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2015年5月18日 (月)

二千四百九十: 『人造人間・HAKIDER』を見て_No.3

二千四百八十八:『人造人間・HAKIDER』を見て_No.2」の続きです。


YouTube: "HAKAIDER" Ending Theme

本記事中のセリフと写真は、同映画からの引用です。

この段で、HAKIDERの個性について感じたものを書いてみます。

Photo


テレビ・シリーズ『人造人間キカイダー』で、ハカイダーはキカイダーを倒すためだけに作られました。
ハカイダーには、たった一つの指令が与えられました。
それは「キカイダーを倒す事」です。
それ以外の指令は与えられませんでした。
キカイダーには良心回路が搭載されました。
しかし、対照的にハカイダーには悪魔回路という装置が搭載されます。
おそらく、かなり、それらしい行動や思考をさせるためでしょうか。
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しかし、ハカイダーはキカイダーと戦うのですが、テレビの中では、決して卑怯な戦いをしません。
「背後から襲う」とか「敵の弱みを突く」という戦い方を、ハカイダーは徹底的に嫌います。
この状況だと、ハカイダーに搭載されたというその回路が本当に動作しているのかどうかを不思議に思います。

また、キカイダー・シリーズの悪役ロボットは、通常、何体ものロボット兵士を引き連れて、キカイダーと戦いました。
しかし、ハカイダーは違います。
あくまで、ハカイダーはキカイダーとの一騎打ちをします。
間に入って、ハカイダーを助けようとした敵組織『DARK』のロボット兵士をハカイダーは破壊しました。
つまり、ハカイダーにしてみれば、

  「俺(ハカイダー)とキカイダーとの神聖な決闘を邪魔するな」

という理由で、ハカイダーはロボット兵士を破壊したのでしょう。

ハカイダーは正面からキカイダーと立ち向かい、正々堂々と一人でキカイダーに勝ちたいのです。

一方、他のDARKの敵ロボットやロボット兵士は卑怯な手段を使ってでも、キカイダーを倒そうとします。
この辺りを見ても、視聴者にとっては、「ハカイダーは正義の悪役か?」と思わせるほどのものがありました。

このキカイダーの話題構成も、ほとんどが勧善懲悪ものであり、また、一話完結でした。
しかし、ハカイダーだけは、やがて、毎回のように登場してきます。
ですから、このテレビ・シリーズ『人造人間キカイダー』の段階で、ガンダム・シリーズのように、ヒューマン・ドラマの走りがあった事が伺えます。
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とにかく、今までの悪役キャラクターとは、かなり雰囲気が違っていたので、これがその後、視聴者の心に深く残っていた事は、間違いないようです。
ですから、視聴者の一つの疑問としては、以下のものがあったと思います。

  「ハカイダーがキカイダー破壊指令を与えられず、かつ、悪魔回路を搭載されていなければ、どのような話題が展開するのだろうか?」

と。
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この一つの疑問の解答が、新しく作られた『人造人間・HAKAIDER』だったと思います。

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映画『人造人間・HAKAIDER』では、キカイダーは存在しません。
また、HAKAIDERは悪魔回路は搭載されません。

その状態で、HAKAIDERは孤島で目覚めます。
そして、映画の冒頭でHAKAIDERはつぶやきます。

  「俺は誰なんだ? 俺は一体、誰なんだ?」

と。
(キカイダーにも、シリーズの冒頭に、上と同じ疑問のセリフがあったように覚えています。)
ここから、HAKAIDERは自分が何者なのかを探ろうとします。

HAKAIDERが自分探しの旅に出てすぐに、映画の中の悪役が住んでいるジーザス・タウンに着きます。
そして、ジーザス・タウンを支配している存在達と対立し、戦います。
(ジーザス・タウン側の悪役の首領は「グルジェフ」という人間です。グルジェフの配下に、公安司令官のロボット、ミカエルがいて、ミカエルの下にロボット兵士(正式名称:重武装兵)がいます。)

このジーザス・タウンで、HAKAIDERの個性が映画中に現れます。
そして、視聴者はテレビでのハカイダーの時の個性と変わりが無いのを見て、懐かしさを感じた人も大勢いるでしょう。

しかし、今回、HAKAIDERは「キカイダー破壊指令」も持たず、悪魔回路も搭載されていません。
つまり、そのようなプログラミングをされず、変な回路もインプットされません。
その状態で、HAKAIDERは自分探しの旅を始めています。
つまり、この映画で重要な事を一言で言えば、

  「HAKAIDERには、自由を与えられていた」

という事でしょう。

そして、映画の始まりの頃に、HAKAIDERはジーザス・タウンに入ろうとしますが、国境で止められようとします。
HAKAIDERは平気で国境を破ります。
また、HAKAIDERの行く手にジーザス・タウンを守る城壁が現れます。
ジーザス・タウンを守る側は、HAKAIDERを攻撃します。
しかし、HAKAIDERは城壁を破り、ジーザス・タウンに入ります。
ここから、HAKAIDERとジーザス・タウンの支配者との戦いが始まります。
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映画を鑑賞する人は、自分なりの映画の感想を持てます。
人が100人いれば、100通りの感想や解釈が生まれます。
私一人の感想としては、この映画『人造人間・HAKAIDER』のテーマとは

  「自由と支配」

が、テーマだったと感じます。

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HAKAIDERは、常に自由を求めているように感じます。
その自由の雰囲気は、どことなく、正義漢っぽく、かつ、伸びやかな雰囲気のある自由です。
しかし、映画中の悪役側の存在は徹底的に支配的です。

ですから、映画中では、この自由と支配の二つ逆を向いた方向の考えが戦っているような感じです。

映画のラストで、HAKAIDERはジーザス・タウンを後にして、どこかへ自由を探し求める旅を続けるような雰囲気で終了します。

単純に、HAKAIDERが自分のバイクにまたがってどこかへ走るだけです。
なので、どこに向かっているのかもわからないし、ひょっとしたら、ジーザス・タウンから離れていないのかもしれません。

ただ、なんとなく、私の想像ですが、HAKAIDERはジーザス・タウンから離れ、新たな自由を求める旅に出ているかのようです。

「解答を得ることが出来ない」というのが、「自由とは何か」という問いに対する解答なのかもしれません。
ですから、ひたすら、HAKAIDERは自分のおもむくままに、自由にどこかを旅しているのかもしれません。
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映画中では、また、テレビ・シリーズではHAKAIDERは一応、悪役として設定されています。
しかし、この映画を見ると、HAKAIDERを感じるに、正義の不良学生というか、そんな雰囲気がします。

また、他の映画やテレビ・シリーズにも、こんな雰囲気の俳優やキャラクターがいたように記憶しています。

HAKAIDERのような、「アンチ・ヒーロー」とでも呼ぶべきようなキャラクターは、いつも、雰囲気が似てくるような気がします。

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▲グルジェフ:
、、、まさに我々は、、、現代のエデンに住んでいるのだ。
見たまえ、、、
昨日まで、枯れそうだったランの花が、今日はいっぱいに開いている。
、、、
、、、
、、、
■ロボット兵士(重武装兵):
報告します。
何者かが国境ゲートを突破。
ジーザス・タウンに侵入しました。
、、、
、、、
、、、

◆ミカエル:
「人にせよ、ロボットにせよ、秩序のための規律は守らなければならない」

●HAKAIDRER:
「くだらん! 誰が作った規律だ? 俺はそんなものを受け入れた覚えは無い」

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◆ミカエル:
「私は正義。秩序を守る者。正義の名の下に、お前を処刑する!」

●HAKAIDRER:
「確かに、、、貴様が正義なら、俺は悪だ」

 

、、、
、、、
、、、

▲グルジェフ:
 見たまえ、、、
花が、なぜ、美しいかわかるか?

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それは花が無抵抗だからだ。

私がおまえを作った。
私に従うのが、おまえの運命なのだ。

私なら、おまえに更なるパワーを与える事が出来る。

 

●HAKAIDRER:
俺の運命は俺が決める。、、、
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_6

 

                                        坂本  誠

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