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2015年10月 1日 (木)

二千六百七十八: 「所得倍増計画」やGDPを考える

最近、ある国の人が、「自国のGDP(国民総生産)を上げよう」と、多くの人々に語りかける機会がありました。

しかし、私のブログを読んで下さる読者の方ならば、あまり、上記の言葉に気を取られないのではないかと思います。
なぜならば、以前、『二千六百二十四:「所得倍増計画」を考える』の記事でも書きましたが、国民の所得が増えたり、あるいは、その国のGDPの数値が高まると、その後で、決まって、増税されたりするわけです。
あるいは、銀行の利子が上げられるのです。

この増税や銀行の利子が上げられる事により、人々は以下のように感じます。

  「また、増税された。もっとお金を稼ぐために長時間労働をしないといけない」

と。

つまり、池田隼人内閣の所得倍増計画でも同じだったのですが、多くの人々にアメ(飴)を与えた後に、再び、多くの人々にムチ(鞭)を与えるわけです。
このからくりが、資本主義システムなのです。
これが、ずっと続いているだけなのです。

まるで、シーソー・ゲームのように感じる人も出てくるでしょう。
お金の仕組みとは、こうなっているわけです。

あるいは、私が過去、表現したように、私達は競走馬(サラブレッド)なわけです。
そして、彼等はその競走馬の上にまたがる騎手の役割をしています。
そして、お金が競走馬の目の前にちらつかせる人参(にんじん)の役割をしています。
騎手は競走馬を、ひたすら早く走らせるために、馬の鼻づらの先に馬の大好物である人参をぶらつかせます。
競走馬を早く走らせたい時に、騎手は馬から人参を遠ざけます。
こうすると、競走馬は人参を求めて、早く走るでしょう。
そして、騎手が競走馬にアメを与えたい時には、人参を馬の鼻先に近づけます。

この繰り返しがずっと続いているだけです。
ですから、彼等のシステムである資本主義は、ワンパターンと言えます。
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また、上記の事を考えていると、人々は「お金」というものの価値がわからなくなってくるでしょう。

所得倍増計画の場合を考えましょう。
今現在、一月に20万円の給与をもらっている人がいると仮定します。
すると、その所得倍増計画が成功したと仮定すると、その給与20万円の人が一月に40万円の給与となるでしょう。
しかし、その後では、しっかりと税金の率も2倍に上げるわけです。

こうすると、結局、所得倍増計画の前と後でも、所得が上がった事にはなりません。
ただ、お金の数値だけが、どんどんと上がっているだけだと気付くでしょう。

これを永遠に繰り返すだけです。
後は、ずっと、シーソー・ゲームのように、延々と繰り返されるだけです。
そして、変わり続けるのは、お金の数値だけが高くなっていくだけです。
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ですから、所得倍増計画とか、「自国のGDPを上げよう」とかいう感じの狙いは、単純に奴隷システムだとわかるでしょう。

まず、彼等は多くの人々にお金を愛するように社会をセットしました。
何度も引用していますが、司馬遼太郎さんの『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)で、わかるように、明治時代に入って、日本の中央銀行である日本銀行を作り、多くの人々に、お金を配布しました。
そして、多くの人々の間で、物資の交換の際に、お金を中間交換器具として使用するように薦めたのです。

その結果、多くの人々が「お金が無ければ、私達は死んでしまう」という恐怖感を、彼等は与えたのです。
彼等は多くの人々に対して「お金は水である」という風に思い込ませました。
私達、人間は水が無いと死にます。
ですから、その恐怖感から逃れるために、私達は水を欲します。
なので、私達は水を愛しているでしょう。
それは、水は私達の生活にとって、必要不可欠なものだからです。
彼等は、お金を水のような存在にしたかったのです。

ですから、彼等は「お金が無ければ、人間は死んでしまう」という人造の恐怖感を多くの人々に植え付けたため、多くの人々がお金を愛するようにセットしたのです。
なので、彼等はお金によって、多くの人々を支配できるようになったのです。
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ですから、彼等の言うような、所得倍増計画とか、「自国のGDPを上げよう」という言葉にはあまり乗らないほうが良いと思います。

もっとも、どんな人も個々の自由がありますので、「私はお金が好きでたまらない」という方がいても良いわけです。
ですから、そのような人は、彼等の言う方向に歩んでも良いという自由があります。

ですが、私としては、あまりお勧めしない方向だと思いますが。

(以下、新ブログ『光と輝き』からの過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千六百三十一:私達の文明とお金との間柄を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/09/post-c6c8.html

『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(司馬遼太郎)(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

Photo


維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。
維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。
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(引用終わり)

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『お金の原価はいくらなの?』
http://homepage2.nifty.com/osiete/s418.htm

平成十二年度特別会計予算ベースで

一万円が約22.2円、
五千円は約20.7円、
千円札は約14.5円です。
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(引用終わり)

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●100ドル紙幣を1枚作るのにはいくらくらい原価がかかるのですか? - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129971462

参考のサイト(アメリカの印刷局)の説明によれば、2005年実績で、約5.7セント/枚(86億枚印刷時)だそうです。
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(引用終わり)

(Wikipediaより)
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●日本銀行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

日本銀行は、政府から独立した法人とされ、公的資本と民間資本により存立する。
資本金は1億円で、そのうち政府が55%の5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を政府以外の者が出資する。
2010年(平成22年)3月末日時点における政府以外の出資者の内訳は、個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、証券会社-%、その他法人6.5%となっている[1]。

最終更新 2014年6月19日 (木) 02:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

『二千五百六十一:銀行制度についての種々の話題_No.6』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no6-2637.html
●アメリカの真実(2) ケネディ大統領が発行を命じた紙幣と残された演説、そしてタイタニック沈没とFRB
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/news_no298-e74a.html
http://mizu888.at.webry.info/201308/article_44.html

しかし、その後、大統領命令、第11110号の取り消しの無いまま、その米国政府が作った公式のお札が回収され、代わりに、大変よく似たFRBの印刷した大量のお札が、市場に出回りました。

▼2ドル札「政府発行券」

1376229826676131153161

▼2ドル札「FRB発行券」

137622983883613115762_2frb1

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『二千六百二十四:「所得倍増計画」を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/08/post-a428.html

 

                                        坂本  誠

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