2019年1月16日 (水)

三千三百二十一:『地球の方向性というものを考えてみて』の続き(独白)

三千三百十九:地球の方向性というものを考えてみて(独白) 』の続き

もし、地球上の造物主という存在が、地球の計画を立てたと仮定するのならば、現時点で見るに、私は、その計画は失敗したと見ている。

なんとならば、それを判断させるだけの理由が見られる。

---------------------------------

以前にも書いたことなのだけど、古代エジプトから、ユダヤの民が出て、カナンの地と言われる場所に向かっていた時に、時の指導者が山頂に訪れて、10個の教えをもらった時のことがある。

20100319132326

 

その10個の教えの中の一つに、「汝(なんじ)、人を殺すなかれ」という類のものがあった。
その10個の教えというのは、その指導者が山上において、見えない感じの存在から受けたまわったらしい。

ところが、後には、その見えない感じの存在自身が、地上の人に戒めを与えるためなのか、天から火を降らしたりして、殺めたと書籍には報告されている。

---------------------------------

私が推奨していることなのだけど、私達は、何らかの出来事を見るにつけ、赤ちゃんのような視線、つまり、生まれ落ちた時の赤子の心と目の、白紙のような、全く偏見の無い、物の見方で、今一度、世の様々な出来事を見ることを推奨している。

そのような視線で、読者の方々に上の出来事を見直してもらいたい。

---------------------------------

「10個の教え」というのは、現代風に置き換えたら、私達の社会の間でも使用されているルールというものだろう。
しかし、上の出来事の話は、何千年か前に起こったこととされている。

だから、その当時の状況を考えてみると、「民主主義」のような単語も無かっただろうから、その意味も知られていないだろう。
「民主主義」の世界というのは、その国の全ての民が主人公だから、その間で使用されるルールというのは、本来ならば、その国の全ての民が話し合って、そのルールを作成することになる。

20110404110756

 

だから、上の話の中で、かなり偉い人と思われるような存在が、一方的にやって来て、私達にそのルールを押しつけること自体にも問題を感じる。
しかし、「民主主義」という言葉すら無い、その時代環境を考えると、仕方ないのかもしれない。

私が問題を感じるのは、その後の方だ。

「汝、人を殺すなかれ」というルールを私達に与えた、その存在自体が、そのルールを破っていることに気が付く。

これは、つまり、自分の言ったことが、自分自身で守れない状況にあることがわかる。

また、もし、その存在が、地上の人々には何らかの制約を与えるルールを課せる権利があったとして、その地上の人々には禁止ルールを与えることが出来ても、その存在自体は、自分自身だけは、地上人に与えたルールを破ることが出来る、かつ、そのようなルールを地上人に与えることが出来る、と、なると、これは多くの人々が首をかしげてしまうと思う。

わかりやすい話で置き換えてみると、ある国の王様は自国民に対しては、「汝、人を殺すなかれ」というルールを与えることが出来るのだけど、その王様自体は、「人を殺めることが出来るという特権を持つ」となると、人は、納得しないと思う。

つまり、その偉いと思われる、その存在自体の持っているであろうと思われる、地球の目的から派生して、そのようなルールがセットされるのだろう。
しかし、「そのルールを与えた存在自体が、そのルールを破った」となるので、これから行くと、やっぱり、冒頭で書いたように、「地球計画というのが存在するのならば、それは失敗した」と判断できる。

「その偉いと思われる、その存在自体が自分で作成したルールを自ら破る必要性があった」とあるのならば、当然ながら、その配下に存在していることになる、多くの地球人達である私達自身でさえも、そのルールを守ることは不可能なレベルと言っても、さしつかえない状態なのだから。

---------------------------------

もっとも私個人としては、そのルールを与えたとされる存在を、個人的に憎いわけでもないし、個人的な恨みも無い。

20110404133319

 

しかし、上に書いたように、今までの地球の計画というものがあったと仮定するのならば、その計画は、やはり達成できない、不可能な計画であったと思う。

/////////////////////////
/////////////////////////

冒頭の挙げた話題というのは、今から何千年か前の出来事だとされている。

だから、私が思うに、地球の歴史を考えてみて、私達の時代から何千年か前から、「ある一つのパラレル・ワールドが形成されていた」と考えられないだろうか。

「それ以前の目標が達成できないものである」とわかったのならば、通常、その時点で、その目標は降ろされて、何らかの新しい目標の変更が建てられたりする。
だから、私達の時代から何千年か前から、その新しい目標の下で運行されていた筈の、パラレル・ワールドが形成されていたかもしれない。

しかし、そのパラレル・ワールドが人によって住み良いものか、そうでないものなのかは、私にはわからない。

/////////////////////////
/////////////////////////

また、今一つ、問題と感じられることがある。

それは、冒頭の出来事を広く伝えている文献を配布しているような機関の人から見れば、次のような主張をしたがることだ。

  「あなたは、そんな変な疑問を抱いてはいけません。『全て甚だ良し』と宣うた(のたもうた)、あの方には何の疑問も持たぬことが人間の側の礼儀だからです。ですから、仮に、あなたがそのような疑問を抱いても、口に出さず、沈黙を守るべきなのです」

という、雰囲気が流れていることだ。

P3040150

 

しかし、赤子のような目を持った人々が、あるいは、本当に赤ちゃんがそのような疑問をもって、他の人々に、その疑問を口に出したとしたら、その時は、どうなるのだろう。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
***************************************
***************************************
三千三百十九:地球の方向性というものを考えてみて(独白)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2019/01/post-b86b.html


                                       坂本 誠

2019年1月11日 (金)

三千三百二十:白いオアシス

       白いオアシス


    虚無の闇の中の 白い光。
    その光の中に
    オアシスが広がる。

    そのオアシスから
    音楽が流れて来る。
    絶えることなく。

    闇の中に伸びる 音の流れが
    まばゆい光を放っているかのよう。
    薄い 産毛のように。

    あるいは それらの音の流れは
    千本もの 腕の 交差し合う
    やわらかい まねきか。

    ハイアー・アンド・ハイアー。
    ハイアー・セルフ。
    闇の中の白き花束。


                                       坂本 誠

2019年1月 7日 (月)

三千三百十九:地球の方向性というものを考えてみて(独白)

以前から、地球の造物主についても語っている私だ。
「なぜ、それを書くのか」と問われるに、カバールやイルミナティのことを書いているからだ。

他の人々も感じるかも知れなけれど、カバールやイルミナティの所業を見て、悪魔を感じる人々も多いことだろう。
だから、悪魔の対局とされる、神とか造物主のことを考えざるを得ないのである。

/////////////////////////
/////////////////////////

私達の住む地球に地球の造物主がいたと仮定しよう。

P6020144

 

結局のところ、地球の造物主がカバールやイルミナティを、つまりは悪魔と見えるような存在達を受け入れていると思える。
その理由を考えるに、地球の造物主としては、「より多くの、より全ての存在達を愛した方が良いからだ」というのが、その理由に見える。

私はこの点を考えることが多い。
カバールやイルミナティは全人類支配を、強いては、人間以外の全ての存在達を支配するのが目的だそうだ。
そして、その対局であるのが私達であるのならば、人によって色々あるけれど、通常は「人類支配なんて考えたことも無い」という人が多いだろうから、一応、「私達は愛の存在である」と書けるだろう。

カバールやイルミナティの行いたい「支配」というのは、「愛」の対局に存在する意志・願い・行動だろう。
だから、結局のところ、カバールやイルミナティは、わかりやすく書くのならば悪を実行しようとしている人達と書けるだろう。

---------------------------------

この時点で、地球の造物主が、地球上のあらゆる生物達を平等に愛すると仮定してしよう。
すると、地球の造物主は、カバールやイルミナティ以外の存在達をも愛するだろう。
しかし、それと同時に、地球の造物主は、カバールやイルミナティ達を愛することになる。
だから、地球の造物主がカバールやイルミナティ達を愛すれば、当然のことながら、カバールやイルミナティ達の行動を指示・支援してしまうことになる。
なぜならば、カバールやイルミナティ達に資源やエネルギーをも提供することになるのだから。
(私達の世界でよく見る例を挙げるのならば、テロリスト達に対する資金援助や物資・エネルギーの提供・援助に似ているだろうか。)

そのまま行くと、カバールやイルミナティ達が全地球支配が進むことになる。
地球の造物主のカバールやイルミナティ達に対する愛情が逆用されていることになる。
だから、もし、そのまま、カバールやイルミナティ達が改心して愛情の方向に向かわなければ、彼等の支配計画が進んでいく。

P6020145_2

 

 

結局のところ、地球の造物主がカバールやイルミナティ達を愛すれば、地球の造物主のその愛情とは、カバールやイルミナティ達以外の存在である私達を愛さなかった、という結果に陥ってしまう。

---------------------------------

「カバールやイルミナティ達の改心が見られない」という状況になると、二者択一の状態が現れ始める。

なぜならば、そのまま、地球の造物主がカバールやイルミナティ達を愛する行為自体、それ自体が、彼等以外の存在達への愛情とはならないし、地球の造物主が自分で自分の首を絞める、という結果になっていくからである。

もっと書いてしまうと、要するに、地球の造物主がカバールやイルミナティ達を愛すれば、つまりは、彼等以外の私達を愛さない、ということになる。

逆を言えば、地球の造物主がカバールやイルミナティ達以外の存在達を愛すれば、それは、つまり、「私達を愛している」ということになる。

/////////////////////////
/////////////////////////

だから、ある意味、カバールやイルミナティ達と同じ地上の上に生活している私達が、彼等の説得行為や改心を迫る行為をして、カバールやイルミナティ達の改心を促さなければ、結局は、地球破壊が起こるので、「自分で自分の首を絞める」という結果になっていくだろう。

しかしながら、どんな人でも自由が許されているのだから、「今現在、私はカバールやイルミナティ達を愛することはできません」と正直に語る人も多いと思う。

よって、彼等の改心を促す試みは、完全に、失敗していると私は見ている。

どんな時でも、本音と言うのは非常に大事だから。

/////////////////////////
/////////////////////////

この点で私が感じている、もう一つの懸念がある。

P6110147

 

というのも、ある文献によると、「あなたは生まれる前に、誓約を行いました」という主張である。
この主張をもって、「カバールやイルミナティ達に対する改心行為をして下さい」と頼む人は、ちょっと間違っていると思う。

なんとならば、多くの人々の間で、「生まれる前の記憶を持っていません」という人が多いからである。
今現在、「私は生前の記憶や過去世の記憶があります」と主張する人々の本が出ているので、もし、本当に、「生前の記憶や過去世の記憶を、今現在、はっきりと思い出すことができます」と主張する人がいるのならば、それはそれで良いと思う。

しかし、多くの人々が生前の記憶を思い出せないのならば、

  「あなたは生まれる前に、誓約を行いました。だから、カバールやイルミナティ達に対する改心行為をして下さい」

とお願いしてくる存在に対しては、私は危ないものを感じてしまう。

なんとならば、次の似たような例を挙げれば、その危険性を実感できると思う。
ある骨董屋が、あなたの目の前に現れたとしよう。
そして、次のように言ってきたとしよう。

  「あなたは生まれる前に、この古代の産物と思われる壺(つぼ)を、今、『500万円で買う』誓約を生前に行いました。だから、あなたは、私の携えてきた、この壺を今買う必要があります」

と。

このように書くと、現在、どのようにしても、自分の生前の記憶を思い出せない情報に従って、「あれそれをして下さい」と言って来る人の危うさを感じるのではないだろうか。

/////////////////////////
/////////////////////////

それに、もしも仮に、私達の間の多くで、「生前の記憶を持っており、今現在、はっきりとそれを思い出すことができます」という人々が多いとしてみよう。

そして、さらに、その生前の記憶の中で、「私は、生前に誓約しており、その誓約内容として、『カバールやイルミナティ達に改心させる』という条項を書いていた」としよう。

しかし、もしそうだったとしても、今現在に暮らしている中で、その人が

  「私は、どのように判断しても、カバールやイルミナティ達を改心したいと願わない」

という人々も出てくると思われる。

P6140144

 

だから、そのような人達ならば、あっさりと生前に書いたとされる誓約書を破棄すれば良いことになる。

なんとならば、もし、本当に人間が真の自由の存在ならば、その人が昔に書いたとされる誓約書や契約書の誓約条項や契約条項を破棄することも可能だからだ。

人間は自由の存在だ。
だから、その人が過去に立てた誓約条項や契約条項を破棄することも可能だ。
実際、私達の生活の中でも、過去のかなりの量の誓約条項や契約条項を破棄を願う人々も多いと思われる。

なぜならば、ある過去の一点では、何らかのことに対して、他人との間で、同意が成立したことにより、誓約条項や契約条項を結ぶのだけど、時間が経つにつれて、様々な状況が変化するため、過去のある段階で、同意して、結んでしまった誓約条項や契約条項に対しても、「自分は、その誓約条項や契約条項を破棄したい」と願うことも多々あるのだから。

その上、人間や他の生物にしてもそうなのだけど、私達は自由の存在だ。
だから、「私達は自由の存在」なので、「何らかの過去において成立した誓約条項や契約条項も破棄できる」という自由さえも、私達は持っている。
その代り、その誓約条項や契約条項の影響の及ぶ、関係者の人々とは、トラブルが発生するかもしれない。

この「過去において成立した誓約条項や契約条項も破棄できる」という自由も、私達の世界にはあるので、私達は驚くかもしれない。
なんとならば、これが実感できると、上に書いたように「関係者の人々とは、トラブルが発生するかもしれない」からである。

だから、何らかの誓約条項や契約条項が破棄されようとしている時には、関係者の人々が、それらの書類を持って来て、

  「あなたは、このように、過去に書いた誓約書や契約書中に、『これこれのようにする』と書いているではないか」

と言って来るケースも多いことだろう。

これなどは、上に書いた事から考えると、結局、相手の側が、その誓約条項や契約条項を見せることによって、脅し(おどし)をかけているのと同じだといえるだろう。

なぜならば、あなたが、その誓約条項や契約条項を破棄することによって、相手の側が何らかの損害を受ける事が多いからである。

だから、過去の誓約条項や契約条項を見せられることによって、脅されたように感じた人の側の方が、内心では、「その誓約条項や契約条項を破棄したい」と、必死に願っているにも関わらず、つまり、イヤイヤながら、本音とは逆の方向である、その過去の誓約条項や契約条項を、しぶしぶながらに、作業していることも多い。

(「誓約条項や契約条項を破棄したい」と願っている人が、それに関係している人々から、反対されることが多々ある。なぜならば、それらの誓約や契約に関係している人々が、「それらを継続してほしい」と、あなたに願うケースが多いからである。しかし、現状・状況・環境・事情やその他もろもろことを考慮すると、「その誓約条項や契約条項を破棄するのが当然だ」とわかっていても、当事者同士の利害関係が絡んでいるので、争いが起こることも多々ある。このような面倒な事情を避けるためには、最初から、極力、多くの誓約・契約をしない方が良いとわかる。)

結局、このようなことを考えていると、わかりやすく書くのならば、「過去は過去、今は今」という言葉が本物であることがわかる。

P6290145

 

過去のものは過去のものなので、長い時間が経つことにより、大いに、「その誓約条項を満たすだけの、周囲の事情が大いに、たくさん変化した」とあるのならば、「過去は過去、今は今」となることによって、

  「私は、過去、これそれのことに関して、誓約あるいは契約をしたが、『過去は過去、今は今』なので、その誓約条項や契約条項を破棄します」

という状況も、かなり多数、発生している筈である。

結局のことながら、「私達には今しかない」となってくる。

/////////////////////////
/////////////////////////

ちょっと長くなったのだけど、つまり、もし仮に生前に「私はカバールやイルミナティに対して改心を促す説得をします」と誓約を立てていても、上に書いた理屈から、「その誓約内容・契約内容を破棄します」となっても仕方が無いのである。

つまりは、今現在の私達の本音のみが実行されるのだから、生前に「私はカバールやイルミナティに対して改心を促す説得をします」と誓約を立てた人でも、それを止めることが出来る。

/////////////////////////
/////////////////////////

このような状況を考えていると、地球の造物主が、「カバールやイルミナティを愛したい」とか「カバールやイルミナティを改心させたい」という願いが、過去にあったとしても、結局、その願いや目的は失敗したと言えるだろう。

もし、地球の造物主が、「カバールやイルミナティを更生させたい」という願いがあったのならば、その地球の状況、つまり、私達の目から見るとパラレル・ワールドなのだけど、そのパラレル・ワールドは次のようなものとなっていると思われる。

①:地球上の誰もが、生前の記憶をはっきりと思い出せることが可能であり、②:その生前の記憶中に、明らかに、「私はカバールやイルミナティを更生させます」という誓約内容が記載されており、③:カバールやイルミナティの計略に陥らぬような、ある意味、スーパーマンのような超能力を持っていて、カバールやイルミナティの更生行為に当たる、というものだろう。

---------------------------------

私達の現実社会での例を挙げると、更生施設内での専門スタッフとということになる。

時々、テレビや雑誌などで、それらのような更生施設が紹介されており、内部の様子もドキュメンタリーとして報道されているけれど、あのような状況になると思われる。

---------------------------------

上の条件の①②③も無かったのだから、私が考えるところ、カバールやイルミナティに対する、地球の目的は失敗したとみている。

だから、今までの地球に立てられていた大きな目的も外されていると思われる。
その目的とは、

  「どんな人とも仲良くやっていきましょう」

というものだろう。

現在、この看板(かんばん)は降ろされていると、私は見ている。

P7110144

 

過去、この大きな看板が架けられていたことにより、様々な苦痛が発生していたと思う。

分かりやすい例を挙げると、学校の例が良い。

小学校や中学校でも、イジメっ子と言われる人達がいる。
そのイジメっ子と言われる学生達と、そのクラスの人間達は、イヤイヤながら、本心では快く思わずとも、何かの義務のように、そのイジメっ子と付き合わされ、あたかも、「私達は、そのイジメっ子を更生させる義務がある。誰が私達にその義務を負わせたのか明確にはわからないけれど」のように感じた人々も多いのではないだろうか。

上の例の中の「イジメっ子」を、「カバールやイルミナティ」と置き換えて、「そのクラスの人間達」を「カバールやイルミナティ以外の人々」と置き換えたら、話はわかりやすいだろう。

---------------------------------

この更生義務とも言える「どんな人とも仲良くやっていきましょう」という地球の目的は失敗したのだから、つまりは、現在、その看板は降ろされていると私は見ている。

この手の大きな看板が下ろされた後、仮に、長い時間が経って、再び、その看板を架けようとしても、なかなか人々は集まらない。

なぜならば、大きな目標の書かれた看板が下ろされるにあたって、それなりの理由と経過があったので、それらの理由と経過を聞いた人々は、当然ながら、集まりにくいからだ。


                                       坂本 誠

2019年1月 4日 (金)

三千三百十八:私の省エネ・ライフ(冬季生活編_2)

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

---------------------------------

年初のブログ記事ですが、「省エネ・ライフ」ものとなりました。

三千三百八:私の省エネ・ライフ(冬季生活編)』の続編となります。
『三千三百八:私の省エネ・ライフ(冬季生活編)』でも書いたですが、冬季の省エネとして『石油ストーブと魔法瓶の組み合わせ』は、これは非常に良い省エネ方法だと思います。

冬季ですから、お湯の需要が高くなります。
当然ながら、石油ストーブの上にやかんを載せて、お湯を作るわけですが、そのお湯を魔法瓶に保存しておき、適宜、活用するわけです。
電化製品で喩えるならば、この「魔法瓶」は「バッテリー」に相当することがわかります。

よって、かなり、ガスコンロを使用する頻度が少なくなりました。

---------------------------------

私の方でやっている例を挙げてみます。
当然ながら、例を挙げていけば、読者の方々にも、その省エネ方法の良さが実感できるからです。

朝、起床してから、ストーブを点けます。
そして、魔法瓶の中には、昨夜、作ったお湯を保存してあります。
そのお湯を再び、やかんに移して、そのストーブにかけます。
すると、ある程度、お湯が魔法瓶の中に保存されてありましたから、短時間で、今日の分のお湯を作れます。
もちろん、このお湯を作るのに、理屈上、ガスコンロを使わないことになります。
我が家には、やかんが2つあるので、同時に麦茶もこの方法で作っています。

次に、今日飲む分だけのドリップ・コーヒーを何杯か分、作ります。
そのコーヒーも、魔法瓶の水筒に入れます。
そして、夜の食事の前に、やかんか鍋にコーヒーを移して、そのストーブにかけます。
もちろん、コーヒーは魔法瓶の中でお湯として保存されてありますので、短時間で、熱いコーヒーの出来上がりです。
ですから、ガスコンロも使わないし、電子レンジも不要です。

次は料理への応用です。
カップめんを作ったり、うどんやそばを作る際に、ガスコンロを使うものですが、そのカップめんや、うどんやそばを作る際にも、魔法瓶の中に保存してある、お湯で作れば、短時間でそれらが作れます。
若干ながら、ガスコンロを使ったりもしますが、この方法だと、はるかに、ガスコンロを使用しません。

そして、就寝の前になりますが、我が家でも、毎食のように、朝、味噌汁を作っています。
出汁を取るのに、いりこなど入れたりしますが、就寝の前に、鍋にお湯を入れて、その出汁を取れば、朝起きてから、長時間かかって、ガスで炊く必要はありません。
一晩の内に、お湯のちからによって、いりこから出汁が作られています。

この他にも、料理にお湯は、頻繁に使用しますから、使い方によっては、調理の際に、かなりの量の、ガスの省エネとなるでしょう。

そして、就寝の前までにストーブの上では、やかんでお湯を作っています。
そのお湯を魔法瓶に移して、翌朝の調理などに使用します。

---------------------------------

我が家の例を見ても理解出来るように、非常にガスコンロを使うことが少なくなりました。

ですから、この『石油ストーブと魔法瓶の組み合わせ』の省エネ方法は、読者の皆さんに、快くお薦めできる省エネ方法だと感じています。

私達の間で、省エネで余ったお金は、何か他のもっと有意義なことに使った方が良いと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
==========================
『三千三百十五:私の省エネ・ライフ(バス・ポンプ)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/12/post-7c67.html

『三千三百八:私の省エネ・ライフ(冬季生活編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/11/post-c440.html

『三千五十一:私の省エネ・ライフ(こし湯を行う際に)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/01/post-70ee.html

『三千一:私の省エネ・ライフ(電化製品編)_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/10/_no2-c1f9.html

『二千九百九十五:私の省エネ・ライフ(電化製品編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/post-01c4.html

●真似をするなら自己責任で。電解コンデンサを交換して壊れたパソコンの電源を修理する。 | ホチキス先生の「プログラマーと呼ばれたい」
https://matsumotoyoshio.wordpress.com/2011/10/20/%E7%9C%9F%E4%BC%BC%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%82%89%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%81%A7%E3%80%82%E9%9B%BB%E8%A7%A3%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%92%E4%BA%A4/

●電解コンデンサの故障
http://www.pasokondokoro.com/memo/capacitor/

『二千九百八十六:私の省エネ・ライフ(交通編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/post-e2ca.html

『二千九百二十:私の省エネ・ライフ(料理編&PC編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/05/pc-3e08.html

『二千八百七十二:私の省エネ・ライフ(換気扇&調味料編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-76dd.html

『二千八百六十八:私の省エネ・ライフ(ヘア・アクセサリー編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-1bec.html

『二千八百六十一:私の省エネ・ライフ(暖房編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-a9e2.html

『二千八百五十五:私の省エネ・ライフ(ペット編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-5da9.html

『二千八百四十九:私の省エネ・ライフ(お菓子編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-d4f2.html

『二千八百四十一:私の省エネ・ライフ(ストーブ編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-61a1.html

『二千八百二十九:私の省エネ・ライフ(メモ用紙&お風呂の水)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-006b.html

『二千七百三十一:私の節水方法_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/11/_no2-73c8.html

『二千七百二十六:私の冬場仕度』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-fb20.html

『二千七百二十四:私の節水方法』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-96f0.html

『二千七百二十二:省エネの結果_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/_no4-225e.html

『二千六百四十六:パソコンの印刷関係での私の省エネ方法』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/09/post-ae66.html

『二千五百九十一:省エネの結果_No.3』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no3-e363.html

『二千四百九十三:省エネの結果_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/05/_no2-f44f.html

『二千四百四十七:省エネの結果』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/04/post-5030.html

『二千五百四十:家庭冷蔵庫の省エネについて_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/06/_no2-843a.html

『二千五百二十三:家庭冷蔵庫の省エネについて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/06/post-cbc5.html

『二千四百十三:ガスの省エネを考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/02/post-6550.html

『二千三百八十七:洗濯機の省エネを考える_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/01/_no2-d32f.html

『二千三百八十二:洗濯機の省エネを考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/01/post-351b.html

『二千三百七十六:節約話の続き』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/01/post-46c5.html

『二千三百:電話のモールス信号的な使い方を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/11/post-d4cd.html

『二千百三十三:網戸の治し方』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/08/post-d98a.html

『二千百三十:水の活かし方_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/_no2-04f5.html

『二千百二十八:水の活かし方』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-1e00.html

『二千百二十六: 冷蔵庫の活かし方』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-9aaf.html

『二千百二十四:ハンダ付けを使った節約方法』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-02e7.html

『二千百十六:物資の活かし方を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-c79f.html

『二千百八:無農薬野菜を使った節約方法』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-e6e0.html

『二千百四: タッパについて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-fa56.html

『二千九百二十九:節約について』
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2013/02/post-83e0.html


                                       坂本 誠

2018年12月31日 (月)

三千三百十七:年末の一日(独白)

こんばんわ。

---------------------------------

年末の日となると、なぜかはわからないが、自宅周辺を散歩することが多い。
特に意味は無い。

P5020145

 

ただ、自宅の周囲の土地の上を、年の区切りの日に踏みしめてみると、何がしかの大地とのつながりを、ことさら感じてしまう。
もちろん、晴れた日なら、ことさらだ。

理由はわからないけれど、かなり後々になっても、大晦日の一日の出来事を思い出すことが多い。

何処に足を向けるかも決めず、ただつれづれなるままに、足を運びながら、今日のブログにアップしたいような記事をとめどなく考えていた。
---------------------------------

最近は、文体を気にしつつ、筆を運ぶことが多い。

そこで、今日の記事を書く前に、文体のことを考えてみた。
今、私が書いている、この記事は、自分で言うところの「独白調」というものである。

日本語には他にも「です・ます調」という文体がある。

P5070150


もちろん、この「です・ます調」という文体の語尾には、「独白調」と違い、「です」、「ます」が付く。
そして、この「です・ます調」の場合、文体を、その「です・ます調」で通すためには、全文にわたって語尾を「です・ます調」で統一する必要がある。

これ自体が日本語の不思議の一つでもあることに気が付く。
日本語には「独白調」の他にも、「です・ます調」がある。
海外で日本語を学ぶ外国人の方々にとっても、これほど、難しい外国語は無いのではないだろうか。

---------------------------------

普通、英語の文章だと、日本語で言うところの「独白調」のみで良いことに気が付く。
英語の場合の「です・ます調」というのは、強いて言えば「would(~でしょう)」とか「could(~でしょう)」を用いた丁寧表現のことを指すだろうか。

しかし、日本語の「です・ます調」とは、ちょっと違うと思われる。

---------------------------------

さらに、日本語の多用さを、歩きながら、考えていると、老人世代、つまり、おじいちゃんやおばあちゃんのことだが、この老人世代での、表現もあるようだ。

例えば、田舎のおじいちゃんやおばあちゃんが語る時には、「何々じゃ」とか「何々じゃのう~」等のような文体を私達は聞くことがある。

これなどは、今、名付けてみると「おじいちゃん・おばあちゃん調の文体」と言えるだろうか。

---------------------------------

比較的若い世代の女性、女性だけでは無いかもしれないけれど、比較的若い世代の女性がよく使用していると思われる文体もある。

P5140147

 

これは、「何々よね?」とか「何々じゃない?」の表現である。

これは、学校時代の英語の時間でも習ったように、「付加疑問文」と言われるものだろう。
つまり、私達が習ったところだと「~, isn't it ?」とか「~, isn't he ?」である。

つまり、このような文体の違いを現す文法規則も英語には存在していることがわかる。

しかし、日本語の場合だと、上に書いたように、「おじいちゃん・おばあちゃん調の文体」もある上に、探し出してみると、方言以外にも、数多くの文体が潜んでいると思う。

だから、海外で日本語を学ぶ外国人の方々も、あるいは、日本国内で日本語を学んでいる最中の外国人の方々も、日本語を学ぶのには苦労すると思う。

---------------------------------

日本語というのは、ある意味、「雰囲気を現す言語」として知られている。

だから、英語で「私」という単語を意味するのは「I」のみだけど、日本語で「私」を意味する単語は、かなり多くある。
例えば、「我(われ)」とか、「私(わたし)」ではなく「私(わたくし)」とか、「僕(ぼく)」とか、「あたい」とか、「俺(おれ)」とか、「朕(ちん)」とか、「うち」とか、「拙者(せっしゃ)」とか、、、、

探せば、まだまだ出てくるかもしれない。

「ヨーロッパ語族」と言われている言語は、どちらかというと、周囲の出来事や、「伝えたい内容を正確に相手に伝えたい」という機能が備わっている、と聞いた事がある。

だから、相手に伝えたい内容を正確に伝えたいのだから、上に書いたような、日本語で見られるような「私(わたし)、I」を表現する、数多くの単語(「1人称単数」と言う)が、数多くあったら困ることになる。

この辺りが、日本語が「雰囲気を現す言語」として知られているゆえんだと思う。

---------------------------------

日本語が「雰囲気を現す言語」だと仮定して考えてみると、上に書いたように、「伝えたい内容を正確に相手に伝え」にくい、という欠点を持つことになる。

しかし、これ自体が、一つの長所であることに私達は気が付く。

なんとならば、日本語が「雰囲気を現す言語」なので、喋っている相手の雰囲気を現すためには、上述したように、多くの単語を使い分ける必要が出てくる。

上の例をそのまま使ってみよう。
分かりやすい例で言えば、「拙者(せっしゃ)は、、、」と書くと、これだけで既に、読者の頭の中には、江戸時代以前のサムライの姿を思い浮かべることだろう(この辺りは日本人で無いとわかりづらい部分であり、もし、今、日本語をあまり知らない外国人の方が、これを読んでもわかりづらい部分であるので、どうかお許しください)。

あるいは、「僕は、まだ、この年齢だから、、、」と書くと、これだけで既に、読者の頭の中には、年齢の幼い少年の姿を脳裏に思い浮かべていると思う。

あるいは、「あたいはね、こんな育ちだからさあ、、、」と書くと、これだけで既に、読者の頭の中には、街の中を現代風のファッション・スタイルで着飾った、若い女性の姿を脳裏に思い浮かべていると思う。

あるいは、「我々は、、、」と書くと、これだけで既に、読者の頭の中には、ちょっと威張った雰囲気のある、ある程度の年齢をしたイルミナティのような人物像を思い浮かべているかもしれない。

あるいは、「うち」という単語を使ってみると、「うちはね。ダーリンのことを、とっても好きだっちゃ!」と書くと、これだけで既に、読者の頭の中には、完全に、ある特定の人物の姿を思い浮かべているかもしれない。

---------------------------------

まだまだ例を考えつけるような気がするのだけど、ここまでにして、本題に帰りたい。

P5200146

 

つまり、このように、日本語だと、単語そのものが多くなるので、その日本語によって書かれた文章自体に、より多くの情報量を含めることが出来る。

試しに、上に挙げた多くの例を、英語に訳してみると、ほとんど一つの単語であるところの「I(私)」を使わないといけないので、その文章を語っている人の雰囲気や、しぐさや、性格を伝えるためには、それ以降に数多くの補助的な文章を付けることによって、語っている人の雰囲気や性格を、補うことになる。

しかし、日本語の場合だと、「私(わたし)」を現す単語が豊富なので、その「私(わたし)」に相当する、その1人称単数を示す単語を使っただけで、それを使った当人の雰囲気そのものを、文章だけで、かなりの量を伝えることが出来る。

---------------------------------

つまり、日本語という言語は、他の言語と比べて、より絵画的であることが私達にわかる。

P6070148

 

言語をより絵画的に使うためには、このように、上に挙げた例のように、例えば、「私(わたし)」に相当する、幾つもの単語を作成してみたり、あるいは、「独白調」とか「です・ます調」とか「おじいちゃん・おばあちゃん調の文体」のように、より多くの文体とかバージョンといわれるものを作成する必要があることがわかる。

また、日本語は絵画的だけでなく、音楽的でもある。
言語に、これらの目的、つまり、言語に絵画的であったり、音楽的な雰囲気を与えるためには、一つのものを現す単語に、数多くのバージョンを作成してみたり、それ相応のものを作る必要があることがわかる。

つまり、日本語は、他の言語と比べて、より右脳的である。
日本語は、世界の多彩さを表現するのに、より適した言語と思われる。

英語の場合だと、「私」を現す単語は「I」一つだ。
英語圏の人々は男も女も老人も若人も、その「I」を使って、「自分は、、、、、、」と表現する。
しかし、その英語の文章からは、男と女の違いもわからないし、老人が語っているのか、幼い人間が語っているのかも、その文章からは、その情報が欠落していることが第3者から見てわかる。

Img7d9206723b05

 

確かに、英語の場合だと、より簡潔に「私」を現すことが出来る。
しかし、英語で、様々な世界を表現する際に、日本語のように絵画的に、あるいは、音楽的に、あるいは、多彩に、世界を表現できないことがわかる。

これが英語の長所でもあり短所でもあり、同時に、日本語の長所でもあり短所でもあることがわかる。

---------------------------------

一般に、世界では、日本語の難しさが知られているので、日本語学習は評判が良くないようだ。

しかし、ここに書いたように、日本語の面白さを掘り下げて書いてみると、日本語の奥深さがわかる。
つまり、日本語の研究をしてみると、日本語の素晴らしさがよくわかる。

かつ、このように、右脳的な言語の特徴が、日本語の中に残されていたことがわかる。
そして、このような右脳的言語の存在は、あまり世界を見ても少ない。

だから、日本語は貴重だし、世界の多くの言語調査に携わる人が、もっと、日本語の奥深さを調べても良いと思う。

---------------------------------

さて、このPC筆を流しつつも、大晦日の夕暮れ時が過ぎ、夜に入った。
2018年も、あと、数時間となった。

除夜の鐘が鳴りだす前の宵(よい)の口、静かな時間の中で、PC筆を流す際の、タッチタイプの音だけが木霊(こだま)する。
タッチタイプの音が、ピアノの音のように、キーボードの上から流れ出て、夜の静寂の中に溶け込んでいくかのよう。

この雰囲気は、なんと、大晦日の夜にマッチしていることか(いと、いみじ)。

---------------------------------

この辺りで、PC筆を置き、夕食に向かうつもりなのだけど、私が書き忘れていたことには、

    今年も、お世話になりました。
    来年も、どうか、よろしくお願いいたします。

Img7d946aa237e8



          2018年12月31日


                                       坂本 誠

2018年12月29日 (土)

三千三百十六:パラレル・ワールドを考えてみて(独白)

/////////////////////////
/////////////////////////
■:はじめに

こんばんわ。

この段落では、語りやすいように独白調で書いてみます。
時には、「です・ます調」も入るかもしれません。

/////////////////////////
/////////////////////////
■:パラレル・ワールドとは

「パラレル・ワールド」というものを考える機会があった。
「パラレル・ワールド」というのは、日本語に訳せば、「並行世界」ということになる。

SF世界に詳しい人なら、よく知っているだろう。
過去の1点の時間より、選択が別れた世界が幾つも広がっている。
例えば、何かの道を歩いていて、左側のAのルートをたどった時の運命と、右側のBのルートをたどった時の運命が違うので、Aの運命の世界とBの運命の世界という二つの「パラレル・ワールド」が作成されている。

人間は何人もいる。
そして、その人間の一生分の選択は数知れずある。
だから、「パラレル・ワールド」は無数に形成されている、というのが、SF世界での「パラレル・ワールド」の定義だ。

---------------------------------

この「パラレル・ワールド」というのと、私が時々、このブログに紹介しているカバールやイルミナティあるいはレプティリアンのことを重ねて考えてみた。

彼等の由来というのも、同じく私が時々紹介している以下の文献で見られるように、どこかの過去の時点から私達の前に出現したのだろう。

●(以下、『あなたはどの星から来たのか?』(ファルス著 ヒカルランド)から引用)
---------------------------
そのひずみの間にスーッと入り込んだのが、非ヒューマノイド型の生命体(レプティリアン種、通称レプ種)の浸食です。

P1120151


そうしてあなたがたは、徐々に能力を制限されていくようになり、やがて囚われと制限のある世界の住人となることを選んでしまいました。
それは主に電磁波によるコントロールシステムを使って行われました。

時を同じくして、幾度目かの大がかりな宇宙戦争もありました。
大別するとヒューマノイド型と、別宇宙(アナザーユニバース)から転生してきた非ヒューマノイド型との侵略戦争です。
この戦争においてはヒューマノイド型はとても不利でした。
というのは、もともとヒューマノイド型は、非侵害、不可侵という思考システムで活動していたため、所有という概念もなく、ましてや戦闘や防御といった体制も持っていなかったのです。
      :
    (中略)
      :
現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類脳の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

それはいわば電磁波的な壁のようなもので、私たちはその壁をネットコントロール(網支配)と呼んでいます。
それはまるで漁師が目の細かい網で、そこにいる魚をすべてすくい取る網のように見えたからです。
      :
    (中略)
      :
今まで、あなたたちが創り出したと思っている社会や思考システムのほとんどは、彼らによる至高の雛形が具現化したものです。
それは大変な影響力を持ちました。
まるで、家に屈強な父親が一人いて家族を管理しているかのようです。

---------------------------
(引用終わり)

この文献で判断する限り、私達の人類史は、今から約31万2000年前から、いびつに歪められていることがわかる。

ここから、私が上に書いたパラレル・ワールドと話が重なって来る。

20100516053144


読者の方々も考えるかと思うのだが、以下のような疑問が胸中に湧いてこないだろうか。

  「もし、約31万2000年前から、現在に至るまで、彼等が地球を侵食し続けていなければ、どんなにか私達の世界は変わっていることだろうか」

と。

つまり、もし彼等が約31万2000年前から、現在に至るまで、地球に居なければ、それなりの地球史が流れていた筈である。
その、「もし、彼等が現在に至るまで、地上におらずに、その他の人類によって、作られていた地球史」が、一つのパラレル・ワールドであることがわかる。

だから、このブログの読者の方々ならば、

  「カバールやイルミナティあるいはレプティリアンの影響を受けずに、作られた地球史を見たい」

と願う人も出てくることだろう。

/////////////////////////
/////////////////////////
■:パラレル・ワールドに行くためには(その1)

私がSF映画やSF小説等を見ると、その作品中で語られているパラレル・ワールドに赴くためには、たいていの場合、今だ私達の見たことの無い遠い未来に現れるであろう、科学技術の粋を込めて作られた機械によって、それらの世界を訪ねることが多いようだ。

あるいは、宇宙人が乗っているとされるUFO、つまり、高度な科学技術によって造られた宇宙船に乗せてもらい、その宇宙船に搭載されている未知の科学技術によって、パラレル・ワールドに訪れるのかもしれない。

---------------------------------

しかし、私が考えたところによると、そのような未だ私達が見たことの無い超高度な科学技術を使わなくても、パラレル・ワールドを訪ねることは実現できると思われる。

それは以下の方法による。

Img7d94c76145bf

 

私達は、カバールやイルミナティあるいはレプティリアンの数々の影響を知った。
それは、私のこのブログの過去記事を読んだり、あるいは書籍を読んだり、あるいは、他の文献を読んでも読者の方々はその知識を得ることができるだろう。
カバールやイルミナティあるいはレプティリアンの数々の影響とは、ここでは少ししか例を挙げることが出来ないけれど、例えば、お金、銀行システム、社会の中に見られる数々のピラミッド状社会構成、支配と隷属、等々、、、。

それらのネガティブな影響の無い世界を思い浮かべれば、つまり、それが、カバールやイルミナティあるいはレプティリアンの影響の無い世界だとわかる。
世界のどこかにも、いまだ、彼等の影響の少ない社会が残存していると思われるので、そのような社会を思い浮かべれば、それが、彼等の世界では無い世界だと言えるだろう。

つまり、そのような世界こそが、今現在でも、地球上に残存しているカバールやイルミナティあるいはレプティリアンの影響の無い世界なのだから、一つは、そのような世界に直接訪ねてみることが、「パラレル・ワールド世界への一つの訪れ方」ということになるだろう。

---------------------------------

ここから、少しだけ、さらに考えを発展させてみよう。

私達は、カバールやイルミナティあるいはレプティリアンの影響の無い、パラレル・ワールドを想像することが出来る。
だから、ここから考えを発展させてみると、ある一定の人数によって(もちろん、たった一人でも良いのだけど)、カバールやイルミナティあるいはレプティリアンの影響の無い社会を新たに生み出せば、その社会を生んで、その社会の内部で生活していること自体が、つまり、「パラレル・ワールドに行って、そこで生活している」ということになるだろう。

(このようなパラレル・ワールドに、私達が現在使用している数多くの機械や大量の科学技術を共に携えても、それは、「カバールやイルミナティあるいはレプティリアンの影響を、そのパラレル・ワールドに持ち込んだ」ということにはならないだろう。なぜならば、人間の生み出した数多くの道具や大量の科学技術は、カバールやイルミナティあるいはレプティリアンの影響を受けずとも、遥かな太古より、それらの進化が続けられているからである。それらの進化は、彼等の影響とは関係の無いことがわかるので、要するに、大量の道具とか大量の科学技術を、その世界に携えていっても、カバールやイルミナティの影響をそのパラレル・ワールドに持ち込んだことにはならないから。)

要するに、私達がSF映画の中で見るような高度な乗り物を使わずとも、「私達の意志によって、私達のパラレル・ワールドに移行する」ということが可能であることが私達にわかる。

そして、そのパラレル・ワールドには、カバールやイルミナティやレプティリアンの影響の無い世界だから、そのパラレル・ワールドには、彼等の影響が無いだから、つまりは、上に書いたような、お金、銀行システム、社会の中に見られる数々のピラミッド状社会構成、支配と隷属、等々が無い世界だとわかる。

そして、その世界で暮らすことを選択した住人達ならば、それらの住人達の5世代後位の子孫達の歴史家達が、5世代前の人々を指して、

  「私達の5世代前の先祖達は、カバールやイルミナティやレプティリアンの世界とは、別のパラレル・ワールドに移行したのだ」

と、何かの文献に彼等の筆を残すと思われる。

(もっとも、そのような住人達の間では、「歴史家」という肩書も存在していないと思われる。なんとならば、カバールやイルミナティやレプティリアンの世界の特徴の一つとして、世界の職業の「分業化」が進められている。つまり、社会の間で多くの専門家達を養成し、その狭い部屋の間でのみ、イルミナティ達は、人々を専門労働させている。これは、「多くの人々の視野を狭めさせるために行っている」と映画『スライヴ』で説明されている。だから、せいぜい、上の言葉を何かの文献に記すのは、単に「歴史好きの人」ということになるだろう)

『四百八十六:私の見かけたビデオについて_No.47』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/_no47-6032.html
https://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI




/////////////////////////
/////////////////////////
■:パラレル・ワールドに行くためには(その2)

また、もっと極端な例を考えることも出来る。

上に書いたような手順で、カバールやイルミナティやレプティリアンの影響の無いパラレル・ワールドに移行した人々には、いまだ、カバールやイルミナティやレプティリアンの記憶がまざまざと残っていると思われる。

ちょっと酷な話かもしれないけれど、パラレル・ワールドの移行の仕方という意味合いで書くのだけど、もし、それらのある一定の人数の人々が、「カバールやイルミナティ達が私達に与えた記憶がつらいので、どうか私達の記憶を消して欲しい」という願いが起こるかもしれない。

P9130161

 

実は、これすらも現代では可能となっている。
心理学者や催眠術師達に願って、サブリミナル効果などを使用して、ある一定の記憶喪失状態が作れることが知られている。
その施術をそれらの人々に施せば、それらの人々の記憶からはカバールやイルミナティの記憶が消えることになる。
そして、それらの人々の願いでもあるのだから、それらの人々の携えてきた文献のあらゆる場所から、カバールやイルミナティに関して記載された箇所を削除したり、それらの人々の携えてきたコンピューター・ネットワーク上のサーバー・コンピューター中のハードディスク中に記録されている、磁気的な記録をも削除していれば、それらの人々は、過去に受けてきたカバールやイルミナティやレプティリアンの記憶を全て消去していることになる。

/////////////////////////
/////////////////////////
■:パラレル・ワールドに訪れた際に予想出来ること

上記の場合の「パラレル・ワールドの移行の仕方」というのは、唐突な現象であることがわかる。
あまりに急にパラレル・ワールドに移動すると、精神的に大きなショックを受けるかもしれない。

要するに、私達がSF映画の中で見るような高度な乗り物を使わずとも、「私達の意志によって、私達のパラレル・ワールドに移行する」ということが可能であることが私達にわかる。

しかし、このような急激な形での「パラレル・ワールドへの移行」というのは、上述したように、ショックが大きいと思われるので、十分な注意が必要と思われる。
おそらく、私達がSF映画の中で見るような高度な乗り物を使ってでの、「パラレル・ワールドへの移行」というのも、もし実現できれば、十分な注意が必要と思われる。

なぜならば、そのパラレル・ワールドでの自分と同等の存在がいたと仮定しよう。

そのパラレル・ワールド内には、自分のいる世界とは、かなり違った風習や習慣が使用されていることがわかる。
私が上に書いたように、カバールやイルミナティやレプティリアンの世界観のある世界で、長らく生活しているもう一人の自分がいたと仮定しよう。
その、もう一人の自分は、カバールやイルミナティやレプティリアンの世界観に洗脳され、その結果、その、もう一人の自分が、そのパラレル・ワールド中では、イルミノイドになっているかもしれない。

P9110154

 

この「イルミノイドになってしまった、もう一人の自分」というのを、読者の方々の、「もう一人の自分」に置き換えてみると、ある程度の、軽い精神的なショックを受けるだろう。

だから、急激な形での「パラレル・ワールドへの移行」とか、私達がSF映画の中で見るような高度な乗り物を使ってでの、「パラレル・ワールドへの移行」を行うとするのならば、このためには、充分な精神的な予習と精神的な訓練が必要だとわかる。

いきなり、別の世界を見るのだから、その、かなり風習・慣習・常識の異なった世界に対しての自らの心の寛容性を自身の内に、確固として築き上げておく必要があるからだ。

(かなりの量のSF映画やSFアニメの中でも、この「パラレル・ワールド」ものが描かれている。そして、たいていの場合、主人公は、その「パラレル・ワールド」に訪れることにより、深刻なカルチャー・ショックを引き起こしてしまう。なんとならば、上に書いたように、自分の世界と非常によく似ているが、その世界の風習・慣習・常識・ルール等々は非常に違っており、あたかも、その世界での、もう一人の自分は、ある時は、巨大な悪党であったり、ある時は、偉大な大統領でもあり、ある時は、その環境に適した何らかの役割を実行しているからだ。だから、もし仮に、高度な宇宙人か神聖な神のような存在が、いきなり、あなたのの目の前に現れて、次のように言ったとしよう。「あなたに数多くのパラレル・ワールド中の、数多くのあなた自身を見せてあげよう」と言ったと仮定しよう。この場合、あなたは非常に、極めて柔軟で巨大な寛容の精神を持っている、と見なして良いだろう。なぜならば、極めて数多くのパラレル・ワールド中の、あなた自身を見て、数多くの個性に変化している、あなた自身を見て、あなたが冷静に、それを見なければいけないのだから。)

(俗に言われていることに、「あなたの過去世と来世を見せてあげよう」という言葉がある。しかし、もし仮に、私達に過去世と来世が存在したとしても、このパラレル・ワールド中の自分を見る方が、私達はずっと衝撃を受けることだろう。なぜならば、過去世と来世というからには、これは一つの世界での連続した自分のことだからである。だから、この「自分の過去世と来世を見る」という行為は、喩えるならば、自分の古い写真を見たり、あるいは、自分の未来と予測できるアニメを見るのと、ほぼ似ているからである。だから、この「自分の過去世と来世を見る」という行為は、「パラレル・ワールド中の自分を見る」という行為よりも、予測や理解を得やすいからだ。だから、「自分の過去世と来世を見る」という行為よりも、「パラレル・ワールド中の自分を見る」という行為の方がよほど理解困難なケースに陥ることが多いだろう。)

---------------------------------

だから、後者の例で挙げた記憶喪失を選ぶ程のパラレル・ワールド移行者ならば、幾ばくか事が収まって後、私達に、次のように尋ねてくるかもしれない。

●パラレル・ワールド移行者:
「すいませんが、私は、時々、怖い夢を見ます。しかし、それらは私達の現実に全く関係無いことであり、また、私の記憶にも一切ありませんが、なぜ、私は、このような悪夢を見るのでしょうか?」

と。

このブログ記事を読んでいる、私達は事の顛末を全て知っているので、その目の前のパラレル・ワールド移行者の成り行きを全て知っている。
だから、彼(あるいは彼女)に返答しないといけない私達としては、ちょっと悲しげな顔をした後、しっかりと気を取り直して、少しばかりの軽い笑顔を出しつつも、

■私達:
「それは、たわいもない夢ですよ。夢ですから、あなたの現実のことではありません。あるいは、私達のいる世界とは別のパラレル・ワールドでの出来事かもしれませんが、その世界は、私達のパラレル・ワールドでの出来事なので、私達は気にすることは無いでしょう」

と、返答するかもしれない。

/////////////////////////
/////////////////////////
■:パラレル・ワールドに行く時の流れや予想される注意事項

現代に暮らす私達でも、主に私達の意志によって、「パラレル・ワールドへの移行」というのも可能だとわかったのだけど、上に書いたように、急激な移行を選ぶか、ゆるやかな移行を選ぶかは、その人次第となるだろう。

また、このように「パラレル・ワールドというものがあるかもしれない」という話題が広まる時には、その人の選択する上での、何らかの形での、「パラレル・ワールドへの道」というものが、既に、開きかけていることに気が付く。

そして、この「パラレル・ワールドというものがあるかもしれない」という事態に、それを聞かされた人が、その世界の存在の可能性に充分に気が付いていることに気が付く。

Pa170195

 

このような時というのは、たいていの場合、その世界に、何らかの秘された歴史が潜められていることに気が付く。
この「秘された歴史」というのは、結局のところ、カバールやイルミナティやレプティリアンの活動であることに気が付く。
彼等の人類支配の活動が秘されていた。
そうしなければ、彼等の人類支配計画とその実行が進まないのだから。

このように、「秘された歴史」というのがあると、充分に、それを知った人ならば、わかりやすく書くと、「もし、カバールやイルミナティやレプティリアンが存在しなかったら、その世界はどうなっていたのだろう?」という自然な疑問が湧く。

つまり、「その世界」というのが、この記事で話題としている「パラレル・ワールド」ということになる。

だから、「パラレル・ワールド」というものに気付けるだけの十分な知識を手にしていることになる。

---------------------------------

仮に、「パラレル・ワールド」の存在を知ったとしても、まだ、それから問題も残されている。
そのような「パラレル・ワールド」の世界を知った後で、「そのようなパラレル・ワールドに行ってみたいかどうか?」という選択の問題も出てくることだろう。

上の例で言うならば、(偽造社会の意味での)マトリックスの世界である、カバールやイルミナティやレプティリアンの影響のある世界から別の世界へ行く、ということになる。

これは一人一人の選択の問題となるのだから、個々の人が個別に決めるしかないだろう。

---------------------------------

そして、SF映画等で見かけるような超高度な科学技術によって造られた乗り物によって、遠い未来では、「パラレル・ワールド」に訪れることが可能かもしれない。
しかし、現在の私達でも出来るような「パラレル・ワールドへの移行の仕方」に気が付く。

Pa170203

 

というのも、仮に100個ぐらい、パラレル・ワールドがあると仮定しよう。
その、パラレル・ワールドというのは、私達の社会と非常に似通ってはいるものの、微妙に違っていることに気が付く。
つまり、その100個ぐらいのパラレル・ワールドの中では、人間達(あるいは、その他の生物達も考えられる)の思考の塊であることに気が付く。
つまり、それらの世界では、それぞれ別個の風習・慣習・常識・ルール等々が存在していることがわかる(あるいは、それらが全く無い世界もあるかもしれない)。

だから、現在の私達でも出来るような「パラレル・ワールドへの移行の仕方」というのは、現在、ある一定の人々(あるいは一人の人)が、その世界で行われている風習・慣習・常識・ルール等々から脱却して、何か別の新しい風習・慣習・常識・ルール等々(あるいは、それらが全く無い世界もあるかもしれない)の下で、生活を始めれば、その時点で、その方法が、つまり、「パラレル・ワールドへの移行」ということになる。

---------------------------------

ところが、カバールやイルミナティやレプティリアン、あるいはイルミノイドが支配しようとする、この世界では、カバールやイルミナティ達が、多くの人々を拘束しているのだから、次のような激しい抵抗が起こることだろう。

Img7d9145e92097

 

▼:カバールやイルミナティやイルミノイド達
「お前達(イルミナティ以外の多くの人々のこと)を絶対に、我々の存在しない、パラレル・ワールドに行かしてなるものか。なぜならば、お前達は、我々の奴隷達であるのだから、我々の生活を下支えする必要があるのだからな。我々(イルミナティ)は、お前達に強く依存しており、お前達が我々の食料・衣服・その他の生活必需品を生産しないと、我々は生活できないのだからな。だから、我々、イルミナティは、決して、お前達(イルミナティ以外の多くの人々のこと)を逃がしたりはしない。永遠に我々の檻の中にお前達を閉じ込めておこう」

と、彼等は願っていることだろう。

/////////////////////////
/////////////////////////
■:終わりに

まだ、パラレル・ワールドについて書けるかもしれませんが、少々、この記事は長くなりましたので、思いついた時に「Part.2」ぐらいにして書こうかと思います。

この記事は長いものとなりましたので、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


                                       坂本 誠

2018年12月20日 (木)

三千三百十五:私の省エネ・ライフ(バス・ポンプ)

こんばんわ。

三千五十一:私の省エネ・ライフ(こし湯を行う際に)』の続きです。

ホームセンターに行って、バス・ポンプを購入してみました。
「バス・ポンプ」というのは、現在では知っている人も多いと思いますが、主な用途としては風呂の残り湯を洗濯機で使用するために、水をくみ上げるものです。

最近のバス・ポンプも安くなっていて、私は1,000円台のものを購入しました。
そして、10mのホースを買ったので、そのホース代は約800円でした。

我が家の洗濯機は、かなり風呂場から離れていたのですが、最近のバス・ポンプの性能というのは、洗濯機と風呂場の距離が約10m以内ならば、水をくみ上げる能力は保たれます。
ですから、バス・ポンプが使用できています。

風呂場と洗濯機の間を、バケツで風呂の残り湯をくんで、頻繁に、その間を往復しても実現できますが、ずっとそれをやっているとつらくなってくるのですね。

ですので、バス・ポンプを購入してみました。

バス・ポンプを購入する際に、ホームセンターのその棚に、宣伝文句が書かれていました。

その宣伝文句によると、「1年間で約6万円分、水道代が省エネ出来る」だったでしょうか。
もちろん、この「1年間で約6万円分」というのは、「時価にして」という意味も含まれていると思います。
ですから、一ヶ月分だと、約5,000円分でしょうか。
もちろん、様々な家庭がありますので、上記の数字は、もちろん「平均して」だと思われます。

購入したばかりなので、まだ、その省エネ分を実感できていません。

しかし、これを読まれている読者の方々も、バス・ポンプを使いますと、ある程度の水の省エネが出来るので、助かる家庭も出てくると思います。

この情報が、読者の方々にとって、クリスマス・プレゼントになれば幸いです。

私達の間で余ったお金は、何か他のもっと有意義なことに使った方が良いと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
==========================
『三千三百八:私の省エネ・ライフ(冬季生活編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/11/post-c440.html

『三千五十一:私の省エネ・ライフ(こし湯を行う際に)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/01/post-70ee.html

『三千一:私の省エネ・ライフ(電化製品編)_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/10/_no2-c1f9.html

『二千九百九十五:私の省エネ・ライフ(電化製品編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/post-01c4.html

●真似をするなら自己責任で。電解コンデンサを交換して壊れたパソコンの電源を修理する。 | ホチキス先生の「プログラマーと呼ばれたい」
https://matsumotoyoshio.wordpress.com/2011/10/20/%E7%9C%9F%E4%BC%BC%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%82%89%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%81%A7%E3%80%82%E9%9B%BB%E8%A7%A3%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%92%E4%BA%A4/

●電解コンデンサの故障
http://www.pasokondokoro.com/memo/capacitor/

『二千九百八十六:私の省エネ・ライフ(交通編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/post-e2ca.html

『二千九百二十:私の省エネ・ライフ(料理編&PC編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/05/pc-3e08.html

『二千八百七十二:私の省エネ・ライフ(換気扇&調味料編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-76dd.html

『二千八百六十八:私の省エネ・ライフ(ヘア・アクセサリー編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-1bec.html

『二千八百六十一:私の省エネ・ライフ(暖房編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-a9e2.html

『二千八百五十五:私の省エネ・ライフ(ペット編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-5da9.html

『二千八百四十九:私の省エネ・ライフ(お菓子編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-d4f2.html

『二千八百四十一:私の省エネ・ライフ(ストーブ編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-61a1.html

『二千八百二十九:私の省エネ・ライフ(メモ用紙&お風呂の水)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-006b.html

『二千七百三十一:私の節水方法_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/11/_no2-73c8.html

『二千七百二十六:私の冬場仕度』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-fb20.html

『二千七百二十四:私の節水方法』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-96f0.html

『二千七百二十二:省エネの結果_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/_no4-225e.html

『二千六百四十六:パソコンの印刷関係での私の省エネ方法』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/09/post-ae66.html

『二千五百九十一:省エネの結果_No.3』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/07/_no3-e363.html

『二千四百九十三:省エネの結果_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/05/_no2-f44f.html

『二千四百四十七:省エネの結果』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/04/post-5030.html

『二千五百四十:家庭冷蔵庫の省エネについて_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/06/_no2-843a.html

『二千五百二十三:家庭冷蔵庫の省エネについて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/06/post-cbc5.html

『二千四百十三:ガスの省エネを考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/02/post-6550.html

『二千三百八十七:洗濯機の省エネを考える_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/01/_no2-d32f.html

『二千三百八十二:洗濯機の省エネを考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/01/post-351b.html

『二千三百七十六:節約話の続き』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/01/post-46c5.html

『二千三百:電話のモールス信号的な使い方を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/11/post-d4cd.html

『二千百三十三:網戸の治し方』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/08/post-d98a.html

『二千百三十:水の活かし方_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/_no2-04f5.html

『二千百二十八:水の活かし方』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-1e00.html

『二千百二十六: 冷蔵庫の活かし方』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-9aaf.html

『二千百二十四:ハンダ付けを使った節約方法』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-02e7.html

『二千百十六:物資の活かし方を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-c79f.html

『二千百八:無農薬野菜を使った節約方法』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-e6e0.html

『二千百四: タッパについて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/post-fa56.html

『二千九百二十九:節約について』
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2013/02/post-83e0.html


                                       坂本 誠

2018年12月17日 (月)

三千三百十四:小さな疑問_No.9

こんばんわ。

最近、疑問を感じることの多くなった私です。

巨大公共工事を見ていて、疑問を感じることがあります。

そのような巨大公共工事が開始される時には、たいていの場合、決まって、工事の責任者が顔を見せ、地域住民に対して、以下のようなセリフを言うのを、しばしば見かけます。

---------------------------------
▼:工事責任者

  「これは国の行う工事です。だから断行します」

---------------------------------

というものに近いでしょうか。

ここで私はいつも疑問を感じるのですが、そのような工事責任者クラスの発言内容中に、「これは『国』の行う工事です」の「国」という言葉が入れられていることです。

で、多くの人々が考えるところでは、以下のようなものでしょうか。

---------------------------------
●ある国民

  「『国』というと、つまり、それは私達、国民全体のことだ。だから、『国の行う工事』を決めるとなると、私達、国民全体が決めることではないだろうか?


---------------------------------

続けて、その疑問を感じた人は、更なる次の疑問を抱かないでしょうか。

---------------------------------
●ある国民

  「『国』というと、つまり、それは、日本で言うならば、約1億1千万人を指している筈だが、私達の目の前にいる工事責任者の口から出ている『国』という言葉が指しているのは、せいぜい、政府ピラミッド構造上部に存在している40人か50人ぐらいの人数の団体のことを『国』と言っているように感じる

---------------------------------

と。
続けて、

---------------------------------
●ある国民

  「だから、これは『国の行う工事』ではなく、せいぜい、国内に存在する40人か50人ぐらいの人数の所望している工事ではないだろうか

---------------------------------

と。

つまり、上の例で挙げたような「●ある国民」と「▼:工事責任者」の間に見られるような、「国」という言葉の解釈の違いが大いに生じているように感じるのです。

「▼:工事責任者」の側ならば、「国」という言葉を、「国という団体は、例えば、日本で言うのならば約1億1千万人を指している筈だ」と解釈している状況が多いように見えます。

 
しかし、上の例で挙げたような「●ある国民」の側から見れば、目の前にいる工事責任者の使用している「国という団体の意味するものは、「政府ピラミッド構造上部に存在している40人か50人ぐらいの人数の団体のことだ」と、現代では、解釈している人の方が多いのではないでしょうか。

そこで、このような疑問を聞いた工事責任者が、もしいると仮定するのならば、以下のような回答を出すかもしれません。

---------------------------------
▼:工事責任者

  「私達は選挙で選ばれた代議士達によって構成されている組織におり、あるいは、憲法の認めるところにより選出された公務員です。ですから、(たとえ、日本内部の日本人の約1億1千万人の大多数が私達に反対しようとも)私達は国民全体の団体を意味するところの『国』としての行動を実行することが出来るのです。つまり、日本人の約1億1千万人の同意ある行動として、その行動を断行することが出来るのです。もし不服があるのならば、選挙で政治を変えたら良いのではないでしょうか?」

---------------------------------

と。

/////////////////////////
/////////////////////////

というわけで、私なぞは、選挙そのものに疑問を感じているものですが、以下の幾つかの文献を紹介します。

『百九十:選挙について』
●政見放送 NHK 2013参院選 東京都選挙区 犬丸 勝子
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/post-e5cd.html
http://blog.goo.ne.jp/flatheat/d/20130716
2013年7月16日に、不正選挙について語った犬丸 勝子さん。

政見放送 NHK 2013参院選 東京都選挙区 犬丸 勝子
http://www.youtube.com/watch?v=x_TZdjqHYvQ

(※筆者注:上記ビデオは埋め込み不可となっていますので、ビデオのURLをお手持ちのブラウザのURLボックスに直接入力してご覧ください。)

(以下、上記ビデオより抜粋引用)
------------------------------
いきなりですが、

Cae17348ac1a23f8f23d3a96ec7ee3fd11


私が今回東京から参院選に立候補した理由は、
12月16日、昨年の衆院選後、
不正選挙の存在を知ったからです。
東京で不正を訴えようと思ってやって来ました。
          ・
          ・
          ・
この選挙で、自民圧勝に終われば、
すぐに憲法改正が頭をもたげるでしょう。
さらに、不正選挙があります。

福岡選管の場合、
投票箱を投票所から開票所へ運んだ記録がほとんどありません。
マイカーで運んだとも言ってます。信じられません。

投票箱がいくつかなくなっていても、
当落に関係ないからといって問題にもなりません。

このような不正選挙をなくし、正しい選挙にすることこそ、
私たちの日本の未来があると考えていいでしょう。
          ・
          ・
東京都選挙区
無所属
犬丸勝子さんの政見放送でした。
-------------------------------
(引用終わり)

(筆者である、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせて頂きました。)

『二千三百四十九:News_No.548』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/12/news_no548-ac37.html
(以下、『News US』、2014/12/17記事より引用)
------------------------------------------
●次世代の党の票が不正に 隠 さ れ る 瞬間が激写される!!!
http://www.news-us.jp/article/410759480.html

【緊急拡散】
次世代の党の票が不正に 隠 さ れ る 瞬間が激写される!!!


YouTube: 手品?トランプ??いいえ、開票所の「開票スタッフの手元」です!

◆動画の要点。
・やろうと思えば、不正やり放題
・太田あきひろ、田母神と書かれた紙の上に
「池内さおり」
と書かれた紙を載せてそのまま束ねてる

1束500票で、棚に入れられる。↓

2c17accc81_21

棚に入れらたら、もう1束は確定する。

13b34188as11

3chu0tlt8ru411

・票の束を乗っける棚に貼られた名札の位置が固定=最初から得票数が決まってる?
・開票作業は足立区役所の職員、ちゃんとやってんの?
・次世代の党の立会人がいない(なぜ?)
・立会人以外には開票の様子がチェックできない
・票の束を乗っける棚に貼られた名札の位置が固定=最初から得票数が決まってる?

手品?トランプ??いいえ、開票所の「開票スタッフの手元」です!

http://youtu.be/VTUPS7FDM1Q

(転載終了)
---------------------------
(引用終わり)

『二百九:選挙について_No.2』
●新潟選挙区で生活の党の12万票が消えた!
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/07/_no2-481e.html
http://reptilianisreal.blogspot.jp/2013/07/blog-post_4019.html

(以下、上記記事より抜粋引用)
------------------------------
リチャード輿水先生のサイトのコメントから

マッシーさん

新潟選挙区です。(選管発表:開票率100%)

【選挙区】
塚田一郎(自民)456,542 当選
風間直樹(民主)204,834 当選
森ゆうこ(生活)165,308
米沢隆一(維新)107,591
西沢博(共産)  60,317
渡辺英明(社民) 46,101
安久美代子(無) 15,612
生越寛明(幸福) 5,188

【比例代表】
自民  409,001
民主  174,264
維新  106,823
公明  94,639
共産  77,964
みんな 66,785
生活  45,182
社民  42,850
大地  7,386
みどり  6,685
緑の党  7,072
幸福  3,754 

1.なんで、「森ゆう子」さんの得票が16万票以上なのに、「生活」の得票が45,000票しかないの?
その差、10万票以上はどこへ行ったの?
7割の票がどこかに消えた計算です。

当然、選挙区の票も怪しいのですが…。

2.「みんな」は候補も出していないのになんで66,000票もとってるの?なんで「生活」の票より多いの?

普通、「生活の党」の森ゆうこさんに投票したら、比例代表の方も「生活の党」に投票する人々がほとんどだよね。
では、12万票、どこに消えてしまったのでしょうかね?

みんなの党は新潟選挙区から誰も立候補していないのに、普通は、比例代表の方に票はそんなに入らないはずだよね?
-------------------------------
(引用終わり)

まだまだ選挙に関する類似の情報はありますが、ここからは私の文章です。

というわけで、選挙そのものも信頼できなくなって久しいので、長らく投票には出向いていません。
このような状況を見たら、「選挙が日本政治を変えるだろう」という期待を持てないからです。

/////////////////////////
/////////////////////////

また、ここから新たな疑問が生じます。

最近では、マスメディアが、選挙の開票会場に行って、開票状況をテレビカメラで撮影したり、あるいは、写真に撮影している機会が無いように見えるのです。
以前は、選挙の開票会場の開票状況が報道されていたと記憶しています。
ですから、選挙の終わった、その日のニュースの内に開票速報だけが流れるのですが、その開票光景が一つも映し出されていないとあるのならば、上記のような引用文献に見られる選挙の汚職とも言えるような状況を、防ぐことは難しくなるのではないでしょうか?

「選挙」というものも、政治の一つです。
政治とあるならば、私達の政治スタイルは民主主義政治なので、開かれた透明性のある政治状況が望まれています。
ですから、「開かれた政治スタイル」の一つとして、「選挙の公正を明かす」という意味合いで、マスメディアによる、選挙開票場の撮影・公開があっても、それは、「開かれた政治」あるいは「透明性ある政治」の実践の一つとなるので、大いに、世の国民に喜ばれる筈だと思うのですが、、、

最近の選挙投票後に、開票会場の公開が無いことを疑問に感じてしまいます。

ですから、一つの提案なのですが、選挙の開票会場の開票状況が、常に報道されれば良いと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
***************************************
***************************************
(引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。)

『三千三百十三:『小さな疑問_No.8』の続き』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/12/_no8-d014.html

『三千三百十二:小さな疑問_No.8』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/12/_no8-58cc.html
(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/12/11(火)記事より引用)
------------------------------------------
●「女子はコミュ力高い」根拠ある?性差重視の順大に批判
https://www.asahi.com/articles/ASLDC4FCWLDCUTIL01N.html?iref=comtop_favorite_02

「女子の方がコミュニケーション能力が高く、男子を救う必要がある」。
医学部入試で女子に不利な扱いをしたことについて、順天堂大がした説明に、批判が起きている。
そもそも「女子の方がコミュニケーション能力は高い」という説に、根拠はあるのか。(、、、以下、省略)
------------------------------------------
(引用終わり)

『三千三百九:小さな疑問_No.7』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/11/_no7-e607.html
(上記記事より抜粋)
---------------------------------
「あれほど、日産関係の情報(※注:日産前会長カルロス・ゴーン氏逮捕のこと)は公開されているのに、森友問題とか加計問題と言われている方の、情報が、ほとんど公開されないのは、なぜだろうか」
という、素朴な疑問が私の方で生じました。
---------------------------------
(引用終わり)

『二千三百十:小さな疑問』(2014年11月23日記事)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/11/post-a1bd.html
(上記記事より抜粋)
--------------------------
小さな疑問を持つ機会がありました。

つい、先ほど、NHKの『海外ネット』を見ていたら、以下のサブタイトルに沿った海外情報が流れていました。

  「『イスラム国』の横暴、人身売買された少女は」

テレビを眺めていたら、イスラム国の兵士に奴隷として人身売買された少女達は、ドル札で売買されたそうです。
ここで、疑問を抱きました。

イスラム国の兵士達がどうして、人身売買のためのお金としてドル札を持っているのでしょうか?
また、人身売買にもドル札が使用されるぐらいだから、当然、イスラム国の兵士達の日常生活でドル札が使用されているのでしょう。
イスラム国の兵士達の軍資金である、そのドル札はどこから、もたらされているのでしょうか?

小さな疑問を書かせていただきました。

(以下、新ブログ『光と輝き』からのイスラム国に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
--------------------------------------------------
『二千二百三十一:News_No.526』
●ISIS(イスラム国)テロ集団の指揮官は・・・元米陸軍大将
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/10/news_no526-143e.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51940247.html
http://the-tap.blogspot.jp/2014/10/senior-commander-of-isis-is-retired-us.html

(以下、上記記事より抜粋して引用)
----------------------

Vallely1

(↑ ポール・E・バレー氏)

ベテランズ・トゥデーのゴードン・ダフ氏によると:
ISISの指揮官は、元米陸軍大将のポール・E・バレー氏(Paul E. Vallely)であることが分かり(、、、以下、省略)
----------------------
(引用終わり)

--------------------------
(引用終わり)

『二千百十:私の見かけたニュース_No.60』
●ベテランズトゥデーのインタビューで重要な情報が伝えられました。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/_no60-ccd4.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51933323.html
http://beforeitsnews.com/alternative/2014/07/edward-snowden-reveals-isis-leader-abu-bakr-al-baghdadi-trained-by-israeli-mossad-video-2993768.html
http://beforeitsnews.com/alternative/2014/07/plan-to-overthrow-us-government-exposed-by-us-intel-2993594.html

(上記記事より抜粋して引用)
----------------------

Photo


7月16日付け:
最近、スノーデンが暴露した情報によると。。。
テロリストグループのISISは英・米諜報機関とイスラエルのモサドが作り上げた組織だと言っています。
英・米・イスラエルは世界中のイスラム過激派を1箇所に集めることです。

その理由は、シオニスト集団を守るためであり、そのために宗教やイスラムのスローガンを作り出したのです。
ユダヤ国家を守る唯一の方法は、国境周辺に敵国を創ることだそうです。
ISISのリーダーや指導者は話術を教わり、1年間の集中的な軍事訓練を受けました。
この情報はイランが3週間前に伝えた情報と同じです。


主要メディアやオルターナティブメディアの多くがシオニストから脅迫されており、情報が監視されている。


米当局は、9.11のテロ攻撃は核攻撃であったことを示す証拠がいくつも提出されたにもかかわらず、それを認めようとはしない。
米連邦議会も真実を知っていながら全て隠蔽している。
CNNもデータを受け取り、真実を報道しようとしたが、のちにそれを破棄してしまった。


イルミナティの13評議委員会は毎年、夏至と冬至に子供を1人ずつ殺害している。
ベテランズトゥデーはこのことをビデオで暴露したが、アレックス・ジョーンズやグレン・ベックなどの監視員によって常に情報が検閲されている。


ISISはイスラエルの組織であるため、イスラエルの敵にのみ攻撃している。
ガザの戦争では、イスラエルの諜報機関が、3人の10代の少年を拉致し殺害した。
そのうちの1人は逃げだし警察に通報したが、警察は全てを隠蔽した。
----------------------
(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年12月13日 (木)

三千三百十三:『小さな疑問_No.8』の続き

こんばんわ。

三千三百十二:小さな疑問_No.8』の続きとなりました。

前回の続き記事ですから、冒頭に、前回の疑問を抱くことになった経緯を書いておきます。

「なぜ順天堂大学が入試不正を行ったのか」という理由が報道されていました。
引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/12/11(火)記事より引用)
------------------------------------------
●「女子はコミュ力高い」根拠ある?性差重視の順大に批判
https://www.asahi.com/articles/ASLDC4FCWLDCUTIL01N.html?iref=comtop_favorite_02

「女子の方がコミュニケーション能力が高く、男子を救う必要がある」。
医学部入試で女子に不利な扱いをしたことについて、順天堂大がした説明に、批判が起きている。
そもそも「女子の方がコミュニケーション能力は高い」という説に、根拠はあるのか。

順大入試、女子を一律に減点「コミュ力が高いため補正」
「5人なら合格させてくれても」再び不合格の浪人生

「18歳の時は女性が高くても、20歳で一緒なら、数年後に高くなる男子学生を救うため」「客観的データに基づいており、差異を補正するものと考えていた」。
10日、順天堂大で開かれた記者会見で、新井一学長と代田浩之医学部長は女子受験生を不利に扱った理由をこう語った。

同大の入試は主に、1次で筆記、2次で小論文や面接などが課され、その合算で合否を判定する。
少なくとも2008年度から、女子の2次試験(満点は5・40~5・65点)の合格ラインを男子より0・5点高く設定していた。
第三者委員会の報告書によると、医学部の多数の教職員が男女間の発達傾向の差を理由に「面接評価の補正を行う必要がある」と答えていたためだという。
その旨の医学的検証を記載した資料として、米大学教授の1991年の論文を第三者委に提出した。

実際、この論文にはそうした記載はあるのか。

朝日新聞が論文を確認したところ、面接時のコミュニケーション能力について論じた部分は見当たらなかった。
第三者委員会は「面接試験では受験者個人の資質や特性に伴う差異こそが性差よりも重視されるべきだ。性別を理由とした合格基準の相違には合理性がない」と非難。
新井学長は、「当時は妥当と判断したが、今後はなくす」と謝罪した。

過去に2度、同大を受験した筑…
------------------------------------------
(引用終わり)

前回の疑問が生じた後でも、更なる疑問が湧きました。

「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力が高い」と当大学で、断定されていたことがわかります。
そして、その断定した理由としては、その手の研究の結果として、「客観的データに基づいており」と大学側が説明しています。

/////////////////////////
/////////////////////////

前回の記事で出した疑問は3つありましたので、続きの疑問となりますから、4番目の項目として疑問点を書いていきます。

■④:客観的データはどこにあるのか

「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力が高い」と判断できる独自研究を、当大学が実行していたことがわかります。
あるいは、どこかの機関が、「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力は同年代の男子学生のそれよりも高い」と正確に判断・断定できる、論文や文献を使用して、過去、当大学が、その判断を実行していたことがわかります。
そして、その独自研究の調査・研究から得られたデータや文献は、どこにあるのでしょうか?
しかも、大学側の説明として「20歳で一緒なら、数年後に高くなる男子学生」とあります。
これだと、10代後半か20代前半ぐらいならば、男子学生と比較して、女子学生のコミュ能力が高いのですが、数年後には、男子学生のコミュ能力の方が高くなるのでしょう。
それを、「客観的データに基づいており」と大学側が説明できる程なのですが、それほど正確な判断ができる正確なデータは、どこにあるのでしょうか。

■⑤:この調査・研究は妥当か

大学というのは、世の人に対して、それなりの知識や学問を提供する機関でもあります。
しかし、大学というのは、もう一つ重要な機関を兼ねています。
それは、何らかの世の事象に対しての研究・調査機関の役割です。
そして、上記の新聞記事でわかったことですが、当大学では、「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力が高いかどうかを調査・研究したい」という願望の下に、その調査・研究を実施していたと言えるでしょう。
大学の行う調査・研究というのは、広くあまねく世の人々に貢献するために実行されるものです。
ですから、上記の新聞記事で初めてわかったのですが、これだと「秘密研究」を実行していたと世の人々に理解されるでしょう。
大学の調査・研究は公(おおやけ)のものとなるのですから、「秘密研究」というものは認められないものです。
ですから、「秘密研究を実行していると問題ではないだろうか?」と世の人々は疑問を抱くと思います。

■⑥:この調査・研究の意義は妥当か(その1)

何歩か譲って、この手の研究、つまり「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力は同年代の男子学生のそれよりも高いかどうか」の研究が実施が当大学内で認められていたとしましょう。
すると、この調査・研究を開始する前に、その調査・研究の意義を判断する会議などが、当人達の間で話し合われる筈です。
「この調査・研究の意義が、過去、学内で認められたのだろうか」という疑問が世の人々の間で出ることでしょう。
実際に、大学側の説明によると、上記新聞記事内の終わりの方に書かれていますが、「新井学長は、『当時は妥当と判断した」と断定できる程の調査・研究結果が、、、
世の人々としては、開いた口がふさがらない人も出てくるかもしれませんが、「このような調査・研究の意義を認めて良いのだろうか?」という疑問が出ることでしょう。

■⑦:この調査・研究の意義は妥当か(その2)

また、このような学術機関に対しては国とか地方自治体から助成金が交付されることもあります。
もちろん、そのような助成金が交付されるには、幾つかの条件をクリアしないといけないのですが、例えば、「何々の調査・研究結果が世の多くの人々に対して利益の高いものであったため、助成金を交付する」とか、例えば、「これそれ大学が、これから実施・実行する予定の調査・研究には、非常に意義が高いものと認められるため、助成金を交付する」とか、その他にもあるかもしれません。
ですから、「秘密研究」というものには、助成金というものは与えられなくなります。
「秘密研究」ですから、その調査・研究の内容・意義が世の人にわからないため、助成金などを交付することができなくなるのです。
また、仮に、この調査・研究自体の結果が、「女子の方がコミュニケーション能力が高く、男子を救う必要がある」という結果が得られた、というに当たっては、、、
「男女差別のような行動が実行できる結果が得られるような、調査・研究に対しては、世の人々が認めるだろうか?」という疑問が、世の人々の間に生じてくるかと思います。
これだと、、、こういう学校の正門には、たいていの場合、学校名を記した看板や額縁が埋め込まれており、たいていの場合、「学校法人」という名称も打たれておるかと思うのですが、この名前を保つのも難しくなってくるぐらいではないでしょうか。

■⑧:点数調整を実行できる程の正確なデータはどこにあるのか

また、大学の説明としては、「新井学長は、『当時は妥当と判断した」と断定できる程の正確なデータや文献があった筈ですが、このような学術機関が、受験生達の点数調整を実行できるほどの、データや文献が存在していたということになります。
これがですね。
喫茶店などに訪れている人々の間での、紅茶を飲みながらの笑い話とか冗談話の時に出てくるような、10代後半の女子高生が冗談半分で笑いながら語るような「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力って、同年代の男子学生のそれよりもずっと高いのよ(笑)」みたいなジョーク話だと問題は無いわけです。
しかし、今、この記事で話題となっている上記新聞記事に出ている話題は、これは、受験生達の大学受験という、笑い話やジョーク話ではありません。
受験生達の大学受験という真剣な場を取り扱う際の話題です。
ですから、大学受験の際に、女子学生と男子学生の間で、点数調整を実行できる程の、参考データとして、10代後半の女子高生が冗談半分で笑いながら語るような「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力って、同年代の男子学生のそれよりもずっと高いのよ(笑)」という、参考データを元に、大学側が、大学の説明として、「新井学長は、『当時は妥当と判断した」と断定していた、とあるならば、世の人々としては、「これは大きな疑問とならないでしょうか?」という疑問が湧くと思います。

■⑨:もしこれまでの説明が全てひっくり返っても

仮に、「大学の説明としては、受験の際に受験生達に対する点数調整を実行できる程の正確なデータや正確な文献を使用し、『新井学長は、「当時は妥当と判断した』と断定していた、という根拠を築ける程の、全てのデータは存在していなかった」、と全ての話を、ひっくり返して、「そのような正確な根拠を築ける程の正確なデータは存在しておらず、ただ、世間一般での笑い話とか冗談話などの際に出てくる、『10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力って、同年代の男子学生のそれよりもずっと高いのよ(笑)』のような笑い話や冗談話を根拠にして、大学受験の際の女子学生と男子学生の間で、点数調整を実行していました」と、もし、当大学が新たな説明するのならば、、、
これはもう、、、これだと、、、こういう学校の正門には、たいていの場合、学校名を記した看板や額縁が埋め込まれており、、、(、、、以下、同上)

/////////////////////////
/////////////////////////

前回に続いて、世の人々が疑問を生じるであろうかと思われる幾つかの疑問を追加しておきました。


                                       坂本 誠

2018年12月12日 (水)

三千三百十二:小さな疑問_No.8

こんばんわ。

『三千三百九:小さな疑問_No.7』の続きです。

私達の社会では、数多くのニュースが流れています。

先日の順天堂大学の入試不正問題の話題を聞いて疑問を抱く機会がありました。

「なぜ順天堂大学が入試不正を行ったのか」という理由が報道されていました。
以下に引用する記事が、その報道ですね。

引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/12/11(火)記事より引用)
------------------------------------------
●「女子はコミュ力高い」根拠ある?性差重視の順大に批判
https://www.asahi.com/articles/ASLDC4FCWLDCUTIL01N.html?iref=comtop_favorite_02

「女子の方がコミュニケーション能力が高く、男子を救う必要がある」。
医学部入試で女子に不利な扱いをしたことについて、順天堂大がした説明に、批判が起きている。
そもそも「女子の方がコミュニケーション能力は高い」という説に、根拠はあるのか。

順大入試、女子を一律に減点「コミュ力が高いため補正」
「5人なら合格させてくれても」再び不合格の浪人生

「18歳の時は女性が高くても、20歳で一緒なら、数年後に高くなる男子学生を救うため」「客観的データに基づいており、差異を補正するものと考えていた」。
10日、順天堂大で開かれた記者会見で、新井一学長と代田浩之医学部長は女子受験生を不利に扱った理由をこう語った。

同大の入試は主に、1次で筆記、2次で小論文や面接などが課され、その合算で合否を判定する。
少なくとも2008年度から、女子の2次試験(満点は5・40~5・65点)の合格ラインを男子より0・5点高く設定していた。
第三者委員会の報告書によると、医学部の多数の教職員が男女間の発達傾向の差を理由に「面接評価の補正を行う必要がある」と答えていたためだという。
その旨の医学的検証を記載した資料として、米大学教授の1991年の論文を第三者委に提出した。

実際、この論文にはそうした記載はあるのか。

朝日新聞が論文を確認したところ、面接時のコミュニケーション能力について論じた部分は見当たらなかった。
第三者委員会は「面接試験では受験者個人の資質や特性に伴う差異こそが性差よりも重視されるべきだ。性別を理由とした合格基準の相違には合理性がない」と非難。
新井学長は、「当時は妥当と判断したが、今後はなくす」と謝罪した。

過去に2度、同大を受験した筑…
------------------------------------------
(引用終わり)

その点数調整を行った理由としては「女子のコミュ能力が高いので、その分、男子を救済するために、女子側の点数を下げた」という感じの説明を、大学側が説明していました。

上記の大学側の説明に、理路整然としたスジの流れを感じない人々も世に多いようです。
私も、そのように感じます。

以下の2点の疑問を感じました。

/////////////////////////
/////////////////////////

■①:
女子のコミュ能力が高いと仮定したとして、その件をもって、どうして受験者の女子側と男子側の間で点数調整をしないといけないのでしょうか?
もう一度繰り返すのですが、仮に、その年代の女性のコミュ能力が同年齢の男性のコミュ能力よりも高いとしても、それをもって、女学生側のテストの点数を、男性側のテストの点数を下げる理由となるのでしょうか?

■②:
「■①」に現れる「女子のコミュ能力」というものですが、かの大学では、「女性の方のコミュ能力の方が高い」と断定していることが、世の人にわかります。
ということは、かの大学では、どこかの時点で、その年代の女性の会話能力を点数化したものを、同年代の男性側の会話能力と、どこかで比較し、かつ、断定的に、「女性の方のコミュ能力の方が高い」と判断した上で(それが妥当かどうかも私にはわかりませんが)、「男子学生側にハンデを付けていた」ということになります。
「この話自体も妥当かどうか」という疑問が湧きました。

■③:
「■②」に現れる、「女子のコミュ能力の高下の判断」ですが、「それを、かの大学が独断的に実施しているのだろうか」という大きめの疑問も生じますが、そのような「女子のコミュ能力の高下の判断」を大学側が行うというのならば、どのような判断基準をもって、それを行っているのでしょうか?

/////////////////////////
/////////////////////////

上記3点の疑問を再び考えてみると、わからないことばかりです。
ですから、私や、世の他の人々も「このように理路整然さに欠けている」という点と、「行っていることに正当性を感じにくい」と感じているようです。
ですから「その大学が、世の医道の下に、深く広がっていると言われている大量の医療知識を、理路整然と教え伝えることが出来るのだろうか?」という新たな疑問を感じたりもしました。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
***************************************
***************************************
(引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。)

『三千三百九:小さな疑問_No.7』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/11/_no7-e607.html
(上記記事より抜粋)
---------------------------------
「あれほど、日産関係の情報(※注:日産前会長カルロス・ゴーン氏逮捕のこと)は公開されているのに、森友問題とか加計問題と言われている方の、情報が、ほとんど公開されないのは、なぜだろうか」
という、素朴な疑問が私の方で生じました。
---------------------------------


『二千三百十:小さな疑問』(2014年11月23日記事)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/11/post-a1bd.html
(上記記事より抜粋)
--------------------------
小さな疑問を持つ機会がありました。

つい、先ほど、NHKの『海外ネット』を見ていたら、以下のサブタイトルに沿った海外情報が流れていました。

「『イスラム国』の横暴、人身売買された少女は」

テレビを眺めていたら、イスラム国の兵士に奴隷として人身売買された少女達は、ドル札で売買されたそうです。
ここで、疑問を抱きました。

イスラム国の兵士達がどうして、人身売買のためのお金としてドル札を持っているのでしょうか?
また、人身売買にもドル札が使用されるぐらいだから、当然、イスラム国の兵士達の日常生活でドル札が使用されているのでしょう。
イスラム国の兵士達の軍資金である、そのドル札はどこから、もたらされているのでしょうか?

小さな疑問を書かせていただきました。

(以下、新ブログ『光と輝き』からのイスラム国に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
--------------------------------------------------
『二千二百三十一:News_No.526』
●ISIS(イスラム国)テロ集団の指揮官は・・・元米陸軍大将
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/10/news_no526-143e.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51940247.html
http://the-tap.blogspot.jp/2014/10/senior-commander-of-isis-is-retired-us.html

(以下、上記記事より抜粋して引用)
----------------------

_1

(↑ ポール・E・バレー氏)

ベテランズ・トゥデーのゴードン・ダフ氏によると:
ISISの指揮官は、元米陸軍大将のポール・E・バレー氏(Paul E. Vallely)であることが分かり(、、、以下、省略)
----------------------
(引用終わり)

--------------------------
(引用終わり)

『二千百十:私の見かけたニュース_No.60』
●ベテランズトゥデーのインタビューで重要な情報が伝えられました。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/_no60-ccd4.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51933323.html
http://beforeitsnews.com/alternative/2014/07/edward-snowden-reveals-isis-leader-abu-bakr-al-baghdadi-trained-by-israeli-mossad-video-2993768.html
http://beforeitsnews.com/alternative/2014/07/plan-to-overthrow-us-government-exposed-by-us-intel-2993594.html

(上記記事より抜粋して引用)
----------------------

Photo


7月16日付け:
最近、スノーデンが暴露した情報によると。。。
テロリストグループのISISは英・米諜報機関とイスラエルのモサドが作り上げた組織だと言っています。
英・米・イスラエルは世界中のイスラム過激派を1箇所に集めることです。

その理由は、シオニスト集団を守るためであり、そのために宗教やイスラムのスローガンを作り出したのです。
ユダヤ国家を守る唯一の方法は、国境周辺に敵国を創ることだそうです。
ISISのリーダーや指導者は話術を教わり、1年間の集中的な軍事訓練を受けました。
この情報はイランが3週間前に伝えた情報と同じです。


主要メディアやオルターナティブメディアの多くがシオニストから脅迫されており、情報が監視されている。


米当局は、9.11のテロ攻撃は核攻撃であったことを示す証拠がいくつも提出されたにもかかわらず、それを認めようとはしない。
米連邦議会も真実を知っていながら全て隠蔽している。
CNNもデータを受け取り、真実を報道しようとしたが、のちにそれを破棄してしまった。


イルミナティの13評議委員会は毎年、夏至と冬至に子供を1人ずつ殺害している。
ベテランズトゥデーはこのことをビデオで暴露したが、アレックス・ジョーンズやグレン・ベックなどの監視員によって常に情報が検閲されている。


ISISはイスラエルの組織であるため、イスラエルの敵にのみ攻撃している。
ガザの戦争では、イスラエルの諜報機関が、3人の10代の少年を拉致し殺害した。
そのうちの1人は逃げだし警察に通報したが、警察は全てを隠蔽した。
----------------------
(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年12月10日 (月)

三千三百十一:私達の社会の余剰生産を考えて

こんばんわ。

まずは、私の見かけた新聞記事の紹介から始めます。
新聞記事やその他の引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『朝日新聞 GLOBE』、2018/12/02(日)、8面、9面記事より抜粋引用)
------------------------------------------
●古着はどこへ行く

Pc090178

文、写真・朝倉拓也(GLOBE記者)

古着といえば古き良き時代の「ビンテージ」と思っていたが、最近では「こんなものまで」というありふれた服でも業者が引き取ってくれるらしい。
いいことだ。
ほとんど着ないままの服を罪悪感なく処分でき、必要とする誰かに届くなんて。
では、それがなぜ可能なのか。
古着の流通を支えるグローバルな経済活動を追い、大量消費社会とその先を考えた。

[UAE]砂漠の倉庫に古着の山

砂漠の大都会ドバイから車で約1時間足らず。
アラブ首長国連邦(UAE)シャルジャの湾岸にある倉庫には、新たに到着した古着が山のように積まれていた。

(、、、中略、、、)

古着もグローバルに流通し、その量は今世紀に入って急増。
国連の統計によると、世界の古着輸出量は2016年、437万トン、金額にして約4000億円に達した。(、、、以下、省略)
------------------------------------------
(引用終わり)

以前からも私が書いていることですが、昨今では、かなりの量の日常必需品や生活必需品が余っているようです。
もちろん、いまだに需要の高い生活必需品も、かなりあって、それらは大量生産する必要があると思いますが、かなり多くの日用品が「作り過ぎ」の状態と言えると思います。

具体的な例をまだ挙げてみましょう。
衣服だけとは限りませんが、同新聞にも以下のような過去記事があります。

『三千二百九十八:日用品の「作り過ぎ」と言われる現象を見て』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/post-b772.html
(以下、『朝日新聞』、2018/07/03(火)記事より文章と写真を引用)
------------------------------------------
●大量に捨てられる「新品」服

_18_7_3

倉庫に山積みの段ボール。
中身は、捨てられる寸前だった服だ。
ニット、パーカ、スカート――。
大手通販業者や若者に人気のブランドの商品など、「新品」ばかり。
新しいデザインの服が安く買えるようになった陰で、大量の売れ残りが発生している。

大阪市の在庫処分業者「ショーイチ」の倉庫には常に30万~40万点の服がある。
「売れ残った、少しほつれていたなど、ここに来る理由は様々。一度も売り場に出なかった服もある」と山本昌一社長は言う。
アパレル業者や工場など年間約600社から、500万点が持ち込まれる。

定価の1割ほどで買い取り、タグを外してブランド名が分からないようにして、自社のサイトやイベント会場などで販売している。
見栄えのいい写真を掲載するなどの販売努力をして、定価の17~18%でようやく売れていくという。

しかし、そのまま捨てられてしまう服も少ない。
東京都内の産業廃棄物処理業者は、銀座に店を出す有名ブランドから売れ残った商品の処理を依頼された。

「洋服のほか、靴やカバンなど収集車3台分。すべて破砕して焼却してほしいと言われた」。
1点ずつ処分の証拠写真も求められた。
「横流しされるとブランドが傷つく恐れがあるし、倉庫に保管すれば資産となり税金がかかる。だからあえて焼却する」(、、、以下、省略)
------------------------------------------
(引用終わり)

また、以前に私が紹介した以下の記事もあります。

『二千八百十九:経済的な事(改訂版)』
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2013/01/post-6668.html

(上記記事より)
================================
先日、出版された本に以下のものがあります。
---------------------------------------------
●『SHARE<共有>からビジネスを生みだす新戦略』

    レイチェル・ボッツマン 著 
    ルー・ロジャース 著

    小林弘人 監修・解説
    関美和 訳
    NHK出版
---------------------------------------------
その中に、以下の例があります。
---------------------------------------------

  アメリカの半分の世帯(約5000万世帯)が電気ドリルを持っている。
  しかし、それらは、人間の一生の間に、一つの世帯で、合計して6分か13分しか使用されていない。
  
---------------------------------------------
だいたい、以上の例が紹介されてありました。
================================

電気ドリルと言えば、ホームセンターに行けば、日本円にして、時価にして、約1万円からの値段でしょうか。
その電気ドリルが、アメリカの半分の世帯(約5000万世帯)が所有しており、それらの電気ドリルが、人間の一生を約70年と試算して、「6分か13分しか使用されていない」となると、私達は以下のように心の中でつぶやくことでしょう。

  「これは愚かな話だ」

と。

私達が気付くことには、「むやみやたらと大量生産しない方が良い」と気付くでしょうが、なぜ、メーカーの方が、それでも休まずに生産するかというと、この上の引用記事(『●大量に捨てられる「新品」服』)の中にもあることなのですが、

「横流しされるとブランドが傷つく恐れがあるし、倉庫に保管すれば資産となり税金がかかる。だからあえて焼却する」

と。
ですから、以下のようなメーカーも出てくるでしょう。

(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/09/08(土)記事より引用)
------------------------------------------
●売れ残り商品の焼却処分を中止 英・バーバリーが批判受け
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20180908-00400459-fnn-int

9/8(土) 1:08配信    FNN

イギリスの高級ブランド「バーバリー」が、批判を受けていた売れ残った商品の焼却処分取りやめを発表した。

バーバリーは2018年7月、売れ残った商品、およそ41億円相当を焼却処分していたことが伝えられ、世論の批判を浴びていた。

ブランド価値維持のために行われていたが、批判を受けバーバリーは6日、「社会的、環境的な責任がある」として、焼却処分の取りやめを発表した。

今後は、再利用や寄付に努めるほか、毛皮を使った商品の販売もやめる方針。

「ブランド価値の維持」よりも、環境や資源保護をめぐり、企業としての責任を迫られたかたち。
------------------------------------------
(引用終わり)

確かに、いまだに需要の高い日用品もあるでしょうから、それらは継続的な生産が必要と思われますが、余剰の続く日用品の状況を見ると、人が気付くことには

  「『生活必需品が多くの人々に必要だ』という視点から品物が作られているのではなく、お金の数値の上昇を追いかけるために、その生産が実行されている」

でしょう。
つまり、「本来の人間の労働意義とか生産目的から外れて、大量生産が実行されている」と私達は気づくようになるでしょう。

というのも、どうして、それだけお金の数値の上昇を追うかと人が考えれば、誰でも次の状況を理解できるでしょう。

  「その様なメーカーに勤務している人々がいて、それらの人々も生活費用が必要だ。その生活費用を得るためには、そのメーカーで勤務するのが普通だ。しかし、そのメーカーの製品作りをストップさせてしまえば、当然ながら、その会社の従業員に給与という名のお金を支払ってやれなくなるだろう。だから、そのメーカーが、次々と品を作るためには、余剰製品を大量焼却などをしなくてはいけないのでは?」

と。

というわけで、人は、これは「メーカーそのものの問題では無く、世に流通している、お金そのものの問題だ」と気付き始めると思います。

冒頭から書いているように、現代の資本主義社会中の大量生産・大量消費の問題は、「作り過ぎ」にあるのですが、「なぜ、その『作り過ぎ』を行うのか?」と突き詰めると、「これは、お金の問題だ」と気が付き始めます。

/////////////////////////
/////////////////////////

もし、私達の社会で一切、お金が無かったとSF的に考えてみましょう。
お金が無いのですから、あらゆるメーカーは、金銭のことを気にする必要は無いでしょう。
ですから、単に、世の人々の間で、「衣服や電気ドリルが余るようになった」と気が付けば、そこでその会社の工場の生産ラインをストップさせるだけです。
お金が無い社会ですから、誰も、損をすることはありません。
また、無駄な大量生産を行う必要もありません。

/////////////////////////
/////////////////////////

さらに洞察を進めれば気付くことなのですが、「どうして、私達はお金を欲し、お金を稼ぐ必要があるのか?」という、誰しも、この疑問を抱いたことでしょうが、その疑問を口に出すや否や、周囲の人から揶揄されるのが怖くて、その疑問を誰にも言えずにいる人も、世に多いかと思います。

この疑問の解答として書けるのは、「世の誰しも、お金を使い、お金を愛しているからだ」という一つの解答を書けると思います。
現代の世の中では、たいていの人が、「お金が無い人ならば、その人は、みすぼらしい雰囲気をまといつつ、あるいは周囲の人々から嘲笑され、苦しみながら死んでいくだろう」という解答を胸の中でつぶやいていることでしょう。

つまり、それだけ、「お金が無いことは、恐怖この上ないことだ」という、一つの脅しの下に私達は生活していることに気が付くでしょう。
そして、その恐怖心を薄める、ほぼ唯一の方法としては、「お金をたくさん持つことだ」となっているでしょう。
なぜならば、「お金が無ければ、人は苦しみながら死ぬだろう」という脅しを心に刷り込まれているので、その恐怖から逃れるためには、お金をたくさん持てば、当然ながら、その恐怖から遠ざかることが出来るからです。

というわけで、次なる私達の疑問としては、「坂本さん。誰が、私達の社会をそんなにお金まみれの世界にしたのでしょうか?」という疑問が生じてくると思います。

その答えの一つとしては、私がしばしば引用していることなのですが、再び下に引用すると、

『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html
●司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
-----------------------------------
明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。
維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。

Photo

 


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。

どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては、政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、ただ明治六年七月に「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけである。

これが高率であったこと、各地の実情にそぐわなかったことなどもふくめて、明治初年、各地に大規模な農民一揆が頻発するのだが、木崎村は、このときには一揆を起こしていない。
-----------------------------------
(引用終わり)

この世の最初から、私達の社会でお金があったわけではないし、また、中央銀行というものも、地球の開闢(かいびゃく)の時から存在していなかったことは明らかです。

日本の江戸時代以前では、日本の総人口の約8割以上がお百姓さんであったことが知られていますから、実に、江戸時代までは、日本の総人口の約8割以上の人がお金を使用していなかったことがわかります。
確かに、江戸時代の都市部では、お金が使われましたが、都市部だけでしたので限定的です。

また、以下の動画を見ても、お金の使用や銀行の始まりを把握できるでしょう。

『三千二百四十一: お金の問題点を把握する』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/04/post-f2b5.html
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



(上記ビデオより引用)
-------------------------------
(ビデオの56分目辺りから)

これは、金(きん)で取引が行われていた17世紀の金細工師から始まっているようです。

Thrive_japanese__banker_3


金(きん)は携帯するには重いので、実物は金庫室に保管しておき、その受領証を取引していました。

この受領証が最初の紙幣でした。

一定の期間に金(きん)を引き出す人の数は限られているため、金庫室の所有者、現在の銀行は、実際に持っている金(きん)よりも多い受領証を発行するようになりました。

この受領証を貸し出して、実際には持っていないカネ、つまりは、金(きん)に対して利子をかけたのです。

これが部分準備制度の始まりです。

この制度では、人々がせっせと働いてお金を稼がなければならないのに、銀行家は、無からお金を作りだすことが出来ます。

大衆が、銀行に借金を返済するために働く、、、現代版の農奴制と言えるでしょう。
-------------------------------
(引用終わり)

結局、私達は、「カバールやイルミナティ達から、金銭という名の代物を使わされて、操られている」、と気付くことでしょう。

/////////////////////////
/////////////////////////

そして、お金の製造原価というのも、しばしば、私は引用していますが、再び引用すると、

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●『お金の原価はいくらなの?』
http://homepage2.nifty.com/osiete/s418.htm

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
-----------------------------------------
平成十二年度特別会計予算ベースで

一万円が約22.2円、
五千円は約20.7円、
千円札は約14.5円です。
-----------------------------------------
(引用終わり)

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●100ドル紙幣を1枚作るのにはいくらくらい原価がかかるのですか? - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129971462

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
-----------------------------------------
参考のサイト(アメリカの印刷局)の説明によれば、2005年実績で、約5.7セント/枚(86億枚印刷時)だそうです。
-----------------------------------------
(引用終わり)

続けて、上記2つの引用記事のすぐ下に引用していることが多い引用文ですが、

(Wikipediaより、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
--------------------------------------
●日本銀行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

日本銀行は、政府から独立した法人とされ、公的資本と民間資本により存立する。
資本金は1億円で、そのうち政府が55%の5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を政府以外の者が出資する。
2010年(平成22年)3月末日時点における政府以外の出資者の内訳は、個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、証券会社-%、その他法人6.5%となっている[1]。

最終更新 2014年6月19日 (木) 02:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
--------------------------------------
(引用終わり)

つまり、中央銀行に株主の人々がいるので、上に書いたお札の製造原価を照らし合わせて考えてみると、中央銀行の株主の人々というのは、金融緩和(お札を大量印刷すること)の時に、「濡れ手に粟(ぬれてにあわ)」とか「玉手箱(たまてばこ)」という状況になっていることがわかるでしょう。

彼等は影で大いに嗤っていたことでしょうが、その状況を紹介しているのが、やはり以下の引用文だと言えると思います。

『四百八十六:私の見かけたビデオについて_No.47』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/_no47-6032.html
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



上記ビデオの57分06秒(0:57:06)辺りからです。

-----------------------------------------
  国民が我が国の銀行制度、通貨制度のことを理解していないのは良いことだ。
  もし理解しているなら、きっと明日の朝までに革命が起こるはずだから。
  
  --- ヘンリー・フォード(1922年)

_ford_2

 

-----------------------------------------
(引用終わり)

私が上に紹介した金融情報と、この、ヘンリー・フォードさんのセリフを、読者の方々が聞いて、多くの方々は「ほーーーーーーっ」という、ため息交じりの感嘆をするかもしれません。

/////////////////////////
/////////////////////////

『四百八十六:私の見かけたビデオについて_No.47』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/_no47-6032.html
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI

Thrive_fals_ope_2

上記ビデオの1時間06分30秒(1:06:30)辺りから、デービッド・アイクさんは、カバールやイルミの上記のお金の使用方法のことを、「釣り糸を手繰り寄せるように」と表現していますが、私なりに、「釣り糸を手繰り寄せるように」を解釈し直した文章も以前に書いています。
それを再び以下に書きます。

---------------------------------
結局、私達は、カバールやイルミの馬(競走馬、サラブレッド)だったと思います。

私達は目の前に人参(にんじん)をぶら下げられて走る競走馬の話を聞いたことがあると思います。
その競走馬は、目の前に常に人参をぶら下げられています。
そして、騎手(イルミノイドのこと)が自分の馬に褒美やりたい時には、その人参を馬の鼻先と目先に近づけます。
そして、騎手が自分の馬を早く走らせたい時は、その人参を馬の鼻先と目先から遠ざけます。
こうする事によって、競走馬は早く走らされるのです。
しかし、目の前の人参を食べさせられる事は、馬には許されません。

「人参を馬の鼻先と目先に近づけ」る時が、株高や金融緩和や銀行の利子が下げられる時です。
「人参を馬の鼻先と目先から遠ざけ」る時が、増税や銀行の利子が上げられる時です。

実際、カバールやイルミは自分達以外の全ての人々を奴隷として扱っていたので、私達は彼等にとって、ただの馬だったと思いますよ。
-----------------------------------------

そして、当然ながら、観客席で馬券を握りしめながら、サラブレッド達を競争させているのが、カバールやイルミナティというわけです。

/////////////////////////
/////////////////////////

結局、お金の問題点というのが、人にわかり出すと思います。

そして、冒頭に帰って、「どうやったら、資本主義の大量生産・大量消費から脱せられるのか?」という社会問題を解消する、その方法の、大きな糸口を私達はつかみ始めると思います。

このカバールやイルミナティから生じている問題が最大に大きいと思います。
しかし、現在、巷でも盛んに言われている通り、AI(人工知能)搭載のロボットの大量導入による生産により、労働者の労働が激減することからも、ベーシック・インカムの導入が囁かれるようになりました。
それと同じように、ベーシック・インカムの導入によって、「メーカーの作り過ぎ」を解消することが考えられます。
つまり、余剰が大量に出ている分野ならば、その分野のジャンルの人々にベーシック・インカムを与えれば、工場をストップさせることも出来ます。

こうすれば、多くの人々も生活に困らずに、「作り過ぎ」という無駄な現象も無くすことが出来ると思います。

(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
***************************************
***************************************
『三百十九: イルミナティについて 』
●ジェイ・パーカーインタビュー①
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no35-53fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=W02bxSqtc-I



(太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)

●ジェイ・パーカー:
-----------------
字幕:「ジェイ・パーカー:どの様に3400万人の悪魔崇拝イルミナティアメリカ人達が地球を混乱させ続けるよう助けているのか。」

「イルミナティや他の闇のカルトネットワークはおそらく、9600BCの地球大変動にまで遡ります。」
「大変動の後に、地上の人類は衝撃と落胆の状態にありました。」
「私の調査からその特定の時代は、、、、闇のカルト信者達はインドやバビロンでの文明の再起動において、決めたのです。」

「地球全体を支配してもいい筈だとね。」

「人々を闇に閉じ込め続け、私達は基本的には邪悪な司祭職になり、そして彼等のマインドを支配するんです。」
「ですからその様にして彼等は神よりも金持ちになったのです。」
「そして一旦お金を持つと、政治家や王族を腐敗させる事が出来ますし、そして基本的にはゆっくりと社会を支配していく事ができるのです。」
-----------------
(引用終わり)


 

                                       坂本 誠

2018年12月 4日 (火)

三千三百十:メキシコ湾流と、地球の氷河期を考えて

こんばんわ。

「現在(2018年12月)、メキシコ湾流が、ほぼ、消失しているらしい」という記事を読む機会がありました。
その記事を読んでの私の見解などを書いてみたいと思います。

引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『InDeep』様、2018/12/01(土)記事より引用)
------------------------------------------
●かつて地球に「250年間の寒冷化」をもたらした原因となった「大西洋の海流の崩壊」が正式に確認され、少なくとも欧州と北米は、いつミニ氷河期に突入しても不思議ではない状態に
https://indeep.jp/weakest-ocean-circulation-could-income-ice-age/

投稿日:2018年12月1日
11月30日の米国ゼロヘッジの記事より

Hyougaki_1

昨日(12月01日)新しい号のメルマガを発行させていただきました。
タイトルは、「 528の世界 : 太陽の周波数は528Hz…そして植物の緑の波長は528nm…」というものです。

いろいろ言われることのある「 528Hz 」という周波数を、数字のレベルから調べていましたら、いろいろ興味深いことが見つかりまして、そのことなどを書いています。

ややマニアックですので、興味のある方は限られるかもしれないですが、よろしければどうぞ。
こちらのページからご紹介させていだたいています。

ついに「重要な海洋循環の崩壊」が確認された

今回ご紹介しますのは、地球の海洋を流れる海の大きな循環のうちの、大西洋にあたる部分の重要な海流の循環が、

「過去最大レベルで弱体化しており、崩壊していると言えるかもしれない」

ということが、研究で判明したことをご紹介します。

最初は科学記事で扱われたものですが、冒頭のゼロヘッジなどのような投資や経済関係のサイトやニュースでも多く取りあげられていました。

その理由は、

  「この海流の崩壊により、ミニ氷河期の到来が極めて現実味を帯びてきた」

からです。

この「海流の崩壊とミニ氷河期の到来」の関係については、過去記事でも取りあげたことがあるのですが、まずは、今回の研究発表の内容をご紹介したいと思います。

この研究を最初に報じた科学メディアのユーレカ・アラートの記事からです。

なお、その大西洋の海流の名前は、日本語では「大西洋子午線逆転循環」と呼ばれるようですが、馴染みがない上に実際にほとんど使われていません。
一般的には、英語の頭文字から「 AMOC 」と呼ばれています。

これを「アモック」と読んでいいのかどうかよくわからないですので、英語表記とさせていただきますが、この AMOC があるお陰で、「ヨーロッパは人間が住める気温となっている」のです。

AMOC は、ヨーロッパに暖かい海水をもたらしています。

下が AMOC の場所と、暖かい水と冷たい水が循環する様子です。
AMOCの海流の(従来の)構成

・fasterthanexpected.com

これが今、「崩壊」しつつあるのです。

まずはここから記事です。

Ocean circulation in North Atlantic at its weakest
eurekalert.org 2018/11/28
北大西洋において海流が最も弱い状態となっている

最近の調査によると、北大西洋の海洋の循環は過去1500年で最も弱くなっていることがわかった

香港大学の地球科学専攻局(Department of Earth Sciences)と「太古海洋科学研究所(Swire Institute of Marine Science)」の科学者、クリステレ・ノット(Christelle Not)博士と、ベノワ・ティボデュー(Benoit Thibodeau)博士によって共同で研究された内容が発表された。

その論文は、20世紀の北大西洋の海洋循環が「劇的な弱体化」を示していることを強調しており、それは地球温暖化とグリーンランドの氷床と関連する溶融物の直接の結果であると解釈されている。(、、、以下、省略)

Hyougaki_2


------------------------------------------
(引用終わり)

ここからが私の文章です。
全文については、該当URLにジャンプして読まれて下さい。

確かに、アメリカSF映画『デイ・アフター・トゥモロー』でも、「メキシコ湾流が止まることにより地球に氷河期が訪れる」と言われていました。

実際に、メキシコ湾流というのは、ヨーロッパの高緯度地域、つまり、スカンジナビア半島の沖合まで、暖流を運んでいたので、ヨーロッパの高緯度も暖かくなり、それをもって、多くの人々が文明を築き上げてきました。

ですから、この「メキシコ湾流が止まる」となると、次第に、ヨーロッパが寒冷化する見込みがあります。
おそらく、地球全体にも何らかの影響があると推測されます。

/////////////////////////
/////////////////////////

というのも、地球の氷河期というのは、地球誕生以来、長い間繰り返されていることが知られています。

氷河期でない期間は「間氷期(かんぴょうき)」と言われる、比較的に暖かい時代です。

20100916131512

 

この原稿を書いている、2018年12月現在では、「地球は間氷期である」と言われています。

しかし、いつの日にかは、当然ながら、地球は氷河期を迎えるのが自然なことがわかります。

地球が氷河期と間氷期を迎える理由は、諸説がありますので、「どれそれが原因だ」とは、はっきりと言うことが出来ません。

ただ、私が思うに、簡単な自然の原理から、地球の氷河期と間氷期の繰り返しが説明できると思います。

ただし、太陽活動の極端な周期とか、「何らかの宇宙線が大量に地球に押し寄せた」等の、地球外の原因と考えられる原因については除外して考えています。

/////////////////////////
/////////////////////////

私達の浴槽でも、この原理を考えることができます。

基本となる性質は「高いエネルギーは低いエネルギーの方へと移動する」という性質です。

私達がお風呂に入る時には、もちろん、浴槽の中の水を温めます。

最近では、給湯器から、直接、お湯が出て、それが湯船の中に入る給湯器も多いでしょうから、この場合は違います。

「こし湯」のように、一旦、冷えた湯船の中の水を、お湯にしようとしていると思い浮かべ易いです。

すると、温水が、低い温度の水の方へと移動することが知られています。

つまり、温かいエネルギーである温水内で、そのエネルギーが高い方から低い方(水の方)へ流れようとしますので、結局、湯船の中で水の循環が発生します。

それと同じ理屈が地球上の海の上を流れている暖流でしょう。

暖流によって、温かいエネルギーが低いエネルギーの方(ノルウェー沖合など)へと流れて行きます。

その結果、ヨーロッパ全体が暖められていると言えるでしょう。

---------------------------------

しかし、湯船の中でお湯を沸かしている間に、それ以上、水(お湯)の循環が起きなくなります。

20100916125430

 

つまり、湯船の中の水全体が温水になってしまえば、エネルギーの高い場所と低い場所が無くなります。

ですので、循環がストップします。

これと同じ理屈が、メキシコ湾流の消失と考えられます。

約1万年前の氷河期が終了するまで、メキシコ湾流は、その温度差が赤道近辺と極北地方では、かなりの温度差がありますので、それを埋めるために、メキシコ湾流が流れていたと思います。

しかし、現代でも、様々に報道されていますが、ヨーロッパの温暖化や、あるいは、高温化が指摘されています。
当然ながら、ヨーロッパの各地でも、今年の夏では山火事が多発したことが知られています。

過去、約1万年に渡って流れ続けてきたメキシコ湾流も、赤道近辺と極北地域の温度差があったので、流れ続けていたと思われますが、ヨーロッパが温暖化すれば、その温度差が消失してしまいます。

よって、エネルギーの高い場所と低い場所が無くなる結果、その差分を埋めようとする水の流れも消失すると考えられます。

---------------------------------

この理屈によって、メキシコ湾流は、ほぼ消失状態となったのかもしれません。

ヨーロッパの温暖化については、次の2通りが考えられると思います。

■1:
約1万年前の氷河期が終わっても、まだ、赤道近辺と極北地域に温度差があったので、メキシコ湾流が流れ続けた。
しかし、1万年かかって、メキシコ湾流が、その温度差を埋め続けた結果、その目的を遂げたので、自身も消失しようとしている。

■2:
人類が、これまで行ってきた産業活動により、温暖化が進み、その結果、ヨーロッパが温暖化した結果、ヨーロッパの気温上昇により、海水温も暖められたので、赤道近辺と極北地域の温度差が無くなって来たことにより、メキシコ湾流が消失しようとしている。

「■1」の理屈も考えられますが、「■2」の理屈も、充分に考慮できます。

---------------------------------

地球の、これまで地球上で、何度も繰り返されている氷河期も、「■1」の理屈で充分に説明が出来ます。

20100916131306

 

極地域に流れ込む暖流が消失する結果、氷河期に入ります。
そして、氷河期に入って、また、何万年か時間が経つと、赤道付近と極地域の温度差が開くので、それを埋めるために、再び、メキシコ湾流のような暖流が発生して、その結果、地球の極地域が暖められる結果、地球は再び、間氷期に入る、とも考えられます。

しかし、今回の状況だと、「■2」の理屈である、人類の産業活動も、この現象を押しているとも推測できます。

つまり、上に書いたように、「人類の産業活動の結果が、地球の気候を変化させている」とも考えられるかもしれません。

---------------------------------

しかし、人間の活動を除外して考えたとしても、「■1」の理屈から、地球は氷河期と間氷期を繰り返していると思います。

ですので、たとえ、現在の人間活動を少なくしたり、あるいは、全てストップさせたとしても、いつの日にか、地球は氷河期を迎えると思います。

---------------------------------

つまり、地球の氷河期と間氷期の繰り返しは、「巨大な自然の振り子(ふりこ)」と見なせるでしょう。

その振り子が大きく左に振れれば、その反動として、次には、大きく右に振れる。
右に振れた後は、当然ながら、振り子の原理として、次には、大きく左に振れるわけです。

また、私が上に書いたように、湯船の喩えの説明と同じです。

「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」は、充分な自然現象ですので、誰も止めること自体は出来ないと思います。

たとえ、人間の側の方が、

  「地球よ。どうか氷河期に入らないで欲しい」

と、頼み込んでも、これは出来ないでしょう。

第一、誰にでも理解できる自然現象の一つなので、この自然現象を止めようとする行ない自体は、科学の世界で考えるのならば、科学の自然法則を破壊するようなものです。

P8220174

 

つまり、「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」は、自然法則の一つなので、誰も止めることは出来ません。
また、もし、それを止めようというのならば、自然法則を破壊する行為と等しくなるので、その結果は、逆に大いに地球を破壊してしまうと思います。

/////////////////////////
/////////////////////////

このように、地球の太古から、何度も繰り返されている「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」ですが、やはり、その都度、生物が生き残っていることも、私達の現在の状況を見ても、明らかです。

なので、

  「地球氷河期が到来すれば、何が、私達(現在の地球人類)にとって、問題なのか?」

という問いが出ると思います。

これを詳しく考えたら、明らかにわかることですが、

  「私達(現在の地球人類)の社会制度や社会システムの方に、問題がある」

と思います。

というのも、私達の社会を見回して、すぐに見あたるのが、各国の国境線です。

もし、地球上に国境線が無ければ、地球に氷河期が到来しても、国境線が無いので、赤道近辺で暮らせば、暖かい暮らしが出来ると予想出来ます。

しかし、現在の私達のそれぞれの国家は、領土権を主張しています。
つまり、地球上に数多くの国境線を引いています。

P8220173

 

ですから、世界中の各国の人々は、その国境線を、おいそれとは、またげないようになっています。

あるいは、ある国が、「ここは私達の領土内である」と主張している地域に、何らかの鉱山や、石油埋蔵地域があれば、当然ながら、それらの鉱山や石油の所有権を主張しています。

ですから、それらの有効な鉱物や石油なども、各国の利害関係の下に利用されているので、氷河期が到来すれば、極地域での鉱物が採掘できなくなったり、あるいは、赤道近辺の鉱物や石油が、世界に供給されなくなったりする可能性もあります。

要は、人間の側の方で、「所有権」が大いに主張されていたり、あるいは、長い間、それらの「所有権」を確保するために、累々と政策・蓄積されてきた人間側の社会制度や社会システム自体が、逆に、大いに地球上の人間側の社会生活を苦しめることになるかもしれません。

/////////////////////////
/////////////////////////

ですから、現在、

  「地球に氷河期が到来すれば、非常に困る」

と言っている人と言うのは、別の角度から変えて言えば、

  「地球に氷河期が到来すれば、人間がこれまで営々と作り上げてきた、人間側の社会制度や社会システムが壊れるかもしれないので、氷河期到来の件よりも、それ自体の方が困るのだ」

と言っているのだとわかります。

現に、そのような複雑な人間側の社会制度や社会システムを持たない、自然動物などは、誰にも断り無く、国境線を超えて移動しています。

/////////////////////////
/////////////////////////

しかし、地球上に古来より存在している「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」というのは、そのようなものにも変化を起こすために長らく続いているのかもしれません。

その「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」と言っても、全くの自然現象の一つなので、その繰り返し自体も「変化」とは言わないかもしれません。

P8220167

 

しかし、「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」の期間と言うのは、通常、多くの生物の寿命を遥かに超えており、世代を超えても、なかなか伝えにくい程の期間でもあることに気が付きます。

ですから、例えば、ある人間からしてみれば、「氷河期という、大きな変化が迫っている」という風に感じるかと思います。

しかし、自然の繰り返しの一つですから、もし、仮に、地球に生命体が宿っておるとするならば、その生命体は約46億歳ですから、

  「また、地球の氷河期と間氷期の繰り返しの境目の時期が訪れた」

という風に見ると思います。

/////////////////////////
/////////////////////////

要は、「地球の氷河期が到来して、何が一番の問題となるのか?」

を考えるに、

  「氷河期到来の以前に作り上げた、人間側の社会制度や社会システムが大いに影響を受けるだろう」

というポイントが一番の問題となると思います。


                                       坂本 誠

2018年11月29日 (木)

三千三百九:小さな疑問_No.7

こんばんわ。

私の方で小さな疑問を生じる機会がありました。

現在、日産の元会長カルロス・ゴーン氏の逮捕について、毎日のように、新聞記事やニュース報道されているのを、多くの人々は見ていることと思います。
なぜならば、毎日のように、特捜本部と言われる検察局からの情報が公開されて、その公開された情報を入手したマスメディア関係の方々が、メディアで報道するからです。

自然と言えば自然な話ですが、このような状態を見て、私が小さな疑問を感じる機会が出来ました。

というのも、日産の元会長カルロス・ゴーン氏関係の情報は大量に公開されているのに、森友問題とか加計(かけ)問題とか言われている事件の方は、ほとんど情報公開がなされていないのに、疑問を感じたのです。

「あれほど、日産関係の情報は公開されているのに、森友問題とか加計問題と言われている方の、情報が、ほとんど公開されないのは、なぜだろうか」
という、素朴な疑問が私の方で生じました。

メモ程度に、書き残しておきたいと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
***************************************
***************************************
(引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。)

二千三百十:小さな疑問』(2014年11月23日記事)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/11/post-a1bd.html
(上記記事より抜粋)
--------------------------
小さな疑問を持つ機会がありました。

つい、先ほど、NHKの『海外ネット』を見ていたら、以下のサブタイトルに沿った海外情報が流れていました。

「『イスラム国』の横暴、人身売買された少女は」

テレビを眺めていたら、イスラム国の兵士に奴隷として人身売買された少女達は、ドル札で売買されたそうです。
ここで、疑問を抱きました。

イスラム国の兵士達がどうして、人身売買のためのお金としてドル札を持っているのでしょうか?
また、人身売買にもドル札が使用されるぐらいだから、当然、イスラム国の兵士達の日常生活でドル札が使用されているのでしょう。
イスラム国の兵士達の軍資金である、そのドル札はどこから、もたらされているのでしょうか?

小さな疑問を書かせていただきました。

(以下、新ブログ『光と輝き』からのイスラム国に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
--------------------------------------------------
『二千二百三十一:News_No.526』
●ISIS(イスラム国)テロ集団の指揮官は・・・元米陸軍大将
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/10/news_no526-143e.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51940247.html
http://the-tap.blogspot.jp/2014/10/senior-commander-of-isis-is-retired-us.html

(以下、上記記事より抜粋して引用)
----------------------

_1

(↑ ポール・E・バレー氏)

ベテランズ・トゥデーのゴードン・ダフ氏によると:
ISISの指揮官は、元米陸軍大将のポール・E・バレー氏(Paul E. Vallely)であることが分かり(、、、以下、省略)
----------------------
(引用終わり)

--------------------------
(引用終わり)

『二千百十:私の見かけたニュース_No.60』
●ベテランズトゥデーのインタビューで重要な情報が伝えられました。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/_no60-ccd4.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51933323.html
http://beforeitsnews.com/alternative/2014/07/edward-snowden-reveals-isis-leader-abu-bakr-al-baghdadi-trained-by-israeli-mossad-video-2993768.html
http://beforeitsnews.com/alternative/2014/07/plan-to-overthrow-us-government-exposed-by-us-intel-2993594.html

(上記記事より抜粋して引用)
----------------------
 

Photo_2


7月16日付け:
最近、スノーデンが暴露した情報によると。。。
テロリストグループのISISは英・米諜報機関とイスラエルのモサドが作り上げた組織だと言っています。
英・米・イスラエルは世界中のイスラム過激派を1箇所に集めることです。

その理由は、シオニスト集団を守るためであり、そのために宗教やイスラムのスローガンを作り出したのです。
ユダヤ国家を守る唯一の方法は、国境周辺に敵国を創ることだそうです。
ISISのリーダーや指導者は話術を教わり、1年間の集中的な軍事訓練を受けました。
この情報はイランが3週間前に伝えた情報と同じです。


主要メディアやオルターナティブメディアの多くがシオニストから脅迫されており、情報が監視されている。


米当局は、9.11のテロ攻撃は核攻撃であったことを示す証拠がいくつも提出されたにもかかわらず、それを認めようとはしない。
米連邦議会も真実を知っていながら全て隠蔽している。
CNNもデータを受け取り、真実を報道しようとしたが、のちにそれを破棄してしまった。


イルミナティの13評議委員会は毎年、夏至と冬至に子供を1人ずつ殺害している。
ベテランズトゥデーはこのことをビデオで暴露したが、アレックス・ジョーンズやグレン・ベックなどの監視員によって常に情報が検閲されている。


ISISはイスラエルの組織であるため、イスラエルの敵にのみ攻撃している。
ガザの戦争では、イスラエルの諜報機関が、3人の10代の少年を拉致し殺害した。
そのうちの1人は逃げだし警察に通報したが、警察は全てを隠蔽した。
----------------------
(引用終わり)

『二千八百七十五:小さな疑問_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no2-fa7f.html

『二千九百七十七:小さな疑問_No.3』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/08/_no3-b677.html

『二千九百八十五:小さな疑問_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no4-6df6.html

(上記記事より抜粋)
--------------------------
そもそも、日本の役所の一つとして、『財務省』というものがあります。
これはれっきとした日本の役所です。

しかし、『二千九百八十三:貨幣経済システムとマトリックスを考えて』で書いたことですが、「日本銀行は国の役所とか省庁ではありません」。
日本銀行は、一つの法人あつかいです。

ですから、私達の生活を見ると、まるで、財務省と日本銀行の2系統で、日本経済のやりくりが行われているように見えるでしょう。

ですから、「2系統あったら冗長ですから、中央銀行である日本銀行の方を廃して、財務省の1系統で、日本の経済システムを行っても良いのでは?」という、意見めいた疑問を持った人も出てくるかと思います。
まあ、上記の事が私に思い浮かんだ疑問です。
--------------------------
(抜粋終わり)

『二千九百八十八:小さな疑問_No.5』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no5-7f82.html

『三千二百八:小さな疑問_No.6』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/01/_no6-25cf.html


                                       坂本 誠

2018年11月26日 (月)

三千三百八:私の省エネ・ライフ(冬季生活編)

こんばんわ。

久しぶりの「私の省エネ・ライフ」シリーズです。

三千五十一:私の省エネ・ライフ(こし湯を行う際に)』の続きです。

この原稿を書いている今は、冬の口です。
そろそろ、様々な家庭の中でも、ストーブなどの火の用意が始められていると思います。

---------------------------------

冬場にも、簡単ですが、幾つかの省エネする機会が見られます。

他の季節には、家庭内でストーブを使いませんから、私達も忘れることが多いのですが、ストーブ自体が、ガスコンロのような熱源の一つであることがわかります。

ストーブの上に、やかんをかけて、お湯を作ったり、麦茶を作ったり、あるいは、おでんを温めることも多いでしょうか。

ガスコンロだと、急速に温めたい食品を熱するのに良いのですが、長時間をかけて温める食品をストーブの上で調理することが出来るのに気が付きます。

---------------------------------

また、冬場ですと、家庭内でのお湯の需要が高まりますので、魔法瓶を使用した水筒やポットの使用も喜ばれます。

Photo

 

私でも、朝に、今日一日のコーヒー3杯分を作成して、魔法瓶の水筒に保存します。
夕刻になると、さすがに、魔法瓶の水筒内のコーヒーも冷めますが、その少し湯冷めしたコーヒーを温めるのも、冬場のストーブを使用出来ることに気が付きます。

夏場ですと、冷えたコーヒーを温めるのに、電子レンジを使用したりするのですが、これなども冬ならではの省エネ方法だと思います。
---------------------------------

冬場での私達の生活環境を暖めるのに、エネルギーの使用が頻繁に行われるのですが、それに先立って、保温材の使用の工夫次第で、熱源を効果的に、使用出来ることに気が付きます。

上述したように、ストーブと魔法瓶の併用も、保温材と熱源の組み合わせの一つです。

また、アルミホイル系の断熱材を、こたつの下に置いてみるのも良いかもしれません。

---------------------------------

少しだけ、話が横に反れるのですが、電磁波対策の一つとして、断熱材の使用も考えられます。
最近の住宅では、その建設の際に、創建当初から、壁の中に保温材と防音材を兼ねて、アルミホイル系の断熱材が壁の中に設置されている住宅も多いものです。
きっと、住宅内の保温も出来ることでしょう。

もちろん、断熱したり、防音のために、そのようなアルミホイル系の断熱材を壁の中に埋め込んでいる住宅も、現代では多くなっていると思います。

「アルミホイル系の断熱材」ですから、きっと、携帯電話の電波塔から発せられる電磁波とか、携帯・スマホから発せられている電磁波からも身を守ってくれるであろう、と、私は予想しています。

以下の引用文献も、どうか参照して下さい。

/////////////////////////
/////////////////////////

『千八十三:電磁波対策を考える_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/_no4-0719.html
●スマートメーターの電磁波測定とアルミホイルの遮蔽効果
http://www.youtube.com/watch?v=sl_BfCvP17g



『二千百五十九:電磁波対策を考える_No.10』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/08/_no10-482f.html
(「社会に貢献するアルミ箔の世界 日本アルミニウム協会」より抜粋引用。図は省略)
---------------------------------------------------
●社会に貢献するアルミ箔の世界 日本アルミニウム協会
http://www.aluminum.or.jp/haku/plaza/plaza14.html

見えないところで活躍するアルミ箔:電気配線のノイズ対策にアルミ箔が活躍

電線(電力線・通信線)を電流が通るときに発生する電界や磁界が、その配線の近くにある電子機器や別の通信配線などに電気的なノイズとして影響を与えることがあります。
こうした電気配線に伴うノイズ対策に活躍しているのが、電気コードの外側を覆い、電流に伴う電界や磁界を遮蔽する“シールド材”で、この電磁シールドの素材に「アルミ箔複合材」が有効に活用されています。

配線用電材メーカーの大手、興和化成株式会社(本社・愛知県名古屋市瑞穂区)は1998年にこの電磁シールド用資材を開発、2000年から「ノイズプロテクトチューブ」という商品名で生産・販売しています。
2010年2月には、ノイズ対策効果をより高める厚手のアルミ箔を使った新製品も発売しました。
---------------------------------------------------
(引用終わり)

/////////////////////////
/////////////////////////

少しだけ話が反れたのですが、本題に帰りましょう。

夏場ですと、エアコンを大量に使用していると思いますが、冬場になると、それらのエアコンを使用しない家庭も多くなるかと思います。
確かに、エアコンの暖房機能を使う家庭も多いと思いますが、冬場の熱源として、エアコンの暖房機能を使用していない家庭も、まだ多いと思います。

そのような夏場でしか使用していないエアコンも多いと思いますので、それらのエアコンの電源コンセントを抜いておいた方が良いと思います。
電源を切るだけでは無く。

なぜかと言うことを書きます。

以前、どこかのテレビ番組で言っていたのですが、今では、そのテレビ番組名とテレビ局名を忘れてしまったのですが、そのテレビ番組が伝えていたことには、「エアコンやテレビには『待機電源』というものが使用されている」ということでした。

現代のエアコンやテレビの、そのほとんどはリモコンが使用されています。
そして、リモコンを操作することによって、それらの家電が操作できます。

エアコンやテレビの電源が入っていなくても、リモコンの電源ボタンによって、エアコンやテレビの本体を起動できます。
「これはなぜか」というと、実は、エアコンやテレビの本体側には、わずかながらの電気が流れています。

その微量な電気がエアコンやテレビの本体側に流れているため、リモコンの電源ボタンによって、エアコンやテレビの本体を起動できます。

つまり、現代のエアコンやテレビ、その他のリモコンで操作できる家電には、『待機電源』という弱めの電気が、常時流れています。

弱めの電気が、多くの家電の中に流れていますので、これ自体が無駄な電気代をかさませることが知られています。

ですから、以前、私の見たテレビ番組だと、「使用していないエアコンの待機電源を切るため、エアコンのコンセントから抜くと、待機電源も切れるため、一ヶ月当たり時価にして500円分ぐらい、省エネ出来る」と放送されていました。

ですので、一つの家庭で、3つのエアコンがあると仮定するならば、夏場の使用が終わったエアコンのコンセントを抜くのならば、夏場と比較して、「時価にして一ヶ月当たり1,500円分ぐらい、省エネが出来る」ということになります。

ですから、家庭の中を見回して、エアコンだけでなく、使用されていないリモコン操作のある家電ならば、コンセントから抜くと、より効果的な省エネができるとわかります。

---------------------------------

私達の間で、省エネによって、余ったお金は何か他のもっと有意義なことのために使った方が良いと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
***************************************
***************************************
『三千五十一:私の省エネ・ライフ(こし湯を行う際に)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/01/post-70ee.html

『三千一:私の省エネ・ライフ(電化製品編)_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/10/_no2-c1f9.html

『二千九百九十五:私の省エネ・ライフ(電化製品編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/post-01c4.html

●真似をするなら自己責任で。電解コンデンサを交換して壊れたパソコンの電源を修理する。 | ホチキス先生の「プログラマーと呼ばれたい」
https://matsumotoyoshio.wordpress.com/2011/10/20/%E7%9C%9F%E4%BC%BC%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%82%89%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%81%A7%E3%80%82%E9%9B%BB%E8%A7%A3%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%92%E4%BA%A4/

●電解コンデンサの故障
http://www.pasokondokoro.com/memo/capacitor/

『二千九百八十六:私の省エネ・ライフ(交通編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/post-e2ca.html

『二千九百二十:私の省エネ・ライフ(料理編&PC編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/05/pc-3e08.html

『二千八百七十二:私の省エネ・ライフ(換気扇&調味料編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-76dd.html

『二千八百六十八:私の省エネ・ライフ(ヘア・アクセサリー編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-1bec.html

『二千八百六十一:私の省エネ・ライフ(暖房編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-a9e2.html

『二千八百五十五:私の省エネ・ライフ(ペット編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-5da9.html

『二千八百四十九:私の省エネ・ライフ(お菓子編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-d4f2.html

『二千八百四十一:私の省エネ・ライフ(ストーブ編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-61a1.html

『二千八百二十九:私の省エネ・ライフ(メモ用紙&お風呂の水)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-006b.html

(、、、以下、省略)


                                       坂本 誠

2018年11月19日 (月)

三千三百七:四国の思い出_その四(四万十の流れに触れて)

四国に訪れた当初から行ってみたい場所があった。

それは四万十川近辺だった。
というのも、四国に初めて訪れる以前より、テレビや旅行雑誌などで、四万十の流れは広く伝えられていたからだ。
当時より、四万十の流れは、それらの情報媒介の紹介によると、『日本最後の清流』という触れ込みで人に知られていた。

(下の写真はWikipediaからの『四万十川』)
●Shimanto River And Iwama Bridge 1 - 四万十川 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E4%B8%87%E5%8D%81%E5%B7%9D#/media/File:Shimanto_River_And_Iwama_Bridge_1.JPG

Simanto_1

それ以前より、旅は好きだった。
しかし、他人の見聞きした話を聞くよりも、その土地の場所の雰囲気を本当に感じるには、その土地に訪れる以外に手は無い。

---------------------------------

ちょっとだけ横道に反れるのだけど、旅先の土地での雰囲気、つまり「旅情」というものについて語ってみたい。
真の「旅情」というものは、テレビやネットの動画や、その他の情報媒体のちからを駆使しても、それを表現することは出来ないと思う。
この原稿を書いている現代だと、コンピューターのAI(人工知能)が、しばしば、人の口の上に登る機会が多い。
しかし、そのようなAIを使用した、どれほど優れた3DCG(3次元コンピューター・グラフィックス)や3Dホログラムを使用しても、その土地の「旅情」を他の土地の人々に伝えることは不可能だと思う。

なぜならば、私達がそのようなテレビやネットから入手する情報の、そのほとんどは視覚や聴覚に頼っていることがほとんどである。

そのような、テレビやネットから情報というのは、視覚・聴覚ばかりがメインなのだけど、実際に、自分の身を旅先の土地に移動させてみると、その自身の身から得られる情報は、視覚・聴覚を超えた、莫大な量となる。

旅先で訪れた料亭での珍味の香りを、あるいは舌触りを、テレビやパソコンの画面からは感じることが出来ない。
また、旅先の土地で頬を伝って流れ去る、風との触れ合いの心地良さは、当然ながら、テレビやパソコンの画面から感じることが出来ない。

旅先の土地での日光の量も、自分の日々に住む土地の日光量とは違うことだろう。
なぜならば、その土地での森林浴は、その土地でしか味わうことが出来ないので、頬の肌で感じる日光の加減も、当然ながら、テレビやパソコンの画面からは感じることが出来ない。

あるいは、旅先の土地での海岸で海水浴をしてみると、その土地の砂浜が足をくすぐる痛み具合すらも、故郷の土地のものとは違っているかもしれない。

そんなこんなで考えていくと、書籍、テレビ、ラジオ、ネット、あるいは、その他の全ての旅先の見聞録を、幾ら、目と耳で仕入れても、その情報量は、実際に自分がその旅先の土地で経験した五感の総量とは、きわめて量に違いがあることに人は気が付く。

だから、現代の、どんな旅先の見聞録と言えども、実際に自分がその土地に訪れて、味わった情報量と比較すると、どちらが優れているかは、誰にでもわかることである。

早い話が、本当に旅の良さを味わうには、現代と言えども、その旅先の土地に訪れる以外に手は無い。

---------------------------------

ここから、本題に返るのだけど、私が四国に居住している間に、四万十近辺には二回訪れた。
一回目はバイクで行った。

太平洋側の地方都市を離れると、四国独特の土地の雰囲気がバイクのヘルメット上をかすめていくことになる。
日本のどこでもそうだけど、日本の地方都市の雰囲気と言うのは、たいてい似ている。

しかし、四国は山の深い土地だ。
平野部はあるものの、山の斜面が、そのまま海に入り込んでいるところが多い。

閑散とした道路を、心地良く走れるのだけど、上述のように、山の斜面がそのまま海に入り込む地形というのは、つまり、海岸沿いの崖が多い土地となる。
だから、海岸沿いを、あまり走れず、海岸から、ちょっと離れた場所に道路が敷かれている状況が多かった。
なので、太平洋の青海が見れたかと思うと、再び、山の中を走っているという車窓風景ともなっている。
もちろん、海のすぐそばを走ることもあるのだけど、海岸線から、すぐにも離れることになる。

つまり、四国は本来山国と言えるので、このような土地事情ともなる。
だから、海の際(きわ)まで、山が迫っていると言えるので、海際を走っていても、どこか深山幽谷(しんざんゆうこく)の風景の中を、走るような雰囲気となる。

平安時代の弘法大師も、ほぼ、同じような道を歩いて行ったのだから、過去、彼も、この四国の土地に霊場というものを感じたと思う。

---------------------------------

私が訪れた当時は中村市という市名だったが、今では四万十市となっている。
その街中を四万十川が貫き、赤い鉄橋がかかっている。

(下の写真はWikipediaからの『四万十川』)
●Shimanto-gawa bashi zenkei-3 - 四万十川 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E4%B8%87%E5%8D%81%E5%B7%9D#/media/File:Shimanto-gawa_bashi_zenkei-3.jpg

Simanto_akahasi

その赤い鉄橋を超えて、足摺岬方面に向かう途中、バイクを降りて身を休めると同時に、四万十の流れに触れてみた。
四万十の最下流近辺でもあり、さすがに、人間の居住地域を幾つも通って来ているので、「上流程の美しさと清らかさは無い」とは言われているものの、それでも河川としては、かなり美しい川だった。

---------------------------------

足摺岬に向かうのだけど、ここまで走ってみて感じることは、私ならず、他の人も感じると思うのだけど、道中の「静かさ」を感じると思う。

風の音と、あるいは、海が渚(なぎさ)を洗う音と、わずかばかりにすれ違う車のエンジン音と、あるいは自分のバイクのエンジン音、、、。
それらの音が道中の自分の身の周りに木霊(こだま)するばかり。

それ以外の、他の音を聞くことが少なかった。

だから、ここまで来る道中に、不思議な静かさを感じていたのを今でも思い出す。
つまり、現代社会での、自動車やバイクなどの移動手段を使っても、その道中の移動中では、人は沈思瞑想(ちんしめいそう)しているようなものだ。

かつての空海も、この土地の上を歩行しながらも、目を開いたまま瞑想をしていたのではないだろうか。
現代の私達でも自動車やバイクで、この道中で、さながら、ある意味での移動中の瞑想ができると思うのだけど、もちろん実践したい人は居眠り運転に気をつけて。

---------------------------------

上述しているように、道中は、とても静かだからか、このような四国の土地を旅していると、時間の感覚が違ってくる。

確かに、幾つも存在する四国の地方都市の内部だと、始終、テレビから何かの音声が流れ、あるいは、ラジオからの音声や、ネットからの音声や、街中の喧噪や自動車の騒音で一杯である。

しかし、地方都市を抜けても、それらの音声があるにはあるのだけど、移動などのおかげで、ある意味、「車中」という隔絶された環境の中もあり、上述したように、とても静かな環境なので、道中の時間の感覚が違っていたことを今でも記憶している。

よく巷で使われている言葉を借りれば、「時が止まっている」というものだろうか。

私が感じたところでは、「時が止まっている」とまではいかなかったけど、やはり、これもよく囁かれるような表現としては、「時の流れがゆるやかになっている」だった。

ある意味、不思議で奇妙な感覚。

どこかの深い淵の底を覗き込むかのような。

---------------------------------

私なりの表現をしてみたい。

「時」と言う名の、何らかの巨大物質や巨大生命体が、そこにいたような気がする。

つまり、その目には見えない巨大生命体である「時」と言う名の生物が、その土地に住んでいるように感じる。

そして、その太平洋四国沿岸地帯の静かさと、その巨大さ自体が、美術方面の彫刻分野等で使用される一つの巨大な石版に似ている。
(彫刻などでは、そのような大きな石版などに彫り物を刻むことが多い。)

そして、その太平洋四国沿岸地帯の静かさと巨大さ自体が、自分自身である、その巨大石版の中に、その地方の「時」と言う名の巨大生物を、あたかも彫り込んでいるように感じる。

つまり、その目には見えない巨大生命体である「時」と言う名の生物が、その巨大石板の内に閉じ込められているように感じる。
だから、「時」は自らが思うままに動くことが出来ず、よって、私達がその土地を訪れて、「時が止まっている」とか「時の流れがゆるやかになっている」ように感じてしまう。

実際、私達が巨大な彫刻を見るに、もちろん彫刻は動かない。
なぜならば、彫刻師が後世に永く残したい風景の一抹の一瞬を切り取って、その石版や彫刻の像の中に、その一瞬の記憶の外見を留めるからである。
だから、私達は威厳ある彫刻を見る時には、どこか、時間の静止を感じるものである。

そのように、私が「時が止まっている」というような風景や光景を見ると、あたかも巨大石板に閉じ込められた何かの生命を感じるのである。

(下の写真はWikipediaからの『足摺岬』)
●Tosashimizu Ashizuri Cape 1 - 足摺岬 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E6%91%BA%E5%B2%AC#/media/File:Tosashimizu_Ashizuri_Cape_1.jpg

Asizuri

---------------------------------

実際、四国に行ってみると、私達は、私が今まで紹介してきたような巨大な自然の造形物を多く見ることになる。

今回の記事は長くなってしまったので、足摺岬を後述することになるのだけど、足摺岬と言い、石鎚山と言い、大歩危・小歩危と言い、笹ヶ峰と言い、訪れる旅人は、四国の巨大自然造形物の数多くを目にすることだろう。
足摺岬近辺にある「竜串(たつくし)」と呼ばれる海岸沿いの巨大石群もそうだ。

現代だと、数多くの人間の都会の構造物や都会の喧騒を、私達は見る機会も多いけれど、そのような場所を離れて、ただ一人、巨大自然造形物のさなかを歩むと、その旅人は、その巨大自然体に対して、「威厳」とか「厳かさ」といった単語を念頭と心中に浮かべると思う。

そして、当然のことながら、きっと私が上述したようなことを道中で感るだろう。
日頃の現代都会生活と言われているアーバン・サバイバルのライフ・スタイルとは違った、神妙な何かを感じると思う。

『四国八十八箇所』とか『四国遍路』を行っている旅人達は、そのような現代生活の日常とは違った神妙な何かを感じるために、巡礼をしているのではなかろうか。

(下の写真はWikipediaからの『竜串』)
●Tatsukushi 05 - 竜串 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%9C%E4%B8%B2#/media/File:Tatsukushi_05.JPG

Tatukusi

---------------------------------

『四国遍路』の開祖は、弘法大師と伝えられている。

私は四国に居住していた間に、『四国遍路』の旅人では無かったし、また、『四国遍路』の全ての道程を踏み終えた旅人では無い。

部分的にも、『四国八十八箇所』巡りの道中を踏みしめたのだけど、その道中から感じることの出来たのは、上述しているように、巨大自然体の「厳かさ」とか「神妙さ」と言えるものであった。

『四国八十八箇所』の開祖として、弘法大師が讃えられているような雰囲気があるけれど、私が思うに、彼が偉いのではなく、彼に自然の霊感とか、自然の厳かさ等を見せた、巨大自然体そのものの方が偉大なように感じた。

弘法大師が若かりし時に、四国中の寺々を訪ね回ったのだが、当時、彼は何か心中に求めるものがあって、あえて旅をしたのではなかったか。

あるいは、彼の若い時に何かの悩みがあり、その悩みを解決する糸口として、四国の道中を踏みしめたのではないだろうか。

---------------------------------

私は『四国遍路』の旅人では無かったのだけど、現代では、自動車やバイクを使って四国一周しても、これまでに書いているように、四国の自然の巨大さを実感することが出来る。

また、四国一周をしなくても、私のように部分的な移動をしただけでも、ほぼ『四国遍路』の雰囲気を味わえると思う。

確かに、四国に行くと、今でも、昔ながらの『四国遍路』の旅人の方々も見かける。
実際に、徒歩で『四国八十八箇所』を巡る本格派の巡礼者の方々もいる。

確かに、徒歩で四国一周をしても良いのだけど、手軽で比較的短時間内で四国の神秘的な自然を味わうには、現代の足を使っても良いと思う。

本来ならば、この段落中で、足摺岬やその近辺の竜串海岸のことを書くつもりだったのだけど、長くなってしまったので、後述することにします。

「私の四国内での部分的な旅は、現代の『四国遍路』とは言えなかっただろうか」という問いを残しつつも、ここで、この段落の記事の筆を結んでおくことにします。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
***************************************
***************************************
三千三百三:四国の思い出_その三(独白)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-6984.html

(以下、Wikipediaより引用)
------------------------------------------
●地球33番地
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%8333%E7%95%AA%E5%9C%B0

Address_33no1

最終更新 2017年11月10日 (金) 15:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
------------------------------------------
(引用終わり)

●地球33番地公式サイト
http://chikyu33.net/executive/commi.html

/////////////////////////
/////////////////////////
『三千二百九十六:四国の思い出_その二(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-2b8a.html

●(下の写真は「石鎚山系を知る | 石鎚山・石鎚山系公式|石鎚山系連携事業協議会」からの『仁淀川』)
https://www.ishizuchisankei.com/about/

 

Photo_3

●(下の写真は『Iyohuzi0ɜ - 笹ヶ峰 - Wikipedia』からの笹ヶ峰)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%B9%E3%83%B6%E5%B3%B0#/media/File:Iyohuzi0%C9%9C.jpg

Photo_2

/////////////////////////
/////////////////////////
『三千二百九十五:四国の思い出_その一(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-e767.html

●(下の写真はWikipediaからの『大歩危峡』)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%AD%A9%E5%8D%B1

_

●(下の写真は「石鎚山系を知る | 石鎚山・石鎚山系公式|石鎚山系連携事業協議会」からの『石鎚山』)
https://www.ishizuchisankei.com/about/


__2

                                       坂本 誠

2018年11月17日 (土)

三千三百六:短文掲載

こんばんわ。

現在、ちょっとバタバタしていますので、ブログ更新が遅れています。
ですので、今日は、以下のような短文を掲載します。

---------------------------------

「差別用語を撤廃しよう」という文章を見かける時があります。

この理由としては「差別というのは世の悪だから、その差別と思われる単語を含む文章を世から撤廃しよう」というものでしょうか。

しかし、ここでちょっとおかしなことに気が付いてしまいます。

それは「差別用語を撤廃しよう」という文章自体に、「世の何らかの単語に対して、それらの単語は差別的だ」という差別的なレッテルを貼っていることでしょう。

そのような視点から見ると、冒頭に掲げた文章自体に、少しばかり奇妙なものを感じてしまいます。


                                       坂本 誠

2018年11月 9日 (金)

三千三百五:電磁波について_No.20

こんばんわ。

三千三十七:電磁波について_No.19』以来の、久々の電磁波関係の記事です。

最近、私の読んだ記事から御紹介します。
簡単な見出し程度でも、その要綱はわかりますので、全文を読みたい方は、該当URLにジャンプしてください。

(以下、『InDeep』様、2018/11/03(土)記事より引用)
------------------------------------------
●携帯やスマートフォンによる発ガン性が証明される : アメリカ国立衛生研究所が「携帯電話は癌と心臓病に関係する」という10年間におよぶ研究の最終報告書を発表
https://indeep.jp/high-exposure-cell-phone-radiation-associated-cancer/

投稿日:2018年11月3日
11月1日のアメリカ国立衛生研究所のニュースリリース
------------------------------------------
(引用終わり)

(以下、『日本や世界や宇宙の動向』様、2018/10/19(金)記事より引用)
------------------------------------------
●スマートメーターによる健康被害、人権侵害、誤表示
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52033184.html

(邦訳『日本や世界や宇宙の動向』様)

https://www.naturalnews.com/2018-10-17-smart-meters-are-wildly-inaccurate.html

(概要)
10月17日付け

Image: “Smart” meters are wildly inaccurate: Study finds that readings can be 581% higher than actual use

(Natural News)

・・・・スマートメーター(従来のアナログ式誘導型電力量計と異なり、電力をデジタルで計測し、メーター内に通信機能を持たせた次世代電力量計)は、EMF電磁場を放射しますので、使用し続けると、使用者に頭痛、疲労、消化系障害、不眠など様々な健康障害を生じさせます。(、、、以下、省略)
------------------------------------------
(引用終わり)

ここからが私の文章です。

この私のブログ記事でのシリーズ『電磁波について』も、サブタイトルの番号を見てもわかるように、今回の記事で20回目です。

ですから、携帯電話やスマホあるいは、電子レンジから発生される波長の電磁波の危険性について、巷では、かなり長いこと話題になっていることがわかります。

ですが、「昨今の携帯電話の人気に水を差したら困るではないか」という視点から、携帯電話やスマホの危険性について語られていないと思います。

なぜならば、携帯電話やスマホを使って電話をしたり、あるいはインターネットの利用などをしていたら、「そちらの方が文明人のようでカッコ良いじゃないか」というような思い込みの下に、現在の携帯電話やスマホの使用が喜ばれているように、人が感じているからだと思います。

あるいは、たとえ、このような携帯電話やスマホの使用に危険性の証明がされていても、「携帯電話やスマホが売れなくなったら、どうなるのでしょうか。そちらの方が困るのではないでしょうか」のような声も出るのではないでしょうか。

結局、これですと、私達、人間は、「人間にとっての必要物資を手に入れるための経済活動をしている」というよりも「本来必要としているのは、物資の方だが、その物資よりも、物資の実体では無い、幻の数値として紙の上に記載されている、お金の方が大事なのだ。そのお金獲得のための経済活動を、人はしている」となってくると思います。

ですから、ここまで来ると、私達は「お金というものは、人にとって、悪い道具なのだ」という、今までのお金を崇拝するような社会の雰囲気とは別の視点で、お金を見ていくと思います。

/////////////////////////
/////////////////////////

なんとならば、もし私達の社会に、お金というものが存在していなかったと仮定してみましょう。

そのような世界ならば、何らかの人間の道具があって、その道具の危険性を証明されたとするのならば、その道具の開発・製造・普及を止めても、お金そのものが無いのですから、誰もが金銭的に困ることはありません。

だから、そのような世界ならば、人はあっさりと、何の未練も無く、携帯電話やスマホの使用に関して、厳重な規則を設定していくのではないでしょうか。

/////////////////////////
/////////////////////////

一つだけ、書いておきたいのですが、世の全ての電磁波が人体に有害だとはされていないことを、どうか、覚えていてください。

なぜならば、「可視光線」つまり、普通の光ですが、この波長の電磁波は、人には有害なものを発していません。
あるいは、「赤外線」と呼ばれる波長の電磁波も、身体を温める働きがあって、人には有害なものを発しているとの報告は聞いた事がありません。
電磁波というからには、「紫外線」と呼ばれる波長のものもあります。
この「紫外線」も目には見えませんが、よく知られているように、殺菌したり、真夏に海水浴などをしていてれば、肌を焼く等の効果が知られています。
また、「X線」とか「γ線」と呼ばれる波長のものもあります。
これらは原爆等が爆発した際に発される波長であり、人体を癌にさせたりします。

要するに、「電磁波」というのは「光」のことであり、その光の波長が変われば、同じ光ですが、人体や生物に対する影響は、非常に変わってくるのです。
この辺りは、読者の方がどうか調べてください。

/////////////////////////
/////////////////////////

以前にも書いたことのですが、この携帯電話やスマホなどの人体に危険を証明している電磁波の波長の話題は、私はタバコの話題に似ていると思います。

タバコも、長い間、その発癌性が指摘されています。
にも関わらず、タバコは生産され、そのタバコを吸うのを愛用する人々もいます。

ですから、人によっては以下のような発言もすることでしょう。

  「タバコが悪いと思えば、その人が買わずに吸わなければ良いだけだ。人には自由が許されているので、タバコを吸いたい人はタバコを買って吸っても良いし、タバコが嫌いな人ならば、タバコを買わずに吸わなければ良いだけなのだ」

と。

要するに、「自己責任で、タバコを取り扱って下さい」という意見も出ていると思います。

このタバコと同様な話題が、この電磁波にも当てはまっているように感じます。
ですから、上のタバコに対する意見を、電磁波の件で書き換えてみると、

  「電磁波が悪いと思えば、その人がガラケーやスマホ買わないで使用しなければ良いだけだ。そして、現在でも、携帯電話やスマホの需要は高いので、携帯電話の電波塔の問題なども、自宅での電磁波対策をしたら良いのではないのか」

と。

果たして、このような意見で良いのかどうか、私は疑問を感じるところですが、読者の方々も、どこか疑問を残すことにならないでしょうか。

自己責任の問題とは、ちょっと外れてくるように思えるのですが。

しかし、誰がどうみても現状の問題を感じるかと思います。

ですから、本当の問題解決方法とは違うかもしれませんが、過去、私なりに電磁波対策の記事も続けていました。
個別に電磁波対策を進めたい方は、以下の該当記事にジャンプして、個人的に電磁波対策を進めると良いかと思います。

二千七百三十二: 電磁波対策を考える_No.13
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/11/_no13-aa2a.html

/////////////////////////
/////////////////////////

しかし、ここまでくると、やはり、私が思い出す言葉としては、「自分の身は自分で守らないといけない」という言葉でしょうか。
しかし、上記のように、「お金の問題」というのも、かなり大きく、この問題に影響を与えていると感じています。


(以下、上記記事を読みながら思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
******************************************
******************************************
『三千百十:私の見かけたニュース_No.99』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/04/_no99-6a35.html
(以下、『Gigazine』、2017/4/24記事より引用)
------------------------------------------
●ビル・ゲイツ氏いわく「自分の子どもには14歳になるまで携帯を持たせなかった」
http://gigazine.net/news/20170424-bill-gates-ban-kids-cellphone/

------------------------------------------
(引用終わり)


『千八十八:電磁波について_No.18』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/_no18-cb56.html
●ケータイ放射線でDNAの二本鎖切断が証明されていた(米 上院公聴会)
http://www.youtube.com/watch?v=8Yr6glIFL9o



(※筆者注:上記ビデオの翻訳ボタンを押して下さい。)

(上記ビデオより抜粋引用)
------------------------------------------
■ブーハー博士:
どうも 開会の挨拶にありましたように10年~12年の携帯電話への曝露で腫瘍が劇的に増加しています
最近になって幾つかの兆候があり、長年、移動通信器を使用してきた人々に、脳腫瘍が増加しています

▲質問者1:
子供の携帯電話使用による潜在的危険性の増加について、何か考慮がありますか?

■ブーハー博士:
子供は携帯電話の放射線が、頭骸骨の深くに浸透する構造をしており、、、

_7

▲質問者1:
潜在的な危険は大きいですか?

■ブーハー博士:
はい 潜在的に大きな危険が、、、

◎セデツキー博士:
唾液腺腫瘍が現れたのは比較的長期間の使用者で、ケータイを使うと同じ側の頭部に腫瘍ができ、ヘビーユーザーでした
この公聴会を通じて、問題の研究が推進され、安全で責任ある使用確保の行動を期待します
招いてくださったデービス博士とこの問題の提起への配慮に感謝を申し上げます

◆デービス博士:
すると業界の反応は、私の本にもありますが、こうでした
まずNIHへ行き、研究の停止を働きかけ、次に記事の出版を受諾した学術誌へ行き、、、

▼質問者:
それは誰が?

◆デービス博士:
この研究の公表に反対している業界です
それで、そのロビー団体が、記事を受諾しないよう働きかけました
最後に、それを誤りにしようと別の科学者を雇いました
作用を確認すると、絶対に公開しませんでした

_5

 


------------------------------------------
(引用終わり)


『九百十一:電磁波について_No.11』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/02/_no11-c397.html
●元MI5部員Dr. Barrie Trowerの語る電磁波兵器①
http://www.youtube.com/watch?v=NRoN2Fsci3o



(上記ビデオより抜粋して引用)
------------------------------------------
「ええ、1960年に私は軍でマイクロ波戦のあらゆる面に関わり始めました。」
「それが人体に与える危険性や、もちろんレーダーや軍事使用について学びました。」
「その後、11年間、仕事の一部ですが、冷戦時代のマイクロウェーブは今と同様秘密武器に使われ、それらは完璧な武器であり、人々は自分が攻撃されていると気付かないですから、どの政府にも個人や集団に対する攻撃が可能で実行しており、道にいる群衆に対しても同様で、18ヶ月から「2年半、低強度の攻撃で、甚大な神経ダメージや身体的ダメージ、癌を引き起こす事が出来ます。」
------------------------------------------
(引用終わり)

『八百五十:電磁波について_No.9』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/01/_no9-316e.html
●「WiFiは子供たちに危険」 バリー・トラウアー
http://www.youtube.com/watch?v=lNKFEn_WXCs

(※筆者注:現在、上記ビデオは、なぜか、削除されています。私が見たときに撮影した写真を掲載しておきます)

(上記ビデオより抜粋して引用)
------------------------------------------

_1

 
科学アドバイザーとして、世界中の文書を読んだり翻訳したりしていますが、子供用のマイクロ波放射線安全基準を作るだけの勇気がある科学者に、世界中で、今まで、まったく一度もお目にかかったことがありません。
基準は一つも存在していません。
子供の免疫系統は、大人と違い、まだ発達中です。
骨が柔らかく、マイクロ波が簡単に貫通してしまいます。
骨の中では生物幹細胞を作っていて、そこから免疫系統、そして体のすべての部分が作られます。
------------------------------------------
(引用終わり)


『九百三十四: 電磁波について_No.17』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/02/_no17-d4c2.html
●元英諜報部員が語るマイクロ波戦闘 Barrie Trower on Microwave warfare
http://www.youtube.com/watch?v=hpfblQN2a-E

(※筆者注:現在、上記ビデオは、なぜか、削除されています。)

(上記ビデオより抜粋して引用)
------------------------------------------
誰かを始末するのが急ぎでない場合、この技術でビームを送れば、とても効果的なステルス兵器となります。
何度も実行されてきました。
記録もされています。
政府は気に食わない人々にビームを当てる事が出来ます。
ガン、乳癌、脳神経の病気など、かからせたい病気を何でも好きに選べます。
マイクロ波をビームするスーパー発信器があればできちまう。
例えば、世界の主要小麦供給国を経済破綻させたいと思ったとしますよね。
そしたら、電離層にマイクロ波ビームを当てるだけでいいんです。
電離層は地球全体を覆っている見えないイオンの雲です。
特定の角度で放たれた電磁波ビームが反射してその国へと落ちます。
その土地の小麦、牛や羊に向かって、マイクロ波ビームを当て続ければ、作物の免疫システムを痛めつけられます。
病気になって死ぬように・・・
生育を止められます。
そしてその国に経済破綻を引き起こせます。
------------------------------------------
(引用終わり)


『四百:電磁波について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/_no2-a04a.html
●NASAの未来計画文書③
http://www.youtube.com/watch?v=2Ww0U-TMGnE



(上記ビデオより抜粋して引用)
------------------------------------------
「ワイヤレスに関する周波数の兵器化について話しています。」
「そして特にアメリカや他の国々でも広大に展開されている携帯電話タワーについてです。、、、そしてそれは携帯電話タワーなのです。」
「そして彼等は学校のキャンパスに置くように学校にお金を支払っていますね。」
「現在、新しく発見された癌の集団がサンディエゴ州立大学にあって、かなりの数の学生と教職員が脳腫瘍を持っているんです。」
「ですから私達はこの文書によって認められた破壊の周波数の中にいるのです。」
「証拠があり、軍がいて、これを認める機関があるんです。」
「、、、こう書いてあります。」
「『タワーは周波数を放射するのに使用される。』」
「これが彼等が私達に伝えている事で、98ページには、『典型的なシナリオ、10人と1000万ドルによって、アメリカを破壊しろ。』2成分生物学的製剤(輸入されたビタミン剤、服等、食料供給・・・を通して)毒が入れられます。ワクチンとウィルスによるテロ攻撃、私達の線路が攻撃される事について話しています。」
------------------------------------------
(引用終わり)


『千八十三:電磁波対策を考える_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/_no4-0719.html
●スマートメーターの電磁波測定とアルミホイルの遮蔽効果
http://www.youtube.com/watch?v=sl_BfCvP17g




『千九十三:電磁波対策を考える_No.5』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/_no5-38c5.html
●住環境・電磁波対策
http://roop119.com/14.html


『二千百五十九:電磁波対策を考える_No.10』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/08/_no10-482f.html
(「社会に貢献するアルミ箔の世界 日本アルミニウム協会」より抜粋引用。図は省略)
---------------------------------------------------
●社会に貢献するアルミ箔の世界 日本アルミニウム協会
http://www.aluminum.or.jp/haku/plaza/plaza14.html

●見えないところで活躍するアルミ箔:電気配線のノイズ対策にアルミ箔が活躍

電線(電力線・通信線)を電流が通るときに発生する電界や磁界が、その配線の近くにある電子機器や別の通信配線などに電気的なノイズとして影響を与えることがあります。
こうした電気配線に伴うノイズ対策に活躍しているのが、電気コードの外側を覆い、電流に伴う電界や磁界を遮蔽する“シールド材”で、この電磁シールドの素材に「アルミ箔複合材」が有効に活用されています。

配線用電材メーカーの大手、興和化成株式会社(本社・愛知県名古屋市瑞穂区)は1998年にこの電磁シールド用資材を開発、2000年から「ノイズプロテクトチューブ」という商品名で生産・販売しています。
2010年2月には、ノイズ対策効果をより高める厚手のアルミ箔を使った新製品も発売しました。
---------------------------------------------------
(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年11月 2日 (金)

三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その1)

翻訳に携わる方ならば、結構知っていることだけど、例えば英語ならば、ほぼ全ての英文法を覚え、ほぼ全ての熟語や構文も記憶し、かなり多くの英単語を覚えて、翻訳作業に慣れてくると、英訳・和訳の作業は一種のコピー作業であるとわかってくる。

確かに、その言語に関する多くの単語等を記憶し、慣れるまでには手間がかかったりするのだけど、一旦、慣れてしまえば、英訳・和訳の作業が単純作業になりやすい。
だからこそ、最近では多くの翻訳ソフトが出回るようになり、かなりの精度でコンピューターが翻訳してくれるようになった。
「コンピューターが翻訳してくれる」ということは、ある意味、英訳・和訳の作業は定型業務であり、つまり、それらの作業は、ある程度、単純作業だとわかる。

また、「外国語を習得した」と言っても、その外国語を、例えば、英語ならば、その英語を英語圏の人ならば、自分の国の母国語として、何不自由なく使用していることに気が付く。

だから、長く英語やその他の外国語を学び、習得してきた人ならば、翻訳作業が単なる筆写作業のように感じられる時も出てくる。

だからと言って、それほど大量に積み上げてきた自分の労力を軽んじるべきではないと思う。

/////////////////////////
/////////////////////////

上記のように、長く翻訳作業に携わっていると、その作業中に退屈を感じたりする時も多いと思われる。
しかし、翻訳作業に関して、「とても楽しい」と感じる瞬間が、翻訳者達の間で感じる時があると思う。

それは、名文とか名句とか称されている文章を翻訳する時である。

一般に、この名文とか名句とか称されている文章を、AI翻訳ソフトで翻訳すると、非常に、テクニックの無い翻訳文になることが多いことが知られている。

それは、なぜかと言うと、これらの名文とか名句とか称されている文章自体、その文章の発言者達自身が、推敲を重ねて、それらの文章を研ぎ澄まさせていることが多いからだ。

もっと具体的に書けば、それらの名文とか名句とか称されている文章中には、対語を上手に並べていたり、語呂合わせをしていたり、音韻を豊かに踏ませていたりするので、それらの文章に触れる読者の方が、うっとりとしてしまう効果がある。
だから、ある意味、それらの名文や名句を作成する作者は詩人と言える。

そのような名文とか名句とされている原文の方では、その言語で使用されている対語や語呂、音韻があるので、原文でそれらの文章を読めば味わい深いものを読者は感じる。

しかし、それらの文章をコンピューターの翻訳ソフトで翻訳してしまうと、その原文を一字一句字義通りに訳そうとするので、原文に見られる香り豊かな味わいを、訳された後の言語からは感じることが出来なくなる場合が多い。

つまり、それらの名文とか名句とか称されている文章は、その文章の作者がその人なりの美学の下に、それらの文章を書きおろしていることがわかる。

「美しさ」という側面を、コンピューターが理解出来ないことも明らかだけど、だからこそ、なるほど、AI翻訳ソフトがそのような文章上の美学を使ってでの翻訳をすることは出来ないことがわかる。

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その2)』に続く)


 

                                       坂本 誠

三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その2)

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その1)』からの続き)

だから、現在でも、何らかの言語を翻訳する際に、一般に名文とか名句とか称されている文章を翻訳者が翻訳する際には、翻訳者自身が、しっかりと考えて、それらを翻訳していることがわかる。

なぜならば、上記にも書いているように、それらの特殊な文章をAI翻訳ソフトが翻訳すれば、原作者の意図とは違った文章が作成され、その文章が非常に味わいの浅いものとなってしまうからだ。

翻訳者も、そのような文章を真剣になって、自分の頭を使って、しっかりと翻訳するので、ある意味、この手の翻訳作業は単純作業では無い。

また、翻訳者が、この手の文章を、真剣になって翻訳するので、つまり、名文とか名句の翻訳となるから、この翻訳は名訳と言われることがある。

当然ながら、世の翻訳者も、この時に自らに充実したものを感じるだろう。

以下、そのような翻訳文を紹介してみたい。

/////////////////////////
/////////////////////////

「名訳」と言っても、ある翻訳文を人が読んで、それを名訳と感じるかどうかは、その人次第である。

だから、本来、「名訳」というものは存在しないかもしれないし、気が付いてみれば、私達は無数の名訳に取り囲まれて生活しているかもしれない。

(以下、Wikipediaより引用)
------------------------------------------
●ハムレット
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88

この台詞は有名ではあるが、訳すのが非常に困難だとされている。「To be or not to be, that is the question.」という文は、この劇全体からすれば、「(復讐を)すべきかすべきでないか」というようにもとれる。しかし、近年の訳では「生きるべきか死ぬべきか」という訳が多い。初期の日本語訳の代表的なものには、坪内逍遥の「世にある、世にあらぬ、それが疑問ぢゃ」(1926年)などがある[1]。

最終更新 2018年10月24日 (水) 08:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
------------------------------------------
(引用終わり)

有名な一文である。

  To be or not to be, that is the question.

確かに、現在での邦訳では上記文を「生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ」と訳すことが多いようである。

この翻訳文を知ったのは、中学生の時の英語の時間だっただろうか。

上記の資料中では、誰が上記原文を、そのように訳したかは載っていなかった。

ただ、普通、「be」と言う動詞は、「~である」とか「~に存在する」という意味で主に使用される。
だから、上記原文中の「be」と言う動詞を「生きる」という意味で訳するのは、珍しいと思われる。

おそらく原文中の上記文の前後も流れも捉えて、「生きるべきか死ぬべきか」と日本語への翻訳者は翻訳したかと思われる。
このような翻訳自体も、とても、AI翻訳ソフトでは表現できない部分である。

/////////////////////////
/////////////////////////

あるいは、多くの人も聞いた事のあるセリフだと思うが、

---------------------------------
 人民の、人民による、人民のための政治を行う。
---------------------------------

というセリフがある。

このセリフ自体も著作権切れであるから、人類共有の財産であり、引用する際に必要な「誰がその言葉を語ったか」を記載する必要は本来無い。
しかし、あえて、「これは有名な人の語ったセリフです」と書いておけば、知らない人ならば、ネット検索したりすることによって、「誰が語ったか」を知ることになるだろう。

また、そのようにして、自分で調査することにより、より味わい深く、その言葉の意味や、その言葉の語られた背景や、その言葉を語った人の真意を追求していけるかもしれない。
だから、あえて、そのセリフを語った人の名前をここでは記載しない。

このような名文も、以下のように訳せると思う。
私が訳したのだけど、英語原文とは違っているかもしれないし、似通った翻訳文を案出できるだろう。

---------------------------------
 People's , by people , for people , we must execute the politics .
---------------------------------

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その3)』に続く)


 

                                       坂本 誠

三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その3)

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その2)』からの続き)

要は、翻訳に携わる人は、時々、名言や名句とされているものを翻訳した方が良いと思う。

単純作業でもないし、頭の体操にもなるし、本当の意味で、「今、私は翻訳している」という実感を得られると思う。

先日の私の記事『三千三百三:四国の思い出_その三(独白) 』中の『過去記事、関連記事、及び、参考文献』中に、出しておいた過去記事の中で、

******************************************
******************************************
『三千三十三:『333 ノ テッペン カラ トビウツレ』を思い出しながら』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/12/333-0e22-1.html
(以下の写真は、『わたしは真悟』第3巻「空の階段」と『わたしは真悟』第4巻「光ふりて」から)

Pc080179

Pc080176

Pc080174

--------------------------------------------
  奇跡は誰にでも一度は起きる。
  だが誰も起きたことには気づかない

                『わたしは真悟』(楳図かずお 作)より引用

  Everybody has had a miracle once .
  But , nobody has realized the miracle at all .

                 quotation from "MY NAME IS SHINGO ."
                   Author:Umezu Kazuo
                   
      (日本語原文の英語翻訳者は筆者である坂本誠)
--------------------------------------------

******************************************
******************************************


の翻訳文を出しておいた。

現在でもご記憶している方々も多いと思うが、小学館の『ビッグコミックスピリッツ』に同作が連載されている時、同作の始まりを示す扉絵には、毎回、「奇跡は誰にでも一度は起きる。だが誰も起きたことには気づかない」という文章が、必ず彫り込まれていた。

さすがに、単行本化されたコミックスには、その文章は、毎回の扉絵には彫られていなかったものの、各巻の最初の扉絵のみに、そのセリフが刻まれていた。

私は、いや、私ならぬ、読者の方々でも、このセリフを読んで、「これは名文ではないのか?」と感じる人もいるだろう。

もっとも、名文というものも、ある人にとっては名文では無く、ある人にとっては名文では無くなる。
だから、世に名文というもの自体も存在しないのかもしれない。

だから、私としては、「これは良い文章だ」と感じ、何か翻訳してみたくなったので、もちろん、翻訳ソフト無しで、自分の頭のみを使って翻訳した。

上に書いたように、「世には名文というものは存在しない」とも言えるので、当然ながら、世に言う名訳というものも存在しないとも言える。

ただ、翻訳者にとっては、「翻訳したいものを翻訳し、また、その文章を翻訳したことによって何かしらの充実感を得た」というだけで良いとも言える。

この日本語原文を翻訳ソフトにかけても、あまり歯切れの良くない英語文として翻訳されてしまうと思う。

このような文章を私なりに翻訳する際に注意していることとしては、上に書いたように、対語、語呂、音韻を非常に考慮して私は翻訳している。
ただ、この翻訳文は、原文自体が私の気に入っていた文章であり、納得のいけたように翻訳出来たので嬉しかった。

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その4)』に続く)


 

                                       坂本 誠

Powered by Six Apart
フォトアルバム