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2015年6月14日 (日)

二千五百三十一: 映画『地球(テラ)へ、、、』を見て

こんにちわ。

映画『地球(テラ)へ、、、』を見る機会がありました。
この映画は、映画『銀河鉄道999』と同じ頃に劇場で公開されました。
その頃、私の知人が「この映画『地球(テラ)へ、、、』も面白いから見たほうが良いよ」と薦められたのですが、その時に見ませんでした。
今頃になって、ふっと思い立ち、映画『地球(テラ)へ、、、』を見る事にしました。

面白い映画でした。
まず、ストーリーが面白かったです。
ネットで、『地球(テラ)へ、、、』のあらすじを検索して、あらすじを読んだのですが、今一つわかりづらかったです。
というのも、それだけ、ストーリーが少し変わっているので、あらすじを読んだだけではつかみにくかったのです。
そして、登場人物も多かったです。
ストーリーが入り組んだ内容と登場人物が多くなれば、それだけ、その劇は濃厚な内容となってきます。
「登場人物が多い」という事は、それだけ、たくさんのヒューマン・ドラマが交わっているからです。
そして、このストーリー自体も、結構、長い年月の内に繰り広げられているという内容でした。
時間幅も広かったら、それだけ、濃厚な劇となってきます。
ですから、見ごたえがありました。

確かに、戦闘シーンなどはあるのですが、あまり、それの比重は重くありません。
この映画『地球(テラ)へ、、、』は、ストーリーで人をひきつける内容でした。

●劇場版「地球(テラ)へ」 ノーカット予告
https://www.youtube.com/watch?v=c4BWyb14SOs


YouTube: 劇場版「地球(テラ)へ」 ノーカット予告

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ちょっとした、あらすじです。

未来の地球で、環境破壊が深刻な状態となります。
その原因は、もちろん人間でした。
地球での生息が難しくなった時、地球には管理用の大型コンピューターを設置して、多くの人類は植民星に移住しました。
その植民星での人類も、その星の管理用の大型コンピューターに徹底的に管理されています。
また、その選択自体も人々が決めたのでした。
その結果、人類は試験管ベイビーで生まれるようになります。
そして、試験管ベイビー達は代理の養父・養母に育てられます。
教育内容も大型コンピューターに決められており、「目覚めの日」と呼ばれる成人儀式を経ると、少年少女達は幼少時代の記憶を消去されます。

地球から人類が移動してきて、試験管ベイビーで跡継ぎを増やしている頃、同時にその試験管ベイビーの中から、超能力者が生まれるようになります。
この超能力者の事を「ミュウ」と言います。

この超能力者は子供の頃、少し変わった子供として生まれます。
そして、「目覚めの日」で、「ミュウ」と判断されたら、排除されます。

つまり、人類の間から生まれた新人類「ミュウ」と今までの人間である「人類」との宇宙戦争が、この映画『地球(テラ)へ、、、』のあらすじです。

物語の主人公である「ジョミー・マーキス・シン」は、あと数日後に「目覚めの日」を迎えようとしています。
その目覚めの日が近づいても、ジョミーの変わった性格は、周囲の人々を悩ませています。
そして、「目覚めの日」が、、、
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ストーリーも長いので、あらすじの序盤だけを書かせて頂きました。
やはり、あらすじを書いていただけではわかりづらいので、直接、本編を鑑賞された方が良いかも知れません。

しかし、私の書いたあらすじを見ただけでも、「この映画はかなりハードな内容を持っているだろう」と読者の方は感じるかも知れません。
大型コンピューターによる徹底した人間社会の管理、、、
全ての人間は試験管ベイビーで生まれるようになる、、、
「目覚めの日」と呼ばれる成人儀式を経ると、少年少女達は幼少時代の記憶を全消去、、、
そして、「ミュウ」だとコンピューターで判断されると、排除、、、

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しかし、私もアニメを見続けているのですが、たいてい有名になったアニメを思い出してみると、その内容は、科学文明の批判がかなり底流に流れている事に気が付きます。
私が過去に映画鑑賞の感想文を書いてきた映画のほとんどが、どこかしら、科学文明や合理主義に対する批判精神が、映画の底流に流れている事に気が付きます。
なんとなく、それらの映画は人間性回帰を謳った「ルネッサンス」を私に思い出させます。
それらのアニメ映画自体に、映画の前面には、豊富なまでに科学文明や合理主義精神が流されるのですが、それらに対抗するかのように、映画の底流には、人間性復活の精神が主流である事が謳われている映画が多い事に気が付きます。

映画の冒頭に、主人公ジョミー・マーキス・シンと、その養母との会話があります。
とても印象的でした。
以下、同映画からの引用です。
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■ジョミー:
大昔の子供は、今の僕達みたいにセンターのコントロールで作られた試験管ベイビーじゃなかったって。
母親の身体の中で10ヶ月間育てられてから、生まれた。
歴史の本に、そう書いてあったよ。

●ジョミーの養母:
急に何を言い出すの、、、
そんな非合理的な出産制度を禁止したからこそ、私達は快適な生活が出来るようになったのよ。
本にはそう書いてあったでしょ?

■ジョミー:
合理的って事は、寂しくないって事なのかなあ、、、
僕が居なくなっても、ママは平気なの?
明日、目覚めの日が来たら、きっとすぐ成人検査だよ!

●養母:
そうね、、、
でも、みんな、そうやって大人になるのよ。
一生懸命、勉強して、立派な成績を取って、、、

■ジョミー:
嫌だよ!
僕、大人になんかなりたくない!

●養母:
ジョミー、、、
人間にはねえ、、、やりたくなくても、やらなければならない事があるのよ。
決められた事を守らなければ、社会は目茶目茶になってしまうでしょ?

■ジョミー:
だけど、そしたら、僕はママとはもう会えなくなるんでしょ?
ママは寂しくないの?、、、
あ、いけねぇ、、、
また遅刻しちゃうよ、、、
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         地球(テラ)へ、、、

作詞:竜真知子/作曲:小田裕一郎/編曲:川上了/歌:ダ・カーポ

      ただひとつの 夢のために
      ただ一度の 生命賭けた
      それは 果てしない 憧れ
      輝け みどりの故郷(ふるさと)

      ああ 孤独な 胸を包む
      ああ まぶしい 愛の記憶
      今は もう遠い あなたに
      見せたい はるかな故郷(ふるさと)

        Coming home to Terra
        Coming home to Terra
        愛の星 その名は 地球(テラ)
        Coming home to Terra
        Coming home to Terra
        美しい その名は 地球(テラ) 地球(テラ)

      もう 誰にも 止められない
      もう 誰にも さえぎれない
      深い悲しみの 淵から
      めざそう 心の故郷(ふるさと)

        Coming home to Terra
        Coming home to Terra
        愛の星 その名は 地球(テラ)
        Coming home to Terra
        Coming home to Terra
        美しい その名は 地球(テラ) 地球(テラ)
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                                        坂本  誠

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