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2015年6月 5日 (金)

二千五百十七: 銀河鉄道999を見て

以前、見ていたテレビ版の銀河鉄道999と映画版の銀河鉄道999を思い出しながら、感想文を書いてみます。

記事中の写真は、銀河鉄道999のテレビ版、映画版、そして、映画予告編からの写真です。

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銀河鉄道999のメイン・テーマを考えてみました。
多くの人々が銀河鉄道999のあらすじを知っていると思います。

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星野鉄郎という少年が不死である機械の身体を無料で手に入れるために、アンドロメダに向かいます。
その旅のために、彼は銀河鉄道999に乗車します。
その旅の連れに、メーテルがいます。
星野鉄郎がアンドロメダの終着駅に着いた時、鉄郎がそこで見たものは、機械となった人間達の堕落した姿でした。
あるいは、機械化人達は生きた生身の人間達を支配しようとします。

「なぜ、生きた人間が機械になりたいのか」という願いは、ほとんどの人間にとって同じでした。
それは「生きた人間は永遠の命を欲する」という願いでした。
しかし、機械の身体を手に入れて、不老不死になった機械化人に訪れた結果は退屈と堕落でした。
なぜならば、機械化人は生きていくための苦労がありません。
苦労をして、成功を手に入れないので、返って、喜びが乏しく、生きがいが少なくなったようです。
そういう結果があるからか、機械化帝国の女王、かつ、メーテルの母であるプロメシュームは、全宇宙を機械化しようとしています。

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つまり、この銀河鉄道999のテーマの骨格としては古来より、多くの人々が恐れ続けてきた「死」がメイン・テーマである事がわかります。
普通、死がテーマとなっている作品は重い作品となりますが、この銀河鉄道999は美しいアニメ作品となって、多くの人々に親しまれています。
つまり、テーマが和らげられています。
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しかし、最近のスピリチュアルや精神世界や宗教の世界でも、死後の世界が語られています。
その死後の世界というものを信じるか信じないかは個々の人の自由でしょう。
ここでは、その死後の世界を信じるかどうかは問いません。

ただ、ここでは「その死後の世界が存在する」と仮定します。
そして、生まれ変わり、つまり、仏教で言うところの転生輪廻があると仮定します。
「転生輪廻がある」ということは、私達、人間は、事実上、不死ということになるでしょう。

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しかし、そのように私達が転生輪廻の制度を持っているとしても、肉体自体は消失するようです。
そして、死んだ後の世界では、ひょっとしたら、私達の姿形は、俗に言う幽霊みたいな空気のような存在かもしれません。
肉体の消失を、通常、私達は死と呼んでいる事になります。
肉体に死は訪れても、魂には死が訪れない事になり、死という意味が変わるかもしれません。

仮に、私達がそのような状態で、不死の存在であったとします。
しかし、私達は銀河鉄道999に出てくるような機械化人のように堕落した存在でしょうか。
普通の私達は、何かの自分の課題があることに気が付きます。
ですから、今度は、「堕落とは何か」という問いが出てくるでしょう。

人間の生活を以下に挙げてみます。

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日々の労働、日々の学生生活、年老いたならば、それなりの老後の生活、恋人同士ならば恋をささやき合う時間。
そして、堕落といわれるような生活を考えてみます。
私の頭の中に浮かぶような例といえば、例えば、「お酒が止められない」とか「博打が止められない」とか「遊び過ぎる」とか、こんな感じでしょうか。
ところが、その「堕落した」と言われるような人々の課題とは、実に、それ自体が彼等の課題である事に気が付きます。

上の例で言うならば、お酒が止められず、苦しむ人はそれ自体の悩みを解決すべく、日々に悩みます。
博打をする人や、遊び過ぎる人と言われる人も、それ自体が自分の課題だと見なせるでしょう。
このように考えると、課題の無い人はいないことがわかります。
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銀河鉄道999では、機械化人の堕落した姿が描かれます。
しかし、上の流れから、機械化人は別の課題を持ったことに気が付きます。
つまり、「どうやったら、その生活から抜けられるか?」というのが新たな課題です。

また、女王プロメシュームのように、機械帝国を全宇宙に広げたいのならば、その行いと性状と評価が、今度は、彼女の課題となるでしょう。
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つまり、やはり、私達の社会で課題の無い人はいないことがわかります。

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なので、仮に私達が不死の存在であったとしても、次から次に課題が生まれる事がわかります。

例えば、肉体の死の間際の老人がいるとします。
その人は「自分の肉体の死の時には、どのように自分が変化するか」というのが課題になるかもしれません。
そして、肉体の死を通過したならば、その人はその答えを得るでしょう。
しかし、その人がその答えを得るのは死後の世界です。
そして、その人は死後の世界に移行しているので、今度は、「死後の世界をどのように生活していくか」というのが、その人の課題となります。
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ですから、私達の現実の社会も、面白いと感じます。

銀河鉄道999を見て、そのようなことを考えていました。

 

                                        坂本  誠

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