Video killed the radio star」とか「You're a radio star」を何度も何度も繰り返します。
それも、その歌声を長く長く引き伸ばします。

この『ラジオ・スターの悲劇』の曲も良いと思うのですが、この曲に絶対に欠かせないのは、これらの女性達のバック・コーラスだと感じます。
1979年に作成されたと思われるビデオ『The Buggles - Video Killed The Radio Star』でも、その「オーア オー」のバック・コーラスの女性達が出ています。

そして、2004年にライブで演奏された「The Buggles - Video Killed The Radio Star HD (Live 2004)」にも、当然、女性達のバック・コーラスが奏でられるのですが、出演している女性達を見てみると、1979年に当曲が作成された時点での女性ボーカリスト達が、そのまま努めているようです。
おそらく間違いないかと思われます。
楽器の演奏者達は変わっているようですが、2004年のライブでも、わざわざ、当時の女性ボーカリスト達を探し出して、そのまま、出演させたように見えます。

Video_killed_the_radio_star_12

 

懐かしいというのか、何というのか、、、
感慨に打たれます。

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というわけで、この記事では、1979年と2004年の二つの年で奏でられたバグルス、『ラジオ・スターの悲劇』を比較して見てもらうためにも、年の違ったビデオの二つをご紹介させてもらいました。

また、邦題としては、『ラジオ・スターの悲劇』となっていますが、原曲のタイトルは『Video Killed The Radio Star』です。
直訳すると、「ビデオがラジオ・スターを殺してしまった」という、おっかない感じになりますが、そのような雰囲気を感じさせない、明るい雰囲気の音楽です。

では、1979年に奏でられている『ラジオ・スターの悲劇』と、2004年に、復活的に奏でられた『ラジオ・スターの悲劇』の2つをどうぞ。

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The Buggles - Video Killed The Radio Star
https://www.youtube.com/watch?v=W8r-tXRLazs



The Buggles - Video Killed The Radio Star HD (Live 2004)
https://www.youtube.com/watch?v=IUgF49Rtg7Q



(『歌詞和訳 | Video Killed The Radio Star - The Buggles|ビデオ・キルド・ザ・レイディオ・スター(ビデオがラジオスターを殺した)(邦題:ラジオ・スターの悲劇) - バグルス の歌詞和訳エイカシ | 洋楽歌詞の和訳・翻訳、英語の意味』、より引用)
https://lyrics.red-goose.com/video-killed-the-radio-star-the-buggles/

    Video Killed The Radio Star
     -The Buggles

Video_killed_the_radio_star_9

 

  I heard you on the wireless
  back in fifty two
  Lying awake intent
  at tuning in on you
  If I was young it didn't stop
  you coming through

    Oh-a oh

  They took the credit
  for your second symphony
  Rewritten by machine
  and new technology
  And now I understand
  the problems you can see

Video_killed_the_radio_star_2

 

  Oh-a oh
  I met your children
  Oh-a oh
  What did you tell them?

    Video killed the radio star
    Video killed the radio star

  Pictures came
  and broke your heart
  Oh-a-a-a oh

  And now we meet
  in an abandoned studio
  We hear the playback
  and it seems so long ago
  And you remember
  the jingles used to go

Video_killed_the_radio_star_11

 

  Oh-a oh
  You were the first one
  Oh-a oh
  You were the last one

    Video killed the radio star
    Video killed the radio star

  In my mind and in my car
  We can't rewind
  we've gone to far
  Pictures came
  and broke your heart
  Put the blame on VTR

    Video killed the radio star
    Video killed the radio star

Video_killed_the_radio_star_4

 

    You're a radio star
    You're a radio star

    Video killed the radio star
    Video killed the radio star

    Video killed the radio star
    Video killed the radio star

    Video killed the radio star
    (You're a radio star)
    Video killed the radio star
    Video killed the radio star
    (You're a radio star)

    Oh-a oh
    Oh-a oh

    ラジオ・スターの悲劇
     -バグルス

  君は1952年に
  電波にのったらしいね
  起きたまま横になって、
  夢中に君の周波数を合わせたよ
  僕が若かったら、
  君を止める事なんてできなかったさ

Video_killed_the_radio_star_5

 

    オーア オー

  みんな君を2番目の
  交響曲(補欠)として認識してた
  機械と新技術が
  上書きしていってたね
  そして今僕は君の苦しみを
  理解できるんだ

  オーア オー
  君の子どもに会ったよ
  オーア オー
  そいつらになんて言ったんだい?

    ビデオがラジオスターを殺した
    ビデオがラジオスターを殺した

  動画が登場して
  君の心を壊した
  オーア、ア、ア、オー

  そして今僕らは、
  放置されたラジオスタジオを見た
  僕らは繰り返しを見てるんだ
  とても昔の事みたいだけど
  覚えているよ、
  昔鳴り響いていたラジオジングルを

Video_killed_the_radio_star_6

 

  オーア オー
  君が最初だったんだよ
  オーア オー
  君が最後だったんだ

    ビデオがラジオスターを殺した
    ビデオがラジオスターを殺した

  僕の頭の中と、僕の車の中では
  僕らは巻き戻せない、
  遠くへ行きすぎてしまったよ

    オーア、ア、ア、オー
    オーア、ア、ア、オー

    ビデオがラジオスターを殺した
    ビデオがラジオスターを殺した

  僕の頭の中と、僕の車の中では
  僕らは巻き戻せない、
  遠くへ行きすぎてしまったよ
  動画が登場して
  君の心を壊した
  VTRのせいにしてしまえ

Video_killed_the_radio_star_14

 

    君はラジオスターなんだね
    君はラジオスターなんだね

    ビデオがラジオスターを殺した
    ビデオがラジオスターを殺した

    ビデオがラジオスターを殺した
    ビデオがラジオスターを殺した

    ビデオがラジオスターを殺した
    (君はラジオスターなんだね)
    ビデオがラジオスターを殺した
    ビデオがラジオスターを殺した
    (君はラジオスターなんだね)

    オーア オー
    オーア オー

Video_killed_the_radio_star_3

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(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
***************************************
***************************************
●Depeche Mode - New Life
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no17-87cd.html
https://www.youtube.com/watch?v=9NSOSO3Fv3k



『二千九百九十八:私の聞いた音楽_No.16』
●Cyndi Lauper - Time After Time
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no16-fbd2.html
https://www.youtube.com/watch?v=VdQY7BusJNU



『二千九百九十一:私の聞いた音楽_No.15』
●【初音ミクAppend DARK】Lost Memories【MMD-PV HD】
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no15-0b44.html
https://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/14894.html
https://www.youtube.com/watch?v=F2n1zJXG8GU



『二千九百八十四:私の聞いた音楽_No.14』
●galaxias!
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no14-feb5.html
http://www.uta-net.com/song/122518/
https://www.youtube.com/watch?v=y4fPpaxU9y4



『二千九百七十九:私の聞いた音楽_No.13』
●【初音ミクPV】アゲアゲアゲイン"Ageage Again" 【Hatsune Miku PV】HD1080p
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/08/_no13-40a3.html
https://www.youtube.com/watch?v=yQ5UjNbcM4c



『二千九百七十六:私の聞いた音楽_No.12』
●【MMD】 ODDS&ENDS Tda式 初音ミク 【HD】
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/08/_no12-0bd6.html
https://www.youtube.com/watch?v=Dg6ySYa6c18



(、、、以下、省略、、、)


                                        坂本  誠

2016年10月 4日 (火)

三千二: 翼

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        『翼』 坂本 誠 作


                                        坂本  誠

三千一: 私の省エネ・ライフ(電化製品編)_No.2

『二千九百九十五:私の省エネ・ライフ(電化製品編)』の続きです。

私の家の2つ目のCDラジカセが故障しました。
そして、この故障の原因も、電解コンデンサが原因でした。

『二千九百九十五:私の省エネ・ライフ(電化製品編)』に加えて、もっと、この電解コンデンサ問題の解決手段を具体的に、詳細に、まとめ的に残してみようと思います。
きっと、この記事を読む、未来の読者のためにもなると思います。

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●症状:

この電解コンデンサの不良の症状は、「交流電源使用時の家電が、ある日、突然に電源が入れられなくなる」というものです。

現代の、ほとんど多くの家電は、電解コンデンサを多用しているので、今までに、同じような不良原因で、お使いの家電を廃棄した方も多いと思います。

////////////////////////////

●原因:

電解コンデンサの寿命は、約7,8年です。
ですから、ほとんど多くの家電の主要な故障原因は、この電解コンデンサの劣化が原因と言えるでしょう。

また、私達の扱うほとんどの家電は、交流電源のコンセントを使用していますが、その家電の内部では、そのほとんどが交流電源から直流電源に変換されて、直流電源で動いています。

この変換装置の部分に、電解コンデンサとダイオードが使用されて、交流電源が直流電源に変換されています。
ですから、家電の電源部分の装置がダメになるので、お使いの家電に、「全く電気が入らない」という状況を呈します。

電解コンデンサは、熱に弱いので、暑い夏場に、この手の故障が発生する事が多いようです。

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●対策:

◆◆対策1:
CDラジカセだと、交流電源と、あるいは、屋外で音楽を聞くために、乾電池を使用して聴く場合があります。
たとえ、交流電源で音楽を聞けなくなっても、乾電池は直流電源です。

ですから、私も、乾電池を使って、故障したCDラジカセを動かしてみたら、電源投入できました。
乾電池は直流電源ですからね。
しかし、やはり、その後にコンセントを使って、CDラジカセを起動しようとしても、電源は入りませんでした。
ですから、この段階で完全に、「電源ユニット部分の電解コンデンサが原因である」と、わかります。

ですから、乾電池を使用できる家電ならば、たとえ、この電解コンデンサの問題に当たっても、乾電池を使用すれば、その家電は使用できる事がわかります。

これも、対策の一つに数え上げられると思います。

◆◆対策2:
最近の家電でも、「アダプタ」と呼ばれるものを使用しているものも多いでしょう。
代表的なのは、ノートパソコンでしょう。

実は、この「アダプタ」と呼ばれるものが、交流電源から直流電源に変換する装置なのです。
また、変圧もしています。

ですから、お使いの家電で、アダプタを使用していれば、その中に、電解コンデンサが含まれている事がわかります。
なので、「アダプタ」の寿命が来れば、新しい「アダプタ」を交換すればよい事がわかります。

これも、対策の一つに数え上げられると思います。

◆◆対策3:
当然、世の多くの家電だと、乾電池を使用できず、また、アダプタを使用していないものも数多くあります。
この状況だと、私がこれから紹介する、「家電のケースを開けての電解コンデンサの交換」というケースがあります。

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●修理:

ケースを開けての電解コンデンサの交換です。
ただし、ケースを開けての修理は、自己責任でやってください。
いったん、ケースを開けると、「ユーザーが故意に壊した」と、メーカーに見なされるため、保証が効かなくなったり、修理の対象外と見られたりします。

-----------------
◆◆修理1:
家電のケースを開けた写真が以下のものです。
「photo_修理1」:

P9240163_6

 

 

 

奥に見える金属部分のものが交流電源からの変圧器です。
この交流電源は「+」の電気と「-」の電気の区別が無いので、二つの線とも、黄色いコードから電気が供給されている事がわかります。

写真の右側に白い箱型のケースが見えますが、これが乾電池を入れるケースです。
この乾電池から来る電気は、直流電源なので、「+」の電気と「-」の電気があります。
ですから、赤のコードが「+」の電気であり、黒のコードが「-」の電気側を現しています。

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◆◆修理2:

P9240164

「photo_修理2」:

「◆◆修理1」で紹介した写真中の、交流電源から来る黄色いコードと、直流電源から来る赤のコードと黒のコードをたどると、その二つのラインの先に、「電源ユニット」と言える、マザーボードに至ります。

この「電源ユニット」のマザーボードで、交流電源と直流電源を振り分けて、もし、交流電源から電気が来ていれば、変換して、直流電源に整流していることがわかります。

「電源ユニット」のマザーボードを特定できるでしょう。

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◆◆修理3:

P9240166_2

「photo_修理3」:

この「電源ユニット」のマザーボードにも、幾つかの電解コンデンサが配置されている事が、上記の写真でもわかると思います。
しかし、多くの家電がありますが、この「電源ユニット」のマザーボードに、たった一つの電解コンデンサしか使用されていないケースもあります。
たった一つの電解コンデンサが、あるのみだと、もちろん、そのたった一つの電解コンデンサを交換すれば良いことがわかります。

問題は、上記の写真のように、「電源ユニット」のマザーボードにも、幾つかの電解コンデンサが配置されているケースです。
しかし、私が過去に修理したケースだと、この「電源ユニット」のマザーボード上の内の「最大の電解コンデンサ」を交換すれば、故障が治りました。
つまり、再び、電気がCDラジカセの中をめぐるようになりました。

ですから、一番大きな電解コンデンサを交換すれば、たいていの故障は治ると思います。

「photo_修理3」の写真で言えば、交流電源から来る電気を流す黄色い2本のコードの裏側に、「電源ユニット」のマザーボード上の一番大きな電解コンデンサがあります。
この最大の電解コンデンサを交換しただけで、再び、CDラジカセが交流電源を使用して、再び、起動できるようになりました。

また、この電源ユニットから整流された電気が、CDラジカセの内部に割り振られていたので、写真のように、多くのコード(コネクタ)が付けられていました。
当然、はんだゴテで、古い電解コンデンサを取り外し、新しい電解コンデンサをはんだで付けるためには、多くのコネクタを外さないといけません。

新しい電解コンデンサを交換した後に、多くのコネクタを正しく実装する必要があります。
ですから、「photo_修理3」のように、多くのコネクタを外す前に、写真のように、「札(ふだ)」を貼り付けました。
「photo_修理3」に見える「札(ふだ)」には、「DC(直流電源の意味)」と書かれています。
「電源ユニット」のマザーボード上のコネクタのソケット部分にも「DC」と書かれているのが見えると思います。
この「札(ふだ)」を、多く貼り付けることによって、新しい電解コンデンサを交換した後で、多くのコネクタを正しく配線することができるでしょう。

後は、外したネジを、全部、締め直して、修理が完了しました。

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●補足と参考:

Pa010160

「photo_補足と参考」:

補足と参考を書きます。
上記の写真「photo_補足と参考」は、かなり、昔に、壊れたCDラジカセを分解した後、残していた「電源ユニット」のマザーボードです。
偶然にも、残していました。

上記の写真「photo_補足と参考」の右側の2つのオレンジ色のコードが、交流電源からの電気線だとわかります。
そして、左に出ている赤(+)のコードと黒(-)のコードがあります。

マザーボードの左側に、当記事中でも、書いている電解コンデンサがあります。
写真ではわかりにくいのですが、この電解コンデンサの底の方に、少しだけ、液漏れをしていることがわかります。

電解コンデンサのほとんどの形状は、タンク型をしています。
「2200μF(マイクロ・ファラット)、25V」と書かれています。
これが電解コンデンサの性能ですので、もし、交換する場合は、これと同じ性能の電解コンデンサを入手する必要があります。
私の場合は、近所のホームセンターで、255円(税込み)でした。

上記の写真「photo_補足と参考」に、小さな4つの円筒形をしたものが上下に並べられていますが、これは電解コンデンサではありません。
これらの4つのものはダイオードです。

また、4つのダイオードの隣り合わせに、4つの茶色の米粒状の電気素子があります。
この茶色の電気素子は、「セラミックコンデンサ」と言います。
この「セラミックコンデンサ」は、電解コンデンサと同じ性質を持つコンデンサなのですが、寿命は長いです。
ですので、この「セラミックコンデンサ」は、交換する必要はありません。

あくまで、交換を対象として特定できるのは、主に円筒形をした「電解コンデンサ」です。
「コンデンサ」にも幾つも種類があるのですが、この円筒形をした「電解コンデンサ」だけが、いちじるしく、寿命が短いのです。

電解コンデンサは、ホームセンターに置かれている場合もあります。
無ければ、お近くの電子パーツ店で購入されるか、東京の秋葉原に電子パーツ専門店が何軒もありますので、ネット通販で購入できます。

はんだ付け情報の紹介もしておきます。

はんだ付けの職人技
野瀬 昌治 著
技術評論社
ISBN978-4-7741-6046-7

ハンダ付け職人のはんだ付け講座
http://www.noseseiki.com/

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◆◆値段的な比較:

値段的な比較は、家電を購入した時の記憶をたどるしかなく、大体の値段を挙げるしか、手がありません。
CDラジカセが、一つあたり、約5000円でしょうか。

そして、私の修理した扇風機は、現代だと、3000円から4000円の値段でしょうか。
現代だと、省エネ扇風機が出回っており、その省エネ扇風機は約5000円ぐらいの値段から始まっているので、省エネ扇風機ではない、私の修理した扇風機だと、それぐらいの金額が考えられます。

2つのCDラジカセを修理するのに、255円の電解コンデンサの二つです。
そして、扇風機を修理するのに、2個の電解コンデンサを合わせて約100円でした。

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●感想:

読者の方も、私と同じような記憶があると思いますが、数多くのゴミとなった家電が山積みされた光景をみたことがあると思います。
その山積みされた廃棄家電を見て、「もったいないなあ」と感じた方々も多いことでしょう。

そして、そのような記憶を持っている多くの方々も、「ちょっと修理すれば、まだ、かなり長く使えるのではないのか?」という疑問を持ったと思います。

この一連の修理での私の経験からですが、ほとんどの家電の故障原因は、「電解コンデンサの劣化」が原因だとわかりました。
つまり、やはり、廃棄された家電の内部の99%以上は、故障していなかったことがわかります。
多くの家電の故障は、その家電の内部の1%未満である、たった一つの電解コンデンサが原因でした。

ですから、私のこの経験から踏まえると、私達の身近にある家電は、もっと長く長く使用できることがわかります。
また、当然、私達の身近にある家電を買い換えるだけのコスト・ダウンも大きなものです。
また、最近では、家電を廃棄するのにも、廃棄代がかかっているのは、多くの人の知ることでしょう。

ですから、あなたも、はんだ付けを覚えて、上記のような情報に触れ続けていれば、これからのあなたの世界は、ぐっと広がると思います。
あなたも、「今、私は New Life に踏み込んだ」という実感を得られるかもしれません。

あなたの余ったお金は、何か他のもっと有意義な事のために使った方が良いと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千九百九十五:私の省エネ・ライフ(電化製品編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/post-01c4.html

●真似をするなら自己責任で。電解コンデンサを交換して壊れたパソコンの電源を修理する。 | ホチキス先生の「プログラマーと呼ばれたい」
https://matsumotoyoshio.wordpress.com/2011/10/20/%E7%9C%9F%E4%BC%BC%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%82%89%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%81%A7%E3%80%82%E9%9B%BB%E8%A7%A3%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%92%E4%BA%A4/

●電解コンデンサの故障
http://www.pasokondokoro.com/memo/capacitor/

『二千九百八十六:私の省エネ・ライフ(交通編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/post-e2ca.html

『二千九百二十:私の省エネ・ライフ(料理編&PC編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/05/pc-3e08.html

『二千八百七十二:私の省エネ・ライフ(換気扇&調味料編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-76dd.html

『二千八百六十八:私の省エネ・ライフ(ヘア・アクセサリー編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-1bec.html

『二千八百六十一:私の省エネ・ライフ(暖房編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-a9e2.html

『二千八百五十五:私の省エネ・ライフ(ペット編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-5da9.html

『二千八百四十九:私の省エネ・ライフ(お菓子編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-d4f2.html

『二千八百四十一:私の省エネ・ライフ(ストーブ編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-61a1.html

『二千八百二十九:私の省エネ・ライフ(メモ用紙&お風呂の水)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-006b.html

『二千八百二十三:私の省エネ・ライフ(ノート編) 』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-8f2e.html

『二千八百七:私の省エネ・ライフ(家電編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-0007.html

(、、、以下、省略)


                                        坂本  誠

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