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2014年9月

2014年9月29日 (月)

二千二百二十五: 空と海

        空と海


      想像力に
      翼を生やして
      真っ青な空を舞う。

      眼下には
      真っ青な海が広がる。

      身の周りを
      ただ
      果てしない 青さが
      包むだけ。

      私のいる場所が
      空なのか
      海なのかも
      わからなくなる。

      青の中を飛んでいる。

 

                                        坂本  誠

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二千二百二十四: イラン日本語放送を読んで

こんにちわ。

私は「News_No.XXX」と題して、私の気になったニュースを紹介しています。
今日は、この報道体制について書いてみたいと思います。

この「News_No.XXX」のニュース・シリーズでも、イランの報道である「イラン日本語放送」とかロシアの報道である「ロシアの声」の記事も紹介してきました。

「Iran Japanese Radio」
http://japanese.irib.ir/

「ロシアの声」
http://japanese.ruvr.ru/

私が紹介した記事も、どちらかと言うと国際情勢ものが多かったです。
しかし、上記の報道をよく見ると、私の気になったニュースは他にもありました。
そして、実はそれらは国際情勢を扱ったものではありませんでした。
例えば、「イラン日本語放送」から以下の記事の見出しだけを紹介します。

2014/9/22
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●イランで、重さ20キロのキュウリが収穫
http://japanese.irib.ir/component/k2/item/48634-イランで、重さ20キロのキュウリが収穫
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2014/9/24
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●ライオンとウサギの物語
http://japanese.irib.ir/component/k2/item/48681-ライオンとウサギの物語
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見出しだけを見てもおわかりのように、さりげない、イランの日常生活と童話が語られていました。
実は、私はこちらの記事の方が気になりました。
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私は私の驚いた原因を考えてみました。

日本でのゴールデンタイムのTVニュースがあります。
そのニュースに現れるほとんどのイランについての報道が「核開発」の事です。
確かに、私の紹介している「イラン日本語放送」にもイランの核開発の事情が報道されています。
私自身は原発には反対なのですけど、ここで注意したいことがあります。

「イラン=核開発」と、多くの人々が記憶してしまうほど、日本のゴールデンタイムのTVニュースで報道されます。
ですから、私がこの「イラン日本語放送」を知る前は、イランの人々の日常生活をほとんど知りませんでした。
ところが、この「イラン日本語放送」を知った後では、ごく日常のイランの人々の生活を知ることが出来ました。
それは、ごくありふれたイランの人々の日常生活でした。

つまり、私のブログを読む人は以下のことがわかると思います。

  「イランに対して偏向報道がされている」

と。
「偏向報道」というのは偏(かたよ)った報道体制のことです。

確かに、核開発はされているのですけど、その他のイランの人々のさりげない日常とか、喜びは何かとか、地域住民の人々の間では何が起こっているのか、という核開発以外の人々の姿を多くの日本人が知らなかったと思うのです。
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そして、次の事柄も読者の人は思い浮かぶでしょう。

  「イランの核開発について、日本は多くの報道している。それならば、日本の原発開発の報道状況をゴールデンタイムのTVで、多く報道されないのはなぜだろう?」

と。
イランの多くの核開発が日本で報道されるならば、それと同様に、いや、それ以上に、日本の原発開発の報道がゴールデンタイムのTVで報道されても良いのではないでしょうか。
しかし、現実には、日本のゴールデンタイムのTVでは、日本の原発開発のニュースが少ないようです。
イランの核開発のニュースよりも、当然、自国の原発開発などの方が重点が置かれるべきでしょう。
しかし、日本の報道には日本の原発開発よりも、イランの核開発の方が多く報道されるようです。

多くの人々がこの事実を考えただけでも奇妙な雰囲気を感じないでしょうか。
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そして、偏向報道というのも、実は作りやすいことがわかります。

「テレビのニュースには時間枠があるので、重要と思われる報道以外は省きました」とか「新聞の紙面が足りないので、重要と思われる報道以外は省きました」と編集者が言いながら、報道を選別していけば、次第に偏向報道が生まれます。
そして、一部の人の意向に沿った報道が多くの人々に流されます。

また、私は「ロシアの声」からも記事を紹介しています。
しかし、これなども仔細に読んでいくと、ロシアの人々のさりげない日常生活が報道されています。
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マスメディアの上記のような偏向報道によって、ある国に対する私達の特定の感情が作り上げられていることに気が付くでしょう。

そして、私達は以下のことに気が付いてくるでしょう。
イランやロシアとかその他の国々に対する私達の特定の感情を作る、その報道のほとんどがアメリカから出ていることに気が付くでしょう。
アメリカのマスメディアがイランやロシアやその他の国々に対する報道を全世界で流します。
そして、その報道を他の国々の報道機関が流用するのです。
そして、現地の解説者やマスメディア内の解説者が、それらの報道に対して、何かのコメントをするわけです。

要するに、特定のフィルターがアメリカのマスメディアによって作られていることに気が付くでしょう。
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つまり、「偏向報道」とか「ある特定の情報を報道しない」とか「ある特定の情報ばかりを報道する」とか「意図的な報道隠蔽」という事を、大量に続ければ、次第にマトリックスが出来てきます。

映画『マトリックス』では、人類は首の後ろのうなじの部分にケーブルを付けられて、ずっと夢を見させられています。
現実の私達の首の後ろのうなじにはケーブルは付いていません。
しかし、ケーブルの代わりの役目をするのが、テレビや新聞ということになります。

要するにマトリックスというのは、現実でない偽造された社会を多くの人々に見させる事です。
ですから、私達の首の後ろのうなじの部分にケーブルが無くても、テレビや新聞で偽造された社会を見させられても、これもマトリックスと言えるでしょう。
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現在、多くの人々がこのマトリックスに気が付いていると思います。
ですから、人々は以下のように考えているかもしれません。

  「マトリックスが終わるのはいつの日だろうか?」

と。

(以下、新ブログ『光と輝き』からの過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『四百六十一:News_No.355』
●CNNは内外の政府から特定のコメントを放送するように、お金で操られている。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/news_no355-678f.html
http://mizu888.at.webry.info/201310/article_134.html
http://goldenageofgaia.com/2013/10/former-cnn-journalist-cnn-is-paid-by-foreign-and-domestic-government-agencies-for-specific-conten

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                                        坂本  誠

2014年9月27日 (土)

二千二百二十三: フレア

        フレア


      暗黒の空間に
      白いフレアが 立ち昇る。
      目に見えぬ下に
      きっと 太陽があるのだろう。

      太陽の炎の手、フレアは
      虚空の中に
      昇り続ける。
      フレアは伸び続ける。
      まるで、巨大な木のように。

      巨大な木の枝が 絡み続ける。
      その白い枝に
      花の存在を感じてしまう。
      生あるものの ちから。
      いや、存在の ちから か。
      いや、意識そのものの ちから か。

      全く音の無い この空間で
      意識の喜びが
      まるで 生命の喜びのように
      見えざる光の泡のようになって、
      僕に伝わる。


 


                                        坂本  誠


2014年9月26日 (金)

二千二百二十二: 花

        花


      牡丹(ぼたん)のような
      一つの花がある。

      その花の真ん中から
      茎が出て
      その茎から
      また、一つの牡丹のような花が
      咲いている。

      その もう一つの花の中央から
      また、茎が出て
      その茎から
      また、さらなる
      もう一つの花が咲いている。

      それが どんどんと上へ連なる。

      花の一つ一つが
      上へ向かうに連れて
      透明な翼を広げている。
      その翼の姿は
      まるで 銀河のよう。

      その翼が
      回転している。
      一つの音楽と共に。
      回転そのものが
      音楽か、靄(もや)か、香りか。

      音楽の高低が
      光の煌めきに似る。
      靄の薄らぎに似る。
      香りの漂いに似る。

      ハイヤー・アンド・ハイヤー。
      ハイヤー・セルフ。

      暗闇の中に
      立ち昇り 咲き続ける
      一つの花々。

 

                                        坂本  誠

二千二百二十一: 民主主義と貴族政を考える_No.2

二千二百十四: 民主主義と貴族政を考える』の続きです。

「国会議員の給与の高さが、国会議員の特権意識を生み、また、その特権意識が貴族意識を生むだろう、そして、その貴族意識が貴族政治を生むだろう」という事を書きました。

これも以前の記事に書いたことですが、

  >しかし、実際は、地方の人々に選ばれた代議士であるという事を忘れてはいけないと思います。
  >つまり、彼等はただの人々の代表なのです。

と。

給与の高さの件から、代議士の特権意識を生むであろうことを示唆したのですが、まだ、代議士達の特権意識を生むであろう事について欠きたいと思います。
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国会議員には既に特権を持たされていることにも気が付きます。

■①:
それは、国会の開催中には国会議員は逮捕されないという事です。
これは、法律を決めている最中に逮捕したら、その決めかけている法律などに影響があるという事だからでしょうか。
いずれにしても、普通の人々は逮捕されるのに、国会議員だけは国会の開催中には逮捕されないという特権があります。
既に、「特権」とありますから、このような措置も代議士達の特権意識を生むことになるかと思います。

■②:
他にも、代議士になると「視察」と称して、国内や国外に旅行しています。
この経費は、もちろん、税金から出されます。
これも最近では、「『視察』と称した、ただの観光旅行だろう」という意見も出されています。
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上の①と②を考えただけでも、代議士達に特権や、他の人々と違って生活上に有利な点を持たされていることに気が付きます。
元々、代議士というのは、つまり、国会議員というのは、「地域住民の代表者」というのが位置づけです。

「地域住民の代表者」という事は、彼等も普通の庶民と同じ権利を持って、生活していたのです。
ところが、前の記事から考えているように、給与の面とか今日挙げた事からもわかるように、庶民と違った特権を持たされたら、その心の中で特権意識が生まれ、そして、貴族意識が生まれるかと思います。
貴族意識が生まれたら、結局、庶民の事を考えない貴族のみで行う貴族政が始まるでしょう。

ところが、日本では明治維新の時に貴族は廃止されました。
ですから、貴族意識を持って、仕事に励むというならば、これは「職に適さない」という事になるでしょう。
ですから、国会議員というのも、元々は私達と同じ庶民であり、庶民と同じ権利を持って、代議士になったという点を忘れてはいけないと思います。
つまり、ここでも「天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず」の真理は、彼等にも貫かれている筈です。
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また、少なくとも太平洋戦争後の国政において、代議士における優遇政策が行われ続けたことが私達にわかります。
代議士達にばかり特権を与え続けられるのだから、やがて、彼等の意識の中にも特権意識が生まれたかと思います。
そして、そのようなあまり多くの人々には目立たないような感じで国政を続けてきたということ自体に、疑問と不自然さを多くの人々は感じるかと思います。

日本だけではないかと思われますが、多くの国々でも、人の心の「欲」を揺さぶるような政策が続けられた事に対しては、これは修正されなければいけないと思います。

  

(以下、新ブログ『光と輝き』からの過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千二百十四: 民主主義と貴族政を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/09/post-3781.html

『三百十九: イルミナティについて』
●ジェイ・パーカーインタビュー
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no35-53fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=W02bxSqtc-I

ジェイ・パーカーインタビュー①
YouTube: ジェイ・パーカーインタビュー①

●ジェイ・パーカー:
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字幕:「ジェイ・パーカー:どの様に3400万人の悪魔崇拝イルミナティアメリカ人達が地球を混乱させ続けるよう助けているのか。」
「イルミナティや他の闇のカルトネットワークはおそらく、9600BCの地球大変動にまで遡ります。」
「大変動の後に、地上の人類は衝撃と落胆の状態にありました。」
「私の調査からその特定の時代は、、、、闇のカルト信者達はインドやバビロンでの文明の再起動において、決めたのです。」
「地球全体を支配してもいい筈だとね。」
「人々を闇に閉じ込め続け、私達は基本的には邪悪な司祭職になり、そして彼等のマインドを支配するんです。」
「ですからその様にして彼等は神よりも金持ちになったのです。」
「そして一旦お金を持つと、政治家や王族を腐敗させる事が出来ますし、そして基本的にはゆっくりと社会を支配していく事ができるのです。」
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                                        坂本  誠

二千二百二十: 砂漠

        砂漠


      灼熱の砂漠の上に立つ。
      見渡す限りの砂。
      寒く感じる。
      幾つもの幾何学図形で作られた物体が
      青空を背景にして 砂の上に 浮かんでいる。
      絶えず形を変えながら
      微風に流されている。
      物体の発する かすかな音が 風に流されて
      砂の上を 木霊してゆく。

      突然、波。
      砂嵐がやって来る。
      巨大に うねり狂う。
      僕はジャンプして、
      いきなり、地上千メートルの高さから、
      砂の波を見ている。
      滔滔(とうとう)と赤い波が流れ続けている。
      地球の果てまでも 流され続けているようだ。

      いきなり、嵐、止む。
      いきなり、砂の上に立っている。
      灼熱の寒い砂漠の上に、
      またしても、幾何学図形の物体が
      微風に流されている。
      物体の発する かすかな音が
      どこまでも 木霊してゆく。

      その音は太陽の小粒の光なのか。

 

                                        坂本  誠

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2014年9月25日 (木)

二千二百十九: ダイヤモンド

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         (『ダイヤモンド』 坂本 誠 作)

 

                                        坂本  誠

二千二百十八: 吉田調書を考える_No.4

二千二百十三:吉田調書を考える_No.3』の続きです。

なんとなく、吉田調書の話題の続いています。

今までも書いているのですが、私が見るに、この吉田調書の報道の件で「話のすり替え」や「本題のすり替え」があったような気がします。
多くの人が報道を見ていて気が付くことを書きます。

吉田調書が政府によって公開されない状態になっていました。
そこで新聞社が、その公開されていない吉田調書を調べて、その記事が誤報であったことは多くの人の知るところです。
そして、普通の人が考えるに、要するに、

  「公開されていない文書が原発関係に多い。なぜか」 <---●

というのが、これが本題や問題の核心だったとわかります。
確かに私達は原発問題というのも抱えていますが、この場合は政治のあり方の方に重点があるとわかります。
つまり、公開されない文書が増えているので、「これは一部の人々による密室政治に近づいている」という懸念が問題の核心であることがわかります。

それなのに、「新聞社に誤報があった」という大きな報道により、この問題の核心から多くの人の目を反らされたとわかるでしょう。
確かに、報道関係の誤報というのは目立つものがあります。
その目だってしまった誤報の流布に隠れてしまい、「多くの人々に公開する文書が減っている」という問題の本質からも目を反らされた上に、この問題自身も一つも解決していないことに気が付きます。

ですから、この吉田調書の本当の問題は一つも解決されていないことに多くの人は気が付くでしょう。

吉田調書の封印理由にしろ、「故吉田所長の遺言により」という感じだったでしょうか。
多くの人から見たら、あまり納得できない理由で、吉田調書が封印されたことに気が付くと思います。
この吉田調書が公開されたわけですが、この一件により、私が上に書いた●や「一部の人々による文書の封印により、一部の人々による密室政治が行われようとしている」という懸念はますます高まったのではないかと思います。

ですから、この吉田調書の一件により、「密室政治への懸念」というものは広がったように感じます。
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普通、多くの人々は開かれた政治を望むものです。
これは政治家の間でも言われているとおりです。
にも関わらず、「密室政治に近づいている」という点に関しては、多くの人々の納得のいかない状態になると思います。

しかも、私が上に書いている問題の核心から目を反らされたような感じになってしまえば、多くの人の政治への懸念はさらに残り続けると思います。

(以下、新ブログ『光と輝き』からの過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千二百十三:吉田調書を考える_No.3』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/09/_no3-3c3a.html

『二千二百十一:「吉田調書」を考える_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/09/_no2-68e2.html

『二千百八十八:「吉田調書」を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/09/post-4aa3.html

 

                                        坂本  誠

二千二百十七: News_No.524

こんばんわ。
久しぶりですが、私の気になった幾つかのニュースをご紹介させて下さい。
私の気になった部分には、アンダーラインを引かせて頂きました。

(以下、『ロシアの声』、2014/9/23記事より引用)
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●「イスラム国」指導者の一人は米国人
http://japanese.ruvr.ru/news/2014_09_23/beikou-isuramukoku/

「イスラム国」指導者の一人は米国人である可能性がある。
CNNが報じた。

米国の諜報局がシリア市民の処刑の映像を分析した。
今後、使用言語の解析を行うことで、確証が得られる見込みという。

その人物は同組織指導部の要職を占めている最初の米国人である可能性があるという。

「イスラム国」戦士は映像とともに、指導者の一人が録音した音声資料を公開している。
その中で、その人物は、西側諸国に潜伏している「イスラム国」のシンパに対し、米国および米国の支持国の軍事基地および家屋を襲撃するよう呼びかけ(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、『Gigazine』、2014/9/13記事より引用)
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●アスピリンのガン予防薬としての効果と副作用
http://gigazine.net/news/20140913-aspirin-cancer-risk/

炎症をしずめて腫れや痛みなどの症状をおさえる効果があるアスピリン(正式名称:アセチルサリチル酸)は関節炎や痛風、片頭痛のほか、生理痛・歯痛・腰痛さらには手術後の鎮痛目的で使用される解熱鎮痛薬です。
そのアスピリンを1日1錠継続して服用すると、ガン発症リスクを減らせられることが判明しているのですが、アスピリンを継続摂取することで発生する副作用とガン発症リスクの軽減効果を比較して、アスピリンをガン予防薬として使用できるのかどうか、医療業界が注目しています。

Estimates of benefits and harms of prophylactic use of aspirin in the general population
http://annonc.oxfordjournals.org/content/early/2014/07/30/annonc.mdu225.abstract

HEALTH: Study finds daily Aspirin could 'cut cancer risk'
http://www.itnsource.com/en/shotlist//ITN/2014/08/06/T06081442/

Aspirin a day could dramatically cut cancer risk, says biggest study yet | Science | The Guardian
http://www.theguardian.com/science/2014/aug/06/aspirin-could-dramtically-cut-cancer-risk-say-scientists-biggest-study-yet

心臓発作や脳卒中の予防に加え、ガンの発症リスクを軽減する作用がアスピリンにあることは、数多くの研究で発表されていましたが、焦点はアスピリン摂取によるメリットが副作用を上回るほどのものか、ということでした。
アスピリン摂取による副作用の代表的なものには胃障害があり、出血性胃潰瘍を引き起こすと死に至る可能性も(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、『Gigazine』、2014/9/22記事より引用)
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●Googleの広告サーバ「DoubleClick」がマルウェアを配信していた
http://gigazine.net/news/20140922-google-doubleclick-malware/

セキュリティリサーチ会社のMalwarebytesが有名サイトの広告に不穏な動きがあることを確認し調査したところ、Googleの広告配信サービス「DoubleClick」とアド・テクノロジー企業「Zedo」の広告サーバからマルウェアが配信されていたことが判明しました。

Large malvertising campaign under way involving DoubleClick and Zedo | Malwarebytes Unpacked
https://blog.malwarebytes.org/malvertising-2/2014/09/large-malvertising-campaign-under-way-involving-doubleclick-and-zedo/

Malwarebytesが不審な行動を検知したのは(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、『Iran Japanese Radio』、2014/9/23記事より引用)
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●政府の原発再稼動に抗議、東京で1万6000人デモ
http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/48658-%E6%94%BF%E5%BA%9C%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%99%BA%E5%86%8D%E7%A8%BC%E5%8B%95%E3%81%AB%E6%8A%97%E8%AD%B0%E3%80%81%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%81%A71%E4%B8%876000%E4%BA%BA%E3%83%87%E3%83%A2

日本で、およそ1万6000人が、政府による原発の再稼動計画に抗議し、東京でデモを行い(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下、『ロシアの声』、2014/9/24記事より引用)
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●日本政治は米国の独裁下にあり?
http://japanese.ruvr.ru/2014_09_24/277706962/

(前略)

安倍氏は、首相に就任してからこれまで5回、すでにプーチン大統領と会談している。
ロシア科学アカデミー東洋学研究所付属日本調査センターの責任者、ワレーリイ・キスタノフ氏は「両首脳がAPECという新たな対話の場を利用するチャンスを逃す事は、恐らくないだろう」と見ている―


この会合は、ウクライナ危機に関連してロ日がショックを経験した後の両国関係の現状を反映したものだ。
日本政府は、自国の国益と自分達の戦略的同盟国である米国の利益の間でバランスを取る事を余儀なくされてしまった。
米政府は、日本に対し、文字通り絶えず圧力を加えながら、日本政府に自分達のロシアに対する強硬な立場を押し付けている。
米国は、グローバルな反ロシア連合作りを目指しているのだ。

日本政府は、ロ日関係の中ですでに積み上げられてきたポジティヴなもの失いたくないと考えている。
ロ日協力は、日本が己にとって大変重要なものと捉えている平和条約調印の時を近づけたからだ。(、、、以下、省略)
------------------------------
(引用終わり)

 

                                        坂本  誠

2014年9月23日 (火)

二千二百十六: 休日の日のショッピング・センター(独白)

休日の日に新しく出来たショッピング・センターを訪ねてみた。

最近のショッピング・センターは作りも違う。
床に暖かそうなじゅうたんを敷いている。
1階と2階の間に吹き抜けも多い。
天窓が多く、自然光をふんだんに取り入れている。
その自然光が多くの吹き抜けを通り抜けてゆく。
自然の光を取り入れているのも良いが、イスもふかふかで落ち着いて腰掛けられる。

どことなく、アット・ホームの雰囲気があるのが、最近のショッピング・センターの特徴だ。
そして、結構、老若男女の人々がイスに腰掛けて寝ていたりする。
百貨店ならば、あまり見かけない光景かもしれない。
しかし、現在のショッピング・センターはアット・ホーム的な雰囲気が多いからか、リラックスして眠る人も出てくるのだろう。
そして、そのように眠っている人がいても、周囲の人はあまり気にしていない。

結局、現在の大型商業施設の特徴は、多くの人々のくつろぎやすい空間を目指していると言えるのかもしれない。
アット・ホーム的な雰囲気のショッピング・センターに訪れて、大型テレビを見たり、あるいは眠ったりしていると、買う必要も無かったアイス・クリームに手が出ているかもしれない。

アイス・クリームというのを思い浮かべてみると、なんとなく、平和のシンボルのようだ。
その平和のシンボルを口にほうばりながら、休日の日に、多くの人々がアット・ホーム的なショッピング・センターの中でくつろぐ。
そう、「買い物をしに来た」というよりも、「くつろぐためにショッピング・センターに来たのだけど、そのついでに買い物をする」という感覚だろうか。

平和の一コマだ。
休日の日に、アット・ホーム的なショッピング・センターに訪れて、くつろぎながらも、買う予定の無かったレモン・ジュースをいつの間にか飲んでいた。

 

                                        坂本  誠

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2014年9月22日 (月)

二千二百十五: 桜

        桜


      早春に
      桜の花びらが
      冷ややかな青空に
      散ってゆく。

      うすい桃色と
      うすい水色が
      手を取り合っているかのようだ。

      空の中で
      何度も、何度も
      桃色と水色が
      重なり合う。
      その姿は
      小さな蝶のよう。

      桃色と水色の
      うすい羽を
      はばたかせ続ける。

      その蝶が
      早春の桜の
      うすい緑の葉の
      森の中を
      静かに 飛んで、
      奥へ 奥へと
      逃げてゆく。

 

                                        坂本  誠

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二千二百十四: 民主主義と貴族政を考える

民主主義と貴族政について考える機会がありました。

日本の歴史で言うと、「貴族」は明治維新の時に廃止されました。
確か、貴族廃止の理由は、江戸時代に続いていた士農工商という身分制を考慮したからだったと記憶しています。
「人間はみな平等である」という観点から、士農工商の身分制が廃止され、同じ理由で貴族の称号も廃止されたと記憶しています。
しかし、貴族の代わりに「華族」というものがありました。
貴族の後継的な存在でした。
しかし、この華族の称号も太平洋戦争の終了時の際に廃止されたと記憶しています。
より多くの人々の平等性を求めるためだったと記憶しています。

しかし、私が感じるところでは、この貴族政はまだ続いているように感じます。
例えば、国政の場です。
もちろん、日本だけのことを言っているわけではありません。
世界中の政治の舞台でも似たような感じではないかと思われます。

たいてい、世界の多くの国会議員の給与は高いのではないでしょうか。
日本だと、国会議員の一月の給与は150万円ぐらいだったと思います。
国会議員だけに限らず、給与の高い人と低い人の差があります。
この金額の差が、多くの人々に差別感や不平等感を感じさせていると思います。

そして、この給与の高い人だと、次第に「私は他の普通の人とは違い、貴族なのだ」という思い込みを作ると思います。
そして、国政の場にそのような人々が増えると、結局、民主主義ではなく貴族の政治、つまり、貴族政になってくると思います。
つまり、貴族意識が出てくると、多くの人々のための政治ではなく、自分(貴族)達だけに都合の良い政治を行うようになるでしょう。
多くの人々のための政治を行うのではないから、「これは民主主義ではない」という事になります。
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やはり、ここでもお金が問題になっていることがわかると思います。
私のブログによく登場するお金を作っている彼等が人類の間に問題をばら撒いていると感じます。
なにせ、彼等は人類支配と人類の奴隷化を狙っていたぐらいです。
彼等の作る道具のお金も、人類支配と人類の奴隷化に使われることがわかります。

結局、彼等の仲間や手下を増やすために、お金を使うわけです。
そして、彼等の手下の政治家に貴族意識を持たせれば、やがて、民主主義は形式だけになり、政治は貴族政になるでしょう。
世の多くの人々の間に身分の上下が出来上がるでしょう。
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多くの人々は、幼い頃に以下の疑問を持ったことがあると思います。

  「『人間はみな平等』って聞いたけど、実際は、お金の差によって(所持金の差によって)差別が出来ているんじゃない?」

と。
私も、感じます。
そして、人々は、「これは確かだ」と言うと思います。
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 私のブログによく登場するお金を作っている彼等によって、差別化社会が連綿と続いていたのを人々は実感すると思います。
そして、表面上は、彼等の手下である政治家達に、「私達の世界は民主主義だ」と、嘘を言わせておくわけです。

  「天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず」

という金言があります。
しかし、この金言でさえも、私のブログによく登場する彼等が彼等の道具であるお金を使うことによって、民主主義を少しずつ破壊していたのだと気が付くでしょう。
しかも、目に見えないような感じでです。
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しかし、とりあえず、貴族的な政治スタイルを変えるためには、日本だけとは限りませんが、国会議員の給与を下げるという手段があるでしょう。
お金の差が、貴族というプライドを作ってしまうため。
ですから、例えば、日本で言えば、国会議員の給与を一月に26万円から28万円にするとか。
上記の金額が、確か、現在の日本全体のサラリーマンの平均給与だったでしょうか。

このような低額の給与となると、多くの議員は辞職するかもしれません。
そして、結果、最近ではあまり耳にしませんが、0増5減の公約もたやすく実現するのではないでしょうか。
0増5減以上に。
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また、これも以前書きましたが、現在の多くの国の政治スタイルは、間接民主制と言います。
これは多くの人々では政治が出来ないので、地方で代議士を選出し、その人々に議会で政治をしてもらうという方法です。

本当の民主主義の政治は、直接民主制と言います。
全ての人々が政治に参加します。
民主主義が生まれた当初は、通信の便が悪かったりしたので、間接民主制が採用されていました。
しかし、現代のように、インターネットやその他の通信手段が登場すれば、全ての国民が法律成立のための国民投票が出来ることがわかります。
その他の国政の意見もインターネットでできるようになります。
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上記の直接民主制に一番近い国がアイスランドといわれています。
国会議員の数は、約48人です。
そして、法律成立のためにネットを使用した国民投票が行われています。
国会議員の数は約48人と、まだ国会議員がいることがわかりますが、それでも、現在、もっとも、直接民主制に近い国と言えるでしょう。
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また「反政府運動」という単語があります。
この「反政府運動」という言葉を聞いたら、どことなく、人は怖いものを感じるのではないでしょうか。
その原因をよく考えてみると、「政府という役所に勤める人間は、貴族のようで、また、何かの特権者のようであり、その人々に反対することに怖いものを感じるのだ」という人も出てくると思います。
給与の高さが、彼等をして、特権者だったり、あるいは貴族のように見えるわけです。
だから、人々は彼等に対して恐れを抱くと思います。
しかし、実際は、地方の人々に選ばれた代議士であるという事を忘れてはいけないと思います。
つまり、彼等はただの人々の代表なのです。
ただ、給与の高さが彼等をして貴族のように見えさせていることに気が付きます。

また、民主主義には、「全ての国民は政治に参加している」という原理があります。
ですから、「政府」という実態は、国民の一人一人であることに気が付きます。
なので、多くの人々が「反政府運動」という言葉を聞いて、思い浮かべるのは、「貴族のような特権者達に逆らっているかのようだ」と感じているのが、本当であることに気が付きます。
これは代議士と国民の間に出来上がってしまった溝のように感じます。

ですから、何かの反対のデモ活動にしても、「反政府運動」と言えるべきものですが、デモ活動が政府の方で「反政府運動」と位置づけをしていないのも、不思議なものを感じます。

 

                                        坂本  誠

二千二百十三: 吉田調書を考える_No.3

二千二百十一:「吉田調書」を考える_No.2』の続きです。
この段落は、前回のちょっとした付け加えのような感じになりました。

先日、人々の間で話題に上りました「吉田調書」ですが、この手の文書は後々に問題を呼ぶことがわかりました。
なぜならば、一番の問題は混乱時に書かれた文書なので、事実が記載されているかどうかがわからないという点です。

ですから、この吉田調書に書かれていたという文書でさえも事実かどうかは判然としない状況、あるいは、現場での拡大解釈や聞き違いなどによる行動もあったからです。
また、書き手も混乱していることがわかります。
切迫した状況で記載されていたことがわかります。
ですから、「吉田調書に記載されていたこと自体が本当の事実と違っている場合がある」というのは、大きなポイントだと思われます。
日本の人々や世界の人々は当然、あの現場にいない人が多いわけです。
しかし、現場で本当に一部始終、冷静に、曇りなく見ていた存在がいたとしたら、

  「吉田調書自体も、現実とは違った間違いが記載されている」

という人が出てくるでしょう。

上の状況を考えると、「調書や報告書と違い、現場を見ていた人の証言の方が正しかった」という事例も出てくるでしょう。
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また、上の状況を考えると、このような文書の所持者にとっては、まだ逃げる手口があるのに気が付くでしょう。
たとえ、吉田調書に書かれていたことをそっくりそのまま伝えたとしても、このような文書の所持者にとっては、

  「いや、混乱時に書かれた文書だから、記載されている事が事実とは限りません」

と言って、逃げられるような手段があるのに気が付きます。
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『二千二百十一:「吉田調書」を考える_No.2』にでも書いた事例ですが、弁護士の活躍等を描いたテレビ・ドラマや映画があります。
簡単に書くと、テレビドラマのラストシーンぐらいに、弁護士等が公開しなかった文書を多くの人々の前で公開し、

  「ほら、この文書に書かれているように、事実は違っているのですよ」

と、多くの人々に衝撃を与えるラストシーンです。

「これと同じような劇場型報道が国政や報道の場で、本当に現実にあった」というのも、人々の記憶に残るような出来事ではなかったでしょうか。
いずれにしても、あまりフェアを感じさせないような方法を人が覚えるのも良くないことではなかったかと感じます。
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ここまで書いていて気が付くのですが、この吉田調書の問題は、原発問題ではなく、別の問題になっていることに気が付きます。
原発問題を超えて、「吉田調書の本当の問題点は何だったのか」と、人々が覚えるかもしれません。

(以下、新ブログ『光と輝き』からの過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千二百十一:「吉田調書」を考える_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/09/_no2-68e2.html

『二千百八十八:「吉田調書」を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/09/post-4aa3.html

 

                                        坂本  誠

2014年9月21日 (日)

二千二百十二: 波

        波


      海の風は
      水の上で
      波を作る。

      草原の風は
      草の上で
      草の波を作る。

      海の水と
      草原の草に
      手をあてれば、
      どちらも
      同じ
      息吹を感じる。
      同じ波として。

      草の上で
      風に手をあてれば、
      その風の中に
      海の上での
      記憶を感じる。

      かつては
      海の上でも
      水の波を
      作ったのだから。

 

                                        坂本  誠

二千二百十一: 「吉田調書」を考える_No.2

二千百八十八:「吉田調書」を考える』の続きです。

最近の報道では、吉田調書の件が流れていないようです。
こういう時に、再び、吉田調書の記事を書くのですから、かえって面白いものを人は感じるかも知れません。

吉田調書の報道が世間で多く流れていたのは、1週間ぐらい前だったでしょうか。
あの報道が流れたのは、新聞の誤報の関係でした。

もう一度、私達はあの一連の報道を思い出して見ましょう。
まず、多くの人々の懸念は

  「吉田調書を真に公開しない理由は何だったのか」

という疑問を抱くかも知れません。
吉田調書を公開しない理由は、「故吉田所長が『公開を伏せて欲しいから』」というのが多くの人々に聞かされた理由でした。
しかし、その吉田調書が公開されて、私達は吉田調書の内容を見ることが出来ました。
 すると、混乱時に書かれた文書だったので、多くの聞き違いや多くの解釈違いがあった事が私達にわかりました。

ですから、このように書き違いが多かったり、あるいは、多くの聞き違いや多くの解釈違いがあったとしても、国民に公開する時に、

  「日本の混乱時に書かれた文書なので、間違いも多い可能性もありますが、その点を考慮して閲覧してください」

と言って、公開してもさしつかえなかったと思われます。

そして、その方が騒ぎが少なかったでしょう。
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私にとっては、かえって、そのように公表しない理由がわかりません。
私だったら、上記のように言って、公表するかと思われます。
特に、公表しない理由がありません。

ですから、私としては、

  「公表をしない理由の方に、本当の重要な意味があるのではないのか」

と考えてしまいます。
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今、あの当時の光景を思い出すに、幾つかの弁護士を扱った映画を思い出したりもします。

映画の中の法廷などで、ある一つの公開されていない文書があります。
ですから、周囲の関係者が、その公開されていない文書に対して、かなりの憶測をします。
そして、周囲の人間が焦って、その文書についての誤った情報などを手に入れて、何かを語ったりします。
そして、ある程度の良いころあいを見て、その謎の文書の公開が行われます。

そして、その公開されていない文書を持っていた人間が

  「さあ、事実と違っていましたよ。どう、責任を取ってくれるんですか」

と、私達が良く見かけるような弁護士を描いた映画等で、その光景が見られたりします。

人は上の例で挙げた弁護士映画を見て、どこか、ハメ手のようなものを感じないでしょうか。
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ですから、上の弁護士映画のシーンなどを考慮すると、誰でもいいのですが、「公開されていない文書」が出てくると、かなり注意しないといけないことがわかります。
その文書が公開されていないので、どこかの誰かが焦って、間違った情報をつかむ事も考えられます。
そして、「広く、間違いが知られている」と、その文書を持っている人間が知り、ころあいを見て、その文書を公開し、広く世間に向かって、

  「さあ、事実と違っていましたよ。どう、責任を取ってくれるんですか」

と言う方法があるでしょう。

上のような方法が、痛いことを言ってくる人間を黙らせる方法なのかも知れません。
こうなると、あえて、間違いが多く記載されている文書を、「間違いが多いから」という理由で、公開しない方法も考えられます。
なにせ、間違いの多い文書なので、人がそれを調べれば、当然、間違った情報を引き出す可能性が高いからです。
相手が間違えた情報をつかめば、その間違えた相手に対して有利に立てます。
そして、多くの人には、「間違いが多く記載されていると思われる文書でしたから、あえて公開しませんでした」という逃げのような手段も、人を納得させることも出来るでしょう。
--------------------------------------------
また、もう一つ考えられることがあります。
というのも、「間違い発覚」となると、周囲の人は「間違っていた」という事実の方に重点を起きます。
多くの人がその件について話すからです。

そして、当の私が上に書いた疑問、

  「公表をしない理由の方に、本当の重要な意味があるのではないのか。その文書以上に」

の事を考えにくくなったり、あるいは忘れてしまうのです。

人々が、「間違っていた」という事実の方に重点を起いて話題を交わすので。
--------------------------------------------
いずれにしても、相手が公開しない文書を持っている時は注意しないといけないことがわかります。
そして、私が上に書いたように、

  「公表をしない理由の方に、本当の重要な意味があるのではないのか。その文書以上に」

と、多くの人は感じると思います。

 

                                        坂本  誠

2014年9月20日 (土)

二千二百十: 秋の記憶

        秋の記憶


      秋の夜
      部屋の中で 音楽を聴く

      その音楽は
      淡い光の煙で作られた 球のよう。

      薄紫に輝きながら
      ベッドの上で 静かに 回転している。

      その煙の漂う様は
      地球の大気の流れのよう。

      どこか
      遠い星の上で見かけたような記憶。

 

                                        坂本  誠

2014年9月19日 (金)

二千二百九: 三角形のための美しさ

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         (『三角形のための美しさ』 坂本 誠 作)

 

                                        坂本  誠

二千二百八: 家庭科のテストを考える

P6020146

家庭科のテストについて考える機会がありました。

最近では、私も自分の手で料理を作る機会があります。
そして、タマネギのみじん切りをしたりもします。
そして、男子でも小学校5年生と6年制の時に、「家庭科」という授業があったのを思い出しました。
そして、学校の授業でしたから、確か、家庭科にもテストがあったと記憶しています。

  「包丁で野菜をみじん切りするのにも点数が付くのだろうか?」

と不審に思いました。

私でも包丁でみじん切りをするのですが、要するに、タマネギがみじん切りに出来れば良いわけです。
ですから、「みじん切りの時の包丁の持ち方」とか「みじん切りされたタマネギ」に、点数を与えるべきではないかと思います。
つまり、「家庭科の授業内容に点数が付いていても良いのだろうか?」と考えました。

もちろん、普通に私達が家庭で食事を食べる時、何かの料理に点数付けはされていません。
むしろ、そのような料理に点数が付いていると、かえって、食べにくくないでしょうか。
点数付けされていないからこそ、目の前にある料理が美味しそうに見えるような気がします。

誰でも、「ご飯は美味しく食べたいもの」と願っていると思います。
ですから、目の前の料理に点数が付いていたら、興醒めしてしまい、かえって美味しくなくなると思います。
やはり、ご飯は美味しく召し上がりたいもの。
そう考えると、家庭科の授業の点数制に疑問を感じてしまいました。

 

                                        坂本  誠

2014年9月16日 (火)

二千二百七: 女流詩人に

        女流詩人に


      たとえ
      おまえが
      老婆であろうとも、

      たとえ
      おまえが
      絶世の美女であろうとも、

      たとえ
      おまえが
      あどけない幼児であろうとも、

      たとえ
      おまえが
      何か他の姿をとろうとも、

      我が妻よ、
      私は おまえを
      見間違えることが出来ない。

      おまえは黙って、
      そのガラスのような指で
      クリスタルの詩を 編み続けてゆく。

      おまえの どんな嘘も
      そのクリスタルの輝きの中に
      入ることが出来ないのだから。

      どんなに 深い暗闇の中でも、
      おまえの詩の輝きは
      私を あざむくことが出来ないのだから。

 

                                        坂本  誠

二千二百六: 男性詩人に

        男性詩人に


      あなたは
      ひたすら
      詩を書いてゆく。

      それは 私とても
      同じこと。
      我が夫よ。

      あなたの詩と
      私の詩のみが
      ピタリと
      一つに重なる。
      他のものは重ならない。

      そして
      私は
      あなたの詩と
      私の詩を
      つむぎ合わせてゆくわ。

      あなたの詩と 私の詩の
      クリスタルの輝きが
      二重らせんとなって
      今、はるか 天上高く
      昇り続けている。

 

                                        坂本  誠

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