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2016年2月22日 (月)

二千八百四十二: 北九州市について_No.2

二千八百三十九:北九州市について』の続きです。

本文中に掲載される写真は、たいてい、本文の、その近くの文章の内容と一致しています。
参考文献:『北九州の100万年』 監修:米津三郎 海鳥社

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■:北九州市の特色

北九州市の大きな特徴です。
私が見るに、現代の北九州市の一番の大きな特徴は、「様々なものがミックスされている」ということです。
この「様々なもの」の「もの」は、文化を表していたり、あるいは、物資を表していたり、あるいは、人を表す事もある、あの漠然とした、かなり大きな意味での「もの」という意味です。
ですから、ちょっと想像するに、「すし詰め」を思い出します。
「すし」を入れる盆の中には、様々なネタで作られた数多くのすしが並んでいます。
あんな感じで、様々な文化がミックスされているように感じるのです。

ですから、市外からの旅行者とか、遠隔地の人が北九州市を訪れても、あまり、何が中心の文化なのかがわかりにくいと思います。
例えば、大分県の別府市ならば、一言聞いて、「温泉」を思い浮かべる人が多いでしょう。
また、熊本県熊本市ならば、一言聞いて、市の背後に聳え立つ阿蘇山を思い浮かべる人が多いでしょう。
また、長崎県長崎市ならば、一言聞いて、教会建築とか洋風建築とか夜景などの都市型観光を思い浮かべる人が多いでしょう。

しかし、北九州市の場合は、その市名を聞いても、パッと「これだ」と閃く一言が少ないと思います。
それだけ、雑多なものが多く、コンパクトに詰められていると私が感じるのが北九州市です。
これが、私の感じる北九州市の特徴です。
以下に、この特徴が作られた、私の考え付く原因なりを、筆の徒然なるままに書いていきます。

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■:関所の町

北九州市の歴史に最大の影響を与えているのが、関門海峡の存在だと言われています。
私も、この関門海峡の存在が北九州市の歴史に最大の影響を与えたと感じています。

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北九州市は、関門海峡を挟んだ山口県下関市と同じく、関所(せきしょ)の町でした。
この関門海峡を通って、多くの旅人が行き来しました。
本州側の多くの旅人は関門海峡を通って、九州入りしました。
九州側の多くの旅人は関門海峡を通って、本州入りしました。
当然、現代のホテルである「旅籠屋」が立ち並びました。
そして、人の往来が激しいので、当然、そこに市場が立ち、それが商店街に発展しました。
これだけでも、本州の文化と九州の文化の接点だったと、読者の方は感じるでしょう。

それだけではなく、当然、悲しい事実ですが、多くの戦争の舞台ともなりました。
北九州側も下関側も、どちらかに攻め込む兵隊達にとって、多くのケースは、この関門海峡を渡って、攻め込む事になるからです。
当然、古来より、双方の警備が厳しくなります。
ですから、古来より、北九州側と下関側の海岸沿いに多くの武士が固められているケースが多かったです。

関門海峡によらず、世界でも「地峡」と呼ばれる場所があります。
そのような場所では、せまい谷底を多くの兵隊達がやって来る可能性が高いので、古来より軍事的に重要なポイントであるケースが多いです。

なので、北九州の街は、古来より、「関所の町であった」と言えるでしょう。
当然、旅人の往来も激しいのですが、兵隊達の警備も厳しくなります。
ですから、旅人や商人の運んだ文化の賑わい(にぎわい)も多かったでしょうが、その反面、軍事的な緊張も走ったことは否めません。
これが、現代の北九州市の複雑さを作っている大きな要因の一つだと感じます。

世界に目を向けると、トルコのイスタンブールとか、ジブラルタル海峡のイギリス領の都市ですが、ジブラルタルがあります。
このような都市は、たいてい、似たような雰囲気を持っているかと思います。
地峡とか海峡のすぐ傍に出来る街には、上に書いたように、ちょっと特殊な要素が作られてきたからです。

ですから、つかみ所の難しい街と言えるでしょうかね、北九州市も。

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■:北九州市の地形

北九州市の大まかな地形を見ます。
関門海峡は、読んで字の如く、海峡です。
海峡というものは、海が細く削られた感じになります。
この海峡の地形が作られるためには、ちょっとした複雑な造山運動が必要かもしれません。

■■:海の地形

関門海峡を挟んで、九州側には山地があります。
そして、下関側にも山地があります。
その二つの山地に押されるような感じで、関門海峡が作られたのでしょう。

海も3つあります。
1つは、関門海峡です。

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そして、2つ目は、関門海峡の西側に広がる日本海(玄界灘「げんかいなだ」)です。
そして、3つ目は、関門海峡の東側に広がる瀬戸内海(周防灘「すおうなだ」)です。

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ですから、北九州市の市民は3つの海を見ています。
1つ目は、潮の干満時に川のように流れが速くなる関門海峡です。
2つ目は、荒々しい海の日本海です。
日本海側は波が高いです。
3つ目は、波の高くない瀬戸内海です。

ですから、気候区も分かれています。
もちろん、日本海気候と瀬戸内海気候です。
主に、日本海側では漁が盛んですが、瀬戸内海は比較的に穏やかな内海なので、牡蠣(かき)の養殖も盛んです。
また、瀬戸内海側は、遠浅の海が広がっています。
瀬戸内海側が東ですから、遠浅の海から昇る朝日が見れます。

このように、くびれた地形である関門海峡があるので、異なった顔を持つ、3つの海も見れます。
この辺りも、「様々なものがミックスされている」と感じがするかと思われます。

■■:山の地形

標高1000メートルを超える山は無いのですが、それなりの山があります。
そして、山で特徴的なのは、北九州市の奥に位置している平尾台(ひらおだい)でしょう。
平尾台は、カルスト台地です。
3億年前は、この北部九州と山口県と四国近辺が浅い海でした。
その浅瀬の海に、巨大なサンゴ礁がありました。
3億年の時間の内に、土地が隆起して、日本列島が出来たのですが、このサンゴ礁の部分が平尾台と山口県のカルスト台地、秋吉台(あきよしだい)と四国のカルスト台地になりました。

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標高は、約600メートルから約700メートルぐらいの、ちょっとした高原地帯になっています。
熊本の阿蘇山や、大分県の九重高原のような巨大な高原地帯では無いのですが、それなりに高原の風景を楽しみながら、ドライブできます。
「北九州には小規模な高原地帯がある」というのも、「様々なものがミックスされている」と感じがするかと思われます。

また、産業的には、カルスト台地の石灰岩からはセメントを生み出せます。
ですから、北九州市はセメント産業も盛んです。

また、ここには挙げませんが、それなりに平地も広がっています。

ですので、地形にしても、海峡を作り出すだけの造山運動があったので、海も山も、このような雑多なものが集まったと言えるでしょう。
この辺りも、「様々なものがミックスされている」と感じがするかと思われます。

続きは、次回に。

(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千八百三十九:北九州市について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-c75d.html


                                        坂本  誠

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