2018年12月13日 (木)

三千三百十三:『小さな疑問_No.8』の続き

こんばんわ。

三千三百十二:小さな疑問_No.8』の続きとなりました。

前回の続き記事ですから、冒頭に、前回の疑問を抱くことになった経緯を書いておきます。

「なぜ順天堂大学が入試不正を行ったのか」という理由が報道されていました。
引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/12/11(火)記事より引用)
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●「女子はコミュ力高い」根拠ある?性差重視の順大に批判
https://www.asahi.com/articles/ASLDC4FCWLDCUTIL01N.html?iref=comtop_favorite_02

「女子の方がコミュニケーション能力が高く、男子を救う必要がある」。
医学部入試で女子に不利な扱いをしたことについて、順天堂大がした説明に、批判が起きている。
そもそも「女子の方がコミュニケーション能力は高い」という説に、根拠はあるのか。

順大入試、女子を一律に減点「コミュ力が高いため補正」
「5人なら合格させてくれても」再び不合格の浪人生

「18歳の時は女性が高くても、20歳で一緒なら、数年後に高くなる男子学生を救うため」「客観的データに基づいており、差異を補正するものと考えていた」。
10日、順天堂大で開かれた記者会見で、新井一学長と代田浩之医学部長は女子受験生を不利に扱った理由をこう語った。

同大の入試は主に、1次で筆記、2次で小論文や面接などが課され、その合算で合否を判定する。
少なくとも2008年度から、女子の2次試験(満点は5・40~5・65点)の合格ラインを男子より0・5点高く設定していた。
第三者委員会の報告書によると、医学部の多数の教職員が男女間の発達傾向の差を理由に「面接評価の補正を行う必要がある」と答えていたためだという。
その旨の医学的検証を記載した資料として、米大学教授の1991年の論文を第三者委に提出した。

実際、この論文にはそうした記載はあるのか。

朝日新聞が論文を確認したところ、面接時のコミュニケーション能力について論じた部分は見当たらなかった。
第三者委員会は「面接試験では受験者個人の資質や特性に伴う差異こそが性差よりも重視されるべきだ。性別を理由とした合格基準の相違には合理性がない」と非難。
新井学長は、「当時は妥当と判断したが、今後はなくす」と謝罪した。

過去に2度、同大を受験した筑…
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(引用終わり)

前回の疑問が生じた後でも、更なる疑問が湧きました。

「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力が高い」と当大学で、断定されていたことがわかります。
そして、その断定した理由としては、その手の研究の結果として、「客観的データに基づいており」と大学側が説明しています。

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前回の記事で出した疑問は3つありましたので、続きの疑問となりますから、4番目の項目として疑問点を書いていきます。

■④:客観的データはどこにあるのか

「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力が高い」と判断できる独自研究を、当大学が実行していたことがわかります。
あるいは、どこかの機関が、「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力は同年代の男子学生のそれよりも高い」と正確に判断・断定できる、論文や文献を使用して、過去、当大学が、その判断を実行していたことがわかります。
そして、その独自研究の調査・研究から得られたデータや文献は、どこにあるのでしょうか?
しかも、大学側の説明として「20歳で一緒なら、数年後に高くなる男子学生」とあります。
これだと、10代後半か20代前半ぐらいならば、男子学生と比較して、女子学生のコミュ能力が高いのですが、数年後には、男子学生のコミュ能力の方が高くなるのでしょう。
それを、「客観的データに基づいており」と大学側が説明できる程なのですが、それほど正確な判断ができる正確なデータは、どこにあるのでしょうか。

■⑤:この調査・研究は妥当か

大学というのは、世の人に対して、それなりの知識や学問を提供する機関でもあります。
しかし、大学というのは、もう一つ重要な機関を兼ねています。
それは、何らかの世の事象に対しての研究・調査機関の役割です。
そして、上記の新聞記事でわかったことですが、当大学では、「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力が高いかどうかを調査・研究したい」という願望の下に、その調査・研究を実施していたと言えるでしょう。
大学の行う調査・研究というのは、広くあまねく世の人々に貢献するために実行されるものです。
ですから、上記の新聞記事で初めてわかったのですが、これだと「秘密研究」を実行していたと世の人々に理解されるでしょう。
大学の調査・研究は公(おおやけ)のものとなるのですから、「秘密研究」というものは認められないものです。
ですから、「秘密研究を実行していると問題ではないだろうか?」と世の人々は疑問を抱くと思います。

■⑥:この調査・研究の意義は妥当か(その1)

何歩か譲って、この手の研究、つまり「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力は同年代の男子学生のそれよりも高いかどうか」の研究が実施が当大学内で認められていたとしましょう。
すると、この調査・研究を開始する前に、その調査・研究の意義を判断する会議などが、当人達の間で話し合われる筈です。
「この調査・研究の意義が、過去、学内で認められたのだろうか」という疑問が世の人々の間で出ることでしょう。
実際に、大学側の説明によると、上記新聞記事内の終わりの方に書かれていますが、「新井学長は、『当時は妥当と判断した」と断定できる程の調査・研究結果が、、、
世の人々としては、開いた口がふさがらない人も出てくるかもしれませんが、「このような調査・研究の意義を認めて良いのだろうか?」という疑問が出ることでしょう。

■⑦:この調査・研究の意義は妥当か(その2)

また、このような学術機関に対しては国とか地方自治体から助成金が交付されることもあります。
もちろん、そのような助成金が交付されるには、幾つかの条件をクリアしないといけないのですが、例えば、「何々の調査・研究結果が世の多くの人々に対して利益の高いものであったため、助成金を交付する」とか、例えば、「これそれ大学が、これから実施・実行する予定の調査・研究には、非常に意義が高いものと認められるため、助成金を交付する」とか、その他にもあるかもしれません。
ですから、「秘密研究」というものには、助成金というものは与えられなくなります。
「秘密研究」ですから、その調査・研究の内容・意義が世の人にわからないため、助成金などを交付することができなくなるのです。
また、仮に、この調査・研究自体の結果が、「女子の方がコミュニケーション能力が高く、男子を救う必要がある」という結果が得られた、というに当たっては、、、
「男女差別のような行動が実行できる結果が得られるような、調査・研究に対しては、世の人々が認めるだろうか?」という疑問が、世の人々の間に生じてくるかと思います。
これだと、、、こういう学校の正門には、たいていの場合、学校名を記した看板や額縁が埋め込まれており、たいていの場合、「学校法人」という名称も打たれておるかと思うのですが、この名前を保つのも難しくなってくるぐらいではないでしょうか。

■⑧:点数調整を実行できる程の正確なデータはどこにあるのか

また、大学の説明としては、「新井学長は、『当時は妥当と判断した」と断定できる程の正確なデータや文献があった筈ですが、このような学術機関が、受験生達の点数調整を実行できるほどの、データや文献が存在していたということになります。
これがですね。
喫茶店などに訪れている人々の間での、紅茶を飲みながらの笑い話とか冗談話の時に出てくるような、10代後半の女子高生が冗談半分で笑いながら語るような「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力って、同年代の男子学生のそれよりもずっと高いのよ(笑)」みたいなジョーク話だと問題は無いわけです。
しかし、今、この記事で話題となっている上記新聞記事に出ている話題は、これは、受験生達の大学受験という、笑い話やジョーク話ではありません。
受験生達の大学受験という真剣な場を取り扱う際の話題です。
ですから、大学受験の際に、女子学生と男子学生の間で、点数調整を実行できる程の、参考データとして、10代後半の女子高生が冗談半分で笑いながら語るような「10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力って、同年代の男子学生のそれよりもずっと高いのよ(笑)」という、参考データを元に、大学側が、大学の説明として、「新井学長は、『当時は妥当と判断した」と断定していた、とあるならば、世の人々としては、「これは大きな疑問とならないでしょうか?」という疑問が湧くと思います。

■⑨:もしこれまでの説明が全てひっくり返っても

仮に、「大学の説明としては、受験の際に受験生達に対する点数調整を実行できる程の正確なデータや正確な文献を使用し、『新井学長は、「当時は妥当と判断した』と断定していた、という根拠を築ける程の、全てのデータは存在していなかった」、と全ての話を、ひっくり返して、「そのような正確な根拠を築ける程の正確なデータは存在しておらず、ただ、世間一般での笑い話とか冗談話などの際に出てくる、『10代後半か20代前半ぐらいの女子学生のコミュ能力って、同年代の男子学生のそれよりもずっと高いのよ(笑)』のような笑い話や冗談話を根拠にして、大学受験の際の女子学生と男子学生の間で、点数調整を実行していました」と、もし、当大学が新たな説明するのならば、、、
これはもう、、、これだと、、、こういう学校の正門には、たいていの場合、学校名を記した看板や額縁が埋め込まれており、、、(、、、以下、同上)

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前回に続いて、世の人々が疑問を生じるであろうかと思われる幾つかの疑問を追加しておきました。


                                       坂本 誠

2018年12月12日 (水)

三千三百十二:小さな疑問_No.8

こんばんわ。

『三千三百九:小さな疑問_No.7』の続きです。

私達の社会では、数多くのニュースが流れています。

先日の順天堂大学の入試不正問題の話題を聞いて疑問を抱く機会がありました。

「なぜ順天堂大学が入試不正を行ったのか」という理由が報道されていました。
以下に引用する記事が、その報道ですね。

引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『朝日新聞デジタル』、2018/12/11(火)記事より引用)
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●「女子はコミュ力高い」根拠ある?性差重視の順大に批判
https://www.asahi.com/articles/ASLDC4FCWLDCUTIL01N.html?iref=comtop_favorite_02

「女子の方がコミュニケーション能力が高く、男子を救う必要がある」。
医学部入試で女子に不利な扱いをしたことについて、順天堂大がした説明に、批判が起きている。
そもそも「女子の方がコミュニケーション能力は高い」という説に、根拠はあるのか。

順大入試、女子を一律に減点「コミュ力が高いため補正」
「5人なら合格させてくれても」再び不合格の浪人生

「18歳の時は女性が高くても、20歳で一緒なら、数年後に高くなる男子学生を救うため」「客観的データに基づいており、差異を補正するものと考えていた」。
10日、順天堂大で開かれた記者会見で、新井一学長と代田浩之医学部長は女子受験生を不利に扱った理由をこう語った。

同大の入試は主に、1次で筆記、2次で小論文や面接などが課され、その合算で合否を判定する。
少なくとも2008年度から、女子の2次試験(満点は5・40~5・65点)の合格ラインを男子より0・5点高く設定していた。
第三者委員会の報告書によると、医学部の多数の教職員が男女間の発達傾向の差を理由に「面接評価の補正を行う必要がある」と答えていたためだという。
その旨の医学的検証を記載した資料として、米大学教授の1991年の論文を第三者委に提出した。

実際、この論文にはそうした記載はあるのか。

朝日新聞が論文を確認したところ、面接時のコミュニケーション能力について論じた部分は見当たらなかった。
第三者委員会は「面接試験では受験者個人の資質や特性に伴う差異こそが性差よりも重視されるべきだ。性別を理由とした合格基準の相違には合理性がない」と非難。
新井学長は、「当時は妥当と判断したが、今後はなくす」と謝罪した。

過去に2度、同大を受験した筑…
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(引用終わり)

その点数調整を行った理由としては「女子のコミュ能力が高いので、その分、男子を救済するために、女子側の点数を下げた」という感じの説明を、大学側が説明していました。

上記の大学側の説明に、理路整然としたスジの流れを感じない人々も世に多いようです。
私も、そのように感じます。

以下の2点の疑問を感じました。

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■①:
女子のコミュ能力が高いと仮定したとして、その件をもって、どうして受験者の女子側と男子側の間で点数調整をしないといけないのでしょうか?
もう一度繰り返すのですが、仮に、その年代の女性のコミュ能力が同年齢の男性のコミュ能力よりも高いとしても、それをもって、女学生側のテストの点数を、男性側のテストの点数を下げる理由となるのでしょうか?

■②:
「■①」に現れる「女子のコミュ能力」というものですが、かの大学では、「女性の方のコミュ能力の方が高い」と断定していることが、世の人にわかります。
ということは、かの大学では、どこかの時点で、その年代の女性の会話能力を点数化したものを、同年代の男性側の会話能力と、どこかで比較し、かつ、断定的に、「女性の方のコミュ能力の方が高い」と判断した上で(それが妥当かどうかも私にはわかりませんが)、「男子学生側にハンデを付けていた」ということになります。
「この話自体も妥当かどうか」という疑問が湧きました。

■③:
「■②」に現れる、「女子のコミュ能力の高下の判断」ですが、「それを、かの大学が独断的に実施しているのだろうか」という大きめの疑問も生じますが、そのような「女子のコミュ能力の高下の判断」を大学側が行うというのならば、どのような判断基準をもって、それを行っているのでしょうか?

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上記3点の疑問を再び考えてみると、わからないことばかりです。
ですから、私や、世の他の人々も「このように理路整然さに欠けている」という点と、「行っていることに正当性を感じにくい」と感じているようです。
ですから「その大学が、世の医道の下に、深く広がっていると言われている大量の医療知識を、理路整然と教え伝えることが出来るのだろうか?」という新たな疑問を感じたりもしました。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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(引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。)

『三千三百九:小さな疑問_No.7』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/11/_no7-e607.html
(上記記事より抜粋)
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「あれほど、日産関係の情報(※注:日産前会長カルロス・ゴーン氏逮捕のこと)は公開されているのに、森友問題とか加計問題と言われている方の、情報が、ほとんど公開されないのは、なぜだろうか」
という、素朴な疑問が私の方で生じました。
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『二千三百十:小さな疑問』(2014年11月23日記事)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/11/post-a1bd.html
(上記記事より抜粋)
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小さな疑問を持つ機会がありました。

つい、先ほど、NHKの『海外ネット』を見ていたら、以下のサブタイトルに沿った海外情報が流れていました。

「『イスラム国』の横暴、人身売買された少女は」

テレビを眺めていたら、イスラム国の兵士に奴隷として人身売買された少女達は、ドル札で売買されたそうです。
ここで、疑問を抱きました。

イスラム国の兵士達がどうして、人身売買のためのお金としてドル札を持っているのでしょうか?
また、人身売買にもドル札が使用されるぐらいだから、当然、イスラム国の兵士達の日常生活でドル札が使用されているのでしょう。
イスラム国の兵士達の軍資金である、そのドル札はどこから、もたらされているのでしょうか?

小さな疑問を書かせていただきました。

(以下、新ブログ『光と輝き』からのイスラム国に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千二百三十一:News_No.526』
●ISIS(イスラム国)テロ集団の指揮官は・・・元米陸軍大将
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/10/news_no526-143e.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51940247.html
http://the-tap.blogspot.jp/2014/10/senior-commander-of-isis-is-retired-us.html

(以下、上記記事より抜粋して引用)
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_1

(↑ ポール・E・バレー氏)

ベテランズ・トゥデーのゴードン・ダフ氏によると:
ISISの指揮官は、元米陸軍大将のポール・E・バレー氏(Paul E. Vallely)であることが分かり(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

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(引用終わり)

『二千百十:私の見かけたニュース_No.60』
●ベテランズトゥデーのインタビューで重要な情報が伝えられました。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/_no60-ccd4.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51933323.html
http://beforeitsnews.com/alternative/2014/07/edward-snowden-reveals-isis-leader-abu-bakr-al-baghdadi-trained-by-israeli-mossad-video-2993768.html
http://beforeitsnews.com/alternative/2014/07/plan-to-overthrow-us-government-exposed-by-us-intel-2993594.html

(上記記事より抜粋して引用)
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7月16日付け:
最近、スノーデンが暴露した情報によると。。。
テロリストグループのISISは英・米諜報機関とイスラエルのモサドが作り上げた組織だと言っています。
英・米・イスラエルは世界中のイスラム過激派を1箇所に集めることです。

その理由は、シオニスト集団を守るためであり、そのために宗教やイスラムのスローガンを作り出したのです。
ユダヤ国家を守る唯一の方法は、国境周辺に敵国を創ることだそうです。
ISISのリーダーや指導者は話術を教わり、1年間の集中的な軍事訓練を受けました。
この情報はイランが3週間前に伝えた情報と同じです。


主要メディアやオルターナティブメディアの多くがシオニストから脅迫されており、情報が監視されている。


米当局は、9.11のテロ攻撃は核攻撃であったことを示す証拠がいくつも提出されたにもかかわらず、それを認めようとはしない。
米連邦議会も真実を知っていながら全て隠蔽している。
CNNもデータを受け取り、真実を報道しようとしたが、のちにそれを破棄してしまった。


イルミナティの13評議委員会は毎年、夏至と冬至に子供を1人ずつ殺害している。
ベテランズトゥデーはこのことをビデオで暴露したが、アレックス・ジョーンズやグレン・ベックなどの監視員によって常に情報が検閲されている。


ISISはイスラエルの組織であるため、イスラエルの敵にのみ攻撃している。
ガザの戦争では、イスラエルの諜報機関が、3人の10代の少年を拉致し殺害した。
そのうちの1人は逃げだし警察に通報したが、警察は全てを隠蔽した。
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年12月10日 (月)

三千三百十一:私達の社会の余剰生産を考えて

こんばんわ。

まずは、私の見かけた新聞記事の紹介から始めます。
新聞記事やその他の引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『朝日新聞 GLOBE』、2018/12/02(日)、8面、9面記事より抜粋引用)
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●古着はどこへ行く

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文、写真・朝倉拓也(GLOBE記者)

古着といえば古き良き時代の「ビンテージ」と思っていたが、最近では「こんなものまで」というありふれた服でも業者が引き取ってくれるらしい。
いいことだ。
ほとんど着ないままの服を罪悪感なく処分でき、必要とする誰かに届くなんて。
では、それがなぜ可能なのか。
古着の流通を支えるグローバルな経済活動を追い、大量消費社会とその先を考えた。

[UAE]砂漠の倉庫に古着の山

砂漠の大都会ドバイから車で約1時間足らず。
アラブ首長国連邦(UAE)シャルジャの湾岸にある倉庫には、新たに到着した古着が山のように積まれていた。

(、、、中略、、、)

古着もグローバルに流通し、その量は今世紀に入って急増。
国連の統計によると、世界の古着輸出量は2016年、437万トン、金額にして約4000億円に達した。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

以前からも私が書いていることですが、昨今では、かなりの量の日常必需品や生活必需品が余っているようです。
もちろん、いまだに需要の高い生活必需品も、かなりあって、それらは大量生産する必要があると思いますが、かなり多くの日用品が「作り過ぎ」の状態と言えると思います。

具体的な例をまだ挙げてみましょう。
衣服だけとは限りませんが、同新聞にも以下のような過去記事があります。

『三千二百九十八:日用品の「作り過ぎ」と言われる現象を見て』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/post-b772.html
(以下、『朝日新聞』、2018/07/03(火)記事より文章と写真を引用)
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●大量に捨てられる「新品」服

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倉庫に山積みの段ボール。
中身は、捨てられる寸前だった服だ。
ニット、パーカ、スカート――。
大手通販業者や若者に人気のブランドの商品など、「新品」ばかり。
新しいデザインの服が安く買えるようになった陰で、大量の売れ残りが発生している。

大阪市の在庫処分業者「ショーイチ」の倉庫には常に30万~40万点の服がある。
「売れ残った、少しほつれていたなど、ここに来る理由は様々。一度も売り場に出なかった服もある」と山本昌一社長は言う。
アパレル業者や工場など年間約600社から、500万点が持ち込まれる。

定価の1割ほどで買い取り、タグを外してブランド名が分からないようにして、自社のサイトやイベント会場などで販売している。
見栄えのいい写真を掲載するなどの販売努力をして、定価の17~18%でようやく売れていくという。

しかし、そのまま捨てられてしまう服も少ない。
東京都内の産業廃棄物処理業者は、銀座に店を出す有名ブランドから売れ残った商品の処理を依頼された。

「洋服のほか、靴やカバンなど収集車3台分。すべて破砕して焼却してほしいと言われた」。
1点ずつ処分の証拠写真も求められた。
「横流しされるとブランドが傷つく恐れがあるし、倉庫に保管すれば資産となり税金がかかる。だからあえて焼却する」(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

また、以前に私が紹介した以下の記事もあります。

『二千八百十九:経済的な事(改訂版)』
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2013/01/post-6668.html

(上記記事より)
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先日、出版された本に以下のものがあります。
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●『SHARE<共有>からビジネスを生みだす新戦略』

    レイチェル・ボッツマン 著 
    ルー・ロジャース 著

    小林弘人 監修・解説
    関美和 訳
    NHK出版
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その中に、以下の例があります。
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  アメリカの半分の世帯(約5000万世帯)が電気ドリルを持っている。
  しかし、それらは、人間の一生の間に、一つの世帯で、合計して6分か13分しか使用されていない。
  
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だいたい、以上の例が紹介されてありました。
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電気ドリルと言えば、ホームセンターに行けば、日本円にして、時価にして、約1万円からの値段でしょうか。
その電気ドリルが、アメリカの半分の世帯(約5000万世帯)が所有しており、それらの電気ドリルが、人間の一生を約70年と試算して、「6分か13分しか使用されていない」となると、私達は以下のように心の中でつぶやくことでしょう。

  「これは愚かな話だ」

と。

私達が気付くことには、「むやみやたらと大量生産しない方が良い」と気付くでしょうが、なぜ、メーカーの方が、それでも休まずに生産するかというと、この上の引用記事(『●大量に捨てられる「新品」服』)の中にもあることなのですが、

「横流しされるとブランドが傷つく恐れがあるし、倉庫に保管すれば資産となり税金がかかる。だからあえて焼却する」

と。
ですから、以下のようなメーカーも出てくるでしょう。

(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/09/08(土)記事より引用)
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●売れ残り商品の焼却処分を中止 英・バーバリーが批判受け
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20180908-00400459-fnn-int

9/8(土) 1:08配信    FNN

イギリスの高級ブランド「バーバリー」が、批判を受けていた売れ残った商品の焼却処分取りやめを発表した。

バーバリーは2018年7月、売れ残った商品、およそ41億円相当を焼却処分していたことが伝えられ、世論の批判を浴びていた。

ブランド価値維持のために行われていたが、批判を受けバーバリーは6日、「社会的、環境的な責任がある」として、焼却処分の取りやめを発表した。

今後は、再利用や寄付に努めるほか、毛皮を使った商品の販売もやめる方針。

「ブランド価値の維持」よりも、環境や資源保護をめぐり、企業としての責任を迫られたかたち。
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(引用終わり)

確かに、いまだに需要の高い日用品もあるでしょうから、それらは継続的な生産が必要と思われますが、余剰の続く日用品の状況を見ると、人が気付くことには

  「『生活必需品が多くの人々に必要だ』という視点から品物が作られているのではなく、お金の数値の上昇を追いかけるために、その生産が実行されている」

でしょう。
つまり、「本来の人間の労働意義とか生産目的から外れて、大量生産が実行されている」と私達は気づくようになるでしょう。

というのも、どうして、それだけお金の数値の上昇を追うかと人が考えれば、誰でも次の状況を理解できるでしょう。

  「その様なメーカーに勤務している人々がいて、それらの人々も生活費用が必要だ。その生活費用を得るためには、そのメーカーで勤務するのが普通だ。しかし、そのメーカーの製品作りをストップさせてしまえば、当然ながら、その会社の従業員に給与という名のお金を支払ってやれなくなるだろう。だから、そのメーカーが、次々と品を作るためには、余剰製品を大量焼却などをしなくてはいけないのでは?」

と。

というわけで、人は、これは「メーカーそのものの問題では無く、世に流通している、お金そのものの問題だ」と気付き始めると思います。

冒頭から書いているように、現代の資本主義社会中の大量生産・大量消費の問題は、「作り過ぎ」にあるのですが、「なぜ、その『作り過ぎ』を行うのか?」と突き詰めると、「これは、お金の問題だ」と気が付き始めます。

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もし、私達の社会で一切、お金が無かったとSF的に考えてみましょう。
お金が無いのですから、あらゆるメーカーは、金銭のことを気にする必要は無いでしょう。
ですから、単に、世の人々の間で、「衣服や電気ドリルが余るようになった」と気が付けば、そこでその会社の工場の生産ラインをストップさせるだけです。
お金が無い社会ですから、誰も、損をすることはありません。
また、無駄な大量生産を行う必要もありません。

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さらに洞察を進めれば気付くことなのですが、「どうして、私達はお金を欲し、お金を稼ぐ必要があるのか?」という、誰しも、この疑問を抱いたことでしょうが、その疑問を口に出すや否や、周囲の人から揶揄されるのが怖くて、その疑問を誰にも言えずにいる人も、世に多いかと思います。

この疑問の解答として書けるのは、「世の誰しも、お金を使い、お金を愛しているからだ」という一つの解答を書けると思います。
現代の世の中では、たいていの人が、「お金が無い人ならば、その人は、みすぼらしい雰囲気をまといつつ、あるいは周囲の人々から嘲笑され、苦しみながら死んでいくだろう」という解答を胸の中でつぶやいていることでしょう。

つまり、それだけ、「お金が無いことは、恐怖この上ないことだ」という、一つの脅しの下に私達は生活していることに気が付くでしょう。
そして、その恐怖心を薄める、ほぼ唯一の方法としては、「お金をたくさん持つことだ」となっているでしょう。
なぜならば、「お金が無ければ、人は苦しみながら死ぬだろう」という脅しを心に刷り込まれているので、その恐怖から逃れるためには、お金をたくさん持てば、当然ながら、その恐怖から遠ざかることが出来るからです。

というわけで、次なる私達の疑問としては、「坂本さん。誰が、私達の社会をそんなにお金まみれの世界にしたのでしょうか?」という疑問が生じてくると思います。

その答えの一つとしては、私がしばしば引用していることなのですが、再び下に引用すると、

『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html
●司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。
維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。

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欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。

どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては、政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、ただ明治六年七月に「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけである。

これが高率であったこと、各地の実情にそぐわなかったことなどもふくめて、明治初年、各地に大規模な農民一揆が頻発するのだが、木崎村は、このときには一揆を起こしていない。
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(引用終わり)

この世の最初から、私達の社会でお金があったわけではないし、また、中央銀行というものも、地球の開闢(かいびゃく)の時から存在していなかったことは明らかです。

日本の江戸時代以前では、日本の総人口の約8割以上がお百姓さんであったことが知られていますから、実に、江戸時代までは、日本の総人口の約8割以上の人がお金を使用していなかったことがわかります。
確かに、江戸時代の都市部では、お金が使われましたが、都市部だけでしたので限定的です。

また、以下の動画を見ても、お金の使用や銀行の始まりを把握できるでしょう。

『三千二百四十一: お金の問題点を把握する』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/04/post-f2b5.html
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



(上記ビデオより引用)
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(ビデオの56分目辺りから)

これは、金(きん)で取引が行われていた17世紀の金細工師から始まっているようです。

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金(きん)は携帯するには重いので、実物は金庫室に保管しておき、その受領証を取引していました。

この受領証が最初の紙幣でした。

一定の期間に金(きん)を引き出す人の数は限られているため、金庫室の所有者、現在の銀行は、実際に持っている金(きん)よりも多い受領証を発行するようになりました。

この受領証を貸し出して、実際には持っていないカネ、つまりは、金(きん)に対して利子をかけたのです。

これが部分準備制度の始まりです。

この制度では、人々がせっせと働いてお金を稼がなければならないのに、銀行家は、無からお金を作りだすことが出来ます。

大衆が、銀行に借金を返済するために働く、、、現代版の農奴制と言えるでしょう。
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(引用終わり)

結局、私達は、「カバールやイルミナティ達から、金銭という名の代物を使わされて、操られている」、と気付くことでしょう。

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そして、お金の製造原価というのも、しばしば、私は引用していますが、再び引用すると、

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●『お金の原価はいくらなの?』
http://homepage2.nifty.com/osiete/s418.htm

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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平成十二年度特別会計予算ベースで

一万円が約22.2円、
五千円は約20.7円、
千円札は約14.5円です。
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(引用終わり)

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●100ドル紙幣を1枚作るのにはいくらくらい原価がかかるのですか? - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129971462

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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参考のサイト(アメリカの印刷局)の説明によれば、2005年実績で、約5.7セント/枚(86億枚印刷時)だそうです。
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(引用終わり)

続けて、上記2つの引用記事のすぐ下に引用していることが多い引用文ですが、

(Wikipediaより、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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●日本銀行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

日本銀行は、政府から独立した法人とされ、公的資本と民間資本により存立する。
資本金は1億円で、そのうち政府が55%の5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を政府以外の者が出資する。
2010年(平成22年)3月末日時点における政府以外の出資者の内訳は、個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、証券会社-%、その他法人6.5%となっている[1]。

最終更新 2014年6月19日 (木) 02:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

つまり、中央銀行に株主の人々がいるので、上に書いたお札の製造原価を照らし合わせて考えてみると、中央銀行の株主の人々というのは、金融緩和(お札を大量印刷すること)の時に、「濡れ手に粟(ぬれてにあわ)」とか「玉手箱(たまてばこ)」という状況になっていることがわかるでしょう。

彼等は影で大いに嗤っていたことでしょうが、その状況を紹介しているのが、やはり以下の引用文だと言えると思います。

『四百八十六:私の見かけたビデオについて_No.47』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/_no47-6032.html
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



上記ビデオの57分06秒(0:57:06)辺りからです。

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  国民が我が国の銀行制度、通貨制度のことを理解していないのは良いことだ。
  もし理解しているなら、きっと明日の朝までに革命が起こるはずだから。
  
  --- ヘンリー・フォード(1922年)

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(引用終わり)

私が上に紹介した金融情報と、この、ヘンリー・フォードさんのセリフを、読者の方々が聞いて、多くの方々は「ほーーーーーーっ」という、ため息交じりの感嘆をするかもしれません。

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『四百八十六:私の見かけたビデオについて_No.47』
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/_no47-6032.html
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI

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上記ビデオの1時間06分30秒(1:06:30)辺りから、デービッド・アイクさんは、カバールやイルミの上記のお金の使用方法のことを、「釣り糸を手繰り寄せるように」と表現していますが、私なりに、「釣り糸を手繰り寄せるように」を解釈し直した文章も以前に書いています。
それを再び以下に書きます。

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結局、私達は、カバールやイルミの馬(競走馬、サラブレッド)だったと思います。

私達は目の前に人参(にんじん)をぶら下げられて走る競走馬の話を聞いたことがあると思います。
その競走馬は、目の前に常に人参をぶら下げられています。
そして、騎手(イルミノイドのこと)が自分の馬に褒美やりたい時には、その人参を馬の鼻先と目先に近づけます。
そして、騎手が自分の馬を早く走らせたい時は、その人参を馬の鼻先と目先から遠ざけます。
こうする事によって、競走馬は早く走らされるのです。
しかし、目の前の人参を食べさせられる事は、馬には許されません。

「人参を馬の鼻先と目先に近づけ」る時が、株高や金融緩和や銀行の利子が下げられる時です。
「人参を馬の鼻先と目先から遠ざけ」る時が、増税や銀行の利子が上げられる時です。

実際、カバールやイルミは自分達以外の全ての人々を奴隷として扱っていたので、私達は彼等にとって、ただの馬だったと思いますよ。
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そして、当然ながら、観客席で馬券を握りしめながら、サラブレッド達を競争させているのが、カバールやイルミナティというわけです。

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結局、お金の問題点というのが、人にわかり出すと思います。

そして、冒頭に帰って、「どうやったら、資本主義の大量生産・大量消費から脱せられるのか?」という社会問題を解消する、その方法の、大きな糸口を私達はつかみ始めると思います。

このカバールやイルミナティから生じている問題が最大に大きいと思います。
しかし、現在、巷でも盛んに言われている通り、AI(人工知能)搭載のロボットの大量導入による生産により、労働者の労働が激減することからも、ベーシック・インカムの導入が囁かれるようになりました。
それと同じように、ベーシック・インカムの導入によって、「メーカーの作り過ぎ」を解消することが考えられます。
つまり、余剰が大量に出ている分野ならば、その分野のジャンルの人々にベーシック・インカムを与えれば、工場をストップさせることも出来ます。

こうすれば、多くの人々も生活に困らずに、「作り過ぎ」という無駄な現象も無くすことが出来ると思います。

(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三百十九: イルミナティについて 』
●ジェイ・パーカーインタビュー①
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no35-53fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=W02bxSqtc-I



(太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)

●ジェイ・パーカー:
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字幕:「ジェイ・パーカー:どの様に3400万人の悪魔崇拝イルミナティアメリカ人達が地球を混乱させ続けるよう助けているのか。」

「イルミナティや他の闇のカルトネットワークはおそらく、9600BCの地球大変動にまで遡ります。」
「大変動の後に、地上の人類は衝撃と落胆の状態にありました。」
「私の調査からその特定の時代は、、、、闇のカルト信者達はインドやバビロンでの文明の再起動において、決めたのです。」

「地球全体を支配してもいい筈だとね。」

「人々を闇に閉じ込め続け、私達は基本的には邪悪な司祭職になり、そして彼等のマインドを支配するんです。」
「ですからその様にして彼等は神よりも金持ちになったのです。」
「そして一旦お金を持つと、政治家や王族を腐敗させる事が出来ますし、そして基本的にはゆっくりと社会を支配していく事ができるのです。」
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(引用終わり)


 

                                       坂本 誠

2018年12月 4日 (火)

三千三百十:メキシコ湾流と、地球の氷河期を考えて

こんばんわ。

「現在(2018年12月)、メキシコ湾流が、ほぼ、消失しているらしい」という記事を読む機会がありました。
その記事を読んでの私の見解などを書いてみたいと思います。

引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

(以下、『InDeep』様、2018/12/01(土)記事より引用)
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●かつて地球に「250年間の寒冷化」をもたらした原因となった「大西洋の海流の崩壊」が正式に確認され、少なくとも欧州と北米は、いつミニ氷河期に突入しても不思議ではない状態に
https://indeep.jp/weakest-ocean-circulation-could-income-ice-age/

投稿日:2018年12月1日
11月30日の米国ゼロヘッジの記事より

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昨日(12月01日)新しい号のメルマガを発行させていただきました。
タイトルは、「 528の世界 : 太陽の周波数は528Hz…そして植物の緑の波長は528nm…」というものです。

いろいろ言われることのある「 528Hz 」という周波数を、数字のレベルから調べていましたら、いろいろ興味深いことが見つかりまして、そのことなどを書いています。

ややマニアックですので、興味のある方は限られるかもしれないですが、よろしければどうぞ。
こちらのページからご紹介させていだたいています。

ついに「重要な海洋循環の崩壊」が確認された

今回ご紹介しますのは、地球の海洋を流れる海の大きな循環のうちの、大西洋にあたる部分の重要な海流の循環が、

「過去最大レベルで弱体化しており、崩壊していると言えるかもしれない」

ということが、研究で判明したことをご紹介します。

最初は科学記事で扱われたものですが、冒頭のゼロヘッジなどのような投資や経済関係のサイトやニュースでも多く取りあげられていました。

その理由は、

  「この海流の崩壊により、ミニ氷河期の到来が極めて現実味を帯びてきた」

からです。

この「海流の崩壊とミニ氷河期の到来」の関係については、過去記事でも取りあげたことがあるのですが、まずは、今回の研究発表の内容をご紹介したいと思います。

この研究を最初に報じた科学メディアのユーレカ・アラートの記事からです。

なお、その大西洋の海流の名前は、日本語では「大西洋子午線逆転循環」と呼ばれるようですが、馴染みがない上に実際にほとんど使われていません。
一般的には、英語の頭文字から「 AMOC 」と呼ばれています。

これを「アモック」と読んでいいのかどうかよくわからないですので、英語表記とさせていただきますが、この AMOC があるお陰で、「ヨーロッパは人間が住める気温となっている」のです。

AMOC は、ヨーロッパに暖かい海水をもたらしています。

下が AMOC の場所と、暖かい水と冷たい水が循環する様子です。
AMOCの海流の(従来の)構成

・fasterthanexpected.com

これが今、「崩壊」しつつあるのです。

まずはここから記事です。

Ocean circulation in North Atlantic at its weakest
eurekalert.org 2018/11/28
北大西洋において海流が最も弱い状態となっている

最近の調査によると、北大西洋の海洋の循環は過去1500年で最も弱くなっていることがわかった

香港大学の地球科学専攻局(Department of Earth Sciences)と「太古海洋科学研究所(Swire Institute of Marine Science)」の科学者、クリステレ・ノット(Christelle Not)博士と、ベノワ・ティボデュー(Benoit Thibodeau)博士によって共同で研究された内容が発表された。

その論文は、20世紀の北大西洋の海洋循環が「劇的な弱体化」を示していることを強調しており、それは地球温暖化とグリーンランドの氷床と関連する溶融物の直接の結果であると解釈されている。(、、、以下、省略)

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(引用終わり)

ここからが私の文章です。
全文については、該当URLにジャンプして読まれて下さい。

確かに、アメリカSF映画『デイ・アフター・トゥモロー』でも、「メキシコ湾流が止まることにより地球に氷河期が訪れる」と言われていました。

実際に、メキシコ湾流というのは、ヨーロッパの高緯度地域、つまり、スカンジナビア半島の沖合まで、暖流を運んでいたので、ヨーロッパの高緯度も暖かくなり、それをもって、多くの人々が文明を築き上げてきました。

ですから、この「メキシコ湾流が止まる」となると、次第に、ヨーロッパが寒冷化する見込みがあります。
おそらく、地球全体にも何らかの影響があると推測されます。

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というのも、地球の氷河期というのは、地球誕生以来、長い間繰り返されていることが知られています。

氷河期でない期間は「間氷期(かんぴょうき)」と言われる、比較的に暖かい時代です。

20100916131512

 

この原稿を書いている、2018年12月現在では、「地球は間氷期である」と言われています。

しかし、いつの日にかは、当然ながら、地球は氷河期を迎えるのが自然なことがわかります。

地球が氷河期と間氷期を迎える理由は、諸説がありますので、「どれそれが原因だ」とは、はっきりと言うことが出来ません。

ただ、私が思うに、簡単な自然の原理から、地球の氷河期と間氷期の繰り返しが説明できると思います。

ただし、太陽活動の極端な周期とか、「何らかの宇宙線が大量に地球に押し寄せた」等の、地球外の原因と考えられる原因については除外して考えています。

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私達の浴槽でも、この原理を考えることができます。

基本となる性質は「高いエネルギーは低いエネルギーの方へと移動する」という性質です。

私達がお風呂に入る時には、もちろん、浴槽の中の水を温めます。

最近では、給湯器から、直接、お湯が出て、それが湯船の中に入る給湯器も多いでしょうから、この場合は違います。

「こし湯」のように、一旦、冷えた湯船の中の水を、お湯にしようとしていると思い浮かべ易いです。

すると、温水が、低い温度の水の方へと移動することが知られています。

つまり、温かいエネルギーである温水内で、そのエネルギーが高い方から低い方(水の方)へ流れようとしますので、結局、湯船の中で水の循環が発生します。

それと同じ理屈が地球上の海の上を流れている暖流でしょう。

暖流によって、温かいエネルギーが低いエネルギーの方(ノルウェー沖合など)へと流れて行きます。

その結果、ヨーロッパ全体が暖められていると言えるでしょう。

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しかし、湯船の中でお湯を沸かしている間に、それ以上、水(お湯)の循環が起きなくなります。

20100916125430

 

つまり、湯船の中の水全体が温水になってしまえば、エネルギーの高い場所と低い場所が無くなります。

ですので、循環がストップします。

これと同じ理屈が、メキシコ湾流の消失と考えられます。

約1万年前の氷河期が終了するまで、メキシコ湾流は、その温度差が赤道近辺と極北地方では、かなりの温度差がありますので、それを埋めるために、メキシコ湾流が流れていたと思います。

しかし、現代でも、様々に報道されていますが、ヨーロッパの温暖化や、あるいは、高温化が指摘されています。
当然ながら、ヨーロッパの各地でも、今年の夏では山火事が多発したことが知られています。

過去、約1万年に渡って流れ続けてきたメキシコ湾流も、赤道近辺と極北地域の温度差があったので、流れ続けていたと思われますが、ヨーロッパが温暖化すれば、その温度差が消失してしまいます。

よって、エネルギーの高い場所と低い場所が無くなる結果、その差分を埋めようとする水の流れも消失すると考えられます。

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この理屈によって、メキシコ湾流は、ほぼ消失状態となったのかもしれません。

ヨーロッパの温暖化については、次の2通りが考えられると思います。

■1:
約1万年前の氷河期が終わっても、まだ、赤道近辺と極北地域に温度差があったので、メキシコ湾流が流れ続けた。
しかし、1万年かかって、メキシコ湾流が、その温度差を埋め続けた結果、その目的を遂げたので、自身も消失しようとしている。

■2:
人類が、これまで行ってきた産業活動により、温暖化が進み、その結果、ヨーロッパが温暖化した結果、ヨーロッパの気温上昇により、海水温も暖められたので、赤道近辺と極北地域の温度差が無くなって来たことにより、メキシコ湾流が消失しようとしている。

「■1」の理屈も考えられますが、「■2」の理屈も、充分に考慮できます。

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地球の、これまで地球上で、何度も繰り返されている氷河期も、「■1」の理屈で充分に説明が出来ます。

20100916131306

 

極地域に流れ込む暖流が消失する結果、氷河期に入ります。
そして、氷河期に入って、また、何万年か時間が経つと、赤道付近と極地域の温度差が開くので、それを埋めるために、再び、メキシコ湾流のような暖流が発生して、その結果、地球の極地域が暖められる結果、地球は再び、間氷期に入る、とも考えられます。

しかし、今回の状況だと、「■2」の理屈である、人類の産業活動も、この現象を押しているとも推測できます。

つまり、上に書いたように、「人類の産業活動の結果が、地球の気候を変化させている」とも考えられるかもしれません。

---------------------------------

しかし、人間の活動を除外して考えたとしても、「■1」の理屈から、地球は氷河期と間氷期を繰り返していると思います。

ですので、たとえ、現在の人間活動を少なくしたり、あるいは、全てストップさせたとしても、いつの日にか、地球は氷河期を迎えると思います。

---------------------------------

つまり、地球の氷河期と間氷期の繰り返しは、「巨大な自然の振り子(ふりこ)」と見なせるでしょう。

その振り子が大きく左に振れれば、その反動として、次には、大きく右に振れる。
右に振れた後は、当然ながら、振り子の原理として、次には、大きく左に振れるわけです。

また、私が上に書いたように、湯船の喩えの説明と同じです。

「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」は、充分な自然現象ですので、誰も止めること自体は出来ないと思います。

たとえ、人間の側の方が、

  「地球よ。どうか氷河期に入らないで欲しい」

と、頼み込んでも、これは出来ないでしょう。

第一、誰にでも理解できる自然現象の一つなので、この自然現象を止めようとする行ない自体は、科学の世界で考えるのならば、科学の自然法則を破壊するようなものです。

P8220174

 

つまり、「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」は、自然法則の一つなので、誰も止めることは出来ません。
また、もし、それを止めようというのならば、自然法則を破壊する行為と等しくなるので、その結果は、逆に大いに地球を破壊してしまうと思います。

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このように、地球の太古から、何度も繰り返されている「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」ですが、やはり、その都度、生物が生き残っていることも、私達の現在の状況を見ても、明らかです。

なので、

  「地球氷河期が到来すれば、何が、私達(現在の地球人類)にとって、問題なのか?」

という問いが出ると思います。

これを詳しく考えたら、明らかにわかることですが、

  「私達(現在の地球人類)の社会制度や社会システムの方に、問題がある」

と思います。

というのも、私達の社会を見回して、すぐに見あたるのが、各国の国境線です。

もし、地球上に国境線が無ければ、地球に氷河期が到来しても、国境線が無いので、赤道近辺で暮らせば、暖かい暮らしが出来ると予想出来ます。

しかし、現在の私達のそれぞれの国家は、領土権を主張しています。
つまり、地球上に数多くの国境線を引いています。

P8220173

 

ですから、世界中の各国の人々は、その国境線を、おいそれとは、またげないようになっています。

あるいは、ある国が、「ここは私達の領土内である」と主張している地域に、何らかの鉱山や、石油埋蔵地域があれば、当然ながら、それらの鉱山や石油の所有権を主張しています。

ですから、それらの有効な鉱物や石油なども、各国の利害関係の下に利用されているので、氷河期が到来すれば、極地域での鉱物が採掘できなくなったり、あるいは、赤道近辺の鉱物や石油が、世界に供給されなくなったりする可能性もあります。

要は、人間の側の方で、「所有権」が大いに主張されていたり、あるいは、長い間、それらの「所有権」を確保するために、累々と政策・蓄積されてきた人間側の社会制度や社会システム自体が、逆に、大いに地球上の人間側の社会生活を苦しめることになるかもしれません。

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ですから、現在、

  「地球に氷河期が到来すれば、非常に困る」

と言っている人と言うのは、別の角度から変えて言えば、

  「地球に氷河期が到来すれば、人間がこれまで営々と作り上げてきた、人間側の社会制度や社会システムが壊れるかもしれないので、氷河期到来の件よりも、それ自体の方が困るのだ」

と言っているのだとわかります。

現に、そのような複雑な人間側の社会制度や社会システムを持たない、自然動物などは、誰にも断り無く、国境線を超えて移動しています。

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しかし、地球上に古来より存在している「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」というのは、そのようなものにも変化を起こすために長らく続いているのかもしれません。

その「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」と言っても、全くの自然現象の一つなので、その繰り返し自体も「変化」とは言わないかもしれません。

P8220167

 

しかし、「地球の氷河期と間氷期の繰り返し」の期間と言うのは、通常、多くの生物の寿命を遥かに超えており、世代を超えても、なかなか伝えにくい程の期間でもあることに気が付きます。

ですから、例えば、ある人間からしてみれば、「氷河期という、大きな変化が迫っている」という風に感じるかと思います。

しかし、自然の繰り返しの一つですから、もし、仮に、地球に生命体が宿っておるとするならば、その生命体は約46億歳ですから、

  「また、地球の氷河期と間氷期の繰り返しの境目の時期が訪れた」

という風に見ると思います。

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要は、「地球の氷河期が到来して、何が一番の問題となるのか?」

を考えるに、

  「氷河期到来の以前に作り上げた、人間側の社会制度や社会システムが大いに影響を受けるだろう」

というポイントが一番の問題となると思います。


                                       坂本 誠

2018年11月29日 (木)

三千三百九:小さな疑問_No.7

こんばんわ。

私の方で小さな疑問を生じる機会がありました。

現在、日産の元会長カルロス・ゴーン氏の逮捕について、毎日のように、新聞記事やニュース報道されているのを、多くの人々は見ていることと思います。
なぜならば、毎日のように、特捜本部と言われる検察局からの情報が公開されて、その公開された情報を入手したマスメディア関係の方々が、メディアで報道するからです。

自然と言えば自然な話ですが、このような状態を見て、私が小さな疑問を感じる機会が出来ました。

というのも、日産の元会長カルロス・ゴーン氏関係の情報は大量に公開されているのに、森友問題とか加計(かけ)問題とか言われている事件の方は、ほとんど情報公開がなされていないのに、疑問を感じたのです。

「あれほど、日産関係の情報は公開されているのに、森友問題とか加計問題と言われている方の、情報が、ほとんど公開されないのは、なぜだろうか」
という、素朴な疑問が私の方で生じました。

メモ程度に、書き残しておきたいと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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(引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。)

二千三百十:小さな疑問』(2014年11月23日記事)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/11/post-a1bd.html
(上記記事より抜粋)
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小さな疑問を持つ機会がありました。

つい、先ほど、NHKの『海外ネット』を見ていたら、以下のサブタイトルに沿った海外情報が流れていました。

「『イスラム国』の横暴、人身売買された少女は」

テレビを眺めていたら、イスラム国の兵士に奴隷として人身売買された少女達は、ドル札で売買されたそうです。
ここで、疑問を抱きました。

イスラム国の兵士達がどうして、人身売買のためのお金としてドル札を持っているのでしょうか?
また、人身売買にもドル札が使用されるぐらいだから、当然、イスラム国の兵士達の日常生活でドル札が使用されているのでしょう。
イスラム国の兵士達の軍資金である、そのドル札はどこから、もたらされているのでしょうか?

小さな疑問を書かせていただきました。

(以下、新ブログ『光と輝き』からのイスラム国に関する過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千二百三十一:News_No.526』
●ISIS(イスラム国)テロ集団の指揮官は・・・元米陸軍大将
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/10/news_no526-143e.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51940247.html
http://the-tap.blogspot.jp/2014/10/senior-commander-of-isis-is-retired-us.html

(以下、上記記事より抜粋して引用)
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(↑ ポール・E・バレー氏)

ベテランズ・トゥデーのゴードン・ダフ氏によると:
ISISの指揮官は、元米陸軍大将のポール・E・バレー氏(Paul E. Vallely)であることが分かり(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

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(引用終わり)

『二千百十:私の見かけたニュース_No.60』
●ベテランズトゥデーのインタビューで重要な情報が伝えられました。
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/07/_no60-ccd4.html
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51933323.html
http://beforeitsnews.com/alternative/2014/07/edward-snowden-reveals-isis-leader-abu-bakr-al-baghdadi-trained-by-israeli-mossad-video-2993768.html
http://beforeitsnews.com/alternative/2014/07/plan-to-overthrow-us-government-exposed-by-us-intel-2993594.html

(上記記事より抜粋して引用)
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7月16日付け:
最近、スノーデンが暴露した情報によると。。。
テロリストグループのISISは英・米諜報機関とイスラエルのモサドが作り上げた組織だと言っています。
英・米・イスラエルは世界中のイスラム過激派を1箇所に集めることです。

その理由は、シオニスト集団を守るためであり、そのために宗教やイスラムのスローガンを作り出したのです。
ユダヤ国家を守る唯一の方法は、国境周辺に敵国を創ることだそうです。
ISISのリーダーや指導者は話術を教わり、1年間の集中的な軍事訓練を受けました。
この情報はイランが3週間前に伝えた情報と同じです。


主要メディアやオルターナティブメディアの多くがシオニストから脅迫されており、情報が監視されている。


米当局は、9.11のテロ攻撃は核攻撃であったことを示す証拠がいくつも提出されたにもかかわらず、それを認めようとはしない。
米連邦議会も真実を知っていながら全て隠蔽している。
CNNもデータを受け取り、真実を報道しようとしたが、のちにそれを破棄してしまった。


イルミナティの13評議委員会は毎年、夏至と冬至に子供を1人ずつ殺害している。
ベテランズトゥデーはこのことをビデオで暴露したが、アレックス・ジョーンズやグレン・ベックなどの監視員によって常に情報が検閲されている。


ISISはイスラエルの組織であるため、イスラエルの敵にのみ攻撃している。
ガザの戦争では、イスラエルの諜報機関が、3人の10代の少年を拉致し殺害した。
そのうちの1人は逃げだし警察に通報したが、警察は全てを隠蔽した。
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(引用終わり)

『二千八百七十五:小さな疑問_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/_no2-fa7f.html

『二千九百七十七:小さな疑問_No.3』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/08/_no3-b677.html

『二千九百八十五:小さな疑問_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no4-6df6.html

(上記記事より抜粋)
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そもそも、日本の役所の一つとして、『財務省』というものがあります。
これはれっきとした日本の役所です。

しかし、『二千九百八十三:貨幣経済システムとマトリックスを考えて』で書いたことですが、「日本銀行は国の役所とか省庁ではありません」。
日本銀行は、一つの法人あつかいです。

ですから、私達の生活を見ると、まるで、財務省と日本銀行の2系統で、日本経済のやりくりが行われているように見えるでしょう。

ですから、「2系統あったら冗長ですから、中央銀行である日本銀行の方を廃して、財務省の1系統で、日本の経済システムを行っても良いのでは?」という、意見めいた疑問を持った人も出てくるかと思います。
まあ、上記の事が私に思い浮かんだ疑問です。
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(抜粋終わり)

『二千九百八十八:小さな疑問_No.5』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/_no5-7f82.html

『三千二百八:小さな疑問_No.6』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/01/_no6-25cf.html


                                       坂本 誠

2018年11月26日 (月)

三千三百八:私の省エネ・ライフ(冬季生活編)

こんばんわ。

久しぶりの「私の省エネ・ライフ」シリーズです。

三千五十一:私の省エネ・ライフ(こし湯を行う際に)』の続きです。

この原稿を書いている今は、冬の口です。
そろそろ、様々な家庭の中でも、ストーブなどの火の用意が始められていると思います。

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冬場にも、簡単ですが、幾つかの省エネする機会が見られます。

他の季節には、家庭内でストーブを使いませんから、私達も忘れることが多いのですが、ストーブ自体が、ガスコンロのような熱源の一つであることがわかります。

ストーブの上に、やかんをかけて、お湯を作ったり、麦茶を作ったり、あるいは、おでんを温めることも多いでしょうか。

ガスコンロだと、急速に温めたい食品を熱するのに良いのですが、長時間をかけて温める食品をストーブの上で調理することが出来るのに気が付きます。

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また、冬場ですと、家庭内でのお湯の需要が高まりますので、魔法瓶を使用した水筒やポットの使用も喜ばれます。

Photo

 

私でも、朝に、今日一日のコーヒー3杯分を作成して、魔法瓶の水筒に保存します。
夕刻になると、さすがに、魔法瓶の水筒内のコーヒーも冷めますが、その少し湯冷めしたコーヒーを温めるのも、冬場のストーブを使用出来ることに気が付きます。

夏場ですと、冷えたコーヒーを温めるのに、電子レンジを使用したりするのですが、これなども冬ならではの省エネ方法だと思います。
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冬場での私達の生活環境を暖めるのに、エネルギーの使用が頻繁に行われるのですが、それに先立って、保温材の使用の工夫次第で、熱源を効果的に、使用出来ることに気が付きます。

上述したように、ストーブと魔法瓶の併用も、保温材と熱源の組み合わせの一つです。

また、アルミホイル系の断熱材を、こたつの下に置いてみるのも良いかもしれません。

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少しだけ、話が横に反れるのですが、電磁波対策の一つとして、断熱材の使用も考えられます。
最近の住宅では、その建設の際に、創建当初から、壁の中に保温材と防音材を兼ねて、アルミホイル系の断熱材が壁の中に設置されている住宅も多いものです。
きっと、住宅内の保温も出来ることでしょう。

もちろん、断熱したり、防音のために、そのようなアルミホイル系の断熱材を壁の中に埋め込んでいる住宅も、現代では多くなっていると思います。

「アルミホイル系の断熱材」ですから、きっと、携帯電話の電波塔から発せられる電磁波とか、携帯・スマホから発せられている電磁波からも身を守ってくれるであろう、と、私は予想しています。

以下の引用文献も、どうか参照して下さい。

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『千八十三:電磁波対策を考える_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/_no4-0719.html
●スマートメーターの電磁波測定とアルミホイルの遮蔽効果
http://www.youtube.com/watch?v=sl_BfCvP17g



『二千百五十九:電磁波対策を考える_No.10』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/08/_no10-482f.html
(「社会に貢献するアルミ箔の世界 日本アルミニウム協会」より抜粋引用。図は省略)
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●社会に貢献するアルミ箔の世界 日本アルミニウム協会
http://www.aluminum.or.jp/haku/plaza/plaza14.html

見えないところで活躍するアルミ箔:電気配線のノイズ対策にアルミ箔が活躍

電線(電力線・通信線)を電流が通るときに発生する電界や磁界が、その配線の近くにある電子機器や別の通信配線などに電気的なノイズとして影響を与えることがあります。
こうした電気配線に伴うノイズ対策に活躍しているのが、電気コードの外側を覆い、電流に伴う電界や磁界を遮蔽する“シールド材”で、この電磁シールドの素材に「アルミ箔複合材」が有効に活用されています。

配線用電材メーカーの大手、興和化成株式会社(本社・愛知県名古屋市瑞穂区)は1998年にこの電磁シールド用資材を開発、2000年から「ノイズプロテクトチューブ」という商品名で生産・販売しています。
2010年2月には、ノイズ対策効果をより高める厚手のアルミ箔を使った新製品も発売しました。
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(引用終わり)

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少しだけ話が反れたのですが、本題に帰りましょう。

夏場ですと、エアコンを大量に使用していると思いますが、冬場になると、それらのエアコンを使用しない家庭も多くなるかと思います。
確かに、エアコンの暖房機能を使う家庭も多いと思いますが、冬場の熱源として、エアコンの暖房機能を使用していない家庭も、まだ多いと思います。

そのような夏場でしか使用していないエアコンも多いと思いますので、それらのエアコンの電源コンセントを抜いておいた方が良いと思います。
電源を切るだけでは無く。

なぜかと言うことを書きます。

以前、どこかのテレビ番組で言っていたのですが、今では、そのテレビ番組名とテレビ局名を忘れてしまったのですが、そのテレビ番組が伝えていたことには、「エアコンやテレビには『待機電源』というものが使用されている」ということでした。

現代のエアコンやテレビの、そのほとんどはリモコンが使用されています。
そして、リモコンを操作することによって、それらの家電が操作できます。

エアコンやテレビの電源が入っていなくても、リモコンの電源ボタンによって、エアコンやテレビの本体を起動できます。
「これはなぜか」というと、実は、エアコンやテレビの本体側には、わずかながらの電気が流れています。

その微量な電気がエアコンやテレビの本体側に流れているため、リモコンの電源ボタンによって、エアコンやテレビの本体を起動できます。

つまり、現代のエアコンやテレビ、その他のリモコンで操作できる家電には、『待機電源』という弱めの電気が、常時流れています。

弱めの電気が、多くの家電の中に流れていますので、これ自体が無駄な電気代をかさませることが知られています。

ですから、以前、私の見たテレビ番組だと、「使用していないエアコンの待機電源を切るため、エアコンのコンセントから抜くと、待機電源も切れるため、一ヶ月当たり時価にして500円分ぐらい、省エネ出来る」と放送されていました。

ですので、一つの家庭で、3つのエアコンがあると仮定するならば、夏場の使用が終わったエアコンのコンセントを抜くのならば、夏場と比較して、「時価にして一ヶ月当たり1,500円分ぐらい、省エネが出来る」ということになります。

ですから、家庭の中を見回して、エアコンだけでなく、使用されていないリモコン操作のある家電ならば、コンセントから抜くと、より効果的な省エネができるとわかります。

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私達の間で、省エネによって、余ったお金は何か他のもっと有意義なことのために使った方が良いと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千五十一:私の省エネ・ライフ(こし湯を行う際に)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/01/post-70ee.html

『三千一:私の省エネ・ライフ(電化製品編)_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/10/_no2-c1f9.html

『二千九百九十五:私の省エネ・ライフ(電化製品編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/post-01c4.html

●真似をするなら自己責任で。電解コンデンサを交換して壊れたパソコンの電源を修理する。 | ホチキス先生の「プログラマーと呼ばれたい」
https://matsumotoyoshio.wordpress.com/2011/10/20/%E7%9C%9F%E4%BC%BC%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%82%89%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%81%A7%E3%80%82%E9%9B%BB%E8%A7%A3%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%92%E4%BA%A4/

●電解コンデンサの故障
http://www.pasokondokoro.com/memo/capacitor/

『二千九百八十六:私の省エネ・ライフ(交通編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/09/post-e2ca.html

『二千九百二十:私の省エネ・ライフ(料理編&PC編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/05/pc-3e08.html

『二千八百七十二:私の省エネ・ライフ(換気扇&調味料編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-76dd.html

『二千八百六十八:私の省エネ・ライフ(ヘア・アクセサリー編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-1bec.html

『二千八百六十一:私の省エネ・ライフ(暖房編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-a9e2.html

『二千八百五十五:私の省エネ・ライフ(ペット編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/03/post-5da9.html

『二千八百四十九:私の省エネ・ライフ(お菓子編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-d4f2.html

『二千八百四十一:私の省エネ・ライフ(ストーブ編)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/02/post-61a1.html

『二千八百二十九:私の省エネ・ライフ(メモ用紙&お風呂の水)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/01/post-006b.html

(、、、以下、省略)


                                       坂本 誠

2018年11月19日 (月)

三千三百七:四国の思い出_その四(四万十の流れに触れて)

四国に訪れた当初から行ってみたい場所があった。

それは四万十川近辺だった。
というのも、四国に初めて訪れる以前より、テレビや旅行雑誌などで、四万十の流れは広く伝えられていたからだ。
当時より、四万十の流れは、それらの情報媒介の紹介によると、『日本最後の清流』という触れ込みで人に知られていた。

(下の写真はWikipediaからの『四万十川』)
●Shimanto River And Iwama Bridge 1 - 四万十川 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E4%B8%87%E5%8D%81%E5%B7%9D#/media/File:Shimanto_River_And_Iwama_Bridge_1.JPG

Simanto_1

それ以前より、旅は好きだった。
しかし、他人の見聞きした話を聞くよりも、その土地の場所の雰囲気を本当に感じるには、その土地に訪れる以外に手は無い。

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ちょっとだけ横道に反れるのだけど、旅先の土地での雰囲気、つまり「旅情」というものについて語ってみたい。
真の「旅情」というものは、テレビやネットの動画や、その他の情報媒体のちからを駆使しても、それを表現することは出来ないと思う。
この原稿を書いている現代だと、コンピューターのAI(人工知能)が、しばしば、人の口の上に登る機会が多い。
しかし、そのようなAIを使用した、どれほど優れた3DCG(3次元コンピューター・グラフィックス)や3Dホログラムを使用しても、その土地の「旅情」を他の土地の人々に伝えることは不可能だと思う。

なぜならば、私達がそのようなテレビやネットから入手する情報の、そのほとんどは視覚や聴覚に頼っていることがほとんどである。

そのような、テレビやネットから情報というのは、視覚・聴覚ばかりがメインなのだけど、実際に、自分の身を旅先の土地に移動させてみると、その自身の身から得られる情報は、視覚・聴覚を超えた、莫大な量となる。

旅先で訪れた料亭での珍味の香りを、あるいは舌触りを、テレビやパソコンの画面からは感じることが出来ない。
また、旅先の土地で頬を伝って流れ去る、風との触れ合いの心地良さは、当然ながら、テレビやパソコンの画面から感じることが出来ない。

旅先の土地での日光の量も、自分の日々に住む土地の日光量とは違うことだろう。
なぜならば、その土地での森林浴は、その土地でしか味わうことが出来ないので、頬の肌で感じる日光の加減も、当然ながら、テレビやパソコンの画面からは感じることが出来ない。

あるいは、旅先の土地での海岸で海水浴をしてみると、その土地の砂浜が足をくすぐる痛み具合すらも、故郷の土地のものとは違っているかもしれない。

そんなこんなで考えていくと、書籍、テレビ、ラジオ、ネット、あるいは、その他の全ての旅先の見聞録を、幾ら、目と耳で仕入れても、その情報量は、実際に自分がその旅先の土地で経験した五感の総量とは、きわめて量に違いがあることに人は気が付く。

だから、現代の、どんな旅先の見聞録と言えども、実際に自分がその土地に訪れて、味わった情報量と比較すると、どちらが優れているかは、誰にでもわかることである。

早い話が、本当に旅の良さを味わうには、現代と言えども、その旅先の土地に訪れる以外に手は無い。

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ここから、本題に返るのだけど、私が四国に居住している間に、四万十近辺には二回訪れた。
一回目はバイクで行った。

太平洋側の地方都市を離れると、四国独特の土地の雰囲気がバイクのヘルメット上をかすめていくことになる。
日本のどこでもそうだけど、日本の地方都市の雰囲気と言うのは、たいてい似ている。

しかし、四国は山の深い土地だ。
平野部はあるものの、山の斜面が、そのまま海に入り込んでいるところが多い。

閑散とした道路を、心地良く走れるのだけど、上述のように、山の斜面がそのまま海に入り込む地形というのは、つまり、海岸沿いの崖が多い土地となる。
だから、海岸沿いを、あまり走れず、海岸から、ちょっと離れた場所に道路が敷かれている状況が多かった。
なので、太平洋の青海が見れたかと思うと、再び、山の中を走っているという車窓風景ともなっている。
もちろん、海のすぐそばを走ることもあるのだけど、海岸線から、すぐにも離れることになる。

つまり、四国は本来山国と言えるので、このような土地事情ともなる。
だから、海の際(きわ)まで、山が迫っていると言えるので、海際を走っていても、どこか深山幽谷(しんざんゆうこく)の風景の中を、走るような雰囲気となる。

平安時代の弘法大師も、ほぼ、同じような道を歩いて行ったのだから、過去、彼も、この四国の土地に霊場というものを感じたと思う。

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私が訪れた当時は中村市という市名だったが、今では四万十市となっている。
その街中を四万十川が貫き、赤い鉄橋がかかっている。

(下の写真はWikipediaからの『四万十川』)
●Shimanto-gawa bashi zenkei-3 - 四万十川 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E4%B8%87%E5%8D%81%E5%B7%9D#/media/File:Shimanto-gawa_bashi_zenkei-3.jpg

Simanto_akahasi

その赤い鉄橋を超えて、足摺岬方面に向かう途中、バイクを降りて身を休めると同時に、四万十の流れに触れてみた。
四万十の最下流近辺でもあり、さすがに、人間の居住地域を幾つも通って来ているので、「上流程の美しさと清らかさは無い」とは言われているものの、それでも河川としては、かなり美しい川だった。

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足摺岬に向かうのだけど、ここまで走ってみて感じることは、私ならず、他の人も感じると思うのだけど、道中の「静かさ」を感じると思う。

風の音と、あるいは、海が渚(なぎさ)を洗う音と、わずかばかりにすれ違う車のエンジン音と、あるいは自分のバイクのエンジン音、、、。
それらの音が道中の自分の身の周りに木霊(こだま)するばかり。

それ以外の、他の音を聞くことが少なかった。

だから、ここまで来る道中に、不思議な静かさを感じていたのを今でも思い出す。
つまり、現代社会での、自動車やバイクなどの移動手段を使っても、その道中の移動中では、人は沈思瞑想(ちんしめいそう)しているようなものだ。

かつての空海も、この土地の上を歩行しながらも、目を開いたまま瞑想をしていたのではないだろうか。
現代の私達でも自動車やバイクで、この道中で、さながら、ある意味での移動中の瞑想ができると思うのだけど、もちろん実践したい人は居眠り運転に気をつけて。

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上述しているように、道中は、とても静かだからか、このような四国の土地を旅していると、時間の感覚が違ってくる。

確かに、幾つも存在する四国の地方都市の内部だと、始終、テレビから何かの音声が流れ、あるいは、ラジオからの音声や、ネットからの音声や、街中の喧噪や自動車の騒音で一杯である。

しかし、地方都市を抜けても、それらの音声があるにはあるのだけど、移動などのおかげで、ある意味、「車中」という隔絶された環境の中もあり、上述したように、とても静かな環境なので、道中の時間の感覚が違っていたことを今でも記憶している。

よく巷で使われている言葉を借りれば、「時が止まっている」というものだろうか。

私が感じたところでは、「時が止まっている」とまではいかなかったけど、やはり、これもよく囁かれるような表現としては、「時の流れがゆるやかになっている」だった。

ある意味、不思議で奇妙な感覚。

どこかの深い淵の底を覗き込むかのような。

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私なりの表現をしてみたい。

「時」と言う名の、何らかの巨大物質や巨大生命体が、そこにいたような気がする。

つまり、その目には見えない巨大生命体である「時」と言う名の生物が、その土地に住んでいるように感じる。

そして、その太平洋四国沿岸地帯の静かさと、その巨大さ自体が、美術方面の彫刻分野等で使用される一つの巨大な石版に似ている。
(彫刻などでは、そのような大きな石版などに彫り物を刻むことが多い。)

そして、その太平洋四国沿岸地帯の静かさと巨大さ自体が、自分自身である、その巨大石版の中に、その地方の「時」と言う名の巨大生物を、あたかも彫り込んでいるように感じる。

つまり、その目には見えない巨大生命体である「時」と言う名の生物が、その巨大石板の内に閉じ込められているように感じる。
だから、「時」は自らが思うままに動くことが出来ず、よって、私達がその土地を訪れて、「時が止まっている」とか「時の流れがゆるやかになっている」ように感じてしまう。

実際、私達が巨大な彫刻を見るに、もちろん彫刻は動かない。
なぜならば、彫刻師が後世に永く残したい風景の一抹の一瞬を切り取って、その石版や彫刻の像の中に、その一瞬の記憶の外見を留めるからである。
だから、私達は威厳ある彫刻を見る時には、どこか、時間の静止を感じるものである。

そのように、私が「時が止まっている」というような風景や光景を見ると、あたかも巨大石板に閉じ込められた何かの生命を感じるのである。

(下の写真はWikipediaからの『足摺岬』)
●Tosashimizu Ashizuri Cape 1 - 足摺岬 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E6%91%BA%E5%B2%AC#/media/File:Tosashimizu_Ashizuri_Cape_1.jpg

Asizuri

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実際、四国に行ってみると、私達は、私が今まで紹介してきたような巨大な自然の造形物を多く見ることになる。

今回の記事は長くなってしまったので、足摺岬を後述することになるのだけど、足摺岬と言い、石鎚山と言い、大歩危・小歩危と言い、笹ヶ峰と言い、訪れる旅人は、四国の巨大自然造形物の数多くを目にすることだろう。
足摺岬近辺にある「竜串(たつくし)」と呼ばれる海岸沿いの巨大石群もそうだ。

現代だと、数多くの人間の都会の構造物や都会の喧騒を、私達は見る機会も多いけれど、そのような場所を離れて、ただ一人、巨大自然造形物のさなかを歩むと、その旅人は、その巨大自然体に対して、「威厳」とか「厳かさ」といった単語を念頭と心中に浮かべると思う。

そして、当然のことながら、きっと私が上述したようなことを道中で感るだろう。
日頃の現代都会生活と言われているアーバン・サバイバルのライフ・スタイルとは違った、神妙な何かを感じると思う。

『四国八十八箇所』とか『四国遍路』を行っている旅人達は、そのような現代生活の日常とは違った神妙な何かを感じるために、巡礼をしているのではなかろうか。

(下の写真はWikipediaからの『竜串』)
●Tatsukushi 05 - 竜串 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%9C%E4%B8%B2#/media/File:Tatsukushi_05.JPG

Tatukusi

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『四国遍路』の開祖は、弘法大師と伝えられている。

私は四国に居住していた間に、『四国遍路』の旅人では無かったし、また、『四国遍路』の全ての道程を踏み終えた旅人では無い。

部分的にも、『四国八十八箇所』巡りの道中を踏みしめたのだけど、その道中から感じることの出来たのは、上述しているように、巨大自然体の「厳かさ」とか「神妙さ」と言えるものであった。

『四国八十八箇所』の開祖として、弘法大師が讃えられているような雰囲気があるけれど、私が思うに、彼が偉いのではなく、彼に自然の霊感とか、自然の厳かさ等を見せた、巨大自然体そのものの方が偉大なように感じた。

弘法大師が若かりし時に、四国中の寺々を訪ね回ったのだが、当時、彼は何か心中に求めるものがあって、あえて旅をしたのではなかったか。

あるいは、彼の若い時に何かの悩みがあり、その悩みを解決する糸口として、四国の道中を踏みしめたのではないだろうか。

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私は『四国遍路』の旅人では無かったのだけど、現代では、自動車やバイクを使って四国一周しても、これまでに書いているように、四国の自然の巨大さを実感することが出来る。

また、四国一周をしなくても、私のように部分的な移動をしただけでも、ほぼ『四国遍路』の雰囲気を味わえると思う。

確かに、四国に行くと、今でも、昔ながらの『四国遍路』の旅人の方々も見かける。
実際に、徒歩で『四国八十八箇所』を巡る本格派の巡礼者の方々もいる。

確かに、徒歩で四国一周をしても良いのだけど、手軽で比較的短時間内で四国の神秘的な自然を味わうには、現代の足を使っても良いと思う。

本来ならば、この段落中で、足摺岬やその近辺の竜串海岸のことを書くつもりだったのだけど、長くなってしまったので、後述することにします。

「私の四国内での部分的な旅は、現代の『四国遍路』とは言えなかっただろうか」という問いを残しつつも、ここで、この段落の記事の筆を結んでおくことにします。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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三千三百三:四国の思い出_その三(独白)
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-6984.html

(以下、Wikipediaより引用)
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●地球33番地
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%8333%E7%95%AA%E5%9C%B0

Address_33no1

最終更新 2017年11月10日 (金) 15:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

●地球33番地公式サイト
http://chikyu33.net/executive/commi.html

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『三千二百九十六:四国の思い出_その二(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-2b8a.html

●(下の写真は「石鎚山系を知る | 石鎚山・石鎚山系公式|石鎚山系連携事業協議会」からの『仁淀川』)
https://www.ishizuchisankei.com/about/

 

Photo_3

●(下の写真は『Iyohuzi0ɜ - 笹ヶ峰 - Wikipedia』からの笹ヶ峰)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%B9%E3%83%B6%E5%B3%B0#/media/File:Iyohuzi0%C9%9C.jpg

Photo_2

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『三千二百九十五:四国の思い出_その一(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-e767.html

●(下の写真はWikipediaからの『大歩危峡』)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%AD%A9%E5%8D%B1

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●(下の写真は「石鎚山系を知る | 石鎚山・石鎚山系公式|石鎚山系連携事業協議会」からの『石鎚山』)
https://www.ishizuchisankei.com/about/


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                                       坂本 誠

2018年11月17日 (土)

三千三百六:短文掲載

こんばんわ。

現在、ちょっとバタバタしていますので、ブログ更新が遅れています。
ですので、今日は、以下のような短文を掲載します。

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「差別用語を撤廃しよう」という文章を見かける時があります。

この理由としては「差別というのは世の悪だから、その差別と思われる単語を含む文章を世から撤廃しよう」というものでしょうか。

しかし、ここでちょっとおかしなことに気が付いてしまいます。

それは「差別用語を撤廃しよう」という文章自体に、「世の何らかの単語に対して、それらの単語は差別的だ」という差別的なレッテルを貼っていることでしょう。

そのような視点から見ると、冒頭に掲げた文章自体に、少しばかり奇妙なものを感じてしまいます。


                                       坂本 誠

2018年11月 9日 (金)

三千三百五:電磁波について_No.20

こんばんわ。

三千三十七:電磁波について_No.19』以来の、久々の電磁波関係の記事です。

最近、私の読んだ記事から御紹介します。
簡単な見出し程度でも、その要綱はわかりますので、全文を読みたい方は、該当URLにジャンプしてください。

(以下、『InDeep』様、2018/11/03(土)記事より引用)
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●携帯やスマートフォンによる発ガン性が証明される : アメリカ国立衛生研究所が「携帯電話は癌と心臓病に関係する」という10年間におよぶ研究の最終報告書を発表
https://indeep.jp/high-exposure-cell-phone-radiation-associated-cancer/

投稿日:2018年11月3日
11月1日のアメリカ国立衛生研究所のニュースリリース
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(引用終わり)

(以下、『日本や世界や宇宙の動向』様、2018/10/19(金)記事より引用)
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●スマートメーターによる健康被害、人権侵害、誤表示
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52033184.html

(邦訳『日本や世界や宇宙の動向』様)

https://www.naturalnews.com/2018-10-17-smart-meters-are-wildly-inaccurate.html

(概要)
10月17日付け

Image: “Smart” meters are wildly inaccurate: Study finds that readings can be 581% higher than actual use

(Natural News)

・・・・スマートメーター(従来のアナログ式誘導型電力量計と異なり、電力をデジタルで計測し、メーター内に通信機能を持たせた次世代電力量計)は、EMF電磁場を放射しますので、使用し続けると、使用者に頭痛、疲労、消化系障害、不眠など様々な健康障害を生じさせます。(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

ここからが私の文章です。

この私のブログ記事でのシリーズ『電磁波について』も、サブタイトルの番号を見てもわかるように、今回の記事で20回目です。

ですから、携帯電話やスマホあるいは、電子レンジから発生される波長の電磁波の危険性について、巷では、かなり長いこと話題になっていることがわかります。

ですが、「昨今の携帯電話の人気に水を差したら困るではないか」という視点から、携帯電話やスマホの危険性について語られていないと思います。

なぜならば、携帯電話やスマホを使って電話をしたり、あるいはインターネットの利用などをしていたら、「そちらの方が文明人のようでカッコ良いじゃないか」というような思い込みの下に、現在の携帯電話やスマホの使用が喜ばれているように、人が感じているからだと思います。

あるいは、たとえ、このような携帯電話やスマホの使用に危険性の証明がされていても、「携帯電話やスマホが売れなくなったら、どうなるのでしょうか。そちらの方が困るのではないでしょうか」のような声も出るのではないでしょうか。

結局、これですと、私達、人間は、「人間にとっての必要物資を手に入れるための経済活動をしている」というよりも「本来必要としているのは、物資の方だが、その物資よりも、物資の実体では無い、幻の数値として紙の上に記載されている、お金の方が大事なのだ。そのお金獲得のための経済活動を、人はしている」となってくると思います。

ですから、ここまで来ると、私達は「お金というものは、人にとって、悪い道具なのだ」という、今までのお金を崇拝するような社会の雰囲気とは別の視点で、お金を見ていくと思います。

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なんとならば、もし私達の社会に、お金というものが存在していなかったと仮定してみましょう。

そのような世界ならば、何らかの人間の道具があって、その道具の危険性を証明されたとするのならば、その道具の開発・製造・普及を止めても、お金そのものが無いのですから、誰もが金銭的に困ることはありません。

だから、そのような世界ならば、人はあっさりと、何の未練も無く、携帯電話やスマホの使用に関して、厳重な規則を設定していくのではないでしょうか。

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一つだけ、書いておきたいのですが、世の全ての電磁波が人体に有害だとはされていないことを、どうか、覚えていてください。

なぜならば、「可視光線」つまり、普通の光ですが、この波長の電磁波は、人には有害なものを発していません。
あるいは、「赤外線」と呼ばれる波長の電磁波も、身体を温める働きがあって、人には有害なものを発しているとの報告は聞いた事がありません。
電磁波というからには、「紫外線」と呼ばれる波長のものもあります。
この「紫外線」も目には見えませんが、よく知られているように、殺菌したり、真夏に海水浴などをしていてれば、肌を焼く等の効果が知られています。
また、「X線」とか「γ線」と呼ばれる波長のものもあります。
これらは原爆等が爆発した際に発される波長であり、人体を癌にさせたりします。

要するに、「電磁波」というのは「光」のことであり、その光の波長が変われば、同じ光ですが、人体や生物に対する影響は、非常に変わってくるのです。
この辺りは、読者の方がどうか調べてください。

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以前にも書いたことのですが、この携帯電話やスマホなどの人体に危険を証明している電磁波の波長の話題は、私はタバコの話題に似ていると思います。

タバコも、長い間、その発癌性が指摘されています。
にも関わらず、タバコは生産され、そのタバコを吸うのを愛用する人々もいます。

ですから、人によっては以下のような発言もすることでしょう。

  「タバコが悪いと思えば、その人が買わずに吸わなければ良いだけだ。人には自由が許されているので、タバコを吸いたい人はタバコを買って吸っても良いし、タバコが嫌いな人ならば、タバコを買わずに吸わなければ良いだけなのだ」

と。

要するに、「自己責任で、タバコを取り扱って下さい」という意見も出ていると思います。

このタバコと同様な話題が、この電磁波にも当てはまっているように感じます。
ですから、上のタバコに対する意見を、電磁波の件で書き換えてみると、

  「電磁波が悪いと思えば、その人がガラケーやスマホ買わないで使用しなければ良いだけだ。そして、現在でも、携帯電話やスマホの需要は高いので、携帯電話の電波塔の問題なども、自宅での電磁波対策をしたら良いのではないのか」

と。

果たして、このような意見で良いのかどうか、私は疑問を感じるところですが、読者の方々も、どこか疑問を残すことにならないでしょうか。

自己責任の問題とは、ちょっと外れてくるように思えるのですが。

しかし、誰がどうみても現状の問題を感じるかと思います。

ですから、本当の問題解決方法とは違うかもしれませんが、過去、私なりに電磁波対策の記事も続けていました。
個別に電磁波対策を進めたい方は、以下の該当記事にジャンプして、個人的に電磁波対策を進めると良いかと思います。

二千七百三十二: 電磁波対策を考える_No.13
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/11/_no13-aa2a.html

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しかし、ここまでくると、やはり、私が思い出す言葉としては、「自分の身は自分で守らないといけない」という言葉でしょうか。
しかし、上記のように、「お金の問題」というのも、かなり大きく、この問題に影響を与えていると感じています。


(以下、上記記事を読みながら思い出していた過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千百十:私の見かけたニュース_No.99』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/04/_no99-6a35.html
(以下、『Gigazine』、2017/4/24記事より引用)
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●ビル・ゲイツ氏いわく「自分の子どもには14歳になるまで携帯を持たせなかった」
http://gigazine.net/news/20170424-bill-gates-ban-kids-cellphone/

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(引用終わり)


『千八十八:電磁波について_No.18』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/_no18-cb56.html
●ケータイ放射線でDNAの二本鎖切断が証明されていた(米 上院公聴会)
http://www.youtube.com/watch?v=8Yr6glIFL9o



(※筆者注:上記ビデオの翻訳ボタンを押して下さい。)

(上記ビデオより抜粋引用)
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■ブーハー博士:
どうも 開会の挨拶にありましたように10年~12年の携帯電話への曝露で腫瘍が劇的に増加しています
最近になって幾つかの兆候があり、長年、移動通信器を使用してきた人々に、脳腫瘍が増加しています

▲質問者1:
子供の携帯電話使用による潜在的危険性の増加について、何か考慮がありますか?

■ブーハー博士:
子供は携帯電話の放射線が、頭骸骨の深くに浸透する構造をしており、、、

_7

▲質問者1:
潜在的な危険は大きいですか?

■ブーハー博士:
はい 潜在的に大きな危険が、、、

◎セデツキー博士:
唾液腺腫瘍が現れたのは比較的長期間の使用者で、ケータイを使うと同じ側の頭部に腫瘍ができ、ヘビーユーザーでした
この公聴会を通じて、問題の研究が推進され、安全で責任ある使用確保の行動を期待します
招いてくださったデービス博士とこの問題の提起への配慮に感謝を申し上げます

◆デービス博士:
すると業界の反応は、私の本にもありますが、こうでした
まずNIHへ行き、研究の停止を働きかけ、次に記事の出版を受諾した学術誌へ行き、、、

▼質問者:
それは誰が?

◆デービス博士:
この研究の公表に反対している業界です
それで、そのロビー団体が、記事を受諾しないよう働きかけました
最後に、それを誤りにしようと別の科学者を雇いました
作用を確認すると、絶対に公開しませんでした

_5

 


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(引用終わり)


『九百十一:電磁波について_No.11』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/02/_no11-c397.html
●元MI5部員Dr. Barrie Trowerの語る電磁波兵器①
http://www.youtube.com/watch?v=NRoN2Fsci3o



(上記ビデオより抜粋して引用)
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「ええ、1960年に私は軍でマイクロ波戦のあらゆる面に関わり始めました。」
「それが人体に与える危険性や、もちろんレーダーや軍事使用について学びました。」
「その後、11年間、仕事の一部ですが、冷戦時代のマイクロウェーブは今と同様秘密武器に使われ、それらは完璧な武器であり、人々は自分が攻撃されていると気付かないですから、どの政府にも個人や集団に対する攻撃が可能で実行しており、道にいる群衆に対しても同様で、18ヶ月から「2年半、低強度の攻撃で、甚大な神経ダメージや身体的ダメージ、癌を引き起こす事が出来ます。」
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(引用終わり)

『八百五十:電磁波について_No.9』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/01/_no9-316e.html
●「WiFiは子供たちに危険」 バリー・トラウアー
http://www.youtube.com/watch?v=lNKFEn_WXCs

(※筆者注:現在、上記ビデオは、なぜか、削除されています。私が見たときに撮影した写真を掲載しておきます)

(上記ビデオより抜粋して引用)
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_1

 
科学アドバイザーとして、世界中の文書を読んだり翻訳したりしていますが、子供用のマイクロ波放射線安全基準を作るだけの勇気がある科学者に、世界中で、今まで、まったく一度もお目にかかったことがありません。
基準は一つも存在していません。
子供の免疫系統は、大人と違い、まだ発達中です。
骨が柔らかく、マイクロ波が簡単に貫通してしまいます。
骨の中では生物幹細胞を作っていて、そこから免疫系統、そして体のすべての部分が作られます。
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(引用終わり)


『九百三十四: 電磁波について_No.17』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/02/_no17-d4c2.html
●元英諜報部員が語るマイクロ波戦闘 Barrie Trower on Microwave warfare
http://www.youtube.com/watch?v=hpfblQN2a-E

(※筆者注:現在、上記ビデオは、なぜか、削除されています。)

(上記ビデオより抜粋して引用)
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誰かを始末するのが急ぎでない場合、この技術でビームを送れば、とても効果的なステルス兵器となります。
何度も実行されてきました。
記録もされています。
政府は気に食わない人々にビームを当てる事が出来ます。
ガン、乳癌、脳神経の病気など、かからせたい病気を何でも好きに選べます。
マイクロ波をビームするスーパー発信器があればできちまう。
例えば、世界の主要小麦供給国を経済破綻させたいと思ったとしますよね。
そしたら、電離層にマイクロ波ビームを当てるだけでいいんです。
電離層は地球全体を覆っている見えないイオンの雲です。
特定の角度で放たれた電磁波ビームが反射してその国へと落ちます。
その土地の小麦、牛や羊に向かって、マイクロ波ビームを当て続ければ、作物の免疫システムを痛めつけられます。
病気になって死ぬように・・・
生育を止められます。
そしてその国に経済破綻を引き起こせます。
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(引用終わり)


『四百:電磁波について_No.2』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/10/_no2-a04a.html
●NASAの未来計画文書③
http://www.youtube.com/watch?v=2Ww0U-TMGnE



(上記ビデオより抜粋して引用)
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「ワイヤレスに関する周波数の兵器化について話しています。」
「そして特にアメリカや他の国々でも広大に展開されている携帯電話タワーについてです。、、、そしてそれは携帯電話タワーなのです。」
「そして彼等は学校のキャンパスに置くように学校にお金を支払っていますね。」
「現在、新しく発見された癌の集団がサンディエゴ州立大学にあって、かなりの数の学生と教職員が脳腫瘍を持っているんです。」
「ですから私達はこの文書によって認められた破壊の周波数の中にいるのです。」
「証拠があり、軍がいて、これを認める機関があるんです。」
「、、、こう書いてあります。」
「『タワーは周波数を放射するのに使用される。』」
「これが彼等が私達に伝えている事で、98ページには、『典型的なシナリオ、10人と1000万ドルによって、アメリカを破壊しろ。』2成分生物学的製剤(輸入されたビタミン剤、服等、食料供給・・・を通して)毒が入れられます。ワクチンとウィルスによるテロ攻撃、私達の線路が攻撃される事について話しています。」
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(引用終わり)


『千八十三:電磁波対策を考える_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/_no4-0719.html
●スマートメーターの電磁波測定とアルミホイルの遮蔽効果
http://www.youtube.com/watch?v=sl_BfCvP17g




『千九十三:電磁波対策を考える_No.5』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/04/_no5-38c5.html
●住環境・電磁波対策
http://roop119.com/14.html


『二千百五十九:電磁波対策を考える_No.10』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/08/_no10-482f.html
(「社会に貢献するアルミ箔の世界 日本アルミニウム協会」より抜粋引用。図は省略)
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●社会に貢献するアルミ箔の世界 日本アルミニウム協会
http://www.aluminum.or.jp/haku/plaza/plaza14.html

●見えないところで活躍するアルミ箔:電気配線のノイズ対策にアルミ箔が活躍

電線(電力線・通信線)を電流が通るときに発生する電界や磁界が、その配線の近くにある電子機器や別の通信配線などに電気的なノイズとして影響を与えることがあります。
こうした電気配線に伴うノイズ対策に活躍しているのが、電気コードの外側を覆い、電流に伴う電界や磁界を遮蔽する“シールド材”で、この電磁シールドの素材に「アルミ箔複合材」が有効に活用されています。

配線用電材メーカーの大手、興和化成株式会社(本社・愛知県名古屋市瑞穂区)は1998年にこの電磁シールド用資材を開発、2000年から「ノイズプロテクトチューブ」という商品名で生産・販売しています。
2010年2月には、ノイズ対策効果をより高める厚手のアルミ箔を使った新製品も発売しました。
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年11月 2日 (金)

三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その1)

翻訳に携わる方ならば、結構知っていることだけど、例えば英語ならば、ほぼ全ての英文法を覚え、ほぼ全ての熟語や構文も記憶し、かなり多くの英単語を覚えて、翻訳作業に慣れてくると、英訳・和訳の作業は一種のコピー作業であるとわかってくる。

確かに、その言語に関する多くの単語等を記憶し、慣れるまでには手間がかかったりするのだけど、一旦、慣れてしまえば、英訳・和訳の作業が単純作業になりやすい。
だからこそ、最近では多くの翻訳ソフトが出回るようになり、かなりの精度でコンピューターが翻訳してくれるようになった。
「コンピューターが翻訳してくれる」ということは、ある意味、英訳・和訳の作業は定型業務であり、つまり、それらの作業は、ある程度、単純作業だとわかる。

また、「外国語を習得した」と言っても、その外国語を、例えば、英語ならば、その英語を英語圏の人ならば、自分の国の母国語として、何不自由なく使用していることに気が付く。

だから、長く英語やその他の外国語を学び、習得してきた人ならば、翻訳作業が単なる筆写作業のように感じられる時も出てくる。

だからと言って、それほど大量に積み上げてきた自分の労力を軽んじるべきではないと思う。

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上記のように、長く翻訳作業に携わっていると、その作業中に退屈を感じたりする時も多いと思われる。
しかし、翻訳作業に関して、「とても楽しい」と感じる瞬間が、翻訳者達の間で感じる時があると思う。

それは、名文とか名句とか称されている文章を翻訳する時である。

一般に、この名文とか名句とか称されている文章を、AI翻訳ソフトで翻訳すると、非常に、テクニックの無い翻訳文になることが多いことが知られている。

それは、なぜかと言うと、これらの名文とか名句とか称されている文章自体、その文章の発言者達自身が、推敲を重ねて、それらの文章を研ぎ澄まさせていることが多いからだ。

もっと具体的に書けば、それらの名文とか名句とか称されている文章中には、対語を上手に並べていたり、語呂合わせをしていたり、音韻を豊かに踏ませていたりするので、それらの文章に触れる読者の方が、うっとりとしてしまう効果がある。
だから、ある意味、それらの名文や名句を作成する作者は詩人と言える。

そのような名文とか名句とされている原文の方では、その言語で使用されている対語や語呂、音韻があるので、原文でそれらの文章を読めば味わい深いものを読者は感じる。

しかし、それらの文章をコンピューターの翻訳ソフトで翻訳してしまうと、その原文を一字一句字義通りに訳そうとするので、原文に見られる香り豊かな味わいを、訳された後の言語からは感じることが出来なくなる場合が多い。

つまり、それらの名文とか名句とか称されている文章は、その文章の作者がその人なりの美学の下に、それらの文章を書きおろしていることがわかる。

「美しさ」という側面を、コンピューターが理解出来ないことも明らかだけど、だからこそ、なるほど、AI翻訳ソフトがそのような文章上の美学を使ってでの翻訳をすることは出来ないことがわかる。

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その2)』に続く)


 

                                       坂本 誠

三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その2)

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その1)』からの続き)

だから、現在でも、何らかの言語を翻訳する際に、一般に名文とか名句とか称されている文章を翻訳者が翻訳する際には、翻訳者自身が、しっかりと考えて、それらを翻訳していることがわかる。

なぜならば、上記にも書いているように、それらの特殊な文章をAI翻訳ソフトが翻訳すれば、原作者の意図とは違った文章が作成され、その文章が非常に味わいの浅いものとなってしまうからだ。

翻訳者も、そのような文章を真剣になって、自分の頭を使って、しっかりと翻訳するので、ある意味、この手の翻訳作業は単純作業では無い。

また、翻訳者が、この手の文章を、真剣になって翻訳するので、つまり、名文とか名句の翻訳となるから、この翻訳は名訳と言われることがある。

当然ながら、世の翻訳者も、この時に自らに充実したものを感じるだろう。

以下、そのような翻訳文を紹介してみたい。

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「名訳」と言っても、ある翻訳文を人が読んで、それを名訳と感じるかどうかは、その人次第である。

だから、本来、「名訳」というものは存在しないかもしれないし、気が付いてみれば、私達は無数の名訳に取り囲まれて生活しているかもしれない。

(以下、Wikipediaより引用)
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●ハムレット
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88

この台詞は有名ではあるが、訳すのが非常に困難だとされている。「To be or not to be, that is the question.」という文は、この劇全体からすれば、「(復讐を)すべきかすべきでないか」というようにもとれる。しかし、近年の訳では「生きるべきか死ぬべきか」という訳が多い。初期の日本語訳の代表的なものには、坪内逍遥の「世にある、世にあらぬ、それが疑問ぢゃ」(1926年)などがある[1]。

最終更新 2018年10月24日 (水) 08:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

有名な一文である。

  To be or not to be, that is the question.

確かに、現在での邦訳では上記文を「生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ」と訳すことが多いようである。

この翻訳文を知ったのは、中学生の時の英語の時間だっただろうか。

上記の資料中では、誰が上記原文を、そのように訳したかは載っていなかった。

ただ、普通、「be」と言う動詞は、「~である」とか「~に存在する」という意味で主に使用される。
だから、上記原文中の「be」と言う動詞を「生きる」という意味で訳するのは、珍しいと思われる。

おそらく原文中の上記文の前後も流れも捉えて、「生きるべきか死ぬべきか」と日本語への翻訳者は翻訳したかと思われる。
このような翻訳自体も、とても、AI翻訳ソフトでは表現できない部分である。

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あるいは、多くの人も聞いた事のあるセリフだと思うが、

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 人民の、人民による、人民のための政治を行う。
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というセリフがある。

このセリフ自体も著作権切れであるから、人類共有の財産であり、引用する際に必要な「誰がその言葉を語ったか」を記載する必要は本来無い。
しかし、あえて、「これは有名な人の語ったセリフです」と書いておけば、知らない人ならば、ネット検索したりすることによって、「誰が語ったか」を知ることになるだろう。

また、そのようにして、自分で調査することにより、より味わい深く、その言葉の意味や、その言葉の語られた背景や、その言葉を語った人の真意を追求していけるかもしれない。
だから、あえて、そのセリフを語った人の名前をここでは記載しない。

このような名文も、以下のように訳せると思う。
私が訳したのだけど、英語原文とは違っているかもしれないし、似通った翻訳文を案出できるだろう。

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 People's , by people , for people , we must execute the politics .
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(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その3)』に続く)


 

                                       坂本 誠

三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その3)

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その2)』からの続き)

要は、翻訳に携わる人は、時々、名言や名句とされているものを翻訳した方が良いと思う。

単純作業でもないし、頭の体操にもなるし、本当の意味で、「今、私は翻訳している」という実感を得られると思う。

先日の私の記事『三千三百三:四国の思い出_その三(独白) 』中の『過去記事、関連記事、及び、参考文献』中に、出しておいた過去記事の中で、

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『三千三十三:『333 ノ テッペン カラ トビウツレ』を思い出しながら』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/12/333-0e22-1.html
(以下の写真は、『わたしは真悟』第3巻「空の階段」と『わたしは真悟』第4巻「光ふりて」から)

Pc080179

Pc080176

Pc080174

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  奇跡は誰にでも一度は起きる。
  だが誰も起きたことには気づかない

                『わたしは真悟』(楳図かずお 作)より引用

  Everybody has had a miracle once .
  But , nobody has realized the miracle at all .

                 quotation from "MY NAME IS SHINGO ."
                   Author:Umezu Kazuo
                   
      (日本語原文の英語翻訳者は筆者である坂本誠)
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の翻訳文を出しておいた。

現在でもご記憶している方々も多いと思うが、小学館の『ビッグコミックスピリッツ』に同作が連載されている時、同作の始まりを示す扉絵には、毎回、「奇跡は誰にでも一度は起きる。だが誰も起きたことには気づかない」という文章が、必ず彫り込まれていた。

さすがに、単行本化されたコミックスには、その文章は、毎回の扉絵には彫られていなかったものの、各巻の最初の扉絵のみに、そのセリフが刻まれていた。

私は、いや、私ならぬ、読者の方々でも、このセリフを読んで、「これは名文ではないのか?」と感じる人もいるだろう。

もっとも、名文というものも、ある人にとっては名文では無く、ある人にとっては名文では無くなる。
だから、世に名文というもの自体も存在しないのかもしれない。

だから、私としては、「これは良い文章だ」と感じ、何か翻訳してみたくなったので、もちろん、翻訳ソフト無しで、自分の頭のみを使って翻訳した。

上に書いたように、「世には名文というものは存在しない」とも言えるので、当然ながら、世に言う名訳というものも存在しないとも言える。

ただ、翻訳者にとっては、「翻訳したいものを翻訳し、また、その文章を翻訳したことによって何かしらの充実感を得た」というだけで良いとも言える。

この日本語原文を翻訳ソフトにかけても、あまり歯切れの良くない英語文として翻訳されてしまうと思う。

このような文章を私なりに翻訳する際に注意していることとしては、上に書いたように、対語、語呂、音韻を非常に考慮して私は翻訳している。
ただ、この翻訳文は、原文自体が私の気に入っていた文章であり、納得のいけたように翻訳出来たので嬉しかった。

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その4)』に続く)


 

                                       坂本 誠

三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その4)

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その3)』からの続き)

私事が絡むのだけど、最近、私の何十年か前に四国に居住したことに関する紀行文を書いている。

英語だけでは無く、幾つかのことを学ぶために、四国に行った。
むしろ、英語は補助的に学ぶものであった。

しかし、当時、私の英語の先生となってくれた方々は、よく私を褒めてくださった。
その理由と言うのも、私の翻訳文、特に英作文による日本語からの英語への翻訳に関して、非常に、私はお褒めを頂けたのだ。
アメリカから日本にやって来て、その学校で英語を教えている、アメリカ人の先生が私に言うことには、「おまえの英作文を読むのは、何かの英語の詩作文を読んでいるかのようだ」というものだった。

何十年かたった今でも、明るい記憶の一つとして私の胸中に残されている。

私は既に、高校時代から詩作をしていたので、英作文にもそのような影響がにじみ出ていたのかもしれない。

また、四国でのそのような、英語の先生達と出会う前に、既に出会っていた英語の先生達もいた。
ある英語の先生は、非常に英語が好きで、英語圏の人々と会話を交わすのが好きだった。
しかし、別の英語の先生は、試験のテストの点数を重視する先生だった。

前者の先生から学ぶことは多かった。
後者の先生から学ぶことは少なかった。

というのも、後者の先生の理屈だと、特に英語が好きでないことがわかる。
何らかの試験の点数さえ良ければ良いので、彼が専門とするのは、特に英語では無く、他の教科でも良いことに気が付くからだ。
だから、後者の先生の英作文は堅い感じのものが多かった。

前者の先生だと、英語が好きであり、日本の中にいても、外国人を見かければ、英語で話しかけるほどの英語好きだった。
つまり、前者の先生は、元々国際交流が好きなので、それに準じて英語が好きなのだ。
だから、英会話自体も好きであり、彼の口から出る英作文は非常に明解でわかりやすく、親しみの深い英文を語っていた。

しかし、後者の側の先生だと、試験のテストの点数重視だから、やたらと教科書でも見られるような、堅い構文を使用したものが多かった。
というのも、「教科書中によく見受けられる英語構文を多数使用していれば、採点者側が、その英作文に与えるであろう点数も、きっと高いだろう」というのが、彼の持論だった。

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また、ここからわかるのだけど、前者の先生が後者の先生の英作文を添削すると、かなりの量の赤ペンが入っていて点数が低い英作文となったと思う。
しかし、これとは逆に、後者の先生が前者の先生の英作文を添削すると、これまた同様に、かなりの量の赤ペンが入っていて点数が低い英作文となったと思う。

つまり、人柄や人格によって、私達も口から流れ出る文章にも堅い感じの文章を語ったり、あるいは、流麗な文章を語ったり、あるいは、俗語交じりで、屈託無く友人達と会話する時のような文章スタイルが幾つも、存在していることがわかる(その他、普通に私達が日本で生活していても、その場その時に応じて、かなりの量の、それぞれに違った文章スタイルを語っていることに誰でも気が付くだろう)。

この時、私は理解したのだが、要するに、学校などで習っている英語は、あまり意味の無いことに気が付いた。
なんとならば、上記で説明したような、2人のスタイルの違った英語の先生が、

  「ある一つの英作文があって、その英作文に与える点数が、2人の先生によって、それぞれ違っている」
  
と言うことに気が付いたのならば、学校教育で見られる「点数付けは無意味だ」とわかるからだ。

結局、日本の学校システムの中で「英語」という科目があるけれど、これに点数付けをすることは出来ないことがわかる。

なんとならば、例えば、英語圏の国々に行けば、その国の人々は何気なく英語を使っているけれど、日本内の英語の教官が、その英語圏の国に行って、その英語を語っているネイティブ・スピーカーと呼ばれる人々に対して、点数付けを出来ないのと同じだからだ。

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その5)』に続く)


 

                                       坂本 誠

三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その5)

(『三千三百四:翻訳事情や翻訳の面白さを考えて(その4)』からの続き)

話が長くなっているのだけれど、以上のような理由から、また、翻訳の面白さを語るという初心に帰って、以下の文章を書きたい。

最近では、日本の漫画文化が世界を席巻するようになった。
そして、実際、それらの漫画を読んでも、大変味わい深いものもある。
そしてまた、多少なりとも、「翻訳してみたい」と思わされる程の決めセリフも、多々、見受けられるようになった。

そこで、以下の文章を出してみたい。

寺沢武一原作の有名な漫画として、週刊誌「少年ジャンプ」に掲載されていた『SPACE ADVENTURE コブラ』というものがある(以下に掲載した写真と文章は、同漫画からの引用)。

知らない方のために、ちょっとだけあらすじを紹介しておきたい。

Pb020178


未来の宇宙社会の中で、宇宙海賊コブラは不死身の男として、宇宙の中を冒険している。

この宇宙海賊コブラの中で『黒竜王』というシリーズがある。
ある日、コブラは、ジゴルと言う名の宇宙船である巨大捕鯨船に呑みこまれることになる。
この巨大捕鯨船ジゴルの内部には、そのジゴルに呑みこまれた多くの宇宙人達によって、一つの世界が形成されていた。
そして、その世界、スタマックスには、多くの宇宙人達を恐怖で統治する支配者がいた。
その支配者が『黒竜王』であり、コブラはジゴルの外部へと脱出すべく、『黒竜王』に会いに行こうとする。

コブラは、スタマックスの都エルラソに到着し、そこで、『黒竜王』の手下であったヨーコ・オブライエンを味方につけ、『黒竜王』の神殿へと向かう。
その途中、ヨーコ・オブライエンは黒竜王に恐怖を感じ始めるが、その場でコブラが彼女に語るセリフである。

Pb020181_3

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  どうした
  なにをおそれている
  
  死ぬのはたったの一度だぜ

  What ?
  What are you afraid of ?

  It's only 1 time
   that
    your death passes through you .

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あるいは、上記翻訳文の最後は以下のようになるだろう。

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  Your death takes only 1 time to pass through you .

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他にも、様々なパターンの英訳文が作成されると思う。

名文かどうかは、ともかく、自らの心に刻み残されている、何らかの思い出深い文章を翻訳することが、翻訳に携わる者にとっての真の喜びになると思う。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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***************************************
『二千七百八十一:映画、蒼き(あおき)衣の者(風の谷のナウシカ)を見て』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/12/post-730d.html

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    その者 蒼き衣を まといて
    金色の野に 降り立つべし。
    失われし 大地との絆(きずな)を結び、
    ついに 人々を蒼き清浄の地に導かん。

                          (映画『風の谷のナウシカ』より)

    The person in blue
      should fall down on the gold field.
    The person will bind the lost tie with our Earth,
      and will lead people to the blue and pure land , finally.

                 (quotation from "Nausicaä in the Valley of Wind")

      (日本語原文の英語翻訳者は筆者である坂本誠)
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        愛と光

    愛が光となり、光が愛となり、
    光と愛が結ばれ合い、
    羽毛のように 触れ合い、
    お互いの中で響き合う。

    光と愛が 織(お)り合わされる中、
    速くもあり 遅くもある
    一つの やわらかな音楽が流れ続ける。

    その音楽に のせて
    光と愛が
    私達の胸に やって来る。
    一組の男と女のように。

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        Love & Light

    Love becomes light, and light becomes love,
    Light & love are connecting each other,
    They are touching like feathers each other,
    They are echoing in themselves each other.

    While light & love have been weaved each other,
    One soft music is flowing
    slowly and speedy.

    Light & love are coming
    to our chests on the music.
    Like one man & one women .
    Like one couple .

        坂本 誠
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『三千三百三:四国の思い出_その三(独白) 』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-6984.html


 

                                       坂本 誠

2018年10月30日 (火)

三千三百三:四国の思い出_その三(独白)

四国には、ちょっと変わった場所もある。
それは、地球の緯度的にユニークな場所である。

高知県高知市南金田・弥生町には、東経133度33分33.333秒・北緯33度33分33.333秒の地点が存在する。
地球の地理では、他にも、このように緯度的に数字の密集した地点が他にもあるらしい。
33の並ぶ地点では、この高知県高知市以外では、非常にアクセスするのが難しいと言われている。

過去、私が四国に居住している時に、ちょっとだけ気になっていたので、高知市の東部に訪れる際に、ちょっと寄ってみることにした。

掲載した写真は、以下のURLからのもの。

Address_33no1

 

地球33番地 - 地球33番地 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%8333%E7%95%AA%E5%9C%B0#/media/File:%E5%9C%B0%E7%90%8333%E7%95%AA%E5%9C%B0.jpg

参考文献として、以下のHPを読んで頂けると幸いです。

(以下、Wikipediaより引用)
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●地球33番地
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%8333%E7%95%AA%E5%9C%B0
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地球33番地公式サイト
http://chikyu33.net/executive/commi.html

行ってみたのだけど、何の変哲も無い居住区に、その「地球33番地」と呼ばれる場所が存在していた。

私が四国に居住していたのは、もう何十年か前の話なので、記憶がうっすらしているのだけど、河の中のモニュメントは無かったような気がする。
だから、私の記憶に寝ていたのは、対岸に建てられていた白いモニュメントの記憶だと思われる。

ただ、当時の記憶をたどっても、「真の地球33番地は川の中にあるのだ」という思いが残っているから、やはり、私が訪れた際には、河の中のモニュメントは無かったような気がする。

その他の地球上の「地球33番地」と呼ばれる場所はアクセス困難と言われているのに、市街地のほぼ真ん中に、そのような特異点が存在しているので、逆に、呆気に取られるような気がした。

しかし、例えば、海外の人で、この四国高知市に存在する「地球33番地」の場所を見ると、以下のように言うかもしれない。

  「日本の四国に存在する地球33番地も、ちょっと外れたら、やはり、海の中と言えるじゃないか」

と。

だから、やはり、世界地図から見て判断すると、この「四国内の地球33番地にアクセスしやすい」というのは、ある意味、奇跡的なものかも知れない。
四国以外の地球33番地にアクセスするのは困難なのだから。

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このようなことを考慮し、さらに、333の数字が集まっていることからも、私は「霊感の鋭い方が、この場所に訪れてみると、何かを感じるかもしれない」と思った。

しかし、この四国内の地球33番地の紹介には、「パワースポット」と言われる俗称は付いていないようだ。
だから、現在において、霊感の鋭い方が、この場所に訪れたかどうかもわからない。

しかし、過去、四国八十八ヵ所巡りを開いた弘法大師が、この土地に訪れたかもしれない。
弘法大師が、四国に霊感を感じたのも、私の推測だが「地球33番地」の何かを感じたからではないだろうか。

そう思って、インターネットで「wiki 四国八十八ヵ所巡り」を検索してみた。

四国八十八箇所
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%9B%BD%E5%85%AB%E5%8D%81%E5%85%AB%E7%AE%87%E6%89%80

上記のHP上の地図で、弘法大師の足跡を追った。
その写真は以下のもの。

Shikoku Pilgrimage Map01 - 四国八十八箇所 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%9B%BD%E5%85%AB%E5%8D%81%E5%85%AB%E7%AE%87%E6%89%80#/media/File:Shikoku_Pilgrimage_Map01.png

Address_33no2

すると驚いたことに、四国八十八箇所の三十番目から三十三番目ぐらいは、ほぼ「地球33番地」の場所にあることがわかった。
そして、私は気になりつつも、四国八十八箇所の三十三番目のお寺である『雪渓寺』の以下のHPを見ることになった。

雪蹊寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%AA%E8%B9%8A%E5%AF%BA

そして、その寺の緯度を見ると「北緯33度30分3秒、東経133度32分35.1秒」だった。

私は「四国は、つくづく、数字の3に縁のある土地だなあ」と思ってしまった。

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何か、やたらと数字の3を見つつも、さらに私が、当時よく利用していた道路のことを思い出した。
それは高知市と松山市を結ぶ国道のことである。

四国の高知市と松山市を往復する必要のある人が頻繁に使用する国道なのだけど、その道の名前は「国道33号線」である。

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「地球33番地」の「33」と言い、四国八十八箇所の三十三番目のお寺である『雪渓寺』に与えられている、その番号と緯度と言い、国道33号線の「33」と言い、読者の中には以下のような疑問を口に出す人がいるかもしれない。

  「これらの3の数字は、本当に偶然の一致で起こったことなのだろうか?」

と。

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ここまで書くと、あの瀬戸内海に浮かぶ島である四国(しこく)という島の名称も、本来は三国(さんこく)ではなかったのかと私は推測してしまう。

四国(しこく)という島の名称は、瀬戸内海に浮かぶ、あの島の中に、主に四つの国があったので、四国(しこく)と呼ばれたのだろうけれど、本来ならば、三国(さんこく)だったのかもしれない。

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読者の中で、ある人ならば「なんとなく、333の数字が続くことは良くないことではないだろうか」と感じる人もいるかもしれない。

しかし、私は逆の視点で見たいのだけど、それらの数字が続くことは幸運の前兆と見なせないだろうか。

(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千三十三:『333 ノ テッペン カラ トビウツレ』を思い出しながら』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/12/333-0e22-1.html
(以下の写真は、『わたしは真悟』第3巻「空の階段」と『わたしは真悟』第4巻「光ふりて」から)

Pc080177

Pc080174

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  奇跡は誰にでも一度は起きる。
  だが誰も起きたことには気づかない

           『わたしは真悟』(楳図かずお 作)より引用

  Everybody has had a miracle once .
  But , nobody has realized the miracle at all .

            quotation from "MY NAME IS SHINGO ."
            Author:Umezu Kazuo

           (日本語原文の英語翻訳者は筆者である坂本誠)


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『三千二百九十六:四国の思い出_その二(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-2b8a.html

『三千二百九十五:四国の思い出_その一(独白)』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2018/10/_-e767.html

『三千三百三十三: ディスクロージャーについて_No.33』
●委員会のメンバー達は、今週を越えての公聴会を行うための、答えを探しています
http://hikirini.blog.bbiq.jp/blog/2013/05/_no33-fc88.html
http://huff.to/135YgXY


 

                                       坂本 誠

2018年10月24日 (水)

三千三百二:世の恋愛問題について

こんばんわ。

私としては、珍しく、恋愛問題について考えることがあったので、それを書いてみようと思います。

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巷の有名人の恋愛などで、大きくマスメディアで報道されることがあるようです。

個人の恋愛の問題というのは、個人的な問題であるのですが、それでもなぜか公のものとして報道されることが多々あるようです。

20100516053144

 

芸能関係の会社でもいいし、他の一般企業の会社について考えてもよいのですが、とにかく、企業の中の、ある社員が何らかの恋愛をしていると仮定してみます。

企業内の社員が、就業時間以外のプライベートな時間で、誰が誰を愛そうとも、それは個人的な問題であり、また、それは個人情報だと思います。
ですから、企業の側にしても、ある社員が就業時間以外に、どこかの誰かを好きになっても、それは企業活動とは関係がありません。

また、企業にしても、個人の恋愛問題について、口をはさむことは出来ない筈です。

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しかし、例えば、芸能関係の会社の社員などが、就業時間以外に、どこかの誰かとデートしていても、何も口をはさめないと思います。

しかし、その就業時間以外の個人の自由の時間に、俗にパパラッチとか言われている、個人の自由時間の活動ぶりを撮影して、それらの写真を週刊誌などに売りつけるカメラマンの方々もいるようです。

あの、パパラッチとか言われている人々の活動は、個人情報を侵害していると思えるのですが。

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そして、パパラッチとか言われている人々が、そのようにして、ある特定の個人のプライベートの時間の活動ぶりを撮影した写真が、ある週刊誌に流れ、それらが報道されたりしています。

すると、その撮影された個人の属する企業の側でも、なぜか、おびえるような感じになるようです。

本来ならば、企業の側が、社員の側の恋愛問題について、何も言えない筈なのに、その恋愛問題について、口を挟むようになるようです。

例えば、ある芸能関係の会社の社員の恋愛について報道されると、その芸能関係の会社側としては、世評・風評が悪くなって、「うちの社の売り上げが悪くなるかもしれない」と感じると、なぜか、自由とされている筈の、特定の個人の恋愛問題に「口をはさむ」という状態になっていないでしょうか。

ある企業が、その企業内の社員の就業時間以外に起きた、自由とされている個人間の恋愛問題について、あれこれ言う、というのも、これだと、「就業時間以外にも、その社員に対して、拘束した」とならないでしょうか。

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本来、ゆっくりと考えてみると、「誰も他人の恋愛関係に口出しすることは出来ない」というのも思い出せるものです。

しかし、いきなり、どこかの週刊誌が報道すると、その報道された側の社員のいる企業側が慌ててしまって、「これは、うちの社の問題であるから、あの社員の恋愛問題について、口をはさむべし」と、即決して、言っているのではないでしょうか。

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また、私がおかしく思うのは、上に挙げた、通称、パパラッチと言われている方々です。

20100524151030

 

他の人も見ても感じると思うのですが、ある個人が公にしていない情報(ここでは恋愛情報のこと)を、その個人のプライベートの時間までも、追いかけて、その個人情報であるところの情報を入手して(撮影などをして)、それらをどこかの週刊誌に購入してもらっているのですが、彼等の活動自体が、大いに問題にならないのでしょうか。

また、それらの情報を入手した週刊誌も、何らかの個人情報を、その個人の許諾無しに公表する、というのですから、これ自体も大きな問題ではないでしょうか。

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例えば、恋愛問題にしても、「今いる恋人(あるいは配偶者)よりも好きな人が出来た。今の恋人(あるいは配偶者)と別れて、あの人と一緒になろうか」と考えて、何らかの判断をするのは、それも個人の自由です。

また、そのような問題は、その人個人で解決しないといけない問題の筈です。
恋愛問題のことですから、似たような例は数多くあることでしょう。

しかし、「恋愛問題」という、ある個人の問題を、それを追いかけ回す、パパラッチと言われる方々が、その取材対象の人の個人的な恋愛問題を取材して、それらを全社会に報道して、その取材対象の個人の恋愛問題を「全社会の人々が一体となって、社会全体の人々で考えようではないか」と言いながらも、取材しているパパラッチの姿を思い浮かべて、、、、このブログ記事を読まれている読者の方々も、既に異常を感じるかと思います。

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人が冷静になって、私が上記に書いた事を考えてみると、「『他の人の恋愛に口をさしはさむ』という行為は良いことか」という、極めて人間的な問題について考えを巡らすことでしょう。

また、パパラッチと言われる人の行動動機や、上記のような他の人の恋愛問題のことを報道する動機というのは、単に、「週刊誌が売れるから」とか、あるいは、「その記事を掲載したHPの閲覧回数が上がることにより、宣伝活動を助ける機会となるから」というのが、その動機ではないかと、私は予想したりします。

で、こうなると、私のブログで時々掲載しているように、「お金は人の人心や倫理を腐敗させる」と書いている内容を正当化する一例となります。

「そのお金を誰が作り、何の目的で、そのお金が使用されているか」については、ちょっと、このブログ記事とは外れてしまい、また、長い説明共なりますので、私のブログの過去記事を、どうか読まれて下さい。

そのお金の由来から考慮しても、以下のことが言えると思います。

「お金のために仕事をしているのであり、自らの神性発揮の一つとしての仕事をしているのでは無い。」

要は、お金というものが、人心や倫理を痛く腐敗させることがわかります。

なんとならば、「お金というものが無いと、人は生きていくことが出来ないのだ」という社会状態に多くの人々が誘導されますと、何よりもお金を手に入れないと、死の恐怖が与えられていることになりますから、その恐怖を打ち消すためには、「人は、どのようなことをしても、何よりもまず、お金を手に入れるべきだ」となります。

また、世に多く言われていることの一つとしては、「命こそが何よりも尊い」という言葉があります。
ですから、「命こそが何よりも尊い」とあるのならば、「その命をつなぐためには、何よりもお金が必要なのだ」となるでしょう。
そうなると、「命こそが何よりも尊いのだから、その最高に尊いとされていることを実現するためには、それ以下の、そして、それ以外の悪いことをやっても良いではないか」となるでしょう。
「お金を手に入れて、自分の命を守るためなのだから」と。

この結果、「人は、お金を手に入れるためには、悪いことをやっても仕方ないではないか」となるでしょう。

つまり、お金というものが人心や倫理を痛く腐敗させることがわかります。

20100610135952

 

ですから、「ひょっとしたら、お金そのものが悪い道具なのではないのか」と、逆の視点を持つことも大事でしょう。
また、このブログ記事とは外れてしまうので、ここには、ちょっと書きませんが、それらのお金を製造・配布して、多くの人々にそれらのお金の使用を長く推奨し続け、「(我々の作った)お金を崇めるように」と、地球上の多くの人々に推奨し続けた人々は、これは、責められても仕方無いものがあると思います。

また、ここまで来ると、もう一つの視野が出来てくると思います。

それは、今まで世に多く言われ続けてきた「命こそが何よりも尊い」という言葉に対する見方です。

「『命こそが何よりも尊い』という言葉以上のものがあるかもしれない」と人は考えるようになるかもしれません。

それは、ちょっと考えてみると「人には命よりも大事なものがあるかもしれない。それは自分の内奥(ないおう)に秘められているとされる、神性と呼ばれているものかも知れない」と。

他にも、まだ考えられるかもしれません。

ちょっと、恋愛問題とは、話が反れましたが、このブログ記事については、この辺で筆を置くことにします。


 

                                       坂本 誠

2018年10月22日 (月)

三千三百一:お金の問題点

こんばんわ。

以前に紹介した

●お金の問題点_0002.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=3ibrKBohE8o

●「お金の問題点」の続き
https://www.youtube.com/watch?v=T8DcvHSi-C8

というビデオにも、お金の問題点が語られていますが、私なりに、更なるお金の問題点について書いてみたいと思います。
「お金の問題点」の一つとして、 物々しい単語となってしまいましたが、「世界最強の軍隊の作り方」という問題点があります。

私が比較的に、しばしば引用する文献として、以下の二つのものがあります。
引用資料中で、私が気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にさせてもらっています。

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●『お金の原価はいくらなの?』
http://homepage2.nifty.com/osiete/s418.htm

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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平成十二年度特別会計予算ベースで

一万円が約22.2円、
五千円は約20.7円、
千円札は約14.5円です。
-----------------------------------------
(引用終わり)

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●100ドル紙幣を1枚作るのにはいくらくらい原価がかかるのですか? - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129971462

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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参考のサイト(アメリカの印刷局)の説明によれば、2005年実績で、約5.7セント/枚(86億枚印刷時)だそうです。
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(引用終わり)

カバールやイルミナティが、それらのお札の原価を使って、大量にお金(お札)を製造していることでしょう(最近では、銀行での金銭管理は、コンピューターなので、パソコンのキーボードのテン・キーからも無限のお金の金額を作成可能であるとも知られていますが)。

そして、上記のように、大変安価な元手でお金(お札)を作り出し、単純に、それらの金額を使って、巨大空母や最新鋭戦闘機やICBM(大陸間弾道弾核ミサイル)等を、大量に生産できることが、読者の方々でも理解できると思います。
また、これも理解出来ることですが、大量の兵士達の給与も、いとも簡単にひねりだすことができるとわかるでしょう。

また、上記のような大量の武器製造や大量の兵士達を雇う給与以外にも、世界最強の軍隊を維持するには、かなり莫大な金額が必要でしょう。

しかし、カバールやイルミナティからしたら、それこそ、上に書いたように無からお金を作り出していると言えるのですから、幾らでも幾らでも巨大空母や最新鋭戦闘機やICBMを作成できるわけです。

そして、それらを製造した人々には、規定の金額の給与を与えれば良いだけです。

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このように、お金というものは、カバールやイルミナティからしてみたら、幾らでも製造可能ですから、人はお金の問題点を見い出すと思います。
お金というものが、このような性質ものですから、彼等は、まず最初に、大量のお札(お金)を製造しておくわけです。
そして、あとは、そのお金に釣り合うだけの生産物を、例えば上に書いたような大量の兵器を作成するために、大量の金属を地球から掘り出すことになります。

お金というものに、このような性質がある限り、未来の地球というものは、虫に食われたリンゴのように、穴だらけになることも考えられます。
なんとならば、お金というものが、カバールやイルミナティからしてみたら、無から製造しているようなものであり、そのお金に見合う分だけの、金属を地球から延々に、無限に掘り出せばよいからです。

たとえ、そのような金属の地下埋蔵資源が枯渇しようとも、彼等の手中にお金がある限り、また、私達の間でお金というものが流通している限り、その「お金が欲しい」という欲があるのならば、地球資源乱獲もたやすく起きるからです。

また、その地球資源乱獲のみならず、幾らでも幾らでも軍需兵器を作成できるので、「カバールやイルミナティが無からお金を製造している限り、際限の無い、世界最強の軍隊を維持することが可能である」と私達は理解できるでしょう。

何らかの地球資源が足りているかどうかも考慮せずに、ひたすら、お金(お札)を製造するだけで、人は、そのお金を欲するので、際限の無い地球資源乱獲が起きるわけです。

つまり、この現象を見る限り、「カバールやイルミナティは私達に、お金を貸し与えている。私達にとっては借金のような感覚で」ということがわかります。
あたかも、その借金の金額分だけを、あたかもカバールやイルミナティに貢ぐ(みつぐ)ような感覚で、地球資源乱獲や莫大な量の巨大兵器を作成するのですから。

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このように、「お金の問題点」というものを人は見い出すでしょうが、それ以上に私達は人的な問題点を見い出すでしょう。

その「人的な問題点」とは、上にも書いているように、地球支配・人類支配を実行中の、カバールやイルミナティの問題です。

「お金の問題点」を考えていたら、やがては、カバールやイルミナティに見られる「人的な問題点」に当たり、その「人的な問題点」を解決していったら、やがては、「お金の問題点」も解決の方向に向かうのではないかと思います。

この「お金の問題点」と「人的な問題点」は深く融合しているので、あざなえる縄のように、どちらか一方を解決しようとすると、もう一方の側にも、その影響を大きく与えていくと思われます。

私達が手軽に出来ることと言えば、やはり「金銭への執着を減らしていく」ということになるでしょうか。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『四百八十六:私の見かけたビデオについて_No.47』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/11/_no47-6032.html
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI



ビデオの1時間00分06秒辺りからです。

(上記ビデオより抜粋)
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ビル・スティル

_

問題は、アメリカの中央銀行制度が民間所有なのに、政府が所有しているように見せかけている事です。
ワシントンDC地区の電話帳で、連邦準備銀行を探そうとすると、青い政府機関のページに見つける事は出来ません。
企業のページを見てみると、Fedxのすぐ隣にあります。
民間所有の中央銀行なのです。
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(引用終わり)

『二千五百四十一: 銀行制度についての種々の話題_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/06/_no4-8a1f.html
●スライヴ (THRIVE Japanese)
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI

(上記ビデオより抜粋引用)
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ビデオの1時間00分06秒辺りからです。

Thrive_japanese__greenspan_2

●聞き手:
連邦準備銀行の議長とアメリカ合衆国大統領は、どのような関係が適切ですか?

■アラン・グリーンスパン(連邦準備銀行(FRB)、元議長):
まず第一に言う事は、連邦準備銀行(※筆者注:FRBのこと)は独立機関ですので、基本的に我々が行う措置をくつがえす事の出来る政府機関というのは存在しないのです。
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(引用終わり)

『二百五十三: News_No.298』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/news_no298-e74a.html
●「タイタニック号沈没」、「ケネディ暗殺」、背後にFRBの影
http://internetviking.at.webry.info/201107/article_8.html

以下の緑の文字の文章は、該当HPを読んで自分の書いた感想文の再掲載分。

詳細は、該当記事をご覧ください。
1963年6月4日 米国大統領J・F・ケネディにより、政府紙幣の発行を財務省に命じる大統領行政命令 第11110号が発令され、米国政府の公式に作ったお札が発行されました。
それは、2ドル札と5ドル札でした。

しかし、その後、大統領命令、第11110号の取り消しの無いまま、その米国政府が作った公式のお札が回収され、代わりに、大変よく似たFRBの印刷した大量のお札が、市場に出回りました。

▼2ドル札「政府発行券」

1376229826676131153161

▼2ドル札「FRB発行券」

137622983883613115762_2frb1

▼5ドル札「政府発行券」

13762298594671322128511

▼5ドル札「FRB発行券」

137622987167913221385_5frb11

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(引用終わり)

『二百四十九: News_No.296』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/news_no296-eb2d.html
●隠されたJFケネディーの演説と2013年の状況が点で結ばれました!<報道陣を前にしたケネディの演説の内容>
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51894510.html
●OMG!!! (HIDDEN SPEECH) JFK CONNECTED THE ...
http://www.youtube.com/watch?v=pDe6QCqFu4c



上記の記事から、JFケネディーが報道陣の前で演説したとされる文章の抜粋引用します。
全文を読まれたい方は、該当URLを参照してください。
-------------------------------
我々は米国民として、本質的に、歴史的に、秘密結社、秘密の誓い、秘密のやり方に立ち向かっている。
我々は、昔から、理不尽な過度の隠蔽工作は危険であると判断していた。
隠蔽工作が正当なやり方であると考えられているのはあまりにも危険である。

安全保障の強化を訴える声明は、その意味を拡大解釈し、当局による監視体制と隠蔽工作を守ろうとしている人たちによって悪用されている。

ニュースを検閲する口実として、政府に反対する人たちの意見を鎮圧し、政府の過ちを全て隠蔽し、報道陣や米国民に、知る権利のある事実を隠している。

彼らが計画していることは絶対に公表されない。

彼らのやり方に反対する人々は賞賛されるのではなく、沈黙させられ、彼らは国庫から巨額の資金を使っても何も問われない。
彼らの噂さえ記事にすることはできない状態である。
彼らの秘密は一切公開されない。

しかし、私は、あなた方に、米国民に真実の情報を流し、警告するという大きな任務を果たしてほしいのだ。
米国民が十分な情報を共有することで、彼らは必死に対応すると私は信じている。
新聞の読者の論議を抑えつけるのではなく、自由に論議をしてほしいと思っている。
私の政権下では、政府のエラーを包み隠すことをしない。

ある偉人がこう言った。
エラーを是正することを拒んだときに初めてそれは過ちとなる、と。

メディアは、我々がエラーをしていることに気が付かないときには、必ず、それを指摘してほしい。
-------------------------------
(引用終わり)

ちょうど、この部分の黒字で書いている部分は、新たに私が書いた部分ですけど、読者の方々には「坂本さん、これだと、アメリカの警察は何をしているのでしょうか?」という疑問が出てくると思いますが、それについての資料も以前掲載していまして、再びそれを以下に掲載しますと、

『三百三十七: イルミナティについて_No.4』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no4-9e49.html
●ジェイ・パーカーインタビュー④
http://www.youtube.com/watch?v=9Gl-yNEoGyI



(上記ビデオより抜粋引用)
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「成長過程で最初に私の父や母が私と弟に明らかにしたのは、それはイルミナティが世界を支配していて、警察を支配し、何処にも助けてもらえる場所は無いと言う事です。」

「数十億ドル、数兆ドルと持っていると言われている寡頭政治の独裁一家は自由に使える暗殺者を持っていて、全てのメディアを所有し、あなたを陥れ、あなたの人生を破壊する為に、あなたの事を何とでも言える何人もの人々を買収できる事を理解しなければなりません。」
「本当に警察が出来る事は何も無いんです。」
「彼等の後頭部には銃が突きつけられているんですから。」
「彼等の大勢が立ち上がってこれ以上は御免だって言わない限りはです。」
「そうすれば実際に変わるかもしれません。」
「だからアメリカの警察や軍は私達に、"警察の犬"と呼ばれているんですよ。」
「高い地位の悪魔崇拝者達からね。」
「この国の警察や軍を彼等は使っている動物としての犬と見なしているんですよ。」
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

2018年10月18日 (木)

三千三百:「忘れた方が良いメモもある」というメモを読んで(独白)

現代に住む私達は、多くのメモ書き用のノートを持っているかもしれない。
パソコンの中にも、メモ用の幾つかのファイルがあったり、スマホや携帯電話の中にも幾つかのメモ用ファイルがあるかもしれない。

特にスマホの中のメモ用ファイルだと、自分の決めた時刻にアラームが鳴り始めて、そのスマホの持ち主に、忘れてはいけないメモの内容を伝えることもあるだろう。
その光景を周囲の人が見ると、「人が機械を操作している」というよりもむしろ、「機械が人を操作している」ように見えるかもしれない。

かくも大量のメモを抱えるようになった現代人の一人に、彼(あるいは彼女)のメモ書きの中に以下のようなメモの内容があるかもしれない。
「忘れても良いことがある」とか「忘れた方が良いこともある」のようなメモの内容だ。

元々、メモというのは忘れてはならないようなことを書き留めることをいう。

Pa170195


そのように何かの忘れないためのメモなのだけど、そのメモ書きの中の一つに「忘れても良いことがある」とか「忘れた方が良いこともある」と書き留められていたら、人は奇妙なものを感じ、「このメモ書きの内容は矛盾しているのでは?」と首をかしげるかもしれない。

しかし、そのようなメモ書きを見て、気が変わり、忙しい日常を抜け出して、近場の温泉にでも向かう人も出るかもしれない。
そして、温泉に肩まで浸かりつつも、ふと日常に自分の書き留めている幾つかのメモを思い出そうとしても、それらを思い出せない人も出るかもしれない。
その時に限って、「忘れた方が良いこともある」というメモの内容を思い出すだけかもしれない。
そして、そのメモ書きの内容の真意を会得するかもしれない。

そのまま湯船の中で頭をひねりつつ、自らの日常生活を振り返りつつも、「忘れた方が良い生活とは、はたして、どちらの方だろうか?」と考えを巡らすかもしれない。


                                       坂本 誠

2018年10月15日 (月)

三千二百九十九:ピラミッドについて_No.32

こんばんわ。

三千百八十八:ピラミッドについて_No.31』の続きです。

私がしているピラミッドというのは、チェコスロバキアで特許を取得している「ケオプス型カミソリ刃再生装置」の実験の事です。
小型のピラミッドですね。
この「ケオプス型カミソリ刃再生装置」が本当に、カミソリの刃を長持ちさせるかどうかという実験と検証です。
私が以前から使用している電気シェーバーの外刃と内刃を小型ピラミッドの下に置いて長持ちするかどうかの実験です。

二千二百五十一:ピラミッドについて_No.26』にも、以下のように記しています。

>ですから、新しい電気シェーバーの使用開始日は、2014年10月15日です。

よって、この電気シェーバーの外刃と内刃を使い始めて、今日で、丸4年となりました。
掲載している写真は、2018年10月11日に撮影したものです。

Pa110178

 

私は、一日の内に朝と夜の2回、この電気シェーバーを使って、髭を剃っています。
また、この電気シェーバーの掃除は、1週間に1回です。
その1週間に1回の掃除の時に、外刃と内刃を外して、約8時間程、竹ひごで作成した小型ピラミッドの下に写真のように置いています。

読者の方でも、以下のような疑問を持つ方もおられるかもしれません。

  「坂本さん。ブログ上では何とでも言えるでしょうから、内緒で、その外刃と内刃を替えているのではないでしょうか?」

と。

しかし、私は一回もこの外刃と内刃を替えていません。
電気シェーバーのバッテリーならば使えなくなりましたので、その際に、同型の電気シェーバーを購入して、外刃と内刃を替えずに、そのまま使用しています。

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しかし、私がブログ上で報告しているだけなので、気になる方は、あなた御自身も、この実験をしてみることをお薦めします。
そして、実験に参加してくれた、あなたも、私のように、あなたのブログや、あるいは、あなたのコミュニティ・サイト上での日記で、報告して下されば幸いです。
しかし、私もやっているのですが、長期間に渡る実験となります。

やりがいはあると思いますが、、、

まだ、どれ程、この実験の検証が、これから先、続くかもわかりません。

しかし、1年に1回は、この実験の経過・状況を報告しようと思います。

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あと、以前にも書いたことなのですが、この「ピラミッド・パワー」と呼ばれる、ちからについての、私の考えたことを書いてみたいと思います。

おそらく、このピラミッド自体には、全く、何らかのエネルギーは無いと思います。
私が思いますに、ピラミッドは、アンテナのような役目をしていると思います。

テレビ・アンテナもそうですが、テレビ・アンテナも全く何のエネルギーを持っていません。
ただ、テレビ・アンテナは空中を飛び交っている放送局からの電波エネルギーを捉えて、その電波エネルギーを変換させた結果が、テレビ・ディスプレイに写っている画像と音声です。
おそらく、ピラミッドも、そのテレビ・アンテナと同じように、空気中の何らかのエネルギーを捉えて、そのエネルギーがピラミッド内に現れていると推測しています。

仮に、テレビとアンテナとテレビ局の仕組みを江戸時代以前の世界に持って行って、江戸時代の人々にテレビ番組を見せたとしたら、彼等は驚くことでしょう。
しかし、現代に住んでいる私達ならば、テレビの映る仕組みを知っているので、驚く人はいません。

それと同じように、現代に住む私達でも、未来社会に行って、ピラミッド・パワーのちからを完全に解明できていたとしたら、私達でも驚くことは無いでしょう。

未知のちからやエネルギーに関する想いというのは、そのようなものです。

不思議とされている部分が解明されたり、種や仕掛けがわかれば、珍しさや不思議感も消失するものです。
いつの日にか、ピラミッド・パワーも、現代のテレビの仕組みを仕掛けを知って、不思議感を消失した江戸時代の人々のような雰囲気を得られる時が来ると思います(ただし、ピラミッド・パワーを使用していたと思われる古代人は、そのちからの原理を知っていたのではないのか? という新たな疑問が生じますが)。

ですから、私が思うに、ピラミッド自体に興味・関心を持つことも大事ですが、「そのピラミッドの下に降ろされている、未知のエネルギーや、未知のちからと思われる、その正体は何なのか?」の疑問の方が大事だと思います。

通称、「ピラミッド・パワー」と言われている、未知のエネルギーや、未知のちからの解明があれば、当然、そのエネルギーやちからを、ピラミッドというアンテナを使って、取り出せることが出来るのですから。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『三千百八十八:ピラミッドについて_No.31』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/10/_no31-7f5e.html

『三千八十八:ピラミッドについて_No.30』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2017/03/_no30-9aa2.html

『二千九百二:ピラミッドについて_No.29』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/05/_no29-1a47.html

『二千七百十五:ピラミッドについて_No.28』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/_no28-1c68.html

『二千六百九:ピラミッドについて_No.27』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/08/_no27-a2e7.html

『七百五十七:古代文明について_No.2』
●世界各地で見つかる「失われた大陸」:大西洋のポルトガル領海沖でピラミッド状の建造物が確認される
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2014/01/_no2-7f17.html
http://oka-jp.seesaa.net/article/376015556.html
■アゾレス諸島の水面下でピラミッド形の構造物が発見された
Terceira: Subaquatic pyramidal shaped structure found - Azores
Portuguese American Journal 2013.09.19
http://portuguese-american-journal.com/terceira-subaquatic-pyramidal-shaped-structure-found-azores/

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                                       坂本 誠

2018年10月 8日 (月)

三千二百九十八:日用品の「作り過ぎ」と言われる現象を見て

こんばんわ。
今日は、2件目のブログ更新です。

まずは、ご紹介したい新聞記事の引用から始めます。
引用部分は緑色の文字にしています。
私の気になった部分には、アンダーラインを引いたり、太字にしています。

(以下、『朝日新聞』、2018/07/03(火)記事より文章と写真を引用)
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●大量に捨てられる「新品」服

倉庫に山積みの段ボール。

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中身は、捨てられる寸前だった服だ。
ニット、パーカ、スカート――。
大手通販業者や若者に人気のブランドの商品など、「新品」ばかり。
新しいデザインの服が安く買えるようになった陰で、大量の売れ残りが発生している。

大阪市の在庫処分業者「ショーイチ」の倉庫には常に30万~40万点の服がある。
「売れ残った、少しほつれていたなど、ここに来る理由は様々。一度も売り場に出なかった服もある」と山本昌一社長は言う。
アパレル業者や工場など年間約600社から、500万点が持ち込まれる。

定価の1割ほどで買い取り、タグを外してブランド名が分からないようにして、自社のサイトやイベント会場などで販売している。
見栄えのいい写真を掲載するなどの販売努力をして、定価の17~18%でようやく売れていくという。

しかし、そのまま捨てられてしまう服も少ない。
東京都内の産業廃棄物処理業者は、銀座に店を出す有名ブランドから売れ残った商品の処理を依頼された。

「洋服のほか、靴やカバンなど収集車3台分。すべて破砕して焼却してほしいと言われた」。
1点ずつ処分の証拠写真も求められた。
横流しされるとブランドが傷つく恐れがあるし、倉庫に保管すれば資産となり税金がかかる。だからあえて焼却する」(、、、以下、省略)
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(引用終わり)

私が、この記事を見るに思うのは「作り過ぎ」という状態です。
私達の身の周りを見回しても、特に衣服だけとは限りませんが、大量生産・大量消費によって「作り過ぎ」という状態が世に発生していると言えるでしょう。

そして、「なぜ『作り過ぎ』という状態が発生するのか」を考えると、上に引用した新聞記事中にもあるように、「横流しされるとブランドが傷つく恐れがあるし、倉庫に保管すれば資産となり税金がかかる。だからあえて焼却する」というのが、その理由の一つとなっているのでしょう。

ここで、私達は「作り過ぎ」という状態から、さらに一歩踏み込んで考える必要があると思います。

「なぜ、私達は作り過ぎているのか?」と考えてみると、「もっと、お金が必要だ」とか「お金が無ければ死んでしまう」とか「税金として取られてしまうからこそ、もっと、お金を稼ぐ必要がある」という理由のせいで、資本主義システムの中で、お金をもっと求める必要性に駆られるからこそ、様々な日用品を「作り過ぎる必要があるのだ」となっていると思います。

ですから、上に紹介した新聞記事のように、私達の資本主義システムの中で、「作り過ぎ」という状態を発生させている本当の理由とは、お金というものに真の原因があると言えるでしょう。

なので、資本主義システムの中での「作り過ぎ」という問題を見い出したら、その次には、「私達の使用している、お金という道具に何かの問題点が寝ていないだろうか?」という、更なる疑問を抱く必要があると思います。

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上記の、更なる疑問を考える前に、上記新聞記事の裏面にも、関連記事が紹介されていたので、そこからも幾つかの言葉を拾ってみたいと思います。

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安い服 しわ寄せ働く人に」「低コスト・大量生産が支え」「低賃金・長時間労働強いる」「適正な生産か 考える消費者

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適正な生産か 考える消費者」のサブタイトル中の記事で、尾原蓉子(おはらようこ)さんという方は以下のように述べています。

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「消費者も、安さだけではなく『適正に作られているか』に関心を持つようになっている。企業が生き残るためには、働く人や地球環境にとってもよい方法をどうやったら実現できるか、真剣に考える必要がある」
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尾原蓉子さんの言われるように「適正に作られているか」を考えるためには、私達が使用しているお金という道具の是非についても、突っ込んで、論じる必要が発生すると思います。

そして、上記新聞記事のように、衣服だけとは限りませんが、大量の「作り過ぎ」と呼ばれる状態に、多くの人々が気が付けば、さらに以下のような新聞記事も見受けられるようになると思います。

(以下、『YAHOO! JAPAN NEWS』、2018/09/08(土)記事より引用)
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●売れ残り商品の焼却処分を中止 英・バーバリーが批判受け
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20180908-00400459-fnn-int

9/8(土) 1:08配信 FNN

イギリスの高級ブランド「バーバリー」が、批判を受けていた売れ残った商品の焼却処分取りやめを発表した。

バーバリーは2018年7月、売れ残った商品、およそ41億円相当を焼却処分していたことが伝えられ、世論の批判を浴びていた。

ブランド価値維持のために行われていたが、批判を受けバーバリーは6日、「社会的、環境的な責任がある」として、焼却処分の取りやめを発表した。

今後は、再利用や寄付に努めるほか、毛皮を使った商品の販売もやめる方針。

「ブランド価値の維持」よりも、環境や資源保護をめぐり、企業としての責任を迫られたかたち。
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(引用終わり)

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ここからは、お金の問題点について一緒によく考えてみましょう。

私が時々引用する文献ですが、

『三千十一:現代と中世の商業事情を考えて』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2016/11/post-05f9.html
司馬遼太郎『街道を行く 9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文芸文庫)より文章と写真を引用
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明治維新後、太政官の財政基礎は、徳川幕府と同様、米穀である。

維新で太政官は徳川家の直轄領を没収したから、ほぼ六百万石から八百万石ほどの所帯であったであろう。

Photo


維新後、太政官の内部で、米が財政の基礎をなしていることに疑問をもつむきが多かった。


欧米は、国家が来期にやるべき仕事を、その前年において予算として組んでおく。
ところが日本ではそれができない。
というのは、旧幕同様、米が貨幣の代りになっているからである。
米というのは豊凶さまざまで、来年の穫れ高の予想ができないから、従って米を基礎にしていては予算が組み上がらない。
よろしく金を基礎とすべきであり、在来、百姓に米で租税を納めさせていたものを、金で納めさせるべきである

明治五年、三十歳足らずで地租改正局長になった陸奥宗光が、その職につく前、大意右のようなことを建白している(※筆者注:この私のエッセイ内では「右」ではなく、「上」となります)。
武士の俸給が米で支払われることに馴れていたひとびとにとっては、この程度の建白でも、驚天動地のことであったであろう。

が、金納制というのは、農民にとってたまったものではなかった。
農民の暮らしというのは、弥生式稲作が入って以来、商品経済とはあまりかかわりなくつづいてきて、現金要らずの自給自足のままやってきている。

『米もまた商品であり、農民は商品生産者である』というヨーロッパ風の考えを持ちこまれても、現実の農民は、上代以来、現金の顔などほとんど見ることなく暮らしてきたし、たいていの自作農は、米を金に換えうる力などもっていなかった。

どうすれば自作農たちが金納しうるかということについては、政府にその思想も施策も指導能力もなにもなく、ただ明治六年七月に「地租改正条例」がいきなりといっていい印象で施行されただけである。

これが高率であったこと、各地の実情にそぐわなかったことなどもふくめて、明治初年、各地に大規模な農民一揆が頻発するのだが、木崎村は、このときには一揆を起こしていない。
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(引用終わり)

江戸時代中の日本人の職業構成比として、日本人の総人口の約8割から9割は、お百姓さんだったので、江戸時代以前の日本人の約8割から9割は、お金というものを知らなかった、ということがわかります。
そして、明治時代になって、時の為政者達が上記のように強制的に、日本にお金を使った経済システムを広げていったことがわかります。

そして、そのお金の原価とは、

『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●『お金の原価はいくらなの?
http://homepage2.nifty.com/osiete/s418.htm

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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平成十二年度特別会計予算ベースで

一万円が約22.2円
五千円は約20.7円、
千円札は約14.5円です。
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(引用終わり)

そして、上記のように、大変な安価で、お札を中央銀行で製造でき、かつ、その中央銀行の所有者というのは、

(Wikipediaより、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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●日本銀行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

日本銀行は、政府から独立した法人とされ、公的資本と民間資本により存立する。
資本金は1億円で、そのうち政府が55%の5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を政府以外の者が出資する。
2010年(平成22年)3月末日時点における政府以外の出資者の内訳は、個人35.9%、金融機関2.4%、公共団体等0.2%、証券会社-%、その他法人6.5%となっている[1]。

最終更新 2014年6月19日 (木) 02:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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(引用終わり)

他のお金についての文献は、文末に紹介している『過去記事、関連記事、及び、参考文献』をご覧ください。

要は、お金を製造している人々が、この地球を支配できることに、人々は気が付くと思います。

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このように、私達がお金という道具を使って彼等によって踊らされた結果、日用品の大量の作り過ぎという現象を生み出していると理解できると思います。

ですから、もともと、私達の社会に、お金という道具が存在しなかったら、日用品の大量の作り過ぎという現象は発生していなかったと予想出来ます。

この、お金というものが真の問題点だと言えると思います。

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そして、読者の方々もうっすらと次のことを感じていると思うのですが、「お金という道具を使用すれば、多くの人々を強制労働させることが出来る」という点に気付くのではないかと思います。

上記のような流れがあって、ほとんどの人々が、お金無しでは日用品や生活必需品が手に入れられない世界を出現させられたわけです。
すると、そのような世界での、ほとんどの人々は、お金無しでは生きていけなくなるので、人々は、以下のように考え始めることでしょう。

  「お金が無ければ、私はみすぼらしい雰囲気をまといつつ死んでしまう。死ぬのは嫌だから、たとえ、私がどれほど嫌な職種であろうと、あるいは、他者が、どれほど私の望まない職種を、どんな形で私に強制労働させようと、その仕事をしなければ、私はお金を手に入れられないとあるならば、仕方なく、私は、その職種の下で嫌々ながらも労働するのだ」

と。

この状況ですと「雇用者の側とか、あるいは、大金持ちの人ならば、彼等以外の人々を、お金を使って命令的に強制労働させることが出来る」と、読者の方々も気が付いてくるでしょう。

雇用側の人の発言としては、次のようなものが考えられるでしょう。

  「(労働者に向かって)あなたは、お金が欲しいので、私の出す仕事を受けているのだろう。だから、私が、あなたに与える仕事が、どんなに苦しかろうと、あなたは黙って、その仕事を行う必要があるのだ。嫌なら辞めても良いんだよ。しかし、そうなったら、あなたの欲するところの、あなたの生存条件を維持するための、お金が手に入らなくなるんだよ。それが嫌なら、何も言わずに、私の与える仕事を、こなさないといけないよ」

と。

これが現代社会の状況となっているとわかるでしょう。
お金という道具を使った、暗黙の内の強制労働社会(資本主義社会)が出現したと言えるでしょう。
また、読者の方で、雇用する側の人がいたのならば、次のようなセリフが出てくることでしょう。

  「私は、イルミナティやカバールによって、イルミノイドにされようとしていた」

と。

よって、お金目当てで、人が労働する状況ならば、それは「人の持てる健やかな能力の発現の一つとして、仕事をする」とか、あるいは、「その人の内奥(ないおう)から、にじみ出てくる能力を、他者への奉仕の変換作業の一環として、仕事をする」という状況とは全く違っている、ということに、人は気が付くと思います。

時々、私は、イルミナティやカバールやレプティリアンのことを書いていますが、彼等は地球上の全ての人間を彼等の奴隷として扱い、全地球人に奴隷作業をさせたい、という意志があるので、それを実行する主要な実行作戦の一環として、お金という道具を全世界に配布して、常識化させれば、彼等の考えたような地球支配が実行できるわけです。

ですから、冒頭に挙げた「日用品の作り過ぎ」という問題を考えるに、さらに、その奥に存在している問題であるところの、お金の問題に行き当たり、さらに、そのお金を製造し、配布し、洗脳化している彼等、つまり、イルミナティやカバールやレプティリアンに、その問題の根源が寝ている、と言えると思います。

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人によっては、数多くの衣服を所有するようになります。
例えば、衣服を使って、多彩な芸術表現を行いたいと願っている人々や、それらの衣服を製造する人達も、製造工程や衣服のデザインを研究しないといけないので、自然と多くの衣服を所有するようになります。

別に、衣服だけに限らず、例えば、本が好きな人ならば、やがて、数多くの本を所有したり、音楽に非常に興味のある人ならば自然とCDやDVDが増えることでしょう。

ですから、物品そのものを大量に所有すること自体は悪いことではないと思います。
その人の嗜好や興味の方向性等もありますので。

しかし、この私の書いた記事を読むのならば、今までとは、ちょっと違った方向で、物品を眺めるようになると思います。

例えば、「ブランドの衣服でも、これだと、もっと安価に大量に手に入れられる筈だ」とか「ブランドの衣服の方が素材も悪く、デザインも良くないのに、その衣服が高価なのはなぜか?」という疑問が生じてくるかと思います。

そして、その根(こん)をたどれば、やがて、読者の方々も、お金という道具の問題に気が付いてくると思います。
さらに、やがては、「お金という道具の問題点を解決していかねば」と考えてくるのではないかと思います。


(以下、過去記事、関連記事、及び、参考文献)
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『二千六百八十五:現在の資本主義を考える』
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2015/10/post-6e5c.html
●100ドル紙幣を1枚作るのにはいくらくらい原価がかかるのですか? - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129971462

(上記記事より抜粋引用、太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)
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参考のサイト(アメリカの印刷局)の説明によれば、2005年実績で、約5.7セント/枚(86億枚印刷時)だそうです。
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(引用終わり)

『二百五十三: News_No.298』
●「タイタニック号沈没」、「ケネディ暗殺」、背後にFRBの影
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/08/news_no298-e74a.html
http://internetviking.at.webry.info/201107/article_8.html

以下の緑の文字の文章は、該当HPを読んで自分の書いた感想文の再掲載分。

詳細は、該当記事をご覧ください。
1963年6月4日 米国大統領J・F・ケネディにより、政府紙幣の発行を財務省に命じる大統領行政命令 第11110号が発令され、米国政府の公式に作ったお札が発行されました。
それは、2ドル札と5ドル札でした。

しかし、その後、大統領命令、第11110号の取り消しの無いまま、その米国政府が作った公式のお札が回収され、代わりに、大変よく似たFRBの印刷した大量のお札が、市場に出回りました。

▼2ドル札「政府発行券」

1376229826676131153161_2

▼2ドル札「FRB発行券」

137622983883613115762_2frb1_2

▼5ドル札「政府発行券」

13762298594671322128511

▼5ドル札「FRB発行券」

137622987167913221385_5frb11

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(引用終わり)

『三百十九: イルミナティについて 』
●ジェイ・パーカーインタビュー①
http://hikari-to-kagayaki.blog.bbiq.jp/blog/2013/09/_no35-53fe.html
http://www.youtube.com/watch?v=W02bxSqtc-I



(太字にしたり、アンダーラインを引いたのは筆者)

●ジェイ・パーカー:
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字幕:「ジェイ・パーカー:どの様に3400万人の悪魔崇拝イルミナティアメリカ人達が地球を混乱させ続けるよう助けているのか。」

「イルミナティや他の闇のカルトネットワークはおそらく、9600BCの地球大変動にまで遡ります。」
「大変動の後に、地上の人類は衝撃と落胆の状態にありました。」
「私の調査からその特定の時代は、、、、闇のカルト信者達はインドやバビロンでの文明の再起動において、決めたのです。」

「地球全体を支配してもいい筈だとね。」

「人々を闇に閉じ込め続け、私達は基本的には邪悪な司祭職になり、そして彼等のマインドを支配するんです。」
「ですからその様にして彼等は神よりも金持ちになったのです。」
「そして一旦お金を持つと、政治家や王族を腐敗させる事が出来ますし、そして基本的にはゆっくりと社会を支配していく事ができるのです。」
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(引用終わり)


                                       坂本 誠

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