2018年4月18日 (水)

三千二百四十: イルミナティや彼等に関わる地球上のことを様々に考えていると(独白)

ブログのサブタイトル中に(独白)という文字が入ると、つぶやきみたいな感じになりますので、文章のスタイルが「です・ます調」ではなく、自分自身に語りかけている感じの文章スタイルとなります。

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時おり、自分のブログでカバールやイルミナティのことを書いているのだけど、彼等のことを書いていると、当然、彼等のことだけでなく、それに関わることにも考えが及んでしまう。

もちろん、私達の生活において、彼等は大きな問題と言えるのだけど、それを受け入れた側にも、大きな問題があると感じてしまう。

地球上に地球の造物主がいると仮定するのだけど、その造物主としてみては、地球上の多くの動植物・人間に対して「カバールやイルミナティの更生をしてやって欲しい」と言っているような気がする。

確かに、地球の造物主ぐらいの存在ならば、カバールやイルミナティに向かって、何らかの自信があって、彼等の更生に励めるかもしれない。

しかし、地球上の多くの動植物や人間からしてみたら、そのような彼(あるいは彼女)の目的を受け入れ、かつ、実行に励むかどうかはわからない。

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なんとならば、地上には数多くの動植物や人間がいるので、彼等には彼等なりの目的や意向があるので、「カバールやイルミナティの更生はしたくないし、また、付き合いたくもない」という動植物や人間も、多数出て来ても、何らの不思議はない。

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私が考えるに、かなり大きな説明不足が起きていたと思う。

例えば、地球の造物主が「地球は、ちょっと、苦労するような環境があるかもしれないけど住んでみませんか」という誘いが多くの動植物や人間に行われて、その、たった1行ぐらいの文章で、多くの動植物や人間は、yesかnoの二つ返事の居住を決めたのではないだろうか。

私が感じるところでは、実際には、地球上で居住したいと願えば、1万行ぐらいの精密な報告書を精読・精査した上、何人かのグループであれば、真剣な会議を何度も開いて、綿密な検討が何度も行われ、その上で、何回かの厳密なテスト的な地上生活を試み、それほどの厳選された推考を重ねに重ねた上で、初めて「地球上で生活してみよう」という、かなり厳かなお墨付きが無いと、生活することは無理なのではないだろうか。

はたして、そこまでの厳密・緻密(ちみつ)な検討を経た上で、「地上で幸福な生活を得よう」という願いをもって、いざ、地上で生活しても、相当に肩や肱が凝っているだろうから、幸福な生活を得るのは、ほぼ不可能であると感じる。

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何となれば、カバールやイルミナティの情報隠蔽もある上に、かつ、多くの動植物や民族が混在するとあるならば、それらの状況・情報を、かなり検討しないといけないのだから、「地球は、ちょっと、苦労するような環境があるかもしれないけど、、、」という、たった1行の文章で、居住を決めるとあるならば、これは、大きな説明不足の下に、大きな決定がなされていたことになるので、これはミスだったと思われる。

よし、かなり詳細な説明が、生まれる前になされていたとしても、「生前の記憶」となると、人が思い出せるかどうかの疑問もあるし、それを思い出せる人間がいたとして、多くの人が、その記憶を思い出せても、その詳細な説明に対して、全ての人が納得をしたとも思えない。
また、「生前の記憶」となると、ある人にとっては、思い出せないものであり、また、「そんなものは存在しない」と言う人もあり、つまり、この手の情報に頼ろうとすると、非常に説得力に欠けた主張や文章になってしまう。

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ここまで見ただけでも、かなり大きな説明不足があり、その説明不足の下で、カバールやイルミナティ達に対して、生活を行う結果、結局、「カバールやイルミナティの更生をしてやって欲しい」と話となるのだから、これは私達にとって、あまりにも過ぎた課題と思われる。

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現実には、カバールやイルミナティの悪影響を受けて、意に沿わず、ネガティブ化してしまった、多くの動植物や人間も多いのではないだろうか(別の言い方をすれば、犠牲者多数という状況になったのではないだろうか)。

もっとも、地球の造物主ならば、そのようなパワーや能力や意志があるのかもしれないけれど、彼(あるいは彼女)以外の、多くの動植物や人間は、彼と同じような能力や意思も無いかもしれない(あるいは、そのような動植物や人間の方が多いのではないだろうか?)。

この状況で、「地球の造物主の側が、例の件を多くの動植物や人間に課した」とあるならば、大きな説明不足もあるので、一種の強制とも言えると思われる。

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先日以来、私達の人間社会で、手抜き事業による、数多くの欠陥商品が出回ったので、かなり大きく報道されている。

というのも、そのような欠陥商品を消費者の側が手にして、生活すれば、数多くの生活上の不具合が出るので、時には、消費者の側とメーカーの間、かなり大きめのトラブルや争いが発生する場合も多いので、大きく報道される。

私達の生活と言うのは、いわば、このような欠陥商品と同じだったと私は感じる。

メーカーの側で、欠陥商品に関する詳細な説明があり、それらの欠陥商品に関する回収があれば、これは消費者の側が納得するので、メーカー側が責められることは無くなり始める。

しかし、欠陥商品に関する説明の無いまま、それが配布されていたら、それは人間社会の間では、とんでもない物議を醸すことになる。

私は、地球の生活と言うのは、この欠陥商品と、ほぼ同じだったと思われる。

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確かに、私達は、普通、あまり意識しないけれど、地球の造物主の恩恵を頂いて、生活している。

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幾つかのわかりやすい例を挙げると、まず、呼吸できるだけの酸素を提供されており、息が出来る。
また、足を踏みしめる大地もある。
また、朝から夕方までは太陽の日光を頂けるし、夕方から夜を超えて、朝までの間には、夜という名の暗闇を与えられるので、安眠できる。
また、適度な気温を頂けているので、通常は快適に、大気の中で生活をすることが出来る。
当然、これらが無ければ、多くの動植物や人間は生きることが出来ない。

このような生存するための基本的な条件を頂けていることに関しては、私達は感謝していると思う。

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しかし、「カバールやイルミナティの更生をしてやって欲しい」と、結局、そのような話と願いが与えられるとあるならば、そのような願いを受諾するような動植物や人間の数は、かなり少なくなるのではないだろうか。

また、上に書いた大きな説明不足を考慮すると、やがて、多くの動植物や人間は、地球上での生活を願わなくなるのではないだろうか。

地球の造物主には、彼(あるいは彼女)なりの目的や意志・意向があるのだろう。
しかし、彼の目的や意志・意向に、全ての動植物や人間が賛同するとは、私は思えない。

なんとならば、私達、人間の間でも言えることなのだけど、多くの人には多くの人なりの目的や意志・意向が備わっているからだ。

だから、それらの多くの存在達の目的や意志・意向が、地球の造物主の目的や意志・意向と一致するとは限らない。

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確かに、今まで、あえて敢行してきた、受難の道とも言えるような、造物主の目的や意志・意向に、賛同を寄せる動植物や人間もいるかもしれない。

地球の造物主とするならば、今一度、自身の目的や意志・意向に賛同を寄せるような、動植物や人間を集めて、再スタートをした方が良いと思われる。

しかし、私個人で感じるところでは、彼(あるいは彼女)の目的や意志・意向に賛同を寄せるような、動植物や人間は少ないのではないかと思われる。

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また、今まで、あまり、なされなかった詳細な説明が多くの動植物や人間に行われ、その上、地球の造物主の意向を変えたと仮定しよう。

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しかし、それでも、集まる動植物や人間は少ないのではないだろうか。
なんとなれば、今まで長く、この状況が継続され続けていたとあるならば、今後の未来に対しての信頼の面も、どうしても落ちてしまうのだから。

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昨今、地球上で、多くの動植物が大量死している件が報告されている。

そして、その動植物の大量死の件に関して、人間の科学者達が、一様に言うことには、「なぜ多くの動植物が大量死するのか原因が、はっきりしない」と報告している。

「人間の活動が、地球の大気や海を汚し、その環境汚染の結果、多くの動植物が大量死するのだ」という報告もあるけれど、一概に環境汚染だけでは、説明のつかない大量死も発生している。

これなどは、私が予想するに、多くの動植物が突然の大量死を迎えることによって、地球ではない、どこか他の安全な星に移動しているのではないかと考えてしまう。

地球よりも、遥かに安全な環境の下で、彼等は、再び、何らかの目的を持って、自身の生活を再スタートさせているのかもしれない。

私は、偽らずに自分の意見を言うならば、そちらの方が好ましいと思えるのだ。
その方が、多くの動植物にとって、幸福を得られる生活ではないだろうか。

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この動植物の大量死の件は、彼等だけの話に終わらない。

なんとなれば、この地球上での全ての生命の活動を考えると、全ての生命は、食物連鎖の一環の中で生活しているからだ。
当然、動植物が大量死すれば、この食物連鎖の一環が切れるので、やがて、他の動植物や人間の数も減ってくるからだ。

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それに最近では、地球上の各国で、人口の減少も起きている。
この、人口減少の理由は、幾つかあると思われるけれど、そのほとんどの原因は、私達の社会システムにあると私は考えている。

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このブログの過去記事にも書いたけれど、その多くの原因は、私達の社会システムに根幹に位置している、多くの人の金銭の収入の低下と、長時間労働等だ。

これは、カバールやイルミナティやイルミノイドの実行している、人類奴隷化計画に基になっている。
表現の仕方は悪いのだけど、的確な表現と思えるのだから使うのだけど、江戸時代の領主達が領民達に労働させるために、「生かさず、殺さず」という手合の政策を実施したそうだ。

「ある程度の重税をかけて、領民達を必死に強制労働させて、領民達から、出来るだけ多くのものをしぼり上げよう」というのが、この「生かさず、殺さず」という政策だったらしい。
この「生かさず、殺さず」の政策が、いまだ、私達に実施されている。

なんとならば、カバールやイルミナティやイルミノイド達は、地球上の多くの人間達に奴隷労働させたいのだから、この「生かさず、殺さず」の政策が、当然、私達に実施されることになる。
具体的には、各国に見られるような教育費の増大と、多くの人々の低賃金化と、長時間労働ということになる。

結局、多くの人々にとっては、非常に生きづらい生活を送ることになる。

普通、動植物や人間でも、「暮らしやすい」という生活環境だと、そのような世界では動植物や人間の子孫が増える。
なんとなれば、「暮らしやすい」生活環境というのは、子孫を増やしても、安全な状況だからだ。

ところが、「非常に暮らしにくい生活環境」というのは、当然ながら、子孫は増えない。

私が見るところ、上のような理由が、各国の人口減少の理由である。

ここから考えても、多くの人々も内心での「地球では、もう、暮らしたくはない」との願いが実現・実行中なのではないだろうか。

通常、人に知られることの無い、私達の内心にある、社会生活への怨嗟の思いが、人口減少を実行していると感じる。

これ以降、何らかのメリットを感じて、「未来にかけて、長いこと子孫と共に地球で暮らしてみたい」と願う人の数は少なくなると私は感じる。

確かに、私達には自由が保障されているから、「そのような世界に、ぜひ、居残りたい」という願いを持つ人がいても良いのだけど。

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あまりにも、難しい課題や願いを立てても、なるほど、その時だけに、ちょっと見ると、それは素晴らしいことのように見えるかもしれない。

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しかし、実現する際に現れる、諸々の困難さや諸々の苦痛を考えると、その願いに、賛同する動植物や人間は少なくなると思われる。
また、それは自然なことだと思われる。

これが、今の私達の社会で行われていることではないだろうか。

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私にしても、時々、カバールやイルミナティのことを書くけれど、彼等のことを考えたり、書いたりしていれば、当然ながら、どうしても、彼等とは対極にいる側の存在や、その意向を考えてしまう。

通常、あまり、それを書いてはいないけれど、カバールやイルミナティのことばかりを書いて、彼等と対極にいるとされる側の存在や、その意向を考えない、ということは無い。

それに、こんなことを書いているぐらいだから、私が宗教の人ではないと他の人にわかると思う。

久しぶりに、カバールやイルミナティと対極にいるとされる側の存在や、その意向について、私の考えていることを、つぶやくように、日記に書き留めて見ることにした。


                                       坂本 誠

2018年4月16日 (月)

三千二百三十九: 不幸感覚と競争・比較意識の絡みを考えると

こんばんわ。

最近、色々あって、ブログの更新頻度が落ちていますが、どうかご了承ください。

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私の周囲にいる人を見ていて、「私は苦しい」とか「私は不幸だ」と嘆いている方を見かける機会があります。 

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このような人を、第三者が見かけて、その苦しむ人の苦痛の原因なり対処方法を考えようとすると、まず、その苦痛を感じている人の苦痛状態を、しっかりと把握する必要があることに気が付きます。

簡単に書いてみると、例えば、「お腹が減っている」とか「私はカッコいい新車を買えないから不幸だ」とか「私は病気の苦痛があるので、不幸だ」とか「私は学歴が無いので不幸だ」とか。

そして、世の中は広いですから、上の例で挙げた「私はカッコいい新車を買えないから不幸だ」と本当に嘆く人もいるわけです。

しかし、苦痛状態をしっかりと把握する第三者の人が、その新車を購入できない人の苦痛を見ると、「この人は、本当に不幸と言えるだろうか?」という疑問を抱くのではないでしょうか。

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その調子で、世の中を見回してみると、その手の類の不幸感に苦しめられている人が、意外に大いに気が付くと思います。

ちょっとわかりやすく、他の類似の例を挙げてみると、「私は美味しいアイスクリームが食べられないので不幸だ」、「私は素晴らしい多くの衣服を持っていないので不幸だ」、「私は会社内での肩書きが低いので不幸だ」云々、、、

このような「不幸」というよりも、「欠損感覚」というのを、具体的に見てみると、

  「このような人の多くは、他人との比較や競争感覚が強い。だから、その人の競争意識や比較意識そのものが、その人の不幸の源である

と、私達は言えるでしょう。

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もっとも、上のような状況でも、数多くの様々な状況がありますから、他の原因が混じって来る場合も多いのですが、やはり、大きな原因としては、「その人自身の、競争意識や比較意識そのものが、その人の不幸の源である」と考えられるでしょう。

つまり、自分以外の他の人々と、その人は比較ばかりをしていることが、その人の不幸を作り出しているのです。
しかし、当の本人自体は、「自分の不幸の源は、自分には無い」と、信じ込んでいるケースも、かなり多いです。

つまり、そのような人は

  「私は、周囲の人々と比較ばかりをしている人間なのだ」

ということにも気づいていないことがわかります。

ですから、この手の不幸感覚に陥りやすい人は、「私は周囲の人々と比較ばかりをしがちなタイプではなかろうか?」と、自問自答することが、その方の不幸脱出の方法の一つとなるのではないでしょうか。

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ところが、ここから、私達は更に一歩進むことが出来ます。

私達が更に一歩進んで考えることには、

  「どうして、世の多くの人々は、こんなにも競争意識や比較意識ばかりを持っている方が多いのだろうか?」

です。

ですから、私達の社会を、今一度、詳しく見てみましょう。

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私達は幼い時から幼稚園や学校に入れられて、そこで教えられることには、「他の人よりも学力を高めましょう」等の競争意識が、強められていることに気が付くでしょう。

「他の人と競争をする」ということは、つまり、「他の人と比較する」ということです。

これが、数多くの人々に教え込まれて、実践を強要されるので、私達の社会に見られるように、「周囲の人々と比較することによって、不幸になる人」を多く見かけることになるわけです。

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要するに、国家ぐるみで、「競争意識を強めなさい」となっていることが、私達の多くの不幸を生み出していることがわかります。

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次には、「なぜ、地球上の多くの国家は、自国民の競争意識を強めようとしているのか?」という、更なる疑問が私達に湧くことでしょう。

それを考えてみると、国家の上の人々としては、他国と競争させようとしていることがわかるでしょう。

あたかも、他国の人々を敵のように見なして、さて、言うことには、

  「その他国の商売敵の人に負ければ、あなたがたは倒産した企業の人々が、職を失うことにより、職から得られるように手筈が整っているところの金銭を得られなくなるので、あなたがたはみすぼらしい格好になって、飢えて死ぬかもしれませんよ」

という感じの脅しの雰囲気で、他国の人々との間での競争を高めようとしていることがわかるでしょう。

本来ならば、その他国の土地や他国の空の下に住んでいる人々も、同じ地球人です。

ところが、あたかも、その同じ地球人を、商売敵と見なして、「その敵に負けるな」という感じで競争が推奨されているのに気が付くでしょう。

同じ地球の上に居住している人々を、愛し合うのではなく、敵と見なして、

  「あなたがたは技術競争をしなさい。もし、技術競争に負ければ、あなたがたは倒産した会社のような国家になるので、みすぼらしい雰囲気を得るので、商売敵との技術競争に負けてはならない」

という感じの触れこみで、多くの人々の競争意欲を掻き立てていることがわかるでしょう。

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もっとも、その手腕を見ていたら、あからさまに「あなたがたは競争をしなさい」という、強い命令形の口調でないのに気が付きます。
このような、強い命令形の口調でしたら(それをする方も少なからず見受けますが)、多くの人々に嫌われてしまい、失敗を得ることも多いでしょう。

ですから、彼等が、もっと言葉巧みに誘うことには、

  「あなたがたも、私達と同じように、もっと競争を好きになりなさい(なぜならば、競争に勝てば、その競争相手に対して優越感を持てるのだよ)。」

でしょうか。

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読者の方は、更なる疑問を持つことでしょう。

その疑問とは、

  「なぜ、地球上の数多くの国々は、お互いに競争ばかりをさせ合っているのか?」

でしょう。

というのも、一般に言われているように、「地球統一」という状況が望まれています。

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私の書いた「地球統一」という状況は、どこかの誰かがNWO(New World Order:新世界秩序)の目指しているような「地球支配」という状況ではありません。

この、私の書いた「地球統一」という状況は、地球の上には一つの国家も無く、多くの人々が、一つの国民のように仲良く暮らせている状況を言っています。

この状況だと、地球の上には一つの国家も無いので、戦争もありません。
当然、国境もありませんので、人々は制限をかけられることなく、自由に世界を旅することが出来ます。
また、当然、地球上の全ての人々が、兄弟同士の状態であることもわかりますよね。

ですから、一般には、多くの人々は、NWOの状態では無い、「地球統一」のような状況を望んでいることでしょう。

しかし、地球上の数多くの国家の内部に存在している政府の人々から見れば、その「地球統一」の状況は、非常に彼等にとって都合が悪い話であることに、あなたも気が付いてくるでしょう。

なぜならば、地球上の全ての国家が無くなると、当然、各国の政府に設けられている外務省が全て無くなります。
当然、その、外務省で働いていた全ての国家公務員が職を失います。
また、各国で税関に努めている筈の公務員も全て、その職を失います。
また、通常、多くの国家に、いまだ存在している軍人達は、公務員扱いですから、彼等も、全て、その職を失います。
当然、地球上から全ての国家が消えるので、「国家間の戦争が全て無くなる」という、多くの人々から見たら、非常にめでたい偉業ですが、軍人達から見たら、自分達の職務理由が無くなるので、軍人達の大量解雇が、全ての国家で発生するからです。

このように、「地球統一」という偉業が起これば、まだまだ、数多くの公務員の解雇が考えられます。
なぜならば、「地球統一」が起こるならば、数多くの政府機関の必要性が消えることがわかるからです。

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ですから、裏を返せば、各国の公務員たちから見れば、何としてでも、「地球統一」という偉業を妨げるニーズが発生していることがわかるでしょう。

ですから、各国の数多くの政府が、現状のまま、地球上に乱立することを願うのならば、現状のように、地球上の多くの人々を商売上ででも戦わせる必要性が出てきます。

地球上の多くの人々を商売上ででも戦わせれば、その調子で、地球上に数多くの国家が、現状のように乱立するので、「彼等の職は安泰だ」となるわけです。

ですから、この段落の冒頭も、かなり上になりましたが、この段落の冒頭に帰ると、躍起になって、各国の政府は、自国民に対して、「他の国の人々を競争相手と見なして、競争しなさい」と勧めて来ることがわかります。

ここからも、「競争や比較は分離の方向だ」とわかるでしょう。

そして、競争や比較が行われれば、この段落の、かなり上に書いた例のように、競争意識や比較意識が高まれば、不幸感覚がますので、ここからも、「競争や比較は分離の方向であり、かつ、不幸感覚の増殖する方向だ」とわかるでしょう。

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上にも書いていますように、「地球統一」という状況が起きるためには、地球上の多くの国家の消失が起きないと発生しないとわかるでしょう。

私達は、普段、どこかからか、「国家というものは、非常に大事なものであり、絶対に無くなってはいけないものなのだ」とか「やれ、国家というものは、永遠不滅の存在なのであって、たとえ、個人が犠牲になろうとも、国家は存続しなければならない」とか「国というものは神のようなものなのだ」等という、風潮や非常に強い思い込みを抱かされてはいないでしょうか。

ですが、上にも書いているように、「地球統一」という状況が起きるためには、「国家」という概念が邪魔になって来ることがわかるでしょう。

逆を言えば、地球上でも、国家という概念が多くの人々から消失して行けば、「地球統一」という状況が起きることがわかります。

ですから、地球上に全く戦争の起きない、つまり、地球上から全ての国家が消えた状態の「地球統一」の状態を願う方ならば、次のような願い事を、日々に願った方が良いことがわかります。

  「どうか、私の住む地域の国家が消失し、かつ、地球上の全ての国家が消失して、地球統一が起こりますように」

と。

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というわけで、冒頭に書いたような、他人との比較意識や競争意識が元となって、不幸感覚を抱いている人は、周囲の人々の主張しているような、比較や競争を高めるような風潮を捨て去ることが、その、自身の不幸を捨てる行為となることでしょう。

周囲の人々の視線や意見をも気にせずに。

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ちょっと余談程度なんですが、「公務員が職を失う」ということを上に書きました。
以前から書いていることですが、誰でもそうですが、「仕事を失う」ということに関しては、誰も恐怖を持っていません。
なぜならば、誰かが、ある企業を辞めても、また、同じ職種に再就職すれば良いからです。
しかし、現状では、その再就職が難しくさせられているので、「労働する分だけの予定の賃金を得られない」ということが、本当に多くの人の恐怖の原因となっています。

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ですから、「仕事を失う」というのは、本当の恐怖の原因ではありません。
しかし、その「仕事を失う」ということによって、「その仕事から得られたであろう筈の、お金が得られなくなる」という状況が、本当の恐怖となっているのです。

つまり、お金こそが、真の問題点であることが、あなたにもわかります。

読者の方々でも、よくテレビや小説や漫画等でのドラマの最中に、「仕事を失った、、、」という非常に落胆したセリフを言うキャラクターを見かける機会があると思います。

しかし、これなども、オブラートにくるんだ表現だと、私達はわかりますので、「これは失職の問題というよりも、お金そのものの問題なのだ」とストレートに表現した方が良いと思います。

歪曲的に問題点を表現するのではなく、このように、真の問題点をつかみ、それを、ストレートに表現することが、真の問題点の改善に繋がっていくかと思います。

そして、このようにストレートに表現したら、私達は次の事態をはっきりとつかむことでしょう。

それは、

  「社会の上と言われる人々は、お金というツールを使って、多くの人々をコントロール・支配しようとしている」

と。

ここから先は、私のブログの方の過去記事にも色々と書いていますが、また、小出し小出しに、機会を見て書いていきたいと思います。

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記事的にも長くなりましたので、読者の方々にも、くつろぎながら読んで頂けるよう、ところどころにスナップ写真を入れておきました。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


                                       坂本 誠

2018年4月 6日 (金)

三千二百三十八: ペットの健康から世のいきさつを考えて

こんばんわ。
この段落は、少し長いものとなりました。

私の以前聞いた事のある話を書いてみます。

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どれぐらい以前の話かはわかりませんが、白人が、アフリカ大陸を訪れて、現地の子供達を喜ばせるために、キャンディーをあげていたそうです。
アフリカの子供にとっても、甘いキャンディーは好評であり、大変喜ばれたそうです。
ところが、しばらく経って、同じ白人がアフリカ大陸を訪れて、現地の子供達を喜ばせるために、キャンディーをあげようとしたら、大変な叱りを言葉を受けたそうです。
なぜならば、その当時の、その土地のアフリカの子供達には、歯磨きの習慣も無く、また、歯医者さんもいなかったからです。
先に、配ったキャンディーを、アフリカの子供達が食した結果、彼等は虫歯に悩まされたからです。

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この、私の聞いた話を読者の方々も聞いた事があるかもしれません。
そして、私達が得られる教訓があります。
それは、

  「相手の喜ぶものを与えるだけが、愛情ではない」

ということでしょう。

確かに、白人がキャンディーを配布した当初には、アフリカの子供達には、虫歯が無かったでしょうし、また、虫歯の原因もわからなかったでしょうから、その時には、アフリカの子供達には喜ばれたかもしれません。
しかし、少しだけ時が経った後で、虫歯の苦しみの原因が「キャンディーを食していたことであった」とわかり、歯磨きの風習も無く、また、歯医者さんのいない世界であるのならば、どうして、キャンディー配布がアフリカの人々に喜ばれる行為となるでしょうか。

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私が、ここまでした話題を聞いた読者の中で以下のような意見を持つ人も出てくるかもしれません。

  「坂本さん。良い解決方法があります。それは、アフリカの現地の人々に対して、歯ブラシと歯磨き粉を(私達が)大量に売りつけ、さらに、現地の教育水準を挙げて、歯医者を増やせば解決します。こうすれば、現地の人々の間でも、お金持ちが増えて、喜ばれることでしょう」

と。

このような解決方法というのは、結局、「世の病気を増やして、医者や薬屋は、もっと金持ちなろう。ですから、もっと世に病人が増えても大いに大丈夫ですよ」という発想の下に発案された意見だと、人はわかるでしょう。

このような発想をする人間には、愛情が足りないことがわかるでしょう。

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まず、本当に、世に多くの病人が出るのを望まないのが、本当の愛情でしょう。
しかし、件(くだん)の人は、世に多くの病人が出て、その病人の治療によって、自分が儲けることが真の狙いだと私達にわかるからです。

しかし、本当に世に多くの病人が出ないことを望む人ならば、それは医療が流行らない方向を支持しているわけですから、資本主義を愛する人からは嫌われるかもしれません。

私が上に書いた解決方法である「『世の病気を増やして、医者や薬屋は、もっと金持ちなろう。ですから、もっと世に病人が増えても大いに大丈夫ですよ』という発想の下に、現代社会の医療が進められている場所もあるかもしれない」と考えると、世の人達は、一つの大きな資本主義の問題点を感じることでしょう。

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そして、「現代の日本社会でも、そのような場面の残されているような場所があるのではないだろうか」と考える読者の方もおられるかもしれません。

よく、ペットや動物に対して、深く考えない人がいるのですが、若干の愛情精神を見せるためか、それらのペットや動物に対して、主に砂糖を中心とした、甘いお菓子を与えている人もいるようです。

そして、昨今では、動物園の動物達や、家で飼われているペット達にも、虫歯なりの歯や口の中の病気に見舞われていることが報告されています。

通常、動物は歯を磨くことが出来ない」ということを、私達は記憶にしっかりと留めた方が良いでしょう。

ですから、ある動物園などを訪れたら、動物の飼われている檻の前に「動物の虫歯を防ぐために、お菓子を与えないで下さい」という看板を見かける時もあります。

ですから、動物やペットに、甘いお菓子を与えている方というのは、その時には、非常に動物やペットを愛しているつもりなのかもしれませんが、私が上に書いたことを読んでみると、その行為自体は、動物への虐待行為となっていることがわかるでしょう。

確かに、その甘いお菓子を与えられた動物やペットも、それを食する時には喜びを得られるのですが、後になって苦痛を味わうわけです。
ですから、これも私が冒頭に書いたように、「相手の喜ぶものを与えるだけが、愛情ではない」と、実感できると思います。

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だけど、以前書いたことと似ているのですが、例えば、甘いお菓子を作っている会社の人とかならば、次のように言ってくるのでしょう。

  「そんなことを言って、私の作っている、お菓子が売れなくなったら、どうなるんですか」

という感じでしょうか。

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つまり、その状況というのは、甘いお菓子の問題では無く、問題の実体は、お金の問題であることがわかります。

たいていの場合だと、「私の作っている、商品が売れなくなったら、どうなるんですか」という類の言葉が出るようになると、それに関係した人は、たいてい、その場で議論を止めがちなのです。
それ以上に、突っ込んで、考えて見たり、議論するのをしなくなりがちなのです。

なぜかと私が考えますと、その原因というのは、

  「人々の間で、お金という道具は絶対視されており、『このお金という道具に勝るものは、この世に一切存在しないのだ』という、非常に強固で、頑強と言えるほどの信念、あるいは固定観念で、あるいは盲信することによって、お金を崇めているから、お金という道具に対する疑問や意見を持たないことにより、お金の問題に対して議論する事が無い」

ということに基づいているようです。

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この状況は、「なぜ起きたのか」というと、多くのドラマや小説や漫画などでも、所持金の少なくなった人が、みすぼらしい雰囲気をまとって、やがて、不幸とも見える状況を抱えつつ、飢え死にしていくような光景を描いているものも多いようです。

ですから、このように、趣味や娯楽の領域からも、お金に対する恐怖心が多くの人々に植え付けられたことによって、「お金の問題を口にすることはタブーにしよう」という土壌が形成されていったと感じています。

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このような恐怖感を打ち払いつつも、私達は語っていった方が良いと思うのですが、大量に語るには、時間と紙数が足りなくなるので、私の方の過去記事であるカテゴリーの『ビジネス・投資』の欄に掲載されている記事には、豊富な資料付きで、多くの記事を掲載しているつもりです。

どうか、時間のある時に、ご覧ください。

この段落では、幾つかの重要と思われる過去記事を文末の方に抜粋引用して、掲載しておきます。

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甘いお菓子だけとは限らず、私達の身の周りをよく見まわすと、その多くが快楽追求のために、推進されてきたことがわかるでしょう。

色々と見回すと、

  「このような素晴らしい製品が出来ました。みなさん、買いましょう。」

とか

  「この新製品は、今、あなたが手にしている商品とは比較にならない程素晴らしいものです。ですから、今、あなたが手にしている製品を、ゴミ箱に打ち捨ててまで、この、新しい商品を手に入れましょう」

等々の、極めて飾られた、様々な美辞麗句によって、あなたの欲心をもたげさせようとしている光景も、数多く見かけることでしょう。

それらをよく吟味すると、そのほとんどのものが、あなたの欲の心に揺さぶりをかけていることに気が付くことでしょう。

ここで私達にわかることには、

  「快楽追求の道と幸福追求の道は、似ているようで、全然、逆の方向を向いている」

でしょう。

例えば、甘いお菓子を食べると、身体から発する欲が満たされて、その時には、身体は満足感を得るかもしれません。
しかし、その身体から発せらるる満足感をもって、それを真の幸福とは見なせないかもしれません。
一時経てば、再び、「また、甘いお菓子を欲しくなった」という、欲の声が身体の奥底から湧いてきて、その欲の声に悩まされることが多いのではないでしょうか。
そして、ずっと続けて、その甘いお菓子を食べ続ければ、上に書いたように虫歯になったり、糖尿病になって苦しんだりするわけです。

20101103124204

 

このように、快楽追求の道を歩む方向というのは、その道先に、快楽追求をした結果であるところの、苦痛とか不幸が待ってい状況が多いものです。

しかし、幸福追求の道というのは、快楽追求の道とは違っています。
上の話題を使うと、例えば、砂糖や甘いお菓子や甘い食べ物を取らない食生活のことです。
こうすれば、砂糖の流行していない昔のように、人が、その手の食物を取らないことによる、健康な生活を得られるので、「それは幸福な生活だ」と言えるでしょう。

そして、人の欲をそそるような上の事例、つまり、「このような素晴らしい製品が、、、」とか「この新製品は、今、あなたが手にしている商品とは比較にならない程、、、」のように、私達の身の周りには、幸福追求というよりも、快楽追求のための、商売活動の方が多いことが見受けられるでしょう。

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そして、どちらかと言うと、新商品配布とか新サービス配布の目的よりも、「更なる金銭獲得の目的を持って、これそれの経済活動を実施している」という手合の商売の方が多いように見えるでしょう。

なぜ、更なる金銭獲得の目的が立つかと言うと、それは、上の例にも書いたように、その目的の方向だと、貧乏とか飢え死にの恐怖から逃れる方向に向かうからです。
さらに、人よりの多くの金銭を所有すれば、その獲得した分だけの価格の分だけ、周囲の人よりも威張ることが出来るからです。

ここから、私達の文明に奥底に潜むものを、しっかりと見つめてみると、そこには「恐怖が基盤となって、私達の文明が成り立っている」ということでしょう。

これらの状況を把握した後で、私達の文明を見るに、「この文明は病んだ文明だ」と言えるでしょう。

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ですから、私達の社会で、通常、タブー視されている、お金の問題点を、しっかりと見つめることによって、その他の様々な問題を、もう一度、幼子のような視点を持って、見つめ直すことが出来るでしょう。

また、そのような視点を持って、新たな、別の角度からの、何らかの問題点の解決手段を考えて行った方が良いと思います。

この段落も、ほぼ終わりに近づきました。
「この段落は、分類上、どこに入れたら良いだろうか」と考えましたが、結局、「美容・健康・ダイエット」のカテゴリーに入れることにしました。

この段落は長くなりましたが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


(以下、上記記事に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千五百八十三:銀行制度についての種々の話題_No.8』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no8-c8e8.html
●お金の問題点_0002.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=3ibrKBohE8o



『二千五百八十六:銀行制度についての種々の話題_No.10』
●「お金の問題点」の続き
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no10-9079.html
https://www.youtube.com/watch?v=T8DcvHSi-C8



(上記ビデオより抜粋引用)
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(村人達)
この村中かき集めても1000万円しかないのに、どうして1100万円払えるの?

と、村人が集まって言いました。


(銀行家)
みなさん、それは興味深い事ですね。
あなた方の生産効率はアップしませんでしたか?


(村人)
あなたはお金を作る事が出来るただ一人の人。
あなたは1000万円作っただけなのに、1100万円を要求している、、、
そんなの不可能だよ!


(村人達)
あなたがお金を取るので、この村にはお金が不足しています。
私達は必死で働いて利子を払っているけれど、ちっとも借金は減りません。


(銀行家)
もっとお金が欲しいんですかぁ?
でしたら、最近取得された物を担保にして、更に1000万円お貸ししますよ。


(村人)
まって、まって。
私達が一生懸命働いて、国は毎年発展するけれど、国の借金はますます増加する、、、


(銀行家)
国の文明化の程度は銀行への借金の大きさで測ることができるんですョ。
契約の神聖なる義務にのっとって、あなた方の資産を頂戴しましょうか?

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(引用終わり)

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●『お金の原価はいくらなの?』
http://homepage2.nifty.com/osiete/s418.htm

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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平成十二年度特別会計予算ベースで

一万円が約22.2円
五千円は約20.7円、
千円札は約14.5円です。
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(引用終わり)

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●100ドル紙幣を1枚作るのにはいくらくらい原価がかかるのですか? - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129971462

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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参考のサイト(アメリカの印刷局)の説明によれば、2005年実績で、約5.7セント/枚(86億枚印刷時)だそうです。
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(引用終わり)

(Wikipediaより、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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●日本銀行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

日本銀行は、政府から独立した法人とされ、公的資本と民間資本により存立する。
資本金は1億円で、そのうち政府が55%の5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を政府以外の者が出資する。
2010年(平成22年)3月末日時点における政府以外の出資者の内訳は、個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、証券会社-%、その他法人6.5%となっている[1]。

最終更新 2014年6月19日 (木) 02:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

『二百五十三: News_No.298』
●「タイタニック号沈没」、「ケネディ暗殺」、背後にFRBの影
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/news_no298-e74a.html
http://internetviking.at.webry.info/201107/article_8.html

以下の緑の文字の文章は、該当HPを読んで自分の書いた感想文の再掲載分。

詳細は、該当記事をご覧ください。
1963年6月4日 米国大統領J・F・ケネディにより、政府紙幣の発行を財務省に命じる大統領行政命令 第11110号が発令され、米国政府の公式に作ったお札が発行されました。
それは、2ドル札と5ドル札でした。

しかし、その後、大統領命令、第11110号の取り消しの無いまま、その米国政府が作った公式のお札が回収され、代わりに、大変よく似たFRBの印刷した大量のお札が、市場に出回りました。

▼2ドル札「政府発行券」

1376229826676131153161

▼2ドル札「FRB発行券」

137622983883613115762_2frb1

▼5ドル札「政府発行券」

13762298594671322128511

▼5ドル札「FRB発行券」

137622987167913221385_5frb11

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(引用終わり)

『四百八十六:私の見かけたビデオについて_No.47』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/_no47-6032.html
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



以下の学習用に引用した写真や文章は、同ビデオから引用しました。

上記のビデオで、故人の言葉が引用されています。

ビデオの57分06秒辺りからです。
以下、57分06秒等の時間表記を「57:06」と書きます。

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_ford


  国民が我が国の銀行制度、通貨制度のことを理解していないのは良いことだ。
  もし理解しているなら、きっと明日の朝までに革命が起こるはずだから。
  
  --- ヘンリー・フォード(1922年)

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(引用終わり)

『二千五百九十九:銀行制度についての種々の話題_No.11』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/08/_no11-48fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI

ビデオでは、1時間21分33秒近辺から紹介されています。
引用した文章と写真は、同ビデオからのものです。

(ジョン・パーキンス)
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Jhon_p_2

使った手法は多くありますが、もっともよく使った手法は、石油のように企業が欲しがる資源を持つ国に行って、世界銀行やその系列の組織から、その国への巨額の融資を手配すると言うものです。

しかし、貸し出された資金の大半は、その国でなく、ベクテルやハリーバートン、ジェネラル・モーターズ、ジェネラル・エレクトリックといった、米国企業の手に渡り、その国に強大なインフラを構築します。

富裕層のための発電所、高速道路、港、工業団地などで、貧困層はその恩恵をほとんど受けられません。
むしろ、貧困層は巨額な貸り入れの返済のツケを被ります。
教育、医療などの社会福祉に充てられるべき金が借金返済に充てられるのです。

意図的に、国に莫大な負債が残るようになっています。
すると、エコノミック・ヒットマンが、また行って、言うのです。
「こんなに借金があるのに、どのようにしても払ってもらうからな」。

反米の大統領が選出されると、すぐに行きます。

「おめでとうございます。私は大統領とご家族を大金持ちにして差し上げる事が出来ます。私達の方法に従えば、このポケットの数億ドルは大統領のものです。そうしないなら、もう一つのポケットには、貴方の名前入りの弾の入ったピストルが入っています。選挙公約を守って、我々を追い出そうとした時のためにね、、、アメリカの石油会社の安く石油を売るか、次の国連投票でアメリカに賛同するか、イラク等世界のどこかに、米軍を支援する部隊を送って下さい」。

このようにして世界帝国を築いたのですが、その事を実際に知っている人は、ほとんどいませんでした。
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年4月 2日 (月)

三千二百三十七: 追加記事(私の疑問(日本政治編)_No.4)

三千二百三十六:私の疑問(日本政治編)_No.4』の追加記事です。

1件目の疑問は『●河野外相の宣言通り「メディアなし」に 欧州大使会議』についてでした。

同引用文中に『河野氏は周辺に「会社の経営会議は公開しないものだ」などと説明』とありました。

しかし、これも「ちょっとおかしいな?」と、読者の方も気が付くでしょう。
なぜならば、政府や役所というのは、公的機関です。
公的機関というのは、民間企業であるところの会社とは違います。

公的機関というのは、つまり、「公的」なのですから、「みんなのもの」です。
「みんなのものを公開しないが、私だけが知っている」となると、政府や役所等の公的機関の独占(あるいは私物化?)と感じだすでしょう。

というわけで、民間会社と公的機関には違いがあります。

三千二百三十六段中に書いていなかったことを、この記事で書き添えておきます。


                                       坂本 誠

三千二百三十六: 私の疑問(日本政治編)_No.4

こんばんわ。

昨今の政治について、私の感じた疑問を書いてみることにします。
この記事では、2件続けて、行きます。

私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/2/27記事より引用)
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●河野外相の宣言通り「メディアなし」に 欧州大使会議
https://www.asahi.com/articles/ASL2W5590L2WUTFK011.html?iref=comtop_list_pol_n02

欧州駐在の大使らを集めた外務省の会議が27日始まり、河野太郎外相が1月に「メディアなしでやる」と宣言した通り、非公開になることが決まった。
これまで大使会議の一部はメディアに公開されていた。
非公開の場で大使たちに「活」を入れるのが狙いだ。

河野外相「次からはメディアなしで」 大使招いた訓示

外務省は地域ごとに現地駐在の大使を集めた会議を定期的に開催。
会議では大臣訓示が報道陣に公開されてきたが、河野氏は1月末のアジア・オセアニア駐在の大使を集めた会議で「本省の方針を伝達する会議にメディアが入っていたら、当たり前のことしか言えない」と指摘。
次回から非公開にする方針を示した。

欧州駐在大使向けの会議は来月2日まで。
1日には河野氏と大使の意見交換の場があり、これまで冒頭の大臣訓示が報道陣に公開されていたが、外務省は非公開にする。
河野氏は周辺に「会社の経営会議は公開しないものだ」などと説明。
河野氏としては北朝鮮情勢などを踏まえ、大使に直接具体的な指示を伝えたい考えもあるようだ。
(田嶋慶彦)
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(引用終わり)

この1件目に関しても、人は疑問を感じるのではないでしょうか。
なぜならば、民主主義政治の基本というのは、「開かれた政治」とか「透明性のある政治」と言われている状態です。

「なぜ、国政や行政の状況を、多くの人々に、つまり、全ての国民に見せようとする姿勢が正しいのか」と言われると、民主主義政治というのは、「全ての国民が政治に参加している」というのが大前提だからです。

しかし、現行の代表制民主主義政治というのは、「国民全てが政治を行うことは出来ないから、代表者を選出して、その代表者の方に、地域の意見を述べてもらおう」というのが、代表制民主主義政治だからです。

ですから、全ての国民が政治を実行しているのは変わりが無いのだから、国政や行政を、隠すこと無く、数多(あまた)の人に、それらを見てもらおう、という姿勢が出てきます。
つまり、多くの人々が政治や行政の状態を見てもらわないと、「国民全てが政治を行う民主主義政治」とは言えなくなってくるからです。

ですから、「開かれた政治」とか「透明性のある政治」というのは、結局、「数多(あまた)の人々に、隠すこと無く見てもらう政治」というものになります。

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ところが、これとは、逆に、「多くの人々に見てもらわない政治(不透明な政治)」となると、それは密室政治と言われる状態になってくるからです。

この密室政治の状態になってくると、ほんの数人の人々によって、政治が決められてくるようになります。
わかりやすく言うと、独裁政治になってきます。
なぜならば、多くの人々が自分達が行っている筈の政治を監視できなくなってくるからです。

その結果、ほんの数人の人々によって、政治が断行されるため、独裁政治とか、貴族政治とか、王政と呼ばれる状態に近づいてきます。
このような政治状態のスタイルのことを寡頭政治(かとうせいじ:ほんのわずかの人々が、政治を実行している状態)とも言います。

この結果、その、国とかの巨大システムを、そのほんの数人の人々が動かすので、彼等にだけ、都合の良い政治を実行できるようになってきます。

つまり、見せかけ上は「我々は民主主義を実行している」と声高に多くの人々に言っているものの、実態は、独裁政治に近づいて行くわけです。

ですから、「民主主義政治というものは、『開かれた政治』とか『透明性のある政治』が求められている」となっているのです。

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ですから、1件目で紹介した記事なども、私が上に書いたことを読んだ後では、「ハッ」と気が付く人々も多く出てくると思います。

1件目は大使会議ですから、海外の方々も関連しているのでしょう。
ですから、海外の方々も、民主主義政治の根幹を考えて、(1件目の)「大使会議は密室政治の方向に向かっている」と、この怪しげであると思われる路線にも気が付いた方が良いと思います。

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ちなみに、秘密保護法というのが、どんな手合のものだったかを、上の流れから再考することも出来るでしょう。


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2件目です。

(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/03/28記事より引用)
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●佐川氏「誰のために仕事してんだ」 部下を叱った過去も
https://www.asahi.com/articles/ASL3W5JFJL3WUTIL055.html?iref=comtop_favorite_02

佐川氏の証人問を、か つての同僚たちはどう見たのか。

「(決裁文書)総理夫人の名前を見たのかすら言わなかったのは、すごいと思った」。
財務省のある中堅幹部は驚いた。
理財局の責任を強調する姿勢に「部下が勝手にやったと罪に問われかねない。尻尾のさらに尻尾切りになるし、この期に及んで何なんだという気はする」と語った。

佐川氏は東大経済学部を出て、1982年4月に大蔵省(現・財務省)に入った。
福田淳一財務次官や迫田英典・元国税庁長官が入省同期で、他省庁では、経済産業省出身で安倍晋三首相の側近の今井尚哉首相秘書官も同期だ。
税制改正を担当する主税畑が長く、大阪国税局長、国税庁次長を歴任。
厳しい仕事ぶりで知られ、職員の間で出回る怖い上司の「番付表」で、上位に名を連ねたことがあるという。

福島県いわき市出身で、2012年2月に復興庁が発足した際の初代審議官だった。
途中で政権は代わったが、当時の復興庁幹部は「民主党でも自民党でも、政権の指示には極めて忠実だった」と振り返る。

大阪国税局長当時を知る同局職員によると、説明や資料が不十分だと幹部でも「出てけ」と突き放すが、萎縮せず「現場の意見」を進言するノンキャリア職員は重用。
「ごまかしがきかず、良くも悪くも緊張感があった」。
いい加減な仕事をした部下に「誰のために仕事しているんだ。俺じゃなくて納税者のためだろう」と叱る姿を覚えている職員もいる。

証人喚問をテレビで見た同局職…
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(引用終わり)

2件目です。
最近、起こった公文書改竄問題が大きく報道されているので、それについての関連記事も、多くの人の目にとまることでしょう。
私の疑問は、直接には、公文書改竄問題ではありませんが、それについての関連事項です。

関係している国税庁のトップの方の、以前の仕事ぶりが、伝えられていました。
過去の国税庁のトップの方が、いい加減な仕事をした部下を叱る際に、「誰のために仕事しているんだ。俺じゃなくて納税者のためだろう」と叱ったそうです。

「過去の国税庁のトップの方」も、その叱られた部下の方も、公務員だったことでしょう。

日本の決まりだと(世界中の決まりかも知れませんが)、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」というのが、彼等の仕事の目的と決まりです。
要するに、「公務員というのは、全ての国民のために奉仕をしなくてはいけない」ということがわかります。

で、過去の国税庁のトップの方のセリフ中にある「納税者」というのは、これは不特定多数の国民だとわかります。

ですから、彼の叱り言葉をよく吟味してみると、「納税者(国民)のために仕事をするのではなく、俺個人のために、お前は仕事をしろ」というニュアンスを受け取ることもできるでしょう。

ですから、報道中の、過去の国税庁のトップの方のセリフを聞いて、首をかしげながら、多くの疑問を抱く人々も増えるのではないでしょうか。

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ここからはちょっとした余談です。
すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」という文章の前後を、よく見てみると、主語が「日本国民」となっているのに気が付きます。
つまり、日本人全体(?)が書いた、たった一つの文章(?)があるので(?)、その文章を引用する際には、つまり、これだと、引用情報紹介等に、よく見られる断り書き文章の「誰それ何某からの引用の何々云々、、、」という文句を記載するのは、妥当かどうか? という、疑問も、特に、文人の方に、湧いてくる事かと思います。

結局、その文章は、私自身が生まれてもいない時代に、「私自身が書いた」というスタイルになっているのです。

ちょっと、わかりやすく書いてみたいと思います。
ある文人のAさんがいたと仮定します。
そして、そのAさんが、「その文章を、自分の書く文章中に埋め込めたい」と願っているとしましょう。
ところが、その文章の主語が「日本国民」とあります。
すると、そのAさんも日本国民の一人です。
ですから、Aさんが「私も、そのたった一つの文章を書いた本人だから、他の誰かの書いた文章とは言えなくなるので、『誰それ何某からの引用の何々云々、、、』という文句を、これから自分の書こうとしている文章中に記載すべきだろうか?」という疑問が湧くケースもあるでしょう。
ですから、Aさんが過去に書いた文章とされているのならば、あえて、「私(Aさん)以外の誰それ云々の書いた文章ですが、、、」という例の決まり文句を、Aさんの文章中に入れるべきだろうか? という、ちょっと、変な具合の疑問も湧くかと思われます。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百三十:私の疑問(日本政治編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/03/post-4cf6.html
(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/3/16記事より引用)
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●<森友文書>改ざん「疑い」 首相、6日に把握 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180315-00000116-mai-pol
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(引用終わり)

『三千二百三十一:私の疑問(日本政治編)_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/03/_no2-7475.html
(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/3/17記事より引用)
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●佐川氏改ざん把握か 財務省内調査 太田理財局長が答弁
https://www.asahi.com/articles/ASL3J4J27L3JUTFK00Q.html?iref=comtop_8_02
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(引用終わり)

『三千二百三十四:私の疑問(日本政治編)_No.3』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/03/_no3-a131.html
(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/3/25記事より引用)
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●<森友改ざん>財務省、近畿財務局に指示メール「国会対策」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180325-00000003-mai-pol
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(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/3/21記事より引用)
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●<広島県>公文書改ざん 開示請求者を中傷部分削除
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180321-00000005-mai-soci
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年3月29日 (木)

三千二百三十五: 私の思い出した、あるドラマ・シーン

こんばんわ。

最近の世の中を見ていて、私の脳裏に、以前、しばしば見かけたようなドラマを思い出します。
「ドラマ」と書いても、最近では媒体も多くなりましたので、テレビのドラマとか映画とか漫画とかアニメとか小説等でも私は、以下のようなドラマを、しばしば見かけた記憶があります。

(以下、私がしばしば見かけた記憶のあるドラマなどの1シーン)
-----------
(御用となった厄介人の部屋に、2人の刑事が入室する)

▼上司(刑事):
「(厄介人に対して)出ろ。釈放だ」

●部下(刑事):
「ちょっと? どうしてですか? 私は、全く釈放の理由なんて聞かされていませんよ?」

▼上司:
「上からの命令だ」

●部下:
「『上からの命令』って、、、じゃあ、その『上からの命令』の内容は何なんですか?」

▼上司:
「俺も詳しいことは知らん。ただ『上からの命令』。それだけだ」

●部下:
「そんな、、、これだと、釈放内容も無いに等しいじゃないですか。これじゃあ、世間も納得しませんよ。世間の納得のいく説明をしてください」

▼上司:
「これ以上、突っ込むと、君も火傷を負うぞ。この一件は綺麗さっぱり忘れるんだ」
-----------
(記憶追想終わり)

この私が何度か見かけた記憶のある、何パターンかのドラマでは、この後のストーリーでの、『』とか『火傷』の意味が違ってきます。

しかし、読者の方々も、だいたい、上のパターンのドラマ・シーンを幾つか見たことがあるのではないでしょうか。

最近の世相(せそう)を見ていて、私が過去、何度か見かけたことのある何パターンかのドラマ・シーンを、なんとなく思い出していました。


(以下、上記記事を書きながら思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千四百四十二:『人造人間・HAKIDER』を見て』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/03/hakider-b6b0.html

(以下、映画『人造人間・HAKIDER』からの1シーンとセリフの引用)
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_3

▼ロボット兵士:
「た、助けてくれ! 俺は、ただ、上からの命令で、、、」
--------------------------
(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年3月25日 (日)

三千二百三十四: 私の疑問(日本政治編)_No.3

こんばんわ。

三千二百三十一:私の疑問(日本政治編)_No.2』の続きです。

そして、私が見かけた報道を引用します。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/3/25記事より引用)
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●<森友改ざん>財務省、近畿財務局に指示メール「国会対策」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180325-00000003-mai-pol

3/25(日) 7:30配信   毎日新聞

学校法人「森友学園」(大阪市)への国有地売却に関する決裁文書改ざん問題で、財務省が同省近畿財務局に改ざんを指示するメールを送っていたことが分かった。
大阪地検特捜部はメールを入手し内容を精査している。
複数の同省職員は、特捜部の任意の事情聴取に指示を認め、「国会対策のため」などと話しているという。
特捜部は、改ざん当時に同省理財局長だった佐川宣寿前国税庁長官についても27日の衆参両院での証人喚問以降に聴取時期を検討。
刑事責任の追及が可能か慎重に判断するとみられる。

【首相、麻生氏、佐川氏】国有地売却を巡る各氏の発言

捜査関係者によると、特捜部は昨年4月、近畿財務局職員らが国有地を不当に安く売却したとする背任容疑での告発を受理。
財務局は当初、改ざん後の決裁文書を特捜部に提出していた。
しかし、職員が任意で提出したパソコンなどを分析する中で、昨夏ごろにメールの存在を把握。
削除されたデータを復元するデジタルフォレンジック(電子鑑識)などの手法で、改ざん前の文書も入手した。

本省や財務局の職員は事情聴取に、昨年2~4月に本省の指示で書き換え、佐川氏の答弁と整合性を取るためだったと説明。
特捜部は、今月7日に自殺した財務局職員からも以前に事情を聴いていたとみられる。

財務省は今月12日、学園への国有地貸し付けや売却に関する決裁文書14件を本省の指示で書き換えたと発表。
改ざんは約300カ所に及び、学園が陳情していた複数の政治家や安倍晋三首相の妻昭恵氏に関する記述も削除されていた。

国有地が約8億円値引きされ、1億3400万円と格安での売却が発覚した昨年2月以降、佐川氏は「価格を提示したことも、先方からいくらで買いたいと希望があったこともない」と価格交渉を否定。
交渉記録についても「廃棄した」と答弁していた。

しかし、改ざん前の文書には「価格等について協議した」と明記され、財務局が本省の指示で交渉した詳しい経緯が書かれ、答弁と矛盾する内容だった。

特捜部は背任容疑の他、公用文書毀棄(きき)などの容疑でも告発を受理。
立件の可否を慎重に判断する。
【岡村崇、宮嶋梓帆】
------------------------------------------
(引用終わり)

ここからは私の疑問です。

上の報道に「財務省が同省近畿財務局に改ざんを指示するメールを送っていたことが分かった」とあります。
次に、「職員が任意で提出したパソコンなどを分析する中で、昨夏ごろにメールの存在を把握」とあります。
その次の文に、「削除されたデータを復元するデジタルフォレンジック(電子鑑識)などの手法で、改ざん前の文書も入手した」とあります。

この報道記事を見る限り、検察の方が、昨夏ごろに公文書改竄(かいざん)の件を把握していたということになります。
去年の夏を8月と考えても、この原稿を書いている今は、年明けをして、3月ですから、約6ヵ月経過していることになります。

その間、何も、世間には、改竄の疑いが発表されなかったことになります。
そしてまた、3番目の引用文「削除されたデータを復元するデジタルフォレンジック(電子鑑識)などの手法で、改ざん前の文書も入手した」とありますが、この「改ざん前の文書も入手した」というのは、去年の夏なのでしょうか、、、
それとも、世間で改竄が公になった、今年の3月時点のことを言っているのでしょうか、、、

読者の方々も、「これでいいのだろうか」と疑問を感じるのではないでしょうか。

ちなみに、改竄に関係した記事を見かけましたので、以下に紹介させて下さい。

(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/3/21記事より引用)
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●<広島県>公文書改ざん 開示請求者を中傷部分削除
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180321-00000005-mai-soci

3/21(水) 8:00配信   毎日新聞

広島県は20日、行政処分への不服審査を巡る行政文書の開示請求を県内の男性から受けた際、農林水産局の職員が文書を改ざんした上で男性側に開示していたと発表した。
元の文書には職員らの打ち合わせで男性の性格を評した表現などが含まれ、幹部職員の課長を含む職員らが「適切ではない」と削除していたという。

県によると、男性は県への許可申請が一部拒否されたことを不服とし、2011年1月に国に不服審査を請求したが、国は12年1月に却下した。

審査請求を巡り、県の担当職員2人が同月に東京の農林水産省を訪れて協議し、打ち合わせ内容の報告書(復命書)を作成。
報告書には、男性の性格を中傷するような表現、審査の結果を伝える段取りなども記載されていた。

その後、県と国の協議を知った男性が報告書の開示を請求する意向を示したため、職員が報告書の本文から中傷部分などを削除し、別添の「メモ」に移すなど改ざん。
課長が決裁印を押して新たな報告書を仕立て直し、県は同年2月、開示請求に対して「メモ」を除く文書を開示した。

今年1月、改ざんを指摘する匿名の文書が県に郵送されるなどして問題が発覚。
県の調査に課長と部下の職員2人が改ざんの事実を認め、県は3月に男性に謝罪した。

記者会見した県農林水産局の上仲孝昌局長は「内容を一部書き換えたが、虚偽ではない」と釈明した上で「公文書は国民や県民の信頼の下にあるべきなのに、認識が甘かった。不適切な対応だった」と陳謝した。
【竹内麻子】
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(引用終わり)

ここから先は、上記記事を書きながら、個人的に思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献です。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百三十:私の疑問(日本政治編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/03/post-4cf6.html

『三千二百三十一:私の疑問(日本政治編)_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/03/_no2-7475.html

『二千四百三十八:News_No.561』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/03/news_no561-cec5.html
(以下、『転載元:週プレNEWS より』、2014年12月15日(月)6時0分配信記事より引用)
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「日本はなぜ基地と原発を止められないのか」で話題の矢部宏治が鳩山友紀夫と“日本の真の支配者”を語った!【前編】
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20141215-00040591-playboyz-pol

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3595611

▲[矢部宏治氏]日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは?|転載元:シャンティフーラさんより
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=78792

鳩山友紀夫元首相(右)と矢部宏治氏が、
日本が「真の独立国」として新しい戦後を歩むための方法を議論

(、、、中略、、、)

なかでも一番の問題は、日米合同委員会のメンバーである法務官僚が、法務省のトップである事務次官に占める割合は過去17人中12人、そのうち9人が検事総長にまで上り詰めている。
つまり、米軍と日本の高級官僚をメンバーとするこの共同体が、検察権力を事実上握っているということなんです。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

『三百五十七:News_No.328』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/news_no328-93bf.html
(以下、「毎日新聞」、2013/9/24記事より引用)
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●福岡高検:取り調べ中にナイフの検事 不起訴処分に
http://mainichi.jp/select/news/20130925k0000m040042000c.html

◇佐賀地検が訓告処分

福岡高検は24日、取り調べ中の容疑者の男にカッターナイフの刃を向けたとして特別公務員暴行陵虐容疑で告発された佐賀地検の男性検事について、「容疑なし」で不起訴処分にしたと発表した。
一方、ナイフを示す必要はなかったとして佐賀地検は同日付で訓告処分とした。

高検によると、検事は2月19日午後5時ごろ、佐賀地検の検察官室で、机上のペン立てに入れてあったカッターナイフの刃を数センチ出し、1メートル以上離れた男=わいせつ略取罪などで起訴=に約5秒間向けた。
刃物で被害者を脅した疑いがあったため、被害者の状況を理解させるためにナイフを向けたとしており、「客観的に見て肉体的・精神的な苦痛を与えたとはいえず、暴行には当たらない」と判断したという。

一方、福岡高検の白浜清貴次席検事は「(男を)脅しているとの疑念を抱かれかねない」などと処分理由を説明し、「配慮に欠けた軽率な行為で誠に遺憾。検事たちに適切な取り調べのあり方を周知徹底させ、再発防止に取り組んでいく」と述べた。
【福永方人】
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(引用終わり)

『二千六百九十七:News_No.589』
●新証言採用で異例の再審決定 元市議「検事が筋書き」
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/news_no589-ca18.html
http://www.asahi.com/articles/ASHB83D9QHB8PTIL004.html?iref=comtop_list_nat_n03

(上記記事より抜粋引用)
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検察の独自捜査が再び厳しく問われた。
神戸地検が立件した資産隠し事件で有罪が確定した上脇義生(うえわきよしお)・元神戸市議(66)の再審開始を決めた大阪高裁は、当時の捜査に強い疑念を示した。
取り調べで自白を迫られたとする元市議。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

『二千六百六十六:ある本からの引用』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/09/post-2005.html
●『二人だけが知っている超アンダーグラウンドのしくみ』 ベンジャミン・フルフォード&飛鳥昭雄

(上記本より)
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●フルフォード:
(前略)、、、検察のバックはどこかと調べたら、結局、ロックフェラー一族なんですよ。

◆飛鳥:アメリカだ。

●フルフォード:
アメリカの中のロックフェラーとか、あっちのグループの手先なんですよ。

◆飛鳥:
だって、今の検察機構を作ったのはGHQだもの。僕も調べたけど、あれは基本的に今の霞が関の官僚体制を守るための組織だ。要は、国策に対して不平を言ったりすると捕まえる。国策というのはアメリカの国策なんだけどね。今の検察って、ほとんど無敵状態だよね。彼らを取りしまる法律はない。
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(引用終わり)

『八百九十一:日本の裁判関係の文献を読んで_No.3』
●検事、証人に「想定問答集」 鈴木宗男氏の汚職事件公判
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/02/_no3-57b0.html
http://www.asahi.com/articles/ASG277J3JG27PTIL02D.html?iref=comtop_6_04

(上記記事より抜粋して引用)
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「内閣官房副長官などを歴任した鈴木宗男・元衆議院議員(66)=新党大地代表=の汚職事件の公判で、東京地検の検事が証言を前にした複数の贈賄側業者に多数の問答をあらかじめ記した「尋問メモ」を渡していたことがわかった。」
「これまでにも検事が想定問答集を用意していたとの証言はあるが、現物が確認されたケースは異例だ。」
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(引用終わり)

『八百九十七:News_No.466』
●検事「こう質問するから」 尋問メモ、贈賄側業者が語る
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/02/news_no466-eed0.html
http://www.asahi.com/articles/ASG277SBXG27PTIL02F.html


                                       坂本 誠

2018年3月23日 (金)

三千二百三十三: 「111」のナンバー・プレートを5回見て

こんばんわ。

今日、ちょっと珍しいことがあったので、日記に記しておきたいと思います。

私が雑用をするために、通行していたら、5台の車のナンバー・プレートに注目しました。
それらは、全部違う車でしたが、全て「111」のナンバー・プレートを搭載していたのでした。

もちろん、すれ違う自動車は幾つもあったのですが、さすがに、1日の内の、1回の外出で、「111」のナンバー・プレートを5回も見かけるのは初めてでした。

6回目を期待したのですが、さすがに6回目は無理でした。

何か良いことが起こる前触れだったら良いですよね。

こんな日は、スロットに行ったら、大当たりする日なのかもしれませんが、あいにく、私はスロットをする趣味が無いのです。

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私は、この手のことには、何かのシンクロを感じます。

というのも、読者の方でご記憶の方もおられるかもしれませんが、2016年1月1日に、以下の出来事があったので、その日のブログに日記として掲載しました。

『二千八百:一月一日の日に』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-b0f7.html

過去記事の方のURLに参照されたら詳しく読めるのですが、あらましを書きます。

2016年1月1日の元旦に、大型商業施設に出かけて、そこのハンバーガー屋さんでポテトを買いました。
そして、何気なく、そのレシートに目をやると、買った日付と時刻が、2016年1月1日午前11時11分だったのです。

ですので、私は記念写真を撮りました。

P1010151

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こういうのに私は縁があるのかも知れませんね。

なんか、ワクワクしてきますが、「面白いことがあれば良いな」と願っています。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千八百:一月一日の日に』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-b0f7.html

P1010150

 

                                       坂本 誠

2018年3月22日 (木)

三千二百三十二: 人の欲望やそれらに関していることを考えて

こんばんわ。

この段落の記事は、ちょっと長いものとなりました。

以前の私の記事『三千百三十九:現代社会と砂糖を考えて』で、御紹介したように、私自身はベジタリアンで、砂糖も食しません。

しかし、この事実を、私の周囲の人も受けづらいようです。
というのも、私の周囲の人が、私を見て、

  「坂本さんは、非常な禁欲を実行しているのだ」

と感じるようです。

しかし、私自身は、全く苦痛は感じていないので、「禁欲」という表現には至らないのです。
このことを、詳しく説明したいと思います。

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確かに、私自身も、ベジタリアンになる前や、砂糖を食していた時には、「肉を食べたいな」とか「砂糖菓子を取りたいな」と感じたことはあります。

しかし、それらを止めてしまった後では、肉食や砂糖食品に対する欲望が、自分の内に全く無いので、その欲望に苦しめられることは無いのです。

仮に、ベジタリアンになったり、砂糖を取るのを止めた後でも、「肉を食べたいな」とか「砂糖菓子を取りたいな」と感じていれば、その欲望が、その人の内側に存在するので、その欲望に身体や心が苦しめられる筈です。

ですが、私以外にも、ベジタリアンになったり、砂糖を取るのを止めた人で、その人の内側に、その手の食べ物に対する欲望が消失していれば、その欲に苦しめられる筈がありません。
なぜならば、その欲自体が無いので、「欲に苦しめられる」という状態ですら、発生しないからです。

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この点でわかりやすい例は、タバコでしょう。

タバコの喫煙者は、体内からニコチンが排出されてくると、ニコチン中毒によって、タバコを欲することが知られています。
ですから、禁煙を試みようとするタバコの喫煙者の方は、同じ禁煙を試みる他の人を見て、

  「彼(あるいは彼女)も、タバコを止めようとしているから、同じ苦しみを味わっているだろう」

と想像できます。

しかし、全然、タバコを吸わない人は、当然、ニコチン中毒による禁断症状が無いので、その人は、全くタバコを吸わなくても、禁煙を試みようとする人のように「タバコを吸いたい」という願望に苦しめられないのに気が付きます。

また、タバコを吸わない人は、当然、「タバコを吸いたい」という欲がその人の体内には存在し無いので、「タバコを吸いたい」という欲に苦しめられることは無いことがわかります。
欲そのものが無いので。

ところが「タバコを吸いたい」という人は、自身の内に、その欲があるので、禁断症状も交えつつ、その欲自身に苦しめられることがわかります。

(また、逆の視点から見ると、タバコを吸わない人というのは、ニコチン中毒による禁断症状とかタバコの味を知らないので、禁煙を試みようとする人の苦痛を見て、「あなたが、どのようなことで苦しんでいるのか、私にはよく理解できません」となるでしょう。せいぜい、今まで見聞したことのあるニコチン中毒による禁断症状の苦しさとか、タバコの味を、頭の中で想像するのみで、本当の、禁煙の苦しみとかを、タバコを吸わない人が味わうことは出来ないでしょう。)

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このタバコの例と同じように、本当に、ベジタリアンの人とか、砂糖を止めた人となれば、その人の内には、その欲望自身が存在しないので、その欲に苦しめられることは無いのです。

ですから、冒頭に書いた

  「坂本さんは、非常につらい禁欲を実行しているのだ」

ということはありません。

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ですから、健康のために、何らかの食品を止めようと試みる人がいるとするならば、自身の体内に存在する欲そのものがしぼむ、あるいは、消失した時点で、初めて、「自身の健康を害するものから解放された」と言えるかと思います。

なので、何らかの禁欲を試みようとしている人がいても、その人の内に、いまだ、その禁欲の対象物に対する愛好心が残存していれば、それはまだ止めたことにはならないでしょう。

例えば、糖尿病の人でも、「砂糖を断ちたい」とか願っていたり、「肉食を止めたい」と願ったりする時もあるでしょう。
ところが、それらを止めようとしている期間の間に、「砂糖を取りたい」とか「肉を食べたい」という願いが存在していれば、それはまだ欲が残っている証拠ですから、その状態だと「禁欲」という苦痛の状態であることがわかります。

しかし、その人の内に、砂糖や肉に対する欲そのものが消失あるいは、しぼんでいれば、それらの食料物資に対する欲そのものが消失していますので、この状態だと「欲を禁じている」という状態では無いことがわかります。

欲そのものも無いので、禁じられた行為の中に残存している、愛好心も無いわけです。
禁じられた行為の中に残存している愛好心も無いので、その愛好心から発生する苦痛も無いわけです。

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ですから、何らかの食品とか嗜好品に対する欲が自身の内に残存している状態で、無理に、それらを止めようとすると、「禁欲」という苦痛が発生するので、あまりにも無理矢理に、それらの食品や何らかの嗜好品を断たない方が良いでしょう。

ただ、必要に応じて、何らかの食品とか嗜好品を断つ必要のある人ならば、

  「どうやったら、これらの食品や嗜好品に対する欲が、しぼませられるだろうか?」

という、欲をしぼませるための方法を、常日頃から考えて、それを実行した方が良いとわかります。

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また、私は、以下の記事を引用、御紹介したことがあります。

『九百七十六:私の見かけた情報_No.19』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/03/_no19-db8f.html
(以下、『InDeep』様、2014/3/17記事より文章と写真を引用)
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●宇宙の粒子や空気を食べて生きていると主張するウクライナの「ブリザリアン(不食)」モデルの話から「松果体とエネルギー」にまで考えが飛躍してしまいました
http://oka-jp.seesaa.net/article/391713988.html

Valerialukyanovatop1

Afpinedia1

Irom011

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(引用終わり)

要するに、食べる必要の無い人達の出現です。

この人達も、彼等の周囲の人から見れば、「大変な禁欲を実行している」と見られるかもしれません。

しかし、私がこの段落で今まで書いているように、本人の内にある欲が消失していれば、これは禁欲とは言わないので、私達から見て、おせっかいにも、「彼等は大変に苦しんでいるに違いない」という焦り混じりの予想をしなくても良いと言えるでしょう。

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ただ、私が感じるのは、「現代文明は病んだ文明だ」というものでしょうか。

砂糖を使った食品にしても、日本では江戸時代以前には、ほとんど、食卓の上に乗ることは無かったそうです。
西洋文明にしても、砂糖を使った食品が食卓の上に乗り始めたのは、アメリカ大陸が発見されて以降だそうです。

つまり、読者の方々も予想出来るように、過去には、ほとんどの人々が、砂糖を使った食品を見たことも無かったことでしょう。

そのような時代でも、現代の研究の結果から、虫歯を持った人達がいたことが報告されています。
これなども、わかることですが、例えば、ミカン等のグレープ・フルーツと呼ばれている果物には、酸性が強く、糖分の含まれた果物があります。
ミカンは酸性が強く、これだけでも、歯を溶かしますが、加えて、それらの果物には糖分が多目に含まれていますから、それらを食べ過ぎれば、虫歯にはなりやすかったでしょう。

しかし、古代の文献を見ても、古文を読んでもわかるように、それほど「大量の人間が、数多くの虫歯に悩まされている」という事実が無いことがわかります。
つまり、砂糖の無い、中世までの地球文明には、例外的にしか、虫歯に悩まされていなかったことがわかります。

現代に見られる「砂糖文明」とも呼べるような生活環境が、多くの私達に虫歯の苦痛を与え、あるいは、糖尿病に苦しめていることがわかります。

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ですから、現代でも、砂糖を止めたりする人が出てくれば、充分に、人の虫歯を減らせることがわかります。

ただ、私達の周囲では、砂糖が大流行しています。
その結果、「砂糖を止める人は、おかしな人だ」とか、あるいは、「貧乏だから、砂糖を取れないのだろう」のような、嘲笑や、けなしが与えられることが充分に予想出来ます。

その結果、「砂糖を止めたい」と決心した人が、周囲の人々の否定的な意見や誘いによって、仕方なく、砂糖食への道を後返りしてしまう人も多いと思います。

しかし、砂糖を取って、虫歯になっても、「虫歯になれば、それこそ、歯医者に行けば良いではないか」と言われたりして、あなたは何重にも損をさせられることがわかります。

上に書いたように、中世までの地球には、砂糖を食する人は、ほとんどいなかったのに。

現代文明が一つの欲とも言える「砂糖」を提供し、多くの人々が、その欲を満たそうとし、その欲自身に苦しめられ、虫歯や糖尿病に苦しめられている、と言えるでしょう。

だから、中世までの地球というのは、神意の一つのはからいによって、「人間の健康は守られていた」と言えるかもしれません。

ところが、その健康を破ったのは、他ならぬ、「人間の生み出した現代文明だった」と言えるかもしれません。

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そして、現代では、その砂糖を使ったお菓子とか食品を製造する人が多くいるので、例えば、「砂糖を止めた方が良いでしょう」と勧める人がいても、砂糖を使った食品を製造する人の側の「私達の利益が減ると、私達の生活が苦しくなるではないですか」という反論も出てくるでしょう。

つまり、ここに、「利益」という、金銭上の儲けの件が、この段落の話題に絡んで来ることがわかります。

ですから、この段落の話題の核心は、お金の問題に通じて来るわけです。

この、お金の問題については、私のブログの方では、『ビジネス・投資』のカテゴリーに多く掲載していますので、どうか、そちらを参照して下さい。

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簡単なお金の問題を書くだけに留めておきます。

お札の増刷(金融緩和)が行われてしばらくすると、今度は、様々な分野において増税が行われます。
この「お札の増刷 ---> 増税 ---> お札の増刷 ---> 増税 ---> 、、、」を延々と繰り返すと、私達の社会のトップにいると言われる人々が、多くの人々に対して、永遠の奴隷労働を課せることが出来ます。

なぜならば、多くの人々が彼等によって、永遠にお金を追い続ける構図が与えられているからです。

以前にも書きましたが、カバールやイルミナティ達がいて、それらが、競馬で言うところの馬券を買う人達です。
そして、競馬での競走馬(サラブレッド)の上にまたがる騎手達がイルミナティの亜型の人々であるイルミノイドです。
そして、競走馬(サラブレッド)は、巨大ピラミッド社会の大部分を構成している多くの人々(私達)のことです。

そして、騎手であるイルミノイドが、私達であるところの競走馬の目の前で、ニンジン(お金)をちらつかせます。

騎手が、競走馬の鼻先から、ニンジンを遠ざければ、競走馬はニンジンを追いかけるので、競走馬は速く走ります。
この状態が、上の「増税」の状態です。
そして、騎手が、競走馬の鼻先から、ニンジンを近づければ、競走馬の目の前のニンジンは近づくので、競走馬は遅くなります。
この状態が、上の「お札の増刷」の状態です。

結局、お金という道具を使って、多くの私達は、カバールやイルミナティやイルミノイドから、奴隷としてコントロールされるわけです。

ちなみに、上の競走馬の喩え話からわかるように、そのようなニンジンの扱い方を私達にさせていたら、多くの人々は、お金に対する欲も出てくるわけです。

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ですから、このような話題をする事自体が、私達の内にある、お金に対する欲をしぼませる方法の一つになるかと思います。

お金に対する欲をしぼませれば、その行為自体が、さらに、カバールやイルミナティやイルミノイドの手から逃れさせていることにもなるでしょう。

ですから、この段階で、この段落の冒頭に書いた「欲をしぼませる」という話題に結び付けられると思います。

この段落は、ちょっと長いものとなりましたが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


                                       坂本 誠

2018年3月17日 (土)

三千二百三十一: 私の疑問(日本政治編)_No.2

こんばんわ。

三千二百三十:私の疑問(日本政治編)』の続きです。

前段で、私は、最近の日本政治に関する疑問を書きました。
そのあらましは以下のものです。

この『森友学園』問題とも言うべき、一連の問題は、かなり以前から報道されているところです。ですから、会議場で、様々な文書を使って、数々の議論がされていました。ですから、当事者同士である、学園長とか、首相ならば、文書改竄があるならば、とうの昔に把握していたのが自然ではないでしょうか」が、その疑問でした。

そして、今日、私が見かけた報道を引用します。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/3/17記事より引用)
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●佐川氏改ざん把握か 財務省内調査 太田理財局長が答弁
https://www.asahi.com/articles/ASL3J4J27L3JUTFK00Q.html?iref=comtop_8_02

財務省が森友学園との国有地取引に関する決裁文書を改ざんした問題で、同省が省内調査の結果、佐川宣寿(のぶひさ)・前国税庁長官が改ざんを把握していたとみていることが16日、明らかになった。
野党は同日の参院予算委員会の理事会で、19日の委員会で佐川氏に対する証人喚問を決めるよう要求。
与野党で調整が本格化することになった。

佐川氏は2016年6月に財務省理財局長に就任。
同省は、改ざんが行われたのは佐川氏が局長だった17年2月下旬から4月としている。

財務省の太田充理財局長は16日の予算委で、改ざんの目的について「それまでの国会答弁が誤解を受けないようにするため」とし、「答弁は主として佐川氏であることから、佐川氏の関与が大きかったのではないか」と説明した。
そのうえで、「我々が(職員に)聴取した限りで、佐川氏は知っていたと認識している」と述べた。
改ざんに関わったのは「理財局の一部」とし、具体的に誰が行ったかについては「調査中」と答えるにとどめた。

一方、麻生太郎財務相は予算委で、自身の進退について原因究明や再発防止を進める必要があると強調し、「辞めるつもりはない」と明言。
改ざんについて「歴史の改ざんかと言われたら、それほどの認識はない」とも語った。

16日の参院本会議では、安倍晋三首相が昨年2月に「私や妻が関係していたということになれば首相も国会議員も辞める」と発言したことが改ざんに影響を与えたかについての質問も出た。
麻生氏は答弁で、「影響を与えたとは考えていない」と否定した。

参院予算委は19日に首相や麻生氏が出席して集中審議を行う。
野党は佐川氏の関与や首相の責任などを追及し、証人喚問の議決に持ち込みたい考えだ。
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(引用終わり)

上記の報道を信じると、文書の改竄が行われたのは、2017年2月下旬から4月頃とあります。

それ以来、ずっと、あの巨大な会議場で、多くの人々の見るさなか、当事者同士が、あの改竄文書を片手にしながら、当時に起こった出来事の検証とか、1年以上も議論等をしていたのでしょう。

改竄内容としては、削除した件が多かったので、当事者同士が、あの改竄文書を片手にしながら、議論をしつつも、

  「おや。あの重要な一件が、この文書に記載されていないぞ?」

と気付いた当事者の方々も、いたのではないでしょうか。

また、第三者である私達としては、そのように感じるのが自然ではないでしょうか。

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ですから、文書の改竄に気付いたのが、前段に引用した報道で言われているように、「2018年の3月初旬に改竄に気が付いた」というに至っては、にわかに信じ難い内容ではないでしょうか。

どうしても、ちょっと、おかしいように感じますし、この記事の読者の方々も、同様の疑問を感じるのではないでしょうか。

私の感じた疑問を書かせて頂きました。

(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百三十:私の疑問(日本政治編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/03/post-4cf6.html
(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/3/16記事より引用)
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●<森友文書>改ざん「疑い」 首相、6日に把握 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180315-00000116-mai-pol

3/15(木) 22:59配信 毎日新聞

菅義偉官房長官は15日の記者会見で、学校法人「森友学園」を巡る財務省の決裁文書について、改ざんの可能性があると国土交通省が5日に杉田和博官房副長官へ報告していたことを明らかにした。
安倍晋三首相と菅氏は6日に杉田氏から報告を受けたが、首相官邸は公表していなかった。

【表でわかりやすく】佐川氏の国会招致で想定される論点

国交省は改ざん問題が2日に報道された後、財務省から過去に受け取った文書と国会へ開示された文書の相違に気づき、「国交省に保存されている文書の一部が書き換え前のものである可能性がある」と首相官邸に報告したという。

菅氏は、財務省が検察から改ざん前の文書の提供を受けたのは10日だったとして「(5日の時点では)最終的に確認できなかった」と説明。
官邸の対応に「問題はなかった」と述べた。

首相は14日の参院予算委員会で報告を受けたのは11日だったと答弁していた。
しかし、5日の時点で官邸が改ざんの可能性を把握していたことになり、野党が「隠蔽(いんぺい)工作だ」などと追及するのは必至だ。

一方、佐川宣寿前国税庁長官の国会招致を調整している与野党は、森友問題などを審議する参院予算委員会の集中審議を19日に開催することで合意。
立憲民主党などの野党は16日から審議に復帰し、国会が10日ぶりに正常化する見通しだ。
16日の衆参両院の本会議では、日銀正副総裁の同意人事案が与党の賛成多数で承認される見込み。
【高橋克哉】
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年3月16日 (金)

三千二百三十: 私の疑問(日本政治編)

こんばんわ。

最近の報道を読んでいて、私の方に、ちょっとした疑問が湧きました。

その疑問を書きたいのですが、まずは私の目にした報道を紹介しないといけないでしょう。
ですので、私の見かけた報道をご紹介させて下さい。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/3/16記事より引用)
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●<森友文書>改ざん「疑い」 首相、6日に把握 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180315-00000116-mai-pol

3/15(木) 22:59配信 毎日新聞

菅義偉官房長官は15日の記者会見で、学校法人「森友学園」を巡る財務省の決裁文書について、改ざんの可能性があると国土交通省が5日に杉田和博官房副長官へ報告していたことを明らかにした。
安倍晋三首相と菅氏は6日に杉田氏から報告を受けたが、首相官邸は公表していなかった。

【表でわかりやすく】佐川氏の国会招致で想定される論点

国交省は改ざん問題が2日に報道された後、財務省から過去に受け取った文書と国会へ開示された文書の相違に気づき、「国交省に保存されている文書の一部が書き換え前のものである可能性がある」と首相官邸に報告したという。

菅氏は、財務省が検察から改ざん前の文書の提供を受けたのは10日だったとして「(5日の時点では)最終的に確認できなかった」と説明。
官邸の対応に「問題はなかった」と述べた。

首相は14日の参院予算委員会で報告を受けたのは11日だったと答弁していた。
しかし、5日の時点で官邸が改ざんの可能性を把握していたことになり、野党が「隠蔽(いんぺい)工作だ」などと追及するのは必至だ。

一方、佐川宣寿前国税庁長官の国会招致を調整している与野党は、森友問題などを審議する参院予算委員会の集中審議を19日に開催することで合意。
立憲民主党などの野党は16日から審議に復帰し、国会が10日ぶりに正常化する見通しだ。
16日の衆参両院の本会議では、日銀正副総裁の同意人事案が与党の賛成多数で承認される見込み。
【高橋克哉】
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(引用終わり)

この原稿を書いているのは、2018年3月の半ばなのですが、上記の関連報道を、多くの人々も目にしていると思います。

私の疑問を書きます。
役所の文書が改竄(かいざん)され、首相や大臣がそれを把握したのが、今月の6日、あるいは、10日、11日だったと報道されています。

しかし、この「森友学園」問題とも言うべき、一連の問題は、かなり以前から報道されているところです。
ですから、会議場で、様々な文書を使って、数々の議論がされていました。

ですから、当事者同士である、学園長とか、首相ならば、文書改竄があるならば、とうの昔に把握していたのが自然ではないでしょうか。

当事者同士が会議場で話し合っていて、改竄(かいざん)された文書を使って、議論をしていたのならば、議論をしている途中で、

 
  「これは事実と違った内容がこの文書(改竄文書)に記載されているぞ」

と、気が付くことでしょう。

そして、かなり以前から、この「森友学園」問題の話題が、日本国中に報道されているので、ずっと以前に、例えば、2、3か月前とかに、当事者同士が「文書に改竄がある」と気が付くのが自然ではないでしょうか。

ですから、上記に引用した報道中の「今月の6日、あるいは、10日、11日に把握した」というのは不自然ではないでしょうか。

最近の報道を読んでいて、私の感じた疑問を書いてみました。


(以下、上記の疑問を書いている間に思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千百二:News_No.504』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/news_no504-51a5.html
(以下、『朝日新聞デジタル』、2014/7/15記事より引用)
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●沖縄密約文書、「開示せず」確定 最高裁判決
http://www.asahi.com/articles/ASG7G5HRNG7GUTIL03K.html

1972年の沖縄返還で日米両政府が交わした「密約」文書の開示を元新聞記者らが求めた情報公開訴訟で、最高裁第二小法廷(千葉勝美裁判長)は14日、原告側の上告を退ける判決を出した。

(、、、中略、、、)

菅義偉官房長官は14日の記者会見で、破棄された可能性のある文書の再調査について、「考えていない」と否定した。
今後の文書管理のあり方については、「公文書管理法を踏まえ、国民が重要な歴史事実を検証できるよう、適切な行政文書ファイルの保存管理を詰めていきたい」と述べた。
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(引用終わり)

『三千百六十:News_No.619』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/08/news_no619-1b69.html
(以下、『朝日新聞デジタル』、2017/8/8記事より引用)
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●自著での主張も記憶にない? 菅官房長官「知りません」
http://www.asahi.com/articles/ASK884VHNK88UTFK00K.html?iref=comtop_8_03

過去には公文書の重要性を訴えていたのに、そのことすら記憶にない――。
「記録にない」「記憶にない」という政府答弁が相次いでいる学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設問題をめぐり、菅義偉官房長官が8日の記者会見で、公文書の公開のありように関する自著での主張を失念してしまっていることが浮き彫りになる一幕があった。

菅氏は野党時代の2012年に出版した『政治家の覚悟』(文芸春秋)で、「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為」と記していた。

加計問題で国家戦略特区ワーキンググループの議事録の公開に応じる姿勢を示さない菅氏に対し、朝日新聞記者がこの部分を読み上げ、「これを本に記していた政治家は誰かわかるか」と尋ねたところ、「知りません」と答えた。

記者が「官房長官だ」と指摘し、「政府の現状と照らし合わせて、じくじたる思いやきちんと記録に残すべきだという気持ちにはならないか」と尋ねると、菅氏は「いや、私は残していると思いますよ」と主張した。
(南彰)
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(引用終わり)

『三千百六十五:News_No.620』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/08/news_no620-ef9d.html
(以下、『朝日新聞デジタル』、2017/8/10記事より引用)
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●菅長官、記者会見「質問に答える場ではない」 説明拒む
http://www.asahi.com/articles/ASK8B52P8K8BUTFK00N.html?iref=comtop_8_03

学校法人「加計学園」の獣医学部新設をめぐり、菅義偉官房長官が首相官邸での記者会見で、「ここは質問に答える場所ではない」などと言って、説明を拒む場面が続いている。

発端は、愛媛県と同県今治市の担当者が2015年4月、首相官邸を訪れた際、同行した学園幹部も安倍晋三首相の秘書官と面会していたとの報道に関する今月8日の記者の質問。
「しっかり国民に説明する準備はないのか」と問われ、「国会で述べた通りだ」と繰り返したうえで、ここは質問に答える場所ではない。政府見解を、事実に関連して質問していただきたい」と記者の質問内容に注文を付けた。

10日の記者会見では、この発言の真意を尋ねられたが、菅氏は「(記者会見は)全てのことについて答える場ではない」と主張。
記者に「質問に答える場ではないと言ったら、会見自体が崩壊するのではないか」と問われると、「全く違う」と反論。
この日も加計側と首相秘書官の面会については明らかにしなかった。
(南彰)
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(引用終わり)

『四百七十六:秘密保護法案について_No.2』
(『しんぶん赤旗』2013/10/27記事より写真と文章を引用)
●(写真)核持ち込み密約「討論記録」(左)と朝鮮半島への自由出撃密約文書
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/_no2-fe7a.html
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-10-27/2013102701_01_1.html

2013102701_01_11

『八百六十五:News_No.457』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/02/news_no457-0eb8.html
(以下、『朝日新聞デジタル』、2014/2/1記事より引用)
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●首相、核密約「否定は誤り」 政府見解示す意向
http://www.asahi.com/articles/ASG107VVBG10UTFK01B.html?iref=comtop_list_pol_n04

安倍晋三首相は31日の衆院予算委員会で、日米の核持ち込み密約について「ずっと国民に示さずにきたのは、私は間違いだったと思う」と答弁し、存在を否定してきたのは誤りだったとの認識を示した。
首相は「この問題について政府としてどう考えているか示したい」とも述べ、政府見解を発表する方針も示した。

民主党の岡田克也元外相が「歴代首相が『国民にうそをついた』と言われても仕方のないことを答弁した。重大だ」と追及したのに答えた。

核持ち込み密約は、核兵器を積んだ米軍の艦船の日本への寄港・通過を事前協議の対象外とする内容。
民主党政権時の有識者委員会が2010年、日米間に暗黙の合意という「広義の密約」があったと結論付けた。
09年までの自民党政権は存在を否定していた。
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年3月15日 (木)

三千二百二十九: 私の見かけたニュース_No.107

こんばんわ。

私の見かけたニュースをご紹介させて下さい。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『日本や世界や宇宙の動向』様、2018/3/13記事より引用)
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●キュリオシティ・ローバーは火星ではなくグリーンランドで活動中!!
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52023581.html

(邦訳、『日本や世界や宇宙の動向』様)

キュリオシティ・ローバーとは:
(ウィキペディア)
「マーズ・サイエンス・ラボラトリー(Mars Science Laboratory、略称: MSL) は、アメリカ航空宇宙局 (NASA) が火星探査ミッションで用いる宇宙船の名称である。探査機ローバー、愛称キュリオシティ (Curiosity) を装備している。 キュリオシティは、2004年に火星に降り立ったマーズ・エクスプロレーション・ローバー (MER)(スピリットとオポチュニティ)の5倍の重量があり、10倍の重量の科学探査機器を搭載している。火星に着陸後、キュリオシティは火星表面の土と岩石をすくい取り、内部を解析する。」

http://beforeitsnews.com/alternative/2018/03/nasa-film-crew-caught-behind-rocks-filming-rover-in-mars-like-devon-island-greenland-3600935.html

(概要)
3月11日付け

Nasa_in_greenland

NASAがキュリオシティ・ローバーで撮影していたのは火星の景色ではなくグリーンランドのデボン島でした。

グリーンランドの景色の映像に赤いフィルターをかけると火星の景色に早変わり!
もしあなたが世界を支配したければ、人類に対抗したいなら、それは悪魔を手本としているということです。

Simulated Mars Environment on Devon Island - Curiosity Images are NASA fakes.
https://www.youtube.com/watch?v=NpdBSrANbb4


YouTube: Simulated Mars Environment on Devon Island - Curiosity Images are NASA fakes.

http://www.ournewearthnews.com/

(3:00~)火星に降り立ったと言われているキュリオシティ・ローバーは実はグリーンランドで活動していたことが分かりました。
(3:28~)こちらが厚い雪に覆われたグリーンランドです。
グーグルアースでズームアップし、グリーンランドの地面をとらえました。

(3:56~)こちらがグリーンランドの景色です。
これはキュリオシティ・ローバーが撮影したとされる火星の景色(石や砂)と非常によく似ています。
グリーンランドの景色の画像に赤いフィルターをかければ火星そっくりになります。
グリーンランドのこの場所に多くの機器が置かれています。
何に使うのでしょうか。
(4:49~)このトラックの側面にNASAのマークが表示されています。
トラックの横にはテント、テレビ・アンテナ、食料が置かれています。
多くのクルーがかなり長い間グリーンランドに野営しているようです。
(5:39~)ここを見てください。
小川が流れています。
火星の画像にも小川が写っていました。
(6:16~)カメラ撮影中のクルーが3人います。
(6:32~)こちらはグリーンランドのドリルヒルと呼ばれる所です。
ここの景色も火星そっくりです。
(7:40~)ここにもNASAのマークが表示されたトラックが停まっています。
トラックの側面にMars Project(火星プロジェクト)と書かれています。
彼らがやっていることはこんなもんです。
彼らは、グリーンランドで火星プロジェクトを演じていたのです。
グリーンランドで野営しながら、キュリオシティ・ローバーが火星に降り立ったかのように見せかけていました。
火星プロジェクトには巨額の資金が注がれたと思いますが、彼らはその資金を盗んでいる詐欺師たちです。
(8:28~)この自働運転車両はカメラを搭載しておりあちこちに移動して景色を撮影しています。
(9:50~)グリーンランドの景色をお楽しみください。
火星そっくりです。
(11:00~)キュリオシティ・ローバーが最初に火星に降り立ったとき、地面を掘り火星の土を採取しました。
その土を調査したところ、42億年前のものだと判明した、などとねつ造しています。

以下省略
ビデオはここまで

火星の景色とされた画像はグリーンランドの景色でした。
だから火星の画像に齧歯動物が写っていたのです。

Nasa_in_greenland_2

↓ こちらが火星の(偽)画像に写っていた齧歯動物。
「ヘイ、NASAのみんな、どうせ来るなら餌ぐらい持ってきてくれてもいいだろ。」

Nasa_in_greenland_3

火星の画像には、グリーンランドに存在する人の顔、ピラミッド、街、森、通勤中の会社員、ビル、湖などが写っていました。

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(引用終わり)


(以下、上記記事に関すると思われる過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千六百九十七:News_No.589』
●火星の記録(2): 火星のトカゲ
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/news_no589-ca18.html
http://119110.seesaa.net/article/318623254.html

(上記記事より抜粋引用)
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火星無人探査機「キュリオシティ」が最近送信してきた写真の中に「トカゲ」のような、あるいは、それに類した生物のような形のものが見られる、と話題となっています。
こういう「火星に〇〇のようなものが見える」という話は、今まで何度も何度も出てきているものなので、今まではひとつひとつをアップしたりしませんでしたが、2013年からはちょっと気になったら、すぐにメモとしてアップしておこうと思います。

全景としてはこちらの写真です。
丸で囲んだところが話題となっている場所。

Lizardmars1

▲ オリジナルの写真は、 NASA のキュリオシティ・サイトの

http://mars.jpl.nasa.gov/msl-raw-images/msss/00173/mcam/0173MR0926020000E1_DXXX.jpg

にあります。

そのままの色で拡大しますと、下のような感じで、まあ、「岩かなあ」というような気配も強いですが、話題ではありますのでご紹介しました。

動画もあります。

このようなメモ的なものは、今後あまり考証しないで貼っていくと思いますので、読まれている方々で検証されていただければ幸いです。

とにかく現在、様々な発見やディスクロージャーが爆発的な勢いで増加しているという状況で、あまりじっくりと考えている時間もないような感じです。
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(引用終わり)

『九百四十四:ディスクロージャーについて_No.48』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/02/_no48-6ad1.html
(以下、『InDeep』様、2014/2/25記事より引用)
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●そこではいろいろと動いている:火星探査機の周辺での「出現したり消滅する岩」の話題とその歴史のこと
http://oka-jp.seesaa.net/article/389756067.html

(、、、前略、、、)

そういえば、これらとは関係ないですが、最近、 Google Earth の火星写真に「建物っぼいもの」が写っていることが話題になったりもしています。

Marsgoogle011

▲ 共に Google Earth の火星写真より。

(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

『二千六百七十六:News_No.586』
●火星に落ちていたナチスドイツのヘルメット、追記
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/09/news_no586-b45f.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51883422.html
http://www.ufo-blogger.com/2013/05/nazi-mars-nasa-curiosity-finds-nazi.html
http://beforeitsnews.com/beyond-science/2013/05/alien-creature-caught-in-nasa-photo-by-curiosity-rover-lizard-or-rodent-or-rock-video-and-photos-2442058.html

(上記記事より引用)
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Photo

NASAの火星の画像に、他の石ころに交じってナチスドイツのヘルメットのような不思議な者が写っていました。
このヘルメットは陸軍のヘルメットのようであり、その影が火星の表面に映っています。
このヘルメットのような物体について、NASAの正式なコメントはまだありません。
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(引用終わり)

『二千七百五十六:私の見かけたニュース_No.70』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/11/_no70-b342.html
●ウィリアム・クーパー講演パート8:「ファティマの予言」と「3つの代替案」
https://quasimoto.exblog.jp/10533833/
転載元:Kazumoto Iguchi's blogさんより

William Cooper: The U.S. UFO And Alien 8-10
https://www.youtube.com/watch?v=pVbKers1-rI



(上記ビデオより抜粋引用)
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そして、今や非合法麻薬を国に持ち込むたくさんの方法があります。
そこでいつも覚えておいて欲しいことは、「ジョージ・ブッシュが我々の子供たちに麻薬販売を始めたのだ」ということであります。

今日CIAが世界中の非合法麻薬をコントロールしています。

事実、宇宙人とアメリカ合衆国とソ連の共同基地が、ケネディーがその言葉を話したその瞬間にはすでに月に存在したからであります。
1962年5月22日に、宇宙探査機は火星に着陸し、生命を維持する環境が存在することを確証したのであります。
それほど後ではない頃に、惑星火星上に植民地建設が正式に開始されたのであります。
今日、火星上には、アメリカ合衆国とロシアと宇宙人の施設である植民地(コロニー)が存在します。
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(引用終わり)

『百四十四:『人口削減計画』等について_No.5』
●NASAの未来計画文書③
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/_no5-0b84.html
http://www.youtube.com/watch?v=2Ww0U-TMGnE



(上記記事より抜粋して引用)
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●デボラ:
「これが彼等が私達に伝えている事で、98ページには、『典型的なシナリオ、10人と1000万ドルによって、アメリカを破壊しろ。』2成分生物学的製剤(輸入されたビタミン剤、服等、食料供給・・・を通して)毒が入れられます。ワクチンとウィルスによるテロ攻撃、私達の線路が攻撃される事について話しています。

■コブラ:
「これら全ての情報をありがとうございました。」
「デボラ・ティベラ、私達はあなたのウェブサイトをチェックし、これが拡散され、外に情報が出るように努力します。」
「どうもありがとうございました。」

●デボラ:
「ありがとうございました。」
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(引用終わり)

『二百五十六: 私の見かけたビデオについて_No.27』
●脳にチップを入れられたオバマ、火星旅行、アメンホテプ4世のクローン
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/_no27-cccd.html
http://www.youtube.com/watch?v=y10wZob3JaM



(上記ビデオより抜粋引用)
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「火星訪問者であるバシアゴとスティリングスはバラク・オバマが火星へ行った事を確証している。、、、」
「、、、ワシントンDCで弁護士をしているアンドリュー・バシアゴという人物がいて、彼はDARPAのタイム・トラベルプロジェクトであるプロジェクトペガサスに1970年代に仕えた人物なんです。」
「そして仲間のタイムトラベラーであるウィリアム・B・スティリングスがいました。」
「彼もまた火星プログラムにいた人物です。」
「そして彼等はバラク・オバマはそのプログラムに10代の若者として一緒にいたと言っているんです。」
「そして彼は火星へとタイムトラベルをしたんです。」
「信じませんか?」
「いいですか?」
「私みたいな誰かが言っているのを聞いただけではおそらく私も信じる事はないでしょう。」
「ですが、私はアンドリュー・バシアゴとウィリアム・スティリングスとお話しする事があったんです。、、、」
「、、、アンドリュー・バシアゴは機能的な人で、ワシントンで弁護士をしていらっしゃいますし、凄く尊敬されている人なんです。」
「DARPAプログラムにいた人物です。、、、」
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年3月13日 (火)

三千二百二十八: 日常生活から切り離された時空間を得て

こんばんわ。

私は、旅行は人にお薦めできると思います。

なぜならば、大自然を愛したり、あるいは旅先の土地を愛したりする機会を得るのは、そのほとんどが旅行から生まれると思うからです。

P3110191_2

 

 

確かに、旅行というのは、金銭的に負担がかかることが多いです。
遠距離旅行になればなるほど、そうでしょう。
しかし、それを充分に補う程、旅先の土地を愛することが出来ます。

現在では、かなり多くの人々が自然環境を愛するようになったと思います。
日本が公害に苦しめられていた時代もあったので、その反動もあるのかもしれません。
しかし、自然を愛する多くの人々が、直接に自然を愛するきっかけを得たのは、そのほとんどが美しい風景を目にしたからではないでしょうか。

世界に多く存在する景勝地の美しい風景を見て、心が動かされて、「この美しい景色を守りたい」とか感じた人は多いと思います。

ですから、多くの人は旅をした際に、「この美しい自然を愛する」という心が生まれるので、旅行は素晴らしいことだと思います。

「『何かを愛する』という心が生まれる」というのは、これは、人間だけでなく、全ての動植物や存在にとって、非常に大事なことだからです。

ですから、様々な土地への旅は「大自然への、清らかな愛の心を育む機会である旅」とも言えるでしょうから、お薦めできるでしょう。

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確かに、旅行でなくても、風光明媚な土地に住んでいれば、その土地は美しいので自然を愛する心が育まれるかもしれません。

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しかし、これもよくある話なのですが、例えば、風光明媚な景勝地に住んでいると、毎日、その土地に住んで暮らしているので、自分の土地を見慣れてしまいます。
その、見慣れた結果、自分の土地に対して、その美しさを感じなくなってきます。
ですから、有名な観光地に住んでいる人が観光する時には、そのほとんどが、自分の土地を観光する、ということは、ほとんどありません。

そのような人は、自分の土地以外の観光地に足を向けていることが、そのほとんどです。

この点から言っても、有名な観光地に居住している人と言えども、よその土地に観光する必要性があるので、やはり、「旅は大事だ」と言えるでしょう。

(これと同じ感じのことですが、全く逆の側面から言えることがあります。有名な観光地でなくても、よその土地から来た人から見れば、その、初めて訪れた土地の風景とか、産物とか、雰囲気に非常に珍しさを感じるものです。ですから、有名な観光地でなくても、初めて訪れた土地となると、よその土地の人から見れば、その珍しさに惹かれるので、これも旅の面白さと言えるでしょう。地元の人には得られない面白さを、よその土地の人ならば得られるので。)

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また、「旅先での時空間」というのは、ある意味、日常から切り離された時空間です。

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ですから、常日頃のことを、違った側面から眺めたり、全く違う角度から自分を見てみるのに、非常に良い時間です。

地球上の美しい風景を見て、心を癒されたり、自然を愛する心を育むのも良いことです。
しかし、それらの心のあり方自身に対する疑問を得ることもできるでしょう。

簡単に書くと、多くの人も、綺麗な景色を見て、心を癒されると思うのですが、「なぜ、その風景が、あなたを癒すのでしょうか?」

このような疑問が、時折、私の心をかすめます。

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美しい風景とか奇勝な風景とかが世にありますが、元をただせば、そのほとんどが土くれから出来ており、後は、植物の並びとか、河や海などの水の流れが、その美しい風景を作っています。

「土」というのは、二酸化ケイ素(SiO2)である場合が多いです。
「植物」というのは、これは生物ですから、主に炭化水素(CnHnOn)である場合が多いです。
「水の流れ」というのは、これは水ですから、主に(H2O)である場合が多いです。

それらの絶妙な配合具合と配置具合が、人の目をして、「美しい景色だ」と感じさせているわけです。

どうして、それらの元素の配合具合と配置具合が、人や動物の目を感動させる配置や並びとなっているのでしょうか。
また、なぜ、それらの特定の配合具合だと、多くの人々の認める「景勝地」となるのでしょうか。

つまり、芸術の根源が自然の造形具合に織り込まれていることがわかります。

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もっとわかりやすく考えてみましょう。

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例えば、ある人Aさんの目から見たら、景勝地と言われている、ある風景を見ても、「ここは醜い土地だ」と感じても良いわけです。
しかし、別のある人Bさんの目から見たら、ある風景を見て、「ここは美しい土地だ」と感じるわけです。

実際、人間の自由性を考慮してみると、上の例のように、AさんやBさんの見解のように、バラバラな状態の方が、より自然な筈です。

ところが、実際の状態というのは、たいていの景勝地と言われる風景を見ると、その風景を見た、ほとんどの人が、「この土地は、非常に美しい土地だ」と、感じるわけです。
理由無き直観によって。

ほとんど多くの人々が、ある景勝地を見て、「この土地は非常に美しい土地だ」と、感じるのですが、「ここは醜い土地だ」と感じる人は、非常に、ごく少数派となってしまうのです(あるいは全然いない)。

これは不思議な話です。

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しかも、誰からも「この土地を美しい土地だと感じなさい」と強制させられていないのに、ほとんど多くの人が瞬時に、「この土地は美しい」と自然に評価するのです。

多くの景勝地というものは、そのほとんどが、土くれで構成され、しかも、そのほとんどが、偶然の産物であるかのような大自然の絶妙な配合・バランス具合が、人間や動物をして、「この土地は美しい」と言わしめているのです。

「美とは何か」を定めている素材が、その景勝地を生み出している、その風景の奥底に内在されていることが私達にわかります。

このように、多くの景勝地を見て、私達は「美の根源」というものについての洞察をする機会を得ることでしょう。
旅をした際に。

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そして、それらの景勝地の作者は、地球であることがわかります。
それらの地形全体を動かすちからは、もちろん、人間にはありません。

この巨大かつ偉大なパワーを感じて、日頃とは常ならぬ何らかの感慨・洞察・癒しを得る、というのは、人や生き物にとっての大きな幸福の一時であると思います。

多くの人々が、大自然の見えざる手に触れる一時が増えれば良いな、と感じます。


                                       坂本 誠

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2018年3月 7日 (水)

三千二百二十七: 「死ねば何もかも終わる」と言う人を見て

こんばんわ。

「死ねば何もかも終わる」と言う人を見て、感じたことを書いてみたいと思います。

宗教家の方ならば、「あの世があることを信じなさい」と言うのでしょうが、私は宗教家では無いので、あくまで、客観的に見た目とか、私個人の感じたことを書きます。

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まず、1番目に感じることですが、そのような人は「死ねば何もかも終わる」ということを信じていることに気が付きます。


というのも、彼(あるいは彼女)自身が、確認したわけではないのですが、その彼の周囲の人々が、過去から、彼に語って来たことを信じ続けているのに気が付きます。


その、彼の周囲の人々も、「死ねば何もかも終わる」と、かたくなに、彼や彼以外の人々に語り続けたことがわかります。


その結果、今、この記事で話題にしているところの、彼(あるいは彼女)も、その周囲の人々の語ったことを信じており、彼は「死ねば何もかも終わる」と言っていることに気が付きます。


この話題の冒頭にも書いているのですが、彼(あるいは彼女)自身が、「死ねば何もかも終わる」かどうかを確認していないのに、彼(あるいは彼女)が、過去から聞かされ続けた言葉による、その状態を信じ込んでいることに気が付きます。

これだけ、書いただけでも、読者である、あなたは「ハッ」となりはしないでしょうか。

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2番目に感じることですが、ちょっと大きな事かと思うのですが、「死ねば何もかも終わる」ということを信じて、それを語っている人は、生きていて、怖くはないでしょうか?

なぜならば、元気で動き回っている若い世代ならば、通常の死は遠いので、あまり、死は怖くないでしょう。
しかし、老いが迫るにつれて、やがて、死が眼前に見えるようになったら、その恐怖を感じ始めるのではないでしょうか?

なぜならば、それを語っている人は、「死ねば何もかも終わる」ということを信じているわけですから、彼(あるいは彼女)が、その死を通過した後は、消滅とか消去と呼ばれる状態になります。
自分の存在が消えます。

ですから、彼(あるいは彼女)の死が近づくにつれて、その恐怖によって、足はわななき始め、ひざがガクガクと震え始め、心臓は音を立てて、身体から汗が出るような状態で屋外を歩き回り、額からは、汗が出るほどですから、ちょっとした水蒸気を発するぐらいの状態で、街中を歩くことになるのではないでしょうか?

彼(あるいは彼女)は、そのような死の近づいた時期の生活を送るわけですから、恐れに満たされた暮らしぶりですが、しかし、他ならぬ、彼(あるいは彼女)自身が、その状態を信じ込んでいるので、暮らしの中に自ら、その恐れを構築・巨大化させているわけです。

ですから、「仕方が無い」と言えば、仕方が無いのですが、そのような恐れの暮らしぶりを自ら作り込む人々、というのは、ちょっと、私、理解し難いものがあります。

そんな生活をしていたら、足が地に着かない日々を若い頃から、送るのではないでしょうか。

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3番目に感じることです。

「死ねば何もかも終わる」ということを信じている人というのは、生きている間の努力とか切磋琢磨とかを行うでしょうか。

なぜならば、そのような方が死ねば、何もかも無くなるわけですから、「生きている間の、努力とか切磋琢磨しても、自分が死んだ後には、そのような努力なんて無駄なものに等しいものです」と考えて、努力を怠る方向に行くのではないでしょうか。

「死ねば何もかも終わる」ということを信じている人というは次のようなことを感じないでしょうか。

「宇宙誕生より、約160億年経過していると言われている。その、宇宙誕生から数えて、約160億年後に、何も無いところから生を授かって、ほんの数十年経って死ねば、宇宙終了のその時まで、自分自身の存在は消滅している。人生の期間なんて、それは、蜻蛉(かげろう)のような、儚い(はかない)生である上に、その儚い生の上での、さらにちっぽけな努力なんて、虚しいものだ」
と。

「どうせ死ねば自分も、自分の記憶も、何もかも無くなる」と、彼(あるいは彼女)は信じ込んでいるので、この状態で、「努力とか切磋琢磨を死ぬまで、やって行こう」という前向きな、やる気を、彼(あるいは彼女)は持てるでしょうか。

この状態だと、「私は意志が弱いけど、仕方ないのだ」という、逃避混じりの、諦めの気持ちを持ちつつ、物憂い(ものうい)日々を送るような人も出てくるのではないでしょうか。

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この段落の冒頭にもお断りしたことなのですが、私は宗教の人ではありません。
宗教の人ならば、「あの世の生を信じなさい」とか、あるいは、逆サイドの人ならば、「あの世の生を信じてはいけない」と言ったりするのかもしれません。

しかし、私は宗教の人ではないので、「あの世の生を信じなさい」等々云々は言わないし、どんな人でも「何かを信じる信じない」という自由はあります。
まったく、何を信じようが、それは個々の人の自由です。

ですが、上に私の書いた状況を、ここで再び考慮してみますと、、、
何を書いて良いのやら、、、

少なくとも、お薦めできると思えることは、「自分自身を、恐怖や不幸の状態に自ら追いやることは、しない方が良いと思います」でしょうか。
これでしたら、少なくとも、万人向けのお薦めと考えられますので。


                                       坂本 誠

2018年3月 5日 (月)

三千二百二十六: 買い物上手になるために

こんばんわ。

三千二百二十三:経営者の心から生じる経営方針を考える』の姉妹編のような記事です。

今までも、そうだったのですが、私達は買い物上手である方が好まれるでしょう。
なぜならば、「買い物が下手」となると、それはわかりますよね。
また、今後、日本の人口減少が見込まれているとなると(現在でもそうですが)、買い物上手である方が好まれることでしょう。

そのためには、一般の「物流」と呼ばれる商業システムの知識を増やすのも手段の一つだと思います。
『三千二百二十三:経営者の心から生じる経営方針を考える』でも、書いたのですが、現在、大きなスーパーマーケットでは、卸売業主(問屋さんのこと)を仲介しないで、品を仕入れて、陳列している店も増えつつあります。

つまり、大手スーパーマーケット等は、仲介業主を通さないことにより、その分の仲介料が、商品の値段札に含まれないことにより、その分の安価な価格を多くの消費者に提供すること出来ます。
大手スーパーマーケット店ですから、問屋さんの持っているような物品配送センターや大型トラックや大型トラック・ドライバーを持っていることにより、問屋さんの行っていた行動を、そのまま、自分のスーパーマーケット・チェーン店によって、行うことが出来ます。

ですから、読者の方でも、知らなかった方もいたと思うのですが、「決して、品の質が悪いから、低価格で陳列されているのでは無い」ということです。

このような情報を消費者が持っていることにより、安心して、そのようなスーパーマーケット店で、その手の品を安心して入手することが出来るでしょう。

「問屋」というものに関しての、以下の参考文献を引用しておきます。
私の気になった部分にはアンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『Wikipedia』より引用)
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●卸売
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B8%E5%A3%B2

卸売(おろしうり)は、商品流通の過程で、製造・収穫(生鮮食品)と小売の中間に位置する経済(販売)活動を行う業種である。

単に卸(おろし)や、生鮮食品以外の商品では問屋(とんや、といや)とも言われ、伝統的に、扱う商品の種類毎に組織されてきた(例 薬問屋、米問屋)。

概要

卸売りは、製造業(メーカー)から商品を仕入れ、あるいは市場から食材を買い付け、小売業者に商品を販売する(卸す)業態であるが、製造業と小売業の間に位置することで、どのような商品が製造されているか、またこれから製造されるのかという情報と、どのような商品が売れているかという情報の双方を知り得る立場にあり、商品の製造から消費に至る流通過程で重要な位置を占める。
ただ、商品流通の過程において、中間で利鞘を稼ぐ業態となるため、消費者にしてみれば商品価格を押し上げる要素ともなっている。

ただ、大量生産を前提としているメーカーとしては製造ロット単位や輸送パレット単位、市場でもケース単位など、一般の小売店(特に個人商店)やその顧客には余る単位で商品を売買することになるが、その中間バッファー(緩衝)として、卸売業は各々の小売店需要に即した小分けを行うことになる。
またメーカーや市場は各々が所定地域に密集している場合もあれば、各々様々な地域に散在している場合もあり、それらは流通経路としての拠点を外部に持たないか、小売店など末端までに対応することが困難である。
このため卸売業は流通拠点のひとつとして、それらメーカーや市場などと地域需要とを橋渡しする役目を担う。
こういった立場上のこともあって、卸売業は一定の在庫を保有することで、流通が途切れることなく安定的に行われるための役割も担っている。

その一方で、小売業者の大規模化・全国化によって、卸を経由しないでメーカーから直接仕入れることが多くなり、卸売業のウエイトが相対的に低下しており、医薬品など一部の商品では卸業界の再編が行われている。

なおメーカーや産地が直接的に消費者とやり取りすることを「直販」と呼び、これは主に通信販売の形態を取るが、宅配便の発達や決済手段の多様化、あるいは遠因に情報化社会の発達で顧客管理や発送業務が自動化ないし省力化しやすいなどの変化もあり、卸売り業態にあっても大口個人消費家を中心に直接対応する業態も見出せる。

最終更新 2017年6月21日 (水) 14:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

また、上記引用文中に見られるように、「直販」と呼ばれる商業システムも増えました。
また、似たような商業システムでは、「産地直送(略して産直)」と呼ばれるものもあります。
大手スーパーマーケットでなくても、大型トラックの1台とかは、確保できるような店舗も多いことでしょう。
ですから、その大型トラックと、大型トラック・ドライバーを使って、野菜などの生産メーカーから、直接、野菜を購入して、自分の店に陳列する、というのが、ほぼ「産直」と言われています。

これも、問屋さんを通していない分だけ、仲介料が発生しないので、その分、消費者は低価格で入手できます。

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どうして、現代でも、問屋さんの影響が、一般、商業の流通過程で重要な位置を占めているのですか」というと、『三千二百二十三:経営者の心から生じる経営方針を考える』でも書いたのですが、昔の日本では、現代のように、大型トラックも少なく、また、店舗の方でも、多くの大型トラック・ドライバーを用意することが出来ませんでした。
また、海運などでは、船舶も保有する必要があったので、それらの負担を、小売店やスーパーマーケットの方で、用意することが難しかったのです。
ですから、過去の事情が、現代の物流事情に残されているのです。
これらの事情が変化しつつあるのは、読者の方々も見て取れるでしょう。

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このような事情を知ることにより、多くの一般消費者も買い物の知識を手に入れることになるので、買い物上手になれるかもしれません。

また、この手の情報を、多くの人々が共有することにより、例えば、小売店の店主や店員の方々が、組み合わせによって、新たな商売システムを考えつくかもしれません。

ですから、知らない方々のためにも、この手の情報をネット上のHPに掲げておくことは、有意義な事かと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百二十三:経営者の心から生じる経営方針を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/02/post-c931.html
(以下、『朝日新聞』、朝刊、2018/2/25、4面記事より抜粋引用)
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●声上げ始めた消費者 「価格破壊」ダイエーの栄枯盛衰

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(引用終わり)


                                       坂本 誠

三千二百二十五: 病気に対する病根洞察について_No.2

こんばんわ。

三千二百二十四:病気に対する病根洞察について』の補足です。

前段で「病根洞察をして、病根を取り除けば、病気は治る」ということを書きました。
これについての補足があります。

現在、どうしても医者にかからないといけない人も多いでしょう。
ですから、医者を選ぶ際には、上記のような

  「患者の病根を洞察して、その推測される病根を『取り去るように』とアドバイスをしてくれる医者を選ぶ方が良いだろう」

と、私達は気が付くことでしょう。

なぜならば、医者というのは、患者の病気を治すことを生業にしているからです。

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ところが、ここで、あなたも変なことに気が付くと思います。

上記のような医者がいたら、その医者は、ほとんど投薬も無しに、かつ、多くの患者を素早く完治させることになるでしょう。

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すると、その医者の薬局関係の薬剤師関係の人々が、あまり儲けなくなることがわかります。
また、その病院を訪れる患者は、素早く病気が完治するというのならば、その病院を訪れる患者の数が少なくなり、つまり、その病院は、あまり儲けなくなるかもしれません。

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ですから、世には2種類の病院があることが想定できます。

それらは、

1.主に、病根を取り去ることを主要な治療としている病院がある
2.病根を取り去ることを主要な治療としていない病院がある

です。

そして、さらに上の2種類の病院の、営業具合は各々2通りに分かれることでしょう。

1の種類の病院ならば、

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1.1.患者の病根を取り去るので、患者には金銭的な負担も少ないが、その評判を聞いて、多くの患者が来院している。
1.2.患者の病根を取り去るので、薬局も儲からず、また、患者が長患いをしなくなるので、やがて、その病院に訪れる患者の数が減る。
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次に、2の種類の病院ならば、

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2.1.患者の病根を取り去らないので、ひたすら、患者に投与するのみになり、患者自体は病根を取り去っていないので、その病気が継続し続ける。だから、患者が長患いすることにより、次第に、その病院に来院している患者の数が増える。
2.2.患者の病根を取り去らないので、次第に、その病院に来院している患者の数が増える。その多くの患者数を周囲の人が見て、その人々が「この病院の医者は腕が悪いのだ」と思うことによって、次第に、その病院を訪れる患者の数が減っていく。
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上記の4通りのパターンを私達は見ていることになります。

当然、一般の患者さんならば、本来ならば医者にも行きたくないところだし、行っても、高額な治療費をかけたくないでしょう。

ですから、私達がどうしても医者を選んで、病院に行くとするならば、「1.主に、病根を取り去ることを主要な治療としている病院がある」を選んだ方が良いでしょう。

しかし、その病院の想定できる状態としては、「1.2.患者の病根を取り去るので、薬局も儲からず、また、患者が長患いをしなくなるので、やがて、その病院に訪れる患者の数が減る」かもしれません。
ですから、その病院を訪れる際には、患者数の少なさを見て、私達は不安を感じるかもしれません。

ところが、2の種類の病院「2.病根を取り去ることを主要な治療としていない病院がある」ならば、その病院の想定できる状態としては、「2.1.患者の病根を取り去らないので、ひたすら、患者に投与するのみになり、患者自体は病根を取り去っていないので、その病気が継続し続ける。だから、患者が長患いすることにより、次第に、その病院に来院している患者の数が増える」かもしれません。
見かけ上は、いかにも患者数が多いので、来院する患者としては安心できそうなのですが、「2.病根を取り去ることを主要な治療としていない病院がある」の可能性もあるわけです。

つまり、優秀な医者ほど、非常に素早く、患者達を完治させれば、その病院に訪れる患者の数が減ることが考えられます。
逆の状態も、あなたは、もう、わかりますよね。

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ですから、この状況で私達が願うことの一つには

  「医道に、お金を介在させない方が良いだろう

でしょう。

医者の方が、自分の儲け具合を気にすることにより、上に書いたように、最善の医道を実施できない可能性も高いわけです。

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なので、この段落の主な補足としては、冒頭に書いたように、

  「患者の病根を洞察して、その推測される病根を『取り去るように』とアドバイスをしてくれる医者を選ぶ方が良いだろう」

ですが、2番目の補足としては、

  「医道に、お金を介在させない方が良いだろう」

です。

『三千二百二十四:病気に対する病根洞察について』の補足記事を終わります。


                                       坂本 誠

2018年3月 4日 (日)

三千二百二十四: 病気に対する病根洞察について

こんばんわ。

病気や医療というのは、本当に難しいものだと感じてしまいます。

例えば、身体の患部を温めれば、その部分が治りやすい人もいます。
しかし、その逆で、身体の患部を冷やせば、その患部が治りやすい人もいます。
そして、温めれば治るのか、冷やせば治るのかを、医者に聞いても、そのお医者さんは通常わかりません。
つまり、人によって千差万別です。

人が100人いれば、100人分、身体の作りが少しずつ違っています。
当然、1000人いれば、1000人分、身体の作りが少しずつ違っています。

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やはり治療の一環として、「慌てずに、いつもニコニコしていた方が、患部には良いでしょう」と勧められる状況もあるでしょう。
しかし、ある人によっては、慌てふためいて、病院に駆け込む状況が正解である場合もあります。
やはり治療の一環として、「クスリをキチンと飲みましょう」と言われる人がいて、その通りにしたら、治る状況もあるでしょう。
ところが、ある日を境にして、いきなり、クスリを止めたら、「治った」という人もいるかもしれません。

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それと同じように、何かの病気にかかって、医者を何人も変える人もいるでしょう。
例えば、5人医者を変えて、その5人目の医者で初めて、病気が治る人もいるでしょう。
しかし、5人医者を変えて、「1番最初の医者の治療が1番良かった」と語る人もいるでしょう。
しかも、その上、たいていの場合、その5人の医者にかかれば、5人分の診断や治療法も違っていることでしょう。

そして、たいていの場合、その5人の医者が、5人とも言うことには、

  「私の診断に狂いは無く、治療法も私のものが最善だ」

と言うことでしょう。

つまり、この状況だと、私達は医療について何を信じて良いか、全くわからなくなることでしょう。

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ですから、ある人ならば、医者に行かない方が正解の状況もあるでしょう。
また、ある人ならば、ぜひとも医者に行った方が良い状況もあるでしょう。
しかし、その治療法も多岐にわたり、かつ、「似通ったクスリも大量にある」となると、「私達は何をしているのかよくわからない」となるのではないでしょうか。

(ですから、ありていに言えば、私、坂本の書いていることでも、信じられなくなっても当然でしょう。なぜならば、私の書いていることで何かの病が治った人もいるでしょうし、治らない人もいるでしょうから。)

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しかし、私が出会った状況としては、やはり、自分の身体は自分のものだから、「極力、自分で治す」の方向が一番治りやすいように感じます。

なぜならば、その分だけ、自分の身体をいたわり、愛してやっていることになるからです。

病気というのは、自分の身体のどこかに、何かの病根があることを意味しています。
ですから、「この病根は何か?」と自分で深く洞察して、自分で幾つか試行し続けて、その病根を取り去った時に、やはり病気が治るものです。
なぜならば、病根を取り去るので、当然、病気の原因が消失するからです。

ですから、自分の生活を、くまなく、見回して、自分の病気の病根を発見して、その病根を取り去れば、「医者のように治療が出来る」ということになります。
これだったら、クスリを飲んでいても、やがて必要無くなるでしょう。

この「病根洞察」という行為には時間がかかったり、あるいは、何回もの試行が必要となる状況も多々あります。

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しかし、現代社会だと、各々の人の「病根洞察」という行為が推奨されていないように感じます。

どちらかと言えば、「病気になったら、すぐに医者に行きなさい」という、キャッチ・フレーズが多いのではないでしょうか。

ですから、人によっては、

  「私の病気の治療や病根に関する全ての答えは、私がかかろうとしている医者が全て持っている筈である」

と、考えている人が多いのではないでしょうか。

この手の方だと、「私以外の他人が全て私の病気の答えを持っている筈だ」という、強い思い込みと依存心が働いていないでしょうか。

しかし、上の例の一つであった、5人の医者のことを再び考えてみて下さい。

5人の医者が5通りの診断と5通りの治療法を行っている状況もあるのです。
つまり、これだと、「『医者は、その医者に訪れる患者の病気の、全ての答えを持っている』というわけではない」というのを実感できるでしょう。

実行する人はいないかと思いますが、患者の方が医者に対して、

  「お医者さん、あなたは私の病気に関する全ての答えを持っていますよね?」

と、試しに聞いてみましょう。

すると、そのお医者さんは、

  「いいえ。私は、あなたの病気に関する答えを持っていません」

と言うでしょう。

それらの例は、冒頭に幾つか書いていますので、理解されるでしょう。

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ところが、昨今では、この病根洞察の時間を取れない程に、世間では長時間労働ばかりが実行されているのでしょう。

この「長時間労働」というのは、結局、カバールやイルミナティの実行している地球人類奴隷化計画の実行の一環であるのですから、この記事のような、「自身の病根洞察による病根廃棄」とでも言えるような行為をするには、「カバールやイルミナティをどうにかしないといけない」とわかるでしょう。

カバールやイルミナティの人類奴隷化計画によると、人類を奴隷として扱うので、人類に長時間労働をさせます。
彼等が、人類に長時間労働(カバールやイルミナティにすれば人類奴隷労働)をさせるので、私達は無理矢理急がされるので、多くのことを余裕を持って見れなくなるのです。
つまり、彼等は私達に多くのことを考えさせないようにしているのです。

また、彼等が私達に長時間労働をさせると、その分だけ、私達はたった一つのことばかりに従事するので、他の多くの事まで手が回らなくなります。
その結果、私達が日頃の生活で出来ない分だけ、分業が進むことになります。
この状況ですと、私達は狭い一室に閉じ込められるのと同じ状況になります。
これが彼等の言う「区分化」とか「細分化」と呼ばれているものです。
そして、この分業社会が進められる結果、ますます、多くの人々は、お金に依存するようになります。

分業化の進んだ社会だと、自分が作業できない分だけ、他の人にお頼みすることが多くなるので、それだけ、お金が多用されることになります。
その結果、多くの人のお金に対する依存心が強くなります。
「お金に対する依存心が強くなる」ということは、そのお金を生産・配布・支配しているカバールやイルミナティが、その分だけ地球人類を支配することが出来るわけです。

ですから、現代の私達の医療システムというのも、カバールやイルミナティの影響が色濃く出ていることがわかります。

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なるべくならば、自分の身体を自分でいたわった方が、治りは早いようです。
自分で自分の身体をいたわる」という思いは、それが、病根洞察の行為になったりすることでしょう。

しかし、この記事の途中で書いているように、人は千差万別であり、どんな治療法が向いているかは、はっきりとはわかりません。
ある人は医者に駆け込むのが正解な時もあり、また、ある人ならば、穏やかな環境に移しただけで完治した、という例もあるのです。

ですから、「私達の身体と言うのは、千差万別であり、非常に奥の深いものだ。そして、何かを教えてくれるものなのだ」と実感できると思います。
この実感自体も、自分の身体に対する敬意となると思います。


                                       坂本 誠

2018年2月26日 (月)

三千二百二十三: 経営者の心から生じる経営方針を考える

■:はじめに

こんばんわ。

当ブログの方で、イルミナティの情報や、資本主義の根幹であるお金の根本情報などを紹介しています。
それらの金融の根本的な情報を読者の方々に知って頂くのも大事なことかと思うのですが、もっと多くの人々に関連した日々の暮らしに密着している、物流と呼べるもの、つまり、ショッピングですね、ショッピング・レベルで、経済を考えることも、とても重要なことだと思います。

そこで、私の目にした新聞記事をご紹介して、私の読書感想文を書いてみようと思います。
「私の目にした新聞記事」とは、

(以下、『朝日新聞』、朝刊、2018/2/25、4面記事より抜粋引用)
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●声上げ始めた消費者 「価格破壊」ダイエーの栄枯盛衰
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です。

最初に結論から書かせて頂くのですが、その結論とは「ダイエーの創業者の方の苦い戦争記憶が、その経営に深く影響しただろう」ということです。

この記事は、ちょっと長いものになりましたので、章立てしています。

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■:記事紹介

まずは、私の目にした新聞記事から紹介します。

(以下、『朝日新聞』、朝刊、2018/2/25、4面記事より抜粋引用)
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●声上げ始めた消費者 「価格破壊」ダイエーの栄枯盛衰

メーカーの決定権奪う

P2260176

 

消費者が価格を決める---。
そんな社会をめざして突き進んだのが、ダイエーの創業者の中内功さんだ(1922~2005)。

「価格決定権をメーカーから奪い取るんや」。
「なぜ商品の価格をメーカーが決めてくるんや。消費者を背負った小売りが決めるんや」

人々のもとに商品を行き渡らせて平和を実現したい。
そんな思いで、中内さんは事業を拡大した。

「総合力」ニーズとズレ

「すべては消費者のために」。
そう考えた中内さんの超拡大路線による売り上げ増が、ダイエーの借入金の多さを覆い隠した。

ダイエー関係者は言う。
「中内さんは、神戸の惨状を見て戦争を思い出した。怒りとともに一歩も二歩も先を行ったが、消費者がついてこなかった」

中内さんが神戸に作った流通科学大。
そこの学長で中内さんの長男、潤さん(62)は言う。
「中内ダイエーの役割は、『暗黒大陸』と言われていた流通業をガラス張りにすることだったのです」
流通について『暗黒大陸』と言ったのは、経営学者のピーター・ドラッカーだ。
よく分からない未開の分野、流通。
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(引用終わり)

特に印象に残った部分を抜粋引用しましたが、他にも引用したい箇所は、参考として、本文に書いていきます。

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■:他メーカーとの商売上での「戦争」発生

上の引用文には掲載していないのですが、ダイエーの創業者の中内功さんは、戦争に出兵の経験があります。
ですので、最前線で、かなり戦争の悲惨な経験を得たようです。

その後の、中内功さんの生涯に渡って、「この戦争の記憶の影響を、どこかで吹っ切らないといけなかっただろう」と私は感じました。
戦争の記憶の影響によって、彼の人生が操られたように私は感じます。

というのも、紹介した新聞記事にもあるのですが、彼の経営下で、他の家電メーカーや洗剤メーカーの方々と「戦争」と呼ばれる現象が相次いで発生しています。

上記引用文中にもありますが、

「価格決定権をメーカーから奪い取るんや」。
「なぜ商品の価格をメーカーが決めてくるんや。消費者を背負った小売りが決めるんや」

読者の方々も感じるかと思うのですが、上記のセリフに、かなりの語気を感じるのではないでしょうか。
奪い取る」という単語自体も、ある意味、戦争用語の一つと言えるのではないでしょうか。

また、実際には、お客さんである消費者としても、「私達の生活を小売店に背負ってもらってたんです」と、小売店に頼んだお客さんもいないかと思います。

また、仮に、当時のダイエーが、メーカーから価格決定権を取得できたとしましょう。
そして、その後、ダイエーの方が価格を決定するのでしょうけど、多くのお客さんからしてみれば、メーカーが価格を決定しようが、小売店が価格を決定しようが、あまり、消費者の方が気にすることは無いと思います。
大抵の場合だと、多くの消費者にとっては、安ければ、それで良いので。

かようなわけで、幾つかのメーカーとダイエーで「戦争」と呼ばれる状態が発生していたことがわかります。

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■:ダイエーの経営方針

彼の経営方針を見てみましょう。

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人々のもとに商品を行き渡らせて平和を実現したい。
そんな思いで、中内さんは事業を拡大した。
「すべては消費者のために」。
そう考えた中内さんの超拡大路線による売り上げ増が、ダイエーの借入金の多さを覆い隠した。
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彼は、多くのお客さんのために、低価格で商品を販売したいようです。
かつ、平和を実現したいようです。
多くの人も知るように、低価格で商品を販売して、大量の品を販売すると、利益は上がります。
その大量の利益を求めているので、彼の「超拡大路線」が実行されたのではないでしょうか。

つまり、表向きとしては、「低価格は多くの消費者を助ける」と言いつつも、その低価格販売による、品の大量販売による、大量の利益追求の姿が「超拡大路線」なのでしょう。

つまり、実際には「低価格を追求する」と言いつつも、実際には、大儲けを狙っていたのだと私は思います。
この状態ですと、読者の方でも、「なんとなく、口で言っていることと、やっていることが反対ではないだろうか?」という疑問を抱かないでしょうか。

これだと、「やっぱり、私達からお金を出させて、利益を得るのは、店の経営者の方なのだ」と、多くの消費者は感じないでしょうか。
「すべては消費者のために」とはならなくなってくると感じます。

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■:阪神大震災後

ダイエー経営の曲がり角として、阪神大震災の影響が挙げられています。
阪神大震災で、ダイエーは大きな打撃を受けたそうです。

その時の、中内さんは、
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ダイエー関係者は言う。
「中内さんは、神戸の惨状を見て戦争を思い出した。怒りとともに一歩も二歩も先を行ったが、消費者がついてこなかった」
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ご覧のように、阪神大震災も、戦後かなりの年月が経過していたのですが、彼は戦争の思い出を引きずっていることがわかります。
そして、怒っています。

戦後まもない頃の小売店の経営者というので、中内さんと似た経験を得ていた人も多いことでしょう。
しかし、それは、やはり「戦後」という、ある意味、特殊な時代環境下の出来事だったと思います。

普通、お店の経営者や商人で、巷に言われているような「商人に比較的にふさわしい性格」というのは、たいていの場合、「人当たりが良くて、笑顔が多くて、ほがらかで、お客様と共に生活を楽しみたい、あるいは面白くて便利で幸福な生活をお客さんと共に作っていきたい」等々の性格が、商売上で成功を納めるとも言われているようです(違っている場合や状況もあるかもしれませんが、その点はご容赦願います)。

しかし、内心に戦争の悲惨な記憶を引きずっていたり、それから発生すると思われる厳しい経営となると、この状況だと、店からお客さんが離れて行っても仕方無かったのではないでしょうか。

また「怒りとともに一歩も二歩も先を行った」とありますが、これらの状況から総合的に考えて、「一歩先、二歩先」という明るい未来に向かってではなく、逆の方向だったように感じるのです。

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■:専門店の台頭

紹介した新聞記事中にもありますが、やがて、総合小売店ではなく、専門店の台頭が始まります。
それらの、専門チェーン店は、いまでも街頭に見られます。
ですから、多くの読者の方々も入店したことがあるでしょう。

それらの店舗に入ってみると、まず、明るい雰囲気が多いです。
店の内部には、多彩な芸術が飾られていたり、暖かそうな色の絨毯が敷かれていたり、天窓からの自然光も多く取り入れられていて、店の内部の作りも、家庭的な雰囲気、つまり、自宅で生活している以上にくつろげるような環境作り(店舗内の作り)をしています。
そして、各店にふさわしいと思われるような、雰囲気の良い音楽を流しています。
そして、それらの店の棚を見ると、店の方針に沿った、カラフルな色をした様々な商品が棚の上に置かれています。

ですから、お客さんの方としても、「この店に来るのが面白くて、良さそうな品を手に入れられるのも、嬉しいわ」という感じで、品を買い求める人も多いと思います。

しかし、過去のダイエー店だと、「低価格にて、消費者に品を提供する」という方針からか、私が上に挙げた専門店での品の陳列状況とは、かなり違う雰囲気があったと記憶しています。

やはり、この状況も、経営者の方の戦争記憶や、それから、にじみ出てくる厳しい経営方針に問題があったように感じます。

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■:消費者の心理指向

上の状況で「消費者のニーズ」だけではなく、「消費者の心理の指向」というものも学習できるのは幸いなことだと思います。

「消費者のニーズ」というのは、普通、「あの品が欲しい、この品が欲しい」というものです。
しかし、その「消費者のニーズ」の更に、下の部分、基盤に存在しているものがあることがわかります。
その「消費者のニーズ」の下の部分に存在しているもの、それが、「消費者の心理の指向」です。
分かりやすく言えば、「お客さんの心」ですね。
お客さんの方も、「あの品が欲しい。この品が欲しい」という思いがあるからこそ、何かの店に入るわけです。
しかし、それ以前に、お客さんの方が、「何かの喜びを得たい。何かの面白いことを味わいたい」という、心や動機があることがわかります。

その喜びを求める動機が心底にあって、その動機の上に、「消費者のニーズ」であるところの「あの品が欲しい、この品が欲しい」という目的が、お客さんの内心にあることがわかります。

ですから、当時の多くのお客さんでも、ダイエーに行けば、多くのお客さんの欲しがる品々は陳列されていたことでしょう。
しかし、その「消費者のニーズ」の下に存在している、更なる基盤の「消費者の心理の指向」が満たされていなかったことがわかります。

もっとわかりやすい言葉で書けば、「入店した店に、面白くて、喜びのあるような雰囲気があり、それが消費者(お客さん)を満足させるであろうか」ということです。

そして、この「何かの喜びを得たい。何かの面白いことを味わいたい」という「消費者の心理の指向」をつかむための店の雰囲気の土台作りとも言える、経営者の経営方針というのを当時のダイエーに見てみると、私が上に書いているものとなります。

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■:終わりに

確かに、人には様々な自由が許されているので、もちろん、職業選択の自由もあるのですが、戦争時代から離れた時代になるにつれて、「どうしても、戦争の記憶を吹っ切れずにいる」という人だと、何か別の仕事を選んだ方が良かったのではないかと私は感じます。

確かに、戦争の記憶からにじみ出てくると思われる、厳しい性格がダメなわけではなく、その厳しい性格を活かせる場所があったかと思うのです。

ですから、私が冒頭に掲載した引用文中の最後に、

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「中内ダイエーの役割は、『暗黒大陸』と言われていた流通業をガラス張りにすることだったのです」
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とありますが、「経営学者であって、世の様々な経営を研究する」という人生が、彼の人生を幸福にしたのではないでしょうか。

世に言われていることに、「全てのことは心から始まる」という言葉があります。
この言葉が遺憾無く、感じられる程の事例が、私達の目にした「ダイエーの栄枯盛衰」だったと思います。

ですから、もし、中内功さんが経営者の道をそのまま歩み続けることを選ぶのならば、「戦争を体験した」という記憶自体は消去できないかもしれませんが、その「戦争記憶の影響を振り切る」ということが、一番重要だったのではないかと感じます。

「全てのことは心から始まる」。
これだったと思います。

また、ある意味、戦争の精神的犠牲者というものを感じた方も多いでしょう。
なので、ここでも、私達は戦争反対の意志を堅くするかと思います。

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■:付録

ここからは付録的な記事です。

私が冒頭に掲載した引用文中の最後に、

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「中内ダイエーの役割は、『暗黒大陸』と言われていた流通業をガラス張りにすることだったのです」
---------------------------

とあります。

これについて書いておきます。
多くの消費者にとっては、お店の棚に並んでいる品物の価格を見ているだけで、「どうして、その品は、その価格なの?」とまで考えることは、あまりありません。

この辺りが、「流通業は『暗黒大陸』」と言われているゆえんなのです。

上の記事からも少しわかると思うのですが、まず、製品そのものを作るメーカーがあります。
そして、今でも、あるのですが、お店に品が陳列される前に、そのお店に品が入る前に「問屋さん(卸売業:おろしうりぎょう」という存在があります。
そして、その「問屋さん」を通して、初めて、お店の棚に品が並ぶことが現代でも多いです。

ですから、上の例で言えば、メーカーで決定された価格の品で100円のものを、流通の問屋さんが125円でメーカーから買ったとします。
そして、その問屋さんが今度は、各地のお店に対して、150円の価格で、お店に売ったりします。
そして、お店の側も利潤を出さないといけませんから、お店に品が陳列される時には、その品の価格が、200円で売られていたりします。

メーカー ---> 問屋 ---> お店
¥100   ---> ¥125
        ¥150 ---> ¥200

この「問屋さんというのは、なぜ存在するのか?」という疑問も読者の方々には湧くかもしれません。
これについては、文末の『過去記事、関連記事、及び、参考文献』の該当URLにジャンプして参照・閲覧もしてください。

簡単に書いておきますと、例えば、戦前の日本では、お店の方が、大型トラックを持っていなかったり、大量の品を手に入れても、それを輸送する機関などが不足していました。
ですから、大型トラックや輸送船を大量に所有していた、昔の輸送関係の会社やグループが、この「問屋」と呼ばれる存在になっていきました。

このような仲買(なかがい)のシステムが、現在の流通業界にも多々あります。
ですが、現代では、大型スーパーマーケットのチェーン店等は、自分達で大型トラックのドライバーを持ったり、あるいは、大型トラックを持ったり、あるいは、以前は、問屋さんにしか無かったような、巨大な配送センターを自分で所有して、お店自身が、問屋さんの機能を並行して所有しているところも増えてきています。

大型スーパーマーケットのチェーン店等で非常に価格が安くなっている商品等は、「自前で問屋さんをも兼ねる」というケースが背後に絡んでいることも原因の一つとなっています。

ちなみに本の価格だと、本の価格には、以下のものが分けられて、盛り込まれています。

・著者さんの著作費用(印税分)
・出版社の取り分
・出版社の委託する印刷会社の取り分
・書籍問屋(取次)の取り分
・各々の本屋さんの取り分
・その他の関連会社、あるいは、関連者の取り分

等々が一冊の本の価格に反映されています。
私達が目にする、本の価格というのは、このような状態となっています。
自費出版だと違うケースも出てくるようです。
これらについても、価格改善の検討が業界でなされているところです。

本記事は長くなりましたが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千七百八十:本屋さんを考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/12/post-da80.html

『二千七百九十二:本屋さんを考える_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/12/_no2-61fa.html
(以下、『朝日新聞デジタル』、2015/12/24記事より文章を引用)
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●アマゾンが本の値引き販売 根強い警戒感、参加1社だけ
http://www.asahi.com/articles/ASHDD6H53HDDUCVL01W.html?iref=comtop_rnavi_arank_nr01
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(以下、『wikipedia』より引用)
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●問屋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%8F%E5%B1%8B


問屋(といや、とんや)とは、現代における一般的意味としては卸売業者を指すが、歴史用語及び法律用語として用いられる場合は異なる意味を持つ。
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(引用終わり)

『二千九百七十二:物流と本の販売を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/08/post-3217.html


                                       坂本 誠

2018年2月24日 (土)

三千二百二十二: 私の見かけたニュース_No.106

こんばんわ。

私の見かけたニュースをご紹介させて下さい。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。

(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/2/23記事より引用)
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●河野氏「思っていること言えない」=脱原発、持論封印で心情吐露
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180223-00000151-jij-pol

2/23(金) 19:06配信

時事通信

「閣僚になれば政府の一員として連帯責任を負う。自分の思っていることだけを言うことはできない」。

河野太郎外相が23日に行われた衆院予算委員会分科会で、衆院会派「無所属の会」の岡田克也代表から原発政策に対する考え方を問われ、苦しい胸の内を吐露する一幕があった。

脱原発が持論の河野氏だが、この日は「原発について申し上げたいことはたくさんあるが、これは経済産業省が主管だ」と答弁を避けた
岡田氏が「政治家として信頼性を問われかねない」と迫ると、河野氏は「個人の意見は何ら変わらない」と強調。
「河野太郎の意見がやがて内閣の意見になるよう、しっかり頑張りたい」と語った。
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(引用終わり)


(以下、上記記事を読みながら、なんとなく、個人的に思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千二百十:自分の気になった国内ニュースのまとめ版』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/01/post-9fed.html
(以下、『twitter』、リコ @riko0058様、2015年6月7日記事より写真引用)
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●ありゃりゃ 安倍晋三は完全に米国軍産複合体の犬だわ (*^_^*)
https://twitter.com/riko0058/status/607514963196788736

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(※筆者注:同写真中の文章)
[原発の推進]
原子力は日本の包括的な安全保障に欠かせない要素を構成する。
・・・原子力研究開発での日米の協力は不可欠である。
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(引用終わり)

『二百四十三: 福島原発関係News_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/news_no4-397a.html
(以下、『六城ラヂウムBlog』、2013/4/17記事より引用)
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●日米地位協定という不平等条約が原発問題の根源なのです
http://www.rokujo-radium.com/blog/index.php?entry=entry130417-175131

Wednesday, April 17, 2013, 05:51 PM
4/17 晴 10時 浅草での空間線量は170ベクレル/立法メートル

昨日は168でした。
高値推移といったところです。

副島隆彦学問道場に掲載されている中田安彦氏の書評が秀逸で、なぜ日本は原発銀座であるのかが詳しく解説されています。
日本は日米地位協定という不平等条約でプルトニウムの貯蔵庫という役割を担わされているのです。
この背景がわからないと原発の廃止稼動論争や送電分離論は官僚達に換骨奪胎(かんこつだったい)され、結局は竹中平蔵のような国際金融資本の手先により外資の草刈り場とされてしてしまいます。

「1370」 日米地位協定に続いて、日米原子力協定(1988年)を暴く。

中曽根康弘の周辺の「原子力外務官僚」たちが、アメリカに抵抗するカードとして持ちだした「日本の核武装論」には全く意味が無い。
六ケ所村の再処理工場を維持してきた日本原電は中曽根派の利権の巣窟であるからすぐに破綻させるべきだ。

(苫米地英人『原発洗脳』(日本文芸社)と有馬哲夫『原発と原爆』(文春新書)を書評する。)

Photo_2

 

(その1) 2013年3月27日 中田安彦

以下、箇条書きでまとめます。
ぜひクリックして中田安彦氏の本文をお読み下さい。

1)日米安全保障条約(=日米軍事条約)維持のために日米地位協定(旧行政協定)という協定が締結されている。

2)さらに補完すべく日米原子力協定が結ばれており、日本の原子力政策はアメリカにより縛り付けられている。

3)外務省に原子力課がある理由こそ米国の指示認可で原子力行政が行われている証左である。

4)沖縄普天間基地の移転先辺野古は米軍の核兵器貯蔵所であるため、移転に固執するのである。

5)基地問題と原子力発電施設の問題はどちらも「受益地」と「受苦地」という構造である。

6)「覇権国-属国」関係を利用した原子力ビジネスは外務官僚の権力の源泉の一つである。

7)廃止運動は外務省の原発利権にもうひとつ環境省の除染利権を加える結果となっただけ。廃止運動の矛先はアメリカ大使館と外務省へ向けるべきである。

8)「日本はアメリカの核燃料備蓄場」である

9)日本の原子力技術はアメリカ(GE,WH)のお下がりにすぎず、東芝も日立もメンテナンス(保守)業者という立場に過ぎない

10)小型で出力制御できる先端技術の原子力発電は空母や潜水艦に積まれており、民生用とは別物
WH(ウェスチングハウス)の軍事用技術は東芝には移管されず、お荷物の民生部門を押しつけられただけ

11)戦後日本に原子力発電所を監視下で行わせたのは、アメリカの安全保障上、日本に核の置き場所が必要なため。

12)日米原子力協定には安全保障条項として米軍が核(濃縮ウラン)を接収できることが明記されている。

13)日米原子力協定はウランの調達先も米国の許認可である。(かつては米国から100%輸入)

14)徹甲弾(装甲を破る貫通力の高い砲弾)で使う劣化ウランの製造工場は山口県に存在する。

15)国内の原子力発電所は現実にはアメリカの「軍事施設」といっても過言ではない

16)政官財のトライアングルである原子力村の上には、アメリカという支配者がいることを忘れてはならない。

このように米国は「核の平和利用」というベールをかぶせて核戦略の一翼を日本に負わせている現状を知らずに、日本も核武装すべきだとか原発廃止だという議論がなにも意味がないことがお分かりでしょう。
ウランの消費地であり、背後には米国の核の貯蔵庫と劣化ウランの供給という役目があることに目を背けてもしかたがありません。
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(引用終わり)

『二千四百三十八:News_No.561』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/03/news_no561-cec5.html
(以下、『転載元:週プレNEWS より』、2014年12月15日(月)6時0分配信記事より引用)
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「日本はなぜ基地と原発を止められないのか」で話題の矢部宏治が鳩山友紀夫と“日本の真の支配者”を語った!【前編】
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20141215-00040591-playboyz-pol

8089e50294910c6cb163e5cb54ad137b321

▲[矢部宏治氏]日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは?|転載元:シャンティフーラさんより
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=78792

3595611

鳩山友紀夫元首相(右)と矢部宏治氏が、
日本が「真の独立国」として新しい戦後を歩むための方法を議論

(、、、中略、、、)

なかでも一番の問題は、日米合同委員会のメンバーである法務官僚が、法務省のトップである事務次官に占める割合は過去17人中12人、そのうち9人が検事総長にまで上り詰めている。
つまり、米軍と日本の高級官僚をメンバーとするこの共同体が、検察権力を事実上握っているということなんです。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

(以下の写真は、Amazonの商品紹介HPからの引用)
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●書籍『「日米合同委員会」の研究――謎の権力構造の正体に迫る』
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E5%90%88%E5%90%8C%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A-%E3%81%AE%E7%A0%94%E7%A9%B6-%E8%AC%8E%E3%81%AE%E6%A8%A9%E5%8A%9B%E6%A7%8B%E9%80%A0%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93%E3%81%AB%E8%BF%AB%E3%82%8B-%E6%88%A6%E5%BE%8C%E5%86%8D%E7%99%BA%E8%A6%8B-%E5%8F%8C%E6%9B%B85-%E5%90%89%E7%94%B0-%E6%95%8F%E6%B5%A9/dp/4422300555

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『四百七十六:秘密保護法案について_No.2』
(『しんぶん赤旗』2013/10/27記事より写真と文章を引用)
●(写真)核持ち込み密約「討論記録」(左)と朝鮮半島への自由出撃密約文書
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/_no2-fe7a.html
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-10-27/2013102701_01_1.html

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                                       坂本 誠

2018年2月21日 (水)

三千二百二十一: 紫の海の底で

       紫の海の底で


   何かの気がかりな夢を後にして
   紫の海の底で目を開くと
   日曜朝の目覚めのように
   いつまでも 寝たふりをして
   まどろみ続ける。

      どうやら
      人は紫の海の底で覚醒しても
      呼吸できるようだ。
      強い水圧かもしれないが
      その水の抵抗すらも感じない。

   紫の海水が
   乳白色にも見える。
   今は
   夕暮れ時か
   朝焼け時かもしれない。

      潮のそよぎが
      そのまま 海草の流れになって
      その海草の動きが
      まねきのように
      髪と絡み合う。

   まるで
   潮の手が
   脳みその中に入り込み
   私の脳の ひだの間を
   洗髪しているかのよう。

      紫の海の底で わずかな記憶を紡ぎながら
      再び 眠りの中へと 沈み込んでゆく。
      「次に目を覚ますのは
      大気の底かもしれない」
      と 予感しつつも。


                                       坂本 誠

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