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2016年8月24日 (水)

二千九百七十二: 物流と本の販売を考える

この記事は、書いていたら、少々、長くなってしまいました。

以前も、物流と書籍の販売について書いた事があります。
再び、これについて書いてみたいと思います。

私達が、書店に並ぶ本を見る時、誰でも、その本の販売価格を目にします。
しかし、その販売価格が安売りになったり、あるいは、変更される事は、ほとんどありません。

これは、本の販売ルートが複雑な事が原因の一端となっています。

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1冊の本の値段を考えてみましょう。

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すると、その本の販売価格には、どれだけの人々が関わっているでしょうか。

多くの人々が考えやすいのが、本の著者さんへの著作料です。
その次には、その本の出版社でしょうか。
出版社だけでなく、本を印刷した印刷会社に渡る金額も含まれていることでしょう。
これだけでなく、その本の並ぶ本屋さんに渡る金額も含まれている事がわかります。

まだ、その他にも、本の問屋さんである「取次(とりつぎ)」と呼ばれる物流会社の人々にも渡る金額が含まれている事がわかります。
その「取次(とりつぎ)」の下に存在している運送会社に渡る金額も含まれているでしょう。

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「取次(とりつぎ)」と言われている物流会社そのものが運送会社とは限りません。
かなり似通った間柄ですが、両者の間柄はイコールの関係ではありません。

「取次」などの「物流会社」は別名、「卸売業(おろしうりぎょう)」と呼ばれる範疇に置かれています。
この「卸売業」とは、結局、商社のことです。
もっとわかりやすく言うならば、この「卸売業」というのも、一つの「お店」と言えるのです。

ですから、私達が街の中で見かける本屋さんもお店の一つですが、「書店関係の取次」の位置づけとなると、「本屋さんの本屋さん」とも言えます。
私達が街の中で見かける本屋さんが、この「取次」と呼ばれる上位の本屋さんから、店の棚に並べる本を購入している感じになります。

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書籍関係の「取次」だけでなく、様々なお店にも、さらにその上位のお店とも感じられる「卸売業」、つまり、問屋さんの存在があります。

ですから、私達が街の中のお店で見かける様々な商品の多くは、問屋さん(卸売業の商社)を通している事になりますので、色々な物品の価格には、問屋さんに渡る金額が含まれています。

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ですから、今回の記事は、「問屋さん(卸売業)について考えてみましょう」ということにもなります。

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世界にも問屋さんがあるかもしれませんが、ここでは国内の問屋さんについて書いていきます。

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インターネット百科事典のwikipediaにも書いてありましたが、日本の問屋業界は、おおよそ鎌倉時代から始まっているそうです。

おそらく、この時代ぐらいから、日本の各地に、地域で産出される物品を、その物品に対する需要のある地域まで、輸送する必要が出てきたのでしょう。
つまり、日本の運送屋の歴史も、この時代ぐらいから始まっている事が分かります。

当時の運送事情を考えるならば、地上輸送もあったでしょうが、多くの物品を運ぶために、海上輸送が流行ったでしょう。
当然、多くの船を維持する必要があるので、その地域の実力者で無いと、それだけ多くの船舶を所持できなかったでしょう。
陸上輸送の割合は、低かったでしょうが、それでも、歩行よりも馬での輸送とかがあったでしょう。

おそらく、その頃の庶民は、ほとんど、自分の馬を持てなかったでしょうから、やはり、陸上輸送においても、かなりの実力者で無いと、その輸送ルートを維持することは出来なかったでしょう。
しかし、馬でも、大量の物品を移動させる事は出来なかったでしょう。

この「輸送ルート上の実力者の存在」が、現代に至るまで、日本の輸送事情に大きな影響を与え続けてきたことは、比較的に私達に想像しやすいことです。

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しかし、現代では、この輸送事情にも、誰もが認める大きな変化があることがわかります。

現代の日本では、かなり多くの人々が、運転免許を持っている事が知られています。
また、それだけ、多くの自動車の存在があります。

現代でも、いまだ海上輸送に関しては、多くの人々は、それに関する手段を持っていないものの、陸上輸送については、多くの人々がその輸送ルートを車両で確保できる事がわかります。

現代では、どこかのお店でも、大型トラックまでは運転できない人がいるでしょうが、様々にトラックを運転できる人も増えたことでしょう。
ですから、比較的に近距離ならば、手の空いている従業員にトラックを運転させて、品を集荷したり、あるいは、分荷・配送することも可能だとわかります。

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つまり、運転免許の所有者の多さや、トラックの多さを考えると、陸上輸送に関しては、ほぼ、どんなお店でも、ある程度の問屋さんレベルの能力を出せることがわかります。

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これが、過去の日本の輸送事情と、最大に違っているポイントです。
鎌倉時代などの、人々の輸送能力と、現代のそれとは、かなり大きな違いがあります。
これが、現代の物流事情、輸送事情に大きな影響を与えているでしょう。

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ですから、書籍の分野ではないのですが、現代の、大きなチェーン店のお店では、自分でも、問屋さんレベルの巨大な配送センターを所有しているところがあります。
当然、お店と問屋さんが合体している雰囲気がありますので、その分、物品の値段が、その店では安くなっているようです。
しかし、どうしても、自分の店の輸送ルートで集荷できない物品については、問屋さんを通して、卸しているので、そのような物品は割高のように感じます。

また、私は確認したわけではないのですが、ある店では「産地直送」という品を見かけたりもします。
この「産地直送」の札のかかっている物品は、比較的に安いです。
「産地直送」という単語から考えるに、問屋さんを通さずに、産地の人とお店の人が直接、やり取りした物品だから安くなっているのでしょうか。
おそらくそうではないかと考えているのですが、現代の多様化する輸送事情から考えるに、そのような「産地直送」の物品は問屋さんを仲介していないだろう、と、私は考えています。

また、ごくわずかのケースですが、ある書店が問屋さん(取次)を通さずに、本を出版・流通させたので、本の価格を安くすることが出来、その安価な値段を、読者たちに提供できた、と聞いたことがあります。

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今後も、私達の輸送事情・物流事情は、大きく変わる見込みがあるので、同じく、今後も、問屋業界を含んだ物流事情は、変化せずにはいられないかと考えられます。

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また、今一つ、出版業界での、サービス上の違いも考えました。
それは、レンタル業界の出現です。

レンタル・ショップでは、DVDやCD、マンガのコミックも大量にレンタルされています。
マンガのコミックの新刊でも、私の身近のレンタル・ショップでは、1ヶ月ほど、遅れてレンタルが開始されるようです。
当然、世間で注目されているマンガならば、大量に同一の品が揃えられ、それらがレンタルされます。
当然、借りる人も多いので、何日か待たないと、自分の借りたいマンガを借りる事は出来ません。
ですから、レンタル業で、日本のマンガ業界は、商業的にも、やっていけているのではないかと感じます。

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しかし、マンガではない活字の本、つまり、新刊書とか実用書とか、小説とかですが、それらがレンタルされている事は無いようです。

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現代のレンタル業界とマンガの出版業界の間で、何らかの契約が過去、成立したのでしょう。
しかし、その契約成立の際に、活字の本、新刊書とか実用書とか、小説等が含まれていなかった事は確かです。
ですから、今でも、レンタルショップの棚には、新刊書や実用書や小説等が並んでいる事はありません。

この辺りの、過去の契約の成立動向が、どのようであったのかが気になる所です。
もしかしたら、マンガのように、レンタルショップにも、一般の書籍が流通していたら、現代の出版事情が、どうなっていたかはわかりません。
確かに、一般の書籍がレンタルショップに流通していたとしても、どれだけ、流行っていたかはわかりません。

ただ、現代の商業事情から考えると、「売れるか、売れないか」は、あまり、問題の本質になっていないと思います。
現代の商業事情で問題になっているのは、「採算が取れるか、取れないか」だと思います。
分かりやすく言えば、「元(もと)が取れるか、取れないか」が問題の核心になっていると思います。

ですから、「本が何万部売れたか」とか「ある品物が何万台売れたか」が、問題の本質ではなく、「元(もと)が取れるか、取れないか」が、本当の問題ですから、「元(もと)が取れる」と言うのならば、レンタル・コミックのように、大量にレンタルして、そのレンタル料で、「元手(もとで)を回収する」という事も、十分だとわかります。

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もっとも、新刊書や実用書や小説がレンタル・ショップに出回っても、どれだけ、元が取れるのかは、現実に、今、行われていないので、私にはわかりません。
ただし、「一般書籍の分野では、マンガのように、消費者に対するサービスの多様化が、少ないのが現状だ」とは言えるでしょう。

「インターネットの出現が、書店のちからの減少の原因である」とは、よく言われますが、それだけではなく、冒頭に書いたように、現代の交通事情・物流事情を考慮しても、過去の物流システムが書籍関係の世界に残されていると感じます。

わかりやすく書けば、インターネットもそうですが、現代の多様化する世界やニーズに対して、あまりにも古くから続いている物流システムを、現状維持し続けても、サービスの多様化が、進まないのは、誰が見ても理解できると思います。

ですから、多様化する私達の世界に合わせて、物流の販売システム上でも、新規サービスの創出・提供をしないと、この世界の分野(出版業界)の促進が行われないのではないでしょうか。

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上では、主に書籍に関した社会システムを考えてみました。

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書籍に関した社会システムでないとして、変わり続ける社会に、何らかの形で、対応しない社会システムが存在すると仮定します。

そのような社会システムを構成している人々がいます。
書籍に関した物流システムだと、例えば、専業ライターとか作家と言われる人々です。
専業ライターとか、作家の生活している書籍システムが変わらないのですが、その専業ライターとか作家の人々は、これまた、変わり続ける社会にも、同時に住んで生活しているわけです。

その「変わり続ける社会」とは、上で私が書いた例を挙げるとわかりやすいので、そのまま書きますが、交通事情の発達した社会とか、マンガの流通が流行している世界とか、書籍関係以外の物流システムでしょう。
専業ライターとか、作家も、それらの新しいシステムを使うわけですが、その専業ライターとか、作家が主に活躍している世界に変更が無いとなれば、その専業ライターとか作家が、新しいシステムを使いにくくなります。
なぜならば、その専業ライターとか、作家が生活で活用している主だった社会システムと、変わり続ける方の新しいシステムの方と比較して、「ずれ」が出来るからです。

その「ずれ」の差が、一つには、私が上記で書いた問題になって来ると思います。

ですから、ある変更されない古いタイプのシステムが維持される限り、それは、いわゆる時代遅れになって来て、その世界に主に住む人々が生活しにくくなるでしょうから、結局、その人々のライフ・スタイルに変化が起きると私は思います。

上の例を活用すれば、主に専業ライターとか、作家の人々のライフ・スタイルに何らかの変更が出始めると思います。
なんとなれば、専業ライターとか、作家の人々が主に使っている社会システムが、周囲の変わり続けて、更新され続けている別の社会システムとの間の、「ずれ」が大きくなるので、その「ずれ」を埋めるために、何かを変更しないといけないからです。
また、専業ライターとか作家の人々が主に使っている社会システムが、周囲に合わせて変更しないとあるならば、専業ライターとか作家の人々の個々の人のライフ・スタイルを変更して、新しい変化に対応していかないといけないからです。

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これと似たようなケースは、私達の歴史上にも幾つかあります。

しかし、今、私達の周囲に起きている変化と、あるレールの上に流れてきた一つの社会システムとの間に現れた問題を、私達は見ていることになります。
ですから、ある程度、私達はこの問題に注目して、ある程度は、記憶していた方が良いのではないかと、私は感じます。


                                        坂本  誠

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