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2015年7月21日 (火)

二千五百九十: 本屋での休息(独白)

落ち着きたい時に、本屋に行くことが多い。
街には、幾つもの本屋があるけれど、本屋のオーナーの趣味が現れる。

例えば、マンガの好きなオーナーだと、当然、店の棚にマンガが増える。
オーソドックスに小説が好きだったり、ハードカバーの好きなオーナーならば、それらの本が多い本屋になる。
つまり、本の品揃えも、オーナーの趣味が現れる。

だから、街の本屋さんと言っても、その内装や外装のデザインは様々だ。
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以前、本屋の立ち読みが嫌がられていた時代もあったと記憶している。
しかし、今、本屋さんに行ってみると、幾つものイスが並べられてあり、そのイスに腰掛けて読むことも出来る。

現代社会は、様々なルートから情報を仕入れる事が出来るようになった。
しかし、昔と変わらず、本屋さんは巨大情報の倉庫でもある。
今でも、大きな本屋さんに行くと、その数多くの背表紙の向こうに並んでいる本の中の活字の量は大変な量だろう。

だから、街の本屋さんに行くと、いかにも情報倉庫に来ているような気がする。
この感覚は、テレビやラジオやインターネットでは味わいにくい。
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自分の落ち着けるような本屋さんに行くと、そこには、美しいクラシック音楽が流れている。
静かな本屋さんの奥に行って、本棚の間に立ち、クラシック音楽に聞き惚れていると、いつもとは違った空間に来ているような感じがする。

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私にしてみれば、本屋さんの中に流れるBGMが、その本屋さんの個性をよく現しているように感じてしまう。
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本屋さんに行って、落ち着きを得られる人は多いかと感じてしまう。
なぜならば、本屋さんは図書館と同じような雰囲気がある以上、基本的に人々は静かだ。
また、流れるBGMも静かな感じのものが多いから、落ち着けるのかも知れない。

だから、気分転換のために、本屋さんに行くのも良いと感じてしまう。
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また、今一つは情報の仕入れ方だ。
世の中にパソコンが普及し、そして、インターネットも普及した。

しかし、インターネットでの情報の仕入れ方と、書籍関係での情報の仕入れ方に違いを感じる。
インターネットのブラウザでの検索だと、自分の知りたい単語について、調べる事が出来る。
要するに、ネットの検索は、「自分が知りたい情報を手に入れる」という感覚が強い。

しかし、書籍関係は違う。
例えば、本屋に行ってみると、そこには、自分の知りたくない情報を記した数々の書籍が並んでいる。
そして、たまたま、表紙の気になった本や、あるいは背表紙を飾っているタイトルの文字が気になり、その本を手にする。
そして、パラパラと読み進めると、偶然、その本に書いてあった情報が今の自分に非常に素晴らしいものであり、その情報を元にして、何らかの成功とか、良い経験をするケースもある。
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ネットの検索だと、自分の知りたい情報をピンポイントで探す事になる。

ところが、書籍や紙などから得られる情報は、ピンポイント検索ではない。
もっと、視野を大きく広げながら、様々なジャンルから、「自分の求めたいものを得る」感じだ。
だから、ネット検索は左脳的な検索だと感じてしまう。
また、書籍や紙の媒介物から得られる情報の場合は、右脳的な情報取得方法と言えるかもしれない。
右脳的な情報取得方法は大局的な検索といえるかもしれない。
自分の思っても見なかったジャンルから、現在の自分の問題のための正解を得る場合もあるのだから。
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この場合、面白い事がある。
ネットの検索だと、人の目が「一点注視」と言って、画面の中央部分に視線が集まる。
だから、人は画面の四隅をあまり見ないので、画面の端に記載された情報を見落とすケースも多い。

しかし、人が紙の媒体物に書かれた文字などを見る場合は違う。
新聞を読むときに気が付くのだけど、新聞紙は大きいので、紙面の四隅に書かれた情報を読むために、首をよく動かして読んでいるのに気が付く。
つまり、自分の首の動きが大きい。
それだけ、視線が移動している。
目だけでなく、首を動かしながら、様々な方向を見ている。
だから、一概に「見る」という動作は、目の動きだけではない事に気が付く。

そのように、首をあちこちと動きまわすから、それだけ、目に触れる情報が多い。 ネット検索時の目の使い方とは、かなり違っているような気がする。

道を歩いている時でも、人は首をよく動かして、周囲を見ると、かなりの情報が得られる。
だから、このような感じで、人が情報を求めていると、胸の奥にしまった事柄に関する情報に触れた時、その胸の奥にしまいこんだ何らかの情報をためるだろう。
つまり、右脳的な情報収集方法だと、「自分の忘れかけている手がかり」までも探している事になるので、上に書いたような情報を得られるケースも増えるかも知れない。

 

                                        坂本  誠

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