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2015年5月 3日 (日)

二千四百七十二: 人間の目から見た採掘資源と地球の目から見た採掘資源

こんにちわ。

採掘資源について考える機会がありました。
それも、人間の目から見た採掘資源と地球の目から見た採掘資源についてです。
一緒によく考えてみましょう。

よく、「資本主義は無限に地球資源を奪取する主義だ」と言われています。
私達の身の回りを見ても、様々な資源に囲まれています。
また、多くの街中の店の中を見ても、そう感じると思います。

特にどれとは言いませんが、あえて例えるならば、衣服の多さです。
日本中の街の中に、どれほどたくさんの衣料店があるかは私は知りません。
おそらく、読者の方も日本の中の衣料店の数の多さはわからないでしょう。

そして、その衣服店の中に、数多くの衣服が並べられてあります。
数多くの衣服店の中に数多くの衣服があります。
私達が考えるに、日本人一人当たり、1000着以上の衣服が置いてあるのではないかと感じないでしょうか。
ですから、単純計算だと、日本人の総人口の1億人*1000着以上で、日本の中の衣服の数は、大体1000億着以上でしょうか。
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つまり、私達が何気なく、街を歩いてみると、その衣服店の多さと、そして衣服の多さに驚くかと思います。
衣服店というのは、一つの例です。
なので、他の物資についても、同様の事が言えるかも知れません。

衣服とか他の物資にしても、あふれるほどの資源に取り囲まれている事に気が付くでしょう。
そして、売れなかったら、「在庫処分」として廃棄されたりします。
これも大変な無駄が行われていると気が付くでしょう。
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この例を挙げただけでもわかると思うのですが、資本主義というのは「取り尽くしの主義」であるともいわれるゆえんです。
確かに、人間が生活するためには資源の採掘が必要です。

しかし、肝心な事は、「その資源採掘が環境破壊かどうか」にかかってくるとわかります。
この環境破壊とは、以下の3つの視点から考える事が出来るでしょう。

1.人間にとっての環境破壊
2.人間を含む様々な動植物・鉱物に対する環境破壊(生態系の破壊)
3.地球の目から見た環境破壊(惑星の視点から見た環境破壊)
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ところが、普通、人間活動の資源採掘を管理するはずの政府は、もちろん、人間です。
ですから、私達の産業のための採掘活動を薦めたり、あるいは抑えるという政府の行動は人間の視点から作られている事に気が付きます。

つまり、普通、私達の産業のための資源採掘は、生態系から見て、妥当か、あるいは、地球という惑星レベルの視点で見て、妥当かどうかに気が付く気にくいことがわかります。
人間の視点で考えているだけなので。

なので、行き過ぎた採掘資源が行われているとも言われるわけです。
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その行き過ぎた採掘資源の例を見てみましょう。

顕著な例は、原発内部の放射性物質だと気が付くでしょう。
原発内部で、放射性物質を使っていると、やがて、使えなくなり、その放射性物質を地球の様々な所に保管しています。
そして、それらは放射能を放っています。
ですから、放射性廃棄物質は危険物質として扱われています。
生き物が放射能を浴びると、癌や白血病になるので。

しかし、それにも関わらず、人は原発を稼動させたいようです。

いつぞやの記事にも以下の事を書きました。
私が高校時代の社会化の授業で、先生が話してくれた事です。

日本の原発の放射性廃棄物質を、外国の海に捨てようとしていました。
そこで、電力会社の人々が、その国の人々に説明していました。

  「絶対に安全な形にして、その海に捨てるので心配しないで欲しい」

と。

しかし、その国の人々はその電力会社の人に言いました。

  「そんなに安全ならば、その放射性廃棄物質をその形で東京湾に捨ててください

と。

それ以降の、電力会社の人が、現地の人に何と伝えたかは、その先生も知りませんでした。

つまり、行き過ぎた産業活動と、それに伴う採掘資源の例がわかります。
(また、行き過ぎた産業廃棄物処理についても感じると思います。)
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また、冒頭では衣服の事に付いても書きました。

この衣服の原料にしても、また、衣服製造についても、行き過ぎを感じる人も多いでしょう。
衣服の件は、これは一つの例であり、私達の訪れる街の内部の数多くの店についても、同様の事を考える事が出来るでしょう。

政府にしても、ひょっとしたら、「この資本主義における資源採掘や、大量製造は必要以上かも知れない」と気が付いても、人々から税金を取り立てるためには、産業活動の萎縮をさせると、徴収する税金が少なくなります。
それは、役人の給与の減少につながります。

ですから、政府の役人としても、産業活動の萎縮をさせるような方向にはもって行きたくない感情があることがわかります。
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結局、人々はお金のために労働させられている事に気がつくと思います。

資源を採掘する人も、何かの物資の製造をする人も、電気を作る人も、政府の役人も、お金が無ければ生きていけないようなライフ・スタイルに私達が設定されている事に気が付きます。

「水が無ければ、人は死ぬ」あるいは「食べ物を食べなければ、人は死ぬ」という感じで、「お金が無ければ、人は死ぬ」という具合に、人々のライフ・スタイルがセットされたのです。

普通、私達が水を愛したり、食べ物を愛する理由は、水や食べ物が無ければ、人が死ぬからです。
ある意味、死という恐怖から逃れるために、水や食べ物という物資を愛する事がわかります。
ですから、「人間のツールである、お金が無ければ死ぬ」という状態を人々に与えれば、当然、大量にお金を所有する事により、その死の恐怖から逃れる事が出来るので、人はお金を愛するようになる事がわかります。
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ここから、「誰が私達の世界にお金を広げたのか?」という疑問が出てきます。

旧ブログ『悲喜憐偉』の「五百八:税について」も書きましたが、私がよく引用する司馬遼太郎さんの文章を引用します。
私の気になった部分には、アンダーラインを引かせて頂きました。

街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より引用
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明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

P5030153


維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。
維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。
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(引用終わり)

つまり、明治時代の前の江戸時代には90%ぐらいが、日本の農村部でしたから、日本の約90%の人は、お金を見たことが無かった事がわかります。

普通、私達が見慣れている大量のお札が発行されたのは、日本銀行が設立され開業が始まった時からです。

(引用)
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日本銀行 wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

1882年(明治15年)6月 - 日本銀行条例公布。
10月10日 - 開業。

最終更新 2015年3月6日 (金) 13:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

つまり、私達が日常よく目にするお札社会は、ここから始まった事がわかります。
つまり、少なくとも、日本の約90%の人に対して、「お金が無ければ死ぬ」という人造の恐怖を与えられ始めたのは、この日からと言えるでしょう。

私は、資本主義のスタイルで働いている人々が悪いとは思いません。
ただ、過去の時代から、お金を作る権利を持っているカバールやイルミナティ達の、普通の人々に対する洗脳行為が悪かったと感じます。

カバールやイルミナティ達の道具である、お金を広げられ、「お金が無ければ死ぬ」という人造の恐怖を与えられても、人々が気が付かなかったのです。
これを逆に考えると、人を疑う事を知らない純真な心で、人々が生活をしていた事がわかります。

ただ、あまりにも、このカバールやイルミナティの姦計や隠蔽主義が、あまりにも徹底していた事。
そして、私達は、彼等に良心がない事に気が付くでしょう。
しかも、先祖代々に渡り、何千年もこれを行ってきたのです。
ですから、カバールやイルミナティの行いというのは、これは普通の人から見たら、言語に絶するものがあるでしょう。
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普通、私達の間でも、計画的な犯罪と衝動的な犯罪があります。
そして、計画的な犯罪の方が罪が重いとされます。

衝動的な犯罪というのは、その日、その場で感情的に行われた事が多いので、罪が軽いとされます。
しかし、計画的な犯行というのは、計画もありますので、より念入りだったという事で、罪が重くされます。

しかし、カバールやイルミナティになると、何千年以上もかけて、先祖代々から人類支配の計画を立案・実行してきたので、上に書いたを考え合わせても、「計画的な犯行」という度合いも強すぎるものがあると人は感じるでしょう。
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結局、私達の産業で、何かの採掘や製造していても、

  「これは採掘のし過ぎだ。これは作り過ぎだ」

と、感じる人も多いのではないかと思います。
しかし、その作り過ぎでも、それをやらなければ、作り手の人が給与を手に入れることが出来ません。
つまり、お金が無いと生きていけないライフ・スタイルに設定されているので、作り過ぎを感じていても、ただ、ひたすら作り続けなければいけないことがわかります。

また、自分が働いて給与を得ないと、税金を払えない事にも気が付きます。
ですから、人は作り過ぎを気が付いていても、その作り過ぎをし続けないと、税金も払えないので、作り過ぎをするようになります。

要するに、私達は2重、3重にカバールやイルミナティの人類支配計画にはまっていることがわかります。
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そして、ここから、カバールやイルミナティのやり方が見えてきます。

それは、

  1.悪循環をさせる事
  2.何かが悪循環であっても、多くの人々にそれを好循環のように見せかけさせる事
  3.当然、我々(カバールやイルミナティ)の考えも隠蔽させる事

長く書きましたが、資本主義というのも、カバールやイルミナティの産物でありますから、私達の世界の気付きにくい矛盾点にも気が付いてくると思います。
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※追加:

歴史や私達の人生においても、「運命の分かれ道」とか「運命の曲がり角」という言葉があります。
どんな人の人生でも、運命を決めたり、選択する分かれ道があります。

例えば、結婚などで、「違う相手と結婚していたら、今頃は自分の人生はかなり変わっているかもしれない」と誰もが考えたりします。
これと同じ事が、私達の歴史の上でも言えます。

「カバールやイルミナティのいない地球の上だったら」と私は想像してみました。
もし、この路線の上を地球人類がたどっていたら、地球の歴史はかなり変わったものであったと私は想像してしまいます。

一般に、私達の文明は彼等によって、「私達、地球人類は大変文明的な世界に住んでいる」と思わされています。
しかし、以下のビデオによると、宇宙人と地球人の接触も彼等が禁じていました。

『七百八十六:ディスクロージャーについて_No.46』
●元カナダ防衛大臣によるUFOエイリアン情報開示
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/01/_no46-ffce.html
http://www.youtube.com/watch?v=dpWPRd56D-0

元カナダ防衛大臣によるUFOエイリアン情報開示
YouTube: 元カナダ防衛大臣によるUFOエイリアン情報開示

ですから、考えようによっては、私達人類のライフスタイルは、極めて遅れたスタイルであるかもしれません。
この場合だと、宇宙人との交流によって、私達人類のライフスタイルは、今よりも遥かに進んだものであったかも知れないからです。

とにかく、もし、私達の地球の上に彼等がいなかったら、今、私達の見ている何気ない光景は、かなり様変わりしていると思います。
そして、常識、慣習、社会システムも、今とはかなり違ったものであったと考えられます。

(以下、旧ブログ『悲喜憐偉』と新ブログ『光と輝き』からの過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『五百八:税について』
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2010/07/post-11b4.html

『二千八十七:カバールやイルミナティとお金について』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-e83d.html
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  『お金の原価はいくらなの?』
  http://homepage2.nifty.com/osiete/s418.htm

  平成十二年度特別会計予算ベースで

  一万円が約22.2円、
  五千円は約20.7円、
  千円札は約14.5円です。
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(引用終わり)

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●100ドル紙幣を1枚作るのにはいくらくらい原価がかかるのですか? - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129971462

参考のサイト(アメリカの印刷局)の説明によれば、2005年実績で、約5.7セント/枚(86億枚印刷時)だそうです。
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(引用終わり)

『二千六十九:日本銀行の話題』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/06/post-390c.html
(Wikipediaより)
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●日本銀行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

日本銀行は、政府から独立した法人とされ、公的資本と民間資本により存立する。
資本金は1億円で、そのうち政府が55%の5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を政府以外の者が出資する。
2010年(平成22年)3月末日時点における政府以外の出資者の内訳は、個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、証券会社-%、その他法人6.5%となっている[1]。

最終更新 2014年6月19日 (木) 02:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

『三百二十八:イルミナティについて_No.3』
●ジェイ・パーカーインタビュー③
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no3-d233.html
http://www.youtube.com/watch?v=9RJHhwVbeiw

ジェイ・パーカーインタビュー③
YouTube: ジェイ・パーカーインタビュー③

●ジェイ・パーカー
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「アジェンダ21という計画は、少なくとも80%の人類の除去をする為のものです。」
「フッ素というソフト殺人方法やポリオワクチンの中にある癌ウィルス・・・汚染レベルの増加や、致命的なインフルエンザ、そして栄養を得る事ができないのです。」
「地球を救うシステムではなく、生態学的な良さを復元するのでもありません。」
「ある意味そうですが、もちろん、あなたやあなたの家族はそこにいないんですよ。」
「ロスチャイルドや女王だけです。」
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                                        坂本  誠

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